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<title>tokyotigreのブログ</title>
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<title>Episode 6: なんとなく日本を語る日本人</title>
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<![CDATA[ <p>前から思っていたことだが、なんとなく日本のことを語る日本人が多くはないか。非常に危機感を持っている。結局のところ、自分の国の現状を正しく客観的に理解している日本人が少ない気がする。海外で生活する人はエチケットとしていいことも悪いことも確り客観的に自分の国を理解し、外国人に説明できるように心がけるべきだと思う。こうあってほしい、こう見られてほしいという第三者の目を気にすることで歪んだ日本像が蔓延することに違和感を感じる。現代に生きる日本人は過去の栄光に執着している人が多い。過去に執着するのではなく、正しく日本を理解する努力が必要だと思う。これには努力が必要だ。なぜなら自分の国を知ることと同じかそれ以上に世界で何が起きているか正しく情報収集する必要があるからだ。また、情報収集だけでは足りず、実際に外の人とコミュニケーションをとることで見えてくる個人の体験も大事になってくる。日本や日本人に対する偏見や先入観が変わらないのは良い面、悪い面ある。良い面は、規律や礼儀正しく勤勉職人肌な日本人の良いイメージが保たれていること。悪い面は、外国人から正しく理解されない慣習を面白おかしく馬鹿にされること。</p><p>大人の責任は大きい。表層的なコミュニケーションに終始することに何の意味があるか理解ができない。その人の考えや経験をベースにした話を期待しているはずなのに、誰でも知っている無難なことに終始するだけ。何の意味もないと思う。むしろ相手は個人の話、サプライズを楽しみにしているはず。大衆に迎合するのは、正しいことではないということを各人が認識する必要がある。一人の人間として意見を持ち、一アマチュア外交官として日本や日本人をより正しく表現する日本人が一人でも多くなってほしい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/tokyotigre/entry-12234088630.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Jan 2017 21:43:54 +0900</pubDate>
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<title>Episode 5: 目の前のことに価値を見出す</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-style:italic;">If you look at what you have in life, you’ll always have more. If you look at what you don’t have in life, you’ll never have enough.</span></p><p>Oprah Winfrey</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-style:italic;">大切なのは、自分の持っているものを活かすこと。</span></p><p><span style="font-style:italic;">そう考えられるようになると、可能性が広がっていく。</span></p><p>イチロー</p><p>&nbsp;</p><p>上記に共通していることは、「自分らしさ」を大事にするということである。人は社会で生活を営む以上、他人の目や意見が気になるものである。もちろん日本人固有の村意識や横並び意識も影響していると思う。ただ、個人的には個々人の「自信」と大きく関係していると思う。自信とは傲慢になることではなく、「自分を信じる」こと。自分を信じることは簡単なことではないと思う。なぜなら、「自分を信じる」には個々人の信念や哲学をしっかり実世界で証明していく必要があるから。一度ではなく、時間をかけて何度も何度も積み重ねる作業を経て基盤ができるものだから。つい先日面白い記事を読んだ。日本人は組織のために尽くす意識は人一倍強く、日本が世界に誇る技術力や豊かさについて口にする国民が多い反面、「一個人」に水を向けた時に自分に「自信」があると言える国民が極端に少ないようだ。自分に自信がないのはなぜだろうか。端的に言えば、教育が問題だと思う。日本の教育は世界で対等に渡り合う人材を育む環境はお世辞にも整っているとは言えない。個人の力を集結するのが組織の力だと思う。組織の力は個人の犠牲の上に成り立つものなのだろうか。これでは日本が犯した世界大戦の過ちと根本的に何も変わっていないではないか。個人の違いが組織にとっての強みだと思う。海外では当たり前のこと。というか、人である限り、個人の自由を追求することは至極自然なことだとは思わないのか。もし、日本という国が組織への忠信、犠牲を美徳とする社会の上に成り立つのであれば、そう思えない人にとっては非常に生きづらい社会だと思う。そしてはっきり言って時間の無駄だ。家族の目、友達の目、上司の目、異性の目、一体僕らはいくつの「目」を気にしながら日々を暮らしているのだろう。自信を育むのに必要なのは、「マインドセット」と「訓練」だと思う。「マインドセット」も訓練の一つなのかもしれない。これは、積み重ねだと思う。人と違う経験、能力を十二分に発揮するための自信を育むには、しっかり自分の頭で考えて、決断し、信念・哲学を行動に移し続けること。「継続すること」が大事だと思う。このサイクルを積み重ねた人は次第に他人の目を気にすることはなくなり、自分の決断を信じて結果を出し続けられる人に変貌する。こうして自信は育まれるのだと思う。自分自身を正しく等身大で語ることができる人程、深みがあると思う。しかし、残念ながら社会には自分を大きく見せたり、強く見せたりする人が多いと思う。背伸びする人の話に本当の深みはない。結局社会に暮らす多くの人は他人の目を気にしているうちに、自分の人生ではなく他人の人生を歩んでいるのではないだろうか。成功者のキラキラした一辺倒の人生ではなく、噛めが噛むほど味がしみ出す価値高い人生を歩みたい。</p><p>&nbsp;</p><p>目の前のことに価値を見出すこと。自分に問いかけ、意味づけができる人は、長い時間をかけて真の自信が育まれるのだと思う。大学を卒業し、社会経験を積み、30代に突入する今、勘違いすることなく、貪欲に学びや経験を増やし、少しずつ積み重ね前進していきたい。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/tokyotigre/entry-12234078982.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Jan 2017 21:15:51 +0900</pubDate>
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<title>Episode 4: Singapore</title>
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<![CDATA[ <p>1億人いる日本人に対して外国人が日本や日本人に対して勝手なイメージや先入観を持つのは自由だ。固定観念や偏見を抱いてしまうのは世の常。但し、彼らにとって「児玉伸吾」という個人が語る経験や人生観は未知数であり、必ずしも彼らが抱く「29歳の日本人」の人物像と重なる必然性はない。「学び」の場では、個々の経験はオープンに共有され、「違いから理解を深める」という空気が醸成されている。これは「学び」に限らず大切なことだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>Facebook創設者のMichael ZackerbergやApple創設者のSteve Jobs等世界で成功している人たちが口を揃えて言うことは、「リスクを取らないことが一番のリスクであり、失敗から人は成長する」と。勿論、西洋の人が全員こう言った哲学に賛同するとは思いません。こうした人たちに共通することは目標や信念、哲学があり成功を収めたということ。個人的にはこう言った言葉に勇気付けられることが多い。</p><p>&nbsp;</p><p>この点、日本社会はどうでしょうか。前職では「組織力」が重宝される文化でした。大企業だったので、ダイバーシティーやインテグリティーといった言葉を耳にする機会はありました。しかし、年功序列が色濃く残る社会では若年層の経験が重宝される場は限られているのが実態。</p><p>&nbsp;</p><p>先月マドリッドで働く一人の面白い日本人に出会いました。彼は前職で一緒だった同期の高校・大学の友人。僕と同い年。彼は新卒で証券会社に入社、数年勤務した後、金融システムとユダヤ人に興味を持ち、イスラエルの現地企業で約1年間勤務。その後、マーケティングやコーチングに興味を持ち、自分と同じマドリッドのIE Business Schoolへ入学。ビジネススクール在学中からマーケティングコンテストに参加したりコーチングの執筆活動を行っていたそうです。スペインで本を出版したり、日本でも翻訳の本を出したりしている。ビジネススクール卒業後は同行の卒業生が経営するマーケティング関連の会社で働いている。</p><p>コーチングについて触れたい。コーチングは各人が潜在的に持っている「力」を如何にして最大限引き出すかということに着目した学問。彼曰く、力を発揮できる人とできない人の違いは、目標設定の時点で決まるという。日本人は知らず知らずのうちに目標設定のバーを下げてしまっている人が多いことを指摘。恐らくこれは、篩にかける日本の教育システムの弊害の一つで、昔から脈々と受け継がれている「あるべき論」と関係がある。</p><p>「失敗を恐れて挑戦しない」、企業に限ったことではないが、「こじんの評価方法は減点方式」、「リスクに消極的」、学歴や社会的地位によって「劣等感が蓄積しやすい」、「多様性が尊重されない」等理由は様々。彼が指摘する点は日本社会、日本人の本質を鋭く突いている。これはスポーツや芸術の世界でも同じようなことがしばしば議論される所以だと思う。改めて人と違う道を歩み、様々な経験をすることで新しい「道」や「価値観」を提供し続けることの重要性を彼と話していて感じた。自分が見ている景色と見たい景色のギャップを埋めるためには、努力や人との繋がりが欠かせないことも強く感じた。</p><p>&nbsp;</p><p>自分を信じること、将来像をすよく思い描くこと、努力の大切さについては日々様々な場面で感じる。また、それと同じくらい「じぶんを正しく知ること」も重要なことだと最近感じます。以前、友人が同じようなことを言っていましたが、ようやくその意味がわかるようになってきた。</p><p>&nbsp;</p><p>まだまだこれから。1日1日大切に過ごしていきたいと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/tokyotigre/entry-12227479745.html</link>
<pubDate>Sat, 10 Dec 2016 21:15:39 +0900</pubDate>
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<title>Episode 3: Singapore</title>
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<![CDATA[ <p>シンガポールに越して半年経った頃のお話。</p><p>先月からM.B.A（経営学修士）のプログラムを履修してます。スペイン・マドリッドにあるIE Business SchoolとシンガポールのSingapore Management Univerisity (通称、SMU)のパートタイムプログラム。11月の初めはスペイン・マドリッドに1週間滞在してきた。一緒に勉強するクラスメイトは計33名、欧米亜16か国の学生。年齢はバラバラで、下は25歳、上は43歳（平均33歳）。パートタイムプログラムなのでみんな平日はフルタイムで働くプロフェッショナルばかり。業種は金融、建設、製造、資源、スタートアップ、経営者など多岐にわたる。そんな多種多様な学生と一緒に机を並べて勉強することに喜びを感じる反面、難しさを感じることも。多くの学生はシンガポール在住だが、各国に散らばっている学生と課題を進めるのは骨の折れる作業だ。時差、仕事量、家庭等さまざまな違いがあるので皆で合意した時間までに課題を終えてこない人も。グループは6人で、国籍は、スペイン、シンガポール、マレーシア、ベトナム、インド、日本。プログラムを通じて互いに助け合うカルチャーが醸成されているので雰囲気は良好。</p><p>&nbsp;</p><p>高校卒業以来、英語環境で勉強する機会が極端に減ったので、今回のM.B.Aは非常に鍛えられる。マドリッドではPublic SpeakingやPresentationに加えPersonal Brandingなどソフトスキルを駆使したアウトプットが求められた。当然だが、自分自身まだまだと痛感した。人前でオーディエンスの心に響くPresentationができるようにしっかりソフトスキルを身に付けたいと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>今回、M.B.Aを履修する中で感じたことについて幾つか触れてみたい。</p><p>授業は、想像以上にインターアクティブだ。改めてスタイルの違いを目の当たりにした。正直、初めはその場の空気に飲み込まれた。以前から分かっていたことだが、西洋の世界では「知」や「経験」をシェアするということが重要視されている。「学び」は教師が生徒に対して一方的にGiveするものではなく、教師・生徒が一緒に「学び」の伸びしろを極大化するという考えに基づく。そのため、各人がレクチャーやディスカッションに参加しなければ、クラス全体の「学び」の伸びしろを縮小させ、妨げていると判断される。そのため、学生は必死に意見を述べ、とことんわかるまで質問し続ける。また、Challengeおいってある意見に対して意図的に反論することで、新たな視点から議論が深まることもある。全方位的に授業が進むので刺激的だ。恐らく、こういった教育環境で訓練されることで自発性や批判的思考、リーダーシップが養われるのだと感じた。教師と生徒の関係は日本のそれとは全く違っている。自分の中で起きた変化として興味深かったが、「学び」の場では教師と生徒の関係がフラットに近いことに違和感を感じた。自分の奥底にある日本人的な感覚が根強く残っていることに気づかされた。違いを感じながらも、積極的に意見することで常に頭をフル回転するよう心がけてます。</p><p>&nbsp;</p><p>今回、最も強く感じたことは、個人の「経験」はかけがいのないもので、組織にとって財産であるということだ。人と同じことをしていては新しいことは生まれません。人と違う経験をした人にしか語れない苦労や成功体験から、個々のユニークな視点や考えが「価値」として変貌を遂げるということを改めて感じた。シンプルなことだけれど、この気づきは改めて大事だと思った。自分の経験や人生を過小評価する必要は全くない。逆に、どこの大学を卒業したとか、どこの企業に在籍していたということより、1個人がそれぞれの環境で「なにを見て、経験したか」感じたこと、学びを積み上げてきたかということが重要視される世界。本質的であり、シビアだ。シンガポールやイギリスといった多種多様な人種を抱える国家では当たり前の習慣なのかもしれない。なぜなら、「違い」の本質を理解する必要があるから。日本のような単一民族国家では、「違い」の捉え方が表層的に感じる。人の外壁を構成する、人種、性別、年齢、所属するコミュニティといったあらゆるものに対する捉え方が一面的なため、「本質的」な部分に到達する前に勝手な理解が進み、判断を下してしまう。言い換えれば、様々な「違い」を確りと理解し、公正に判断するだけど各々の人生経験の蓄積が十分でないとも言える。日本は国柄この点については訓練されてこなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/tokyotigre/entry-12227433454.html</link>
<pubDate>Sat, 10 Dec 2016 20:48:04 +0900</pubDate>
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<title>Episode 2: Singapore</title>
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<![CDATA[ <p>さて、シンガポールで働き始めて約3カケ月が経ち、非常に濃いシンガポール生活を送ることができていると思います。というのも、ロンドン赴任の時と比べて、自分の中で優先順位が明確なため、やらなければいけないことに確り時間を費やせている実感があります。また、BTMUを離れ、少しずつではあるけれど、世界が開けていく感覚だったり、今まで考えたこともなかったことに想いを馳せてみたり、努力が結果に結びついたり、「今までの自分」や「凝り固まっていた考え方」が揺すぶられている感覚があります。やっぱり、外に出ないと見えない景色やきっかけはあるなと実感してます。前職の時は仕事や人間関係の忙しさ等にかまけて、「大志を抱く」ことや「人生設計する」ことを怠っていたと思います。シンガポールに来て考え方は変わりました。一番の理由は、自分の哲学や自分で出した結論に従い、しっかり行動に移せたからだと思います。そして、世界のトップ校の一つである大学院進学が決まり、まずは結果を残せたことは大きな自信になりました。まだスタートラインにたっただけで、道のりは長いけれど胸を張って日本や世界にとって変化をもたらすことができる人材に成長できるように日々自分を高めたいと今は強く思います。物事は一長一短ではあるけれど、自分にとっては29歳でこのことに気づけて本当に良かったと思います。どこにいるかではなく、自分は何ができるか。だと思います。夢は大きく、努力は地道に、バランスをとりながらやっていきたいし、何よりその時々楽しんで生活したいと思います。日本を変える、世界を変える気概で戦う挑戦者という意味では、世界で戦うスポーツ選手や芸術家と同じ気持ちを持ち続けたいし、そういう人たちが語る人生観や哲学に共感し、自分を重ね合わせることが多いです。平坦な道のりではないし、孤独との戦いかもしれない。何かうまくいかないことがあっても、決して悲観することなく、ピンチをチャンスに変える気概で初志貫徹できるように、歩みを止めることなく一歩一歩進めていきたいと思います。そのためには、きっともっともっと自分と向き合い、自分のことを深く知り、自分の可能性を信じる必要があると思います。多種多様な環境に身をおいて、自分を試し続けたいと思います。</p><p>前職を退職する際、上司から、「これからどこに行っても、どんな環境に身をおいても、やる気をなくしたらおしまいだからな。」とアドバイスを頂きました。確かにその通りだと思います。どこにいてもどんな仕事をしていても、自発性、好奇心を失えば、人としての成長には限界があります。なので、駐在員とかローカルという垣根を越えて、確り組織に対して貢献し、認められる存在になれるように精進したいと思ってます。これは本当に大事なことだと思います。大企業に勤めること、自分も安定した色に従事していましたが、一体何人の従業員が高い志と倫理観の下、自発性・好奇心を携え組織のために働いていたでしょうか。勿論多くの素晴らしい方との出逢いもありました。良い刺激を分かち合う同期とも巡り会いました。しかし、僕が６年間過ごしたBTMUには、そうしたプラスのマインドで仕事をしていない人達も多数いたように思います。これは仕事に限らず、何事にも通じることだと思います。看板を背負っていればそれでいいという人もたくさんいるのが世の常です。このような些細な考え方、取り組み姿勢の違いは、積もり積み重なり、その後各々の人生に大きな変化をもたらすと思います。個人が満足していればそれでいいとも思いますが、僕は折角自由が保障された世界で生活できるのであれば、いつまでも自発性、好奇心、挑戦者マインドを忘れることなく、生活したいと思っています。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/tokyotigre/entry-12226514508.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Dec 2016 16:18:28 +0900</pubDate>
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<title>Episode 1:fist say（Singapore）</title>
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<![CDATA[ 2016.08.20<br><br>ブロク始めます。<br>ちょうど今週は家族が遊びに来てました。<br><br>これからブログを通じて、思ったことやこれからのことについて記録していければと思ってます。<br>個人的には28歳〜32歳の時期に何を考え、行動し、自分や自分の周りの環境を変えていくことができるかによって、これからの生き方、キャリア・私生活の軸となる価値観(core values)に影響を及ぼしていくと思ってます。そうした意味でも、新卒入社以来6年間勤めた会社を辞めてシンガポールで働くことは一大決心でした。といっても、楽観的な性格と一度決めたらこうしたい、という性格が相まって、覚悟を持って挑戦者マインドになることができました。こうした決断ができたのも、今までの様々な人との出会いや自分が歩んできた時々の積み重ねがこうした結果へと導いてくれたと思ってます。同じ経験をしても、それを生かすも殺すも本人次第だと思います。それは即ち自分の身に起こったことは、解釈・気持ち次第でプラスにもマイナスにも作用する可能性があるということだと思います。日々抱く想いや考えの積み重ねをうまく活用することが、自分の思い描く未来に少しでも押し上げてくれると信じてます。方向を見失わず、自分の気持ちをメインテナンスし、努力を継続することが大事であると確信してます。これは世界を舞台に活躍する偉大な日本人アスリート選手も同じことを言っていて、同感します。職種や境遇も全く違いますが、戦う気持ちは彼らと通づるものがると個人的には思ってます。個人的には、サッカーの長友選手や野球の川崎選手の存在は励みになります。もっともっと世界とつながり、違う世界に身を投じたいし、自分を試したいと思ってます。先入観や固定観念で物事を判断するのではなく、自らの体験をもって、自分の口でしっかり語れるう人間になりたいと思ってます。<br><br>シンガポールにきて約二ヶ月半経ちました。新卒で入った民間金融機関で約6年間勤め、29歳で転職しました。前職では東京、ロンドンで勤務させてもらいました。今は在政府系金融機関のシンガポール駐在員事務所で働いてます。<br><br>11月からは、スペインのIE Business School、シンガポールのSingapore Management University (SMU)のMBA(経営学修士)を取得することにしました。これもまた、新たなチャンレンジ、自分の未来を広げてくれるツールだと思ってます。海外の大学院で履修している日本人留学生と何か共有できることがあればそれはそれで幸いです。同じ時代を生きる一人の日本人として様々な人と繋がれたらいいなと思ってます。<br><br>これから宜しくお願いします。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tokyotigre/entry-12192496280.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Aug 2016 21:18:06 +0900</pubDate>
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