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<title>tom-bishopのブログ</title>
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<description>書き連ねたブログや見解はあくまで個人の見解です。</description>
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<title>女性が活躍できる社会へ向けて</title>
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<![CDATA[ 女性が活躍する社会をつくるには様々な用意が必要であることが明らかになった。<br>用意するためには企業や社会がお金や時間等のコストを支払うことが必要である。<br><br>これはなぜか。<br>なぜ、女性が活躍する社会作りにコストが発生するのか。<br><br>それは、これまでの社会や企業は、<br><br>「女性の活躍する機会を犠牲にして創られてきたから」<br><br>である。<br>男性が男性による社会を創ってきたのである。<br><br>この社会構造を変えることは非常に難しい。しかし、変えるべきである。<br><br>現在の社会には特に大企業の中には本来であればクビになっているはずなのに<br>年功序列によって高い給料をもらい、守られている人が少なからず存在している。<br>私はこういった人を「潜在的失業者」と呼んでいる。<br><br>正確な測定はできないが、彼らに支払われるコストは大きいはずである。<br>潜在的失業者が社会に出ているにも関わらず、活躍できる、活躍すべき女性が<br>社会に出ることができないというこの状況は明らかに<br>社会的に大きな損失である。<br><br>これまでに男性が創った権益を打ち破ることは非常に困難であるが、<br>様々な人達を巻き込み、変革をおこしてほしい。
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<link>https://ameblo.jp/tom-bishop/entry-12137994406.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Mar 2016 12:20:00 +0900</pubDate>
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<title>「本質」をみる</title>
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<![CDATA[ 物事の本質をみるにはどうしたらよいか。<br><br>それは、物事に対する正しい答を複数見つけることであろう。<br>そのためには、正しい問かけをしなければならない。<br><br>この「正しい」とは何か。<br>これは、事実に基づいているかどうか、である。<br>事実に基づいた仮説を持ち、問いかけることで答が見つかると<br>考えている。<br><br>しかし重要な点は、「複数」の事実に基づいた仮説を問いかけなければいけない。<br><br>一つの事実からは真実は見えてこない。<br>様々な側面から見た事実によって初めて真実が見えてくるのである。<br><br>事実に基づいた複数の仮説を問いかけることで真実が見え、本質を知ることができる。<br><br>従って、企業の問題の本質を知るためには<br>PLやBS、CFと言った数字という側面だけでなく、競争相手や組織構造、ガバナンス<br>企業の歴史等多くの側面から企業を観察し、事実を把握し仮説を持ち<br>問いかけることで企業の問題の本質を知ることができる。<br><br>「事実」は「真実の側面」にすぎないのである。<br><br>「本質」とはまさにこの「真実」の中にある。
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<link>https://ameblo.jp/tom-bishop/entry-12136670984.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Mar 2016 17:24:32 +0900</pubDate>
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<title>「長期的利益」への道のり</title>
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<![CDATA[ は、かなり遠いと考えている。<br><br>長期的利益を追求するためには、<br>少子高齢化といった長期的な課題について対策をする必要があり<br>組織構造や人事や顧客に対するアプローチを大幅に変更する必要がある。<br>そしてアプローチや制度改革の結果は当然不確実要素であり、失敗するリスクが存在する。<br><br>これは明らかにコストがかかり（短期利益を犠牲にすることにも繋がる）、<br>取り組まなければリスクはゼロである。<br><br>そして、この課題に対して企業のCEOが取り組むインセンティブは存在しない。<br>CEOがやるべきは数年の”自分の”在任期間における企業価値（株価）を向上させることにある。<br><br>したがって、長期的利益は必要であるが、短期的な利益を追求せざるをえない。<br>そうしなければ、クビになる。<br>短期利益をあげなければ、みずからのストックオプションにも影響が出る。<br><br>さてこのような状況の中で何をどのように変えれば長期的利益を追求できるであろうか。<br><br>私の考えでは、<br><br>長期的利益追求のためには、CEOが長期的な視点を持って経営に取り組むことが必要である。<br><br>さらには、長期的にCEOのポディションで経営に取り組むことが重要であると考えている。<br>これは「家族経営」や「同族経営」などの長所の一つでもあるが、長い期間にわたり経営に携わることで長期的な「やっかい」な問題にも取り組むことができる。<br>解決できるかどうかは当然CEOの手腕によるが、問題に取り組まなければ解決はできない。<br><br>しかし、上場企業ではなかなか難しい。<br>しかもサラリーマンのゴールとして<br>社長やCEOのポディションが用意されている場合はさらに難しい。<br><br>CEOに就任する際に、ジョブディスクリプションやマニフェストのようなものを作成<br>して、達成すれば在任期間を伸ばす等の対策や、株主からの長期に在任するような要請が<br>ない限り、企業が長期的利益を追求するのは難しい。<br>四半期ごとに成績評価されるのであれば目先の四半期の勝負が重要であることは当然である。<br><br>極端な話であるが、MBOのように非上場になるのも一つのやり方である。<br><br>つまりは長期的利益の追求は困難である。
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<link>https://ameblo.jp/tom-bishop/entry-12135994502.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Mar 2016 20:00:35 +0900</pubDate>
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<title>グレーは何色か？</title>
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<![CDATA[ グレーは何色か？<br><br>もちろん「グレー」や「灰色」なのだが<br>直接的な表現をせずに表すとしたら何色だろうか。<br><br>「白っぽい黒」<br><br>もしくは<br>「黒っぽい白」<br><br>善悪を白黒で表すことがあるが<br>世の問題や課題はほとんどはグレーである。<br>法律では判断が難しい色である。<br><br>やはり、法律だけでなく倫理が必要である。
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<link>https://ameblo.jp/tom-bishop/entry-12121339044.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Jan 2016 12:56:58 +0900</pubDate>
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<title>ガバナンスの必要性</title>
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<![CDATA[ ガバナンスに関して。<br><br>ガバナンスとは誰にとって必要なのか。<br>これは機関投資家であろう。（つまりプロの投資家である）<br><br>では、なぜ必要なのか。<br>彼らの”多く”は長期投資をしているからである。<br><br>長期や短期に限らず、投資をする際にはPLやBSの情報は<br>欠かせない。<br>これは当然である。<br>長期投資に関していえば、現在の財務状況の他にも未来を企業価値<br>の判断材料となる情報が必要である。<br>しかし、未来のPLやBSは誰にもわからない。<br><br>そこで「ガバナンス」を通して予想するのである。<br><br>ガバナンスとは「会社の考え方や行動指針」などを投資家や投資家になりうる人達（つまり市場）<br>にメッセージとして伝えるものなのである。<br><br>これまでの日本企業は株式の持ち合いなどで株に関してはあまり意識せずに<br>経営できた。しかし、金融がグローバル化する中でステークホルダーの中にも<br>海外企業が出てきて、日本企業も人目を気にしながら企業経営しなければならない<br>時代になったのである。<br><br>そういった中でガバナンスというものが非常に重要になってきたのである。<br>どういった中身のガバナンスが適切であるかはまた、いつか、そのうち書くこと<br>にするが、<br><br>とりあえず、<br><br>ガバナンスは非常に大切なのである。
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<link>https://ameblo.jp/tom-bishop/entry-12090080375.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Oct 2015 21:29:07 +0900</pubDate>
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<title>東芝の嘘とVWの裏切り</title>
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<![CDATA[ 二つの巨大企業の犯したウソは似て非なるものである。<br><br>どちらもコーポレートガバナンスがしっかりしていない点では同じである。<br>しかし、重要なことは「誰にどんなウソをついたのか」<br><br>東芝は会計情報に関して事実と異なる数字を「市場」に公表した。<br>このウソは組織の上層部の”プライド”が生み出した<br>実にくだらないウソであったと考えている。<br>東芝で一生懸命働く社員にも、東芝を使う顧客にも、当然株主等、東芝を<br>愛する全ての人の誰の得にもならないウソである。<br>プライドを守った組織の上の方々しか満足しなかったであろう。<br><br><br>一方、VWは”利益や売上”（販売台数の方が正しいか？）のために<br>「検査機関と顧客」に対してウソをついた。<br>これは非常に大きな問題である。<br>会社の顔とも言える車に不正なソフトを搭載していた。<br>ドイツを代表する企業であるVWはグローバルに展開している。<br>つまり、今回の不正で悪影響も当然グローバルに拡散する。<br><br>経済はグローバルになっているが、規制や政治に関しては<br>グローバル化しきれていないので、VWはそれぞれに個別に対応する<br>ことになる。したがって非常に大きなコストがかかる。<br>この「コスト」とは決してお金だけでない。時間や労働力、レピュテーション等<br>様々である。<br>回復には相当のコストがかかるだろう。<br><br>さて東芝である。こう書いているとVWの問題の方が大きいと思うが<br>東芝に対する市場の対応はガバナンスを緩めるという意味でやっかいな問題である。<br><br>東芝は今回の不正によって特設注意市場銘柄へ移行した。<br>１年間の猶予をもらったわけである。上場廃止ではない。<br>理由はいろいろと「大人の事情」があるだろうが、<br>”もし”株主保護を理由にしているのであれば問題であると考えている。<br>市場が保護するべきは投資家であり、個別企業に投資をしている株主ではない。<br>株主はリスクを取ることで市場に参加しているのだ。<br><br>また、この件によって東証一部は大企業に”やはり”甘いことが示されたように感じる。<br>「市場に上場している企業＝優れた企業」<br>という方程式は”やはり”存在しないようだ。<br><br>とはいえ、これらの２つの企業の問題はガバナンスを考えるよい機会かもしれない。<br>どうやってモニターするべきか。利益とCSRやCSVとのバランスをいかに取るか。<br><br><br>最後に、<br>個人的にはVWがどのように復活するのか非常に楽しみである。<br>世界中の人々に再び愛される企業になってもらいたい。
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<link>https://ameblo.jp/tom-bishop/entry-12084961152.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Oct 2015 20:59:57 +0900</pubDate>
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<title>優れたリーダーの見分け方</title>
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<![CDATA[ 今回は「リーダー」について。<br><br>リーダーに関しては様々な意見や研究があるが共通の明確な定義は無いように思われる。<br>ただ、一つだけ多くの意見の中にも共通項があるとすれば<br><br>「他人に影響を及ぼす」<br><br>という点である。<br><br>時代や置かれている環境、その人の持っている資産（人脈や人柄、経験等）によって<br>あるべきリーダー像は様々であるが<br>優れたリーダーを見つけるのは非常に難しい。<br>一方で優れた経営者はけっこう簡単に見つけられる。<br>その人の経営している会社の数字を見ればよい。<br>よく言われるのはジャック・ウェルチやハワード・シュルツ、スティーブ・ジョブズ等<br>（もちろん日本にも優れた経営者は数多くいらっしゃる）<br>彼らは皆優れた経営者として名が知られている。<br><br>ではなぜ、優れたリーダーを見つけるのは難しいのか。<br>それは、定量的に測ることができないからである。<br><br>まあ、当たり前のことを偉そうに書いたわけだが。<br><br>私の考えではリーダーの仕事（もしくは役割）は<br>「影響力をもって他人を動かすこと」である。<br><br>また、リーダーになる条件はたったの２つ<br><br>・リーダーシップを持っていること<br>・フォロワーがいること<br><br>の２つだけである。<br><br>しかし、上司やリーダーとされている人がこの２つの条件をもっているかどうか<br>は実際の企業にいるとわかりにくい。<br><br>また、”人を動かす”という結果だけをみても優れたリーダーであるかの判断はできない。<br>なぜなら、実際には<br><br>リーダーシップによる影響力：　リーダーとフォロワー<br>立場による影響力　　　　　：　　上司　と　部下<br><br>が混在しているからである。<br>上記の２つに共通していることは<br>「他人を動かすこと」なので、人を動かしたという結果だけでは<br>優れたリーダーかどうかの判断はできない。<br><br>さて、ではどうしたら「優れたリーダー」を見つけられるか。<br><br>定量的ではないが、それは<br><br>「人間力のある人」である。（←非常に定性的）<br>「人間力」とは魅力と言い換えても良いし、コミュニケーションスキル等の能力のバランスがとれている人としてもよい。<br>要は人としての総合力の高い人である。<br>どちらかというと、スペシャリストよりかはゼネラリストである。<br>お弁当でいうと、焼き肉弁当よりも幕の内弁当である。<br><br>多様性を認めることができ、様々な能力を持ち、魅力のある人こそ<br>優れたリーダーではないかと考えている。<br><br><br>つまり、オチとしては<br>「優れたリーダー」なんて人はそんなにいるものではない<br>ということである。<br>（人間いくつか欠点を持っている）
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<link>https://ameblo.jp/tom-bishop/entry-12083389100.html</link>
<pubDate>Mon, 12 Oct 2015 15:32:23 +0900</pubDate>
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<title>格差社会の本質的な問題</title>
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<![CDATA[ 格差社会は良くないという意見、主張がよくきかれるが、私はそうは思わない。<br><br>私の意見では、「格差があることは良いこと」である。<br><br>格差であれ何であれ、世の中には様々な「差」が存在する。<br>株で儲けるのも差あるからであるし（一般的に安く買って高く売る）<br>今、話題になっているラグビーW杯も1位と２位では差がある。（参加国全て優勝はありえない）<br>普段の生活においても差は存在する。<br>例えば買い物。何かを買う際には、価格は売り手と買い手の双方に一定であるが、<br>売る側が考える「何か」の価値と買う側にとっての「何か」の価値には差がある。（だからこそ商売が成立する）<br><br>上記の”差”に関しては多くの人はなんのリアクションも無いが<br>この差が「格差」と名付けられるととたんに拒否反応を起こす。<br><br>さて、私の主張である。<br>私は格差社会の本質的な問題は格差そのものではなく「固定化された格差」を生み出す『システムにある』と考えている。<br><br>人は生まれながらに格差があることが当然であることは疑いの余地もないが、努力して結果をだした人が評価され、上にいける制度が無い（もしくは知られていない）ことは大きな問題であると考える。<br>格差社会に下克上があれば、努力して結果を出す人は結果に応じたポディションにいるであろう。<br><br>私の主張でも「格差」は存在する。<br>しかし、現在の「固定化された格差」ではなく「流動的な格差」である。<br><br>では「どんなシステムにすれば格差が流動化するか？」という問に関しては、、、<br>考え中である。
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<link>https://ameblo.jp/tom-bishop/entry-12081845637.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Oct 2015 10:47:50 +0900</pubDate>
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<title>良い本とは何か</title>
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<![CDATA[ 　本屋にいくと様々な種類の本が置いてある。それを見ると最近よく言われている<br>「本離れ」とは本当なのか？と思うこともしばしば。<br><br>　しかし、平積みしてあるビジネス書を手に取って見てみると似たような内容の本が多い。<br>その中身も”当たり前”のことが堂々と書かれている。<br><br>例えば、<br><br>「ありがとう」を言おう！<br><br>とか<br><br>メールの返信ははやくすること！<br><br>といった内容の本が表紙を変えて乱立している。<br>こういった本にsomething new な事は何も無い。<br><br>しかし、本には当たり前のことが書いてあるので、読者は「なるほど」<br>と関心してしまう。<br><br>この関心が内容の無い本を“良い本”や”ためになる本”として認識され、売れてしまう。<br>売れるのはけっこうだがよく考えてみてほしい。<br><br>大事な事は、当たり前と知っているにも関わらず<br>「なぜ、毎日続けることができないのか」<br>を考えることである。<br>これを考えなければ、こういった内容の無い本を買い続けてしまう。<br><br>”本当に良い本”とは「なぜ」を与えてくれる本ではなかろうか。
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<link>https://ameblo.jp/tom-bishop/entry-12080457380.html</link>
<pubDate>Sun, 04 Oct 2015 16:20:40 +0900</pubDate>
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