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<title>漢字の感じ</title>
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<description>漢字について徒然なるままに書いてみようと思い立ちました。</description>
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<title>今年の漢字は「新」</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">毎年恒例、清水寺の今年の漢字は</font><font size="7">「新」</font><font size="3">に決定しました。意外と地味な選択ですね。保守的な発想そのものが世情を反映してるように感じます。　</font></p><p><font size="3">昨年の</font><font size="7">「変」</font><font size="3">くらいのインパクトは欲しかったです。現状打破には、やはり</font><font size="7">「斬新」</font><font size="3">の「新」でありたいところです。</font></p><p><font size="3">さて「斬新」の二文字の中の</font><font size="7">「斤」</font><font size="3">ですが、訓読みは「おの」と、そのまんまですね。大昔、毎日刃物で木に刻みをつけて日を数えたあたりから来ているのではないでしょうか。</font></p><p><font size="3">ちなみに数字の<font size="7">「十」</font>も<font size="7">「七」</font>も<font size="7">「〆」</font>として区切った刻みのかたちが由来だそうです。</font></p><p><font size="3">そう言えば<font size="7">「切」</font>も「七」を含みますが関係ありそうですね。調べた範囲では「七」が偏にある字はこの「切」しか見つかりませんでした。どうやら「七偏（しちへん）」と言う部首も無いみたいです。もしご存知の方がいたらお教え願いたいです。</font></p>
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<pubDate>Sat, 12 Dec 2009 22:58:31 +0900</pubDate>
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<title>野球と棒球</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">中国語で「棒球」と言えば「野球」のこと。</font><font size="7">「棒」</font><font size="3">とは言うまでもなく「バット」のことでしょうが、対して</font><font size="7">「野」</font><font size="3">は「FIELD」を示す言葉。　　　　　　　　　　　　　自らの手で何とかするのか、全体から洞察するのかの違い。価値観の違いが優先順位の違いとなるのですね。こんなところにも国民気質があって面白いです。</font></p><p><font size="3">英語では「BASSBALL」ですから直訳すると</font><font size="7">「塁球」</font><font size="3">ですね。そうはならなかったのは国民性というよりも民族性と言えるかも知れません。</font></p><p><font size="3">点数を取るポイントに関心が強いと、やはり「BASS」に着目しますからね。</font></p><p><font size="3">さて、「塁」の字ですが、元々は</font><font size="7">「壘」</font><font size="3">の略字。同じ字の重なりを</font><font size="3">「ゝゝ」で省略するお馴染みの手法です。</font></p><p><font size="3">語源はおそらく「俵を積み上げる」イメージかと思います。なので本当は違うのでしょうが、バッターが打席に立って各塁を意識している図にも見えてくるので不思議です。</font></p><p><font size="3">こういった偏見、誤解、勘違いから、言葉や文字はいつの間にか、意味も形も変化していくのでしょうね。</font></p>
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<pubDate>Sat, 05 Dec 2009 05:21:05 +0900</pubDate>
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<title>知的生命体としての「水」</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">京都の清水寺に行った感動。十日過ぎた今でも余韻が残ってます。　</font></p><p><font size="3">単なる旅行で観光地を見てきましたといった感じではなく、本当に大切なことを掴めた気がします。</font></p><p><font size="3">掴めたと言っても、しっかりと握り締めてここにあるというのではないのです。</font></p><p><font size="3">手応え</font><font size="3">があったというのも、また、違います。</font></p><p><font size="3">どちらかと言うと、正に「水の如く」するりと手を離れてはしまったけれども確かに感触はあった、と言うほうが近いです。</font></p><p><font size="3">かといってそれでお終いというわけではなく、また、手に触れる機会はあるだろうけれども、決して前とは同じではないのだ、といったほうが実感したことに近いです。</font></p><p><font size="7"><font size="3">改めて</font>「水」</font><font size="3">という文字を眺めてみると、あらゆる方向に変化する形を表した究極の型なのだと思え、感慨深いものがあります。</font></p><p><font size="3">古くから「ゆく川の流れは絶えずして」「上善如水」「兵形象水」などと言った言い回しに込められた、普遍的な流転の様を身に浸みて感じます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">寺務所の一角に清水寺貫主・森清範氏の本があったので、その中の一冊『水は知的生命体である』、をその場で購入して読んでみました。</font></p><p><font size="3">工学博士の増川いずみ氏とダイアモンドカッティングの専門家であり「流水紋」の創作家でもある重富豪氏との鼎談です。鼎談なので口語体ですから、論文や随筆と比べると、全く予備知識が無くても読みやすいです。</font></p><p><font size="3">また、三者それぞれの立場からの視点、違う方向からの見方から、共通するところが浮かび上がってきているので、強く確信が持てるのです。</font></p><p><font size="3">サブタイトルの「そこに意思がある」も、実感が持てますね。</font></p><p><font size="3">生命と言うものも、何となくではありますが、こんなものなのかなと思えてきますから不思議なものです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">こんな風に少し見方を変えるだけで「水」を表す</font><font size="7">「氵」</font><font size="3">（さんずい）や</font><font size="7">「冫」<font size="3">（にすい）</font></font><font size="7">「雨」</font><font size="3">（あめかんむり）を含む漢字も、その</font><font size="7">「ヽ」</font><font size="3">から、滴りの音色まで伝わってくるようで、味わい深いものです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">身体の健康もこうした視点から見てみるのも良いのでないでしょうか？血液も含めて身体は、水とその流れで出来ているのですから。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/tomkom/entry-10394754566.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Nov 2009 09:09:24 +0900</pubDate>
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<title>願いの「阿」と「安」</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">前回、清水寺のことを書きましたが、本願寺にも行きました。浄土真宗の本山、南無阿弥陀仏のお寺です。</font></p><p><font size="2">まだしばらく先ですが、2012年（平成24年）の「親鸞聖人750回大遠忌」にむけての掲示物が目立って印象的でした。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">スローガンは<font size="4">「世の中安穏なれ」　</font></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">心打つものがありました。意味を噛みしめてみると、「南無阿弥陀仏」に込められた願いを今現在の解釈ですると、こうなのかなと思えてきます。</font></p><p><font size="2">「安穏」という言葉には、悲しいかな安易に使われがちな「平和」や「幸福」とはまた違った、悠久の時間を感じさせる何かがある気がします。「あ」で始まり「ん」で終わるのも、偶然とは思えません。</font></p><p><font size="2">面白いなと思うのは</font><font size="7">「阿」</font><font size="2">の字で始まる阿弥陀如来を大切にしてきた浄土真宗が</font><font size="7">「安」</font><font size="2">の字で始まる「安穏」を無数にある言葉の中から拾い上げたことです。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">カタカナ（仮名）の「ア」の元である「阿」と、ひらがな（真名）の「あ」の元である「安」と、ふたつを並べてみると、個々でもあり、対でもあり、ふたつでひとつでもある存在がイメージとして浮かんできました。</font></p><p><font size="2">言葉では説明できない大切な何かが記憶の底から湧き上がってくる感じです。そこには何かの「願い」はあるのは確かでしょう。嘘のない世界の端っこを垣間見た気がします。</font></p><p><font size="2">また、言葉を超えたところにあるからこそ、言葉の力と文字の力の偉大さを改めて実感しました。言葉と文字があって気づけたことですから、ありがたいことです。</font></p><p><font size="2">深読みしすぎかもしれませんが、決して誰かを傷つけたりする話にはならないことなので、これで良しとしましょう。</font></p><p></p>
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<link>https://ameblo.jp/tomkom/entry-10388017225.html</link>
<pubDate>Sat, 14 Nov 2009 09:02:53 +0900</pubDate>
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<title>２００９年「今年の漢字」は「＊」に決定！</title>
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<![CDATA[ <p>　<font size="2">毎年恒例となりました12月12日の漢字の日に発表される「今年の漢字」ですが、果たして２００９年は、「＊」に何が選ばれるでしょうかね。発表まで丁度一ヶ月。今から楽しみにしております。</font></p><p><font size="2">　本日、仕事の関係で京都の清水寺に行って参りました。夜間ライトアップが今日からということもあるのか、賑わってました。スケジュールの関係でライトアップを見ることはできなかったのが残念でしたが、演出なしでも清水寺の美しさは充分に満喫できました。</font></p><p><font size="2">　「啼くよ鶯、平安京」の７９４年（延暦１３年）より先駆けた778年（宝亀9年）に創建されただけあって、やはり別格ですね、清水寺は。歴史的背景をみても偉大さを感じます。</font></p><p><font size="2">　やはり、清水寺と言えば「清水の舞台」ですが、後ろの方に、「今年の漢字」には何が相応しいのかといったアンケートがあったので、清き一票を投函してきました。別にランキングで決めるわけではないかと思われますが、自分自身が思うところの一字とその理由を書くといったものでした。どの字を書いたかは発表後のお楽しみということで御勘弁くださいませ。</font></p><p>　<font size="2">昨年は</font><font size="7">「変」</font><font size="2">で、その前が<font size="7">「偽」</font>でしたね。この大胆さ大好きです。過去にも</font><font size="7">「災」「戦」「毒」「倒」</font><font size="2">など、どちらかと言うとマイナスイメージな字を選んでることが多いみたいですが、現実に眼をそらさない姿勢は希少ですね。見習いたいものです。</font></p><p><font size="2">　</font></p><p><font size="7"><br></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/tomkom/entry-10387102304.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Nov 2009 23:06:02 +0900</pubDate>
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<title>琵琶pipaの音色は世界を繋ぐ</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">正倉院の「螺鈿紫檀五絃琵琶」の美しさに魅せられたのがきっかけで、中国琵琶を聴き始めました。「びわ」ではなくて「pipa」なんです。</font></p><p><font size="2">これまで中国語映画のBGMや「女子十二楽坊」などの合奏スタイルで耳にしたこと</font>はありましたが、今回初めて独奏を聴いてみて、繊細な単音のメロディーから躍動感ある和音でのリズムまで、その演奏表現の多彩さには身震いを感じました。まるで鳳凰や龍が広大な天海を舞い踊る様だ、と言ったら大袈裟でしょうか？それくらい打ちのめされた感じです。</p><p>あらゆる弦楽器の源がここにあるのではないかと思えてくる位のものですね。日本の琴も、津軽三味線も、語り部ぼ琵琶法師も、沖縄の三弦も、VENTURESのテケテケテケも、インドのシタールも、LED　ZEPPELINの「限りなき戦い」や「WHITE　SUMMER」も、U２の「IN　THE　NAME　OF　LOVE」や「NEW　YEAR’S　DAY」も、KING CRIMSONの「THREE　OF　A　PERFECT　PAIR」も、幌馬車ジプシー楽団系DJANGO　REINHALDTも、フラメンコ系PACO　DE　LUCIAも、バロック楽器代表のチェンバロも、ウクレレも、リュートも、ハープも、ドブロギターも、どれもが皆、時間も空間も超越して自分の中では一つに繋がってしまいました。</p><p>おっと、いけない、いけない。ここは「漢字」のブログでしたね。ついつい我を忘れて前置きが長くなってしまいました。反省です。</p><p>さて、日本語では「びわ」、中国語では「pipa」と読む<font size="7">「琵琶」</font><font size="2">ですが、調べたところ、右手で弦を外側に弾くのが「琵」、内側に弾くのが「琶」という奏法上の特徴が名前の由来だそうです。「かんむり」に「王」が二つ並ぶのは、やはり楽器の発展と言うものは元々、祀り事や宮廷に関わるものである事もあるとはおもいますが、漢字は象形文字であるという視点で眺めますと、縦横の線が「弦と指板」の図表に見えてくるから不思議なものです。そういえば</font><font size="7">「琴」</font><font size="2">も然り。訓読みでは「おおごと」、音読みでは「シツ」でと読む</font><font size="7">「瑟」</font><font size="2">も然りですね。</font></p><p><font size="2">突き詰めて語ればきりがない話ですので、この辺でやめておきますが、漢字には「視覚」と「聴覚」のどちらにも訴えるところがあることを改めて認識致しました。いやはや深い話です。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/tomkom/entry-10379478833.html</link>
<pubDate>Mon, 02 Nov 2009 23:18:17 +0900</pubDate>
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<title>「出」</title>
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<![CDATA[ <p><font size="7">「出」</font></p><p><font size="2">割と地味な存在である。意識しなくても簡単に書ける。意識しなくても簡単に読める。</font></p><p><font size="2">「出来る」と書かずに「できる」で済ますことも割りと多い。敢えて注目される機会も少なそうだ。</font></p><p><font size="2">でも、勢いは感じる。天から地への重力の法則に逆らうように、下から上へと伸びていく動きを感じる。</font></p><p><font size="2">象形文字である漢字は静止画と同じで、一瞬を捉えた姿であるということが特徴である。その条件の元で動きを表そうとした古代の人々の表現力には唯々感嘆するばかりである。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/tomkom/entry-10374162272.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Oct 2009 00:01:14 +0900</pubDate>
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<title>森ガールの「森」</title>
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<![CDATA[ <p>巷では、「森ガール」なるものが話題となっておりますが、個人的にはライフスタイルとして好感持てますね。いつかは「ガール」を卒業することさえわきまえていれば、すごく魅力的な生き方かなと思います。</p><p>それはさておき漢字の話に移ります。「森ガール」の<font size="7">「森」</font>の字ですが、ご承知の通り<font size="7">「木」×３</font><font size="2">で集合を表してます。「木」×２で</font><font size="7">「林」</font><font size="2">という字もありますね。</font></p><p><font size="2">この辺りは、漢字の象形文字としての面白さですので、思い浮かぶままに列挙してみます。</font></p><p><font size="2">「日」×３で「水晶」の</font><font size="7">「晶」</font><font size="2">「貝」×３で「贔屓（ひいき）」の</font><font size="7">「贔」</font></p><p><font size="2">「女」×３で「姦しい（かしましい</font><font size="2">）」の</font><font size="7">「姦」</font></p><p><font size="2">「車」×３で「轟く（とどろく）」の</font><font size="7">「轟」</font><font size="2">音読みでは「ゴウ」と読みます。重ねると「轟轟（ゴウゴウ）」うーん、轟いてます。</font></p><p><font size="2">「馬」×３で、これも「驫く（とどろく）」</font><font size="7">「驫」</font><font size="2">音読みでは「ヒョウ」と読みます。</font></p><p><font size="7"><font size="2">これが「牛」×３になると「犇く（ひしめく）」</font>「犇」</font><font size="2">音読みでは「ホン」と読みます。</font></p><p><font size="2">「耳」×３で「聶く（ささやく）」の</font><font size="7">「聶」</font><font size="2">これは「口偏」をつけて<font size="7">「囁」</font>でも「ささやく」です。こちらの方が雰囲気はありますね。</font></p><p><font size="2">「口」×３で「上品、下品」の</font><font size="7">「品」</font><font size="2">結びつきがよくわかりませんが、多数の意見で評価が決まるといったところでしょうか？ご存知の方がいましたら、教えてください。</font></p><p><font size="2">「目」×３もあるかなと思いましたが見つかりませんでした。あったとすれば「壁に耳あり障子に目あり」に使うと雰囲気が出ますね。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">「虫」の旧字体で</font><font size="7">「蟲」</font><font size="2">「虫酸（むしず）が走る」や「疳の虫」などの言い回しは「蟲」を使った方が実感がわきますね。</font></p><p><font size="2">「石」×３で</font><font size="7">「磊」<font size="2">中国の石材業者の名称で見たことがあります。</font></font></p><p><font size="7"><font size="2">「火」×３で、「火」×２の「炎」と同じく</font>「焱」</font><font size="2">と書いてこれも「ほのお」だそうです。山火事といった感じでしょうか？</font></p><p><font size="2">他にも</font><font size="7">「惢」「矗」「皛」「刕」「厽」「叒」「垚」「猋」「毳」「畾」「嚞」「羴」「舙」「譶」「厵」「鱻」「麤」</font><font size="2">などが見つかりました。</font></p><p><font size="2">意味や読み方、その由来などもそのうち調べてみようかと思います。なにしろ漢字ですから、こんな類はまだまだ他にもたくさんあるかと思います。ご存知の方は教えて頂けると有難いです。</font></p><p><font size="2">おっと、見落とすところでした。「一」×３で</font><font size="7">「三」</font><font size="2">も仲間に入れても良いかもしれませんね。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/tomkom/entry-10371912403.html</link>
<pubDate>Sat, 24 Oct 2009 00:29:45 +0900</pubDate>
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<title>目と口の間は鼻</title>
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<![CDATA[ <p>「口」ときて「目」ときたら、忘れてならないのが<font size="7">「鼻」</font><font size="2">ですが、可哀想にあまり品のないイメージです。不思議なものです。</font></p><p><font size="2">「象形文字」として見ると、鼻毛が出ている風にも見えますし、意地汚く吸い込んでいるようにも見えます。</font></p><p><font size="2">だいたいが、視覚が「見る」、聴覚が「聞く」に対して、嗅覚は「嗅ぐ」ですのでどうも</font><font size="7">「臭」</font></p><p><font size="2">という文字のあらわす不快感から逃れられない呪縛のようなものを感じます。</font></p><p><font size="2">目と口の間にあり、顔の中心に位置する大切なところなのに何だか気の毒です。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">「におい」を「臭い」ではなく<font size="7">「匂」</font></font><font size="2">という字で「匂い」と置き換えても、日常会話では同じ発音でも「臭い」の方が強いのは確かです。</font></p><p><font size="2">「香を聞く」という言い回しがありますが、聴覚の「聞く」と同じなので残念ですが一般的には浸透してないですね。</font></p><p><font size="2">但し、「危険を察知する」という機能では、目や耳には決して劣らず、視覚や聴覚では認識できないものを補う役割を果たしてくれていますので、地味ではありますが大切な身体の一部ですので大事に致しましょう。味覚も補ってくれてますからね。</font></p><p><font size="2"><br></font></p>
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<pubDate>Thu, 22 Oct 2009 07:05:00 +0900</pubDate>
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<title>眼は口ほどにものを言う</title>
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<![CDATA[ <p>前回は「口」を語ったので、今回は<font size="7">「目」</font>です。 </p><br><p>アルファベットのような発音の記号としての文字とは違って、本来「象形文字」であるところが漢字の魅力であります。「口」もそうですが、この「目」も典型的な例ですね。</p><br><p>これを<font size="7">「眼」</font><font size="2">とすると「眼球」や「眼差し」のように、機能を表したりと“動き”が出た感じになりますね。「見る」というinputの行為だけでなく、「何かを訴えている」outputの機能も表しているので、生命力を感じます。正に「眼は口ほどにものを言う」ということですね。</font></p><br><p><font size="2">少々こじつけて見てみますと、左眼がまばたきをしている瞬間にも見えてきます。</font></p><p><font size="2">所謂“めぢから”も「目力」よりは「眼力」のほうがしっくり来ますね。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">反対に動きが停まった状態を</font><font size="7">「眠」</font><font size="2">という文字で表すのは周知のとおりですが、この</font><font size="7">「民」</font><font size="2">という「旁（つくり）」もまた「目」から派生した文字で、よく聞くのは、「奴隷を目潰しして支配下に置いた」のが由来といった類の話です。確かに制御不能の“Out of control”な状態ですね。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">身体の中でも「色」と「形」を認識して反応するための大切な器官ですので、「目」は大切に致しましょう。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/tomkom/entry-10368874315.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Oct 2009 05:55:24 +0900</pubDate>
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