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<title>tomoのブログ</title>
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<title>旅先で喚かれる</title>
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<![CDATA[ 金環日食を観に、いざ鹿児島へ。<br>高速バスに乗り片道4時間。<br>今は4分の3まで来た。<br>ココでトイレ休憩。<br><br>そのトイレ休憩のトイレの前で、<br>「ぁった、ぁった、あった!!」<br>と喚かれた。<br><br>面と向かって、<br>鬼のような形相で。<br><br>もちろん、注目の的である。<br>日曜日のサービスエリアで。<br><br>発端は、バスの座席についている網の中身。気分悪い時袋が付いてるアレである。<br><br>母側の席には「ぷるる」だか「るるぶ」だか、そんな名前の鹿児島のフリーペーパーと鹿児島の小冊子とJTBか何かのチラシが入っていたが、私側の席は鹿児島の小冊子だけだった。<br><br>しかし、母は同じように「あった」と言い張り、私がバッグにしまい、その上で嘘を言っていると思っている。<br><br>ないものは無いのだ。<br>なかったものは無かったのである。<br><br>というより、今日、4回目の濡れ衣なのだ。いい加減ブチ切れる。<br><br>①母の洗顔石けんの網が破れている、ことに気づいた。そして疑った。<br>②母の洗顔石けんの減りが早い、らしい。そして疑った。<br>③バスの座席を間違えた、のは、わざとだと言った。<br>④フリーペーパーは「あった」と言い張り、私がバッグにしまい、なおかつ嘘を言っていると言い、喚いた。<br><br>この4項目すべてを、私のせいにした。<br><br>この人をどう対策すればいいのだろうか...<br><br>気が済むまで殴って、置き去りにして帰ろうかと思うほどに腹立たしい。<br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/tomo-2014/entry-11255764495.html</link>
<pubDate>Sun, 20 May 2012 17:05:19 +0900</pubDate>
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<title>祖父の絵</title>
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<![CDATA[ <font size="3">祖父は、晩年絵を描いていた。<br>墨絵、切り絵、水彩画。<br>切り絵や水彩画は色使いかきれいで、好きだった。<br><br>親族に分けられた絵は、色気のない墨絵だけだった。<br><br>感じたのは、切り絵や日本の風景を書いた絵は、外国でウケるだろう。</font>
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<link>https://ameblo.jp/tomo-2014/entry-11221598117.html</link>
<pubDate>Fri, 13 Apr 2012 00:46:08 +0900</pubDate>
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<title>渡る世間は．．．</title>
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<![CDATA[ <font size="3">さて、遺産相続でもめる、という話はよくある話。<br>我が家も例外ではない様子。<br><br>なくなったのは、父方の祖父だった。<br>父は２人兄弟の弟。<br><br>父はすごく個性的で、ちょっと変わった人に見えるけど、意外と思いやりがあるいい人である。<br>話す内容も、ちゃんと聞くと筋は通っている。<br><br>父が若い頃、ちょうどバブルと呼ばれる時代だった。<br>羽振りもよく、商売をし、成功したかのようだったが、バブル崩壊とともに崩壊した。<br>大きな借金を抱え、家は競売にかけられ手放した。<br>当時、遠方にあった祖父母の家も担保となっていたらしく、同じく取られてしまった。<br><br>そこで、叔父が祖父母が住む目的で比較的近場に家を買い、世話をした。<br>叔父が用意した家に住むに当たって、祖父母は家賃として毎月５万程、支払っていたようだ。<br><br>そんないきさつもあり、叔父はあまり父をまともに相手にしない。<br><br>父方の実家はお墓の所在も不透明だった。<br>と、いうことで、叔父の長男（私のいとこ）から墓についてはしっかり決めておいてほしいと言われていたようだ。<br>そこで、篠栗の南蔵院に納骨することを決めたようだが、父には一切報告することなく、私も父も親戚との会話でそのことを知った。<br><br>祖父がどのくらい遺産を残したのか、香典はどのくらいでそれはどうするのか、葬儀にはどのくらいかかり内訳はどうなのか、一切、父には話していない叔父。<br><br>私の母は、香典を預かる際、弔問客に渡す返礼品の写真をちゃっかり撮影していた。<br>そこには、「勝手乍ら、糸島市社会福祉協議会へ寄附しますので、香典返しはしません」と小さい文字で書いてあった。<br><br><br>昨日、葬儀や初七日などが終わり、今日になり、叔父から父へ連絡があった。<br>父の今回の負担金は「１０万円」と言って来たらしい。<br><br>負担金の話は置いといて、祖父の胃がん発見から死去、葬儀、納骨までの詳細を一切聞かされていないのに、負担金だけ言って来られたことに、父は腹を立て、「知る権利がある」ということで叔父に話したそうだ。<br><br>私は、そうするべきだと思っていたので、よかったと思った。<br><br>叔父は、祖父の預金通帳には約９万円しか残っていなかったと言ったそうだ。<br>祖母方の親戚から、父は「あなたのお父さん（私の祖父）は年金を月に３０万円ぐらいもらっている」ということを聞いたことがあったという。<br>その内訳を可能な限り知りたいと思っているようだ。<br><br>遺産相続の話は、まだ健在の祖母を交えて話したい、ということも叔父に言ったそうだが、頑に拒否されたと言っていた。<br><br>叔父なりに祖父母の世話をしてきたこともよく知っているので、ちゃんと説明があればそれなりに対応しようと考えていたようだが、今回の叔父の話の不透明さを受け、遺産相続人として、受け取れるものがあるのであれば、１円でも１０円でも相続するつもりだと言っていた。<br><br>祖母は、疲労からか、もしくは叔母のススメか、入院した。<br>かわいそうに８５歳という高齢で喪主をさせられ、祖父の危篤状態から、通夜、葬儀、初七日までをやり遂げた祖母。どこかで、休む時間が必要だったと思う。<br><br>父は優しいので、祖母に（おそらく）長男に任せればいい、という意味で、「通夜も葬式も来なくていい。家で休んだ方がいい。」と言ったらしい。<br>しかし、叔母が叔父に父が余計なことを言っているとちくり、叔父から父に「余計なことを言うな」という指摘が入り、父は気分を悪くした。所々に「お前は口を出すな」という一面が見られたような印象を受けた。<br><br>数年ぶりに会った叔母の、今回の一連の印象は「世間体のみ」だった。<br>いかに滅多に会わない親戚たちに「いい嫁」をアピールするか。<br>いかに医師になった息子を持ったことをアピールするか。<br><br>通夜の焼香は、喪主の祖母からだったが、一人でよろよろと立ち、がんばってお辞儀をし、焼香して席に戻った。<br><br>が、<br>翌日の葬儀では、いちいち叔母が一緒に立ち、手を添えていた。<br>その絵だけ見れば、すばらし嫁だけど、孫として気になったのは、ボケてもいない祖母に対して、叔母が子供に話しかけるような指示を出すことだった。手助けの言葉ではなく、上からものを言っている、という空気を感じた。<br><br>祖母は祖父が亡くなって、「一人では生きて行けない」という大きな不安を持っている。<br>いろんな意味で、それを弱みとして握られてるな、と感じた。<br><br>私は、祖母が望むのであれば、一緒に暮らしてもいいと考えている。<br><br>祖父の遺骨を見て思った。<br>病気も健康も凡人も偉人も、骨になったら区別なんかないんだな、と。<br><br></font>
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<link>https://ameblo.jp/tomo-2014/entry-11221595905.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Apr 2012 23:27:16 +0900</pubDate>
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<title>4/9 20:00</title>
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<![CDATA[ <font size="3">おじいちゃんが、亡くなった。<br>８７歳だった。<br><br>私に名前を付け、一番かわいがってくれたおじいちゃんだった。<br>おじいちゃんは不死身じゃないかと思っていたけど、昨年、胃がんが見つかったのをきっかけに、あれよあれよと悪くなり、痩せてしまい、ついにこの日が来てしまった。<br><br>遊びに行くと笑顔で迎えてくれるおじいちゃんだったけど、難しい顔とか怖い顔もする人だった。<br>我が家は、こんな風で、あんまり明るい話をしてあげられなかったからな。。。<br><br>棺の顔は、本当に眠っているように安らかで、「役目」を終えたんだね、と思えた。<br>誰かの子、誰かの兄弟、誰かの夫、誰かの親、誰かのおじいちゃん、誰かの親戚、誰かの生徒、誰かの先生、誰かの友達、その他誰かの何か。。。<br>最後はすごーく痩せちゃったけど、鼻がかっこ良くてイケメンのおじいちゃんだった。<br><br>自分なりに思い残さないように、お礼やお詫びを書いた手紙を棺に入れた。<br><br>お通夜あたりから降り出した雨は、葬儀／出棺の時に大雨となり、お骨を収める頃には上がり、山には霧が美しく、火葬場を出た時には晴れてひばりが鳴いていた。<br><br>春の桜が過ぎ行くいい頃に旅立って、悲しいけど、きれいに私の思い出になったと感じた。<br><br><br>昨年、吐血をしたことで見つかった胃がんは、一部石灰化しているほど大きく進んだものらしい。<br>そういう詳しい話は、我が家には情報としてもたらされることはなかった。<br>余命も長男である叔父には、短く告げられていたのかも知れない。<br><br>よくわからないけど感覚的にできるだけおじいちゃんの所に行って、顔をみたいと感じていた。<br>おじいちゃんちまではバスと電車で１時間以上かかる場所だったけど、入院／手術を行った病院はうちから自転車で２０～３０分程のところだったこともあって、何回でも会いに行こうと決めていた。<br>でも、あんまり行くと逆に心配されても嫌だから、ちょっとだけ控えた。<br><br>胃は全敵だった。<br>強がってたけど、本当はすごく不安でどうにかなりそうだっただろうと思った。<br>高齢の手術だし、心配で、かわいそうで、手術前夜は迷ったけど、面会時間ギリギリに病室に行った。<br>ピリピリしてた。<br>顔をみて、一言励まして、数分で帰った。<br>でも、そうして良かったと振り返る。<br><br>５人の孫と４人のひ孫がいたけど、最後のお骨の時まで、そばで見届けたのは孫／ひ孫の中で私だけだった。<br>孫の一人はアメリカ、一人は青森、一人は統合失調症、一人はうつ。<br>何も事情を持たず、ただただおじいちゃんの見送りだけに集中できた私は、一番幸せな孫だったのかも知れない。</font>
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<link>https://ameblo.jp/tomo-2014/entry-11220683742.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Apr 2012 23:02:25 +0900</pubDate>
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<title>真っ最中</title>
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<![CDATA[ <font size="3">ただいま、真っ最中。<br>ペンを持ち、ひとりおしゃべりしながら、「みっちゃんにいじめられたって言わな、キチガイ扱いされるんよ」と言っている。ときどき、おなかを抱えて爆笑する。そりゃあ、もう、笑い袋のように派手に。<br><br>「みっちゃん」とは母から見て義姉。<br>通常「みっちゃん」とは誰も呼ばない。<br><br>・みっちゃんは、私の父名義の預金通帳を持っている。<br>・私の父の隠し子のことをすべて知っている。<br>・みっちゃんの２人の子供の大学進学までの学費は、我が家から流れた金である。<br><br>と、絶賛妄想中。</font>
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<link>https://ameblo.jp/tomo-2014/entry-11211710767.html</link>
<pubDate>Mon, 02 Apr 2012 23:38:50 +0900</pubDate>
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<title>真似をする</title>
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<![CDATA[ <font size="3">とにかく、何をするにも「真似」をする。<br>そのため、我が家には同じ目的のほぼ同じものが2つある。私が買うと、その後母が同じものを買い増やす。知ってて同じものを買ってくる。私が分けない/共有しないわけではなく、むしろ「同じものなら増やしてくれるな、おっ母さん」と頼もうとも、お構いなく同じものを買ってくる。<br><br>「家」には共有するものと、それぞれが持つものがあると思う。よほど好みや、こだわりがあれば「同じものが2つ」ということもあるかもしれないけど、母の場合はちょっと違う。<br><br>・トマト4個入りの袋<br>・牛乳1Lパック<br>・納豆3個パック<br><br>・洗たく洗剤<br>・漂白剤<br><br>・ドライヤー(メーカー違い/機能同じ)<br>・アイロン(メーカー違い/機能同じ)<br>・アイロン台(色違い/形状同じ)<br><br>・フェラガモの財布(形状、色違い)<br>・ケータイ(色違い)<br>・靴/ブーツ<br>・バッグ<br>・めがね<br><br>※2012/4/1現在<br><br>まだまだあるけど、今思いつく範囲でもこれくらい。 物ならまだいい。<br>食材が困る。<br>2人暮らしで4、5人分の同じ食材があっても使い切れない。<br><br>当然、「真似」なので、買わなければ買わないのだけど。そうもいかない。<br><br>買い物の真似以外では、行動の真似も多い。<br>メニューの設定がある外食では必ず同じオーダー。オプションのドリンクまで同じ。<br><br>私が冬の寒い洗面所からリビングのテレビの前に移動して「<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/200.gif" alt="うんち">座り」で歯磨きをしていると、太っててできないのにその座り方をあえて真似て歯を磨く。<br><br>私が足を組めば、太っててできないのに足を引っ掛けるように強引に組む。<br><br>私が制汗剤を使うと、本来体質的に不要なはずなのに使う。<br><br><br>きっと、「決断ができない」んだろうな。<br>それも、昔からそうだったし。<br><br>iPhoneからの投稿</font>
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<link>https://ameblo.jp/tomo-2014/entry-11209899782.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Apr 2012 10:03:09 +0900</pubDate>
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<title>対称にこだわる</title>
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<![CDATA[ <font size="3">対称に非常にこだわる。<br>これも、ずいぶん前から。<br>その徹底ぶりはすごい。<br>「変わり者だ」と思っていたけど、きっと病気かな。。。<br><br>入り口出口、来た道帰り道、プラスとマイナス、左と右、部屋と部屋、縦と横・・・その他いろいろ・・・<br><br>めんどくさいのは、来た道帰り道。<br>例えば、<br>「よくわかんなくて遠回りして目的地に着いたけど、なーんだこっちのほうが近いやん<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/186.gif" alt="ラブラブ！">」<br>という場合でも、来た通りに帰らなければ気が済まず、失敗すると戻ってやり直す。<br>すべてにおいて「融通」が利かない。<br><br>今日は、近くのモールに一緒に行ったけど、モールっていっぱい入り口出口があるのにさ、入って来た入り口から出て帰るって聞かないんだもんさ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/141.gif" alt="ガーン"></font>
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<pubDate>Sat, 31 Mar 2012 23:00:21 +0900</pubDate>
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<title>精神科を受診してほしい。。。</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br>あと、数年で還暦を迎える母がいる。<br><br>現在、母と二人暮らし。<br>母は仕事も家事もせず、朝起きて寝るまで、独り言と空笑で一日を過ごしている。<br>そんな生活が、もう何年も続いている。<br><br>最近は、妄想や思い込みが激しく、常にテンションが高い。<br>何か質問をすれば、喚くように答える。<br>顔は常にしかめ、超怖い。<br>妹は「鬼みたいな顔」と表現する。<br><br>ものがなくなれば、私を疑い、「捨てただろう？本当のことを言え！」と詰め寄る。<br>濡れ衣、濡れ衣。超怖い。<br><br>ここ最近の妄想は、「夫（私の父）に多数の愛人と子供がいる」というのがメインで、父方の親族の名前を呼び捨てながら、汚い言葉でののしり続ける。<br>超怖い。<br><br>最近なくなったものは、コンタクトレンズのケース。<br>母はハーゾコンタクトレンズを使用している。<br>夜、コンタクトをしまおうとしたところ、ケースがないことに気づいたらしい。<br>初めは、自分で身の回りを探してみている。<br>が、すでに「ここにしか置かないんだけど・・・」「ほかは考えられないんだけど・・・」と疑いモード。<br><br>そして、<br>「あんた、知らん？」<br>と来る。<br><br>見てない、と答えると、<br>「必ずここにしか置かないのに、ないんだけど？」<br>と来る。<br><br>触ってない、と答えると、<br>「どうして嘘つくと？捨てたんでしょ？」<br>と始まる。<br><br>見てない、触ってない、とだけ返答し様子を見て、しばらく経ったら一緒に探してやる。<br><br>そして、<br>「ごめん、あった・・・」<br>と来る。<br><br>それは、「ここにしか」とは全く違うところから出てくる。<br>こんなことが、多ければ月１ぐらいである。<br><br>私は、「母は統合失調症だろう」と思っている。<br><br>・幻覚幻聴がある。<br>・空笑する。<br>・病識がない。<br>・ほかにもいろいろ。<br><br>言動がおかしいのは、２０年前から気がついていた。<br>まだ、子供だったため、どうすることもできなかった。<br>当時、子供ながらに父に「病院に診せた方がいい」と言うと、父は「あいつは病気になりたいだけ」と言い、相手にされなかった。<br><br>よく考えると、母は私が小さいころから、朝の身支度や食事も、父の身の回りの細々した世話も、その他家事全般もほとんどしていなかった。いつも夫婦喧嘩をして、家の中は足の踏み場がなかった。<br>夫婦喧嘩で汚れた床や壁は私がそうじした。<br><br>小学校４年生ぐらいになると、お盆とお正月が楽しかった。<br>両親の実家は遠方にあり、家族は毎年行っていた。<br>私はあえて行かず、一人家に残り、心行くまで散らかった部屋を片付けた。<br><br>大人になって、母を連れ父の住む家から出たのは、１０年前。<br><br>初めは、父と一緒にいることで母の言動がおかしいのだと思っていた。<br>けど、違ったみたい。<br>ここ数年、ますますエスカレートしている。<br><br>日に日に不思議なことを言うようになった母に、精神科受診を提案してみた。<br>「キチガイ扱いせんで！」と言われ、拒否られた。<br>超怖い。<br><br>困り果て、数年前、保健所に相談した。<br>母の様子を収めたムービーを持って。<br>「精神科の受診を考えたほうがいい」<br>とアドバイスされた。<br><br>そんな時、ちょっとしたチャンスが来た。<br>母が一過性の糖尿病を発症し、総合病院に入院することになった。<br>保健所のアドバイスで、かかりつけの先生に相談して精神科受診する方向に持って行く、というのがあったので、担当の内科医に無理を言い、入院中に精神科医に診てもらうよう頼んだ。<br><br>それ自体は叶った。<br>が、精神科医の答えは<br>「家族が追い出したくて言っているだけだろう、何ともない」<br>だった。<br>その精神科医とは、会うこともなく、内科医からその結果を聞かされただけだった。<br><br><br>近い目標として「還暦」までに、もう少し落ち着いているようにしてあげたい、と娘としては思う訳で。<br><br>家でも、道ばたでも、スーパーでも、乗り物でも、ずーっと幻聴に振り回されて、それに対して鬼のような顔でしゃべってる。妄想を幻聴と共有して、いつも怒りまくってる。<br><br>やっぱり、かわいそうなわけで。<br>どうすれば、精神科を受診させられるだろうか。。。<br><br>だまして連れて行くなど、無理で、それはかわいそうで。<br>やっぱり、精神病という分野では、医療も柔軟に動く必要があると思う。<br>例えば、家族の依頼で、初診から「往診」で対応できる、とか。<br><br></font>
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<link>https://ameblo.jp/tomo-2014/entry-11208540533.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Mar 2012 21:54:06 +0900</pubDate>
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