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<title>totsumi123のブログ</title>
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<title>ひとりだけの詩：１０－２</title>
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<![CDATA[ <p>２６：龍谷大学</p><p>&nbsp;</p><p>沖縄で「りゅうだい」といえば「琉球大学」である。</p><p>京都で「りゅうだい」といえば「龍谷大学」である。</p><p>西本願寺系列の大学だ。</p><p>京都で電車に乗ると「りゅうだい」という声をよく耳にする。</p><p>やしきたかじん田端智子らの出身校だ。</p><p>深草キャンパスの学園祭に行った。</p><p>どちらが御客さんなのか分からなかった。</p><p>今の大学生は勉強する時も御客さんなのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>２７：志賀直哉の旧宅</p><p>&nbsp;</p><p>奈良の志賀直哉の旧宅に行った。</p><p>中には入らなかった。</p><p>大勢の団体客がいてわずらわしかった。</p><p>外から見た。</p><p>志賀直哉はしぶいと思った。</p><p>こんなところに住んでみたいとは思わなかった。</p><p>私には古びた小さなアパートが似合っている。</p><p>&nbsp;</p><p>２８：能力主義</p><p>&nbsp;</p><p>アメリカは能力主義の国だ。</p><p>日本もそれに近い。</p><p>能力とは金を生み出す力だ。</p><p>能力のない人はお金に恵まれない。</p><p>お金を生み出す以外の能力はどうなるのか。</p><p>それは能力とは認められない。</p><p>無能な人なのだ。</p><p>お金と関係のない能力はどうなるのか。</p><p>そんな能力こそ本当の能力なのではないか。</p><p>&nbsp;</p><p>２９：佐田啓二</p><p>&nbsp;</p><p>佐田啓二は交通事故でなくなった俳優だ。</p><p>彼はまじめであった。</p><p>事故に会うとまわりに大きな迷惑となる。</p><p>自分では運転しなかった。</p><p>一番安全と思われる後部右側の座席にすわった。</p><p>日頃からつねに安全に対して慎重だった。</p><p>事故は慎重さとは関係なくおこる。</p><p>自分で運転していれば事故にはならなかった。</p><p>車に乗っていた四人のうち彼だけが亡くなった。</p><p>事故は人間の慎重さを越えて起こる。</p><p>&nbsp;</p><p>３０：伏見稲荷</p><p>&nbsp;</p><p>伏見稲荷へは何度も行った。</p><p>参道に入る大鳥居の前の店で</p><p>すずめの丸焼きを売っている。</p><p>伏見稲荷は五穀豊穣の神様だ。</p><p>すずめは五穀につく虫を退治する。</p><p>それならすずめは食べない方がいいのでは。</p><p>と思うがなぜかよく売れるらしい。</p><p>私も焼き鳥屋では食べたことがある。</p><p>境内は甲子園球場の２２倍の広さだ。</p><p>行くたびに息切れがする。</p><p>京都にもまだ広い自然が残っている。</p><p>境内には御茶屋（休憩所）が多い。</p><p>御茶屋はいろいろな店だ。</p><p>高くて入ったことがない。</p><p>いったいいつごろからあるのだろう。</p><p>江戸時代からだろうか。</p><p>もっと前からだろうか。</p><p>先祖代々続いているのだろう。</p><p>今からここに店を出すのはむずかしいだろう。</p><p>京都は歴史の町だ。</p><p>御茶屋にもそれなりの歴史がある。</p><p>何を見ても歴史を感じるのが京都だ。</p><p>&nbsp;</p><p>３１：比叡山</p><p>&nbsp;</p><p>比叡山へは２度行った。</p><p>京都ではなく滋賀県だ。</p><p>京都にこんなに大きな境内の寺はない。</p><p>息切れがする。</p><p>ここからは京都がまるごと見える。</p><p>京都を征服した気分だ。</p><p>僧侶もそういう気持ちだろう。</p><p>宗教的には確かに京都を圧倒した。</p><p>風景が僧侶に高揚した気概をもたらす。</p><p>もっともっと低い場所をさまよう。</p><p>宗教とは本来そういうものなのでは。</p><p>&nbsp;</p><p>３２：高野山</p><p>&nbsp;</p><p>高野山にも二度行った。</p><p>電車から見える途中の景色がせつない。</p><p>境内を歩くといよいよむなしさがつきない。</p><p>さびしさ・せつなさ・むなしさが込み上げる。</p><p>ここを観光地として訪れる人達はどうだろう。</p><p>楽しく高揚した気分なのだろうか。</p><p>私には人生のはかなさを感じさせる場所だった。</p><p>&nbsp;</p><p>３３：うつつとも夢ともしらぬ世にしあれば有りとてありと頼むべき身か（実朝）</p><p>&nbsp;</p><p>「すべては夢すべては真実」。</p><p>シェークスピアの言葉だ。</p><p>死とともに生きる私には切実な言葉だ。</p><p>すべてが夢だと思うにはあまりにも身にしみて</p><p>真実すぎる人生だ。</p><p>さびしさ・せつなさ・はかなさ・むなしさは</p><p>あまりにも真実すぎる。</p><p>これを夢だと思っても真実だと思っても</p><p>結局は同じことなのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>３４：辰吉丈一郎</p><p>&nbsp;</p><p>辰吉丈一郎はボクシングの世界チャンピオンであった。</p><p>彼は名前の「吉」の字の上を必ず「土」と書く。</p><p>「丈」の字の右上には必ず「´」を付ける。</p><p>実はそのような漢字はなく誤字である。</p><p>昔は名前の届け出を役所がそのまま受け付けた。</p><p>彼のお父さんが間違って届けたのだ。</p><p>彼はお父さんが届けた通りの字をそのまま書き続けた。</p><p>そのいちずさが世界チャンピオンをもたらした。</p><p>&nbsp;</p><p>３５：まがたま</p><p>&nbsp;</p><p>まがたまは漢字で「勾玉」・「曲玉」と書く。</p><p>文字通り曲がった玉である。</p><p>分かりやすく言えばコンマを大きくした形だ。</p><p>魂の形だと言う人もいる。</p><p>昔は動物の牙をアクセサリーにしていた。</p><p>その名残だという説もある。</p><p>沖縄ではノロ・ユタなどが首にぶら下げる。</p><p>いかにも神女らしく威厳がある。</p><p>あの形には不思議な神々しさがある。</p><p>&nbsp;</p><p>３６：根拠のない自信</p><p>&nbsp;</p><p>自信に根拠が必要か。</p><p>根拠を探している時点でそれは自信ではない。</p><p>根拠に自信の確かさを求める必要はない。</p><p>確かかどうかを決めるのは未来である。</p><p>&nbsp;</p><p>３７：英単語の収集癖</p><p>&nbsp;</p><p>世の中の人にはいろいろな収集癖がある。</p><p>どうして人はものを集めたがるのだろうか。</p><p>お金をためるのも収集癖なのだろう。</p><p>どんなにお金があってもまだまだ欲しいのだ。</p><p>欲望に際限がないのは収集癖がよくあらわしている。</p><p>私には英単語の収集癖がある。</p><p>いくら覚えてもまだまだ覚えたい。</p><p>まことにありがたい収集癖である。</p><p>&nbsp;</p><p>３８：清少納言のかなしみ</p><p>&nbsp;</p><p>枕草子にはかなしみを描いた場面が見られない。</p><p>私の読み違いかも知れないがそう感じられる。</p><p>かなしみにあまりふれたくはないようだ。</p><p>あえて避けているように思える。</p><p>清少納言はかなしみから遠い存在だったのではない。</p><p>かなしみを描かないことによって</p><p>むしろかなしみが伝わってくるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>３９：外国語と詩</p><p>&nbsp;</p><p>外国語を勉強することは詩を勉強することである。</p><p>単語を覚えるにはそれをイメージしなければならない。</p><p>イメージせずに単語を覚えることはむずかしい。</p><p>単語を覚えることのできない人はイメージが出来ないのだ。</p><p>詩を読むことと単語を覚えることはよく似ている。</p><p>詩人には外国語が出来る人が多い。</p><p>外国語ができない詩人はめずらしい。</p><p>英詩人で外国語ができない人はまれだ。</p><p>彼らにはとくにギリシア語・ラテン語の素養がある。</p><p>詩を書くことと外国語を勉強することは関係が深い。</p><p>&nbsp;</p><p>４０：to constellate（星座を作る）</p><p>&nbsp;</p><p>人間の想像力はすごい。</p><p>夜空の星には星座名がある。</p><p>そしてそれには物語がある。</p><p>星座は地球からみた場合の名前である。</p><p>それぞれの星は遠く離れていて何の関係もない。</p><p>それを関係づけるのは人間の想像力である。</p><p>関係のない所に関係を見つける。</p><p>それが想像力である。</p><p>&nbsp;</p><p>４１：曽益（そうえき）</p><p>&nbsp;</p><p>　台江発棹</p><p>台江一棹泛清波</p><p>北闕遥瞻紫気多</p><p>自是聖朝饒雨露</p><p>満舡司唱太平歌</p><p>&nbsp;</p><p>Soeki</p><p>&nbsp;</p><p>Putting a pole in Daiko River</p><p>&nbsp;</p><p>Putting a pole in Daiko River on clean waves.</p><p>Looking over Peking there are much auspicious sign.</p><p>I’m visiting Holy Palace where a lot of glory and grace.</p><p>People in the ship sing the song of peace and reign.</p><p>&nbsp;</p><p>４２：故郷の空</p><p>&nbsp;</p><p>夕去（ゆうさん）でぃぬ天（てぃん）晴（は）りてぃ</p><p>秋（あち）ぬ風（かぢ）吹（ふ）ち</p><p>月（ちち）ぬ影（かあぎ）落（う）てぃてぃ</p><p>鈴虫（しじむし）ぬ鳴（な）ちゅん</p><p>思（うむ）ええ遠（とぅう）さん</p><p>故郷（くちょお）ぬ天（てぃん）</p><p>とお我（わあ）母父（あやあたありい）</p><p>如何（ちゃあ）為（そお）が</p><p>&nbsp;</p><p>４３：英語と日本語</p><p>&nbsp;</p><p>英語と日本語はどちらがすぐれているか。</p><p>どちらもすぐれている。</p><p>日本語の欠点は外国人には習得がむずかしいことだ。</p><p>英語を勉強して思うことがある。</p><p>この宇宙に英語で表現できないことはない。</p><p>そして日本語もまさにそうである。</p><p>ふたつの言葉を勉強してほんとうによかったと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>４４：ほたる祭</p><p>&nbsp;</p><p>二十代のころ世田谷のほたる祭に行った。</p><p>今もほたる祭はあるのだろうか。</p><p>当時すでに世田谷は大都会だった。</p><p>いまはもっとすごい住宅地だ。</p><p>ほたるが飛んでいるわけがない。</p><p>カゴに入ったほたるがあちこちの木にかけてあった。</p><p>江戸時代にはカゴに入っていないほたるが飛んでいた。</p><p>私のこどもの頃のほたるは大きく輝き群れていた。</p><p>&nbsp;</p><p>４５：太陰暦</p><p>&nbsp;</p><p>日本本土のカレンダーを見て沖縄の人は驚く。</p><p>旧暦がまったくのっていない。</p><p>旧暦がのっているカレンダーは沖縄独特だ。</p><p>本土の人は旧暦が何であるかわからない人が多い。</p><p>旧暦そのものが異次元のものなのだ。</p><p>あたりまえのものがあたりまえでない世界があるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>４６：ガラスケースに入ったおかず</p><p>&nbsp;</p><p>沖縄にはあまり見かけない定食屋である。</p><p>ガラスケースの中のたなにおかずが並べてある。</p><p>作りおきで作り足してある。</p><p>卵焼きとか刺身とか御ひたしとか冷やっこなどだ。</p><p>自分で好きなだけ選べるのがいい。</p><p>取り過ぎると勘定の時に驚く。</p><p>欠点はいつ作ったのか分からない点だ。</p><p>お店を信用するしかない。</p><p>私にはとてもぜいたくな定食屋だった。</p><p>&nbsp;</p><p>４７：琉球におけるノロ・ユタ</p><p>&nbsp;</p><p>琉球王国においてノロ・ユタはなぜ大きな存在となったか。</p><p>第二尚氏の初代国王尚円の奥さんが巫女的な人だったからだ。</p><p>尚円のあと弟が後と継いだ。</p><p>尚円の奥さんはノロを使って神のお告げだと息子を国王にした。</p><p>息子の名は尚真であり五十年在位した名君であった。</p><p>以後ノロ・ユタを重用する神権政治がはじまった。</p><p>&nbsp;</p><p>４８：上戸彩</p><p>&nbsp;</p><p>格好をつけず</p><p>見えを張らず</p><p>ダサい自分でありたい。</p><p>全てをさらけ出して</p><p>格好悪い自分でありたい。</p><p>上戸彩の言葉である。</p><p>私が６３歳で達した境地に</p><p>彼女は３６歳で到達していた。</p><p>&nbsp;</p><p>４９：嘉手納カーニバル</p><p>&nbsp;</p><p>小学校のころ嘉手納カーニバルは楽しみであった。</p><p>切符売り場に行った。</p><p>英語が通じなかった。</p><p>いつか必ず英語が話せるようになりたいと思った。</p><p>祖母が乗馬をすすめた。</p><p>馬がこわいのでことわった。</p><p>食べ物がみんなおいしかった。</p><p>アメリカ人はだれもが親切であった。</p><p>あまりきれいなアメリカ女性はいなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>５０：はだし</p><p>&nbsp;</p><p>沖縄戦を経験した人の話である。</p><p>沖縄の兵隊はいざという時に</p><p>靴をかかえて裸足で走ったそうだ。</p><p>はだしのほうが速かったらしい。</p><p>はだしは戦前の沖縄人にとってふつうだったのだ。</p><p>小学校のころ裸足で登校する生徒がいた。</p><p>そのなごりであった。</p><p>いまの人には想像もできないことだ。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/totsumi123/entry-12972695917.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Jul 2026 16:55:14 +0900</pubDate>
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<title>ひとりだけの詩：１０－１</title>
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<![CDATA[ <p>ひとりだけの詩：１０</p><p>&nbsp;</p><p>１：市長への手紙の内容の一部・２</p><p>&nbsp;</p><p>一人暮らしのひとりごとは駄目なのか。</p><p>一人で暮らしているとひとりごとが多い。</p><p>無意識にでてくる。</p><p>おさえようがない。</p><p>それほど大きな声ではない。</p><p>大きければひとりごとではない。</p><p>詩は音声である。</p><p>確かめるために小さな声で読む。</p><p>いまだに英語を勉強している。</p><p>単語を小さな声で読む。</p><p>これらはすべて許容範囲だと思う。</p><p>なぜそれがいけないのか。</p><p>基本的人権なのではないか。</p><p>いびき・ねごと・寝返りも同様である。</p><p>&nbsp;</p><p>２：市長への手紙の内容の一部・３</p><p>&nbsp;</p><p>私は一日４時間ワープロに向かっている。</p><p>４時間読書をしている。</p><p>それ以外の時間はだいたい詩を考えている。</p><p>これは労働なのではないか。</p><p>私の労働を邪魔をする人たちがいる。</p><p>しつこく邪魔をする。</p><p>眠らせようとしない。</p><p>都合のいい理由を作って眠らせようとしない。</p><p>私がやっていることを労働だと認めているのだ。</p><p>私はこれからも自分の労働を続ける。</p><p>&nbsp;</p><p>３：労働基準監督署は企業の側に大きく傾いている</p><p>&nbsp;</p><p>弁護士事務所を探すために労基署に入った。</p><p>教えてくれなかった。</p><p>いったん外に出たがサグリを入れるためにふたたび入った。</p><p>私は以前の勤め先で労基署に訴えるとおどしたことがある。</p><p>私のことはすでに労基署に知られていたようだ。</p><p>リハーサルまでしたような雰囲気だった。</p><p>あくまで私の推測で証拠はない。</p><p>若い人に替わって奥からいかにも偉そうな人が出て来た。</p><p>最初から最後まで一瞬も視線をそらさなかった。</p><p>私が人と視線を合わせるのが苦手なことを知っていたのだ。</p><p>労働基準監督署は労働者のためのものである。</p><p>そう思っている人がいたらそれは幻想である。</p><p>&nbsp;</p><p>４：市議会全員一致</p><p>&nbsp;</p><p>となりの騒音について市議全員に苦情の手紙を書いた。</p><p>行政に任せて返事がなかった。</p><p>私は自閉症で電話にでません。</p><p>こちらからは電話をします。</p><p>全員に手紙を書いたのは誰か一人でも違った反応をするのでは</p><p>と思ったからである。</p><p>期待を裏切られたというよりも予想通りであった。</p><p>全員一致で反応がなかった。</p><p>市議会議員は何事も行政まかせで全員一致である。</p><p>もし水面下で動いていた議員がいたなら感謝申し上げます。</p><p>&nbsp;</p><p>５：「天」と「吉」の字</p><p>&nbsp;</p><p>「天」も「吉」も上の横棒が長い。</p><p>書道全集などを見るとほとんど下の横棒が長い。</p><p>どちらが正しいか。</p><p>どちらも正しい。</p><p>人名に「吉」の字がある人にはこだわりがある。</p><p>必ず下の横棒を長く書く人がいる。</p><p>学校では上の横棒を長く書かないとペケである。</p><p>なぜ学校ではそうなっているのか。</p><p>学校の漢字は「康煕字典」を基準にしている。</p><p>「康煕字典」では上の横棒が長いのである。</p><p>なぜ「康煕字典」は上の横棒が長いのか。</p><p>「説文解字」を基準にしているからだ。</p><p>なんにでも基準がある。</p><p>学校は基準が第一である。</p><p>基準を守らなければペケである。</p><p>&nbsp;</p><p>６：Avenue・通り・筋・筋（すうじ）</p><p>&nbsp;</p><p>筋小（すうじぐぁあ）はとても細い道だ。</p><p>御堂筋は大きな通りだ。</p><p>大坂では大きな道を筋という。</p><p>次に大きな道が通りだ。</p><p>大坂の筋は英語では「Avenue」という。</p><p>「The Fifth Avenue」は五番街だ。</p><p>筋は東京・京都では「通り」という。</p><p>初めて御堂筋を見た時これが筋かと思った。</p><p>&nbsp;</p><p>７：Bag：バッグ</p><p>&nbsp;</p><p>バッグの意味は口があって何かを入れるものらしい。</p><p>紙袋もハンドバッグも布袋もバッグである。</p><p>紙袋は「Paper bag」である。</p><p>日本人にはどこが「バッグ」なのかわからない。</p><p>&nbsp;</p><p>８：Beggar：乞食</p><p>&nbsp;</p><p>乞食という言葉は抵抗があるが差別用語ではないらしい。</p><p>アメリカでは乞食は法律で禁止されている。</p><p>ただちに警官につかまるらしい。</p><p>だから鉛筆とかカミソリとかを並べる。</p><p>一応商売ということにする。</p><p>お金だけを空き缶に投げて品物は受け取らない。</p><p>法律上は乞食ではないことになる。</p><p>盲目を装って音楽などを聞かせる乞食もいる。</p><p>日本の乞食とは外見だけが違うようだ。</p><p>&nbsp;</p><p>９：Shell：貝</p><p>&nbsp;</p><p>日本語では中身を「貝」という。</p><p>外側を「貝殻」という。</p><p>英語では貝殻を「shell」という。</p><p>貝を「shellfish」という。</p><p>貝殻が先なのだ。</p><p>最初に見たのが貝殻なのだ。</p><p>先祖が海から遠くに住んでいたのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>１０：英語の風物</p><p>&nbsp;</p><p>現代は外国の事物を映像で見ることができる。</p><p>江戸時代にはパンを見たことのない人がいた。</p><p>どのように説明しただろう。</p><p>絵に描いたとしてもほとんどわからない。</p><p>江戸時代に外国語を勉強するのはたいへんだった。</p><p>実物の映像があることは外国語の習得に必要なのだ。</p><p>外国を目で見ることが出来て実際の外国語が聞ける。</p><p>これほど恵まれていながらなぜもっと勉強しないのか。</p><p>江戸時代の人のほうが現代人よりも外国語ができたのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>１１：方言札</p><p>&nbsp;</p><p>実物を見たことがある。</p><p>戦前は共通語の普及のため学校では琉球語が禁止だった。</p><p>違反したものは方言札を首にかけられた。</p><p>別の生徒が琉球語を使った場合にその人に渡す。</p><p>なぜか北朝鮮を思い出す。</p><p>その成果が現在の沖縄である。</p><p>琉球語を話す人に多額の賞金を出しても無理である。</p><p>多額の賞金を出しても英語を習得できる人はいない。</p><p>消滅しようとする琉球語を勉強するよりも</p><p>英語の勉強のほうがもっとたいへんなのである。</p><p>&nbsp;</p><p>※ユーチューブの「朗読おもろそうし第二巻」の冒頭に方言札が出てきます。</p><p>&nbsp;</p><p>１２：醤（ひしお）酢に蒜（ひる）搗（か）きたてて鯛願ふ吾にな見せそ水葱（なぎ）の　</p><p>　　　羹（あつもの）；万葉集３８２９</p><p>&nbsp;</p><p>万葉の人々は日頃どんなものを食べていたのか。</p><p>何がごちそうだったのか。</p><p>貴重な歌である。</p><p>醤は醤油の原型のようなもの。</p><p>蒜は野蒜のことで沖縄のチリビラーに近い。</p><p>蒜に醤油のようなものと酢をかけて食べたのだ。</p><p>鯛はたいそうなごちそうだったようだ。</p><p>水葱はミズアオイのこと。</p><p>これを汁に入れて食べたようだ。</p><p>鯛が欲しいのに水葱を見せるなという意味。</p><p>&nbsp;</p><p>１３：人間は表現することによって存在する</p><p>&nbsp;</p><p>いろいろな表現の仕方がある。</p><p>文章を書くことは一つの表現である。</p><p>とても難しい表現である。</p><p>なかなか手に負えない。</p><p>みんな敬遠する。</p><p>表現された文章を理解するのは難しい。</p><p>理解されないのに表現したい。</p><p>表現することが存在することなのだ。</p><p>人間は自己の存在を証明したいのだ。</p><p>表現することによって存在したいのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>１４：琉球語はどうなるのか</p><p>&nbsp;</p><p>琉球語は確実に消滅する。</p><p>これをくい止めることはできない。</p><p>ただしそれは話し言葉だ。</p><p>琉球語の文献は未来に受け継がれる。</p><p>読み言葉は存在し続けるだろう。</p><p>話して聞くことは消え去るだろう。</p><p>読むことだけは未来に残るだろう。</p><p>読めれば書くことも可能だ。</p><p>漢文は読み書きのみだ。</p><p>それでずっと伝わってきた。</p><p>琉球語は読み書きだけでも</p><p>未来に残さなければならない。</p><p>&nbsp;</p><p>１５：言語能力の及ぶ範囲が認識できる範囲</p><p>&nbsp;</p><p>自分の言語能力を越えて何かを認識することは出来ない。</p><p>自分の言語能力がその人の世界なのだ。</p><p>世界がすべての人にとって同じだと思ってはいけない。</p><p>広い世界は深い言語能力を必要とする。</p><p>すべての人が自分と同じ言語能力だと勘違いしている人。</p><p>すべての人が自分と同じ認識力だと勘違いしている人。</p><p>世界の深さ広さは言語能力によって決まる。</p><p>&nbsp;</p><p>１６：完全な知識はない</p><p>&nbsp;</p><p>完全な知識というものがあったなら</p><p>自由というものはない。</p><p>完全な知識よりも自由が大切だ。</p><p>知識は自由を束縛する。</p><p>自由は知識に挑戦する。</p><p>&nbsp;</p><p>１７：苦労と幸福</p><p>&nbsp;</p><p>苦労と幸福は反義語か。</p><p>そうではないようである。</p><p>むしろ同義語なのではないか。</p><p>同義語になる時がある。</p><p>読書は苦痛である。</p><p>しかししあわせである。</p><p>仕事は苦労である。</p><p>しかし幸福である。</p><p>&nbsp;</p><p>１８：大理石につまずいた女の人</p><p>&nbsp;</p><p>スーパーの中にあるパン屋で</p><p>店員と女の人が話をしていた。</p><p>けっこう長い時間であった。</p><p>女の人が帰ろうと向きを変えた。</p><p>とたんに大理石の上ですべった。</p><p>転倒して頭から血を流した。</p><p>店員はなぜかさっといなくなった。</p><p>たまたま医療関係の女の人がいた。</p><p>慣れた手つきで応急手当をした。</p><p>他の人が救急車を呼んだ。</p><p>私はなにも出来なかった。</p><p>パン屋の店員は見当たらなかった。</p><p>なぜいなくなったのか。</p><p>直前まで話をしていたので</p><p>巻き込まれたくなかったのだろうか。</p><p>それにしてもあのすばやさは何だろう。</p><p>転んだと同時に計算できたのか。</p><p>責任を逃れるのは本能なのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>１９：来ん世にもかかる月をし見るべくば命を惜しむ人なからまし（西行）</p><p>&nbsp;</p><p>子供の時に見た月は大きかった。</p><p>そして今よりももっと美しかった。</p><p>今の月は子供の時よりも小さい。</p><p>これはただの思い違いだろうか。</p><p>どうもそうではないようだ。</p><p>まわりの建物が多くなりすぎた。</p><p>いろいろな夜の光が多すぎる。</p><p>なにもない所へ行ったなら</p><p>大きな月が見られるのだ。</p><p>西行の見た月は大きかった。</p><p>想像を超えて美しかった。</p><p>あの世にもこのような月が</p><p>きっとあるのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>２０：本物の拳銃</p><p>&nbsp;</p><p>小学校の時に本物の拳銃を見た。</p><p>旧日本軍が使用したものだ。</p><p>床下に隠してあった。</p><p>さびて使いものにはならなかった。</p><p>埋もれていたのを拾ったのだろう。</p><p>友達の家に行ったら庭に砲弾の弾頭があった。</p><p>いわゆる不発弾で長さが４０センチほどだった。</p><p>信管が抜いてあるから大丈夫だと言われた。</p><p>まだいくつかあるらしかった。</p><p>もらってもいいと言うので家に持って帰った。</p><p>母に交番に届けたほうがいいと言われた。</p><p>弟といっしょに交番に持って行った。</p><p>戦後２５年まだ戦争のあとが残っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>２１：蔡鐸</p><p>&nbsp;</p><p>　暁発蘭渓</p><p>客舟春暁出蘭渓</p><p>極目雲山與水斉</p><p>人語櫓声江上下</p><p>還聞楊柳有鶯啼</p><p>&nbsp;</p><p>Saitaku</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;Leaving&nbsp;Rankei&nbsp;in the dawn</p><p>&nbsp;</p><p>A trip-boat leaves&nbsp;Rankei&nbsp;in the spring dawn.</p><p>As looking over, mountains and clouds are similar to the water.</p><p>Chatterings&nbsp;and scull-sounds are ups and downs over the river.</p><p>Hearing again warblers’ songs in willow trees.</p><p>&nbsp;</p><p>２２：あおげば尊し</p><p>&nbsp;</p><p>思（ぅん）び出（ぃん）じゃしぇえ尊（たっとぅ）さん</p><p>我（わあ）先生（しんしい）ぬ恩義（うんぢ）</p><p>習（なら）ゆる庭（なあ）んかいん早（なあ）幾年（いくとぅし）</p><p>思（うむ）いねえ一杯（いっぺえ）早（ふぇえ）さん此（く）ぬ年月（とぅしちち）</p><p>今（なま）どぅ別（わか）りでぃか又（また）やあ</p><p>&nbsp;</p><p>２３：三社祭</p><p>&nbsp;</p><p>浅草の三社祭を三度見た。</p><p>各地区が自分たちの御輿をかつぐのだ。</p><p>大勢の見物客だ。</p><p>かついでいる人たちがかっこいい。</p><p>女の人たちはみんな男前だ。</p><p>誰を見ても美人なのだ。</p><p>みんな真剣だ。</p><p>笑っている人がいない。</p><p>みんな緊張している。</p><p>しらけている人はひとりもいない。</p><p>御輿をかついでいるだけなのに。</p><p>見物客が多いのがよくわかる。</p><p>&nbsp;</p><p>２４：ほうずき市</p><p>&nbsp;</p><p>７月の９日・１０日は四万六千日だ。</p><p>この日に浅草寺にお参りすると</p><p>四万六千日と同じ功徳があるらしい。</p><p>それ以外の日にお参りする人たちは</p><p>納得できるのだろうか不思議だ。</p><p>この日にほうずき市がある。</p><p>オレンジ色のほうずきは美しい。</p><p>境内にならべられたほうずきは</p><p>夜になるとどれも光り輝いている。</p><p>まわりの人たちは全く目に入らない。</p><p>&nbsp;</p><p>２５：京都の右京と左京</p><p>&nbsp;</p><p>京都駅を降りると向かって右側が左京</p><p>左側が右京である。</p><p>不思議に思う人があまりいない。</p><p>御所にいる天皇が南を向いた場合である。</p><p>京都は天皇中心の町である。</p><p>平安時代には左京が栄えていた。</p><p>右京は京都のいなかのようだった。</p><p>その名残りが今もある。</p><p>左京ははなやかであり</p><p>右京は何となくひなびている。</p><p>歩いたことのある人はそう感じるだろう。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/totsumi123/entry-12972695719.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Jul 2026 16:52:41 +0900</pubDate>
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<title>ひとりだけの詩：９－２</title>
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<![CDATA[ <p>２６：水戸黄門の印籠</p><p>&nbsp;</p><p>水戸黄門の印籠があればありがたい。</p><p>現代人は誰でも水戸黄門の印籠を持っている。</p><p>「これは上の命令です。」</p><p>「法律で決まっています。」</p><p>「これは会社のきまりです。」</p><p>まさしく水戸黄門の印籠である。</p><p>これに逆らうには進退を決めなければならない。</p><p>&nbsp;</p><p>２７：ゲゲゲの女房</p><p>&nbsp;</p><p>NHKの「ゲゲゲの女房」を見た。</p><p>苦労の生活が長かった。</p><p>これほどかと思うほど長かった。</p><p>売れたあとからは視聴しなかった。</p><p>私は永遠に苦労の生活だ。</p><p>&nbsp;</p><p>２８：花子とアン</p><p>&nbsp;</p><p>NHKの「花子とアン」を見た。</p><p>おもさうしを英訳している時だった。</p><p>この番組を見てから電車に乗った。</p><p>電車の中でもおもろさうしだった。</p><p>花子は立派な翻訳家になった。</p><p>&nbsp;</p><p>２９：個性と平等</p><p>&nbsp;</p><p>個性と平等とは両立しない。</p><p>現代の学校はたいへんな綱渡りだ。</p><p>先生でさえ大変なのに生徒はもっと大変だ。</p><p>頭がおかしくならないのが不思議だ。</p><p>この矛盾を解決する方法は一つしかない。</p><p>どちらかを切り捨てることだ。</p><p>それが一番簡単であることを知るべきだ。</p><p>&nbsp;</p><p>３０：明治神宮</p><p>&nbsp;</p><p>明治神宮に参拝しようとした。</p><p>入り口で警備員に注意された。</p><p>短パンだったのだ。</p><p>やむなく引き返した。</p><p>参拝にはそれなりの身なりと</p><p>マナーが必要なのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>３１：能舞台</p><p>&nbsp;</p><p>金春座の能を見た。</p><p>ほかの演芸とは違っていた。</p><p>演芸はリラックスするものだ。</p><p>能はそうではない。</p><p>緊張の連続だ。</p><p>舞台の上の人もみんな緊張していた。</p><p>演芸がこれほど緊張していいのか。</p><p>それが能である。</p><p>&nbsp;</p><p>３２：白川静</p><p>&nbsp;</p><p>白川静は漢字の学者である。</p><p>古代甲骨文字の研究家だ。</p><p>甲骨文字を一つづつ丁寧に写し取った。</p><p>その数は膨大である。</p><p>地道な作業の果てに彼の学問がある。</p><p>漢字は手で書かなければ駄目だ。</p><p>何度も書くことによって自分のものとなる。</p><p>めんどくさい努力なしに大きな成果はない。</p><p>努力せずに習得する方法を追い求めている。</p><p>方法ばかりを探していると無為な人生となる。</p><p>&nbsp;</p><p>３３：小西甚一</p><p>&nbsp;</p><p>小西甚一は国文学者だ。</p><p>高校時代彼の参考書で古文を勉強した。</p><p>私が古文に興味を持つきっかけとなった。</p><p>文章がおもろしろかった。</p><p>彼は中国語とフランス語も理解できる。</p><p>あらゆる分野に博学であった。</p><p>彼は私のあこがれであり続けた。</p><p>&nbsp;</p><p>３４：前畑秀子</p><p>&nbsp;</p><p>前畑秀子は日本人女性初の</p><p>オリンピック金メダルリストだ。</p><p>２００メートル平泳ぎであった。</p><p>松川小学校で彼女の特別授業を受けた。</p><p>プールで直接指導を受けた。</p><p>私の時間はほんのわずかであった。</p><p>たとえわずかでも金メダリストに指導された。</p><p>それは一生の自信となった。</p><p>私は今も平泳ぎが得意だ。</p><p>&nbsp;</p><p>３５：小学校３年の担任</p><p>&nbsp;</p><p>小学校３年の担任は女の先生だった。</p><p>とてもやさしい良い先生だった。</p><p>字がきれいだとほめられた。</p><p>途中で学校を辞めた。</p><p>理由はわからない。</p><p>突然であった。</p><p>あいさつも何もなかった。</p><p>誰も行く先がわからなかった。</p><p>あの先生はその後どうなったのか。</p><p>いまも時々理由を想像して思い出す。</p><p>&nbsp;</p><p>３６：広末涼子のお母さん</p><p>&nbsp;</p><p>「若い時にはこれしかないと思ってしまう。</p><p>どうしてもこれだと思ってしまう。</p><p>これ以外の道は考えられないと思ってしまう。</p><p>しかしあとから振り返るとそうではない。</p><p>ほかにいくらでも道はあったのだ。</p><p>扉はいくつもあったのだ。</p><p>ひとつだけだと思い込んでいたのだ。</p><p>それに気づかされる。」</p><p>広末涼子のお母さんの言葉だ。</p><p>&nbsp;</p><p>３７：新古今和歌集と京都</p><p>&nbsp;</p><p>新古今和歌集を読むと京都を思い出す。</p><p>京都を思い出さずに新古今和歌集は読めない。</p><p>新古今の作者はほとんどすべてが上流貴族であった。</p><p>京都以外に出ることがなかった。</p><p>京都だけで一生をすごした。</p><p>彼らが見た風景は京都だけである。</p><p>想像した風景も京都の景色を越えることはない。</p><p>新古今和歌集の風景は京都なのである。</p><p>京都を見たことのない人は新古今和歌集の</p><p>風景をどのように想像しているのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>３８：源氏物語と京都</p><p>&nbsp;</p><p>源氏物語のむずかしさはその背景にある。</p><p>背景は京都である。</p><p>京都を知らずに源氏物語はむずかしい。</p><p>京都に住んでみてそう思った。</p><p>現代の今でも京都は源氏物語の世界である。</p><p>&nbsp;</p><p>３９：夢は白黒で見る</p><p>&nbsp;</p><p>私の見る夢は白黒だ。</p><p>カラーで夢を見たことがない。</p><p>現代人には考えられないことだ。</p><p>原因は子供の時見たテレビの影響らしい。</p><p>夢だけではない。</p><p>過去を思い出す時もそうだ。</p><p>昔の時代を想像する時がそうだ。</p><p>カラーでは想像がむずかしい。</p><p>どうしても白黒になる。</p><p>白黒映画に愛着がある。</p><p>白黒は別の世界だ。</p><p>私には白黒とカラーの両方の世界がある。</p><p>&nbsp;</p><p>４０：新しいことへの挑戦</p><p>&nbsp;</p><p>新しいことへの挑戦はめんどくさい。</p><p>できるなら避けて通りたい。</p><p>だからみんな避けて通っている。</p><p>いちばん楽でしあわせな生き方は何か。</p><p>毎日同じことをすることだ。</p><p>だからしあわせな人は多い。</p><p>新しいことをしたあとはしあわせだ。</p><p>するまでとしている時は苦痛だ。</p><p>特に取り掛かるまでが大変だ。</p><p>だからしたあとのしあわせより</p><p>何もしないしあわせのほうを選ぶ。</p><p>&nbsp;</p><p>４１：恩納嶽（蔡温）</p><p>&nbsp;</p><p>一片高峰尽是松</p><p>吾将此地訪仙蹤</p><p>雲深祇怕迷前路</p><p>却使院郎笑蔡邕</p><p>&nbsp;</p><p>All over the high mountain is whole pine trees.</p><p>I come here to seek for the trace of the no-world.</p><p>I almost lose my way in the deep-clouded mountain.</p><p>Reversely the officials make the hermit ashamed.&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;*the hermit is&nbsp;Saiyu</p><p>　　　</p><p>４２：蛍の光</p><p>&nbsp;</p><p>蛍（じいなあ）ぬ光（ふぃちゃい）窓（あかい）ぬ雪（ゆち）</p><p>書物（しゅむち）読（ゆ）む月日（ちちふぃ）重（かさ）び重（かさ）び</p><p>何時（いち）がすら年（とぅし）ん杉（しじ）ぬ戸（はしる）</p><p>開（あ）きてぃ今日（ちゅう）ぬ朝（あさ）別（わか）りてぃ行（い）ちゅん</p><p>&nbsp;</p><p>４３：Apple：リンゴ</p><p>&nbsp;</p><p>リンゴは西洋ではふつうの果物だ。</p><p>アップルパイはふつうのパイだ。</p><p>日本にはいつ伝来したのだろう。</p><p>それほど安い果物ではない。</p><p>電車で軽井沢に行った。</p><p>電車から見える長野盆地は真っ平らだった。</p><p>電車の窓から人家が見えた。</p><p>何かの果物の木が立っていた。</p><p>リンゴの木だった。</p><p>長野では普通の家にリンゴの木があるのだ。</p><p>うらやしいと思った。</p><p>沖縄には普通の家にシークァーサーの木がある。</p><p>&nbsp;</p><p>４４：独学の良いところ</p><p>&nbsp;</p><p>独学には長所がある。</p><p>自分の好きなことが勉強できる。</p><p>大学に行って先生に教わると</p><p>嫌々やらされることがある。</p><p>強制されることがある。</p><p>いつのまにか進路が決められる。</p><p>それが自分に合っていたのか</p><p>あとから後悔することがある。</p><p>自分の好きなことをやった人は</p><p>その選択には後悔しない。</p><p>達成できなかったことが後悔だ。</p><p>&nbsp;</p><p>４５：なちかさん</p><p>&nbsp;</p><p>「なちかさん」は「悲しい」という意味だ。</p><p>共通語の「なつかしい」とは違う。</p><p>「なつかしい」はいい思い出のことだ。</p><p>「なちさかん」は悲しい思い出だ。</p><p>沖縄の人の思い出は悲しいことばかりだ。</p><p>&nbsp;</p><p>４６：まあすん</p><p>&nbsp;</p><p>「まあすん」は「死ぬ」という意味だ。</p><p>「回すん」ではなく「儘すん」だろう。</p><p>自分の自由になるという意味だろう。</p><p>生きている時は自分の思い通りにはならない。</p><p>死んで初めて自分の「儘（まま）」になる。</p><p>&nbsp;</p><p>４７：犬も歩けば棒に当たる</p><p>&nbsp;</p><p>このことわざはどういう意味だろう。</p><p>いいことがあるという意味か。</p><p>わざわいがあるという意味か。</p><p>両方とも正しいのだ。</p><p>全く逆の二つの意味を持っている。</p><p>めずらしいことわざだ。</p><p>棒はいいものなのか悪いものなのか。</p><p>その解釈の違いである。</p><p>聞いた人はその場でどう解釈するのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>４８：情けは人の為ならず</p><p>&nbsp;</p><p>情けは人の為ならず</p><p>自分の為である。</p><p>というのがもともとの意味だ。</p><p>「情けは人の為にならない」</p><p>と解釈する人が多い。</p><p>正しい解釈なのだ。</p><p>情けは人の為にならないのである。</p><p>そういう時代であり世の中なのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>４９：めいとおい</p><p>&nbsp;</p><p>弟の家に行った。</p><p>わざわざおいとめいがあいさつに来た。</p><p>私は話すことができなかった。</p><p>なんでもいいから話せばいいのだ。</p><p>それができなかった。</p><p>自閉症なのだ。</p><p>年をとるとだんだんと</p><p>健常者ではなく自閉症者に近づく。</p><p>&nbsp;</p><p>５０：目的と手段</p><p>&nbsp;</p><p>目的が正しければどのような手段も正しい。</p><p>そう思っているひとが多い。</p><p>手段自体がどうかを考える人がいない。</p><p>目的が正しくなかった場合その手段はどうなるのか。</p><p>当然その手段は全面的に否定される。</p><p>その危機に直面した場合人はどうすればいいのか。</p><p>目的が間違っていたと認めればいいのである。</p><p>これが非常にむずかしい。</p><p>だからますますあらゆる手段を使おうとする。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/totsumi123/entry-12972695315.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Jul 2026 16:47:53 +0900</pubDate>
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<title>ひとりだけの詩：９－１</title>
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<![CDATA[ <p>ひとりだけの詩：９</p><p>&nbsp;</p><p>１：人生を決めた大きな事故</p><p>&nbsp;</p><p>小学校６年の時に三階の屋上から落ちた。</p><p>何をしていたか覚えていないが夜であった。</p><p>ほとんどまったく怪我がなかった。</p><p>下にたまたま大きなガジュマルの木があった。</p><p>それがクッションとなった。</p><p>翌日現場にいくと落ちたすぐそばに釘のたくさん</p><p>刺さった木材が山のように積んであった。</p><p>私が今存在するのは奇蹟なのである。</p><p>この事故がその後の私の人生を決めた。</p><p>なにがあってもすべてがおまけなのだ。</p><p>生きていることだけでありがたいことなのだ。</p><p>私は死をおそれない。</p><p>いつ死んでも何の不思議もない。</p><p>死はつねに私のすぐそばにある。</p><p>死についての詩が多いのは説明がつく。</p><p>死とともに生きた人生は充実していた。</p><p>これからも充実することだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>２：傲慢で尊大</p><p>&nbsp;</p><p>私は傲慢で尊大である。</p><p>えらそうである。</p><p>知ったかぶりである。</p><p>生まれた時からそうである。</p><p>これからもそうである。</p><p>直そうとは思わない。</p><p>直してはいけない。</p><p>高校の時ニューズウィークを</p><p>バスの中で読んでいた。</p><p>喫茶店でまわりに見えるように</p><p>源氏物語を読んでいた。</p><p>むずかしそうな哲学書・洋書を</p><p>本棚に並べている。</p><p>そのような馬鹿なことをしない</p><p>ふつうの人はどうなのか。</p><p>洋書も読めず哲学もわからず</p><p>古典も読まずに人生を終える。</p><p>傲慢と尊大と知ったかぶりは</p><p>結局人生を高めるのである。</p><p>高い所を目指さなければ</p><p>高い所へは登れないのだ。</p><p>他人に見せずにそれができる</p><p>人もたくさんいる。</p><p>見せれば見せた分だけそこに</p><p>到達しようとする人もいる。</p><p>見せるか見せないかの差である。</p><p>見せない人は言い訳ができる。</p><p>見せた人にはそれが出来ない。</p><p>&nbsp;</p><p>３：責任転嫁</p><p>&nbsp;</p><p>多人数によるいじめといやがらせ。</p><p>私達にはこのぐらいの仲間がいると見せたがる。</p><p>威圧するという以外に理由がある。</p><p>自分たちに非があった場合に誰が責任をとるか。</p><p>自分は関係ないと逃げるためである。</p><p>大勢いればすべてまわりに責任転嫁ができる。</p><p>私は関係ありませんという顔ができる。</p><p>すべては私の責任ですという人がいれば</p><p>私はその人に表彰状を書きたい。</p><p>&nbsp;</p><p>４：我那覇真子</p><p>&nbsp;</p><p>私は我那覇真子が好きだ。</p><p>彼女の自信と信念が好きだ。</p><p>彼女はジャンヌダルクではない。</p><p>ジャンヌダルクは民衆が作り上げ</p><p>民衆によってひきずりおろされた。</p><p>彼女は自らの力で自分を作り上げた。</p><p>彼女の信念はけして消え去ることはない。</p><p>&nbsp;</p><p>５：自由と楽な道</p><p>&nbsp;</p><p>自由はめんどくさい。</p><p>自由には困難がつきまとう。</p><p>自由ではない楽な方法を選んでしまう。</p><p>自由でないほうが生きて行きやすい。</p><p>しかし私はこれからも自由に生きていきたい。</p><p>&nbsp;</p><p>６：虫嫌いな人達</p><p>&nbsp;</p><p>虫を毛嫌いする人が多い。</p><p>演技のようである。</p><p>ほとんど演技だろう。</p><p>演技はやがて現実と区別がなくなる。</p><p>虫を嫌う人達は自然から嫌われる。</p><p>細菌・ウィールスにおかされやすい。</p><p>虫は自然に対しての抵抗力をやしなう。</p><p>虫嫌いの人たちは自分で抵抗力を放棄している。</p><p>&nbsp;</p><p>７：蝶の幼虫</p><p>&nbsp;</p><p>ベランダのニチニチ草を一茎花瓶に生けた。</p><p>翌朝見ると葉っぱがすべてなくなっていた。</p><p>花瓶のそばに蝶の幼虫がいた。</p><p>とても大きかった。</p><p>大きいとはいえよくあれだけの葉っぱを。</p><p>おそるべき食欲である。</p><p>よく見ると大きなフンもいっしょだった。</p><p>葉っぱが幼虫とフンに変化した。</p><p>幼虫はやがて蝶へと形を変える。</p><p>&nbsp;</p><p>８：むなしさこそが人生だ</p><p>&nbsp;</p><p>よろこびとうれしさは人生のどのくらいか。</p><p>人生のほとんどはせつなさとむなしさである。</p><p>せつなさとむなしさは一瞬のものではない。</p><p>せつなさとむなしさこそが人生なのだ。</p><p>よろこびとうれしさこそが一瞬なのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>９：となりの部屋のマングースー</p><p>&nbsp;</p><p>私のとなりの部屋には大きなマングースーがいる。</p><p>ときどきけたたましい音をたてる。</p><p>私がちょっとでも物音を立てると真似をする。</p><p>私の立てた音の三倍以上の音を出す。</p><p>人間なみに何かをアピールしたいようである。</p><p>何をアピールしたいのか私にはわからない。</p><p>たとえ分かっても私は私の自由に生きる。</p><p>&nbsp;</p><p>１０：琉球語の会話</p><p>&nbsp;</p><p>高２の家庭訪問のとき両親が不在だった。</p><p>祖母が対応した。</p><p>祖母は共通語がほとんど話せなかった。</p><p>担任の女の先生は私より十三歳ぐらい上だった。</p><p>先生は琉球語で会話をした。</p><p>きれいな敬語だった。</p><p>かっこよかった。</p><p>いままでのどの先生よりもかっこよかった。</p><p>私が琉球語の会話に目覚めたのはそれからだ。</p><p>英語でも先生のような会話ができればと思った。</p><p>&nbsp;</p><p>１１：数学嫌い</p><p>&nbsp;</p><p>高２の担任は数学の先生だった。</p><p>先生に出会って数学が苦手であることに気づいた。</p><p>私は数学に挑戦しようとは思わなかった。</p><p>逆に数学以外の分野に力をそそごうと決心した。</p><p>その選択は間違ってはいなかった。</p><p>数学に力をそそいでいたなら私の今はなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>１２：高１の英語の先生</p><p>&nbsp;</p><p>高１の英語の先生はアメリカの留学経験者だった。</p><p>先生からアメリカそのものを感じることが出来た。</p><p>アメリカへのあこがれがますます大きくなった。</p><p>英語の先生は英語だけを教えるのではない。</p><p>英語の背景を教えなければだめだ。</p><p>先生はホイットマンの研究家だった。</p><p>先生のおかげで英語の詩の世界へ入ることができた。</p><p>&nbsp;</p><p>１３：高３の英語の先生</p><p>&nbsp;</p><p>高３の英語の先生もアメリカの留学経験者だった。</p><p>私は英語の先生に恵まれていた。</p><p>先生は発音がよかった。</p><p>英語の勉強の仕方をいろいろと教わった。</p><p>英語学についても教わった。</p><p>英単語の語彙の増やし方も教わった。</p><p>留学の経験談も話してくれた。</p><p>「Indianapolis」のアクセントは「na」だと教わった。</p><p>先生は後年球陽高校の校長先生になった。</p><p>&nbsp;</p><p>１４：明大前の王将のギョーザ</p><p>&nbsp;</p><p>２０代のころ近くの駅は明大前であった。</p><p>駅前にギョーザの王将があった。</p><p>一人前が２８０円であった。</p><p>二人前とご飯大盛が私のいつものメニューだった。</p><p>そのころの沖縄はギョーザがめずらしかった。</p><p>いなか者の私はギョーザが好きだった。</p><p>今はスーパーで手軽に冷凍のギョーザが買える。</p><p>&nbsp;</p><p>１５：永福町の豚汁定食</p><p>&nbsp;</p><p>永福町の駅前の豚汁定食が好きだった。</p><p>本土の料理でもっとも沖縄料理に近い。</p><p>東京にいれば東京の食べ物を食べればいい。</p><p>たしかにそうである。</p><p>しかしやっぱり沖縄料理がなつかしい。</p><p>当時は沖縄料理の店はほとんどなかった。</p><p>沖縄料理を提供する店もなかった。</p><p>人は一生郷土の料理から逃げられない。</p><p>&nbsp;</p><p>１６：浦和の正月</p><p>&nbsp;</p><p>浦和は現在のさいたま市である。</p><p>以前は埼玉県の県庁所在地だった。</p><p>浦和駅には急行が止まらなかった。</p><p>隣の与野駅に止まる。</p><p>急行が止まらない県庁所在地だった。</p><p>元旦に浦和で人と待ち合わせた。</p><p>時間を二時間間違えてしまった。</p><p>間違っていたのはあとで分かった。</p><p>待ち合わせ場所で二時間も立っていた。</p><p>正月は人通りもすくなく寒かった。</p><p>浦和へはその一度きりだ。</p><p>正月元旦が来るたびに思い出す。</p><p>&nbsp;</p><p>１７：てんとう虫</p><p>&nbsp;</p><p>てんとう虫は美しい。</p><p>そう思わない人が大勢だ。</p><p>あの光沢と輝き。</p><p>目のさめるようなオレンジ。</p><p>黒く光り輝く斑点。</p><p>絵では再現できない。</p><p>どんな絵具でも無理だ。</p><p>こんなに小さいものなのに</p><p>人間には作り出せない。</p><p>&nbsp;</p><p>１８：薬師寺東塔</p><p>&nbsp;</p><p>薬師寺東塔を三回見た。</p><p>美しい。</p><p>１３００年ぐらい立っている。</p><p>何度か解体工事はしたそうだ。</p><p>近年再建された西塔よりも</p><p>はるかに美しい。</p><p>西塔は東塔と同じ美しさになる。</p><p>１３００年後だ。</p><p>人はなぜ新築の家が好きなのか。</p><p>私には理解できない。</p><p>&nbsp;</p><p>１９：だんだん小さくなる女の子</p><p>&nbsp;</p><p>電車の座席の向かい側に女の子が４人座っていた。</p><p>私が話題のようだ。</p><p>聞こえるような小声で話している。</p><p>私の身なりがいなか臭くてダサイようだ。</p><p>ずいぶんと楽しそうな話題のようだ。</p><p>次の駅で一人がおり三人になった。</p><p>声が小さくなったが話題はまだ私のようだ。</p><p>次の次の駅でまた一人おりて二人になった。</p><p>もう聞こえない声だが目付きが私の話題だ。</p><p>とうとう女の子が一人になった。</p><p>さすがに目の置き場をなくして向こうの席へ移った。</p><p>&nbsp;</p><p>２０：解体作業</p><p>&nbsp;</p><p>日雇いの解体作業をやったことがある。</p><p>仕事着のまま電車で帰った。</p><p>まわりの人の目付きがおかしい。</p><p>私の服を見ているのだ。</p><p>人は服装で判断することを切実に実感した。</p><p>私の中身なんかは見ていない。</p><p>そもそも中身は見えない。</p><p>だからこそ人は服装にこだわるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>２１：東海朝㬢（程順則）</p><p>&nbsp;</p><p>宿霧新開敝海東</p><p>扶桑万里渺飛鴻</p><p>打魚小艇初移棹</p><p>揺得波光幾点紅</p><p>&nbsp;</p><p>Morning sun in the east sea（Tei&nbsp;Junsoku)</p><p>&nbsp;</p><p>Morning mists fade away to open the sea.</p><p>A little bird is flying over the east sky.</p><p>A fisher in a boat shifts the paddle stick.</p><p>Twinkling lights move in the crimson wavy.</p><p>&nbsp;</p><p>２２：小景異情・その２（室生犀星）</p><p>&nbsp;</p><p>故郷（くちょお）や遠（とぅう）くんかい居（うぅ）てぃどぅ思（うむ）ゆる</p><p>彼（あ）んし悲（なちか）しく思（うむ）ゆる</p><p>若（む）し</p><p>貧相（ひんすう）し人（っちゅ）ぬ国（しま）ぬ乞食（くんちゃあ）成（な）てぃん</p><p>帰（けえ）てぃ来（ちゅう）る処（とぅくろ）お有（あ）らん</p><p>一人（ちゅい）東京（とおちょお）ぬ夕去（ゆうさん）でぃに</p><p>故郷（くちょお）思（うむ）てぃ涙（なだ）落（う）とぅすん</p><p>其（う）ぬ心（くるる）持（む）っち</p><p>沖縄（うちなあ）思（う）び出（ぃん）じゃしぇえ</p><p>沖縄（うちなあ）思（う）び出（ぃん）じゃしぇえ</p><p>&nbsp;</p><p>２３：金魚すくい</p><p>&nbsp;</p><p>縁日の金魚すくいのそばを何度も通り過ぎた。</p><p>通るたびに考える。</p><p>すくった金魚はこのあとどうなるのか。</p><p>ちゃんと金魚鉢に入れるのか。</p><p>そのあと餌をあげて水をかえるのか。</p><p>何日ぐらい生きのびるのか。</p><p>想像ははてしない。</p><p>ビニールに入った金魚を見ながら</p><p>すくった人は後のことを想像しているだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>２４：二段ベッド</p><p>&nbsp;</p><p>小学校の頃いとこと同居生活をしていた。</p><p>部屋が狭くて二段ベッドを入れた。</p><p>二階をいとこにとられてしまった。</p><p>子どもはどうしても二階が好きだ。</p><p>大人になって男子寮を経験した。</p><p>二段ベッドがあった。</p><p>下のほうがだんぜんよかった。</p><p>下のほうが寝やすくてまた便利だ。</p><p>子供と大人では違うところがある。</p><p>&nbsp;</p><p>２５：北烏山の喫茶店</p><p>&nbsp;</p><p>北烏山の喫茶店でトイレに入った。</p><p>男女兼用だった。</p><p>私のあとに女の子が入った。</p><p>トイレから帰ると私の隣の席だった。</p><p>連れの女の子とトイレの話が始まった。</p><p>ずいぶんとウンコ臭かったらしい。</p><p>私は紙ナプキンに</p><p>「くさくてごめんなさい」と書いて</p><p>女の子に手渡し喫茶店を出た。</p><p>女の子はたいそうな驚きようだった。</p><p>ウンコは臭くて当たり前である。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/totsumi123/entry-12972695004.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Jul 2026 16:44:13 +0900</pubDate>
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<title>ひとりだけの詩：８－２</title>
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<![CDATA[ <p>２６：ＢＵＳＵ</p><p>&nbsp;</p><p>私の一番好きな映画は「ＢＵＳＵ］である。</p><p>思い出しては録画をたまに見る。</p><p>市川準監督・富田靖子主演である。</p><p>絵があまりにも美しすぎる。</p><p>どのシーンを取り出しても美しい。</p><p>映画はストーリーよりも映像である。</p><p>市川準は使うフィルムの量がすごい。</p><p>通常の映画の１０倍はあるそうだ。</p><p>テストの段階でカメラを回すこともある。</p><p>「ＢＵＳＵ］は私が住んでいた東京だ。</p><p>どんな一瞬のシーンでもなつかしい。</p><p>&nbsp;</p><p>２７：詩人の生活</p><p>&nbsp;</p><p>詩人の作品は生活である。</p><p>生活こそが彼の作品である。</p><p>&nbsp;</p><p>２８：深夜のバイト</p><p>&nbsp;</p><p>夜の６時から翌朝の６時までバイトをした。</p><p>昼夜が逆転した。</p><p>発達障害者には適さなかったのだろう。</p><p>うつ状態になった。</p><p>ご飯を作るのも食べるのもおっくうであった。</p><p>風呂に入るのがいやだった。</p><p>掃除はしなかった。</p><p>部屋中がゴミの置き場になった。</p><p>酒ばかり飲んでいた。</p><p>半年後にやめた。</p><p>&nbsp;</p><p>２９：戦国時代の諜報員</p><p>&nbsp;</p><p>いくさの報告は手前味噌である。</p><p>自分に有利なようにしか報告しない。</p><p>何もしなかったのに自分の手柄のように話す。</p><p>自分が失敗したことなどは絶対に報告しない。</p><p>諜報員が必要なのだ。</p><p>確かに本人よりは正確だ。</p><p>しかし諜報員にも諜報員が必要だ。</p><p>諜報員も自分の非は認めない。</p><p>自分の都合のいいようにしか報告しない。</p><p>集団によるいじめ・いやがらせも同じである。</p><p>不正確な報告による集団的行為の末路は？</p><p>&nbsp;</p><p>３０：女性への手紙</p><p>&nbsp;</p><p>私は手紙を書くのが好きだ。</p><p>ずっと好きだった。</p><p>手紙にかぎらず文章を書くのが好きだ。</p><p>言葉を紙の上にのせていくのが好きだ。</p><p>私にはふつうのことだ。</p><p>ほかの人にはそうではないらしい。</p><p>手紙はたいそうなものになった。</p><p>何か特別のものらしい。</p><p>特に女性への手紙はたいへんだ。</p><p>ただちにラブレターと勘違いされてしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>３１：浅田真央</p><p>&nbsp;</p><p>私は浅田真央を尊敬する。</p><p>常に自分の演技を高めようと努力する。</p><p>点数とか順位よりも大切なものがある。</p><p>失敗をおそれない。</p><p>最高の自己を実現したいのだ。</p><p>結果ではない。</p><p>自己への挑戦なのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>３２：結婚式の司会</p><p>&nbsp;</p><p>いとこの結婚式の司会をした。</p><p>いまでも思い出すたびに後悔する。</p><p>結婚式の指輪の披露はしない。</p><p>そう打ち合わせてあった。</p><p>係りの人が指輪の披露を言って来た。</p><p>私は突然変更になったかと思った。</p><p>係りの人の間違いであった。</p><p>指輪の披露は行なわれた。</p><p>会場との打ち合わせは済んでいると思った。</p><p>担当の人全員に言って欲しかった。</p><p>結婚式はおおよそ流れが決まっている。</p><p>いつもと違ったことをするのはむずかしい。</p><p>ちゃんと係りに伝えておくべきだった。</p><p>テレビドラマで結婚式のシーンがうつる。</p><p>いつもあのときのことがよみがえる。</p><p>&nbsp;</p><p>３３：星の砂</p><p>&nbsp;</p><p>星の砂は砂ではない。</p><p>有孔虫の化石だ。</p><p>生きている星の砂もある。</p><p>星はどうしてあの形なのか。</p><p>実際の星はあんなではない。</p><p>だれもが星はあの形だと思っている。</p><p>最初にあの形を思いついたのは誰か。</p><p>古代ギリシャの壁画がすでにあの形だ。</p><p>すべては星の砂と同じだ。</p><p>現実のものとは違って見えている。</p><p>&nbsp;</p><p>３４：遠藤周作の「沈黙」</p><p>&nbsp;</p><p>神はつねに沈黙している。</p><p>沈黙しながら存在している。</p><p>沈黙するものをどうして信じられるのか。</p><p>存在したいのであれば沈黙すべきではない。</p><p>沈黙すべきでない時になぜ沈黙するのか。</p><p>神は存在したいのであれば沈黙してはいけない。</p><p>&nbsp;</p><p>３５：ひまわり</p><p>&nbsp;</p><p>ひまわりは太陽の動きに合わせて動く。</p><p>迷信である。</p><p>名前からの連想である。</p><p>ほんとうかどうか確かめた人がいた。</p><p>植物学者の牧野富太郎である。</p><p>まる一日ひまわりを観察していたらしい。</p><p>立派な学者である。</p><p>&nbsp;</p><p>３６：オシロイバナ</p><p>&nbsp;</p><p>オシロイバナを英語で「four o’clock」という。</p><p>実際に夕方４時頃に咲くらしい。</p><p>もちろん人間ほど時間厳守ではない。</p><p>夕方に咲くというところが詩的である。</p><p>花は朝咲いて夕方にしぼんでほしい。</p><p>人間は勝手にそう思っている。</p><p>人間の思いどおりにはならない。</p><p>実に立派な花である。</p><p>&nbsp;</p><p>３７：ハマナス</p><p>&nbsp;</p><p>知床旅情に出る花だ。</p><p>実がナスに似ているから。</p><p>江戸時代の学者の説だ。</p><p>バラ科バラ属である。</p><p>実の味がナシに似ているらしい。</p><p>東北弁では「ナシ」を「ナス」と発音する。</p><p>「ハマナシ」がなまったものらしい。</p><p>牧野富太郎の説だ。</p><p>&nbsp;</p><p>３８：良寛の漢詩</p><p>&nbsp;</p><p>良寛の漢詩はおもしろい。</p><p>よく理解できる。</p><p>私は仏教も一通りは勉強した。</p><p>中国の漢詩は背景・歴史がむずかしい。</p><p>良寛の漢詩は日本的である。</p><p>漢字ばかりでも日本的である。</p><p>身近であり風景も目に浮かぶ。</p><p>日本人の漢詩はおもしろい。</p><p>&nbsp;</p><p>３９：深夜の読書</p><p>&nbsp;</p><p>深夜４時間読書をしている。</p><p>もちろん休憩も入れる。</p><p>しずかで頭にはいりやすい。</p><p>集中することができる。</p><p>深夜の読書はいい。</p><p>ときどき眠くなる。</p><p>それがまた快感である。</p><p>&nbsp;</p><p>４０：乃木希典</p><p>&nbsp;</p><p>乃木希典は最後の武士だと言われる。</p><p>その通りだと思う。</p><p>彼の生涯はつねに死とともにあった。</p><p>西南戦争で政府軍の軍旗を奪われた。</p><p>その時自決しようと思ったが出来なかった。</p><p>それ以後ずっと死ぬチャンスをさがした。</p><p>チャンスはなかなか来なかった。</p><p>旅順攻略で多数の兵士を失った。</p><p>自分の子供を二人も失った。</p><p>戦後いよいよチャンスが来ると思った。</p><p>明治天皇は知っていた</p><p>「死んではならない。」と言われた。</p><p>チャンスをのがした。</p><p>明治天皇が崩御した。</p><p>とうとうチャンスが来た。</p><p>武士はつねに死とともに生きた。</p><p>桃山陵の下の乃木神社に三度参拝した。</p><p>六本木の乃木神社へは行ったことがない。</p><p>&nbsp;</p><p>４１：程摶萬</p><p>&nbsp;</p><p>　春日登山</p><p>春山一望景無窮</p><p>海色蒼蒼万里空</p><p>飛鳥数声雲幾点</p><p>何時収入画図中</p><p>&nbsp;</p><p>Tei&nbsp;Semban</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;Mountain climbing in the spring　(translation)</p><p>&nbsp;</p><p>The whole spring mountain is infinite.</p><p>Over the sea is ever green and empty.</p><p>Flying birds are singing in some clouds.</p><p>When can I paint this view in the pretty?</p><p>&nbsp;</p><p>４２：雨ニモマケズ（宮沢賢治）</p><p>&nbsp;</p><p>雨（あみ）んかいん負（ま）きらん</p><p>風（かじ）んかいん負（ま）きらん</p><p>雪（ゆち）にん夏（なち）ぬ暑（あち）さにん負（ま）きらん</p><p>頑丈（がんじゅう）胴（どぅう）持（む）ち</p><p>欲（ゆく）や無（ねえ）らん</p><p>通（とぅう）ち怒（わじ）らん</p><p>何時（いちん）静（しじ）かに笑而居（わらとお）ん</p><p>一日（ちゅふぃ）に玄米（ぬうめえ）四合（ゆんごお）とぅ</p><p>味噌（みす）とぅ少（いぃふぃ）ぬ青菜（おおふぁ）喰（か）でぃ</p><p>諸（むる）ぬ事（くとぅ）</p><p>自分（どぅう）や勘定（かんじょお）んかい入（い）りらん如（ぐとぅ）</p><p>良（ゆ）う見（んん）ち聞（ち）ち分（わ）かてぃ</p><p>彼（あ）んし忘（わし）らん</p><p>野原（もお）ぬ松（まあち）ぬ陰（かあぎ）ぬ</p><p>細（くう）さる茅葺（かやぶ）ち家小（やあぐぁあ）んかい居（うぅ）てぃ</p><p>東（あがり）んかい病（やんめ）え童（わらび）ぬ居（うぅ）れえ</p><p>行（い）んぢ看病（かんびょお）為（し）</p><p>西（いり）んかい疲（くたん）でぃ而居（とお）る母（あんまあ）ぬ居（うぅ）れえ</p><p>行（い）んぢ其（う）ぬ稲（ぃんに）ぬ束（たば）い担（かた）みてぃ</p><p>南（ふぇえ）んかい儘（まあ）し擬（ぎ）さある人（っちゅ）ぬ居（うぅ）れえ</p><p>行（い）んぢ恐（しか）まんてぃん済（し）むんでぃ言（い）ち</p><p>北（にし）んかい争合（おおえ）え訴訟（くうじ）ぬ有（あ）れえ</p><p>面白（うむ）こお無（ねえ）らん事（ぐとぅ）止（や）みれんでぃ言（い）ち</p><p>胴一人（どぅちゅい）ぬ時（とぅちぇ）え涙（なだ）落（う）とぅち</p><p>寒（ふぃい）さる夏（なち）や彼処（あま）歩（あっ）ち此処（くま）歩（あっ）ち</p><p>諸（むる）んかい不要（ふゆう）なあでぃ言（い）らってぃ</p><p>褒（ふ）みらりん為（さ）らん</p><p>誹（すし）らりん為（さ）らん</p><p>其（う）ぬ様（よお）な人（っちゅ）に</p><p>吾（わん）や成（な）い欲（ぶ）さん</p><p>&nbsp;</p><p>※二十四行目は多くの本で「ヒデリノトキハ」となっている。しかし、賢治の手帳を見ると「ヒドリノトキハ」と読める。岩手弁では「ヒトリ」を「ヒドリ」と発音する。したがって、「ヒトリノトキハナミダヲナガシ」が正しいのではないかと思う。（これは私の説ではない。）一人の時に涙を流す気持ちが私には非常によく理解できる。私の詩集の名前はこの詩が由来である。</p><p>&nbsp;</p><p>４３：サムライハイスクール</p><p>&nbsp;</p><p>三浦春馬のサムライはかっこよかった。</p><p>平凡な高校生もかっこよかった。</p><p>どちらもかっこよかった。</p><p>三浦春馬にサムライがのりうつる。</p><p>二人の人間が一人の人間の中にいる。</p><p>みんな同じだ。</p><p>会社の自分とおうちの自分は違う。</p><p>会社にいる時はみんなサムライだ。</p><p>そのかっこよさに気づいていない。</p><p>おうちにいる時もかっこいいのだ。</p><p>それに気づいていない。</p><p>&nbsp;</p><p>４４：英詩の翻訳</p><p>&nbsp;</p><p>詩の翻訳は詩である。</p><p>英詩の翻訳は原文よりもおもしろくない。</p><p>あたりまえである。</p><p>他の外国語の詩の翻訳よりもおもしろくない。</p><p>ドイツ文学者の詩人がいる。</p><p>フランス文学者の詩人がいる。</p><p>英文学者の詩人は聞いたことがない。</p><p>文語訳は無理がある。</p><p>七五調は無理がある。</p><p>現代人には現代語訳がよい。</p><p>英文学者は文法にこだわる。</p><p>誤訳を指摘されるのがこわい。</p><p>詩の内容よりもプライドが大切だ。</p><p>英詩の翻訳はおもしろくない。</p><p>プライドよりも詩の内容が大切だ。</p><p>作者のこころを伝えなければだめだ。</p><p>&nbsp;</p><p>４５：塾の講師</p><p>&nbsp;</p><p>塾の講師をやっていた。</p><p>自分が自閉症とはまだ知らなかった。</p><p>生徒にはほんとうに迷惑をかけたと思う。</p><p>生徒の方が私よりもはるかに立派であった。</p><p>&nbsp;</p><p>４６：引っ越しと言語感覚</p><p>&nbsp;</p><p>何度も引っ越した。</p><p>八つの都府県を経験した。</p><p>関西から関東にまたがっていた。</p><p>いろいろな「方言」を学んだ。</p><p>東京に行ってはじめて自分のなまりに気づいた。</p><p>東京弁を勉強した。</p><p>彼らが話している通りに話そうとした。</p><p>京都弁・大阪弁・神戸弁に接した。</p><p>イントネーションの大切さを学んだ。</p><p>方言を学ぶことは外国語を学ぶのと同じだ。</p><p>方言を学ぶことは言語学を学ぶことだ。</p><p>&nbsp;</p><p>４７：沖縄のなまり</p><p>&nbsp;</p><p>大坂人は東京弁を話そうとしない。</p><p>大阪弁にほこりがある。</p><p>大阪弁とは何か。</p><p>イントネーションである。</p><p>新聞を大坂のイントネーションで読めば</p><p>それは間違いなく大阪弁である。</p><p>イントネーションこそが方言の本質である。</p><p>沖縄人は沖縄のなまりにほこりを持ってよい。</p><p>&nbsp;</p><p>４８：神戸の北野神社</p><p>&nbsp;</p><p>北野坂を登りきった所に北野神社がある。</p><p>北野坂はけっこうな坂だ。</p><p>北野神社のすぐ下のアパートに住んでいた。</p><p>仕事帰りの北野坂はきつかった。</p><p>坂の代償に神戸の美しい景色がある。</p><p>姉と弟と姪の四人で北野神社に行った。</p><p>坂から風見鶏を見上げて弟が嘆息した。</p><p>北野神社で姪の合格祈願のお守りを買った。</p><p>たいていの沖縄人は菅原道真を知らない。</p><p>神戸で天神様を知らない人はいないだろう。</p><p>北野神社からの神戸の景色は最高すぎる。</p><p>私にはなんでもない葉をとりあげて</p><p>これが紅葉かと弟が言った。</p><p>&nbsp;</p><p>４９：渋谷</p><p>&nbsp;</p><p>東京で浅草の次に好きな町は渋谷だった。</p><p>渋谷は文字通り谷の町である。</p><p>地下鉄の渋谷駅は地上三階にある。</p><p>渋谷までは地下を通る。</p><p>渋谷を過ぎると地下に入る。</p><p>ハチ公前で３回ほど待ち合わせをした。</p><p>人が多くて待ち合わせにならなかった。</p><p>スクランブル交差点がすごい。</p><p>私のような発達障害者でも人にぶつからない。</p><p>日本人の社会性はおそろしい。</p><p>パルコと東急ハンズが好きだった。</p><p>パルコの中の映画館には何度も通った。</p><p>NHKと代々木公園が近い。</p><p>当時はまだ竹の子族が全盛だった。</p><p>いなか者丸出しで見ていた。</p><p>フリーマーケットもおもしろかった。</p><p>丹下健三の代々木競技場を見ると</p><p>せつなさとむなしさがこみ上げて来た。</p><p>&nbsp;</p><p>５０：詩人</p><p>&nbsp;</p><p>私の最終的な夢は詩人であった。</p><p>それが実現した。</p><p>詩人とは自分の詩を公表した人のことだ。</p><p>私はネットで自分の詩を公表した。</p><p>読者が何名いるかは問題ではない。</p><p>公表すれば詩人なのである。</p><p>世間の評価はどうでもいい。</p><p>そもそも私は自閉症で引きこもっている。</p><p>詩人は社会を批判する者だ。</p><p>社会からどのように批判されてもよい。</p><p>社会からの批評はどうでもいい。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/totsumi123/entry-12972694766.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Jul 2026 16:41:18 +0900</pubDate>
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<title>ひとりだけの詩：８－１</title>
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<![CDATA[ <p>ひとりだけの詩：８</p><p>&nbsp;</p><p>１：汀間の綱引き</p><p>&nbsp;</p><p>小学校一年のとき汀間の綱引きに参加した。</p><p>３分ほどで勝負がついた。</p><p>私が引いた方が負けだった。</p><p>あっけなかった。</p><p>準備には相当な時間がかかった。</p><p>たくさんの人がかりだされた。</p><p>勝敗に１時間以上かかる綱引きもある。</p><p>長時間のすえ勝負が決まらず</p><p>引き分けとなる場合もある。</p><p>勝負はイメージ通りにはいかない。</p><p>負けた勝負はあっさりとしている。</p><p>あとに残るのは</p><p>さびしさとせつなさとむなしさである。</p><p>&nbsp;</p><p>２：書の時代考証</p><p>&nbsp;</p><p>テレビの時代劇に出てくる手紙などの文書を見る。</p><p>楷書か行書で書かれている。</p><p>視聴者がなんとか読めるように書いてある。</p><p>当時は御家流という草書が主流である。</p><p>あのような字を書く人は江戸時代にはいない。</p><p>NHKは時として当時の字をなんとかまねている。</p><p>それは江戸時代をまねた現代の字である。</p><p>書の時代考証はむずかしい。</p><p>&nbsp;</p><p>３：正倉院展</p><p>&nbsp;</p><p>奈良の正倉院展に二度行ったことがある。</p><p>教科書に出てくるような御物はなかったが</p><p>すべてが名品であった。</p><p>手入れが行き届いている。</p><p>１３００年前のものとはとても思えない。</p><p>時間がすっぽりと抜けてしまっている。</p><p>毎年何点かを出品するらしい。</p><p>全部出品されると何年かかかるだろう。</p><p>正倉院には東倉と西倉があったそうだ。</p><p>西倉は平家によって焼かれてしまった。</p><p>西倉にあった御物を想像すると</p><p>私の頭はくらくらとする。</p><p>&nbsp;</p><p>４：県立北部病院</p><p>&nbsp;</p><p>県立北部病院の駐車場はいつ行っても満杯だ。</p><p>患者なのか付き添いなのか見舞客なのか。</p><p>とにかくいっぱいだ。</p><p>尿管結石で夜も寝られず北部病院に行った。</p><p>予約制でどのくらい待つか分からないと言われた。</p><p>別の病院を紹介された。</p><p>別の病院はほとんど待つことなく診断も早かった。</p><p>薬をもらって飲むと３日ほどで結石がとれた。</p><p>いつ結石がとれたのか自分でもわからなかった。</p><p>小学生のころスクガラスが喉にひっかかった。</p><p>夜中に県立中部病院に行った。</p><p>二時間以上待たされた。</p><p>尿管結石で夜も寝られず七転八倒する患者。</p><p>スクガラスが喉に詰まった小学生。</p><p>それ以上の患者が大勢いるということだ。</p><p>県立病院というところはおそろしい。</p><p>&nbsp;</p><p>５：水曜郷土劇場</p><p>&nbsp;</p><p>OTVの「水曜郷土劇場」では沖縄芝居をやっていた。</p><p>祖母といっしょによく見た。</p><p>あの琉球語は首里言葉でもなく那覇言葉でもない。</p><p>誰でもが聞き取れるようないわゆる琉球語の共通語である。</p><p>真喜志康忠が好きであった。</p><p>水曜郷土劇場の沖縄芝居の琉球語は私にとっては</p><p>もっともスタンダードな琉球語である。</p><p>&nbsp;</p><p>６：新明解国語辞典</p><p>&nbsp;</p><p>新明解国語辞典の語釈はすばらしい。</p><p>的確・適切読んでいてすがすがしい。</p><p>どの語釈を読んでも全てが詩的である。</p><p>新明解国語辞典はことばの詩集である。</p><p>&nbsp;</p><p>７：自転車事故</p><p>&nbsp;</p><p>京都伏見の歩道を夜中に自転車で走っていた。</p><p>雨が降っていた。</p><p>こんな時間に自転車は通らないだろうと思った。</p><p>カーブをスピードを落とさずに曲がった。</p><p>同じように思っている人がいた。</p><p>カーブをスピードを落とさずに曲がって来た。</p><p>とっさに自転車の向きを変えた。</p><p>間一髪であった。</p><p>なんともなかった。</p><p>若くて美人過ぎる女の子であった。</p><p>もしぶつかって顔に怪我でもさせたらと。</p><p>全身みぶるいがした。</p><p>それからは自転車のスピードはゆったりと。</p><p>カーブでは必ず一時停止すること。</p><p>ずっと守り続けている。</p><p>&nbsp;</p><p>８：学研の百科事典</p><p>&nbsp;</p><p>小学校６年に叔父からかなりの小遣いをもらった。</p><p>学研の百科事典全１巻を買った。</p><p>友達もなく一人で家にいるの好きだった。</p><p>最初から最後まで読んだ。</p><p>二度繰り返して読んだ。</p><p>私の独学の原点であった。</p><p>あの百科事典がなければ私の人生は変わっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>９：叔父の娘</p><p>&nbsp;</p><p>いとこと遊んでいるときにけがをさせてしまった。</p><p>肩の骨が抜けてしまった。</p><p>それほど痛そうではなかったが驚いた。</p><p>どのように言い訳しようかと考えた。</p><p>いとこがおじさんとおばさんに言った。</p><p>「私が悪かったの。」</p><p>私は感動した。</p><p>「いや私が悪かった。」とふつうは言うべきだ。</p><p>私は言わなかった。</p><p>いとこの言葉に甘えた。</p><p>私は卑怯だった。</p><p>いとこは今も変わらずやさしすぎる。</p><p>本人はそれを自覚していない。</p><p>やさしくないふりをする。</p><p>やさしい人は生きづらい。</p><p>彼女は実際に今も生きづらいようである。</p><p>&nbsp;</p><p>１０：仲宗根政善</p><p>&nbsp;</p><p>仲宗根政善は琉球大学名誉教授であった。</p><p>東大の国文科を卒業した。</p><p>沖縄今帰仁方言辞典を編集した。</p><p>彼のお母さんのことで興味深いことがある。</p><p>彼女は生涯一度も今帰仁村から出たことがなかった。</p><p>いちどは名護の町へ行ってみたいと言っていた。</p><p>生涯を今帰仁村だけで過ごしたのだ。</p><p>一生涯をただ一つの村だけで暮らす。</p><p>琉球王国時代の人たちはそれがむしろ普通だったのだ。</p><p>江戸時代もそういう人たちが多数であった。</p><p>現代は交通があまりにも発達し過ぎた。</p><p>今の人たちは世界中あちこちへと行き過ぎなのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>１１：宇宙旅行</p><p>&nbsp;</p><p>宇宙とは地球の大気圏外のことだ。</p><p>大気圏の外へ出れば宇宙旅行なのだ。</p><p>実にみみっちい貧相な宇宙旅行である。</p><p>「ちょっと地球の外へ旅」ぐらいでいい。</p><p>大圏外くらいで宇宙旅行だと思いたいのだ。</p><p>なぜか宇宙旅行ということばが使いたいのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>１２：なぜ外国語の習得はむずかしいのか</p><p>&nbsp;</p><p>長い人類の歴史の中で外国語の習得が</p><p>必要になったのはつい最近のことだ。</p><p>それまでは一つの言葉で十分であった。</p><p>人間の脳はもともと一つの言語だけを</p><p>習得するような構造になっている。</p><p>一つの言語を習得すると脳は閉ざされてしまう。</p><p>他の言語は必要ないからである。</p><p>外国語を習得するにはその閉ざされた脳を</p><p>ふたたび開かなければならない。</p><p>外国語の習得のむずかしさはそこにある。</p><p>ひとつ用の脳に二つ三つ押し込むのは</p><p>そもそも無理なことなのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>１３：アメリカの名画を字幕なしで見る</p><p>&nbsp;</p><p>私はアメリカ人ではない。</p><p>アメリカに行ったこともない。</p><p>しかしアメリカの映画を見るとなつかしい。</p><p>このなつかしさはいったいどこからくるのか。</p><p>沖縄がアメリカの統治下にあったからか。</p><p>それもわずかな原因だろう。</p><p>大きな原因は英語習得の過程にある。</p><p>英語の単語を学んでいた時の情景がよみがえるのだ。</p><p>単語を学んだ時の情景と映画の情景がかさなるのだ。</p><p>そのかさなったときの瞬間になつかしさがあるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>１４：パソコンと首の痛み</p><p>&nbsp;</p><p>１８日間休みなしで一日４時間半ワープロに向かった。</p><p>業者が来る前に出来るだけデータを取り込もうと思ったのだ。</p><p>肩がこり首が痛くて動かずに丸一日寝ていた。</p><p>これからは適宜に休んで一日の時間もセーブすることにした。</p><p>&nbsp;</p><p>１５：牧野富太郎</p><p>&nbsp;</p><p>牧野富太郎は植物学者である。</p><p>小学校を中退した。</p><p>私の憶測では自閉症である。</p><p>東大の先生になった。</p><p>牧野日本植物図鑑を編集した。</p><p>１５００種以上に命名した。</p><p>新種の笹に奥さんの名前をつけた。</p><p>亡くなった奥さんに俳句を作った。</p><p>「世の中のあらん限りやスエコザサ」。</p><p>&nbsp;</p><p>１６：金田一京助</p><p>&nbsp;</p><p>金田一京助は言語学者である。</p><p>アイヌ語を研究した。</p><p>アイヌ語は誰も研究していなかった。</p><p>北海道へ行った。</p><p>アイヌ語がまったくわからなかった。</p><p>「これは何ですか」というアイヌ語が知りたかった。</p><p>紙にわけのわからない絵を描いてアイヌ人に見せた。</p><p>アイヌ人は「・・・・・・」と言った。</p><p>「これは何ですか」というアイヌ語だろうと思った。</p><p>あるものを見せて「・・・・・・」と言った。</p><p>アイヌ人はすぐに答えてくれた。</p><p>この言葉さえ知っていればいくらでも語彙がふやせる。</p><p>こうしてアイヌ語の研究が始まった。</p><p>&nbsp;</p><p>１７：祖父の死</p><p>&nbsp;</p><p>高校二年の時に祖父が死んだ。</p><p>農薬を飲んでの自殺であった。</p><p>病院の祖父のもとへ言った。</p><p>医者はもう助からないと言った。</p><p>待合室で中公文庫の論語を読んでいた。</p><p>祖父が死ぬのを待っていた。</p><p>祖父の死を前にして私は</p><p>冷静であり非情であり無感情であった。</p><p>川端康成の「十六歳の日記」と同じだった。</p><p>川端は死んだ人ばかりではなく</p><p>生きている人も同じ目で見ていた。</p><p>私もまた同じである。</p><p>&nbsp;</p><p>１８：母のいとこ</p><p>&nbsp;</p><p>小学校６年の担任は母のいとこであった。</p><p>三島由紀夫の割腹自殺はリアルタイムであった。</p><p>三島の話をいろいろとしてくれた。</p><p>漱石の話もしてくれた。</p><p>琉球語のことわざを生徒にひとつずつ採集させた。</p><p>みんなの前で意味を解説させた。</p><p>夏休みの宿題はなかった。</p><p>最後は校長先生になった。</p><p>健児の塔の生き残りであった。</p><p>晩年はひめゆりの塔などで講演をした。</p><p>名前は長田勝男である。</p><p>&nbsp;</p><p>１９：一般参賀</p><p>&nbsp;</p><p>２０代の正月に皇居の一般参賀に参列した。</p><p>昭和天皇と皇太子と浩宮様を見た。</p><p>昭和天皇・平成天皇・今上天皇を同時に見たことになる。</p><p>皇室に興味のない人にはどうでもいいことである。</p><p>遠くからでも三天皇をみることができた。</p><p>この世に生まれて来た至上のしあわせである。</p><p>三天皇は歴史に残る名君に間違いない。</p><p>&nbsp;</p><p>２０：愛子さま</p><p>&nbsp;</p><p>愛子さまの成人の御姿を拝見した。</p><p>ティアラは黒田清子さまよりの借り物らしい。</p><p>美しい笑顔だった。</p><p>聡明さが体中からにじみでている。</p><p>よこしまな心が微塵も感じられない。</p><p>自分よりも常に国民を上においている。</p><p>個人的には天皇になってほしい。</p><p>結婚するまで世界の</p><p>トッププリンセスであり続けるだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>２１：Old age is unexpected</p><p>&nbsp;</p><p>Old age comes to you unexpectedly.</p><p>All things change for your eyes.</p><p>Nothing changes except you.</p><p>You also do not change.</p><p>You are you&nbsp;for ever.</p><p>&nbsp;</p><p>２２：清明の時節雨紛紛（杜牧）</p><p>&nbsp;</p><p>清明（しーみー）に雨（あみ）ぬ落（う）てぃ而居（とお）たん。</p><p>道（みち）ぬ旅人（たびんちゅ）が肝（ちむ）迷（まゆ）い為居（そお）たん。</p><p>酒屋（さかや）あ何処（まあ）やがやあんでぃ問（とぅ）たん。</p><p>童（わらべ）え彼方（かあま）ぬ村（しま）指（さ）ち笑（わら）たん。</p><p>&nbsp;</p><p>２３：曾根崎心中</p><p>&nbsp;</p><p>文楽の曾根崎心中を見た。</p><p>人形の所作が人間以上に美しい。</p><p>動作が人間よりも人間的である。</p><p>特に印象に残るシーンは道行である。</p><p>徳兵衛が道行の途中こけてしまった。</p><p>あわててすりよるお初。</p><p>お初は徳兵衛の裾を両手ではらった。</p><p>人間にはできない美しさであった。</p><p>これから死にに行く二人である。</p><p>裾の汚れはどうでもいいと思う。</p><p>人間は死ぬ直前まで必死に</p><p>人間らしくありたいのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>２４：国会議員の交通費</p><p>&nbsp;</p><p>山尾志桜里が私用で国鉄の議員パスを使った。</p><p>もと検察官としての良識はどうしたのか。</p><p>自分は特別だと思ってしまう。</p><p>このくらいはいいだろうと思ってしまう。</p><p>イスラエルの大臣の話である。</p><p>彼は切手を大量に購入している。</p><p>公用車をどうしても私用で使う時がある。</p><p>ガソリン代の分だけ切手を破ってしまう。</p><p>このような政治家は現在の日本にはいない。</p><p>&nbsp;</p><p>２５：グーサンウゥージ</p><p>&nbsp;</p><p>高校生の時グーサンウゥージ用のさとうきびを</p><p>大家さんの畑からかってに拝借してきた。</p><p>祖母にひどくおこられた。</p><p>トートーメーに供えるものはお金を出して</p><p>買ってこなければだめだ。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/totsumi123/entry-12972694535.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Jul 2026 16:38:39 +0900</pubDate>
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<title>ひとりだけの詩：７－２</title>
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<![CDATA[ <p>２６：柳田国男</p><p>&nbsp;</p><p>柳田国男は民俗学者である。</p><p>兵庫県神崎郡福崎町の出身である。</p><p>和辻哲郎も近くの出身である。</p><p>柳田国男の「日本で一番小さな家」に行った。</p><p>私には立派な家に見えた。</p><p>彼の直筆の書を見た。</p><p>和辻哲郎よりもきれいな字であった。</p><p>柳田は最初小説家を目指していた。</p><p>田山花袋の「蒲団」を読んで小説家はやめにした。</p><p>貧しい農民がこんなにたくさんいるのに</p><p>小説家は人のために何の役にもたたないと思った。</p><p>彼は貧しい農民のためになりたかった。</p><p>民俗学をころろざした。</p><p>発狂の直前までいったこともあるらしい。</p><p>想像以上に困難な仕事だったのだろう。</p><p>沖縄語辞典の編集にもかかわっている。</p><p>&nbsp;</p><p>２７：藤林益三</p><p>&nbsp;</p><p>藤林益三は弁護士出身の唯一の最高裁長官である。</p><p>あとは裁判官か検事出身者か学者である。</p><p>これから弁護士出身者が最高裁長官になる可能性は低い。</p><p>「津地鎮祭訴訟」では最高裁長官みずから反対意見を書いた。</p><p>非常にユニークな最高裁長官であった。</p><p>&nbsp;</p><p>２８：アグネス・チャンの日本語</p><p>&nbsp;</p><p>アグネス・チャンは日本人と結婚して</p><p>何年も日本に住んでいる。</p><p>何年日本に住んでもあの日本語である。</p><p>アグネス・チャンの英語は</p><p>日本語ほどなまってはいない。</p><p>アグネス・チャンが特別なのではない。</p><p>何年外国に住んでもその国の言葉を</p><p>ネイティブ並みに話すことは</p><p>非常にむずかしいということである。</p><p>歌手にして学識が高い彼女が</p><p>それをみごとに証明している。</p><p>&nbsp;</p><p>２９：佐藤首相来沖</p><p>&nbsp;</p><p>１９６５年佐藤栄作首相が来県した。</p><p>日本の総理大臣としては初めてであった。</p><p>那覇空港で演説が行なわれた。</p><p>「沖縄の祖国復帰が実現しないかぎり</p><p>わが国にとって戦後が終わっていない。」</p><p>国映館の演説内容には米国の圧力があった。</p><p>基地の重要性を述べよとのことだ。</p><p>住民のデモ隊にはばまれた。</p><p>米軍基地内に宿泊した。</p><p>&nbsp;</p><p>３０：青法協</p><p>&nbsp;</p><p>青年法律家協会は加藤一郎・三ケ月章などが発起人だった。</p><p>左翼系の政治的団体であると最高裁事務局は認定した。</p><p>青法協会員の裁判官が再任官を拒否された。</p><p>最高裁事務局は中国共産党と逆の同じことをやっている。</p><p>&nbsp;</p><p>３１：沖縄人は英語を話す</p><p>&nbsp;</p><p>復帰前は本土に行く場合パスポートが必要だった。</p><p>アメリカの高等弁務官の署名入りだった。</p><p>本土の人たちは沖縄人は英語を話している</p><p>と本気で思っていた。</p><p>偏見とはおそろしい。</p><p>復帰後はだんだんそうではなくなっていく。</p><p>しかし復帰前の沖縄人は英語を話していた。</p><p>という偏見は長い間消えなかった。</p><p>今もそう思っている人たちが存在する。</p><p>&nbsp;</p><p>３２：桜島</p><p>&nbsp;</p><p>日本一美しい山は富士山である。</p><p>二番目に美しい山は桜島だと思う。</p><p>桜島は山の名前なのか。</p><p>桜島という山であり島である。</p><p>鎌倉時代に鹿児島を最初に訪れた</p><p>島津の殿様はなんとへんぴなところだ。</p><p>と思ったに違いない。</p><p>しかし桜島を見て心が一変しただろう。</p><p>なんという美しいところだ。</p><p>私は桜島を見ることができた。</p><p>それだけで生まれてよかったと思える。</p><p>桜島は沖縄語辞典にのっている。</p><p>&nbsp;</p><p>３３：付け揚げそば</p><p>&nbsp;</p><p>「溝辺空港」地元の人たちは</p><p>鹿児島空港をそう呼ぶ。</p><p>鹿児島空港は霧島市にある。</p><p>成田空港・伊丹空港と同じだ。</p><p>溝辺空港で「付け揚げそば」を食べた。</p><p>そばの上に丸い大きな付け揚げがのっていた。</p><p>そばの上にのせる具としては最高である。</p><p>エビの天婦羅はたいしたことはない。</p><p>どうして全国的に普及しないのか。</p><p>私は沖縄そばの上に長方形の付け揚げを</p><p>まるごとのせて食べる。</p><p>裏表を油で焼いてのせるともっとうまい。</p><p>付け揚げはほんとうにおいしい。</p><p>&nbsp;</p><p>３４：人の力をかりて自殺する</p><p>&nbsp;</p><p>西部邁のユーチューブを見た。</p><p>とても共感する。</p><p>私はけして右翼ではない。</p><p>もちろん左翼でもない。</p><p>西部邁は人の手をかりて自殺した。</p><p>その良し悪しは論じたくない。</p><p>私が言いたいのは人の手をかりないで</p><p>自殺ができるのかどうかということだ。</p><p>投身自殺をすれば遺体の処理は誰がするのか。</p><p>水死・服毒など自殺者はみな検死解剖が必要だ。</p><p>遺体を扱う人達は多数である。</p><p>死んだ時点で自殺の完了とはならない。</p><p>自殺は必ず人の力をかりなければならない。</p><p>&nbsp;</p><p>３５：小笠原の日本復帰</p><p>&nbsp;</p><p>１９６８年に小笠原諸島が日本に復帰した。</p><p>それまではアメリカの統治下にあった。</p><p>太平洋戦争でアメリカ軍は硫黄島を占領した。</p><p>小笠原諸島には上陸しなかった。</p><p>勝手に小笠原諸島を統治下においたのだ。</p><p>住民の多くは本土に移住した。</p><p>おもしろいことには沖縄と違って</p><p>小笠原諸島では英語が公用語であった。</p><p>教科書も英語であった。</p><p>&nbsp;</p><p>３６：おばさん</p><p>&nbsp;</p><p>亡くなった私のおばさんはユタであった。</p><p>本人は否定しているが客観的に見てそうである。</p><p>まわりの人は神（かみ）ん人（ちゅ）と言っていた。</p><p>神垂（かみだあ）りいを目にした。</p><p>いわゆる神懸かり：トランス状態である。</p><p>日本特有の巫病の一種である。</p><p>ユタ・ノロは私には身近な存在だ。</p><p>私がおもろそうしに興味を持ったのは</p><p>おばさんの影響が大きい。</p><p>&nbsp;</p><p>３７：あさきゆめみし</p><p>&nbsp;</p><p>大和和紀が源氏物語を漫画化したのが</p><p>「あさきゆめみし」である。</p><p>源氏物語の本文はむずかしい。</p><p>言葉以上に生活様式の理解がむずかしい。</p><p>読みながら風景をイメージできない。</p><p>ただ言葉だけが頭を流れていく。</p><p>その背景・イメージを漫画化したのだ。</p><p>書き始めた当時は資料がほとんどなかった。</p><p>たいへんな苦労であったと思う。</p><p>私も源氏物語大成の図録で勉強するが</p><p>自分でイメージすることはむずかしい。</p><p>源氏物語を絵で見ることができる。</p><p>現代のわれわれはしあわせである。</p><p>原文への大きな橋渡しである。</p><p>&nbsp;</p><p>３８：あんみつ姫</p><p>&nbsp;</p><p>「あんみつ姫」は倉金章介の漫画である。</p><p>時代考証がはちゃめちゃである。</p><p>現代の事物が登場する。</p><p>現代の出来事・事件が登場する。</p><p>江戸時代なのか現代なのかの境目がない。</p><p>それが「あんみつ姫」である。</p><p>漫画はフィクションである。</p><p>江戸時代を現代に引き寄せた。</p><p>江戸時代を現代化した。</p><p>それが「あんみつ姫」である。</p><p>&nbsp;</p><p>３９：東山魁夷の障壁画</p><p>&nbsp;</p><p>唐招提寺御影堂の障壁画を二度見た。</p><p>一度は三越の東山魁夷展であった。</p><p>二度目は唐招提寺御影堂だ。</p><p>障壁画はこの世界を描いてこの世界ではない。</p><p>まったく別の世界である。</p><p>別の宇宙である。</p><p>別の世界・別の宇宙をえがくことができる。</p><p>画家というのは最高の芸術家である。</p><p>&nbsp;</p><p>４０：唐招提寺</p><p>&nbsp;</p><p>唐招提寺は日本一掃除の行き届いた寺だ。</p><p>いつ言ってもゴミが一つも落ちていない。</p><p>寺の隅々まで清潔感がただよっている。</p><p>寺のすべてのものが静寂さを秘めている。</p><p>観光客はその静寂さに飲み込まれていく。</p><p>鑑真和上の教えがいまだに生きている寺だ。</p><p>&nbsp;</p><p>４１：Birth, Life and Death</p><p>&nbsp;</p><p>You cannot be conscious about your birth.</p><p>You cannot be conscious about your death.</p><p>Can you be conscious about your living?</p><p>&nbsp;</p><p>４２：年年歳歳花相い似たり</p><p>&nbsp;</p><p>花（はな）あ何時（いち）ん常（ちゃあ）同（ゆ）ぬ如（ぐとぅ）咲（さ）ちゅん。</p><p>人（っちょ）お一時（いっとぅち）一時（いっとぅち）変（か）わてぃ行（い）ちゅん。</p><p>変（か）わらん物（むぬ）がどぅ清（ちゅ）らさがやあ。</p><p>変（か）わてぃ行（い）ちゅる物（むぬ）がどぅ清（ちゅ）らさがやあ。</p><p>&nbsp;</p><p>４３：介護士</p><p>&nbsp;</p><p>介護士は心で介護しているのではない。</p><p>技術と経験ときまりで介護しているのだ。</p><p>介護士に心を求めてはならない。</p><p>介護士に心をもとめなければ</p><p>入居者は充分暮らしていける。</p><p>&nbsp;</p><p>４４：島田叡</p><p>&nbsp;</p><p>島田叡は沖縄最後の官撰知事だ。</p><p>前任者は他府県出張のまま香川県知事になった。</p><p>沖縄には米軍の上陸がせまっていた。</p><p>沖縄県知事は成り手がなかった。</p><p>島田叡は即時に承諾した。</p><p>「誰かが行かなければならないのなら私がいく。」</p><p>「死ぬのがいやだからほかの人に頼めとは言えない。」</p><p>沖縄戦を目前にして立派な知事が来た。</p><p>&nbsp;</p><p>４５：大田實</p><p>&nbsp;</p><p>大田實は沖縄戦を指揮した海軍のトップであった。</p><p>自決を前に日本本土に電報を送った。</p><p>「沖縄県民斯ク戦ヘリ、県民ニ対シ後世特別ノ</p><p>御高配ヲ賜ランコトヲ」</p><p>現在の日本政府は大田實の最期の言葉を</p><p>どのように考えているのか。</p><p>&nbsp;</p><p>４６：漢那憲和</p><p>&nbsp;</p><p>漢那憲和は海軍少将で衆議院議員であった。</p><p>昭和天皇は皇太子時代に欧州を旅行した。</p><p>その時の御召艦「香取」の艦長であった。</p><p>４８歳で予備役となった。</p><p>昭和天皇が言った。</p><p>「あの若さで予備役はあまりに早いのでは。」</p><p>沖縄の軍人としては最高の階級であった。</p><p>退役後に衆議院議員となった。</p><p>昭和天皇が気にかけたいた人物であった。</p><p>&nbsp;</p><p>４７：韓国の時代劇ドラマはファンタジーである。</p><p>&nbsp;</p><p>韓国の時代劇ドラマに時代考証はない。</p><p>制作者は歴史書が読めない。</p><p>そもそも漢字が読めない。</p><p>衣裳・調度品・建物：登場人物など</p><p>すべては想像の産物である。</p><p>想像だけであれだけのドラマが出来上がる。</p><p>韓国の時代劇ドラマは過去の時代へと</p><p>われわれを招待してはくれない。</p><p>ファンタジーの世界へいざなうのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>４８：東京</p><p>&nbsp;</p><p>東京にいた時はいつも自分が卑屈になった。</p><p>自分がいかに小さくどうでもいいような存在かを</p><p>いやというほど分からせてくれた。</p><p>東京は人間を小さな存在にする。</p><p>人間はもともと小さな存在なのだ。</p><p>それが東京にいるとよくわかる。</p><p>東京に住み続けることのできる人は</p><p>それだけですごいと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>４９：越谷</p><p>&nbsp;</p><p>埼玉県の越谷に１年ほどいた。</p><p>まだいなかであった。</p><p>浅草で最終電車に何度も乗り遅れた。</p><p>一度はタクシーで一度はシロタクで</p><p>三度は歩いて帰った。</p><p>浅草から越谷までは遠かった。</p><p>道がわからず東武線の線路をたどった。</p><p>夜道の田舎はほうとうに田舎であった。</p><p>真っ暗でなにもなかった。</p><p>沖縄の田舎者が言うことではないが</p><p>越谷が田舎であることを実体験した。</p><p>&nbsp;</p><p>５０：本八幡</p><p>&nbsp;</p><p>千葉県の市川市に一年ほどいた。</p><p>本八幡駅から５キロぐらいの距離であった。</p><p>駅までは自転車であった。</p><p>木造の古いアパートであった。</p><p>四畳半でトイレが汲み取り式であった。</p><p>すぐ隣の住人は酒乱であった。</p><p>夜中に帰って来て大声でわめいていた。</p><p>朝早くから牛乳配達のトラックが</p><p>けたたましい音をたてて止まった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/totsumi123/entry-12972694346.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Jul 2026 16:36:19 +0900</pubDate>
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<title>ひとりだけの詩：７－１</title>
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<![CDATA[ <p>ひとりだけの詩：７</p><p>&nbsp;</p><p>１：中国人留学生</p><p>&nbsp;</p><p>３０代前半のころ神戸の中国人留学生と交流した。</p><p>天安門事件の前であり彼らは民主化に燃えていた。</p><p>胡耀邦・趙紫陽の時代であった。</p><p>毎日のように中国語を教わった。</p><p>直接中国人から発音を教わるのは有難かった。</p><p>中国語以外にもいろいろなことを教わった。</p><p>清華大学出身の「楚辞」の専門家がいた。</p><p>今もときどき楚辞を取り出して読んでいる。</p><p>漢詩は現代ペキン音で読んだりする。</p><p>漢文は全て音読みで読んで理解する。</p><p>音読みはかなりなまった中国語である。</p><p>発音のへたな人が英文を読むのと同じである。</p><p>発音がどんなになまっていても英文は理解できる。</p><p>中国人は意外と漢字を知らなかった。</p><p>また驚くほど字がへたであった。</p><p>正統的な唐代の楷書である私の書に感心していた。</p><p>簡体字ではない正字を理解する私に驚いていた。</p><p>中国人がみんな漢字が出来ると思うのは迷信だ。</p><p>英米人も英語の単語をみんな知っているわけではない。</p><p>日本人が日本語を知らないのと同じなのだ。</p><p>どこの国の人も自国の言語・文化をあまり理解はしていない。</p><p>&nbsp;</p><p>２：ハングル</p><p>&nbsp;</p><p>韓国語の会話は理解できない。</p><p>ハングルの読み書きはできる。</p><p>在日韓国人三世にプロポーズしてふられた。</p><p>はらいせ・しかえしにハングルを勉強した。</p><p>やることがはちゃめちゃであった。</p><p>動機はまったくどうでもいいことだ。</p><p>勉強の結果は思わぬところで役に立った。</p><p>「海東諸国紀」のハングルが読めた。</p><p>１５世紀の琉球語を再生することが出来た。</p><p>&nbsp;</p><p>３：神戸新開地のアパート</p><p>&nbsp;</p><p>女の人からアパートに招待された。</p><p>引っ越したばかりで大きな部屋に</p><p>ベッドが一つだけであった。</p><p>月餅をおみやげに持って行った。</p><p>いろいろと話をして帰った。</p><p>家に帰って気が付いた。</p><p>私にそういう関係を求めていたのだ。</p><p>鈍感で気が付かなくてよかった。</p><p>彼女にはかなりのお金を貸していた。</p><p>すべてをちゃらにしようと思ったのだろう。</p><p>彼女に会ったのはそれが最後であった。</p><p>&nbsp;</p><p>４：祖母のひもの束</p><p>&nbsp;</p><p>私の母の母が亡くなってしばらくだった。</p><p>タンスのすみから包装紙をくくっていた</p><p>ひもの束が出て来た。</p><p>祖母は昔かたぎの人でなにしろ</p><p>どんなものでも捨てることができなかった。</p><p>まとめてたばねておいていたのだ。</p><p>母はそのひもの束を両手に持って</p><p>二時間くらい泣いていた。</p><p>ものを大切にした祖母の思い出が</p><p>つぎつぎとよみがえって来たのだろう。</p><p>ひもの束を両手に持って二時間泣き続ける。</p><p>人間とは時として理解のかなたに存在する。</p><p>&nbsp;</p><p>５：交番の思い出</p><p>&nbsp;</p><p>神戸北野坂を深夜に友だちと</p><p>二人で歩いていた。</p><p>二人とも酔っていた。</p><p>私の連れが突然自転車置き場の</p><p>自転車を次々と転倒させた。</p><p>運悪くそれを持ち主が見ていた。</p><p>二人とも交番に連行された。</p><p>いろいろと調書を書かされた。</p><p>両手の指紋まで取られた。</p><p>私には止める間もなかった。</p><p>警官は私を共犯者のようにあつかった。</p><p>警官には自分のストーリーがあるのだろう。</p><p>警察・検察・裁判所も同じなのだろう。</p><p>自分たちだけのストーリーを持っているのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>６：神戸の薬物中毒者</p><p>&nbsp;</p><p>深夜に北野坂の横断歩道を</p><p>真っ裸の女性が歩いていた。</p><p>薬物中毒らしい。</p><p>神戸はきらびやかな観光地だ。</p><p>しかし極道の町でもあった。</p><p>私もテレビ・雑誌でおなじみの</p><p>有名な極道の親分・幹部を直接見た。</p><p>電話で応対したこともある。</p><p>ほんとうの神戸を知らない人は多い。</p><p>&nbsp;</p><p>７：大越百貨店</p><p>&nbsp;</p><p>沖縄三越の前の名前は「大越」であった。</p><p>小学校６年の時「吉川英治展」を見に行った。</p><p>実際に使っていた机や眼鏡・万年筆などがあった。</p><p>文学者というものがいることを知った。</p><p>あのころは遠い遠い存在であった。</p><p>今は文学が身近である。</p><p>文学者がそれほど偉いとは思わない。</p><p>大越へは歩いて行った。</p><p>小学生には遠かった。</p><p>&nbsp;</p><p>８：国場幸太郎</p><p>&nbsp;</p><p>国場幸太郎は国場組の創業者である。</p><p>小学校卒業後１２歳で大工見習となる。</p><p>１７歳で棟梁となり２０歳には</p><p>小学校の建築を請け負った。</p><p>戦前は沖縄の飛行場の建設にたずさわった。</p><p>彼と月代の宮祭で同席したことがある。</p><p>私と同じく第一尚氏の末裔らしい。</p><p>苦労が体全体ににじみ出ている感じだった。</p><p>土建屋のおっさんらしく服装には無頓着だった。</p><p>戦後は米軍基地建設に従事した。</p><p>県民は基地建設反対運動の真っ只中だった。</p><p>どのような心情であったのか私には想像できない。</p><p>彼は誰かがやらなければならないことをやった。</p><p>彼の建設した基地は今も沖縄に存在する。</p><p>&nbsp;</p><p>９：屋良朝苗</p><p>&nbsp;</p><p>屋良朝苗は沖縄最初の公選主席であった。</p><p>そして最初の公選知事でもあった。</p><p>もともとは教育者であり沖縄県の</p><p>教職員組合の会長であった。</p><p>沖縄は教職員の力が大きな県である。</p><p>他県では就職先がみつからずにしかたなく</p><p>教職員になるのが一般的であった。</p><p>彼は主席そして知事にかつぎ出された。</p><p>選挙カーのドア越しに握手をしたことがある。</p><p>とてもやわらかく暖かい手であった。</p><p>政治家としての評価は私にはできない。</p><p>沖縄復帰前後の激動期に沖縄をリードした</p><p>ことは功績と言える。</p><p>&nbsp;</p><p>１０：瀬長亀次郎</p><p>&nbsp;</p><p>瀬長亀次郎に那覇市の文教図書で遭遇したことがある。</p><p>まったくふつうに本の立ち読みをしていた。</p><p>特徴のある顔だがやっぱりふつうのおっさんだった。</p><p>那覇市長の時米軍に補助金を打ち切られた。</p><p>那覇市民はすすんで納税した。</p><p>納税率が最高の時には９０パーセントを越えた。</p><p>人柄が立派なのである。</p><p>演説が特徴的で説得力がある。</p><p>生活が質素であった。</p><p>チリビラーだけのソーミンチャンプルーが好きだった。</p><p>節を曲げない彼の闘志を私は尊敬する。</p><p>&nbsp;</p><p>１１：夏休み</p><p>&nbsp;</p><p>学校の夏休みの思い出はほんとど全くない。</p><p>ただ毎年海水浴に行ったことは覚えている。</p><p>その他の記憶は全く思い出せない。</p><p>私は勉強は好きだが学校は嫌いだった。</p><p>学校から解放された夏休みは私には天国だった。</p><p>私がもっとも私らしかったのが夏休みだ。</p><p>もっとも自分らしい時の記憶がないのは</p><p>むしろ当然なのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>１２：学校の道徳の時間</p><p>&nbsp;</p><p>中学校のころは道徳の授業がなかった。</p><p>授業時間はあったが授業がなかった。</p><p>いつも自習であった。</p><p>沖縄県の反戦教育はすさまじかった。</p><p>道徳教育反対と反戦が同列だった。</p><p>道徳の教科書を渡されての自習だった。</p><p>道徳の教科書は私にはおもしろかった。</p><p>なんどもくりかえし読んだ。</p><p>今ふりかえると他の授業よりも</p><p>道徳の授業時間のほうが私には勉強になった。</p><p>&nbsp;</p><p>１３：詩は心の中にある</p><p>&nbsp;</p><p>詩は心の中にある。</p><p>心の外にはない。</p><p>外に出て詩を探すことはしない。</p><p>詩は家の中にあるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>１４：有名人に出会う</p><p>&nbsp;</p><p>私はよく有名人に出会った。</p><p>私以外の人でも東京にいれば必ず有名人に出会う。</p><p>ただ気づかないだけなのだ。</p><p>渋谷のパルコの前を友達と歩いていた。</p><p>ＮＨＫのほうから星野知子が歩いて来た。</p><p>連れは通り過ぎるまで気が付かなかった。</p><p>新宿の高野フルーツパーラーの前を</p><p>別の友達といっしょに歩いていた。</p><p>むこうから岡田奈々が歩いて来た。</p><p>連れは通り過ぎるまで気が付かなかった。</p><p>電車に友達といっしょに乗っていた。</p><p>はすむかいに市毛良枝が座っていた。</p><p>座っている場所と人名を言ってもわからなかった。</p><p>連れは市毛良枝を知らなかったのだ。</p><p>私は記憶力がいい。</p><p>有名人の名前と顔をだいたい覚えている。</p><p>人物の識別能力もある。</p><p>有名人に出会うには記憶力と識別力が必要なのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>１５：学校給食の脱脂粉乳</p><p>&nbsp;</p><p>小学校のころの給食は脱脂粉乳であった。</p><p>本土でも完全に牛乳に切り替わったのは</p><p>１９７５年ごろらしい。</p><p>脱脂粉乳はユニセフからの援助物資だった。</p><p>そのころまで日本は援助を受けていたのだ。</p><p>あまりおいしくはなかった。</p><p>乳糖不耐症の私にはきつかった。</p><p>あれをおいしいと思った児童はいたのだろうか。</p><p>現在の日本が存在するのは５０代以上の人のおかげだ。</p><p>&nbsp;</p><p>１６：ニクソンショック</p><p>&nbsp;</p><p>１９７１年ドルが突如変動相場制となった。</p><p>それまでは一ドルが３６０円の固定相場だった。</p><p>翌年に沖縄は日本復帰をひかえていた。</p><p>このタイミングは沖縄県民にショックであった。</p><p>もう一年ほど延ばしてほしかった。</p><p>１９７２年５月１５日にドルが円となった。</p><p>一ドルが３０５円であった。</p><p>痛恨の祖国復帰であった。</p><p>&nbsp;</p><p>１７：ひめゆりの塔事件</p><p>&nbsp;</p><p>ひめゆりの塔に献花しようとした皇太子に</p><p>火炎瓶がなげつけられた。</p><p>左翼過激派によるテロ事件であった。</p><p>皇太子は今の上皇平成天皇である。</p><p>さいわい怪我はなかった。</p><p>火炎瓶を投げたのは沖縄人であった。</p><p>平成天皇はその後も４回沖縄を訪問した。</p><p>琉歌も勉強されている。</p><p>まれに見る人格者である。</p><p>&nbsp;</p><p>１８：昭和天皇</p><p>&nbsp;</p><p>尊敬する人は誰かと聞かれたら</p><p>昭和天皇と答える。</p><p>人かどうか疑問に思えるほどである。</p><p>あの大戦の時国民はみんな一億総玉砕をとなえていた。</p><p>天皇は降伏しても日本は必ず立ち直ると信じていた。</p><p>実際にそうなった。</p><p>あの状況下での判断力はすさまじい。</p><p>戦後マッカーサーと会見した。</p><p>戦争の責任は自分一人にある。</p><p>自分はどうなってもいいからどうか国民のことは</p><p>くれぐれもよろしくおねがいしますと言った。</p><p>初めてアメリカを訪問した。</p><p>戦後日本が復興できたのはアメリカのおかげである。</p><p>と言って心から礼を述べた。</p><p>昭和天皇は「人」の領域を超えている。</p><p>&nbsp;</p><p>１９：平成天皇</p><p>&nbsp;</p><p>初めて国民の前にひざまずいた天皇である。</p><p>国民のまえにひざまずき</p><p>国民と同じ目線になった天皇である。</p><p>昭和天皇にもできなかった。</p><p>昭和天皇に比肩する天皇である。</p><p>&nbsp;</p><p>２０：砂川事件</p><p>&nbsp;</p><p>砂川事件は裁判所が下した最初の自衛隊違憲判決であった。</p><p>結局最高裁に上告され自衛隊は違憲ではないことになった。</p><p>高度な政治判断に裁判所が立ち入るべきではないという</p><p>「統治行為論」が採用されたのだ。</p><p>田中耕太郎最高裁長官は最高裁判事の全員に根回しした。</p><p>反対意見はなかった。</p><p>砂川事件の裁判長伊達秋雄は左遷された。</p><p>以後日本の裁判所は最高裁事務局の統制下におかれた。</p><p>裁判官は最高裁の官僚となったのである。</p><p>現在の裁判官には本当の意味での自由裁量は存在しない。</p><p>&nbsp;</p><p>２１：Does God exist?</p><p>&nbsp;</p><p>If God should exist,</p><p>I would ask him to give me a strong mind.</p><p>The mind that does not depend on God.</p><p>The mind that does not need anybody’s help.</p><p>The mind with that I can live alone.</p><p>If I could live alone,</p><p>God needs not exist.</p><p>&nbsp;</p><p>２２：杞憂</p><p>&nbsp;</p><p>天（てぃん）ぬ地（じい）んかい落（う）てぃてぃ来（ちゅう）る</p><p>心配（しわ）為（す）る人（っちょ）お居（うぅ）らん。</p><p>人（っちょ）お常（ちゃあ）目（みい）ぬ前（めえ）ぬ心配（しわ）どぅ為（す）る。</p><p>目（みい）ぬ前（めえ）許（びけ）え見（んん）而居（ちょお）けえ</p><p>支（ちけ）え無（ねえ）らんでぃ思而居（うむとお）ん。</p><p>大事（ううぐぅと）お目（みい）ぬ遥（かあ）ま先（さち）んかいどぅ有（あ）る。</p><p>&nbsp;</p><p>２３：教公二法阻止闘争事件</p><p>&nbsp;</p><p>１９６７年立法院が沖縄の教職員に占拠された。</p><p>教職員の争議行為を禁止する法案が提出されたのだ。</p><p>採決の日に泊まり込みの教職員が立法院に突入した。</p><p>警官は一度は排除したが結局は突破され占拠された。</p><p>立法院は無機能となり法案の可決は無理となった。</p><p>沖縄の教職員は警察よりも強かった。</p><p>警官は教職員の教え子だったのだ。</p><p>この事件で沖縄の警察官は自分たちの無力をさとった。</p><p>教職員はますます政治闘争にのめり込んでいった。</p><p>&nbsp;</p><p>２４：姫路市立美術館</p><p>&nbsp;</p><p>私は姫路市立美術館の友の会の会員であった。</p><p>すぐ後ろが姫路城である。</p><p>旧陸軍が使用していた赤レンガの建物である。</p><p>現在の館長は永田萌である。</p><p>企画展は必ず見た。</p><p>國富圭三コレクションの常設展を毎回見た。</p><p>世界の有名画家の実物を見ることができた。</p><p>ほんものを見る目が多少はできたかと思う。</p><p>絵画は実物をみなければならない。</p><p>絵画にかぎってことではないが。</p><p>&nbsp;</p><p>２５：姫路文学館</p><p>&nbsp;</p><p>姫路文学館は中からきれいな姫路城が見える。</p><p>現在の館長は数学者の藤原正彦である。</p><p>和辻哲郎の中学校のノートが展示されていた。</p><p>丁寧できれいな字であった。</p><p>私は６３歳であるが彼の中学校の字には及ばない。</p><p>彼の本はけっこう読んだ。</p><p>私は彼の哲学よりもたくさんの哲学的な知識がある。</p><p>それが時代というものだ。</p><p>彼の中学校の時代にはあのぐらいの字が書けた。</p><p>現在は彼の哲学以上の哲学的知識が氾濫している。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/totsumi123/entry-12972694036.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Jul 2026 16:32:50 +0900</pubDate>
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<title>ひとりだけの詩：６－２</title>
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<![CDATA[ <p>２６：京都の豆腐屋</p><p>&nbsp;</p><p>京都の豆腐屋でバイトをしていた。</p><p>店の主人はすごかった。</p><p>朝の６時から夜の９時まで働く。</p><p>注文の多い時は深夜になることもある。</p><p>休みは日曜日だけだ。</p><p>３０年以上もそのような生活だ。</p><p>指の一つが曲がっていた。</p><p>怪我をしたが病院に行かなかった。</p><p>注文を受けていたからだ。</p><p>指の骨は曲がったままで固まった。</p><p>京都の豆腐屋はすごい。</p><p>&nbsp;</p><p>２７：浅草</p><p>&nbsp;</p><p>柴又から京成線で浅草まで仕事に行った。</p><p>決まった電車なので決まった人に会う。</p><p>バラの絵柄のあるバッグをもった女の人がいた。</p><p>電車を下りて仲見世を歩くのも同じだった。</p><p>いつも後ろ姿で顔を見ることがなかった。</p><p>決まった時間に決まった場所を通るとそうなった。</p><p>時間と場所を変えて顔を見ようとは思わなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>２８：敬天愛人</p><p>&nbsp;</p><p>京都の仕事場のすぐ近くに大きなホテルがあった。</p><p>フロントに西郷隆盛直筆の「敬天愛人」があった。</p><p>ほとんど毎日のように見に行った。</p><p>何度見てもあきることがなかった。</p><p>琉大図書館に湯川秀樹直筆の「学而不厭」があった。</p><p>今はどこかに大切に保管されているらしい。</p><p>代わりに図書館の入り口に石碑がある。</p><p>学生時代は「學而不厭」を毎日のように見た。</p><p>毎日のように見てもあきない書はあるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>２９：坂東玉三郎</p><p>&nbsp;</p><p>浅草公会堂に坂玉の歌舞伎を見に行った。</p><p>女の人よりも女らしい人がいるのだ。</p><p>なぜ女の人よりも女らしくできるのか。</p><p>女の人とは演技する生き物だからだ。</p><p>演技がうまければ女の人よりも</p><p>はるかに女の人らしくなれるのだ。</p><p>坂東玉三郎はほんとうに演技がうまいのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>３０：雪かき</p><p>&nbsp;</p><p>兵庫県のいなかで雪かきをした。</p><p>道路に積もった雪をかくのだ。</p><p>降ったばかりの雪ではなかった。</p><p>ほとんど氷のような雪なのだ。</p><p>気の遠くなるような作業であった。</p><p>ためしに水をかけてみた。</p><p>水は雪とほとんど同じ温度だ。</p><p>かけるとすぐに氷になってしまった。</p><p>氷の上に氷を作ってしまったのだ。</p><p>沖縄のいなかものであった。</p><p>&nbsp;</p><p>３１：FEN</p><p>&nbsp;</p><p>沖縄には昔FENのテレビ放送があった。</p><p>たしか６チャンネルであった。</p><p>日本語の民放は１２時すぎには終了だった。</p><p>FENは深夜遅くまで放送していた。</p><p>私はよくFENを見た。</p><p>「General Hospital」、「Roots」などであった。</p><p>ニュースもよく見た。</p><p>現在はもっともっとめぐまれた環境にある。</p><p>なぜもっと英語を勉強しようとしないのか。</p><p>&nbsp;</p><p>３２：ムーチー</p><p>&nbsp;</p><p>小学６年のころ祖母が出来立てのムーチーを持って来た。</p><p>現在のうるま市から那覇までバスに乗って来た。</p><p>祖母は車に酔う体質だった。</p><p>私の年と同じ数のムーチーがくくってあった。</p><p>姉と弟の分もそうであった。</p><p>私はいまだにムーチーが大好きである。</p><p>&nbsp;</p><p>３３：母の木登り</p><p>&nbsp;</p><p>母は木登りが得意であった。</p><p>叔父が庭に立てた木登り用の竹竿を</p><p>するするとあっという間に登った。</p><p>深夜に母がアパートに帰宅した。</p><p>ドアをノックしても起きない。</p><p>子どもは眠るとなかなか起きない。</p><p>何度たたいても起きない。</p><p>母は隣の部屋の人をおこした。</p><p>隣の部屋のベランダをつたって</p><p>私達のベランダにおりた。</p><p>ベランダからは寝ている場所がすぐだ。</p><p>ようやく子供を起こすことだできた。</p><p>私達の部屋は三階であった。</p><p>&nbsp;</p><p>３４：祖母と遠足</p><p>&nbsp;</p><p>名護市瀬嵩の久志小学校から</p><p>中城公園まで遠足に行った。</p><p>祖母と同伴であった。</p><p>祖母も私も車に酔った。</p><p>中城公園は遠かった。</p><p>途中で気分が悪くなった。</p><p>バスを止めた。</p><p>道のそばで吐いた。</p><p>みんながじっと待っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>３５：サークルＫサンクス</p><p>&nbsp;</p><p>コンビニでバイトをしていた。</p><p>発達障害者にはむかなかった。</p><p>同時並行に仕事ができなければだめだ。</p><p>私は二つのことを同時にすることが苦手だ。</p><p>客とのコミュニケーションも苦手だ。</p><p>２３日でやめてしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>３６：辰野隆</p><p>&nbsp;</p><p>隆と書いて「ゆたか」と読む。</p><p>フランス文学者である。</p><p>昔はあこがれていた。</p><p>彼の直筆の色紙を持っている。</p><p>２０代のころ大坂の中之島図書館で</p><p>彼の随筆を借りて読んだがむずかしかった。</p><p>今彼の随筆を読み返すと全然おもしろくない。</p><p>漱石を尊敬しているだけに</p><p>知識のひけらかしが多い。</p><p>引用文献が多すぎる。</p><p>自分の考えがほとんどない。</p><p>小林秀雄の文章にひけらかしや</p><p>引用文献がすくないのは彼のせいだろう。</p><p>小林秀雄は辰野隆の東大での教え子である。</p><p>&nbsp;</p><p>３７：マルベル堂</p><p>&nbsp;</p><p>浅草の仲見世の横道にマルベル堂がある。</p><p>日本唯一のプロマイド専門店である。</p><p>デビュー直前・直後のタレントを</p><p>ただで撮影してプロマイドにした。</p><p>プロマイド自体がステイタスだったのだ。</p><p>私は浅草の喫茶店でバイトをしていた。</p><p>マルベル堂の営業の人が常連であった。</p><p>彼が伊藤かずえと打ち合わせをしていた。</p><p>彼女は１７才ぐらいであった。</p><p>私が彼女にコーヒーを出した。</p><p>伊藤かずえはその後有名な女優になった。</p><p>売れることなく消え去った人達が</p><p>どれほどたくさんいたことだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>３８：鎧駅</p><p>&nbsp;</p><p>山陰本線の鎧駅に行ったことがある。</p><p>日本で一番風景が美しい駅だと思う。</p><p>これほど海に迫った駅はめずらしい。</p><p>映画・テレビのロケでよく使われた。</p><p>ＮＨＫ朝のテレビ小説にも登場した。</p><p>雪がちらちらと降る冬のことだった。</p><p>&nbsp;</p><p>３９：川柳川柳</p><p>&nbsp;</p><p>新宿の末廣亭で川柳川柳の高座を見た。</p><p>「昭和歌謡史」であったと思う。</p><p>彼は歌がうまかった。</p><p>体が歌といっしょに動いた。</p><p>あのように体を動かす落語家をいない。</p><p>演じている本人が楽しそうであった。</p><p>聞いている人が楽しくないはずがない。</p><p>彼はつい最近なくなってしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>４０：隠れ家</p><p>&nbsp;</p><p>小学校のころ自分の隠れ家を作った。</p><p>小山のすそに横穴を掘って</p><p>板切れを組み入れた。</p><p>ほとんど使うことがなかった。</p><p>ただ隠れ家が欲しかっただけだ。</p><p>そんなものがあるというだけで</p><p>なぜか安心で気分がよかった。</p><p>&nbsp;</p><p>４１：Indignation is just myself</p><p>&nbsp;</p><p>I do not hate people at all.</p><p>I only have to say something to you.</p><p>I cannot exist without blaming people.</p><p>Making poems is criticizing someone.</p><p>You have to criticize me by word.</p><p>Do not blame me with harassment.</p><p>&nbsp;</p><p>４２：家書万金に抵る</p><p>&nbsp;</p><p>何故（ぬうち）今（なま）ぬ人（っちょ）お手紙（てぃがみ）書（か）かんがやあ。</p><p>メールぬ有（あ）てぃん手紙（てぃがめ）え別（びち）。</p><p>手紙（てぃがみ）ん特別（とぅくびち）な技事（わじゃぐとぅ）どぅ成（な）たがやあ。</p><p>今（なま）ぬ人（っちょ）お字（じい）ん彼（あん）し書（か）かん。</p><p>字（じい）書（か）ちゅしん強技（ちゅうわじゃ）成而居（なとお）ん。</p><p>ペンぬ字（じい）迄（までぃ）ん筆（ふでぃ）ぬ如（ぐとお）く</p><p>遠（とぅう）さに有（あ）る世（ゆ）ぬ中（なか）に成而居（なとお）ん。</p><p>&nbsp;</p><p>４３：有銘</p><p>&nbsp;</p><p>幼稚園のころ一週間ほど東村の有銘にいたことがある。</p><p>借金に追われて祖母と弟と三人で引っ越した。</p><p>四畳半の小さな薄暗い部屋にはだか電球が光っていた。</p><p>朝おもてに出ると海だった。</p><p>有銘の海は浜辺がないさみしい海岸であった。</p><p>いまだにときどきあの風景が頭をよぎる。</p><p>&nbsp;</p><p>４４：バス通学</p><p>&nbsp;</p><p>琉大へはバス通学だった。</p><p>私は車に酔う。</p><p>朝が早いうえに車酔い。</p><p>とても授業どころではなかった。</p><p>大学の近くに家を借りるお金はなかった。</p><p>大学をやめてしまった。</p><p>そんな理由で大学をやめる人がいたのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>４５：左側通行</p><p>&nbsp;</p><p>米軍統治下の沖縄では車は右側通行であった。</p><p>１９７８年７月３０日に左側通行になった。</p><p>復帰から６年後である。</p><p>なぜ六年間も待ったのか不思議である。</p><p>７月３０日の０時に左側通行になった。</p><p>表にでて様子をみたが車が全く通っていなかった。</p><p>翌朝起きると左側通行になっていた。</p><p>あとで聞いたがほとんど全く事故はなかったらしい。</p><p>あれほどのことがあれほど簡単に行なわれたのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>４６：２９枚のハガキ</p><p>&nbsp;</p><p>３０代のころ好きな女の子の誕生日に俳句を送った。</p><p>彼女の３０歳の誕生日なので俳句を３０個贈ることにした。</p><p>ハガキを３０枚用意して３０個の俳句を書くことにした。</p><p>ハガキを一枚書き損じてしまった。</p><p>俳句は３０個できている。</p><p>私は２９枚のハガキを投函した。</p><p>理屈をいろいろと述べた。</p><p>彼女はこれほどかと思うほど非常におこっていた。</p><p>三十歳の誕生日に２９個の俳句を贈る男はバカである。</p><p>３０という数字にこだわる女はほんとうになさけがない。</p><p>&nbsp;</p><p>４７：シーナ・イーストン</p><p>&nbsp;</p><p>二十代のころシーナ・イーストンのコンサートを見た。</p><p>「ユアアイズオンリー」などであった。</p><p>今はおばさんであるが当時の彼女は美しかった。</p><p>彼女は私より一つ下であるが実に堂々としていた。</p><p>おの落ち着いた雰囲気に圧倒された。</p><p>自信から来るものなのだろうか。</p><p>天性のものなのだろうか。</p><p>努力の末のものなのだろうか。</p><p>私にはほど遠い存在であった。</p><p>&nbsp;</p><p>４８：柴又のアパート</p><p>&nbsp;</p><p>まだ二十代前半だった。</p><p>葛飾柴又のアパートに一年ほどいた。</p><p>家賃が１万５千円であった。</p><p>東京のいなかであった。</p><p>トイレが汲み取り式であった。</p><p>二階だったのでまだいいほうだった。</p><p>埼玉の彼女がトイレを見て驚いた。</p><p>埼玉にもないらしい。</p><p>当時の柴又はまだいなかだった。</p><p>&nbsp;</p><p>４９：比嘉秀平</p><p>&nbsp;</p><p>比嘉秀平は戦後沖縄の初代行政主席であった。</p><p>小学校の時に事故で右腕を失った。</p><p>苦学の末早稲田の英文科を卒業。</p><p>中学校の英語の先生となった。</p><p>英語力が基準で琉球政府行政主席になった。</p><p>韓国の朴正煕大統領の暗殺後臨時大統領となる</p><p>崔圭夏も英語力があったためだ。</p><p>吉田茂ももともとはそうであった。</p><p>三人の共通点はアメリカ軍相手の交渉に</p><p>英語が必要な時代であったことだ。</p><p>これをあなどってはいけない。</p><p>通訳なしでアメリカと交渉できる</p><p>日本の政治家は現在はたしているのか。</p><p>&nbsp;</p><p>５０：嫉妬</p><p>&nbsp;</p><p>人間の嫉妬はすさまじい。</p><p>時として殺人に及ぶ場合もある。</p><p>嫉妬とは妄想であり幻想である。</p><p>人間は幻想により殺人を犯すことができる。</p><p>他の動物にはできないことだ。</p><p>殺人までいかない嫉妬もおそろしい。</p><p>相手の位置まではどうしてもいけない。</p><p>だから自分の高さまで引きずり下ろすのだ。</p><p>自分の高さまで下りた相手は自分と同等になる。</p><p>これ以上の幻想はない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/totsumi123/entry-12972692703.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Jul 2026 16:16:32 +0900</pubDate>
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<title>ひとりだけの詩：６－１</title>
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<![CDATA[ <p>ひとりだけの詩：６</p><p>&nbsp;</p><p>１：市長への手紙</p><p>&nbsp;</p><p>市長に手紙を出す予定であったがやめることにした。</p><p>出しても市長が直接見るわけではない。</p><p>下の役人が見て適当に処理し市長のもとへは届かない。</p><p>役人はけしてきちんと対処してはくれない。</p><p>自分たちのプライドを守るのが彼らの仕事なのだ。</p><p>いつまでもかわることなく進歩も向上心も夢も理想もない。</p><p>きまりを守ることだけが彼らの仕事なのだ。</p><p>きまりを守ることだけで給料をもらっているのだ。</p><p>私の手紙が届かないと次の対処に困るらしい。</p><p>手紙が届けばどのようにも対処できるのだ。</p><p>彼らの都合のいいように対処できるのだ。</p><p>そのような手紙は出しても全く意味がない。</p><p>&nbsp;</p><p>２：市長への手紙の内容の一部</p><p>&nbsp;</p><p>となりの部屋で夜中に小さな物音がする。</p><p>私が眠り始めたのを見計らって物音がする。</p><p>間隔をおいてしつこく繰り返される。</p><p>１１時から一時半まで続くことがある。</p><p>犬の小さな泣き声も聞こえてくる。</p><p>床のきしむ小さな音も聞こえてくる。</p><p>三時ごろにも小さな物音がする。</p><p>六時ごろには身支度をする大きな音がする。</p><p>ドアを開け閉めする大きな音がする。</p><p>七時にも大きな物音がする。</p><p>もう一週間も続いている。</p><p>いったいいつまで続けるのだろう。</p><p>彼らはみんなこのことを知っているようである。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>３：首里城正殿の焼失を眼の前に涙する女子高生</p><p>&nbsp;</p><p>首里城が焼失するのを目の当たりに涙する女子高生。</p><p>あの涙は何の涙か。</p><p>沖縄の象徴が消失することへの無念・惜別からか。</p><p>首里城はいつから沖縄の象徴になったのか。</p><p>戦後復元された首里城正殿への県民の熱い思い。</p><p>それは幻想である。</p><p>きらびやかな物質・物体が生み出した幻想である。</p><p>戦前の首里城は士族階級の平民からの搾取によるものだ。</p><p>農民の年貢の上に築かれたものだ。</p><p>琉球王国はけしてかがやかしいものでも</p><p>うつくしいものでもなかった。</p><p>それは首里城の復元によって強まった幻想である。</p><p>首里城正殿の焼失はその幻想を打ち砕いたのである。</p><p>今度首里城が復元されたなら幻想を捨てる時である。</p><p>&nbsp;</p><p>４：琉球王国時代に琉球語は外国語であった</p><p>&nbsp;</p><p>琉球王国時代に琉球語は外国語であった。</p><p>明治・大正・昭和初期生まれの沖縄人はバイリンガルであった。</p><p>バイリンガルとは何か。</p><p>琉球語で話す時に日本語で考えてから琉球語に訳すのではなく</p><p>最初から琉球語で考えてから話すということである。</p><p>昭和初期生まれ以前の沖縄人はバイリンガルが</p><p>どういうものかよく分かっていた。</p><p>今の沖縄県民にはバイリンガルの意味が分からない。</p><p>戦後アメリカで勉強した沖縄の留学生たちは英語がよくできた。</p><p>バイリンガルをすでに体得していたのだ。</p><p>英語で考えてから話すことができたのだ。</p><p>琉球語という母国語を失った意味は大きい。</p><p>&nbsp;</p><p>５：手話と英会話</p><p>&nbsp;</p><p>手話はむずかしい。</p><p>健常者にとってはなおさらだ。</p><p>人前で手を動かすことがまずたいへんだ。</p><p>最初の段階で気恥ずかしさがある。</p><p>この気恥ずかしさを乗り越えられる人と</p><p>そうでない人がいる。</p><p>そういう性格のひとがやはりいるのだ。</p><p>英会話も同じである。</p><p>人前で口を大きく動かし音を出す。</p><p>これはたいへんな気恥ずかしである。</p><p>これを乗り越えられずに</p><p>一生を終わってしまう人が意外に多い。</p><p>&nbsp;</p><p>６：水に落ちた犬は打て</p><p>&nbsp;</p><p>水に落ちた犬は打て。</p><p>中国のことわざである。</p><p>打てば勝手にはい出す。</p><p>そういう意味であろう。</p><p>勘違いする人がいる。</p><p>水に落ちた犬をさらに</p><p>追い詰めようとする。</p><p>そういう人が大勢いる。</p><p>&nbsp;</p><p>７：ワープロが開かない</p><p>&nbsp;</p><p>ワープロが突然開かない。</p><p>文系のうえに原始人である。</p><p>手をあわせる。</p><p>あれはなぜだろう。</p><p>神社にお参りしたときに</p><p>ご仏前に</p><p>オリンピックの決勝戦を前に</p><p>合格発表を前に</p><p>ロケットの打ち上げを前に</p><p>なぜ人は手を合わせるのだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>８：芸能人の発狂</p><p>&nbsp;</p><p>芸能人が発狂したという話を聞かない。</p><p>プライドが高いので発狂するよりも</p><p>死ぬ方を選んでしまうのだろう。</p><p>死を選ばずにいしょうけんめいに</p><p>生きて発狂してしまう人。</p><p>私もそのひとりになるかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>９：那覇の松川小学校</p><p>&nbsp;</p><p>松川小学校に一年ほどいた。</p><p>具志川市から越して行った。</p><p>沖縄にも都会と田舎があった。</p><p>那覇は洗練されていた。</p><p>生徒がみんな上品に見えた。</p><p>ことばも共通語に近かった。</p><p>友達の家に行くとごちそうだった。</p><p>コカ・コーラがでた。</p><p>オキコのピーナツパンが５セント。</p><p>コカ・コーラは１５セントだった。</p><p>田舎者をちゃんともてなしてくれた。</p><p>&nbsp;</p><p>１０：こわい道</p><p>&nbsp;</p><p>幼少のころあそこを渡ってはいけない。</p><p>というこわい道があった。</p><p>那覇市で車の交通がはげしかった。</p><p>一度もひとりで渡らなかった。</p><p>あそこを渡ると確かに死ぬかもしれなかった。</p><p>いつになったらあそこを一人で渡れるだろう。</p><p>とうとうその日はこなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>１１：テレビ</p><p>&nbsp;</p><p>名護市の汀間に２年ほどいた。</p><p>テレビがなかった。</p><p>となりの家に祖母といっしょに見に行った。</p><p>「琴姫七変化」であった。</p><p>松山容子はかっこよかった。</p><p>ボンカレーのおねえさんである。</p><p>あのようにいろいろと変われたらなあと思った。</p><p>私は職を３５回ほど変えた。</p><p>眠っていたので祖母におぶられて帰った。</p><p>&nbsp;</p><p>１２：結婚率</p><p>&nbsp;</p><p>２０４０年には結婚率が３０％になるらしい。</p><p>国民の三人に二人は結婚していないことになる。</p><p>結局人間はコミュニケーションがへたなのだ。</p><p>人間の社会性はあやうい橋なのだ。</p><p>なんとかごまかしながら社会を維持しているのだ。</p><p>相当なストレスで維持してきたのだ。</p><p>もうすでに限界状態なのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>１３：みどり丸沈没</p><p>&nbsp;</p><p>１９６３年那覇泊港から久米島に向かっていた定期船の</p><p>みどり丸が泊港から１０㎞のチービシ付近で沈没した。</p><p>熱帯低気圧による横波を受けわずか１０分で沈没した。</p><p>那覇に連絡が届いたのは沈没から５時間後であった。</p><p>救助がおくれ死者８６名行方不明者２６名であった。</p><p>行方不明者とは遺体が見つからなかったということだ。</p><p>現在では考えられないような惨事である。</p><p>このような遭難事故があったことの記憶は県民にはない。</p><p>&nbsp;</p><p>１４：宮森小学校米軍機墜落事故</p><p>&nbsp;</p><p>１９５９年米軍機が石川市の宮森小学校に墜落した。</p><p>トタン屋根の校舎に衝突炎上。</p><p>小学生の死者１１人住民の死者は６人であった。</p><p>火だるまになって水道のあるところまでかけて</p><p>息絶えた児童もいたらしい。</p><p>事故から１７年後に後遺症で亡くなった人もいた。</p><p>米軍機は海上に爆弾を投機したあと操縦不能となった。</p><p>パイロットは機首を人家の無い山に向けてパラシュートで脱出。</p><p>その後機首が運悪く民家のほうに向いてしまった。</p><p>墜落場所は児童がおよそ１０００人もいた小学校であった。</p><p>普天間基地周辺でこのような事故がおこならないと言えるか。</p><p>&nbsp;</p><p>１５：本を読むのは労働である</p><p>&nbsp;</p><p>本を読むのは労働であり勉強もまたそうだ。</p><p>本を読むのは趣味で楽しいものだと思っている人がいる。</p><p>たしかに結果としてはそうだが本を読むのは</p><p>めんどくさいし苦痛であり重労働である。</p><p>ほんとうかどうか試してみればすぐにわかる。</p><p>楽しさを得るのはめんどくさいし苦痛で重労働なのだ。</p><p>はためには楽しいことばかりが見えるようである。</p><p>&nbsp;</p><p>１６：吉屋チルー</p><p>&nbsp;</p><p>吉屋チルーは沖縄の女流歌人である。</p><p>吉屋は遊女屋の名前である。</p><p>８歳で那覇の遊郭に売られ１８歳でなくなった。</p><p>平敷屋朝敏は彼女の伝記を書いた。</p><p>彼は薩摩の在番所に訴状を三度も</p><p>投げ入れてはりつけの刑になった。</p><p>当時の農民の窮状を訴えるためである。</p><p>吉屋チルーの影響も大きいだろう。</p><p>吉屋は二度とこの世に生まれ変わりたくない</p><p>という歌を残している。</p><p>&nbsp;</p><p>１７：原節子</p><p>&nbsp;</p><p>原節子は美人すぎる女優であった。</p><p>９３歳で亡くなった。</p><p>引退後は５２年間隠遁生活をおくった。</p><p>何度か隠し撮りはされた。</p><p>美人のままでこの世を去った。</p><p>隠遁生活は言葉をかえると引きこもりだ。</p><p>人間は５２年間も引きこもることができるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>１８：京都の地蔵盆</p><p>&nbsp;</p><p>地蔵盆は地蔵菩薩の縁日だ。</p><p>地蔵菩薩は子供の守り神だ。</p><p>地蔵盆は子供のお祭りだ。</p><p>地蔵様をきれいに掃除する。</p><p>名前入りの提灯をかざる。</p><p>地蔵様に御菓子をそなえる。</p><p>そのお下がりをいただく。</p><p>お下がりが子供の楽しみだ。</p><p>毎年８月２３日頃の行事だ。</p><p>京都ではいまだに行われる。</p><p>&nbsp;</p><p>１９：給食のパンを届ける女の子</p><p>&nbsp;</p><p>体が弱く小学校の頃はよく学校を休んだ。</p><p>学校の給食の私の分のパンを届けてくれた。</p><p>味のないコッペパンはおいしくはなかったが</p><p>届けてくれたパンはなぜかおいしかった。</p><p>やさしさとありがたさの味であった。</p><p>いまはそんな親切な先生もやさしい女の子も</p><p>存在することができない時代なのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>２０：桃山陵</p><p>&nbsp;</p><p>京都伏見の桃山御陵は明治天皇の御墓である。</p><p>山稜であり階段が驚異的である。</p><p>あの階段を二度も上り下りした。</p><p>稜の印象はとてもつつましやかであった。</p><p>史上最高の天皇の御墓とは思えなかった。</p><p>御墓と業績とは何の関係もないことなのだ。</p><p>ここに埋葬するのは明治天皇の遺言だった。</p><p>明治天皇は１６年しか京都に住んでいない。</p><p>やはり京都がこいしかったのだ。</p><p>生まれて幼い頃若い年月を過ごしたところは</p><p>人間にとって格別な場所なのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>２１：Journey inward</p><p>&nbsp;</p><p>To make poems is the journey inward.</p><p>There are a lot of journeys in my mind.</p><p>I have never been abroad to the world.</p><p>My journeys inside are rich and broad.</p><p>&nbsp;</p><p>２２：善く泳ぐ者は溺れる</p><p>&nbsp;</p><p>善（ゆ）く泳（うぃい）じゅる者（むの）お溺（うぶ）りゆん。</p><p>人（っちゅ）や胴（どぅう）ぬ勝而居（まさと）る物（むん）</p><p>居（うぅ）てぃどぅ却（けえ）てぃ躓（ちまぢ）ちゅる。</p><p>勝（まさ）てえ無（ねえ）ん物（むの）お何（ぬう）ん</p><p>支（ちけ）え無（ねえ）らん。</p><p>勝而居（まさと）る物（むん）ねえ</p><p>善（ゆう）気付（きいち）きらんねえ成（な）らん。</p><p>&nbsp;</p><p>２３：京都の夏</p><p>&nbsp;</p><p>京都の夏は暑いといわれる。</p><p>私は京都で８年過ごした。</p><p>沖縄人なのでそれほど暑いとは感じなかった。</p><p>ただ一度京都はほんとうに暑いと思った。</p><p>８月１３日に自転車がパンクしていた。</p><p>修理に２、３日かかる。</p><p>会社まで歩かなければならなかった。</p><p>往復１０キロの距離である。</p><p>電車もバスも通っていない。</p><p>あの時はさすがに暑かった。</p><p>京都の暑さを実感した。</p><p>&nbsp;</p><p>２４：風見鶏の館</p><p>&nbsp;</p><p>神戸の風見鶏の館のすぐ後ろのアパートに住んでいた。</p><p>寝ぼけたジャージ姿でおもての販売機に行った。</p><p>この世のものとは思えないきれいな女の人達がいた。</p><p>当然のことであるが観光客であった。</p><p>まったく不似合いなのは私だったのだ。</p><p>私はどのような場所にいても存在自体が落ち着かない。</p><p>&nbsp;</p><p>２５：東京の塾</p><p>&nbsp;</p><p>東京の江戸川区の塾で講師をしていた。</p><p>とても仲の良い小学生の女の子が二人いた。</p><p>ああいいなあと遠くから見ていた。</p><p>ある日別の女の子が一人入塾した。</p><p>仲の良かった二人のうちの一人が</p><p>新しい女の子と仲がよくなった。</p><p>とり残された女の子は一人ぼっちになった。</p><p>女の子は三人以上いると必ず二つに分かれる。</p><p>二人の時仲がよく見えたのはほんとうは</p><p>すでに二つに分かれていたのだ。</p><p>そばで見ると仲が良いように見えただけなのだ。</p>
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<pubDate>Tue, 14 Jul 2026 16:13:47 +0900</pubDate>
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