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<title>タウン誌　下野街道</title>
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<description>ヤマト企画編集「タウン誌　下野街道」の情報をお届けします。</description>
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<title>第10号「喜多方編」第11号「南会津編」</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#ff1493"><font color="#000000">NHKで</font>「八重の桜」</font>の放送が始まってしばらく経ち、冬の会津にもだんだんと賑わいが見えてきました。<br>このドラマの放送に伴い、会津若松市内には期間限定の<font color="#ff0000"><a href="http://yae-sakura.jp/dramakan" target="_blank">「大河ドラマ館」</a> </font>も建てられました。</p><p>私も先日伺いましたが、なかなか見ごたえがありましたよ。</p><p>会津へお越しの際は、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。</p><br><p>今回は<strong>第10号「喜多方」編</strong>(2010)<strong>、第11号「南会津編」</strong>(2011)についてご紹介いたします。</p><br><p><strong>第10号「喜多方編」</strong>(2010)</p><p>記事では、<u>中世会津葦名家の先祖・佐原義連の墓と城</u>のことを佐原家の<u>子孫・佐原義春さん</u>から取材いただきました。</p><p>また、今、会津でも注目である、「<u>まほろば街道</u>」の会長・志村和子さんから、まほろばの意味を詳しく書いていただきました。<br><br></p><p><strong>第11号「南会津編」</strong>(2011)</p><p>表紙は<u>南山御蔵入騒動</u>で農民が税が高すぎると一揆を起こした百姓代表が江戸へ<u>幕府勘定所</u>へ<u>訴状</u>を差し出した時のことを描いてあります。</p><p>そして、内容は<u>会津田島祇園祭</u>についてなど。</p><p>会津短大の牧田ゼミの生徒さんによる<u>商店街の空き店舗活用計画</u>について<u>活動報告</u>を取材させて頂きました。</p>
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<pubDate>Wed, 06 Feb 2013 15:04:38 +0900</pubDate>
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<title>第8号「西会津編」、第9号「会津坂下編」</title>
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<![CDATA[ <p>この頃はブログの更新も良いペースで進められているので、この調子で皆様に、会津、そして下野街道の魅力や情報をお伝えして行きたいと思います。</p><p>タウン誌下野街道について知りたいことがあれば、お気軽にコメントを下されば幸いです。</p><br><p>さて、本日は<strong>第8号「西会津編」</strong>(2008)、<strong>第9号「会津坂下編」</strong>(2009)のご紹介です。</p><p><br></p><p><strong>第8号「西会津編」</strong>(2008)</p><p>越後街道、津川宿に向け出陣した白虎土中一番隊が、野沢宿、野沢本陣前において戦闘訓練をする様子を表紙にしました。</p><p>二番隊は坂下にさしかかった時、西軍が滝沢方面へ攻撃開始され、戻されました。</p><p>そして悲劇の事件が起こったのです。</p><p><br>他にも、太山神社と鳥追観音のことも取り上げました。</p><br><br><p><strong>第9号「会津坂下編」</strong>(2009)</p><p>表紙は大俵引きの様子を描いてあります。</p><br><p>越後街道、束松峠(タバネマツ)と陣が峯城の歴史観、立木観音、里山のアトリエ、坂本分校の様子などを取材しました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/town-shimotsuke/entry-11448876816.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Jan 2013 16:50:04 +0900</pubDate>
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<title>第6号「磐梯町編」、第7号「猪苗代編」</title>
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<![CDATA[ <p>昨日の記事でようやく道路の雪も溶けたと書いた途端、昨晩から今朝にかけて雪が1m近く積もってしまいました。</p><p>北海道や東北ではこのように短時間でたくさん雪が積もることを「どか雪」と呼びますが、これは果たして全国的に通じる表現なのでしょうか？</p><br><p>さて、本日は<strong>第6号「磐梯町編」</strong>(2006年)と<strong>第7号「猪苗代編」</strong>(2007年)をご紹介いたします。</p><br><p><strong>第6号「磐梯町編」</strong></p><p>■内容：「<u>徳一と恵日寺</u>」、「<u>磨上泉の合戦</u>」について</p><p>徳一は会津における<u>仏教の開祖</u>と言っていいと思います。</p><p>会津の地に初めて仏教を根付かせた人物でもあります。</p><p>恵日寺は<u>伊達正宗</u>の<u>会津侵略</u>で火災消滅しました。</p><p>こちらの表紙には磨上原の戦いの伊達正宗と葦名軍の様子を描いています。</p><br><p><strong>第7号「猪苗代編」</strong></p><p>表紙は「磨上原の戦い」に出陣する<u>猪苗代盛国</u>親子の様子を描いております。</p><p>猪苗代親子は、敵同士で戦いをしたと言います。</p><p>他にも、「<u>野口英世</u>」「<u>沼尻軽便鉄道</u>」「<u>土津神社と保科正之</u>」などに関する文章を掲載しております。</p>
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<link>https://ameblo.jp/town-shimotsuke/entry-11448844978.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Jan 2013 11:38:19 +0900</pubDate>
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<title>第4号「新鶴編」、第5号「会津若松編」</title>
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<![CDATA[ <p>長らく間が空いてしまいました。</p><p>会津では、ここ数日暖かい日が続き、路肩の雪も消え始めました。</p><p>…と、思えば、今日からまた雪模様。</p><p>しばらくはこんな状態が続きそうです。</p><p>旅行においでの方々は、くれぐれも防寒対策やスリップ対策をお忘れなく。</p><br><p>本日は<font color="#000000"><strong>第4号「新鶴編」</strong>(</font>2004年)、<strong>第5号「会津若松編」</strong>(2005年)をr続けてご紹介します。<br></p><p><strong>第4号「新鶴編」</strong>(2004年)</p><br><p>■内容：<u>中田観音</u>と<u>野口英世</u></p><br><p>「<u>はやくきてくたされ。いしょのたのみでありまする。ねてもねむれません。</u>」</p><p><u>野口英世の母・シカさん</u>が野口英世にあてた手紙です。この手紙の中で、</p><p>「<u>なかたのかんのんさまにねんよこもりをいたしました</u>」という一節があります。</p><p>シカさんは毎月17日午前1時ころになると、提灯をつけ家を出て、夕方、中田観音に「月まいり」をしたと言われています。</p><p>小柄なシカが腰に三足のワラジを下げ、ウサギのような足取りでやって来たと言います。</p><p>又、新鶴には若松から坂下までの街道があり、「<u>銀山街道</u>」と言われておりました。</p><p>この付近にはいろいろな娯楽施設が出来、にぎわいがあったと言われています。<br></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>第5号「会津若松編」</strong>(2005年)</p><p>■内容:下野街道と葦名家の歴史</p><p>表紙には葦名家16代、葦名盛氏公が描かれています。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/town-shimotsuke/entry-11448154694.html</link>
<pubDate>Fri, 25 Jan 2013 13:38:11 +0900</pubDate>
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<title>第３号「会津高田町編」</title>
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<![CDATA[ <p><strong>第３号「会津高田町編」</strong>(2003年)をご紹介します。</p><br><p>■内容：<u>天海大僧正</u>と<u>イザベラ・バード</u></p><br><p><u>イザベラ・バード</u>とはイギリス人の旅行家で、<u>明治11年の夏</u>、大内宿からもう一つの下野街道(市野)に入り、当時の会津高田町を訪れた女性です。アメリカ経由で横浜から日本に上陸しました。</p><p>日本人の案内者(ガイド)として、<u>伊藤という18歳の青年が同行</u>しました。</p><p>高田の宿屋にバードが入ったと聞きつけた人々は、「外人が来た」と叫び屋根に上がったり、子供たちが垣根によじ登ったせいでその重みで倒れたりと大変であったと『<u>日本奥地紀行</u>』に書いてあります。</p><p>群集に追われやむなく高田を去り、会津坂下町へ向かう際には1000人もの人々が後を追って着いて来たと言われております。(たぶんオーバーだとは思いますが。)</p><br><p>私にはなぜ、<u>会津本郷から会津若松の下野街道</u>を回らず市野を選んだのか不思議に思います。</p><p>私の考えでは、ガイドの伊藤青年が考えたコースではなかったのかなと思われます。</p><p>そのころは<u>戊辰戦争</u>からそれほど経っておらず、あまりにも<u>町が整備されていなかった</u>ので、これ以上醜い様子をバードの日誌には載せたくなかったのではないでしょうか。</p><p>当時の会津若松には、まだまだ異臭がひどかったようです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/town-shimotsuke/entry-11448142962.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Jan 2013 15:38:50 +0900</pubDate>
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<title>第２号「会津下郷編」</title>
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<![CDATA[ <p>今日は成人の日ですね。新成人の皆様、おめでとうございます。</p><p>昨晩から、ここ会津では雪がしんしんと降り続いております。</p><p>通りには朝から除雪に励む住民の方々の姿が見られました。</p><p><strong><br></strong></p><p>さて、本日は<strong>第２号「会津下郷編」</strong>(2002年)のご紹介です。</p><br><p>本郷から大内宿までの峠越えには、旅人や馬子達の苦労を伺わせる唄が残されています。</p><p><u>「大内峠は涙で登る、泣いた涙が沼となる」</u>と、どのような思いで峠を越えたかわかるような気がします。</p><br><p>又、その当時下郷町青年部部長をしておりました渡部一さんにも取材頂きました。</p><p>彼は今では全国的に有名になっています、<u>よさこいチーム「郷人(ごうじん)」</u>のリーダーとして頑張っております。</p><br><p>このころは年間の大内宿観光客の入込は大したことはなかったのですが、年々増加し、100万人～120万人の観光客が来ております。</p><br><p>ところが今では3.11.東日本大震災の風評被害により、その50％までに落ち込んでおります。非常に残念なことであります。</p><p>最近になってからは、平成21年の入込に近くなってきたと聞いております。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/town-shimotsuke/entry-11448129426.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Jan 2013 11:56:09 +0900</pubDate>
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<title>第1号「会津本郷編」</title>
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<![CDATA[ <p>新年あけましておめでとうございます。</p><p>本年もタウン誌「下野街道」をどうぞよろしくお願い申し上げます。</p><br><br><p>さてさっそくですが、今回から、これまでに発刊した「タウン誌下野街道」を、順を追って簡単に説明して行きたいと思います。</p><br><br><p>まずは記念すべき<strong>第１号「会津本郷編」</strong>(2001年)について説明します。</p><br><br><p>■内容：「瀬戸<u>の歴史と職人について</u>」「<u>向羽黒山城跡</u>」など。</p><br><p><u>平成14年度</u>に<u>本郷～大内宿峠</u>が開通になる前に発刊いたしました。</p><br><p>かつて本郷は人口の８割が直接・間接を問わず瀬戸仕事に関係していた時代もあったようです。</p><p>腕のいい瀬戸職人が集っていたということです。</p><p>今は亡き、富三窯の佐竹富三当主にも取材をいただきました。</p><br><p><u>日本最大級の山城「向羽黒山城跡」</u>について、葦名時代の歴史も書かせていただきました。</p><p><br><br>以上、第１号について。</p><p>次回は第２号「会津下郷編」をご紹介致します。</p>
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<link>https://ameblo.jp/town-shimotsuke/entry-11446744049.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Jan 2013 15:13:13 +0900</pubDate>
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<title>下野街道とは</title>
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<![CDATA[ <p>今年も残り僅かとなりました。</p><p>すでに仕事納めを迎えた方も多いのではないでしょうか。</p><p>まだお仕事を頑張っておられる方は、体に気を付けて気持ち良く2012年を締めくくりましょう。</p><br><p>そんな年の瀬の本日は、「街道」について説明をしたいと思います。</p><br><p><strong>■街道■</strong></p><p>街道とは、城下町を中心とした藩主の参勤交代、江戸との情報交換、藩土の往還、江戸と国元との連絡や輸送であった。</p><p>会津には、街道の起点である大町一之町の四角であり、制札場があるので”札の辻”とも言われた。</p><br><p><strong>■会津五街道とは■</strong></p><p><u>１、白河街道</u>…若松より白河へ勢至堂を通り68キロ。豊臣秀吉により道路が整備されたと言われていた。</p><p><u>２、下野街道</u>…若松から今市までの道で、”南山通り”あるいは関東では”会津西街道”と言われている。(本郷関山から大内宿下郷、田島の道)</p><p><u>３、越後街道</u>…若松より新発田までである。日本海沿岸の海産物や文化を会津へ導入した重要な街道である。</p><p><u>４、二本松街道</u>…若松より二本松へ60キロ。藩祖・保科正之を祀る土津神社参詣や猪苗代城の往還路とされた街道である。</p><p><u>５、米沢街道</u>…若松より米沢へ56キロ。戦国大名葦名氏と伊達氏との抗争、会津侵攻の拠点でもあり、上杉景勝や保科正之などがこの街道を利用した。</p><br><p>今日はこの辺で。</p><p>皆様、よいお年をお迎え下さい。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/town-shimotsuke/entry-11437328286.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Dec 2012 13:03:13 +0900</pubDate>
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<title>「タウン誌　下野街道」の紹介</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121213/09/town-shimotsuke/6e/57/p/o0503050812328089730.png"><img border="0" alt="タウン誌　下野街道" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121213/09/town-shimotsuke/6e/57/p/t02200222_0503050812328089730.png"></a> </p><br><p>「タウン誌　下野街道」は2001年に初刊発行、年１回で、平成24年度に12号を発刊いたしました。</p><br><p>会津地区の市町村の歴史と文化を取り上げ、まだ埋もれている観光素材などを発掘しながら情報の提供をしております。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/town-shimotsuke/entry-11426071182.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Dec 2012 09:27:57 +0900</pubDate>
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