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<title>膠芽腫と闘った夫と私の555日</title>
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<description>ある日突然、膠芽腫と告げられた夫。絶対に諦めない。その気持ちだけで555日を過ごしました。</description>
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<title>2026年2月訪問医療へ</title>
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<![CDATA[ <p>タイトルのままなのですが、結果、2月の初めから近所の病院と訪問医療、訪問看護の契約をし、オプチューン、テモゾロミドという抗がん剤を中止しました。</p><p><br></p><p><br></p><p>前回のブログからの続きなのですが、1月末のMRI検査で腫瘍が2倍ほどに大きくまわりに浸潤しており、見た瞬間に素人の私でも、真っ暗闇に堕ちてしまったような死刑宣告されたような恐怖、悔しさ、納得のいかなさ…いろんな感情に占領され、、、「これは夢だ」と思いたくて、でも現実で。</p><p>主治医は夫に話しかけていましたが、夫が内容を理解できずに話しが通じず、こういうこともプラスされたんだと思います。</p><p>主治医「今、できることはもう全てやりました。もう治療をストップして残された時間、その時間やお金を家族と遣われてはいかがでしょうか、、」</p><p><br></p><p>私が（おそらく夫も）聞きたくなかった先生からの宣告でした。</p><p>ウィルス治療、イベルメクチンの可能性を主治医に食い下がって尋ねたのですが…もう、夫の今の状況では厳しいと。</p><p>先生も詳しく丁寧に何故、それが夫には合わないのか</p><p>説明してくれました。それを聞きながら途中で夫がもう疲れたのだと思います</p><p>「もう、帰ろ？<span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">」</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">とひとこと。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">主治医も、それが一番だと頷いていました。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">最後、診察室で私1人、呼ばれたとき</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">これからの家族の時間を大切に、とか、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">少しでも思い出を、とか、あとは在宅医療の話しもしてくださいました。もちろんもうどうしようもないなら、在宅医療でお願いするしかないので、、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">でも、在宅医療ということは、癌からくる痛みの緩和ケアということで、、、看護師さんからは「看取りをする家族へ」みたいなパンフレットももらい。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">もう号泣でした。ひとり、号泣。診察室で。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">意味がわからない。なぜ、看取り？</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">椅子から崩れ落ちて泣きました。看護師さんも一緒に涙をながしてくださって。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">最後先生に質問をしました。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">「先生の感覚だとあとどれくらいだと思いますか？」</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">と。その時1月末です。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">主治医「桜は見れないと思います。」</span></p><p><br></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">私「ほかの方はどれくらいで緩和ケアに入るんですか、、？」</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">主治医「再発して放射線なりして、そこからもう一度腫瘍が大きくなってきたあたりから治療ストップする方が多いです」</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">「人の生死と向かい合う仕事、本当に辛いし大変ですね、、」と私がボソッと言うと</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">先生は「辛いです、でも誰かがしないといけないので、、、」</span></p><p><br></p><p>こんな会話をしたのを覚えています。</p><p><br></p><p><br></p><p>その時も義理の妹がいてくれてて、夫と診察室の外で待っててくれました。その時に夫に、誰に会いたいか、聞いてくれたそうです。</p><p>職場のとてもお世話になった先輩の名前がでてきたと聞きました。</p><p>あぁ、再発したあたりから、いつか会いたいと夫が言ってた人だ。近々連絡しよう、と心に決めたのです。</p><p><br></p><p>そして　2月。</p><p>在宅医療　訪問看護、訪問入浴がはじまりました。</p><p>3月の18日まで。</p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/toyoisa/entry-12964462271.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Apr 2026 19:55:42 +0900</pubDate>
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<title>2026年1月　絶望</title>
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<![CDATA[ <p>さて、新年になりましたが、我が家は特に変わらず</p><p>普段通りの生活をしていました。</p><p>お雑煮くらいは作ったけれど、あとはいつもと同じです。夫は大晦日の晩も普段通りに22時ころには就寝しました。</p><p><br></p><p>例年なら年越してから家族で初詣に行っていました。</p><p>神社で御神籤を引いて大吉で喜んだり、そうでなければ微妙な顔になったり笑</p><p>毎年毎年、年越しからの神社でした。</p><p><br></p><p>毎年していたことがやれなくなると、現実を突きつけられたような気になります。だからといって夫にはどうすることもできない。</p><p>お正月とか関係なく、生きることが最重要事項なのです。</p><p>本当に、変な話、魔法使いとかいないかな、ってわりと本気で考えていました。なんとか夫を守ってくれないだろうか、、</p><p><br></p><p>そんな感じで日々が過ぎていき、1月も半ばにかかったころ、ソファに座っている夫がふわっと右後ろに引っ張られるように倒れそうになりました。</p><p>「うわ、目がまわる、うしろに引っ張られる」</p><p>そう言いながら右手を後ろにつき、めまいのような感覚が過ぎ去るのをじっとこらえていました。</p><p><br></p><p>癲癇と疑った私はかかりつけの病院に連絡をすると、すでに夜間だけど、すぐに来るよう言われ、夫を車に乗せて娘は留守番させて、病院までいそぎました。</p><p>病院では癲癇の薬を処方してもらっただけで、それ以外のことはとくにありませんでした。</p><p><br></p><p>翌日、大学病院の主治医から連絡があり</p><p>昨夜のことを細かく説明し、そうすると主治医が仰るには、おそらく癲癇ではない、（腫瘍が）進行してるんだと思います… とのこと。。</p><p>そこで言われたのが、</p><p><br></p><p>もう、おそらく治療は効いてなくて</p><p>残された時間をどう使うか、のフェーズに入っていると思います。</p><p>奥さんが他にも治療法は無いかと調べていることは気持ちは理解できます。しかし、ご主人の尊厳を守るため、ご主人がご主人らしくすごし、生涯を終える、そうご主人が望むのであれば僕はそうします。</p><p>僕の患者はご主人なので、、</p><p>脳外科医として20年は経ちましたが、膠芽腫で５年生きた人は僕の患者では5人です。</p><p>その5人に共通するのは手術で95パーセントほどは腫瘍を摘出できた人で、かつ、オプチューンを90パーセント以上装着していた人です。</p><p>その５年生きた方も手術から4年ほどで再発してしまい、やっぱり半年ほどでお亡くなりになりました。。</p><p>6年以上という人は僕は見たことがないんです。。</p><p><br></p><p>そう、辛そうな声で少し涙声で、、主治医の先生はおっしゃいました。</p><p><br></p><p>この電話は主人のいない部屋で話していたので、主人には聞こえていませんが、先生も涙声、私も涙。</p><p><br></p><p>そしてこの1月の末にあるMRI検査での結果をみて、</p><p>先生「もう治療をやめて残された時間をご家族とどう過ごすか、、のフェーズにきています。ということをご主人にも伝えます」</p><p><br></p><p>と言われたのです。</p><p><br></p><p>なんてこと。</p><p><br></p><p>そして1月末のMRI検査。</p><p>腫瘍は2倍近く大きく広がっていました。</p><p>オプチューンはしっかり95パーセント付けてたんですが。。</p><p>こんなに猛スピードで広がるんだ、、ってくらいに。。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/toyoisa/entry-12964146789.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Apr 2026 20:21:17 +0900</pubDate>
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<title>膠芽腫の夫の年末</title>
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<![CDATA[ <p>12月に入り、夫は今まで以上に口数が減り、椅子に座ってゲームをしたりスマホを見たりして過ごしていました。</p><p><br></p><p>スマホを触りながらテレビでもYouTubeを見て、加えてタブレットでもYouTubeを見て…</p><p>何故そんな、いっぺんにいろいろな事をするのか、訊いたことがあります。</p><p>夫は「俺には時間がないから」</p><p>と答えただけでした。</p><p>そんなこと、あるわけないじゃん！まだまだ頑張らないとね♪</p><p>と空元気で私は返事をしたのですが、胸は締め付けられました。</p><p>時間がないから、情報をまとめて取り入れる？</p><p>…時間がもったいない、ってことだったんだと思います。</p><p>オプチューンは一日中装着していました。</p><p><br></p><p>「なんか手がジンジンする」</p><p>「足の指がなんか変」</p><p>このころは、そういう異変が身体に起きていました。</p><p><br></p><p>そして夫の使っていた腕時計を娘に「もう使わないからあげる」と、あげたり財布を「俺に万が一のことがあったらこれ、形見だね」なんて。そういうことも話していました。</p><p>正直辛かったです。そんな話し聞きたくもない。</p><p>自分に万が一があれば、葬儀場までリクエストされていました。どうやら、お仕事上のお付き合いがあったところで、そちらの社長にはよくしてくださったらしいです。旅立ちの支度のようで、本当に本当に聞いていて苦しかったです。でも私は悲しむわけにはいかないのでサラッと「はいはい」と返事をするだけでした。</p><p>夫が旅立つことだけは、最後まで否定したかったので。。</p><p>そして、運命の12月末のMRI検査。</p><p>結果、腫瘍の大きさは変わっていませんでした。</p><p>大きくなっていない！それだけで、命が助かったかと思うくらいに私たちは喜びました。</p><p>この1ヶ月、めちゃくちゃ頑張ってオプチューンを付けていたので、この調子でいけば腫瘍は大きくならない！</p><p>ワンチャン小さくなるかも！</p><p><br></p><p>良かったーーー</p><p><br></p><p>オプチューン様様だわ、、、</p><p><br></p><p>スーパーケトジェニック様様だわ、、</p><p><br></p><p>この調子でいけば大丈夫。</p><p>そう思って気持ち軽く、年越しをしたのです。</p><p><br></p><p>夫と最後の年越しになりました。</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/toyoisa/entry-12964102702.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Apr 2026 12:31:09 +0900</pubDate>
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<title>2025年11月</title>
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<![CDATA[ <p>2025年11月末に再びMRI検査をしました。</p><p>7月末に再発を確認してから4ヶ月後のことです。</p><p><br></p><p>診察室に入ると主治医が少し深刻な表情でした。</p><p>「最近どう？言葉とか出てる？」</p><p><br></p><p>私「出てるような、出てないような…」</p><p><br></p><p>主治医「…（MRI画像をみながら）…大きくなってるね」</p><p><br></p><p>このとき、私は必死で平静を保とうとしていました。</p><p>でも絞り出した言葉は「は、、」</p><p><br></p><p>主人は黙って聞いていました。</p><p>主人の斜め後ろに座って聞いていた私ですが、そこから見えた主人の表情は諦め、、も混ざったような無気力な表情だったと思います。</p><p>ひとつ、力なく、ため息をついていました。</p><p><br></p><p>私は渇いた口で、サイバーナイフはできないのか、他に治療はないのか、頭に浮かぶことをまとまらないままに<span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">先生に聞きました。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">膠芽腫が大きな血管にからまってきること、放射線もすでに2回したこと、そのような理由から手術もサイバーナイフももうできないと告げられ…</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">「非常に深刻な状況だと思います</span><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">」</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">この言葉に頭を殴られたかのような衝撃をうけ、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">希望を繋ぐためにアバスチンやオプチューンで進行を防げることに期待しよう。といった内容で終わりました。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">主人の妹も一緒に来てくれていたのですが</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">妹はずっと主人の背中をさすっていました。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">8月の初めに放射線をして</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">11月末にはもう再々発していたなんて。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">テモゾロミドが効いてない。。こんなことある？</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">でも諦めるわけにはいかなくて、12月末のMRI検査まで必死で、本当に必死で、オプチューンを95パーセントくらいまでには装着し、スーパーケトジェニックを極め、膠芽腫に少しでも栄養になるようなものは摂取することなく、それからの1ヶ月を神様に祈る気持ちで過ごしました。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">夫は言葉は出たり出なかったり、日によりけり。といった様子でした。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">このころから、少しずつ右足の指がジンジンするようになってきたんです。同時に右腕も痛いようなしびれるような、、今思うと右機能不全麻痺の前兆でした。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">目に見えて、身体がつらくなっていくのって本人は想像できないくらい辛いだろうと思いますが、まわりの家族も悲しいですね。主人と共に涙を流す時もありましたが、やっぱり無意味でも励ましたり、まだまだ大丈夫だよって明るくいなきゃいけない気がしていました。私だけは。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">同時に普段の何気ない会話なんかを録音したり、動画をとったり、あんまり主人には気づかれないようにそういったことをしていました。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">後に私の支えになるかもしれないと、そう思ったので。。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">膠芽腫、なんでこんな病気があるんだ、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">なんで主人が？</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">進行が速すぎる、、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">どうしたらいいの、だれか本当に助けて。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">頭の中はグチャグチャでした。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/toyoisa/entry-12964040802.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Apr 2026 19:58:11 +0900</pubDate>
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<title>再発膠芽腫　2025年8月から10月</title>
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<![CDATA[ <p>2025年7月にMRI画像で膠芽腫に再発が認められたとのことで、夫は大学病院に入院し、再び放射線治療を5日間ほどしました。</p><p><br></p><p>でも、私はそんなに大変なことと思ってなかったんです。。初発膠芽腫も放射線と抗がん剤で抑え込めたのだから、再発膠芽腫もきっとうまく消えてくれる。</p><p>そう信じて止みませんでした。</p><p>放射線科では、初発の時とは違い、再発膠芽腫の形を細かく検査して、それに合わせて放射線を照射していくため、より慎重により時間をかけて放射線を照射したそうです。</p><p>再発部分にだけ焦点を当ててできるだけ他の部分には副作用の無いようにしてくださいました。</p><p>そして、抗がん剤を服用５日間。</p><p><br></p><p>再発部分を一気に抑え込む作戦です。</p><p><br></p><p>夫の入院してる病院にできるだけ通っていたのですが、立体駐車場の屋上から夫が居る部屋が見えるんです。お見舞いから帰るとき、いつもそこの窓から夫が手を大きく振ってくれていたのを思い出します。</p><p>夕方の立体駐車場から見る、夫の入院部屋の窓…</p><p>お互いとてもとても寂しかった。</p><p>だけど、退院というゴールがあったので頑張れました。うん。あの光景は忘れることはないと思います。</p><p><br></p><p>そうして9月。再びMRI検査。</p><p>再発部分は、綺麗に消失していました。</p><p>まわりに新たに膠芽腫ができている様子もなく、</p><p>夫も私もひと安心でした。</p><p>オプチューンを再び装着する生活が始まりました。</p><p>オプチューンこのころ、90%の装着率でした。</p><p>このまま、うまくいく。膠芽腫？予後が悪い？</p><p>絶対大丈夫。オプチューン頼みです。</p><p><br></p><p>10月になり、特に変わったこともなく、オプチューン生活は順調に続いていました。</p><p>夫も犬の散歩へいったり、欲しい服をネットで買ったり、仕事をやすんでること以外は大体普段通りに暮らしていました。</p><p>たまに言葉も出ないし、脳内がバグることもありましたが、半日や1日ほど時間が経てばまた落ち着いてきたり…左側頭部の膠芽腫なので言語には本当に苦労していました。</p><p>でもそれはそれとして、穏やかに過ごしていたように思います。</p><p>11月のMRIまでは。。</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/toyoisa/entry-12963934258.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Apr 2026 18:39:39 +0900</pubDate>
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<title>再発</title>
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<![CDATA[ <p>2025年7月末、まさか油断をしていました。</p><p>オペで摘出したあたり、MRIに白い影ができていたのです。</p><p>この日夫は1人で病院に行きMRI検査をして、先生に再発の可能性を伝えられました。</p><p>2024年9月に脳腫瘍摘出のオペをして、そこから再発の兆しなんて無かったので、本当に油断していました。。</p><p>ある日突然、白い影が出てきたのです。</p><p>すぐに私も病院に車を走らせ震える手足を必死で抑え脳外科医の待つ診察室へむかいました。</p><p>先生との話しですぐに入院して放射線治療をした方がいいとのことでそれから１週間ほどで入院になりました。</p><p>2024年10月にも放射線治療はしているので、2回目の放射線です。</p><p>オプチューンもしてたし、テモゾロミドも飲んでいた、スーパーケトジェニックもしていたし、できることはしていました。</p><p>あの時の絶望感は言葉にできません。</p><p>でも、今だからわかる、これからだったのです。</p><p><br></p><p>このレベルの絶望感を余裕で超えてくる地獄のような絶望感がもう少し先の日々に待っていたのです。</p><p><br></p><p>再発しても、夫は仕事に戻りたい、戻れる、でも部署はどこになるだろ？仕事できるかな、言葉でるかな？</p><p>オプチューン抱えて仕事とか、みんな心配するよね…そんな話しを私たちはしていました。</p><p><br></p><p>放射線治療により、再発部分は綺麗に無くなりました。テモゾロミドを飲み、スーパーケトジェニックを更に強化し、オプチューンはできるだけ装着するようにしていました。その時の装着率が85パーセントあたりかな？</p><p>これが2025年9月ころのことでした。</p><p>どうか、このまま、、これ以上腫瘍が増えないで。</p><p>祈るしかありませんでした。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/toyoisa/entry-12957155858.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Feb 2026 20:47:37 +0900</pubDate>
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<title>春夏のオプチューン</title>
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<![CDATA[ <p>2025.1月から始めたオプチューンですが</p><p>当初真冬だったので、問題なかったのですが…</p><p>これが気温が上がってくると、頭皮は大変なことになりました。</p><p>パッドを24時間貼っているため、暑い、痒い、汗で蒸れる。。</p><p>寝ている時なんかに、無意識で掻いてしまうんですよね。朝起きて頭皮から出血していることもありました。</p><p>痒い痒い痒い！皮膚科で飲み薬、塗り薬をもらいケアをしていました。</p><p>頭皮ケアは命を守る、大げさではなくオプチューンが貼れなくなるので、本当に深刻な問題でした。</p><p>外出すると日光によりエラー音がなるので、ここは日傘で対応しました。でも気温が高い日は、エラーにはなります。汗だくの頭皮にペタッとアレイを貼り、なんとか頑張るのですが、やはり装着率は下がっていきました。</p><p>80%きってたかな。</p><p>90%装着していれば、効果は格段にあがるとのこと。。</p><p>7月末に再発を確認しました。</p><p>もちろん、テモゾロミドは月に一度飲んでいました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/toyoisa/entry-12956149801.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Feb 2026 12:07:33 +0900</pubDate>
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<title>セカンドオピニオン</title>
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<![CDATA[ <p>2025.1月にオプチューンを開始し、それとともにセカンドオピニオンの代謝療法（スーパーケトジェニック）を始めました。</p><p>がんは糖質が大好物だからそれをできるだけ抑え、がんの栄養源を断っていこうというものです。</p><p>もともと炭水化物が大好物な夫なので、米、麺類、小麦粉など、それが食べられなくなるのはとても辛かったと思います。</p><p>そしてケトン体の数値を上げることにより、正常な脳細胞には栄養もしっかり届く、そういった兵糧攻め手法です。</p><p>麺類が食べられないため、代替品として糖質ゼロ麺を使っていましたが、やはり小麦粉の魅力にはかないません。どうしても味気ない食事になってしまいます。</p><p>とは言え、肉や魚は食べられるのでそこは好きなだけ食事で取り入れていました。もちろん調味料は糖質ゼロ、もしくは糖質オフのものです。</p><p>そういったケトン食もスタートし、もともと大きめだった夫の体重は1年で30キロほど落ちました。</p><p>夫も子どもの成人式までは死ねないと、夫婦二人三脚でがむしゃらに頑張りました…が、</p><p>これに関して、私のエゴだったのかもしれません。</p><p>何がなんでも生きていてほしいと、目の前に存在していてほしい、その思いが強かったです。</p><p>これは正解がわかりません。</p><p><br></p><p>オプチューンとケトン食を始めて半年、再発するまでは私たちも穏やかにくらせました。</p><p>オプチューンのエラー音も鳴らしながら、ケトン体の数値に一喜一憂しながら。</p><p>そして、どんどん油断が出てきてしまったのです。</p><p>オプチューン装着率84%が77%になり、70%まで落ちたかな。</p><p>もしその時の自分に会いにいけるなら、伝えたいことがあります。</p><p>「ねえ、膠芽腫なめてる？怖さ知らないでしょ⁈オプチューン装着率下がってるじゃん、再発したら遅いんだよ、再発させないでよ…」</p><p>後悔先に立たず。なんです。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/toyoisa/entry-12955838084.html</link>
<pubDate>Fri, 06 Feb 2026 15:13:56 +0900</pubDate>
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<title>オプチューン開始</title>
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<![CDATA[ <p>2025年1月からオプチューンを開始しました。</p><p>夫は紹介動画を観るのも拒否していたため、私がしっかりと確認し、どんな作用が働いて脳腫瘍に効いていくのか、とか、貼り方（1センチ単位で間違えないように貼る必要がありました）を覚えました。</p><p>オプチューンの会社の担当の方がとても親切で、話しやすくて穏やかで真面目な方だったので少しでもわからないことがあれば、いろいろお聞きしました。</p><p>オプチューンを病院で初めて預かったとき、スーツケース、段ボールなど車の助手席は埋まるほどの大きな荷物でした。</p><p>さて、オプチューン生活が始まります。</p><p>オプチューン用カレンダーもいただき、張り替えた日、アレイの残数、その月の装着率…いろいろメモすることもできる便利なものでした。</p><p>エラー音も数種類あり、バッテリー交換の音、装置がしっかりできてない音、コードが繋がってない音、まぁ、すぐに覚えました。</p><p>バッテリー、これがとても重い。</p><p>オプチューンの本体にバッテリーをはめて、連続稼働で3.4時間は保つのですが、この本体とバッテリーの重さ…</p><p>高齢の方はこれを一日中抱えて過ごされるのは厳しいと思います。これからこの機器が少しでも軽く小さくなることを願っています。</p><p>オプチューンの本体からコードを繋ぎ、頭皮に前後左右にしっかりパッドを貼り、これで腫瘍の分裂を防ぐのです。正常な細胞には問題のないものです。</p><p>装置率が高いほど、予後が良い。</p><p>90%以上でしっかり治療効果が出る…かも。</p><p>自分も覚悟を決めて、夫の命を守るため3日に１回貼り変えをしました。</p><p>…しかし、オプチューンをつけての移動。</p><p>エラー音も鳴り、交換バッテリーも持ち歩き、</p><p>少しひなたに出ると、頭皮温度が上がりエラー音、</p><p>私たちにとっては過酷なオプチューン生活でした。</p><p>でも、命には代えられない。つけるしかない。</p><p>止める勇気はありません。</p><p>90%以上の装置率を目指して、突き進みました。</p><p>結果、再発までの最高装置率は89%。</p><p>なかなか、です。</p>
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<link>https://ameblo.jp/toyoisa/entry-12955817156.html</link>
<pubDate>Fri, 06 Feb 2026 11:08:21 +0900</pubDate>
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<title>放射線治療そしてテモゾロミド開始</title>
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<![CDATA[ <p>手術がおわるともう10月に入っていました。</p><p>10月は毎日のように面会に行くのが当たり前になっていました。</p><p>夫は昼間に放射線治療、そして寝る前に抗がん剤のテモゾロミドを服用し、手術で取れなかった腫瘍を何とか消失させようと、そんな一ヶ月だったような気がします。</p><p>まだLINEの文字打ちも全く問題ないほど、理解力も全てにおいて頭の傷以外は病人とは思えないほどの夫でした。毎日一階のコンビニに降りて行って、お菓子や水を買ったり、放射線のあと何となく疲れるので、病院の外の広場のベンチに座ったり。</p><p><br></p><p>「ちょっと寒くなってきたから、トレーナー買ってきて。」「洗濯洗剤がもうないよー」「あー暇すぎる」</p><p>毎日のイベントとしては、放射線治療が終われば、作業療法や、文字のリハビリなんかをして、他にはすることが本当になかったみたいで。</p><p>脳外科病棟ではウロウロ歩き回り自販機に行ったり、談話室行ったり、当時1番元気な患者だったそうです。笑　</p><p>11月に入ってくると、そろそろ主治医の先生から【オプチューン】の話しを聞くことになります。</p><p>私は「やっぱりきたか…」そんなふうに思い、夫は「…は？絶対嫌よ、そんなの頭丸剃り？ずっと頭にパッドつけるの？えー、無理だ」と案の定拒否反応が出ていたので、先生も無理にとは言わず、「まあ、なんとなくこんな治療法があるよと思っておいてくださいね〜無理にとは言わないです」</p><p>と仰ってくださいました。</p><p>今振り返れば初発膠芽腫にとっては、オプチューンが命綱になることをまだ知識として知らなかった私たちでした。</p><p>つけたくない、まずは紹介の動画すら観たくない夫と、複雑な…つけて欲しいような、そこまで大変な腫瘍だと思い知らされてしまう怖さ…私の気持ちはそんなところでした。</p><p>現実として12月からつけて欲しい主治医と、それはちょっと本当にごめんなさいという夫。</p><p>結局1月から装着開始しました。</p><p>今なら思います。すぐにでも11月からでもオプチューンを始めるよね、と。</p><p><br></p><p>※オプチューン<span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">腫瘍治療電場（TTF：Tumor Treating Fields）」</span></p><p></p><p><br class="Apple-interchange-newline"></p><p></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/toyoisa/entry-12955621708.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Feb 2026 13:47:56 +0900</pubDate>
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