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<title>スノーボール</title>
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<description>自由筆記。</description>
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<title>恐怖をみつめる</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>感情機能の一つの恐怖。</p><p>&nbsp;</p><p>どのような機能、役割を持っているのか。</p><p>&nbsp;</p><p>危険に対する防御。</p><p>&nbsp;</p><p>過剰に感じてしまうと、</p><p>&nbsp;</p><p>逆に危険が増大したり。</p><p>&nbsp;</p><p>どちらかというと私は</p><p>&nbsp;</p><p>良くも悪くも感じやすいのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>感情に支配されてしまうのはよくない。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ感情を無くす事もできない。</p><p>&nbsp;</p><p>その抱く感情をみつめてみる。</p><p>&nbsp;</p><p>それだけで支配される事からは</p><p>&nbsp;</p><p>一歩抜け出せるのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>無理に無くそうとしたり、抗おうとしたり、</p><p>&nbsp;</p><p>打ち克とうとしてもおそらく失敗に終わる。</p><p>&nbsp;</p><p>ー</p><p>&nbsp;</p><p>９月２２日、祝日、秋分の日、</p><p>&nbsp;</p><p>今日から秋？</p><p>&nbsp;</p><p>肌寒くなり始めている。</p><p>&nbsp;</p><p>そろそろ秋服、冬服の準備が必要か。</p>
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<link>https://ameblo.jp/tp1126/entry-12202582383.html</link>
<pubDate>Thu, 22 Sep 2016 21:34:53 +0900</pubDate>
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<title>入眠</title>
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<![CDATA[ <br>死は一度しか経験できない。<br><br>厳密に言うと経験すらできない。<br><br>一度訪れればそれを経験として振り返る事はできない。<br><br>睡眠として経験している意識の終点は、<br><br>その後の覚醒が無ければ死と変わらない。<br><br>睡眠が必ず訪れる様に死も必ず訪れる。<br><br>入眠に対する姿勢と死に対する姿勢、<br><br>覚醒に対する姿勢と生に対する姿勢、<br><br>それは共通してくるのかもしれない。
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<link>https://ameblo.jp/tp1126/entry-12138557975.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Mar 2016 00:09:30 +0900</pubDate>
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<title>自分自身を破壊する</title>
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<![CDATA[ <br>「自分」、、、<br><br>ちっぽけな「自分」を破壊し、<br><br>もっと大きな世界に。<br><br><br>自らの殻に閉じこもっている人は<br><br>「外」と「内」を自分でつくってしまっていて、<br><br>流れが滞っている「内」と<br><br>ただただ流れ流れていっている「外」との間に乖離が生じてしまう。<br><br><br>「外」からの情報はシャットアウト、<br><br>「内」の水は汚く濁っていく。<br><br><br>年齢は関係なく。<br><br><br>特徴的なのは「外」と「内」の乖離は<br><br>本人を苦しめ、<br><br>周囲を巻き込む。<br><br><br>そもそもそんなもの「無い」のに。<br><br><br>「自分」を破壊し、<br><br>世界を生きる。<br><br>それは「自分」の中に閉じるよりも自然な事。<br><br><br>「自分」なんてものは「無い」のだから、<br><br>もう閉じるのはやめようよ、<br><br>それは人を幸せにしない。
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<link>https://ameblo.jp/tp1126/entry-12121871420.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Jan 2016 22:58:22 +0900</pubDate>
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<title>現実を見る、そして楽しむ</title>
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<![CDATA[ <br>現実から目を背けてしまいがち。<br><br>だけどもそれではなかなか物事は好転していかない。<br><br>目の前の、足下の現実を見ずして、<br><br>よりよい人生なんて歩めない。<br><br>目を背けてしまう原因はなんだろうか？<br><br>こわい？<br><br>目を背けても苦しみが増していくだけ。<br><br>それよりも<br><br>現実を見て、そして楽しむ。<br><br>その繰り返しが人生を好転させていく足がかりとなるのでは。<br><br>現実は直視してみても意外と楽しいもの。<br><br>むしろ目を背けて色々なものにぶつかって苦しむよりかは<br><br>よっぽど楽しい人生が待っているはず。<br><br>現実を見て、そして楽しむ。<br><br>それを繰り返していこう。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tp1126/entry-12117190146.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Jan 2016 03:03:42 +0900</pubDate>
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<title>インプット無き脳にアウトプット無し</title>
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<![CDATA[ <br>科学的にどうかとか<br><br>詳しくどうとかは<br><br>分からないけれども、<br><br><br>インプット無き脳にアウトプット無し<br><br><br>インプットが今後の人生を決める。<br><br><br>インプットの増大を今年のテーマに。<br><br><br>インプットを怠ければ<br><br>アウトプットの量も質も落ちる。<br><br><br><br>今年も一年がはじまった。<br><br>もうあまり言い訳ができない歳にもなった。<br><br>言い訳が意味がない事、<br><br>長期的に見て自分を守るどころか<br><br>自分を弱体化させてしまう事は<br><br>もう分かるし、<br><br>人生には言い訳をつらつらのべる時間的猶予なんて無い。<br><br>そんな事が身にしみる様になってしまった。<br><br><br><br>あと何年生きる事ができるかはわからないけれど、<br><br>今年も精一杯生きていきたい。
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<link>https://ameblo.jp/tp1126/entry-12115389374.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Jan 2016 01:50:42 +0900</pubDate>
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<title>４　一日の始まりと終わりに</title>
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<![CDATA[ 一日の始まりに、今日したい事を書く。<br>今日という一日で何をしたいか。<br>そして一日の終わりに、書いた事が実現できているかを確認する。<br>実現できていないとしたら何が原因かを考える。<br>まだやった事はないので何とも言えないが、<br>効果としては、やりたい事の明確化、そしてそれの進捗具合の確認、<br>障害の確認といった事を行う事ができる。<br>一日でもそうだし、一週間、一ヶ月、一年といったスパンでも同じ事ができるだろうか。<br>繰り返し行う事で時間感覚が研ぎ澄まされるかもしれない。<br><br>ただ流れる様に一日を過ごしてしまっていては、<br>あっと言っている間に６０、７０になってしまう。<br>それでは駄目な事は明白で、時が流れていってしまうのは止められないので、<br>せめてその中で意識しながら流れていきたい。<br>気がついたら人生終わっていたではあまりにも悲しい。<br><br>毎日それを行えば、何かしらの変化は起こりそう。<br>一週間単位、一ヶ月単位、一年単位、人生単位といった中期、長期スパンも必要だろうか。<br>そうする事でより時間の使い方が意識的になる。<br><br>時間感覚を研ぎ澄ましていくという事は人生そのものを研ぎ澄ましていくという事になるだろうか。
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<link>https://ameblo.jp/tp1126/entry-12095980004.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Nov 2015 22:26:15 +0900</pubDate>
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<title>３　行為の有限性</title>
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<![CDATA[ 時間が有限である以上、<br>その中で行われる行為も有限である。<br><br>人生の中であれもしたいこれもしたい、あそこにもあそこにも行きたい、<br>といった事を全て叶えるのは不可能なのである。<br><br>一日の中でも同じであり、<br>一週間、一ヶ月、一年、一生の中で行える行為は有限である。<br>であるからあれもこれも全て実現可能という思考を持っているとしたら<br>それは否定しなければならない。物理的な時間の制約の問題である。<br>そういった場合に、大事な事は何か。価値観と優先順位であると思う。<br>自分は、組織は、社会は、世界は、どういった価値観で動いているか。<br>優先順位をどうつけるか。優先順位の高い事しか実現はできない。<br>思っているよりも時間の制約は厳しく迫ってくる。<br><br>価値観も優先順位も曖昧なままでは、本当に大切な事が実現される保証はない。<br>他の誰かの価値観と優先順位に従属して生きているだけなのかもしれない。<br>時間は有限であり、そして行為も有限なのである。<br>決して、砂時計をひっくり返す事はできない。一方方向に流れ続けるだけである。<br>行為の優先順位をつけるには、価値観や目標、夢といったものが必要だろうか。<br>自分の時間が切れるまでにやっておきたい事。<br>今日という日が終わるまでにやっておきたい事。<br>一年が終わるまでにやっておきたい事。<br>目標をたて、計画をたて、行為に落とし込んでいく。<br>時間の制約は、問答無用で押し迫ってくる。<br>先延ばしはできない、刻一刻と過ぎ去っていく。
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<link>https://ameblo.jp/tp1126/entry-12095969536.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Nov 2015 22:05:12 +0900</pubDate>
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<title>２　時間の有限性</title>
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<![CDATA[ 時間の有限性。<br><br>人生は有限である。なぜなら人間は生まれ、そして死んでいく生き物だから。<br>であるから時間は有限であり、通常意識しているよりも遥かに希少性が高い。<br><br>その希少性を問答無用で突きつけられる体験というのは、<br>事故等で九死に一生を得る、といった強烈な体験であろうか。<br>病気で余命を宣告される体験であろうか。<br>しかし、考えてみれば、人間は事故でなくても、病気でなくても必ず死ぬ生き物である。<br>その時間の希少性は、余命によって変わる類いのものでない様な気もする。<br>人は１００歳まで長生きをする人もいれば、<br>幼い年齢で死んでしまう場合もある。<br>病気、事故、天災、老衰、様々な理由により、強制的にこの世界からの退場を宣告される。<br>その命日がいつになるかは、生まれた時には分からない。誰にも分からないのだ。<br>だからこそ、生きている今を、精一杯生きる必要があるだろうか。<br>だからこそ、朝目が覚めた時に、自分がまだ生きている事に感謝し、喜ぶべきだろうか。<br>だからこそ、誕生日は、心からおめでとうと言うべきだろうか。<br><br>自分の命日はいつだろうか。<br>それは今日でもあり得るし、明日でもあり得る。一週間後かもしれないし、<br>はたまた６０年後かもしれない。それは誰にも分からない。<br><br>それは私の目の前の人にも言える。<br>今日この人と会うのは最後かもしれない。可能性としては実はゼロではない。<br><br>あまりに安逸な無為な時間の過ごし方をするのは、時間の希少性を無視した生き方と言える。<br>この世界で最も希少なものの一つを、生まれてきた誰しもがその両手に握っている。<br>そしてその希少さを忘れ、無駄に過ごしている事が多いだろうか。<br><br>５００兆円を積んでも購入できない、１００カラットのダイヤモンドを差し出しても<br>交換できないものを、誰もがその両手に持っている。
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<link>https://ameblo.jp/tp1126/entry-12095963905.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Nov 2015 21:43:07 +0900</pubDate>
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<title>１　インプットが可能性を広げる</title>
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<![CDATA[ インプットが可能性を広げる。<br><br>インプット．．．リテラシーを高め、<br>発想力や思考力、対応力等様々な能力のレベルを押し上げる。<br><br>リテラシーの向上を日々の生活に習慣づける。<br>情報空間の中で、知の建築物、世界を構成していく様な．．．<br><br>人間の脳は一生、完全知なる状態にはならない。<br>幸い一生勉強し続けても、勉強する対象・事象は無くならない。<br><br>リテラシーのレベルを、様々な領域で高めていく事自体が<br>とても楽しく幸福な事だと思う。<br><br>その結果、現実世界での成果として何かを得る事があれば、<br>それは二次的、副次的な事なのかもしれない。<br><br>とはいえ、基本的に何かの分野の知識を深めていくのは、<br>目の前の事象に対処する為、ただ単純に好きだから<br>と色々な理由がある。<br><br>せっかく人間に生まれ、裕福な国、時代に生まれたのだから、<br>知識を深める事を求めないのは、あまりにもったいない。<br><br>人間の不幸は、ただ知らなかったから、無知であったから、<br>なんて単純な理由で簡単に引き起こされ得る。<br>往々にして知識レベルの高い者がそれよりも低い者から<br>収奪し、利益を得るという事は自然に日常で起こっている。<br>ただ暴力が強い方が勝つのではなく、<br>情報空間内で強い者が勝っているという至極シンプルな理由によって。<br>気づかないうちに利用されていたり、収奪されていたりなんて事は<br>意識しないだけでありふれた日常なのだろう。<br><br>話が散らかっているが、とにかくリテラシーレベルを高める事は<br>盾にもなるし矛にもなる、当たり前の話だが、<br>よく言うように、実践できているかどうかが最重要であり、自分を問い詰めながらいきたい。<br><br>リテラシーを高める事は、守りにも有効であり、攻めにも有効である。
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<link>https://ameblo.jp/tp1126/entry-12095951160.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Nov 2015 21:10:52 +0900</pubDate>
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<title>一日を振り返る</title>
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<![CDATA[ <br>■一日を振り返る<br><br><br>今日一日を振り返り、書き留める。<br><br>今日という日に意味を与え、命を吹き込む。<br><br>今日という日の意味を考え、反芻する。<br><br>今日の自分はどうだったろうか。<br><br>今日の世界はどうだったろうか。<br><br><br><br>時間の使い方はどうだったろう。<br><br>感情の動きはどうだったろう。<br><br>やりたいことはできただろうか。<br><br>やりたくないことをしていないだろうか。<br><br><br>振り返り書き留めることで意識化され次の今日へと繋がるかもしれない。<br><br><br>健康はどうだろう。<br><br>何を食べただろう。<br><br>運動はできているか。<br><br>新しいことを学んでいるか。<br><br>何かに挑戦しているか。<br><br><br>今日という日を振り返ることができれば、<br><br>次の今日が終わったときに、改めて自分に問い直すことができる。<br><br><br>そうやって深化、進化していけるだろうか。<br><br>そうなことを思う。
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<link>https://ameblo.jp/tp1126/entry-12091256928.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Nov 2015 00:17:14 +0900</pubDate>
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