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<title>ぶどう畑でくつろぐ日</title>
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<description>山林を入手、ワイン用ぶどうと各種ハーブを栽培。微発泡の生ワインと地元の海の幸を味わう。そんな将来に近づいていく足跡。</description>
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<title>心の筋膜はがし</title>
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<![CDATA[ 筋膜はがしという言葉をよく聞く。<br>科学的にどうなのかよくわからないが、癒着している筋膜をはがすといろいろスムーズになって健康にもいい、という考えのようだ。<br>まあ、ストレッチもしないよりはした方が体にはいいのだろう。<br><br>頭や心も同じだ。同じような日々を過ごしていると、価値判断基準も固定されがち。<br>自分の価値観に合うかどうかでついつい肯定・否定の反応を起こしてしまう。<br><br>歳をとっても新しいものや知らないことに興味津々の人もいれば、若いのに知らないことはついつい否定・拒絶してしまう人もいる。<br><br>暮らし方は人それぞれだが、狭い世界に閉じこもって、何でもかんでも否定・拒絶ばかりして不機嫌になったり怒ったりして暮らすのは幸せを感じにくいのではないだろうか。<br><br>どうせなら、毎日快適に楽しく暮らしてもいい。<br>不機嫌になったり怒ったりして文句を言っても何も世の中を変えられず、わびしい生活を続ける人もいれば、穏やかでやさしいのに着々と周辺の環境を整えて幸せな日々をすごす人もいる。<br><br><br>頭や心を柔軟にするには、ストレッチのようなものが効果的だ。<br><br>まず、自分が気に食わないものを思い浮かべてみよう。<br>巨人が嫌い、ホリエモンが嫌い、岸田総理が嫌い、辻元清美が嫌い、朝日新聞が嫌い、産経新聞が嫌い、ロシア人が嫌い、中国人が嫌い、韓国人が嫌い、アメリカ人が嫌い、日本人が嫌い、等々なんでもいい。<br><br>嫌な個人や法人などを具体的に思い浮かべてみよう。<br><br>そして、彼らの幸せを唱えるのだ。<br>巨人が優勝しますように、ホリエモンが幸せに過ごしますように、岸田総理が健康で大きな仕事を成し遂げますように、朝日新聞の業績がよくなりますように、ロシア人が平和に過ごせますように。<br>何でもいいけど、自分の嫌な相手にとってもポジティブなことを唱える。<br>ちょっと抵抗を感じるかもしれないけど、これがけっこういいストレッチになるのだ。<br><br>私の場合、サッカーか野球の日韓戦でオリンピックかWBCだったか大きな大会で日本が負けた時、ちょっと腹立たしい気持ちになりそうだったけど、「おめでとうございます」とつぶやいた。<br><br>するとどうでしょう。ムッと来た相手のことであっても、腹立たしい気持ちが薄れて行くではありませんか。<br><br><br>怒る、むかつく、不満に思う、といった心理状態は、頭や心の硬直というか癒着状態が大きく影響している。<br>べつに、怒ったりむかついたりしたところで、何も問題は解決しないのだ。<br>世の中には、ムカつくモノとか気持ち悪いモノという属性を備えた物質はない。人間がそのように感じ取っているだけだ。<br><br>大声を上げたり悪態をついたり叩いたりしても、自己満足にしかならない。場合によっては状況を悪化させてしまう。<br><br>問題を解決する余裕のある人は、まず自分がなぜ不快に思うのか、文句を言いたくなるのか、分析を行う。<br>自分のどういう価値観や思い込み、判断基準が不快に思う反応を引き起こすのか、そのメカニズムを分析する。<br>もしかしたら、自分の思い込みが独善的で、客観性に欠けたものであったことに気づくかもしれない。<br><br><br>ところが、世の中にはムカつくことを隠さない人が多い。<br>第三者から見ればどうでもいいようなことであっても、非難し、問題視し、謝罪を求め、大声を上げる。<br><br>最近、ひろゆきという人が何かまた物議を醸しているニュースを見てそんなことを考えた。<br><br>きっと、ひろゆきは、咎めたり文句を言ったりしているわけではない。<br>気になった構造を指摘しただけだ。そこに引っかかった人が不快に思い、自分の感覚を正当化するために文句を言うが、問題は解決しない。<br><br>基地反対運動に異論を唱えることは、沖縄本島の政治風土的には許されないことなのかもしれない。<br>しかし、いくら沖縄のメディアが生理的に不快に感じてひろゆきを非難しても、コメント欄を見ると沖縄のメディアに賛意を示す人は少数派。冷静に分析している人が多い。<br>その現実は沖縄のメディアの人にとっては受け入れがたい辛いことかもしれないけど、まずは自分たちの頭や心が硬直化していないか分析して、心の筋膜はがしに取り組んでみてはどうだろう。<br>きっと、より柔軟に沖縄の状況を分析し、よりよくするための方策が見つかるのではないかと思う。<br>沖縄タイムスや琉球新報、RBC琉球放送の人たちが、穏やかに笑顔の絶えない日々をすごされることを願います。<br>そうしてはじめて、ひろゆきのように飄々と立ち回る人を捉えることができるのかもしれない。<br><br><br>https://news.yahoo.co.jp/articles/a6f88fce89e22f1fc2190d961a72440b7bd747ba<br>■ひろゆき氏から謝罪と撤回について返信なし　座り込み「０日にした方がよくない？」投稿に市民反発　<br>10/6(木) 8:27配信　沖縄タイムス<br>　インターネット掲示板「2ちゃんねる」開設者のひろゆき（西村博之）氏が3、4の両日、名護市辺野古のキャンプ・シュワブゲート前を訪れた。「新基地断念まで　座り込み抗議　3011日」と記す掲示板を「0日にした方がよくない？」などとツイートし、市民が反発している。（編集委員・阿部岳）<br><br>https://news.yahoo.co.jp/articles/5fbafc91836be4de295644f732dcf4bff95452a4<br>■「座り込み0日にすべきでは?」辺野古めぐり “ひろゆき氏発言”で波紋　沖縄県内は<br>10/6(木) 19:46配信　RBC琉球放送<br>名護市のアメリカ軍キャンプ・シュワブのゲート前で行われている辺野古移設に反対する座り込みについてひろゆきさんのSNS上での発言に波紋が広がっています。<br>ひろゆきさんのツィッター<br>「座り込み抗議が誰も居なかったので、0日にした方がよくない?」<br>「『座り込み』その場に座り込んで動かないこと。目的をとげるために座って動かない。知らない間に辞書の意味変わりました?」<br>「1日20分ぐらいの抗議行動を平日に3回やる事を『座り込み3011日』と表現するのは誤解を招く行為なので、「抗議行動』に変えたら?」と、話しかけられた現地の人に言いましたが、まともな返答はありませんでしたよ。<br>（略）<br>コメントの上位5件そのまま<br>　　↓<br>adm*****<br>そもそも最初の投げかけは、日数表記に対してで、運動そのものに対するものでは無いと思うのだけど。普通に返事して終わりのはずだが、自分達の抗議活動に対する攻撃で、我々は被害者だとする動きになるのは、よく見た光景だけど、異論は一切許さない、という圧を感じてしまう。<br>そもそも道路封鎖も違法なはずなのだけど、そういった意見とかは何故出てこないのかな<br><br>mug*****<br>基地賛成派は悪、ってんならまだ理解できなくもないが、このやり方は、反対運動に文句のあるやつは悪！みたいな論調になってて、なんとも気持ち悪さを感じる。<br>誰もいない状態になってしまうなら「座り込み」って言葉が破綻してるのは間違いないし、そういった主張の穴の部分には反対運動をしている人たちもきちんと襟を正して対応するべきだと思う。<br>そういう相手の言動、行動の穴を突いて揚げ足を取り、自分の主張が正しいとするのは活動家ならお互い様なのではないか。<br>むしろ、辺野古基地移設に反対も賛成も表明していないひろゆき氏が看板の矛盾を教えてくれたんだから「ありがとう、正しい表現に直します」で丸く収まるんじゃないだろうか。<br><br>pok*****<br>活動家により道路を不法占拠している実態が全国に明るみになりましたが、左翼メディアはあれを単に茶化しているとしか報じないのはどうかと思います。<br>ひろゆきのツイートで、あのような危険な人達が沖縄まで出向いて活動している様子を簡単なツイートではありましたが、「なんだこれは？」とリプライなどを遡っている内に明らかになりました。<br>左翼メディアはひろゆきが何の動機もなく、また論破できる確証なく、突然沖縄の辺野古を訪問したと思っていますか・・。<br>そしてこれまでの様に左翼メディアによる傾向報道で、国民を誘導できると思っていますか・・。<br>傲慢すぎます。<br><br>you*****<br>「現場でずっと3000日あまり（抗議を）続けてきた方々に対する敬意は感じられない」この知事の発言にはびっくりしたわ。<br>道路を封鎖して自分勝手な正義を振りかざしている人たちへの敬意ってなんやねん。<br>例えば、国葬賛成派の人たちを批判したら知事が出て来て「賛成している人たちにもっと敬意をはらえ」と言ったらどうなる？沖縄のマスコミに限らず日本中のマスコミが一斉に叩くに違いない。いや、右翼と呼ばれる人でもおかしいと思うはずである。<br>そんな異常なことをこの知事は平然と言い、沖縄のマスコミはその発言を問題視どころか称賛しているようだ。<br>ちなみに、単純に比較できないことはわかっているが、敢えて言うと辺野古移設反対派は国葬賛成派よりも少ない。沖縄だけで見ても賛成と反対が拮抗しているのだから。そして国葬賛成派は道路を封鎖するような暴力的な行為も行っていない。<br><br>mot*****<br>＞玉城デニー知事「見識の違いということだと思います<br>沖縄県知事が「見識の違い」と断ち切った答えを出してしまいましたが、県知事は基地反対や軍備拡大を反対し国に「外交は対話で解決するべき」と言っていたはずですし、同じ意見の共産党議員も沖縄メディアも許せない受け入れられないと反応。<br>こんなにすぐ「見識の違い」で関係を遮断してしまうのはおかしいのではないでしょうか？ましてや言葉も話も通じる日本人相手に。「外交は対話で解決するべき」と強調していた政治家などが、自ら対話を実行しない事が浮き彫りになり残念だと沖縄県民は感じてしまった気がします。<br>そこが一番の問題ではないでしょうか？<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/transvine/entry-12897807505.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Oct 2022 20:27:02 +0900</pubDate>
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<title>「世界の民族」超入門</title>
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<![CDATA[ いくつかのメディアで紹介されていておもしろそうだったので、『世界96カ国で学んだ元外交官が教える　ビジネスエリートの必須教養　「世界の民族」超入門』（ダイヤモンド社、2022年2月発行）という本を読んだ。<br><br>著者の山中俊之さんは、1968年兵庫県西宮市生まれ。東大法学部卒、外務省を経て日本総合研究所へ。大阪府特別顧問を経て芸術文化観光専門職大学と神戸情報大学院大学の教授。<br><br>とても読みやすい本で、知らなかった話も多く参考になった。<br>ざっと世界の概要を見るにはよい本なのではないだろうか。<br>海外に行ったり、海外の人とやりとりをしたりする機会のある人は読んでおいて損はないと思う。<br><br>ただ、世界の民族については、人によってとらえ方はさまざま。見ている角度が違ったり、重視しているところが違ったり。<br>他の人が書けばまたかなり違った本になるのではないかと感じた。<br>この本はひとつの見方を提供してくれているけど、まるごと全部正確なことが書かれているとは思わない方がいいだろう。<br><br>読んでいるうちに、いくつかあやしい記述も目についた。<br>編集者や校正者はこれらの記述に違和感を覚えなかったのだろうか。<br>高校の時に地理を学んだ者としては、流し読みしていても引っかかってしまう。<br><!--もしかして、著者も編集者も校正者も高校時代に地理を履修していなかったのだろうか。--><br><br>p87-88<br>&gt;（略）マレーシアは人口の７割がマレー系。残り1割が中華系、1割弱がインド系というのが大まかな分布です。シンガポールは7割強が中華系、1.5割がマレー人、1割弱がインド系です。<br><br>p202<br>&gt;　イスラム教国に旅をすると、時間ごとにモスクから流れる祈りの言葉「アザーン」が聞こえてきますが、確かに優しく、耳に心地良いものです。<br><br>p296<br>&gt;　ミクロネシア・ポリネシアはまた、第二次世界大戦の際に日本軍が激しく攻撃した場所です。その過去も、日本人が忘れてはいけないことです。<br><br>p301<br>&gt;　アイヌはおよそ3万年前からオホーツク海で暮らす民族。現在の日本の本州北部、北海道、北方四島、千島列島、樺太のあたりで漁業や狩猟を主として行っていました。つまり、現在の日本の領土には、和人とアイヌが住んでいたということです。<br><br>p302<br>&gt;　アイヌは先住民ですが、製鉄技術が発達していなかったため、狩りに欠かせない武器を安東一族から購入するしかありませんでした。<br><br><br>ある程度地理の知識のある人が読めば、上記のような記述には違和感を覚えるのではないだろうか。<br>順番に見て行こう。<br><br><br>■p87-88<br>&gt;（略）マレーシアは人口の７割がマレー系。残り1割が中華系、1割弱がインド系というのが大まかな分布です。シンガポールは7割強が中華系、1.5割がマレー人、1割弱がインド系です。<br><br>→ 1割が中華系？ さまざまな種類の統計があるのかもしれないが、一般的にマレーシアの中華系は2割を超え存在感が大きい。1割ということはない。何のデータを元に書かれたのだろか。<br><br>外務省のサイトによると、マレーシアの民族構成は以下の通り。<br>https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/malaysia/data.html<br>&gt; マレー系（69.6％）、中国系（22.6％）、インド系（6.8％）、その他（1％）（2020年マレーシア統計局）<br><br>JTBマレーシア支店によると、下記の通り。マレーシアの中華系は何十年も前から2割を超えている。<br>https://www.jtb.co.jp/kaigai_guide/report/MY/2015/03/ancient.html<br>&gt; マレーシアの民族は、単純な人口比で言うと、マレー系（約65％）、華人系（約24％）、インド系（約８％）<br><br><br>■p202<br>&gt;　イスラム教国に旅をすると、時間ごとにモスクから流れる祈りの言葉「アザーン」が聞こえてきますが、確かに優しく、耳に心地良いものです。<br><br>→ 祈りの言葉？ アザーンは、礼拝を呼び掛ける言葉だ。ついでに言うと、アザーンは落ち着きと抑揚のあるいい声なのだが、イスラム圏の田舎町を旅していると、安っぽいスピーカーから大音量で流されることもあり、うるさく感じてしまうこともしばしば。<br><br>アザーンが祈りの言葉ではなくて呼びかけの言葉、ということは、世界を旅している人の間ではそれなりに知られている。<br>https://seiwanishida.com/archives/6228<br>&gt; アザーンは、人力で行われており、その内容は世界のどこであっても同じ。<br>&gt; 簡単にいえば、「お〜い、礼拝の時間でっせ〜、みんなモスクに集まれ〜」というものである。<br><br>Wikipediaの記述<br>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%B3<br>&gt; アザーン（アラビア語: أذان‎ adhān）は、イスラム教における礼拝（サラート）への呼び掛けのこと。ユダヤ教のラッパ、キリスト教の鐘と同じような役割をしているが、肉声で行われることに特徴がある。「神は偉大なり」という意の句「アッラーフ・アクバル」の4度の繰り返しから始まる。<br>&gt; イスラム教国旅行記ではしばしばアザーンを指して「一日5回モスクから流れるコーランの朗誦」といった記述が見られるが、アザーンは礼拝への呼び掛けであって、コーランの朗誦ではない。<br><br>大音量のアザーンを苦痛に感じる人も多い。<br>https://www.afpbb.com/articles/-/3372143<br>&gt; ■モスクの大音量に抗議すると処罰対象？ インドネシアの宗教的な不協和音<br>&gt; 2021年11月3日 8:00　発信地：ジャカルタ/インドネシア [ インドネシア アジア・オセアニア ]   AFPBB News<br>&gt; 【11月3日 AFP】インドネシアの首都ジャカルタの郊外。毎日午前3時になると、イスラム教徒のリナさん（仮名、31）はスピーカーから鳴り響く音声でたたき起こされる。あまりの騒音に不眠症と不安障害を発症し、何かを食べようとしても吐き気がして受け付けられなくなった。それでも、怖くて苦情は言えないと話す。収監されるか襲撃される可能性があるからだ。<br>&gt; 騒音の原因は、隣のモスク（イスラム礼拝所）だ。大音量でアザーン（礼拝の呼び掛け）を行っている。<br>&gt;世界最多のイスラム教徒が暮らすインドネシアでは、モスクとアザーンは重視され、批判すればイスラム教への冒涜（ぼうとく）と見なされる可能性がある。場合によっては、最高5年の禁錮刑が科される。<br>&gt;「思い切って苦情を訴える人などここにはいません」とリナさんは言う。報復を恐れ、仮名で取材に応じた。<br>&gt;「スピーカーは礼拝の呼び掛けだけではなく、朝の礼拝時間の30～40分前に人々を起こすためにも使われています」とAFPに語った。半年間、騒音に耐え続け、もう限界だと話す。<br>&gt; モスクのスピーカー放送がうるさいという書き込みはネット上では増えてきている。しかし、反感を買う恐れもあり、実際の苦情の数がどれほどあるのか信頼できる公式の統計はない。<br><br><br>■p296<br>&gt;　ミクロネシア・ポリネシアはまた、第二次世界大戦の際に日本軍が激しく攻撃した場所です。その過去も、日本人が忘れてはいけないことです。<br><br>→ ミクロネシア・ポリネシアを攻撃？ 第一次大戦後、ドイツ領だったパラオ・サイパン・チューク諸島・マーシャル諸島あたりの島々は1919年から日本の委任統治領になった。日本が国連から委託されて統治して守っていたので、戦時中に島々を激しく攻撃して侵略したということはない。<br>また、第二次世界大戦中に、連合軍との間で激しい戦闘が行われたパプアニューギニアやソロモン諸島のあたりはミクロネシアでもポリネシアでもなく、「メラネシア」だ。<br>委任統治領であったパラオのペリリュー島などでも米軍との間で激しい戦闘が行われたが、それは「日本軍が激しく攻撃した」とは言えないのではないだろうか。攻撃というより迎撃。<br>「ミクロネシア・ポリネシアはまた、第二次世界大戦の際に日本軍が激しく攻撃した場所です。」と日本軍による暴力行為を覚えておくように述べるのであれば、具体的にどこをいつ攻撃して誰と戦ったのか、記述してほしい。<br>ポリネシアのサモアもトンガも日本軍は攻撃していないのではないだろうか。ハワイの真珠湾は攻撃したが、ポリネシアというよりもアメリカの軍事施設に対する攻撃だろう。<br>「ミクロネシア・メラネシアはまた、第二次世界大戦の際に日本軍が激しく戦った場所です。」ぐらいの表現の方がマシではないだろうか。<br><br><br>■p301<br>&gt;　アイヌはおよそ3万年前からオホーツク海で暮らす民族。現在の日本の本州北部、北海道、北方四島、千島列島、樺太のあたりで漁業や狩猟を主として行っていました。つまり、現在の日本の領土には、和人とアイヌが住んでいたということです。<br><br>→ アイヌが3万年前からオホーツク海にいた？ アイヌ民族が成立したのは、12～13世紀。それまでは縄文人の末裔のような生活をしている人々がいたが、日本や中国との交易によって文化が変化・発展し、アイヌ文化が生じた。それが歴史学の一般的な認識ではないだろうか。アイヌ民族は6～7割は縄文人の遺伝子を継いでいる。<br>また、歴史的にオホーツク海沿岸にアイヌ民族は少なかった。サハリン南部から北海道の東北あたりから千島列島にかけて5世紀から9世紀頃に広がっていたオホーツク文化も、アイヌ系ではない。オホーツク人は平らな顔立ちの新モンゴロイド。<br>アイヌ民族は現在の北海道南西部の日高地方などを中心に発展し、勢力が強かった頃に樺太や千島にも進出したのではなかっただろうか。3万年前には、日本列島には彫りの深い古モンゴロイド系（というか古代人種系？ 縄文人は蒙古斑がなかったと思われる）の人々が住んでおり、弥生時代以降に平らな顔の新モンゴロイド系（弥生人、古墳人など）が増え、現代の日本語に通じる言語も流入してきた。<br>「現在の日本の領土には、和人とアイヌが住んでいたということです。」という記述は不正確。アイヌ民族の先祖と同じく、沖縄、南九州、北東北などの住民の先祖も、和人とは言いにくいのではないだろうか。<br><!--現在の日本の領土には、新モンゴロイド系（華奢で体毛が薄い）の人々と古モンゴロイド系（がっしりした体格で体毛が濃い）の人が住んでいた。<br>北海道や北東北の縄文系の人々は平安時代や鎌倉時代の弥生系の人々との接触によりアイヌ文化を発展させ、沖縄の縄文系の人々は鎌倉時代や室町時代の人々との接触により琉球文化を発展させた。<br>沖縄は縄文人の遺伝子を2～3割ほど継いでいる。沖縄は言語的にも遺伝子的にも意外に和人＝新モンゴドロイドの影響が大きいが、彫りが深く体毛の濃い人も多いので、和人の印象とは異なる。--><br>余談だが、縄文人は言語的にも遺伝子的にも政治的にも地方によってかなり幅があったと考えられる。<br>同様に、アイヌの人たちも沖縄の人たちもかなり幅がある。ひとくくりにしない方がいい。<br>アイヌのことを語るのであれば、本州から移ってきたという伝承がある「シュムクル」や対立していた「メナシクル」などといったいくつかの部族の違いに目を向けてもいい。<br>沖縄においても、島々の違いは大きい。沖縄本島南部の勢力が、久米島や宮古島、石垣島といった島々を支配下に置いて行った歴史を見ると、日本における近畿・関東中心の歴史観に違和感を覚えるのと同様に、沖縄本島南部中心の史観にも違和感を覚える。<br>日本内部の多様性に目を向ける人は、ぜひアイヌや沖縄の内部の多様性にも目を向けてほしい。<br><!--アイヌ協会のイベントなどに出席すると、参加者の多様な容姿に驚く。<br>東南アジアかどこか知らない国の人に見える人もいるが、少数。沖縄や九州っぽい、濃いめの顔立ちの人もいるのだが、平面的な顔立ちの人が意外に多い。<br>かつてのアイヌ民族は古い人類の形質を伝えていたが、現代では大きく変わった。明治時代のアイヌの人々から見たら、シサム（和人）にしか見えない新モンゴロイド的な容姿の人が多い。<br>それでも、アイヌ民族というアイデンティティを維持できるのであれば、逆に平面的な顔立ちの和人というか日本人だって、縄文人にアイデンティティを感じてもいいのではないかと感じる。--><br>＜参考＞令和２年度科学研究費助成事業「新学術領域研究（研究領域提案型）」に係る中間評価報告書<br>「ゲノム配列を核としたヤポネシア人の起源と成立の解明」<br>https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-AREA-8004/8004_chukan_hyoka_hokoku_ja.pdf<br><br><br>■p302<br>&gt;　アイヌは先住民ですが、製鉄技術が発達していなかったため、狩りに欠かせない武器を安東一族から購入するしかありませんでした。<br><br>→ 製鉄？ 武器？ 「製鉄技術が発達していなかった」という記述だと、少しは製鉄技術があったように読めてしまう。アイヌや琉球の文化圏で鉄は重宝されていたが、製鉄技術はほぼ存在しなかったのでは？ 鉄は日本や中国から入手していた。そのことをはっきり書くべき。<br>ついでに言うと、和人から入手した鉄は主に日用刃物（マキリ、タシロ）だったのでは。魚を取るために使った大きな釣り針のようなカギも武器ではない。弓矢は自作だし、基本的に矢じりも金属を使っていない。武器を購入、というと語弊がある。14～15世紀には武器や祭具として日本刀も入手していたようだが、狩りには使っていないし、17世紀に刀狩りが行われている。また、厳密には安東一族ではなく商人から購入していたのではないだろうか。<br><br>他にも引っかかるところはいろいろあるが、とりあえずここで止めておこう。<br><br><br>本を作るときには、ファクトチェックが必須だ。<br>何気なく書かれた記述が事実かどうか、きちんと確認しておかないと後々問題になる。<br><br>多くの人がこの本の編集・校正・査読などに関わっていらっしゃるようだが、どういうことなのだろうか。<br>地理の知識に乏しい人ばかりがチェックしていたのだろうか。謎だ。<br><br>p341<br>&gt; また、長年私の母校である甲陽学院高校で、世界史と日本史の教鞭をとり現在も学術論文の執筆をされている山内英正先生に査読をお願いしました。<br>&gt; もちろん、いかなる過誤も筆者である私に責任があることはいうまでもありません。<br>&gt; 本著の執筆にあたっては、ダイヤモンド社の木下翔陽さんに企画段階から編集までたいへんお世話になりました。（略）フリーランス編集者の青木由美子さんには、ライティングのサポートをしていただきました。<br><br><br>さらに、奥付を見ると「校正――鷗来堂」とある。<br><br>鷗来堂はよく知られた校正・校閲の会社だ。お世話になっている出版社は多いし、個人的な知り合いも鷗来堂で校正・校閲の仕事をしている。<br><br>鷗来堂は、チェックできない分野の本については校正の仕事を受けないはず。<br>それなりに知識のある人が校正しているはずだ。<br>もしかしたら、原稿には多くの修正赤字が入っていたのも知れない。<br>それを誌面に反映するかどうか判断する編集者が、問題点を認識できず、問題ないと思って修正しないでスルーしてしまった可能性もある。<br>校正者がいろいろ赤字を入れても、結局誌面に反映されていない、ということはよくある。<br><br><br>ブログは論文でも商品でもないので、思い込みで事実と異なることを書いても放置しがち。私も適当なことを書いている。<br>ただ、本や論文を出すとなると、きちんとチェックが必要だ。<br>間違いが多いとクレームが来る。クレームに対応するために正誤表を用意したり、ひどい場合は書店から回収したりする必要がある。<br>そうなると多方面に迷惑をかけてしまう。<br><br><!--余談だが、世界の民族について広く網羅している割には、日本人に関する記述が比較的少ないように感じた。<br>日本人が海外でどう思われているか、どのように対応されがちか、日本人の、世界の中での位置づけが記載されていれば、読者のためになったのではないかと思う。<br>日本人は、自分たちは中国人や韓国人と違う、と思っているかもしれないけど、海外では同じように見られることが多い。日本人に独特だと思っていることも、意外にそうでもなかったりする。--><br><br>ダイヤモンド社はどうしたのだろう。<br>「地球の歩き方」を手放して、地理に詳しい人材も社を離れてしまったのだろうか。不可解だ。<br><br>■<a href="https://travel.watch.impress.co.jp/docs/news/1289469.html#:~:text=%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF-,%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E7%A4%BE%E3%80%81%E3%80%8C%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%81%AE%E6%AD%A9%E3%81%8D%E6%96%B9%E3%80%8D%E3%81%AA%E3%81%A9,%E5%AD%A6%E7%A0%94%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%81%AB%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E8%AD%B2%E6%B8%A1&amp;text=%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E7%A4%BE%E3%81%AF11%E6%9C%88,%E3%81%AE%E5%87%BA%E7%89%88%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E3%82%92%E5%B1%95%E9%96%8B%E3%80%82">ダイヤモンド・ビッグ社、「地球の歩き方」などを学研プラスに事業譲渡</a><br>&gt; 編集部：湯野康隆2020年11月16日 22:23　トラベルWatch<br>&gt; 事業譲渡に関するお知らせ<br>&gt;　ダイヤモンド社は11月16日、子会社のダイヤモンド・ビッグ社の「地球の歩き方」などの出版事業やインバウンド事業を学研プラスに譲渡すると発表した。<br>&gt;　ダイヤモンド・ビッグ社は、海外旅行ガイドブック「地球の歩き方」をはじめ、旅行関連の出版事業を展開。近年はインバウンド向けの冊子なども手掛けてきた。<br>&gt;　同社では、「本年に入り、新型コロナウイルス感染症の世界的流行により海外旅行関連の事業環境が大きく変動したこと等を受け、今般、事業の維持と発展を図る」ため、学研ホールディングス傘下の学研プラスとの間で事業譲渡契約を締結したとしている。<br>&gt; 「地球の歩き方」などの事業については、2021年1月1日以降、学研プラスが新設する新会社「株式会社地球の歩き方」の下で運営される。<br><br><br><br>追記<br>もしかしてアマゾンのレビューでは内容の誤りについて指摘があるのではないかと思ったが、少し見た限りでは見あたらなかった。むしろ、信用できる内容だとのコメントがあった。<br>まさか、著者も編集者も校正者も査読者も読者も高校の時に地理を履修しておらず、何の問題点も感じないということなのだろうか。謎。<br>https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R3A4YLH9SRWL2Q/ref=cm_cr_getr_d_rvw_ttl?ie=UTF8&amp;ASIN=4478112045<br>&gt; 結論として、誤認・誤り・デリカシーの欠如など問題満載だった宇山卓栄著『「民族」で読み解く世界史』よりずっと信用できる内容で勉強になります。<br><br>
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<pubDate>Mon, 26 Sep 2022 21:21:00 +0900</pubDate>
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<title>鳥居の起源は取入？</title>
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<![CDATA[ 私は、神社に行くことがあっても、お参りすることには関心が無い。<br>鈴も鳴らさないし、お守りも買わない。御朱印には何の関心もない。<br><br>大事なものは、立派な社殿にはないと感じている。<br>神社や周囲の空間に雰囲気を感じると、心を鎮めて協調する。<br>祈ったり願ったりすることはない。<br>意識を調整して、奥行きを感じとり、その場の聖なる雰囲気のなかにたたずむ。<br>自分の無意識が何かを感知した場所にたたずみ、感じ取り、調和する。そのことによって意識が浄化され、あらたな知見を得る。<br>聖域とは本来、そういった場所ではなかっただろうか。<br><br>以前、山奥の有名な神社に行った際、並んだ人々が順番にお参りをしているのを見て違和感を覚えた。<br>誰も関心を示さない社殿脇の大きな岩こそが、かつて畏敬の念をもって人々が向き合っていた象徴だと感じた。<br><br>人々は、大いなる自然というか自然の不思議な奥深さ、生命を生み出す強さや人々を不安に陥れる怖さなどを岩や海山に感じ取っていたのではないだろうか。<br><br>縄文時代の出土品を見ても、神々や生死について考えをめぐらす精神的な営みが長く続いていたようだ。<br>だからこそ、仏教や儒教などが海外から入って来た時も、それらを丸飲みするのではなく、それまでの精神的営みによって解釈を行ったり、古来の信仰に変化を加えて調整したりしたと考えられる。<br><br>神道の立派な社殿は、仏教や儒教に対抗しようとして作られたのではないだろうか。<br>本来、日本の天皇は西欧の皇帝や王とは位置づけが異なるにも関わらず、奈良時代は中国、明治時代は西欧に対抗するために君主として扱われたことを思い出す。<br><br>かつては、聖域に大きな社殿はなく、入り口に鳥居が目印として置かれていた程度。<br>沖縄の多くの御嶽のように、鳥居さえない聖域も多かったようだ。<br><br><br>ちなみに、鳥居の起源はいろいろ推察されているようだが、私は、竪穴住居の入り口の柱が起源ではないかと感じている。<br><br>竪穴住居には入り口がある。そこに柱を立て、上に草木か土を敷いてひさしを作り、外から雨やゴミなどが吹き込んでくるのを避けていた。<br><br>家の出入り口の象徴として、ひさしを支える鳥居のような柱があった。<br>竪穴住居は胎内にも通じる存在で、住居の中には神様をまつる棚もあったのではないだろうか。<br>日本列島先住民（縄文人）の子孫であるアイヌの住居にも神様はまつられていた。<br><br>竪穴式住居という聖域の入り口として鳥居のような柱があり、そこは神をまつる場所の入り口でもあった。<br>その後、内と外、俗と聖などの境として、鳥居が認識されるようになったのではないだろうか。<br>誰もそのような説を唱えたりはしていないようだが、私はそのようなことを想像する。<br><br>可能性の一つとしては、寒い日や大雨の日に竪穴住居の入り口を閉じる必要がある際、柱を外してひさしを下げ、入り口のフタにする、ということが行われていたかもしれない。<br>「取り入れることができる柱」→→とりいれ→→とりいり→→とりいぃ→→とりい→→「鳥居」、というふうにはならないだろうか。鳥居の語源に関して、勝手な想像。<br><br><br><br>＜参考＞<br>https://gogen-yurai.jp/torii/#:~:text=%E9%B3%A5%E5%B1%85%E3%81%AE%E8%AA%9E%E6%BA%90%E3%83%BB%E7%94%B1%E6%9D%A5,%E3%81%A8%E3%81%99%E3%82%8B%E8%AA%AC%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82<br>■鳥居の語源・由来（語源由来辞典）<br>鳥居は、古く神に供えた鶏の止まり木といわれ、鳥が居るところの意味が通説となっている。<br>その他、鳥居の語源には「通り入る（とおりいる）」の意味や、汚れたものをとどめる標であることから「トマリヰ（止処）」の意味とする説もある。<br><br><br>■駅徒歩8分で竪穴式住居に入り放題（Daily Portal）<br>https://dailyportalz.jp/kiji/170329199163<br><br><br>追記<br>そもそも、万葉仮名の時代の日本では「居」は「お」と読んでいた。現在の近畿圏でも、「居る」は「お↑る↓」と読む。<br>「鳥居」という漢字を見て「鳥がいる」と連想するのは近代の発想ではないだろうか。<br>近畿圏の人は、「鳥がおる」と表現する。トリイという音のイは、「居る」を意味しなかったのではないだろうか。<br><br><br><br>
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<pubDate>Wed, 07 Sep 2022 20:27:58 +0900</pubDate>
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<title>コラボ（Kollabo）</title>
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<![CDATA[ 以前、グルメ評価サイトといえば「ぐるなび」の存在が圧倒的だったが、近年は「食べログ」の存在感が大きい。<br>しかし、店を評価する点数に疑問を感じ、Googleの口コミを参考にする人が増えているようだ。<br><br>「食べログ」でよく言われているのが、食べログにお金を払っている店は評価が高め、払ってない店は低めになるという話。<br>そういった操作をしているのであれば、店の評価点数の算出方法を公開することは難しいだろう。<br><br>ただ、今回はKollabo（コラボ）という焼き肉店が勝訴したようだけど、Kollabo側もちょっと考えておいた方がいいのではないだろうか。<br><br>以前、フランス人の友人と神楽坂をぶらついていたとき、Kollaboという看板を見て友人は驚いた顔を見せて歩を止めた。<br>どうしたのか聞いてみると、「コラボ」というのは、ナチ協力者のことらしい。<br>フランス人にとってはインパクトが大きい。そのような名前の店には入ろうとしないのではないだろうか。<br><br>神楽坂はアンスティチュ・フランセ（旧・東京日仏学院）などがあることもあり、フランス人の姿も珍しくない。<br>外国人が歩いているな、と思ったらフランス語を話していることが多い。<br>しかし、Kollaboはその店名によって、フランス人から敬遠されてしまう。<br>神楽坂店の売り上げがなぜか伸びないな、ということがあれば、店名もひとつの要因かもしれない。<br><br>もし、Kollaboが海外展開をしたら、さらに風当たりが強くなるおそれもある。<br>そういうわけで、店名の変更を考えてもいいのではないかと思う。<br>「Ko-Labo」などはどうだろう。KoreaとLaboratory、Collaborationを掛けた感じでわるくないのではないだろうか。<br><br><br>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%83%9C%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%83%B3<br>■コラボラシオン<br>出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』<br>コラボラシオン（フランス語: Collaboration）とは、文字通りには「協力」（コラボレーション）を意味するが、フランスの歴史では特に、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツに占領されたフランスで行われた対独協力行為を指す。しばしばコラボ（collabo）と略される。<br>ヴィシー政権が行った労働者としての徴用などの組織的なものから、個人的に占領軍に協力したりする者など様々であった。フランス解放後、協力者（コラボラトゥール）たちは怒った市民たちによって報復された。（略）<br><br>https://kotobank.jp/frjaword/collabo<br>■collabo /kɔlabo/<br>プログレッシブ 仏和辞典 第2版の解説<br>[名] ⸨男女同形⸩ （collaborateur の略）⸨話⸩ ⸨軽蔑して⸩ （1940－44年のドイツ占領期の）対独協力者．<br><br><br>＜参考＞<br>https://news.yahoo.co.jp/articles/98e118fd41091c66c7d3b0c4ea24c46ebe7c33ae<br>■〈食べログに3840万円賠償命令〉“点数急落”韓国料理チェーン店が勝訴の裏に「異例の意見書」<br>6/16(木) 21:27配信　文春オンライン<br>「食べログ」が、チェーン店であることを理由に不当に評価を下げ、売上に影響を及ぼしたとして、韓国料理チェーン「KollaBo」の運営会社・韓流村が食べログの運営会社・カカクコムを訴えた裁判。東京地裁は6月16日、原告側の主張を認め、カカクコムに3840万円の賠償を命じた。<br>　食べログの評点方法を「ブラックボックスだ」と批判した原告側。一体何が起きていたのか。公正取引委員会の“異例の意見書”の存在をスクープした「 週刊文春 」の記事を再公開する。（初出:「週刊文春」 2021年10月28日号 年齢・肩書き等は公開時のまま）<br>◆◆◆<br>「食べログにおいてアルゴリズムの変更で評点が急落したのは、飲食店の公正な競争に悪影響を及ぼし、独占禁止法に違反する」として、韓国料理チェーン「KollaBo」の運営会社・韓流村が食べログの運営会社・カカクコムを訴えている裁判で、公正取引委員会が異例の意見書を出していたことが「週刊文春」の取材でわかった。<br>　食べログの点数が急落したのは2019年5月21日のこと。韓流村の任和彬（イムファビン）社長が言う。<br>「悪い口コミが増えたわけでもないのに、当社の店舗では、平均で0・2点、最大で0・45点も急に点数が下がったのです。他にも焼肉トラジ、一蘭、天一なども下がっていました。共通するのはみなチェーン店だということです。点数が下がったことで、当社の売上は月平均で約2500万円も落ち込みました」<br>　そこで任社長は2020年5月、点数を下げる“チェーン店ディスカウント”で損害を負ったとして、訴訟に踏み切った。任社長が語る。<br>「カカクコム側はアルゴリズムを変更したことは認めたものの、『公平公正にやっている』と言うばかり。また、ぐるなびなどの競合他社も存在するから優越的地位にないと主張。最大の争点である点数については、『非会員など食べログと取引をしていない店舗にも用いられる指標で、韓流村との取引には当たらない』、だから不公正な取引方法を行った事業者を処罰する独禁法違反にはならないと、言い続けたのです」<br>（略）<br><br>
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<pubDate>Thu, 16 Jun 2022 21:08:21 +0900</pubDate>
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<title>伏見博明さん</title>
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<![CDATA[ 2022年6月11日（土）の朝9時すぎ、日本テレビの「ウェークアップ」という朝の情報番組を見ていると、旧皇族の伏見博明さんが紹介されていた。<br>1932年に伏見宮家の第一皇子として誕生。1947年に15歳で皇籍離脱して一般人になった人。<br>皇室の存続について旧宮家が注目されているのだとか。<br><br>伏見博明さんは90歳だけど若々しく、よどみなくインタビューに答えていた。<br>ウィットに富んだ快活な人といった印象。<br>番組では皇室との深い関わりについて好意的に紹介。<br>ただ、伏見博明さんの闇部？についてはまったく報じていなかった。<br><br>回想録を出した出版パーティーには、皇族からの花飾りも多く寄せられた。<br>映像では、「御祝　寛仁親王妃」「祝　彬子女王　瑤子女王」などの文字が確認できた。<br>パーティーの挨拶では、「上皇后陛下（美智子さま）から直接お電話をいただきまして、『とても興味深くご本を読まさせて頂きましたよ』と…」などと言及。<br>インタビューでも、「例えば何々天皇の1000年祭だとか800年祭だという行事がありますよね。そういう時に宮内庁から案内が来ますけれど、コロナの前は必ず年に3、4回は天皇家の方々と食事をする機会がありましたからね」などという発言に合わせて、昭和天皇や上皇、今上天皇と同席している写真が紹介されていた。<br><br>しかし、もし、伏見博明さんが暴力団関係者と親しく、彼らと握手する仲であれば、天皇や皇后と握手した場合、間接キスならぬ間接握手となってしまわないだろうか。<br>自分の利益のために詐欺や恐喝で稼いでいるような人と、自分を捨てて神聖な世界に身を投じているような人が、結びついてしまったらどうなるのだろう。<br>虚飾の世界に生きる人が、ホンモノに触れて改心するだろうか。むしろ、権威を利用してもっと自分を飾ろうとするのではないだろうか。<br><br><br>先日、『旧皇族の宗家・伏見家に生まれて――伏見博明オーラルヒストリー』という本を読んだ。<br>前書きは青山学院の理事長。聞き書きは青山学院大学の先生。<br>伏見博明さんが「やんごとなき」人であるかのように、殿下と持ち上げ、畏敬の念？を示している。<br>国家や民族よりもキリスト主義を優先するようなキリスト教と、神道のトップとしての皇室は、相性がいいとは思えない。<br>それでも、どちらもお互いに「権威」をたたえ合えば、補完し合えるのだろうか。<br><br>しかし、伏見博明さんといえば、顕彰ビジネスや学位商法がらみの反社系の人々の付き合いがささやかれている。<br>ネットでちょっと検索すれば出てくる情報だ。しかし、この本には「日本文化振興会」総裁としての話は出てこない。<br>青山学院の先生たちはそのことについて突っ込まなかったのだろうか。<br>あるいは知っていてもお互いの利益のために伏せていたのだろうか。<br>伏見博明さんと反社界隈のつながりについて知っておきながら黙って伏見博明さんとの交流を誇れば、青山学院の先生方も反社界隈の仲間入りなのかもしれない。<br>（版元の中央公論新社、親会社の読売新聞社、関連会社の日本テレビも同罪か？ そういえば関連の読売ジャイアンツも暴力団に巨額の支払いをしたという原辰徳監督を易々と復活させたあたりから、反社対応にゆるい会社という印象がある）<br><br><br>戦後一般人になった旧宮家の人々は、近年少し注目されている。<br>現在の皇族に男子が少ないので、皇室存続のためには旧宮家に何人もいる男子が皇族に復帰することを考えてもいいのではないかと考える人がいる。<br><br>ただ、おそらく悠仁親王は、「自分の仕事って、男の子をたくさん残すことなのかな？」とうっすら思っているのではないだろうか。<br>誰もそんなことを求めていなくても、自分がたった一人皇室に残っている若い男性、という立場であれば、ついつい考えてしまうだろう。<br><!--多産そうな家系の女性と早めに結婚し、それでも子どもにめぐまれなかったら、いざとなったら浮気もいとわないかもしれない。婚外子であっても皇族にはなれる。--><br>とりあえず悠仁親王がいるので、当面は旧皇族の復帰は検討されないのではないだろうか。<br>何より、皇族にふさわしい意識や振る舞いからほど遠い人が皇族に復帰して俗っぽい利己心や攻撃性を見せると、皇室の尊厳が損なわれてしまうだろう。<br><br>天皇家の人々は、利己的な姿勢を見せず、特定の主義主張をふりかざさず、俯瞰している人が多いように感じる。<br>彼らがもし、口数多く表面的なことをあげつらい、口角を下げてふてくされた表情を見せながら保身的なことばかり言えば、尊敬されることもないのではないだろうか。<br><br><br>戦後、皇族から一般人になった旧宮家の人々は、あやしげな人々に取り込まれて苦労することもあった。<br>旧皇族という威光を利用して、ビジネスに利用しようとする人もいた。<br><br>日本文化振興会という、検索してみればいろいろ情報の出てくる、顕彰ビジネスのような団体がある。<br>占い師とか整体師とか気功師とか健康グッズ販売者とか、学術的とは言い難い人たちが「受賞」していることを宣伝に使っている。<br>https://ja.unionpedia.org/i/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E6%96%87%E5%8C%96%E5%8A%9F%E5%8A%B4%E8%B3%9E<br>&gt;社会文化功労賞<br>＞（略）日本文化振興会が授与する賞のひとつ。（略）公的な賞と混同しやすいため俗に顕彰商法と言われ、悪徳商法のひとつとして位置づけられることが多い。公的な賞であると勘違いして言われるまま金銭を支払う受賞者と、顕彰商法であることを承知で受賞し経歴に反映する受賞者とがいる。<br><br>日本文化振興会は1971年に桟勝正という人が始めたようだが、桟勝正という人の経歴はよくわからない。<br>以前、桟勝正という人が書いたと思われる富士山の絵がヤフーオークションに出ているのを見たことがある。<br>売れない画家が独自の美術団体を名乗りはじめ、それからもっともらしい名前の団体をたくさん作り、アンダーグラウンドな人たちとの関係も広げ、顕彰ビジネスや学位商法で利益を上げてきたのかと推察していたが、詳しい情報はなかなか見つからない。<br><br>2021年に亡くなった山口組系の英五郎組長は、2002年に日本文化振興会の名誉最高顧問に就任していた。<br>伏見博明さんは、1996年（平成８年）から現在まで日本文化振興会の総裁だ。<br><br>当然、伏見博明さんは、英五郎組長との交流があった。<br>2005年（平成17年）に、伊東温泉で「伏見博明殿下を囲む会」が開催された。<br>敬天新聞社のHPにその時の様子が掲載されている。<br>旧皇族の伏見博明さんが、山口組系の有名組長、英五郎さんに賞状を渡している写真は、一部の人にはよく知られている。<br> http://www.keiten.info/ph/101_07.htm<br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250427/20/transvine/c1/ef/j/o0480044915578388571.jpg"><br><br>この「伏見博明殿下を囲む会」の参加者にはさまざまな人の名前がある。暴力団関係者の名前が多い。<br>英五郎（全国青少年健全育成会統轄責任者、山口組系の組長、日本文化振興会名誉最高顧問）<br>松崎忠男（大日本忠誠同志会総裁、浅草高橋組出身）<br>村上和彦（極道劇画作家）<br>阿形充規（大日本朱光会・国民協議会名誉顧問、住吉会住吉一家日野六代目）<br>白倉康夫（敬天新聞社社）･･･暴力団関連新聞？ 恐喝で逮捕歴あり<br>桟勝正（日本文化振興会名誉理事長）･･･顕彰ビジネス？<br>渡辺謙二（大日本一誠会会長）<br>村井康太郎（元六代目山口組英組相談役、元若頭）<br><br><br>日本文化振興会の年表を見ると、毎年12月に「伏見博明殿下を囲む会」が実施されていたことが書かれている。<br>この会にも、アンダーグラウンドな人たちが多く出席していたのではないだろうか。<br>奈良時代や平安時代から、天皇という「聖」なる存在と、被差別民などの「賤」なる存在は、お互いに一般社会の枠組みから外れた存在として、接近・交流することもあった。<br><br>しかし、芸能や清めや殺生などに関わるはみ出し者の被差別民たちは、自分たちも一般社会の中で高く評価されたい、などと言うことはなかった。<br>むしろ、一般社会の制約の多さや一般社会でしか通用しない権威から距離を置き、一般社会の人から理解されなくても魅力的なものに触れたいと思っていたのではないだろうか。<br>現在の一部の反社関係の人たちは、虚飾であっても社会的名誉が欲しいのだろうか。<br>ロックミュージシャンは、国から勲章を受け取ることすら躊躇する人が多い。<br>偽物の勲章をありがたがったりしたら、アウトサイダーとしての誇りは損なわれてしまうのではないだろうか。<br><br>・日本文化振興会の「当会の歩み」から<br>http://www.nihonbunka.jp/page-ayumi.html<br>1997　平成９年<br>　12月 霞ヶ関ビル・東海大学校友会館において「伏見博明殿下を囲む会」を開催<br>1999　平成11年<br>　12月　明治記念館において「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会～ 日印文化財団設立記念」を開催<br>2001　平成13年<br>　12月 明治記念館において「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会」開催<br>2002　平成14年<br>　12月 明治記念館において「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会」開催<br>2002　平成14年<br>　12月 明治記念館において「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会」開催<br>2003　平成15年<br>　12月 明治記念館において「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会」開催<br>2005　平成17年<br>　12月 パレスホテルにおいて「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会～ 世界婦人平和促進財団創立10周年」を開催<br>2006　平成18年<br>　12月 東京プリンスホテルにおいて「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会」開催<br>2007　平成19年<br>　12月 上野精養軒において「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会～台湾支部設立30周年」開催<br><br><br>6/13追記<br>マスメディアの中には、もしかしたら旧宮家の伏見博明さんを持ち上げて知名度を高めてから、落とすことを狙っている人がいるかもしれない。<br>伏見博明さんと天皇家との親密さをアピールした後に伏見博明さんの暗部を報じれば、天皇家へのバッシングにつながりかねない。<br>さすがに日テレも青山学院もそれを狙ってはいないだろうけど、そのうちバッシング報道が出てきたら背景を注視したい。<br><br><br>＜参考＞<br>『旧皇族の宗家・伏見家に生まれて――伏見博明オーラルヒストリー』<br>古川江里子・小宮京編　中央公論新社、2022年<br><br>刊行によせて<br>　　　　　　　　　　　　堀田宣彌<br>　　　　　学校法人青山学院理事長<br>（略）上皇陛下の四従兄であり、天皇陛下の四従叔父にあたる第二十四代伏見宮家当主伏見博明殿下が、自らのお言葉で昭和・平成・令和を語られた貴重な史実である『旧皇族の宗家・伏見家に生まれて――伏見博明オーラルヒストリー』が佳節を期して刊行されますことは、まことに慶賀の至りに存じます。（略）<br>　伏見博明殿下は、一九三二 (昭和七)年、伏見宮博義王の第一王子としてお生まれになり、本年卒寿を迎えられました。積み重ねられた赫赫（かっかく）たるご功績に、敬意とお慶びを申し上げる次第です。（略）<br>　日本伝統文化協会の野﨑正史理事長のご紹介で初めて伏見博明殿下にお会いしたのは、三年前になります。（略）<br>　殿下は、いつも温厚で柔和なお人柄と、笑顔でユーモア溢れる楽しいお話、時には留学で鍛えられた流暢な英語でのスピーチの中にもジョークを交えてのご挨拶等、お会いするたびに拝聴することが喜びであります。いつも君臣水魚のご親交を賜って参りましたことに、深く感謝を申し上げる次第です。<br>　殿下におかれましては、これからも益々ご健勝でご活躍されますことを心からご祈念申し上げまして、本書刊行のご慶事の辞とさせていただきます。<br><br>p61<br>　　　――言葉はいわゆる公家言葉、御所言葉ということになるのでしょうか。<br>　そうですね。生まれた時から、父は「おもうさま」で、母は「おたあさま」。祖父が「おじじさま」で、祖母が「おばばさま」です。言葉遣いについては、おふくろもなかなかうるさかったです。でも、学校では普通の言葉でしゃべるので、使い分けが大変でした。<br><br>p69<br>　　　――皇室や元皇族の方々は、お酒が強い方が多いのでしょうか。 今上陛下はお酒がとても強いと報道されていますね。 昭和天皇もお強かったのでしょうか。<br>　昭和天皇はほとんど飲まれなかったですね。どうだろう、小さなおちょこでせいぜい一杯ぐらいじゃないですか。<br>　　　――上皇さまもあまりお飲みにならないのでしょうか。<br>　上皇さまはたぶん一杯ぐらいは飲まれます。この間(二〇二〇年一月二十九日)もクラス会があって。 久しぶりのクラス会だっていうんで三十人ぐらい集まったって言われたかな。で、つい誰かが上皇さまに勧めたらしいんですね。 それで二杯飲まれたら、夜倒れられたと聞きました。<br><br>p92-93<br>　　　――（略）戦争に負けそうだ、あるいは戦争が終わりそうだということは、いつ頃から聞かれていましたか。<br>　おじいちゃんが元軍令部総長ですからね。具体的にいつとは言っていませんでしたが、もう軍艦もないよ、戦争は終わるよ、と言っていました。<br>　おじいちゃんは僕に接する時はいつもにこにこして明るい顔だったのが、いつのまにか元気がなくなって、悲愴な顔になっていました。そういうのは子どもにも伝わりますよね。<br>　おじいちゃんの部屋には誰も入ってはいけないことになっていて、僕もあまり入っちゃいけないよとは言われていたのですが、入っても文句は言われなかったんです。おやじが死んで、将来海軍に入って、自分の跡を継ぐのはこの孫だという意識があったのでしょう。かわいがってくれたと思います。<br>　たぶん中等科一年の頃、昭和十九年頃でしょうか、おじいちゃんの部屋には海軍省で描かせた軍艦の大きな絵が貼ってあったんですがええ、結構細密な絵です――、おじいちゃんは軍艦が撃沈されるたびに、その軍艦の絵に斜めに線を引いて消していくんです。僕の目の前で消していくこともありました。でも、それは、どう見ても大本営発表で聞いたのとは違うんです。 大本営発表で一隻撃沈された、と言っているのに、おじいちゃんは三隻、四隻と消していく。あれを見たのは、家族のなかでも、たぶん僕だけです。僕も大本営発表と違っているけどいいの、とは聞かなかったし、聞けませんでした。それで、おじいちゃんは、日本はもう駄目だな、と言うんです。<br><br>p111-112<br>　むしろ皇籍離脱をした後で、二人で過ごす機会があったんです。桜が綺麗だった記憶がありますから、昭和二十三年、高等科に上がった頃だと思いますが、二人で泊まりがけで乗馬をしに行ったんです。 今の成田空港がある所は、三里塚と言って、当時は宮内庁の牧場（下総御料牧場。昭和四十四年、栃木県に移転）でした。その牧場にわれわれ皇族が寝泊まりする別荘というかコテージみたいなものがあったのです。 そこへ皇太子さまと二人で行って、泊まって、馬で走り回って、一緒にお風呂に入って、一緒に寝て……。 たぶん今の上皇さまが初めて一緒に風呂に入ったのは――お付きの者を別にすれば――僕なんです。<br>　僕ら男の子は生まれたら親やきょうだいと引き離されて育てられますからね。親やきょうだいと風呂に入ったこともなければ、一緒に寝たこともないのです。引き離されて、さびしさに耐える、そういう教育なのです。 上皇さまが天皇陛下になられてしばらくして、ある人に「いちばんやりたかったことは何ですか」と聞かれて、「うーむ。 死ぬまでに一回弟と一緒に寝たかったね」とおっしゃったくらいです。 われわれは、いざという時に誰にも頼らず一人で決断できるように育てられていますので、 般の方から見ると、冷たいなと思われる時があると思います。一人でやっているのだから、一人にしておいてくれ、というような一面がある。上皇陛下はとてもあたたかい方ですけれど、たぶん一般の方からすればクールに見える一面もあると思うのです。 たぶんそれは育てられ方から来ているものなんです。<br><br>p113<br>　　　――皇籍離脱後の暮らしについて、うかがいます。小田部雄次氏の『皇族』によりますと、伏見家には一時金として約四六四万円が支払われたと。使用人は五人で、月六万から七万がかかったともあります。紀尾井町にあった本邸約二万一〇〇〇坪は、その半分を財団法人住宅研究会に売却されています。<br>　こんなことを言ってはいけないかもしれませんが、払ったこともない莫大な税金を払わなきゃならないし、使用人の給料も払わなきゃならない。一時金なんて一方的に決められたけれど、そのくらいの金額ではあっという間になくなってしまいます。だから、元皇族の家は、いわゆる“売り食い”で暮らしてきたことになります。それでもうちは土地という資産がありましたから、八五パーセントなんていう税金をかけられても何とかなったほうかもしれません。うちの土地はニューオータニになりましたし、竹田宮は高輪プリンスホテル（現グランドプリンスホテル高輪）。でも、宮内省の土地をただで借りて住んでいた宮さまもいたわけです。たとえば賀陽さんのところなんかは本当に生活に困っていました。他にも、それこそ慣れない商売を始めて財産をなくしてしまった家もありますし、悪い人に騙された家もありますからね。<br><br>p131<br>　　　――李玖さまとはケンタッキーまでご一緒ではなかったのですか。<br>　李玖さんはたしかサンフランシスコに知っている人がいて、そこで何泊かしたんじゃないかと思います。<br>　僕と李玖さんは、さっきの新聞では「大の仲好し」となってしましたが、仲よしというのとは違っていました。 だいたい性格が違いすぎる（笑）。こういう言い方をしていいのかわかりませんが、李玖さんは真面目で少し暗い方なんです。 それはそうですよね。親が朝鮮から日本に連れてこられて、特に戦後は朝鮮人なのに朝鮮に帰れない、かといって、日本にいれば朝鮮の王族ですからね。戦後は居場所がなくなってしまった感じで、お気の毒な立場でした。彼は後にマサチューセッツ工科大学で建築を学んで、 アメリカの設計事務所に入って、その後、朴正熙政権で韓国に戻って、日本と韓国を行ったり来たりしていました。ある時期までは学習院の同窓会などで時々会いましたが、もう十五年ばかり前に、元々李王家があった赤坂プリンスホテルで亡くなってね。葬式も韓国だったんじゃないかな、僕は行っていません。<br><br>p144-145<br>　　　――帰国された時に、その後の進路についてはもう決まっていたのですか。<br>　前にお話ししたように、本当は外交官になろうと思って留学したのですが、そのためには日本で外交官試験を受けなきゃいけない。まわりに東京大学に入らなきゃ外交官試験に受からないですよ、と言われて、準備を始めたのですが、翌年の試験にはとても間に合いませんでした。<br>　もう一年頑張って勉強してみようかどうしようかと迷っていた頃、うちに勤めていた鳴子という事務員の親戚が当時のスタンダード・パキューム・オイル・カンパニーの日本支社ナンバー２か３のポジションにいて、その人から「うちへ来ないか」と声をかけられました。それで、話ぐらいは聞いてみようかと、横浜にあるその会社に軽い気持ちで面接に行ったんです。<br>　スタンダード・バキュームは今のエクソンモービルの親会社で、その後、独占禁止法でいくつかの会社に分かれ、そのうちエクソンとモービルが合併してエクソンモービルとな ったのです。ロックフュラーの会社ですから、石油会社としては世界ークラスです。それで、アメリカ人の人事部長と三十分ぐらい話をしたら、「OK。明日からすぐ来てくれ」って（笑）。「ちょっと待ってください」って言ったんだけど、それで入社ということにな ったんです。まあ、あの頃のアメリカ人は威張っていて、言葉の問題もあったんでしょう けれど、はっきりと物を言う日本人があまりいなかった。こちらはだいぶアメリカナイズ されていたので、好き勝手なことを言ったのが、かえって良かったみたいでした。<br>　さて、会社は横浜にあります。横浜まで電車でどう行ったらいいかもわからないから、車でいいや、と思って、また運悪く、派手なシボレーだったんだけれど、会社まで運転して行って、駐車場に入れたら、誰だ誰だってことになってしまった（笑）。「あれが伏見だよ」「へえ、入社したばっかりなのに」なんて声が聞こえてきたものだから、これはまずいな、と思って、次の日からは電車で通うようにしました。あの頃は車も少なかったから、うちから横浜まで三十分ぐらいだったですかね。暴走族並みのスピードかもしれないけれど。（笑）<br><br>p156-157<br>　　　――皇族の方々と旧皇族の方々を結び付けているものとして、菊栄親睦会というものがあります。この菊栄親睦会という言葉自体は新聞や雑誌などで時々見かけるのですが、具体的にどういうものなのか、実はよくわかりません。（略）<br>　ええ。そうですね。 菊栄親睦会自体は割合に小さな集まりです。ただ、数年に一度、菊栄親睦会の大会を開いていて、その時は会員だけじゃなくて、たとえばその弟とか妹、あるいはうちの娘たちも出席しています。（略）<br>　今はそれほどやっていませんね。 今年（二〇二〇年）六月の大会もたしか五年ぶりで、天皇陛下のご即位をお祝いするという趣旨で行われます。 昭和の頃は定期的に行われていましたが、時代も変わって、今の上皇陛下はお忙しくしておられましたからね。<br>　菊栄親睦会で集まりますと、名誉会員の天皇皇后両陛下にごあいさつするということが当然あります。そういう時には、古い宮家から順にすることになっていました。だから、僕がいつもトップだったのです。 たとえば、両陛下のお誕生日——正式にはご誕辰と言うのですが――に呼ばれた時も、代表でごあいさつをしなければなりませんでした。だけど、昔は僕より年上の方もたくさんいましたし、それはやっぱりまずいんじゃないかと言って、皆さんに賛同していただいて、規約を変えました。今は年齢の順にごあいさつをすることになっています。<br><br>p177<br>　皇族がいちばん楽なのは、生活に困らないことです。生活には困らないのですが、自由がありません。宮さまのままだったら、できなかったことはきっと多かっただろうと思います。ただ、宮さまとしていっとき育ってきたのは事実ですから、復帰したとしてもその経験がない連中に比べれば楽ですよね。僕らだったら、また振り出しに戻るだけです(笑)。天皇陛下に復帰しろと言われ、国から復帰してくれと言われれば、これはもう従わなきゃいけないという気持ちはあります。<br>　一般人として生活していくのは、元皇族としての自分と今の一般人としての自分とをうまく切り替えれば、何とかなります。 会社の中で宮さまぶっていたらおかしいですし、皇居へ行ったら今度は宮さまぶっていないとおかしい。 言葉遣いだって、多少は違うわけです。<br>　要するに、今の僕の立場は、元皇族の一員であることを常に頭に置いたうえで一般人として生活することで、皇居に行けば元皇族とはいえ、皇族のような振る舞いをしなければいけない。いわば二重の人生ではあります。まあ、僕はアバウトな性格だから、二重の人生であることに悩んだりはしませんけれどね。<br><br>p178-179<br>　　　――「私」のない生活なのですね。伏見さまは民間人になられても、上皇さま、上皇后さまをはじめとする皇室とのつながりがあって、直接的に公務を担われるかたちではなくても、やはり皇室を支えておられるという印象を受けました。<br>　そうですね。僕は何かあればいつでも陛下をお守りするつもりですし、何かあればいつでも陛下のお役に立てるようにやりますよという気持ちでいます。（略）上皇さまはいろいろなことに興味を持っておられるのだけれども、まわりになかなかそれに答えられる人がいないのです。だから、僕はこれは上皇さまはご関心があるかな、ということは積極的に知ろうと思っています。上皇さまは年も近いし、何かお聞きになりたいことがあると僕に聞いてくださいますから、それにちゃんとお答えできれば、話も結構盛り上がっていきますしね。<br>　　　――最後に、皇室を守るという観点で、今後の皇室について心配されていることなどはありませんか。<br>　心配していることはもちろんありますけれども、表だって口にすることはできませんよ。ただ、一つだけ挙げるとすれば、さっきも少し言いましたが、人は急に宮さまになれといわれて、なれるものではないということでしょう。<br>　　　――それはむしろ私たちが伏見さまのこれまでの歩みから考えていかなければならないということですね。<br>　皇室や皇族のことは、知らない人が多くなっているように思われます。 僕の話がそういったことを知るための、何らかの役に立つのであれば、嬉しいと思います。<br><br><br>
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<pubDate>Sun, 12 Jun 2022 21:13:24 +0900</pubDate>
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<title>バリ島</title>
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<![CDATA[ コロナ禍の前は、毎年のようにバリ島に行っていた。<br>空港に着くと歩いてクタの街に行き、翌日はバスかチャーターした車で山の方に向かうことが多かった。<br>ウブドは騒々しいけど郊外には田んぼや渓谷に臨む静かなバンガローが多く、さらにシドゥメンの方まで行くと棚田を一望するのどかな風景が残っていた。<br>ブドゥグルのあたりも湖を一望する安宿があり、好きな場所だった。<br><br>バリ島が懐かしく、バリ島に関するYoutube動画を時々見ている。<br>現地在住の日本人を紹介するYoutubeチャンネルでは、いろいろ興味深い人が紹介されていた。<br><br>・バリ島【バリ録】バリ島移住36年目！日本人だけどバリ語で生活★青春時代は暴走族★夜の街六本木で日本語を学んだ日本人　2021/12/18<br>https://www.youtube.com/watch?v=WSfBS2fXXxs<br><br>5歳の時に家族でバリ島に移住。現地校に通ったので中身はバリ人、という日本人が紹介されている動画を見た。<br><!--クタの一等地に実家があるらしいけど、来た当時は僻地だったらしい。日本語はほとんどできなかったけど20代で日本に行って働くなかで日本語を覚えたとか。34歳でバリ島に戻り、旅行会社で働いていたけど、コロナ禍の影響もあり2020年5月に退職したらしい。製造業の会社に転職。--><br>興味深いので関連動画を見ると、コロナ禍の前、旅行会社に勤務していた時には同僚たちとウブドの日系ラジオ番組に出てていたらしい。<br><br>2時間ほどの長い動画だけど、28分頃から佐助さんに関する話題が続く。<br>2017年5月16日に、Ubudradioがアップロードした動画。少し気になるところがあった。<br>・ゲスト：バリ倶楽部 さん　2017/05/16<br>https://www.youtube.com/watch?v=tFifzTGXCHE<br>（略）<br>同僚「佐助君の今の話って全部本になってるんですよ。これ、なんか佐助君から紹介して」<br>佐助「本の宣伝していいんですか。うちの家族の長い友人で、今はもうだいぶおばあちゃんなんですけど、70歳のおばあちゃんで、35年前からうちの家族と友達なので、半年に1回ぐらい来てるんですよ、バリに。ご存じですかね、あの、オダ… マコトっていう方知りません？ 要は、学生運動とかっていう時代の人なんですけど、そのオダマコトさんの奥さんなんですよ。けっこうすごい人で、バリ島に毎年、半年に1回は来てて、それがまあ知り合いなんですよ。で、彼女はすごいバリ島が好きで、うちの家族とかその周りのコミュニティにすごい感銘を受けて、本を書いたんですよ。」<br>司会「なんていうタイトル？」<br>佐助「えーと、ポカン亭っていう本なんですけど、アマゾンで売ってるので」<br>（略）<br>同僚「ペンネーム何になってる？」<br>佐助「コダ… コウダキョウコ」<br>（略）<br>同僚「主人公じゃないんですけど、その書いている人の目線なんですけど、そこに一番コアに出て来るのが彼とお姉さん」<br>（略）<br><br>オダマコトの奥さんがバリ島を舞台にした本を書いたらしい。ペンネームはコウダキョウコ。学生運動の頃のオダマコトといえば、小田実さんのことだろう。でも小田実さんの奥さんといえば、玄順恵（ヒョン・スンヒェ）さんではないだろうか。<br><br>2017年当時、1953年生まれの玄順恵さんはまだ64歳。70歳ではない。<br>当時37～38歳の人から見て「だいぶおばあちゃん」という歳でもないような気がする。<br>小田実さんには、玄順恵さん以外に奥さんがいたのだろうか…<br><br>&gt; 玄順恵［ヒョンスンヒェ］<br>&gt; 水墨画家。植民地時代に日本へ渡ってきた済州島出身の両親のもとで、1953年、神戸市に生まれる。82年に作家小田実と結婚。水墨画の他に、装丁、装画、挿絵の仕事を手がける<br><br>あるいは、玄順恵さんのペンネームがコウダキョウコなのだろうか。<br>amazonを見ると、『バリ島クタ蓮横丁のぽかーん亭』（現代企画室、2002/12/1）の著者は、国府田恭子さん。同じ著者名で、他の出版物は無い。<br><br>「国府田恭子」で検索すると、英語教室の主催者がいるようだ。この人は、玄順恵さんとは別人なのだろうか。2人の顔の輪郭が似ているような気もするけど、写真が小さいのでよくわからない。<br>https://www.ekiten.jp/shop_62016848/staff/staff_60239/<br><br><br>いろいろ検索すると、小田実さんと同い年だった元ＮＨＫの人による回想が興味深かった。小田さんは大柄で気配りのある関西人だったようだ。<br>しかし、小田実さんの奥さんのことについてはあまり詳しい情報が見つからない。頻繁にバリ島に行っていたのだろうか。謎。<br>http://meisternet.jp/hp/index.php/2017-04-17-09-32-39/28-tureduregusa/157-2011-01-03-02-22-09<br><br>&gt; 思い出すと、小田は、人に応答するときの相槌が、知遇の度合いに応じて「そうですか」から、自然に「そうなんか」と変化して行き、それに連れて、相手に対する呼称も「貴方（あなた）」から「君（きみ）」に、何時の間にか移行していたように私は記憶している。彼が口にした「あなた」は、標準語と称されている東京地方の言葉では「な」に力を入れているが、彼のそれは違った。それは、「あ」を強く発音するものだったが、本来は、「あんた」が普通だった「関西弁」という「言語生活」の世界にいた彼が、居住まいを正すかのごとく、どこか思い切って「標準語」を口にしているようでもあった。<br>&gt; 小田には、勿論、自己主張はあったが「自己演出」は感じられなかった。<br>&gt; また、再会の挨拶も、恐らく、普段は「どや」とか「どやね」と言っていたものを、小田は「標準語」の世界に合わせて、「元気ですか」と言うことにしていたようだったが、親しくなると「元気？」と、どこか女性の言葉の様な、労（いたわ）りにも似た様な言葉が、彼の、あの大きな身体から出てくるのは人知れず可笑しく私には感じられた。<br>（略）<br>&gt; そのような接触を通して小田を眺めた私の印象では、小田は繊細で、鋭利な剃刀（かみそり）ではなく、鉞（まさかり）のような男で、強靭な意思を秘め、やや直情径行、しかし、その挙措の波紋や飛沫の掛かる人間たちについても、いちいち具体的な始末までは出来なかったが、敏感に気配りする男だった。運動の参加者に関しても、相手によっては、「俺は《ええ（好い）》けど、彼には《きつい》やろ」などと呟くこともあった。<br><br><br><br>5/22追記　『バリ島クタ蓮横丁のぽかーん亭』のあとがきを見ると、次のような記述があった。<br>&gt; p257　（略）今、バリ島が自分の故里だ、と感じているのは確かだ。自分には帰るべき故郷はなく、根無し草だと思っていた私が、半世紀生きて、別世界に故里を見出せたのは、なんという幸せだろう。<br><br>2002年刊行の本に「半世紀生きて」と書いているということは、1953年生まれの玄順恵さんと矛盾しない。<br>やはり、玄順恵さんのペンネームが、国府田恭子なのかもしれない。<br><br><br><br>
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<pubDate>Sun, 22 May 2022 07:59:26 +0900</pubDate>
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<title>佐藤優というタブー</title>
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<![CDATA[ 佐高信さんという評論家が『佐藤優というタブー』という本を書いたので、佐藤優さんは名誉棄損で訴えているらしい。<br>昨年、ネットの記事を興味深く読んだ。<br><br>・佐藤優批判はタブーなのか!? 佐高信の著作めぐり1000万円の名誉棄損裁判に<br>2021年4月29日　エコノミストOnline<br><a href="https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210429/se1/00m/020/001000d">https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210429/se1/00m/020/001000d</a><br><br>・辛口評論家〟佐高信の反論インタビュー<br>全文掲載【佐藤優vs.佐高信「名誉毀損バトル」】佐高信「言論人なら法廷でなく『言論』で戦え！」　ZAITEN  2021年07月号<br><a href="https://www.zaiten.co.jp/article/2021/06/post-192.html">https://www.zaiten.co.jp/article/2021/06/post-192.html</a><br><br><br>『佐藤優というタブー』（旬報社、2021年）という本は、『創』、『月刊社会民主』、『月刊ロジスティクス・ビジネス』、まぐまぐのメルマガ「佐高信の筆刀両断」の連載などに新しい原稿を加えて再構成した本らしい。<br>佐藤優さんに関する記述は前半部分に集中している。<br><br>遅ればせながら本を入手して流し読みしてみたが、事実がどうなのかはともかく、相変わらず佐高さんの「誹る（そしる）」「貶す（けなす）」といった印象の文体に違和感を覚える。<br><br>佐藤優さんのことを「知識の干物」とか「創価の犬」「陰険で暗い」とか「卑しい」と記述。<br>見下すような表現を使わないと意見が言えないのだろうか。<br><br>佐高さんは、「言論人なら法廷ではなく言論で戦え！」と言っているようだが、そうであれば、佐藤優さんも「言論人なら論理的に表現してほしい。唾を吐きかけるような言語表現は暴力や侮辱に相当する。私はそのような態度で対抗したくない」とでも言えばいいのではないだろうか。<br>言論人であれば、侮辱に侮辱、非難に非難で対抗したりせず、論理の通じない人とは距離をとって裁判所に判断を任せるという選択もありえる。<br><br><br>佐高さんは20年前にはNHKで常連だったみたいだが、安倍政権以降保守的な勢力にパージされたというのは自己評価が高すぎないだろうか。<br>単純に、むかしは社会で許容されていた暴力的な発言が、現代では通用しなくなったというだけという可能性が高い。<br>（左派に同調的な職員がこの10年20年で続々と定年退職していることも関係あるのかもしれない。知っている元職員たちもいわゆる左派的な人が多かった）<br><br>漫才師だって過激などつき漫才が世の中に受け入れられなくなってきたと見ると、誰も傷つけない漫才を生み出して人々を楽しませている。<br>佐高さんも自分のスタイルに保守的にならず、周囲を観察して表現を変えてもいいのではないだろうか。<br>そうしなければ、やがてその暴力的・侮蔑的な表現が跳ね返って来て、佐高さんの世界を狭めてしまう可能性が高い。<br><br>おそらく、編集者は佐高さんの原稿をかなり穏健な表現に変えているのだろう。それでも出版するには厳しい状況になってきているのではないだろうか。<br>そのようなことをうっすらと考える。<br><br>タブロイド紙や総会屋系雑誌などでは品のない表現でもある程度許容されるのかもしれないけど、評論家を名乗るのであれば、分析的な説明を端折らないでほしい。<br>「自分が土下座する人間は容易に他人を土下座させる人間である。よほど人間をバカにしていなければ土下座などできるものではない。」<br>という一文も説明不足ではないだろうか。因果関係がよくわからない。<br>「心から謝る姿勢を見せる人は、他人に対しても心から謝ることを強いる。他人を尊重している人は心から謝る姿勢などできない」ということ？<br>「絶対服従のポーズを見せる人は、他人に対しても絶対服従のポーズを強いる。他人を見下している人は絶対服従のポーズができる」ということ？<br>なぜ土下座をすることが、人を見下していることにつながるのか、丁寧な説明がない。<br><br>私から見れば、むしろ「侮蔑的・攻撃的な表現を多用して人を見下す人は、他人から価値を見出されにくい人である。よほど人を見下していなければ侮蔑的・攻撃的な表現を多用できるものではない」などといった認識の方が理解しやすい。<br><br>品性があって思慮深く穏やかな人は、「品がない！」「教養がない！」「バカにしている！」「暴力的だ！」などとあまり口にしない。<br>「品がない！」「教養がない！」「バカにしている！」「暴力的だ！」と言っている人を見ると、「人に言える立場なのだろうか」と感じることが多い。<br>ほんとうに教養がある人は、上には上があることを意識し、自分はまだまだだ、などと思っているのではないだろうか。そんなことを考える。<br>ぜひ、分析的で目を見開かされるような視点がある、知性にあふれた評論を読んでみたい。<br><br>敵を設定して罵ってやっつけて問題解決、というような姿勢は、今の時代にはあまり通用しないのではないだろうか。<br>物事の構造を把握しなければ、問題の解決はむずかしい。<br>同じような構造を持つ問題であっても敵であれば攻撃、味方であれば擁護、などといった姿勢を見せる人は、問題を解決する力がないと思われてしまうおそれがある。<br><br><br>＜参考＞<br>『佐藤優というタブー』佐高信著、旬報社、2021年<br>P6<br>　私は二冊も佐藤と共著を出した責任を感じて、ここで佐藤批判を、特に佐藤ファンの読者に届けたい。<br>　佐藤は端的に言えば“雑学クイズ王”である。確かに博学であり、小さなことまでよく知っている。しかし、それは断片的なものであり、生きてはいない。知識の剥製と言ったらいいか。干物の知識である。<br><br>P9<br>目次<br>はじめに――佐藤優は雑学クイズ王………3<br>一――右顧左眄する臆病なオタク、佐藤優………13<br>佐藤優にとっての三つのタブー………14<br>佐藤優はソウカの狗………21<br>（略）<br>“矮小な思想家”佐藤優が守ろうとした“国益”………36<br>コウモリ党と創価学会をかばう佐藤優へ………37<br>（略）<br><br>P21<br>佐藤優はソウカの狗<br>「喪家の狗」という漢語がある。喪中の家の犬、もしくは宿なし犬のことである。<br>　やつれて元気のない人をそう呼ぶこともあるが、創価（学会）の犬でもある佐藤優は太ってはいても、やつれてはいない。<br>　池田大作著とされる『新・人間革命』をそのまま無批判に引き写した『池田大作研究』（朝日新聞出版）を出したり、原発推進の新聞広告に出たり、宿なし犬は誰でも主人にするのかとあきれるほど忙しい。<br><br>P32<br>　自分が土下座する人間は容易に他人を土下座させる人間である。よほど人間をバカにしていなければ土下座などできるものではない。佐藤よ、お前もか！　私は信じられない思い出いっぱいだった。<br><br>P51<br>　陰険で暗いという点で北村と佐藤は共通する。<br><br>P83<br>　二〇年前のこのころは、私はNHKのほぼ常連だった。「日曜討論」などにも何度か出たし、少なくとも忌避されてはいなかった。<br>　しかし、最近そんな話をすると、<br>「えっ、サタカさん、NHKに出ていたんですか？」<br>とビックリされる。<br>　私の感覚では安倍（晋三）政権になってから、明確にパージされたように思う。<br><br><br>追記<br>amazonの、30歳ぐらいの人のレビューが興味深かった。佐高信さんも、こういった分析的な記述ができれば、お仲間以外の人にも意見を受け入れてもらえるのではないだろうか。<br>https://www.amazon.co.jp/%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%84%AA%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%82%BF%E3%83%96%E3%83%BC-%E4%BD%90%E9%AB%98-%E4%BF%A1/dp/4845116812<br>★★☆☆☆　GaMy<br>（略）<br>評者の親や祖父母も左派（というよりガチ左翼）であったが、自民党や公明党などに関する一切合切を批判して、与党議員の人格などを全否定してしまうような傾向があったが、左右どちらにも言えることだが、一度強烈なバイアスを持ってしまうと反対意見を持つ者が全て下劣に見えてしまうものである。佐高氏もそういうバイアスの持ち主であるか、もしくは自身はそうでなくても、そういうバイアスを持った人を喜ばせるために叙述活動をしているのだと思う。こういう評者の考えも佐高氏への否定的なバイアスかもしれないのではあるが。<br>ある立場からの人格攻撃とセンセーショナルな罵詈雑言は、特定の立場の人には受けるが、それ以外の人にはただの汚い言葉の羅列になる。佐高氏の叙述スタイルは、いわばネット右翼の見るに耐えない言説の、左翼バージョンのようにしか評者には映らなかった。評者はいまだに左派という立場を卒業しきれていないが、それでもこの佐高氏の叙述スタイルは好きにはなれなかった。これは佐高氏のような学生闘争世代の攻撃的な言説に慣れている世代と、29歳の評者のようなソ連崩壊後の世界しか知らない世代のギャップなのだろうか。<br>（略）<br>評者は佐高信という人物をよく知らないのであるが、彼は広瀬隆のような左派のトンデモ言論人なのだろうか？<br>もちろん、左派には沢山のまともな言論人がいるのであるが、正直なところ、本書は佐高氏のオヤジギャグのような口の汚いブーイングが、面白いような、不快なような、微妙な感情を抱いたが、内容は薄っぺらいというかなんというか・・・<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/transvine/entry-12897807493.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Apr 2022 21:00:16 +0900</pubDate>
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<title>国際ヨモギ研究財団推薦よもぎ葉茶</title>
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<![CDATA[ むかしからヨモギにはなじみがある。<br>幼少時、怪我をした時にはヨモギを揉んで汁を付けていた。<br>草餅もおいしかった。<br>身近な薬草というか、ハーブだった。<br><br>田舎でヨモギやミツバや山椒の葉などといった日本のハーブに親しんでいたこともあり、学生時代はハーブのサークル活動をしていたこともあった。<br>毎週集まってハーブティーを飲んだりハーブを使った料理を食べたりしていた。<br>サークル代表の男は現在ソムリエ。副代表？だった私は今も植物好き。<br>それにしても、サークルを作ると女性がたくさん入ってきたのだが、代表の友人も私も一切手出しはしなかった。なつかしい思い出だ。<br><br>それはともかく、沖縄に行くとときどきヨモギを買ってくる。<br>沖縄ではフーチバーと呼ばれ、ヤギ汁や雑炊に入っている一般的なハーブだ。<br>ニシヨモギという種類のヨモギらしい。関東から九州、沖縄、台湾、東南アジアまで広く分布しているとか。<br><br>1月に石垣島に行った時は産直市場でフーチバーを一袋（108円）購入し、持って帰って来ていろいろ料理に使わせてもらった。<br>刻んで卵と混ぜて焼いて焼いてもなかなかおいしかった。<br><br>茎ごと料理に使うこともあるが、今回は残した。捨てるのは惜しくコップの水に挿しておくと、何週間か経つと根が出てきた。<br>そこで、100円ショップで買ったプランターと鉢と赤玉土とハーブ用の土と鉢底石を用意。<br>以前牡蠣を食べた時に残しておいた殻を10枚ほど焼いて砕き、土と混ぜ合わせてプランターと鉢に入れた。<br>沖縄は琉球石灰岩の土地が多いから、アルカリ性に近いのではないだろうか。その状態に近づけたい。<br><br>春の日差しを浴びてどんどん成長してくれることを願い、現在はプランターと鉢をベランダに出している。<br>雑草同然なのでたくましく育ってくれると思うが、どうなるだろう。<br><br>そんなことをしているくらいヨモギ好きの私は、以前からときどきヨモギ茶も飲んでいる。<br>ドクダミ茶の方がやや清涼感があるので仕事中には向いている気がするが、ヨモギ茶もやさしい味わいでわるくない。<br><br>今飲んでいるヨモギ茶の袋を何気なく見ると、「国際ヨモギ研究財団推薦」と書いてあるのが目に入った。<br>奈良県東吉野村産、深吉野よもぎ加工組合のよもぎ葉茶を、国際ヨモギ研究財団が推薦しているらしい。<br>どういった団体だろう、もしかしてヨモギ好きの私の好きそうな情報があるのだろうか、と思って "国際ヨモギ研究財団" で検索してみたがなかなか情報が出てこない。<br><br>&gt; よもぎテラピーdeデトックス | 気まぐれ料理 - Amebahttps://ameblo.jp › akebeecan › entry-12065194660<br>&gt; 2015/08/23 — 国際ヨモギ研究財団（理事長ことヨモギ博士:大城 築 《おおぎ きずく》氏）の推薦を受けました～. レイコ先生は. 日本にまだよもぎ蒸しサロンが無い時 ...<br><br>&gt; 三六五(みろこ)石鹸 ~ますます、シリーズ - ポレポレ ...https://polepolefactory.com › products<br>&gt; 2020/02/19 — 奈良県吉野郡の無農薬・有機畑で育てられた「ヨモギ粉・花穂（国際ヨモギ研究財団推奨品）」を練り込んだ、優しい緑の石鹸。自然のよもぎの香りが ...<br><br>&gt; #さがみっこ Instagram posts - Gramhir.comhttps://gramhir.com › explore-hashtag › さがみっこ<br>&gt; 米粉のよもぎシフォン一年を通して畑に農薬を使わず、無農薬で大切に育てられた奈良県東吉野村産のよもぎを使用しました☺️ こちらのよもぎは、国際ヨモギ研究財団 ...<br><br><br><br>「ヨモギ博士:大城 築 《おおぎ きずく》氏」という記述があったので検索してみると、<br>「よもぎ健康法研究会総本部　創始者・会長　大城築」という人がいるらしい。<br>https://ameblo.jp/grind-house/entry-12667688418.html<br><br>・大城築-よもぎ健康法研究会　創業55周年記念<br>https://oogi.yomogi.net/?fbclid=IwAR0F3EvP66_qsRCi2DHEbJh9MgxnxzOM9HhZO8OF5I48eqlXsl6HKYH42nk<br><br>しかし、どこを探しても「国際ヨモギ研究財団」の名称が出てこない。どういうこと？<br><br>公益財団法人や一般財団法人を検索できるサイトで「よもぎ」や「ヨモギ」で検索したけど何もヒットしない。<br><br>・国・都道府県公式公益法人行政総合情報サイト　公益法人 i nformation<br>https://www.koeki-info.go.jp/pictis-info/csa0001!show#prepage2<br><br>もしかして、「国際ヨモギ研究財団」という財団は存在していないのか？<br><br>「深吉野よもぎ加工組合」が、もし存在しない財団名を宣伝に使っているとしたら、優良誤認の不正表示として景品表示法に違反するのではないだろうか。<br><br>「深吉野よもぎ加工組合」のサイトには「大城築先生プロフィール」というページもあるようだが、そこにも「国際ヨモギ研究財団」についての記述はない。<br>http://uda-yomogi.com/post-1072<br><br>もしかして、海外の財団なのだろうかと思って検索すると、下記の団体があった。<br>代表者は大城築（おおぎきずく）氏なので、「国際ヨモギ研究財団」はこの団体のようだ。<br>正式な財団法人でないのであれば、「国際ヨモギ研究会」と訳した方がよいだろうか。<br>しかしなぜハワイで登録しているのだろう。<br>それに、この団体の公式ホームページが見つからない。活動実態のない、登録だけされている団体なのだろうか。<br><br>・INTERNATIONAL MUGWORT RESEARCH FOUNDATION<br>https://opencorporates.com/companies/us_hi/236464D2<br>INTERNATIONAL MUGWORT RESEARCH FOUNDATION NONPROFIT<br>Company Number<br>236464D2<br>Status<br>Inv. Dissolved<br>Incorporation Date<br>27 June 2012 (over 9 years ago)<br>Company Type<br>Domestic Nonprofit Corporation<br>Jurisdiction<br>Hawaii (US)<br>Business Classification Text<br>MUGWORT HERBS CONTAIN ALL ESSENTIAL NUTRIENTS FOR HUMAN HEALTH AND BEAUTY. BASED ON OUR SCIENTIFIC AND MEDICAL RESEARCH. WE PROPAGATE THE MEDICINAL USAGE OF THESE HERBS TO PROTECT, RESTORE AND BALANCE THE BODY AND ITS MANY SYSTEMS.<br>Inactive Directors / Officers<br>ARTHUR O. YAMADA, agent<br>OHGI,KIZUKU, president, 1 Apr 2013-<br>OHGI,KIZUKU, director, 1 Apr 2013-<br>OHGI,MASAYO, vice-president, 1 Apr 2013-<br>OHGI,MASAYO, director, 1 Apr 2013-<br>YAMADA,ARTHUR O, director, 1 Apr 2013-<br>Registry Page<br>https://hbe.ehawaii.gov/documents/business.html?fileNumber=236464D2<br><br><br><br>しかーし、よく見てみると代理人のところに、ARTHUR O. YAMADAの名前が！<br>&gt; AGENT NAME　ARTHUR O. YAMADA<br><br>アーサー・O・山田さんといえば、ディプロマミル（学位商法）で有名な非認定のホノルル大学を運営していることで有名。<br>日本生まれのアーサー・O・山田こと山田乙彦さんは、価値の無い賞を受賞させるビジネスにも関わっている。。。<br><br>https://www.tsuhanshimbun.com/products/article_detail.php?product_id=1463&amp;_ssd=1<br>＞　消費者庁表示対策課は３月８日、化粧品通販を展開するリソウが自社商品や技術について「日本初の快挙！国連から特別功労賞！」などと広告していたことが優良誤認に当たるとし、景品表示法に基づく措置命令を下した。これに対し、リソウは「そういった賞があると疑いもしなかった」と被害者然とする。だが、あまりにとぼけたその弁解を、容易に認めることはできない。今回の措置命令は、第三者からの信用を巧みに利用した、安直なマーケティング手法に警鐘を鳴らすものでもある。<br>（略）<br>　一方、リソウが説明する受賞経緯はこうだ。<br>　ハワイに拠点を構え、山田乙彦なる人物が理事長を務める「世界平和文化財団」からある日手紙をもらった。内容は、化粧品原料に自社栽培する無農薬米を使っていることに対し、「"そのような取り組みはそうそうにない＂ということで国連顕彰に推薦したいと思っているがどうか」というもの。リソウとしても「せっかくの良いお話であればお願いしたいということで山田先生にお願いした」というのだ。<br>（略）<br><br><br>世の中にはさまざまな宣伝文句がある。<br>少しでも価値があるように見せようとして、さまざまなNo.1表記や受賞歴や権威のありそうな肩書を記載する。<br>だけど、それが張りぼてであることが明らかになると、尊敬されるどころか、残念な人扱いされてしまう。ひどい場合は犯罪人になってしまう。<br><br>宣伝文句には要注意。ほんとうの価値を自分の力で見出せるように、気をつけたい。<br><br><br>深吉野よもぎ加工組合さんも、せっかくいい製品を作っているのだから、活動実態のあやしい、HPすらない「国際ヨモギ研究財団」の推薦などと名乗らない方がいいのではいいのではないかと思う。<br><br><br>3/8追記<br>以前、山田アーサー乙彦？ さんについて少し調べたことがある。<br>現在ネット上で確認できないページもあるが、山田乙彦さんは1969年に鹿児島大学水産学部水産製造学科を卒業した人のようだ。<br>そうすると、健在だとしても75歳ぐらいだろうか。<br>学位商法（ディプロマミル）とか顕彰ビジネスといったアンダーグラウンドな世界に興味のある人の間では、少し知られている人だと思う。<br><br>※2013年のメモ<br>　　↓<br>鹿児島大学水産学部同窓会サイトより<br>http://www.gyosui.net/hp/honbu-H14.htm<br>§＜平成14年4月10日掲載＞<br>　平成14年3月18日にホノルル大学学長（ハワイ）の山田乙彦先生（昭和44年水産製造学科卒）が来学され，「これからの大学における研究と教育」という演題でご講演いただきました。講演会には，山田先生の水産学部在学時の恩師である柿本大壱先生（魚水会名誉会員）にもご出席いただき，当時の水産学部のお話しをお聞かせいただきました。<br><br><br>財団法人総合教育研究所（米国ハワイ国際大学連合オリエント地区統括研究機関）サイトより<br>http://ouyoushinri.com/news.html<br>平成24年度　第26回・応用心理カウンセリング研修開催<br>（略）<br>米国ハワイ国際大学（旧ホノルル大学）からは、山田乙彦総長が来県し、健康医学についての講義をされ、酵母の大切さを訴え、生徒全員が講義に集中興奮をしていた。また、米国合衆国、ハワイ国際大学の意向についての説明もあり、留学も叶ことも伝て皆から喜ばれていた。<br><br><br>ビジネス英語雑記帳（別宅）<br>2009年7月29日 (水曜日)「インチキ大学・ニセ学位（続）」<br>http://tottocobkhinata.cocolog-nifty.com/bizieizakkicho/2009/07/post-f9fd.html<br>実は某大手出版社のサイトに、堂々と著者名のあとに（ホノルル大学教授）と表示してある例があるのです。上記記事で、出版社がこういったインチキ学位ないし大学を、知らないとは言え、後押しする格好になっているのは問題ではないかと指摘しましたが、まるで問題意識がないようです。語学物を出されている出版社の方々は、今一度、例のインチキ大学リストをご覧になり、ご自分たちの関与している執筆者達の経歴を洗い直してもいいのではないでしょうか。<br>食品の不当表示が一時社会問題化しましたが、調べる手だてのない消費者の信頼を裏切っているという意味で、本質的にはそれに通ずるものがあります。法務部門まである立派な出版社が万一、こうしたディプロミルに関わっていたことが露見するに至れば恥の上塗りというものでしょう。<br><br><br><br>3/14追記<br>そういえば、「INTERNATIONAL MUGWORT RESEARCH FOUNDATION」という団体に関して、次のような記述があった。<br>&gt; 7 Dec 2018<br>&gt; INVOLUNTARY DISSOLUTION<br><br>INVOLUNTARY DISSOLUTIONは、非自発的な解散。<br>この団体は、2018年12月7日に強制的に解散させられている。すでに、国際ヨモギ研究財団という団体は存在していないのだ。<br>財団法人ではなさそうとか、実体がなさそうという以前に、そもそももはや登録上も存在していないのだ。<br>そのような団体の推薦を名乗るべきではないのではないだろうか。<br>奈良県深吉野よもぎ加工組合につながりのある人はぜひ教えてあげてほしい。<br><br>ちなみに、「arthur o. yamada」で検索すると24団体がヒットする。国際心理学研究財団、国際カイロプラクティック研究財団、日米教育文化交流協会、国際アンチエイジング研究財団、世界平和子ども財団、国連世界人類機関など、もっともらしい名前の団体が多いが、おそらく活動実態はなかったのだろう。どれも強制解散となっている。<br>https://opencorporates.com/officers?q=arthur+o.+yamada&amp;utf8=%E2%9C%93<br><br>（参考）<br>https://www.markresearch.com/involuntary-dissolution/<br>&gt; 会社の解散には会社の議決によって行なわれる任意的解散（Voluntary Dissolution）と非任意的解散（Involuntary dissolution）があります。<br>&gt; 任意的解散は取締役会または株主総会の決議を経て進める通常の解散手続きです。<br>&gt; 非任意的解散は、裁判所による解散命令のほか、税金の滞納や年次報告書の未提出などに起因する行政による法人格剥奪処分があります。<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/transvine/entry-12897807491.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Mar 2022 22:08:48 +0900</pubDate>
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<title>「頭が悪い人」とか「クソだ！」とか</title>
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<![CDATA[ メディアでよく目にする、ひろゆきとかホリエモンといった人々が「頭が悪い人」とか「クソだ！」という言葉を使うことに違和感がある。<br><br>おそらく、一言で否定したい、生理的に受け付けない、といった感覚を率直に表現しているのだろう。<br>くだけた気軽な言葉として好意的に受け取っている人もいるかもしれない。<br><br>だけど、配慮に欠けた言葉ではないだろうか。<br><br>「頭の悪い人」という表現は、「体の悪い人」「容姿の悪い人」などにも通じる。<br>脳機能に問題のある鬱病や統合失調症の人が、「頭の悪い人」という否定的な言葉を聞いたらどう思うだろうか。<br>病気で歩くのが遅い人が、「足の悪い人だ！」と失笑されたら、どう感じるだろうか。<br>病気で視野の狭い人を、「目が悪い！」と切り捨てることは、思考の幅の狭い人に対して「頭が悪い！」と言うことにつながらないだろうか。<br>なぜ拒絶したり見下したりする必要があるのだろう。<br><br>世の中には健康体の人もいれば病気を抱えた人もいる。経済的に潤っている人もいればその日暮らしの人もいる。背の高い人もいれば低い人もいる。知能指数の高い人もいれば低い人もいる。若い人もいれば老いた人もいる。<br>そういった多様性があるのは自然の摂理に沿った状況なのだから、ひとつの観点から「劣っている」「価値がない」と認識される存在を排除・否定しなくてもいいのではないだろうか。<br><br>そもそも、なぜ思考レベルの低いことが否定されなくてはならないのだろう。<br>もっとも、ちょっと意識の高い人が、勘違いをしているというか成功につながらない道に進みがちなこともある。<br>彼らが自分でその道を選んで進むのは別にいいが、他の人にまで影響を及ぼすこともある。<br>そのような人たちに関わりたくないから、反射的に払いのけるように「頭が悪い！」「クソが！」と漏らすのならまだわかる。<br>別に好かれたくもないし、嫌われたっていい。むしろ、自分のことを嫌ってもらっていいからすぐ離れていってほしいと思っているのかもしれない。<br>あえて、「頭がわるい」という俗悪的な言葉を使って拒絶しているのだろうか。<br><br><br>「クソだ！」という表現もどうだろう。<br>排泄物は肥料として活用されることもある。排泄物に価値を見出さず拒絶するのは、排泄物に対して失礼ではないだろうか。<br>排泄物の管理や活用に関わっている人を見下したり蔑視することにもつながりかねない。<br><br>自分の体内にもたくさん抱え込んでいる排泄物を価値のないものとして見下す必要はないのではないか？<br>排泄物には「肥え（こえ）」という呼び名もある。肥溜めとか肥桶とか。<br>農村部の人にとって人糞は貴重な肥料だった。<br>私の実家では2000年前後までは人糞を肥料にして何百坪かの畑で野菜を育てていた。<br>親や近所の人たちが「クソだ！」などと発言する様子は一度も見たことがない。<br><br>もしかしたら、ちょっと意識が高いように見えるけど事実上だまされているような人々に対して、「お前たちは稼いでいる人たちのいい養分になってしまっているだけの肥料のような人間だ！」と喝を入れようとして「クソだ！」と言っているのだろうか。<br><br><br>ひろゆきとかホリエモンといった人たちは柔軟な思考や広い視点を持ち、当意即妙の受け答えができる「頭のいい人」だと思うが、どうして視野の狭い子どもがよく使うような、「頭が悪い」とか「クソ」という表現を多用するのか不思議に感じる。<br><br>あまり物事の仕組みに目を向けようとしない、自分の頭で考えようとしない人たちにも、自分たちの言葉が届くように、わざと子どもっぽい言葉を使っているのだろうか。<br><br>あるいは、そういった人たちの裏をかいて、皮肉として多用しているのだろうか。<br>「頭が悪い」とか「バカ」といった安易な表現を使う人こそ、本当の意味で頭が悪いんだよ、とか<br>「クソだ！」とか「ムカツク！」といった感覚的に否定してばかりの人こそ、自分の世界を狭めて袋小路に入って夢想に逃げてしまうんだよ、とか<br>人をバカにした態度をとっている人を持ち上げることなんて意味ないよ、早く気づけよ、といったことを伝えようとしているのだろうか。<br><br><br>本当に頭の機能にすぐれているというか言語表現に巧みな人は、安易に否定する言葉を多用しない。<br>アホとかバカとかマヌケとかクソなどといった罵倒語の多用は、猫パンチ並みに破壊力が弱く、客観的に見るとお粗末な印象。そのことをわかっている人は、罵倒語なんて使おうとも思わない。<br>スマートに関節技を決めるには無駄な威嚇も大声も必要ない。<br><br>時代も変わった。<br>学生運動の頃は、罵倒語や感情的な表現も、士気高揚や熱気演出などのために許容されていた。<br>しかし、当時の言葉が抜けていない高齢の評論家が熱く語っても、なかなか現在の人々には届かない。<br>煽情的な表現や罵倒語は、論理的な説明を放棄した暴力的な行為だと思われがち。<br>評論家の佐高信さんは、相変わらずの論調で名誉棄損か何かで佐藤優さんに訴えられているようだが、現代では有罪になってしまう可能性も高いのではないだろうか。<br><br>現在ニュースサイトやメルマガなどで目にする、学生運動世代というか1940～1950年代生まれの評論家たちの文章表現には違和感を覚えることが多い。<br>佐高信さん（1945年生）、高野孟さん（1944年生）、山口二郎さん（1958年年生）、浜矩子さん（1952年生）、金子勝さん（1952年生）、新恭という人も1952年前後の生まれではなかっただろうか。<br>けなすような表現を使わなくても、人を追い詰めることは可能なのだが、その技術は磨かなかったのだろうか。<br><br>左派の人たちが暴力的な表現を克服できないうちに、右派の人たちが丁寧な表現を磨いてきていないだろうか。<br>百田尚樹さん（1956年生）などは相変わらず乱暴な言葉も使っているようだが、櫻井よしこさん（1945年生）は、口汚く罵るようなことはしない。<br>もっとも、右派論客とされがちな櫻井よしこさんや三浦瑠麗（1980年生）などは保守派というよりは、保守リベラルとでもいうような立ち位置ではないかと思う。<br>それでも、現代の日本において社会主義や共産主義に親和的な人々が大きく勢力を縮小し、核武装論議や憲法改正論議が全否定される風潮が弱まっているのは、右派の人たちが自分たちの価値観を守るために怒鳴ったり罵ったりといった攻撃的な姿勢を見せなくなった（少なくとも目立たなくなった）ことが影響しているのではないだろうか。<br><br>ぜひ、学生運動世代の人たちにも、感情を煽るような言辞の多用ではなく、論理的な解説を求めたい。いつまでも「右派はバカだから」みたいな態度でいると負けてしまう。<br><br>私がヤフーニュースなどを見ていて感心することが多い記事を書く人は、1970～1980年代生まれの人が多い。<br>窪田順生（1974年生）、安田峰俊（1982年生）などといったライターさんの記事は実に興味深い。<br>中川淳一郎（1973年生）、山本一郎（1973年生）といった人の文章もおもしろい。<br><br>彼らは、右派の人からは左派、左派の人からは右派と言われてしまうような人たちかもしれない。<br>だけど、一見して右派とも左派とも判断がつかない、親政府なのか反政府なのかもわからない。主義に基づいて仲間と敵を分けて擁護と攻撃をくりかえすようなこともしない人々こそ、誠実なのかもしれない。<br>是々非々というか、物事の構造をありのままに認識しようとする人は、時に忖度なく常識やルールを乗り越える。<br>そういった人々のなかに、ホリエモン（1972年生）やひろゆき（1976年生）も含まれているのかもしれないと感じていた。<br>彼らが使用する、人を見下したような表現は、1940～1950年生まれの評論家にありがちな表現とは意味合いが異なるのだろうか。これからも注視しておきたい。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/transvine/entry-12897807490.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Mar 2022 20:26:20 +0900</pubDate>
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<title>大暴落</title>
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<![CDATA[ 数か月前、オンライン証券のマイページのスクリーンショットを残した。<br>持っている株が大きく上がり、もう後は下がっていくだけだろうな、と感じたので、株価のピークを記録しておいた。<br><br>案の定、翌週から株価は下降してあっという間に半分以下に。<br>しかも、数百万や1千万でとどまらず、2千万、3千万と大きく価値を下げている。大暴落だ。しがない平社員にとってはかなり大きな損害。<br><br>私はあまりお金に興味はなく、少し持っている株も10年以上放置したままだが、それでも今回はそれなりにショックを受けた。気にしていないつもりでも、朝起きると株価大暴落のことが脳裏をよぎったりする。<br>さすがに何千万円というお金を失うのは、数万円なくすこととレベルが違い、少しは潜在意識にダメージを与えるようだ。<br><br>「3千万円失うぐらいだったら宿代を節約せずもっと優雅な旅行をしておけばよかった」とか、「売りに出されている鎌倉の山林を買っておけばよかった」とか、「安い中古マンションを買っておけばよかった」などと、つい後ろを向いてしまう。<br><br>しかし、持っている株の評価額がピークに達したと感じた時、私は2つの方向を検討していた。<br>「多くの人が株価の下落を予想しているので全部売り払って一度現金化する」あるいは、「毎年ウン十万の配当金を受け取り株主優待を利用するために株を所持し続ける」という選択。<br><br>私は、リスクを考えつつ、「めんどくさい」ということを理由に株を所持し続ける方を選んだ。<br>自分で選んだ結果なので、後悔しても仕方がない。<br>賭けに負けたのだ。<br>ついでに言うと私は賭けに強くない。スーパーのレジは、私が選んだ方に限って進むのが遅い...<br><br><br>こうなった以上は、状況を分析して、次の行動に移るしかない。<br><br>興味があるのは、大きく下落している割安株の購入だ。<br>しかし、これもまた難しい。底だと思って買ったらまだまだ下がる、ということも珍しくない。<br><br>様子見中だが、いくつか気になる株がある。<br>配当率が4％以上ある安定企業や、現在は配当率が低いけど数年後に大きく成長が見込める企業など。<br><br>いちばんリスクが低いのは、数か月のうちに大きく株価が下がったら、瞬間的に配当率が上がった安定企業の株をまとめ買いすることだ。<br>配当率が5％であれば、手取りは4％程度。500万円の株を買うと毎年20万円手に入る。<br><br>株の配当で毎年200～300万円もらえるようになれば、早期リタイア、FIREが視野に入るのではないだろうか。<br>何もしないでも毎年200～300万円入ってくるのであれば、お金のために働く必要はなくなる。ハーブ栽培とか便利グッズ発明とかギャラリー経営とか、自分の興味のあることを半分遊びのように取り組むことができる。<br><br>そういうわけで、株の大暴落バーゲン期間中に、自分なりにいくつか株の購入を検討しておきたい。<br><!--3社のうち1社でも大きく上がれば儲けもの。<br>投資した金額を割り込まなければ上々だと言えるだろう。<br><br>ちなみに、私が持っている6株のうち、2株は5分の1、6分の1といった暴落状態。10倍以上になったのは1株だけ。トータルでは利益が出ている。<br>というか、この10年での配当金で、当初の投資資金がほぼ回収できているので、株が紙くずになったとしても損はない。<br>今後も用心深く慎重にリスクを考えた上で、他の人の動きをあまり気にせず、マイペースに進みたい。--><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/transvine/entry-12897807488.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Mar 2022 22:12:16 +0900</pubDate>
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