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<title>旅行記を最後まで書くぞ</title>
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<description>2008年2月3日～3月21日</description>
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<title>2008年2月10日　第八日目</title>
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<![CDATA[ <font size="4">　リベンジ！なんとしても万里の長城に行ってやる！<br></font><p class="MsoNormal" style="text-indent: 21pt;"><font size="4"><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　本日は二度目のチャレンジ。北京駅を</span><span lang="EN-US">８</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時に出発し、環状線で西直門駅へ向かう。そこで乗換えをして北京北駅まで行くのである。うまくいけば</span><span lang="EN-US">9</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時</span><span lang="EN-US">30</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">分には鉄道が万里に向けて走り出すのだ！</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　西直門駅に着いた。それは予定通り。後は北京北駅に行くだけ。ところで、この西直門駅から北京北駅への移動は、その接続の悪さがネットに書き込まれてい</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">た。特に旅慣れしていない人、中国語ができない人は要注意である。わかりにくいからバスで行くのが確実な方法である、らしいのだ。そう難しさを強調された</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">ら、嫌でも鉄道で行きたくなる。困ったことに変なプライドが登場してしまって、完全に忠告など無視。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　余裕っしょ。うん、思ったとおりスムーズに乗り換えることに成功。・・・自分たちの間違いに気付くのにそう時間はいらなかった。どうやら別の駅に来てしまったようだ。赤面ごとである。急いでもとの駅に引き返した。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　北京駅</span><span lang="EN-US">―</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">西直門駅間は</span><span lang="EN-US">２</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">番線</span><span lang="EN-US">(</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">環状線</span><span lang="EN-US">)</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">を利用する。その後、西直門駅から北京北駅に行く必要があったが、そこでミスを犯した。誤って</span><span lang="EN-US">１３</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">番線に乗り換え</span> <span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">ていたのだ。後からわかるのだが、</span><span lang="EN-US">２</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">番線の西直門駅を出たとき『すぐに左折』すれば北京北駅に着く。しかし、駅を出たとき、『普通の流れ』に身を任せて歩</span> <span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">いていたら、右折することになり、したがって</span><span lang="EN-US">１３</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">番線に乗り換えてしまう。そもそも、駅を出たときに左折をすれば北京北駅にいける、という標札があればい</span> <span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">い。しかしそれがないのである。なので、鉄道で万里の長城を目指す人は覚えておくのがいい。駅を出てすぐ左折である。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　なんとか北京北駅に着いた。が、時刻は出発の</span><span lang="EN-US">９</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時</span><span lang="EN-US">１０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">分に迫っている。急がなくては！残り</span><span lang="EN-US">５</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">分でチケットを購入しなくてはならないのに・・・目の前にいる中国人カップルが駅員ともめている。他に窓口があればいいのだが、一つしかなくて・・・あと</span><span lang="EN-US">3</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">分、どうなるんだよ。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　ニーハオと言って『我欲票的八達嶺』と書いた紙を見せた。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　・・・結局駄目でした。というのも、そもそも</span><span lang="EN-US">９</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時</span><span lang="EN-US">１０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">分に列車はなかったらしい。いや、他のことを言っていたのかもしれないが、とにかくも翌日のチケットを買った。一人</span><span lang="EN-US">４・５</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">元だった。安い！</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　二日目も万里の長城に行けず、とはいえチケット自体は得たのであるから、明日には行ける。よしとしよう。しかし、それにしても、この北京北駅というの</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">は、周囲の建物がミニチュアで、それでいてやけにカラフル、身なりから人々の貧しさも見て取れるし、僕らが中国に来てからあまり見ることの出来なった光景</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">が広がっていた。大都会にあって、旅行者たちからは隠れるように、ひっそりと佇んでいる。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　万里の計画は崩れたので、一日やることがない。円明園に行くことにした。高校時代に世界史で習った。たしかイエズス会の何某が設計に携わっただとか、ア</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">ヘンかアロー戦争でイギリス軍が破壊しただの、という不確定情報を有していた。そして、それは北京郊外にある、ということも知っていた。西直門駅から</span><span lang="EN-US">１３ </span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">番線にのる。そこから</span><span lang="EN-US">4</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">駅ほどの五道口駅で降り、だいたい</span><span lang="EN-US">３０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">分ほど歩いたら円明園に着く。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　その途上、北京大学の理科系だろうか、その校舎があった。略して『北大』と書かれているのを何度も目にした。北大を通過する直前に、ショップに入った。冷やかすつもりだったけど、出るときにはマフラーを買っていた。このマフラーは後に役立つ。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　円明園は広い。無駄に、と言ったら怒られるだろうか、それでも構いやしない、無駄に広かった。正直なところ、あまりお勧めの観光スポットではない。とは</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">いえ、時期の問題もあるので、断言はできない。ともかく僕たちと同じ時期には行かないのが懸命である。今は冬。冬なのに園内の木々には花が咲いている。要</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">するに造花なのだが・・・旧正月真っ只中だからお祝いモードなのかな。ゆっくり散歩しながら、とりとめのない会話をする。それから、ありえないテンション</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">になって、いくつかのジョジョ立ちの撮影なんかもした。バックは円明園の橋である。ここは橋で有名らしく、異常にたくさんの橋がある。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　反省すべきことがある。突然だが・・・笑　僕は今日、なーんでか焦ってしまっていた。なんとしてでも今日中に万里の長城に行きたかったのだ。その気持ちが強すぎてカリカリしていた。ダメだよ、先はもっと長いのだから気楽にいこうよ、と思ったわけである。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　ホテルに戻った。シャワーを浴びて汚れを落とした。でも、疲れは落ちないんだな。いま、布団の中でこれを書いてます。</span><span lang="EN-US">１９</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時。明日は</span><span lang="EN-US">６</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時</span><span lang="EN-US">３０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">分に起床して、んでもって万里に行く！</span></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/travel-where-travel/entry-10286818539.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Jun 2009 20:45:08 +0900</pubDate>
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<title>2008年2月9日　第七日目</title>
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<![CDATA[ 　<font size="4">なかなか寝心地が良いベッドだった。腹が空いて目覚めた。<span lang="EN-US">４</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">元のカップラーメンが朝食である。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">&nbsp;</span><span lang="EN-US">１１</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時をまわったころ駅に向かった。目指すは</span><span lang="EN-US">great wall</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">。積水譚駅まで電車で行く。二元を払って北京駅から環状線で乗り換えることなく行くことができる。ちなみに積水譚は、小さい池のことで、駅の近く</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">に実際にあります。その駅から歩き徳勝門というところを目指す。徳勝門はいろんな観光地へ向かう出発点であるらしい。かなりのバスがあります。・・・バス</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">はたくさんあるのだが、肝心の</span><span lang="EN-US">great wall</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">行きのバスは見当たらない。けっこう探してもないものだから、諦めてしまった。後になってわかったのは、もっと徳勝門に近づいていれば見つかって</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">いたらしい。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　探しているとき、数人の現地人に尋ねてみたけど、みんなわからない、と言う。どうやら僕の言っている事の意味が理解できないらしい。そうしてたら、お兄</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">さんが話しかけてきた。『今日はもうバスないぞ。俺がタクシーで連れて行ってあげよう。二人で</span><span lang="EN-US">２００</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">元でどうだい？』お兄さん、僕らそんな金ないです。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　こんな感じで一回目の</span><span lang="EN-US">great wall</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">挑戦は失敗に終わった。明日こそ行ってやる！</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　仕方なしに天安門へ向かった。これまた環状線で行くことができる。かなり広かったです。それなりに観光客もいた。あの有名な毛沢東の肖像の前で写真を撮った。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　バスで北京駅に戻ると小腹が空いたのでマックへ行くことにした。ポテト</span><span lang="EN-US">７</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">元、シェイク</span><span lang="EN-US">７</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">元。やはり割高。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　ネットカフェへ行って</span><span lang="EN-US">great wall</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">について調べた。今日の失敗は情報の欠如が問題だった。すると、鉄道でも万里の長城へ行けることがわかった。北京北</span><span lang="EN-US">―</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">沙城、という鉄道があるよう</span> <span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">で、八達嶺、すなわち万里の長城に停車するらしい。一日に一往復。北京北駅は西直門駅のすぐ近くにあるらしいが、ビギナーには探すのは困難。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　明日、鉄道で万里の長城を目指そうではないか！</span></font><br>
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<link>https://ameblo.jp/travel-where-travel/entry-10286815828.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Jun 2009 20:38:49 +0900</pubDate>
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<title>2008年2月8日　第六日目</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt;"><font size="4"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">プラットホームに降りて薄暗い地下道を通り抜けると、北京が、その重々しい雰囲気でもって出迎えた。朝の</span><span lang="EN-US">７</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時、それも真冬の早朝であるから、寒さ厳しく、空も鉛のような灰色だった。むりくりテンションを上げて、北京駅を背景に写真撮影をした。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　着いたのだ、北京に！</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　ここ北京では、５日間同一のユースホステルを利用した。『北京城市青年酒店』というユースホステルだった。この中国語をどう訳すかで、</span><span lang="EN-US">city central youth hostel ,city centre youth hostel </span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">だとか、</span><span lang="EN-US">beijing city central hotel </span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">のように、いろんなところで、いろんな風に表記されていた。ここのホステルは大変充実しており、もし北京に再訪することあれば、ここを利用すること間違い</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">なし。ところで、出国前に入念な調査のもとにこのホステルのことを知ったわけではない。なので、北京に着いたとき、このホステルについて知っている情報と</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">いえば、『北京で一番大きなホステル。中央駅のすぐ側にあり、一</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">‐</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">二階は２４時間営業のスーパーマーケットになって大変便利』ということだけだったので、</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">見つかるか心配だった。しかし、心配するのも無駄だった。本当に駅のすぐ近くにあるから！徒歩５分以内。走れば一分以内だと思う。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　料金は、ツインルームで１６０元。国際学生証を提示したら１４０元になった。つまり一人一晩７０元。日本円に換算すると１０００円以下である。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　前情報では、ホステルの一階二階はスーパーマーケットになっているとのことだったけど、実際にはホステルからそのスーパーマーケットを利用するには、一度ホステルから出ないといけない。なので、ホステルとスーパーマーケットは分けて考えたほうが良い。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　このホステルは、一般のホテルとバックパッカー用のホステルの複合施設でした。もし金銭に余裕があるのであれば、一般ホテルを利用するとよい。すこし割</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">高感もあるが、バスルームを</span><span lang="EN-US">individual </span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">に利用できるし、</span><span lang="EN-US">internet</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">にも無料で接続できる。一方、ユースホステルの場合、バスルームは</span><span lang="EN-US">shared </span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">で</span><span lang="EN-US">internet </span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">も利用できない。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　旅行中いくつもユースホステルに泊まったが、やはり予約はしておいた方がいい。ユースホステルなんか空いているだろう、と高をくくっていたら、満室なので別のホステルを利用してください、なんてしょっちゅうあった。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　一階は受付。二階は飲食店とネットカフェ。このネットカフェは数回利用したが、いまいち料金システムがわからなかった。それから薄暗い、冬なのに暖房も</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">つけてくれないため寒くジャンバーは必須。三階と四階がメインの宿泊施設になっており、三階にはバーやコンビニ風の店がある。この店は要注意。Ｙがマイル</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">ドセブンを買ったのだが、味が劣化していた。商品の管理がズサンらしい。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　僕らの利用した部屋は</span><span lang="EN-US">３０１７</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">号室。この部屋からは北京駅を眺めることができた。夜になるとライトアップされた駅が見えるし、その広場では正月を祝う花火が行われ、それも見ることが出来た。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　これからヨーロッパにも行き、いろんなユースホステルを利用したけど、ここのホステルはベストスリーにランクインするほどの快適ぶりだった。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　思い出して欲しい。中国に到着する以前の最大の関心事は、『</span><span lang="EN-US">１２</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">日までに北京に到着することはできるのか』の一点であった。が、最速で着いてしまった。</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">こんなにもスムーズに旅が進行するとは思っていなくて、そのため北京のことも調べていなかった。なのでホステルの目の前で地図が購入して、どこへ行くかＹ</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">と相談した。結局、その地図の表紙にある万里の長城に行くことにした。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　さて、ここにきて問題が発覚。Ｙのマネーである。カードにキャッシング機能が付いていなかったのだ。僕が融通すれば一時的にはしのぐこともできる。しか</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">し、それでは旅の中盤で資金が尽きてしまう・・・というのも、今回の旅の予算は</span><span lang="EN-US">７０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">万なのだが、それはバイトで稼いだ分、きっちりしか口座に入っていない</span> <span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">ので、余分な金はないのである。なので、いち早くキャッシング機能を付けなければ！</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　そのへんしっかりしてくれ、Ｙ笑！</span></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/travel-where-travel/entry-10286806628.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Jun 2009 20:27:06 +0900</pubDate>
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<title>2008年2月7日　第五日目</title>
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<![CDATA[ 　<font size="4">今日の目標は北京行きのチケットを入手すること。それのみ。　<br><br>　朝食を同室の蘇州大とヤスの三人でとった。お盆の上には水餃子とゴマ団子が並んでいる。腹が減って目が覚めたほどだったから、勢いよく胃袋に放り込んだ。部屋に戻ったころには、周囲も下船の準備でせわしなくなってきており、それにつられて僕らも準備に取り掛かった。部屋に備え付けられた小窓から外を見れば、船体が長江河口域に入り込んでいるのがわかる。思いのほか間の抜けた汽笛を鳴らし、真鑑真号は上海に着きましたよ、と港に合図した。そのとき、ふと異臭が鼻についた。なんだろう、と思って身支度の手を止めたのを今でも忘れない。乗船から<span lang="EN-US">４８</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時間、初めて嗅いだ臭いは、たぶんオイルであろう。荒波は容易に防げるのに、その頑強なつくりもオイルの侵入は妨げることはできない。数少ない荷物をまとめると、逃げるようにデッキへと向かった。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　ひさしぶりに体感した空気は冷たくて、誇張すれば痛いほどで、緑色の床にはところどころ氷が張っていた。転ばないように用心しながら、はじめて垣間見る上海を見渡した。・・・あんまりインパクトがない。着いたのだ、という実感が湧いてこない。これは予想外であった。ただし、霞がかった空間に林立したビルを見たときは壮観だと思えた。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　僕らは最後に下船した。昨晩知り合ったＮと別れの挨拶を出来なかったのは心残りである。これ以後、みんなそれぞれの目的地に散っていく。降りるとバスに乗せられ、数分間揺られることになる。それを降りると大勢の公安に迎えられた。やたら多いな。不意に、おまえらの目的地はどこだ？らしいことを中国語で尋ねられた。ノートに『上海站』と書いて渡してみると通じたらしく、タクシーに乗るように指図された。乗り込もうとして荷物を持ち上げたときに、自分の荷物の異変に気がついた。ない、ない、ない。ないのである。大阪のおばあちゃんから貰った旅行安全お守りがないのである。これには焦った。まだ始まったばかりじゃんか。おい、さっさと乗れ、と公安。若干、いや相当の不安をかかえてタクシーに乗り込んだ。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　おそろしく曲がりくねった高速道路を、おそろしく高速で走る。日系企業の看板を横目に見ながら暇を潰していると、目的地の駅に着いた。上海を満喫している暇などない。僕らの目的は北京への切符なのである。しばらく上海駅をうろついた。しかし、よくわからない。駅には入れそうもない。入り口付近には行列ができているし。自分たちで探していても埒があかないので公安に聞いてみた。すると、彼が指差すのは駅内部ではなく、駅とは逆側である。よくわからないが信用して行ってみると念願のチケット売り場らしき建物があった。どうやらチケット売場は駅の外部に別にあるのである。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">&nbsp;</span><span lang="EN-US">９</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時</span><span lang="EN-US">３０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">分。北京行きの権利を得た。一人</span><span lang="EN-US">４９９</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">元。日本円にして</span><span lang="EN-US">７０００</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">円ほど。この値段をどう思うか？僕は高いと思う。上海－北京間はおよそ</span><span lang="EN-US">８００</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">キロ。それで</span><span lang="EN-US">７０００</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">円。日本で比べてみると東京－大阪間は</span><span lang="EN-US">５００</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">キロ弱だが、新幹線だと</span><span lang="EN-US">１３０００</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">円、格安バスだと</span><span lang="EN-US">３０００</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">円。それを考えたら中国は日本よりは安いけれど、相当物価が高くなっている。しかも元の実力は現在の</span><span lang="EN-US">２</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">倍は優に越すということを考えたら末恐ろしい。中国がそんなに高いわけがない、君たち騙されているのでは？という人もいるかもしれないが、そこは大丈夫。船でコサンが教えてくれた値段と同じだから。実のところ、</span><span lang="EN-US">３００</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">元ほどの切符もあったんだけど、そんなの無視して贅沢してしまった。チケットを購入したとき、ほとんど人は並んでいなかったけど、</span><span lang="EN-US">１７</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時に駅に戻ってくると、スマップのコンサートでもあるのかと思うほどの行列が・・・早めに買っておいて良かったと胸を撫で下ろした。</span><span lang="EN-US"><br><br> </span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">&nbsp;</span><span lang="EN-US">KFC</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">に入った。今日は中国の旧正月の元旦である。駅周辺はシャッター通と化していて、開店しているのはチェーン店くらいなのである。</span><span lang="EN-US">KFC</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">の近くに、ブルースリーと思われるキャラクターの中国生まれのチェーン店もあったがスルーした。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　注文するとき、レジのお姉さんが僕らのことを日本人であること見抜いたようで、彼女は少しばかりタジタジした。その仕草がかなり可愛かった　笑　おそろしいピンク色をしていて、いかにも体に悪そうなジュースを頼み席に着いた。ペプシなら間違うことはないという思惑から、ヤスはペプシを頼んだが、炭酸が抜けていたらしくがっかりしていた。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　チケットを取得した喜びを分かちあい、しかし上海で観光することなど考えていなかったので途方にくれていた。そんな中、店のおばちゃんが近づいてきて、いきなりＹの鞄のチャックをしめだした。おばちゃんはニコニコしながら何かを言っているが意味が分からない。僕らは平均的な日本人で、知っている中国語はニーハオ・シェイシェイだけなのである。たまらず僕は紙に『不能用中国語』と書いて見せた。おばちゃんは頷き、僕のペンを取って何か書き出した。・・・紙</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">に書いてもらったのは良いが、それが簡略字であったことと、癖字が甚だしかったことから完璧にはわからない。おそらく、中国ではもっと注意しないと物を盗まれるよ、ぐらいのことを言っているのだろう。シェイシェイと返した。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　帰り際に、レジのお姉ちゃんに観光地を教えてもらおうと『</span><span lang="EN-US">１０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時～</span><span lang="EN-US">１７</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時、我有時間。我欲知観光地的上海』と紙に書いて見せた。通じなかったらしく、収穫は彼女の悩ましげな表情を拝めたくらいであった。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　メトロで黄阿南路駅に行ってみた。区画整備されて綺麗ではあるが、やはり店は閉店している。仕方なしに麦当労、すなわちマクドナルドへ入った。システムはほとんど日本と変わりないが、流れている</span><span lang="EN-US">BGM</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">はまさに中国、という音楽が流れていた。値段も高めで、中国の富裕層が多くみられた。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">&nbsp;</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　遠方に上海タワーが見える。そこを目指して歩くことにした。今思えば、ロッカーに荷物を預ければよかった。かなり重たいからね。途上、いろいろなものを見た。まだまだ貧しい中国があった。そして、タワーに近づくにつれて人の密度が濃くなっていく。タワーは黄浦江に面しているが、その対岸に着いた。そこに</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">は正月の出店が多数あって、道には人で溢れていた。その片隅に陣取って人の流れを眺める、それだけでお腹が一杯になるくらいの人の数。人民はすごい。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　地図を広げて、次なる目的地を決めた。老城ほにゃらら、という所。ここまた人でごった返し、歩くのも一苦労である。なので写真撮影して帰ることにした。どうやったら上海駅に帰れるのか、若い中国人をつかまえたら、なんと偶然にも彼は日本語が堪能であった！親切にもバス乗り場まで案内してくれた。運が良い。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　なんとか満員バスに乗り込むことが出来た。この国には『並ぶ』という概念がないらしい。なので、この国の流儀に従って強引に乗り込むわけである。ところで、運賃はいくらだろうか、近くのお年寄りに尋ねてみた。</span><span lang="EN-US">２</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">元ということなので、支払う準備はしたけど、降りる際に後ろからの圧力が半端ない。結局支払うことなく降りることになった。走って逃げたのは言うまでもない。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　晩飯は『李先生』というチェーン店ですませた。割高だけど美味しかった。この店には北京でもお世話になった。それから、まだ先の話だけれど、オーストリ</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">アは首都ウィーンの駅にて『李先生』に再会することになる。といっても『</span><span lang="EN-US">quick lee</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">』という店名に変わっていたけど　笑</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">駅の待合室は薄暗くて気味が悪かった。あまりに暇だったのでしりとりで遊んだ。ただのしりとりでは退屈なので、国名しりとりをした。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">しりとり　リビア　アメリカ　カナダ　タイ　イタリア　アンドラ　ラオス　スイス　スロバキア　アルジェリア　アンゴラ　ラトビア　アラブ首長国連邦　ウ</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">ガンダ　大韓民国　クロアチア　アイルランド　ドイツ　ツバル　ルーマニア　アイスランド　トンガ　ガーナ　ナイジェリア　アルメニア　アルゼンチン・・・　ンジャメナ！　ナミビア・・・</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">&nbsp;</span><span lang="EN-US">２８</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">カ国で死亡。『ア』で始まる国に比べて『ア』で終わる国が多すぎ。</span><span lang="EN-US">９</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">カ国目の『ア』で終わる国ナミビアで力尽きた。なにはともあれ時間つぶしは成功し、まもなく乗車の時刻となった。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　北京行きの列車、添乗員のお姉さんが美人でテンションが上がった。列車の内部はコンパートメント方式になっており、定員は</span><span lang="EN-US">４</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">人だった。しかし僕らの他に乗り込む人はなく、</span><span lang="EN-US">２</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">人で占領した。しばらく休んだ後食堂車へ行った。ハイネケン</span><span lang="EN-US">３５０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">ｍｌを二人で分けて乾杯！</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">&nbsp;</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　これ以後も、今日のように慌ただしい毎日が続く。逃げるように急かされるように次の目的地へと向かう。明日、北の都だ。</span></font><br>
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<link>https://ameblo.jp/travel-where-travel/entry-10281885558.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Jun 2009 22:53:46 +0900</pubDate>
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<title>2008年2月6日　第四日目</title>
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<![CDATA[ <font size="4">　フェリー不正解！<span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;"><br>　僕が</span><span lang="EN-US">６</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時</span><span lang="EN-US">３０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">分に目覚めたのは他でもなく、その『揺れ』によってであった。大時化だよ。そうだ、船旅にはこれが付きまとうのだ・・・ベッドに横になっているのも不都合ってもので、ラウンジへ行くことにした。しかしラウンジに向かうのも大変だった。船体が右に左に傾いて、まっすぐ歩くのが困難なのである。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　ラウンジには先客がいた。不安を紛らわせるようにタバコを吹かしていたその男を、僕は見たことがあった。コスモスクエア駅からターミナル行きのバスで乗り合わせた人である。少しばかり旅の話をした。</span><span lang="EN-US">５０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">万円もってあてのない旅を妻とする、と言っていた。僕は今でも彼が『あてのない』という言葉を使ったのを鮮明に覚えている。中国から東南アジアへ渡る。所持品の中にはフライパンもある、らしいのだが、どれだけ『あてのない』旅をするのだと言うのか、このおっさんは。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　それにしても船は揺れに揺れ、この船の名前の由来となった鑑真のことを思い出してしまった。鑑真って中国に渡ろうとして何度も失敗している。船旅という視点から考えたとき、なんつー縁起の悪い船名かと思った。船体に激しく水しぶきが吹きかかり、視界が数メートル先までしか及ばないのである。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　船が揺れようが揺れなかろうが、いつもと変わりなく腹は減り、それを満たすために、</span><span lang="EN-US">８</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時からレストランで食べられる朝食にありついた。蘇州大学のおじいちゃんが言うには、量的に少なく満足は出来ないでしょう、とのことだったが、ゴマ団子</span><span lang="EN-US">５</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">個・焼きソバ・おかゆ・オレンジジュースという献立で、満足とまで</span> <span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">はいかないが、空腹からは解放された。腹ペコだったから一気食いしたが、それが良くなかった。大時化であることをすっかり忘れていたのだ。しだいに具合が悪くなり、食堂にいる他の客たちの優れない顔色を眺めていると一層気分は悪くなってきた。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　起床時より激しくなっている揺れは僕をいち早くベッドに向かわせた。ベッドに横たわると、少し眠ればよくなるに決まっている、と思っていたのだが、蘇州</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">大学のおじいちゃんが薬</span><span lang="EN-US">(</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">後になって知ったのだが、この薬は睡眠薬だった</span><span lang="EN-US">)</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">・ゲボ袋をくれたことにより、回復の基調あったなか逆に気分は悪くなってしまった。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">&nbsp;</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　どれくらい眠っただろうか。目が覚めたとき</span><span lang="EN-US">１６</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時になっていた。揺れも緩やかになっているし、腹もすいたし、体調も回復いたので、ヤスを起こしてカップラーメンを食べに行った。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　食後ラウンジでくつろいでいると</span><span lang="EN-US">１７</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時ごろだろうか、レストランに集まるようアナウンスが鳴り響いた。最初僕らは訝しがっていたが、その後中国の旧正月を味わうことになる。無料で食事が振舞われるということで、続々と乗客が集まって、レストランは賑やかになってきた。指定の席は決まっていないので、僕ら</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">は同室のアダムとエイミー、蘇州大学の</span><span lang="EN-US">５</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">人で席に着くことにした。料理のほうはお世辞にも美味しいとは言えないし、ビールは冷えてないし、紹興酒は不味</span> <span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">かったけど、新鑑真号のもてなしの気心が嬉しかったし、その雰囲気を大いに楽しんだ。ちなみに僕は蘇州大学とイングランド人の通訳を引き受けるという、面</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">倒極まりない役を引き受けることになったのだが、そのへんテキトーに誤魔化しながらやっていた。会話は蘇州大学の話を中心に進められた。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　食事も終えてレストランから出ようとすると、昨晩知り合った中国人の男が目に留まった。すぐさま彼を拘束し、上海上陸後の北京への道を教えてもらおうとした。例によってラウンジでいろいろ尋ねた。後から知ったが彼が提供してくれた情報はみな正確だった。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　一通り話した後、ほとんど行っていなかった一階部にあるカラオケルームにつれてかれた。旧正月なので無料でカラオケができる、というのだ。そこには総勢</span><span lang="EN-US"> ２０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">人ほどの中国人がいて、日本人は誰一人いなく、若干入るのを躊躇われたが、コサンが強引に誘うから仕方なしに入室した。カラオケで流れる曲は当然中国</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">の歌で、何を言っているのかわからない、戸惑った顔をしているとコサンが逐一翻訳してくれた。歌を聴いたり、互いの実りない恋を披露したりして時間を潰していると中村が入室してきた。彼は朝食時のレストランで一際げっそりとしていた男で、僕は大丈夫かよ、と軽く接触はしていた。ちょっと話してみると僕と同じ</span><span lang="EN-US"> ８７</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">年生まれであることがわかり、一気に打ち解けムードになった。もっと落ち着いて話したいな、ということになり、コサンに別れを告げてラウンジへと移動した。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　このときラウンジには人がわりかし多くいた。というのも日本</span><span lang="EN-US">―</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">タイのサッカーの試合が中継されていたからである。みんなが熱のこもった観戦をしているのをよそに、僕らはお互いの旅の事を話し出した。中村は</span><span lang="EN-US">５０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">日間かけて中国を旅する。最終目的地はチベット・ネパールで、熱い旅を繰り広げると言っていた。ちなみに、一時期チベット問題が話題になったが、それが起こる前にＮはネパールへ入国して災を免れたらしい。そういう旅の話だけにあらず、お互いの将来についての考えを語り合った。二人とも東京の大学に在籍しているので、帰国後には会って旅の報告をしようということになった。結局、中村は数回</span><span lang="EN-US">２０１</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">号室に泊まりに来て、夜通し語り合うほどの仲になった。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　いよいよ明日は上海である。ところで上海は中国の歴史上で重要な都市だ。とりわけ現代史を考えたときには。なぜなら、そこから民族解放が生じたといっても過言ではないからである。アヘン戦争に敗れ南京条約を締結し、そのため租界なるものが上海に置かれた。租界は、簡単に言ったら英仏人が住み着く、半ば独</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">立国のような地域のことであるが、それは上海から民族解放が始まる芽となった。というのも、英仏人の流入は、彼らと同時に、ヨーロッパの先進的な物や思想</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">の流入も意味したからである。それらのヨーロッパの思想は現地の知識人によって吸収され、具体的には上海で『新青年』が出版されること、また上海で中国共</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">産党が結党されるという形で具現化される。その後は言うまでもない。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　・・・実際、</span><span lang="EN-US">２</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">月</span><span lang="EN-US">６</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">日当時はこんなこと考えてなかったんだけどね。</span><span lang="EN-US"><br><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　二日間の船旅の総括は、いろんな人と出会えたこと、旧正月を味わえたというサプライズもおまけされたことにより・・・</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　フェリー正解！</span></font><br>
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<link>https://ameblo.jp/travel-where-travel/entry-10281879481.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Jun 2009 22:48:09 +0900</pubDate>
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<title>2008年2月5日　第三日目</title>
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<![CDATA[ 　<font size="4">飛行機による海外旅行であれば、飛行機から降りて、空港への連絡通路を渡るときに初めて異国のにおいがツアリストを向かえ、その洗礼をあびせることになる。一方船は、とりわけ僕らが乗ったのは中国船であったので、乗った瞬間に僕らをその独特な匂いでもって迎えた。大阪の港にいながら、ここは既に外国であった。</font><font size="4"><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;"><br>　<br>　いよいよ乗船の日。すなわち出国するというわけで、本格的に旅が幕を開ける。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">どの交通手段を用いて中国に至るかについて、結局は船に決めたが、それと決めるまで相当な時間を割いてヤスと話し合ったものである。僕ら</span><span lang="EN-US">４</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">つの選択肢から一つ選ぶ必要があった。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">①</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">大阪</span><span lang="EN-US">―</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">上海のフェリー</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">②</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">大阪</span><span lang="EN-US">―</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">天津のフェリー</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">③</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">韓国経由</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">④</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">北京まで飛行機</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　天津経由は日程上の都合により、韓国経由は物価が高い理由により、飛行機は味気がないとの理由で却下された。そして結局は上海行きのフェリーに決めたのである。しかし、この選択にはリスクが伴っていた。僕らは</span><span lang="EN-US">１３</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">日の北京発モスクワ行きの鉄道チケットを持っており、その出発日の前日までには北京入りしている必要があった。船は</span><span lang="EN-US">７</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">日に上海に着き、それから</span><span lang="EN-US">１２</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">日までは</span><span lang="EN-US">５</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">日間もあるので心配しすぎと思われるかもしれないけれど、中国に着くのがちょうど中国に</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">おける旧正月であったから話は別なのである。日本でも、正月などの休暇の際には、交通手段はラッシュにより乗客率</span><span lang="EN-US">１００</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">パーセントを超えること常であるが、それが日本の人口の約</span><span lang="EN-US">１２</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">倍いる中国で起きたときどんな事態になるのか。不安に思い中国旅行を専門にする旅行社に問い合わせてみても、中国の旧正月の混雑ぶり、そして移動の困難さを強調され、さらに不安は大きくなり、フェリーでの入国を諦めようかと本気で思った。中国のラッシュを掻い潜って北京行きの</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">チケットを購入すること、そして満員電車に揺られることは避けたいのである。最悪の事態、</span><span lang="EN-US">１３</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">日に北京入りが間に合わなければ僕らの世界旅行が出鼻からくじかれることになってしまう。なので、僕らの最大の関心ごとは、無事に</span><span lang="EN-US">１３</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">日までに北京にたどり着くことが出来るのか、その一点であった。そのような不安</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">要素を抱えつつも、船での旅は魅力的であったから、結局はフェリーでの中国入国を決心した。後になってみれば、杞憂に他ならなかったのだが、まだ中国に足を踏み入れてないこの時期、Ｙはそれほどでもなかったけど、僕はナーバスであった。</span><span lang="EN-US">&nbsp;</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;"><br>　朝</span><span lang="EN-US">６</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時</span><span lang="EN-US">３０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">分に目が覚めた。いつもは寝坊するんだけど、遠足の日って早起きできるじゃん。それと同じ効果が働いたらしい。</span><span lang="EN-US">７</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時には朝食を食べるわけだが、例によってばーちゃんは僕が好きだという理由からウナギを調理してくれた。笑　乗船時刻に間に合うように、ばーちゃん達にお世話になったこと感謝した</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">後、</span><span lang="EN-US">８</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時</span><span lang="EN-US">３０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">分には家を出た。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;"><br>　電車をいくつか乗り継いで、コスモスクエア駅へ。そこからバスに乗り換え、国際フェリーターミナルへと赴いた。そのバスに乗る人はみんな同じ船に乗り込</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">むのであろう、飛行場で見かけるようなスーツケースを携えた旅行者はほとんど皆無で、みんなバックパックを背負っている。そうか、船に乗り込むのは、みんな僕らと似通ってるんだ。バックパッカーが支配的になっていく。ちなみに当時僕は、スーツケースを持った『普通の』旅行者を馬鹿にしていた。なんだか変な優越感に浸っていた。その馬鹿げた考えは帰国後まで続き、今になって思えば幼稚であったことの表れなんだろうと思う。</span><span lang="EN-US">&nbsp;</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;"><br><br>　</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">ターミナルに着くと、所定の手続きを済ませるのだが、これは意外に早く片付き、</span><span lang="EN-US">１０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時</span><span lang="EN-US">３０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">分の乗船までしばし待つだけとなる。とりあえず、フェリーに乗れるということで安心し、あたりを見渡してみた。やはり若者が支配的であり、そして帰郷する中国人も見られる。多数派のアジア人に紛れて白人もいた。外人である彼らがどのようにこの船を知ったのか、僕は興味を覚えた。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;"><br>　トイレにいったりボーっとしたりしていると乗船のアナウンスがなった。この時期船に乗り込む人は少なく、そのため乗船の列も短く、また荷物のチェックは驚くほど簡易なものであったから、あっさりと乗り込めた。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;"><br>　僕らが</span><span lang="EN-US">４９</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時間もの間お世話になった船は『新鑑真号』という。毎週火曜に大阪から上海へと航行している。時期によって変動すると思われるが、僕らが利用したときは片道・学生で</span><span lang="EN-US">１８０００</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">円であった。これを安いという人もいるかもしれないが、ちなみにその時期の飛行機は</span><span lang="EN-US">１４０００</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">円で上海に行けたこと考えると安いとは言えない。旅客定員</span><span lang="EN-US">３４５</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">人であるが、おそらく乗船したのは</span><span lang="EN-US">５０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">人もいなかったと思う。客が自由に動きまわれたのは全部で三階であった。しかし三階には特別室やら貴賓室といった、およそ僕らに縁のない部屋があるだけで、実質的に僕らの行動範囲は一階と二階であった。最下部にあたるフロアにはカラオケコーナーとコインランドリーがあるだけで、そこもほとんど利用していない。僕らはほとんどの時間を二階で過ごした。そのフロアには僕らの寝床となる</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">二等洋室があり、レストラン・売店などがあった。他には、テレビのあるラウンジがあった。僕らはほとんどの時間をそこで潰した。海を見ながらタバコを吸ったり、他のツアリストと旅について語り合いあったのである。そのラウンジには誰かかしら人がいた。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;"><br>　二晩世話になった二等洋室は八人泊まることができる。二段ベッドが</span><span lang="EN-US">４</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">つあり、テレビがある。そのテレビの頭上には小さい窓がこじんまりとついており、そこから海を眺め見ることが出来る。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;"><br>　僕らが部屋に入ったとき、人は誰もいなかったが、既にベッドに荷物が放り込まれた状態であった。どんな人が同室なんだろう。学生時代のクラス替えに似た</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">緊張感があった。僕らはついていた。僕らの部屋は</span><span lang="EN-US">６</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">つのベッドが埋まったのだが、メンバーが良かった。一人は日本人のおじいちゃん。・・・何故におじい</span> <span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">ちゃん？</span><span lang="EN-US">３</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">人の白人も同室だった。どうにかして彼らとの接触を試みたかった。おじいさんは日本人であるから、わりかし話しかけやすかった。例によってラウンジで</span><span lang="EN-US">３</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時間ほど話すことになった。じいさんは細身で、眼鏡が特徴的な、やさしい顔をした人であった。語り口調も柔らかく、年をとって丸くなったとかではなく、本来の性質から穏やかな人物であったと思われる。さっそく聞いてみた。あなたは中国に何をしに行くのですか？驚くべきことにおじいさんは学生であるという。運賃も学生と同じ</span><span lang="EN-US">１８０００</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">円だった、と笑って話していた。蘇州大学へ語学を学びに行っているらしい。話した内容は、彼が中国で体験したこと、そして、若かりしころ感じたこと、既に退職した仕事のこと、実は北海道にも仕事で数年間働いたことがあったこと、などであった。ちなみに中国語も教えてもらったが、あまり役立たなかった。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　一方、外人にはなかなか話しかけづらく、その日の</span><span lang="EN-US">２１</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時ごろだろうか、ようやく話しかけることが出来た。一度話し出すとなかなか止まらなくて、結局</span><span lang="EN-US">２３</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時</span><span lang="EN-US">３０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">分まで話し込んだ。イングランドはマンチェスター出身のカップルである。なぜ日本にいたのかというと、前にイギリスに来ていた日本人に会いに横浜に来ていたらしい。それを皮切りにフェリーで上海へ行き、その後は西安、北京と点々とし、次にカンボジア、ベトナム、タイ、インド、ネパール、ドバイ、マンチェスターへと</span><span lang="EN-US">４</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">ヶ月もの旅をするらしい。これは決定事項ではなくて、おおまかなプランだという。小柄で可愛いエイミーは法学部を出ており、この旅が終わり次第働きだすという。毛が濃いアダムは生物学専攻で、これから院へ進学するという。エイミーが働くまで、アダムの院の授業が始まるまで、二人で旅行するのだという。彼らはイギリス人であるので、クイーンの話で盛り上がろうとしたが、なぜかエイミーはクイーンを知らなかった。彼らは僕らにとって第一外国人であったからテンションが上がり、いつものように饒舌になるべくギアチェンジをしかけたが、英語で饒舌になるのは無理というもので、はやる気持ちと上手く伝えられないもどかしさに居心地の悪さを感じたりした。ところで、まだ話していない外人が一人いたが、彼は近寄りがたい雰囲気をかもし出していた。体格はやけにでかく、それでいて歯を磨くときなどフンフンフンと鼻歌を歌っていたりしていて、怪しいのである。一日目、結局話しかける機会はあったが、話しかけなかった。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;"><br>　このようにして、人との交流はしていたけど、それにしても時間はあり余っていて、実際のところ暇だった。そんなときはベッドに一人こもり、いろんなことを考えていた。とりわけ、じいさんからの言葉、僕の今後の構想などに思いをめぐらした。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;"><br>　船は素晴らしかった。タバコは免税で</span><span lang="EN-US">１７０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">円だし、ビールも安い。窓から外を見やれば、瀬戸内海に浮かぶ小島が点々とあり、その風景は見ていて飽きない。それだけにあらず、この船の醍醐味はなんといってもゆったりとした時間の流れである。二日間、ゆったりした時間にどっぷり漬かっていると何が起きるのかというと、暇になる。一見暇であることは害悪に他ならないものに感じられるが、そうではない。暇になったら何をするのかというと、他の乗客と交流が始ま</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">るのである。様々なバックグラウンドを有する人々が乗り込み、いろんな話をする。そうゆう機会がある。とりわけ船で旅を開始するような人は、アブノーマルなことを考えている人が多い。なんとエキサイティングではないか。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　<br>　そんなことをＹと語りながら晩飯のカレーうどんを食した。関西風味の薄味で物足りない。というより、そもそも僕らの注文したのはカレーうどんではなくてカレーである。最後のカレーになると思って注文したのに。文句を言って取り替えてもらえば良かったのだが、給仕のお姉さんが相武紗季に激似で可愛かったので、文句を言う気力がそぎ落とされ、脱力してしまった。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;"><br>　なにはともあれ</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　フェリー正解！</span></font>
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<link>https://ameblo.jp/travel-where-travel/entry-10281856745.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Jun 2009 22:13:01 +0900</pubDate>
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<title>2008年2月4日　第二日目</title>
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<![CDATA[ <font size="4">　興奮醒めず眠れない。夜行バスで眠れなくなったら何をするのかというと、ひたすらバスの前方についているデジタル時計を凝視するのである。そうこうしていると１２時になる瞬間を目撃した。　さあ、二日目に突入だ。バスは二度の休憩をとって新大阪を目指す。２時に静岡県は牧の原で休憩し、５時には二度目の休憩を滋賀県は湖東・湖南でとる。このときちょっとしたアクシデントが起きた。全員がバスに乗り込む前にバスが出発してしまったのである。添乗員が確認を怠るという初歩的なミスを犯してしまった。置いてきぼりにされたのは４人組の男どものうち３人で、そのうち１人だけがバスに残っていた。他の３人が戻ってくる前にバスが発車してしまった。それに気づいたときの残された彼の動揺ぶりは忘れない。バスが発車。携帯画面に夢中。・・・発車？しばらく周囲をきょろきょろしていたが、<span lang="EN-US">３０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">秒ほどたって事態を把握したのだろう、バスを止めてもらうためダッシュした。運転手さん、謝ってはいたけど顔は笑っていた。絶対反省してない笑。エピソード的に、他の</span><span lang="EN-US">３</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">人が滋賀に取り残されたら楽しかったのに、なんて罰当たりなことを考えた。そんな珍事件が起きたものの無事</span><span lang="EN-US">7</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時に新大阪に到着。そして</span><span lang="EN-US">８</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時</span><span lang="EN-US">３０</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">分にじいちゃんの家に着いた。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　着くやいなや朝食を振舞ってくれた。ごはん・みそしるが美味い！当分の間和食を口にすることないと思うと余計に美味しく感じた。ばーちゃんは朝食をもてなしてくれたが、一方のじいちゃんはというと、僕ら疲れ気味だったけどそんなの知ったこっちゃない、延々と持論を展開するのである。永遠に続くのではないかと恐れたほど。数多くの話の中から『じいさんからのヒント』としてメモ書きが残っていた。旅行とは関係ないのだが、『構想力をもて。今後どうしていくのか。変えたくなったら変えればいい。構想なくして軌道修正はないぞ』と。このセンテンスはこれからの旅路の中で事あるごとに反芻することになる。じーちゃんは他にも、グレートギャツビーの冒頭の一節を思わせるような内容の話もして僕を驚かせた。『断定的に割り切ってしまわぬということは、無限の希望を生むことになる』に近いことを言った。同感だよ。</span><span lang="EN-US"><br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　朝食の時間に到着したから時間はたっぷりある。僕らは旅行の準備が万全ではなかったから買出しに出かけた。中国・フランス・イタリア語の指差し会話帳や、ビタミン剤、ウェットティッシュなど様々なものを購入した。</span><span lang="EN-US">(</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">ちなみに、ばあちゃんが支払ってくれた</span><span lang="EN-US">)<br></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">　ショッピングから戻ると、</span><span lang="EN-US">１７</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;;">時ごろに鮨が届いた。特上の鮨に舌鼓をうち、腹いっぱいの胸いっぱい。そんなわけで有頂天。出国前夜祭を飾るに相応しい。ただ問題もあって、ばーちゃんはビールにアルコールが含まれていることを知らないのだろう、何本でもビール瓶を冷蔵庫から取り出し僕らに飲ませようとする。あれには参った。ばーちゃんの熱烈なビール攻撃をかわすのは至難の業だったけど、明日は早起きしないといけない旨力説すると納得したようだった。寝る前、ばーちゃんに僕らのルートを地図上で披露した。それは自分にとっての確認作業にもなり、はやく眠りそして次の日にならないかと気をはやりたてた。</span></font><br>
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<link>https://ameblo.jp/travel-where-travel/entry-10281846152.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Jun 2009 21:59:56 +0900</pubDate>
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<title>2008年2月3日　第一日目</title>
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<![CDATA[ 　<font size="4">旅立ちは雪だった。行きかう通行人は皆思い思いの格好で寒さをしのいでいる。心なしか皆足早な気がする。雪は、常に雪の状態ではなくて、霙に近いときもあった。<br>　この先何が待っているのだろうか？<br>　そんなことばかり考えていた。<br>　はやく出発したくて仕方なかった。<br>　どうして旅するのか？<br>　こんなことも考えていた。人類誕生以来、遺伝子に刻みこまれた欲求なのではないか、などと考えていた。<br>　とにかく現実を見てやろう、と意気込んだ。<br><br>　201号室に別れを告げて駅に向かう。(ちなみにカメは前日、新橋の事務所に預けており、きちんと別れを済ませてある)途上、トモズでシャンプーを買うことも忘れずに。バックパックを背負って街を歩くのは、どこか誇らしげだった。僕はこれから世界一周するのだぞ、すれ違う一人一人に説明したかった。雪が融けて道はぐちゃぐちゃだったけど、僕には関係ない。2万円もする登山用の靴を履いていたからだ。予定ではロシアを通過することになっており、そのためだけに買った。極寒のロシアに耐えうる靴だぞ、これっぽっちの雪ではひるまない。そんな風にして世界旅行者を気取って歩くのは気分いいものだった。でも、いっぱいに詰まった35リットルのバックパックを背負うのは一苦労。目黒線に乗り込むと、すぐさま荷を降ろした。これを50日間も背負うのか、先が思いやられた。必要最低限の物しかつめなきゃ良いのに、あれもこれも精神に敗れ去り、なぜか微積分の本までつめていた。シベリア鉄道は暇だろう、と思ったから入れておいた。<br><br>　パンツを5枚、靴下を5足、セーター一つ、タオル一枚、常備薬、シャンプー、洗顔料、はぶらし、グレートギャツビー、ノルウェイの森、歩き方のロシア版、ホステルガイド、クレジット、携帯、財布、メモ帳、ファイル、などなど<br><br>　ホステル用にシーツが必要だったり、まだ全ては揃えていなかったけど、大阪で調達するつもりだった。<br>　Ｙとの待ち合わせ場所の新宿に到着した。この街はいつも祭りがあるみたいに賑わっている。僕がバックパックを背負っていることに目を留めるような人はいない。ここには風変わりな連中が多くいるから、バックパック背負っている奴など珍しくないんだ。少し腹立たしい。16時45分にＹと会い、両替をした。ドル・ユーロ・ポンド・元。財布の中が色とりどりの外貨であふれ、気分は高ぶる。<br>　23時発の夜行バスまでは、まだまだ時間がある。西武新宿のマックで時間を潰すことにした。しばらく興奮気味にＹと話していたら、Ｙの彼女が来た。何を話して良いかわからず、タバコに逃げた。僕は空気を読める男だから、最後の瞬間くらい恋人同士でいさせてあげるよ、紀伊国屋にでも行って旅行の情報仕入れてくるわ、そう言って立ち去る。笑えるほど虚しかったね。てなわけで意気消沈していたから、よりいっそう荷物は重たく感じた。どこか座りたかったからケンタッキーへ。しばらくしたら、携帯に着信。親戚のおじさんからだった。<br>　『明日、東京行くんだけど、暇かい？』<br>・・・おじさん、僕は今から旅行だよ　<br>『え、明後日からじゃなかった？ま、いっか』<br>　しばらく、旅行の心得を教わっていた。<br>23時の出発。今は大学の春休み。車内には学生が大勢乗っていた。わりと後方に座った。夜だから当たり前だけど、車内は薄暗くって、異様な雰囲気だった。バスが動き出すと、外の電灯の光が、カーテンの合間から車内に差し込む。僕とＹは興奮していた。</font>
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<link>https://ameblo.jp/travel-where-travel/entry-10271847329.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Jun 2009 01:36:08 +0900</pubDate>
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