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<title>ツバメ1969のショートストーリー</title>
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<title>修二会</title>
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<![CDATA[ <br><br><br>父が古希を迎える。<br><br>頑固で昔堅気の父と些細なことで喧嘩をして、会わなくなってから三年が経つ。<br><br>「いい加減に仲直りしたら？父さん頑固だから自分から絶対頭下げないわよ」<br>昨日の晩に妙子から電話があった。<br>「義姉さんはもう気にしてないんでしょ？兄貴が意地張ってるだけのことやんか」<br><br><br>三年前、息子が中学生になって手が離れたので女房の真澄はパートタイムで働くようになった。家計が格別苦しかった訳ではないが、真澄自身が時間を持て余して悠々としていられる性格ではなかったというだけのことであった。<br>パートタイムで初めて出た給料で、真澄は以前から欲しがっていたパパラチアのネックレスを買った。真澄が初めて自分で買ったアクセサリーだった。安物だがパートタイムの給料では足りないので、私も少し出した。<br>一人暮らしの父の家にはひと月に一度くらいは訪ねていたのだが真澄は嫌がりもせず、寡黙な父の面倒をかいがいしくよくみてくれていた。<br>パパラチアのネックレスを買って最初に父を訪ねた時、嬉しそうに話す真澄に父がこう言った。<br>「初めての給料の時は、形だけでもいいから親に何か持ってくるもんや。自分のもんを真っ先に買って自慢するのは礼がなってないな」<br>真澄は一瞬で凍り付き、表に飛び出してしまった。真澄より激高してしまったのは私の方だった。<br>「真澄が自分で稼いだ金で何を買おうと勝手やろ！初めて自分の好きなもの買ったんや！なんでそんなひどいこと言うねん！だいいち今までどんだけ真澄に世話なってきてんねん！」<br>「真澄さんには感謝しとる。ただ、礼儀のことを言うただけや」<br>「感謝の言葉もろくに言わん癖に、どっちが礼儀知らずや！」<br>怒鳴り散らして、私は真澄を追って表へ出た。<br>真澄は車の中で泣いていた。<br>そのまま自宅に帰って、それ以来父には連絡すら取っていない。<br>そして真澄のパパラチアのネックレスは箪笥の奥にしまわれたままになってしまった。<br><br><br><br><br>「もう父さんも七十やし。今度の日曜日に私、父さんのところに行くから、兄貴もおいでよ。私居てた方がいいでしょ？」<br>妙子が電話の向こうでそう言った。<br><br><br>はじめは父の話をしたがらなかった真澄も、この頃は疎遠になってしまっていることが気になりだしているようだった。しかし、私の中ではどうしても許せなかった。父には悪気はなかったのかもしれない。けれど言葉で傷ついた心は、謝罪の言葉でしか癒されない。父から真澄に一言「すまんかった」という言葉がほしいだけであった。結局、私も父譲りの頑固者なのだ。<br><br><br>妙子の電話を切った後、私は珍しくブランデーを飲んだ。以前誰かからもらった贈答品だ。<br>真澄は息子を塾に迎えにいっていない。<br>ブランデーグラスが見つからず、代わりにスコッチグラスにブランデーを注いで飲んだ。<br>やけに寒いと思って窓を見ると、レースのカーテン越しに雪が散らついているのが見えた。<br>「雪か」<br>私は呟いて、父のことを思った。<br>私は雪の中で父の背中を追い掛けた子供の頃の記憶を蘇らせていた。<br><br><br><br><br>その日、父はいつもより早く仕事から帰った。<br>帰ってくるなり父は私と妹の妙子に、<br>「出掛けるで。お前らも早く支度せぇよ」<br>と言った。<br>母と離婚し父と私と妹の三人暮らしになってから、父と三人で出掛けるのは初めてのことだった。<br>私と妙子は、どこへ行くのかわからなかったけれど、嬉しくてはしゃいだ。<br>「帽子も手袋もしていけ。今日は寒いぞ。雪が降っとる」<br>父はそう言って自分は仕事から帰ったままの姿で表に出た。<br>台所と六畳ふた間の古いアパートを出ると、父が言うように、帳を下ろした夜空からちらちらと綿のような雪が降っていた。<br>鉄の階段を下りるとカンカンカンと靴が響いた。<br>父は、<br>「ほな行くで」<br>とだけ言って先に歩き出した。<br><br>市バスに乗って県庁前で降りた。<br>そこから東大寺の方に向かって歩いた。<br>道々、私たちと同じように東に向かう家族や観光客と一緒になった。私は祭りがあるのだと思った。妹が手を握ってきたので、しっかり手を繋いで父とはぐれないように父の背中を見据え足早に歩いた。<br>父は時々確かめるように振り返ってくれたが、相変わらず何も言わなかった。<br>やがて南大門をくぐり、大仏殿にたどり着いた。<br>ライトアップされた南大門や大仏殿は昼間見るよりよほど巨大に見えた。<br>鏡池に写り込んだ回廊の白壁に音もなく雪が舞い降りて吸い込まれた。<br>もうその頃には人の流れができていて、楠や馬酔木の杜の中の階段を登っていた。<br>「どこに行くの？」<br>「お水取りや」<br>妹の問いにずっと沈黙していた父が、やっと答えた。<br>暗がりの中で鹿が思い思いにうずくまり、好奇心のある鹿は首をもたげて人の波をじっと見ていた。<br><br>山道のような階段を上りきると、そこにはもう人垣ができていた。大人達の影の間から、さらに高みに舞台のようなお堂が見え、軒下の提灯に照らされ宙に浮かんでいた。<br>人々のざわめきの上に白い息がゆらゆらと揺れていた。<br>しばらく人垣に混じって待っていると、歓声が上がり、左端の階段の回廊を大きな火の玉が駆け上がっていくのが見えた。<br>父は片手で妹を抱き上げ、もう一方の手を私の肩に置いた。<br>火の玉は巨大な松明だった。竹の先で燃える松明を、作務衣を襷でたくし上げたお坊さんが両手で抱えて走り昇っているのだった。<br>ひとつ、ふたつ、みっつ……。次々と松明は舞台まで駆け上ぼり、舞台の端から端までを激しく振り回されながら何往復もした。<br>雪の中、舞い上がる火の粉が人々の上に降る。<br><br><br>ふいに父が妹を降ろし、そのままひざまずいて私と妹を両手で抱きしめた。<br>突然のことに私と妹はされるがままに抱かれていると、父が<br>「すまんなぁ。お前らに淋しい思いさせてるかもしれん。すまんなぁ」<br>と絞り出すような声で言った。<br>私は父が泣いているのかと思い、父の顔を覗き見ようとしたが、父の抱きしめている力は強く、顔をよじることもできなかった。<br><br><br>やがて十本ほどの松明は順番に煤を払い落とした後、お堂の奥に去った。<br>人々がそぞろ帰りはじめ、父も力を抜いて立ち上がった。<br>父の顔を見上げたが、夜闇でよく見えなかった。<br><br><br>父が母と別れたのは父のせいではない。母が恋人を作って父と私と妹を棄てたのだ。子供でもそのくらいのことは理解していた。母は最後に家を出ていく時、私と妹に泣いて詫びていたが、私と妹は泣かなかった。父が子供ながらにとても不憫に思ったのを覚えている。<br><br><br><br><br>私はブランデーを飲みながら、すっかり忘れていた三十年も前のそんな出来事を思い出していた。<br>考えてみれば、父が「すまん」と言ったのは、後にも先にもその時だけかもしれない。もともと寡黙で不器用な父である。真澄への仕打ちも単に謝り方を知らないだけなのかもしれない。許すことはできないが、なぜだか私は自分がとても小さな人間に思えてきた。<br><br><br>「そういえば『古希』っていう酒がどこかで売ってたな」<br>私はグラスに向かって独り言を呟いた。<br><br><br><br><br>窓の外はまだ白い雪。<br>真澄と息子が帰ってくる車の音が聞こえた。<br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tsubame1969/entry-11481773724.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Mar 2013 13:41:13 +0900</pubDate>
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<title>向日葵の咲く頃</title>
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<![CDATA[ <br><br><br>小さな庭に母が向日葵の種を蒔いた。<br>いつも太陽に向かって大きく咲く向日葵を母は好きだった。<br>「いいことばかりじゃないけど、明るく生きてりゃなんとかなるものよ」<br>それが母の口癖だった。<br><br><br>母の病が僕ら一家の時間を止めたのは、梅雨明け間近の暑い日のことだった。<br>向日葵はまだ小さな蕾のままだった。<br><br><br>「お母さんは癌や。末期らしい。けど乳癌やから乳を取ってしまえば、うまくいけば治るかもしれん」<br>厳格な父はいつもにも増して険しい顔で僕と弟にその事実を告げた。<br>「明日入院して来週手術や。お前ら、自分の身の回りのことは自分でしてくれよ」<br>父は言葉少なにそう言って、それきり黙って酒を飲んでいた。<br>その時母は風呂に入っていて、長い間出て来なかった。<br><br><br><br><br>僕は県立高校の一年生で野球部にいた。夏の地区予選を目前にして、練習は上級生中心になり、僕ら一年生はほとんど練習の補助役を務めた。<br>この頃には先輩たちとも打ち解けはじめ、よく叱られもしたが、練習が終わった後にはグラブの上手な手入れの仕方や、スイングのアドバイスや、スパイクを製造元で安く手に入れる方法を教えてもらったりした。<br>日は長く、毎日が夏の大会に向けた野球一色の日々だった。<br><br><br>父から母の病のことを告げられた次の日の朝、僕はいつもより早く起きた。自分の弁当を作ろうと思ったのだ。中学生の弟はいつもと変わらず寝たままだった。<br><br>台所に降りるとすでに母がいて、僕の弁当のご飯を詰めているところだった。<br>「今日は早いやん」<br>母は明るく言って、いつもと変わらないように見えた。<br>「今日から弁当は自分で作るわ」<br>「そんなん言うて、ちゃんと作れんの？」<br>「簡単や」<br>「へぇ。いっつも弁当のおかずに文句言うてたから、どんなん作るんか楽しみやわぁ」<br>母はそう言って楽しそうに笑った。<br>母がいつもと同じように明るいので、僕は救われた思いがした。<br><br>僕はめざしを何匹か焼いて弁当箱に詰めたご飯の上に乗せ、さらに鰹節をまぶした。ウインナーと梅干しを端っこに詰めて蓋を閉じた。<br>母は笑って、<br>「朝練用は？」<br>と言った。<br>早朝練習のあと、小さな弁当かおにぎりを食べるのが習慣になっていた。<br>「もうそんなんいらん」<br>「あらあら」<br>電車の時間に追われるように慌ただしく、練習着をバッグに詰めようとした時、きれいに畳まれたユニホームやアンダーシャツやソックスを見て、なぜだか不意に涙が出そうになった。<br><br>「いってきます！」<br>ごまかすように玄関を出ようとすると、<br>「ちょっと待ち！これ持っていき！」<br>と母がおにぎりをふたつ渡してくれた。<br>「あ、ありがとう」<br>母にありがとうと言ったのは、随分と久しぶりのような気がした。<br>「お母さん、ちょっと留守にするけど、家のこと、お父さんのこと、頼むわな」<br>「わかってる」<br>「それから、向日葵に水やっといてほしいな」<br>「わかった」<br>「ゆうちゃんのことも頼むで」<br>母は弟の名も言った。<br>「わかってるって。もう行くで！」<br>玄関を出て、何かに心が引っ掛かって、足を止め振り返ると母が見送ってくれていた。<br>「はよ、元気になってや！」<br>僕はそう叫んで、照れ臭いのと時間がないのとで、全速力で駅に向かって駆けた。<br><br><br><br><br>母の手術は一応は成功した。しかし、末期だったため、リンパ節からどこかに転移する可能性も高いという。しばらくはそのための検査があり、母の入院は長引いていた。<br><br>野球部は一回戦が五日後に迫っていた。<br>去年は県立高校ながら初の決勝進出を果たしていた。その時のレギュラーが今年は三年生として五人もいる。周りも、そして自分達も、もしかしたらという期待を持っていた。<br><br><br>僕のこの頃の楽しみは、帰りの電車で沙織と一緒になることだった。<br>沙織とは中学三年生の時同じクラスだった。<br>僕より遠い学校に通っている沙織は、学校が終わるとファーストフードのアルバイトに行っているらしい。ちょうど帰りの電車が僕の部活帰りと重なるのを知ったのは、ここひと月のことだった。<br>はじめはたどたどしく会話していたのが、ようやく慣れ親しく話せるようになっていた。<br>野球部の練習が終わるのはまちまちだったが、電車を合わせられそうな日は、一本や二本遅らせても沙織と同じ電車に乗った。<br>「アルバイトして何か買うの？」<br>僕は一度沙織に聞いたことがあった。<br>「別にないけど、ウチは母さんしかいないから、小遣いは自分で稼ぐしかないの。母さんはアルバイトのこと、あまりよく思ってないみたいだけど」<br>「そしたら、僕の小遣いよりずっと多いやん」<br>「ふふふ、そうかも。でも一応大学行きたいから参考書とか、結構かかるんよ」<br>「え、今から受験勉強？」<br>「アハハ。嘘。相変わらず引っ掛かりやすいね。でも、いつか海外旅行したいから今から貯めてるの」<br>「海外旅行？どこに？」<br>「まだ決めてないよ。いろんなこと知って、行きたいところが出てきたらっていう感じ。だけど何か欲しいものがあったら買っちゃうかも」<br>沙織は中学の時よりずっと饒舌になって愉しそうだった。<br>僕はそんな沙織とつかの間話することにときめいていた。けれど、僕は沙織に母が病気で入院していることを話せずにいた。なんとなく重たい話になりそうで話すきっかけを作れずにいた。<br><br><br>その日もいつもの電車に沙織がいた。<br>僕が電車に乗ると、沙織は恥ずかしそうに笑った。目が真っ赤で、なんだか泣いた後のようだった。<br>「どうしたの？」<br>「なんでもないよ」<br>と舌を出してはにかんだあと、沙織は俯いてその日は言葉少なだった。<br>僕は何も聞き出せず、沙織の降車駅が近づいた。<br>突然沙織が、<br>「ねぇ、今からお祭り行かない？」<br>「お祭り？」<br>僕は驚いて聞き返した。<br>「隣町の。今日夏祭りやってるはずよ。今から行けば、最後の花火、間に合うかも」<br>「でも、どうやって？」<br>「私、自転車だから二人乗りで。20分くらいで着くんじゃない？」<br>「え、それは僕が漕ぐんだろ？」<br>「当たり前よ。頼んだわよ」<br>言ってる間に電車が沙織の降車駅に停まり、沙織に押されて僕はホームに降りた。<br>「早く早く！」<br>と急かす沙織に圧倒されながら、僕は頭の隅に父と弟の顔を思い浮かべた。父は今日も仕事で遅いだろう。<br>「ちょっと待って」<br>僕は改札出たところの電話ボックスで家の弟に電話をした。<br>「遅くなるから」<br>「ええ！飯は？」<br>「飯ぐらい自分で炊け！炊けなかったらインスタントラーメンがあるやろ！」<br>そう言って乱暴に電話を切ると、駐輪場から自転車を押してくる沙織が見えた。<br>二人分の鞄とバッグをカゴに山積んで、僕がハンドルを受け取ると、沙織は後ろの小さな荷台にちょこんと横乗りに載って、両手を僕の腰に廻した。<br>「いくで、しっかり捕まっときや！」<br>と言ってペダルを踏んだ。<br>幼い頃から遊び慣れた村だから、隣町までの道のりは頭の中に焼き付いていたが、腰に巻き付いた沙織の腕がこそばゆいのと、異性の肌の温もりにどきどきして、僕は何度もハンドルを切り損ねそうになった。<br><br><br>いくつかの信号を跨いで集落を抜けると、町と町を繋ぐ畑の中の一本道に出た。<br>沙織はぎゅっと抱き着いたまま、いつしか僕の背中に顔を埋めていた。彼女の体温の外にかすかに生温かいものを感じていた。そっと泣いているのがわかった。<br>彼女の涙の訳も気にはなったが、僕はこのままずっと自転車を漕いでいたい衝動にかられた。<br><br><br>やがて、遠くでくぐもった、<br><br>ドン！<br>ドｫン！<br>パラパラ<br><br>という音が聞こえ、花火が夜空に咲いた。<br><br><br>祭りの町はまだ先だ。<br><br><br>僕は小さな川の橋のたもとで自転車を停めた。<br>沙織が顔を上げ、夜空を見つめたのがわかった。<br><br><br>ドドン！<br><br>ヒュー<br>ドン！<br>ドン！<br><br><br>すすきのような花火。<br>緑や赤のポンポン玉のような花火。<br><br><br>僕と沙織は自転車に乗ったまま、しばらくそのままで花火を眺めた。沙織の腕は僕に巻き付いたままだった。<br><br><br>花火と花火の間の静寂を、蛙や虫の音が埋めていく。<br><br><br>「きれい」<br>つぶやくように沙織は言った。<br><br>それから僕らは自転車を降りて、橋の脇にポツンと忘れ去られたような小さな街灯から少し離れた暗がりのガードレールに腰掛けた。<br><br><br>僕は花火を見ながら、母の病のことを思った。<br>突然に訪れた病を憎く思った。<br>なぜ病は母を選んだのだろう？<br>どうして母は病を受け入れてしまったのだろう？<br>不思議と先程までどきどきしていた沙織のことは思いによぎらなかった。<br><br><br>ドォォン！<br><br><br>ひときわ大きな音とともに、巨大な柳のように糸を引く花火が夜空に上がり、しばらくパチパチ弾けながら浮かんでいた。<br>その大きな花火は僕には母の植えた向日葵に見えた。<br><br>その最後の巨大な花火が幻のように透けて消えてしまうと、闇と静寂が訪れた。蛙も虫も、アリスの竪穴に吸い込まれたようにいなくなり、静けさの中に僕と沙織はいた。<br><br><br>「何かお願い事した？」<br>「ん？いや、まあ」<br>「もうすぐ試合やね。頑張ってね」<br>「俺は一年生やから、試合にはまだ出られへん」<br>不意に沙織が僕の手をとり、口もとまで寄せると、手の甲にキスをした。<br>「なんか変な匂い」<br>「汗とグローブの臭いや」<br>「ごめんね、キスはまだ勇気がないの」<br>僕はすべての筋肉が硬直し、固まったまま沙織を見つめた。<br><br><br>その後、僕はどうやって二人それぞれの家まで帰ったか覚えていない。<br>ただ、沙織との別れ際、彼女が、<br>「さようなら」<br>と言ったことだけは覚えている。<br><br><br><br><br>母が退院して家に戻ってきた。経過はひとまず良好だったが、乳房をなくした母は少し老けた気がした。今後、転移するかどうかは50％の確率だという。五年たっても再発がなければ大丈夫だろうが、転移してしまっていれば五年のうちに再発する可能性が高いらしい。<br>病の確率ほど残酷なものはない。その間、母はどう生きるのか、母とどう生きるのか、だった。<br>ただ、母が帰ってきた時、庭の向日葵が大きく咲いていて母を喜ばせた。<br><br><br>地区予選は、二回戦でその年の優勝校にサヨナラで敗退した。<br><br><br>沙織とはあの一緒に花火を見た日以来会っていない。<br>あのいつもの電車に沙織は現れなかった。<br>何本か前の電車も、後の電車も沙織は乗っていなかった。<br><br>母親の再婚で沙織が広島に引越したことを知ったのは、向日葵が枯れた夏の終わりのことだった。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Wed, 27 Feb 2013 16:19:43 +0900</pubDate>
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<title>Restaurant 『Banyan tree』</title>
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<![CDATA[ <br><br>「スペードのエースが最強の訳、知ってる？」<br>トトロがカウンターに肘をつきながら、そう言ってパチンと指を鳴らした。<br>トトロが語りかけた先のテーブルには、ランチを終えた若い日本人女性客が二人。突然話しかけられて、困ったように苦笑いしている。<br><br>「日本人でしょ？マウイ島の人気出て来たと言っても、この辺りにはまだ日本人の観光客ってなかなか来なくてねぇ」<br><br><br>ラハイナから南に下った海岸線に小さなレストラン『バニヤン・ツリー』はある。<br>店の名の通り、海岸線に沿ってバニヤン樹が茂っており、海からの穏やかな風に葉を揺らしていた。<br>店前の道路の向こう側には、パイナップル畑が丘を越えて広大に続いている。遠くの畑の真ん中に小さな教会が見える。<br>茶色い山肌の山々はたいてい雲がかかっていて、時折虹が見えた。<br><br><br>「これからどこ行くの？サトウキビ列車？」<br>トトロがテーブルに近づきながら陽気に語りかける。<br>「私達、レンタカー借りてて、これからイアオ渓谷まで行こうと思って…」<br>一人が恐る恐る答えた。<br>「イアオ渓谷！あそこは午後から雲が多いよ！ホントは午前がお勧めなんだけどなぁ。なんなら案内し…」<br>「コラ！トトロ！ナニシテンノサ！」<br>厨房の奥からマリアの声が飛んできて、トトロは首をすくめた。<br>「見っかっちゃった！ごめん。気をつけて行ってらっしゃいね」<br>トトロは慌ててカウンターに化石のように残されていた空き皿を重ねて片付け始めた。<br><br><br>トトロがマウイ島を訪ねるようになって４年になる。毎年３月にこのマリアの店『バニヤン・ツリー』に転がり込んで10日ほどを過ごした。マリアはもう60に近かったが一人でこの店を切り盛りしていた。店を宿代わりにする変わりにランチタイムから夕方まではトトロは店の手伝いをした。英語はからきし話せないのに、陽気で物怖じしない性格のおかげで近所でもトトロは人気者になっていた。<br><br><br><br><br>陽射しを弾いてキラキラと光りながら、短いスコールが通り過ぎた。<br>太陽はもう随分と傾いていた。<br>トトロが店の買い出しから戻ると、店の前に見覚えのある赤いファミリアが停まっていた。<br>カウベルを鳴らしてドアを開けると、昼間にランチに来たあの女性客二人がマリアとテーブルに座って談笑していた。<br><br>「あれあれ？どうしたの？イアオ渓谷には行かなかったの？」<br>トトロは紙袋を抱かえたまま、驚いて尋ねた。<br>「行ったんですけど、やっぱり雲と雨で何にも見えなくて、早々に引き上げて来たんです、トトロさん」<br>「ハワイと言ってもやっぱり日本語が聞けるお店って安心しちゃうからまた寄りました、魚路さん」<br>マリアと何か話し込んでいたせいか、二人は昼間よりもずっと親近感のある声で言った。<br>「わぁ！なんで本名知ってるの？あ、マリア、バラしたな！」<br>「ウルサイヨ！ソレヨリソノ買イ物、チャントシマイナサイ。缶詰ハ冷蔵庫ニ入レナイデキャビネットニ置イテ」<br>「わかってるよ。だけどなんでマリアが一緒にテーブルに座ってるのさ」<br>「ティータイムダカライイノ」<br>「ティータイムって…。もう夕方だよ？」<br>「ポテトノ皮剥キモシタイカイ？」<br>「ちぇっ！すぐ来るから待っててね」<br>トトロは慌ただしく厨房に入っていった。<br><br><br>「トトロさんって面白そうな人ですね」<br>「自分ノ名前ガダサイッテ、自分デトトロナンテ言ッテルシ。ナンパ癖ダケハ治ラナイヨ」<br>「マリアさんって日本語お上手ですね」<br>「10年クライ日本ニ居タカラネ。アノ子ハ私ノベストフレンドナノヨ」<br><br><br>マリアが日本のレストランでウエイトレスをしていた頃、常連客のフィシングサークルの中にたった一人学生のトトロがいた。トトロはサークルの大人たちやマリアをいつも冗談を言って笑わせていた。レストランのオーナーの支援もあって、マリアが長年の夢だったマウイに店を出すと決まった時も、トトロは自分のことのようにはしゃいで喜んだ。<br><br><br>「それで毎年お手伝いしてるんですね、トトロさん」<br>「ンー、ソレモアルケド、トトロハネ、イツモ夕方ニナルト海辺デ一人海ヲ見テルノヨ。ナゼダト思ウ？」<br>「さぁ？」<br>「釣リ仲間ガ死ンダノ、コノ海デ。カジキマグロヲ釣ロウトシテ海ニ投ゲ出サレテ、スクリューニ巻キ込マレタノ。アノ子、ソレ以来毎年ココニ来テ弔ッテルノ。今モ海ニイタンジャナイ？仲間思イノイイ子ヨ、トトロ」<br><br>マリアの飲んでいたレモネードのグラスの氷が溶けて、カラリと音をたてた。<br><br><br>「やあ、お待たせ！ね、何話してたの？あ、そうだ、明日どこ行く予定？よかったら案内するよ？マリア、明日オレ、オフにしてね！」<br>トトロは戻ってくるなり賑やかにまくし立てた。<br><br>「モウ！ホントニコノ子ハ！」<br>マリアは苦笑いした。<br><br>「明日はもうホノルルに戻って、夜の飛行機で日本に帰るんです」<br>「残念ダッタネ！トトロ！」<br>マリアがアハハと笑った。<br>「マリアさん、楽しいお話ありがとう。もうレンタカー返しに行かなきゃ」<br>「え～～、もう行っちゃうの？ズルいよ、マリアばっかり」<br>彼女たちは飲みかけのココナッツジュースを飲み干して笑った。<br><br><br>見送りに外に出ると、教会の鐘が遠くに聞こえた。<br>「オレ、明日カフルイの空港まで見送りに行こうかな」<br>トトロが未練たらしく言うと、<br>「今度もし会えたら、スペードのエースが一番強い訳、教えてね！」<br>と彼女たちの一人が言った。<br><br><br>「アロハ！マハロ！」<br>去り際にそう言って彼女たちの車はロードウェイを遠ざかっていった。<br>トトロとマリアはその赤いテールランプが見えなくなるまでデッキで佇んでいた。<br><br>穏やかな風が吹いて、少しの間静寂を落としていった。<br>「さて」<br>トトロがマリアを振り返って涼しい顔で言った。<br>「マリア、スペードのエースが一番強い訳、教えて」<br>「知ラナカッタノカイ！！！」<br><br><br>ロード沿いに咲いたハイビスカスが笑うように風に揺れていた。<br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tsubame1969/entry-11470938151.html</link>
<pubDate>Fri, 15 Feb 2013 07:19:54 +0900</pubDate>
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<title>花笑み</title>
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<![CDATA[ <br><br>蝉の声が一層暑さに拍車をかける。<br>８月の雲ひとつない青い空。<br><br>深泥ヶ池から上賀茂神社まで続く古い街道を僕らは歩いていた。<br><br>彼女は白いフリルのついた日傘を斜めにさして、そこだけ涼しい風でも吹いているかのように、やわらかな笑みを浮かべながらゆっくりと歩いていた。<br>僕は彼女の半歩先を目をすがめて、道々の民家の静けさに涼を求めながら歩いた。<br>軒先に並べられた色とりどりの夏花の鉢植え。<br>アスファルトに水打ちの跡が残っている。<br>塀越しに背伸びしている百日紅の真っ赤な花が目に眩しい。<br><br><br>１年ぶりの再会だった。<br>僕は東京で音楽活動を細々と続けていた。<br>彼女は自分の里へ帰って、夢の通りに学校の先生になった。<br>年に１度か２度、僕らはこうして会っていた。去年は鎌倉だった。<br><br><br>彼女は学生時代の幼い化粧から、ずっと落ち着いた大人びた化粧に変わり、年々綺麗になっていった。<br>僕は彼女のことが焦がれるほど好きだったが、東京で咲く見込みもない幻のような夢に縋って生きている僕には、彼女に寄り添っていく勇気も資格もなかった。<br>ただ、忘れた頃にかかってくる彼女からの電話に、戸惑いながらも恋の火種がくすぶるのだった。<br><br><br><br><br><br>「花って咲いてるだけで和むじゃないですか」<br><br>髪の毛が薄くなりかけた店の主人が言った。<br><br>「でもね、それだけじゃなくその花が微笑んでたら、もっと優しい気持ちになると思うんです」<br><br><br>その店は、街道が上賀茂神社にたどり着く少し手前にあった。<br>照り返る夏の陽射しから逃げるように、ぽつんと開いた暗い間口に僕らは入り込んだのだった。<br><br>狭い店内にはたくさんのモビール細工や竹細工が飾られていた。<br>おそらくわざと消された電灯のおかげで、暗い店内は涼しく感じられた。入って来た入り口だけが四角く切り取られて白くまばゆいていた。<br>蝉の声は遠ざかり、風で微かに空気が揺らぐ時だけ、カラカラ、キラキラといくつものモビール細工が涼しげな音を奏でた。<br>店の奥で店の主人が竹細工を作っていた。<br><br>「涼しいね」<br>と彼女が言った。<br>「こんな店あったっけ？僕ら学生の時はなかったと思うんだけど」<br>僕は頼りない記憶を探りながら呟いた。<br><br>店の主人が人懐っこい笑顔で僕のつぶやきに応えた。<br><br>「半年前なんですよ。店を始めたの」<br><br>「そうなんや。素敵なお店」<br>と彼女が言った。<br>「ありがとうございます。『花笑み』ってご存知ですか？」<br>主人はそう言って語り出したのだった。<br><br><br>「花って咲いてるだけで和むじゃないですか。でもね、それだけじゃなくその花が微笑んでたら、もっと優しい気持ちになると思うんです。私はね、私が作るささやかな細工ものを手に取ってくれたお客様が、そんな風に微笑んでもらえたらなぁっていう願いを込めて店の名前も『花笑み』ってしたんです」<br><br>主人はそう言って古くて小さなレジスターの前に束ねてあった和紙作りの栞を僕らに一枚ずつ渡してくれた。<br>その栞には手筆で、『花笑み』という文字と可愛い花の絵が描かれていた。<br><br>主人は話を続けた。<br>「私は東京で小さなおもちゃメーカーにいたんですが、脱サラしたんですよ。なんだか数字や時間に追われるのに疲れちゃってね。私はもっと身近で温かい人の笑顔が見たいのに、って。幸いコレも賛成してくれましてね」<br>主人が振り返った先には、今まで気づかなかったが、奥さんと見られる小柄な女性が背中を丸めてビーズで飾りを作っていた。<br>主人の奥さんを振り返った時の優しい目が印象的だった。<br><br><br>それから僕らはもう一度店内を一周した。<br>彼女は加茂茄子が笑っている飾り物を買った。<br><br><br>彼女が飾り物を包んでもらっている時、彼女の指が僕の手に触れた。<br>彼女は優しい微笑みで主人と奥さんを見ていた。<br><br>「本当に素敵なお店ですよ」<br>彼女は片手で包みを受け取りながらそう言った。<br>僕は初めて彼女の手を握っていた。<br><br><br><br><br><br>映画館を出た時のように、外に出た瞬間に目が眩んだ。<br>僕が握った手を彼女もしっかりと握り返した。<br><br>「もう少し歩きますか」<br>と彼女は悪戯っぽく言った。<br>中世以来上賀茂神社に務めてきた神官たちの古い屋敷が白壁を並べている。赤い花が白壁の上に覗いている。<br>「百日紅だね」<br>「違うわよ。あれは夾竹桃よ」<br><br><br>高い空にひと筋の飛行機雲。<br><br><br>僕らは上賀茂神社の鳥居をくぐった。<br>手を繋いだままで。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tsubame1969/entry-11468949282.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Feb 2013 10:41:27 +0900</pubDate>
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<title>On the Way（道の途中）</title>
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<![CDATA[ <!-- TEMPLATE_0007_ribbon --><div class="mb_deco" istmp><div style="width:100%;color:#bebcbd;background:#ffffff;text-align:center;" istmp><img src="https://stat.ameba.jp/mb/0007_ribbon/h.gif" style="margin:0;" width="100%" istmp><br istmp><span style="color:#ff0072;" istmp>On the Way<br istmp>（道の途中）<br istmp></span><br istmp><img src="https://stat.ameba.jp/mb/0007_ribbon/l.gif" style="margin:0;" width="100%" istmp><br istmp><div style="text-align:center;" istmp><br>リラ冷えの朝に<br>旅立つ君へ<br>今までの愛を込めて<br>歌を贈ろう<br><br><br>君の道のりは<br>三叉路ばかり<br>迷って傷ついた時に<br>思い出してくれ<br><br><br>On the Way<br>僕らはいつでも<br>道の途中<br>On the Way<br>喜びも悲しみも<br>季節のように 巡り巡る<br><br><br>さよなら<br>君に会えてよかった<br>さよなら<br>君が好きでした♪<br><br><br><br><br>誰かの言葉や<br>時代の嘘で<br>その微笑みや心を<br>曇らせぬよう<br><br><br>君は君らしく<br>生き抜いてくれ<br>僕は僕のとおりに<br>歩いてゆくから<br><br><br>On the Way<br>僕らはいつでも<br>道の途中<br>On the Way<br>力の限りに<br>時の流れを 生きて生きて<br><br>さよなら<br>また逢う日まで<br>さよなら<br>君に幸あれ♪<br><br><br>さよなら<br>君に会えてよかった<br>さよなら<br>君が好きでした♪<br><br><br><br><br>『On the Way』<br>さだまさし<br><br><br><br>～この歌をらむ姐さんに～<br><br><br><br><br><br><br istmp></div><img src="https://stat.ameba.jp/mb/0007_ribbon/f.gif" style="margin:0;" width="100%" istmp><br istmp><div style="text-align:right;" istmp><a href="http://link.ameba.jp/52528/" istmp><span style="color:#bebcbd;" istmp><!--template_tag_start-->ﾃﾞｺﾃﾝﾌﾟﾚで記事を書く<!--template_tag_end--></span></a></div></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/tsubame1969/entry-11464643728.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Feb 2013 05:35:17 +0900</pubDate>
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<title>帰郷</title>
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<![CDATA[ <br>1998年秋――<br><br>東京競馬場は朝から異様な雰囲気だった。<br>その日のメインレースは秋の天皇賞で、大胆な大逃げ馬のサイレンススズカが断トツの一番人気だった。前哨戦の毎日王冠で、後に凱旋門賞２着に入るエルコンドルパサーや、やはり後に有馬記念優勝を飾ったグラスワンダーなどの超強豪馬を、驚異的なスピードでちぎって逃げ切ったサイレンススズカを一目見ようと大勢の競馬ファンが詰め掛けていた。<br>その群衆に混じって僕は晴れた空の下のスタンドにいた。<br><br><br><br><br>「よろしく。ギターやります。ブルースが好きっす」<br>小柴が連れてきたそいつは人懐っこい笑顔を見せた。<br>「どういうこと？」<br>僕は新顔君がギターのチューニングをし始めた隙に小柴に小声で問い詰めた。<br>「テスト入団だよ。心配するなって」<br>ギターパートは僕のポジションだった。<br>僕らのバンドは主にライトミュージックに路線を敷いていて、重たい楽器編成ではない。ギターに二人もいらないはずだった。<br>「テスト入団ってなんだよ。聞いてないぜ」<br>来月には渋谷のライブハウスでの出演が決まっている。<br>今週は新曲を２曲、練習して合わせるはずだった。<br>一番演奏を合わせなければいけないこの時期に新入り？テスト入団？<br>僕は訳が分からなかった。<br><br><br>「何からやる？」<br>新顔君が言った。<br>言いながら新顔君は新曲のサビのパートを１フレーズ弾いてみせた。<br><br><br>聞こえない振りをする小柴を振り返り、僕はもう一度問い質した。<br>「テスト入団？あいつが弾いてるの、まるっきり僕のパートじゃんか」<br><br>小柴は少し気まずそうに口を歪めた。<br>「怒るなって。それよりさぁ、敦っちゃん、パーカッションやってみない？」<br><br><br>このバンドは２年前にバイト仲間だった僕と小柴が元になって結成した。曲は主に小柴が作り、小柴自身がボーカルを努めた。<br>２年間で10回ほどライブステージに立ったが、単独ライブは一度もなかった。<br>正直本気でミュージシャンを目指していた訳ではない。何かをどこかで表現できればいいと思っていた。<br><br>東京では人も夢もチャンスも挫折も溢れかえっていて、自分の足元を確かめるだけで精一杯だった。<br><br><br>「パーカッション？」<br>僕は小柴に聞き返した。<br>「よければだけど」<br>小柴が急に冷たい口調になった。<br>「よくなかったら？」<br>僕も負けずに問い返した。<br>小柴はキーボードをアンプに繋ぐ手を止め、<br>「ねぇ敦っちゃん、俺は本気でチャレンジしてみたいんだ。だけど敦っちゃんは違うだろ？俺は本気で上を目指してみたいんだよ」<br>と言った。小柴の目は真っすぐ僕を見据えていた。<br>「だったらもっと前にそう話せよ」<br>「……そうだな。悪かったよ。だけど結論はこういうことだよ」<br>いつもの気を遣う小柴はそこにはいなかった。<br><br><br>そうして僕はバンドを辞めた。<br><br><br><br><br>東京に出て来た時には僕にも野望はあった。競争に負けても次は勝てると思っていた。<br>ただ少し不器用なだけだと。<br>あれからもう８年が経つ。<br><br><br><br><br>バンドの練習がなくなって、アルバイトの時間以外は暇になった僕は、時々大井の夜間競馬を見に行くようになった。<br>馬の走る姿は力強く、美しかった。<br>けれど、そこにも勝ちと負けがあった。<br><br><br>スポーツ新聞にサイレンススズカという名が踊るようになったのは最近だ。<br>逃げ足で最後まで勝ち切るスタイルの馬はなかなかいない。まして重賞レースで実力馬を抑え込む驚異的なスピードに、ファンも関係者もようやく気づき騒ぎ始めていたのだ。<br><br><br>天皇賞のその日は足を延ばして、僕は府中に向かった。<br><br><br>秋晴れの暖かい日だった。<br>東京競馬場は昼過ぎあたりから人が溢れ始め、メインレース前のパドックでは身動きできないほど満員になっていた。<br><br>僕はサイレンススズカの単勝馬券を３千円買った。<br>1.1倍。<br>毎日王冠を制したサイレンススズカに敵はなく、わずかに出走予定だった対抗馬も故障を理由にこのレースを回避していた。騎手は天才と言われた若き武豊。マスコミの注目も、この天皇賞を圧勝した後のジャパンカップでの活躍予想に終始していた。<br>絶大な支持。<br>圧倒的な人気。<br>僕も含めて人々は配当よりも、サイレンススズカという馬が伝説を作るかもしれないという夢に賭けていたのだった。<br><br><br>やがてファンファーレが鳴った。<br>僕はスタンドの端の３階にいた。<br>異様などよめきと歓声。<br>熱気と様々な夢がターフに流れ込む。<br>2000mのコース。<br>次々にゲートに収まるサラブレッド。<br>空は高い。<br><br><br>ガシャン！<br><br><br>突然ゲートが開き、レースが始まった。<br>沸き起こる歓声。<br>その歓声が馬たちに届かぬうちに、サイレンススズカは先頭を走っていた。<br><br>このレースは本当に圧巻だった。レース中盤ですでに第２群をみるみる引き離し、さらに差を拡げようとしていた。<br>素人目にも10馬身以上の差がついて第３コーナーを通過しようとした時、突然サイレンススズカが失速した。<br><br>どよめくスタンド。<br><br>よろめいてコースを少し外れて、サイレンススズカは倒れ込んだ。<br>慌てて下馬してサイレンススズカの首を抱いた武豊騎手。<br><br><br>誰もが異変に気づき、あっと叫んだ。<br><br><br>サイレンススズカと武豊騎手の横を馬群が通り過ぎる。<br>跳ね上がる芝が遠目にもスローモーションで彼ら二人の体に落ちていくのが見えた。<br><br><br>一瞬世界中の音が消滅したように思えた。<br><br>そして唸るようなどよめきとざわめき。悲鳴。空に投げられた馬券。<br><br><br>誰もゴール板の一着馬を見ていなかった。<br><br>馬場の中央に設置された巨大なオーロラビジョンに、苦しげに立ち上がろうとするサイレンススズカとそれをなだめようとする武豊騎手の姿が何度も写し出された。<br><br><br>とても悲しい映像だった。<br><br><br>競馬場にいる大半の人がサイレンススズカのその後の運命を知っていたに違いない。<br>悲しく辛い運命を。<br><br><br><br><br>レース中に脚を骨折した馬は、酷ければその後起き上がれずにやがて脚から腐っていく。そして苦悶の日々の後死んでいく。レース関係者はサラブレッドに敬意を表して、涙を飲んで安楽死の処置をして、救われない苦しみから解放する。<br><br>栄光のターフから突然の安楽死という運命を辿ったサイレンススズカ。<br>その瞬間を目撃した何万もの観衆はなかなかスタンドを去れなかった。<br><br><br>僕は秋の陽射しが傾き、馬場が静まりかえるまで、スタンドの片隅に座り込んでいた。<br><br><br>命のはかなさや勝負の冷徹さ、運命や時の流れについて考えていた。<br><br>ひと月前から逃げていた自分自身の問題についても。<br><br>『いい加減、帰って来い』<br>忘れた振りをしていた父親からの手紙。<br><br><br><br><br>東京を去り故郷に帰ると決めた。<br>府中の森が夕日を浴びていた。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tsubame1969/entry-11462979034.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Feb 2013 19:47:31 +0900</pubDate>
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<title>飛梅</title>
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<![CDATA[ <br><br><br>‘東風吹かば<br>　　匂ひおこせよ<br>　　　梅の花<br>　　主なしとて<br>　　　春な忘れそ’<br><br><br><br><br>「北野天満宮までお散歩しない？」<br><br><br>彼女からの電話にドキドキしていた。<br><br>大家さんからの呼び出しで、僕は彼女からの電話を受けた。<br>僕はその時、共同の洗濯機の順番がやっと回ってきて、洗剤をまさに投入しようとしていたところだった。<br><br>携帯電話などない時代。<br>トイレや台所も共同、六畳ひと間の学生アパート。<br>学生マンションが流行り出した頃とはいえ、当時の友達はみんな似たようなオンボロ下宿住まいだった。<br><br><br>「忙しいかな？今日は天気がいいからどうかな、と思ったんだけど」<br><br><br>確かに久しぶりの晴天。<br>風はまだ冷たく、カケスも凍えて縮こまってはいるが、絶好の洗濯日和でもある。<br><br><br>「いいよ」<br><br><br>僕はそぞろに返事したあと、洗濯物を洗濯機から掻き出し、どぎまぎしながら一張羅のスタジアムジャンパーを羽織ってアパートを出た。<br><br><br><br><br><br>新入生歓迎コンパの席で、僕は彼女と隣り合わせだった。<br>「ビール飲めますか？」<br>と彼女が声をかけてくれて、ビールを注いでくれた。<br>「ありがとう」<br>と彼女を振り返った時、彼女の微笑みはやわらかな光に包まれていて、僕の中のかつて誰も触れたことのない琴線を掻き鳴らした。<br><br><br>不思議な感覚で、僕は彼女に一目惚れしていた。<br><br><br>不器用な僕と、おとなしい彼女。<br><br><br>時々言葉は交わすものの、学友以上には発展せずに間もなく一年が過ぎようとしていたのだった。<br><br><br><br><br><br>北野白梅町の駅前で待ち合わせた僕たちは、そこから今出川通りを北野天満宮まで歩いた。<br><br><br>「二人で歩くのって初めてやね」<br>もちろん承知している。<br>いつも君の隣りには仲良しのＳさんがべったりといるではないか、と心の中で言葉を返す。<br>「私、京都の街ってなんだか好き。冷たいようで学生にはあったかい街やもんね」<br>「昔っから学生の街やもんな」<br>「実家には帰らへんの？」<br>「帰っても何にもすることないもん。こっちでバイトでもしよか思てる」<br>「バイトかぁ。私もしてみようかな」<br><br><br>取り留めのない会話。<br>けれど、僕は浮ついていつもの半分も言葉が出てこなかった。<br>そして、どうして僕を誘ったのかという疑問がまるで重い碇で沈められたかのように、心の底で浮かび上がるきっかけすらなく沈思していた。<br><br><br>北野天満宮は市の日で、いくつかの露店に人だかりができていた。<br>彼女は西陣の端切れ屋さんや七味屋さんや古物屋さんの前で目を楽しませていた。<br><br><br>ひとしきり露店見物すると本殿までささ歩き、並んで手を合わせた。<br>それから、<br>「梅の花、見に行かない？」<br>と彼女は言った。<br><br><br>境内に竹垣で囲われた梅林苑があった。<br>菅原道真公の逸話『飛梅』にちなんだ小さな庭だ。<br><br><br>小振りの潜り戸を抜けて、細い小路を歩いた。<br>冷たい空気に震えながら、紅、白の梅花がぽつり、ぽつりと花開いていた。<br>彼女はひとつひとつの花を確かめるように、小さな歩幅で時には背伸びをして僕の前をいく。<br><br><br>花を見上げる彼女の後ろ髪を見ながら、僕は触れてはいけないものを感じていた。<br><br><br>「どうしたの？」<br><br><br>僕の足は止まっていた。<br><br><br>「いや、どうもないよ」<br><br><br>僕らは赤い毛氈を張った台に腰掛けて休んだ。<br>茶屋の奥方が、小さな湯呑みに熱いお茶を煎れてくれた。<br>彼女は子供の頃お転婆で、他人の畑の大根の葉を全部鎌で刈ってしまって大目玉を喰らった話をした。<br>僕は笑いながら彼女の左手首の包帯に気づいていた。<br><br><br><br><br>大学４回生の時、彼女は学生結婚した。<br><br>僕はずっと彼女に憧憬を抱いていたが、いつも思い出すのはあの寒空の下の紅白の梅林と白い包帯だった。<br><br><br>もう四半世紀も昔。<br>今はもうセピア色の淡い……。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tsubame1969/entry-11462042037.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Feb 2013 15:09:22 +0900</pubDate>
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<title>海の見えるおじいちゃんの家</title>
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<![CDATA[ <br>埃っぽい連絡通路を抜け、人波を縫うようにしてようやくなんば駅にたどり着いた。<br>僕は迷子になって心配させないようにと、母の手をぎゅっと握っていた。弟はというと、むしろ甘えるように飛びついたり腕を絡ませるように、もう一方の母の腕を独占していた。<br>弟はいつでもそうだ。無邪気で軽率で周りのことを何も考えない。わがままできかん坊。<br>僕はそういう弟にいつも腹がたっていた。<br><br><br>見覚えのある緑色の電車がホームに見えた。<br>『海の見えるおじいちゃんの家』に行く時に乗る、僕や弟にとっては特別な電車だ。<br>おじいちゃんの家は、この電鉄会社が開発した大きな住宅地の高台にあり、窓からは大きな海が見下ろせた。<br>だから遠くて疲れるけれど、その電車に乗るのは楽しみだった。<br><br><br>まだ冷房車などはない時代で、ブンブンと大きな音をたてる扇風機が狭い天井で旋回していた。<br><br>車両に乗り込むなり、弟は広く空いている長いシートに駆けだし、窓に向かって膝乗りした。<br><br>「こら、走ったらあかん！ちゃんと靴脱ぎなさい！」<br><br>母がすかさず叫んだ。<br><br><br><br><br><br>僕と弟にとってこの小旅行の楽しむのひとつは、終着駅近くのおじいちゃんの家の最寄駅に着くまでに、窓から何度か垣間見える海だった。<br><br>海は僕らにとって特別だった。畑と山ばかりに囲まれている日常の中で、海のある風景というのは絵本の中の世界だった。<br><br>弟にいらいらしてはいたが、海がかすかに見える一瞬を逃すまいと、僕も窓にへばり付いていた。<br><br><br>堺の工場地帯を過ぎ、詰め込まれた住宅地や小さなビルが凸凹に密集した市街地を抜けて、いくつかの川を渡った。<br><br>やがて防風林の松が並んだ海岸線が遠くに見えた。<br><br>「見えたぁ！海ぃ！」<br>弟が叫ぶ。<br>「俺も見えたぁ！」<br>僕も思わず叫んでいた。<br>海はつかの間僕らに歓喜を与えて、また町の風景に隠れてしまった。<br><br><br>母は時々僕らをたしなめたが、どこかいつもの陽気な母と違って元気がないようだった。<br>言葉は少なく、どこか一点をぼうっと見ている瞬間があった。<br><br><br><br>窓から吸い込まれる風に潮の香りがし始めて、目的地が近いことを感じた。<br>母はいつもおじいちゃんの家に行く時に降りる駅のひとつ手前の大きなターミナル駅で降りると言った。<br><br><br><br>駅を降りて改札を出ると、ヨレヨレの背広を着てソフト帽を被ったおじいちゃんが待っていた。<br><br>「よぅ来てくれたなぁ！」<br><br>おじいちゃんは満面の笑顔で僕らを迎えてくれた。<br>母は<br>「元気だった？疲れてない？」<br>と言った。<br>「元気やで。それよりお前らもよぅ来てくれたのぅ」<br>とおじいちゃんは僕の頭に手を置き、次に弟の頭を撫でた。<br><br>「お腹すいたぁ！」<br>弟が挨拶もせずに叫んだので、僕は弟の尻を蹴りつけた。<br>「お腹すいたなぁ。けど昼ご飯は病院で食べよ。すぐ近くやさかい」<br>と母が言った。<br>今日の目的地が病院であることを僕らは初めて知ったのだった。<br><br><br><br><br>病院までの道のりを僕ら一行は歩いた。<br>夏はまだ足踏みしていたが、気の早い蝉が気恥ずかしそうに鳴き始めていた。陽射しは強く、目は時々眩んで町の喧騒はその度に薄く遠のいた。<br><br><br>母とおじいちゃんは話をしながら並んで先に歩き、僕らは離れ過ぎないように影を探しては－－電話ボックスの影、電柱の影、パン屋や煙草屋の庇の下－－渡り歩いてついていった。<br><br><br>やがて大きな病院に着いた。白い壁、大きなロビー、たくさん並んだ長椅子には様々な病気や怪我の待ち人、せわしなく動き回る看護婦さんたち……。<br><br>僕らはロビーを抜けてエレベーターに載って、またさらに曲がりくねった廊下を歩き、入院病棟に入った。そこは薬と病気の臭いが充満していた。<br>やがてひとつの部屋にたどり着き、おじいちゃんを先頭に僕らは病室に入った。<br>カーテンのかかったいくつかのベッドの一番奥におばあちゃんが横たわって寝ていた。<br><br>病院に着いた時からなんとなく想像していたが、想像と違ったのはおばあちゃんが別人のように痩せこけ、皺だらけだったことだった。<br><br>優しくて、いつもニコニコして、仏様のような大好きなあのおばあちゃんはそこにはいなかった。<br>鼻にはチューブが差し込まれ、眉根を寄せて目をつむっているおばあちゃんは、怖い絵本で見た地獄の亡者のようだった。<br><br><br>「寝てるみたいや」<br>とおじいちゃんが言った。<br>「おじいちゃん、悪いけどこの子ら食堂に連れてったってくれる？」<br>と母が言った。<br>「よっしゃ。さぁ、お待ちどうさんやのう。おばあちゃん寝てるから、ワシら昼ご飯食いに行こか」<br>おじいちゃんが僕らに言った。<br>「お母さんは？」<br>と弟が言うと母が<br>「お母さん、ちょっとおばあちゃんといたいねん」<br>と言って弱々しく笑った。<br><br><br><br><br><br>食堂の小さなテーブルで僕と弟はオムライスを食べた。おじいちゃんはうどんを注文して、半分残していた。<br>おじいちゃんは僕らに飲み物を勧めて、僕らはクリームソーダを頼んだ。僕らにとってはごちそうだった。<br>それからおじいちゃんはニコニコしながら、<br>「あんなぁ、おばあちゃん病気やねん」<br>と言った。<br>そんなことはおばあちゃんの姿を見た時からわかっていたが、僕は黙って頷いた。<br>「もう長ないやろなぁ」<br>今度は独り言のようにやっぱり笑うように呟いた。<br>僕はやっぱり黙っていたが、おじいちゃんが笑いながら話すことになんだか違和感を覚えた。<br>弟を見ると聞いているのかいないのか、ストローでしきりにグラスの中のクリームを突ついていた。<br><br><br><br><br>病室に戻ると母の目は真っ赤だった。<br>おばあちゃんは身動きひとつせずに寝入ったままだった。<br><br><br>「海見に行くか？」<br>おじいちゃんの誘いに僕らは救われ、僕と弟は病院を出た。<br><br>おじいちゃんのゆっくりとした歩みについていき、踏み切りを渡って駅の向こう側に出た。いくつかの路地を抜けると、いきなり強烈な潮風が僕らに吹きつけてきた。<br>「わぁ！海やぁ！」<br>僕も弟も同時に叫んだ。<br>僕らはおじいちゃんのゆっくりとした誘導に従って、コンクリートの階段を昇って防護壁の上に立った。<br>大きなテトラポッドが敷き詰められた向こうに、大きな海があった。シュワァ、チャパ、シュワァ、チャパチャパという波の寄せる音が心地よい。<br>水平線にいくつかの船が浮かんでいる。そのまだ遥か彼方にうっすらと低い山の稜線が見える。<br>アワジシマやとおじいちゃんが教えてくれた。<br>キラキラ光る海面を見ていると、うずうずと心が騒いだ。<br>海。<br>広くて自由。<br>もしも僕が大人であれば、この囲みのない海の上をどこまでも進んでいきたい。<br>そんな思いに駆られた。<br><br><br>おじいちゃんはやっぱり、ニコニコしながら僕らを見ていた。<br><br>僕は海を見て気が緩んだのか、おじいちゃんにもやもやした疑問を投げ付けてしまった。<br>「おじいちゃん、おばあちゃんが病気やのに、悲しくないの？なんでニコニコしてられんの？」<br><br>おじいちゃんは一瞬驚いた表情をしたが、またゆっくりと笑顔に戻って、<br>「そりゃぁ、おばあちゃん病気で悲しいで。せやけどおじいちゃんもおばあちゃんも年寄りや。年寄りから病気になっていくのはな、これは順番なんや。なんの不思議もあらへん。そら、お前の母ちゃんやお前らが大きな病気やいうたらびっくりして慌ててるやろけどな。ま、おばあちゃんもそない思てるわ」<br>とカラリと言った。<br><br>「せやけど、おばあちゃん病気ってかわいそうや」<br><br>僕と弟とおじいちゃんは黙って海を見つめた。生暖かい潮風が、僕らに纏わり付いた。<br>豆粒ほどの船影がほんの少し移動するのを、長い時間をかけて見つめていた。<br><br><br>「なぁ、ちょっと悪いけどこっち来てくれ」<br>おじいちゃんが唐突に言った。先程までの笑顔はない。<br>慌てて僕と弟はおじいちゃんに駆け寄った。<br>「もうちょっと近くに。ちょっとここ見てくれ」<br>とおじいちゃんは後ろを向いて、お尻を指指した。<br>「もうちょっと。よう見てくれ」<br>切羽詰まった声になったおじいちゃんの声に、僕らは言われるままにおじいちゃんのお尻に顔を近づけた。<br><br><br>『ぶぉぉぉっ！！！』<br><br><br>大きなオナラの音に、僕らは弾けるようにのけ反って、危うく防護壁から落ちそうになった。<br>おじいちゃんは大きな声で笑っていた。<br>僕は一瞬腹がたったが、弟が座り込みながらケラケラ笑って喜んでいるのを見ていると、なんだか騙されたのが可笑しくなって、一緒になって笑った。<br><br><br>ひとしきり笑った後、おじいちゃんが、<br>「そろそろ帰ろか」<br>と言った。<br><br><br><br><br>病院に帰ると、母はもう泣いてはなかった。おばあちゃんはやっぱり寝ていた。一度起きたのか、浴衣は着せ換えられ、寝顔にはもう苦悶の表情はなかった。<br><br>「あんたら、おじいちゃんにようしてもろたか？」<br>「オナラ引っかけられたでぇ」<br>と弟があけすけなく言った。<br>「オナラ？」<br>「面白かったで」<br>僕はごまかすように言った。<br><br><br>その後、僕と弟は病院の屋上でケンケンパをして遊んだ。<br>陽が傾き始めた頃、母と僕と弟の三人は病院を後にした。<br>おじいちゃんは病院の玄関まで見送ってくれた。<br>「お前らなぁ、母ちゃんは大事にせなあかんで。母ちゃんの手焼かしたらあかんで」<br>と言った。<br><br><br>駅までの帰り道、一度だけ病院を振り返ると、病院の白い建物は心なしか水色に見えた。<br>母が残してきた涙の色のようだった。<br><br><br><br><br><br>おばあちゃんが本当の仏様になったのは、それから３ヶ月後の、残暑厳しい９月のことだった。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tsubame1969/entry-11457883940.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Jan 2013 14:39:55 +0900</pubDate>
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<title>『もののけ姫』の大樹</title>
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<![CDATA[ <br>豆比古神社という。<br>古い街道の脇にある小さなひなびた神社だ。<br><br><br>古代から京の都とを繋ぐ峠に拓けたその街道は、時代の錆に染まって今はひっそりとしている。<br><br><br>僕は時々この街道を歩く。<br>目的はない。<br>ただの散歩だ。<br>古い集落だけあって、時折時代の忘れ物のようなものが見れる。<br>軒格子に吊された鯉の焼き物は土埃にまみれている。<br>傾いだ庇の依れた瓦の隙間に咲く春女苑。<br>浸みだらけの暖簾をかけた苗屋。<br>街道の真ん中には紫陽花寺として観光スポットになっている般若寺がある。<br><br><br>ひなびてはいても、由緒ある古道だけに今も土地の人が脈々と古きを守って生活している。<br><br><br><br><br><br>街道が切れるほんの手前に豆比古神社はある。<br>多くの神社の由来と同じように、ｲｻﾞﾅｷとｲｻﾞﾅﾐの神の伝説がある。<br>地味な神社にしては古くて小さいけれどゆかしい手水場があり、短いながら石畳みの細い参道はいつも綺麗に清められていた。<br>かといって、街道から正面に立ってみても村のお宮さんでしかない。<br><br>僕がこの場所をお気に入りにしている訳は、本殿横の狭い露地をくぐった裏手にある。<br><br><br><br>そこは街道側からは想像できないような森になっており、本殿の真うしろから大きくえぐれてすっぽりとした窪地になっている。<br>その中心に、この土地の主であるかのような巨大な古樹がおわし召す。<br><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130125/01/tsubame1969/6f/55/j/o0240040012390764007.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130125/01/tsubame1969/6f/55/j/t02200367_0240040012390764007.jpg" alt="ツバメ1969のブログ-Image058.jpg" width="220" height="367"></a><br><br><br><br>なんでも樹齢1400年ともいわれる最古の樟の木。<br><br><br>幹周りはゆうに５メートルはあろうか。<br>根本から大きく開いた苔むしたうろには御神酒が捧げられ、幹はしめ繩と目に眩しい式紙で奉られている。<br>幹は中程で大きな二つの幹に別れ、樹高は五階建のビルにも匹敵しそうだ。<br>八方に広がったやおろずの枝はあたりを鬱蒼とさせていた。<br><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130125/01/tsubame1969/a9/93/j/o0240040012390764010.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130125/01/tsubame1969/a9/93/j/t02200367_0240040012390764010.jpg" alt="ツバメ1969のブログ-Image056.jpg" width="220" height="367"></a><br><br><br><br>もののけ姫の世界観。<br><br><br>精霊がそこにもここにもいそうだ。<br><br>人知られず街道の裏にあるため、地元のスケッチャーの他に訪れる人もあまりない。<br><br><br>神聖で厳かな場所。<br><br><br>心が疲れた時に僕はここを訪ねる。<br><br><br><br>僕の秘密の場所だ。<br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tsubame1969/entry-11456197848.html</link>
<pubDate>Fri, 25 Jan 2013 00:18:12 +0900</pubDate>
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<title>夏の風</title>
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<![CDATA[ <br>「ぴースケ！<br>おはよう！！！」<br><br><br>朝の教室には美沙ひとり。<br>彼女の声で僕の一日が始まる。<br><br><br>「おぅ、おはよう」<br><br><br>無愛想な声を返す。<br><br><br>彼女の朝の指定席はいつでも朝日が差し込む窓際の一番前の席。<br>その席が男子だろうが女子の誰の席だろうが気にする様子はない。<br>朝、誰かが登校してくるまでの彼女の特別な席。<br>僕以外の誰かが来るまでの…<br><br><br>その席で彼女はいつも文庫本を読んでいた。<br>時には<br>「悲しみよ、こんにちは」<br>時には<br>「潮騒」<br>時には<br>「七瀬、ふたたび」<br>………<br>彼女の本はいつでも学校の図書室で借りたもので、<br>僕は彼女の読んでいる本のカバーのない背表紙を、いくつか盗み見た。<br><br><br><br><br>「ぴースケ！<br>おはよう！！！」<br><br>の後、彼女は読書に夢中で、僕は部室にユニホームを置きに行ったり、進路指導室前の掲示板の前を意味なくうろうろしたり、何もすることがない時は仕方なく机に座ってノートに落書きをした。<br><br><br>不思議と会話はなかった。<br>朝のまだ埃たたぬ空気を揺らしてしまうのを怖れるかのように、沈黙がいつしか僕らの決まり事になっていた。<br><br><br><br><br>そんな刹那のふたりきりの時間に気づいたのは、最終学年のクラス編成換えを終えてひと月ほどの新緑の頃だった。<br><br><br><br><br>そして他の誰かが教室に入ってくると、彼女は文庫本を閉じ席をそっと離れて目立たぬ生徒に戻っていった。<br><br><br><br><br>僕と美沙は、朝の秘密の挨拶の言葉以外、会話を交わしたことがなかった。<br>僕は好意以上の想いを持たなかったし、なぜかというと彼女も男子にはほとんど無関心に見えたからだ。<br><br><br><br><br>いや、一度だけ彼女と会話したことがある。<br>梅雨明け宣言間近のある暑い日のこと、卒業アルバムに載せるクラス写真を撮るために、僕らのクラスは正面玄関横の陽当たりの良い芝生広場に集まった。<br>撮影のため階段状に３列横並びになって、もっと詰めろ、お前は後ろに回れ、女子は引っ付きすぎるな、と担任が指示したり担任に注文したりした。<br>そんなことをしているうちに、３段目の中央にいた僕の前に、美沙が押されてきたのだ。<br><br><br>そして撮影。<br><br><br>撮影が終わって、みんながバラバラになった時、彼女が振り向いて、<br><br>「近くだったね」<br><br>と言って笑った。<br>僕は彼女から声をかけてきたことに驚いて、戸惑い、照れながら自分が返すべき言葉を探した。<br><br>「なんで僕は‘ぴーすけ’なんや？」<br><br>馬鹿なことに、僕にはそんな言葉しか探しだせなかった。<br><br>美沙はちょっと首を傾げて、<br>「ドラえもん」<br>と言った。<br>「ドラえもんの初めて映画になったお話に、‘ぴーすけ’って出てくるの」<br>「ドラえもん？」<br>「のび太くんが内緒で育てた恐竜、それが‘ぴーすけ’」<br>「恐竜？」<br>話が見えず怪訝な顔の僕に、彼女は今まで見せたことのない悪戯っぽい顔で舌を小さく出した。<br>「よぅわからんけど、その恐竜が僕に似てるん？」<br>と僕が問うと、彼女は笑って<br>「まさか！ ‘ぴーすけ’はのび太くんの恐竜よ。全然似てないよ、残念！」<br>と言った。<br><br>クラスメートの他愛のないざわめきはいつしか遠のき、彼女が初めて見せた無邪気な笑顔に鼓動が反応してるのがわかった。<br><br>「あんな恐竜が私にも友達にいたらいいなぁ、って小学生の時から思ってたんだ」<br>熱い風が一陣、ひと撫でするように吹き抜け、彼女の髪を揺らした。<br>僕を見つめた彼女の視線を受け止め、時が一瞬止まった。<br><br>「嘘よ！」<br>彼女の言葉で魔法は解けて、髪を翻して彼女は友達の元へ駆けて行った。<br><br><br><br><br><br><br>僕のその年の夏は、<br>甲子園の地方予選３回戦で終わった。<br>あとは長い長い残暑の日々が続いただけだった。<br>進路は定められず、夏期講習にも身が入らず、時々後輩たちの練習を手伝ったりする日々だった。<br><br><br><br><br>やがて秋が訪れ、文化祭の準備にひととき心高まったものの、祭の後はなお淋しく、差し迫る受験に情熱は煮え切らないままだった。<br><br><br>美沙は２学期以降も朝の読書を続けていたが、僕の方が登校時間が遅くなり、秘密の挨拶を交わすこともいつしかなくなってしまった。<br><br>クラスの中でちらりと彼女の姿が目に入った時、朝が遅くなった後ろめたさがふとよぎることもあったが、あの初夏の日の会話の方が幻のように思えて、彼女の存在はだんだんと僕の中で小さく埋もれていったのだった。<br><br><br><br>彼女が大学には進学せず、東京の専門学校に行くと知ったのは、年が明けた受験直前の頃だった。<br>別の女子との雑談の中で突然知ったのだった。<br>全寮制のスチュワーデスの養成所に入るという。<br>大学や短大といった短絡的な進路しか見ていなかった僕には、職業に直結する進路があったことに自分の愚かさを感じ、また彼女がそんな夢を見ていたことにも衝撃を受けた。<br>とはいえ、願書の手続きも終え、賽を振ってしまっている僕には、朧げに描きはじめた学生への憧れに縋るしかなかった。<br><br><br><br><br><br>花冷えの３月、僕らは卒業した。<br><br>あの日以来、美沙とは話をせぬまま高校生活は終わった。<br><br><br>卒業式の後、野球部の連中と打ち上げ会をした。<br>進学が決まった奴、浪人が確定した者、悲喜こもごもであったが、受験というイベントを終えた解放感で、みんな歌ったり騒いだりした。<br>僕は奇跡的に京都の難関大学に受かっていた。<br>しかし、受かってから気づいたのは、憧れはあってもその進路に目的がないことだった。<br><br><br>ビールをこっそり飲み出す仲間からそっと抜けて、僕は店の外に出た。<br>公衆電話を探しながら、僕はポケットを探った。<br>美沙の家の電話番号を書いたメモ。<br>そんなものをどうやっていつ調べたのか、覚えてもいない。<br>きっと予感がしてたのだ。<br>美沙に電話しなければならないことを。<br><br><br>やっと見つけた電話ボックスで何度も躊躇いながら、美沙の家の電話番号を押した。<br>母親らしき人が受話器を取り、<br>僕は美沙の呼び出しを丁寧に依頼した。<br>「それでどちら様でしょうか？」<br>尋ねられて僕は自分を名乗っていないことに気づいた。<br><br><br>何をしてるんだ？<br>何を話すんだ？<br><br>もう一人の僕が囁く。<br><br><br>僕はそのまま電話を切っていた。<br><br><br><br><br><br><br><br>桜の花びらが転がる。<br>大学の入学シーズンは華やかだ。<br><br>全国から学生が入学してきている。<br>新たな生活が始まる。<br><br>僕は安い学生アパートに潜り込んで、新しい環境に身を馴染ませようとしていた。<br><br><br>大学の友達も何人かできた５月、実家から送られてきた小包の中に、一通の手紙があった。<br><br>美沙からのものだった。<br><br>『昌やんへ』<br><br>ほんの数人の親友しか使わない僕の呼び名だ。<br>そして、便箋にはこんな風に綴られていた。<br><br>『いきなり馴れ馴れしくしてごめんなさい。<br>京都の学生生活はどうですか？<br>楽しいですか？<br>元気でいますか？<br>ご存知かわからないけど、私は今横浜にいます。東京のスチュワーデスになるための学校の研修施設なの。ずっと缶詰（笑）。<br>東京は人でいっぱいです。ビルもいっぱい。<br>空が狭くって、今にも落ちてきそう。<br>私は母っ子で家を離れたことがないから、なんだか……怖いです。<br>誰か知ってる人の声が聞きたい、って毎日思って震えながら眠れない日もあります。<br>でも一応元気にしています！<br>友達もできました！<br>だから頑張っています！<br>何たってスチュワーデスになるって決めたから（照）！<br>少し弱くなった時にはね、卒業アルバム見るの！<br>（持ってきちゃった）<br>昌やんが私の後ろにいる（笑）！<br>それで安心するんだよ。<br>不思議な気持ち。<br>私、もっと昌やんとの思い出、作っておけばよかった。高校生活の心残りかな？<br>私、臆病だから。<br>こういう手紙も本当なら書けなかったと思うんだ。<br>だけど書いてみた！<br>偉いでしょ！<br>実はね、ちょっと勇気をくれた人がいたんだ。<br>卒業式の日、私家に帰って部屋に閉じこもって泣いてたの。怖くて。不安で。<br>そしたら夜中に私に電話があったってお母さんが言ってた。私を呼びに行こうとしたら切れたから誰かわからないんだけど。<br>私、昌やんだったらいいのにな、って勝手に思ってる。きっとその人も勇気振り絞って電話くれたんじゃないかな？<br><br>昌やん。昌やん。昌やん。<br>時々また手紙書いていいですか？<br>弱い自分に負けそうになった時。<br>自分に迷ってしまった時。<br>誰かの声を聞きたくなった時。<br>誰かに支えてほしくなった時。<br><br>自分のことばっかりでごめんなさい。<br><br>お互い頑張ろうね！！！』<br><br><br><br><br><br><br><br>今はもう色褪せている、その一通だけの手紙を、僕は今でも捨てられずに持っている。<br><br><br>妻へのたったひとつの秘密として。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tsubame1969/entry-11455551572.html</link>
<pubDate>Wed, 23 Jan 2013 23:32:34 +0900</pubDate>
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