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<title>今日と明日の境界線</title>
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<description>今日への労いと明日への応援を。</description>
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<title>目印を立てる</title>
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<![CDATA[ 最近のビジネス書（私が選んで読んでいるものなので偏りあり）を私なりにまとめると、<br><br>１．自分のやりたいことを基準に選ぶ<br>２．自分のやりたいことをつかんでいけ<br>３．自分という個人を売り込め。<br><br>といったように「自分」ていうものに焦点がぎゅっとしぼられる。<br>それ以前のビジネス書を読んでいたわけではないので、以前からずっとそうなのかもしれないですが、<br>ようは「自分」なんですよね。<br><br>ワークライフバランスとか最近企業は力を入れてるけど、<br>早く帰ろう。残業はしない！育児休暇も用意してるよ。でもこんなご時世だから仕事は減らないし稼がないとね！<br>というアンバランスな状態になってるような。。<br><br>そもそも個人のワークライフを組織がどうにかしようってのが間違いのような気が最近はします。<br>仕事したい人はするべきだし、<br>早く帰って違う仕事したい人はそうするべきだし、<br>早く帰って育児したい人もそうするべきだし、<br>それはもう１００人いたら１００人のワークとライフがないといけないですよね。<br>それを、<br>みんな週に１回は早く帰ろう！それがワークライフバランスだ！といって、他の４日に仕事が圧縮してちゃ<br>まったく何が何だかって感じですよね。<br>といいつつも私もリフレッシュデーとかノー残業デーに助けられている方なので人のことは言えないのですが。<br><br>だからこそ、自分はこう生きてやる、っていう指針を持たないといけないなあと思います。<br>こうしたらいいじゃん、というのはいくつでも思いつくけど、<br>結局は絵に描いた餅で考えるのと実際やるのじゃ大きな違い。<br><br>ふらふらしがちなのはわかってるので、<br>よく見える目印をぐいっと立てておかないといつまでたっても「ここはどこ？」状態になってしまいます。<br>自分がこれと決めたものをぐいっと立てるのがまた難しい。<br><br>あれ、昨日立てたあれはどこへいった！<br>というのは日常茶飯事で、<br>昨日立ててはみたけどほんとにあれで良かったかな<br>と思うのもよくあることです。<br><br>でも、ああきっとこっちの方だ、という漠然とした感覚はあるので、<br>そっちに向かってぐいぐい進んで行けばいいんだと思ってます。<br>どんどん目印を立てて、違うと思えば引っこ抜いて、そうやってやり直すこともまた一興。<br>そう思えれば人生勝ちだと思うんですよね。<br><br>正解がないから、正解に近づいて行けるのを楽しめたら勝ち！みたいにすると<br>すごく楽になる気がする。<br>結局楽しめないと負けだし。<br><br>ワーク＝ライフ≒アンバランス=&gt;楽しい<br>になればもう少し肩の力を抜いて頑張れるかな、とそう思います。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ttborder/entry-11150837890.html</link>
<pubDate>Mon, 30 Jan 2012 23:06:31 +0900</pubDate>
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<title>言うか言わざるか</title>
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<![CDATA[ 基本的に気持ちも情報も整理するには書いてみるのが一番だと思います。<br><br>書いてみて、<br>うわ私ってそうだったのか、とか、<br>あ、これってそういうことね、っていう、<br>そういったいろんな発見があると思ってます。<br><br>他の生き物から見たらただちょっと複雑に鳴いてるだけにしか聞こえないかもしれないのに、<br>私たちの中では完成してる伝達能力。<br>喜怒哀楽以外の想いを伝えられちゃうなんて、すごいなあと思います。<br><br>気持ちや考えを紙の上に見える形にできる能力も当たり前だけど不思議です。<br>何それめんどくさ！とか思わなかったご先祖様は偉いと思います。<br>仕事で君の言葉はわかりにくい、とよく言われますが<br>そもそも考えとか気持ちとか言葉にできるだけですごいよね！と思って自分を慰めてます。<br>（もちろん仕事は仕事で別の能力を求められてるのですが）<br>たぶん、最初に言葉をルール化して気持ちを伝えた人たちはソレ自体がすごく楽しかったんだろうなあ。<br><br>そう、そうだよ！わかってくれるのね！すてきっ<br><br>みたいに。<br>そう考えるとちょっとわくわくします。<br>身振り手振りで伝えていたときには地団駄を踏んだことが、石の上に掘った記号とか喉をふるわした音の違いでわかってもらえるようになる。<br>すれ違うことが当たり前の世の中で、確実に届けられるモノを手に入れた。<br>歓喜です、乱舞です。踊っちゃいますよ、普通。<br><br>と妄想して楽しむのですが、最近言葉のマジックにかかってるような気がしてならないんですよね。<br>かたや「言葉にしなきゃわからない」<br>かたや「軽々しく言葉にしちゃいけない」<br><br>頭でっかちの人間には辛いところなんですよね。<br>どっちもそれはそれで正しい、と思うから。<br>そう言われたら、おおそうか、と納得はするんですが、頭の中は大混乱。<br>正しいとかないのはわかってるのに、答えを探そうとするんです。<br><br>おお、このときはこっちか、であのときはこっち。<br>そのときはこっちで、ほお、目は口ほどにものを言うとな！<br><br>みたいなのは大げさですが。<br>パターンからなる言動は最後には自分で自分の気持ちがよくわからなくなってしまうんですよね。<br>「こうしたら正しい！」<br>みたいに生きてしまった小娘には、<br>「あれ、それで私はどうしたいんだっけ？」<br>みたいになっちゃうのです。<br>言うか言わざるかはそのひとつ。<br><br>最近出た私の結論は、<br>「後悔しないならどっちでも良し！」<br>です。<br>最近やっと、<br>「あーまあ自分が良いなら良いんじゃない？」<br>と少しは思えるようになりました。<br>「人傷つけるような自分嫌だし、ってことは無闇なことはしないっしょ。<br>じゃあ、あとは良いたいか、言いたくないか。自己嫌悪したら謝る」<br>とまあこんな具合です。<br><br>案外ストッパーかかってどうもうまくはやれていないような気もしますが、<br>気長に自分改革していきたいなと思います。<br>このブログもそんな中の一歩になるとよいなと思いつつ。<br><br>明日もいい日でありますように。
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<link>https://ameblo.jp/ttborder/entry-11150032448.html</link>
<pubDate>Mon, 30 Jan 2012 03:19:55 +0900</pubDate>
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