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<title>my life, my way</title>
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<description>自分にしかない考えを</description>
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<title>弱み</title>
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<![CDATA[ 自分の弱みを武器にする。<br><br><br>これを聞いて、賛成か反対か、どっちが多いんだろう。<br><br><br><br>良いって言う人は、<br>自分の弱い部分を認めてそれを克服して強く生きてるんだね。って言う考えかな。<br><br><br>でもそんなに単純なのか。<br><br><br><br>例えば「私は欝と診断されました。でも今頑張ってます。」って周りに伝えた人がいる。<br><br><br>彼らを責めるわけではないけど、それは周りからの同情を得ようとしているのではないか。<br><br><br><br>それが目的なのであれば上手く武器を使っている。<br>それで自分がもっと強くなれるならば良いと思う。<br><br><br><br>周りの同情を得て勇気がもらえるのであれば、それは単純すぎて、欝になるのを避けられたと思う。<br><br><br><br><br><br><br><br>それで私が何を言いたいかって聞かれると、<br><br><br><br><br>「自分の弱みを武器にして成長する」<br>っていうのは全ての人に当てはまることではないってこと。<br><br><br><br><br><br><br>それが正解ではない。<br>だから自分の弱みを口にできないとだめだって誰かに言うのはおかしい。<br><br><br><br><br>弱い自分がいても、強くなろうとしている人がいる。<br><br><br><br>そう言う人は同情を得たいとは思わない。<br><br><br><br><br><br>頑張れって言う人がいるのは良いかもしれないけど、それが直接自分の自信に繋がるとは限らない。<br><br><br><br>余計自分が下に見られていると感じて落ち込む人もいるだろうし、<br>同情されても本当に自分を理解してくれる人はいないと考える人もいる。<br><br><br><br>その人にはその人の強くなる方法があって、<br>一つの方法を誰かに押し付けることは絶対にしてはならない。<br><br><br><br><br>その人の気持ちは絶対にあなたには分からないから。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ttmmlfbr/entry-12122804807.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Jan 2016 16:56:16 +0900</pubDate>
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<title>教育とは</title>
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<![CDATA[ 自分にとって教育とは。<br><br><br>教員を目指してるわけでもないし、教職を持ってるわけでもない。<br><br>でも教育には興味があって、<br>自分にとって教育とは何なのかを最近考える機会が多々ある。<br><br><br><br>私は小学2年生までは日本の教育をかじった。<br>そのため九九などの基本的な計算等、自分の教育の基盤となるものは日本教育となった。<br>それからアメリカの小・中学校に在籍し、日本の教育基盤があったおかけでクラスでは上位にいた。<br><br>ここで強調したいことは、教育が遅れていると言われる途上国に限らず、<br>アメリカやイギリスなどの先進国でさえも日本のような九九で計算をやることはなく、<br>小学校のクラスメートたちは足し算・引き算を指でする子がたくさんいた。<br><br>自分が実際にこの二つの環境を経験していたにも関わらず、<br>この事実に気づいたのはつい最近のことだった。<br><br><br>これは本当に驚くべきことで、先進国がこのような状態で途上国に入り込んで教育を教えられる立場ではないと思う。<br><br>この問題についてはいつかまた書こうかな。<br><br><br><br><br>とにかく私は「賢いアジア人の一人」として努力せずに褒められて育ってきた。<br><br>日本に帰国してからも高校受験は帰国枠で進学校に入学。<br><br><br><br>ここで私は人生で初めて学問という壁にぶち当たった。<br><br>当然日本の暗記式の試験勉強に慣れていないのもあったが、<br>なによりも試験のために「やらされていた」勉強が楽しくなかった。<br><br><br>勉強を初めて楽しいと思ったのは、昨年度のイギリス留学の時だった。<br>イギリスの大学では授業で話されてもいないお題を出され、それについて自分で論文検索をし、「自分で学ぶ」ということが重視されている。<br><br>試験も、理系にも関わらずお題を選び、数ページのエッセイを３つほど書き上げる。<br>そのエッセイは自分が勉強するときに調べれば調べるほどたくさん書ける。<br>授業の内容だけで高得点は取れない。それが当たり前だ。<br><br><br>受身的だった勉強も、自分が知りたいことを調べていくと、どんどん知りたい気持ちが湧いてきて、自然と勉強が楽しくなった。<br><br><br><br>もっと早く学ぶことの楽しさに気づいていれば私の人生は変わっていただろう。<br><br><br><br>勉強というのは、目の前の教科書に書かれたことを理解することではない。<br>教科書に書かれているものが、植物の幹だとする。<br>そうすると勉強というのは、<br>その幹が地上に出てくるための基盤となる根っこの部分だったり、<br>幹から何本も無数の方向に生え出ていく枝だったり、<br>それぞれの枝から生える似たようですべて異なる個々の葉だったり、<br>次の新しい植物へと繋がる実など、<br>幹から無限につながっていくものを自分で手探りして調べていくことじゃないかと思う。<br><br><br><br>植物の幹だけ見てても正直何も面白くない。<br><br>でもそこから広い視野を持って植物全体が見えたら自分の心もどれだけ広がることか。<br><br><br><br>残念なことにこういう勉強の楽しさに気づけるかは自分の周りの環境によると思う。<br><br><br>だから教育とは、ある物事を教えるのではなくて、<br>その物事がもつ無限の繋がりに気づかせてあげ、<br>視野を広げるきっかけを与えることだと思う。<br><br>いきなり広げろと伝えても、怖がって目を閉じてしまうかもしれない。<br>だからちょっと先に目を向けさせて、<br>そこから無限の方向へと走っていくのを見届けるのだ。
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<link>https://ameblo.jp/ttmmlfbr/entry-12096306858.html</link>
<pubDate>Mon, 16 Nov 2015 20:51:14 +0900</pubDate>
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<title>夢について語るとき</title>
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<![CDATA[ 私は昔、自分の夢を聞かれるのが嫌いだった。<br><br>今は、聞かれる人による。<br><br><br><br>昔は、自分のプライドというのもあって<br>人に言った夢を実現できないことが嫌だった。<br><br><br>そして一度夢を誰かに語ったら<br>それを実現しないとというプレッシャーに潰されていた。<br><br><br>今考えると、きっと私の夢を聞いた人達は私の夢の内容なんて今頃忘れてるし、<br>夢なんてころころ変わるものだ。<br><br><br>でも<br><br>「自分の夢を決めることで、他のたくさんの可能性が見えなくなってしまう」<br><br>というのは昔と変わらず、今も思う。<br><br><br><br>ここで言う夢というのは具体的な職業のこと。<br><br>具体的であるほど、それに向かって走り続けて周りの無限にある可能性が目に入る隙もなくなる。<br><br><br><br>本当にその夢に一生コミットしたいのであればそれで良い。<br><br>でも私のように家族の発現に流され、それを夢にし、あまり気持ちが熱くなかった身としては<br>夢を語るのが不安でしかなかった。<br><br><br><br><br><br>夢を言葉にすると実現する、ってよく聞くけれど<br><br>私は自分の心の中に潜めておきたい派だ。<br><br><br><br><br>でも少し大人になって、大きな夢（具体的な職業等）を持ってなくてもいいということに気づいてからは<br><br>漠然とした、こんなことできたら面白いよな、っていう小さな夢をたくさん持つようになった。<br><br><br>自分から夢を語ることはないけど、聞かれれば教えるし、話して自分はちょっとわくわくする。<br><br><br>自分の夢はこうあるべきかな。<br><br><br><br>自分の小さな夢たち、<br>色々つながって実現されたらいいな。<br><br><br><br><br><br>ブログの始めに「今は夢を聞かれるのは人によって嫌だ」と書いたが<br><br><br>最近私は二人の人に夢を聞かれた。<br><br><br>&lt;一人目&gt;<br>夢について語った→「じゃあ研究を続けたいっていうわけではないんだね」<br>以上。<br><br><br>大学院入試の面接にて。<br>相手は当然研究熱心な生徒を受け入れたいため、きっと私の夢は彼が求めていたものではなかった。<br><br>具体的な夢ではなかったにも関わらず、私はやっぱり夢は口に出すものじゃないとその時思った。<br><br><br><br>&lt;二人目&gt;<br>「夢は？」→「ないです、でも～～～なんてこといいなって思いますけどね」→「いいじゃん！夢あるじゃん！」<br><br><br>ほお。<br>私が語ることは人によっては立派な夢に聞こえるのか、とそこで素直に驚いた。<br><br><br><br><br><br>ここでもう一つ自分の小さな夢（どちらかというと目標）ができた。<br><br>「他人の夢を聞いてイイネ、と相手にやる気を出させるような大人になること」<br><br><br><br><br>一人目の例は大人になるほどありがちな、<br>自分の利益に背かない人には興味がない、という人なのかなと。<br><br><br><br>自分よりもたくさんの可能性を持つ若者に対して、<br><br>どうせならイイネの一言でやる気を出させて放っておけばいいじゃないか。<br><br>自分の役にたたない奴ならば、イイネでもヨクナイネの言葉でも自分は何も影響しないのだから。<br><br><br><br>この世の中ではどっちの大人がどれだけいるのだろうかね。
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<link>https://ameblo.jp/ttmmlfbr/entry-12095914364.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Nov 2015 19:30:09 +0900</pubDate>
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<title>理系の話</title>
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<![CDATA[ 自分がここ一年ほど何度も考えてきたこと。<br><br><br>日本の理系はおかしい。<br><br><br><br><br><br>まず、理系＝賢い・すごい。<br><br>よく言われるけど、なんでやねん。<br><br>この固定観念が良くないよね。<br><br><br><br><br>理系か～だったらノーベル賞取れよ！<br><br>これも嫌になるくらい言われるけど、訳が分からん。<br>ある分野の研究者には研究の中で目指す一つのゴールとしてノーベル賞を視野に入れてる人はいるだろうし、それを否定するわけではない。<br><br>でも私からすると<br><br>文学部か～だったら芥川賞取れよ！<br>って言うのと似てるのではないかと思う。<br><br><br><br><br><br>それからリケジョの概念が存在すること自体に違和感を抱く。<br><br>理系の女性に対して嫌味を言っているのではないことは分かってる。<br>けどこれは差別だと思う。<br><br>理系は男性がやるものという前提で話しているから。<br><br>アメリカやイギリス等で多くの女性が高いポジションで堂々と活躍してる。<br>男性に負けることなく。<br>それらの国では理系で女性は珍しいと思っている人は少ないのではないかな。<br><br><br><br><br><br><br>これらすべての問題点は日本の社会の理系に対する理解が少ないから。<br><br><br>実際日本人が日常生活で科学に触れ合うことはほとんどないだろうし、<br>話題として耳に入ってくるのはそれこそノーベル賞で日本人が受賞した時くらいだろう。<br><br><br><br><br><br>小保方さんの件も同じだ。<br><br>私が今までこの件について話してきた多くの人（科学の分野を専門としない人）は皆小保方さんが悪い、と一方的に攻める。<br><br>しかし私がこの件で攻めたいのは小保方さんではなく<br>日本のマスコミだ。<br><br><br><br>そもそも事の始まり、<br>小保方さんの研究テーマが公の場で発表された時、<br>マスコミの食付きはすごかった。<br><br>このように研究が注目されることは素晴らしいことだし、市民の科学への理解を得られるきっかけにもなる。<br>しかし、成果が出て、もうノーベル賞も一目瞭然だ！というときにしかマスコミが取り上げてくれないのが残念だ。<br><br><br>日本には世界トップレベルの研究がいくつもされていると言うのに、<br>日本のほとんどの人がそれら素晴らしい研究についてこれっぽちも知らない。<br>私も知らない。<br><br>しっかりデータが揃わないと研究発表を公の場ではしないのが研究の世界では一般ではあるが、<br>個人的にはテレビ番組、新聞、雑誌等でもっと頻繁に日本で行われている研究が紹介されてもいいのではないかと思う。<br><br>そうすれば少なからず興味を持ってくれる人はいるだろうし、<br>子ども達がそれを見て、面白そう！自分も将来こんなことやってみたい！なんて思わせれたら最高。<br><br><br><br><br>また小保方さんの件に戻るが、<br>あの事実が発覚してからのマスコミ行動の腹黒さには鳥肌が立った。<br><br>あれだけ小保方さんをおだてあげ、リケジョの時代が来たぞ！なんて言ってたのに<br>ころっと変わって小保方さんを悪人として、リケジョはやっぱり信用できないという結論を出した。<br>今となっては何もなかったかのようにこの話題はどこでも見かけない。<br><br>メディアとしてはストーリーとしては面白かったのだろう。<br>でもこれを日本の問題として見たら、恥ずかしいと思わないのか。<br><br>世界レベルの研究が日本でたくさんされていて、多くの人が日々研究をコツコツとする中で、<br>そういう研究を支えていかなければならないのに、<br>メディアは研究を日本の敵へと回した。<br>日本の研究は世界の恥だと。<br><br>自国の人が自国を潰しにかかった。<br><br><br>そんな認識はないのだろうけど。<br><br><br>NHKのSTAP細胞特番を以前見たけれど、NHKがNature誌に乗り込んで<br>どうして小保方さんの論文は一度通ったのですか。なぜこの不正にNatureが気づかなかったのですか。<br>とわざわざ聞きに行った。<br><br><br>大げさではあるけれど、これは日本の科学の将来を潰しに行った。<br><br>NHKとしては真相を知りたがっている国民のために本人らに聞きに行ってやるという気持ちだっただろう。<br>でも私から見たら、こんなことをしたらNatureからすれば日本は厄介な国で、<br>あとからなにかあると面倒だから日本の論文の投稿は避けよう、と成りかねない。<br><br><br>こんな、自国の理解が乏しい国は中々ないのではないかと思う。<br><br><br>この小保方さんの問題があったとき、私はイギリスに一年留学中だった。<br>なのでこの話はネットで見ることしかなかったのだが、<br>実はイギリスの大学の生物のResearch Skillsの授業で一瞬この話題になった。<br><br><br>先日日本人の研究で不正があったのだが、こんな問題は世界中で日々山ほどある。<br>だから自分たちで適切なデータを選び抜くスキルを身につけなければならない。<br><br><br>それだけだった。<br>そう。不正はあってはならないことだけれど、世界中でいっぱいあるのだ。<br>勝手な想像だが、だからNatureが見抜けなかったのもこの一例だけではないと思う。<br>不正があって投稿されている論文は山ほどあるのだろう。<br>だからこそ私たち研究者は投稿されている論文でも疑って読むのだ。<br><br><br>日本がするべきことは小保方さんや理研やNatureを責めることではない。<br><br>これから研究者となっていく若者に正しいデータを選び抜いていく方法を教えていかなければならないのだ。<br><br>インターネットに載っているものすべてを信用するなと同じことだ。<br><br><br>大学のレポートでWikipediaをコピペしているレベルでは論外だ。<br>この面での教育は日本は本当に遅れていると思う。<br><br>それこそイギリスでは一学期3科目中の1科目がResearch Skillsという授業で<br>データの探し方や倫理問題について学ぶ授業があるくらいだ。<br><br>引用についてもアメリカやヨーロッパは厳しい。<br>講義のレポートですらネットや論文から一文でも同じものがあればプログラムによりそれが認識され、例外なく0点となる。（引用元を書く事が重要である）<br><br>なのでWikipediaは論外中の論外で、<br>それを見ていれば不正等を防ぐ教育が海外ほど成り立っていないため<br>日本の研究者には危機感が理解できないのだろう。<br><br><br><br>これらの課題、本当にどうにかしたいと思っている。<br><br>すべては変えられないし、自分は今ただの学部生で将来こんな大きな変化を起こせるポジションになれるとも思えないのだが、<br><br>どうにかして、ここにあげた一つの問題だけでもいいから改善したいと切実に思う。
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<link>https://ameblo.jp/ttmmlfbr/entry-12095312729.html</link>
<pubDate>Sat, 14 Nov 2015 01:26:28 +0900</pubDate>
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<title>Heartbreak</title>
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<![CDATA[ Heartbreak 失恋<br><br><br>この単語を歌で耳にしてふと思ったこと。<br><br><br><br><br>heartがbreak壊れてしまうのではなくて<br><br>heartのbreak休憩なんだよ。<br><br><br><br><br><br>心がたくさんの感情を経験して<br>ちょっと疲れちゃったから<br>心に休憩をあげるの。<br><br><br><br><br>この休憩はすぐに終わって、また新しい素敵な感情が心に芽生えるから。
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<link>https://ameblo.jp/ttmmlfbr/entry-12094533084.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Nov 2015 22:50:10 +0900</pubDate>
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<title>人生の目標</title>
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<![CDATA[ 自分は何を目的として生きるのか。<br><br>ざっくりした質問だけれど、<br>どんな自分を目標として生きていきたいのかを、よく考える。<br><br><br>小学校は日本とアメリカで、地区の学校。<br>中学校はアメリカで、母の希望通りの、試験を受けて入る学校。<br>高校は日本で、母の希望通りの、帰国枠で入れる進学校。<br>大学は日本で、両親の希望通りの、国立大学。<br><br>すべて自分の意思ではなかった。<br><br>大学が選択ミスだったことを、何度も両親を恨んだ。<br>でも最後の最後に行くと決めたのは、どれも自分だった。<br>だから両親を恨む資格はない。強制されたわけではなかったから。<br><br>自分はただ、周りを満足させるように育ったから<br>両親が行って欲しい方向にいつも歩んできた。<br>ナビで道を言われるみたいにそれに従い、<br>道をそれたら戻れ戻れと言われ、直ちに正しい道に戻った。<br><br><br>当然両親が指示する「正しい道」というのは、<br>名の知れた国立大学<br>大手企業で就職<br>いっぱい稼いで同、安定した男と結婚<br><br>そんな感じの道なのだろう。<br><br><br><br>でも自分は一歩もその道を歩きたいと思わない。<br><br>高校は進学校で洗脳されて良い大学に行きたいと思っていたけれど、<br>今となっては、そこは重要ではないと思う。<br><br>特に、国立大学に入学しても満足することが特にないから。<br>ここでの大学生活で満足したのはイギリスでの交換留学の1年間だけだ。<br>この一年があったからこんな考えが芽生えるようになった。<br><br><br>自分は名誉とか金とか安定とかは求めてない。<br><br>ただ自分が生きてる瞬間すごく幸せで、毎日笑えていれば、それで良い。<br><br>留学の一年がまさにそうだった。<br><br><br><br><br>学歴、国籍、年齢、服装、顔。<br><br>これだけの情報が与えられてその人の何がわかるんだって思うよね？<br>でも日本人はこれだけの情報で他人をjudgeする。<br><br>だから皆は、これらの第一印象を少しでもよくするために必死になる。<br><br><br><br><br>私は生きていくために必要のないこのような柵にとらわれずに生きていきたい。<br><br>だから第一印象ではない自分の内側を本当に磨いていきたい。<br>ピカピカに磨き上げて、出会った人が私の第一印象ではなく、<br>私の内面に興味を持ってくれるように自分の内側を磨いていきたい。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ttmmlfbr/entry-12094176760.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Nov 2015 22:57:19 +0900</pubDate>
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<title>はじめ</title>
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<![CDATA[ ブログを初めてみる。<br><br>日々の生活でふと考えることを言葉にして書き出す。<br><br>自分の頭の整理、日本語力の向上も兼ねて、<br>偶然たどり着いて読んでみた誰かに語りかけてみる。<br><br>日記みたいなしょうもないことは書かない。<br><br>自分が思って考えたこと、<br>この自分だからこそ出てくる考えを<br>書いていこうと思う。
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<link>https://ameblo.jp/ttmmlfbr/entry-12094061388.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Nov 2015 18:10:10 +0900</pubDate>
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