<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>釣り坊のブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/turibou921/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/turibou921/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>今まで感じてきたこと</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>Ⅰ⒉）　　　　憧れ</title>
<description>
<![CDATA[ 俺は、身動きもままならぬ窮屈さから一気に解放された、その前に何か尋ねたい事があった様な気がしていたのだが、余りにも急激な展開だったせいなのか、思い出せずにいた。何だったんだ？心の中で反芻しながら、特別な入口を見詰めた。明るい！目に眩い明るさとはこの事か？それだけでは無かった、小鳥にさえずりや、それらに混じって美しい歌声も聞こえて来るようだったが、更に奥の方へと目を移すと、驚きは倍加していた。遠くへと続く道は色とりどりの宝石が敷き詰められ、道と草原を仕切ったロ－プは黄金に輝いていた。何てスゴイ所なんだ、俺は、何が何でも輝く道に入り込もうと、必死にもがいてみたが一歩でさえも近付く事は出来なかった。力が入れば入るほど遠ざかって行く、まるで、周り回廊を進むかの様に。「アア・駄目だ！こっちじゃない！」と、声を上げそうになった時には、俺は分厚い扉を思わせる壁の前に立っていた。「これから一体、俺はどうなるんだ？」一瞬・先の見えない不安がかすめたものの、俺の身体は何事も無かったかのように、壁の向こうへと押し出されていた。「アッ」と、叫んで振り返るなり手を伸ばして見たが、硬そうな扉を感じる事は無かった。死を迎えた人間が必ず大王の前に立つのと同じで、この場所に来たら最後、二度とは逆戻り出来ないに違いない。諦めがついた時、辺り一面が分厚い蒙気に覆われて一寸先でさえ見えない事が分かった。大王の世界ではかろうじての視界があったものだが、此処では全く何一つとして見える物は無い。「いいんだ、急ぐわけじゃなし」と、自分を慰めて気持ちが落ち着くと、軽い疲れを感じてその場に座り込んでしまった。無理もない、大王の前ではいい加減な気持ちは許されず、神経を研ぎ澄ましていたんだものな。それにしても、入って見たかった、あの明るい道へと。大王の言っていた因果だな、結局・俺は、あの道に入れる資格を持ち合わせてはいなかった、南無妙法蓮華経を口にした事も無かったし、日蓮さんが、どの様な教えを説いたのかさえ知らなかったんだから。　俺が心地いい脱力感に浸っていると、訳の分からぬ物がすぐ横を通り抜けて行くのに気が付いた。不思議に思いながら神経を少しだけ研ぎ澄ませてみると、また同じ事が起こった。何だ・これは？と、いぶかる俺の横をまたもや何かがすり抜けて行く。ハハア・これは魂だな、しかも、俺と同じ様に特別な善も成さず、かと言って、眉をひそめさせる悪行も成さず、只・平々凡々と人生を送った人間に違いない。俺に似通った魂が次々と通り抜けて行くのは、大王が平常の業務に戻ったと言う事なのか？何故・この俺にだけ？の疑問と、ヒマなこともあって、この世界に入り込んだ時からの流れを思い返していると、不思議な事に気が付いた。記憶力が蘇っているではないか。本の二・三ページ位ならスラスラと暗誦出来る程の記憶力だ。何てことだ！妻の死後と言うもの、昨晩・口に入れた食い物さえも思い出せないほどの情けなさだったのに。スゴイ！これはスゴイ、単に世界が違うからなのか？それとも、大王が俺の為にそうさせたのか？　そう思うと、そう思えなくもなかった、確かに・大王は「後で思い返してみろ」と、言った筈だ。その為に記憶力を蘇らせてくれたのかも知れない。俺の前にいた男の苦痛に満ちた顔や、喘ぎながら鉄球を引きずって地獄の入口へと歩みを運んだ痛々しい足の動きさえも、ありありと浮かんで来る。確か、大王とのやり取りは「二百年振りだな」の一言から始まった訳だが、考えて見ると、大王が他の魂に対して言葉を発したり、あるいは意見を聞いたりなどの仕草は全く無かった。様々な話を交わしたのも俺一人だったし、俺としても、大王に対しての恐怖心は感じなかったし、むしろ懐かしさの思いの方が強かった。その他にも、不思議な出来事が次々と浮かんで来る。何故、長い行列のあの場所に入り込んだのか？俺の後ろには行列が続いていたのだから、あの最後尾に並ぶのが当然の筈である。しかも、あの白い肥満の男の次に俺は入った。大王は、あの男の生き様の結果を見せたかったからだろうか？　確か、正法誹謗とか言ったな。万人の成仏の可能性を説いた法華経と成仏を可能にする南無妙法蓮華経と言う題目、それと、それを実践した者と、さげすみの悪口を浴びせ続けた者との違い・・・一体何が言いたかったんだろう？大王は最初に俺の前世の姿を見せてくれた。それから、不思議な光の理由を尋ねると、日蓮さんの話になって・・待てよ・・アッ、日蓮さんが大王の前に現れた時、大きな光の中で三匹の手下がいなくなった、と言ったな。もしかして・・もしかしたら・・・その中の一匹が俺だったと言う事なのか？・・・そうであるなら辻褄が合う。かって手下だったからこそ声を掛けてくれたんだし、俺が懐かしく思えたのも頷ける。しかし何故、あの時に大王は俺から視線を外したのだろう？しかも俺には溜め息をついたようにも思えたが・・何故なんだ？・・・・・解った！解ったぞ！そうか・そうなのか、光の中で手下だったものが進化して、大王は境涯が上がったからとも表現していたが・・そうなんだ、手下どもが魑魅魍魎の類から変化するのを目の当たりにして、自分には何時、この変化が訪れるものか心待ちにしているんだ。それとも、手下には起き得たとしても大王たる自分には無理なのかと、不安に思っているのだろうか？　何れにしても、大王は人間に恋い焦がれているんだ。喜怒哀楽を感じて、それを表現できる人間、そして可能性に満ち溢れた人間。だからこそ、人間の笑顔に少しでも近づきつつあると思っている自分の笑顔を見せてくれたんだ。これが真相なのだろう。俺も大王の手下であったのであれば、何とか夢を叶えてやりたいものだ、と思った瞬間、不謹慎かどうかは分からないものの、とんでもない思い付きが頭の中を満たした。考えただけで、自然と笑いが込み上げて来る。ウフフ・ウフフッ　俺は絶対に世界有数の大金持ちになれるぞ。際限も無く笑いが込み上げる、それは、大王の底知れぬ記憶力を使っての金儲けを思い付いたからであったが、この世界に来てからも娑婆っ気の抜けない自分への可笑しさと、金持ちとしての度合いが桁外れに思えたからでもあった。ウフフ・ウフフッ　もう止めようとしても何の効果もなかった、ノ－ベルなんて目じゃないな、ウフッ、俺の名前の下に賞の文字が付くのか、こりゃあ・たまらんな。大王の前には古今東西のありとあらゆる人々がやって来る。当然、歴史を創った人達も免れない、歴史転換の立役者の記憶を読み取るなど、大王だけに与えられた特権なのだ。卑弥呼は何処に邪馬台国を築いたのか？トル－マン大統領が原爆投下の指示を出すまでの葛藤も手に取る様に分かってしまう、信長が荒れ狂う炎の中で光秀に対する態度を後悔したのか？それとも、”人生は五十年〟と達観して舞ったのか？竜馬が暗殺された時、”洗濯は未だ途中だ！〟と思ったのか？まだ見ぬ大陸に思いを馳せたのか？それとも、傍らの慎太郎を気遣いつつ終えたのか？これら等は序の口で、人類史上の謎とされる事柄が全て明白になる。こうなると、世界の出版社は放ってはおくまい、争って俺に会いに来る筈だ。俺は世界有数の大金持ちだな、賞を創設するのなら、どの分野にしたものか？俺がニヤついた顔付きで「さて、どうする？」と思案を始めた時だった。　ガツン！！顔が地面に埋まってしまうのでは？と一瞬思えたほどの力で頭を殴られたのであった。「何だ！馬鹿馬鹿しい！」俺は、自分の軽率さや甘さ・愚かさを呪わずにはいられなかった。この世界の知識も記憶も、次の娑婆世界へとは持っては行けないのだった。「アア・ア」と、ぬか喜びの大きな溜息を洩らした時、合点の出来る理由が、突如として湧いて来た。そうか！解ったぞ！解った！　二度目の大王の溜め息の理由が！あの時は、人間として南無妙法蓮華経を口にする事が如何に難しいかを話していたんだ。　大王は日蓮さんの教えが最高だと分かっている。分かっているが故に、果たして、それが自分には出来るのか？手下共には出来たとしても、この自分には無理なのではないか？と。　自分が何時、人間へと進化出来るのか、それさえも覚束ないのに・・・大王は自信が無いんだ！遠い未来に待ち望んだ人間として生を受けた時、”南無妙法蓮華経〟を唱えられる自分なのか？大王こそが一番分かっている筈だ、この世界の如何なる情報であろうとも、人間の住む娑婆世界には持って行けない事を。だからこそ心から心配しているのだ。そうか、それで、鬼から人間へと進化した俺が、あの光を放つことが出来るのであれば、大王にもその可能性があると言うことになる。だからこそ、鬼族出身であるこの俺にだけ手間暇をかけ、しかも、無駄だと分かっていつつも光を放つ人間へと変化し得る方法を伝えたのだ。本来なら、日にやって来る何万・何十万もの魂を、行くべき道へと裁かなくてならない筈なのに。　俺は、改めて大王の期待の大きさに驚くと同時に、限りない可能性を秘めた人間への強い・強い憧れを感じずにはいられなかった。そうか、大王は人間になりたいのか。大王の本心が確信出来た俺の心の中には、新たな感情が吹き上がっていた。閻魔大王ほど恐ろしい者はいないと思われている大王が、実は、何あろう弱くて他愛もない我々人間に憧れていたなんて。俺は出来るものなら愛しく思える大王の前に進み出て「心配しなくても大丈夫だよ。きっと人間に成れるからね」と、励ましてやりたい。　目の前には、あの巨大で剛毛に覆われた大王の姿は無く、将来に不安を抱えた青白い顔をした等身大の少年がいるだけだった。　　俺が、やがて縁あって人間に生まれたとしたら、必ず・日蓮さんの教えを実践して、あの不思議な光を放てるタマシイになってやる！　そんな俺のタマシイを見た大王はどんなに喜ぶことだろう。もっと・もっと人間に近い笑顔が出来るようになるかも知れない。例え、そうならなくても大王にとって、遠い未来に一条の希望を見出す事になるに違いない。　アア・出来る事なら、俺が娑婆世界に無垢な赤子として誕生した時、小さな小さな大脳の片隅、いや・片隅の一点でいいから、南無妙法蓮華経の妙の一字でもいい、金を受け取った旅の僧の澄んだ目でもいい、微かな一点に記憶として残っていてくれたら、　俺は間違いなく南無妙法蓮華経を唱える人間として生涯を送るに違いない。よし！決めたぞ！今の俺の心の中には迷いなど微塵も無かった。蒙気の中を勢いよく立ち上がると、来世への第一歩を踏み出した。やがて、蒙気を突き抜けると、輝く星々を抱き抱えた大宇宙が広がっている筈だ。俺のタマシイは広大な空間を漂いながら、前世に積んだ因にふさわしい果となる縁と出会えるのを楽しみにしつつ。<br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　終わり<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/turibou921/entry-12547112366.html</link>
<pubDate>Fri, 31 May 2019 13:07:42 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>⒒）特別な生き物</title>
<description>
<![CDATA[ 「今のがお前の前世での最後だ」「・・・・」「ショックの様だな」「はい・・有難う御座いました」「礼には及ばぬが、感じる事は何かないか？」「エッ・」「気が付かんのか？」「いえ・・何が、でしょう？分かりません」「そうか、分からんか、知っての通り、お前は前世で悪どい事をやって来た。本来なら地獄へ落ちても文句は言えまい。ところが、たったの二百年ぽっちの年月で、又・人間として生まれて来た、この事実を不思議だと思わんのか、と言う事だ」「二百年が、たったの、と言う事ですか？」「前世の罪で地獄へと落ちていたら、今も尚苦しみの中に居たろう事は推察出来る」「地獄の苦しみとはそんなに長いのですか？」「そうだ、お前の前にいた男などは相当の期間を苦しみ・のたうつ事になる。」「どの位の時間になるんですか？」「ハッキリするのは、あの男が苦しみ抜いた後、仮に人間として生まれて、その生涯を閉じ、ワシの前に立った時に正確な年数が分かるというものだが、恐らく数万年から十万年と言う所だろう」　何と言う長さだ、人生・たかだか七・八十年と言うのに、一万年以上もの時を苦しむとは・・「そう言う事だ。だのに、お前はたったの二百年で娑婆世界に生まれて来たのだぞ」「大王様、私は本当はそれ以上の年月の苦しみを受けて当然だった、と言う事なんですね」「そうだ、その通りだと思わぬか？八人もの娘達、しかも何の罪もない娘達の幸せを踏みにじったのだからな」「何故、二百年で済んだものか私には分かりません」「だろうな、お前は命の終わる日に、旅の僧に金を渡したな」「はい、確かにそうでした」「あの旅の僧は、お前から預かった大金を全て、貧しい民の為だけに使ったのだ。出所は不浄ではあったが多くの命を救った事には変わりがない、それと、お前に対する祈りだ。真っ当な人生が送れますように、あるいは命が尽きたとしても成仏出来ますようにと、真剣な祈りを重ねている、あの時お前に只ならぬ気配を感じたのだろうな」そうだったのか、その真剣な祈りがあったからこそ、命の終わる前に、あの僧を思い出す事が出来たのだろうか？「私は、あの人と会えませんか？会って是非ともお礼が言いたいんです」「気持ちは分かるがな、あの僧は見事な姿でワシの前に現れると、寂光土へと旅立って行った。今のお前には絶対に行けない世界じゃ。ワシには過去は知り得ても先の事はわからぬ。」「大王様、あの時、旅の僧が教えてくれた南無妙法蓮華経を唱えていたとしたらどうなっていたんでしょう？」「お前がそれを聞くか。片腹痛い、とはこの事だ、お前はあの時、修行僧の真剣な話をまともに聞いていたのか？仕方なく聞いてやった、と言う、投げやりで・いい加減な態度であった筈だぞ、そんな心根の人間が例え、南無妙法蓮華経を口にしたところで、何ら変わる事はない。ワシは以前、お前に伝えた筈だ。末法に南無妙法蓮華経を唱える事の難しさを」「ハ・ハイ憶えています、六難・九易だったと・・」「そうだ、五濁悪世の末法に於いて、一人の人間にさえ、受持させ・読ませ・書かせる事等の難しさを表したものだが、その他にも、三種の増上慢があり、己心の魔と言うものもある。お前が旅の僧の前に座り込んだ時、お前の中に、薄汚れた年若い修行僧に対しての蔑みの心が無かったとは言わせんぞ、その時には既に、お前の心の中には俗衆増上慢と言われる・驕りや相手を馬鹿にする気持ちが有ったのだ。それに、修行僧が最後の部分で”南無妙法蓮華経を唱えなさい〟と口に出した時、一度は心の中で唱えてみようか、とは思ったものの、直ぐにそれは押し止められた。己心の魔の働きと言って良い、どうだ、身近な弥吉を例えに使った事で分かり易かったと思う。この様に、南無妙法蓮華経を唱える事が如何に難しいかが理解出来た筈だ。　大王が・如何に難しいものかと、口にしようとした時だった、俺を締め付けていた枠が緩んで楽になったと気付いた瞬間、大王の眼は俺から逸れて一点を見詰め、何かを真剣に考えている風に見えた、まただ！しかも二度目だぞ！と、叫ぼうとすると、再び全体を揺るがすような地鳴りが響いて来た。ゴオ―ッ。地鳴りの続く中、俺は大王を注視した。幾分、顔を上に向けたまま相変わらず一点を見詰めている。「一体全体・何を考えているんだ？闇の帝王として君臨する大王を、悩ましてしまう問題でもあると言うのか？それに、あの地鳴りは何だ？・・・アッ！溜め息！そうだ、溜め息だ！・・溜め息以外に考えつくものは何も無い。しかし、そうだとしても何故・溜め息を？　確たる答えを見出せずにいると、大王は何事も無かったかのように、再び俺に目を向けた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「お前を送り出す時は、既に来てはいるのだが、どうしても引っ掛かる事があってな。お前は妻女の死後の二年間は殆ど・死にたい・死にたい・の思いだけが色濃く残っているし、その後についても同じ思いが所々に記されているのだが、今、このワシの前で、死んだ方が良かったと思えるか？」「死にたいと思っていた時に死んだ方が良かったのか、辛いながらも十年間生きた方が良かったのかは、今の私には分かりません」「結論から言えば、これで良かったのだ。辛い十年間だったろうが、意味のある事だ。」「私には、そうとも思えませんが・・」「当然の事として、お前にも父親がいる。その父はお前が胎内に宿る迄に如何ほどの精子を放出したのだ？如何に小さいとは言え、縁あって卵子と結合すれば立派な人間として誕生し得る、一個の生命体だぞ、お前が形造られるまでに一体何個の尊い生命が死んでいった事か。たったこれだけの事からでも、お前の存在そのものが如何に稀な事であるのかが分かろうと言うものだ。話を変えよう、人間の身体は最盛期には六十兆ほどの細胞で成り立っているのだが、二か月もすると殆どの細胞が入れ替わる、その死んだ細胞も一個の生命と言えなくはない。他にも、小さい頃から食して来たコメや麦、これらの一粒一粒も立派な一個の生命だ。あるいは地球の大地を踏みしめていた頃、その足元には無数の微生物がいた筈だが、意識もためらいもなく無造作に踏み殺して来ただろう。どうだ、ワシの言いたい事が分かるか？」「はい、分かるような気がします。人間は莫大な生命の上で生きていると言う事でしょうか？」「そう思うのであれば、どんな気持ちが湧いて来るか？」「名も無い小さな命に対しても感謝の心を忘れるべきではないと思います」「そうあるべきだ、と同時に、尊い生命の上に成り立つ人間の命を、己の感情や欲望で傷を付けたり、殺したりする事が如何に罪深い事であるかも知らねばならぬ。それともう一つ、特筆すべき飛び抜けた才能を人間だけが持っている、それは可能性だ。人間以外で可能性を宿す生き物などおらぬ、本能と言うプログラムの中でしか生きられんのだ。お前は気付くまいが、ワシの頭上を、本能だけで生きて来た莫大な数の残骸が通り抜けて行く。人間の生き様に比べると実に空しいものだ。それなのに、お前が命を絶ったとしたら、今まで支えてくれたおびただしい残骸に対して、何と言って詫びるつもりだ。妻女の死後の十年間は、お前にとって辛い年月であった事は否定しないが、意識を変える事によって、同じ苦しみにのたうつ他の人々への励ましとも成り得る存在にもなれると言う事だ、分かるか？」「苦しんだからこそ、人の苦しみも分かる、と言う事ですね」「そうだ、無限とも言える可能性を秘めた人間として生まれて来る事が如何に稀であるか、と言う事も知っておかねばならん。この広大な宇宙の中でありとあらゆる生命が生死と言うリズムを繰り返している。生の時は形あるものとして、死してしまえば空の状態となる。そしてまた、縁に触れて形あるものとして誕生して来るのだ。地球に生息する三千万を超す種類の生物の中で、最も完成された生き物が人間だ。あるいは、宇宙空間に存在する空の状態の生命の中で、人間として生まれて来る事は、何千億兆をもう一度掛け合わせた位の確率になるだろう」そうなのか、大王の言った”生きる事は意味のある事〟とは、こう言う理由があるからなんだな。稀な存在であり、しかも可能性を秘めた人間として、例え、一日であったとしても生き抜くことは価値のある事なんだ。「大王様、人間の命の尊さは分かりました。そして、命を粗末にする事の罪深さも分かったつもりです。でも、私のいた頃の地球では違っていました。日本でも、世界でも、親が子供を殺したり、あるいは、その逆であったり、また、世界の各地で戦争や紛争が絶えませんでした。日蓮さんの教えはともかくとして、名だたる宗教が沢山あったにも拘わらずに、です。何故でしょうか？」「簡単な事だ。生命こそ尊極、と言う思想がない事と、以前にも申したが、因果は俱時する、と言う説を備えていないからだ。」「大王様、因果云々が大事なことは分かるのですが、もっと具体的にはどうなるんですか？」「フム、そこまで説明が必要か？ならば言おう、お前がかって取った事の無い百点満点の答案用紙を手にするにはどうするか？」「好きでもない勉強に取り組むしかないと思えますが・・」「そうだ、お前の必死の勉学が因であり、満点の答案用紙が、その果になると言う事だが、当然の事として、その逆もあり得るのだぞ。結局、善因は善果に悪因は悪果となる。そしてこの繰り返しが、”業〟となってお前の魂に深く刻まれて行く事になる」「大王様、業と言うのは運命と言われるものですか？」「そうだ、宿命とも宿業とも、或いは運命とも言われている。そして、この業なるものがお前の来世を大きく左右していく事となる。考えて見ろ、人間のそれぞれが顔や・形・大きさや・色の違い・能力の有無・家族の状況や国の違い等々の差別があるのが分かるだろう？これ等の差別の違いは、全て業の成せるわざと言って良い。人間が本当の幸福を求めるのであれば、如何に善因を積んで行くかにある。この様に、因と果の間にある関係を知らないからこそ、尊い命を簡単に扱ってしまう事になる。お前の言った、名だたる宗教に人間の命を手段化するような傾向があるのも、因果を捉えていないからだ。命の尊さを理解するからこそ、命ある相手を認め合い、尊敬し合い、讃え合って行けるのだ。人類が一日も早くこの事に気づかねば、人類の真の幸福は無い。人間は様々な法の下で生きている。地域々で通用する最も身近な法もあれば、一国を運営していく為の法律もある、しからば、生命についての法はあるのか？　お前も薄々と気が付いていると思うが、それこそが日蓮上人がたもつ”一念三千の法門〟という事になる。」　確かにそうだ、俺が無神論者とうそぶくようになったのも、創造主と言われるものが創ったとされる人間の子孫である訳は無い、それは自分の体形が西洋人とは似ても似つかぬ、胴長短足であったからでもあるし、人類が二人から始まったのであれば、それは近親相姦の典型であり、早産や死産、或いは未熟児などと、正常な人間が誕生する筈が無いし、また、短期間で肌の色などの多様性を成し遂げられるとも思えなかった。その他にも、太陽が神とも思えなかった、やがて死滅へと追いやられる天体が神である訳は無い・・宗教は永遠性のあるものでなければならない筈だ・・・俺が必死に頭を巡らしている最中、突然・大王から言葉が発せられた「オイ・思索もその辺りで切り上げろ、此処を去る時は来ている。いいか！これからは全てお前自身の問題になる。次に会えるのは何年後となるのか楽しみにしておる。サア・行け、行くのだ！」<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/turibou921/entry-12547112365.html</link>
<pubDate>Tue, 28 May 2019 16:08:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>⒑）　　前世での死</title>
<description>
<![CDATA[ 言われた通りに、俺は息を吐くように気持ちを落ち着かせ、神経を一点に集中していくと、ボンヤリと映像が浮かんで来るのだった。　一体・此処は何処なんだ？辺り一面は、緑色で覆われていて、直ぐ近くには農家らしき家と、納屋か倉庫かと思われる古びた小屋があり、更に、その後ろには大きな孟宗竹の林となっている。その竹林の中には、スラリと伸びたその先に竹の皮を纏った物もあれば、掘り出しても良さそうな物、あるいは親竹近くまで伸んでいる物もある。季節を推し量れば、梅雨時の最中と見るべきだろう。と、一瞬、俺は人間であれば息が止まっていたと思った。その竹林の中に、腰を落としたまま竹に手を添えている男を目にしたからだった。男は注意深く辺りを伺っているようで、盛んに首を動かしている。俺は更に神経を集中して行くと、その男の顏の輪郭がハッキリとして来た、エッ、此奴は弥吉だ！もう何年前になるのか、三人めの娘だと言っていたお絹のかどあかしの時以来になる。随分と時が過ぎた筈だが、目の前の弥吉には、そば屋のノレンを払って出て行った勢いも、男前に思われた面影も無く、ホホの肉が落ち、目じりや額にも深いシワが刻まれている。若い時の男振りが際立っていただけに、ショボクレタ姿が哀れみさえも感じさせてしまう。弥吉は用心深く辺りを見回していたと思うと、腰をかがめながら田んぼの横にある小さな流れに素早く身を沈めた。恐らく、高低差のある田んぼを利用しながら、向こうに見える見事な松並木の街道に出て、足繁く行き交う人々の群れの中に紛れ込みたいのだろう。弥吉はとうとう街道横の葦の生い茂る小川の中に身を隠したが、時折り、畜生！畜生！と言う独り言も聞こえて来る。暫くすると、三人の男が街並みのある方向から走って来たが、あっちを見たり、こっちを見たり、あるいは振り返ったりと動作がかなり忙しいのが気に掛かる。「あの野郎・どこへ行きやがった」一見、兄貴風の男が「いいか！何としても見つけ出すんだ！」と、語気を荒げながら残りの二人に念を押している。　やはり、とは思ったが、前世の俺である弥吉はヤクザ風の男達に追われているようだ、弥吉、お前は一体、何をしたと言うんだ。　直ぐに、反対側の方からも二人の男が息を弾ませながら近付いて来た。「奴ア、何処にも見当たりやせんぜ」「畜生め、一体何処にいやがるんだ、あの野郎！・・オイ・まさか？権平を抜けたんじゃねえだろうな？」「いや、そりゃあねえと思いやす、元締めが、用心棒の先生に権平まで出張る様、頼んでやしたから。」「あの腕の立つ方の浪人か？」「へえ・左様で。」「そうか、それなら心配はねえだろうが、もし取り逃がしでもしてみろ、痛い目くらいじゃすまねえぞ。元締めはカンカンだからな。」「兄イ・野郎は闇に紛れて逃げるつもりじゃねえんですか？」「それもある、いいかお前ら街道筋だけでなく、農家の納屋とか細けえとこまで目を配るんだ、奴は腹も空かしている筈だからな。」　五人の男どもが左右に別れて行ったのを確認した弥吉は、思い切った様に葦の中から抜け出ると、急いで大きな松に身を寄せた。胸から下はズブ濡れで身体全体が小刻みに震えている。冷え切っている上に、随分と食い物も口にしていないのだろう。弥吉は疲れた様に松に寄り掛かると天を仰ぎ、フウ―と大きな溜息をついた。田んぼの向こうにある農家の軒先では二人の男が数人の子供に向かって何かを聞いている。「畜生！いよいよ俺も年貢の納め時か。」忌々しい口調で呟くと、弥吉は左手で膨らんでいる懐をギュッと握りしめるのだった。　街道には相変わらず旅人や物売りなどが行き交っていて、殆ど人通りが絶える事は無い。弥吉は松の陰からジイッと流れを見つめていたが、その内に、二人連れの旅人が近付いて来るのに目を止めた。一人はずいぶんと大柄だったが、連れの方は中肉中背で弥吉とは大差のない格好をしていた。二人連れがいよいよ近付いて松を過ぎようとした時、弥吉は声を掛けた。「もし、旅の人、急で済まねえんだが、あんたの身の物そっくり俺のと取り換えちゃくれめえか、いや、迷惑がかかるってんじゃねえんだ、心配には及ばねえ、金も・ほれこの通り。」弥吉は手にした一両小判を開いて見せた。小男は小判が目に入ると、足を止めて応じようとしたものの、大男の方が慌てて連れの腕を鷲づかみにするや否や、「俺達は急ぎ旅の途中なもんで！」と、叫ぶ様に言い放つと、飛ぶ様にして走り去ってしまった。「何でえ！畜生め、こちとら一両もの大金を出そうってんだ、頼まねえよ・ベラ棒め！」憎らしそうな舌打ちを何度か繰り返すと、弥吉は思い出したように身を屈め、改めて辺りを見回すのだった。その内にフト気付くと、五本ほど先の松の根元に旅の僧らしき姿が見える。何を思ったものか、弥吉は低い姿勢のまま松から松へと身を運ぶと、旅の僧に近付いた。松の太い根っこには枯れた松葉が溜まっていて、まるで柔らかい座布団を敷いたかの様になっている。「オイ、坊んさんよ。」旅塵にまみれた旅の僧は滴る額の汗を拭いもせずに、前に座り込んだ弥吉をジッと見詰めると「何でしょうか？」と、声を返した。「実はよ・・実は、これを預かっちゃ呉れめえか？」弥吉は懐から重そうな袋を取り出すと、旅の僧の足元に置いた。旅の僧は一旦、袋へと目を落としたが、直ぐに弥吉の目に顔を向けると「お前さんは？」と尋ねた。「預かって呉れとは言ったが、返して呉れとも言わねえよ・・・いいんだ、もういいんだ・・坊んさん、あんたにやるよ。但し、ヤクザな奴には絶対やらねえでくれ。」弥吉は小さな溜め息を付いた後、「何が何でもやりたくねえ奴がいるのさ」と付け加えた。旅の僧は再び、ジッと弥吉を見詰めると「兄さん」と声を掛けた。弥吉は注がれた視線から逃れるように目を逸らすと、「ヘン、俺に説教ってか」説教したって”釈迦に説法〟とは、この事だあな、と言わんばかりの返事をした。「そのつもりは無い、一言だけだ」「何でえ」「兄さんの身に何かあったら”南無妙法蓮華経〟と、唱えなさい。」「ナンミョウホ－レンゲキョウ？ナンミョウホ－レンゲキョウ？たあ何の事だ。ナンマンダブじゃねえのかい。」「そうじゃない、南無妙法蓮華経だ、これこそが最も正しい題目だ。」「聞いた事もねえな、まあ憶えといてやるよ。」ケッ、澄んだ目してやがるぼうずだぜ。「あばよ」弥吉は旅の僧から離れると、腰を落としたまま松から松へと移って行った。「へッ、これで気分が楽になったぜ。元締めの、目ん玉・ひん剥いた顔が目に浮かぶ様だ。いい気味ってもんだぜ。」陽は西に傾き、松の長い影は道を横切って田んぼの中にまで伸びている。腹が減ったなあ、と呟きながら腹を押さえていると、町並みの方から牛車の近付いて来るのが見えた。「オオ、あれだ！」近付くにつれ、牛に鞭を入れながら声を掛けている老爺の姿がハッキリとして来たものの、荷はどうやら肥え樽らしい。姿が大きくなるにつれ鼻を刺す臭いがきつくなって来た。「贅沢言っちゃあバチが当たるぜ」弥吉は急いで懐から薄汚れた手ぬぐいを取り出すと、頭から被ってアゴの下で強く結んだ。上手い具合に藪の中から飛び出すと、荷台の後ろ側につき如何にも車を押す格好をした。思った通りの肥え樽が車の幅いっぱいに三つも並んでいる。「何てえ臭えんだ、クソッ！三つも並べやがって、大名屋敷か大店からでも持って来やがったか！」車輪が小石を踏みしめる度毎に、容赦なくはねっかえりが飛んで来た。一町ばかりも過ぎるといよいよ陽は落ちて、田んぼのあちこちから薄い煙の上がるのが見える。「こりゃあ・ひよっとしたら助かるかもしれねえ、権平を越せば何とかなる、お陽さんよ、頼むから早く沈んでくれよ。」　その時だった。二人の男が小さな畦道を走りながら喚いている。「止まれ－！オ―イ止まれ！爺じい、止まるんだ！」「畜生、何で見つかったんだ！」弥吉は一層身を屈めると懐の匕首を掴んだ。見つかりゃあ、そんときゃあ・そん時だあ。息を切らしながら一方の男が、「爺さん、樽の中身は何だ！」「へえ、肥えですだ」「何だ、肥えか。道理で臭え筈だ」馬鹿な奴等だぜ、肥えの中に隠れているとでも思ったか。「よし、ウッ・臭え、早く行け！」老爺はペコペコしながらも鞭をくれると、ゼ－ゼ－と牛に声を掛けた。弥吉は再び動き出した牛車の後ろから押す振りをしながら通り過ぎようとした時だった、もう一人の男が怪訝そうな顔付きで「オイ・弥吉兄いじゃねえのか？」「畜生！」弥吉は権平とやらに向けて駆け出した。「弥吉だ！逃げたぞ！俺が追うから、お前は兄貴達を呼んで来てくれ！」「畜生！此処まで来たんだ、捕まってたまるか！」必死になって走ったものの、追手が若すぎた。男は弥吉の襟を引っつかむと、思いっきり後ろへと引き倒し「野郎、捕まえたぞ！」と大きく叫んだ。弥吉は後ろ手にねじ上げられながら、もと来た道を引き返していると、薄明りの中に六・七人の塊が見えて来た。先ほどよりも人数が増えているのは、何が何でも捕まえなくてはならなかったのだ。「良くやったな」と声を掛けた兄貴格の男は一番の若衆に、「権平の先生に、こっちに来てくれろと頼んだら、その足で元締めに伝えて来い」と指図した。やがて、七人ほどの集団は街道横の雑木林の中へと入って行った。「弥吉兄い、よくも面倒掛けてくれたな」「どうしようってんだ」「分かってるだろう、イカサマで稼いだ金を返してくれりゃあいいのさ。元締めはカンカンでね、飼い犬に手を嚙まれたと大層な立腹さね。」「飼い犬だと、ふざけるな！俺あな、今までに相当な上がりを納めて来たんだ、女を売り飛ばす度に最低でも二両の金子は渡して来た、八人の女だけでも二十両もの大金だぞ。」兄貴格の男は「へッ」と、見下げた笑いを浮かべると「弥吉兄い、笑わしちゃいけねえよ。元締めに取っちゃあ、そんなもんは金の内にへえらない事位おめえも知ってたんじゃねえのかい。さあ・返して貰おうか、百両そっくりな。」座らされた弥吉に、一人の手下が近付くと、サッと懐に手を差し込んだ。ズッシリとした懐中を手にする筈だったが、あてが外れたかの様に慌てて懐をまさぐった。「兄い！ありませんぜ！」「何い！そんな筈はねえ・しっかりと探して見ろ！」怒鳴られた手下は弥吉の身体を倒す様にして探っていたが、直ぐに、小さな財布を取り出し、「これしか無えようで・・」と小さく呟いた。顔付きを変えた男は業を煮やしたかのように足蹴りすると「弥吉・てめえ！何処にやった！」と、脅しを込めて叫んだ。「フン、知らねえよ」「畜生！」「兄い、あれが無えと元締めが・・」互いが顔を見合わして浮足立つと、弥吉への注意が散漫になったのだろう、今だ、と思った弥吉は素早く立ち上がると駆け出した。深くなりつつある闇の中を二十歩ほども足を運んだろうか？闇の中なら逃げ切れると、思ったのも束の間、権平で来るのを待っていたと言う用心棒と出くわしてしまった。顔を見合わせた瞬間、用心棒は「待て」と言うより早く、刀を抜くと、そのまま大上段から振り下ろしていた。弥吉が「しまった」と躊躇した時には、左の肩に軽い重みと、焼け火箸に触れた様な痛みを感じたが、弥吉の身体は膝が折れ、そのままゆっくりと地に突っ伏した。ドクドクと身体から血が抜けて行くのが分かる。弥吉が自分の命はやがて終わると自覚した時、今迄に、嘘を重ねてだまして来た八人の小娘達の顔が、次から次と浮かんでは消えた。だまされた事が分かって、その場に泣き崩れた娘もいたし、俺を睨みつけながら・嘘つき！嘘つき！と叫び続けた娘もいた。だまされたと知った娘達の必死の形相や叫び声は、弥吉にとっても気の滅入るものだった。アア・・俺は年端も行かない小娘達の流す絶望と怒りの涙の上で生きて来たんだ、何と情けない卑劣な人生だった事かと、死を目前にして初めて・本当に分かった気がした。　直ぐに追い付いた兄貴分は「殺っちゃあまずいぜ！」と言い放ったが、用心棒は刀を納めると何も無かったかのように立ち去った。「オイ！オイ・弥吉！金は何処なんだよ、金だよ！」弥吉は少しづつ遠のいていく意識の中で、自分を激しく揺さぶりながら大声で喚くのを感じはしたが、もうどうでも良かった。　「こんなクズみたいな俺でも心配して忠告までしてくれた坊んさんよ、嬉しかったぜ・・あんたの考えた通りになっちまったようだぜ・・・あの坊主、何とか言ったな・・ナンマンダブじゃねえや、何だったっけなあ・・ナンミョウホ－レン・か？・・ナンミョウホ－レンゲキョウ？これだ、間違いねえ、・・しかしなあ、坊んさんよ、今更・言ってみたって始まらねえよ・・・なあ、そうだろう・・なあ・・澄んだ目・・してやがった・・・なあ―・・・　急にボヤけると、もう二度と何も浮かんでは来なかった。「何て事だ・・三人だけじゃ無かったのか・・俺は八人もの女性を肴にして生きて来たのか・・八人も・・娘をさらわれた親の苦しみ、憤り、不安や寂しさ、俺にも娘がいた。ある日突然に娘がいなくなったら、と思いを馳せた時、俺は身もだえせずには居られなかった。あああ・・俺は見も知らぬ家族の愛情や夢を幾つも幾つも引き裂いて来たんだな。ああ・そうか、そう言う事か・・両親の愛を受けなかった俺がいたのは当たり前の事なのか？・・そうなんだ、・・・これが因果なのか？自己責任と言うやつだな・・。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/turibou921/entry-12547112364.html</link>
<pubDate>Fri, 17 May 2019 13:54:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>9）　　　三代の会長　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</title>
<description>
<![CDATA[ <div>「大王様、私は以前、あの不思議な光を放つ人達は、日蓮さんと同様に南無妙法蓮華経を唱えながら、弘教に励んだからだと聞きましたが、皆・坊さんなんですか？」「違う、あの人達はお前と同じく、ごく普通の民間人だ」「ただの人達だと、言うんですね？」「そうだ、日本という国は、かって大きな戦争を引き起こした訳だが、その戦前に”牧口常三郎〟と言う教育者が、子供たちの将来の幸福のためには”日蓮仏法の教え〟が不可欠だと確信して、創価教育学会と言う会を設立したのだ。一時は三千人ほどの教育者の集まりだったのだが、戦時中の治安維持法や不敬罪の罪に問われて獄に繋がれたのだ。」「何故ですか？その牧口さんと言う方は、子供たちの幸せの為に働いたんでしょ、つまりは国の為でもある訳ですよね、それなのに何故なんです？」「ワシは、日蓮上人が時の幕府権力者に対して、立正安国論を提出した事は伝えたな。」「はい・憶えています。あれは確か？国中に様々な難が起こる故に、民衆が塗炭の苦しみに喘いでいた、その原因の根底に誤れる宗教の存在があるので、だったと思っています。」「そうだ、牧口等が検挙されたのも、それと同じ事だ。軍部政府は神道を掲げて戦争を遂行したのだが、その一つに、団体や家庭に信仰の対象を神道にする様にと、推し進めた事がある、その結果、日蓮正宗・総本山はその意向を受け神札を受ける事を決定した上で、信徒団体である創価教育学会にも受けさせようとして本山に呼びつけ、牧口等幹部に対し説得したのだが、牧口はガンとして拒んだのみならず、”今こそ、国家諌暁の時ではありませんか！何を恐れているのです〟と、本山側を諫めたのだ。国にとって、国の施策に真っ向から反対する勢力ほど厄介なものは無い。当然のように牧口・戸田両名の他、幹部二十数名が検挙されたのだが、厳しい取り調べの中、結局残ったのは牧口と戸田の両名だけで、他の幹部は全て退転してしまっている。」「チョット・大王様、タイテンと言うのは退く事だと思うんですが、つまりは信仰を止めてしまったんですね？」「そうだ、その通りだが、牧口・戸田両名の信仰心が萎える事は無かった。取り調べの最中にも判事に対して、神道の誤りと戦争の中止を叫び続けたのだ。どうだ、これまでの話で何か感じる事は無いか？」「有ります、実は、話を聞いて行くうちに、日蓮さんが安国論を幕府に提出した時の背景と似ていると感じていました。」「そう感じ取れたのであれば、大したものだ。日蓮上人とは時代の差こそあれ、状況は全く同じと言っていい、牧口・戸田の場合は、国を挙げて戦争へと突き進む流れに真っ向から抵抗したのだが、この勇気と精神力は上人の”それ〟に、劣る事はない。一つ、お前に尋ねる、サラリ－マン時代に会社の方針に対して、意見を述べたり、間違いと思える事を指摘したり等した事はないのか？」「急に・・急に言われても困りますが・・いや、無いと思います。」「そうだな、しかしだ、不平や・不満を口にした事は記憶に残っているぞ。」エッ、そんな事まで分かってしまうのか？確かに俺は不満があったとしても公然と言い放った事は無かった。どちらかと言えば、意見の合う同僚達と陰でボソボソと愚痴っていたな。結局、俺の一生は、長い物には巻かれろ、式で終わったのか・・。「どうだ、お前の体験と比較すれば、一層の違いが分かろうと言うものだ。しかしながら、牧口は厳しい環境と高齢の為、獄死する事になる。一方の戸田は、同じ獄舎にいながらも会う事の出来ない牧口の身を案じつつ南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経、と題目を送り続けるのだが、ある日の取り調べの最中に、判事から牧口の死を知らされ、余りの悲しさに涙にかきくれてしまう。だが、やがて戸田は生きて獄を出る事になる、しかも、戸田は獄中で己の人生を決定づける不可思議な二つの体験をする。獄中への書籍の差し入れは以前からしてもらっていたのだが、その中に、法華経が入っていた、手に取った戸田はスラスラと読んで行くのだが、途中で分からない箇所にぶつかってしまう、”これは一体・何を言わんとしているのか？〟戸田は真剣に考えてみるのだが、どうしても答えが見つからない。仕方なく宅下げにしてしまうのだが、再び、差し入れの中の一冊として混じっていた、”間違えて入れてしまったのだろう〟位の軽い考えで宅下げにするのだが、次の差し入れの中に再度混じっている事に気が付く、戸田は、驚くと共に、この現象が単なる偶然ではなく必然であると捉え、この日から猛然と挑戦を開始する。”この答えを必ず突き止めて見せる〟とな。真剣な題目を唱えながら深い・深い思索を重ねて行く。それは三十四個もの否定の先にある”仏の正体だ。丸でもない、三角でもない、匂いがある訳でもなく、重いわけでもない、この様な”非ず〟が三十四個も続く、その先にあるのが”仏とは何ぞや？〟の答えなのだ。シン吟しながらの思索の中、唱え続けた題目が百万遍を越えた頃、戸田の脳裏に突如閃いたものがある。”生命だ！生命の事なんだ！　戸田は叫ぶ”仏とは生命の事なんだ〟と。数か月に及ぶ血を吐くような努力が遂に実を結んだ、と、言って良いだろう。残りのもう一つの体験と言うのは、以前お前に話した、地涌の菩薩の事だ、憶えておるか？」「はい、末法と呼ばれる悪世に教えを弘めるため、地から湧いて来た人達の事だったと思います。」「その通りだ、戸田はある日の夕方、大空が少しずつ茜に染まろうとする時、陸続と躍り出て来る地涌の菩薩の中に、自分がいる事を覚知したのだ。戸田は感涙にむせびながら、”何と、有り難い事か〟俺は間違いなく”地涌の菩薩なのだ〟と。今までおぼろげだった自分が、明確に分かった事で、戸田は滂沱と流れる涙の中で決心をする。”俺は、この尊い妙法を弘めて一生を終わるのだ！〟とな。　結局、戸田は終戦の年の七月に獄を出る事になる。だが、二年もの獄中生活は戸田の身体を痛めつけていた。出獄を祝うために妻が奔走して手に入れた酒を口に含んだ時、苦い！と思わず口走った事でも良く分かる。質素な食事が終わった頃、急に空襲警報が鳴り響く、衰えた戸田を少しでも早く防空壕に避難させたい妻に対して、優しく諭した戸田は仏間のある二階へと上って行く、やがて、仏壇からソロリと外した御本尊を手に取ると、衰えた眼を近付けながら静かに呟くのだ”間違いない〟とな。　　　ところで、お前はこの一連の動きについて、どんな感想を持つか？」「エッ、感想と言われましても・・困ったな・そのう・つまり、おぼろげながらも感じた事でも良いのでしょうか？」「構わん、言って見ろ」「良くは分かりませんが、何だか大きくて深い意味がありそうだとは‥感じ取れました。」「そう感じられたとすれば、お前は案外・見込みがあるのかも知れんな。」エッ、何の事だ！この俺に見込みがある等とは？一体・大王はどうしたと言うんだ？「戸惑いがあるようだが、心配せずとも良い。話を戻すが、ワシは戸田の二つの体験の持つ意味は本人の進むべき道を明確にした事と、この後、誕生する創価学会と言う宗教団体の将来像をも明示したと思っているのだ。」やっぱり大王はどうかしているぞ「大王様、一つお聞きしますが、大王様には未来に対する発言などが許されているのでしょうか？越権行為だとも思われますが・・」「フッ、一生を、長い物には巻かれろ式で終わったお前に言われるとはな、確かにワシには、そう言う権原も無ければ、立場にもない、只、相手がお前だからこそ、言わせた言葉だと思ってくれ。理由については今は言えない、貴重な時を無駄にしてしまった。先に進むぞ。戸田は翌日から家族の猛反対を受けながらも、衰えた身体を引きずるようにして事業の再建にほんそうする。戦前の創価教育学会の財政の多くを戸田の事業が担っていたからだ。同時に、戦中各地に散っていたメンバ－が徐々に東京に戻り始めると、都内の各地で座談会が開かれるようになる。やがて戸田は、一つの座談会場で、一人の青年と出会う事になる。その青年は、戦後、価値観が逆転した中で、人生はどうあるべきか？あるいは何が正しいのか？等々を友人達と大いに議論を尽くしてみたが、答えを見出せずにいたのだ。青年が、その疑問をぶつけると、戸田は、あっさりと、しかも丁寧に答えてやる。シン吟して来た悩みに対して納得のいく答えを出してくれた戸田の中に、底知れぬ知恵と高邁な人格を感じた青年は、嬉しさの余り，即興の詩を吟じて感謝の意を表すのだが、この若者こそ、後の第三代会長となる、池田大作青年なのだ。」「チョ・チョット、大王様、文句ばっかり言う様で申し訳ないんですけど、その青年が死んだわけでもないのに、どうして分かるんです？」「何だ、そういう事か、戸田は昭和三十三年の四月に寿命を終えるのだが、その記憶の中に”大作こそが第三代の会長だ〟との思いが強く々刻まれているのと、お前が不思議に思った、光をまとった人達の記憶の中にも、池田先生・有難う御座いました、との思いと、来世に於いても先生と共に妙法流布の闘いをさせて下さい、との思いが込められているからだ。」そうか、そうだったのか。記憶の中から読み取っていたんだな。「大王様、少し考えれば分かりそうな事を尋ねてしまって迂闊でした、済みません。」</div><div>「ようやく条件の整った戸田は、昭和二十六年の五月の三日に、創価学会の第二代会長に就任するのだが、自分の生涯の中で”七十五万所帯の達成〟を宣言する。当時の会員数は約三千ほどの小さな組織であったにも拘わらずだ、一万にも達していないのに、七十五万とは！この宣言を聞いた殆どの人達は絶句すると同時に、戸田先生は途轍もなく長生きをされるに違いないと思ったものだが、只一人、池田青年だけは違っていた。師匠が生涯の願業を宣言された以上、他の人はどうあれ自分が必ず成就させて見せる！と、決意するのだ。その後、彼は弘教の成果の上がらぬ、ある支部に幹事として派遣される。彼は、支部の会場で行った最初の勤行で気の付いた点を分かり易く説明していく、正確な勤行、皆が導師の声に合わせる事、朗々と題目を唱える事、等々だ。その上、彼は、入会間もない会員宅を訪ね、信心の目的やその為の姿勢、あるいは、御本尊の偉大さ、等をあらゆる角度から丁寧に解説した上で、激励を重ね、やがて、支部員の一人一人を一級の闘士へと成長させていく、そして・ついに、誰もが想像し得なかった、一か月当たりの弘教成果を二百一所帯としたのだ。この成果が他の支部の闘争心に火を点けた事は間違いない。”あのＢ級支部が出来るのなら、我が支部に出来ない筈が無い〟と。結局、七十五万所帯成就の突破口は、若き池田青年が切り開いたのだ。ここで、お前に伝えておく。今までワシが一方的に話をして来たが、一旦・話は置く事にする。お前も不自由な中で耳を傾け、神経も疲れた事だろう。話が間もなく終わるのであれば続けてもいいのだが、第三代会長の経歴となれば、これまでの十倍以上の時が必要となるからだ、そうなると、行先に戸惑う魂がワシの前に群がる事になってしまうからな、この事態だけは絶対に避けねばならんのだ。我が手下どもに、職務怠慢などと言わせられんからな。」　正直言って、俺はホッとしていた。不自由さにジリジリしていたし、神経の方もこれ以上の緊張に耐えられそうにも無かったからだ。少しの安ど感を漂わせた俺に向けて、再び大王の気持ちが発せられる。「いいか、三代会長については、お前が改めてワシの前に現れた時に話すとする。気を楽にした後、神経を集中してみろ、お前の前世での最後を見せてやる。」<br><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/turibou921/entry-12547112362.html</link>
<pubDate>Thu, 09 May 2019 16:02:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>8）　　　悪世末法の教主</title>
<description>
<![CDATA[ 　「釈尊の死後二千年間を半分づつにして、正法時代・像法時代と呼ぶのだが、この時代の衆生と言うのは釈尊との縁も深く、従って釈尊の教えで救われるとされている、一方、末法に生まれて来る衆生と言うのは、縁もゆかりも無く、人間性についても三毒強盛なる輩が充満すると言われている上に、教義についても争いが絶え間なく起こり、やがて、釈尊の教えは廃れて行く事になる、この事を”白法隠没〟と言う。」「それは、シャカが自分の勤めを投げ出した、と言う事ですか？」「投げ出した訳ではないが、結果的にはそうなるな。ここが釈尊の限界なのだ。」「私は、シャカこそが一番であり、日蓮などは、その弟子か亜流位にしか思ってませんでした。そうすると、仏教で一番偉い人とは誰になるんですか？」「最も大事な質問だな。答える前に説明しておかねばならない事がある。それは、末法と言う時代に妙法を広めるに伴う困難さだ。先ほど述べた三毒だが、これは人間の持つ善根を毒する煩悩でな、一つ目は、貪欲（とんよく）と言い、むさぼりを喜びと感じる心、二つ目は、瞋（じん）で平たく言えば怒りの事だ、三つめは、痴（ち）≪字が少し違いますが勘弁して下さい≫　と言い、無知であり・おろかな事でもある。この様な人間が充満している中を弘教しなければならぬのだから、その苦労が分かるというものだ。他にも、悪口雑言は勿論の事、刀や杖で打たれ、瓦や石を投げられとも記してある。又、弘める難しさを端的に表した言葉に”六難九易〟と言うのがある。六つの難しさとは、末法において法華経を説き、書き、読み、一人の為に説き、意義を問い、受持すること、これらの六つが困難であるとされ、一方、これに対する九易と言うのは、世界一の山を他の無数の仏土に投げ置く事、大地を足の甲に置いて梵天まで登る事、あるいは、乾燥した草を背中に背負い、大火の中でも焼けない事、等々の九つが易しいとされている。」「大王様、そのクイと言われた奴ですが、誰にも出来っこありませんよ、あのス－パ－マンにだって無理です。」「ワシもそう思うが、これは例えだ。誰にも出来そうにない事でさえ、末法に於ける弘教に比べれば簡単な事であり、末法に妙法を広める作業が如何に困難であるのかを物語っているのだ。釈尊は更に、地涌の菩薩の棟梁である上行菩薩の保つ法こそが、末法万年に渡る法であると断言している。」「つまり、一番偉いのは上行菩薩なのだ、と言うんですね。」「偉いとか、偉くないとかは適切ではないが、結局はそう言う事だ。　　日蓮上人は十二歳の時、近くにあった清澄寺に登ると、道善房を師として天台や真言の学を修め、やがて、出家剃髪して”是生房・蓮長〟と名前を改め、鎌倉を始め全国の主要な寺院を回って、あらゆる経典の研鑽に励んだ後の、三十二歳の時、故郷の清澄寺の持仏堂の南面から、”南無妙法蓮華経〟の題目を高唱すると、諸宗の誤りをも破して”立宗宣言〟としたのだ。その後、鎌倉に出て草庵を結び、妙法弘通に励むのだが、当時の日本は飢饉や疫病等の流行で、民衆は塗炭の苦しみに喘いでいて、それを見た日蓮上人は根本の原因は誤れる宗教にあると見抜き、立正安国論として時の幕府を諫めたのだ。この様に聖人は、立宗の宣言にしても安国論にしても、諸宗の誤りを厳しく攻めるので徹底的に嫌われてしまう、結局、流罪等の大難が二度、首を切られようとした龍の口、その他の小難は数知れず、当時の僧侶の殆どが権力の庇護を求めたのに対し、日蓮上人だけが民衆救済の旗を掲げて闘ったのだ。」「大王様、まだモヤモヤとはしているんですが、感じている事を言ってもいいですか？」「良し、大いに結構だ、言って見ろ」「つまり・・多くの経典を研鑽した上での結論として、自分の立場と言うか・・本質と言った方がいいのか分かりませんが、自分のあり方を悟った時、多くの難に襲われる事は分かったと思うのですが・・？」「その通りだ、日蓮上人は自分の身の上に筆舌に尽くせぬ、あらゆる難が降り掛かって来る事など、既に分かっておった。」「分かっていながらも、宣言した訳ですね・・」「そうだ、自分のみならず、両親や親族・郎党、係わる人・全てに襲って来る事も承知の上でだ。」「私だったら、災いがあるのを承知で飛び込むなどしません・・」「殆どの人間がそうするだろうな、お前は、日蓮上人に迷いが無かったとおもうか？少しの逡巡はあったが、言わねば、『自分に慈悲が無いのに等しい』と思われて宣言の運びとなったのだ。」「言うなれば、覚悟の上での宣言だったんですね。」　それにしても、命を掛けてでも民衆救済の行動を起こすなど、俺には絶対・出来ない事だが、仏の責任とは凄まじいものだな。いや・待てよ・・今まで俺は、本仏とされる日蓮を呼び捨てにしていたが、知らなかったにせよ、これでは申し訳ない気がする。「大王様、済みません、もう一つ感じる事があるのですが。」「言って見るがいい」「エ―、つまりですね・・法華経と言うのは、つまり、日蓮さんが現れるのを予言していた、とも思えるのですが・・」「そうだ！その通りなのだ！良くぞ、感じ取ったな。聖人の出現が無ければ、法華経は言い切ってしまえばだが、ただの紙切れ同然となってしまうのだ。出現して、あらゆる大難を乗り越えながら妙法弘通に励まれたからこそ、法華経の真実が証明されたのだ。それにしても、お前には見込みがあるぞ。」「大王様、日蓮さんも此処へ来たと思うんですが、シャカとは、つまり・・その光と言うか・・違いはあったのですか？」「あったどころではない、比較にならん、まるで天地雲泥の差だ。考えて見ろ、先ず時代相からして違うだろうが、釈尊には縁のある従順な人間であるのに対し、聖人には、自分を亡き者にしようとする悪人が充満する中での弘教なのだ、その差は当然すぎる程分かろうと言うものだ。聖人が見えた時、ワシの世界は光に覆われたのだが、手下共も異変に気が付いたのだろう、全ての手下がワシの横に並んだのだ。何を感じたものか、ゴツイ手を盛んにこすったり、涙を流さんばかりにしながら頭を下げたりと、今まで見たことも無い光景が広がったのだ。いよ々、ワシに近付いて来た時、エネルギ－の強さには驚嘆したものだが、聖人が去った後、信じられない出来事が起きていた。」「エッ、一体・どういう事なんです？」「手下の三匹がいなくなっていたのだ。ワシは、強力なエネルギ－を浴びた結果として、昇華したとおもっているのだ。」「ショウカしたって？食ってしまったと言う事なのか！」「そうではない、お前達人間からすると、境涯が上がったと言うべきか、良く分からんが事実なのだ。ワシ等は魑魅魍魎の類だ。人間を始めとして、あらゆる生物とも違うし、かと言って、広大な宇宙の空間に漂う魂とも違う。しかし、存在していない訳でもない。声を発する事は無くとも、確かにお前と会話を重ねているのだからな。　ワシがこの世界に君臨してから長い事になるが、魑魅魍魎であるワシ等が、その枠から脱するなど、あり得ない現象だったのだ。」　その瞬間だったが、今までに無かった事が起きた。俺の魂は小さな魚が大きなモリに突き刺された様に、身動きさえもままならなかったが、それが急に緩んだのだった。何故だ！何故なんだ！俺は、いぶかりながらも自分を見回した後、大王に目をやると、その眼は俺からは逸れて、下の方を見ている様だし、その上、ゴツイ両腕は組んでいる様にも見える。一体！何がそうさせるんだ！この世界の帝王であるエンマ大王が何故なんだ！何があったと言うんだ！俺は大王の不可解な動きの理由を探ろうと自問自答を始めた時、又しても、不思議な事が起きた。空気などある筈もないのに、強い振動が俺を貫いたからであったが、しかも、「ゴオ―」っと、音を立てながら凄まじい濁流が俺の魂に襲い掛かって来た感さえした。かって俺が生きていた時に体験した時間の何秒に当たるのだろう？二秒か、それとも三秒ほどの長さだったのだろうか？しかし・又しても頭をひねる間もなく、俺の魂は、あの窮屈な枠にはめ込まれたのであった。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/turibou921/entry-12547112361.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Apr 2019 11:01:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>7）　　滅後の弘教</title>
<description>
<![CDATA[ 「お前に一つ尋ねる、宗教の使命とは何だと思うか？」「大王様、無関心だった私が答えるんですか？」「分かっておる、今までの説明の中で答えれば良い。」「ウ―ン・・つまりは、悩める人々に希望を与えたり、生きる道を教えたりしながら・・・幸せな人生へと導いて行く、こんな物だと思えますが‥？」「大方、お前にはそんなものだろう。使命の中で、最も大事なことはあらゆる民衆を”絶対的幸福境涯〟へと導いて行く事だ。その為には絶対欠かせない行為がある。それは弘教と呼ばれるものだ。考えて見ろ、如何に偉大な教えであろうと、民衆の中に広まって行かねば宝の持ち腐れであり、宗教本来の目的から大きく脱する事になる。当然の事として釈尊も弘教を進めるのだが、とりわけ、滅後の二千年後に来る”末法〟と言われる時代の弘教を強く勧めるのだ。会座に参集していた仏・菩薩たちは、勧めを耳にすると口々に「私達がやります！世尊、どうかご安心を！」と、誓いを述べるのだが、やがて釈尊はそれらを押し止め、自ら地の下方から”地涌の菩薩〟と呼ばれる人々を召し出す。上行菩薩ら四菩薩を先頭にして、まるで豊かな地下水が吹き上げるかのように陸続と湧いて来るのだが、ただ単に湧いて来るのではなく先頭の上行菩薩からして、喜びを表すかの如く舞を舞いながら出て来るのだ。後に続く菩薩達も同じように、待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべながら出現して来るのだが、その数はと言うと、実に六万恒河沙もの菩薩達が湧いて来る、ちなみに一恒河沙とは大河・ガンジスの砂の数となる。ところで、お前の好きだったコ－ヒ－に使ったコップでさえ、どれ程の砂が入ると思うか？小さくとも数千や数万の数は収まるだろう、こう考えると、いかに莫大な数の菩薩達が出現したのかが分かるな。この模様を目にすると、会座に集まった十大弟子を始め、あらゆる仏・菩薩、そして民衆の全てが驚愕してしまうのだが、やがて、大きな疑問へと変わって行く、この膨大な数の人々を、世尊は一体どこで教化して来たのか？とな。当然の疑問であろうな。そこで釈尊は、その疑問に対する答えを述べる。　私が三十才の時、菩提樹の下で悟りを開いたと思っているだろうが、そうではないのだ。実は、五百塵点劫と言う過去遠々劫において仏に成り、それ以来あらゆる国土でこれらの菩薩達を教化して来たのである、と答える。この五百塵点劫とはほぼ久遠と言えるほどの過去の事で、ゼロを並べたとすると、どれ程のゼロを並べればいいのか分からない位の過去となる。」「チョット・チョット、大王様！さっきから聞いてると何ですか？私をバカにしてるんですか？この宇宙はⅠ38億年前の、ビッグバンと言われる大爆発によって創られたと言われていますし、それに何です！ガンジス河の砂の数ほどの人間達が躍りながら出て来て、しかも六万のガンジス等と、シャカは我々人間をオチョクッテいるとしか思えません！」「マア待て、そう興奮するな、それじゃあ尋ねるが、お前の言う大爆発があったとしよう、いいか、この宇宙には一体何個の星があるのだ？そしてその質量は如何ほどだ？想像を絶する莫大な質量が必要となるのではないか？おかしいとは思わんのか？あるいは、お前の住み暮らした地球に向かって百五十億年の彼方から莫大な数の星々が近付いて来ているかもしれんぞ、あるいは、ビッグバンと呼ばれる爆発は何回目だったのだ、一回目か？それとも十回目だったのか？どうなんだ？」　「急にそう突っこまれても困ります・・・只、私の生きている時の常識からは考えられなかったんです」「ワシも少々言葉が過ぎた感があった、許せ。ワシが言いたかったのは、膨大な数の地涌の菩薩にしても、途轍もなく長遠な過去にしても、釈尊が悟りを開いた時、自分の本地も、数多くの菩薩を教化して来た過去も全ての事が明解になったのだ。これが釈尊の本当の姿なのだが、”久遠実成〟の仏とも言う。　　　　　　　この釈尊が強く勧めた末法における弘教についてだが、末法と言う言葉をどう思う？」「何度も耳にした訳ではありませんが、明るい希望も見い出せず、閉塞感の漂う時などに、世も末だとの意味合いで使われたような気がしています。」「そう言う風に捉えられたとしても不思議ではあるまい。」<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/turibou921/entry-12547112360.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Apr 2019 10:59:41 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>⒍）　一念三千</title>
<description>
<![CDATA[ 「詳しくは言わないが、諸法実相の諸法とは宇宙の中の星々の営みから、ありとあらゆる生物の生死流転を含め一切の諸々の現象が、実相、即ち”妙法蓮華経〟の現れであると説かれている。諸法実相にも深い意味があるのだが省いて、次の一念三千に移るぞ。一念三千とは人間における瞬間々の生命状態の事で、ありとあらゆる角度から捉えられている。先ず、その中の基本となる十界互具についてだが、十界と言うのは地獄界から仏界までの十種類に分類できる生命の状態であり、更に各界の一つ一つに十界が加わる事で十界互具となるのだ。どうだ！此処までの意味は分かるか？」「ウ―ン・・分かった様にもありますが・・いや―、良く分かりません、大王様・私の年を考えてみてください！私！六十五なんですよ！いい加減にして下さいよ！」「済まん、お前に負担を掛けてな、悪いとは思っているのだが、ワシには本来、持つことも許されぬ希望という物があってな、許してくれ。話に戻るが、簡単に言うとな、地獄界の命にも仏界と言う命が加わり、逆に言えば尊極の仏界にも地獄界の命が内在していると言う事になる。従って、これまで成仏出来ないとされてきた二乗の人々にも可能性が示されたのだ。次に十如是、と言われるものがある。如是相から始まり如是性、如是体・・と十個も続くのだが、その人間の表情・動き・作用・等々を表している。これで十界互具と十如是で千の数になるのだが、三千にはまだ足りない。そこで最後に三世間が来て初めて完全なる三千の完成となるのだが、この三つの世間には差別の意味もある、先ず五陰世間からだが、大まかに言えば人それぞれの姿や形、物の見方や考え方の違いと言える。ある人には美しいと思えても、別の人にはむしろ醜さを感じる場合もあるだろう。云わば、個々人のあらゆる相違と言った方が的確だったかも知れん。二つ目は、国土世間と言う。云わば、人それぞれの住む環境の違いを表している。肥沃な土地に暮らす人間もいれば、乾燥した台地で限られた作物を育てている人もいる、あるいは、インフラの整う恵まれた環境に住む人たちもいる、かと思えば、朝の暗い内から生活用水を確保するために奥深い谷底まで下りて行く人たちもいる。この様な違いを国土世間という言葉で表しているのだ。さあ最後の衆生世間だが、これは文字通り、どう言う人間達が自分の周りに住んでいるのか？知的レベルの高い人間が多いのか？それとも逆なのか？あるいは習慣や価値観その他にも宗教感の違いなどもある。　以上が三千の概略の説明だが、もう一つ一念を忘れておったわ、一念とは、お前達の生き様の瞬間々を切り分けた様なものだが、肝心なのは切り取られたどの部分も同じものは無いと言う事だ。もっと砕けて言うと、人間は連続した変化を繰り返しながら生きている、と言う事になる。どうだ！少しは理解できたか？」「私の生涯の中では聞いた事も無い話ばかりでしたので、戸惑っていると言うのが正直なところです。人間が変化を繰り返しながら生きて行く、と言うのは理解出来そうです。ところで大きく分けて、苦しみの連続であるのか、それとも楽しさの連続であるのか？この二つこそが人間の最大の関心事だと思いましたし、楽しさの連続など可能なのでしょうか？」「お前はワシの前に立ってから随分と成長したな、ワシは嬉しいぞ。説明した甲斐があったというものだ。その答えは・イエス・と言う事になる。ワシは先ほどの十界の説明の中で”仏界〟も示したが、この仏界だけは残りの各界とは違って環境に左右されない力強さを秘めている。人間は誰しも幸福を願うものだが、その中で相対的幸福と絶対的幸福の違いは分かるか？」　「二つとも幸福の文字がありますが、絶対的と言われた方がより強い幸福だと思えます。」「お前には、二人の子供の成長に目を細め、優しく明るい妻に喜びを感じながら、余裕は無くても自分は幸せ者だ、との記憶があるが、この幸せは相対的な幸せと言える。」「幸せに差があるにしても、私にはこの時期ほどの幸せを感じた事はありません。」「なら、例えて言うぞ、子供が非行に走ったり、元気印の妻が病の床に着いたらどうなる？そうなる前に感じた幸福のままでいられるのか？」「幸せとは思えません、恐らく、心の休まる時は無いに等しいと思います。」「そうだろうな、たった一つの災いと言う環境の変化だけで簡単に吹き飛んでしまうのが相対的幸福の実像だ。一方の絶対的と言える方は一切の環境に左右されることは無い。如何なる逆境に遭遇しようとも微動だにすることもなく、むしろ難が来た事を喜びと受け止められる力強さがある。この様な仏界の生命を湧現しつつ、苦境に立ち向かい、やがて乗り越えて行く、この人間には悲壮感も無ければ逡巡も無く、生きている事そのものが楽しいと言える心境なのだ。この境涯を絶対的幸福とも言うし、お前の尋ねた”幸せの連続〟でもある。しかし、簡単に手に出来るものでは無い。本尊を信じ切る力と、ひたぶるな唱題が絶対的な条件となる。ここまではどうだ？」「信仰心の無かった私にも、その様な力強い生き方があるとすれば、簡単ではない事くらいは分かる気がします。」「そうか、深遠な仏法をかいつまんで説明しただけで心配していたのだが、今の話を聞いて“一念三千〟の概略だけでも掴めた事は分かった。それでは、次に進むぞ。」<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/turibou921/entry-12547112358.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Apr 2019 16:14:48 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>５）　　釈尊</title>
<description>
<![CDATA[ 　仏教と言うのは、皆同じじゃないのか？・・そうだ！仏教の祖と言えばシャカだ！おシャカさんだ！　「大王様、仏教を興したのはシャカの筈ですが、その創始者の教えと日蓮の教えとは違っているのですか？」「違っている訳ではない、本来の立場が違っているのだ。」　立場が違っているって？そんなバカな、シャカも日蓮も同じ仏じゃないか？「まあ、そう力むな、結論から言えば、釈尊は日蓮上人に対しては、ただの仏にしか過ぎない、つまり日蓮上人こそが本仏だと言う事だ」えっ！そんなバカな！「本仏だと言うのは、一番偉いと言う事なんですか？」「そうとも言えるな」とんでもない！シャカは創始者のはずだ。いくら偉い大王であろうと、これだけは間違っている。仏教の基礎を開いたシャカよりも、はるか後から生まれた弟子とも言える日蓮が偉いとはあり得ない！「間違ってはおらぬ。お前サラリ―マンとして生きて来たな。もし、お前の手に余る問題が起きた時、お前はどうした？上司に相談し、その上で問題を解決出来る人間が対処したはずだ。」　そう言われてみると、そういう事もあったなあ・・。あの時は、久し振りの大型契約が取れたので上司と喜び会ったんだが、その後、社会情勢の変化などもあって、契約そのものが破棄されようとしたんだっけ・・結局、社長が出張って行って収まったんだが・・シャカと日蓮もその様な立場なのか？「無神論者だったお前には少し難しいかもしれんが説明してやろう。釈尊は約三千年前にインドで生まれた。」そうだよ、シャカは三千年もの昔に生まれているのに、日蓮は鎌倉時代だから・・七、八百年前にしかすぎない。やっぱりシャカは日蓮に対し大先輩であり、しかも、創始者でもあるのだ、どう考えてもシャカの方が偉いはずだ。「ゴチャゴチャ考えずに話を聞け、釈尊はシャカ国の王子として生まれたのだが、民の生老病死などの苦しみを見て、何とか救う方法はないものかと十六歳の時、王子の位を捨てて城を出るのだ。その後、十四年に渡る難行苦行の末に、三十歳で悟りを開く、この事を始成正覚と言う。」シジョウショウカク？　何て厄介なんだ、仏教用語と言うのは。　「初めて悟りを開いたと言う事だ。面倒だろうと釈尊を語る上で大事な事だ。これ以後、釈尊は悟った法を人々に説き始める。先ず、華厳経と呼ばれる教えを説くのだが、内容が高度過ぎて理解してもらえない。そこで、低い教えである方等教や阿含経などから始めたのだ。釈尊はインド国中を歩きながら悩める人々の問いに対して、その都度ごとに法を説いたのだ。これを随他意の教え、と言う。つまりは人々の心に従って説いた教えと言う事だ。結局、釈尊は四十二年もの間に八万宝蔵と言われるほどの膨大な教えを説くのだが、ある時から、民衆は勿論のこと、高邁と言われた弟子たちでさえ”アッ”と驚いてしまう教えを説くことになる」「驚いてしまう教えですか？・・」「そうだ、それが法華経と言われる教えだ」ホケキョ？エッ！ホケキョと言えば、ウグイスの鳴き声ではないか、ウグイスはシャカの使いだったのか？「そうではない、法・華・経だ」　ホケキョウ、ホケキョウ、・・そうだ！思い出したぞ、あれは葬式に出た時の事だった。布施の額の多少によって読誦される経が違うらしく、「多額の場合は法華経が読まれるそうですよ」とささやく人ががいた。「すると、法華経が最高の経典と言う事なんでしょうが、最高の教えが金に左右されるなんておかしな話ですよね」と。初めて会った男ではあったが、読経の最中にヒソヒソと話し合った事があったが、あの法華経なのか？　　　　「その法華経だ。この法華経は先ほどの、随他意の教えとは違って釈尊が自らの意思で説くので、随自意の教えとも言うのだ。法華経以前の教えでは、女人や悪人、特に二乗と言われる生命を持つ者は絶対に成仏しない、つまりは、仏になれないと教えて来た。」「ニジョウとは何の事ですか？」「お前たちの世界で言えば、インテリと評される連中の事だ。『我、賢し』の思いが強くて、人の話を素直に聞けない傾向が強いからだ。この様に以前の教えでは絶対に成仏出来ないとされて来た人間達も、この法華経で初めて成仏への可能性が示されたのだ。」　俺は生涯を極めて無神論者として通したせいか、仏教の中身はおろか、成仏と言う言葉さえピンとは来ない。人は死んだら”仏”と何度か耳にした事はあったが、そうではなかったのか？「成仏と言うのは文字通り”仏に成る”と言う事だ。死んだら仏と言うのは教えの低い葬式仏教の言うセリフだ。生きている時にこそ仏に成れずして、死んだら仏とは、いささかおかしな話ではないのか。」　そうか、生前のある時期”東京が駄目なら大阪があるさ”と言うフレ―ズの流行った事があったが、俺にはそうは思えなかった。東京で成功出来ない者が何故、大阪に行けば成功すると言うのか？東京が駄目なら大阪でも駄目だし、何処へ行っても成功は覚束ないだろうとの醒めた思いがあったが、その様な意味合いなのか？「いいか！長々と反応せずに話を聞け。例えワシだろうと無制限に時間がある訳ではない、分かるな。　釈尊は常々、仏にだけは到底なれるものでは無いと説いて来たのだが、法華経に来て初めて、全ての人間に”仏に成れる可能性”があると説いたので、その場に集まっていた数多くの人々が”アッ”と声を上げる程に驚いてしまうのだ。そして、成仏の可能性の理由として”諸法実相〟と”一念三千〟がある。」<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/turibou921/entry-12547112357.html</link>
<pubDate>Fri, 12 Apr 2019 14:01:17 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>４）　因と果</title>
<description>
<![CDATA[ <div>「どうだ？お前自身の過去を見た感想は？」俺はしばらく返答が出来ないでいた。今も、”お絹”と呼ばれた娘の悲痛な叫び声が近くで響いている様な気がするし、それよりも、年若い娘を食いものにしながら生きていた自分に唖然としてしまっていたからでもあった。いずれにしても俺は過去世では卑劣であくどい事ばかりをしていたのだ。優男であった事をいいことに、三人もの女性を不幸の淵へと突き落としてしまった。予想もしなかった道へと追い込まれた娘達の苦労はいか許りであったろう。俺は今更ながらも、その女性達に対して申し訳なく思った。俺は大王を見つめると「大王様、私がだました三人の女性達に謝る事は出来るのでしょうか？」「無い！」間髪を入れずに答えが返って来た。「お前が魂となってしまった以上、他への働き掛けは出来ぬ。もしお前が生きて地球上にいるのであれば、七十億もの人間の中から何とか探し出して謝る事も出来るだろうが、特定の魂を探し出すなど不可能だ、それと、最も必要とされる『心の底から謝りたい』との思いがお前の中からは感じられないからだ」その通りだった。大王にとっては俺の心など透けて見えるくらい簡単に分かるのだろうか？俺は蘇った映像を見て「悪い事をして済まない」と思ったものの、今の俺自身がやった訳ではなく、前世の俺であり、殆ど付き合いの無くなった遠くの親せきがやった位にしか感じられなかった事も事実であった。直ぐに大王から野太い振動らしき物が伝わって来た。「人間として、どう生きたか？此処ではそれだけが問われる。生前の地位や権力や名誉や金など、人間にとっては何より有り難い物だろうが、一切関係は無い。お前のいた日本では”地獄の沙汰も金次第”と言う言葉があるそうだが、ワシの世界では以ての外だ。此処では、身・口・意に渡る生き様だけが問われるのだ」「シンクイ？」「そうだ、身体と言葉と心と言う事だ。お前の過去にも、心にない言葉を吐いたり、心に反しての行動もあったな」確かに、サラリ―マンとして生きて行く中で、上司にも取引先にも心にもない世辞を言ったり、ウソもついた。俺は誰よりも正直に生きて来たつもりだったが、此処で思い返して見ると、そうでも無かったようにも思えて来る・・・大王にとって大事な事は、目の前の人間の積み重ねて来た記録だけなのだ。うん・確かにそうだ、生き様をとどめた記録でしか判断せざるを得ない、此処では人それぞれの一生の生き様しか問題にならないんだ。</div><div>　「大王様、私の前にいた男、あのデップリとした男です。私とは余りにも違い過ぎると思えるのですが？」「先程の男は人間として語れないような行いをして来たからだ。実業家として羽振りを利かしていたが、その裏ではあくどい手法で何人もの人間を死へと追い込んでいる、その上、手にした金は全て私欲の為だけに使っている」そうか、あの男は自分の欲の為だけに多くの命を犠牲にして来たからこそ、それであのような無残な姿になったと言う事なのか？・・「もう一人、私の十数人ほど前にいた男の人です、何だか不思議な光をまとっていた気がしますし・・もし、私が見間違えていなければ何故あのような明るい空間に入っていったのでしょうか？それに後ろの方にも同じ明かりが幾つも見えますが・・・」「人間として最高善の生き方をして来たからだ」「最高のですか？」「そうだ、日蓮上人の仏法を行じて来た人達だ」「日蓮ですか？」日蓮と言えば鎌倉時代の僧侶であったはずだが？「お前は、歴史と言われるものが得意であったな」「はい」あの時代には親鸞とか法然とか数多くの僧侶たちがいたはずだ、同じ僧侶であるのに何故だ？「あの時代、多くの僧侶達がいた筈なのに、何故、日蓮なんですか？」「持っている法が違うからだ」「ホウ？と言いますと」「そうだ、法、つまり人々に説く教えの事だ」　教えが違うと言うだけで、どれほどの違いが出て来るというのか？「その日蓮も此処へきたんですか？」「勿論そうだ、人間として生まれて生を終われば、如何なる人間であろうと必ず此処へやって来る」「日蓮が此処へ来て何か変わった事でもあったのですか？」「全てが変わった。この闇の世界の全てを慈悲の光で覆って下さった、と言うべきだろう」　慈悲の光で覆ったとは？一体！どう言う意味なんだ？「お前は釣りが好きだったな」「そうです、大好きでした」「記憶によれば・・春から初夏にかけてだな、暖かい日差しを浴びながら、たゆとう波に身体を任せられたら、どんなにか心地良いだろう、との思いがあったな」「はい、確かにそういう時もありました」　事実、俺は寒さの中、身震いをしながらウキを見つめるのも好きだったが、春先の、のったりとした波に日常の何もかも忘れて抱かれていたいと、ウットリしながら釣りを楽しんだ事も何度となくあった。　「日蓮上人が見えた時もそうだった、ワシ等鬼族には人間だけが持つ感情は無い。しかし、お前達には遠く及ばないにしても、普通でないものを感じ取れる能力はある。　上人がこの世界に現れた時から、手下共も不思議な力を感じたに違いない。ワシの目の前に上人が立たれた時には役目を放り出して、丁度・お前の横辺りに並んだのだ。中には、嬉しさの余りに涙を流さんばかりの手下もいた程だ。ワシ等鬼族には楽しみも喜びも無い空間で役目を果たすしかない、そうゆうワシ等にとって、あの不思議な光は唯一の喜びであり、エネルギ―でもあるのだ。人間で言えば、空腹で泣き叫ぶ赤子がタップリと乳を吸い、やがて柔らかい母の胸で優しい子守歌を耳にしながら眠りにつく様なものだ、どうだ、これ程の至福はあるまい」　　　　　　　&nbsp;&nbsp; そうだったのか、それであの不思議な光を放つ男が来た時、大王が立ち上がって軽い会釈をしたのか。　しかし何故？日蓮の教えだけが不思議な光を放てると言うのか？「大王様、あの時代には日蓮以外にも多くの、しかも歴史に残る僧侶達がいましたが、彼等とはどう違うんですか？日蓮と同様に仏教を学んできた人達だと思うんですが？」　「あの光を放てるのは、全ての人間を成仏へと導ける正しい法を持ちながら、他の人々にも弘める実践を貫き通した人間だけだ」<br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/turibou921/entry-12547112355.html</link>
<pubDate>Wed, 03 Apr 2019 10:01:14 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>３）　女たらし</title>
<description>
<![CDATA[ 俺は、ついに大王の前に立った。座っているのか？それとも立っているのか？定かではないが、途轍もなく大きい上に、顔は剛毛に覆われていて、その中の爛ランと光る眼玉から凝視されると、たちまち不自由さを感じざるを得なかった。まるで、俺の身体は丁度ピッタリの枠にはめられ、辺りを見回す等の動きは出来なくなっていたし、俺の小さな魂は途轍もなく大きい手の中にあり、裁断が下される迄は大王の眼光を受け続けなければならない事を悟った。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「二百年振りだな」「エッ・二百年振り？」俺は二百年もの昔に此処に来たと言うのか？二百年前と言えば、江戸時代の終りに近い頃だな、そんな時代に俺は一体何をしていたんだ？士農工商の中の武士なのか？それとも農民か？・・「思い出せんのか？」大王の口が開いた訳ではないのだが、俺の身体を圧する振動と共に一切の抵抗や反発は許さぬと言う威圧感が含まれていた。これが大王の力なのか？それとも、わずかなウソさえつくなとの警告なのか？あるいは、この世界の絶対的権力者の成せる業なのか？俺が震えながらも返答に窮していると素早い命令が下された。「集中しろ！」俺は瞼を閉じ、言われた通りに全神経を集中してみると、次第に白黒の映像がおぼつか無げに浮かんで来た。さほど大きくもない川の岸辺には等間隔に柳が植えてあり、道側には料亭らしき家屋が並んでいる。時間的には、影の長さから言って三時くらいのものだろう？料亭であれば、そろそろ夜の仕込みに取り掛かろうかと言う頃合いか？一人の若者がサッと通りから家の間の小径に身を入れると、素早く辺りを伺いながら裏木戸らしき戸を叩いた。「お絹ちゃん・お絹ちゃん、俺だよ」すると、広い台所の片隅にある流しの上で野菜らしき物を洗っていた小娘が声を聞きつけたのだろう、動きが止まったと思うと、ついと立ち上がり急いで前掛けで手を拭った。小娘は立ち止まったまま奥座敷の方を伺うと、安心したものか嬉しそうな笑顔で裏木戸に近付くと、ソッと戸を引き「弥吉さん」と、小さく名前を呼ぶと、弥吉の身体を中へと引きいれた。「お絹ちゃん、今日も綺麗だよ、かんざしも似合ってるしね」器量よしの娘は少しホホを赤らめながら「私もお気に入りのかんざしなの、有難う・弥吉さん」「礼だなんて水臭いじゃないか、それよりも見て欲しい物があるんだ」弥吉はかなりの大きさの袋を懐からから取り出すと、お絹の両手の上に載せてやった。「マア・重い！こんな大金、よく集めたわね」「そう思うだろう・お絹ちゃん、親戚筋は全て回って集めたんだぜ、苦労なんてもんじゃなかったよ、何度も何度も頭を下げたんだからね」弥吉は、あまりの大金を手にして動けない小娘に対し、更に言葉を続けた。「お絹ちゃん・俺と一緒に上方へ行ってくれるんだろう？「ええ、一緒に行きます。私・最初は弥吉さんの冗談とばかりに思ってたんだけど、本気だったんだって事がわかったわ」「嬉しいよ、大好きなお絹ちゃんと一緒に商いが出来るなんて！」　その後も、しばらく話し込んでいた二人だったが、やがて弥吉は「じゃ―、待ってるから」の言葉を残すと裏木戸を閉め、大通りへと曲がって行った。<br>翌々日の朝早く、朝もやの立ち込める橋の欄干に弥吉の姿が見える。そこへ、旅装束に身を固めた器量よしの娘が近付いて来た。「弥吉さん、待たせたかしら？」「いいや、俺もさっき着いたばかりさ、そんな事より薄暗い中の旅立ちだったから何かと大変だったろう」「ううん・身軽な私の事だもの用意は簡単だったわ、それよりも弥吉さん、暗い内に立ちましょうよ、知った人と顔を合わしたくないんですもの」「そうだね、俺だってそうだよ、先ずは品川宿まで急ぐとしよう」急ぎ足の二人は殆ど歩きづくめで、夕暮れの中、一つの宿場町にたどり着いていた。二人は両脇に連なる旅籠を見回しながら決めかねているようだ。「お絹ちゃん・疲れたろう、本当はお絹ちゃんの為に一部屋取ってあげたいんだけど、商い用の金には手を付けたくないんだ、大事な元手だからね、相部屋でも構わないよね。上方に着けばお絹ちゃんの金でもあるんだからね」娘は、商いに掛ける弥吉の意気込みと自分に対する優しさを感じたのだろうか？ニッコリとほほ笑むと弥吉を見つめながら「私・構わないわ」と、快く承諾したのだった。<br>今日が三日目なのか、それとも四日目なのか？分からないものの、昼にはまだ少々の時間がありそうな頃合いだろう。二人の着物はホコリにまみれていて急ぎ旅だった事が伺える。弥吉は「少し早いんだけど、俺・腹ペコなんだよ」と言い訳を言いながら、一軒の蕎麦屋に娘をいざなった。すると間もなく、堅気には見えない二人連れの男が大きな暖簾を勢いよく払った。「お絹ちゃん、今まで急ぐばかりで満足な食事もしてこなかったから、今日は腹一杯食べてもいいよ」「私・大丈夫よ、お蕎麦だけで十分！元手に手は付けられないわ」「お絹ちゃん・身体も大事な元手だよ、向こうに着いたら身体を壊したなんて事にならないようにしないと、それこそ、元も子も無くなってしまうだろう。そうだ！今日は早めに宿に入って、着物を綺麗にしてもらおう」「マア・嬉しい！弥吉さんて優しい上に思いやりもあるのね、私・いい女将さんになれるように頑張るわね」「有難う、じゃあ蕎麦と握り飯で足りるかい？」「実を言うとね、私も腹ペコだったのよ、握り飯がこんなに美味しいなんて初めて知ったわ」先に食事を済ませた弥吉は一声掛けると厠へと向かった。間をおいて帰って来ると、娘は満足感の漂う表情で少し反り気味に椅子に座っていた。真向かいに座ろうとする弥吉に「おいしかったわ！今晩は何も欲しくない位よ」「満足してくれて俺も嬉しいよ、ところでお絹ちゃん、次の宿場迄は少し遠いから、しっかりと用を足しておいてくれないか？」「ええ、この御茶を飲み干したら用を足して来ます、しっかりとね」”しっかり”を茶目っ気たっぷりの言葉で返すと、白く美しい歯を見せながら厠へと向かった。　　　すると,娘の姿が見えなくなった途端に、店の端に陣取っていた二人が素早く弥吉の傍に立った。「オイ・弥吉、とんでもねえ上玉じゃね―か」「そうだろう、連れ出すのに手間暇かかったんだぜ、此奴には少々弾んでもらわねえとやってられねえよ」「分かってると言いてえんだがな、ホレ・代金だ受け取れ」別の男が懐から銭入れを取り出すと紙に包まれたものを手渡した。手にした弥吉は立ち上がりながら重さを推し量る仕草をすると少し語気を荒げた「オイ・大八！こりゃあ前と同じじゃねえか？」「弥吉・マア・マアそう怒るな、家の親分が金を出す訳ねえだろ」「畜生め！どこの元締めもケチ臭えのは同じだな」弥吉は目を剥いたまま厠の方に目をやると手にした紙包みを懐に押し込みながら暖簾を払い、急ぎ足で出て行った。間もなくすると、突然つんざくような悲鳴が聞こえて来た。「キャアア・助けてえ！弥吉さ―ん・弥吉さ―ん！止めてえ―！」　「この声だけは聞きたくねえんだ、畜生！気が滅入ってしまうぜ」やがて、声の届かぬ所まで来ると弥吉は振り返り、小さく呟いた「勘弁してくんな、お前ほどの器量なら身請けも思うままだろうよ、料理屋の賄いにいたって仕様がねえだろう。マア・今日は旨い酒とアンマでも取って骨休みをするか」<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/turibou921/entry-12547112352.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Mar 2019 10:45:45 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
