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<title>寅屋専念堂</title>
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<description>温昭和知新　昭和が残してくれた贈り物とは？　懐かしさ？　それとも・・・</description>
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<title>坂本龍一</title>
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<pubDate>Sat, 24 Apr 2010 23:26:52 +0900</pubDate>
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<title>川上未映子</title>
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<![CDATA[ <object width="425" height="344"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/eemRZWz9fIw&amp;hl=ja_JP&amp;fs=1"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/eemRZWz9fIw&amp;hl=ja_JP&amp;fs=1" type="application/x-shockwave-flash" width="425" height="344" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></object>
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<pubDate>Sat, 24 Apr 2010 22:10:19 +0900</pubDate>
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<title>0212　なぜ、今「タイムトラベル・ロマンス」なのか？</title>
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<![CDATA[ <font size="4">＜情熱対談＞成井豊×梶尾真治＜情熱対談＞</font><br><br>タイムトラベルものをこよなく愛し、自らもタイムトラベルを題材とした作品を何本も生み出してきた成井豊が、ナンバーワンと断言する原作「クロノス・ジョウンターの伝説」。<br>「原作者」と「演出者」の立場を超えて語られる「時」、そして「愛」への共通した思い。<br><br>なぜ、今「タイムトラベル・ロマンス」なのか？<br>その答えはきっとこの対談のなかに。<br><br>＜SFって面白い！と思っていただけたら本望＞<br><br>そうしたら快諾していただいて。<br>梶尾：出版社経由でそのメールがFAXで送られてきました。演劇というジャンルについては、熊本という地域性もあるのですが、ほとんど接する機会がなくて。でも、そういう自分の知らないメディアで感動を与えることができるんだったら、もう原作者としては本望じゃないかなと思ったんで、すぐ「よろしくお願いします」と出版社を通じてお答えしたんです。でも成井さんとお会いするのは、またずっと後のことで<br>成井：２００５年の春、「劇作家大会が熊本で開かれるのですが、そこで私のセミナーとワークショップがあり、２晩泊まりますから、２回飲ませてください。一緒にお話しさせてください」っていうメールをお送りしてからは、頻繁なやりとりがあったんですよね。しかもそのメールは「一緒にお酒を飲ませてください。ただし、熊本のお店はわからないので、梶尾さんが予約してください」っていう実に失礼なメールで。<br>梶尾：「ブラック・フラッグ・ブルーズ」のご案内をいただいた時も、チラシが鶴田さんじゃないですか。僕のファンの連中はみんなZABADAKが好きだっていう話も聞いていたので、「キャラメルボックスとはリンクしている部分が大きいよなあ」とすごく不思議でしたね。<br>
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<pubDate>Fri, 12 Feb 2010 14:58:55 +0900</pubDate>
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<title>0211　きみがいた時間ぼくのいく時間</title>
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<![CDATA[ <font size="4">タイムトラベル・ロマンスの奇跡</font><br><br>軽い世間話をした。紘未とクラスメイトの会話を微笑みながら聞いていた。だから、そのときの印象は、里志にとっては、ぼんやりしたものだった。感じのいい女性だったなという程度のものでしかない。<br>それから、いくつかの偶然が重なった。<br><br>「本当に面白かった。こんな映画、これまで観たことがなかったから、新しい天地を発見したような気持ちになりました。いい映画を紹介してくださって、ありがとうございました」<br>紘未のその言葉で、里志の中で根強く残っていた緊張がゆるゆる融けていった。二人は、くわしくおたがいのことを教えあった。そして里志は、紘未と話しながら、もっとこの人と過ごす時間を持ちたいと、心から望むようになっていた。
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<pubDate>Thu, 11 Feb 2010 17:09:13 +0900</pubDate>
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<title>0210  もっと知りたい『キーワード』１００</title>
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<![CDATA[ <font size="4">真田十勇士</font><br><br>真田十勇士（さなだじゅうゆうし）は、戦国時代末期から江戸時代冒頭にかけての武将・真田幸村に仕えたとされる10人の勇士のこと。原型は江戸時代中期の小説『真田三代記』に見られるが、「真田十勇士」という表現をはじめて用いたのは大正時代に刊行された立川文庫である。彼らは架空・伝承上の人物と言えるが、歴史的な由来を持つ人物もあり、また実在を唱える説、実在の人物がモデルであるとする説もある。現在抱かれているヒーローとしてのイメージは、立川文庫という創作物によって定着したものである。現在に至るまで小説・映画・人形劇・アニメなどの派生作品が制作されており、彼らに影響されたキャラクターが数多く生み出されている。<br><br>十勇士の構成 <br><br>「立川文庫」以来、十勇士のメンバーは、以下の10人となっている。<br>猿飛佐助（さるとび さすけ）<br>霧隠才蔵（きりがくれ さいぞう）<br>三好清海入道（みよし せいかい にゅうどう）<br>三好伊三入道（みよし いさ にゅうどう）<br>穴山小介（小助）（あなやま こすけ）<br>由利鎌之助（ゆり かまのすけ）<br>筧十蔵（かけい じゅうぞう）<br>海野六郎（うんの ろくろう）<br>根津甚八（ねづ じんぱち）<br>望月六郎（もちづき ろくろう）<br><br>十勇士のモデル説のある史実の人物 <br><br>真田十勇士の人物はモデルなしの架空人物だと説もあり、これは一例。<br><br>上月佐助→猿飛佐助<br>霧隠鹿右衛門→霧隠才蔵<br>三好政康→三好清海入道<br>三好政勝→三好伊三入道<br>穴山小介（小助）(実在していた。モデルなしの架空人物説もある。)<br>由利鎌之助(実在していた。モデルなしの架空人物説もある。)<br>筧十兵衛または筧金六郎(モデルなしの架空人物説もある。)→筧十蔵<br>海野小平太または海野六郎兵衛→海野六郎<br>禰津小六または浅井井頼→根津甚八<br>望月宇右衛門または望月甚左衛門または望月卯兵衛または望月卯左衛門幸忠→望月六郎<br><br>十勇士の成立 <br><br>ヒーローとしての「真田幸村」の登場は、寛文12年（1672年）に書かれた軍記物『難波戦記』である。元禄期には小説『真田三代記』が成立し、真田昌幸・幸村・大助の三代が徳川家に対して奮戦するストーリーが人気を博した。この『真田三代記』において猿飛佐助と望月六郎をのぞく8人の原型が登場し（筧十蔵・霧隠才蔵の元になったと思われる筧十兵衛・霧隠鹿右衛門が記載されている）、「真田もの」の講談の流行によって、真田主従は民衆のヒーローとなった。明治後期の講談は神田伯龍『難波戦記』（1899年）などの口演速記本が書き残されている。講談師たちは『真田三代記』にはない忍術つかいの「猿飛佐助」[1]を生み出し、「霧隠才蔵」ら真田家の英雄豪傑の物語を膨らませていった。<br><br>1911年に大阪で発刊された立川文庫は、講談師玉田玉秀斎らが中心となって講談を読み物として再編集したもので、その後の大衆文学に大きな影響を与えた。この立川文庫において「知謀 真田幸村」（第5編）に続き、「真田三勇士忍術名人猿飛佐助」（第40編、1914年）・「真田三勇士由利鎌之助」・「真田三勇士忍術名人霧隠才蔵」（第55編）を「真田三勇士」とする三部作がつくられた。ついで「真田家豪傑三好清海入道」など、真田家の豪傑の逸話をあつめた作品が刊行され、のちに「真田十勇士」が刊行された。立川文庫は人気作品となり、新しいメディアである映画でも忍術使い猿飛佐助を中心とする作品群が作られた[2]。今日の真田十勇士という枠組みは、ここに起源を持っている。<br><br>海野六郎・根津甚八・望月六郎の名は、真田氏の同族である滋野三家（海野氏・禰津氏・望月氏）に由来しており、『真田三代記』にはそのうち海野六郎・根津甚八の名が記載されている。幸村の影武者として活躍する穴山小助は『真田三代記』によれば武田旧臣穴山信君と同族とされている。<br><br>三好清海入道・伊三入道兄弟は、『真田三代記』では出羽国亀田の領主出身、『立川文庫』では三好氏出身の破戒僧と設定されている。この「三好清海入道」のモデルは、大坂の陣において豊臣方で討死した三好政康（入道名・清海）と考えられている。政康の弟の三好政勝（法名・為三）が伊三入道のモデルとされるが、史実の政勝は徳川方について大坂の陣に出陣した。いずれも80代という高齢での出陣であった。<br><br>なお、根津甚八には浅井井頼モデル説も存在する。
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<pubDate>Wed, 10 Feb 2010 15:59:33 +0900</pubDate>
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<title>0209　パパラギ</title>
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<![CDATA[ <font size="4">はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの言葉</font><br><br>＜石の箱、石の割れ目、石の鳥＞<br><br>サモアの小屋に吹くような新鮮な風は、どこからもはいってこない。このような箱の中で、サモア人ならすぐに窒息するだろう。<br>だから不思議でならないのは、どうして人がこの箱の中で死んでしまわないか、どうして強いあこがれのあまり鳥になり、羽根が生え、舞い上がり、風と光りを求めて飛びたってしまわないか、ということである。<br>ひとつひとつの箱には、それぞれ違った使い道がある。<br>いちばん大きくて明るい箱は、家族の祭りや客の応接のため。<br>もう１つの箱は寝るため。ここにはむしろがある。<br>３番目の箱は、食事をし、タバコの煙を吐き出す所。<br>４番目は、食物の置き場。<br>５番目で料理が作られ、<br>最後のいちばん小さな箱でお風呂をあびる。
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<link>https://ameblo.jp/turuyaschool/entry-10412964287.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Feb 2010 04:02:24 +0900</pubDate>
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<title>0208  未来に残したい１００と１つの迷言！？</title>
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<![CDATA[ <font size="4">「絹のような光沢、カシミアを思わせる風合い。<br>多彩な表情をたたえる木綿は、身につけて心地よく、<br>まとって美しい。木綿の手仕事は、<br>ゆったりとしたリズムで営まれ、欲張ることのない<br>精神性に支えられている。<br>そんなあり方に　心ひかれるのです」</font><br><br>テキスタイルデザイナー、３０年の足跡。<br><br>ポーランドに生まれ、ドイツで学校教育を受けたヨーガン・レールは、<br>グラフィックデザイナーを夢見てフランスに飛んだ。<br>十代の終り、多感な青春時代であった。<br>ひょんな巡り合わせでテキスタイルの道を歩みはじめて数年後、<br>旅人として日本を訪れ、やがて極東の小さな地でその才能が開花する。<br>アジア各地に足を運ぶようになったのは、間もなくのこと。<br>とりわけインドでは、街角に腰を下ろし、寺に集う人々を眺めることが<br>好きだった。一枚の布で自在に装う様のみごとなこと。<br>白い木綿が醸し出す奥深さを知ったのも、この地であった。<br><br>より速く、もっとたくさんを、と効率に邁進した仕事は、荒れる。<br>だからこそ「急いではいけない」と覚悟も決めている。<br>「いい手仕事が理解されるには時間が必要なのだから」<br>
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<link>https://ameblo.jp/turuyaschool/entry-10395603837.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Feb 2010 08:36:56 +0900</pubDate>
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<title>0207　なぜ、今「タイムトラベル・ロマンス」なのか？</title>
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<![CDATA[ <font size="4">＜情熱対談＞成井豊×梶尾真治＜情熱対談＞</font><br><br>タイムトラベルものをこよなく愛し、自らもタイムトラベルを題材とした作品を何本も生み出してきた成井豊が、ナンバーワンと断言する原作「クロノス・ジョウンターの伝説」。<br>「原作者」と「演出者」の立場を超えて語られる「時」、そして「愛」への共通した思い。<br><br>なぜ、今「タイムトラベル・ロマンス」なのか？<br>その答えはきっとこの対談のなかに。<br><br>＜タイトルの下に「梶尾真治」ってあるのが許せない＞<br><br>一昨年これを初めて読んだ時に「なぜこれを自分で書かなかったんだろう？」と思ったくらい。あまりに自分の感性にぴったりで。タイムトラベルものはもともと好きだったんですけど、数々読んだ、あるいは見たタイムトラベルものの中で、この「クロノス・ジョウンターの伝説」がナンバーワンだったんです。「なぜこんなものがこの世にある？」っていうくらいに。<br>仲村：自分がタイムトラベルして作家名を書き換えたいって言ってましたね。<br>成井：そう。「タイトルの下に「梶尾真治」ってあるのが許せない。なぜ「成井豊」じゃないんだ」って。だからぜひともやりたいと思ったんですね。で、その後、梶尾さんご本人のことを伺ったら、私よりもずいぶん年上で、それがまた驚きだったんです。これだけ年が離れていて、でもこんなにみずみずしい感性で作品を書かれていて。<br>仲村：最初は成井さんから梶尾さんに連絡を？<br>成井：そうです。でも最初はお芝居にしたいとすぐに考えたわけじゃなくて、まず感動したわけです。北村薫さんの「スキップ」をお芝居にすることが決まって、「じゃあ「クロノス・ジョウンターの伝説」もできるんじゃないか」と思ったものですから、梶尾さんにメールを送らせていただいたんですね。
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<pubDate>Sun, 07 Feb 2010 14:36:26 +0900</pubDate>
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<title>0206　きみがいた時間ぼくのいく時間</title>
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<![CDATA[ <font size="4">タイムトラベル・ロマンスの奇跡</font><br><br>しかし、その頃の里志は、それ以上の哲学的な思索にふけるには、縁のない環境にいた。そのときの里志にあったのは、夢と希望に満ちた生活だった。<br>大金を持っていたわけでもない。派手な遊びに興味を持っていたわけでもない。<br>一部上場の企業に勤務していた。就職４年目で平凡な日々を過ごしている。１日の勤めをきっちりとこなす。<br>早番の日や、休日は、恋人と会った。<br>恋人は梨田紘未という。大学時代に知りあった。<br>高校時代のクラスメイトの女性と街でばったり出会ったとき、彼女と一緒にいたのが、紘未だった。そのとき、たまたま時間をもて余していた里志は、二人をお茶に誘った。
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<pubDate>Sat, 06 Feb 2010 12:54:06 +0900</pubDate>
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<title>0205　どちらがエコ？</title>
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<![CDATA[ <font size="4">“エピソード１”</font><br><br>＜葉書　VS　メール＞<br><br>先日、山下達郎のラジオを聴いていたら、聴取者からの便りで、「もうそろそろリクエストにメールを解禁したらどうですか？　そのほうがエコなんじゃないでしょうか」というのが紹介されて、山下達郎氏は、メールはエコじゃない、と言っていました。<br><br><font size="4">“エピソード２”</font><br><br>＜パソコン　VS　USBメモリー＞<br><br>これも、ラジオ番組なのですが、小山薫堂の番組で、聴取者に柳井真希のお宝映像入りのUSBメモリーをプレゼントしたところ、この人は、パソコンを持ってなくて、家電量販店へ早速出向き、このお宝映像を見たいのですが、といってパソコンを購入したそうです。
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<pubDate>Fri, 05 Feb 2010 14:29:54 +0900</pubDate>
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