<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>ハッピーエンド</title>
<link>https://ameblo.jp/tyara-rhythm/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/tyara-rhythm/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>あの時の残骸。細々とお話しを書いています。余程無いとは思いますが、文章等の無断使用はおやめ下さい。Twitterアカウント　@chalarythem</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>『僕の見た景色、君の聞いた音』8</title>
<description>
<![CDATA[ <p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　翌日の正午頃、僕は病院の待合室で子供向けアニメを眺めていた。犬猿の仲の二人が常に喧嘩をしているが、共通の敵役が現れたことでその二人は協力して立ち向かう。そして敵役を撃退した二人はハイタッチをする。しかし次の日になるとまたこれまでの様に喧嘩をしている。ただ、その二人の口角はいつもより上がっている。そんな話だった。子供向けのアニメというものは子供時代に見るよりもある程度年を取ってからの方が刺さる物があるから不思議だ。ならばこれらは大人向けのアニメと言えるのかと考えると、ある意味ではそう言えなくはないだろうが、子供の頃にそうしたアニメを見たという前提があって初めてそれは心に響くものになるのだろうからやっぱりそれは子供向けなんだろう。子供の頃に仕掛けておく大人の自分への時限爆弾のようなものだ。そんなくだらないことを考えながら時計に目をやると十二時半頃を指していた。そろそろ琴葉の定期検診も終わる頃だ。検診が始まってかれこれ三時間ほどになる。検診のメニューには</font><span lang="EN-US" style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">MRI</font></span><font color="#000000" face="游ゴシック">とか</font><span lang="EN-US" style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">CT</font></span><font color="#000000" face="游ゴシック">とか見たことがある文字列が並んでいたが、それぞれの内容がどのような意味を持つかは僕にはいまいちわからなかった。結局それから三十分ほどして検診が終わり、僕らは琴葉のアパートに向かった。検診の種類が多く、それらの情報をそれぞれ照らし合わせて症状の検討をする必要があるらしく、正確な診断結果が出るのは一週間後らしい。</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　琴葉は自身のアパートから来月末で退去することになった。本来なら今月末で退去してしまいたいところだったが、手続き上の関係で間に合わなかった。退去が来月末とは言え、一緒に住むことにしたので今日は引越しの為の琴葉の部屋の片付けをする事になった。荷物を大体まとめてしまって、重要なものから載せられるだけ車に積んで僕のアパートに移そうという計画だ。</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「この辺のミニチュアはどの位の重要度なんだ？」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕は本棚の上に大量に鎮座した様々なミニチュアを指差して言った。</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「うーん、すぐには必要ないかな」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「それじゃあ『いまいち』の箱に入れとく」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「大事なものだけどね。すごく大事なものだけどね」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　よほど大事なのだろう。二度言った。僕から見ると文字通りいまいちなのだが。　</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　まぁ、人の趣味にとやかく言うものではないだろう。僕はそれらのミニチュアを「いまいち」と書かれたダンボール箱に入れ、「いまいち」の文字の下に「（すごく大事）」と小さく書き足した。琴葉こだわりのミニチュアはどれも精巧で、細かなパーツが多かった。</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「折れたりするとあれだから新聞詰めてこの箱はミニチュアだけにしとくな」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう言って振り返ると琴葉はアルバムを開いていた。アルバムと言っても、学校を卒業する時に貰うような大仰なものではない。個人的に気に入った写真を収めておくための小さなアルバムだ。高校時代、琴葉は写真と言うものに興味を持っていた様だった。とは言え一眼レフカメラなどを使った本格的な趣味ではなく、使い捨てカメラでちょっと気に入ったものや風景を取るといった小規模な趣味だった。ある意味で備忘録のようなものだったのだろう。大抵の高校生はそういった行為を携帯電話で済ませてしまうところだろうが、琴葉は写真を現像して形にすることに価値を見出していたようだった。</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「みてみて、懐かしいね」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　琴葉は僕の肩をつつき、それから一枚の写真を指差した。そこに写っていたのはなんだかよくわからない黒色と肌色だった。</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「なんだこれ。酷くぶれてるな」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「覚えてないの？私が写真を撮ろうとするといっつもまともに写らない様にしたじゃないですか」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あぁ、これ僕なのか。悪いけど写真は嫌いなんだよ」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「写真を撮ったって魂は抜かれないんですよ」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「気分の問題だよ」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それからしばらく、アルバムに収められてる写真を一枚一枚見ていった。道端にいた猫。川に浮かぶ鴨。夕焼け。自販機。なんで撮ったのか本人も覚えていないような写真達。そんな写真達の中でも、美術部に関連した写真がやはり多かった。そして、僕が美術部に加入することになったきっかけ。徹夜で描き上げたあの絵の写真も、ここにあった。</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「覚えてますか？この絵。アキ君が美術部として初めて描いた作品で、私を救った絵です」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「もちろん覚えてるよ。苦い思い出だ」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そんなことないでしょ。この絵が危機を救ったんですから、良い思い出では？」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「過程が苦いんだよ。痛々しいとも言っていい。リアリスト気取りの中二病患者だ」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「まぁまぁ、そういうのも含めて美しい思い出なんですよ」</font></p><p style="margin: 0px;"><span lang="EN-US" style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　徹夜で拙い油絵を描いた後の僕の行動は支離滅裂だった。涙を必死で堪えて僕を否定した篠宮の姿が離れず、それを振り払う為に絵を描くだけは描いた。しかしあれだけ琴葉を皮肉っておきながら、絵を描いてやったぜと簡単にあの美術室に戻るのは厳しい。結局こちらからは行動を取らないと決め込み普段通り過ごした。放課後、普段ならさっさと帰るところを少しだけ教室で待ってみることにした。結果から言って、すぐに篠宮は来た。ドアをに手をかけ肩で息をしながら、掠れた声で篠宮は言った。</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「藤井先輩、今すぐ、私と一緒に、美術室へ、行きましょう」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あ、あぁ、わかったよ」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　剣幕と必死さに押され、僕は言われるがままに美術室へ連行された。</font></p><p style="margin: 0px;"><span lang="EN-US" style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　美術室に入るや否や、篠宮はドア付近に椅子や机、石膏像などを運んでドアを塞いでしまった。これで一安心と言った様子だった。それから椅子を一つ、教室の中央、僕の描いた油絵の落書きの前に置き、「では、座って下さい。今日は絶対に逃しません」と言った。まるで僕が被告人で篠宮が裁判官の様だった。篠宮の行動力や胆力、そして美術室の出入り口を塞ぐ本気度を考えると、僕がここから逃げ出ていく事は不可能だろう。厳密に言えば無理矢理に出ていくことは不可能では無いのだろうが、篠宮琴葉という存在から逃げおおせるのは無理だろう。予想出来た事態ではあるし、僕は諦めて椅子に腰掛けた。</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「それで今日は美術部部長様が何のご用事でしょうか？」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「一応確認しておきます。この絵を書いたのは藤井秀明先輩、あなたですね？」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「その通りだ。また魔が差したんだ。申し訳無い事をした」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「怒ってるわけではありません。むしろ、感謝しています。これが先輩なりに考えた私に対する答えでしょう？」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「まぁどんな風に捉えてくれても構わないよ」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕は努めて興味無さげにそう答えた。</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「では、こう捉えます。この絵は藤井先輩が我が美術部部員として初めて書き上げたこととなる作品です」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「それは少し飛躍し過ぎじゃないか？美術部に入ることとはまた別問題だろう」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「いいえ。この絵を見たときに決めてしまいました。あなたは恐らく私の最後の希望です。そして私の独断は先輩にとっても多少意味のあるものになると思いますよ」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「随分大きく出たな。どういう理屈で僕の為になると思っているのかは知らないけれど」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ただの直感ですよ。先輩は絵を描く事が好きで、才能もある。けれど、何かの理由でそれらに蓋をしている。そんな気がしたんです。まぁ私が入ってほしいからと言うのが第一で、その為の後付けの理由です。いわばエゴですね」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それは確かに間違っているとは言えない推察だった。だが僕は中途半端な才能なら努力をすべきではないという持論が間違っているとも思わなかった。これが篠宮の言う「蓋」で、僕にとっての「防衛線」だった。それを超えさえしなければ、大きな傷は負わずにすむ。僕はそれでいい。それさえ越えなければ、なんだっていい。</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「全く考え無しって訳でもないんだな。その考えが合っているかどうかは別として。まぁ僕は大成しない努力ならしないほうがいいという考えを持ってる。あながち外れでもないだろうな」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　篠宮は少し驚いた様子だった。僕が自分のことに触れた話に乗ってくるとは思わなかったのだろう。僕自身、自分の事だろうと言われればそれまでだが、少し意外だった。</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「考えが合っているかと言う点においては全く自身がありません。ただ、やる気はありますよ。私が出来うる範囲で先輩がこの部に入って良かったと思わせられるような努力をしますし、先輩の持つ能力が役に立つということも証明出来る様に頑張ります」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「僕の事は僕の話だろう。君が頑張る話ではないと思うよ」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　篠宮は少しの間教室の隅へと目を逸らし、「自分語りになっちゃうんですけど」と前置きして話し始めた。</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「私はあんまり成功したことってないんですよね。難関を自力で乗り越えた事がないっていうか。何とかなっては居るんですよ。でも、納得できるような乗り越え方ではないんです。立ちはだかってる複数の壁達の合間をなんとかすり抜けるみたいな。だからもうこの際、自分以外の誰かの力を主としてでも正面からそれを越えたいんですよ。そうすれば私の勝ちなんです。馬鹿みたいですけど」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「君は一体誰と戦っているんだ？」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「なんでしょう？自分自身とか、社会とか？まぁなんだっていいんです。一度でいいから自信満々に「勝った！」って言ってみたいんです」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「いや、だから誰に？」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「その答えはまだ出ません」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　正直な話その返答を聞いたとき「あぁ、こいつは馬鹿なんだな」と思った。篠宮は自身の成功体験が無いと言っていた。もちろん細かなものを数えればあるだろうが、決定的なものが無いのだと。今直面している廃部の問題に関しても篠宮一人では無理だから僕を頼ると。否定的な目を向ければそれはそもそも逃げに分類される行為だ。　</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そんな逃げであるのにも関わらず、僕はそれを屈託なく言い切った篠宮を、格好良く感じたのだ。そして興味を持ってしまった。未だ出ないという答えの内容に。</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「分かったよ。そこまでしんどい作業でもなさそうだしな。だが、僕はしんどくなったら迷わず逃げる」</font></p><p style="margin: 0px;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕はあくまで仕方なくという体を崩さず、そう言った。篠宮は小さく吹き出して、待ってましたとでも言うように満面の笑みで言った。「美術部へようこそ」と。</font></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tyara-rhythm/entry-12228670690.html</link>
<pubDate>Wed, 14 Dec 2016 21:20:01 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『僕の見た景色、君の聞いた音』 7</title>
<description>
<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><i><font color="rgb(0,0,0)" face="游ゴシック">７．</font></i></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それから数日間、僕の生活はこれまで通りだった。いつも通り会社に向かい、いつも通り疲れ、眠る前にいつも通り琴葉と連絡を取る。僕の会社は基本的に土日が休みとなる会社で、ノルマをこなしていれば土日は休むことができる。もちろんそう簡単にノルマはこなせない為残業もしなければならないが、世の中そんなものだろう。僕も琴葉も、何もかもがいつも通りだった。少なくとも、表面上は。今日もいつも通り残業を終えて、駅へ向かって歩いた。駅に着くといつもより多くの人がホームに溜まっていて、信号機の異常によって電車に遅れが発生したと電光掲示板が告げていた。次の電車まで一時間近く空いてしまうようで、僕は駅の近くの大型雑貨店に入った。その雑貨店の一角には早すぎるハロウィングッズが所狭しと並べられていた。まだ十月にも入っていないというのにこうしてハロウィングッズが置かれるのはある種の商戦なのだろうが、実際に売上は伸びるのだろうか。とは言えハロウィングッズの大部分はコスプレ用のグッズであり、こうした商品が売れている所に遭遇した経験のない僕からすると、いつ売っても売上にはさして変化が無いような気がした。勿論それは勘違いで、僕が知らないところで幾らでも売れているだろうけれど。この辺は琴葉に似合うかもしれないななんて考えながら商品を見ていると、商品棚の一番奥に季節外れの品を見つけた。季節を先取りしたハロウィングッズとは逆に、季節において行かれた商品がそこにあった。他の商品と違い、半ば詰め込まれるような形で花火が置かれていた。花火は湿気ると使えなくなるからだろうが、価格も安く設定されて投げ売りされていた。発注ミスかなにかだろうか、売れ残りにしては結構な量の花火が残っていた。中でもナイアガラと書かれた花火が多かった。ナイアガラ花火の説明を見ると一本の紐に一般的な手持ち花火が多く繋げられた花火で、棒などを立てて紐の両端を結んで張った状態で導火線に火をつけるとさながらナイアガラの滝のように見えると書かれていた。季節外れの花火も悪くないかもしれない。僕はその場の花火すべてを買い物かごに入れ、会計に向かった。それらの合計金額は辛じて一万円を切っていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　何とか仕事をこなして土日の休みを獲得し、予定通り琴葉と会うことになった。今日は土曜だが琴葉は大学関連の手続きがあるので夕方頃からこちらに来るらしい。僕としても花火をする予定くらいしか考えていなかったので特に問題はなかった。琴葉が来る前にアパートの近所にあるホームセンターに行って、棒状の木材を４</font><font color="#000000" face="游ゴシック">本買った。そのままスーパーに向かって、食材やお菓子を買った。恥ずかしい話、僕は自炊をほとんどしない。しないというよりは出来ないと言った方が正しい。僕には料理に関するセンスと言うものが無いのだ。何度か自炊に挑戦したことはある。比較的かんたんに作れると言われて炒飯に挑戦したときは、米の水分が抜けきった上に塩味が強すぎて岩塩のようなものになった。これを期に僕は料理というものをやめた。そうした理由で僕の部屋の冷蔵庫にはほとんど物が入っていない。飲み物やドレッシング程度の物だけだ。冷凍庫には冷凍食品がそこそこに詰まってはいるが。僕が出来合いのものではなく食材を買っているのは琴葉が来るからだ。琴葉はそれなりに料理ができる。僕がそれなりになんて評価を下せば琴葉は怒るだろうけれど。買い物を終えて自室に戻ってからは何もしなかった。休日は休むから休日なのであって疲れては意味がないと僕は考えている。それではつまらないと琴葉はごねるだろうから、琴葉が来るまでは存分に休むことにした。軽く昼飯を済ませてベッドに横になった。スマートフォンを弄っているうちに瞼が重くなっていき、意識は微睡みの中に溶けていった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　何処かでドアが開いて、荷物を下ろす音がした。何処かと言ってもここは僕の部屋だ。琴葉が来たのだろう。口を開けて寝てしまっていたようで、酷く喉が乾いていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「寝ていたんですか。おはようございます」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ああ。せっかくの休みだから休んでおかないとな」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「しっかり休めましたか？それではさっさと起きて遊びましょう」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「わかったわかった。ちょっと待ってくれ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　顔を洗って目を覚まして、水を飲んで喉を潤した。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「まぁ準備完了だな。琴葉も準備してくれ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　琴葉はこちらの言っていることが分からないという様子できょとんとしていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「準備ですか？なんの？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「今からちょっと川まで歩く。ほら、ここから十分くらい歩いた所のさ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「今来たところなんで準備は万端ですけど、何をするんです」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「行ってみてのお楽しみだ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕は事前に花火を入れておいた鞄と木材を持って外に出た。それを見た琴葉はわけがわからないという表情でこちらを見ていた。僕は手招きをして、早く来るように促した。琴葉は観念したようで、僕の後ろをついて来た。外はもう暗くなり始めていて、月が爛々と輝いていた。確か、そろそろ満月だったと思う。川までの道はほぼ一本道で、ここ一週間でお互いにあったことを話しながらゆっくりと歩いた。川は水面で月明かりを反射して輝いていた。太陽の光を反射して光を放つ月の光を更に反射して輝く水面は随分と神秘的だった。河原に降りるための階段を下っていると後ろから小さな短い悲鳴が聞こえた。振り返るのと同時に衝撃があって、僕も一段踏み外したが何とか踏みとどまって転落は避けた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ごめんなさい。転んでしまいました」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「なんとか受け止めたし僕は大丈夫だけど、気を付けて」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう言って琴葉の足元に目をやると膝小僧にかさぶたが出来ていた。両膝にあるその傷跡は今しがたできた様なものではなく、今のような事がそう珍しく無くなったということを示していた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ほら、手貸して。ゆっくり降りよう」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ありがとうございます」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　琴葉は照れくさそうに手を握って、僕らは一段一段ゆっくりと階段を下った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「さぁ、川についたわけだけど、少し目を瞑っててくれ。準備をしなきゃならないんでね」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「その角材を使ってですか？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あぁ。こいつの出番だ。もうちょっとこっちに来て目を瞑っててくれ。すぐ終わるから」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「わかりました。じゃあこの辺りでいいですか？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あぁ、ばっちりだよ。そこでいいって言うまで目を閉じててくれよ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕は琴葉が目を閉じたのを確認して、作業に取り掛かった。琴葉を中心にして、彼女から２</font><font color="#000000" face="游ゴシック">メートルは間隔を空けて、丁度４</font><font color="#000000" face="游ゴシック">メートル四方の中心に琴葉の位置来る様に角材を杭として地面に突き立てた。それからそれらの角材を頂点して、ナイアガラ花火を結んだ。これで琴葉はナイアガラ花火に囲まれる形になった。傍から見たら怪しい儀式だ。ナイアガラ花火の導火線に火をつけて、僕もその四角の中に入った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「よし、もう目を開いていいぞ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　琴葉が目を開いたとき、その眼前にはどんな景色が映ったのだろうか。ただ一つだけ言えるのは、光に溢れた光景だっただろうということ。琴葉は言葉にならない声をあげながら、その場でゆっくりと回りながら花火を見ていた。この光景を一生忘れない様に、目に焼き付けている様だった。花火はそう長くは持たず、存外あっさりと消えてしまった。角材と花火を片付けて、僕らは川岸に座った。手持ち花火はまだ幾つか残っていたが、少し話がしたかった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「季節外れに花火が売ってて、安かったから全部買ったんだ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「この時期に花火なんて予想してなかったから驚いちゃった。凄く綺麗でしたね。どっちを見てもきらきら光って、まるで光の中心に居るみたいでした。私の眼の事もあると思うですけど、経験の中の花火とはまた違う感じで。なんていうか、幻想的で。ぼんやりと輪郭が揺らいでる淡い光みたいな」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　琴葉は本当に嬉しそうだった。この雰囲気に陰を落とす様な話は正直なところしたくなかったが、僕は聞かないわけには行かなかった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……今、どのぐらい見えているんだ？膝の怪我を見るに、前より悪化しているんだろう？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　琴葉少し悲しそうな顔をして、それでいて何でもないような顔を作って、口を開いた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「何もない所でよく転ぶようになりました。普段教室の真ん中辺りの席で講義を受けていましたが、日に日に前へとずれていきました。今では一番前の席でも黒板が霞んでよく見えません。バイトは検査入院明けの次の日に、半ばクビになる形で辞めました。今日は大学に退学届けを取りに行ったんです。休学を勧められましたが、失われた感覚が戻った症例は無いのでお断りしました。そんな感じです。そんなもんです」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕はどのくらい黙っていただろうか。長く感じただけで本当は短い時間だったと思う。生活が変わらなかったわけがないのだ。琴葉はそれを極力、僕に悟らせないようにしていたのだろう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「一緒に住もうか」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その一言は自分でも驚くくらいに自然に出た。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　少し間をおいて「分かった」と返事が返ってきた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その時の琴葉の声は、震えていた。その震えが一緒に住むことの嬉しさによるものなのか、もう一人では生活できないほどに病が進んでしまった事実の悲しさによるものなのか、もしくはその両方か。それがわからなくて僕の方が泣きそうになってしまった。 支えなければならない立場の僕の方が泣いているという事実を隠すために、手持ち花火を取り出した。それからお互い一本ずつ、火をつけた。少し肌寒さを感じた僕らは肩を寄せ合った。一本ずつ一本ずつ、残った花火を消化していった。まるで何かのカウントダウンでもするように。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p><span style="font-size:1em;"><span style="font-family: &quot;游ゴシック&quot;,sans-serif;"><font color="#000000">　涙で滲んだ視界に映る花火は確かに幻想的で、綺麗だった。</font></span></span></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tyara-rhythm/entry-12209112825.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Oct 2016 23:57:15 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>夢のまた夢　後編</title>
<description>
<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">５</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span><font color="#000000" face="游ゴシック">一人の朝</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　目が覚めたのは午後を過ぎてからだった。意識がはっきりしていくにしたがって、寒いという感覚が強くなっていった。昨日、と言っていいものか分からないが夢の中で最後に見たのは君の寝顔で、最後に感じたのは君の温もりだった。それが二つとも消えてしまっているという事実が、俺を心身の両面から凍えさせた。ストーブをつけようとすると灯油が空になっていると表示された。仕事に行って帰ってきて寝るだけの生活だったから、灯油の事など全く気にかけていなかった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　少し、部屋を確かめることにした。昨日の感覚があまりにもリアルで、とてもじゃないが夢とは思えなかったからだ。しかし現実というのはそう甘くはない。キッチンを使った形跡は無かったし、テレビは今日がクリスマスだと告げていた。ツリーの上には相変わらず指輪が鎮座していた。分かってるんだ。君と過ごした昨日は存在しない。君は死んだ。僕は独りだ。まずはあの薬が本物だった事を喜ぶべきだろう。望む夢が見られたのだ。なんだったら超能力者になって悪の組織と闘って世界を救うとか、普通では有り得ないほどの大金持ちになって豪遊したりとか、そんな子供の頃に夢見ていた事だって体験できるんだ。これは喜ばしい事だろう。その為にはもう一度あの露店に行かなくてはならない。残りの回数が決められていたら、思い切って使う事がはばかられてしまうから。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　俺は車に灯油のタンクを投げ入れて、エンジンをかけた。車の中は煙草の臭いがした。大学時代に格好つけで煙草を吸いはじめたのだが、君に健康に悪いし煙たいからやめてと言われてあっさりやめた。大人になったんだという格好つけの為に始めたものだったのに、その格好つけたい相手に否定されたというのだから間抜けだなと思う。大体、煙草を吸っていても格好良くなんてなれはしない。君を失う事で半ば自暴自棄になって君に駄目だと言われた事をする俺は、酷く馬鹿で、酷く惨めで、救いようのないほど格好悪いものだった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ガソリンスタンドで灯油を買い、その隣のコンビニでおにぎりとお茶を買った。自炊をせずに偏った食事をして、煙草を吹かしている俺は早死にするだろう。生きる意味を見失っている以上、健康に気を使う気も、その必要も無い。いつまで生きていられるかが数字で正確に見えていれば、少なくとも今よりは後悔しない生き方が出来ただろうに。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　パーキングに車を停めて駅前についてみると露店は随分と減っていた。二時間ほど駅周辺を探してみたがあの老人の露店は見つからなかった。まるでその露店そのものが夢だった様に。駅員に尋ねたりもしたのだが管轄外だと突っぱねられてしまった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　馬鹿げた考えだが、あの老人はサンタクロースだったのだと思う事にした。サンタクロースが俺の様な夢の無い大人に夢をくれたのだと考えるとおかしくて仕方が無かった。だってそうだろう？それが本当なら『夢の種』は未来への目標とかそういったものを見つける為に使えという事なんだろう。それでも俺が望むのは過去へ戻る事だったんだから。残り四回しか残されていないのならば超能力者も大金持ちも輝かしい未来も要らない。ただ君と居られるなら他には何も必要ない。サンタには悪いが人選ミスだと諦めてもらおう。コンビニで買った弁当を夕食として、食後に薬を飲んだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　君がいる家の景色を想像し、布団に潜り込んだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">６</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span><font color="#000000" face="游ゴシック">期限付きの夢</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　軽く頬を叩かれ、俺は目を覚ました。俺が抱きしめているせいで起きられなかったと君はむくれていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「おはよう。今日は一段と寒いな」そう言って、起き上がる。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「クリスマスだからね。ほら、息が白いよ」と君は呟いて、ストーブのスイッチを入れた。こちらのストーブは灯油切れを起こしていないようで、すんなりと点火の準備を始めている。いつも通りだった。文字通り、いつも通り『だった』光景だ。もう叶わぬ夢を見ているのだ。それを俺は忘れてはいけない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　さて、今日は何をしようか。どんな事をして過ごすのかは考えていなかったから、君が朝食を作っている音を聞きながらどうしようか考えていた。クリスマスだし何処かへ出掛けた方がいいだろう。では、何処へ？予約が必要な所へは行く事はできないだろう。そうなってくると豪華なクリスマスには出来そうもない。誰かと出掛けるのが久し振りだから中々難しい。君が居なくなった影響がこんな所にまで出ているとは思わなかった。その事実に軽く落ち込んでいると、君の良く通る声が朝食が出来たと教えてくれた。テーブルにはトーストにスクランブルエッグ、サラダ、コーヒーが置かれていた。まともな朝食はいつ振りだろうか？初めのうちは自炊を試みた事もあるけれど、壊滅的に料理が下手だとわかりすぐに諦めた。もう一ヶ月以上振りに食べるまともな朝食はとても美味しかった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「美味いよ。やっぱり料理上手だな」俺は素直な感想を述べた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ちょっと焼いたり、切ったりするだけじゃない」そう言って君は笑った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　残念ながら俺にはそれが出来なくて、コンビニ弁当ばかり食べてるんだぜ。現実では、君が居ないから。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「さて、どこか行きたいところは無いか？」と俺は聞いた。しばらくの間、君は考え込んでいた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「イルミネーションを見に行きたいかな」と呟いた。何故だかわからないが、その横顔は何だか寂しそうに見えた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「じゃあ、そうしようか。準備をしてくれ」そう言ってから一つ問題に気付いた。車だ。車自体は問題なく動くだろうが、問題なのは車内の臭いだ。俺の記憶から作られた夢だから基本的に周囲は最新の状態になっている。とすると、車内からは煙草の臭いがするだろう。それはちょっとまずい。君の準備が終わるまでに何とかしなくては。消臭スプレーを持って、ドアに手を掛ける。そこで、新たな問題が発生した。ドアが開かない。ドアノブが回らないのだ。何度試しても、どれだけ力を込めても、ドアノブはピクリとも動かない。何かが外に置かれているのかと覗き窓から外を見て、原因を理解した。外と内を繋ぐ境界をドアと定義するなら俺の目の前にある物はドアと呼べるものでは無かった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　覗き窓から見える景色には『何も無かった』から。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　景色と言っていいのかすら分からない。無いのかどうかも分からない。只々白い空間が拡がっていた。恐らく、これが夢だからだろう。俺は眠る前に君のいる景色を強く願ったけれど、その時に想像したのは家の中だ。家の外は想像していない。だから、外そのものが存在すらしていないのだ。車も、イルミネーションも存在していない世界。信じられない話ではあるが、夢の中ならなんだってありだろう。確かめる為に急いで窓を見た。外には雪が降っている。明るいという事を除けばこれは眠る前に見た景色だ。震える手で窓を開けようとした。やはり窓は鍵もかかっていないのに、全く動く気配が無かった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　準備を終えた君が不審そうに俺を見て、「何してるの？」と聞いた。そう聞くのも無理はないだろう。消臭スプレーを片手にあらゆる窓を開けようと必死になっている恋人がいたら、俺だってそう尋ねる。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「なんでもないよ。ただ、掃除をしようと思ってさ」……我ながら苦しい言い訳を口にする。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「でもそれ、消臭スプレーだよ？それになんで今から出かけようって時に掃除を始めるの？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　当たり前ではあるが、君は疑っているようだった。というか、怒っているようだった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「いや、車がエンストしちゃってさ……」もちろんエンストなんてしていない。そもそも車そのものがない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「それでご機嫌取りのために形だけでも掃除してる風にしてるんだ？消臭スプレーなんて持って。頑張ってね、掃除」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　誤解もいいところだったが、君は寝室に閉じこもってしまった。閉じこもっているといっても鍵は掛かっていない。掛かってはいないが、経験上こういった時にはそっとしておくのが一番だ。少し時間を置いて、謝りに行かなくてはならない。完全に否は俺にある。それにこういう事があった時は大体いつも俺が悪かった。普段ならここまで怒らないだろうが、今日はクリスマスだ。どこに行きたいか聞いた時も考え込んでいたし、服もお気に入りだと言っていたものだった。楽しみにしていたんだろう。　</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　時間に限りがあるっていうのに俺は何をやっているんだろう。自分にうんざりしながら、本当に掃除を始めた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　適当なところで掃除を切り上げて、寝室に向かった。君はベッドで布団にくるまって寝てしまっていた。君の頬と枕が濡れていて、驚いた。こういった事があると怒る事はあっても、泣く事はなかったから。やっぱりそれだけ楽しみにしていたんだろうと思うと胸が痛かった。起こしてしまわないように気を付けながら頭を撫でた。そうしているうちに俺にも睡魔が襲ってきて、俺も眠りに落ちて行った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　起きた時、外は真っ暗だった。時計の針は午前五時を指していた。頭を撫でていた相手が居ないのでこちらは現実だと気付く。大切な一回を喧嘩するだけで終えてしまったという事実に深く後悔した。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ただ、いくつか分かった事がある。夢の中はクリスマスだった。目覚めた時、俺は君を抱きしめていたし、窓のツリーには指輪が無かった。つまり夢の中の世界は夢の中の世界として、独立している。これは恐らく俺の認識によるものだろう。夢の中の世界を俺は無意識的に独立した空間だと考えているのだと思う。寝る前にもう一度別の要素を含んだ空間を意識すれば、恐らく夢の中の世界は上書きされる。自分が眠る際に想定した範囲の外の世界は、存在しない事になる。夢と現実が入れ替わる『きっかけ』は、眠る事。これらが分かったのは大きな一歩だ。極論を言ってしまえば、眠らなければ何時までも君と一緒にいられるということだから。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　風呂に入って温まりながら今後の予定を立てる事にした。残り三回しかない機会を、今回のように終わらせる訳には行かない。こうして考えるとゲームのセーブデータみたいだが、次に夢の世界に行けば君と喧嘩をしたところから始まるはずだ。だからまずは君と仲直りをして、喜ばせてあげられるようにしたい。そのために必要な事が、いくつかあった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　風呂から出て朝食をとる。夢の中のような立派な料理は作れないので冷凍食品だ。　</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　五時に起きてしまったからこうして朝食をとれているが、普段は食べない事の方が多い気がする。会社に行かなくてはならないのだから自分でまともな料理を作って食べるなんて不可能に近い。それこそ五時ごろに起きるのを習慣にしなければならないだろう。そんなのごめんだ。俺は出来る限り寝ていたい。出来る限り夢を見ていたい。それでも働かなくては生きていけないから今日も会社へ向かった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　仕事から帰ってきて初めにしたことは自分の家から出来るだけ近いイルミネーションスポットを探す事だった。幸いクリスマスシーズンという事もありそれはすぐに見つかった。しかし大変なのはここからだった。デジカメと地図を片手に車を走らせ、イルミネーションスポットまでの道を数回往復した。毎回道筋を変えて景色をデジカメで撮影した。イルミネーションスポットの周囲も何があるのかくまなく調べ、写真に収めた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「恐ろしく入念なデートの下調べだよな」デジカメに収められた何十枚の写真を見ながらそう呟いて、俺は笑った。こうやって君と出掛ける為の準備をするのが懐かしかった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　大きめの地図をテーブルに広げて場所ごとに写真を置いて必死に記憶していると学生時代をふと思い出した。あの頃も暗記系の科目をテストの前日に必死に憶えようとしていた。大体の場合結果は酷いもので何時も再試験をさせられた。思えば俺の生き方が変わったのは君と出会ってからだったんだろう。君と同じ大学に行くために受験勉強をして、君と一緒に生活するために就職した。これからだったんだよ。本当にこれからってところだったのに。僕はどう生きていけばいいんだろう。支えを失ったままで、俺は歩いていけるだろうか。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　……ダメだな。これからデートだってのにこんな事を考えても仕方ない。たとえ未来がどれだけ暗く凄惨なものであったとしても、今の俺には関係ない。未来の俺には精々頑張ってもらうとしよう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　未来と向き合う事を放棄して、俺は君の元へ逃げた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　目を覚ます。君はまだ眠っていた。眠ってすぐに起きるという本来なら異常な感覚ももう慣れてしまった。さて、君が起きる前に答え合わせをしなくてはならない。玄関のドアに手をかけ、深呼吸をした。俺の仮説が正しければドアの向こうには昨日頭に叩き込んだ景色が広がっているはずだ。腕に力を込めるとドアは前と打って変わってすんなりと開き、見慣れた景色が広がっていた。仮説は正しかった。本当に夢の中ならなんでも出来るらしい。車の煙草の臭いは綺麗に消えていた。これで君に怒られずに済みそうだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　準備が整ったは良いが、どう起こそうか。眠った時から四時間程経っているようで、時刻は三時を回っていた。起きるまで待っていたら出掛けるには遅い時間になってしまうだろう。できるだけ優しく、君を揺り起こした。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……掃除は終わったの？」不機嫌そうに君は言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「車を直してたんだよ」もちろん嘘だ。車を作っていたというほうがまだ正しいと思う。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「それとも、もう出掛けたくない？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「…………行くけど」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　久しぶりのドライブだ。助手席には君が座っている。…まだちょっと不機嫌そうだけど。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「なぁ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……なに？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「イルミネーションを見に行く他にはしたい事って無いのか？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……二人で居られればそれでいいけど」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　……そういうのは何と言うか、狡いと思う。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　車を走らせてイルミネーションスポットについたのは四時頃だった。近くのレストランで遅めの昼食にした。君も機嫌を治してくれたようで楽しく食事をした。食べ終わる頃には外は大分暗くなっていて、公園のイルミネーションが煌めいていた。クリスマスらしいサンタクロースやトナカイ、雪だるまなどが色とりどりの電飾で描かれていた。その中でも一際目を引いたのは中央の大きなツリーだった。本物の大きな木に電飾や飾りが施されて、天辺には星形の電飾が輝いていた。一通り見て回った後、「この後はどうしたい？」と君に尋ねた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　君は振り返って言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「もう十分だよ。こんな夢みたいな景色をありがとう」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その時の笑顔はイルミネーションよりも、美しかった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">７</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span><font color="#000000" face="游ゴシック">消極的な自殺</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　三度目の夢は特別な事をして過ごしたけれど、残りの二回については特に語る必要が無いほどいつも通りの日々を過ごした。豪華な日々が欲しかったわけではないし、君も俺と居られたらそれでいいと言っていたから。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ただ、俺はその二回のうちに何とかこの夢の日々を引き延ばそうと画策していた。寝なければ終わらないという考えはどうも正しいようだったが、夢の中でも腹は減るし眠気もある。そういった感覚を無くせばいいとも考えたが、その感覚が無いという事を想像して夢の中で実現するのは不可能だった。俺に想像できる範囲でなければ実現出来ないらしい。夢の中なのに実現というのもなんともおかしな話ではあるが。俺はお金持ちにはなれても、超能力者にはなれないという事なんだろう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ただ、眠らないのは不可能だったが、夢を延長することに関しては成功した。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その方法は謂わば、消極的な自殺とも言える行為だった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　夢と現実が切り替わるときには特定のきっかけがある。そのきっかけは眠る事。夢から現実へ、現実から夢へ。そのどちらの場合も眠ることに変わりはないが、決定的に違う部分があった。それは薬を飲んで眠るか否か。『夢の種』を服用して眠れば望む夢をみられるという事。これは経験した事実だから想像することは難しくない。だから俺は夢の中で『夢の種』を飲んで眠る事にした。体験した事実ならそのまま再現できる。それを利用して、俺は夢の中で夢を見た。そしてそれは成功したのだ。最後の一回の夢の中で俺は夢の種を服用し、君の隣で眠った。正直うまく行くとは思っていなかったが目を覚ました時に君はちゃんと隣にいた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　夢の中で夢を見続けるという事は現実の俺は目を覚まさないという事になる。夢の中で過ごしている間も時間は経過している。飲まず食わずで眠り続ける人間がどうなっていくのかは想像に難くない。じきに現実の俺は衰弱して死ぬ。それでも構わないと思った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　これ以上、君が居なくなった世界で生きる事に耐えられそうになかったから。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　もう一人になんてさせない。ずっと一緒だ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　いつもの様に時間は過ぎて、もう眠る時間になっていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　昨日のように薬を飲もうとする手を、君が止めた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そして、意を決した様な表情でこちらを見た。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　君は震える声で言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「もう、夢は終わりにしよう？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">８</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span><font color="#000000" face="游ゴシック">夢の終わり</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　君が何を言っているのか理解出来なかった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　これが夢だと気付いているのか？何故終わりにしようなんて言うんだ？君は自分に起こった事を知っているのか？聞きたい事は次から次へと湧いてくるのにどれも声にならなかった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「もう十分満足したよ。十分過ぎるくらい、幸せだったよ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……何を言ってるんだよ。これからじゃないか」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　やめろ。やめてくれ。やっと君と離れずにいられる方法を見つけたんだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「私はあなたの知っている私をもとに作られたんです。だからあなたの恋人の『私』じゃない。言うなれば、模造品なんです。あなたがこのまま私と居る為に死んでしまったら、本当の私に悪いですから」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう、君は言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「待ってくれよ。君は君だろう？それ以外の何者でもないはずだ。俺はそう望んだんだから！」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「私であって、私ではないんです。どれだけあなたとの思い出を持っていても、本当の私は十月の終わりの日付が変わる頃に、死んでいるんですから」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　何も、言い返せなかった。そうだ。あの時確かに君は死んだ。今この瞬間に目の前に居る君は、俺の妄想だ。君のいない生活に耐え切れなかった俺が生み出した、君の残像。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あなたと再開できて、本当に嬉しかったです。イルミネーションを見に行く前、　怒っちゃってごめんなさい。あなたと見たイルミネーションはとても綺麗でした。あなたと過ごした一日一日が本当に幸せでした。あなたの事が大好きです。だから、生きてください。死のうとなんて、しないでください……」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう懇願する君は、泣いていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　俺はなんて馬鹿なんだろう。自分のことばかり考えて、孤独に耐えられないからと夢に逃げて、君を泣かせて。俺は決断しなくちゃならないんだろう。君との、二度目の別れを。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……君は君だよ。正確には違っているとしても俺のこの数日間を支えてくれたのは　確かに君だ。だからその堅苦しい敬語、やめてくれよ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ごめんなさい。何だか馴れ馴れしくしたら本当の私に怒られちゃう気がして」</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp; </font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「自分がその立場だったら怒る？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「まさか、怒れないよ。そんなの」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「それなら大丈夫だよ。君と同じなんだから」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そうなのかな」と、君は笑った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　最期に渡したいものがあるから待っていて欲しいと言って、寝室を出た。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　君</font><font color="#000000" face="游ゴシック">はこの数日間、どんな思いで俺に笑いかけてくれていたのだろう。自分がもういない存在であることを知っていて、自分が誰かの残像だということを理解していて、それでいて俺にそれを悟られないように。本当は泣き出したかった筈なんだ。自分がもう既に死んでいるなんて知ったら平気でいられる訳がないんだ。それなのに君は俺の為に平気なふりを、知らないふりをしてくれていた。できる限り、その想いに応えてあげたい。これまでの辛さを払拭するような、幸せを与えてあげたい。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　だから俺は、あの時出来なかったサプライズをする事にした。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　寝室に戻り、君の手をとった。君はなんだか分からないといった表情で俺を見ていた。俺は君の左手の薬指に指輪をはめた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「本当は君の誕生日に渡す予定だったんだ。プロポーズするつもりだった。結局こんなタイミングになっちゃったけど、受け取ってもらえないかな？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　君は驚き、悩んでいるようだった。自分は本当は結婚を考えられていた相手では無い。だからこの指輪を受け取っていいかわからない。そう悩んでいるんだろう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「君に受け取って欲しいんだ。その為の物だった」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　言ってしまった後で、後悔した。俺が出来ない筈の再開を望んだから君は生まれた。もし不幸な事故が起こらなければ君は存在しない。ならばこれは君にとって、その為の物なんかじゃない。本当ならこんなことを言ってはいけない。無責任だと嫌われて、恨まれて然るべきな言葉を俺は言ってしまった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それなのに、君は嗚咽を堪えながら「ありがとう。ずっと、大事にするね」と言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ずっと大事にする事なんて不可能だと、俺も君も分かっていた。俺がこの夢から覚めてしまったら、君は消えてしまう。君という存在を確かめるように、心と体に君を刻み込むように、強く抱きしめた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「夢は覚めるから夢なんだよ。だから、おかしな話だけど、もう寝よう？」君は泣きながら、そう言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　君との再開を果たした最初の日の夜のように君を抱きしめて眠った。あの夜と違って、君も抱きしめ返してくれていた。天国にいる君と腕の中にいる君は違う人なのかもしれないけれど、浮気だとは言わないで欲しい。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　いつだって俺は『君』一筋だから。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　目を覚ますと君は居なかった。コーヒーの香りもしなかった。それでも俺は腕の中に微かな温もりを感じていた。もうじき今年が終わり、来年が来る。来年からは煙草を止めて、料理の練習をしようと思う。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　三度目の再開を果たせた時に、君に怒られないように。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p><span style="font-size:10.5pt;mso-bidi-font-size:11.0pt;font-family:&quot;游ゴシック&quot;,sans-serif;mso-ascii-theme-font:minor-latin;mso-fareast-theme-font:minor-fareast;mso-hansi-theme-font:minor-latin;mso-bidi-font-family:&quot;Times New Roman&quot;;mso-bidi-theme-font:minor-bidi;mso-ansi-language:EN-US;mso-fareast-language:JA;mso-bidi-language:AR-SA"><font color="#000000">〈おしまい〉</font></span></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tyara-rhythm/entry-12207496154.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Oct 2016 23:31:04 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>夢のまた夢　前編</title>
<description>
<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　一度失ったものをもう一度失うというのは耐え難い。失うことで初めて気付く大切さを知ってしまうから。だからもう一度失うことを恐怖してしまう。そうは言っても、実際には二度失うことなんてありえないのかも知れない。 それが本当にかけがえのない程大切なものだったのなら、代用品なんて存在しないだろうから。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">『夢のまた夢』</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">１</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span><font color="#000000" face="游ゴシック">過去から今</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　十月の終わりと十一月の始まり。その境界線で君は死んだ。君が死ぬほんの一瞬前まで俺達は手をつないで歩いていたね。その日、街はハロウィン一色で中には仮装をしている人達もいた。「トリック・オア・トリート」なんて言われたけれど、 生憎お菓子なんて持っていなかったから何もあげることは出来なかったな。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　日付が変わる頃だった。一通り遊んで家に帰ろうと歩いていた時にそれは起きた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">カーブを曲がりきれなかった車が歩道の内側を抉るようにして突っ込んできた。その車は俺の真横を通り過ぎ、君を巻き込んでそのままの勢いで建物に激突した。 飲酒運転だったらしい。ハロウィンだから浮かれていたんだろうか。轢いた側も轢かれた側も、即死だった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　こうして彼等は俺の最愛の人もろとも生き物から只の物になった。一瞬の内に空を掴む事となった俺の手には、君の温もりだけが残っていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　不幸な事故を運命の悪戯なんて言うことがあるけれど、俺はどうすれば良かったんだろう？運命にお菓子でもあげれば良かったんだろうか？そんな方法、何処にもありはしないっていうのに。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　君が居なくなって、俺の生活は激変した。それも当然だろう。君がこれまでしてくれていた事を自分でしなければならなくなったから。洗濯をして、掃除をして、飯を作って、風呂を沸かして。君は楽しそうに家事をこなしていたけれど、いざ自分でやってみるとなるとかなりの重労働だったな。この労働に見合う程のものを君に与える事が出来ていただろうかと考えると、涙が溢れた。あの夜、もうとっくに枯れてしまったと思っていた涙が。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　時間の流れっていうものはなかなか恐ろしくて、一ヶ月程経つうちに俺は君のいない生活に慣れ始めていた。そういっても、慣れていたのは家事などの生活の部分だけで精神的にはまだ心に穴が開いたような虚しさがある。あの時の事故は君と一緒に俺の心も半分くらい削り取っていったのかもしれないな、なんて考えるくらいには。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　俺は前を向きながら後ろへ歩いていた。君を忘れてしまったら、俺はもう俺ではなくなってしまうと思ったから。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">２</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span><font color="#000000" face="游ゴシック">幸せな街</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　あの日から何も変わらない日々を過ごしている。今日は世間でいうところのクリスマスイブだったけれど、もう俺にとってはなんの意味も無い。それでもいつもの様に仕事を終えて帰るだけというのはなんだか寂しかったから、その辺をふらついている。夕方あたりから雪が舞い始めて、明日まで振り続けるらしい。ホワイトクリスマスになるだろうと電気屋のテレビが告げていた。それにしても、電気屋に並ぶ商品はあまりクリスマスとは関係ないと思うんだけど、時期だからといって全力でそれに乗っかろうとするのは滑稽に見えるな。隣の雑貨屋ではこれでもかってくらいにクリスマス関連のものが売ってるっていうのに。その滑稽さがなんだか羨ましかった。ジングルベルやらサンタ、トナカイのぬいぐるみやらツリーやらがところ狭しと並べられている。その中でも一番推されていた小さなツリーに目が行った。20</font><font color="#000000" face="游ゴシック">センチくらいの高さのツリーで、その隣にこれまた小さな飾りが置かれていた。なんでも、大きなツリーを飾る場所が無くても大丈夫だし、なにより小型で可愛いからという理由で売れているらしい。手が出しやすい値段だったから、ツリーと飾りを適当に見繕って買った。他にもなにか買おうかとも思ったけれど雑貨屋の商品というのは大体高い。　</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　値札に書かれている額が想定より一桁多いなんてことはざらにある。多分、生産量が少なかったりするんだろう。俺はこれといって熱心な趣味がある訳でも無いからそこそこの貯金はあるつもりだけれど、年に一度のイベントの為に大金を払う気にもなれなかった。ツリーと飾りの他には何も買わずに店を出た。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そろそろ腹が減って来たし、時間も時間だから家に帰ることにした。いくらあの寂しい部屋に帰りたくないと言っても、いつまでもふらふら歩き回っているわけにもいかない。スーパーでクリスマスらしい惣菜を買って、駅へと向かう。駅前にはいくつか露店が出ていて、そこそこ賑わっているようだった。駅前なら人通りが多いからそこで集客しようという事なんだろう。こういったことは許可は要らないんだろうか？</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そんな露店の中に面白い謳い文句を掲げている店があった。『あなたの望む夢を売ります』簡素な看板には確かにそう書かれていた。到底信じられない内容だ。明らかに胡散臭い人が売っていたのならくだらないと一蹴する所だが、そこに居たのは優しげな表情をした初老の老人だった。表情が優しかろうと信じられるものでもないけれど、話くらいは聞いてみようと思えた。なにより夢を売るというのがどういう意味なのかが気になった。どう話を切り出そうかと立ち止まっていると老人がこちらを向き、目が合った。俺はその場を動けなかった。仕事の事務的な会話以外には、人と会話をすること自体が無くなっていたから。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　老人は先と変わらない優しげな表情を浮かべ、俺に話しかけた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「夢、いかがですか？」と。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">３</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span><font color="#000000" face="游ゴシック">一人の夜</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　家に着いたのは時計の針が十時を回る頃だった。コーヒーを淹れて一息つく。買ってきた惣菜を皿に盛りつけ、テーブルに並べると中々それらしい形になった。足りないものといえばこれまでは向かいに座って微笑んでいた人だろうか。そういえばケーキも買ってきていないな。一人きりでクリスマスのご馳走やケーキを食べて聖夜を祝うなんてあまりに孤独だから、この位で丁度良かったのかもしれない。一人で食べる惣菜はしっかりとレンジで温めたはずなのに、中は少し冷たかった。空腹を満たしながら買ってきた物を横目に見る。雑貨屋で買った小さなツリーのセットと、露店の老人から買った薬。なんでも、明晰夢を作り出す薬だという。明晰夢というのは夢であることを自覚した上である程度自分の自由に出来る夢の事を指す。脳の一部が半覚醒である状態で眠ると明晰夢を見られると言われている……らしい。老人は丁寧に説明してくれたが専門的な部分はよく分からなかった。医師の処方箋が必要ないので薬というよりは一種のサプリメントにあたり、服用による副作用は無いらしい。薬の影響に個人差があるので必ず明晰夢が見られるわけではない。いわばこれは夢の種だ。と老人は語った。そして俺はそれを買い、薬とそれに関する説明書きを受け取った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　老人の話を鵜呑みにした訳ではない。まず間違いなく詐欺まがいの品物だろうと思う。気休め程度にはなるだろうと考えて買っただけだ。因みにお値段は五錠で千円。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　一度の服用数は一錠、つまり五回分。本当に望む夢が見られるのならば一回二百円というのは安い気がするし、たかだか一度好きな夢を見れる程度のことで二百円も払わねばならないのは高い気もする。ただ、たとえ一万円でも、本当に望む夢が見られるというなら俺は迷う事なく買っただろう。そこまでしてでも見たい夢が俺にはある。そうまでしてでももう一度逢いたい人が、俺にはいる。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　この薬は眠る前に服用するものらしいので、取り敢えずツリーを飾ることにした。　</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　雑貨屋で買ったツリーのセットを机に広げて最初に思ったことは、どう飾りつけようかでも、どこに置こうかでも無く、やってしまったという事だった。何をやってしまったのかは机に広げられた飾りを見れば一目瞭然だった。天辺に飾るはずの星が無い。適当に飾りを見繕って買ってみたは良いがその中に星は無かった様だ。クリスマスツリーにおいて星は必要不可欠なものであるとは思うけれど、今更買いに行く気にはなれなかった。かと言って明日買うのでは意味がない。こういうのは雰囲気を彩るものであって、過ぎてしまった後に飾る物じゃないだろう。もっとも、そもそもの話をしてしまうのなら、この部屋の雰囲気をどれだけ彩ろうと反比例して俺の気分は沈んでゆくのだろうが。何はともあれせっかく買ったのに飾らないのは勿体ないということで、星の飾りの代わりになりそうな物を探すことにした。星の形のストラップ、星形に折った折り紙、豆電球。上手く飾れなかったり、輝きが無かったり、光り過ぎていたりと、どれもなんだかしっくり来ない。ツリーの先に飾りやすく、程良く輝くものがなかったかと思考を巡らせる。暫く考えて思いついたものは、より一層俺を悲しませるものだった。資料などを整理するのに使っていた机の引き出しの一番奥からそれを取り出す。それは黒色の小さな箱で、その中には渡すことの叶わなかった指輪が、買った時のそのままで入っていた。指輪は給料三ヶ月分だなんてよく聞くけれど、不況の影響か、もしくは少し豪華なものだったのか、俺の買った指輪は大体給料四ヶ月分の値段だった。本当は君の誕生日に渡すつもりだった。君の誕生日は十一月十一日で、知り合いからはポッキーの日だからとポッキーばかり渡されて困るとよく言っていたのを覚えている。君に悟られないようにひと月以上前に用意をして、机の奥にしまっておいた。なんて言って渡そうかとか、何処で渡そうかと考えていた事は今となっては無意味になってしまった。誕生日の十日ほど前に、君は突然この世を</font><font color="#000000" face="游ゴシック">去ってしまったから。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　価値を失った俺の四ヶ月分をツリーの天辺に飾り、他の飾りも飾り付けるとそれはとても綺麗だった。窓際にそれを置き、しばらくの間眺めていた。外には雪が積もり始めていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　眠る前に『夢の種』に添えられていた説明書きに目を通す。色々と書かれていたが、改めて要約するとそれは大体こういう事だった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">・一度の服用量は一錠。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">・必ず明晰夢を見られるとは限らない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">・夢と現実の区別は付けられるようにしておくこと。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">・大抵の場合、夢から覚めるのには特有のきっかけがある。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　夢と現実の区別はつくだろう。俺の望む世界と俺の生きている世界では、決定的な違いがあるから。服用量も間違えることはない。『きっかけ』についてはよくわからないが、そもそも自分でどうこうできるものでは無さそうだ。コーヒーを淹れながら、ひとつひとつ確認をしていく。それから薬をコーヒーと共に胃へと流し込み、寝室へ向かった。期待しないように気を付けても自由にコントロール出来るものでは無い。サンタを待つ子供の様な気分を押し殺しながら、布団に入って目を閉じた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　目を覚ましてすぐにした事は周囲を確認することだった。俺の視界には昨日となんら変わらない部屋が映っていた。当たり前だろう。そんな夢みたいな話があるはずないじゃないか。ただのビタミン剤か何かを高額で売りつけられたのだ。この年になってあんなくだらない詐欺に引っかかったと言うのだから笑えてくる。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　……聖夜の日くらい夢を見させてくれたっていいじゃないか。「ちくしょう」そう呟いて布団から抜け出そうとした時、異変に気付いた。その異変はとても小さなものだった、ただの気のせいだろうとも思った。でも確かにコーヒーの香りがした。昨日と変わらず少しだけ開いたドアからリビングを覗きこむ。テーブルの向こう側、最近ではめっきり使われなくなったキッチンに人が立っていた。かつて見た景色と、それは一致する。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　確かに、あの時のまま、君が居た。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">４</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span><font color="#000000" face="游ゴシック">二人の夢</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　君と初めて出会ったのは大学のオープンキャンパスの日だったね。俺が入学しようとした大学は駅から離れたところにあって、大学の案内のパンフレットを持っていたのにも関わらず、俺は迷ってしまったんだよ。同じ様に迷って、駅の地図看板の前で唸っていた女の子。それが君だった。君の鞄から俺の持っているものと同じパンフレットがはみ出していたから、俺と君の境遇が同じだという事はすぐにわかった。あの時俺はパンフレットを落としてしまって、それがきっかけで君が話しかけてきたわけだけど、実はあれはわざとだったんだよ。一人でたどり着ける気がしなかったんだ。こちらから話し掛けるとナンパとかキャッチセールスだと思われるかもしれないなんて思って、自分の荷物をぶちまけることにしたんだ。君はすぐに振り返って荷物を拾ってくれた。それで少し安心して君に大学の場所について切り出すことが出来たんだよ。自分でも笑っちゃうくらい怯えてた。ほら、知らない場所に行くと不安になったりするだろう？ああいう感覚だよ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　特に連絡先を交換するみたいな『次』を想定するやりとりはしなかった。あれは多分、両方とも受かってもう一度会おうという暗黙の了解ってやつだったのかな。結果として、俺達は大学生としてもう一度出会うことになった。それからはまぁ、色々あった。そしてあの日を境に、俺達は離れ離れになった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　君が目の前に居る。そんな当たり前で、でも今となってはありえないはずの状況に、俺は置かれている。色々と話したい事はあるはずだった。例えば、君が居なくなってからの生活とか、これまでの思い出とか。君に出来なかったサプライズの話とか。それなのに、頭は嬉しさと混乱でまともに働かなかった。言葉を紡ごうとしても、声にならなかった。君はおかしな物を見るような顔で「どうしたの？」と聞いた。聞き覚えのある、繊細でそれでいて良く通る声だった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「なんでもないよ。ただ、とても良い夢を見たんだ」と半泣きで返した。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　君との挨拶を交わしてから始めにした事は指輪の回収だった。幸い寝る前にカーテンを閉めたので君はツリーの事を気付いていないようだった。指輪をこっそりと机の奥にしまい、君にツリーを見せた。案の定、星が無いことを追求されてしまったので、買い忘れたのだと正直に言うと「しっかりしてるようで抜けてるよね」と笑われた。それから思い出話をたくさんした。どうやら夢の中の君は『生きていた時の君』のようで、当然ながら自分が死んだ人間だなんてこれっぽっちも思っていないようだった。この夢は俺が作り出したものだから、俺の中にいる君は生きている時のものだからなのだろう。突然思い出話をし始めるものだから、君は初めのうちは戸惑っているようだった。じきにそんな事は気にならなくなったようで、思い出話はとても盛り上がった。もう年末も近いという事で二人で少しずつこの一年を振り返っていった。無計画に突然花見に行ったこと。夏だからという理由だけで週末の度にあてもなく色々な海を巡ったこと。月見をした時の満月がとても美しかったこと。どれも他愛も無い話ばかりだったけど、俺にとっては特別な意味があった。他にも両の指では数え切れない程の話をしたけれど、ハロウィンの話については触れなかった。その話をすればこの夢は終わってしまう様な気がして。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　悲しいことに楽しい時間というのは加速度的に過ぎ去ってしまう。一年を振り返り終える頃にはもう夜中になっていた。ベッドに自分以外の温もりを感じるのは久々で、その感覚が懐かしかった。その感覚を確かめるように君を抱きしめて眠った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「動けないから離して欲しいな」と少し照れた顔で君は言ったけれど、その要望を聞き入れる余裕は俺には無かった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　本当に幸せだった。本当に幸せな、夢だった。</font></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tyara-rhythm/entry-12207165715.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Oct 2016 22:44:37 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『僕の見た景色、君の聞いた音』6</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><i><font color="rgb(0,0,0)" face="游ゴシック">⒍</font></i></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ねぇ、ちょっと、聞いてます？」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　</font><font color="#000000" face="游ゴシック">突然、後ろから声が響いた。正確には突然では無いのだろうけれど。</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あ、あぁ、悪い。ちょっと考え事をしてた」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「運転しながら考え事はやめてくださいよ。危ないんだから」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「返す言葉も無い。悪かった。気を付ける。それで、なんの話だったか……」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「お腹が減りませんかって話ですよ」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　腕時計に目をやると針は二時に差し掛かっていた。確かにそう言われると空腹を自覚してくる。</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「琴葉は何か食べたいものはあるか？」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「うーん、お腹は空いてますけど今これが食べたいって言う様なものはないですね。この道沿いにハンバーガーのお店ありませんでしたっけ。アキくんが良ければですけど」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そうだな。そこにしよう。安いし」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　暫く車を走らせてハンバーガーショップに入った。お手頃な値段で食べられる事で長らく人気なチェーン店だ。レジ上に期間限定のものを中心にしたメニューが掲示されていた。ちなみに僕は大体の場合てりやきバーガーを注文する。食べ辛いけど。</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「琴葉は何にする？」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あー、うーん……」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「迷ってるなら期間限定とかどうだ？」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「迷うっていうか……」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「どうしたんだ？」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……見えない」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その返答を聞いて、僕は自分の行動の浅さを悔いた。あまりに琴葉が普段通りだったからというのは言い訳だろう。僕は琴葉の優しさに甘えてしまったのだ。</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ごめんな。今メニューを取ってくる」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　早口でそう伝えると、琴葉はどこか気恥ずかしそうに「ありがとう」と返した。</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　食事の合間、僕らはほとんど言葉を交わさなかった。元々食事の最中はお互いあまり喋らない方で、これまでその沈黙が苦に感じられるような事は無かった。しかし、今回に限っては何かを話そうにも話せなかったと言ったほうが正しいかもしれない。</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「この後はそっちの実家の方に顔を出すんだよな」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そうだね。検査入院が終わったら報告しなきゃ」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　琴葉は今現在、大学に通う為に実家を出て一人暮らしをしている。実家との距離はそこまで離れているわけではないが、それでも電車で一時間程はかかるらしい。僕の住んでいるアパートから琴葉の住んでいるアパートへは電車で大体三十分程であるため、実家に戻るよりも僕のところに来る方が楽らしい。そのため何かあると琴葉は僕のところに来るか僕を呼ぶことが多く、あまり実家には顔を出していないようだ。特別親子仲が悪いなどということではないだろうと思う。</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「手土産とかは持っていったほうがいいと思うか？」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「別に要らないんじゃないかな」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「んー、僕はちょっと顔を出すくらいだし、琴葉がそう言うならいいのかな」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「いいのです。そろそろ行こうか」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう言うと琴葉は自分の食べた分の料金を僕に手渡して立ち上がった。律儀なやつだと思う。琴葉は現在大学生で僕は社会人である以上、食事くらい僕が全額払っても全く問題ないと思うのだが。就職してすぐ、そのことを伝えたが拒否されてしまった。</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「別にこのくらいなら払うけどな」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう呟きながら会計を済ませて、先に車まで戻った琴葉の後を追った。</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　琴葉を彼女の実家に送って行くまで、他愛のない話を絞り出しながら、限りある時間の中で琴葉にどんなものを見せてやれるだろうかと考えていた。単純な考えで言えば、とにかく綺麗な景色などが妥当だろう。綺麗と一言で言っても、それは自然の雄大さであったり、イルミネーションの輝きであったり、特定の思い出の場所であったりする。残されている時間が正確にわからない以上、思い付いたところを手当たり次第にというのは得策では無い気がする。ある程度吟味した上で行動を起こした方が良さそうだ。</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　暫くして琴葉の実家に着いた。琴葉はそこまで頻繁には実家の方に戻ってはいない。積もる話もあるだろうと思い、家族水入らずで話してもらう事にした。勿論病気のこともある。「近場の喫茶店で時間を潰すから三時間ほどしたら戻る」とだけ伝えて琴葉を送り出し、両親には軽い挨拶をして琴葉の実家を後にした。十分ほど歩いた所にある喫茶店に入り、ブレンドコーヒーを注文した。初めて入る喫茶店では取り敢えずブレンドコーヒーを注文するといいといつかのテレビ番組で言っていた。その店の味の個性が最も出るのがブレンドコーヒーだからだそうだ。店側が厳選したコーヒー豆を混ぜ合わせて抽出したコーヒーをブレンドコーヒーと呼称しているのであればなるほどその通りではあるだろう。しかし生憎僕は自分の口に合うコーヒーか否かを選別できるほどその道に通じてはいなかった。少しして僕の手元に届けられたコーヒーはやはりいつも通り苦味の強い飲み物だった。</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それから数時間、スマートフォンで綺麗な景色や風景を検索したりして時間を潰した。実家の方に戻ると、丁度玄関口で琴葉が靴を履いているところだった。どうやら話は終わったようだ。靴を履き終えた琴葉がこちらに手を降りながら「今度は私を家まで送って下さい」と言った。</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「いや、今日は泊まって行ったほうがいいんじゃないのか？久しぶりの実家なんだろう？」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「明日も普通に大学があって、課題の提出日なんだよ。たとえ私に何が起こっても課題の締切は変わらないの」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　いや、そうは言っても事の顛末を聞いた両親としては気が気でないだろう。そう思って琴葉の母親に目をやると「ちょっと良いかしら」と僕のことを呼んだ。琴葉は「私は先に車で待っているから」と言って、鍵を持っていってしまった。琴葉なりに気を利かせたのだろう。</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「帰らせてしまって大丈夫なんですか？親としては少しでも側にいてほしいのではないかと思うんですが」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あの子はこれまで通りの生活をしたいらしいの。当然そのうちそんな事は言っていられなくなるでしょうけど、その限界が来るまでは今まで通りがいいと言われたわ」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……確かに急激に生活の何もかもが変わるのは怖いでしょうね」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あの子は強い子なの。何でも諦めずに頑張ろうとする。これまでずっとそうやってあの子は壁を乗り越えてきたわ。だから私は琴葉のやりたい様にやらせてあげるべきなんだと思うの。親としてはそばにいてほしいのは当然だけどね」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　琴葉のお母さんは一呼吸置いて、もういちど「だけどね」と言って、言葉を続けた。</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あの子の強さが怖くなるの。あの子は強くても普通の人間よ。治療法もわからない未知の病気に罹って、それを普通の強い人間がどうこう出来るはずがないでしょう？あの子は全部を抱え込んで、それでも普通に笑っている。だからこそ私達もある程度普段道理に振る舞えるけれど、それがとても怖くもあるの。あの子が限界を迎える前に、吐き出させてあげてちょうだい。それは多分、あの時あの子の弱さを一身に受けた、貴方にしか出来ないことだから。私もあの子自身も、あの子の強さに慣れすぎているのよ」</font></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう言って、琴葉のお母さんは悲しそうに笑った。</font></p><p><span style="display: none;">&nbsp;</span></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tyara-rhythm/entry-12205869634.html</link>
<pubDate>Sun, 02 Oct 2016 23:17:47 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>不幸中の幸い　後編</title>
<description>
<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">６</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ケントを連れて部屋に戻り、鍵を閉めた。ユウも最早無関係とは言えないが、ケントの言うビジネスの話を聞かせるわけにはいかない。俺達のしてきた「ビジネス」はろくなものじゃない。ユウのような人間とは対極にあるものだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あの壁について語るには先ず戦時中にまで遡らなくっちゃならない。俺達が産まれる前には壁は完成してたわけだ。戦争の火が世界中に広まった頃、もう一部の人間はこんなことしても無駄だって気付き始めていた。そうしてるうちに、数人の資本家達が動き始めた。いつまでも戦争をする馬鹿な世界と隔絶するシェルターを開発しようとしたのさ。まるでノアの方舟だ。資本家達は独自のネットワークを使って世界中から仲間を募り、金を集めた。そして他国の攻撃を防御する為の盾という名目で世界の叡智を結集した壁の建設は着工された。後は馬鹿な奴らが争ってる内に着々と工事は進み、シェルターとしての壁は完成した。でもそれだけじゃただの壁。空っぽの入れ物みたいなもんだ。だから今度は膨大な金をばら撒いて、幸せを買い占めた。あとはもう永久機関みたいなもんだよ。内側は幸せが幸せを呼び、外側は不幸が不幸を呼ぶ。あの地区の外側にいる人間は。俺達は。内側の人間にとっては家畜なのさ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「それが壁の正体ってことか。にしてもなんで日本なんかに作ったんだ？お前の口振りだと何も日本みたいな狭い上に資源も無い国を選ぶ必要は無いだろう？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「まぁ、それに関してはいくつか考えられるんだけどな。まず第一に資源なんて問題じゃないんだよ。莫大な幸福さえあれば奇跡すら起こせる。石油だろうがレアメタルだろうが採掘し放題さ。大切なのは外敵から身を守る事だったんだろ。強靭な壁を造れる技術があって、尚かつ周囲と閉ざされた島国。かなりの好物件だったんだろうぜ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「話を聞く限りではだが、何も出来そうも無いな。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「確かに鉄壁だよ。鼠の入る隙すらない。だから来る日も来る日も探したんだよ。堂々と侵入するチャンスを。そして見つけた。悪いけどお前はおまけみたいなもんだったよ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ケントは俺を探した結果、此処に辿り着いたんじゃない。それはつまりこいつの狙いは初めから、ユウだったという事。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ユウを巻き込むのは容認出来ない」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　俺は思わず声を荒げた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そう怒るなよ。本人を巻き込むつもりは無いさ。ただ、彼女の通行証を複製させてもらった。ID</font><font color="#000000" face="游ゴシック">が必要だったんでね」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　本人を巻き込まないと言っても、ユウの荷物を勝手に物色したのだからやはりこいつは危険だ。今も変わらず生まれ持っての悪人だ。俺が言えた義理では無いが。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「さて、ここからが本題。ビジネスの話だ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「具体的には何をするつもりなんだ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「敢えて抽象的に答えるならあの壁を、ぶっ壊す。革命を起こすのさ。俺達の手で」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ここまで来て悪ふざけをしてるわけでもないんだろうが、もう少しわかるように言ってもらえるか？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「盛り上げてやってんだからもう少し乗れよな。まぁ実物の壁を壊すなんて荒唐無稽な所業をしようってんじゃないぜ。壁自体はただの壁だからな。壁の内側には幸福を閉じ込めておく為の装置があるのさ。科学的な壁っていうか幸福に対する引力っていうのかね。その辺は専門外だからよく分からないけど、そういった幸福の行き場を支配する物があるのは確かだ。そいつをぶっ壊す」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「それを壊すことが出来れば行き場を失った幸福が溢れ出す。その溢れた分を頂こうって考えてるわけか。そんなことができるのか？仮に侵入に成功したとして、俺達だけでそこまで到達できるのか？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　普通に考えて、まず無理だろう。そもそも相手方が幸せな時点で勝ち目は殆ど無いに等しいのではないか？</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「平和ボケって恐ろしいよな。さっきの話、思い出してみろよ。余りに幸せな人間って奴は、家族が死んでもいつも通り笑っていられるらしいぜ。あの子とその妹は違うだったみたいだが。異常と紙一重の特別とでも言おうか。稀に居るんだよな、そういう他と違う感性を持ってる奴」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　要は侵入さえできれば平和ボケした内側の人間を出し抜くなんて簡単だと言いたいんだろう。実の娘が無くなったことをそれが幸せで片付けられるような奴らしかいないなら、確かに可能かもしれない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「一つ疑問があるんだが、何故ユウの妹は死んだんだ？幸せな世界で不幸な事故に合うなんて矛盾してる」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「それはさっきも言った通り彼女とその妹が特殊だからさ。感性が世間一般とは少し違うんだよ。そういう人はある程度居るらしいが、幸福の理論の定義から外れる場合がある。良い意味では幸福に振り回されないが、悪い意味では幸福の恩恵を受けられない。だからあの子の妹は偶然に死ぬことになったんだろう」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　……本来ならそれが正しい。目に見えないものにばかり躍起になって、振り回されて。幸せな筈の人間すら、感覚が麻痺しておかしくなっている。こんな世界は間違っている。だったらもういっそ、この腕で。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「お前の話は大体理解した。お前の話に乗ってみるのも悪くないかもしれないな」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　塞き止められた水を周囲に行き渡らせるように、壁の内側に閉じ込められた過剰な幸せを外側に流せたなら。もう一度、世界がやり直す切っ掛けになるかもしれない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そう来なくっちゃな。今日、日が暮れた頃に決行する。こいつを持っとけ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">差し出されたのは一丁の拳銃。二度と握るつもりの無かったもの。俺は一つ舌打ちをしてそれを受け取った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「俺は色々と下準備があるから、もう行くわ。時間になったら迎えに行く」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ケントはそう言い残して部屋を出て行った。あいつから洗いざらい聞いた筈なのに不信感が拭えない。そもそもあんな口調で話す奴では無かった。名乗る名前も変わっていたし、人当たりもまるで別人みたいに良かった。あいつにも色々あったって事なんだろうか。それがこの何かを隠しているような違和感を生んでいるんだろうか。あいつは元々何を考えているのか読み辛い人間だったから、考えても仕方が無いんだろう。そう無理に自分を納得させて、机に置かれた拳銃に目をやる。受け取りこそしたが、俺はこれを使う気は無い。使うことなんてできない。これも俺が残せる物の一つとして受け取っただけだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　作戦の決行は今夜。そして俺は恐らく帰ることはない。ならばそれ相応の準備をしておかなければならない。準備と言っても思い出の品も、持っていかなければならない物も、何も無い。全てを捨ててこの家へ逃げ着いて、今度はこの家から逃げようとしている。残していく物は、金と武器。それらがユウに不審がられない為に、簡単な手紙を残すことにした。いざ書こうと思うと中々どう書けばいいものか分からず、書き上げるまでに何時間もかかってしまった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">『俺は事情があってこの家を出て行く。元々俺の家でも無いが、この家は好きに使え。まとまった金を残していくから、それを生活費として使ってほしい。あと、護身用に銃を置いていく。ただ、置いていってこんなことを言うのはおかしいが、絶対に誰も撃つな。万一の事があった時、あくまで脅しとして使え。一度命を奪ってしまったら二度と後戻りはできない。扱いには十分気を付けろ。お前と居た時間はそう長くは無かったが、楽しかった』</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　やっとのことで綴られた文は酷く稚拙で、汚い字だった。俺は幸福を売って貰った金を机の上に置き、その上に拳銃を重しにして手紙を置いた。俺は極力音を立てないように扉を閉め、部屋を後にした。外はもう日が暮れ始めていて、庭に植えた野菜の芽は力無く、水滴が夕日を反射していた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">７</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ユウに勘付かれないように外でケントを待つことにした。そんなに待つことはなくケントが到着し、何も言わずに頷いた。その表情は俺の知る昔のものだった。俺達は会話も交わさず壁まで歩いた。つく頃にはもう日は完全に落ちていた。壁の周囲を取り囲む墓地を気味悪く感じる。壁の内側への出入り口を前にして、ケントが口を開いた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「俺達がこのゲートを通れば中の連中に気付かれる。ゲートが開いた事自体にはな。奴らは行方不明者が戻ってきたと思う筈だ。侵入者だと気付かれる前に装置を叩く。お前は俺の後ろについて掩護しろ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その言葉に俺は黙って頷いた。複製した通行証を機械に通し、ゲートが開く。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　この向こうで、全て上手く行ったなら。俺はやり直せるだろうか。君がくれた名前に見合う様な人間になれるだろうか。もしそうなる事ができたなら、もう一度君に会いに行く。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　こうして、幸福な世界に足を踏み入れた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そこからは兎に角走った。周囲には監視カメラも何も無かった。壁の存在を過信した結果なんだろう。一つの物事に拘り過ぎた結果、侵入を許してしまっている。ケントの言った平和ボケとはこういう事なんだろう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　一時間ほど走り続けただろうか。不意にケントが立ち止まった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ついたぜ。流石に監視が居やがるな」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そこにあったのはごく普通の建物だった。建物のある敷地の入り口付近に小さな駐屯所があり、明かりが灯っている。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「バレないように通るってのは無理そうだな。いっそ撃っちまうか？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　忌々しそうにケントが呟く。ケントの持つ拳銃には消音器が付いている。周囲に気付かれずに殺せるだろう。だが俺はもう誰かが死ぬのを見るのは嫌だ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「いや、監視は一人だ。注意を引いてくれ。俺がやる」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　暗闇に紛れて限界まで近付く。ケントが声を上げ、警備員に銃を構える。警備員は慌てて銃を取り出そうとしてもつれた。そうなっても仕方が無いだろう。向こう数十年、不審者なんて居やしなかっただろうから。俺は警備員の死角から飛び込み、肘を思い切り捻り上げた。警備員は思わず拳銃を取り落としそうになる。俺はそれを見逃さなかった。すかさず拳銃を奪い取り、警備員に向ける。相手は何がなんだか分からないといった様子で俺を見た。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「悪いな。殺すつもりまでは無いが、少し大人しくしていてくれ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　口に布を噛ませて声を上げられないようにして、両手両足を椅子に縛り付けた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「邪魔するからこうなるんだよ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　馬鹿にしてケントは椅子ごと警備員を蹴倒した。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　敷地に入るための扉は開かなかったが、塀を越えて簡単に侵入できた。どこも警備がザル過ぎる。窓を割って建物に入っても警報一つならない。だからといって虱潰しに回っているような時間は無い。ここに至るまで拍子抜けするほど上手くいっているとはいえ、運命とか巡り合わせといった面で俺達が不利であるという事実に変わりはない。さっさとこの世界の神様とやらを見つけて、叩き壊してしまわねばならない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　施設の重要な拠点や核となる場所というのはどこに立地するものだろうか。普通は情報の漏洩や外敵による攻撃を恐れて、閉鎖的な所に作るだろう。例えば地下であったり、その施設の一番奥であったり。ただし、ここにおいてそれは必要ない事だ。外敵は現れない。災害も起こらない。なら、どこに作るべきか。一言でいえば、より便利な所だろう。制限が無いならば、行き来しやすい所に作ればいい。そう考えて入り口を目指した。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　正面入り口、エントランスホールを抜けた先にその部屋はあった。堂々と、隠し建てすることなんて何も無いように。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「随分と、嘗められてるって感じがするよな」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「確かにな。それでも油断は出来ないが」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その部屋の中は所狭しと機械が並び、液晶にはグラフやら数列やらが表示されている。一際大きなディスプレイには壁の内側と思われる見取り図が表示され、その図のあらゆる箇所に数値が表示されていた。これを見るに、どうやらかなりの精度で幸せをコントロール出来るようだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……後はこれを壊せばいいんだな」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ゆっくりと、それでいてはっきりとした口調で俺は呟いた。これで人生をやり直せる。疑う事もなく、心からそう思った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「いや、その必要は無い」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その言葉に違和感を感じ、ケントの方を振り返った。ケントは笑っていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「こいつを使えば幸せになれる。壊すのなんて勿体無いぜ。この内側の世界を支配することだってできる。俺達の勝ちだよ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……本当の目的はそれか」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あぁ。その通りだ。これで糞みてぇな毎日も終わる。感動の大逆転劇だ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……悪いが、それに乗るつもりはない。話が違う。外側は幸せになって、内側は過剰な幸せの呪縛から解放される。両方に利点があると思ったから、俺は協力したんだ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ケントが口を開く。うんざりするように。辟易するように。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「他なんてどうだっていいだろう。俺達は自分さえ良ければそれで良いから、手を汚して生きてきたんだろうがよ……！」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　確かにそうだ。俺達は救い用も無い屑だった。だけど、それでも。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「俺はもう止めたんだ。独裁者ごっこがしたいなら俺の居ない所でやってくれ。俺はあいつの信じた俺でありたい」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……くだらねぇ理屈だな。お前は考え込みすぎる。自分と逆の立場の事を考え過ぎる。奪う側の立場に立った上で、奪われる側の事を考えてしまう。だから破綻した。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　破綻して、嫌になって逃げた。現実はもっとシンプルだ。奪う時は奪え。奪われるのが怖いならそれを埋められるだけ奪えばいい。もっと利己的に生きろ。 世界の為に動いたところでこの世はもう変わりはしない。今や壁の内側だけが世界だ。外側はもう世界ですら無い！俺達はもう、世界の一員では無い！」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「違うね。違うんだよ。本当は世界なんてどうでもいい。世界的な犯罪者になったって別に構いやしない。どんなレッテルを貼られようが構わないから、俺は他ならぬ自分を認めてやりたいんだよ……！」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　誰からも愛されなかった。いつだって奪う側だったから。与える側になりたいとも思わなかった。たとえそれを願っても、与えられるようなものなんて、何一つ俺は持っていなかった。そんな俺が誰かに愛され、認められるなんて許されるはずが無かった。それどころか呼吸を続けることさえ、世界は許してくれなかっただろう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それでも、せめて俺自身ぐらいは。せめて、一度ぐらいは。俺を許してやりたかった。最期の一瞬だけでも、良いから。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　俺は震えの止まらないままの手で、銃を握った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">８</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「警備員から奪った銃か？止めとけよ。お前に撃てないのは解ってる。そいつを向けるだけで辛いんだろう？だから銃も持たずにここに来た。手が震えてるじゃないか。怪我をしないうちに下ろせ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　聞き分けのない子供を宥めるように、ケントは言う。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「うるせぇよ。たかだか数センチ指を握り込むだけだろうが。狙いなんか定まらなくてもこの距離なら当てるぐらい造作もない」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「やってみせてみろよ。ほら、丁度お前が人殺しになったあの時みたいにさ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">ケントは愉快そうに嗤う。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「いやぁ、懐かしいね。俺達はいつものように三人で強盗に入った。覚えてるか？その家の子供が出て来て、俺たちを止めようとしたんだよな。仲間の一人がその子供を脅したら、隠れてた母親が包丁持って突っ込んで来やがってなぁ。お前が咄嗟に母親を撃ったはいいが、包丁は仲間の胸に深々と刺さってた」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「黙れ！」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そうだ。俺がこの手で撃った。その家の母親も、俺達の仲間も、両方共死んだ。少年は死んだ仲間の手から拳銃を奪って、俺に向けた。俺はその子供を撃つことが出来なかった。立ち尽くしているとケントが目の前の少年を撃ち、我に返った。それからすぐに俺達は逃げた。その日を境に俺はまともに銃を扱えなくなった。手が震えて、引き金を引く事すらままならない。何もかもが嫌になって、逃げた。結局同じだ。変われてなんていない。あの頃から、何も 。人を殺した事実からも、自分からも、ユウからも、逃げてばかりだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「だったら黙らせてみろよ。そいつは人を黙らせる道具だ。出来ないって言うんなら俺が手本を見せてやってもいいんだぜ？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう言ってケントは銃を俺に向けた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「これから十秒だけ、時間をやる。それまでに下ろさないなら、お前には死んでもらう」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　幸福を売買していた店主の、ろくな死に方も出来ないという言葉が頭をよぎった。　　</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　手の震えが収まらない。構えるのがやっとで、とてもじゃないが目の前の人間を撃つことが出来ない。だからと言って、銃を下ろすわけにはいかない。これが俺に出来る唯一と言っていい、過去に対する抵抗だ。ここに来て、逃げるわけにはいかない。　　</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　</font><font color="#000000" face="游ゴシック">たとえ死んでも、その最後の瞬間まで俺は銃を構え続けてみせる。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　半ば死を覚悟したその時に、人影が見えた。限界にきて幻が見えたのかと思った。</font><font color="#000000" face="游ゴシック">　　</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その人影が、ユウの形をしていたから。人影はゆっくりと銃を構えた。俺が護身用にと渡したものだった。そのまま、震えた声で言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ユウトさんに向けている銃を、今すぐ床に置いてください」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その声は紛れも無く、ユウのものだった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それはケントにとっても想定外だったようで、短く一つ舌打ちをした。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「通行証のコピーを取るより本物を盗んでくる方が良かったな……。それは温室育ちのお嬢さん如きに扱えるものじゃねぇんだよ。どいつもこいつも撃つ覚悟も無いのに構えてんじゃねぇぞ！」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　吐き捨てるように叫び、銃口を俺からユウへと移す。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ユウトさんを……これまでの生活を……」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ユウは泣いていた。唇を強く噛んでいて、血がにじみ出ていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「返してよ！」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　まるで、あの時の俺と少年を傍から見ているようだった。ユウに引き金を引かせるわけにはいかない。背負わせてはいけない。手の震えが、止まった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　躊躇い無くケントの手首に狙いをつけ、引き金を引いた。そのまま一本づつ、両足を撃ち抜いた。銃は部屋のすみへと滑っていき、ケントは呻き声を上げて床に伏せた。重すぎたはずの引き金は酷く軽かった。それがとても怖いことに感じた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ユウは呆然自失といった様子で立ち尽くしていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　何にせよ、やるしか無い。壁一面にある液晶は全て一台の装置に繋がれていた。こんな程度ものに支配されているのか。こんな箱如きにユウは何年も苦しめられていたのか。俺はゆっくりと、確実に、それに向けて銃を構えた。引き金に指をかけて力を込めたその時に、後ろから小さく悲鳴が聞こえた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それとほぼ同時に、二発の銃声が重なって響いた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">９</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　最初に感じたのは、熱。胸に異常な熱を感じて目をやると、鈍い赤色が滲み出していた。そう遠くないはずのユウの悲鳴が、妙に遠くに感じた。両脚に力が入らなくなって、膝から崩れる。傾いた視界には、髪を掴まれ押さえ付けられたユウと、膝立ちで無理に立って銃を構えるケントが映った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「俺達は不幸だった。不幸である時点で、成功は無い。幸福を掴んでしまったら不幸じゃないからな。だから俺達は二人共、ここで死ぬ。最低な終わりだ。結局屑は屑のまま死んでいくのがお似合いって事なんだろうな。ふざけやがって。俺達は地獄行きだろうな。こっちよりも酷いかどうか先に向こうで見といてやるよ……」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ケントはこめかみに銃口を押し付けてそう呟き、引き金を引いた。壁の液晶が赤に染まった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ユウが俺の名前を叫んで、駆け寄ってくる。何度も何度も、俺の名前を呼ぶ。俺は名前の通りに、優しい人間になれただろうか。お前は認めてくれるだろうか。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「私、此処の事を聞かれた時不安になって、盗み聞きしてました。ごめんなさい……。全部は聞き取れなかったけど手紙と合わせて、ここに行くつもりなんだって思いました。いても立っても居られなくて……」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「助かったよ、おかげで上手く行った……」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">装置を壊す事には成功した。液晶にはでたらめな文字ばかりが吐き出されている。これも、ユウが来なければできなかっただろう。ユウには感謝しないとな。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ここの入り口の駐屯所に、警備員を縛りつけてある。そいつを解いてやって、自分は被害者だって言え。テロリストに侵入されて人質にされたけれど、そいつらが勝手に仲間割れしてどっちも死んだ。これが今日あった出来事だ。そう説明するんだ。お前と同じで、ここの在り方に疑問も持ってる奴は、絶対にいる。そういう人達と、泣いて笑って人間らしく生きていける世界を、創るんだ。そうなればきっとお前の両親ともわかり合えるようになる……」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　話そうとする度、喉の奥から血の味が迫り上がってくる。まともに呼吸ができない。必死に紡ぎ出した言葉は随分と辿々しかった。これが俺の遺言になるんだろう。　　</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　なかなか上出来だ。泥臭く死んでいくのがいい。高尚な死に方なんてしたくない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　別に犯罪者でも構いやしない。ただ、お前一人が知ってくれていればそれでいい。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……わかりました」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　震えながらも力強い声で、ユウが応じる。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「わかったなら……早く行けよ……」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「せめてユウトさんの最期の時まで、隣に居させて下さい」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　俺まで柄にも無く涙を流してしまいそうで、目を閉じた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　今、目の前にいるユウという人間は、俺の為に涙を流してくれている。俺が死んで行くことを心から悲しんでくれている。ずっと、一人ぼっちで死んでいくのだと思っていた。冷たい床の上で、誰にも看取られること無く、冷たくなっていくのだと思っていた。なのに、君の手は、君の涙は。こんなにも暖かい。あぁ、ずっと、これが欲しかったんだ。ただこれだけで、許された気がするんだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　たとえ数値で測れない程の小さな幸福だったとしても、今の俺は、十分過ぎるほどに。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　誰がなんと言おうと、世界がなんと言おうと。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　幸せだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p><span style="font-size:10.5pt;mso-bidi-font-size:11.0pt;font-family:&quot;游ゴシック&quot;,sans-serif;mso-ascii-theme-font:minor-latin;mso-fareast-theme-font:minor-fareast;mso-hansi-theme-font:minor-latin;mso-bidi-font-family:&quot;Times New Roman&quot;;mso-bidi-theme-font:minor-bidi;mso-ansi-language:EN-US;mso-fareast-language:JA;mso-bidi-language:AR-SA"><font color="#000000">〈おしまい〉</font></span></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tyara-rhythm/entry-12204171053.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Sep 2016 20:06:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>不幸中の幸い　中編</title>
<description>
<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">４</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それから数日間、ユウと距離をとって過ごした。特別用があるでもないのに外に出て、家にいる時は部屋に篭もった。顔を合わせるのは精々食事の時だけだった。楽しくなんてなかったけれど、それでいい。俺は不幸な人間になりたかった。なにも悲劇の主人公を気取りたいってわけじゃない。こうしてなければ、不幸でなければ、許されない気がしていただけだ。誰が罰するわけでもなくても、俺自身が耐えられなくなってしまう確信があった。幸福を感じた日の夜は、決まってあの日の夢を見る。それが俺に対する警告に感じられた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ユウは俺の心配をして、様子を見に来てくれていた。「野菜の芽が出ましたよ」とか「今日は猫を見たんですよ」とか日々あった事を報告してくれた。それにちゃんと応えてやるべきなんだってことぐらい分かってる。この独りよがりな自己防衛を止めるべきなのは分かってる。それでも出来なかった。ユウのいる生活を手にして、俺自身が破綻してしまうのが怖かった。薄暗い部屋で考え出した結論は逃げることだった。ユウが生活に困らないよう準備をして、ここを立ち去ろう。そう決心して、幾度目かの夜明けを迎えた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　買い物や家事、植物の世話などの一通りのことはユウ一人で事足りる。なら俺は何を残せるか、そんなものは金ぐらいしか無いだろう。そう思って、金庫を確認することにした。金をしまってある金庫は殆ど物置として使われている部屋にある。まだ薄暗い中部屋に入ったからか荷物を蹴飛ばしてしまった。荷物はどうやらユウのものだった様で見慣れない小物やらが床に散らばった。散らばったそれらの中に、不思議な物があった。有り体に言えばそれはカードで、ユウの名前が書かれており、どうやら身分証明のようだった。この時代、身分証を持つことなんて無い。なぜそんな物をユウが持っているのか気になったが、これから去ろうとする人間が介入していい話でもないだろう。興味を振り払って、金庫の中身を確認する。案の定、大した額は残っていなかった。これでは長く食いつなぐことは出来ないだろう。なんとか金を工面しなければならない。誰かを傷付けることなく、まとまった金を用意する方法は一つしか無い。自らの幸せを、売る。どれだけ不幸な人生でも生きていれば少しばかりは幸せを持っているものだ。生きているだけで幸せだと言う奴も居る。合法と言えるかは知らないが、その幸せを売買する商売が存在する。幸せを数値化する方法なんて全く理解の無い分野ではあるが、一般的な金と比べてレートは数百倍になると聞いている。それがあるだけで幸せに直結するのだから大枚はたいて買う奴もいるだろう。色んな噂を聴き込んでおいて良かったとつくづく思いながら、いつもの様に家を出た。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">幸福の売買は市場の奥で行われている。実際に利用したことは無いから行われているらしい、と言った方が正しいが。市場についても直ぐにはその店を見つけられなかった。一時間程探し歩いて、その店を見つけた。一度だけ深呼吸をして、申し訳程度の薄汚い暖簾をくぐった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「買いに来たのか売りに来たのかどっちだ？まぁ、そのなりじゃあ幸せなんて贅沢品、買えやしねぇだろうけどな」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　小馬鹿にしたような態度で、店の主が店の奥から現れた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ご明察の通りだよ。俺の幸せを買ってくれ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　俺がそう言うと、店主はいくつか事務的な説明をした後に言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「幸せってのは人生にダイレクトに影響するもんだ。無くした時点で這い上がるのは不可能と言っていい。金に目が眩んだり、生活難だったり、毎日色んな輩が幸せを売りに来るが、二度売りに来られた奴はいない。そういうもんだってのをお客さんはちゃんと理解してんだろうな？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　まぁ、それで生活してる俺が言うことでもないんだけどよ。そんな具合に店主は続けた。この店主は生来、良い奴なんだろう。或いは俺のような幸せを売りに来る人間に同情してるのかもしれない。だけどそれは、その優しさは、これから同居人を見捨てようって考えてるような奴にかける言葉じゃないな。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「どうせ人から奪ったもんなんだ。生きていられるぎりぎりの分だけ残して、後は全部買ってくれ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……あんたこれから不幸のどん底だぜ。ろくな死に方も出来やしない。どれだけ大金はたいてもな」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そうして、査定が始まった。見たこともない機械で検査をされ、俺には全く分からなかった。暫くして、奥に案内された。奥には人を座らせる形の大きな装置が鎮座していた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「こいつであんたから幸せを買う。あんたに渡す総額は百五十万だ。売れるだけ全部売るってやつは珍しいから、色を付けといてやったよ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ありがたいね。精一杯大切に使ってもらうさ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　やっぱり、あんたが自分で使うんじゃねぇんだな。そう言って店主は装置のスイッチを入れた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　幸せの売却は十分程で終わった。身体が傷んだりすることも無く、体感的にはただ大金を受け取っただけ。逆に少し不安になってしまう位だ。大きめの鞄に金を詰めて家に家路を急いだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">５</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　こうも簡単だと不幸になると言われても全く実感が湧かなかったが、家についてすぐにその言葉の意味を理解した。どうやら不幸ってのは人の姿をしてやってくるものらしい。もう二度と見る事は無いと思っていた顔が、ユウと楽しそうに談笑していた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ユウトさん、お帰りなさい！今、ユウトさんのお友達が訪ねて着てくれてるんですよ！」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あぁ、言われなくても見えてるよ。そもそも、友達なんかじゃない」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　俺の言葉を聞いてそいつがこちらを見る。相変わらず、何を考えてるのかわからない顔をしてやがる。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「おいおい、酷いじゃないか。一人で寂しがってるんじゃないかと思って探してみれば、恋人と仲良く住んでるようだし」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ケントさん！私は居候であって、そう言う関係ではありません！」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">ただの冗談だって言うのにユウは必死になって否定をしている。どうやらこいつは今、ケントと名乗っているらしい。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そんな事はどうでもいい。お前、何しに来たんだ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　俺の強い口調に、ユウも楽しい状況では無いと察して押し黙った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「話が早くて助かるよ。二人で話そう」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ケントは薄ら笑いを浮かべてそう言った。本来なら話なんざしたくもない。だがもう家に上がってしまっている以上、仕方無いだろう。俺の部屋へケントを案内した。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「要件は聞くだけだ。話すだけ話して帰れ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「つれないねぇ。じゃあ、早速話させてもらうけれど、ここより北に馬鹿でかい壁があるのを知ってるだろう？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あぁ、知ってるが。それがどうした」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「本当に話が早くて助かるよ。ただ、これは知っているかな？あの壁は歪な環状に建てられていて、その内側には幸せな楽園がある」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　……やはり聞く意味は無かった。そんなものがある訳がない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「お前には珍しく馬鹿な発想だな。いや、馬鹿になったのか？どこもかしこも世紀末みたいな状況なんだぞ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ケントはそれを待ってましたと言わんばかりに話し始めた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そこなんだよ。どこもかしこも不幸だ。不幸しか無い。だがよく考えてみてくれよ。俺達が不幸なら、他に幸せな連中が居なきゃいけないんだよ。誰かが幸せな分、別の誰かが不幸をおっかぶる。俺達はそれに従って、他者から幸せを奪ってきたんだ。今、世界は全体的に酷く不幸だ。ならそれに見合う幸福は、一体どこにある？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">それが壁の内側だ。そう、言いたいんだろう。確かに筋は通っているように感じる。　　</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　だが、それにしても荒唐無稽だ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「信じられないって顔だな。そりゃそうだろうさ。俺だって最初は信じられなかった。ただ、確かに存在するんだよ。楽園は。それを証明する手段もある」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「なら証明してみせてみろ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「手段があるっていうよりは居るって感じなんだけどな」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……はっきり説明しろ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「察しが悪いなぁ。今この家に居るのは三人だけでしょうが」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　俺とケント、そしてユウ。当然俺とケントは違う。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「お前、今はユウトって言うんだっけか。ユウトさんは同居人のあの子が何処から来たのか知ってんの？あの子の荷物とか調べたりした？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　どこから来たのかは、答えなかった。荷物は、調べていない。いや、この家を出る前、金庫を確認した時。ユウの名前が書かれた身分証明を見つけた。あれはそういう事だって言うのか？</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「心当たりがあるって感じだな。聞いておいでよ。本人の口から、直接さぁ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そうさせてもらう」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　自分の部屋を出て、リビングへ向かう。ユウはコンロで茶を沸かしていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ユウ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「どうかしましたか？もしかしてお茶が必要でした？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　何も分かっていない様子のこいつが、壁の内側から来たとはやはり到底思えない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「俺は会話が得意な方じゃないから単刀直入に聞く。ユウ、お前は壁の内側から此処へ来たのか？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　暫く黙ったまま、時間が過ぎた。その数秒が何分にも感じた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「えぇ。その通りですよ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……どうしてだ？向こうは幸せが溢れてるんだろう？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ユウは意を決した様で、堰を切ったように語り始めた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「私、妹がいたんです。それで、理由は分からないんですけど、私達姉妹は周囲の人達に馴染めなかったんです。周りが幸せそうにしている中、私は何がそんなに幸せに思えるのか分かりませんでした。同じくらいの歳の子と、同じ場所で、同じことについて話しているのに、まるで全然違う場所で一人で話してるみたいでした。それでも、妹だけは私のこの違和感というか、感覚について理解してくれました。妹も同じ感覚だったんです。私達はお互いを支えとして、自分とずれた世界を生きてきたんです。でも、ある時に交通事故で妹が死にました。私、本当に悲しくて涙が止まりませんでした。そうやって泣いてたら、両親が私の肩に手を置いて言ったんです。これはなるべくしてこうなったんだよって。こうなる事が妹にとって幸せだったんだよって。それも、微笑みながら。心の底から気持ち悪いと思いました。周りの人も皆、両親と似たような反応でした。私はそれを理解出来ない自分の方が異常なんだと思おうとしました。それでも、もう耐えられなかった。壁の内側で人が亡くなると、お墓は壁の外側に造られるんです。内側の広さは限られてますから。その時だけ通行証を与えられて、外に出られる。だから私は妹がお墓に入ったのを見届けて、そこから逃げ出したんです。それから何日かして、ユウトさんに拾われたんですよ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その話を聞いて、俺は何も言うことが出来なかった。あいつの言う通りだ。確かに壁の内側には世界が存在するらしい。少なくとも楽園なんかでは無さそうだが。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そうか、話し辛いことを聞いて悪かった」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「いいんですよ。本来ならもっと早く話すべきだったんです。私こそ隠していてごめんなさい」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ユウの謝罪が痛かった。俺は今も隠し事をしている。俺は犯罪者だ。盗み、恐喝、強盗、なんだってやった。そうやって生きていた。ケントも友達なんかじゃない。ただの共犯者だ。ケントと他に数名とで俺は手を汚してきた。ある時を境に俺は足を洗ったが、それでも過去は変えられない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「もう少し、ケントと話してくる」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「はい。昔話に花を咲かせて下さいね」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　部屋を出てすぐの所にケントが立っていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「盗み聞きするつもりは無かったんだけど聞こえちゃったよ。幸せも多過ぎると毒ってことなのかねぇ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「とぼけるな。お前、知ってたんだろ。ふざけた口調でべらべら喋りやがって」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「今はこう言うキャラ付けでやってんだよ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　悪びれることもなくそう言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「こうなったら全部話してもらうぞ。知ってる事全部だ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あぁ、いいとも。だが話す以上は協力してもらう。無理やりにでもな。俺は馴れ合いじゃなくてビジネスをしに来たんだ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tyara-rhythm/entry-12203882706.html</link>
<pubDate>Mon, 26 Sep 2016 21:56:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>不幸中の幸い　前編</title>
<description>
<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　人という生き物は数字や単位でものを測ろうとする。それは間違いではないんだろう。世界共通の物差しは確かに必要だと思う。だけど、それを全てに当てはめるべきではなかったんだ。本当の意味で大切な物には値は付けられないんだから。もっと早くにそのことに気付くべきだったんだ。かけがえのないものをその手で替えの効くものにしてしまう前に。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">『不幸中の幸い』</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">０</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　いつからだろう。幸せだと笑う事が無くなったのは。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　いつからだろう。不幸だと嘆く事が無くなったのは。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そんな疑問すら、抱かなくなるのはいつなんだろう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　家路を急ぎながら、ふとそんなことを考える。生まれた時からそうだった気もするし、ある日を境にそうなった気もする。命を繋いでいくのに必死で、いつ俺が味気無い人間になったのかは分からない。俺がそうなった時期は分からないが、世界がこうも味気無くなったのは大体八十年程前のことがきっかけらしい。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　あるときにそれ以前までは哲学の範疇だった「幸せ」の存在が数学的に証明された。ある人はそれを幸福の粒子と呼び、またある人はそれを幸福の方程式と呼んだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　当然始めのうちは周囲の人々は冷淡な態度を示しただろう。「そんなものがあるはずが無い」とか「哲学に対する冒涜だ」なんて糾弾したかもしれない。それでもその理論を用いて具体的な事象が説明されてしまえば周囲の人はそれを信じざるを得なくなる。丁度、人や空気や物が全て小さな粒で構成されていると言われても信じる者は居なかったはずなのに、数年後には当たり前のようにその理論が使われ、普及していった様に。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それが「幸せ」と言う絶対的な価値を持つものなら尚更だ。一定層の支持を得てからというもの、爆発的に幸福の方程式は浸透していった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　この理論によって抽象的だった幸せは数えられるものになり、それがより良く循環する様に社会はそのシステムを変えていった。こうして幸せな世界が実現したように見えた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　今俺が歩いている周囲を見れば、それがやはり仮初の幸せだった事は明らかだろう。あちこちに亀裂が走っている道路、ずっと深夜の様に点滅し続ける信号、咳き込みたくなるような空気。車なんてそうそう通らない。俗に言う世紀末みたいな光景が眼前に広がっている。俺が物心つく頃にはもうすでに、世界は廃れていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　確かに幸せな世界だったらしいのだ。少なくともそれが悪用されるまでは。幸福の方程式そのものは正しかったし、その事実は今でも変わらない。ただし人道的な欠陥が存在した。それは理論を応用すれば他者の幸福を奪い取ることが出来るという事。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　以前より幸せになれたとしても格差は縮まることはない。さらなる幸せを求めて自分の不幸を押し付け、誰かの幸福を奪い取るという事件が後を立たなくなった。ありとあらゆる国で同じ事件が誘発され、内政は崩壊しかけていた。そして痺れを切らしたある国が解決策を実行した。今考えても、当時から考えても、やってはいけない方法だった。それをわかっていながら、その国は「他国に戦争を仕掛ける」という方策を採った。「他の国から幸福を奪い幸せになろう」なんていう絶対的に間違った考えのもと、国民をもう一度まとめ上げた。ちまちまと個人の幸福を狙うより莫大な幸せが得られ、いつ隣人に襲われるか分からない恐怖から解放されるというのだから、皆それに賛同した。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　これがいわゆる第三次世界大戦の始まりだった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　この戦争がこれまでの戦争と大きく違ったのは、死者が極端に少ないということだった。なぜこんな現象が起こったのかと言えば、やはり幸福の方程式が原因だった。誰かが幸せである為には他の誰かは不幸でなければならないという定義。死ぬことそのものは不幸かもしれないが、死んでしまったらもう幸も不幸も無い。ならば出来る限り苦しんで、それでいて辛うじて生きていてもらわねばならない。だから敗戦国では死ななかったからこその飢えで溢れかえった。その飢えを満たす為にはどうしたら良いか。もう既にその答えは誰しもが知っていた。こうして戦争はまるで感染病の様に世界全体に拡がっていった。国際政治は崩壊し、国という枠組みは意味を成さなくなっていった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　これが、俺が知っているこの世界が廃れるまでの流れだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">１</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　こんな世界で生きていくのは大変だ。真っ当に生きる事が出来ている人間なんて一握りも居ないだろう。汚くなければ、狡くなければ此処では生きられない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それなら自分が生きる為にどんな事をしようと、誰が責めることが出来るって言うんだろう。誰にだって出来ないはずだ。だってそうだろう？悪いのは、間違っているのは、この世界そのものなんだから。皆そうやって考えて、悪事に手を染める。たとえ年端の行かない少年でも。少なくとも俺が見てきた人間はそうだ。たった一人を除いて。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その一人も言ってしまえばただの馬鹿だ。一週間程前、そいつは道端で物乞いをしていた男に食べ物を分け与えていた。与えられていた男はさほど衰弱しているわけでもなく、働こうと思えば働ける状態だった。その馬鹿はまんまとカモにされていたと言うわけだ。なんの疑いも無く、心配そうに声をかける姿は見ていて滑稽だった。この辺りでカモになりそうな奴なんて居ないし、白く小綺麗な服を着ていたから何処かここより裕福なところからやって来たのだろうと推測できた。だから俺はそいつが何か利用できるかもしれないと思って、声をかけることにした。ここらは物騒だとか、この辺りには何をしに来たのかとか、行く宛はあるのかなんてまるで心配した風な口をきいた。するとそいつは行く宛も目的も何も無いと言った。結局分かったのはそいつはユウと言う名前であるという事だけだった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　家に着き、玄関に入ると、おかえりなさいと声が掛かった。その声はそれ以来居候をしているユウのものだ。行く宛もない上に目立つ服装だったから仕方なく家に入れ、そのまま居候している状態だ。当然なんらかの利用価値があるかもしれないと言う思惑もあった。あったのだが、精々家事や手伝いをしてくれるだけで金や幸福を手に入れる意味合いでは全く役に立たなかった。いっそ追い出してしまおうとも考えたが、この家は元々空き家で俺の所有しているものではないことを知られて居座られてしまっている。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　当の本人はというと俺が持ち帰ってきた袋を覗き、何やら考え込んでいるようだった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「野菜が多いですね。今日の夕食はどうしましょうか」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　不意に、ユウが言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「仕方無いだろ？このご時世、肉なんて高級食材中々ありつけやしないんだから」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　実際に肉類そのものが市場に出回らないわけではないが、様々な手間からその価格は野菜の数倍。買わなければならない量が増えた今、そうそう肉なんて買ってられない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「私のせいもありますよね。ごめんなさい」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……食費はバイト代みたいなもんだ。気にしなくていい」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　謝られても金は降ってこない。幸せにもならない。責める言葉の行く手を阻んで、徳をするのは謝る側。勿論そんな打算の上で謝罪の言葉を紡いだ訳ではないことを知っている。俺も責めるつもりなんて微塵もない。それでも直ぐにこんな考えが浮かぶのは、何故なんだろうか。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「じゃあ、御夕飯作ってきますね」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう言って、ユウは台所の方へと消えていった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　俺はユウが食事の準備をしている間、ぼんやりと外を眺めながら、これからどうしようか、なんて取り留めのないことを考えていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ユウがいる生活には慣れ始めていた。食い扶持を二人分確保するのは面倒だが、その代わりに家事をする必要はなくなったし、料理も俺より上手い。ただ、ユウの底抜けに明るく優しい人格が俺は苦手だ。その明るさ、優しさが俺にとっては脅威になりえる。光が影を強くするように。それは醜さを浮き彫りにする。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　だから俺はお前が嫌いだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それでも、いっそ無理矢理にでも追い出してしまおうとはどうにも思えなかった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">２</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　どのくらい経ったろうか、ユウに食事の準備が出来たと伝えられて、気怠い体を起こして席についた。テーブルには白米とスープ、野菜の炒めものが並べられていた。ユウが「いただきます」と小さく言って箸を持つ。俺はこれまでの人生でいただきますなんて言ったことがないんじゃないか、なんて思いながら俺も箸を手に取った。ユウが作った料理はどれも旨く、確かに肉が食べたくなってくる。少し奮発して肉を買ってくるべきだろうか。米の貯蔵にはまだ余裕があるし、野菜も今日の分を使い切っては居ないだろう。そんな事を考えていると、ユウがなにやら神妙な顔でこちらを見ていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「どうかしたのか？別に不味くなんてないぞ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「いえ、そうじゃないんですけど……」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　歯切れの悪い返事だ。まるで、緊張しているような。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「じゃあ、なんなんだ？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そろそろ、本当に、名前を教えて欲しいんです。前ははぐらかされちゃったので」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　……そう言うことか。確かに出会った時、俺は名乗らなかった。居候に名乗る名前は無いなんて言い訳をした覚えがある。それからも事務的な会話が殆どで名前については触れられていない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あぁ、名前ね。色々あるよ。色々あり過ぎてどれを名乗ればいいか分からないぐらいだ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ふざけないで下さいよ。親から貰った本当の名前です」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ユウは少し怒った風な口調で言う。だが、俺はその問に答えることは不可能だ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「それは出来ない。言いたくないって事じゃなく、親ってやつがいないんでね。いや、実際には確かに存在したんだろう。だけど理由なんざ知らないが俺の側に両親がいた記憶は無いね」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　口から出た言葉は、自分で思った以上に冷たく、吐き捨てたようだった。両親が俺をただ捨てたとは限らない。何か理由があって、寧ろ守る目的で、育てることを諦めたのかもしれない。だとしても、だからなんだって言うんだ？今の俺にはまるっきり関係ない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……ごめんなさい」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「別にいいさ。もういいだろ？俺はもう休む」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう呟いて席を立つ。気分が悪い。名前を聞かれた事がじゃなく、今にも泣きそうな顔を見せられたのが。もう、寝てしまおう。一晩経てば気分もユウも、いつも通りに戻るだろう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　微睡みの中で夢を見た。倒れた男女。流れる血液。泣き叫ぶ子供。その手には拳銃が握られていて、こちらを睨んでいる。少年の持つ拳銃の銃口が、こちらへと向けられる。少年は喉が張り裂けんばかりの声で叫ぶ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　「返せ」と。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　引き金が引かれるすんでのところで、目が覚めた。酷く喉が渇く。額にはじっとりと汗が滲んでいて気持ちが悪い。もう無かった事にしてしまいたい過去の記憶。二度と見たくない光景。それがまるでフラッシュバックする様に夢に現れる。水が飲みたくて、ふらつきながら立ち上がる。まだ夜明け前のようで、部屋には月明かりが差し込んでいた。水道で喉を潤して、顔を洗う。元は空き家のここでも、ライフラインが機能している事に感謝せざるを得ない。テーブルは綺麗に片付けられていた。家事はちゃんとやってくれているらしい。食事の時はあんな空気になって言い出せなかったが、俺は野菜と一緒にそれらの野菜の種を買ってきていた。育てた方が安上がりではないかと考えての事だった。朝になったらそのことを説明しなくては、なんて思いながらもう一度寝床に入った。眠ろうとしても少年と先程のユウの表情が思い出されて、思考はぐるぐると巡るばかりだった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">３</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">.</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　碌に眠れないまま日が昇ってしまった。時刻は七時を回った頃だった。体はどうにも怠く、何をするでも無くテーブルに突っ伏している。十分ほどして、ユウが起きて来て、俺の向かいに座った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「名前、考えました」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　開口一番、何を言っているのだろう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ユウトというのはどうでしょう？優しい人とか、雄々しい人という意味があります」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう言い終えた後で、ちょっとだけ私とお揃いですよ？と微笑んだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　……こいつはなんて馬鹿なんだろう。わざわざ名前を考えていたなんて。しかも、よりによって俺に優しい人とは。滑稽だ。笑ってしまう。……正直、何も言えない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「気に入りませんか？」口調が少し不貞腐れてた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「いや、いい。好きに呼べよ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　笑いを堪えつつ、俺はそう言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　朝食をとりながら野菜を栽培してみないかと話した。ユウの反応は思っていたよりも良く、直ぐに植える事になった。種はそう多い訳では無いので庭に植える事にしたはいいが、ここからが大変だった。なにせ一から畑を耕さなければいけなかったから。雑草を根が残らない様に丁寧に抜き、倉庫にあった錆びついた鍬を振るった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　「私もやってみたいです」なんて言ってユウも協力してくれたが、作業はあまり捗らなかった。どうやら体力は無いようだ。かく言う俺も農具なんて扱った事のなかったから勝手が分からず、耕し終える頃には手にまめが出来ていた。適当な間隔で畝を作り、種を植えた。土に十分な養分があるかどうかが心配だが、生憎肥料などは持ち合わせていない。取りあえずは水を与えて、経過を見ることにした。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その日は身体が心地良い疲労感に包まれていて、ぐっすりと眠ることが出来た。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そんな日々に幸せを感じていた。幸せではいけないのに。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　翌日、俺は朝から家を出た。朝霧が濃く、遠くの景色がよく見えない。景色と言っても綺麗なものなんて何もありゃしないが。ただ道路があって、そこを道沿いに進む。一時間程歩いて、多種多様な品物を扱っている市場に着いた。そこから更に道沿いに進めば、少し変わったものが見られる。なんでも、戦時中に造られた馬鹿みたいに大きな壁があるというのだ。科学の叡智を結集した結果、最後に行き着いたのが物理的な壁と言うのも皮肉な話だと思う。今のこの有り様を考えると、そうやって諸外国と自国を分断しても根本的な解決には繋がらなかったようだが。戦争の残骸として、今でも壁は世界を分かち続けているらしい。実際に見に行った事は無いし、行く気も無いのでどうでもいい事ではあるが。壁の周囲は墓地だというのだから尚更気味が悪い。そんな風に此処では色々な噂を耳にすることが出来る。この不安定な時代、様々な情報を頭に取り入れておくことも大切なのだ。俺は情報収集も兼ねながら、うろうろと市場を周った。そうして得られたのは、どこの家族が夜逃げしただの、俺の様にここいらの事を聞いて回る奴が居ただの、面白味のないものばかりだった。これ以上はあまり意味が無さそうだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それから食材を扱っている店に行き、かなり奮発して肉を買った。俺もユウも菜食主義者じゃない。高いとは言え肉も食わねば生きていけないだろう。ユウを驚かせてやろう、なんて考えながら家に帰った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　家に着くとユウが畑に水をやっていた。俺が帰ってきた事に気付いたようで、お帰りなさいと言った。俺は無愛想にただいまと応え、買ってきた物を手渡した。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「お肉ですか！何を作りましょう？腕がなりますね」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう、ユウが笑うのをどこか嬉しく感じてしまった自分が、腹立たしく感じた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　久し振りの肉は勿論美味かった。どちらかと言えば、ユウの料理が美味かったと言うべきなのだろう。それでも、それは考えない事にした。帰りを待っている人がいて、その人が料理を作ってくれている。それは幸せな事だろう。そうであっては駄目なんだとわかっている。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　俺には幸せになる資格なんてない。他者から奪った分際なんだから。</font></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tyara-rhythm/entry-12203548644.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Sep 2016 21:36:02 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『箱の中の世界から』後編</title>
<description>
<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">〈２４時間前〉</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　昨日あんなことがあったにも関わらずまた僕は学校に来ていた。春本に会うためだ。秋山は管理役を除けば人間は一人しか居ないと言っていた。それはまず間違いなく彼女だ。彼女には血液が流れていて、僕には流れていない。僕が機械なのだから、彼女は人間ということになる。彼女はこの街がなんなのか知っているんだろう。彼女だけの為にこの街があると言うのなら、その理由を聞かなければならない。僕は何のためにあるのかを聞かなければならない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　授業が嫌になると勉強なんて意味がないなんてことを言ったりしたものだけど、今では本当の意味で意味が無い。どれだけ勉強したとしても統制されているのだから関係がないし、その上僕は壊れかけてるというのだから尚更だ。そんな無意味な授業を昼まで耐え、春本を連れて屋上に向かった。それから、僕に起こった事を掻い摘んで話した。彼女は驚いたような素振りは見せず、ただただ気の毒そうに僕を見ていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">僕が話し終えたあと、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「私、友達っていうものが全くできなかったの。小学校に入りたての時は誰も仲良くしてくれないっていっつも泣いていたわ。何か自慢出来ることがあれば誰か話しかけてくれると思って勉強を頑張ってみたりした。何度もテストで満点をとったわ。それでも何も変わらなかった。理由はわからなかったけれど、むしろ理由がわからないからこそ、嫌われてるんだと思ってた。でも違ったの。好きの反対は無関心だって言うでしょう？悲しいことに周りは皆それだったわ。話しかけたら返事は返ってくるけれど、それはおおよそ会話と呼べるものではなかった。私は確かに学校という集団の内側にいたはずなのに、まるで部外者みたいだった。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ここって意外と管理がずさんよね。機械の記憶はどうとでも出来るからかしら。そのせいで中学の時に自分が本当の意味で部外者だって気付いたの。それでたまらなく怖くなっていっそ街を出てみようとも思ったけれど、何をしてもこの街からは出られなかった。出口なんて無かった。たった一人の子供ではどうしようも無かった。それはその時点で半ば諦めてしまっていたからかも知れないけれど。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「詳しい事は私には知りようもないけれどここは多分私を外に出さないようにする檻なの。私はここから出られない。ずっと独りぼっちのままだと思ってた。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「でも、あなたが現れた。あなたは私に話しかけてくれた。私を見つけてくれた。私の名前を呼んでくれた。私を忘れないでいてくれた。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あなたが話しかけてきた時はとても驚いたわ。すぐに確認したくて、強引な行動をとってしまった。あなたも周りと同じ機械だと知って落胆しなかったとは言えない。でも、あなたが機械だったとしても、会話ができるだけで前とは比べ物にならないほど楽しかった。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　彼女が話している間、僕は何も言えなかった。僕は収まるべき場所から弾き出されてしまった。あの枠にずっと収まっていられたら僕はこんなにも思い悩むことも、疑問に思うこともなかったろう。でもこれは多分、ある意味では救いになりえるんだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　もう一つの可能性があったという事実は、あれこれと今を理由付けするのに最適だから。でも、そうだとしたら春本はどうなる？最初からこの世界に彼女の収まるべき場所なんて無かったんだ。そもそもこんなところにいるべきじゃない存在なのに、そこしか知らない。いったいどんな思いで理解者が誰一人いない、根底から自分とずれた世界を十数年間生き抜いてきたんだろうか？僕の悲しみなんてそれに比べたら小さなものだ。僕には苦しい過去なんて、無いのだから。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕が何も言えないでいると、彼女が唐突に尋ねてきた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「機械論ってあるでしょう？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……物事とか自然や生き物を精密な機械とみなす考え方、だっけ？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「概ね正解。あれ、正しいといいわね。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「なんでさ、お前、周りの機械は嫌いだろ？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「だってそうすれば私とあなたの差なんて、無いに等しいでしょう？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「…寂しくなるからやめてくれよ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「これは喜ぶところなんだけど。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そう言ってくれるのが嬉しいからこそ寂しいんだよ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「どちらかと言えば私が機械っていうよりあなたが人間って感じね。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　これじゃあ人間論だなんて言いながら、彼女は微笑んだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それからというもの、何をしていても彼女のことばかり考えていた。僕はどうするべきなのか悩んでいた。現時点で言えることは彼女は外へ出たがっているのだという事。そして、壊れていく僕にはもうあまり時間が残っていないのだという事。どうせ時期に壊れてしまう存在なら、せめて誰かの為に死にたいと思う。それが出来たのなら、僕は僕の存在を受け入れられる気がする。僕はどうなってもいい。彼女を外へ連れ出してあげよう。この街で唯一の味方になってあげよう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう、誓った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">〈３時間前〉</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　早朝五時。まだ起きてはいないであろう時間に春本へと電話をかけ、留守番電話をいれる。内容は全てが終わったら隣の家の秋山の所へ行けというもの。後は僕がこれからする事を成功させれば、秋山だって彼女を放っては置けないだろう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　何をすればいいのかについて明確にはわからないが、この街の核は中心部だ。そこに制御のためのシステムがあると秋山は言っていた。それを壊してしまえば制御の為の電波は停止する。それがどこまで影響するかは予想も付かないが、それが一番確率が高いように思える。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　必要最低限の荷物をまとめて、家を出た。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕がもう一度中心部へ向かう途中で雨が降り始めた。雨というのは成分的にはあまり綺麗とは言えないらしいけれど、何もかもが作り物のこの街で唯一作りものでない彼女と、同じく作り物でない雨。そう考えると雨が綺麗なものに見えた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　中心部の入り口についた時、そこには秋山がいた。僕の行動を監視しているのだから止めに来るだろうと予想はしていた。だが、止められるわけには行かない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そこをどいてくれないか？僕はその先に行かなくちゃいけないんだ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「まぁ待てよ。俺は忠告しに来たんだ。」</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック"> </font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　彼は面倒臭そうに返し、その忠告とやらの内容を告げた。僕が前にここで倒れたのは、引き返せという命令が強制的に送られてきた事による拒否反応のようなものだったらしい。もう一度先に進めば同じ様に頭痛に倒れてしまうという事らしい。だから諦めたほうがいいと。彼の忠告はそういう内容だった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その内容とは関わりのない事だったけど、僕は一つ質問をした。春本が何故ここで独りぼっちで居なければならないのかという理由をどうしても聞いておきたかった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　彼は詳しくは教えられないが他の人間がそれを望んだからだと言った。 その人の欲の結果として彼女はここに閉じ込められたのだと。そんな理由を聞かされては余計に引き下がることは出来なくなった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「個人の自己中心的な考えで人の人生を滅茶苦茶にしたっていうのか？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あぁ、そうみたいだな。でもそれがわかったからってお前に何とか出来るわけじゃあ無い。無理なことは無理だと認めるべきだ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕は何も答えずに鋏を取り出した。僕の家にあった唯一の刃物で、僕の指先を切った鋏。それを自分の頭の左脳に当たる部分に思い切り突き刺した。痛みとは違った気持ち悪い感覚が広がっていく。秋山は僕に初めて焦る様な表情を見せた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「こうすれば、僕を止める命令とやらは届かないだろ？僕はその先に用がある。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「自分が何をしたのかわかってるのか？お前が今壊したのはお前が動くための電力も受け取っていたんだぞ！」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「僕は壊れかけだからな。どうせいつか止まってしまうっていうのなら、これでいいんだ。電力が得られなくなったら、僕はどれぐらい持つんだ？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「持って、一時間って所だろうな……。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「もう余命一時間なんだ。退いてくれよ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……好きにしろよ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　秋山には悪い事をしたと思う。仕事の妨害なんてレベルじゃない。それでも彼が本気で僕を止めようと思えば出来たのにそれをしなかったのは、彼が優しい人間だったという事なんだろうか？少なくとも悪い人間には見えないな。そんな事を思いながら、道を進んだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　彼女の為。その為に行動しようと言ったけれどあれは嘘だ。何かのために頑張っているという大義名分が無ければ行動を起こせないだけなんだ。何かに責任を押し付けなければ怖いんだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕はただ自分の為の復讐をしたいだけなのに。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">〈１時間前〉</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　上から下へ流れてゆく壁の数字を横目に見ながら進んで行く。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕に流れているのは血液では無く電流だ。歩く度それが少しずつ使われ、無くなっていっているという事は人で言えば全身から血を流したまま歩くようなものだろうか。足元は覚束ないし、めまいが酷い。それでも進まなければならない。僕が決めた事だ。恐らく初めてなんの制御もなく自分自身の意志で決めた事だ。足を止めるわけには行かない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕が僕である為に。君が君になる為に。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　君と出会う以前の記憶はもうほとんど無いな。親の顔ももう思い出せない。そもそもの話、生みの親なんて存在すらしていなかった。いたと思い込んでいただけだ。繕われていた僕の記憶は少しずつ剥がれていき、分からなくなっていく。それでもいいと思えた。今の僕がとっている行動が今の僕の意志によるものなら。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　なんとか中心部に辿り着くことが出来た。５メートル四方ほどの部屋で天井はガラス張りで朝日が差し込んでいた。机と椅子があり机の上にはモニターが乗っていた。見たところ随分と使われていないようで、埃をかぶっていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　その部屋の中心に金属で出来た大き目の立方体があり、幾つものケーブルやらコードやらが繋がれていた。これが彼女を十数年間苦しめ続け僕らを操っていたというのだろう。こんな箱に支配されていたのだというのだから笑えてしまう。これを壊せばこの街は終わる。当然、街の一部品だった僕も。まぁ僕はそもそもぶっ壊れているのだから同じなのだけれど。精密な機械ほどひとつの歯車が歪めばすぐに壊れてしまう。僕という歯車が壊れたからこの街は壊れる。ざまぁみろ。僕は僕という個人だ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　もう今はこの街の部品なんかじゃない！</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　もう十数分しか時間がない。僕個人としては納得できる終わりが迎えられそうだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ただ一つ心残りがあるとするならば、春本のこと。無事に外へ出られるだろうか？　　</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　もう少し一緒に居たかったな。結局二人で行ったところといえば図書館ぐらいだ。</font><font color="#000000" face="游ゴシック">　　</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕は彼女にとって初めての友達だったのに、ろくに遊ぶことも出来なかった。初めての友達という点では僕にとっても彼女は初めての友達だった。もう一度会いたいと思うと死ぬのが怖くなってくる。それでも、彼女が微笑んでくれた顔を思い出すと恐怖が消えていく気がして、勇気を貰えた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「さようなら。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう小さく呟いて、コードやケーブルを片っ端から引き抜き、椅子で立方体を殴りつけた。何度も、何度も、何度も。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕の意識が失われるまで。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">〈０時間前「独白」〉</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　明かりのない部屋。十を超えるモニターの光が、たった一つの大きめの椅子を照らしていた。その椅子に座るのは少ししわの目立つ痩せた男。目は虚ろにモニターを見つめ、身体にはいくつものチューブが繋がれている。その姿はさながら入院患者の様だった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「自分の最後の作品が壊れていく様子を見る気分はどうですか？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　俺は相手を嘲るような敬語で、返事も待たずに続ける。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「それも、その作品の一部に壊されるなんて。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　少し待ってみたが男の様子は変わりなく、ずっと虚ろにモニターを見つめているだけだった。それも当然だ。もう既に彼に思考するような能力は残っていない。自分の最後の作品を監視する事に自らの全てを捧げてしまったのだから。生きていく上での必要最低限の行動さえも身体中にチューブを繋いで代わりにして、彼は生きた監視カメラになった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……少し昔話をしましょうか。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">『あるところに若くして成功した、冬原という資産家がいました。ある時、資産家は融資をしてくれないかと持ちかけられます。話を持ちかけて来た相手は経営が傾きかけた会社の社長で、名を春本といいました。融資の話は資産家からしてみれば到底実りのある話には思えませんでした。ですから資産家は初めは断ろうとしましたが、断りに行った先であろうことか社長の娘に一目惚れしてしまいました。そして資産家は冗談混じりに、それでいて半ば本気で、社長の娘との縁談を融資の条件に提示するのでした。当然、社長にもいろいろと思うところはあったのでしょうが、結果的にその条件を受け入れてしまうのでした。そこで困ったのが社長の娘です。両親には話していませんでしたが、彼女には恋人が居たのです。そんな中勝手に結婚を決められてしまったというのですから、たまったものではありません。その話を聞かされた時には既に断りようの無い程の金が動いていました。がんじがらめにされてしまった彼女を救う為に彼女の想い人である男は彼女を連れて逃げ出します。彼女もそれを望み、全てを捨て去って二人で生活することに決めたのでした。生活はお世辞にも裕福とは言えないものでしたが、二人は幸せでした。しかしそんな生活は長くは続きませんでした。逃げ出して数ヶ月して、資産家に見つかってしまったのです。二人の中は引き裂かれ、二度と会うことは許されませんでした。というのも、資産家からしてみれば二人の生活を潰す事など造作もない事だったのです。彼女は恋人の人生を壊させない為に資産家と一緒になることを決意したのです。それからというもの彼女は本心を塗り潰して仲の良い夫婦を演じ続けたのです。その間、資産家は幸せでした。やっと彼女の気持ちが自分に向いてくれたと疑わなかったからです。しかし、資産家はとても臆病な性格でした。不安の種は全て取り除いておかなければ気が済まなかったのです。だから彼は社長の娘と結婚したその時から、少しずつ少しづつ人と金を割いて、かつて妻と一緒に生活していた男を追い詰めていったのです。男は借金を背負わされ、それは雪だるま式に膨らんでいきました。そしてある時、遂に彼は破産し、彼の人生に終止符が打たれました。まるで膨らみきった風船が破裂するように。こうして資産家は不安の種を取り除いたと一安心していましたが、それは間違いでした。社長の娘の心はいまだ彼のことを想っていたからです。彼の死を彼女が知るまで、そう時間は要りませんでした。それを知った時彼女は絶望し、心の無い人形のように無機質な存在になってしまいました。こうなってしまってはもう妻が他の誰かのことを想う心配はなくなりましたが、それは資産家にも愛情が向けられ無いことを示していました。彼女の絶望は二人の間に子供が生まれても、変わりありませんでした。そして資産家はいつしか歪んでしまった愛情を、彼女との子供に押し付けるようになるのでした。』</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「よく知っている話でしょう？他ならぬあなたの話なんですから。あなたは実の娘である春本咲に歪んだ愛情を押し付け、この街という檻を造り、そこにあの子を閉じ込めた。母親の様に自分のもとから去って行かないようにね。あの子を春本という姓にしたのはなぜなんです？あの子は正しくは冬原咲という名前のはずなのに。自分の妻の姿を重ねているからですか？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　話しているこっちの気分が嫌になるような話だ。反吐が出る。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「因みに知ってますか？あなたが自殺に追い込んだ秋山という男、春本さんを奪われて寂しかったんですかね。捨て子を拾って養子にしてたんですよ。それが俺なんです。親父は俺に被害が及ばないように自己破産をして自殺しました。それからというもの、泥水を啜るような生活でしたよ。生きていく為と割り切って犯罪に手を染めたのも両の指で数え切れるほどじゃない。そんな最底辺みたいな日々を送っているとね、目標が欲しくなるんですよ。生きていくための理由みたいなものがね。だから俺から全てを奪ったやつの全てを、今度は俺が奪ってやろうと誓ったんです。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そうだ。それだけの為に俺は生きてきた。なのにいざここへたどり着いてみればお前はまるで廃人の様になっていた。この怒りを、復讐心を、どこにぶつけて良いのか解らなかった。だから俺は本人に対する復讐を止め、この街を乗っ取ることにした。そうすれば、少しは復讐心も満たされると思った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　街の核であるシステムをコピーして別の制御システムを作り、実験的にそれを夏目に上書きした。最初はうまく行くと思ったが頭部の損傷を起点にして不和が生まれ始めた。その不和はどんどんと広がっていき、あいつは一人歩きを始めた。そして最終的に街そのものを壊す結果となった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「街のシステムを破壊した彼、夏目というんですが、どことなく俺の親父に似てると思いませんか？結局あなたはああいう人に勝てるような存在じゃあ無いんですよ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「もう、何かも終わりですよ。幕引きにしましょう。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">彼は何も答えなかった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">俺は彼に繋がれたチューブを一本ずつ取り外していった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そうして、ゆっくりと、彼の生命は失われていった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">〈０時間前「告白」〉</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ものが散乱してぐちゃぐちゃになった部屋。至る所がへこんで火花が散っている、箱のようなものに寄り掛かるようにして彼はそこにいた。彼の体は見るに耐えないものだった。頭には亀裂が入り、手は傷だらけで所々焼け焦げていた。声を掛けても返答が無い。間に合わなかった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　留守電を聞いてすぐに私は秋山さんの家へ行った。不安でいっぱいだった。彼の言葉にはもう二度と会えないような感じが含まれていたから。秋山さんの話では街の中心に行ったとの事だった。もっと早くに起きていれば彼を止められたかもしれない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう思うとどうしてもやりきれない。私は泣きながらもう返答をくれない彼に話しかけた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ごめんなさい。私のせいでこんな事になってしまって。本当にごめんなさい。私を救おうとしてくれてありがとう。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　彼はもう動かない。頭では理解していても、納得することが出来ない。彼が目を覚まして、また私に話しかけてくれるような気がしてしまう。有り得ないとわかっているはずなのに。私はなんて馬鹿なんだろう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「私はあなたと話しているだけで幸せだった。それは人と関わることがなかったからで、ある種の刷り込みの様なものだったのかもしれないけれど、確かに私はあなたが好きになっていた。人か機械かなんて関係なく、私はあなたのことが好きです。本当に、ありがとう。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　想いを告げた。伝えるのが遅すぎた想いを。もっと早くに伝えればもう少し一緒に居られたかも知れない。悔やんでも、悔やみきれない。それでも前を向かなければいけない。彼がその身を呈して与えてくれたチャンスを無碍になんて出来ない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「秋山さんを呼んでくるわ。あなたをこのままにはしておけないから……。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう彼に告げて、立ち上がる。いつまでも泣いては居られないから。弱いままでは居られないから。私はその場を後にしようと振り返り、歩き始めた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　消えかかっていた意識の中、彼女の声が聞こえた。体は少しも動いてはくれない。　　</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ありとあらゆる感覚が薄れていく。痛みも恐怖も何も無い。僕という全てが消えていく。それでも、まだ、僕は消える訳にはいかない。告げなければ。彼女が僕に告げてくれたように。口を動かせ。たとえ彼女に届かなくても。彼女の鼓膜を揺らせなくても。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「…ぼくも……き…だ…よ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕の網膜にはもう殆ど光は届いていなかった。それでも、彼女は振り返った。そんな気がした。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">『データの初期化が完了しました。』</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p><span style="font-size:10.5pt;mso-bidi-font-size:11.0pt;font-family:&quot;游ゴシック&quot;,sans-serif;mso-ascii-theme-font:minor-latin;mso-fareast-theme-font:minor-fareast;mso-hansi-theme-font:minor-latin;mso-bidi-font-family:&quot;Times New Roman&quot;;mso-bidi-theme-font:minor-bidi;mso-ansi-language:EN-US;mso-fareast-language:JA;mso-bidi-language:AR-SA"><font color="#000000">〈おしまい〉</font></span></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tyara-rhythm/entry-12198414818.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Sep 2016 21:47:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『箱の中の世界から』中編</title>
<description>
<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">〈４９時間前〉</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ようやくお目覚めか。よく眠れたか？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　聞き覚えの無い声に寝ぼけていた脳が強制的に叩き起こされる。あの男だ。髪が肩にまで伸び、目が隠れていて表情が確認できないけれど、少なくとも嬉しそうではなさそうだ。周囲を確認して、見たところなんの変哲も無い部屋に寝かされていたことに少しだけ安心した。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あれは何なんだ！？ここはどこだ！？あんたは誰だ！？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「落ち着けよ。一度の質問は一つにしてくれ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　うんざりしたように男が言う。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あんなものを見て落ち着けると思うのか！？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「分かったから怒鳴るな。耳が痛い。そうだな。まず、お前がぶっ倒れてから半日ほど経ってる。そんで、ここは俺が使ってる家で、お前が倒れた場所じゃあない。いいか？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　あの時はたしか七時頃だったから今は朝方という事か？こいつの家だと言ったがそれでは結局何処なのかわかったものじゃない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「続けるぞ。あの場所と俺についてだが、一から説明をした所で理解できないししようともしないだろうから単刀直入に事実だけを言う。だからまずは黙って聞けよ？いいな？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……あぁ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「まず、この街は実験施設を兼ねてる。あの場所、つまり中心部がってことじゃあなく、この街全体がだ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　確かにそれなら地図の違和感や街の不自然さには多少説明がつくのかもしれない。だが。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「一体何の実験だって言うんだ？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「おい。俺は黙って聞けって言ったよな？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　明らかに不機嫌そうに言う。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「その実験ってのは人造人間を作るって実験だ。アンドロイドって言ったほうがそれっぽいか？街そのものを使って人のような生活していけるかどうかを実験してる。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「その辺を歩いてる人の中に機械が混じってるっていうのか？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">にわかには信じがたい話だ。そんな事をして危なくないのだろうか？</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「信じる信じないはお前さんの自由だけどな。街の中心は実験のデータの解析をしたり、それぞれの個体の調整をしたりしている場所って訳だ。俺はそこの管理員。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　有り得ないと否定したい所だが、あの異様な光景を見てしまった後では妙な説得力があった。しかしそんな実験が必要なのだろうか？</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「…その話を信じるとして、街一つをそのまま実験場にするなんて危険すぎる方法をとる必要があるとは思えない。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「人の体の中で一番大切な部品はなんだと思う？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「多分、脳とか……か？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「正解だ。そこそこ賢いみたいだな。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　人を馬鹿にしたような態度をしやがって。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「機械でもそれは同じでな。</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">AI</font></span><font color="#000000" face="游ゴシック">が重要なんだ。知ってるか？俗に言う人工知能ってやつだ。これは外側みたいに形を作れば終わりって訳にはいかない。実際に体験させて、情報を覚え込ませなきゃ意味がないんだ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「だから擬似的に人と同じ生活をさせてデータを集めてるって事か？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「その通りだよ。素晴らしいね。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　少し驚いたような、それでいて嘲るような口調でそいつは言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「因みに俺の名前は秋山だ。今後お前を監視する事になる。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　監視される？監視と聞いて良いイメージは沸いてこない。当然良い気分になれるはずも無い。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「露骨に嫌そうな顔するなよ。機械は自分の事を機械と認識してはいないが、無意識の内にある程度コントロールされてる。例えば街の地図が明らかにおかしくても微塵も疑問に思わない。ましてや中心に近づく事もない。だから何も知らずに知ろうともせず、自分が無知であることすら知らずに動いている。そこに事実を知るものが居たらどうなると思う？お前の行動一つで大きくバランスが崩れる恐れがあるんだよ。野放しには出来ない。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「僕に危害を加える事は？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「特には無いな。勿論お前が無茶苦茶な事をしない限りはという条件付きだが。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　もう質問は終わりだ。俺も暇じゃあないんでね。そう言って秋山と名乗った男は僕を家から追い出した。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　ここがどこなのかと分からない以上、家に帰れるのかと焦ったけれどそれはどうやら杞憂の様だった。秋山の家から出てすぐに学校が見えたからだ。こんな所から監視をされたんでは全て筒抜けだろうか？たまったものじゃない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　あいつの話を鵜呑みにするつもりはないけれど辻褄は合っているように聞こえた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　それに僕の行動が監視されているのではそう簡単に確かめるのも不可能だろう。倒れていた僕になにもせずに開放してくれたのだから助けられたとも言えるし、よしとするしかないのかも知れない。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　しかしいろいろありすぎて昨日と今日の境界が曖昧になってるな…。えーと、昨日が休みだってことは土曜日だ。土曜日の次の日は日曜日だよな。つまり今日は日曜日だ。よって明日は月曜日で、僕がどんな超常現象もどきを体験していようが当然のごとく学校があるわけだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「課題やってねぇ……。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　これあれだ。……無理だ。絶望的だ。ん、待てよ？これ迄とは違って協力者が居るじゃないか。春本なら宿題ぐらい瞬殺してるだろう。写させて貰えばいいんじゃないか？そうと決まればとりあえず電話だ。番号を聞いておいて良かった。携帯電話を取り出して春本に電話を掛ける。番号を聞いたところ固定電話のようで、携帯電話は持っていないらしい。今時めずらしいと思う。数秒して向こう側から眠そうな声で「もしもし？」と聞こえてきた。どうやら僕の電話が無視されることはなかったらしい。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「寝てたのか？悪いことしたな。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「起きるつもりだったから別にいいけれど、何の用？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「春本はもう課題ってやったか？あの、数学のやつ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「数学は昨日終わらせたわ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　得意げな声が聞こえてくる。これは助かったかもしれないな。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「ちょっと色々あってさ、まだ終わってないんだよね。だから写させ」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「嫌よ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　……酷い。せめて言い切ってからにして欲しい。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そこをなんとかっ……。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「私は家から出る気はありません。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「自分でやるしかないか……。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　まぁ、正直こうなるんじゃないかとは思っていたけど。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「私は家から出ないとしか言っていません。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……つまり家に行けば貸してもらえるということだな？そう言うことでいいんだな？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「来れるのならですけどね？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　こいつは持ち上げておいて落とすのが好きみたいだな。場所が分からないのに行けるわけ無いだろ。どこに住んでるんだよ……。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あの、春本さんはどちらに住んでいらっしゃるのでしょうか？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「教えたら面白くないでしょう？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「じゃあ無理じゃねーか！」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　駄目だ。もう家で必死にやるしかない。そもそもやる必要があるのだろうか？ほぼわからないのだからほぼ白紙だろうし、やらなくても一緒じゃないか？もういいや、帰ってもう一度ゆっくり寝よう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「分かったよ。自分で何とかするさ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「そう。頑張って。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「はいはいありがとう。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あと、電話するときに身振り手振りをつけるのはやめた方がいいわ。傍から見て滑稽よ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　電話なのにどうして身振りがわかるんだ？</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「お前、今どこに居るんだよ！」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あなたの隣の家。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕の立っている右側の家。秋山の家の斜め向かい側の家。その家の表札には春本とあった。全部見えてたってことかよ。呆れてしまう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「取り敢えず一度家に帰ってからそっちに行くよ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「えぇ。じゃあ、また。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう言って通話を終えて、一旦荷物を取りに家に帰り、春本の家に向かった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「こんにちはー。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　聞こえているとは思えないが取り敢えず挨拶をして、インターホンを押した。少し経って春本が玄関口に出て来て招き入れてくれた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　春本は部屋に入ったあと机を指さして「じゃあ、そこに用意しておいたから。」と言った。早速写させてもらうとしようかな。写すと言っても問題を実際に解きながら自分のノートに写していくので、問題の解説書を読みながら解くのに近い。自力で解く時とまではいかなくても少しくらいは勉強になっているはずだ。課題を半分ほど終わらせたところで、難問に出会った。春本の解いた答えを見ても、どうしてその答えが導き出されるのか理解できない。仕方なく「この問題、なんでこうなるんだ？」と尋ねながら自分のノートを差し出した。春本はノートを受け取ろうとして「痛っ」と小さな悲鳴を上げた。どうやらノートの端で指を切ってしまったらしい。春本の指から血が滲み、それがノートに小さなシミを作っていた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「大丈夫か？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「えぇ。小さな傷だから。ちょっと絆創膏を貼ってくるわ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう言って部屋を出ていってしまった。取り敢えず難問を飛ばして続きを解いていると、春本はすぐに戻ってきて残りの問題を含めて説明をしてくれたけれど、やっぱりいまいちよくわからなかった。それでもある程度は解けるようになったし課題が終わったから大満足だ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「課題も終わったし帰ろうかな。悪いな。助かったよ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　適当な挨拶をして、玄関に向かう。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「これからは宿題ぐらいは自分で解けるようになってね？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そう、春本は意地悪そうに微笑んだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「……努力するよ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　さて、本来ならまだ春本の家で談笑でもしていたいところだけどちょっと調べたい事があった。事、というよりは場所だ。僕の家から学校へ行く道の曲がり角。僕が転んだ場所。理由はよくわからないが秋山とかいう男は前にそこを調べていた。僕がその理由に関わっているかはわからないけれど、あいつの話の真偽を確かめる方法の一つとしては悪くないと考えたからだ。学校側から迂回する様にして家へ向かうルートを通り、例の曲がり角に着いた。一応細かく調べてみたつもりなのだけど、どれだけ調べてもどんな角度から見てもそれはただの曲がり角だった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そのまま突っ立っていても仕方が無いので家に帰って状況をまとめてみることにした。あいつが調べていた時点ではおそらく何かしらがあって、それはもう処理されたという事だろうか？結局これではなんの収穫にもならない。あれこれと思考してみるがどれも有り得ないような事ばかりでもう訳がわからない。もう頭痛はしないし怪我の痛みもない。脳はスッキリしているのに何も浮かんでこないのは僕が馬鹿だからだろうか。そんな事を考えながら頭を掻き、異変に気付いた。傷が、無いのだ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　頭を打ったのは三日前だ。昨日の時点では痛みがあったし、傷は治っていなかったはずだ。それが今では元々そんなものなかったみたいに綺麗さっぱり無くなっている。痛みも。傷跡も。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　一日で傷跡が無くなるほどに回復するなんて普通は有り得ない。どう考えても異常だ。そして傷が無くなる前と後、つまり昨日と今日。その境界線ではもっと異常なものを僕は目の当たりにしている。これは偶然なのだろうか？僕の傷の事と秋山の話していた事。この二つの異常を無理やり繋ぎ合わせるとしたら？</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　あいつは機械は無意識にコントロールされていて街の中心部には近付かないと言っていた。でもおかしいんじゃないか？その方法では人間の行動はコントロール出来ない。地図にだって疑問を持つはずだ。持たなきゃおかしい。僕のように中心部へ行こうとする人が現れても不思議じゃない。その度にああして説明をしているとは考えにくい。監視する対象が多くなり過ぎるし、そもそも中心部へ入れなくするか、地図にそれらしいことを書いておけばいいだけなのだから。つまり人はそこへは絶対に入る心配がない理由があるんじゃないだろうか？人はそこへは入る心配は無いけれど、機械だと何らかの拍子にそこへ入ってしまう懸念があるから対策として無意識下でのコントロールを行っている。もしこう考えたとするならば、そこへ入った僕は。一体どちら側の存在なのだろうか？</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そんな筈は無いと思いながらも、僕は恐る恐る震えた右手で鋏を持ち、その刃を左手の指先に押し付けた。指先の皮が切れた。でも、ただそれだけだった。痛みは感じない。血も流れない。僕の中の漠然とした恐怖心がはっきりと形を持つものへと変わっていく。春本は指を切った時血が流れていた。怪我をしたら血が出るのは至極当然な事だ。だが思い返してみると転んで頭を打った時、僕は打ったところを手で抑えて立ち上がった。なのにその時僕の手には血液なんて少しも付いてはいなかった。そして今も、一滴たりとも血は流れない。と言う事は、僕は、僕という存在は……。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　もういても立っても居られなかった。秋山に聞かなければならない。彼に僕が人間であると言ってもらわなければ、僕は恐怖に耐えられない。だから直ぐに秋山の家に駆け出して、殴りつけるようにドアを叩き、彼を呼んだ。直ぐに彼はドアを開け、僕を中へ招き入れた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　そして僕が質問をしようとするのを遮って、彼は言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「お前が尋ねたいことはもう判ってるから答えさせてもらうが、この街にいる人間は管理役を除けばたった一人しか居ない。その一人のためにここは造られた。これがどういう意味なのか判るな？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　信じられなかった。信じたくなかった。事実を受け容れる事が出来なかった。</font><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック"> </font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「あり得ないよ。そんな筈は無い……。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　震える声で僕は否定の言葉を口にした。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「これがあり得るんだよ。例えば、お前はこれまで随分と合理的だったんじゃないか？俺だったらあんな体験したら学校とか課題とかどうだっていいね。何を後回しにしてでも確かめる。それぐらいの出来事だろ？でもお前はそうはしなかった。普通に学校生活に戻ろうと宿題をした。その癖思い出したみたいにこの街について調べ事を始めた。どう考えても不自然だ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　彼は一息ついてから、言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「落ち着いて聞くんだ。お前は機械で、壊れかけている。頭を打った時に脳の一部を損傷したんだ。制御が不安定な一種の暴走状態に陥っている。制御が効く時はいつものように生活しようとし、効かなくなると途端に街の疑問について調べようとする。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「何かの間違いだ！僕は普通に食事をとるし、睡眠もとる。まるっきり人と同じ生活をしてるんだよ！」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「当然人と同じ生活は出来る様になっているさ。人から見てそれらしい行動を取らせなければ現実感が無くなってしまうからな。それっぽく見せるただそれだけの為にいちいち頬にチップを入れて味覚を感じさせられるようにしたりとかな。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　僕は自分の頬に触れられなかった。確かめることができなかった。頬に何も無ければ、今の話が嘘だと証明できる。でももしあったとするならば、僕はもう逃げられなくなる。そう考えると触れることが怖かった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">重ねて、畳み掛けるように秋山は言った。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「それにそうだな、電車ってあるだろ？実物を見たことは無いだろうが、知ってはいるはずだ。電車ってのは電線から電力を受け取って走ってるんだ。パンタグラフとかって言うらしいが、それと似た装置がお前の頭の中、正確には左脳の部分に入ってる。街中に情報や命令、電力を供給する装置があって、それを受け取ってお前は制御統制されて動いてる。いや、動いていたと言うべきか。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　まだだ、まだ受け入れられない。認めてしまっては駄目だ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「僕には過去の記憶や思い出がある！これはどう説明するんだ？機械は成長なんてしないだろう！」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「お前の部屋、必要最低限の物しかないよな。思い出はあるのに思い出の品がないってのは不自然じゃあないのか？疑問を持たなかったのか？違うな。持てなかったんだろう？」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　……やめろ。やめてくれ。これ以上僕を否定しないでくれ。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「この際だからはっきりと言っておく。お前には過去は無い。両親だって居ない。お前の十数年前の記憶は全部作り物だ。そういう設定としてお前に貼り付けられただけの偽物なんだよ。お前という人間は存在しない。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　もう、限界だった。彼の言葉が、僕の傷付いた指先が、傷の消えた頭が。僕という人間の存在を否定していた。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">「今のお前は左脳側の制御装置と右脳側の人工知能が上手くリンク出来なくなっている。過去に類を見ない例だから様子を見るが、問題を起こせば破壊しなければならなくなる。行動には十分気を付けろ。」</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　秋山の言葉は僕の耳から耳へと通っていくだけだった。もう何も聞きたくなかった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000" face="游ゴシック">　暗くなった外は雨が降り始めていて、傘もささずに濡れて帰った。その雨はまるで僕を嘲笑っているみたいだった。</font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游ゴシック">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tyara-rhythm/entry-12198414601.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Sep 2016 21:46:38 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
