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<title>上原雑記夜話</title>
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<description>代々木上原の画廊です。古今東西「アーティストの生き方」に関するお話を綴っていきます。</description>
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<title>第拾参夜 「琳派のこと」</title>
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<![CDATA[ <div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2"><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20091001/18/ue1chome/0d/13/j/o0582045010265357930.jpg"><img border="0" alt="上原雑記夜話" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20091001/18/ue1chome/0d/13/j/t02200170_0582045010265357930.jpg"></a><br></font><font size="2"><br></font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　琳派というと尾形光琳からその名前を取ってるのでしょうね。</font><font size="2">私個人はその少し前の人、俵屋宗達や本阿弥光悦の方が好きです。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　本阿弥光悦は多彩な人でした。今で言えばデザイナー兼<font color="#0066cc">プロデューサー</font> ですね。でも本職は刀研ぎの家です。家康か秀吉かにそれで知行をもらっているはずです。書家としてが一番有名かもしれませんが光悦垣なんて言う垣根のデザインもしています。京都のたしか洛北に光悦寺ってありますね。この光悦垣があります。気になる人は見に行ってください。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2"><br></font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　　琳派と言うと他に光琳の後の酒井抱一と鈴木其一が有名です。抱一は大名（の弟）です。江戸時代の有名なサロン「八百善」を貸しきって、馴染みになった遊女の身請けの宴会した人で有名ですね。そんな風に江戸時代は奔放で垢抜けた時代でもありましたがやはり逆に庶民の見る目も肥えてきていて作り手にシビアな時代でもありました。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　光琳の弟に乾山と言う人がいました。絵師としてはだめだったので転職して焼き物のデザインなどをしました。しかも兄の光琳に「おまえは上方では無理だよ。デザイン帖やるから江戸に下って仕事しろ。」といわれ、光琳が長きに描きだめをしたデザインノートをコピーして江戸に下ります。とほほな境遇でしたがその大味な作風が返って江戸では良かったようです。彼自身も兄のコピーにとどまらず織部なども研究して独自のスタイルを築きました・・・。まあでもやっぱり光琳＋織部÷2 って感じです・・・。　　Ｙ </font></div>
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<pubDate>Thu, 01 Oct 2009 18:11:00 +0900</pubDate>
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<title>第拾弐夜　「大きな屋敷の小さな赤い橋」</title>
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<![CDATA[ <font size="2"><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090911/17/ue1chome/31/ae/j/o0586045810251404308.jpg"><img border="0" alt="上原雑記夜話" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090911/17/ue1chome/31/ae/j/t02200172_0586045810251404308.jpg" width="220" height="172"></a><br>　あまり知られていませんが印象派の画家クロード・モネは若い頃宝くじの 1等が当たっています。当時の宝くじです。現在と桁違いでした・・・。 </div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">　パリから車で2時間くらいのところにジヴェルニーという小さな村がありますが、モネはそこに大きな屋敷を建てます。そしてそこに巨大な庭園を造営し沢山の書画骨董を集めました。</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">　</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">　日本で印象派は人気がありますね。理由を聞くと「観易い」からだそうです。</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">　日本に洋画を輸入し広めるのに尽力したのは黒田清輝でした。彼が留学した時期、西洋では印象派が最盛期でした。彼にとっての洋画は印象派そのものでした。ただその様に日本人と洋画との出会いが印象派から始まったから馴染めるわけではありません。そもそも印象派自体がジャポニズムだからです。印象派から後期印象派の画家の多くが日本趣味でした。自然に作品にそれが反映されています。</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">　</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">　ジャポニズムの中心は<font color="#0066cc">琳派</font> と浮世絵でした。当時の西洋人にその「構図の大胆さ」と「色面の強さ」が衝撃を与えたのでした。色彩は光りあるところでその存在を誇示します。誰もがキャンバスを野外に持ち出して描くようになりました。このような写生という行為も、もしかすると円山四条派の影響かもしれません。</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">　モネは庭園の池に赤い太鼓橋を架けます。そして柳や睡蓮など東洋的な 題材を繰り返して描きました。彼の絵は光にあふれていますが晩年に近づくと光ばかりで形がぼやけてきますね。それは彼の白内障が悪化したためでした。彼の目には恐らくそう言う風に見えていたのでしょう・・・。画家にとって視力を失うことは致命傷です。失明する運命を知らされた若き日、彼は悲観して自殺未遂をしています。</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">　オランジェリー美術館というのがルーブル美術館の並びにあります。オランジェリーはオレンジ栽培のためにマリー・アントワネットが作らせた温室でした。だからオランジェリーと言います。オレンジは太陽の色と香りがしますね・・・。その美術館にモネの睡蓮の連作があります。彼の人生とは別に穏やかな作品です。ソファーが置いてありゆっくり鑑賞できるのもさすがだなと思わせます。　　Ｙ </div></font>
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<pubDate>Tue, 15 Sep 2009 12:08:20 +0900</pubDate>
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<title>第十壱夜　「ドラマチックな絵」</title>
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<![CDATA[ <div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090911/17/ue1chome/31/ae/j/o0586045810251404308.jpg"><font size="2"><img border="0" alt="上原雑記夜話" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090911/17/ue1chome/31/ae/j/t02200172_0586045810251404308.jpg"></font></a><br><font size="2">　絵に物語性や必要以上の色彩を持たせるのをいけないとしたのはセザンヌです。これをもって近代絵画の始まりとされています。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2"><br></font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　ポール・セザンヌは南仏はプロバンス地方のエクスという町の銀行家の一人息子として産まれました。銀行員ではありません。銀行を創立した経営者の息子です。画家を目指してパリに出ます。時代は印象派隆盛でしたが彼は全然だめだめでした・・・。ヌードモデルと秘密裏に結婚して子供が出来たことが親にばれると仕送りが止まりました。親の仕送りを再開させる為に父親の肖像画を昔の仲間でその時既に審査員だった人に頼んで入選させてもらいます。各審査員が裏口入選の枠を2人持っていたからです。しかもその父親の肖像画というのは随分前に描いたものでした。随分馬鹿にしていますね。そんなことをしていれば火に油です。父親の怒は最高潮に達します。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　少年時代からの友人のエミール・ゾラはそれを見て、「ある画家の死」と言う小説を書いてセザンヌに送り付けます。内容は、パリに憧れ画家を目指して田舎から出てきたお金持ちの息子が上手く行かず親にも見限られて最後は自殺すると言う話でした。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　ゾラとセザンヌはそれ以来会わなかったそうです。（当たり前か・・・）極貧の生活を続けていたセザンヌにある日突然手紙が届きます。心労が体に来たのか、父親が急死したのでした。彼は田舎にすぐにとって返し財産を整理してその町の郊外に<font color="#0066cc">大きな屋敷</font> を構えます。 </font><font size="2">その後、遺産で何不自由なく暮らしたそうです。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　彼は生前ほとんど評価されていません。彼を評価したのはパブロ・ピカソでした。セザンヌは裕福な暮らしの中で作品の他に沢山の絵画論・芸術論を書き残しました。それがピカソやブラックなどの若手のキュビズムの作家の目に止まったのです。セザンヌの論理はキュビズムにとって都合が良いものでした。そこからセザンヌは一気に美術の歴史に踊り出て「近代絵画の父」とまで呼ばれるようになりました。 最後に笑ったのはピカソでしょうか？はたまたセザンヌでしょうか？　　Ｙ </font></div></div>
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<pubDate>Fri, 11 Sep 2009 17:21:27 +0900</pubDate>
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<title>第十夜　「ラファエル前派の闘い」</title>
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<![CDATA[ <font size="2"><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090830/15/ue1chome/94/67/j/o0581045210243524546.jpg"><img border="0" alt="上原雑記夜話" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090830/15/ue1chome/94/67/j/t02200171_0581045210243524546.jpg"></a><br>　ラファエル前派ってあまり聞きなれないでしょうか？</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">　1800年代の中盤、イギリスに興った芸術運動のひとつです。 プレ　ラファイアット　ブラザーフッド（略してPRB）とか言います。 ラファエロ以前の絵画を愛する仲間って意味でしょう。 </div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><br></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">　結成前夜の会話 </div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">「なんかさー、先生の教える絵暗くない？」</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">「うん、暗い。」</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">「テーマも堅くない？」</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">「うん、かたい・・・。」</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">「もっとさー、明るい<font color="#0066cc">ドラマチックな絵</font> 描こうよ！」</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">「たとえばどんな？」</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">「そうさね、イタリアのラファエロの色彩って明るく澄んでない？」</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">「そうそう明るくて澄んでる！」</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">「それいこう！」</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">「もっとドラマもつけようよ！」</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">「それそれ！」</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><br></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">恐らくこんな感じでしょう。そこに集まった3人、ミレイ、ホルマン・ハント、ロセッティはそれぞれ20歳19歳18歳でた・・・。</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><br></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">　当時のイギリスの王立絵画アカデミーはレンブラントをお手本としていました。薄暗い褐色の中にぼんやり人物や風景が浮かび上がるような絵です。若い彼らはまずそこから変えていきました。最初に白い絵の具を白いキャンバスに塗る。そしてその白が乾かないうちに絵の具を載せる・・・。当然白と載せた色が混ざり彩度は落ちますが明度は上がります。</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">　テーマも聖書や古典小説へ求めました。シェークスピアのハムレットを題材にしたミレイの「オフェーリア」は 有名ですね。花の浮かぶ川面から今にもオフェーリアの姿が消えてなくなりそうな 緊迫感のある絵です。（作者のジョン・エバレット・ミレイは「晩鐘」で有名なジャン・フランソワ・ミレー とは別人です。同時代ですが後者はフランス人ですね。紛らわしいです！）</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">　ロセッティはダンテの神曲なども題材にし、後に詩人としても活躍しました。</div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre">　若者達は保守的なアカデミーに対して勇敢にも闘いを挑みましたが案外敵は内側にあったりしました。更にオスカー・ワイルドに酷評されたりと散々でしたがひとつの形は成し得た様です。けれど、多分、一番の理解者は日本の少女漫画家ではないでしょうか・・・。それらの構図やファッションに色濃く反映されていますね。彼らを思うと「有言実行」の良い例だなと思います。　　Y </div></font>
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<pubDate>Sun, 30 Aug 2009 15:06:31 +0900</pubDate>
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<title>第九夜　「永き常世への旅路」</title>
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<![CDATA[ <div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090828/17/ue1chome/f4/cc/j/o0581045710242271918.jpg"><img border="0" alt="上原雑記夜話" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090828/17/ue1chome/f4/cc/j/t02200173_0581045710242271918.jpg"></a><br>大地震の津波が島々を襲ったりする映像を見ると日本も島国だったと改めて思ったりします。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　考えてみるまでもなく日本は四方を海に囲まれていますね。そういう意識は古代から日本には根強くありました。そもそも日本は海への信仰心の方が強い国でした。水平方向への信仰がありましたから神社の社も辺津宮・中津宮・沖津宮と海へ向かって祭ってありましたが、仏教が入ってきてから信仰も上下の縦方向へ移り、それぞれ下津宮・中津宮・上津宮と名称も社も移っていきました。</font><font size="2">身近な話しだと浦島太郎の竜宮城・・・。これは常世の一種ですね。海の向こうの楽園、それを常世と言いました。主に五穀を持った神がそこから訪れると言う信仰です。沖縄ではニライナカイと言うらしいですね・・・。</font><font size="2">古事記に出てくる山幸彦が行った「わだつみのいろこの宮」もその一種でしょう。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　夭折した洋画家、青木繁の作品に「わだつみのいろこの宮」があります。青木繁は1882年の生まれだそうですから先日の梅原龍三郎より6歳年上です。梅原龍三郎は98歳まで生き延びましたが青木繁は28歳でなくなっていますね。梅原龍三郎がフランスで流行ったフォービズムに影響されたのに対して青木繁にはイギリスでの芸術運動<font color="#0066cc">「ラファエル前派」</font> の影響が見られます。 青木繁は学校を出てすぐに「海の幸」と言う作品を発表して世の注目を集めます。同時に日本の美術界、特に封建的な画壇を痛烈に批判しはじめます。若くて元気でした。しかしやはりただでは済まないものです。組織は抗う個人を決して許さないものです。時の洋画界のドンは黒田清輝でした・・・。黒田は元々政治学だか法律学だかを学びにフランスへ渡った人です。旧薩摩藩士の良い家柄で個人としての政治力もありました。桂太郎首相の肖像画なども描いていますね。対して青木は久留米の一個人でしかない。生活に追われ病気を患い妻（入籍していないかも）や子供（後の福田蘭童）と離れて福岡の恩師の家に身を寄せます。絵の具も恩師から買ってもらうと言うありさまでしたが制作し続けます。彼の最晩年の作品に「村娘」と言うのがあります。小さな絵です。絵の具を引き伸ばして使ったのでしょう、とても薄塗りです・・・。でもこれがとてもいい絵なのです。多分青木は自分の死期を悟ったのでしょう。再生の意味を込めて村の少女を描いたのだと思われます。一方、黒田清輝も最晩年に孫娘を描いています。黒田は日本洋画史の中では最近色々と評価の下がった人物ですがこの野苺を抱えた少女の絵は良いです。黒田もまた青木と同じような意味を込めて描いているのでしょう。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　第一次世界大戦の足音が聞こえ始めた1911年に青木は恩師に看取られ蜂のムサシ的な生涯を終えます。天孫の子が旅したわだつみのいろこの宮へ青木の魂はたどり着いたでしょうか？13年遅れてやってきた黒田の魂と遠く澄んだ瞳で再び芸術について激論したのか、それともお酒を酌み交わしたのか・・・、玉依姫だけが知っている事でしょう・・・。　　Y </font></div>
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<pubDate>Fri, 28 Aug 2009 17:05:28 +0900</pubDate>
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<title>第八夜　「フォービズム」</title>
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<![CDATA[ <div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090818/13/ue1chome/b4/f1/j/o0581045010235538019.jpg"><img border="0" alt="上原雑記夜話" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090818/13/ue1chome/b4/f1/j/t02200170_0581045010235538019.jpg" width="220" height="170"></a><br></font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　独特なカラーのメゾチントで知られる浜口陽三・・・。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　彼の随筆に、「自分が若い頃の先生はフォービズムに影響を受けている人が多く 『芸術はフォーブだ！フォーブしかない！フォーブ！フォーブ！フォーブ！』 と連呼されて苦笑した。」と言うのがありました・・・。 （梅ちゃんだろうな・・・） それにも笑いましたがもっと面白かったのはそのページの下の方にあったフォービズムの注釈でした。「フォービズム（野獣派）：１９００年代初頭にヨーロッパで流行した絵画運動。 数年で廃れた。」 この「数年で廃れた」と言うのがとても印象的でした。 </font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　先日お話したモローは象徴主義の作家でしたがその弟子だったルオーはフォービズムの作家です。美術史的分類だと古典主義・ロマン主義・写実主義・自然主義・バルビゾン派・印象派・新印象派・象徴主義・後期印象派・ナビ派・ポンダヴィン派・エコールドパリ・フォービズム・キュビズムと数年・十数年単位でめまぐるしくモードが登場します。その随筆の中で浜口陽三は「日本人はかぶれやすい。欧米の流行をすぐに取り入れてそれが全てだと勘違いする。」見たいな事も書いていました・・・。ピカソはキュビズムの作家ですがそういう作品を作っていたのは数年ですよね。ブラックだってレジェだってそうです。時代は常に動いていてとどまることはない・・・。 流行と伝統は常に背中合わせで混同すべきではないですね。流行を伝統化すること自体がかなり変なことです。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　多分日本は古代の<font color="#0066cc">常世</font> （とこよ）思想 が色濃く残っているのでしょう。「海の向こうに楽園（常世）がある。」「海の向こうの方がすばらしいに決まっている。」「隣の芝生」なんて言葉の方が解りやすいでしょうか・・・。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　浜口陽三と言う人はパリに長く住みましたが晩年はサンフランシスコに永住しています。世界を自分の目で見ていますね。だから流行に流されない。海外の流行をそのまま輸入して自分が作り出した様に言う、もしくは その海外自体をまとって自己を展開するのはどうかなと思います・・・。アメリカ旅行して画廊まわりした友人が「日本ではNYで河原温とか荒川修作とかが活躍していると言われているけど、どこの画廊に行ってもちゃんと扱っていてちゃんと売れている日本人は浜口陽三だった。」と言っていたのをその随筆を読んだ時に思い出しました・・・。「フォーブ！フォーブ！フォーブしかない！フォーブ！フォーブ！」 「・・・・・・。」　　Y </font></div>
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<pubDate>Tue, 18 Aug 2009 13:54:05 +0900</pubDate>
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<title>第七夜 「モロー」</title>
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<![CDATA[ <div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090807/12/ue1chome/eb/85/j/o0562043210228225234.jpg"><img border="0" alt="上原雑記夜話" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090807/12/ue1chome/eb/85/j/t02200169_0562043210228225234.jpg"></a><br>ギュスターブ・モローというと分類上は象徴主義の画家ということになりますね。他、象徴主義ではオデュロン・ルドンがいます。</font><font size="2">私は個人的にはこのルドンの方が好きです。絵がかなりヘンです。パステルの作品が多いですね。絵もヘンですが最後は狂死していたはずです。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2"><br></font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">話しをモローにもどします。モローの弟子にはルオーがいます。ルオーは分類上は<font color="#0066cc">フォービズム</font> の画家になります。 ルオーは若き日に画家を志してモローのアトリエの扉をたたきます。モローは有名な先生でもありました。モローのアトリエで門人として修行を積みイタリアのサロンに出品し入賞するのが当時の出世コースでした。ルオーはそんなに下手ではなかったのですが何かが足りないのですね。ずっと落選しつづける・・・。歳を取る・・・。気がつくとアトリエには若い子ばかりになっている・・・。師匠であるモローもなぜ入選しないのか悩んだそうです。ルオーと言う弟子の落選に継ぐ落選・・・。その時頭がもーろーとし、「もっとがんばるおー！」といったかは歴史上語られていませんがともかく気まずくなってルオー自ら出て行くことになります。出て行く時にモローが「お前がどんな作品をこれから造っても私の弟子だったことには変わりないよ。」と優しく声をかけたそうです。ルオーも悲しかったでしょうがモローも苦しかったのではないでしょうか。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2"><br></font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">モローの作風と言うと神話や聖書を題材とし装飾的で女性的な感じのものが多いですが彼自身は努力の人です。パリにあるモロー美術館にはそれを伺わせるおびただしい数のデッサンがあります。はっきり言って若い頃下手っ！！！けれどドンドン上手になる。努力を続けたモローにはルオーの気持ちは痛いほど解ったと思われます・・・。それらを全て見させてくれるこの美術館はグー！（死語）坂道を登った中腹の右手にありますよ。　Y</font> </div>
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<pubDate>Fri, 07 Aug 2009 12:52:11 +0900</pubDate>
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<title>第六夜　「レオン」</title>
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<![CDATA[ <div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090805/16/ue1chome/d6/69/j/o0579044310227076518.jpg"><img border="0" alt="上原雑記夜話" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090805/16/ue1chome/d6/69/j/t02200168_0579044310227076518.jpg"></a><br>　「レオン」と言う映画がありましたね。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　　 ジャン・レノ、ナタリー・ポートマン、ゲイリー・オールドマン・・・、 皆さん濃いですね・・・。 何で追われているのかは忘れましたが面白い映画だった記憶があります。 （最後は大爆発！そこは覚えている。） ジャン・レノは良い役から悪い役までやりますね。 ナタリー・ポートマンは美人さんになってしまって今ではスターウォーズのお姫様ですね。ゲイリー・オールドマン・・・。ご本人も仰っていますが ヘンな人の役が多いですね・・・。依頼が来て脚本読んで「またかー！」って思うらしいです。「レオン」でも麻薬中毒の麻薬捜査官やっていました。その役がベートーベンが好きと言う設定でしたね。 友人に聞いたらその映画の前に撮った映画が「ベートーベン」と言う映画のベートーベン役だったそうです・・・。最近の映画はパロディーが多く、元のネタが わからないものも多いです。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　　</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　　引用は美術の世界にもあります。 それが風刺だったりオマージュだったり様々です。特に近代になってからは 作品に現実の社会が描かれるようになりました。 西洋ではロマン主義以降そう言う作品が多くなっています。 ロマン主義は美術史上は古典主義のあとに来ています。 テオドール・ジェリコーやウジェーヌ・ドラクロワがそうですね。 このおふた方の出世作は、それぞれ「メデュース号の筏」、 「キオス島の虐殺」ときますがどちらも悲惨な実際の事件事故の絵です。 絵画に時事通信的な要素が入ったものがこのロマン主義の特徴とも言えますがあまりロマンと言う言葉と違う気がするのですが・・・。 多分当時の評論家か誰かがつけたんでしょうがセンス疑いますね。 あ、ドラクロワ美術館は良いですよ。アトリエがそのまま美術館に なっています。パリへ行かれるかたはぜひどうぞ！ブルバード・サンジェルマン の近くだった気がします。他、そう言うアトリエ美術館なら <font color="#0000ff">ギュスターブ・モロー </font>美術館も必見です。特に絵を描いている人は 勇気付けられますよ。　Y </font></div>
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<pubDate>Wed, 05 Aug 2009 16:11:29 +0900</pubDate>
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<title>第五夜　「遠近法ってどういうもの？」</title>
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<![CDATA[ <div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2"> 　<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090730/19/ue1chome/92/64/j/o0505064910223313090.jpg"><img border="0" alt="上原雑記夜話" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090730/19/ue1chome/92/64/j/t02200283_0505064910223313090.jpg"></a><br></font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　遠近法と言う単語自体は良く聞きますが具体的には 良く解らないと言う方へ。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　遠近法とは簡略化して言うと こんなものです。 遠近法は自然界で体験する幾つかの法則を作品（特に平面作品）に取り入れることによってそこに 目の錯覚をおこし、あるはずのない遠近感を与えるものです。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2"> （これじゃあ余計に解らないですか？）</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2"><br></font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　遠近法の種類は主に </font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　線的遠近法</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　陰影法</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　空気遠近法 の3種類があります。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　線的遠近法は主に線を使って遠近感を表現するものです。 2本の線を引いた時その先端が狭くなっている方が遠くに見え 広がっている方が近くに見えるという法則です。 </font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2"><br></font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　陰影法は肉付け法とも呼ばれ例えば丸いものを描いた時下の方に影をつけた時それは回り込んで遠くのほうに広がっているように見えます。暗い方が遠いいといったような 法則です。 </font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2"><br></font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　空気遠近法は、空気にも色があり、その色は青で、遠くのものには その青のフィルターが掛かるから実際の色より青味が掛かる、 と言う事です。富士山の絵は青いですね。でも実際のぼるとその足元の土はグレーだったり茶色かったり・・・。 </font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2"><br></font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　最初の二つはルネッサンス初期の人<font color="#008000">レオン</font> ・バッティスタ・アルベルティー と言う人がその著作「絵画論」の中で提唱しています。 そして後年レオナルド・ダ・ビンチが空気遠近法を足して それを補完しました。 つまりは「目の錯覚を利用した騙しの技術」です。 解り易かった、・・・かな？　</font>Y </div>
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<pubDate>Thu, 30 Jul 2009 19:01:47 +0900</pubDate>
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<title>第四夜　「マチエール」</title>
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<![CDATA[ <div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2"><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090728/18/ue1chome/d9/c9/j/o0587045110221991794.jpg"><img border="0" alt="上原雑記夜話" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090728/18/ue1chome/d9/c9/j/t02200169_0587045110221991794.jpg"></a><br></font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　壁画の仕事をした時の事です。壁画会社の人に作品の簡単な説明をファックスしてくださいといわれたので20行ほど書いて送信しました。するとすぐに返事のファックスが・・・。にゅにゅにゅにゅと出てくるその文章を読むと「マチエールって何ですか。解り易い言葉に書きなおして下さい。」とありました・・・。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　まあ、会社がクライアントに説明し易いようにと言う配慮だと思われます。壁画会社の方は解っていたと思われます。すぐに「絵肌」と書きなおして送信しました。いわれてみたら一般的には聞きなれない単語かもしれません。どこで切るのか。「ま、ちえーる」なのか「まち、えーる」なのか・・・。そもそも何語なのか・・・。自分にしても何時頃頭に入ったのか良く解りません。恐らくは予備校時代だと思われます。</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2"><br></font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　考えてみれば日本の美術教育って描かせるばかりで理論的な事って全くないですね。美術史的な事は時々やる学校もあるらしいですが<font color="#0066cc">遠近法</font> も含めてきちんと 義務教育の場で勉強したらすごい事なのですが・・・。図画工作や美術の授業自体が学校教育の場から消滅している今日ではこの議題自体が意味をなさないですね・・・。専門用語なんて専門家が使うもので素人がむやみに使うもんではありませんが、けれど知っておくのは良いですね。（お医者様に、私の「オペ」は何時ですか？とかお寿司屋さんに、「あがり」と「がり」下さいとか言ったら酷い目にあいそうです。）</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">　</font></div><div class="tate_box_15px left blown px16 l_height_13 indent space_1px pre"><font size="2">予備校時代のことですが、生徒の一人が講師に「お前はマチエールがなってない。もうすこしマチエールを研究しろ。」といわれていました。夕方画材屋さんでその生徒を見掛け様子を見ていると店員さんに「・・・あのマチエール下さい・・・。」といっていた・・・。聞いているこちらが耳まで赤くなりました。「・・・あのゴアください・・・。」by　本庄まなみ「ありません！いない方が平和ですから。」 by マグマ大使やや古い。うちにTVない！　　Y </font></div>
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<pubDate>Tue, 28 Jul 2009 18:04:26 +0900</pubDate>
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