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<title>上田の風景</title>
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<description>生まれ育った上田市を離れることになったので、思い出の場所を書き遺しておきます。</description>
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<title>一中前</title>
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<![CDATA[ <p>上田市の中でもここ二十年ほどで特に大きく姿を変え、そして今後ますますの発展が予想されるエリアが、国分の第一中学校（一中）前付近だ。</p><p>&nbsp;</p><p>20年ほど前まで、この辺りは神科方面と国分方面とを結ぶ1.5車線程度の道路が田んぼの中をひた走る、のどかで何もない所だった。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、1999年に一中がこの地に移転。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180316/14/ueda-memory/0a/29/j/o0500028114150608962.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180316/14/ueda-memory/0a/29/j/o0500028114150608962.jpg" width="420"></a></p><p><span style="font-size:0.83em;">（あまり写りは良くないけれど、あんまり中学校の周りでパシャパシャ撮影して怪しまれるのも嫌なのでこれで勘弁）</span></p><p>&nbsp;</p><p>土地勘のある方ならここまでの流れで察しているかもしれないけれど、自分はこの一中の出身であり、かつ割と移転した直後の時期に通学していた。</p><p>当時はまだまだ周りには何もなく、のどかで自然豊かな学校、という印象だった。</p><p>管理棟最上階の東側の窓からの眺めは、広い広い田んぼの奥に山並みが広がる、まさに田舎の中学校といった風情だった。</p><p>（東側の窓からの眺めは、おそらく今もそれほど変わっていないはず。ただし、後述するように、これからの10年20年で大きく変わっていく可能性が高い）</p><p>&nbsp;</p><p>その後、神科方面から国道18号バイパスが延伸し、国分の国道18号へ繋がる道路も改良され、多くの商業施設が出来て現在に至る。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180316/14/ueda-memory/a9/2f/j/o0281050014150608966.jpg"><img alt="" height="500" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180316/14/ueda-memory/a9/2f/j/o0281050014150608966.jpg" width="281"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180316/14/ueda-memory/36/5c/j/o0500028114150608968.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180316/14/ueda-memory/36/5c/j/o0500028114150608968.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180316/14/ueda-memory/bf/76/j/o0500028114150608967.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180316/14/ueda-memory/bf/76/j/o0500028114150608967.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>そして、この地域の発展は、まだまだこれで終わりではないようだ。</p><p>&nbsp;</p><p>この付近の地図をよく見ると、現在は一中付近以北のみがオレンジ色、つまり国道18号のバイパスという扱いになっていることが分かる。</p><p><iframe allowfullscreen frameborder="0" height="450" src="https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m14!1m12!1m3!1d12847.51714354066!2d138.2663223398561!3d36.387916204583966!2m3!1f0!2f0!3f0!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1521182062132" style="border:0" width="600"></iframe></p><p>&nbsp;</p><p>では18号バイパスはここが終点なのかといえば、続きは絶賛建設中なのである。</p><p>&nbsp;</p><p>ちょうど、上の3枚続きの画像の2枚めの奥付近が分岐地点であり、現在既に多くの重機が入って、どんどん土が盛り固められていっている。</p><p>別の地点からもう一枚。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180316/14/ueda-memory/0b/1d/j/o0500028114150608964.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180316/14/ueda-memory/0b/1d/j/o0500028114150608964.jpg" width="420"></a></p><p>この画像は、分岐地点付近を南東方面から撮ったものであり、画像の奥の方に小さく見えるのが、この記事で紹介してきた一中や付近の商業施設である。</p><p>分岐地点と撮影地点の間に茶色い路盤が形成されつつあることが分かる。</p><p>（撮影地点もゆくゆくは路盤に飲み込まれる運命である）</p><p>&nbsp;</p><p>延伸されたバイパスの終点は、東御市の和交差点となる予定らしい。</p><p>相当大規模な工事であり、果たして何年で完成するのか、そもそも完成する日が来るのかも分からない。</p><p>それでも、（少なくとも今のところは）少しずつ着々と景色が変わりつつある。</p><p>上田に戻ってくるたびに、この道路の成りゆきを見守るのが楽しみだ。</p>
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<pubDate>Fri, 16 Mar 2018 16:00:25 +0900</pubDate>
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<title>美穂ヶ池</title>
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<![CDATA[ <p>いきなり変化球ネタに行くのも心苦しいけれど、前回の桜並木跡の写真撮影のついでに行った場所を紹介したい。</p><p>&nbsp;</p><p>どう変化球かといえば、「思い出の風景を綴る」というこのブログのコンセプトに反して、今回紹介する場所はこれが初訪問なのである。</p><p>いや、この場所を今まで全く知らなかったわけではなくて、一応この場所にまつわるエピソードはあるので。一応。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/14/ueda-memory/56/b2/j/o0500028114143589670.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/14/ueda-memory/56/b2/j/o0500028114143589670.jpg" width="420"></a></p><p>その場所の名前は「美穂ヶ池」。</p><p>上田市街地から国道18号を東御市方面へ行き、「大屋」信号を左折、しばらく行った先の上り坂の中腹の右手にある。</p><p>&nbsp;</p><p>自分にとって、いや、この小学校区で生まれ育った自分と同じぐらいの世代の人々の大部分にとって、この美穂ヶ池を一言でいえば「謎の存在」だった。</p><p>&nbsp;</p><p>小学校では、長い休みの前になると必ず、休み中の生活のきまりが書かれたプリントが配られていた。</p><p>その中に「美穂ヶ池には子供だけで行かない」という一文があった。</p><p>しかし、学年の中の誰も、美穂ヶ池がどこにあるのかを知らなかったのである。</p><p>この付近に住んでいた子だって居たはずなのに、せいぜい「噂によれば大屋の方にあるらしいけれどよく知らない」といった不確かな情報が出てくる程度で、「本当に存在するのかも分からない謎の池」という妙なポジションを確立していた。</p><p>&nbsp;</p><p>上の画像を見れば、その理由はなんとなく分かる気がする。</p><p>「池」と聞いてイメージするほど大量の水がたたえられているわけではなく、小川の両脇が少し広めの湿地になっているという程度であるから、付近に住む人々であってもわざわざ訪れる機会は少なかったのかもしれないし、訪れたとしてもここが「美穂ヶ池」と名付けられていることを知る機会は少なかったのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>今では公園として綺麗に整備されており、道路にも案内標識が出ていることから、おそらく当時よりは知名度が向上し、「謎の池」のポジションは返上していることだろう。たぶん。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/14/ueda-memory/f3/ad/j/o0500028114143589665.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/14/ueda-memory/f3/ad/j/o0500028114143589665.jpg" width="420"></a></p>
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<pubDate>Mon, 05 Mar 2018 14:50:14 +0900</pubDate>
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<title>岩下の桜並木跡</title>
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<![CDATA[ <p>最初に取り上げるのはどこにしようかと迷った末、このブログのテーマと通じる部分のある場所を選んでみた。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/14/ueda-memory/7a/1a/j/o0281050014143576197.jpg"><img alt="" height="500" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/14/ueda-memory/7a/1a/j/o0281050014143576197.jpg" width="281"></a></p><p>岩下の桜並木跡。</p><p>……と言われても、その付近に住んでいる人以外はピンと来ないかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>場所は、上田市街地から東御市方面へ向かう国道18号……の隣を並走している道路。</p><p>市街地方面から国道18号を行くと，大屋駅・丸子方面に向かうときに右折する信号よりもやや手前の辺り。</p><p>&nbsp;</p><p>ここがどんな場所かは、自分が拙い言葉で説明するよりも、次の画像を見てもらった方が早いだろう。桜並木跡に掲示されているパネルのうちの一枚である。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/14/ueda-memory/98/34/j/o0500028114143576203.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/14/ueda-memory/98/34/j/o0500028114143576203.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>地域の人々に愛され、守られ続けてきた桜並木。</p><p>自分も小学生の頃（そんなに頻繁にではないけれど）通った思い出がある。</p><p>地域のシンボルとして、この桜並木はいつまでも残っていてほしかった。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも、木の老化や道幅の狭さからくる危険もあり、国道のバイパスとして交通量も多く、大屋方面に住む多くの小学生の通学路ともなっていたため、木を伐採して道路を拡幅するという選択はやむを得なかったと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>どんなに大切にされている物でも、移り変わる時代の中で永遠に残り続けることは難しい。</p><p>それでも、今も多くの人の心のなかに美しい思い出として残っているし、在りし日の姿をパネルとして遺すことで忘れまいとしている人たちがいる。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/14/ueda-memory/a3/b6/j/o0500028114143576204.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/14/ueda-memory/a3/b6/j/o0500028114143576204.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/14/ueda-memory/06/17/j/o0500028114143576196.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/14/ueda-memory/06/17/j/o0500028114143576196.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>今は、そんな人たちの気持ちがよく分かる。</p>
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<pubDate>Mon, 05 Mar 2018 14:07:28 +0900</pubDate>
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<title>はじめに</title>
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<![CDATA[ <p>生まれてから二十数年、ずっと暮らしてきた上田市を離れることになった。</p><p>（厳密にいえば数年間の空白期間があるけど…）</p><p>&nbsp;</p><p>将来はまた上田に戻ってきたいと思っている。</p><p>でも、確実に戻れる保証はないし、考えが変わることもあるかもしれない。</p><p>だから、ひょっとしたらもう一生、上田で「暮らす」ことは無いかもしれない。</p><p>少なくとも数年は上田を離れることになるだろうし、おそらく5年も離れれば色々な風景が変わることだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>だから、これから引っ越しまでの一ヶ月弱で、思い出の場所を出来るだけ多く写真に納め、目に焼き付けて、思い出を文章として残しておくことにした。</p><p>幸いそこそこ暇なので、途中で飽きなければやりたい事はやり遂げられるだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>このブログを始めることは家族にも、他の誰にも教えていない。</p><p>恥ずかしいので身近な人に知られたくないと思う反面、何かの拍子に気付いて欲しいなとも、心のどこかでは思っていたりもする。</p><p>&nbsp;</p><p>あまりピンポイントで個人情報を推測出来るようなことを書くのは避けるつもりだが、小さい頃に住んでいた場所を伏せようとするとおそらく書けることが半減してしまう（※市内→市内の引っ越し経験あり）ので、そこは妥協するしかないだろうか。</p>
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<pubDate>Mon, 26 Feb 2018 01:05:54 +0900</pubDate>
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