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<title>発達障害でうつ病の夫とうつ病の私。</title>
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<description>とりとめもなく、日々のことを書いていこうと思います。夫が発達障害と分かったのは最近のことです。うつは数年前から持っていました。私のうつは8年前からです。2歳の娘と、昨年12月に息子を出産しました。</description>
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<title>おばあちゃんと私。</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><div><br></div><div>私と祖母は中学3年生から同居していた。</div><div>祖父母宅兼店舗だった築60年の家を建て替えて二世帯住宅になったのだ。</div><div><br></div><div>母が別居したのは引越し後1年以内なので、私は祖父母、父、兄、弟たちという祖母以外男しかいない家庭で育ち、一番下の弟は小学3年生だった。</div><div>高校に入学してから、本格的な父子家庭となり、母がいなくなり寂しがる弟の寝かしつけを私がしていた。(中途半端に寝て、23時頃起きて宿題風呂等をしていた私は結構しんどかった記憶がある。)</div><div>高校生の思春期だったが女がいなくて困ることは多々あった。</div><div><br></div><div><br></div><div>生理だ。</div><div><br></div><div>私は少し生理が重い方だった。</div><div>痛くて寝込むこともあったし、家庭環境の変化で、あの頃は常に胃腸炎を患っていた上にPMSも重く、よく生理前の早朝にものすごい冷や汗と腹痛でトイレの前で鎮痛剤を飲んで気絶していた。</div><div>鎮痛剤がなくて、やむを得ず祖母に買ってきてもらったこともあった。あの頃祖母は70代だった気がする。</div><div><br></div><div>年を経るに連れ、祖母は若いときに働きすぎたのもあり、骨粗鬆症で入退院を繰り返した。</div><div>トイレに自分で行くのも大変なこともあった。</div><div>背中が痛くて行けず、兄弟で祖母のオムツを替えたこともあった。</div><div>「すまない、すまない」といっていたのを覚えている。私達兄弟は気にしなかったが、自立心の高い祖母は辛かっただろう。</div><div><br></div><div>介護は辛かったが、祖母との幼い頃の幸せな思い出はたくさんあった。</div><div>春、多摩川に行ってはよもぎを摘んできて、草団子を作った。</div><div>桃の季節になると、祖母は桃が好きで、祖母の実家の農家の桃の木に登り食べたことを話してくれた。</div><div>女学校で洋裁を習ったから、リカちゃん人形の服を欲しがる私に手縫いでドレスを作ってくれた。(今も大切にとってある。)</div><div>蒲田の屋上に度々連れて行ってくれて、ゲームや乗り物に乗せてくれ、あの小さい観覧車に何度も一緒に乗った。</div><div>祖母が大好きだった。</div><div><br></div><div><br></div><div>骨粗鬆症が進んで、家での介護も大変になり、介護施設を転々とした。</div><div>少し認知症もあったと思う。</div><div>大学生になった私は祖母に会える機会はかなり減った。(4年間ほぼ毎日朝から晩まで資格の単位取得のため大学に行き通していた)</div><div>最後の思い出は、祖母の入っている施設で、童謡の会に一緒に参加したときだと思う。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>私が仕事を始めて2年目に、祖母は夜中に施設のトイレで倒れて亡くなった。</div><div>心不全ということになった。</div><div><br></div><div>身内がなくなるのは初めてで、職場で知らせを聞いた私は、人のいない部屋で聞かれるのも憚らずに大声で泣いた。</div><div>祖母が死んだ。</div><div>私のおばあちゃんが死んでしまった。</div><div>信じられない思いで病院に向かい、霊安室で祖母と対面した。</div><div>まだ柔らかかった。</div><div>眠っているようで、寂しかった。</div><div><br></div><div><br></div><div>父が、叔母達とともに葬儀の準備をし、祖父にも祖母と対面できるよう、計らった。</div><div>祖父はその時胃瘻で入院していた。</div><div>叔母が祖父を連れてくると、大声で三度祖母の名を呼んで、別れを告げた。</div><div>祖父に祖母の死を告げるときも、叔母が口ごもっていたら「死んだか!?」と言ったらしい。</div><div>肝が据わった祖父だった。</div><div>「俺は死なねぇぞ！」</div><div>と祖父は言って、その後一年生きた。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>祖母の葬儀の時、初めての通夜と葬儀で、こうして人は送られていくのか、と妙に納得した。</div><div>経を聞いていると妙に安心して、祖母が送られるための整理をしている気がした。</div><div><br></div><div>いよいよ、遺体と火葬場で別れるとき、私はずっと祖母から離れることができなかった。</div><div>祖母にまだ生きていてほしかった。</div><div>結婚式に出てほしかった。</div><div>母がいなくなって、ときに喧嘩することもあったが、祖母しか頼りにできる人は居なかった。</div><div>もう祖母の顔を写真でしか見れないことが辛かった。</div><div>どんなにすがっても祖母はもう起きないので、私は叔母に肩を掴まれ、祖母と別れた。</div><div><br></div><div>祖母は骨になってしまった。</div><div>小さな祖母は小さな遺骨になって、少しの骨しか残らなかった。</div><div><br></div><div>今でも祖母に会いたい。</div><div>洋裁を教えてほしい。</div><div>ひ孫を見てほしい。</div><div>また祖母の実家の墓参りにお供で連れて行ってほしい。</div><div><br></div><div>おばあちゃんに会いたい。</div><div>時々ふとそう思う。</div><div><br></div><div>また。会いたいなぁ。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/ug408/entry-12773732201.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Nov 2022 00:10:50 +0900</pubDate>
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<title>母娘。（おやこ）</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私は実母と絶縁している。</p><p>&nbsp;</p><p>私と実母との関係は実に拗れていて厄介なうえに女同士のくだらない僻みがある。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そもそも、私の実家は社会問題のオンパレードで、父子家庭、高齢者介護、ヤングケアラー、貧困家庭、奨学金問題、精神病家系等々。</p><p>私の思春期は問題だらけで終わり、こうしてイタイ厨二な三十路女ができあがった。</p><p>&nbsp;</p><p>母と私の確執は小学生まで遡る。</p><p>父と母は自営業の共働きだった。</p><p>私は小学6年生の頃、すでに週末の家事をほぼ全てやっていた。</p><p>元々幼少から私は身辺自立の高い子どもで、自分のことは大概できたし、手伝いたがる子どもだった。</p><p>それが、当然となり、働く父母の代わりに家事をするのは当たり前でできなければ叱られ居残りでやるようになった。</p><p>母は無言で涙を流しながら食器を洗う私の横で録り溜めたドラマを見ていた。</p><p>家族6人の洗濯物の山を片付ける私を横目にテレビを見ていた。</p><p>その時に聴いていたのは母が買った尾崎豊やチューリップ、カーペンターズ、ロンバケのアルバム、ビートルズだった。</p><p>カーペンターズの歌詞の意味を知らずに空で歌えるようになった。</p><p>母に愛されていないことはなんだか感じていた。</p><p>別に手伝うことは構わなかったけど、気にかけてほしかった。労ってほしかった。ありがとう、と言ってほしかった。</p><p>父と母の夜の喧嘩は絶えなかった。</p><p>弟が生まれた6年前まで、二人は愛し合っていた、ということを思い巡らすことで、私は二人の関係が崩壊していても絶望しないように縋った。</p><p>すでに崩壊しているのはわかっていたけれど、弟が生まれる前までは仲が良かった、と思い込もうとした。</p><p>この頃の私の描いた絵は泣いている絵ばかりだった。</p><p><br></p><p>小学生のある時、友人と遊ぶ約束をしたが、家事が残っていた。終わらなくては遊べない。</p><p>友人が手伝うと言ってくれた。</p><p>助かった。</p><p>手伝ってくれている間に母が一度家に戻ってきた。</p><p>目撃されて友達に家事を手伝わせていることを酷く怒られた。</p><p>「あんたは家の恥だ」</p><p>そう言われた言葉は刃渡り10センチのナイフで胴体を斬られた程の衝撃を小学生の少女の私に与えた。</p><p><br></p><p><br></p><p>中学生の頃、母は外に疑似家族のような娘を持つようになった。</p><p>そして私にそれを臆面もなく話した。</p><p>私はその頃、自分の母が普通の大人、ドラマで見る母とは違うことを感じて図書館で調べていた。</p><p>20年前の当時の限られた状況の中で図書館で見つけたワードは「アダルトチルドレン」だった。</p><p>愛情不足で育った大人をそう総称するらしい。</p><p>母に当てはまる気がした。</p><p>母の愛されたがりは酷かった。</p><p>自分を愛さなければ愛し返すことをはなかった。</p><p>娘だったが、私は愛されているという実感もなく、母を愛し返せるほど13歳の私は大人ではなかった。</p><p>母の疑似家族は携帯電話で繋がっていた。</p><p>その子は高校生で母がおらず、家事を一手に引き受けていたらしい。</p><p>母が話を聞くことが増えるにつれ、「お母さんて呼んでいいですか」と言われたそうで、それを嬉々として私に母は報告した。</p><p>醒めた私は「いいんじゃない？(母親らしいこと子どもに何もしないくせに)」と話した。</p><p>どんなに家事をしても認められず、愛されず、なぜ他の子どもが母に愛されるのか分からなかった。</p><p>悔しかった。</p><p><br></p><p>母と私の関係はすぐに終わる。</p><p>私が中３の時に母は家を出た。</p><p>何度か母は家出をしていた。父が手を上げたから。弟たちを連れて行くことも多々あった。</p><p>実家を新築したあと母は一度家出をし、その後戻ったときに台所が整理されていたのを見て、「私の居場所がなくなった」と言って泣いた。</p><p>そして、「どっちについていく？」と尋ねられ、私は友人が地元にいるので「父のところに残る」と言って母と別れた。</p><p>その後母とは会っていない。</p><p><br></p><p><br></p><p>高一の誕生日、一度だけ母は私に誕生日プレゼントを贈った。COACHの財布だった。</p><p>その後母から贈られたものは、今年から生活保護を受けるための支援できないかという役所からの用紙だけだ。</p><p><br></p><p>父との離婚後母は何度か再婚した。</p><p>何度したのかどんな生活だったのか、私は母と連絡を取らないと決めていたので知らない。</p><p><br></p><p>なぜ連絡を取らなかったのか。</p><p>私は母が嫌いだった。</p><p>私よりも知らない女の子に頼られることを喜んで、私は召使いと同じ扱いを受けた気がした。役に立たなければいらない。いつもそう言われていた気がしていた。私は母に愛されていない。役に立たないならいる意味もない。役に立っても愛してはもらえない。なぜなら母は自分が愛されたくて仕方ないから。服だってお下がりばかりだった。女の子は私しかいないのに。いとこと母のお下がり。服も買ってほしかった。何も言わないから、愛されなかったのかもしれない。</p><p>私も居るだけで、生まれただけで愛されたかった。</p><p>そして、誰かを愛したかった。無条件で命を愛したかった。</p><p>母を無条件で愛していたけれど、諦める日々が、私からの愛をポロポロと何処かに落としていってしまった。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>母が出ても私の高校生活、大学生活は実に凝縮された日々だった。折々で書いておこうと思う。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ug408/entry-12772804597.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Nov 2022 05:56:00 +0900</pubDate>
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<title>一年以上を経て。</title>
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<![CDATA[ <p>今、夫は就職先で一年以上仕事を続けています。</p><p>娘は4才、息子は1歳になりました。</p><p>私は11月から仕事に徐々に復帰する運びとなっています。</p><p><br></p><p>私の病状としてはぼちぼち、気分の落ち着いている日もあれば、疲れて沈んでるときもあり、でも、息子が8ヶ月頃の希死念慮に比べれば保育所入所でかなり負担は軽くなりました。</p><p>私の仕事復帰はなるべくならもう少し時間を取りたいところですが、金銭的な面での辛さと、休職期間の期限が迫りつつあり、これ以上延ばすと復帰自体が厳しくなりそうなので、徐々に慣れていこうと思います。</p><p><br></p><p>こういう中途半端な自分を見ると、何者にもなれない自分に酷く不甲斐なさを感じます。</p><p>子ども達が「ママだいすき」と表してくれる愛情にふさわしくないとも思います。</p><p>自己肯定感がとことん低いですね。</p><p>でも、この子達にとってこんな私がかけがえのない母なのならば、すこしでも、それに応えたいとは思います。</p><p><br></p><p>子どもたちと眠る前に素話をします。</p><p>私の覚えている絵本や童話を空で話します。</p><p>だいたい1つ話しておしまい。</p><p>このお話の時間が、子どもたちの心の中の何かになっていることを願います。</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/ug408/entry-12771556190.html</link>
<pubDate>Fri, 28 Oct 2022 00:31:24 +0900</pubDate>
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<title>夫、就職しました。</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>夫が5月から就職しました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>昨年７月から通っていた就職支援施設には関係なく自分で探した障害者雇用の就職先です。</p><p>&nbsp;</p><p>結局２月に実習先（高齢者のデイケア）を紹介してくれて、夫も頑張って通って潔癖症なので全くできない老人のトイレ介助までやり（帰りに漫喫でシャワーして服はコインランドリーで洗ったみたいです）、生活のために何が何でも通い続けていましたが、実習先から「言われたことをちゃんと守らない」「声をかけずに勝手にいなくなる」などの理由で実習を中断されてしまいました。</p><p>その後も就職支援施設には反省も兼ねて面談に行きましたが、夫のダメなところばかりを言われるだけで、心身ともに全く健康になれず、結局行っていません。（そろそろやめる旨は伝えなくてはいけないのですが）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今の就職先ではそれなりに仕事はできているみたいです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私の方は相変わらず調子が悪い。</p><p>今度胃カメラをして、経口避妊薬をPMSのために飲み始める予定です。</p><p>鬱っぽい日が続いています。</p><p>&nbsp;</p><p>大して見ている人もいないので適当に書きますが、ほんと、できることなら全部なかったことにして誰も知らないところに行って偽名でも使って地味に生きたいわぁ。</p><p>そんな気分です。</p><p>&nbsp;</p><p>息子が熱が出たり下がったりしているので体温計で測っていますが、今朝夫が濡れた手で体温計を触ったかなんかでつかなくなっちゃって、替えのあんまり信頼性がないやつを使っているのですが、それだと低く体温がでてしまうので、ようわからんのですよね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>娘もイヤイヤ期でとりあえず言うこと聞いてくれんし、本人の好きにさせると変なところを触って夫が無理無理手を洗わせたりとかするし、夫がどうにも食器棚の上の電気ケトルを洗いたがって毎日洗うからニトリで買った安い棚の天板が水濡れで凹んで落ちてきそうになってるし。</p><p>てか、穴が開き始めてるし。ニトリの木材って、木くず（紙くず？）を糊で固めただけなのね。</p><p>天板の裏は水がしみるからカビるし。最悪。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>あーーーーーーとりあえず消えたいっすわぁ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ug408/entry-12675217194.html</link>
<pubDate>Tue, 18 May 2021 11:58:03 +0900</pubDate>
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<title>3月と４月は収入ないかもしれん。</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>新型コロナが嫌なのか、収入減にきちんと対応してくれない政府が嫌なのか。</p><p>政府ですね。政府。</p><p>&nbsp;</p><p>以前、ブログに書きましたが、夫の失業保険が切れました。</p><p>私の休職手当だけの生活になります。。。。</p><p>２歳の娘と０歳の息子を抱え、まぁまだ学費はかからないといっても娘の学資保険さえも元々かけられないくらい余裕がなかったのに、来月家賃は払えるのだろうかという状況に。。。</p><p>私は副業できない立場なので、これ以上収入を増やせないんですよね。</p><p>もう、いっそユーチューブとかやりたいですけど。</p><p>無理無理。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>おむつとミルクにお金がかかる…。</p><p>&nbsp;</p><p>生き延びなくては。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>生きなくてはね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ug408/entry-12658302512.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Feb 2021 16:44:37 +0900</pubDate>
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<title>昨年１２月、出産しました。</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>男の子が生まれました。</p><p>退院後は義実家に帰っていたのと娘の世話などで忙しく、ブログを書くのが久々になってしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>さて、近況ですが、</p><p>夫は発達障害ということは少しずつ自分で受け止めつつ、子どもが増えたことで気持ちを就職のほうにシフトしていくことができているようです。</p><p>自分のしたい仕事もありましたが、とにかく仕事を始めて収入を…という気持ちに持っていけているようです。</p><p>就労支援施設からも実習→就職の話をいただけているので、上手くその話が進んでくれると嬉しいのですが、１月に出た緊急事態宣言のおかげで実習が遠退き、解除後から実習となる予定です。</p><p>&nbsp;</p><p>夫は新しい環境になっていくことと二人の子どもの子育てもあるので、ストレスが大きいみたいで、すごく疲れてちょっとしたきっかけで訳が分からなくなり、暴れてしまうことが時々起こるようになりました。</p><p>感情の起伏が大きく、ガラスを割ってしまったときにはひどく自分を責めて片付けもできない状態になりました。（これは私が臨月で妊婦検診に行っている間にコレクションケースの扉を取り付けようと一人で頑張り、バランスを崩して割ってしまいました。連絡を受けた私が急いで帰り、片付けをしました。）</p><p>今回は寝室などの扉が開いている状態で私がごみだしの作業をしていて、その時に娘が寝室に入ってしまったことがきっかけで感情が爆発して泣きわめいて暴れ、壁に穴をあけてしまいました。</p><p>今でもその時のことを思い出すと、重たいため息が出ます。。。</p><p>外で、ましてや仕事でこの感情の爆発をしないといいのですが。。。</p><p>さすがに主治医に相談して新しい薬を出してもらいましたが、それを飲むとものすごく眠くなるようなので、これから仕事をするにあたっては実用的ではないので、いったん飲むのを中止してみています。</p><p>理性や自分の疲労感の把握などで、感情をコントロールできるようにならないとも思いますし、自分でも前兆（疲れすぎているなど）がわかるようなので、そこを育てていくのがいいかな、と思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>それとは別として、昨日、ハローワークから出ると言われていた失業手当の２か月分の延長が受けられなくなりました。</p><p>なぜかというと、夫は障がい者なので、すでに３００日分の失業手当の給付を受けているのですが、それを受けているからコロナでの失業手当の給付の延長はない、ということでした。</p><p>ハローワークの人も出ないなら出ないでぬか喜びさせずに初めからきちんと把握しておいてほしかったのですが、一回延長が受けられますよ、と夫に説明してから、最終月の申請の昨日になって、今月で終わりですと言ったので話が違うということになりました。</p><p>用紙を見てみるとあえて就業困難者はこれのうちに入らないという文言が書かれていたそうです。</p><p>はあ。。。</p><p>ため息しか出ません。</p><p>どうにか実習を早めてもらって就職を早められないかと頭を抱えています。</p><p>今の収入が私の休職手当と夫の失業手当に頼っているので、どうにかなってほしいです。。。</p><p>ていうか、お金ないんだから自分の趣味のもの買ってるんじゃないよ！と言いたいところですが、男性って結構そういうところで節約ってあんまりできないですよね。（そうでないしっかりした方もいるかとは思いますが）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そんなこんなで、２次選考で当たっていたポーの一族の舞台は払い戻しにして、夫が休むために娘を保育園に預けた後息子と二人で近所の児童館へ行き、時間をつぶして娘を早めに迎えに行く日になりました。（緊急事態宣言で払い戻し可になったのでそれはよかったですが、……見たかった）</p><p>直に暴力を振るわれたわけではありませんが、昔父の怒声を聞いて育ったので、男性が怒ったり大きな声を出したりするのがとても苦手なので、とにかく今は夫が大人しく家で休んでくれるようにするしかないですかね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Tue, 16 Feb 2021 10:44:57 +0900</pubDate>
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<title>お腹の張りが強い。</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><div><br></div><div>年末調整の時期。</div><div>私のところにも年末調整の用紙がやってきました。</div><div>上司がわざわざ帰省先に送ってくれたのに、保険の用紙が自宅に郵送されているので、主人と一緒に精神科の通院ついでに自宅に戻り、処理してから帰省先に帰るという移動続きの一日でした。</div><div><br></div><div>おかげで今日はお腹が張る事も多くて、少しずつ回復してきた主人と義母に娘をお願いして安静にしています。</div><div><br></div><div>こんな時は誰かとお喋りしてお茶でもしたくなる。</div><div>たまにしかないゆっくりな日。</div><div>生まれたら忙しいんだろうなぁ。</div><div><br></div><div>行きたかったポーの一族の先行予約は外れてしまいました…😢</div><div><br></div><div>主治医と話しても結局のところ発達障害はあるだろうけど曖昧な感じですね。</div><div><br></div><div>そんなもんだよね。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Wed, 28 Oct 2020 14:04:27 +0900</pubDate>
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<title>普通か普通でないか。</title>
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<![CDATA[ <div><br></div>主人の体調が悪く、全く動けないことが続いていたので、娘を預けていた義実家に主人と私も先週帰省しました。<div><br></div><div>義実家に帰ると家事も手伝ったり娘の世話もあるので大変ですが、帰省してすでに一週間経ちました。</div><div>その間に主治医のところに一緒に通院してこの一週間の経過を話したりして、主人の体調が激変していることと、発達障害という言葉に苦しんでいることを伝えました。</div><div>薬を増やしてもらいました。</div><div>&nbsp;</div><div><br></div><div>発達障害という言葉は恐ろしいものですね。</div><div>今までと何ひとつ変わっていないのに、世界が一変してしまったようで、何かを判断するのが難しいみたいです。</div><div><br></div><div>&nbsp;</div><div>妊娠9ヶ月。</div><div>私も介護疲れが出てきました。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/ug408/entry-12633900648.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Oct 2020 18:28:38 +0900</pubDate>
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<title>ひたすら寝る一日。</title>
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<![CDATA[ 今日の主人は一日ずーっと寝ています。<div>ぐうたらしていると思うかもしれませんが、ちゃんとこれの繰り返しが元気の源に少しずつなっていくのです。</div><div>ゆっくり、焦らず。</div><div><br></div><div>ツレがうつになりまして</div><div><br></div><div>という映画を見ると、堺雅人さんが一日寝たり泣いたり、ちょっとよくなったりを繰り返しています。</div><div>私の主人もおんなじ。</div><div>私も時々おんなじ。</div><div>私は冬が弱いので、そろそろ自分でも気を付けなくてはなぁと思いつつ。</div><div><br></div><div>寝ている間に私は赤ちゃん用のスタイ兼ハンカチをこつこつ作るのでしたー。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201017/19/ug408/66/c1/j/o0607108014836321508.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201017/19/ug408/66/c1/j/o0607108014836321508.jpg" alt="" width="607" height="1080"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201017/19/ug408/0e/29/j/o0607108014836321511.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201017/19/ug408/0e/29/j/o0607108014836321511.jpg" alt="" width="607" height="1080"></a><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201017/19/ug408/8e/81/j/o0607108014836321513.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201017/19/ug408/8e/81/j/o0607108014836321513.jpg" alt="" width="607" height="1080"></a><div><br></div></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/ug408/entry-12632142704.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Oct 2020 19:10:25 +0900</pubDate>
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<title>実父との話</title>
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<![CDATA[ 昨日の出来事ですが、<div><br></div><div><br></div><div>実父とのラインで主人が発達障害と診断されたことや一昨日主人が包丁を持ち出して死のうとしたのを止めたことなどを伝えました。</div><div><br></div><div>どんな反応が返ってきたかというと…</div><div><br></div><div><br></div><div>「上の娘が生まれてから何回実家近くの神社に参拝したか？あんまりなおざりにすると神様も怒るかもよ」</div><div><br></div><div><br></div><div>でした。</div><div><br></div><div><br></div><div>は？</div><div><br></div><div>信心深くないと不幸になるし、発達障害になるの？意味わかんないんですけど草</div><div><br></div><div><br></div><div>と思う私。</div><div><br></div><div>カチンときて、数回そのやり取りの繰返しの後、埒があかず、電話をしました。</div><div><br></div><div>そうしたら怒鳴る怒鳴る。</div><div>どうでもいい何回参拝したか。</div><div><br></div><div>昔私がキリスト教の教会に通っていた頃、何度教会は金をくれない、教会に行くなと散々言って、教会にまで怒鳴り散らした電話をしていたその口が、何を言っているのやら。笑</div><div><br></div><div>産後私たち母子と上の子預かってくれる義実家から、それが決まる前に母子は実家に帰ろうかと思っていたのですが(３人は義実家への負担が大きいため)あまりにも男世帯の実家が清潔でないため、ハウスクリーニングを入れることを提案されたことにも腹を立て、「俺が暮らせるんだから新生児も暮らせる」という理論を展開して、家が汚いことを義実家に伝えたことをものすごく責めました。</div><div>(チャバネゴキブリやアシナガグモがよくでるくらい汚い実家なのです。恥ずかしながら)</div><div><br></div><div><br></div><div>さらに、主人に電話を代わり、働かないこと(実際働けないし就職支援施設に通っているんですけど)を責め、「じゃあ、おとうさんの所(自営業)では僕を雇ってくれるんですか？」と尋ねれば「雇わない」。</div><div><br></div><div><br></div><div>は？</div><div><br></div><div>散々あーだこーだと言って主人を責めて、結局「働けないなら子どもなんか作るな」と言いました。最低。笑</div><div>うんこですね。</div><div><br></div><div>妊娠したときに「子どもは何人いてもいい」と私に優しく言った父は、外面だったんですね。</div><div>本音を聞いて、私は逆にもう気を遣わなくていいやとすっきりしました。</div><div><br></div><div>ハウスクリーニングを入れて新生児と産後の母を迎えるつもりもない、孫の世話をする気もない、金を出す気もない(ちなみに私の高校、大学の奨学金は全額入学金含め私が自分で返済しています)、働けない旦那と離婚して帰ってこいとも言わない(面倒見る気がない)、最低最悪な実父だということが分かりました。</div><div><br></div><div><br></div><div>あ、私、一人で育ってこれたんだな、と気づいたことと、父との縁は切ってもいいかな、と思えたこと、父の本音はこれか、と分かったことは素晴らしい収穫でした。</div><div><br></div><div><br></div><div>そして父は主人に言ってはいけないことを言いました。</div><div>「脳足りんの乞食」</div><div>あなたの娘は脳足りんの乞食の妻です。よかったねー。笑</div><div>こんな差別意識しかない人間が、民生委員をしていました。もうやめてますけど。</div><div>というのも、親戚の立派な情の厚い叔父さんが民生委員をされて出所後の方のフォローなどをされていたのに憧れたからです。</div><div>足元にも及ばない倫理観しか持っていないくせに。笑</div><div>笑えますね。</div><div><br></div><div><br></div><div>主人は電話後、怒りのために元気でしたが、今日は意気消沈。</div><div>「障がい者は子ども生んじゃいけないのかな…」</div><div>泣いて言いました。</div><div><br></div><div>「私はあなたと出会って幸せだった。食卓の前の写真を見るたびに、その幸せそうな笑顔を見ると、人生であなたと出会ってからの6、7年はこんなに何度も幸せにしてくれたのだといつも思って涙がでる。それまでの人生の何倍もの幸せをたくさんくれてありがとう。</div><div>あなたがお腹の子を否定したら、本当に誰にも望まれなかった子になってしまう。</div><div>親に障害がなくっても最低な親は山ほどいる。障害があっても、この子が、娘が、幸せだと思える家庭を作ろう。」</div><div>「子どもに障害があるかもしれない…」</div><div>「じゃあ、私のお腹を刺していいよ。」</div><div>「障害がないかもしれない…」</div><div>「じゃあ、生んであげよう。幸せになろう。</div><div>私を幸せにしてくれてありがとう。結婚式も、プロポーズも、娘が生まれたときも、娘の誕生日も、全部幸せだった。</div><div>娘が生まれたときずっと保育園の送り迎えや病院や看病やお世話をしてくれてありがとう。立派なお父さんだよ。</div><div>うちの親なんてそんな小さい子どもの育て方も分からないんだから、あなたは立派だよ。ずっとずっと偉いよ。」</div><div>「偉いの？ぼくえらい？」</div><div>「偉いよ、立派よ」</div><div><br></div><div>その話をして、ようやく4時頃に外出する準備を始めることが出来ました。</div><div><br></div><div><br></div><div>長々とした文、失礼しました。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/ug408/entry-12631953234.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Oct 2020 19:36:23 +0900</pubDate>
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