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<title>knanknanのブログ</title>
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<title>松本清張の陰謀</title>
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<![CDATA[ 佐藤一の著作を読み、戦後史についての心の整理がついた。素晴らしい。第一、著者の名前がいい。平凡過ぎてＮＰＢなら登録名「ハジメ」とでもしただろう。感情的な表現が多いのは佐藤が行動の人だから。何しろ松川事件で死刑判決を言い渡されていたくらいなのだ。日本共産党にはガッカリだ。欧州の共産党や革命左翼がソ連から多額の援助を受けていたのと同様に、こちらも少なくとも１９５５年まではモスクワの指揮下にあったのだ。下山、三鷹、松川の三大国鉄事件に白鳥事件まで加え、日本の黒い霧を解き明かすとする論を張った清張の支離滅裂を指摘した佐藤一。やはり事実は小説より面白い。五全協、六全協もよくわかった。日本の司法制度が凡そまともに機能したためしがないことも。しかし、それは至極当然ではあった。左翼運動が欺瞞に満ち溢れていたとしても、そのこと自体が日本の支配体制の健全さや正当性を示唆することは一切ないのだから。六全協がよくわかったとは言え、国際共産主義運動が何だったのかは依然謎のままだ。地政学を知らない理想主義者たちを<br>だまして利用した一部権力者たちの勢力拡大運動だったのか。大義名分はいつでもなんとでも作れる、という典型例か？<br>
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<pubDate>Sat, 17 Aug 2019 09:24:12 +0900</pubDate>
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<title>日本の夜と霧</title>
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<![CDATA[ 大島渚監督の「愛と希望の街(鳩を売る少年)」、「日本の夜と霧」を続けて見る。前者はともかく、後者について現時点で有意義な映画評、あるいは的外れでない感想を書ける人物が存命しているとは思えない。６０年安保闘争とそれに先立つ１０年少しの間の民主あるいは革命闘争の現場を知らなければ、どんな批評も皮相なものにしかなり得ないだろう。映画の中で誰も日本共産党とは言ってなかったのではないか。前衛党とは言っていた。党派内部に体制側のスパイがいるのではないかと疑心暗鬼にかられるのはすでに歴史の必然か。役者は大抵の役を演じられるとは言え、津川雅彦のその後の役者人生の中で階級闘争に関する台詞をしゃべる場面が一度でもあったのだろうか？日本の社会はあまりにも変わってしまった。戦前と戦後の違いと同様に、戦後しばらくと高度成長期以降との間には断絶と呼びたくなるほどの相違がある。高橋和己の小説でも読めば、少しは当時の雰囲気が偲べるだろうか？現時点の政治常識に基づいてアナクロニズムを指摘したり、スターリン主義批判や社会主義国の失政をあげつらうのは全く的外れでしかないだろう。
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<link>https://ameblo.jp/ujanorrain/entry-12502604543.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Aug 2019 20:07:13 +0900</pubDate>
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<title>風立ちぬ</title>
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<![CDATA[ スタジオジブリのアニメ映画「風立ちぬ」をテレビで観る。興行収入最優先ならおそらくは選ばれなかったであろう題材を取り上げており、その点では好感が持てる。とは言え、単なる思いつきのような発案から作品までの距離がとても短く唖然とするほかない。堀辰雄に堀越二郎をつなぎ、離れないよう接着剤に荒井由美の「ヒコーキ雲」を用いる荒業は海外での反響がどうだったのか、大いに疑問が残る。しかし、宮崎が百田と合わないのはよくわかったし、心情的には宮崎は百田よりよほど人間らしいものを備えていると思う。本作品を見た多くの青少年たちに感動を与え、その情操が育まれたのであれは本作は成功したと言っていいだろう。<br>
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<pubDate>Sun, 14 Apr 2019 16:09:37 +0900</pubDate>
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<title>タクシー運転手</title>
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<![CDATA[ 韓国映画「タクシー運転手約束は海を越えて」を機内映画で観る。光州の民主化運動を弾圧した当局の意志が韓国の国家意志ではなく一地方治安当局ないし軍の一部のローカルな跳ね上がりだったと捉えなければ到底説明のつかないような手ぬるいハッピーエンディングではあったが、このごまかしがなくては娯楽映画が成立しなかったのだろう。１９８０年のこの事件は自分でもよく覚えているし、「されどわれらが日々」の六全協などピンと来ない自分には、リアルタイム青春時代のこれがまさしく踏み絵だった。損得ではなく義憤で動く韓国の庶民は実に素朴ですがすがしいし、民主主義の担い手としては隣国日本よりはるかに優秀だろう。しかしデモ隊が街頭で殲滅され虐殺されるのは日本では考えられない。機動隊員の手荒な実力行使で結果的に学生が死亡した事例なら皆無ではないだろうがそれが権力の意志だったとまでは言えないだろう。踏み絵と言うからには自分はどうだを答えないわけにはいかないので一言。いいんじゃないの、他国のことだし。当時の韓国の軍事政権と日本の<br>支配権力とは協力関係にあったのだから、何も声をあげなかったのは間接的には日本国民として弾圧に手を貸したことにはなる。望ましいことではないが、自国の反動どもに楯突いて人生が生きづらくなるのは今も昔も願い下げ。実際、映画製作者だってこの映画をコメディタッチにしか作れなかったではないか。世の中テキトーに生きている。殉教者はほんの一握りだ。事件当時よく言われた全羅南道への差別は映画には描かれていないし、実際のところはわからない。沖縄の人なら何か思うところがあるだろうか？済州島、光州といい、朝鮮戦争の時の中学校校庭での生徒虐殺といい、この地の血生臭さの根はどこにあるのか？あの頃、事件に憤慨していた同級生は今どうしているのだろう？君は政治的人間だと言ったら、政治的人間ではなく社会的人間だと答えた。社会運動が市民の義務と考えたか。こちらは時の過ぎ行くままに身をまかせて落ちてゆくつもりだと持論を披露したものだった。懐かしき政治的踏み絵、あるいは社会的踏み絵。四十年踏み続けたらすでに絵の体裁をなしていな<br>い。近年は地雷を踏まないように気をつけてはいるけれど。三十八度線に埋設されているのは本物の地雷、自分が言うのは比喩としての地雷。それにしても傑作映画だった。同じく機内で観た類似テーマの韓国映画「１９８７、ある闘いの真実」があまたある駄作のひとつだったのとは好対照だった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ujanorrain/entry-12402781445.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Sep 2018 10:47:02 +0900</pubDate>
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<title>奄美大島</title>
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<![CDATA[ 奄美大島への三泊四日の旅を思い立つ。定番の観光スポットを巡りながら何が見えるだろう？本土の犠牲になっている沖縄。奄美はどうか？壮絶な地上戦で多数の住民の命を奪い、戦後は核兵器の要塞島と化した沖縄。奄美には同様の問題はないのだろうか？名瀬空襲や加計呂島の海軍特攻隊の話しか出てこないのはなぜか？軍事的でなく経済的な収奪の構造があるのか？<br>
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<link>https://ameblo.jp/ujanorrain/entry-12341153439.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Jan 2018 08:15:37 +0900</pubDate>
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<title>カニ</title>
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<![CDATA[ 金沢にて、北関東にある都市と同名の割烹に入る。カニで有名な店だ。カウンターの目の前に運ばれてきてこれから食べようというときに高齢の女性店員が言った。「写真撮りますか？」。なんという時代になったんだろう？おぞましく、吐き気がする。ＳＮＳ地獄とはこのことか？公共意識が限りなく後退し、私が限りなく前進した私たちの織り成す世界。他人が食したカニの写真を見て、いいねを押すなんて筋金入りのトップセールスマンにしか出来ない芸当のように思うのだが。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ujanorrain/entry-12334108266.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Dec 2017 06:19:39 +0900</pubDate>
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<title>出国者激減？</title>
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<![CDATA[ 旅先で悪夢を見る。タイでクーデター発生し、現地滞在中の多くの日本人に犠牲が出た。火の粉が飛び交うビルに集められた人々は伏せた姿勢を取るよう命じられ、熱風に我慢できずに起き上がると兵士に銃殺された。いわばＩＳのテロの首都バンコク市内同時多発のようだった。自分はその場を離れようと走って逃げつつ考える。この事件を契機に日本人の出国は激減するだろう。直前の１０分の１以下といった壊滅的な数字にまで落ち込むだろう。バングラデシュのカフェ事件の比ではない惨劇。旅人の心安らぐ仏教国、アジアのオアシス、タイでこんな事態が起こるのでは海外旅行はほとんどが命懸けになる。そこまで危険を冒す価値はまずないだろうと思ったところで目が覚めた。意識の上では不安もストレスもいつもと変わらないのにどうしたことか。潜在意識のなせるわざか。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ujanorrain/entry-12327310569.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Nov 2017 21:54:05 +0900</pubDate>
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<title>性の公共を考える２</title>
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<![CDATA[ 性の公共に触発されて思考実験を試みる。悲惨なケースを想定する。買う男と売る女。男は足の悪い年金生活者で７０代の癇癪持ち。女は生活保護申請が毎度はねられるシングルで無口な６０代。二人の一部始終を漫画に描くとどうなるか。昭和枯れススキが光り輝く男女のハッピー物語に見えてくることが容易に予想される。勃起できないのを女のせいと決めつけて相手をなじる男。嵐が過ぎるのを待つ女。性の公共の活動家たちはこうした現実を直視することから始めていくのだろう。漫画なら読める。人生の陰を見れば光の理解も深まるのか。老人エロ漫画からさらに進んで老老エロ漫画なる領域が誕生するのだろうか。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ujanorrain/entry-12327114987.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Nov 2017 07:48:32 +0900</pubDate>
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<title>性の公共を考える</title>
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<![CDATA[ Ｍ行きのＡ航空機の機内が暑くて眠れず昨日知った耳慣れない言葉を考える。性の公共。素晴らしい言葉だと思うし、運動の主宰者にはエールを送りたい。だが、自分自身の本音では現実に自分が関わりを持つことは考えられない。汚なくて気持ち悪くてたまらない。感情に対する理性の優位が必要とは思うが、気持ち悪さを理性で押さえつけるのは自分には無理だ。菜食の高野山宿坊に泊まり夕飯を食べて納得して眠ったが翌朝の朝飯で心が折れた。せめて玉子が欲しかった。玉子くらい認めて欲しい。玉子さえ駄目なら自分には菜食主義は完全に無理だと思ったあの感覚が甦る。感覚や感情に理性が白旗を上げる。性的な許容で言えば、中高年女性マッサージ師にマッサージを受けるあたりが自分の限界だ。立派な性の公共のための勇者たちの活躍は心から応援したいが自分にははなから無理だと思う。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ujanorrain/entry-12327114694.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Nov 2017 07:46:55 +0900</pubDate>
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<title>明日は東京マラソン</title>
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<![CDATA[ 明日は東京マラソン。三度目の参加になるが、いまだもって直前１週間の過ごし方に迷いがある。今回選んだのは冬眠型。ひたすらじっとして過ごす。昨日ビッグサイトまでゼッケンもらいに行ったのが久しぶりの多めのエネルギー消費だった。昨日ついにタイツを買った。明日はタイツ着用の予定。無酸素登頂の登山者がいきなり酸素ボンベを背負うようで抵抗感があるがルール違反ではないのだからモノは試し。ろくに準備もせずに冗談でお祭り気分で出走するのはこれが最後にしたい。最後尾スタートがなんとも恨めしい。周りの超スローペースに付き合う時間が長すぎると、飛び出す機会を失ってしまう。いやいや自分にはこのレベルのランナーたちと並走するのがお似合いだと自嘲しつつ、ゴール後に「今日は運動不足」と強がるのがいつものパターンではある。意識を高く持ち、歩かず、走れ。自分も、そして自分の周りの超スローペースのランナーたちも。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ujanorrain/entry-12250999799.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Feb 2017 07:02:21 +0900</pubDate>
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