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<title>名前を見れば歴史の真実が見えてくる</title>
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<description>歴史について語ります。テーマは「名前」。中世を中心に日本史全体を見ていきます。夢想に基づく主観たっぷりの内容になると思いますが、専門家ではないのでご容赦を。</description>
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<title>「頼」の字には意味がある</title>
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<![CDATA[ <p>頼朝の「頼」には大きな意味が込められていたんじゃないかと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>実は頼朝の家系は、元々「頼」が通字（とおりじ）の家でした。</p><p>頼義以降、「義」が通字になります。</p><p>&nbsp;</p><p>通字の変更は分家が独立するときに見られるパターンです。</p><p>家を興した初代の名前の一文字を代々受け継ぐからです。</p><p>&nbsp;</p><p>つまり、頼義の系統は、本来嫡流ではなく、傍流であったということになるのです。</p><p>元木泰雄先生の説によりますと、頼義の兄弟の頼清こそが頼信の嫡男だったのではないかとのこと。</p><p>この頼清、息子のせいで失脚してしまい、没落の道を辿ります。</p><p>&nbsp;</p><p>失われた「頼」の字の家を再興する。これが頼朝が「頼」が付いている理由だと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>こうして見ると、義朝の壮大な夢が浮き上がってきます。</p><p>「頼」の字の家を復活させて更に公卿の家格を目指す、そんな意図が込められているんじゃないでしょうか？</p><p>&nbsp;</p><p>次は義朝と為義です。</p>
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<pubDate>Thu, 02 May 2019 19:40:11 +0900</pubDate>
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<title>なぜ源頼朝は頼朝なのか？</title>
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<![CDATA[ <p>考えてみればおかしな話です。</p><p>お父さんは「義朝」、そして彼の属する河内源氏の嫡流の惣領たる人には大抵「義」の字がついています。</p><p>頼義、義家、義親、為義</p><p>なんで頼朝だけ付いていない？</p><p>義朝の長男は義平だけれども嫡男は三男の頼朝だったということですが、名前を見ると義平の方が嫡男っぽいんですよね。</p><p>ふしぎ、不思議。</p><p>&nbsp;</p><p>ってな疑問が沸々と湧いてきまして、考えているうちにハタと閃いた訳です。</p><p>&nbsp;</p><p>続きは追い追い。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ujikabane/entry-12458473085.html</link>
<pubDate>Thu, 02 May 2019 18:54:11 +0900</pubDate>
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