<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>stepanoのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/ultrasmile777/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/ultrasmile777/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>爆発する知の世界を、神様の心情で抱擁する、心情文化ブログ。真理と真実の出合いが、今ここから始まる！！！</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>顔を見合わせることもないチーム</title>
<description>
<![CDATA[ 山中さんインタビュー<br><br>憧れの山中さんがカッコイイことを言っおられたので、ＵＰします。<br><font color="#0000FF">『長い年月、顔を見合わせることもないチームですが、その一員になりたい。』</font><br>神様の手足口になるとはそういう心構えのことだ。<br><br>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br><br>、、、<br>研究というのは、世代を越えて脈々と続いて。あるところで実用化されたり、そこには過去のたくさんの方の血と涙の結晶がずっとある。<br>僕もそれでいいと思っていた。その脈々と続く一人になりたいと。<br>100年後に役立ちたい。自分の生きている間は役に立たないかもしれない。<br>いいじゃないか。すぐに実用化が見えていることじゃなく、今も全然できないようなことを将来できるようにしたい。<br>長い年月、顔を見合わせることもないチームですが、その一員になりたい。<br>そういう気持ちで研究していました、、<br><br><br><iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/JJ65vERcTFM" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ultrasmile777/entry-11426317238.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Dec 2012 17:38:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>「大発見の思考法」</title>
<description>
<![CDATA[ ノーベル賞の興奮さめやらぬ中、iPS細胞の山中先生が、同じく4年前にノーベル物理学賞を受賞された益川先生と対談されていた。<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E5%A4%A7%E7%99%BA%E8%A6%8B%E3%80%8D%E3%81%AE%E6%80%9D%E8%80%83%E6%B3%95-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%B1%B1%E4%B8%AD-%E4%BC%B8%E5%BC%A5/dp/4166607898" target="_self">「大発見の思考法」</a><br><br>その中で、感動させられたところを紹介します。<br><br><br>***************************************************************<br><br>第三章　考えるとは感動することだ<br><br>大学院の入試の面接では、当然薬理学のことをいろいろ質問されるわけですね。私は医学部学生時代にちょっとだけ習った知識を総動員して答えたのですが、すぐにボロが出て追い詰められて。「うわ、これは落ちるな」と思いました。<br><br>それで面接の最後に、<font color="#FF0000">「先生、僕は薬理のこと何もわかりません。でも、研究したいんです！だから通してください！」</font>と訴えたところ、合格しました。<br>先日その先生にお会いした時、「あの時、叫ばへんかったら落としてたよ」と言われました（笑）<br><br>**************************************************************<br><br><br>信仰も同じだ。<font color="#0000FF">「神様、僕は神様のこと何もわかりません。でも、孝行したいんです！だから導いてください！」</font><br><br><br>ぎりぎりの時に、心からこう叫べるかどうかが、信仰者として立ちあがる出発点になるのだろう。<br><br>私たちの5%の責任は、神様に叫び続けることだ。<br><br>その祈りが世界を動かす。<br><br><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/uc/"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fuc%2Fimg%2Foriginalimg%2F0000008214.jpg" width="82" height="82" border="0" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ"></a><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/uc/">にほんブログ村</a><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ultrasmile777/entry-11393349091.html</link>
<pubDate>Wed, 31 Oct 2012 19:08:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>千年の都京都から千年王国の建設</title>
<description>
<![CDATA[ 地元が京都なだけに、京都ファーザーズには情がいく。<br><a href="http://uc-fot.at.webry.info/" target="_self">京都ファーザーズのブログ</a>を見ていたら、リンクで<a href="http://www.uckyoto.org/kyoukaichou.htm" target="_self">京都教会のＨＰ</a>に飛んだ。<br><br>京都教区長の説教の内容がコンパクトに本質をまとめていたので、おっと思って載せました。がんばれ京都！ノーベル賞もとったし、京都の時代が来るぞ！<br>千年の都京都から千年王国の建設だ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/173.gif" alt="アップ"><br><br><br>/////////////////////////////////////////////////////////////////<br><br>1992年4月1日にお父様が日本に来られた折に、み言を語られながら揮毫をされたものがあります。その揮毫が何かと言えば「夢と理念実現」であります。夢の話をされました。その後、お父様は記念植樹として梅の木を植えられたのです。私はアボジが植えた木は梅ではなくて「夢」であると思っています。アボジは夢を植えられたのだと、だから揮毫も夢であったのだと思いました。それでは、<font color="#800080">アボジが植えた夢の木は誰でしょうか？ここにいる私達であると思います。ここにいる私達は真の父母様の夢の木であります。</font>その夢の木を実らせるために何をどのようにしたら良いかということで、京都の食口の皆様と共に約束する5つの項目を私は持っています。 <br><br>　１番目、<font color="#FF1493">祈る教会を作ること</font>です。信仰者は祈りがあってこそ、自分の心を健康に保つことができますので、一日でも抜けてはいけないことは祈ることではないかと思い、それで祈祷会を充実させていきたいと考えています。<br><br>　 2番目、<font color="#0000FF">動く教会</font>であります。流れていない水は腐りますが、流れている水は腐らないのです。信仰者も動かないと腐ってしまうのです。自分が生きている信仰をする為にも私達は動かなければいけないのであります。どのように動かすかという使命が私にあります。<br><br>　3番目、<font color="#800080">祝福する教会</font>であります。統一教会に何の為に入ったのかと聞かれれば、一言で祝福を受ける為に来た、祝福があるのでここに来た。何のために信仰しているとすれば祝福を連結するためにこの信仰をしているのであります。祝福の権限を持っている方は、唯一のメシヤである真の父母様でしかないのでありますので、真の父母様から受けた祝福を自分のものだけではなく、氏族、国家、世界のものとして連結するために私はこの信仰をしているのであります。 <br><br>　4番目、<font color="#FF0000">二世を考える教会</font>であります。祝福二世であり、信仰二世であり、二世を考えていきたいと思っています。統一教会には5万人の祝福二世がいます。この二世をどうするのか。統一教会の将来はどこにあるのか。二世にあると私は思います。私は二世を考えるにおいて、産んだものだから祝福二世であり食口であるのではなく、外のメンバーを伝道するよりも2倍3倍力を投入していかなければならないのが祝福二世であると思います。その面において一緒に考えていきたいです。 <br><br>　5番目、<font color="#33CC00">み旨と共にする教会</font>であります。み旨と共にすることは、アボジと方向性を合わせることであります。自分なりに頑張った、それが時には問題になることがあります。今どんな信仰をしているのか。アボジが待っているのに、どこへ走っているのか。私達は一緒に考えるべきではないかと思います。 <br><br><br>　最後になりますが、今私達はどんな時代に生きているのかとすれば、<font color="#FF0000">千年王国を建設しようとしていく時代に生きている</font>のであります。千年の都京都から千年王国の建設の旗を掲げてまいりましょう。<br> <br><br>京都教区長　李 炯燮<br><br><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/uc/"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fuc%2Fimg%2Foriginalimg%2F0000008214.jpg" width="82" height="82" border="0" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ"></a><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/uc/">にほんブログ村</a><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ultrasmile777/entry-11386791266.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Oct 2012 17:39:40 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>弔問日記</title>
<description>
<![CDATA[ 9/7~9/9まで、清平に弔問に行かせて頂いた。<br>忙しい日常の中、お父様が呼んでくださったのだろう。<br><br>予定や金銭的な問題で、一時渡韓にとまどったものの、行くと決めれば全部神様と霊界が整えてくださった。本当に感謝であった。<br><br>聞けば、ご聖体にお会いできる最後の機会だという。<br><br>基元節までに日本にお迎えしようという想いや、基元節には韓国に行ってご父母様にいい報告をしようという想いはよく抱いていたが、まさかご聖体にご挨拶にいくとは微塵も思っていなかった。<br><br>ほとんどの食口がそうだろう。。<br><br>清平に着いて、初めて見る完成したワールドセンター。<br>聞くところによると、お父様の聖和の為に造られたそうだ。<br>屋根が広げた翼に見える。なるほど、霊界に飛んでいくにふさわしい雄々しい建築だ。<br>左翼と右翼を統合し、頭翼となって世界を霊界を駆け巡る、まさにWORLD CENTERである。<br><br>原理講論を手にされたお写真が大きな絵になっている。<br>写真ではなく、絵なんだ、、とふと思った。<br><br>午後は天正宮でご聖体にお会いする予定だが、バスの待ち時間が内外ともに半端じゃない。<br><br>バスを待ちながら、目の前のワールドセンターの弔問の列が、階段を越えて、道路にまではみ出しているのが見える。<br><br>何時間も待つのも厭わずに弔問に並ぶ食口のお父様を慕う心情もずば抜けているが、お父様は、これだけの人の命を救って来られたんだ、と思うとまさに救い主のご苦労と栄光の両方を目の当たりにしているような気がした。<br><br><br>天正宮に入ったその神々しさといったら、表現のしようがなかった。<br><br>純白に輝く建物と、背後の山と庭の木々の緑、頭上に広がる空の青さが、美しい太陽の光を中心に見事な調和を見せてくれていた。<br><br>天国とはこのようなところなんだ、と直感的に思った。<br><br>霊界がお父様の聖和を祝福し、私たちの参拝をお父様が迎えてくださっているかのような、喜びと恍惚感に満たされながら、天聖宮に入宮した。<br><br><br>階段の下で５列になって、ご聖体の安置されている部屋に入るのを待つ。<br><br>涙を流しながら階段を降りて来られる女性もおられる。<br><br>自分といったら冷静なもので、天正宮の建物内部の装飾の美しさや雰囲気の神聖さに、ずっと惹きつけられていた。<br><br>これほど高貴な建物に住むには、人格的にも高貴でなければならない。そうでなければ逆に居心地が悪いだろう。<br><br>柱や床の大理石から、扉に使われている木まで、本当に立派な物が使われいて、一切手抜きがない。<br><br>当然といえば当然かもしれないが、この建物の神聖なたたずまい自体が、真のご父母様が本物であることを証明しているような気がした。<br><br><br>そして、荷物を降ろし、靴を脱いで、ご聖体の安置されている部屋に入った。<br><br>少し離れたところに横たわったお父様が見える。<br><br><br><br>小さくなられた。。<br><br><br><br>あれほどの霊力と眼光を放っておられたお父様はそこにはおられない。<br><br>ただ、防腐処理された肉体が横たわっていた。。<br><br><br><br>そうか、本当に行かれたんだな。と思うと同時に、<br><br>あれほどの霊人体が霊界に行かれたことの影響のとてつもない大きさを考えた。<br><br><br>肉体は静かだ。死は肉の眼で見れば、あまりにも明確だ。動かない事実としてそこにあった。<br><br><br>目の前数メートルにまで近づいて対することができた。<br><br>近づいた一瞬、涙が出そうになったが、出なかった。<br><br>横たわった聖体を目の前にして、私がなぜ、今、ここに、こうして立っているのか、不思議な気持ちになった。<br><br>もちろん、考えてもわからない。言葉も出てこない。<br><br>祈れといわれても、何も言葉が出て来ない。<br><br><br>昨年おじいちゃんが亡くなった時は、出棺の時、涙が止まらなかった。。家族全員が涙した。<br><br>なのに今は、涙すら出ない。<br><br>ただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。言葉を探したが、どんなふさわしい言葉も見つからなかった。<br><br><br>国進さまが険しく切ない表情でお辞儀をされた。<br><br>お辞儀をお返しし、部屋を出た。<br><br><br><br>階段を降りながら、一緒に入った同じ教会の兄弟とも何も話さなかった。いや、話せなかった。<br><br>喪失感とも、申し訳なさともいえない、大きく深い事実を我々は引き受けた、という衝撃が自分たちの小さな心の器を駆け抜けていることを暗黙のうちに共有した。<br><br><br>天正宮の真珠門を出ようとしたとき、ひらひらと何かが舞い降りて、真珠門の柱の下にとまった。<br><br><br>「トノサマバッタだ！」<br><br><br>思わず叫んだ。<br><br>何十年振りに見ただろう。力強い後ろ足を曲げながら、若々しい緑色の体が光り輝いていた。<br><br><br>「お父様が来られたね！」<br><br><br>隣の兄弟が笑っていた。<br><br><br><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/uc/"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fuc%2Fimg%2Foriginalimg%2F0000008214.jpg" width="82" height="82" border="0" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ"></a><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/uc/">にほんブログ村</a><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ultrasmile777/entry-11352535795.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Sep 2012 00:48:24 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>KoreaとJapanが一つに。</title>
<description>
<![CDATA[ 本心は何が正しいかわかる。<br>ポピュリズムでごまかされる時代は終わった。<br><br><br><iframe width="420" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/kXqWJNOAX8M" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ultrasmile777/entry-11331580854.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Aug 2012 13:59:13 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母は強し。</title>
<description>
<![CDATA[ <font size="3">すごいな。<br>あまりの集中力に霊界が協助してる。<br>感動した。母は強し。<br><br>ありがとう日本。<br>ありがとう日本。</font><br><br><iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/8HMR2wvffss" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ultrasmile777/entry-11322137953.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Aug 2012 01:58:54 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>夜の神様と昼の神様とはいったい誰か？②</title>
<description>
<![CDATA[ <font size="3">私たちは、アボジのみ言を理解しようとする際、次の４つの言葉の違いに翻弄される。<br><br>①<font color="#800080">万王の王</font><br>②<font color="#0000FF">夜の神様</font><br>③<font color="#FF0000">昼の神様</font><br>④<font color="#FF1493">真の父母</font><br><br>この４つは何が異なり、何が同じなのか。<br>私たちが天地人真の父母様の価値を悟るためには、避けては通れない道である。<br><br>下は、もちろん個人的な解釈にすぎないが、参考にして頂ければ幸いである。<br>色の違いに注目してもらうとわかりやすいと思う。<br><br>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br><br>最近、「神様の結婚」というみ言をよく耳にする。<br><br>＊『<font color="#800080">エデンの園の創造主</font>も（人間の堕落で）結婚できなかったので、<font color="#0000FF">夜の神様</font>、<font color="#FF0000">昼の神様</font>を知りませんでした。』<br><br>＊『堕落以降、<font color="#0000FF">「夜の神様」</font><font color="#FF0000">「昼の神様」</font>が争いを始めた。』<br><br>＊『基元節は、「神様の結婚式」である』<br><br><br>まず、この一番上の<font color="#800080">エデンの園の創造主</font>とは誰だろうか？<br><br>み言をみてみよう。<br><br>『絶対、唯一、不変、永遠の本体であられる<font color="#800080">夜昼の神様</font>がご自身の愛を魂として吹き込み創造した人間始祖が堕落しなかったならば、神様のような基準まで完成し、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の道理を尽くして、永生するようになったでしょう。』<br><br>つまり、創造主は、絶対、唯一、不変、永遠の本体であり、<font color="#0000FF">夜の神様</font>と<font color="#FF0000">昼の神様</font><font color="#800080">が合わさった中和体</font>であることが理解できる。<br><br><br>確認のため、もう一つみ言を見てみよう。<br><br>『ただお一人であられる万人の先祖、そのかたを「お一人のおかた」、すなわち<font color="#800080">「ハナニム」</font>と呼び主人<font color="#800080">(昼と夜の創造主)</font>として侍ってきたのであり、したがって、すべての数の根源も「ハナ（一）、トゥル（二）」から始まったのです。このような「<font color="#800080">ハナニム（神様）</font>」を原初の先祖として侍ってきた民族なので、、、』<br><br>お父様が神様と言われるのは、この<font color="#800080">「ハナニム」</font>のことを意味している。また、わざわざハナニムのことを<font color="#800080">（昼と夜の創造主）</font>と表現されているのは、単に時間的な昼と夜のことを言っているのではない。<font color="#0000FF">夜の神様</font>と<font color="#FF0000">昼の神様</font>が、<font color="#800080">ハナニム</font>から出て来られたことを示唆していると考えて間違いないだろう。<br><br>また、『皆様と皆様の家庭、そして国家の上に<font color="#800080">万王の王、神様</font>の祝福が共にあることをお祈りいたします。』というみ言から、この創造主ハナニムのことを<font color="#800080">「万王の王」</font>とも表現されている。<br><br>まとめると、アボニムがみ言で語られる「神様」とは、<br><br><font size="4"><font color="#800080">『昼の神様と夜の神様の中和体であり、絶対、唯一、不変、永遠の本体である万王の王』</font></font>を意味する。<br><br><br>では、<font color="#0000FF">夜の神様</font>とはどのような存在なのか？<br><br>夜の神様を原理的に言えば、<font color="#0000FF"><font color="#0000FF">「ハナニムの本性相の内的性相」</font></font>ということができる。簡単に言うと、<font color="#0000FF">「ハナニムの心の中の心」</font>である。<br><br>もっとわかりやすく言えば、<font color="#0000FF">「真の愛を核とした知、情、意の心のはたらきの全て」</font>である。<br><br>つまり、<font color="#0000FF">夜の神様</font>も<font color="#800080">「万王の王たるハナニム」</font>から生まれた存在だと考えられる。<br><br><br>では、<font color="#FF0000">昼の神様</font>とはどのような存在でいらっしゃるのか？<br><br>上と同じように考えれば、昼の神様も<font color="#800080">「万王の王たるハナニム」</font>から生まれた存在であり、原理的に言えば、<font color="#FF0000">「ハナニムの本性相の内的形状」</font>。簡単に言うと、<font color="#FF0000">「ハナニムの心の中の体」</font>である。<br><br>もっとわかりやすく言えば、<font color="#FF0000">「観念、概念、数理などの法則性の全て」</font>である。<br><br>科学者たちが熱狂的に憧れ、追究するのもこの<font color="#FF0000">昼の神様</font>であるが、<font color="#800080">創造主たるハナニム</font>の一部ではあっても、ハナニムそのものではない。<br><br>これは、上で述べた「真の愛を核とした知、情、意の心のはたらきの根源」である夜の神様と比べて、より外的であり、受動的であり、対象的である。<br><br>そしてこのことから、アボニムは、「<font color="#0000FF">夜の神様は男性的であり、</font><font color="#FF0000">昼の神様は女性的である</font>」とおっしゃる。<br><br><br>この<font color="#0000FF">夜の神様</font>と<font color="#FF0000">昼の神様</font>が堕落以降、争いを始めたのだという。そしてその結果、創造主でいらっしゃる<font color="#800080">ハナニム</font>も<font color="#0000FF">夜の神様</font>と<font color="#FF0000">昼の神様</font>と一緒にいることはできなかった、のだという。。<br><br>このみ言から私たちは、何を悟り、感じ取らなければならないのか。。<br>次回、より深く迫ってみたい。<br></font><br><br><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/uc/"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fuc%2Fimg%2Foriginalimg%2F0000008214.jpg" width="82" height="82" border="0" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ"></a><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/uc/">にほんブログ村</a><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ultrasmile777/entry-11293761732.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Jul 2012 00:37:43 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>夜の神様と昼の神様とはいったい誰か？</title>
<description>
<![CDATA[ 昨日「聖書に親しむ会」で盛り上がった<font color="#FF1493">『夜の神様、昼の神様』</font>。<br><br>さまざまな意見が出されていますが、統一思想の原相論（神様とは一体どういう存在なのか？）に立ち返って考えてみなければならないと思います。<br><br>ひとまず、これまで私たちが受け取ってきた<font color="#FF1493">『夜の神様、昼の神様』</font>に関するアボジと世界会長のポイントとなるみ言を下に挙げました。一つ一つがキリストの存在の価値に迫る奥深い内容です。。<br><br>もう一つ、<font color="#FF1493">『夜の神様、昼の神様』</font>についての内容を匂わせる、2004年にアボジご自身が語られた内容があります。これと比較すれば、より今語られている『夜の神様、昼の神様』が理解できると思います。<br><br>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br><br><font size="3">『<font color="#0000FF">エデンの園の創造主も（人間の堕落で）結婚できなかったので、夜の神様、昼の神様を知りませんでした。堕落した後に夜の神様、昼の神様が争いを始め</font>、中間でこのようになってしまったので、その血統を受けて生まれた人類は、心と体の中間に願わない血統が位置を占め、その血統を受けて生まれた人は、心と体が闘わない人がいないのです。』<br><br><br>『人間始祖の堕落によって引き起こされた<font color="#0000FF">夜の神様、昼の神様、万王の王、そして真の父母、このように四大代表王たちの歴史的な葛藤と闘争も、ついに天地人真の父母様によって完全に解決</font>されました。』<br><br><br>『<font color="#FF0000">夜の神様は男性であり、昼の神様は女性である</font>』<br><br><br>『<font color="#FF0000">真のお母様は昼の神様から来られた</font>』<br><br><br>『私は根本的にあなた方とは違う。<font color="#0000FF">わたしは、夜の神様の管理を受けるが、あなた方は昼の神様の管理を受ける。</font>』<br><br><br>『<font color="#0000FF">夜の神様は超越的な神様として全ての万物と時空間が創造される前の無の状態</font>、夜の暗い状態での見えない神様であり、<font color="#FF0000">有の状態、時空間の創造後歴史が始まった後の動きの神様、摂理の神様といえる存在が 即ち昼の神様です。</font>』（世界会長のみ言）<br><br>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br><br>【静的な神様】<br><font color="#0000FF">かすかな喜びで寝起きをされながら、いつでも、それを中心として挙動し、生活するというのが、創造される前の神様の姿</font>なのです。・・・“夜には、そのようにして、昼には、こうして”と、自分で考えて、良い考えを中心として授け受けすることができる心の中で、話をしながら暮らしていた時代が、創造前の神様です。<font color="#0000FF">“静的な性”</font>を合わせて暮らす時代なので、<font color="#0000FF">“静性安着”</font>です。<br>・・・神様が、二性性相の中和的存在としていらっしゃるときに、<font color="#0000FF">衝動は感じませんが、水平的愛を感じる</font>のです。 <font color="#0000FF">“静性安着一和統一世界”</font>です。<br><br><br>【動的な神様】<br><font color="#FF0000">なぜ、神様は創造なさったのでしょうか？ 刺激的で、衝動的な愛を感じるため</font>です。・・・それで、ここで“静的”な神様から、<font color="#FF0000">“動的”</font>な世界に移らなければなりません。・・・<font color="#FF0000">心と体が一つ</font>にならなければならず、一心、一体となり、一心、一体、一念です。考えも一つになった所において、核にならなければなりません。核です。一心、一体、一念、一核です。それは、核だけ動けば、すべてが移動していくのです。それが愛です。<br><br>その<font color="#FF0000">愛が何かというと、動的</font>です。<font color="#FF0000">“動性安着一和統一世界”</font>です。そのような構想によって、“静性”、“動性”の存在が核となり、神様の高次的な絶対信仰の基準、高い欲望の基準を満たすのです。その欲望の基準を満たすのは、独りではできません。・・・あるものを投入して、どこまで上がって行くのかというと、あの高い愛の理想まで上がって行くのです。そこまで補充してあげて、水平になるときには、一つになってしまうのです。<br>（文鮮明 『ファミリー』 2004年1月号）<br><br><br>（続く）<br></font><br><br><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/uc/"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fuc%2Fimg%2Foriginalimg%2F0000008214.jpg" width="82" height="82" border="0" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ"></a><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/uc/">にほんブログ村</a>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ultrasmile777/entry-11288202801.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Jun 2012 14:43:04 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>国を求めて、、⑥</title>
<description>
<![CDATA[ 最近、日本に韓国や中国からの留学生が本当に増えて来た。駅の案内看板にも、ハングルと中国語が目立つ。中国に世界進出の強い意向があることは確かだが、この現象はアジア圏の統合に向けてのサインかもしれない。そのためにも、まずは、<font color="#800080">「父国と母国の一体化による天一国の創建」が統一アジアへの生命線</font>であることは間違いない。まず神の国と神の義とを求めよう。<br><font size="3"><font color="#FF1493">『強い韓国、強い日本、強い天一国！！！』</font></font><br><br>******************************************************************************<br><font size="3">もし韓国を中心に、統一思想をその背後の思想として新しい一つの統一国家圏をつくり、アジアにその旗を掲げたとすれば、アメリカは再び平然と訪ねて来ざるを得ません。このような関係から見るとき、<font color="#0000FF">日本と韓国は一つになって新しい版図の基盤をつくり、アジアに影響を及ぼし、世界復帰の主体にならなければならない使命を持っていることを皆さんは考えなければなりません。</font><br><br><font color="#0000FF">一から百、一切の考えは神様の願う主権国家を復帰するためでなければなりません。国を復帰しなければならないのです。国がなければ何もできません。</font>もし先生がそのような目的を成し遂げることができずに死んだ場合には、とても残酷なことになります。<br><br>そのようになれば、神様が地上に先生を送られた目的を完成できなかったことになります。それを早く成し遂げなければ、今後において悲惨な宗教戦争に巻き込まれるようになるのです。そうなってはいけません。、、<font color="#FF0000">日本にいても、韓国復帰、天国復帰のために祈祷しなければなりません。韓国に関心を持って力を投入しなさい、血と涙と汗を流しなさい、そして悩んで祈りなさいというのです。</font><br><br>日本の統一教会の食口たちは、僑胞たちに、誠意を尽くし、国家を超越し、心情的に兄弟より以上の心情を持って接しなければなりません。、、日本の中においてそのような基盤をつくっておこうとする理由は、<font color="#FF0000">皆さんと韓国の僑胞と中国の華僑が結合しなければならない</font>からです。そのように一体となり、アジア的思想の結合圏を成し遂げることができれば、これは素晴らしいことになります。<font color="#FF0000">そのように結合すれば、一つ一つの国が復帰されていく</font>のです。<br><br>国を求めて、私たちは国を求めて進んでいます。その道は神様が今まで６千年間摂理して来られた道です。神様はイスラエル民族にイエス様を送って下さいましたが、彼らの不信によってイエス様は十字架にかかられました。その後、二千年間、キリスト教を発展させてきました。<br><font color="#FF1493">数千年の蕩減の代価を払って成就したこのキリスト教文化圏を結合させることが、私たちのすべきことです。</font>、、このような使命観に燃えて働いてくれることを先生は心の底から願っています。<br><br>　～文鮮明先生み言選集第４０巻　『国を求めて』1971/1/30～</font><br><br><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/uc/"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fuc%2Fimg%2Foriginalimg%2F0000008214.jpg" width="82" height="82" border="0" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ"></a><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/uc/">にほんブログ村</a>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ultrasmile777/entry-11287042952.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Jun 2012 23:20:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>国を求めて、、⑤</title>
<description>
<![CDATA[ 神の国を打ち立てるということは、結局、自分以上に隣の人の方が大切だと心から思えるかどうか、という<font color="#FF1493">心情の発露の問題</font>だ。心情の発露は何が握っているか。それが<font color="#FF0000">血統</font>である。<br>だから、<font color="#0000FF">血統転換なくてして神の国の実現はあり得ない。</font><br><br>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br><br><font size="3">全てのものを投入してでも神様の願う一つの主権国家をつくらなければなりません。アメリカの食口も、ヨーロッパの統一教会食口全体の願いもそれなのです。<font color="#0000FF">それを成し遂げなければ、世界的基盤を一度に構築することができません。</font><br><br>「日本民族は違う」と言うでしょう。しかし、感情が残っていては、絶対に神様のみ旨を遂行することはできません。韓国民族なら韓国民族に対して、立場などというそのような感情を持ってはいけません。それだけでなく、<font color="#0000FF">国を超越してカインとアベルのように、自分の血統以上に互いに愛さなければなりません。</font><br><br><font color="#FF0000">韓国の統一教会の食口同士で愛する愛より、韓国と日本の食口が互いに愛する愛のほうが強い人にならなければなりません。</font>そうならなければ世界的伝統になりません。そのような重大な立場にいることをみなさんは考えて、今から方向を転換していかなければ、神様が求めてこられた国を復帰することはできません。<br><br>皆さんが常に目標としなければならないことは、国を求めなければならないということです。<font color="#FF0000">もし日本の政策が韓国に反対する政策であれば、日本の食口たちは政府に対抗し、抗議することができる基盤を築かなければなりません。</font><br><br>もしも、地上で神様の願う国家を復帰することを自分の生涯で果たせない場合、皆さんは霊界に行っても天国に属する人としての価値を持つことはできません。<font color="#0000FF">地上で神様の主管圏内で統治されたという実績を持って、霊界に行かなければなりません。それが本来の創造基準なのです。</font><br><br><font color="#FF1493">国というものは、私たちの生涯においていかなる犠牲を払ってでも復帰しなければならない重要な目標です。伝道するのも、この目的のためです。</font>したがって、何がなんでも早く良い人たちを復帰して影響力を波及させることができるようにし、全ての力を一か所、主権復帰に向かって注がなければなりません。</font><br><br><br><br><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/uc/"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fuc%2Fimg%2Foriginalimg%2F0000008214.jpg" width="82" height="82" border="0" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ"></a><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/uc/">にほんブログ村</a><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ultrasmile777/entry-11281347700.html</link>
<pubDate>Tue, 19 Jun 2012 10:07:12 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
