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<title>月山羊</title>
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<title>作品名　面白いところ</title>
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<![CDATA[ <p>夏にYoutubeから離れる期間を作ってから、いくつかのストーリー系 (？) の作品に触れている。</p><p>&nbsp;</p><p>ドラマは、舟を編む・フェイクマミー・ぼくたちん家。今季は冬のなんかさ、春のなんかねを観ている。</p><p>アニメは、青ブタサンタクロース・着せ恋・薫る花・グノーシア。今季はグノーシアの続きと、違国日記を観ている。</p><p>本は、阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし・君はポラリス・コンビニ人間。現在は白いしるしと木暮荘物語を、読みかけのまま放置中。</p><p>映画は、桐島です・夜のピクニック・ローマ法王の休日。</p><p>ノベルゲームは、都市解・学マス。</p><p>漫画は、九龍ジェネリックロマンス。</p><p>それまで本以外の媒体にあまり興味をもってこなかった自分としては、わりと早いペースでそれらを吸収している。</p><p>&nbsp;</p><p>自分が2カ月ほど前に買ったコンビニ人間には、『文句なしに面白いっ！！』と書かれた帯がついている。</p><p>今日よく行く本屋にあったコンビニ人間には、『普通とは何なのか考えさせられた。自分の枠組みを破壊してくれた』という帯がついていた。</p><p>&nbsp;</p><p>正月にコンビニ人間を読み終えて、「自分はこのままでいいのか」と焦ったことを覚えている。自分もコンビニ人間の主人公（恵子）も、アルバイトを主軸に生きているという点で生き方が似ているものの、自分は自分のアルバイトを天職だとか誇りだとか、そういう風には思っていないからである。</p><p>つまり、コンビニ人間を面白いとは思わなかった。とにかく焦っただけだ。</p><p>普通とは何なのかについても、その後あまり考えなかった。「まあ恵子みたいな生き方もあるよね、自分は年齢的にもまだそこに落ち着いちゃいけないけど」と思ったくらいである。あとは、コンビニ人間はバッドエンドではなく、ハッピーエンドだとも思った。</p><p>&nbsp;</p><p>何で、こんな感想になってしまったんだろう。</p><p>自分の感性が死んでいるから？本を読む前に背表紙を読んで、おおよその展開を知ったから？店頭でポップを見て、『普通』について書かれた本だということを知ったから？それとも、面白いと思う余裕が無かっただけ？</p><p>多分全部ある。それにまだ思いついていないだけで、他の理由もあるだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>そういえば、最近何の作品を面白いと思った？</p><p>冒頭にあげた作品のうち、面白いとか、興奮したとか、衝撃だったとか、そう思えたものはいくつあるんだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>残念なことに、3つくらいかもしれない。</p><p>別に、他の作品は全部つまらなかったと言いたいわけではない。知れて良かった・観て良かった、それは全部に対して思える。</p><p>でも正直に言うと、多くは予告を見て面白そうだと思って、あとは続きが気になるから最後まで観たというものが多い。感想としても、大体が「こういう人生／世界／ジャンルもあるんだと知った」とか、「ほんわかした。世界観が良かった」みたいな薄っぺらい着地をする。</p><p>無意識レベルで「面白かった」という言葉が出てこない。ぺらぺらとしゃべっていても、一向に面白いという言葉が出てくる気配がない。</p><p>&nbsp;</p><p>自分は、大人になってから初めて食べたものを、あまりおいしいと思わない。白子やあん肝、お酒もそうだ。今後レバーや無花果を食べても、多分同じことしか言わないだろう。「へー。こんな味なんだ」と、一言だけ。</p><p>思考が死んでいるかのように「おいしい」と言わない。そこまで血が届いていない。普段は好き嫌いなく、なんでもかんでもおいしく食べるくせに。</p><p>十数年すれば、バカみたいにおいしいと言っているのだろうか。いろんな作品を手放しに面白いと言っているのだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>いつからか、「この作品はどこが面白いとされているのか」を考えるようになった。</p><p>違国日記は、多分 “誰もが思春期の頃に経験しているのに、大人になると忙しさにかまけて忘れてしまうもの” を作者が拾い集めて、それを読者は思い出しながら自らの変化を味わえる作品として、評価されているんじゃないかと思った。</p><p>コンビニ人間は、デフォルメされた登場人物の言動を「いるよね～、こういう人」と言ったり、主人公である恵子の観察眼が発揮された描写を楽しんだりするものなのだと、『コンビニ人間　面白いところ』と検索して理解した。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#ff0000;">評価されているんじゃないかと思った。</span></p><p><span style="color:#ff0000;">検索して理解した。</span></p><p>&nbsp;</p><p>自分は、他人の反応を真似た。正しい楽しみ方を、求めて学んだ。</p><p>同年代の同僚の持ち物を真似て、年相応の生き方を学ぶ恵子。</p><p>&nbsp;</p><p>嫌なことに気がついた。</p><p>そう思ったことを、自分はどう受け止めたら良い？</p>
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<link>https://ameblo.jp/uminosoko-ameba/entry-12955878870.html</link>
<pubDate>Sat, 07 Feb 2026 00:56:23 +0900</pubDate>
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<title>感情がメリーゴーランド</title>
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<![CDATA[ <p>自分という存在が邪魔だ。</p><p>他人視点から自分を見てイライラする。そこをどいてほしい。</p><p>&nbsp;</p><p>思い付きで『自分　邪魔』と検索すると、わりと色々記事が出てきた。</p><p>「自分を邪魔だと思うのは、裏返すと仲間を思っているという証拠」らしい。</p><p>何が仲間を思っているだ。批判されるのが怖いだけじゃないか。そんなぬるい言葉で誤魔化すな。</p><p>自分が自分をどう思うのかにしか興味ないくせに。自己評価が間違っていないか確認するためだけに、他者からの評価を受け取っているくせに。</p><p>&nbsp;</p><p>とある先輩を「中学生のガキみたいだなコイツ」と思いながらも見放せないのは、自分も同じように見放されるのが怖いからだ。言われないだけで、自分も同じように見られている自覚があるからだ。自分とよく通じるところのある人や、逆に全く関係のない悪者を突き放せない。それが自分の弱いところ。</p><p>一番の邪魔者がいなくなれば、次は二番目の邪魔者が一番の邪魔者になる。まあ、今のところそんな話は聞いていないけど。「文句を言う人は余裕がない」というのは確かにそうだ。許容するより文句を言う方がよほど簡単だし。</p><p>&nbsp;</p><p>今の場所で11カ月目。</p><p>明らかに経験と実力が釣り合っていない。もちろん実力が下だ。</p><p>誰がいないときはどう動けとか、最近はこうだからここまで視野を広げろとか、誰かに面倒見られながらじゃないと自分は動けないのとか、逆に誰に指示を出せとか、これは何だとか、もう無理だ。頭がパンクする。どれだけ覚えて片付けようとしても新しい問題が出てくる。</p><p>&nbsp;</p><p>自分は自分が思っているよりももっと数倍デタラメな人間だ。</p><p>厳しくなんかしていない。ずっと甘やかしているだけ。</p><p>虚栄心が大きくなればなるほど、実力に見合った焦り方ができなくなる。</p><p>&nbsp;</p><p>「あなたはそのままでいい」とか、そんなわけないから悩んでるんだ。</p><p>悩んでるその人間の存在を否定しないでほしい。</p><p>そんな言葉で黙らせるのを正しい方法だと思えない。</p><p>間違いはあくまで間違いで、やっぱりそれは正解じゃない。もし間違いが正解だとしたら、そこに価値なんかないと思う。間違いだから間違いなりの価値があるのに。</p><p>&nbsp;</p><p>浮ついて落ち込んで、また浮ついて落ち込んで、そうやってずっと同じところをぐるぐるしている。</p>
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<link>https://ameblo.jp/uminosoko-ameba/entry-12937431666.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Oct 2025 00:42:40 +0900</pubDate>
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<title>ナルシストだから自己嫌悪に陥る</title>
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<![CDATA[ <p data-pm-slice="1 1 []">自分の頭の悪さはどこから来ているのか、またなぜ自分は思うような大学生活を過ごすことができなかったのか、こういうことについて頻繁に考えている。</p><p>思い当たる理由は色々あるが、よく話題に上るものの一つに高校時代の過ごし方があった。</p><p>他人が勉強の仕方を細かく指導してくれる環境に甘えて、自分で勉強方法を考えていなかったから。結果ばかりを見て、多くの科目において理論を理解しようとせず、（解法）暗記で何とかしようとしていたから。効率的な物事の進め方について試行錯誤していなかったから。叱られないために勉強していたから。まだ気づけていないこともあると思うが、今回はこういう話をしたかったのではないので、一旦それは置いておく。</p><p>とにかく、自分はこういう感じで高校生活を省みていた。</p><p>&nbsp;</p><p>だが、最近は高校時代についてどこまで反省するべきなのか考え始めた。</p><p>上記の分析は、自分が大学に入学したからこそできたものだと思うからだ。もし高校卒業後に別の選択をしていたら、こんな風に過去の自分のミスについて考えられていなかったかもしれない。特に、高校までは他人が勉強の仕方を細かく指導してくれることには気づけていなかったと思う。</p><p>高校卒業までの自分と大学入学後の自分では、見えている景色に大きく差がある。そして最近気がついたのだが、それはどうしようもないことだ。</p><p>大学入学以降に犯した勉強のミスについては、明らかに過失だったと思っている。しかし高校生の時の失敗なんて、もっと許しても良いのではないだろうか。大体、結果を出せなくても許されるのは高校生までで、それは裏を返せば高校生までは結果を出せなくても許されるということになる。</p><p>&nbsp;</p><p>『自己嫌悪に陥るのなんてナルシストだけだ』と、他人から教えてもらったことがある。確かにそうだと思う。「何で自分は出来ないの？」という言葉は、自分は出来る人間だと思っていないと出てこない。おそらく、自分は自分に対する期待値が高すぎるのだろう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/uminosoko-ameba/entry-12932106522.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Sep 2025 00:38:59 +0900</pubDate>
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<title>自己否定は自分へのラブコール</title>
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<![CDATA[ <p data-pm-slice="1 1 []">人に評価されると不安になる。</p><p>もしこの先失敗したときその人が自分のことをどう思うのか気になるし、自分は自分のことをまともな人間だと思っていないからだ。</p><p>&nbsp;</p><p>そういう不安が特に強まったとき、（ストレス発散の矛先が自分に向かいやすいという性格も相まって）自己否定に走る。</p><p>今の自分が自分を否定してあげなかったら、いったい誰が自分のことを否定してくれるのか。今の自分が欲しい言葉を、誰が汲み取って実際にかけてくれるのか。</p><p>不安になった自分を安心させてあげたくなる。自分だけは「私はバカだ」と理解していると形でもって示そうとして、自分を否定したくなったり、傷つけたりしたくなる。私より私にキツい言葉をかける人間はそうそういないけど、私より私に甘い人間もそうそういない。</p><p>「あなたはそのままでいい」なんて、そんな言葉を自分にかけられるほど、私は自分に厳しい人間ではない。許容するより文句を言う方がよほど簡単だ。</p><p>これは自己防衛の一種であり、自分を慰める行為であり、八つ当たりしたい気持ちを満たすという甘えであり、自分への愛情表現だ。ちょっとやり方が歪んでいるけど。こんな動機を正当化してはいけないけど、そうしないと満たされないときがある。</p>
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<link>https://ameblo.jp/uminosoko-ameba/entry-12932106104.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Sep 2025 00:35:13 +0900</pubDate>
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<title>ネオンも私を照らさない</title>
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<![CDATA[ <p>割と本気で心が折れている。</p><p>最近、何も成し遂げられていないような気がする。そんなことを感じないのは自分の世界にいる時だけだ。どこにいても空気になっているか、誰かの邪魔になっている気がする。でも、他人への文句も止まらない。</p><p>今の環境では、今以上に自分が必要とされている未来が想像できない。これ以上進化できる気がしない。あったとしても、それは数年後くらいの話なんじゃないか。というか、色んな意味で数年もこんなことを続けていて良いのだろうか。</p><p>嫌な言葉だけが積もっていく。他人の何気ない一言で低温火傷を繰り返している。</p><p>社会的なことが無ければ、今の環境なんかさっさとブッチしている。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、辞めれば全てが済むようなことでもない。ただ逃げになるだけだ。</p><p>結局努力するしかないのだけれども、これ以上努力を重ねられるとも思えない。クオリティを落とすのが怖いだのなんだの言って、今までもそっちの価値を取ってきたのだから。</p><p>その結果が、他人に置いていかれたり抜かされたりしている現状なんだけれども。</p><p>何となく話に聞いていた孤独感とか将来への不安を、今身に染みて実感している。</p><p>&nbsp;</p><p>なんか、ずっと自由に生きていない。</p><p>いつまで誰かの期待に応えているつもりなんだろう。</p><p>色んなことを飲み込みたくて、派手な街に行ってみた。</p><p>そこで嫌というほど情報と刺激を浴びれば、カビの生えかかった日常も全部まっさらに洗い流せると思った。</p><p>ずっと欲しいと思っていた物、うっすら欲しいと思っていた物、小さい頃に持っていた懐かしのアイテム、素直に欲しいと言えなかった物、キラキラしているけど怖くて避けていた場所、もっと自分を吐き出せそうな場所、人の目が気になってよりつけなかった所。</p><p>物は全部買ったし、場所についても行けるところまで行った。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、ネオンも私を照らさなかった。ただ嘲笑うだけ。</p><p>ネオンの花束を抱えた女性が、店先で男性とお酒を飲んでいる。</p><p>軽蔑を憧れで割ると嫉妬が出来上がった。私はそれを呷って飲み干そうとしたら、勢い余って口からこぼした。ウイスキーって、清涼感があるのにドロッとしていて気持ち悪い。</p><p>一体、理性に流された私の何が偉いんだろう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/uminosoko-ameba/entry-12931799804.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Sep 2025 00:28:56 +0900</pubDate>
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<title>YouTube逃避期間</title>
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<![CDATA[ <p><mark style="background-color:#f7e9a8;color:inherit;">【6月14日　土曜日】</mark></p><p dir="ltr">ここ数年洗い物しながらYoutube、ドライヤーしながらYoutubeというネット（というかほぼYoutube）にまみれた生活を送っていたけれども、最近ついに見る物が無くなったような気がしてきた。別に日々動画は新たにたくさん投稿されているからそんなことはないんだけど、n回目の『何が見たいのか自分でも分からない時期』がやってきて、惰性で動画を見ている現実に耐えられなくなってきた。</p><p dir="ltr">さらに、「朝起きてすぐにスマホを見るとストレスを感じる」という他人（これもYoutubeで知った人）の言葉がここ数日頭にうっすら残っていたり、Youtubeに投稿されていない曲を聴きたくなったり、ほぼYoutubeを見るためだけに使っていたスマホが完全に壊れてしまったり、おすすめに悪趣味な動画が出てくることが増えてきたり、色々なことが重なって、いっそYoutubeから離れてみようと昨日の夜いきなり思い立った。</p><p dir="ltr">あとは、広告がここ最近特に鬱陶しかったのもある。『動画を見ている時間でお金を』とか『脇汗のケアを』とか、そういう広告の情報が今自分の中に積もりに積もっていて、取捨選択できていない。不安が解消されない原因の一つとして、共感性が高いことが挙げられるらしい。動画で見ただけの情報だから “共感性が高い” の詳しいことは分からないけど、確かに最近『他人と自分の境界線が曖昧になっている』という意味で共感性が高いかもしれない。自分が気にしているだけなのに「いや、世間的にそれは…」と他人も気にしていることとして拡大解釈していたり、人の振り見て我が振り直せ精神が過剰になりすぎたり。広告を見ていると他人の目がより大きく感じられて、不安が続いていた。他にリアルで会った人の数が多かったこととか、多くの出演者がいるテレビを見たこととか、そういうものもあってイライラも募っていた。</p><p dir="ltr">話がかなり長くなったけれども、とりあえず人の流れから距離を取りたかった。そして、Youtubeから逃げることはその方法としてちょうど良かった。Youtubeを見ていると、どうしても誰かしらと繋がらざるを得ない。</p><p dir="ltr">いつまでYoutubeを避けるのか、期限は決めていない。多分3日も持ったら良い方だし、そのくらいの気合なので、気が済むまでにしようと思う。それと、ネットを完全に禁止したら流石にストレスになりそうなので、Youtube以外のSNSやウェブサイトはOKとする（まあ前からほぼ使ってないけど）。ゲームもCDもテレビもOK。</p><p dir="ltr">現在17時、今日はやらないといけないことが何もなくて、ずっと家にいる。CDを2巡して（やっぱり疲れた時はaikoに限る）、テレビを見て、ブログを書いて、作りかけの編み物を進めた。一日が長い。一時間も長い。ゲーム実況を常日頃見ていたから一時間なんて大したことないと思っていたけど、ネットを繋いでいない一時間はいつもよりずっと長い。ブログを書きながら音楽を流すのも最近嫌になってしていないので、特に文章を書いている今日は、外の音をかなり長時間聞いている。音楽もテレビもない時間に意外と耐えられている。</p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><mark style="background-color:#ffdfbf;color:inherit;">【6月15日　日曜日】</mark></p><p dir="ltr">機嫌が悪かったのと頭が痛かったので何も書いていない。これは後日書いている。とりあえず読みかけの本を読み進めて、テレビを見て、編み物をして、ゲームをして、CDを聴いた。Youtubeを見ることによるストレスは減ったけど、Youtubeで現実逃避しなくなったから、それ以外でのストレスは頭に残りやすくなったかもしれない。</p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><mark style="background-color:#e3c7ff;color:inherit;">【6月16日　月曜日】</mark></p><p dir="ltr">以前は人の声が無いとそわそわするような気がして、夜寝る前も朝起きても微妙な隙間時間もずっとYoutubeをつけていたけど、意外とそんなこともないとはっきり分かってきた。何のお供も無しにぼーっと考え事をする時間も、短いけど作れるようになった。昨日も読んだ本を読み終えた。</p><p dir="ltr">気持ち的には、まあまあ満足なこの日常にYoutubeが加われば、より良い日常にできそうだとはやっぱり思っている。バイト終わりにMVとか動物の動画を見て癒されたいとも思ったけど、ここまで来たから意地でやめておいた。</p><p dir="ltr">ここ3日間を振り返ると、Youtube寝落ち生活をやめても、意外と早起きにはならないことに気がついた。ただ、それは遅起きのままだというより、無駄な早起きが無くなったという感じかもしれない。前は睡眠時間が短くてもYoutubeをつけて体を起こしてしまっていた（もちろん二度寝することもあった）のが、ちゃんと睡眠をとったうえで起きられるようになった。</p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><mark style="background-color:#ffbfbf;color:inherit;">【6月17日　火曜日】</mark></p><p dir="ltr">Youtubeが無いことが普通になってきた。BOOKOFFに2時間くらいいて、中古のCDとずっと気になっていた九龍ジェネリックロマンスを買った。あとはゲームと編み物をした。そんなに書くこととか感想も無くなってきた。この生活は大きな出費が多い。</p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><mark style="background-color:#ffbfbf;color:inherit;">【7月1日　火曜日】</mark></p><p dir="ltr">平日は夕方まで、休日は終日見ないという条件でYoutubeを見始めてみようかと最近は思っている。Youtubeを見ない生活は意外と続いたけど、すごく効果があったかと考えてみると、やはり2週間程度ではそれほどない。余計な広告によるストレスは確かに減っていると思うけど、集中力が明確に良くなった感じも無いし、朝起きてすぐにYoutubeを見る代わりに、テレビを見るようになってしまった。あとは（CDを持っていないので）とにかくKPOPを聴きたい。この生活で一番しんどかったのは、聴きたい曲が聞けないことだった。色々なアーティストの曲をすぐに聴けるのはやっぱりすごい。テンポがいい動画も見たい。ただ、そういうものは次から次へと情報を与えてくれるから、脳も刺激を求めて情報中毒になってしまうらしい。確かにそんな気はする。</p><p dir="ltr">ただ、テレビや漫画が結構面白い事にも気がついた。映像の世紀と『舟を編む』のドラマは、これからも見続けたいと思う。もしかしたら、Youtube以外のことに没頭できる時間はむしろ贅沢なのかもしれない。</p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><mark style="background-color:#bfebff;color:inherit;">【7月2日　水曜日】</mark></p><p dir="ltr">なんだかんだ昨日と今日のほぼ2日間Youtubeを見なかったけど、寝る前ギリギリに寝落ちできそうな動画を見た。ちなみに今日は休日だったので、休日は終日見ないというのをさっそく破っている。もし自分が（自主規制）だったら、初めて（自主規制）に来た時こんな気持ちになるんだろう。</p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr">なお9月16日現在、バチバチYouTube依存症に戻っている。</p>
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<link>https://ameblo.jp/uminosoko-ameba/entry-12930517461.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Sep 2025 02:47:55 +0900</pubDate>
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<title>6月から金遣いが荒すぎるので自ら晒していく</title>
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<![CDATA[ <p>自分への戒めのために。生活必需品ではない、趣味としての出費をまとめました。</p><p>&nbsp;</p><p><mark style="background-color:#e3c7ff;color:inherit;">【6月】合計16578円</mark></p><p>・菓子パン、お菓子　4355円</p><p>・手芸用品　330円</p><p>・漫画、雑誌　2310円</p><p>・CD　6490円</p><p>・衣類　1430円</p><p>・細々したもの　1037円</p><p>・交通費　約626円</p><p>それまでの編み物ブームが一旦落ち着き、手芸用品への出費が収まった。しかしYouTubeを見ない期間を設けたことで、CDや漫画を一気に購入するように。</p><p>&nbsp;</p><p><mark style="background-color:#bfebff;color:inherit;">【7月】合計11691円</mark></p><p>・菓子パン、お菓子　1848円</p><p>・ガチャガチャ　200円</p><p>・手芸用品　1540円</p><p>・漫画　2200円</p><p>・映画　2000円</p><p>・パズル用品　2821円</p><p>・交通費　約1082円</p><p>6月の続きで漫画を購入。急にパズルをしたくなり、家にあったパズル二つを完成させた後、自分でも新たに買った。暑くてあまり外に出る気にならなかったため、買い物の回数がそもそも少なかった。</p><p>&nbsp;</p><p><mark style="background-color:#ffbfbf;color:inherit;">【8月】合計32506円</mark></p><p>・菓子パン、お菓子　5957円</p><p>・美容関連　7312円</p><p>・手芸用品　968円</p><p>・服　4367円</p><p>・クレーンゲーム、ガチャガチャ　1900円</p><p>・おもちゃ　9924円</p><p>・交通費　約1748円</p><p>・細々したもの　330円</p><p>花火大会のため、一瞬美容欲が高まる。異常にかわいいものや懐かしいものが見たくて、リカちゃん等の思い入れがあるものを買った。うっすらほしいと思っていたプラモデルも流れで購入。大型のおもちゃ屋さんやキラキラした繁華街に行きたくて、交通費が嵩む。また、暑くても外に出たい欲が止まらなかった。人生初のクレーンゲームに挑むも、何も獲得ならず。ただ楽しかったので自分的にはOK。</p><p>&nbsp;</p><p><mark style="background-color:#ffdfbf;color:inherit;">【9月（～15日）】合計22370円</mark></p><p>・外食　2020円</p><p>・菓子パン、お菓子　2882円</p><p>・パズル用品　7871円</p><p>・手芸用品　5027円</p><p>・クレーンゲーム、ガチャガチャ　2300円</p><p>・交通費　約1720円</p><p>・細々したもの　550円</p><p>ずっとやりたいと思っていたクロスステッチを始めたことで、再び手芸代が跳ね上がる。パズルフレームを購入し、そちらの出費も爆上がり。まだ繁華街に行きたい欲が止まらず、交通費が嵩んだ。プチ限界を感じたストレスで、外食やクレーンゲームに走る（成功体験が欲しくて。ちなみに景品は3つ取れた）。</p><p>&nbsp;</p><p>ここには無いけど、レシートには残っていない（自動販売機とか）出費も追い打ちである。交通費もレシートが無いから、ざっくりでしかない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/uminosoko-ameba/entry-12930498986.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Sep 2025 02:06:57 +0900</pubDate>
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<title>どれが本当なの？</title>
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<![CDATA[ <p>『実話をもとにしたフィクション』にずっと抵抗があった。</p><p>事実を脚色して自分たちが扱いやすいように話を捻じ曲げている、そんな思いがうっすらとあった。</p><p>7月に数年ぶりに映画館に行って、そこで観た映画もそんな感じだった。</p><p>映画館を出て「観てよかったなぁ」と思いつつ、制作陣の都合を享受してそれありきの感想を抱いて。自分は本当にそれでいいのだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>一方で、もう少し前から「本当のことなんてどうでもいい」とも思っていた。</p><p>応援していたインフルエンサーが若くして亡くなった時、どうして亡くなったのかを調べようとして、やっぱりそんなものはナンセンスだと気がついた。だって、画面上でドットが “正解” を形作ったところで、自分は絶対に納得しないから。発表された情報の向こうに、隠されたことがあるんじゃないか。あの日あの子は、命の瀬戸際を彷徨うつもりまではなかったのに、何か手違いを起こしてしまったんじゃないか。</p><p>ああ、私は本当のことなんか求めていないんだ。ただ自分が納得できる解釈が欲しいだけなんだ。何が本当なのかなんてどうでもいい。それが自分に関することであっても。私だって「どれが本当なの？」と聞かれても困る。多分どれも本当だし、どれもうっすら本当じゃない。</p><p>キャンディーエイト（発売当時は違うグループ名だった）の『ないわぁ～フォーリンラブ』という曲が好きだ。ただのよくあるアイドルのラブソングに見せかけて、落ちサビでグサッと刺してくる。初めは笑って見ていたのに、気持ちが入っている日はもはや泣けてくる。ラスサビで桜が舞って、「皆かわいいよ」と伝えたくなる。一生大事にしたい曲。</p><p>&nbsp;</p><p>若干話が逸れた。</p><p>実話をもとにしたフィクション。</p><p>どの部分が実話でどの部分は脚色なのかは、少なくとも観客には分からない。</p><p>それが、一番リアルなのかもしれない。</p><p>現実を生きていても、他人の発言がどこまで真意でどこからが真意じゃないのか、会話している自分には分からない。自分の発言もそうだ。</p><p>真相は闇の中。裁判官すらも知らない。</p><p>なんだか、あの映画を受け入れられそうな気がしてきた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/uminosoko-ameba/entry-12930226141.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Sep 2025 00:31:28 +0900</pubDate>
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