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<title>花はたおやかに咲く</title>
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<description>あの頃はうっとおしかったり情けなかったりした友が、振り返れば個性そのままに咲いていて、知らず知らず自分に大きな影響を与えていたことがわかる。老いたる人は老いたるままに、若き人は若きがままに、あるがままの自分を懸命に咲かせた友人の回顧録です。</description>
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<title>骨肉腫からの再起　葉子さん</title>
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<![CDATA[ <p>葉子さんと久しぶりに会って、あまりにもよまやま話がありすぎ、</p><p>彼女の娘に起こった事件を知ることができませんでした。</p><p>このような家族の大事件は最初に出るはずですが、風のごとく</p><p>過ぎ去るのは彼女の得意とする処世術。</p><p>&nbsp;</p><p>それにしても表面だけ捉える私の思慮の浅さは一向に改善を見せません。しかも本人の口からではなく、ネットで新聞記事を見つけたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>葉子さんの娘さん（仮にさゆりさんとして）はバレリーナを目指すだけあって、のびのびした</p><p>肢体の気持ちいいほどすらっとした容姿でした。</p><p>&nbsp;</p><p>ところがあまりに背が伸びすぎて、それにトウシューズを履くと</p><p>さらに高くなりますよね。</p><p>相手の男性は180ｃｍ以上じゃないと釣り合いがとれなくなります。</p><p>&nbsp;</p><p>ということでバレエを断念したそうです。</p><p>これも知らなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>バレエを断念したさゆりさんはフラメンコに転向していたらしいのです。そしてどちらが後か先かわかりませんが、スペインに移住して</p><p>そこで結婚もしていたそうです。</p><p>（わーますます知らなかった）</p><p>&nbsp;</p><p>そんなさゆりさんにある日突然、足に不調が訪れる。<br><br>なんと、「骨肉腫」になったのだそうだ。<br>ちょうどスペインに勉強に来ていた某大学病院の医師が<br>いて、偶然はないというが、なんてラッキーな人。<br><br>僕が見てあげるよということでその病院で手術を受けることにしたそうだ。<br>でももうフラメンコは踊れないというのが、常識だが、<br>この医師は意志を曲げなかったらしい。<br><br>必ず治すから僕の言うとおりにして。<br><br>さゆりさんは、その言葉を信じていうままにリハビリを<br>繰り返したのでした。<br><br>そして5年後。<br>見事に立ち直った、さゆりさんは再び日本に戻り、<br>病院でお礼のダンスを披露したそうだ。<br><br>その様子がネットでニュースとして載っていました。<br><br>病院では、骨肉腫のほかにも難病を抱えた若い人たちが<br>たくさん入院していたらしいが、骨肉腫を乗り越えたさゆりさんに<br>生きる勇気をもらい、闘病精神が全員に湧いたらしい。<br><br>さすが、葉子さんの子供。<br>積極思考は子供たちにも遺伝し、みごと世の中を感化する<br>人に成長させたのです。<br><br>MACでアイスを飲みながら、スペインを行ったり来たりした<br>73歳の老戦友がたんたんと話すのを、<br>私は涙しながら、聞いていました。</p><p>&nbsp;</p><p>もう何も言えませんでした。</p><p>ただ葉子さんの手をさすり、握りしめるだけでした。<br><br>やっぱりお見事だなあ。葉子さんは立派だなあ。<br>出会って、ともだちに加えてもらって光栄だ。</p><p>&nbsp;</p><p>人に影響を与える人は、突然影響を与え始めるというのは</p><p>ない。</p><p>若いときから、ポジティブな傾向性を持っているから</p><p>人に与える生き方を常に持っているものだ。</p><p>それが歳と共に円熟して、聞く方も話す方もいつの間に、</p><p>互いの生き方から学んでいる。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/unajara/entry-12439649060.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Feb 2019 17:47:57 +0900</pubDate>
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<title>「時子さんとの別れ・帰天」</title>
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<![CDATA[ 仲間が集ってだんだんと時子さんの病状を知る人が増えてくると<br>いきさつがわかってきました。<br><br>実は時子さんは数年前から胸にしこりがあるのは気付いていたのでした。<br>だんだんと大きくなり、変色するようになってはじめて親友に告白したのでした。<br><br>それでも彼氏を作ったことのない時子さんは、胸を人に見せることに<br>抵抗があったようです。<br><br>それを聞いた親友が、「何言ってるの。お産はどうすると思うの！」<br>と叱り飛ばし、無理やり病院へ連れて行ったのでした。<br>病院でも診察する医師の顔を見ないようずっと顔をそむけていたのだとか。<br><br><br>親代わりの弟が、医師から説明を受けたときは、<br>乳房は黒ずみはじめて余命3ヶ月という宣告でした。<br>一人暮らしのマンションの冷蔵庫を覗いた弟は<br>こんな暮らしをしているから病気になるんだと泣いたのでした。<br><br>お金も何も不自由のない時子さんでしたが、食事は控えめに<br>していたのです。ダイエットの意味もあったのでしょうか。<br><br>それから入院、即、手術。<br><br>時子さんは祈りました。<br>人間神の子、病なし。何度も何度も、ノートに書き続けました。<br><br><br><br>その昔、時子さんと懇意にしていた某社のS社長さんがいました。<br>S社長は「肺がん」でした。<br>S社長もあらゆる治療薬を探し求めて、県外のいいという病院を<br>訪ね歩きました。<br><br>そしていよいよという日に、<br>時子さんの友人である私も呼ばれました。<br>そのときに、なぜ自分はもっと神様にお願いをしなかったのだろう。<br>あちらこちら走り回っている時間に、もっと真理の勉強をすれば<br>よかったと。<br><br>もっと心の教えを深めることが大切だったと。<br><br>これは心に残りました。<br>もしかしたらその財力で、治療できたかも知れなかったのですが、<br>天命を感じ、それを潔く受けることにしたのですね。<br><br>そしていよいよあの世に帰る段になって、感じるのは<br>自分は多くの人を救えたかどうかだと思うんですね。<br>事業は成功したが、家庭はどうだっただろう。<br>周りの人はどうだっただろう。<br><br>自分の存在が人に与えた影響、そして幸せにできたかどうかは<br>死ぬときにはみんな考えるものなんですね。<br><br>もっと人に優しくすればよかった。<br>もっと神・仏について勉強すればよかった。<br><br><br>時子さんにとってその社長さんは貴人でした。<br>立派な男性でした。<br>きっと心の支えになったお方でしょう。<br><br><br><br>時子さんは感謝の人でしたから、ノートにみんなの名前を<br>書き、お礼をし、自分をも許す言葉を書き連ねました。<br><br>そして1年たち、2年たち、3年目。<br><br>主治医に長崎に行きたいと申し出たのでした。<br>医者は転医をすると思ったのか、機嫌を損ねてしまいました。<br><br>回診の際も気まずく、友人が主治医に実は彼女には<br>信仰があって、長崎の本山で修養したいのだと取り次いで<br>くれたのでした。<br><br>もちろん許可がでました。<br>そして信仰心のおかげで持ち直しました。<br><br>家に帰った彼女を見て、さすがだと感じ入ったのでした。<br>がんの克服話は珍しいことではありません。<br>いやそれは非常な努力を伴うことで、病気を克服した方には<br>簡単な言い方は失礼です。<br>そんじょそこらの信仰心で治るはずはないのですが、<br>時子さんは絶対治ると信じていましたから、めでたしめでたし<br>でした。<br><br>私も残業の多い仕事で、忙しすぎたり、子供のことがあったりで<br>しばらく時子さんと会う機会がなくなっていました。<br><br><br>そしてある日、時子さん仲間から電話を受けたのです。<br><br>「時子さんは実家に帰りましたからね」<br><br>何の意味でしょう？<br>すぐに分からず電話の向こうで沈黙を続けている私が<br>まさか・・・と思って聞き直したのは。<br><br>時子さんは再発して入院してたのでした。<br><br><br>臨終の際までそばにいる人たち、ひとりひとりに元気でいるよう<br>言葉をかけていたそうです。<br><br>そして口から溢れる血液をぬぐいながら、「感謝の意味がわかった」<br>と言ったそうです。<br><br>電話をおくと、<br>私はもうひとりの老婦人を誘い、彼女の実家に駆けつけました。<br>時子さんはいつもの可愛い真っ白いブラウスを着て、豊かな髪を<br>結い上げ、横たわっていました。<br><br>体は温かく化粧を施した顔はきれいでした。<br>闘病の後は感じられないほどきれいな顔でした。<br>涙は出ませんでした。<br><br>なぜ今まで連絡をしなかったのか。<br>入院を知らなかったのか。当然よくなるものだと<br>信じ続けた脳天気な私。<br><br>それよりも最も親しいことを知っていた他の仲間は<br>臨終の席にいながら誰一人私に連絡をしなかったのだという<br>悔しい思い。<br><br>悲しみと憎しみと猜疑心、後悔。<br>それらが交錯して、ただただぼんやりとしている自分でした。<br><br><br>お葬式は600人ほどの人が来て焼香は止みませんでした。<br>弟も独身で気ままにやってきたと思っていた姉が、こんなにも<br>いろいろな人に慕われていたことを初めて知ったようでした。<br>その交友の多彩さは、時子さんの人生の大変さを表しているようでした。<br><br>何よりも遺影の美しかったこと。<br>花のようなというには表現が足りません。<br>顔全体からオーラを燦然と放ち、どの花よりもきれいでした。<br>まぶしくて本物の花も彼女を賞賛していたことでしょう。<br><br>あまりの美しさに<br>私は焼香のその場を離れることができませんでした。<br><br><br>6月27日。　56歳の天命でした。<br>&nbsp;
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<link>https://ameblo.jp/unajara/entry-12245819582.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Feb 2017 07:07:00 +0900</pubDate>
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<title>「時子さんとの別れ・病気」</title>
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<![CDATA[ 時子さんのことは長い間書くことができませんでした。<br><br>これまで書いたものを読んでも、自分の筆力で到底<br>表現できるひとではありませんでした。<br><br>これまで書いた項目、<br><br>「人の秘密は話さない。死んでからも」<br><br>「宇宙の神様へ領収書を書く」<br><br>「スクラップを眺め顔を変えてしまった友人」<br><br>「鏡を見るときは驚け！」<br><br>「すっと人の心に入り込んでしまう特技」<br><br>「必要な人に必要なものを与える」<br><br>読み返してみても、<br>このどれも示唆に富んで、十分に私を成長させました。<br><br>結婚もしてないのに、夫婦仲よくする方法を教えたり、<br>お産をしたこともないのに、安産の仕方を教えたり、<br>子宝の恵まれない人には瞑想法を教え、<br>化粧法や笑い方、立ち居振る舞い、<br>女性としての魅力を教えていただいたのでした。<br><br><br>受け取る器が未熟なのは本当に残念でしたが、<br>それだけの人格しか備えてない私には仕方の<br>ないことです。（涙）<br><br>☆　☆　☆<br><br>そして最終章です。<br><br>未婚で子供のいない時子さんは一人で暮らしておりましたが、<br>ある日、私の家に遊びに来てもいいかと電話がきました。<br><br>私の家は3LDKの部屋ではありましたが、装飾のない質素な部屋で<br>とても華麗な時子さんをお迎えするには申し訳ない処でした。<br><br>私は時子さんの家に行くときは、いつも子連れで<div>（何しろ日曜日が多かったし、夜も遅くまででしたから）、<br>息子ふたりの様子はいつも見ていましたから、そのホットな<br>家庭に行きたいのだということでした。<br><br>時子さんは我が家へ来ると、疲れているからと、腕枕をして横になりました。</div><div><br>しばらく目を閉じていましたが、起き上がって話を始めました。<br><br>その頃の時子さんは職場のことで、乗り越えられないほどの大きな問題に<br>巻き込まれていました。管理職としての責任上、逃げられないのでした。<br>政治がらみで、参考人として警察に呼ばれていることも知っていました。<br><br>でもそれは私には全く手も足もでないというか、意見すら挟めない<br>次元の違う問題でした。<br>ですから慰める言葉すらかかけたことがありません。<br><br>時子さんは毎朝出勤時に歩きながら「北風ふきぬく寒い朝も～」と<br>口ずさみながら自分を鼓舞していました。<br><br>その疲れで来てるのだなぁくらいに考えていたのです。<br><br><br><br>ところが時子さんが見せたものは絶句するものでした。<br><br>彼女のはだけた胸は大きくえぐられ、手術の後が生々しく<br>赤く肉が盛り上がっていたのです。<br><br>彼女が「がん」に侵され、しかも手術をしていたとは、<br>全く知りませんでした。<br>近い人には厳重にかん口令をしいて、絶対もれないように<br>していたとのことでした。<br><br>入院をしているときも、寝間着は着ず化粧もして、廊下で知人に<br>出会っても入院がばれないようにしてたらしいので、<br>徹底した秘密事項だったのですね。<br><br><br>もし知ったとしても、<br>かけ込み寺に駆け込むように時子さんを利用していた<br>シングルマザーの私ですから、何の相談相手にもならなかった<br>でしょう。<br><br><br>私はびっくりするだけで<br>どんな慰めの言葉をかけたか覚えていませんが、<br>こんなに体を蝕むほどの過酷な精神状態に置かれて<br>いることは理解できたのでした。<br><br>しかし、「人間病なし」の信仰を持っていた時子さんでしたから<br>絶対克服して元気になるものだとばかり思っていました。<br><br>全くのんきというか、思いやりの浅い私でした。<br>&nbsp;</div><div>（明日に続く）</div>
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<link>https://ameblo.jp/unajara/entry-12245816666.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Feb 2017 14:17:53 +0900</pubDate>
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<title>家族を大切にする</title>
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<![CDATA[ <p>私が毎朝受け取っている心の指針で、本日の格言というものがあります。<br>今日の配信は以下のことでした。</p><p><br>家の中では、いろいろ不満があったり、けんかをしたりすることがあるかもしれないね。けれども、家というのは、本当は家族を守るためにあるんだ。だから、家庭があることは大事なことなんだよ。家の外に出たら、家族がみんなで一つにまとまるというのは、とても大事なことだ。お父さんに対する不満、お母さんに対する不満、きょうだいに対する不満など、いろいろあるとは思うけれども、それを外で口に出すべきではないんだね。<br><br>『子どもにとって大切なこと』 P.94<br><br>^^^^^^^^^^^<br><br>実は一週間ほど前に、渡部昇一さんの新刊で、『実践・快老生活』<br>副題として、人生論の集大成・結論とあるので（ちょっとびっくり）<br>すぐに買って読んであったのですが、まとめる時間もなく書棚に返してしまっていたのですが、今日も、「家族の大切さ」を訴えてますので、なにかしら偶然はなく私への示唆かと感じ紹介いたします。<br><br>びっくりしたのは<br>「60歳からの人生を楽しむ技術」には、<br>自分は95歳まで生きるということを書かれていたので、最終<br>結論とは早すぎるのではと思ったからです。<br><br>80代の死は執着が残るそうです。90代だとすっかり抜けて<br>バイバイできるそうですよ。<br><br>でも95歳で書けるとは限らないので書きたい今、書かれたのですね。<br><br>渡部昇一さんの人生論の集大成とでも言うべき著作でしょう。<br><br>^^^^^^^^^^<br><br>これまでも折々の著作で触れてきた内容ではありますが、今回の本はどこか趣きが違います。<br><br>名著『知的生活の方法』を下敷きにしているのですが、何がものすごく「力が抜けている」のです。<br>86歳という年齢もあるのですが、すべての執着や煩悩から自由になって、ある高みに到達したといった印象です。<br>80歳を超えてみて、改めて役に立つと思った本はどういうものか。<br>80歳を超えてみて、改めて役に立つと思った勉強は何か。<br>お金の使い方から健康についての考え方、さらには宗教について、「人生の最終結論」を綴ります。<br><br>40年前に書いた『知的生活の方法』を引用しつつ、現在の考えを述べているので、渡部昇一さんの心境の変化と認識の変化が分かるようになっています。<br><br>例えば、40年前には散歩の効用を書いていますが、85を過ぎると足が弱って思うように散歩ができなくなってしまうと言います。<br>昔は夏目漱石を読んで感動したが、今では小説では感動できず、むしろ漢詩のほうに感動するそうです。<br><br>変わらないものがあるとすれば、それは努力の教えです。<br>若い頃に読んだ幸田露伴の『努力論』がそれです。<br>本書では露伴の思想をこう紹介しています。<br><br>「露伴は、幼時には書を幾度読んでも意が通じなかったような生来愚鈍な者でも、なお努力を重ねれば、ある日、忽然として心がにわかに開け、朗らかになって、障壁がすべて取り払われたごとくに能力を開花させることができるのだと説く」<br><br>渡部昇一さんは、86年生きてきて、この教えを信じてつくづくよかったと言います。<br><br>確かに、この考え方は、私たちの生き方を大きく変えることになります。<br>最初に何かをした時にうまくできたかどうかで、才能のあるなしを早々に見切りをつけてしまう人がいますが、非常に残念なことです。<br><br>最初にうまくいかなったとしても淡々と努力を続けるうちに才能が目覚めることはよくあります。<br>シニア向けの読み物のようですが、若い人にこそ読んでいただきたい人生の指南書です。<br><br>＾＾＾＾＾＾＾＾＾＾＾＾＾＾＾＾書評から失敬<br><br>読後感をまとめ推敲する時間もないので、つい書評を<br>引用しましたが、この「まとめ」はどうにかしないといけませんネエ。課題です。</p><p>（まとめを体系化してお知らせしたいと思います）<br><br><br>この本の結論はこうあります。<br>未だ独身の方にも参考になる考え方かもしれません。</p><p><br><span style="color:#0000FF;">「やはり人生の本当の幸せは、家族とのふれあいなど、ごく平凡なところにこそやどるのではなかろうか。これが私の最終結論である。」</span>渡部昇一<br><br><br><br><br>文庫本でお値段もお手軽で読みやすいですよ。<br>おすすめします。</p><p><br>『実践・快老生活』渡部昇一著</p><p><br>https://www.amazon.co.jp/gp/product/4569831532/ref=oh_aui_detailpage_o06_s00?ie=UTF8&amp;psc=1</p>
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<pubDate>Tue, 15 Nov 2016 11:51:03 +0900</pubDate>
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<title>成長</title>
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<![CDATA[ <p>そろそろ来年度の手帳を買い換える時期がやってきました。<br>今年を振り返ってなどという殊勝なことをする私では<br>ありませんが、去年のノートに挟んであったメモを見てみました。</p><p>今年ではなく、去年の目標ですから</p><p>ほぼ2年近い歳月が経過しています。<br><br>毎年一応、このいやな性格を戒めるために、なにがしかの<br>目標らしきものを書いて手帳に挟み込んでいるのです。<br><br>去年の”いましめ”ですが<br>なんとほぼクリアしていましたヽ(^。^)ノ<br><br>----<br>自分への戒め口チャック編（仕事の発展を妨げるものに対し）<br><br>１・人の悪口・不平不満を言っても相手が変えられないのであれば<br>言わないほうがよい。努力には困難がつきまとう。<br><br>２・（本人の努力以外の）どうにもならないものに<br>関しては言わないほうがいい。<br><br>３・過去に関して怒ってみてもしようがない。<br><br>４・いったん過去のことを懺悔したらぶりかえし、ほじくらない。<br><br>５・現状が幸せであればそれを温めていく<br><br>６・仕事の発展にエネルギーを注ぐ<br><br>７・将来は将来だとあきらめるのも必要である。<br>とりこし苦労のために怒るのはもったいない。<br><br>８・人の欠点を思い浮かべる時間があれば、<br>仕事の発展に振り向ける。<br><br>９・どうしても相手が許せないときは、相手を責めるのではなく、<br>自分から潔く身をひく。<br><br>10・その決心をしたらぶれない。<br><br>-----<br><br>恥ずかしいことに、これは主に家庭内のことですが、<br>ほぼ4年間は嵐の状態でした。<br>ほんとによく怒ってましたねヾ(`Д´*) 鬼でした。</p><p>&nbsp;</p><p>相手は変えられないと骨の髄までわかっているはずなのに</p><p>心の奥底はどうしても要求があるようです。<br><br>しかしあれ？と思うほどクリアされています。<br>きっと守護霊や神様が私の怒りを踏みとどめる<br>なんらかのインスピをくれたに違いありません。<br><br>その裏にはすさまじい家族の努力がありました。<br>それが８０％でしょう。m(__)m<br><br><br>今年も掲げた目標があります。<br>来年の今頃どんな評価を自分にくだすのか<br>楽しみになってきました。<br><br>なんの進歩もない自分に情けない日もありましたが<br>少しずつ生長があるのをわかることも嬉しいものです。<br><br>いくつになっても勉強。<br>死ぬまで勉強。</p>
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<link>https://ameblo.jp/unajara/entry-12213340706.html</link>
<pubDate>Wed, 26 Oct 2016 10:52:59 +0900</pubDate>
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<title>資生堂のチャレンジ「自動メイク」</title>
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<![CDATA[ <dl><dd><p>資生堂とMicrosoftが共同で自動メイクアプリ「TeleBeauty」を<br>開発したという記事を読みました。<br><br><br>資生堂は女性が多い会社でテレワークをしている社員も<br>多いそうです。テレワークを採用することで、</p><p>それにより女性の離職率が40パーセントまで低下したらしいです。<br><br>ところが、多くの女性がスカイプを利用すると、<br>家ではノーメイクであったり、ラフなスタイルであったり<br>突然スカイプと言われ、困惑する事態に出くわしたことは<br>ないでしょうか。<br>声だけでいい？とか言ったり（笑）<br><br><br>しかしテレワークといえども、社員には違いないので会議には<br>出席しないといけません。<br>ノーメイクで出るわけにはいかず、その何分かのために<br>メイクをシなければいけない。<br>また、部屋の様子が写り込んで困る。<br><br>などの悩みがありそれを解決すべく取り上げたのが<br>この「自動メイク」システムという発想のようです。</p><p>&nbsp;</p><p>なるほど、ですよね。とっても助かります。</p><p>「人の困った」ことはビジネスになるとよく言われますが</p><p>こういう便利なものはお金を払う価値はありますね。<br><br>「仕事は苦行であってはいけない。楽しむことで新たな文化に進化していく」なかなかいいメッセージです。<br><br>好奇心旺盛な私は、どのような仕組みか試して見ようと思いましたが、</p><p>まだ試験中のようではっきりしたことはわかりません。</p><p><br><br>googleで探したところによると<br><br><span style="color:#0000FF;">TeleBeautyではビジネスシーンにおける化粧パターンとして、<br>「ナチュラル」「フェミニン」「クール」「トレンド」といった4種類の<br>バリエーションを用意。例えば営業職など好感度を高めたいなど、<br>同時に多様な好みに対応する。使い方はシンプルな構成を意識しつつ、<br>鏡を想起できるような楕円形ビューを採用。自動的に肌の色を調整するだけで済む。<br>もちろんここから前述した化粧パターンの選択や、ソフトやシャープといった印象調整などカスタマイズも行える。さらに目元や口元といった個別の明るさ調整や、プライベートシーンを相手に隠すために背景をぼかすことも可能。このぼかし機能は単独でも使用できる。<br>これらの設定は保存されるため、次回使用時はアプリケーションを起動するだけでよい。</span><br><br>とあり、扱い方はそう難しくはなさそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>「一瞬も 一生も 美しく」。これは、資生堂の掲げるコーポレートメッセージだそうで、</p><p>「美」を大切にするという風潮はいいですね。</p><p>女性を無視しては回らない時代が到来しているかのようです。</p><p>&nbsp;</p><p><br>利用料金とか方法がまだ発表されてないが、ませんが<br>できるようになりましたらすぐ利用してみたい。と思っています。</p><p><br>まるでゲームか顔のお絵かきみたいです。（笑）<br><br><a target="_blank" href="https://www.youtube.com/watch?v=Zd47IAhQj74">https://www.youtube.com/watch?v=Zd47IAhQj74</a></p></dd></dl>
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<link>https://ameblo.jp/unajara/entry-12212946267.html</link>
<pubDate>Tue, 25 Oct 2016 00:20:23 +0900</pubDate>
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<title>肥満も解決？「体内時計」の話</title>
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<![CDATA[ <p>時計遺伝子について石田直理雄氏の面白い記事を読みました。<br>面白いが長いので、「睡眠」と「薬」についてのみ紹介したいと思います。<br>ちょっとはしょって書きますね。<br><br>※（石田直理雄　いしだのりお国際科学振興財団　<br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　時間生物学研究所所長）<br><br><br>時計遺伝子は睡眠に重要な影響を与えているそうです。<br>世の中には４時間の睡眠でやっていける人がいますが、これも時計遺伝子の配列がたった一個異なっているからだということがわかったということです。<br><br>またその逆もあり、別の配列が一個異なるとその人は長い睡眠が必要になる。<br>つまり朝が弱い人の中には、その意志の強弱ではなく、時計遺伝子で<br>左右されているケースもあるわけです。<br><br><br>睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があることは知られています。<br>レム睡眠は筋肉のための睡眠で、ノンレム睡眠は脳のための<br>睡眠、大人は９０分ごとに交互に訪れます。<br><br>（それで一時間ほど仮眠をとっても、1時間ではなく必ず1時間半<br>寝てしまうわけがわかりました）<br><br>ノンレムの時に地震が来ると全く起きれない状態になってしまいます。<br><br>緊張が続くとノンレム睡眠が取れず質の悪い睡眠となります。<br>そうすると、時計遺伝子の発現がダメージを受けてしまいます。<br><br>よくない睡眠が積み重なると、振幅の幅が小さくなり、体内時計の<br>老化が早く進んでしまいます。<br>この研究が進めば、人の健康寿命を伸ばすことにつながるのです。<br><br>時差ボケは体内時計に影響を与え、海外への出張が多い人は<br>がんになりやすい体質を作ると言うのもわかってきました。<br><br>例えば２４時間のコンビニでは、朝勤、昼勤、夜勤と働きます。<br>その場合は、朝、昼、夜と後ろに時間がずれて行くほうがいい。<br>夜、昼、朝とシフトを組んでしまうと体に負担がかかってしまうのです。<br>その結果心筋梗塞の比率があがり、メタボリックシンドロームになりやすくなるのです。<br><br>なぜ日本でこんなにメタボが増えたかというと、食の西洋化が原因だということが<br>わかってきました。<br>日本人はここ２０年位で夕食を食べる時間がどんどん後ろにシフトしてきています。<br>それに伴い全体のリズムもどんどん後ろにシフトしてきました。<br><br>この傾向は世界と比べても日本は極端に進んでいるわけです。<br>しかもIT社会になって深夜まで仕事をするので、体内時計のリズムはどんどん<br>異常になっていくのも当然です。<br><br>ところで睡眠はなんのためにあるかというと、脂肪を燃焼させるためであると<br>いうことが発見されました。実験の過程で時計遺伝子を壊してしまうと、<br>内臓脂肪がどんどん大きくなっていきます。<br>つまりきちんと時計遺伝子が働いていれば、脂肪は分解されるが、夜型に<br>なると時間構造が崩れ細胞内に溜まってしまうことがわかったのです。<br><br>ということで睡眠とは脂肪を燃焼させるためにあるのです。<br><br>そうした現象を司る時計遺伝子は、体の抹消に至るまで時計機能を持っているのです。<br>胃や肝臓、爪や髪の一本まですべての細胞が昼夜きれいに入れ替わるのです。<br>脳が一方的に他の細胞のすべてを支配しているのではなく<br>共同してやっていることに学者たちは非常に驚いたということでした。<br><br><br>おそるべし体内時計。<br>それが３０億年以上前に生まれたシノバクテリアにもあるし、<br>スペースシャトルにカビを載せても２４時間のリズムが出る。<br>体内時計は環境説の方が強かったらしいが、<br>これで外因説は完全に否定されることになったといいます。<br>---<br><br><br>この体内時計は、薬の飲み方で生存率が変わるという発見もされています。<br>投与時間を変えることにより、体の中に分解酵素ができて抵抗するように<br>なるので、投与時間を固定しないほうがもっとも生存率があがることがわかりました。<br><br>点滴も普通は術後２４時間やり続けますが、これは非常に経過が悪い。<br>胆嚢や肝臓に負担がかかるのです。<br>石田氏は点滴により体内時計が壊されるからではないかと思い、<br>調べてみると大当たりでした。<br><br>阪大の外科に入院していた患者グループを２つにわけ、一方は２４時間点滴、<br>もう一方はAM７:00～PM7:00までにしたところ、術後の経過が非常によく、肝臓や<br>胆嚢の数値もほぼ正常だったということです。<br><br>本当に単純な作業ではありますが、薬や点滴をいつ投与するかにより人間の体内時計を<br>狂わせもし、よくもするのです。<br><br>（こんな簡単なことでしたらどこの病院でも取り入れられますよね。<br>やっているんでしょうか）<br><br>食べ物も体内時計に負担をかける生活がどんどん拡大していってます。<br>戦後1年目とカロリーの摂取状態がそれほど変わってないのに、なぜこんなに<br>病気が増えているかというと、「夜型社会化」による撹乱、つまり体内時計の<br>異常が原因です。<br><br><br>体内時計に負担をかける生活が続いた結果、<br>「認知症」もそれで引き起こされるのではないかというのが学者たちの<br>率直な感想であります。<br><br>もっともっと体内時計の研究が進むよう願うものです。<br><br>結論として<br>「肥満」も体内時計があれば解決する。<br>「病気」も夜型社会を改めること。<br>「認知症」にならないためには早寝早起き。<br><br><br>そもそも夜型社会になったのはエジソンが白熱電球を発明した時点から始まっている。<br>日が昇れば起き、日が沈めば眠る。を励行すべし。→うう・・・・ん。<br><br><br><br>難しい話を（もともと分からないのに）はしょって書きましたので<br>ここで小噺をどうぞ。<br><br>【小噺】<br><br>ある牧場に天才少年が現れたという噂がたった。<br>その少年は観光客が「今何時ですか」と聞くと牛のおっぱいを<br>触っただけでぴたりと時間を当てるという。<br>その少年は牛の時計遺伝子を直感的に感じ取ることができるのではないかと<br>早速その権威が調べたところ、全然わからない。<br>その少年に「どうして時間がわかるんだい」と聞いてみたら、<br>牛のおっぱいを上げたら向こうにある時計台が見えるんだと答えたそうだ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/unajara/entry-12211148998.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Oct 2016 12:20:23 +0900</pubDate>
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<title>化粧は「女徳」であるという話</title>
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<![CDATA[ 私は以前から女性がすっぴんで歩くことは抵抗がありました。<br>時々、その持論をブログやおしゃべりの中で発信するのですが、<br>一度化粧をやめた人は、顔にファンデを塗るのは億劫らしく<br>まだ化粧再開の人はいないようです。<br>説得力の問題か、その人の人生に重要な位置を占めてないのか・・。<br><br>最近はこんなことを言う人はお目にかかりませんが、<br>私の若いときは<br><font size="4">「素顔で外を歩くことは世間をバカにしていることだ」</font><br>とはっきり言われたものです。<br><br>実のところ私自身、素顔で歩ける顔立ちではなく<br>（このブログに写真を公開してないのが証拠で：クシュン）<br>この「女性化粧論」なるものは大賛成なのでした。<br>なんだそういうことかと結論を急がれると困りますが。<br><br>なぜ女性が化粧をしないのは「『世間を』『社会を』バカにしているか」<br>ということは男性のことに置き換えてみればわかりますね。<br>男性がひげをそらずに外にでるのはどうでしょうか。<br>ひげをそらずに会社に出勤するのはどうでしょうか。<br>どうしたんだろう。病気かな。ひげもそらずに出勤するなんて<br>何かあったのかな。どちらにしても肯定的ではありません。<br>無精ひげは失礼であるという観念がありますよね。<br><br>省みて、女性が化粧をしないのは、化粧をしない男性と同等ではないのです。<br>同じ素顔でも全く意味が違うのです。<br><br><font size="4">女性の素顔はイコール男性の無精ひげなのです。</font><br><br>化粧は時間がかかるなんて言っても、男性だってひげを剃る時間は<br>女性の化粧と同じくらい時間がいるものです。<br>急いでいるときはもったいない時間です。<br>しかし着替えるのと同じくらい、あたりまえで必要な時間なんです。<br><br>もっと自分の恥ずかしい話をするなら、<br>実は私も仕方なく化粧というのをしておりました。<br>シミを隠すとか、色黒を隠すとか、ちっともきれいになろうではなく、<br>何かを隠すための作業のひとつでした。<br>内心、素顔で歩ける人がうらやましかった程でした。<br><br>そんなある日、仕事である人を訪ねて行った時の話です。<br>まあ、20代の方で普通に化粧をしておりました。<br>次回の再訪を約束して、一週間後に訪ねた時その女性はいませんでした。<br><br>向こうの方から親しげに声をかけてくる女性がいます。<br>数分ほどその人と話し込んでいましたが、なぜか私のことを<br>よく知っているのです。<br><br>不思議に思い、聞いてみました。<br>「すみません。あなたはどなたなのですか」<br>するとその女性はけたたましく笑って、「○○ですよ」と言うのです。<br><br>その○○さんこそ先週お会いした、約束の人だったのです。<br>「え！」「え～～～」私は何度も驚きました。<br>だって、全くの別人がそこにいたのですよ。<br>似ても似つかぬ全くの別人が。<br><br>そうなんです。<br>これがメイクの力だったのです。<br><br>生まれて初めて化粧でここまで自分を変えることができるという<br>衝撃の事実をまのあたりにしたのでした。<br>それから化粧と言うものに対する考えがガラッと変わりました。<br><br>厚化粧をしたり、化粧を楽しむ女性は教養のない女性だと、<br>（本気でこんなことを考えていた自分が恥ずかしいです）<br>思っていた自分に一撃を加えるまさに目からうろこの瞬間でした。<br><br><br>女性は誰も変身願望があるとは思いますが、<br>化粧ひとつで自分をそこまで変えられるのは、<br>これは「特殊な才能」に違いありません。<br><br>それ以来、どうやっても自分の顔をかえるほどのメイクは<br>できてないのですが、「化粧」に対する見方は大きく変わりました。<br><br>女性でどんなに知的でも、どんなにいい仕事をしていても<br>自分のことを構わない人を素敵だと思わなくなってしまいました。<br>逆に、よくみると一流と言われる女性にすっぴんはまずいません。<br><br>サッチャーだって「鉄の女」と呼ばれたり男性並みになぎなたを奮って<br>政治改革をしましたが、自身はきれいでした。<br>社会党の土井たか子さんも、声はおじさんみたいでしたが（失礼ながら）、<br>エステに通っていたそうですよ。きちんと化粧をしてましたね。<br>ポスターも出回ってオタカさんブーム」が一時ありました。<br><br>最近では東京都知事の小池さんもファッションを楽しませてくれています。<br>なぜ小池知事の化粧は落ちないのか、などという記事も見かけました。<br>まだ読んでないのでわからないのですが、化粧が落ちない努力をされて<br>いるということですよね。<br>男性と同等の知事ですからすっぴんでもよさそうですけど。<br><br>それと最近読んだ本にこんなことがありました。<br><br>「『私』という素材を使って、それをもっと美しく見せるためには、<br>どういうチョイス（選択）をしてどういう演出をすればいいのか。<br>どうすれば、『私』はもっと輝くか」ということを、<br>一つのテーマとして考えているわけです。これは、特に女性の場合、<br>「女性としての徳」「女徳」に当たるのではないかと思います。<br><br>『ファッション・センスの磨き方』 P.40<br><br>すごい！我が意を得たりでした。<br>この著者は宗教家ですが、清貧をよしとする宗教界において、<br>女性が積極的におしゃれをすることを勧めているのです。<br><br>何気なく書いていますが、<br>女性が活躍する時代に合った見事な提案だと思います。<br><br><br>この「女徳」という言葉も初めて聞いた気がしますが、<br>私が女性よ化粧をせよ！と呼びかけたのは間違いではなかった。<br>女性を輝かすための武器であったと何か安堵した思いです。<br><br>長くなりましたが<br>言いたいことは女性よ、もっと自分を輝かせなさい、<br>それには化粧が一番いいよとということなんです。<br><br>男性と勝負するのは大変ですが、女性ができるもので勝負することは<br>苦痛ではありませんね。<br><br>ぜひ「徳積み」をして行きたいものだと感じたことを書きました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/unajara/entry-12210534701.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Oct 2016 07:10:22 +0900</pubDate>
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<title>感謝にはお返しがいるという視点</title>
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<![CDATA[ なるほど。<br>新たな視点をもらいました。<br>私も普段辛口ですが、ちゃんと返事をしないとか、つい書いてしまいますが、<br>これを文章で現すとこう書くのだと勉強になりました。<br><br>ありがとうだけで終わってはいけないのですね。<br>私も何かいただいたり、してもらうと必ず何かを送って<br>感謝を形にするようにしていますが、ありがとうというメールだけで<br>終わってしまうと、あれと思うことがあったのです。<br>でもその気持すら見返りを待っているようで、その気持がわかないように<br>セーブしていたのです。<br><br>愛は与えきりでいいのだと。<br><br>自分から何かお礼をせよとは言いにくいですものね。<br>でもお礼があるのは正直嬉しいし、喜んでもらえたことがわかるので<br>満足（自己満足かもしれませんが）します。<br><br><br>感謝は大事ですが、辺謝（こんな言葉もあるのか）をすれば<br>相手は喜びますね。やってよかった！と。<br>相手も喜ばさないといけない。<br><br>知致出版の本ですが、深い人生訓に満ちた本です。<br>人生の教えが角度を変えて学べるのはありがたいです。<br>心がけたい行いのひとつだと思います。<br><br>☆　　☆　　☆<br><br>感謝にはもう一つ<br>大切な意味があります。<br><br>それは、ありがたいと<br>思うだけではなくて、<br>その気持ちを今度は<br>人に返していくことによって、<br>感謝の心は完成するものなのです。<br><br><br>だから<br><br>「ありがたい、ありがたい。<br>　ああ、ありがたい」<br><br>と言って、いつも人からもらって<br>ばかりではだめです。<br><br>感謝し、本当にありがたいと思ったら<br>その感謝の気持ちを、何らかの形で<br>社会に還元することが大切です。<br><br>同じ人に返さなくてもいいけれども、<br>世間に必ず返すということです。<br><br><br>「感謝は返謝をしてこそ完成する」<br><br><br>のです。<br><br>返謝のない感謝は、<br>ただもらうだけの人生になる。<br><br>いつももらうことを目指してしまう。<br><br>そしてもらえないと<br>目じりがつり上がる人になってしまう。<br><br>いつも人に良きものを<br>与えてごらんなさい、<br>物でなくて気持ちでも何でもいいから<br>与えてごらんなさい。<br><br><br>経営者、商店主必読の書<br><br>　『繁栄の法則』<br><br>　　北川八郎・著　定価＝1,300円＋税<br>http://www2.chichi.co.jp/t?r=AAACTdXo7MwkkOZeZ4yC0DvxNO9U...
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<link>https://ameblo.jp/unajara/entry-12210482880.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Oct 2016 10:37:55 +0900</pubDate>
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<title>「愛」と「慈悲」を考える</title>
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<![CDATA[ 私の周囲に非常に親切な、優しい方がいます。<br>二人とも男性です。<br>男性の方が女性より優しい人が多いのかも知れませんね。<br><br>長年優しい人生を送ると顔つきまで福の神のようになるようで、<br>一見して「いい人」だとわかります。<br><br>しかしその方Aさんは仕事はうまく行ってません。<br>お客様には精一杯もうけを少なくしてまで尽くしています。<br>不思議ですよね。こんなに親切なら「見返り」が来て、その人も<br>親切をお返しされ、幸福な人生を送るはずなんですが。<br><br>現実はだまされて、信用を落として貧乏神になり果てています。<br>私ははっきり物をいうほうなのですが、それでも「いい人」を<br>辞められないようです。<br><br>もうひとりの男性Bさんもお顔も優しく仏の顔に近い方です。<br>この方は家族に対し、愛が深すぎました。<br>自立心を奪い、一人では働くこともできない子供になっています。<br>妻もすべてを許してもらって、家事もろくにできずブランドものばかり<br>買っている生活です。かといって旦那様を信頼しているわけでもなさそうです。<br><br><br>「愛」は神様も与えていますし、私たち人間にもそうであれと望んでいます。<br>どちらかというと愛とはキリスト教的要素が強く、仏教的、東洋的言い方は「慈悲」と<br>いう言い方になってるようです。<br><br>「愛」に「魔」はつきませんが「慈悲」には「魔」という言葉があります。<br>すなわち「慈悲魔」と呼ばれる言葉です。<br><br>愛とは広く与えるものに対し、慈悲は悟りという部分を含むので、間違えると<br>魔が差し込んできます。それで「慈悲魔」という言葉があるようです。<br><br>慈悲魔」になると<br><br>・他の人のエゴイズムを増長させる<br>・人を甘やかすので堕落させる<br>・人を信用しすぎて、人に騙されやすくなる<br>・悪い人をかばいすぎると秩序が破壊する。<br>・人間関係のしがらみに弱くなる<br>・人をほめたり叱ったりできなくなる。<br>・情に流されるから相手を叱れない。<br>・オブラートに包んで相手に伝えてしまう<br>・はっきり言わないことがいいと思ってしまうので伝わらない<br>・自己破滅型の人生を生きてしまう。<br>・自分を大切にしないから人の人生も軽く見る<br>・相手を善導できなくなる<br>・行動力に欠ける<br>・悪いことを正せなくて見逃してしまう<br>・他人の願いに合わせすぎるので、自分の信念の力は弱くなる<br><br>これをみると、<br>その方が（慈悲魔が）、相手を幸福にしてないのがよくわかります。<br>もちろん自分も幸せではありません。<br><br>Bさんにも相手の成長をついばんでしまう姿を何度も見ました。<br>確かに相手を堕落させてしまうのでまさしく「魔」ですね。<br>冷たくすると宗教的な人は自分が「意地悪」をしているような<br>罪悪感にかられてしまいます。<br><br>この罪悪感が人を善人にしてしまうんですね。<br>二人の男性を見ていると本当に神の望む善人であればいいのですが、<br>ただ弱いだけの力のない「心弱き善人」という言葉を思い出します。<br><br>この人を断裁し軽蔑するのは簡単です。しかしある意味では自分のことを<br>教えているようにも見えます。<br><br>こういうふうに相手があると、自分の心にひそむ「魔」や「欠点」がよく見えます。<br>同じように相手も自分に必ずなんらかの不満がひそんでいるはずです。<br>それを黙っているのではなく、単刀直入に言ってくださる人は好きです。<br><br>やんわりと例をもって諭してくれてもいいのですが、<br>気づかせてあげる、これが「愛」なのじゃないかなと思うのです。<br><br>愛と慈悲、これは私の永遠のテーマでもあるのですが。<br><br>また書きたいと思います。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/unajara/entry-12199616144.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Sep 2016 17:38:17 +0900</pubDate>
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