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<title>ヨーロッパうろうろ</title>
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<description>これまでの旅行の回想録です。</description>
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<title>ワルシャワまでの道のり（1993ポーランド）</title>
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<![CDATA[ <p>大きいスーツケースを引きずりながら、朝一のバスで最寄駅へ向かい、乗り換えしつつ成田空港へ。</p><p>昼前のサベナ・ベルギー航空に乗って、十数時間。乗り継ぎの都合でひとまずベルギーへ到着＆入国。</p><p>空港近くのホテルへチェックイン。ホテルまでは、空港へきていたお迎えバスで向かいました。</p><br><p>さて一休み。備品などをいじって眺めてしばし遊びました。</p><p>ベット脇のスイッチをひねると、浴室でもラジオ（有線？）を聞くことができ、</p><p>なんとなくしばらく音楽を流しっぱなしにしていました。</p><p>ま、今考えればごく普通のビジネスホテルだったのでしょうが、</p><p>結構楽しかったです。</p><p>夜9時過ぎてもまだまだ明るくって、驚いたことを覚えています。</p><br><p>翌朝、ワルシャワへ。小さめの飛行機でしたが、混んでいました。</p><p>あっというまに、オケンチェ空港へ到着。</p><p>なんか・・・フレデリック・ショパン空港なる別名もついてるそうな。</p><p>ローマみたいですね。</p><br><p>両替は、たしかその日必要になりそうな分だけ空港ですませました。</p><br><p>荷物をピックアップし、税関を抜けると、ワーッとおじさん数人に</p><p>囲まれてしまいました！ギョエー！</p><p>たぶんタクシー？とか言ってたんだと思いますが、</p><p>緊張と恐怖で、わき目も振らず無理やりバス乗り場まで進み、なんとか振り切りました。</p><br><p>オケンチェ空港は新しくなったばかりと聞いていましたが、</p><p>その時は、昼間なのになんだか薄暗く、ガラーンとした印象ばかり残りました。</p><br><p>近くのキオスクで、これまたビビりながらチケットを買い、</p><p>中央駅までのバスを待ちました。</p><br><p>すると前の男性が、「今何時だ？」と叫んだので、おそるおそる</p><p>自分の腕時計を見せてあげました（答える自信はなかった）。</p><p>するとその人は怪訝そうな顔つきで、「ありがとう」と言いました。</p><p>ん？と思って視線を動かすと、なんと彼には連れがいて、</p><p>その人に話しかけていたのでした・・・</p><p>知らない東洋人が腕時計差し出してきて、不気味だったろうなあ。。</p><br><p>そうこうするうちに、バスがやってきました。</p><p>重い荷物を引き上げ、何とか乗り込み、</p><p>備え付けの検札機にチケットを差し込みました。</p><p>なにやらガチャ、チーンっと音がし、ペン先で刺したような穴が</p><p>いくつか開きました。</p><br><p>はじめての体験でしたが、エ、これでいいの？？といった感想でした。</p><p>だって、チケット自体もわら半紙にシンプルな3色ぐらいの印刷をしただけの</p><p>ペラペラの代物だったし、なんだか、子供のおもちゃみたいに思えたから。</p><p>自分で穴あけてもわかんないんじゃ・・・</p><p>一枚ぐらい、とっておけばよかったなあ。たくさん使ったのに。残念！</p><br><p>そして・・・バスは無事ワルシャワ中央駅駅へ到着しました。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/urouroeuro/entry-10104803897.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Jun 2008 21:56:26 +0900</pubDate>
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<title>サマースクールへ出発　(1993ポーランド)</title>
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<![CDATA[ <p>2度目の海外渡航は、ポーランド。</p><p>初めての個人手配でした。</p><br><p>事情により、現地大学が夏の間に外国人向けに開催する</p><p>サマースクールに参加することになったのです。</p><br><p>まず大学選びで迷いましたが、友人に誘われたこともあり、</p><p>最終的にルブリンのカトリック大学に決めました。</p><p>前ローマ法王の出身校です。</p><br><p>当時はネットもあまり普及していなかったので、</p><p>申し込み書はエアメールで発送、しばらくすると大学事務局から</p><p>エアメールで入学許可証のようなレターが届きました。</p><br><p>参加費は、先に申込金の送金が必要で、</p><p>これがまた大変でした。</p><p>大学の先生に手順を聞き、最寄の銀行の外国送金の窓口に行き、</p><p>申込書など何枚か記入しました。</p><p>ところが、手続きの際に「送金手続きはするが、現地事情により</p><p>お金がうまく届かなくても、責任は問いません」という書類に</p><p>サインさせられたのです。</p><p>確かに、ポーランドの地方銀行宛ではありましたが・・</p><br><p>窓口担当の方によると、現地事情がよくないので、銀行の免責が保証されない限り、</p><p>送金依頼は受け付けられないとのこと。</p><p>仕方なくサインしましたが、さらに送金手数料が￥５０００ぐらいかかりました。</p><p>たかだか５０ドル程度の送金だったので、倍払う羽目に｡ﾟ(T^T)ﾟ｡</p><br><p>ちなみに、その後大学側からなにも言われなかったので、</p><p>お金はちゃんと届いていたみたいです。</p><br><p>そして、ビザの取得が必要だったので、</p><p>パスポートと写真を持って大使館へ向かいました。</p><p>国際学生証の提示でちょっと割引になり、たしか￥４５００。</p><p>一般で￥６０００でした。</p><p>当時のほかの東欧諸国に比べ、群を抜いて高額でした。</p><p>ビザ発行まで、1週間ぐらいかかったと思います。</p><br><p>９０日有効って聞いてたので、渡航期間はざっくり書いておきましたが、</p><p>あとで発行されたビザをみたら、きっかりその期間が記載されていて</p><p>あせりました。（結果、ぎりぎり足りました）</p><br><p>今は、ビザが不要なのでとても楽になりましたね。</p><p>送金事情も、もうちょっとよくなってるかな？</p><br><p>フライトは、サベナベルギー航空を選びました。</p><p>１７万円ぐらいでした。</p><p>乗り継ぎの関係で、行きはブリュッセルの空港近くのホテルで1泊、</p><p>帰りはついでに少し旅行しようということで、ベルリン発にしました。</p><br><p>☆スケジュール☆</p><br><p>成田　→　ブリュッセル　（1泊　空港近くのﾉﾎﾞﾃﾙ　事前予約）</p><br><p>ブリュッセル　→　ワルシャワ　→　（列車）　ルブリン　</p><p>　＊大学寮　５週間</p><br><p>ルブリン　→　（列車）　ワルシャワ　→　（夜行列車）　ベルリン</p><p>　＊ベルリン５泊　</p><br><p>ベルリン　→　ブリュッセル</p><p>　＊ブリュッセル４泊　</p><br><p>ブリュッセル　→　成田</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/urouroeuro/entry-10098978729.html</link>
<pubDate>Thu, 22 May 2008 01:13:11 +0900</pubDate>
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<title>アテネでストライキ</title>
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<![CDATA[ <p>もっとも困るタイミングでのストライキ。</p><p>それはギリシャ旅行を終え、早朝の便でアテネを発つ日に起こった。</p><br><p>あまりに朝早かったので、前日の夜ホテルのフロントに、</p><p>空港までのバスが走っているかどうか確認した。</p><p>「問題ない（時刻表を示して）。」そしてご丁寧にチケットも渡してくれた。</p><p>ラッキー、なんて安心して眠りについたのだが・・・</p><br><p>翌朝、ちょっと早めに出てまだ暗い中バス停に到着。</p><p>朝ごはんを食べそびれたので、余ったドラクマを使ってしまおうと、</p><p>目の前のスタンドでちょっとリッチなケバブサンドを購入、</p><p>おいしくいただいたはいいが、待てど暮らせどバスはこない。</p><p>３０分過ぎた。まあこのぐらいは、想定の範囲内？</p><br><p>あ、やっときた～、と思ったら、、間の前をスーッと通り過ぎるではないか！</p><p>エ？？どういうこと？？</p><br><br><p>私の前に並んでいた欧米人観光客のご夫婦も、同じ状況らしく焦りはじめ、</p><p>たまたま近くを通りかかったタクシー運転手を呼びとめ、</p><p>なにやら話し込んでいる。私も背後から近づいてみた。</p><br><p>すると旦那さんのほうが振り向いて、「きょうは朝からストで、バスは走らないそうだよ。」</p><p>ゲ。立ちくらみが。なぜに今日・・・</p><p>「あなた、お金いくらもってる？」</p><p>しまつたー！！、こんなことならケバブ食べなきゃよかったよー。</p><p>こんな時間じゃ両替所も開いてないし！！</p><p>とりあえず手持ちの小銭をかき集め全部見せた。「これだけです・・・。」</p><p>たぶん日本円にしてせいぜい500円ぐらいだったと思う。</p><br><p>「OK、一緒に乗っていきましょう。」</p><p>うそー、イインデスカ？助かったーーー</p><p>窮地に神様。Thank you so muchデスーー</p><p>タクシー代は幾らだったかわからないが、</p><p>差額は全部ご夫婦がもってくれた。</p><p>彼らはわたしよりさらに３０分ほど早いフライトとのこと。</p><br><p>運転手さんもすごいスピードで飛ばしてくれ、</p><p>ほどなく空港に着いた。</p><p>ご夫婦は、すばやく自分たちの荷物をトランクから降ろし、</p><p>Good Luck ! と言ってがっちり握手してくれて、</p><p>そしてあっという間にターミナルの中に消えていった。</p><br><p>私のGood Luck、もうあなた方からもらいましたよ！</p><br><p>小学校のころ、よく先生が「家に着くまでが遠足です」</p><p>とか言っていたけど、このときは思いがけず、</p><p>素敵な旅の締めくくりとなった。</p><br><br><br><br><p> </p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/urouroeuro/entry-10092740199.html</link>
<pubDate>Thu, 01 May 2008 00:10:41 +0900</pubDate>
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<title>オーストリアでお仕事。</title>
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<![CDATA[ <p>ある夏の早朝、ブタペストからウイーン行きの列車に乗り込んだときのこと。</p><p>２等のコンパートメントにはわたしと、ひとりのおばあさんと、ひとりの若者と、</p><p>一組の若いカップル。</p><p>ウイーンまでは３時間ちょっと、みなが思い思いにゆったりと過ごし、</p><p>穏やかな時間が過ぎていた。</p><p>と、わたしの足元がなにやらもぞっとしたかと思うと、</p><p>なんと座席の下からひとりの人間が出てくるではないか！！</p><p>若い男性だった。</p><p>みながあ然とする中、「ちょっとトイレにいきたくて・・」と言い放つと</p><p>コンパートメントからあっという間に消えていった・・</p><br><p>無賃乗車？だよね。どう考えても。</p><p>カップルが通りかかった車掌さんを呼び止め、</p><p>なにやら話しをしていた。</p><p>するとしばらくしてダダダっと数人の男たちが通路を走ったかと思うと、</p><p>さっきの男があっけなくつかまっていた、両手首に縄を巻きつけられた格好で。</p><p>マンガ以外ではじめて見たよ。。</p><br><p>どうも無賃乗車＆密入国だったらしい。そういえば列車の始発はサンクトペテルブルク。</p><p>彼は強制送還されるんだろうけど、母国でも罪に問われるんだろうか。</p><p>何より、どうして国を抜け出してきたんだろう。</p><br><p>ウイーン駅に着いて、ホテルを探すために荷物を預けたあと、</p><p>なんとなく構内をぶらぶらしていると、掲示板のようなものがあちこちで目に付いた。</p><p>近寄ってみてみると、求人広告(仕事探しています・あります）だった。</p><p>しかもいろんな国の言語。ロシア語・ポーランド語などが多く目に付いた。</p><br><p>そうか。ここは西側なんだ。</p><p>陸続きだけど、ベルリンの壁は崩壊したけど、確かにある見えない壁。</p><p>彼も、自由と豊かさを求めて、必死であのせまーい空間で耐えてたのかも知れない。</p><p>どのぐらいああしていたのだろう。</p><p>やっていることは誉められたことじゃないけど、ちょっと切なくなった。</p><p>詰めが甘いところも憎めない。自然現象とはいえね。。</p><br><p>現在、旧東欧の国々のほとんどがＥＵに加盟している。</p><p>あんな風にこっそり逃げ出す人、減ってることを願う今日この頃。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/urouroeuro/entry-10002517551.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Jun 2005 21:03:14 +0900</pubDate>
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<title>スペインで締め出される。</title>
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<![CDATA[ <p>油断してるといろんなことが起こる。</p><br><p>マドリードのホテルに到着したときのこと。</p><p>貧乏学生だったわたしが、日程の都合上奮発して日本から</p><p>予約していった目抜き通り沿いに建つ三ツ星ホテルだった。</p><br><p>陽気なポーターさんに案内されて、ウキウキしながら</p><p>十何階かの自分の部屋へ。</p><p>こざっぱりとしたお部屋の先には小さなバルコニーが見えた。</p><p>すぐ下はメインストリート。</p><p>浮かれ気分も最高潮に、ポーターさんにチップを渡すと</p><p>勢いよく窓をガラッと開けてバルコニーへ出た。</p><p>うわー人が小さい！！</p><p>と、背後でガシャン、と鈍い音。</p><br><p>ゆっくり振り返ると、窓が閉まっていた。</p><p>イヤーな予感が的中！開かないのだ！！</p><p>窓ガラスもオートロックなんてうっそー。。</p><p>わたしは、人間がマッチ棒以下に見える高さの、</p><p>畳半畳ほどの空間に取り残された・・・</p><br><p>深呼吸。そしていろいろ試してみた。</p><br><p>１．近くの部屋でベランダに出てる人に助けを求めよう。</p><p>　　　－－－＞だーれもいない。</p><p>２．下に向かって叫ぶ(スペイン語＆英語)</p><p>　　　－－－＞誰にも届かない。距離ありすぎ。</p><p>３．賠償覚悟でガラスを叩き割る。</p><p>　　　－－－＞本気で体当たりしたがびくともしない。</p><p>　　　　　　　　　逆にベランダが折れそうな気がしてきてやめた。</p><p>４．せっぱつまってまたまた下に向かって叫ぶ(日本語＆意味不明)</p><p>　　　－－－＞　やっぱり誰にも届かない。さっきのポーターさんが</p><p>　　　　　　　　　　頻繁に出入りしているというのに。</p><br><p>バルコニーの鉄の柵をつかんで(胸ぐらいの高さで細い鉄の柵がめぐらしてあるだけだった・・）</p><p>うつむいて奇声を発しつづけたせいか、気づくと塩味が。鼻から出血！！</p><p>拭くものがないので、着ていたTシャツでおさえたが、下には血だまりが・・・</p><p>あたりも薄暗くなってきてあせってきた。</p><p>が、もうここで一晩明かすしかない、明日になれば</p><p>おそうじの方が見つけてくれるさ、と腹をくくったら、</p><p>急にひとつ浮かんできた。</p><br><p>スニーカー。　　　　　　　　</p><p>これを落としてみよう。チャンスは右足と左足で２回しかない。</p><p>わたしはあのポーターさんが出てくるのをじっと待った。</p><p>落とす場所も慎重に狙わなければならない。</p><p>この高さからじゃ、ただのゴム底も十分危険な凶器だ。</p><p>そして。</p><p>わたしの薄汚れたスニーカーは、人ごみを縫って</p><p>幸い誰にもあたることなく地上へ到着、２，３メートルバウンドした。</p><p>人々がいっせいに振り返る。わたしは精一杯手を振った。</p><p>人々がわたしを指差す。そしてあのポーターさんがわたしの命綱（おおげさ）</p><p>を拾って、こちらに向かって「君のか」というジェスチャーをした。</p><p>わたしは精一杯頷いた。ちょっとまっとけと彼は言う（ったように見えた）。</p><p>ああーー助かったーーー！</p><br><p>しばらくしてガタガタと部屋のドアがあき、</p><p>スニーカー片手にポーターさんが入ってきた。</p><p>ガラス戸を開けてくれると、おお、血まみれだ、シャワーをあびてゆっくりやすみなさい。</p><p>ここのガラス戸は勝手にかぎかかっちゃうからね、外に出るときは</p><p>ちょっとあけておくんだよと言って、また仕事に戻っていった。</p><p>どうもありがとう、ありがとう、と言うのが精一杯だった。</p><br><p>鏡を見て倒れそうになった。すごい形相・血まみれのわたし・・・</p><br><p>ほんとにたくさんの人に助けられ・支えられて今日まで</p><p>旅を続けてこられました。みんなに感謝です。。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/urouroeuro/entry-10002434186.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Jun 2005 23:36:57 +0900</pubDate>
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<title>乾燥・乾燥・感想。</title>
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<![CDATA[ <p>ヨーロッパ旅行での一番の敵。それは乾燥。</p><p>飛行機に乗ったときから始まっている。</p><br><p>もともと乾燥肌＆超敏感肌＆いろんなアレルギーもちなので、</p><p>十何時間後にタラップを降りるときは本当に悲惨。</p><p>ひどいときは粉噴くというレベルではなく、あきらかに顔全体から皮がむけはじめているうえ、</p><p>くすみで黄土色になった肌は、われながらリング２にそのまま出演できる状態だと思う。</p><p>そしてかさかさ・ごわごわ・ばりばりは、引き続き乾燥したヨーロッパでの滞在中進行し、</p><p>回復するヒマなく、また帰りの機内でさらに悪化するのだった。</p><p>元に戻すまで、１ヶ月近くかかることもざらだ。</p><br><p>あるとき、日本へ向かう飛行機のランチタイムの後で、徹底した人を見た。</p><p>頭にスカーフ、目元にはアイマスク、鼻・口元には巨大マスク。</p><p>そして２つのマスクの隙間からパックシートみたいなのがヒラついていて。</p><p>もちろん全身はすっぽり毛布で覆われている。</p><p>よく雑誌とかで見る、機内でのスキンケア方法を実践してるのかな～</p><p>と思いつつも、かなり怖い風貌の彼女が気になってしまっていた。</p><p>爆睡中といった様子。</p><br><p>（多分）ぜんぜん目覚めることなく、そのうち朝食のアナウンスが入った。</p><p>と、例の彼女はいきなり姿勢を正し、両マスクとスカーフをさっと取ると、</p><p>すごい速さでいろんなものを顔に塗り始めた。すると・・</p><p>最初はオバＱみたい(失礼。）だったのが、あっという間に美女へ！！</p><p>仕上げに髪を梳かしている彼女に、わたしの目はさらにくぎ付け。。</p><p>本当に鮮やかだった。奇跡を見たと思った。</p><br><p>そうしているうちに彼女はなにやら書類を片手に立ち上がり、</p><p>近くの人たちに、明るくにこやかに、「お疲れ様でした(^ o^)/・・」と</p><p>声をかけ始めた。胸には大手旅行会社のバッチが・・・！</p><p>添乗員さんか～。さすがプロ！パチパチ！！</p><br><p>かくして次の旅行からはわたしもマスクをつけるようになった。</p><p>たっぷり・まめに保湿をして、水分をしょっちゅう飲んでおけばわりといいみたい。</p><br><p>でもまだ問題がある。それはと空港まで化粧をしていくか、</p><p>それともすっぴんで出かけるか、ということである。</p><p>機内で適当に化粧をおとすのは、敏感肌ゆえ危険すぎるのだが、</p><p>ずっとしっぱなしというのもよくない。</p><p>いまのところ、ファンデなし・軽めのポイントメイク(眉と口紅）のみに</p><p>落ち着いているが、年々隠したいところも増えてきていて・・・</p><p>紫外線直浴びもよくないし・・・悩。</p><br><p>ヨーロッパはしょっちゅう行きたい！でも乾燥はつらい。</p><p>幸せと悩みは、いつも同時進行にあるのだ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/urouroeuro/entry-10002386675.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Jun 2005 12:53:59 +0900</pubDate>
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<title>フランスで誕生日。</title>
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<![CDATA[ <p>はじめてパリを訪れた日。折りしも自分の誕生日だった。</p><p>ローマから夕方飛行機で到着し、ホテルにチェックインすると、</p><p>荷物を置くや否や、すぐに外へ歩き出した。</p><p>日が傾きかけた夕暮れの街は、長年の憧れに違わず甘美だった。</p><br><p>上から見下ろしたい、というのは何かを自分のものにした</p><p>ということを確認するための行為なのだろう。</p><p>わたしは高いところが大の苦手なのだが、</p><p>初めて訪れる街のタワーとか塔には、必ず登ってしまう。</p><p>こわくて途中で引き返したくなったことは数え切れない。</p><p>天辺で壁に張り付くようにして、へっぴり腰で一周しながら</p><p>遠くあたりに広がる風景をやっとの思いで見るにつけ、</p><p>そこでつかんだ何かを確認するのだ。</p><br><p>その日も、とりあえずエッフェル塔をめざした。</p><p>足元で見たら、意外と小さかったことにおどろいた。</p><p>しかし上からの夜景は素晴らしかった。</p><p>暗闇に暖かいオレンジの灯りが点々と広がる。</p><p>なぜだか日本の夏祭りの夜を思い出させた。</p><p>それは電気で明るくする光ではなく、燃える炎に限りなく近かった。</p><p>ヨーロッパでは蛍光灯をあまり使用しないということは、</p><p>あとから知った。</p><br><p>感動を胸に、帰路に着いた。</p><p>途中メトロの乗換駅へ着くと、</p><p>何か様子がおかしい。</p><p>フランス語は一切わからなかったが、</p><p>どうもストライキらしい。人々がざーっと車両をあとにした。</p><br><p>しかたなく、地上に出た。</p><p>幸い都会の夜は明るい。</p><p>ガイドブックの見にくくて不便な地図と格闘することしばし。</p><p>なんとかホテルのある通りまでたどり着いた。一時間ほど経っていた。</p><p>ふと気が付くと、おいしそうな食料品店のショーケースに、</p><p>きれいなフルーツのタルトが並んでいた。</p><p>そのとき緊張でしばらく忘れていた自分の誕生日を思い出したのだった。</p><br><p>タルトを手に、ホテルの部屋へたどり着いたわたしは、</p><p>部屋から見える、オレンジに光るエッフェル塔と凱旋門をツマミに、</p><p>１９回目の誕生日をささやかに過ごした。</p><p>こころに残る、特別な日の出来事だ。</p><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/urouroeuro/entry-10002257115.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Jun 2005 19:20:29 +0900</pubDate>
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<title>イタリアでの出来事</title>
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<![CDATA[ <p>はじめてのヨーロッパ、ローマ。</p><p>テレビとか教科書でしかみたことなかった遺跡だとか、教会などが</p><p>どーっとせまってきて放心状態だったな～</p><p>冷たくて石と雨が混ざったような、ヨーロッパの冬(このときは実際早春だったけど・・）独特の</p><p>の匂いの空気を感じつつ、パンをかじりながら一日中ひたすら歩いたものだ。</p><p>５日ぐらいの間に、２つぐらい事件があった。</p><br><p>１．自称公式観光ガイドのおっさんに追いかけられる。</p><p>２．T/C１０万円分ほどをトイレに置き忘れるが無事戻ってきた。奇跡！！</p><br><p>１．は、まあよくある話だろう。しかし海外初心者の恐怖心を煽るには十分すぎた。</p><br><p>最初の出会い（？）はスペイン広場だった。階段の一番上から通りを見下ろしていると、</p><p>音もなく忍び寄ってきて、聞いても頼んでもいないのに、変なライセンスもどきを</p><p>見せてきた。よく火サスなどで「警察のものですが・・」といっておもむろに</p><p>コートのポケットから取り出されるあれみたいな。</p><p>ちょっと会話したあと、コロッセオを案内してやるからついて来いとしつこく言われたが、</p><p>その場は何とか切り抜けた。</p><br><p>が、本当の恐怖はその数時間後だった。トレビの泉でくつろいでいたら、なんとさっきのおっさんが・・・！</p><p>つぎのカモを探していたにちがいない。わたしに気づいて、「お、さっきの！」といわんばかりに</p><p>すごい勢いで近寄ってきた！！</p><p>・・・走って走って逃げたさ。当時カバキとかいうやつが同様の手口で日本人女子大生グループに近づき</p><p>次々と暴行した、という事件が世間で話題になっていたのだ。</p><p>でも、もしかしてほんとはいい人だったのかな？</p><br><p>２．は、ナポリ・ポンペイ行きのオプショナルツアーに参加したとき。</p><p>途中のドライブインかどこかでトイレに入ったとき、腹巻(貴重品入れ・・使ってました・・）</p><p>を外してそのまま置きっぱなしにして出てきてしまっていた。</p><p>でもぜんぜん気づいてなかった・・</p><br><p>しかし、あとに同じ個室に入った親切な同じツアーの日本人の女性（なんか新婚さんだった）が気づき、</p><p>ツアーのガイドさんに届け出てくれていたのだ。</p><p>バスが走り出して、これ忘れた人いますか、との呼びかけに初めて失態に気づいたのだった・・・</p><p>T/Cで、自分の名前が漢字でサインしてあったから拾ってもらえたんだろうな。</p><p>申し出ると、ガイドさんに、「ありがとうじゃすまないのよ。」と軽く怒られた。でもこの言葉って違うんじゃ・・・</p><p>結局、ガイドさんの提案（というか勝手に仕切られた）で、おいしくて有名といわれるスパゲティを</p><p>３袋ほど購入、拾ってくださった方に差し上げた。ほんとにどうもありがとうでした。</p><br><p>でもこのとき多分、すごく反省したのだと思う。</p><p>それ以来、お金のトラブルには一度も遭っていない。</p><p>スリも、置き引きも、もちろん置き忘れも。</p><br><p>何事も、トライ＆エラー＆反省の繰り返しなのだ。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/urouroeuro/entry-10002194067.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Jun 2005 00:05:12 +0900</pubDate>
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<title>スキポール空港</title>
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<![CDATA[ <p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">初めてのヨーロッパ。ローマへの道のり。</font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝"></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">とってもフレンドリーなクルーのＫＬＭオランダ航空で、アムステルダム経由ローマへ。<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">当時はディオールの口紅がデパートで１本５０００円もする時代だったが、<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">スキポール空港では１６００円ぐらいで並んでいた！<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">ビンボーなわたしもさすがに飛びつきたくなったが、<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">ギルダーに換えるの面倒だな～と。<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><p><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">&nbsp;<br></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">・・・というより、両替の仕方もよくわからなかった。数字も大の苦手なので、自分の円換算のやりかたが合っているのかどうかも自信がなかった。ぐずぐずしてローマ行きに乗り遅れたら大変！と。<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">なにより、クレジットカードが使えることも知らなかったのだ。あとから気づいた・・・<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">で、帰りの便でゆっくりお買い物。<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><p><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">&nbsp;<br></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">ダイレクトメールを送ってくれるというサービスの受付箱に、父親の名刺を投函してきた。<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">ごく普通の名刺。もしも何かあったら・・といって渡航前に渡されたものだ。<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">なんにもなかったからいいんじゃん。と思ったのだ。<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">その後何年かに渡って、スキポール空港からのお買い得情報などが父の会社へ届いた。<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">いつも楽しみにしていた。<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><p><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">&nbsp;<br></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">スキポール空港へはその後何度か訪れているが、お菓子やチーズや化粧品、好みのものがなんでもそろっていて広くて楽しくて、大好きな空港のひとつだ。ついたくさん買ってしまう。<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><p><span style="FONT-SIZE: 9pt"><font face="ＭＳ 明朝">そしていつもあの頃の、全部はじめてのどきどきを懐かしく思い出すのだ。<span lang="EN-US"><br></span></font></span></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/urouroeuro/entry-10002140199.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Jun 2005 23:06:21 +0900</pubDate>
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<title>はじめの一歩。</title>
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<![CDATA[ <p>ヨーロッパへの初上陸は、１９９３年のローマだった。</p><br><p>ほんとは、初めての海外だし、英語圏がいいかな～と思ってロンドンを選んだつもりだった。</p><p>しかし蓋を開けてみたらローマだった。最終日程表を取りにって気づいたのだ。</p><p>間違えて申し込んだ上、勘違いしていたらしい。</p><p>不思議顔のわたしに、カウンターのお姉さんのほうがあせっていた。</p><p>しかし、旅行申込書にはばっちり「ローマ」の文字が・・・</p><br><p>「ロ」しか合ってないじゃん。。</p><p>しかし、幸いなことにまだポンドは購入していなかった。（日本で買ってみたかったのよ・・）</p><p>ほんとに今でも不思議に思うが、ま、こんなことはぜんぜん問題ではなかった。</p><p>とにかくヨーロッパに行きたかったのだ。</p><br><p>数日後、そのまま機上の人となった。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/urouroeuro/entry-10002139951.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Jun 2005 21:10:35 +0900</pubDate>
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