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<title>元うつ病サラリーマンのブログ</title>
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<description>うつ病関連の様々な情報を、お届けします！</description>
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<title>スタチン系6成分などの添付文書改訂を指示―厚労省</title>
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<![CDATA[ なかなか「うつ病」から抜けられないあなたへ！「うつ病」の悪循環から独力で脱出する新しい考え方！プチ認知療法<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859</a><br><br><br>　厚生労働省は3月23日、スタチン系薬剤全6成分の添付文書の「重大な副作用」に、間質性肺炎が出現することがあるため、長期投与でも発熱、咳嗽、呼吸困難、胸部エックス線異常などが認められた場合、投与を中止し副腎皮質ホルモン剤の投与など適切な処置を行うことを追記するよう指示した。<br><br>　改訂指示の対象となったのは▽アトルバスタチンカルシウム水和物▽シンバスタチン▽ピタバスタチンカルシウム▽プラバスタチンナトリウム▽フルバスタチンナトリウム▽ロスバスタチンカルシウム―の6成分。また、アトルバスタチンカルシウム水和物とアムロジピンベシル酸塩の配合剤も改訂の対象に含まれている。<br>　同省によると、2006年4月から3年間で因果関係を否定できない間質性肺炎の副作用が7例報告されている。<br><br>　このほか、気管支ぜん息の治療に用いられるロイコトリエン受容体拮抗剤モンテルカストナトリウム、プランルカスト水和物、ザフィルルカストの3成分について、投与に当たり患者の状態を十分に観察することなどを、添付文書の「重要な基本的注意」に追記するよう指示した。<br>　同省によると3成分のうちモンテルカストナトリウムを投与した患者に06年4月から3年間で、因果関係が否定できない自殺念慮の副作用報告が1例あった。ほかの2剤については報告がなかったものの、海外でザフィルルカストを投与した患者でうつ病を含む精神症状が報告されているという。<br><br>■統合失調症治療薬40成分、「重要な基本的注意」に追記<br>　また、統合失調症治療薬40成分について、「重要な基本的注意」の項目を改め、肺塞栓症や静脈血栓症など血栓塞栓症が報告されている現状から、不動状態、長期臥床、肥満、脱水状態など危険因子を持つ患者に投与する場合に注意するよう指示した。<br><br>　今年2月に欧州で行われた統合失調症治療薬に対する添付文書の改訂を受け、同省は国内の統合失調症治療薬について、06年4月から3年間の副作用報告状況を調査。因果関係が否定できない副作用報告はなかった。<br><br>　40成分のうちリスペリドンについては、麻痺性イレウスに関して国内で因果関係の否定できない副作用報告が06年4月から3年間で2例あったため、「重大な副作用」の麻痺性イレウスの項目をほかの薬との併用による副作用発症の可能性を示した従来の記載から、「本剤の使用で発症する可能性がある」との内容に改めるよう指示した。<br><br><br><br><br>※この記事の著作権は引用元にあります<br><br><br><br><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100324-00000014-cbn-soci">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100324-00000014-cbn-soci</a><br><br>
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<pubDate>Mon, 05 Apr 2010 13:00:47 +0900</pubDate>
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<title>チェ・ジニョンの自殺は突発的か？　夜の約束を前に死を選択…</title>
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<![CDATA[ なかなか「うつ病」から抜けられないあなたへ！「うつ病」の悪循環から独力で脱出する新しい考え方！プチ認知療法<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859</a><br><br><br><br>拡大写真<br>チェ・ジニョン<br>29日に自殺した韓国タレント、チェ・ジニョンの関係者が聯合ニュースのインタビューに応じ、チェ・ジニョンは自殺当日の朝、放送関係者と午後8時半に会う約束をしていた事実を公表。「（朝に）夜の予定を組んでいたことから考え、自殺は計画的なものではないだろう」と明かした。<br><br>また、同関係者は「チェ・ジニョンは朝、薬を飲んだ後に首を吊ったと確認されているが、服用していた薬は姉（故チェ・ジンシル）も飲んでいた、うつ病の薬だった」と明かした。薬の過剰摂取により、自分が誰なのか、今どんな状況にあるのか判断ができなくなることもあるという。（チェ・ジニョンも）同様の状態に陥り、自らの命を絶ったものとみられている。<br><br>チェ・ジンシルのプロフィールと写真 <br><br>関係者によると「チェ・ジニョンとチェ・ジンシル姉弟は、想像以上の固い絆で結ばれていた」といい、姉の死後、チェ・ジニョンは極度の喪失状態に苦しんでいたという。<br><br>チェ・ジニョンの所属事務所エムクラウド・エンターテイメント関係者は、チェ・ジニョンが自殺当日の午前、事務所代表へ電話で連絡をとり「映画の台本を送ってほしい」と依頼したとし、演技に対する意欲をみせていたことを明かした。<br>また同関係者は聯合ニュースとの電話インタビューで「チェ・ジニョンは今年10月からのドラマ出演も検討していた」と話した。<br><br>「チェ・ジンシルが残した2人の子どもと一緒に生きていく」と語っていたチェ・ジニョンは「仕事をするためにも体力を養わなければ」と話し、治療を続けていたとのこと。そこへ訪れた突然の悲報に、関係者は一様にショックを隠しきれないようすだ。<br><br>また事務所関係者は、チェ・ジニョンが今年初旬、新たに（事務所との）専属契約を結んでいた事実を明かし「仕事をがんばる」と意欲をみせていたため、うつ病に苦しんでいたことは予見できなかったとしている。<br><br><br><br><br>※この記事の著作権は引用元にあります<br><br><br><br><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100330-00000006-wow-ent">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100330-00000006-wow-ent</a><br><br>なかなか「うつ病」から抜けられないあなたへ！「うつ病」の悪循環から独力で脱出する新しい考え方！プチ認知療法<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859</a><br>
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<pubDate>Mon, 05 Apr 2010 12:56:18 +0900</pubDate>
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<title>＜公務災害＞教諭自殺の背景　生徒の暴力認定　大阪地裁</title>
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<![CDATA[ なかなか「うつ病」から抜けられないあなたへ！「うつ病」の悪循環から独力で脱出する新しい考え方！プチ認知療法<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859</a><br><br><br>　堺市の市立中学に勤めていた女性教師（当時５１歳）が自殺したのは生徒の暴力など過酷な勤務が原因として、夫が地方公務員災害補償基金（東京都）に公務外災害とする認定処分の取り消しを求めた訴訟の判決が２９日、大阪地裁であった。中村哲裁判長は「生徒から暴力を受けるなど強度の精神的ストレスが積み重なった状態で、公務としての過重性があった」と公務災害を認め、処分を取り消した。校内暴力によるストレス自殺を認める判決は異例という。<br><br>　判決によると、女性教師は７６年、大阪府教委に採用され、９６年からこの中学に勤務。２年生の学級担任だった９７年６月、うつ病と診断され、同１１月入院して休職。通院治療中の９８年１０月、自殺した。<br><br>　この中学では当時、チャイムが鳴っても教室に入らない生徒が多く、注意しても「死ね」「殺すぞ」などの暴言が返ってくるのが日常茶飯事だった。教師への暴力は９７年４～１１月、６人に対し計２０件。自殺した女性教師は、ノート未提出のまま帰ろうとする生徒を注意して腹部を殴られたり、椅子に座ったまま職員室内をぐるぐる引き回されるなどの被害を受けていた。また問題解決は個々の教師任せにされていた。<br><br>　判決は「異常とも言うべき勤務環境に加え、学校側から何らの軽減措置や支援策が講じられた形跡は認められず、精神障害を発症させる程度に過重な心理的負担だった」と指摘した。この学校によると、現在は暴力などはほとんどなく、教師の健康管理や職場環境について専門医と連携し、学校を挙げて取り組んでいるという。<br><br>　夫は００年、地方公務員災害補償基金大阪府支部に公務災害認定を請求したが、公務外災害とされ、再審査請求も退けられていた。【堀川剛護】<br><br>　▽地方公務員災害補償基金の話　判決内容をよく検討した上で今後の対応を判断する。<br><br>※この記事の著作権は引用元にあります<br><br><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100329-00000080-mai-soci">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100329-00000080-mai-soci</a><br><br>なかなか「うつ病」から抜けられないあなたへ！「うつ病」の悪循環から独力で脱出する新しい考え方！プチ認知療法<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859</a><br>
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<pubDate>Sun, 04 Apr 2010 16:07:03 +0900</pubDate>
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<title>さよなら「サラリ君」　西村宗さんに聞く　ひらめきと冷や汗の３０年</title>
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<![CDATA[ 傷病手当金受給マニュアル ～うつ病でもお金の心配をしないで会社を退職して療養生活を送る方法～<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487</a><br><br>拡大写真<br>仕事場でサラリ君の絵筆を執る西村宗さん。連載を続けた３０年間を「楽しい思い出ばかり」と振り返る＝東京都内（大山実撮影）（写真：産経新聞）<br>　３０年にわたり本紙で連載されてきた西村宗さん（７３）の漫画「サラリ君」が、今月いっぱいで終了する。庶民的なサラリーマン一家の日常を、ほのぼのとしたタッチで描いた同作品。「一日はサラリ君を読むことから始まる」と親しまれてきたが、惜しまれつつも３０年の歴史に幕を下ろす。西村さんに、長期連載の秘訣（ひけつ）や思い出、創作者としての基礎をはぐくんだ生い立ちやサラリーマン経験を振り返ってもらうとともに、なお尽きない創作意欲を語ってもらった。（千葉倫之）<br><br>　■時代の今描き、嫌な思い出ない<br><br>　－－まずは３０年間、お疲れさまでした<br><br>　「僕はね、３０年間描き続けて、嫌な思い出は一つもないんです。楽しい思い出だけが残ってますね。自分が納得できる作品が、明くる日の新聞に載っているというのが、一番楽しい。読者の皆さんの声が支えになりました」<br><br>　－－毎日描き続けました<br><br>　「最初の数年はしゃかりき。文春漫画賞をもらった後は特に肩に力が入った。漫画界で最高の賞だから。アイデアが浮かばなくて、あわてるわ冷や汗かくわ、という毎日が続いたときもあったね。けれど、気負いが一番いけません」<br><br>　－－昔の作品を見返した感想は<br><br>　「アイデアはよくても、それをオブラートで包む技術がなかったと思う。今は自然体です。連載を始めるとき、先輩漫画家の横山隆一さんに『毎回６０点以上を描き続けるのがプロだ』と教わりました。６０点以下なら『知らんぷりしてろ』と（笑）。だんだん、その意味が分かるようになった」<br><br>　－－時には失敗もある<br><br>　「それはありますよ。翌日に見返して、『何でこんなもん描いたんかな。厚かましい』って（笑）。それに、僕の見方と読者の見方は、かなりずれてます。僕が面白いと思っても、反応はいまいち。逆に、駄作だと思っているのに『最近まれにみるヒット作』という手紙が来る（笑）」<br><br>　《西村さんは毎日午前１０時ごろ起床。新聞などに目を通したあと、１時間以内にサラリ君に取りかかる。まずは「アイデア帳」という大学ノートに向かう》<br><br>　「座って腕組みして、真っ白なノートをじーっと見ていると、登場人物が見えてくるんです。おかしいよ。たけし君ならたけし君が出てきて、勝手に動き出す。よし、じゃあ今日は、たけし君で行こうと。そこで無理に社長で描こうとすると、失敗します。調子が悪い時は白いノートが見えるだけです（笑）」<br><br>　－－まずはオチを考える<br><br>　「全神経を使います。トイレや食事を忘れることもありますね。オチができれば、あとは何とでもなります。最後のコマへ移るときの落差が大きいほどいい。理屈じゃなく、ひらめきだね。線は少ない方がよろしい。セリフも迷ったときは入れない。アイデアがない時は、言葉が多くなる」<br><br>　－－登場人物にモデルは<br><br>　「モデルはいません。高橋博士は、大学の恩師に似せてありますが。すべての登場人物は僕です。彼らのセリフは僕の心の中にあるんです。消えていったキャラクターもいます。最初は意識的に売り出そうとするんだけど、いつの間にかいまいち魅力を感じなくなるんですね。アイデア帳を見ても姿が浮かばなくなる」<br><br>　《昼のニュースを見てから絵筆を執る。完成まで約３時間をかける。午後には外出し、スーパーなどで市井（しせい）の人々の様子を観察するのが日課だ》<br><br>　「大事なのは、ニュースペーパーに描いているという意識です。その時代の今、時代の今日を描いている。それは身に染みついています。大ニュースがあれば差し替える。差し替えで覚えているのは小渕恵三元首相が亡くなったとき。ちょうど母の日だった。小渕さんが花を持って天国に行く。お母さんが『恵三、よくがんばったね』という漫画になりました」<br><br>　－－そんな力作でも、読者が目を通すのは数秒だけ<br><br>　「そういうことを考える人は漫画家になれない。自分が面白いから描いているんです。朝のスタートの時に、読者の心にひっかかるような作品を描いては失格です。さらっと読んで、ぱっと忘れてしまうくらいが一番いい」<br><br>　■ありえない生活、僕のあこがれ<br><br>　《西村さんは大阪・泉大津の出身。繊維会社の経営者一族出身の父の影響を大きく受けて育った》<br><br>　－－どんな家庭でしたか<br><br>　「おやじは、僕に何でも教えようとした。小学校から今でいうバイトをいくつもさせられた。パン屋、煮干し干し、野菜作り。おやじは発明家で、リンゴ剥（む）き機とかサトイモの皮剥き機とか、いろいろ作っていた。おやじの兄は日本で初めて『和式ジャカード織機』を作った。発明家の血筋を、僕も引いてますね。物の仕組みをじっくり考えるのが大好きなんですよ」<br><br>　－－絵も上手だった<br><br>　「隣家の１つ年上だった小学校１年の女の子が、図画の宿題を忘れて泣いている。代わりに僕が描いたら優秀だと掲示された。それが一番古い記憶ですね。おやじも絵はうまかった。母は４本足のニワトリを描くような人やったけど（笑）」<br><br>　《中学時代から自作漫画の投稿を始めた西村さん。才能が注目され、高校時代には地元紙に『トンマ君』という４コマを連載した》<br><br>　－－いつ漫画に興味を<br><br>　「初めて漫画が面白いと思ったのは小学生のころ。南部正太郎さんの『ヤネウラ３ちゃん』という大阪新聞の４コマ。本当に、文句なしに面白いんです。あれが、僕を４コマ漫画にぐーっと押したきっかけだったのかな」<br><br>　－－高校で新聞連載。早熟です<br><br>　「漢字をよく間違えて編集部に直される。修正したところは見て分かる。学校の先生も読者だから『原稿出す前に、先生に見せろ』って（笑）。僕より年上の人が『弟子にしてくれ』と来たこともあったね」<br><br>　《明大農学部では、牛など反芻（はんすう）動物の消化管に棲（す）む微生物の研究をした》<br><br>　－－なぜ農学部に<br><br>　「受験勉強のしすぎで体を壊して医者にいった。僕は胃酸過多でね、先生に『お宅の薬は効かんけど、とろろ昆布かリンゴを食べれば治まる。なんでですか』と尋ねた。先生は『君が大学で研究しなさい』。これがきっかけ（笑）」<br><br>　－－アルバイトもした<br><br>　「お金がなくて、いつもバイトで映画の撮影所に通っていた。エキストラとか雑用しながら志をもって見ていると、撮り方も分かってくるもんでね。ずっと後にテレビＣＭを作ったときに経験が生きました。漫画にもね」<br><br>　《父方の家業である繊維会社に入社。市場調査や営業、工場長と７年間のサラリーマン生活を経験した》<br><br>　「１年だけと心に決めて大阪に帰ったんですが、面白くて。営業では『紳士織物部』に回された。どの会社でも一番売れない大変な部署やけど、僕は先輩と同じルートで売るのは嫌。人と同じことをしたくないんです。いろんな知恵を絞りましたよ」<br><br>　－－どんな知恵を<br><br>　「営業に行っても、受付の女の人は『部長も課長もいません』。一計を案じて、『読み古しですけど』って、人気の女性週刊誌を渡すようにしてたら、そのうち『係長ならいてます』（笑）。従来とデザインが全く違う『おしゃれ毛布』という新製品も作った。１年で１０万枚売れました」<br><br>　－－転身のきっかけは<br><br>　「工場長時代、働きすぎてギックリ腰になったんですな（笑）。２週間べたっと寝てた。退屈しのぎに週刊誌の漫画募集に投稿したら、佳作か何かに入選してしまって。漫画は卒業したつもりだったけど。腰を痛めなかったら、漫画家やってなかったと思いますね」<br><br>　－－サラリーマン経験が作品に生きている<br><br>　「組織の面白さ。いい加減さも必要。そういうことを学びました。サラリ君と社長は対等に話すし、家も隣。ありえないことは知ってますよ。分かった上で、あえて言わせるところに快感がある。サラリ君は僕のあこがれでもあるのかな。『こういう会社あったらおもろいやろな』という」<br><br>　■次は新分野に挑戦<br><br>　《漫画界で重きをなす大ベテラン。４コマ漫画の現状にも一家言ある》<br><br>　－－３０年で漫画も変わりました<br><br>　「いろんな漫画賞の選考委員をしているから、今の若い人の作品も見る。まず言葉から始まっているでしょう。言葉で落とそうと考えている。基本的な姿勢が、うんと変わりましたね。各コマに、何か説明する文章を書いているでしょう。ああいうことをやってはいけないのね」<br><br>　－－なぜですか<br><br>　「手塚治虫先生は『漫画からセリフだけを抜き出してストーリーが分かったら、それは漫画ではなく笑い話だ』という趣旨のことをおっしゃっています。映画でいえば結末を言っているのと同じ。アイデアが弱い証拠です」<br><br>　－－絵で落とすのが理想<br><br>　「漫画の最高のオチは『形落ち』なんです。セリフや説明がなくても、絵だけでクスッと笑える。オチがしっかりあれば、あとは４コマでも８コマでも、いくらでも描けます」<br><br>　「その意味で、全部形落ちなのが、１コマ漫画です。ぱっと見て『異常であれ』というのが鉄則。これは僕が描いた１コマ漫画です。孤島で、男がタコ焼きの屋台を出している。そこにタコがタコ焼きを買いに来る。こういうの、面白いでしょう。ありえないよなあ（笑）」<br><br>　－－漫画家としての今後は<br><br>　「そういう１コマ漫画をもう一度やりたい。もともと中学２年生の時に、地方紙で週に１回、１コマの政治漫画を描いていた。面白さはよく分かっています。さっきの孤島を舞台にした『孤島漫画』とかね。昔書いた『おもろいヤンキーつむじ風』の英語訳も進めています」<br><br>　－－改めて、３０年間お疲れさまでした<br><br>　「本当に、いいときも悪いときも、目を通していただいた皆さんのおかげです。産経新聞も３０年、よく辛抱してくれました（笑）。嫌なことは一つもありませんでした。ワンタイトルで３０年、いい区切りだと思います。今は、新しい分野に挑戦したいという希望にあふれていますよ。人をうならせる、というのではなく、自分が、うんっと楽しみたいね。自分が。だって、描くのが楽しいんだもん（笑）」<br><br><br>※この記事の著作権は引用元にあります<br><br><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100322-00000044-san-soci">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100322-00000044-san-soci</a><br><br> 傷病手当金受給マニュアル ～うつ病でもお金の心配をしないで会社を退職して療養生活を送る方法～<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487</a>
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<pubDate>Sun, 04 Apr 2010 15:57:07 +0900</pubDate>
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<title>「うるさいから」子供に抗うつ剤与え続けた夫婦に司法の断罪　米社会に潜む闇</title>
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<![CDATA[ 傷病手当金受給マニュアル ～うつ病でもお金の心配をしないで会社を退職して療養生活を送る方法～<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487</a><br><br>　【海外事件簿】<br><br>　米マサチューセッツ州で今年３月２６日、オムツもとれない３人の子供たちに躁鬱（そううつ）病薬を過剰投与し続け、１人を死亡させた若い父親に殺人罪での有罪判決が下された。<br><br>　死亡した子供はわずか２歳から薬を飲ませられはじめ、医師も過剰投与を知りつつ薬の処方を続けていたという。“寝付きが悪い”“うるさい”などの理由で無理矢理薬を飲ませ続けた夫婦の実態が米国社会に衝撃を与えた一方、事件は子供の精神的な病をどこまで認めるかという問題にも光を当てている。（黒川信雄）<br><br>　レベッカ・レイリーちゃん（死亡当時４歳）はその日の夜、苦しさから「ママ…。ママ…」と何度も母親を呼び続けていたという。しかし母親のキャロライン被告（３５）が子供に与えたのは、「クロニジン」と呼ばれる躁鬱病薬だった。母親はそのまま眠りにつき、翌朝起きたときには、両親の寝室の外で息を引き取ったレベッカちゃんが横たわっていたという。クリスマスを目の前にした、２００６年１２月１３日の早朝だった。<br><br>　レベッカちゃんだけではない。キャロライン被告と、夫のマイケル被告（３７）の間には他に２人の子供がおり、それぞれが同様に躁鬱病薬を処方されていた。夫婦はその薬を「ハッピー・メディスン（幸せの薬）」と呼び、子供たちが大きな声を出したときなどに繰り返し飲ませていたという。　<br><br>　その後、警察は２人を逮捕。裁判所は今年２月に妻のキャロライン被告に第２級殺人罪、そして３月に夫のマイケル被告に第１級殺人罪で有罪判決を下した。両者とも無期懲役だが、妻が服役から１５年後に保釈される可能性があるのに対し、夫は保釈の検討も行われないという。地元紙によると、有罪判決が下された瞬間、マイケル被告はほとんど表情を変えることなく、判決を聞いていたという。<br><br>　夫婦は高校卒業後すぐに結婚。子供に対し暴力的な夫に対し、妻は夫に従順で、夫が薬を過剰投与しようと提案した際にも反対しなかったという。裁判で、夫が子供に対し卑猥な写真などを見せていたなどの証言があった際にも、妻は夫をかばうような態度をとり続けていた。夫婦は、政府から生活の保護を受けるために子供が病気だと装っていたとの疑惑をもたれている。<br><br>　一方で事件は、子供に対し躁鬱病薬を処方した医師や医療機関に対しても、疑問の目を向けさせた。報道によると２人に薬を処方した医師は米国の医療機関に勤務する日本人で、キャロライン被告が薬を指示より多めに投与していることを知ったにも関わらず、反対をしなかったという。医師は事件発覚後に診療現場での勤務からはずれたが、大陪審が医師の不起訴を決めたことから、現在は職場復帰しているという。<br><br>　しかし今回の判決後、事件を担当したティモシー・クルーズ弁護士は、医師免許を管轄するマサチューセッツ州で医師免許を管理する機関に対し、再びこの医師に対する調査を行うよう要望する方針を表明。免許の剥奪を求めていく考えを明らかにした。クルーズ氏によれば、医師はライリー家の子供のうち２人に対し、わずか１時間半程度の診察で子供を躁鬱病と診断。子供たちが通う児童施設の教員などから事情を聴取することもなかったという。<br><br>　事件はまた、「小さな子供に抗うつ剤を処方することが妥当なのか」という疑問を米国社会に投げかけた。若年層における躁鬱病の問題は、米国だけでなく日本でも広がっていると指摘される。<br><br>　たとえば２００７年、北海道大の研究チームは、小学４年～中学１年の一般児童・生徒７３８人に対し調査を行い、鬱病と躁鬱病の有病率が計４・２％にのぼったとする調査結果を発表し、衝撃を与えた。<br><br>　夫婦は広がる子供の鬱病という影に隠れ、国からの保護を受けていた。事件は貧困という問題も浮かび上がらせつつ、米国社会の複雑な闇に光をあてている。<br><br><br>※この記事の著作権は引用元にあります<br><br><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100404-00000517-san-int">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100404-00000517-san-int</a><br><br> 傷病手当金受給マニュアル ～うつ病でもお金の心配をしないで会社を退職して療養生活を送る方法～<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487</a>
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<pubDate>Sun, 04 Apr 2010 15:43:03 +0900</pubDate>
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<title>「チーム・バチスタ」６日から第２弾スタート</title>
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<![CDATA[ 傷病手当金受給マニュアル ～うつ病でもお金の心配をしないで会社を退職して療養生活を送る方法～<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487</a><br><br><br>フジテレビ系で４月６日に始まる救命医療ドラマ「チーム・バチスタ２　ジェネラル・ルージュの凱旋」の制作発表会見。前列中央が主演の伊藤淳史＝３月２４日、東京都世田谷区（村上智博撮影）（写真：産経新聞）<br>　あのチーム・バチスタが帰ってくる。フジテレビ系で６日スタートの医療ミステリードラマ「チーム・バチスタ２　ジェネラル・ルージュの凱旋（がいせん）」（火曜午後１０時）は、２年前にドラマ化された海堂尊の人気シリーズの中でも最高傑作との呼び声が高い作品が原作。３月２４日に開かれた制作発表会見で、主演の伊藤淳史は「今まで見たことのない新しい医療ドラマを作り上げたい」とアピールしていた。<br><br>　ドラマは、救命救急センターを舞台に、人の良い心療内科医の田口公平（伊藤）と厚生労働省のくせ者官僚、白鳥圭輔（仲村トオル）のコンビが、現代人をむしばむさまざまな病因を究明する。<br><br>　タイトルの「ジェネラル・ルージュ」は「血まみれ将軍」を意味するが、その異名を取る天才救命医の速水晃一役を西島秀俊が演じる。会見では「速水は神と悪魔の２つの側面を持つ。傑作ドラマになる予感があります」と西島。<br><br>　脚本を手がけた後藤法子さんは「病気の謎、患者たちの心の謎、前作と同じ田口・白鳥のコンビが挑む大きな謎を縦軸として描き、人間ドラマとしても見応えのあるものにしたい」と意気込みを見せる。<br><br>　主題歌の「いくつの夜明けを数えたら」は、今年で歌手デビュー３０年の松田聖子が作詞作曲を手がけた。豊福陽子プロデューサーは「男たちのドラマのにおいがする中で、聖子さんの曲はドラマ全体をマイルドに包んでくれる。救われる感じがするところも、視聴者にはいい影響を与えるのでは」と話していた。<br><br><br>※この記事の著作権は引用元にあります<br><br><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100403-00000018-san-ent">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100403-00000018-san-ent</a><br><br> 傷病手当金受給マニュアル ～うつ病でもお金の心配をしないで会社を退職して療養生活を送る方法～<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487</a>
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<pubDate>Sun, 04 Apr 2010 02:27:03 +0900</pubDate>
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<title>「聞く姿勢」は職場で苦しむ仲間を救う</title>
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<![CDATA[ 傷病手当金受給マニュアル ～うつ病でもお金の心配をしないで会社を退職して療養生活を送る方法～<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487</a><br><br>　ストレスフルな職場で苦しむ仲間を増やさないためには、相手の話を「聞く」ことが有効だ。真剣に話を聞くことが、相手にとって救いの一手になる。<br><br>　自分の思いを大切にして、充実した気持ちで働きたい。だが、そんな日は1年に何日あるだろうか。仕事には、厳しいノルマや長い労働時間、成果へのプレッシャーがつきまとう。職場内の人間関係や将来に対する不安もあるだろう。<br><br>　人は、ある一定の期間ストレスが掛かると、気付かぬうちに心の負担が大きくなる。一時的な気持ちの落ち込みなら気にすることはないが、心が限界点を超えてしまうと、その後のケアが難しくなる。<br><br>　成果を求めるがゆえのプレッシャーなのかもしれない。だが、成果を出すのは人である。そして、安心して働ける職場こそが、さらなる成果を生み出すのだ。今回は「聞く」をテーマに、仲間の心をケアする方法をお伝えしよう。<br><br>●精神的疾病の実態<br><br>　あなたの周りに、最近元気がない仲間はいないだろうか。<br><br>　ファイザーが2008年4月に発表した調査によると、「一般生活者の12％、約8人に1人がうつ病・うつ状態の可能性」がある。身近な人から精神的疾病の話を聞くことも多くなりつつある今、うつ病は、自分や仲間には関係ないと済ませることはできないテーマだ。<br><br>　仲間の表情や話し方から、不安や悩みを抱えていると気付くこともある。だが、声を掛けようとしても、話を聞くのが怖いという方も多いはずだ。接し方が分からず、的確なアドバイスもできないという心理が働くのだろう。医療機関の受診を促したり、「誰でも失敗はあるもの。もう少し頑張ってみたら？」と声を掛けたりするのが精一杯という声も聞こえてくる。<br><br>　精神的疾病を抱えてしまった後の対処は難しく、場合によっては専門家に任せる必要も出てくる。突然仲間が現場から離れることになれば、仕事の段取りが変わり、ほかの仲間にも負荷が掛かる。職場環境はますます悪くなるだろう。<br><br>　今、苦しむ仲間を増やさないような職場での対応が求められている。仲間が精神的疾病になる前に、職場レベルでできることがあるのだ。それは、相手へのちょっとした気遣いの気持ちを持ち、話を聞くことだ。<br><br>●ただ話を聞いてくれた上司<br><br>　わたし自身、エンジニア時代に過度のプレッシャーを感じ、肉体的、精神的に追い込まれたことがある。やる気がでず、仕事に行くのが嫌になり、顧客と顔を合わせたくない状態が続いた。精神的疾病とは思っていなかったが、もし病院に行っていたら、「抑うつ状態」と診断されていただろう。<br><br>　苦しい毎日を救ってくれたのは、上司だった。彼はアドバイスや叱咤激励をするわけでもなく、ただただ話を聞いてくれた。状況の改善に直接結び付くものではなかったが、わたしは「分かってくれる人がいる」という事実に救われた。<br><br>　逆のパターンもある。顧客からのプレッシャーで追い込まれていた仲間が、問題だらけのプロジェクトを突然任せられた時のことだ。未来が見えない不安から抑うつ状態が続いた。そんな彼を救うことができたのは、共感しながら相手の話を聞く方法を身に付けていたからだった。<br><br>●相手の話を繰り返す<br><br>　仲間の心をケアする話の聞き方は、「相手の話を繰り返す」というものだ。<br><br>　「最近、仕事が忙しい」と言う仲間がいた場合、あなたはどう声を掛けるだろうか。何も意識しなければ、下のようなアドバイスを中心とした会話になりがちだ。<br><br>「最近、仕事が忙しくてさあ」<br><br>「そんなに無理しなくていいんじゃないの？」<br><br>「上司の○○さんが仕事を押し付けてくるから、いつも定時じゃ帰れないんだよ」<br><br>「あの人はいつもそうだからね。あまり気にしないほうがいいよ」<br><br>　もちろん、聞き手はよかれと思ってアドバイスをする。だが、忙しい、大変だという相手の気持ちを受け取っていないため、心まではケアできない。<br><br>　相手の話を繰り返す聞き方を意識したのが、以下の会話だ。<br><br>「最近、仕事が忙しくてさあ」<br><br>「そうか、忙しかったんだね」<br><br>「上司の○○さんが仕事を押し付けてくるから、いつも定時じゃ帰れないんだよ」<br><br>「定時じゃ帰れないんだ。大変だね」<br><br>「そうなんだよ。たまにはパァーっと飲みに行きたい気分だよ」<br><br>「飲みに行きたい気分なんだね。じゃあ、今日は気分転換に飲みにでも行ってみたら？」<br><br>　話を聞きながら相手の気持ちや言いたいことを繰り返すと、相手は話を聞いてもらっているという気持ちになり、充足感や肯定感、安心感が生まれる。大切なのは、仲間を大切に思う気持ちだ。仲間が話す機会を作り、話を聞くことから始めよう。<br><br>　相手は話すことによって内に抱えているものを手放していくため、的確なアドバイスは必要ない。聞くことに集中すると「的確なアドバイスができない」という不安もやわらぐ。もしアドバイスをしたいなら、話を十分に聞いた後で、「今日は気分転換に飲みにでも行ってみたら？」というように、軽く進言するといいだろう。<br><br>　相手の言いたいことを考えながら、繰り返し聞く、相手の気持ちを言葉に出して伝える。すると相手は「つらい気持ちを理解してくれた」と感じる。次第に仲間の表情も変わっていくはずだ。<br><br>　あなた自身の心が弱っているなら、この機会に、周りの聞き上手な仲間に話を聞いてもらってはいかがだろうか。悩みなどを聞いてもらうことで気持ちが晴れ、新たな方向性が見えてくることも多い。<br><br>　今の職場は、あなたにとって「ツライ環境」なのかもしれない。だがそれは、近い将来チームをまとめる立場になった時、「仲間の気持ちが分かる」という素晴らしい経験になるだろう。<br><br>●変える勇気<br><br>　4回にわたり、会話のちょっとした工夫で、仲間とともに働きやすい職場を作る方法をお伝えしました。「仕事の方向性を1つにまとめる」「やる気を引き出す」「自ら考え、行動してもらう」「悩みを抱えた仲間をケアする」という観点で、チームをいい方向に導くコツを取り上げました。<br><br>　チームをまとめる手法はたくさんあります。目標管理制度やわたしの専門分野であるコーチングもその1つかもしれません。ですが、人材育成の手法やスキルを中心に考えると、最も大切である「人」への視点が失われがちです。<br><br>　われわれは、褒められればやる気が出るし、認められれば嬉しくなります。「楽しい」「ワクワクする」といった感情こそが、人を動かす原動力になるのです。「楽しくワクワクする職場で働きたい」と思ったあなたの一言から、職場は変わり始めます。<br><br>　自分から行動を変えるのは、勇気が必要です。もしあなたが何かが変わるのを待つのではなく、少しずつ何かを変えようとしているのなら、その勇気にわたしは敬意を表します。【竹内義晴】 <br><br>※この記事の著作権は引用元にあります<br><br><br><br><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100329-00000017-zdn_ep-sci">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100329-00000017-zdn_ep-sci</a><br><br> 傷病手当金受給マニュアル ～うつ病でもお金の心配をしないで会社を退職して療養生活を送る方法～<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=35487</a>
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<pubDate>Sat, 03 Apr 2010 02:45:53 +0900</pubDate>
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<title>レナウン娘しばたはつみさん急死</title>
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<![CDATA[ なかなか「うつ病」から抜けられないあなたへ！「うつ病」の悪循環から独力で脱出する新しい考え方！プチ認知療法<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859</a><br><br>　復帰に向け準を進めていた矢先に急死したしばたはつみさん（提供写真）<br>　レナウンのＣＭで「レナウンの唄」の曲を歌唱し、７７年には紅白歌合戦にも出場した歌手・しばたはつみ（本名・細合はつみ＝ほそあい・はつみ）さんが、２７日に急性心筋梗塞（こうそく）のため静岡県伊東市の自宅で死去していたことが２９日、わかった。５７歳。１３年前に身内の不幸と更年期障害が重なり、うつ病を患い、７年ほど前からは活動を休止していた。昨年７月には２８年間交際していた事務所の社長・細合正吾氏（５２）と結婚。体調も回復し復帰に向け準備を進めていた矢先だった。<br>　　◇　　◇<br>　しばたさんは、２７日午前６時ごろ、伊東市内の自宅の風呂で倒れているところを実父に発見された。すでに死亡していたという。解剖の結果、入浴中に心筋梗塞を発症と診断された。<br>　今年１月に乳がんが発覚。同下旬に左胸の全摘出手術を受けた。今月１９日から抗がん剤治療を開始したが、血圧上昇や発熱、不眠の副作用が出て、最近は夜中に起きてしまい風呂に入り再び睡眠を取っていたという。<br>　しばたさんはレナウンのＣＭで「♪オシャレでシックなレナウン娘が…」と歌唱。ほかにも「オー、モーレツ」のキャッチコピーの丸善石油（現コスモ石油）などの多くのＣＭソングを担当し、７４年に「合鍵」でデビューした。７７年には「マイ・ラグジュアリー・ナイト」でＮＨＫ紅白初出場も果たした。<br>　近年はうつ病を発症し、０４年ごろからは歌手活動を完全休養して療養していた。私生活では２８年もの間、事実婚状態にあった個人事務所兼音響会社の社長・細合正吾氏と昨年７月に入籍。今年２月には一緒にハワイに行くなど回復。<br>　復帰を目指し、２年前に移り住んだ伊東市内の自宅にスタジオの建設を進め、「もう芸能界で、私のことは忘れ去られているでしょう。でもこれから頑張る」と復活を誓っていたという。<br><br><br><br>※この記事の著作権は引用元にあります<br><br><br><br><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100330-00000001-dal-ent">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100330-00000001-dal-ent</a><br><br>なかなか「うつ病」から抜けられないあなたへ！「うつ病」の悪循環から独力で脱出する新しい考え方！プチ認知療法<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859</a>
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<pubDate>Sat, 03 Apr 2010 02:38:17 +0900</pubDate>
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<title>没後7年も人気不滅！レスリー・チャンが「最も美しい香港人俳優」に―CNN</title>
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<![CDATA[ なかなか「うつ病」から抜けられないあなたへ！「うつ病」の悪循環から独力で脱出する新しい考え方！プチ認知療法<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859</a><br><br>拡大写真<br>1日、香港の名優レスリー・チャンが投身自殺で46年の短い生涯を閉じて7回目の命日。台湾紙は、米CNNが発表した「香港映画界で最も美しい19人の男」で、レスリーが首位に輝いたと報じた。写真は1日、マンダリン・オリエンタル香港の前に供えられた花束。<br>2010年4月1日、あの信じがたいエイプリル・フールから7年。香港映画界の至宝とも言える名優レスリー・チャン(張國栄)が03年の同日、香港の高級ホテル、マンダリン・オリエンタル香港から身を投げて46年の短い生涯を閉じたというニュースは、「どうかジョークであってほしい」と願うファンの思いもむなしく、現実として我々の目の前に突き付けられた。<br><br>その若すぎる死から7年目の今日、台湾紙・アップルデイリーは、米ニュース専門局・CNNの系列サイト「CNNgo．com」が先月25日付で発表した「香港映画界で最も美しい19人の男(19 most beautiful men from Hong Kong cinema)」を紹介。レスリーがそのトップに輝いたことを報じ、彼の人気が現在に至っても不滅のものであることを示した。<br><br>【その他の写真】 <br><br>CNNの記事は、レスリーの紹介文に「20世紀の男性ディーヴァ(歌姫)」との見出しをつけた。「両性愛者のスターはその妖艶さでスクリーンを燃え上がらせた。カリスマ性みなぎるキャラクター、あふれる神秘性、痛々しいまでの感情をなめらかに演じた俳優であり、広く崇拝された前世紀の男性ディーヴァである」と評した。<br><br>なお、レスリー以外の18人には、香港四大天王からアンディ・ラウ(劉徳華)、アーロン・クォック(郭富城)、レオン・ライ(黎明)、実力派俳優トニー・レオン(梁朝偉)やダニエル・ウー(呉彦祖)、大御所ではチョウ・ユンファ(周潤發)やブルース・リー(李小龍)がランクインしている。<br><br>●レスリー・チャン(張國栄)<br>56年9月12日生まれ、03年4月1日没。香港出身の俳優、歌手。英国留学後、歌唱コンテスト入賞をきっかけに77年にデビュー。85年に吉川晃司のカバー曲「Monica」で一世を風靡する。俳優として初期のヒット作には「男たちの挽歌」(86年)、「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」(87年)など。後年は実力派俳優として開花し、ウォン・カーウァイ監督作品「欲望の翼」(90年)、「ブエノスアイレス」(97年)などで熱演、ことにカンヌ映画祭グランプリ受賞作品「さらば、わが愛/覇王別姫」(93年)で演じた京劇の女形は歴史に残る名演と言える。03年4月1日に香港中心地のホテル、マンダリン・オリエンタル香港から飛び降り、帰らぬ人となる。うつ病を罹患していたと言われる。(翻訳・編集/愛玉)<br><br><br><br>※この記事の著作権は引用元にあります<br><br><br><br><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100401-00000026-rcdc-ent">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100401-00000026-rcdc-ent</a><br><br>なかなか「うつ病」から抜けられないあなたへ！「うつ病」の悪循環から独力で脱出する新しい考え方！プチ認知療法<br><a href="http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859" target="_blank">http://www.infotop.jp/click.php?aid=151793&amp;iid=28859</a>
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<pubDate>Sat, 03 Apr 2010 02:35:05 +0900</pubDate>
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