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<title>日常の1ページ</title>
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<description>寂しい人間の寂しい日記。思ったことを垂れ流しにしていきたい。</description>
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<title>ペーパーマリオオリガミキングの話※ネタバレあり</title>
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<![CDATA[ <p>ペーパーマリオオリガミキングをプレイしました。</p><p>実は（？）ゲームが好きでよくゲームをしているのですが、ペーパーマリオは2作目以降やっておらず、今回が10年以上ぶりのペーパーマリオになりました。ペーパーマリオRPGをやったのが多分8歳の時とか。スぺマリは実況動画だけ見て、仲間となる個性のあるキャラクター（クリスチーヌとかみたいな）のがフェアリンになったんだフーンという感じでしたね。ストーリーはとてもよかったです。</p><p>&nbsp;</p><p>脱線しましたが、オリガミキングの話に戻ります。</p><p>個人的にはかなり好きなゲームでした。Twitterで検索すると候補に「倫理」「グロ」とか出てくるなかなか重いゲーム内容になっているのですが、グラフィック、BGM、戦闘のシステムやもちろんキャラクターも目を見張るものがあったと思います。特に戦闘システムはパズルゲームの要素が強く、頭を使いますが、回数を重ねていくごとに少しずつ自分の成長を感じることができました。ボス戦が割とスムーズに進めることが出来るようになったり。</p><p>まだ100％クリアはしていませんが、ストーリーのクリアが終わった後、いいゲームだったなあと思いながらネットでの評価を見たらあまりいいものではなかったみたいですね。もちろんこの気持ちはわかります。</p><p>&nbsp;</p><p>ペーパーマリオシリーズなんだから順当な進化を遂げてほしかった感が否めないんですね。これはスーパーシールやカラースプラッシュが相当ひどい評価を受けていた（噂を聞いただけですが）ことにもつながると思います。どうにもアクションが強く、RPG要素が感じられない。確かに私も2作目（以降ぺパマリ）への思い入れが強いので期待外れとまではいかなくても少々残念感がありました。特に残念だなと思った部分は仲間と冒険している感覚がいまいち得られないところですかね。</p><p>というのも、１ステージごとに仲間が変わるんですね。ダンジョンには共に入らないし、そもそも戦闘に全く参加してくれないキャラもいる。別のマップに行くときには「自分はここで待っている」といわれ、一緒に世界をめぐっているという感じはないです。やはりRPG要素を求めてしまっていたので寂しい気持ちが強かったです。</p><p>しかし、キャラ一人一人の個性はかなりよかったと思います。マップをめぐっているときに繰り広げられるオリビアとの会話が可愛らしく、フフと笑ってしまう場面もありました。私はボムへいがとても好きです。ステージ３では声をあげて泣きましたね。</p><p>あと若干ストーリーの進みが遅いかなという感覚がありました。というより一つ一つのステージのボリュームがかなりある印象です。雑魚戦の旨味があまりなく、ついダレてしまうというのもあるかもれません。もう少しテンポよくなったら途中でダレたりはしないだろうな～と思いました。それでも時間泥棒でしたけどね！よくわかんないうちに10時間とか経っていてよく意味が分かりませんでした。時間バグ？</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、上記の残念さを上回る良さがありました。まずはグラフィック。本当に感動。うわー！と高まってswitchの30秒動画に撮ったところ、何場面もあります。特に水の描写ね。さすが任天堂と言わざるを得ないです。豊富なBGMもよかったです。しかもいい曲ばっかりなんですよ。私はキノピオタウンの音楽が一番好きです。特に博物館。つい鼻歌を歌ってしまいます。楽しそうでゆったりとした曲です。明るく、それでいて落ち着ける印象。とても好き（語彙力）。あと戦闘システムね～これはやってみないとわかんない面白さがあると思うのでやってくれ～という感じです。それとボスキャラが思いのほかしゃべってくれて結構な思い入れがあります。特にハサミ。キメラは衝撃的でしたが（倫理と候補にあがる所以）、ハサミのあの自信満々なキャラクター、コミカルな喋りやハサミと紙という関係から圧倒的な強キャラ感、すべてにおいて好きだ！という感想でした。即死要素もアクセントになって面白かったと感じました。もう少し掘り下げてくれていたらハサミさんのこと一番好きだっただろうな...ボスキャラをもっと掘り下げてもって感じですけどね。ラスボスじゃあるまいし。</p><p>&nbsp;</p><p>ここからは愚痴のような感じ、というかまあそういう言い方どうなん、と思われるかもしれません。</p><p>個人的には本当にいいゲームだったと思います。好き嫌いが分かれるゲームかもしれませんが、オリガミキングをペーパーマリオシリーズで初めてやって、それから他の作品をやっていく人はもしかしたらオリガミキングがシリーズの中で一番よかった、と感じる人もいるかもしれません。私も例外ではないですが、多くの人がペーパーマリオシリーズで1作目、2作目をリアルタイムでやったことがある人だと思います。そういう人がオリガミキングをやると、公式との解釈違いで苦しんでしまう。しかし、もしこの作品がペーパーマリオシリーズとして出なかったら確実にこのような評価にはならなかったと思います。「神ゲー」と口にする人も多かったのではないでしょうか。そのくらいエンディングまですべて含めて全体的なクオリティがかなり高い作品だと思いました。私はスぺマリ、スーパーシール、カラースプラッシュをプレイしていないので、マリストやペパマリに対する思い入れが全作品を通してやった人ほど強くないんだと思います。それでもやはり順当な進化を…とか言ってしまうのですからシリーズ通して全作品やった人からすれば多分これも期待外れになってしまうのでしょう。思い入れのよほど強い人はそもそもアクション要素を受け入れないでしょうしね。</p><p>でもシリーズ、というフィルターを取っ払ってこのゲームを見たら本当にいいゲームだと思えるでしょう。少なくとも私は思っています。捨てきれないフィルターはあります。それでも楽しかった。面白いか面白くないかでいったら確実に面白いし、間違いなく人に勧めます。</p><p>それに、ペーパーマリオシリーズという後ろ盾なしに新しくぺパマリのようなものを作っても多分批判されますし新規はつかめないんじゃないかな。それはしょうがないことだと思います。絶対に不満はでます。だってペパマリが一番だから。これは一個人の感想ですし、ソースはなにもありませんのでそうなんだ！と鵜呑みにしないでくださいね（そんな方はいないと思いますが、一応。叩かれたくないし）。</p><p>&nbsp;</p><p>でも本当に一つ言いたい。次作ではまじで仲間を作ってくれ。いや、そういったキャラクターを作らないでという制作の意図は分からないでもないですが、そうじゃないんです。これはマジで希望。</p><p>&nbsp;</p><p>語りつくせないことも多くありますし、書きたいことも多かったですが、あっという間に読みたくない文字数になってしまったのでそろそろ終わりにしたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>ペーパーマリオオリガミキング、絶対にプレイしてみてくれよな！パッケージ版だったら気に入らなかったら売ることもできるからパッケージ版買ってくれよな！</p>
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<link>https://ameblo.jp/vbtk06/entry-12613149772.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Jul 2020 22:15:57 +0900</pubDate>
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<title>友達の話</title>
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<![CDATA[ <p>私にはいくらか友達がいる。付き合いで言えば5年以上になる人は少ないが、それなりに仲が良く、今もたまに連絡は取りあうし、お互いの状況はなんとなく把握している。</p><p>一時期、友達がたくさんほしいと思うことがあった。しかし私はかなり人に選ばれるタイプのようで、私と仲良くなりたいと思う人は少なかったらしい、結局今周りに残っているのは本当に少数だ。自分でもなぜここまで長く付き合いのある友達が少ないのかわからないのは多分、自分の性格の悪さを自分で把握できてないせいではないかと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>私は相当、かなり陰の方にいる人間なので俗にいう陽キャラの部類に入る人達の友達の多さが素直にすごいと思う。いろんな人と接していて、陽キャラの方に所属する人達は会話の内容や受け答えの仕方が全然違う。</p><p>というのも、彼らは意味のない、内容のない会話を好む。私のような人間はグダグダといたずらに時間を経過させるような話をするならスマホをする方を好むのだが、彼らは本当にすごい。昨日はこんなことがあった、という話から大きく発展させていき、しかもそれが面白い。実際には有益ではないものだとしても、とても有益な時間を過ごしているんじゃないかとすら錯覚させる。私が同じ話題を誰かと話してもあそこまで面白い会話にすることはできないだろう。これは一重に私のトーク力も影響しているのだと思う。一時期は私もそうなりたいと思っていたが、思うだけで実際にできたことはない。つい人の話を聞くよりも自分の話をしてしまって、それが嫌だった（これも自分のトーク力がないのが問題）。</p><p>こんなことを書いておいてなんだが、ではなぜこのようなブログを書いているのか、と聞かれれば口ごもってしまう。そのようなことは聞かないでほしい。しいて言うなら自分の考えたことをメモしてしばらくたった後に見返し、「なんだこいつ」とでも思いながら笑いたいから、とでも答えておこう。つまりは未来の自分への伏線だ。</p><p>&nbsp;</p><p>グダグダといたずらに時間を経過させるような話は好まない私だが、実際には会話が好きだったりする。単純に人と関わるのが好きで、人の話を聞くのが好きだ。でも私は人から話を引き出して、話してもらうことが得意ではないので、あまり話してくれない相手には自分の話ばかりしてしまう。</p><p>こういうところが多分、友達が少ない原因の一つなんだろうなとも思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/vbtk06/entry-12594918878.html</link>
<pubDate>Tue, 05 May 2020 22:30:43 +0900</pubDate>
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<title>自粛期間</title>
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<![CDATA[ <p>痛恨のミスである。毎日21時半ごろからブログをかきはじめ、できたらすぐ投稿、というのを日課にしようと思っていたのに、今日、というか機能は忘れていた。なんとも恥ずかしい。</p><p>&nbsp;</p><p>今日は私が自粛期間にしていることの話をしようと思う。</p><p>結論からいうと、グズグズの生活をしている。寝る時間はあまり安定していないが、大抵5時から9時の間に寝始め、11時から16時までに起きる、という感じだ。ひどいときは昼の12時から寝て、16時に起きるという生活をしている。ご飯は1日1食か2食。16時から24時の間に食べる。気まぐれに体重計に乗るが、全く痩せない。なぜなのか。（正直理由は分かりきっている）</p><p>なぜこんな生活になったかというと、ひとえに趣味のせいだと思う。私は朝がとても苦手で、午前に起きることが出来ないことが多い。それがゆえに午前までにしなければならないタスクがあるときは朝早くまで起きておき、タスクを終了させてから寝る、という生活になってしまうのだ。</p><p>それだけではない。私はつい寝るのはもったいない、と思ってしまい、遅く、というか朝早く起きてしまうのだ。最近は好きになった配信者さんの今までのアーカイブを見ているのだが、いかんせん数が多いので早く見たい、という気持ちで起きてしまう。ただし睡眠時間は変わらないのでその遅寝に意味はない。気づいているのに早めに寝ないのは単純に眠くならないというのとそれでももったいないと思ってしまうからだ。</p><p>&nbsp;</p><p>自粛期間というのは多大な時間ができる。自粛期間でなければ私は朝8時ごろから夜11時ごろまで自分の時間はほとんどない日が多いのでその期間と比べると、できることがものすごく多い。まず、自炊を始めた。といっても簡単なものばかりでシチューとか豚キムチとかポテトサラダとかすぐできるものばかりだ。ちなみに一番時間がかかったのはカレーで、牛スジを煮込んで2時間くらいかかった。圧力鍋でもあればよかったが、いかんせんキッチンが狭く、これからも料理をするとは限らないので手が出せない。</p><p>あと炊飯器でご飯を炊くようになった。この前は4合も炊いて冷凍庫に眠らせた。今は親知らずを抜いた後遺症（）でお米を食べるのを躊躇してしまい、食べていない。友人に自炊をし始めたことを言ったら、私がいかに家事をしないかを知っているので「人は時間があればなにをするかわからないね」とまで言われた。</p><p>他にも趣味の時間を多くとれた。今までは時間をどうにか見つけて睡眠時間を削ってまで趣味をしていたし、趣味も限定しないとすべてが中途半端になってしまうので、趣味も少なくなっていた。今は時間があるおかげで今までやめていた趣味を再開することが出来たし、今まで続けていた趣味ももっと長く時間が取れるようになった。</p><p>自粛が最高とは思っていない。外に出るのも人の目を気にするし、気軽に買い物にもいけない。服や化粧品などを見に行きたい気持ちもあるが、怖くていけないのは問題だと思う。しかし、時間があるというのは最高で、今は本当に一日がすべて自分のものであるし、家から出ないし、誰にも見られないのでどんな格好をしていても気にならない。もしかしたら今が一番楽しいかもしれない。久しぶりに充実した日々を送っていると思った。</p><p>いろんな状況の人がいると思う。私のように普段より充実している人もいれば、行く末を案じ、そんな場合ではないとおびえている人もいると思う。何にしてもこのような状況が早く終わるに越したことはないが、たまにはこういう時間を感じるのもいいかな、という発見になった時期になった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/vbtk06/entry-12594704018.html</link>
<pubDate>Tue, 05 May 2020 02:56:16 +0900</pubDate>
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<title>（改めて）好きの話</title>
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<![CDATA[ <p>つい3日前、私は好きな人のことについて書いたと思う。そのことについて少し考えを改めたので、書き留めてみる。</p><p>&nbsp;</p><p>今回はそもそも、私の彼に対する感情は本当に恋なのか？ということだ。</p><p>これは私が恋心を抱いている相手のイラストを見ていたときに考え付いたことである。</p><p>私はその人が描かれているイラストが猛烈に好きだ。かっこよくもあり、かわいくもある。イラストの中だったら（常識の範囲内であれば）何をしてもらってもいい。本当に好きだ。しかし、これはその人に対してだけなのか？という違和感を持ったのである。</p><p>次に付き合う人はその人のような人がいいなと思う。あくまでその人本人、とは考えたことがなかったのだ。しかし私はこの感情を恋だという。それは矛盾と言えるのではないのか？</p><p>誤解がないように言っておくが、その人に恋をしている＝その人と付き合いたいと思わなければならない、というわけでは決してない。私は恋をしている対象がいるはずなのに、付き合いたいと思うのはその人本人ではなく、その人の特徴を持った人、なのだ。別に恋人がほしいと切に願っているわけではないのだが、次に付き合う人は本人でなくてもいい、というのは恋をしているというにはいささか疑問が残る感情なのではないだろうかと考えるわけである。</p><p>&nbsp;</p><p>この感情は恋なのかもしれない。しかし一方で私は彼とどうにかこうにかなることを望んでおらず、むしろそれが100％無理だと諦めている。このことから、私の感情は恋というより、恋をあきらめた先の憧れ、に代わっているのではないだろうか。</p><p>私が彼を知りえたのはほんの2週間前であるのに、その間に恋をして、諦めて、憧れに代わっているのだと思うと面白い。もしかしたら恋すらしていないのかもしれない。</p><p>正直なところ、私は恋をいうものをよくわかっていない。今まで私が好きだと思っていた人は恋だったのかもよくわからない。依存と好きの違いも言語化できない私は、おそらくまだ自分の考えが最終に向かっていないのだ。納得させる答えを提示できる人がいるなら、私の感情にも答えを出してほしいものだと思う。</p><p>こんなひねくれた考えをせずとも素直でまっすぐな感情を持ち合わせる大人になりたかった。母親のおなかの中からやりなおしたところで一生無理なんだろうな。</p>
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<link>https://ameblo.jp/vbtk06/entry-12594397835.html</link>
<pubDate>Sun, 03 May 2020 21:47:56 +0900</pubDate>
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<title>親知らずを抜いた</title>
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<![CDATA[ <p>今日は親知らずを抜いてきた。</p><p>下の歯の両端に一本ずつ生えており、どちらも抜いてもらえるのだと思っていたのだが、ご飯が食べられなくなってしまうそうなので、一本ずつしか抜けないらしかった。</p><p>&nbsp;</p><p>久しぶりに歯科クリニックに足を運んだのだが（実に3年ぶり）、入った途端びっくり、受付には美女が並んでいた。おそらく歯科衛生士の方だろう。歯科衛生士は美女ばっかりだというが、実際にそうだなと思う。大層好みの顔で、少々緊張してしまった。</p><p>受け付けは事務的に済まされ、待っているとすぐに呼ばれた。最初はレントゲンをとり、その後に治療。全て含めてものの30分くらいで終わってしまった。「もうほとんど抜けてますよ～」と施術中に声をかけられたときに、思わず「はやぁ…」とつぶやいたほどだ。</p><p>施術中は本当に何をしているかわからないまま終わってしまった。なんか刺された…え…？麻酔…？多分…？あれ…なんか終わった…ん…？なんかしてる…ん…？削ってる…？ん…？こわ…こわ…「もうほとんど抜けてますよ～」「はやぁ…」ﾊﾟｷﾝ「終わりましたよ～」という感じだった。</p><p>痛みは全くなく、歯を抜く、という感覚も全くなかった。もっとスポンッと抜ける感覚があるのだと思っていたのだが、実際はそうではなく、何もわからぬまま終わる、という感じだった。抜く前はものすごくおびえていたので、終わってみれば「なんだこの程度か」という感覚だったのだが、この時の私はおろかでなにも知らなかった。</p><p>恐ろしいのはここからだった。</p><p>「２、３時間後くらいに麻酔が切れると思うんですけど、下の歯なので上の歯より痛いんですよ。痛みを消すことは難しいので、痛かったら痛み止めを服用してくださいね💦」</p><p>正直なめ腐っていたのだが、私はこの後地獄を見ることになる。</p><p>お金を払い、薬をいただいてすぐに帰ればよかったものの、私は冷蔵庫に何もなかったことを思い出し、家までの帰り道にあるスーパーへと向かった。そして悲劇。麻酔は切れた。本当に麻酔を打ってからおそらく1時間程度で切れたのだが、激痛…ひどい…痛い…。</p><p>胸に手を当て「痛すぎてドキドキしてきた…」なんてつぶやきながら買い物を続けた。増していく痛み、すり減る精神。早く帰りたいという気持ちと食べ物を買わなきゃという気持ちがせめぎあい、2500円分の材料を買いあさり、家へと帰宅して激痛を叫んだ。叫んでも痛い。というより叫んだ方が痛い。おとなしくしておこうと思い、処方されたロキソニンを1錠口に放り込んでから布団へ。30分程度痛みで何をする気も起きず、食材を冷蔵庫にもいれないまま、布団の上から動けずにいたのだが、効果がきいてきたときに動けることに感動した。ありがとうロキソニン。ありがとう科学の力。</p><p>鈍痛は感じるものの、まだ薬の効果は切れていない。切れたらすぐ飲む。絶対に飲む。私には耐えられまい。5時間くらい間をあけてくださいねと言われたのだが、この効果の持続のしようをみると、おそらく5時間は持続するだろうと安心しながら今を過ごしている。</p><p>&nbsp;</p><p>親知らずは抜くことが勝負ではない。抜いてからが勝負なのだ。</p><p>ちなみに私はまた２．３週間後にもう一本抜きに行く。二度と侮らないと心に決めた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/vbtk06/entry-12594145423.html</link>
<pubDate>Sat, 02 May 2020 21:59:13 +0900</pubDate>
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<title>タロット占い</title>
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<![CDATA[ <p>昨今、タロット占いがyoutubeに上がっているのをよく見る。</p><p>私も半年以上前、恋人と別れたときにそのタロット占いをよく見たものだ。タロット占いは15世紀ごろからあるらしい。もともとはカードゲームのだという。なぜカードゲームから占いになったのかはよく知らない。（めんどくさくてそれ以上調べなかった）</p><p>&nbsp;</p><p>占いというのは実際、一般化された、誰にでも当てはまることを言われているのだろうか、と思ったりする。私も気まぐれに占いを受けてみたことがある。一回千円程度の人相と生年月日と血液型で売らないようなものだったと思う。</p><p>内容は夢があり、それが叶うかだとか、婚期はいつだとか、出会うのはどういう人だとか、なんかそんな感じだった気がする。ちなみに結果は「夢は叶う、一発合格よ！人相にででる！」だとか「27歳か28歳で結婚する。その人とは25歳に出会い、相手は公務員とかしっかりした人」ということだった。</p><p>その数日後、その話を行きつけの居酒屋で仲良くなった常連客に話したら「占いってちょっと先のこと言うでしょ、それはすぐに当たったとかわかるのを防ぐためだよ」とかなんとか言われた。確かに、と思った。一発合格するというテストも2年くらい先のことだし、25歳で出会うというのも結構先。なるほどな～と思った。血液型は最初に「A型」って言われ、当たってなくて笑ってしまった。ちなみにA型は日本で一番多い。（そら言っておけばあたるわ）</p><p>あと人相って言われたけど雰囲気しか見てないだろ！受かりそうな雰囲気してるからね私、なんて思ってましたけど・・・・へへ・・・。</p><p>&nbsp;</p><p>話は戻るが、youtubeのタロット占いは多くの人が視聴する。再生数が多いものだと30万回とか。一人が2回ずつみているとしても15万人の人が視聴しているということになる。</p><p>大抵、タロット占いの動画は最初に1番から4番または3番の中から視聴者に一つ選んでもらい、その後は1番の人を占った説明、2番の人を占った説明、3番の人を占った説明、というように進んでいく。</p><p>これが結構面白いもので、コメント欄を見ると多くのひとが「あたってます！」というのだった。動画にもよるが、恋愛のもので100コメントくらいあると「これ．．．元彼に当てはまってる」とか「今の人と特徴が合致してます‼」とか書きこまれるのだった。</p><p>実際に私も思ったことがある。これ元恋人っぽいなーとか。でもそれは元恋人にだけ当てはまっているのではない。別に周りにもそういう人はいるけれど、頭に思い浮かぶのがその人だったというだけである。</p><p>また、他にも面白いコメントを見かける。「２番と３番で迷ったので、どちらも見ました！どちらも組み合わせたらうんぬん」というものだ。</p><p>果たしてそれは意味あるのだろうか、とこれを読んでいる人も思っただろう。私はタロット占いの専門家とかではないのでわからないが、意味があるものだったら申し訳ないけど、それはもはや占いとはいえないのではないだろうか。</p><p>自分のいいように結果を操作し、気持ちよくなることが占いだとは到底思えないのは私だけだろうか。人には人それぞれの考え方があり、私の考え方が絶対に正しいとは思えないが若干のもやもやと単純に面白いなという気持ち半々だ。</p><p>&nbsp;</p><p>とはいうものの、実際youtubeに上がっているタロット占いは面白いものもたくさんあるし、勇気づけられるものがたくさんある。辛口診断、とか書いてあるもの以外は、どの番号の結果を見てもいいことしか言っていないことが多いので、むしゃくしゃしたときとか泣きたくなるときに見ると結構元気づけてもらえるかもしれない。</p><p>今度、タロット占い行ってみようかな。</p>
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<link>https://ameblo.jp/vbtk06/entry-12593891003.html</link>
<pubDate>Fri, 01 May 2020 22:23:31 +0900</pubDate>
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<title>好きな人の話</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;">今日は少し希望のあるようでない話をします。</span></p><p>&nbsp;</p><p>きっと私には好きな人がいます。それは人ではないがそれでいて人。多分その人の実体に恋をしているのではなく、その人のキャラクター性に恋をしているのだと思います。</p><p>前述で気づいた方もいらっしゃるかとは思いますが、私の好きな方はYouTubeやニコニコ動画で活動していらっしゃる、一動画投稿者です。</p><p>&nbsp;</p><p>比較的、合理主義で現実主義な私はどうにも不毛なものだなと思えてしまいますが、それでも、声を聞くだけでときめきが止まらなくて、それでいて落ち着かせてくれるので、きっとこれは恋です。でもきっと1か月後にはこんな気持ちは消え去っていて、他の人に目移りしまくっていると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>動画投稿者に好意を抱いていつも思うのですが、私の人生はこの先決して輝くものではなく、私はいつだって搾取される側です。</p><p>というのも、YouTubeにはスーパーチャットという制度があり、生放送のコメントにのせてお金を送ることができる、というものです。送ったお金のうち7割がその人の懐に入るようになっています。</p><p>私は金銭感覚がバグっているので、いわゆる高額スパチャを送ってしまいます。まるで他の人と競うように、自分が一番たくさん送らなければ、という気持ちになってその放送の中で一番高額のスパチャ（といっても多くて2万程度）をよく送ってしまいます。もちろん生活費を切り崩す、とかはしていないのですが、そんなことをしているのでもちろん貯金はたまりません。</p><p>私も大人というには少し足りないか、しかし子どもというにはリスクが高すぎる年齢になったので、もうこの先、この状況が変わることはないんだと思います。それゆえに搾取される側で、搾取する側にはなりえない。誰も、こんな人間になってはなりません。</p><p>&nbsp;</p><p>話は戻りますが、私が好意をもっている動画投稿者さんは今までも、きっとこれからも、こぞって年上ばかりで、大体10歳程度離れています。これにはしっかりとした理由があり、まずある程度有名であること、その知名度はその人らが長く活動してきたことにも起因するということです。</p><p>動画投稿を始めるのはそこそこの年齢になってからではないでしょうか。たとえば、大学へ進学して、少し時間があるからだとか、一人暮らしを始めて親のいない環境だからとか、いろいろな理由はあるかと思いますが、20歳前後の方をよく見るような気がします。10年たつと30歳前後。そういうことです。</p><p>&nbsp;</p><p>10歳って結構な年の差だなと思います。もちろん成就するとは思っておらず、いや、いっそ一生会いたくもありませんが、やはり好意を持つうえでは考えてしまいます。現在、好意を抱いている方はおそらく13歳の差があるのですが、さすがに一回り以上違うと親に顔向けできないなと思ってしまうわけです。私は一般的なカップルの年の差を知らないので、世間に受け入れられるのは3歳、最大でも5歳程度だと思っています。13歳はもってのほか。なぜならどちらかが20歳の時にはどちらかが7歳、なんていう状況が出来上がっているわけです。とんでもないと思いませんか？もちろんそんなことは70歳になってしまえば大した問題だとも思えなくなるのでしょうが（いや待てよ…？上が70歳のときに相手は57歳…？）大人になりきれないような年齢なわけですから、13歳差というのはかなり堪えます。</p><p>&nbsp;</p><p>ここまで書いて結局自分は何が言いたかったのだろうかと思いますが、私はおそらく自分のこの感情は恋ですということを明記したかっただけで特に言いたいことなんてなかったんだなと思います。だって思考垂れ流し日記ですもん。別にオチがなくても考えたことを書くだけで成立してしまうんですもん。</p><p>&nbsp;</p><p>とはいうものの、いるかもわからないここまで読んでくださった方のためにも少しでもなんかそれらしいなと思われることを言っておきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>本当に他人の目なんて全く気にしない、これから人と関わっていくら嫌味を言われても腹が立たない、という方には必要のない文章になりますが、まず私は世間の目、他人の目を人並みに気にします。</p><p>というのも、私にとっては世間の目、つまりは他人からの評判は自分が幸せになるための一つの指標ととらえているからです。いや、不幸にならないための1つの指標かな。</p><p>例えば今回のテーマである好きな人について書かせていただくと、私が13歳も年上の人と結婚したとします。親兄弟やご近所さんや職場の人、つまり私がこれから関わらなければならない人たちにはそのことが必然的に知られます。そうなったとき、この方たちは私が歳の差婚をしたことに対してどのような印象を抱くでしょうか。</p><p>人間はゴシップ、噂が好きな生き物です。他人に全く興味がない人間なんておそらく一人もいません。そしてそういう生き物は必ず「推測」をします。13歳も上なんて、そんな年上の人と結婚するなんて何かあるはずだ、そんなことを考える人は少なからずいるかと思います。想像力の豊かな人は13歳も年上なんて何か問題がある、もしかして略奪婚、なんて考える人もいるかもしれませんね。</p><p>そして、私がなにかしたときには「13歳も上の人と結婚するような人だから」「13歳も上の人と結婚するような人なのに」という不必要な修飾文ができるわけです。私はただ好きで結婚しただけなのに、その相手が13歳も上の人であるばかりに私は一生その評価に振り回されることになるのです。</p><p>人並みに、人の目を気にする私ですから、そのことがきっと気になると思います。職場で嫌なことがあって、更に家に帰って13歳上の旦那と喧嘩した日には「13歳も上の人と結婚するんじゃなかった！」なんて思うこともあるかもしれません。</p><p>つまり、他人からのこの不必要な評価で少なからず私の気分は害されており、私はそれによって不幸になります。</p><p>もちろんこれは一例であり、歳の差婚を悪いものであると扱おうとしているわけではありません。それ以上に幸せだと感じている人だってきっとたくさんいることでしょう。</p><p>しかし自分が少数派であるから他人からの評価が落ちることがあり、そしてそれによってすくなからず被害を受けるということがある、ということは覚えておくべきなのではないかと思います。何らかの選択に迷っている方がいらっしゃいましたら、それによって変わる評価で被る不幸という被害よりも大きな幸福を受けることが出来るだろうか、というのは選択における立派な指標になると思います。</p><p>もし、他人の目を気にしすぎている気がする、と思い悩む方がいらっしゃいましたら、自分は幸せになろうとしているだけなんだと思うようにしたらいいと思います。それは人として真っ当な願いであり、誰だって人の目は気にします。「人の目なんて気にせず自分らしくあろう！」というのは必ずしも正しいものではありません。みんな違ってみんないいけれど、同じだからといって悪いわけではありません。</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみに私は初めてこんなことを考えたので、選択においてこの指標はつかったことがありません。という全く役にたたない話でした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/vbtk06/entry-12593617006.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Apr 2020 21:35:30 +0900</pubDate>
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<title>無駄な時間</title>
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<![CDATA[ 今日も無駄な一日を過ごしてしまった。<br><br>まず就寝は朝7時、起床が昼3時前という健康な睡眠時間をとり、その後、1時間経ってからご飯を食べた。（間1時間の記憶はない）<br><br>なんて自堕落。しかも18時からはまた惰眠を貪り、20時に目が覚めた。好きなYouTuberのプレミア公開を40分ほど視聴し、食べきれなかった前述のご飯の残りを腹に入れ、今に至る。<br>こうして見ると今日1日でしたことは何も無い。<br>今日は牛乳と食パンを買いに行き、通帳を記帳し、特定郵便で行けなくなった舞台のチケットを送り返すと心を決めていたはずだった。<br>ダメなところはいっぱいあり、だらしの無い自分に嫌気がさすものの、コロナウィルスなどという迷惑極まりないやつのために自粛期間を過ごしている私にとってはこんな生活が日常だ。心に決めたことをできる日の方が少ない。<br>私はおそらくあと2年ほどこのような生活を送り、そこからはまるで人が変わったように社会人として生活をしていくのだと思う。いや、そうでなくては困る。夜な夜な4時間やら6時間やらゲームをするような日常とはおさらばしなくてはいけないのだ。（不本意ではあるが）<br><br>こんな私にも実は褒めれるようになったところが1つだけある。大まかにみれば2つある。<br>1つは自炊をするようになったこと。もう1つは比較的部屋を綺麗にするようになったことだ。<br>YouTubeで料理動画を見ては材料を揃え、必死に怒りながらも作って食べる。体重は2キロ程度減った。一時期はゴミ屋敷と遜色ない部屋だったのが、いつの間にか生活できる程度には綺麗に保たれている。（綺麗ではない）<br><br>家事はいい。自分のことを肯定できる。やったら偉い。やらなくても特には困らない。元の評価が低い分、少しでもやると自分を褒めることが出来るので、自己肯定感を高く持った人間になれた気になる。<br><br>そういえば、先日、幼なじみの誕生日で久しぶりに連絡をとったが、返事は｢ありがとう☺｣のみで、遊びたいね！などのやり取りは全くなかった。<br>こうして友達は減っていくのだろうと思った。
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<link>https://ameblo.jp/vbtk06/entry-12593354263.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Apr 2020 21:06:00 +0900</pubDate>
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<title>卵を落とした</title>
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<![CDATA[ 17時半に家を出た。買い物に行くためだった。<br>ついでに記帳しようと思って通帳をカバンに入れた。郵便局に着いたのは17時32分。郵便局は17時半までで、あと3分早く出たら間に合ってたのかと思うと面白くなった。<br><br>家の近くのスーパーに入って、まっすぐ進んだ。自分の行きたいところは左側だったけど曲がるところを店員さんが塞いでいて、挙動不審になった。この世の終わりか？といわれそうなほど全身真っ黒だったのでお店の中にいる人に不審な目で見られたような気がした。<br>スーパーには10個入りの卵しかなく、値段も書いてなかった。いつもは6個入りを買っていたけどめんどくさくて10個入りの値段の分からない卵を買った。<br><br>家に帰って鍋に水を入れ、沸騰させる。買った10個入り卵を6個鍋に投入。<br>6個目を鍋に入れたところで残った4個の卵がパックごと落ちた。<br>グチャッと音がして、下を見ると悲しい光景が広がっていた。フローリングに無惨に広がった卵白。カーペットにも少し付着していたが、気持ちの面では無だった。<br>落とした卵ってどうやって処理すればいいのかな、と思ってスマホで調べた。塩をかければ水分が抜けてぬめりがなくなるらしい。私は塩を無惨な卵の表面にふりかけた。1個だけ割れてなくて｢お前は運がいいな｣と呟いて、冷蔵庫に卵を救出。15分くらい待って、キッチンペーパーでふいたけど、ぬめりは残ったままだった。<br><br>私はこんな卵みたいな人生を送るんだろうと思った。<br>落ちる前は調理場のレギュラー、落ちたあとはただのゴミ。失敗したらもう這い上がることができない割に片付けは大変。<br><br>漠然とそんなことを思って人生に絶望した。<br>大した収入も得られず特売！とか広告の品に目を光らせながら生きていくんだろうなと思ったら虚しくなって、今自分は何をしているんだろうと考える。<br><br>そして私は卵を剥くのが最大に下手くそだということに気づいて、輝けない人生でもいいかと思った。
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<link>https://ameblo.jp/vbtk06/entry-12593113318.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Apr 2020 21:21:42 +0900</pubDate>
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