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<title>violinprinceのブログ</title>
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<title>『アメリカン・スナイパー』</title>
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<![CDATA[ <a href="http://violinprince.blog.fc2.com/img/51e6rDkgvfL.jpg/" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150810/13/violinprince/7e/f8/j/o0081012013391576475.jpg" alt="51e6rDkgvfL.jpg" border="0" width="81" height="120"></a><br><br>クリント・イーストウッドによる同名の映画の原作。イラク戦争にて伝説的な記録をなしとげた狙撃手、クリス・カイルの自伝である。<br><br>「国を守る」「仲間を守る」ために、命をかけて戦う。そのひたむきさには打たれるものはある。しかし、それ故に敵を、彼が“野蛮人”と称する相手を、まるで虫けらのように殺していかなくてはならない。「やらなければ、やられる」、その極限の状況。追い詰められた（と本人の自覚はあるのだろうか？）精神は、人の首がふっとぶ状況を目の当たりにし、笑い飛ばすようにさえなる。退役した彼は、それを「暗黒面に落ちることだ」と叙している。<br><br>例えば心拍数や血圧についての記述。彼のそれらは、平穏な日常において異常値を示し、むしろ戦闘状況にある方が落ちついたデータが出たという。「人と戦い、殺さなくてはならない状況」の方が、より安定するという心身の状態。<br><br>そして描かれる家族との確執。「神」「家族」「国家」の優先順位をつける妻タヤに対し、「神」「国家」「家族」の順位となるカイル。良き夫、良き父となるを決して厭わなかった彼だが、しかしこの優先順位によってタヤは精神的に追い詰めれらる。自分の大切な人がいつ死んでもおかしくない環境にいる、という状況。大切な人を守るはずの戦いが、大切な人を追い詰めることになる。<br><br>しかしカイルに悔いはない。退役後、精神的に病んだ時期を経験するも、決して戦いに従事したことが間違いだった、とは感じていない。そこにあるのはある種の信念だが、しかし戦争が、人を殺さなくてはいけない環境が、当人も家族も負の側面に追い込んでいったことは否めない。<br><br>部隊での厳しい訓練や、戦地での細かい状況説明、武器や組織の専門的な説明など、正直読みにくいところはある。しかし、映画に感覚的な「リアルさ」を譲るとしても、当人の細かい心情の流れはこちらが勝る。映画を観た人には手に取ってほしいし、そうでない人にとっても、実際に戦争に従事した人がどのような考え、感覚を持ち日々を過ごすのか（戦地も日常も含めて）、その一例を知るきっかけになる著作である。<br><br>映画→http://violinprince.blog.fc2.com/blog-entry-116.html
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<link>https://ameblo.jp/violinprince/entry-12060209996.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Aug 2015 04:04:03 +0900</pubDate>
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<title>アーノンクールのモーツァルト協奏曲集</title>
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<![CDATA[ <a href="http://violinprince.blog.fc2.com/img/825646985555.jpg/" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150810/13/violinprince/50/07/j/o0120012013391576887.jpg" alt="825646985555.jpg" border="0" width="120" height="120"></a><br><br><br>今となっては巨匠という確固たる地位を認められているアーノンクール。しかし、その紡ぎだす音楽はいつだって刺激的だ。この3種のモーツァルトの協奏曲においても、独奏楽器をたてつつ、アーノンクール節を炸裂させている。<br><br>音の強弱、アクセントに独特のものがある。「モーツァルトにしては乱暴だ」という見方もできるかもしれない。しかし、上品一辺倒の響きでないと、モーツァルトではないのか？たたみかけるようなオーケストラと、それをひょうひょうとかわしながら、あるいはそれと一体になりながら滔々と流れきたる独奏楽器の響き。他の演奏には聴けない、なにかアンバランスゆえに生き生きとしたものを、一連の協奏曲から感じる。<br><br>どの曲も第3楽章が面白い。いずれもロンド形式によるものだが、アーノンクールにかかると、まるでオペラのクライマックスのような、独特の感をもって響いていてくる。<br><br>フルートとハープの協奏曲では、ロンド主題のリズムに、普段我々が聴き慣れたものと違うものを採用している。それも印象的なのだが、全体的にするどく切り込むオーケストラ、例えば弦の内声の刻みやシンコペーションのフレーズにおける気合の入れようは半端ない。そこに別世界のような、たゆたう２つのソロ楽器が響き渡る。そのギャップが面白い。<br><br>主題にクレッシェンドを施し、堂々としたもの仕上げているのが、オーボエ協奏曲の終楽章。随所に微妙な“タメ”もしかけており、なにか一筋縄にはいかないモーツァルトとなっている。音楽は明るいのだが、まるで夫婦喧嘩（ただしいつかは必ず丸くおさまる）に見られるようなおかしな緊張感を伴っている。曲の最後はあわてふためつつ逃げるように終わる。旦那が家を追い出されたのか？<br><br>クラリネット協奏曲のロンドでは、軽やかに舞う独奏楽器に、オーケストラが刺激的にたたみかけてくる。息巻く男をあしらい、軽やかに飛び交う蝶々か小鳥のような女性を連想させる。<br><br>めくるめく音の饗宴。油断のならない音楽。一つひとつのフレーズにいちいち丁寧に意味を与え会話をさせているよう。演奏によっては第3楽章まで来て飽きを覚えてしまうようなものもある中で、このアーノンクールのロンドは、いい意味で異色である。<br><br>最後に独奏者について。どの曲の独奏も個性と魅力を感じるが、吉野直子のハープ、これがいい。アーノンクールの好みに合わせてか、残響の少ないひなびた味わいのハープであり、フルートとよく溶け合い、この曲の魅力をあますところなく伝えてくれる。<br><br>http://ml.naxos.jp/album/825646985555
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<pubDate>Tue, 04 Aug 2015 21:32:52 +0900</pubDate>
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<title>『アリスのままで』　～言葉を紡ぐことの尊さ～</title>
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<![CDATA[ <a href="http://violinprince.blog.fc2.com/img/200.jpg/" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150810/13/violinprince/f5/95/j/o0085012013391575170.jpg" alt="200.jpg" border="0" width="85" height="120"></a><br><br>キャリア目覚ましい優秀な言語学教授アリス。しかし、これからの彼女の人生を奪うかのように、病に襲われる。それはこれまでの記憶を失っていく、若年性アルツハイマー症であった…。<br><br>記憶、言葉を剥ぎ取られていく恐怖、苦しみ。とりわけ“言語学者”として、知性によって自らを規定してきた主人公にとって、この事象は耐え難いものだ。ジュリアン・ムーアが、この難しい役に体当たりで入りこんだ。アリスが徐々に、かつ確実に病に侵されていく過程を、静かに、同時に熱く演じている。<br><br>家族との関わりも変化していく。妻、母の悲劇に突然襲われた夫、子どもたち。大切な人が変わっていくことを苦しみながら、しかしその現実を受け入れざるを得ない。そして彼らはそれを受け入れていく。<br><br>特に夫役のアレック・ボールドウィンが好演。かつてこの人は『レッドオクトーバーを追え』あたりで、2枚目のスパイっぽい役どころで鳴らした人っだったのでは。それが年相応か、肉付き豊かになり、苦しむ妻を受けとめる夫を貫禄たっぷりに演じている。それでも、自身の仕事とのバランスに葛藤するところもあり、ただの「いい夫」では終わらない複雑な役どころをこなした。<br><br>カタルシスを得られる映画ではない。もし、自分が、あるいは大切な人がこのような境遇となったら、どうなるのか。単純にかわいそう、と感想を抱く以上に、多くを考えさせるものがある。みな、老いや病は避けられない。人は誰しもアリスのようになる可能性があるのだ。<br><br>もうひとつ、この映画を見て感じたのは、「言葉を紡ぐ」ということが、実はとても大切で大変なことである、ということ。自分の思い、考えを伝えることの奇跡的な営み。だからこそこうしたエッセイにおいても、言葉の一つひとつを慈しみながら綴っていきたい。そんな思いをもたらしてくれた映画であった。<br>
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<pubDate>Wed, 01 Jul 2015 18:14:02 +0900</pubDate>
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<title>緻密、かつ大胆に　～ダヴィド・グリマルのベートーヴェン～</title>
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<![CDATA[ <a href="http://violinprince.blog.fc2.com/img/LD001.jpg/" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150810/13/violinprince/28/18/j/o0120012013391575050.jpg" alt="LD001.jpg" border="0" width="120" height="120"></a><br><br>これは面白いベートーヴェンだ。バイオリン、指揮はダヴィド・グリマルというフランスの人で、彼が結成したという室内オーケストラ、レ・ディソナンスを率いての演奏。<br><br>前半はバイオリン協奏曲。緻密に室内楽的に聴かせる効果と大らかな牧歌的な響きが同居している。バイオリンの響きも豊かに響く低音から、繊細な高音までよく聴かせてくれる。下手をすると冗長になりがちなこの協奏曲を、うまく味付けをしながら聴かせてくれる。<br><br>弾いている人の顔が見えそうな演奏、とでも言おうか。はっきりとした個性があり、なかつおしつけがましさがない、好感の持てる響きを実現している。<br><br>ちなみに第1楽章のカデンツァがとてもユニーク。グリマルのオリジナルなのか、異世界へ迷い込んだような効果をもたらす、不思議な数分間を経験できる。<br><br>後半、交響曲第7番。総じて音の入りが強めであり、奏者の「やる気」がグングン伝わってくる。少人数であるゆえ、おそらく弦楽器奏者一人でも気を抜くと、こうした演奏はできないであろう。バイオリン協奏曲と同様、室内楽的な、緻密な雰囲気を感じさせる。ただし決して神経質になることはない。大切な音楽を一人ひとりが丹念に積み上げていこうとする、職人の姿がある。<br><br>特に弦の響きがユニークだ。まるで右手の弓の動きが見えてくるような音。生き生きとした音の立ち上がりとフレージングが、聴く者の心に躍動感を刻む。<br><br>歌心もある。有名な第2楽章、弦のビブラートは控えめであり、お互いをよく聴き合い、響きが雑になることがない。ピチカートの一音一音に意味が込められ、管の息遣いも音楽への配慮に満ちている。<br><br>大盛り上がりの第4楽章も、雑になることはない。まるでスコアを前にしているかのような、クリアな音の流れ。内声部のウネウネが、心地よく脳みそをかき回してくれる。途中の高弦と低弦のやりとりは、まさに「会話」だ。構成を丁寧につかんでいかなくては、こうは響かないだろう。<br><br>ぜひ、生の響きで聴いてみたい。ダヴィド・グリマル、今後注目していきたい奏者、指揮者だ。<br><br>http://ml.naxos.jp/album/LD001<br>
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<link>https://ameblo.jp/violinprince/entry-12060209409.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Jun 2015 12:00:52 +0900</pubDate>
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<title>『海街diary』　～穏やか、という幸福～</title>
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<![CDATA[ <a href="http://violinprince.blog.fc2.com/img/55.jpg/" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150810/13/violinprince/8d/49/j/o0085012013391575454.jpg" alt="55.jpg" border="0" width="85" height="120"></a><br><br>家族を捨てた父の残した腹違いの妹すずを、鎌倉に住む三姉妹が引き取り、生活を共にし始める。3人の姉それぞれの人生、思いと、「自分の母親が姉たちから父を奪った」と負い目を持つすず。しかし、鎌倉での生活は、新しい家族を迎えて、穏やかに過ぎてゆく…。<br><br>話の進行にそう劇的な展開はない。アクセントとして、特に上の姉二人が抱える仕事上あるいは恋愛の問題や、父のあと3人を捨てた母との関わりなどあるが、総じて和やかに物語は進んでいく。そこから感じるのは、平穏である、ということの豊かさだ。<br><br>4人姉妹のそれぞれの描き方がうまい。真面目でしっかり者の長女、自由奔放で我の強い次女、マイペースでのんびり屋の三女、そして複雑な生育環境ゆえか妙に大人びているすず。それぞれを綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずが演じているわけだが、まるで演技をしているとは感じさせない、人物との自然な一体感がある。本当にこういう姉妹がいるんだろうな、とうなずいてしまうようなやりとり。とりわけ長澤まさみの、時として男、酒によりかかり溺れる演技が味があってよかった。<br><br>舞台となっている鎌倉の風景もいい。それが「いかにも鎌倉」という体ではなく、本当にさりげなく鎌倉であることを思い出させる、そんな演出だ。監督は「鎌倉」、というよりも「日本の風情ある町」というテーマのようなものをより大切にしたかったのだと感じる。<br><br>奇をてらう演出はなし。自然体に、穏やかに流れる映画。2時間弱、この世界に浸れるのは、やはり幸福だ。
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<pubDate>Wed, 17 Jun 2015 14:44:03 +0900</pubDate>
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<title>『火怨　～北の燿星アテルイ～』</title>
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<![CDATA[ <a href="http://violinprince.blog.fc2.com/img/20150616223244b60.jpg/" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150810/13/violinprince/7f/14/j/o0085012013391576441.jpg" alt="ダウンロード" border="0" width="85" height="120"></a><br><br>熱く、魂をゆさぶられる小説。古代の東北に拠点を置く蝦夷の首領阿弖流為（アテルイ）、その生き様に心打たれる。<br><br>当地の金の獲得や都の民の心をまとめるため、獣と蔑まされ戦いを挑まれ続ける蝦夷。彼らはただ自分の大切なものを守るためだけに、戦を強いられてきた。<br><br>侮りゆえに片手落ちの作戦となる都の軍隊を、阿弖流為率いる蝦夷軍が翻弄していくさまには爽快だ。男同士の信頼、友情も物語の主要動機となっており、その絆の深さに素直に感動を覚える。<br><br>敵将坂上田村麻呂の描き方も見事。敵将ながら、決して蝦夷を見下すことなく、むしろ戦を避け彼らの幸福を誰よりも強く願う。しかし、征東将軍としての立場ゆえ、その責を果たすべく戦いに臨むことになる。<br><br>決してやむことのない戦という火の粉を振り払うため、最終的に阿弖流為が下した決断とは…。その結末に向けて、読んだ者は心を揺さぶられることだろう。<br><br>「アテルイ」「坂上田村麻呂」、そう中学のはじめの方に歴史でならい、それゆえか何となく名前を覚えている人物たち。しかし、そうした教科書で１～２行で片付けられてしまうものの背景に、フィクションが入っているとはいえど、これほどの熱い物語がある。人の数だけドラマがある、そんなことも感じさせた、身体の芯に迫ってくる歴史小説である。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/violinprince/entry-12060209990.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Jun 2015 22:50:44 +0900</pubDate>
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<title>バードマン　あるいは（無知がもたらす予期せぬ奇跡）　</title>
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<![CDATA[ <a href="http://violinprince.blog.fc2.com/img/i.jpg/" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150810/13/violinprince/e7/da/j/o0085012013391577177.jpg" alt="i.jpg" border="0" width="85" height="120"></a><br><br>20年前、バードマンというヒーロー映画で大当たりを記録して以来、それゆえそのイメージから抜け出せずに低迷してきた初老の俳優が、再起を図るべく自ら脚本・演出・主演と務め、アメリカの古典的な演劇に挑む。しかし、そこに共演する曲者俳優、毒舌辛辣な批評家、薬物依存症の娘らがからみ、ことは思惑通り進まない。公演の成功を目指しながら、狂気にかられていく主人公を待ち受けるのは…。<br><br>主役を演じたマイケル・キートンがいい。彼自身、初期の『バットマン』の映画シリーズで人気を博した、という過去を持ち、これが主人公の設定と重なる。その頃と比べると、あぁ頭は寂しくなり、体はたるみと、しかしそのことをてらうことなくさらけ出している。そこに役者魂を感じた。もちろん演技自体も素晴らしい、役になり切り、一体化している。まさに体当たりの演技。<br><br>共演のエドワード・ノートンもいい。彼を観るのも久しぶりであったが、曲のあるの俳優役を見事にものにしている。主人公や周囲とのからみも絶妙、いい演技をしていた。<br><br>映画の構成も本作の特徴の一つ。すなわち、場面の切り替えなしで、ほぼワンカットの長回しでできている。これが、時に息苦しさを覚えるほどの臨場感を醸し出している。この映画を作った人たちの熱意を感じる。<br><br>それでも、今作は評価が分かれるかもしれない。幻想的、ある意味哲学的とも言える演出に、正直とまどいを覚えた。今年度のアカデミー作品賞・監督賞など4部門を受賞した本作だが、これまでの“アカデミー作品賞”の響きから期待するような映画、ではおそらくない。「通受け」の要素が、これまでの受賞作品より多い、と感じる。<br><br>例えばアメリカの映画界と演劇界の関係についてやりとり。このことを熟知している人にとっては、面白いところをついているのだろう。もちろん、小難しい話ではないのだが、「知っていたらもっと楽しめるんだろうな」ということは感じた。<br><br>新所沢で鑑賞。爽快でスカッとする映画ではない。むしろそうした映画に飽きてしまって、何か革新的なものを観たい、という人にお勧めだ。
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<link>https://ameblo.jp/violinprince/entry-12060210256.html</link>
<pubDate>Sat, 30 May 2015 04:58:17 +0900</pubDate>
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<title>『イミテーション・ゲーム～エニグマと天才数学者の秘密～』　～信念を貫くこと～</title>
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<![CDATA[ <a href="http://violinprince.blog.fc2.com/img/903605_l.jpg/" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150810/13/violinprince/3f/25/j/o0084012013391575415.jpg" alt="903605_l.jpg" border="0" width="84" height="120"></a><br><br>天才的な頭脳を持ち、それゆえ“傲慢”な性格の持ち主である主人公、アラン・チューリング。話は彼の家が何者かに荒らされ、警察が訪れるところから始まる。しかし、通報は物音を耳にした隣人によってなされ、当のアランは「何も盗まれてはいない」と、警察を追い払う。<br><br>舞台はそこから数年前まで起こっていた第二次世界大戦中にさかのぼり、この時期を核に映画は展開されていく。ドイツ軍の最強の暗号機「エニグマ」の解読のため、英軍によって集められた各方面のエキスパートたち。そこにアランは加わり、この謎解きに尽力する。<br><br>有能なメンバーが集う中、彼同様、数学分野に天才的な才能を持つ女性ジョーンと出会う。二人は婚約することになるのだが、アランには彼女に打ち明けられない秘密を抱えており、それは映画が進んでいく中で明らかになっていく。こうした状況に、時代を取り巻く政治的思惑が絡まり、ドラマは深まっていく。<br><br>この映画は暗号の解読というテーマをもとに、そこから発生する人と人とのつながり、そして信念を貫くことの尊さを教えてくれる。直属の軍人からはやっかいものと圧力を受けながら、しかし、自らの使命を果たすために情熱を注ぐことをやめない主人公。いったん解読が可能となったあとも、真に戦争を終わらせるために、苦渋の選択を余儀なくされていく。<br><br>実話に基づくそうだ。イギリス政府は、彼の業績を最高機密として、戦後50年秘してきた。戦争という大きな歴史的事象の影に、多大な影響を与えた、しかし決して知られることなく、かつ不幸ともいえる人生を歩んだ主人公。その生きざまに、素直に心が動かされる。<br><br>主人公を演じたベネディクト・カンバーバッチは、現在はまっているドラマ『シャーロック』で好きになった俳優。この映画ではそれとはひと味違ったキャラクターを見事に演じた。拍手。<br><br>豊島園で鑑賞。家への帰途、急な雨に降られ、空に大きな虹がかかった。偶然ではあったが、まるで、こうした不遇な人たちに対するエールのように見えた、なんて言ったらキザな感想になってしまうか。
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<pubDate>Wed, 22 Apr 2015 19:03:18 +0900</pubDate>
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<title>Ｍ・オンダーチェ 『イギリス人の患者』</title>
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<![CDATA[ <a href="http://violinprince.blog.fc2.com/img/20150417173553d11.jpg/" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150810/13/violinprince/ed/6a/j/o0084012013391576492.jpg" alt="ダウンロード (1)" border="0" width="84" height="120"></a><br><br>第二次世界大戦末期、廃墟となったイタリア北部の屋敷に集う、4人の男女。戦争で心に傷を負った若き看護婦ハナ、彼女の父の親友であり、幼きころよりハナを知る泥棒にしてスパイのカラバッジョ、イギリス軍に従軍したインド人にして爆発物処理のプロフェッショナル、キップ、そして全身火傷を負った謎の「イギリス人の」患者。<br><br>それぞれの物語と、それぞれが絡み合う物語が交錯する。そして詩を彷彿させるような文体。はっきり言って読みにくい。しかし最後まで読んでしまう。読み手の想像力に負うところを多くしめる物語であり、それゆえはまってしまうとスケールの大きい砂漠の光景から、繊細な若者の心の動きまで、頭の中をかけめぐってくる。<br><br>『イングリッシュ・ペイシェント』というタイトルで映画化された。アカデミー賞を9部門受賞したこともあって、映画通の間にはよく知られた名作。この映画では、砂漠を舞台に探検家と人妻との恋の切なさを見事に描き切った。<br><br>しかし、原作だと、ちょっと違ってくる。その「イギリス人の」患者が語る恋物語は、全体の構成の一部であり（これはこれでやはり切なく、物語の中の白眉ではあるのだが）、映画では脇役であったあとの3人の物語も多く語られ、この小説の重要な要素となっている。特にインド人工兵キップ、彼が爆発物処理を学んだイギリス人たちとの触れ合いのありさま、そして彼とハナとの不思議な恋についての展開は、何か心の芯をあたためるような感触をもたらす。<br><br>本の帯にある「この上なく深くミステリアスな愛の世界」というキャッチコピー、この表現がまさしく似合う小説。ちなみに著者はスリランカからイギリスにわたり、さらにカナダで学んだという人。その経歴が、おそらくこの小説の背景に見事に活かされている。<br><br>http://violinprince.blog.fc2.com/blog-entry-123.html
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<pubDate>Fri, 17 Apr 2015 17:56:41 +0900</pubDate>
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<title>川上未映子『愛の夢とか』</title>
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<![CDATA[ <a href="http://violinprince.blog.fc2.com/img/20150408170109f75.jpg/" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150810/13/violinprince/6c/a0/j/o0082012013391575588.jpg" alt="ダウンロード" border="0" width="82" height="120"></a><br><br>短編集。以前読んだ『乳と卵』もそうなんだけど、この人の作品には（濃い淡いの差はあるが）“女の人の情念”というのが匂い立つ。微笑ましいものから、何だか深淵さを感じるものまで。<br><br>高校時代に付き合っていた彼氏との約束を果たそうとする『日曜日はどこへ』。“彼が好きだった、それがきっかけで自分も好きになった作家。その作家が死んだら、別れていても、どこで何をしていてもその時に会おう”。結末は少し切ない。<br><br>長年住み慣れた家を、夫の仕事の破綻から手放すことになった女性の悲哀を綴った『お花畑自身』。若手の独身女性作詞家に買い取られたその家への思い入れは、未練を通り越して執念を感じる。手入れのゆきとどいた庭や花々、それとの別れを果たすために、作詞家の提案によって女性は“お花畑自身”になる。<br><br>表題の“愛の夢とか”や“十三月怪談”といった作品も個性がある。特に後者は、妻が若くして病死してしまった夫婦の話だが、あえて話の整合性をとらなかったのか、生とか死とか、あるいは愛とか人への想いとか、何かそういった類のことが読みながら浮かんでは消えていく。<br><br>女性の視点ならではの小説。自分の世界を広げる意味で、時折触れてみたくなる作家の一人である。<br><br>http://violinprince.blog.fc2.com/blog-entry-122.html
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<link>https://ameblo.jp/violinprince/entry-12060209661.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Apr 2015 17:21:22 +0900</pubDate>
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