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<title>“和人”kyoh1のブログ</title>
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<description>感じたこと、書いてくよ～</description>
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<title>罪≠悪</title>
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<![CDATA[ <p>皆さん<span style="color:#ff0000;">『罪』</span>って聞くと、どんな思いになりますか？</p><p>&nbsp;</p><p>おそらく多くの日本人が<span style="color:#ff0000;"><span style="background-color:#ffcc00;">「悪い事」</span></span>と認識するでしょう。</p><p>まぁ間違ってはいませんが、原語の意味として、少し抜け落ちた意味があるので正確ではありません。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#ff0000;">『罪』</span>と言う言葉を辞書で引いてみると</p><ol><li><p><span style="color:#0000ff;">法にふれる。法によって刑罰を科せられる非行。刑罰を与える。とが。つみ。つみなう。</span></p><span style="color:#0000ff;"> </span></li><li><p><span style="color:#0000ff;">良心・道徳のとがめをうけること。仏教で、悪い果報をうむ因。</span></p></li></ol><div>と出てきます。</div><div>&nbsp;</div><div>だから街頭で聖書の話をする人が<span style="color:#ff0000;">「人類はみんな罪人です」</span>なんて叫んでも</div><div>&nbsp;</div><div><span style="color:#7cd300;">『はぁ？何でそんな事あんたに言われなきゃならないの？』</span></div><div>とか</div><div><span style="color:#7cd300;">『いや俺はもの盗んだ事も人を殺傷した事も無いし』</span></div><div>なんてなるんです。</div><div>&nbsp;</div><div>ものすごく盛大にすれ違ってるけど、これはほとんどの場合どちらも嘘言ってないんです。</div><div>&nbsp;</div><div>普通はこの辞書の意味でみんな考えていますが、罪って言葉の原点は聖書で<span style="color:#ff0000;"><span style="background-color:#ffcc00;">「的（神様の意図）を外す」</span></span>と言う意味で、その前の時代では<span style="color:#8f20ff;">『咎（とが）』</span>と言う言葉が今の<span style="color:#ff0000;">『罪』</span>に当てられていた言葉でした。</div><div>&nbsp;</div><div>だから<span style="color:#ff0000;">罪＝悪</span>ではなく、<span style="color:#000000;">うちらが普通に考えてしまう自己中心的なことや、配慮の足りない言動、誰かを傷つけること全般を</span><span style="color:#ff0000;">『罪』</span><span style="color:#000000;">と呼ぶのであって、</span>ただ法律を犯していないからと言って正義ではなかったり、許されてることだけどBestじゃ無いことも存在するのです。</div><div>&nbsp;</div><div>それを踏まえた上で、教会で起きた事を自分の反省も込めて、一つ伝えようと思います。</div><div>&nbsp;</div><div>それは去年のクリスマスのこと。うちらの教会ではご馳走が振舞われていました。</div><div><span style="color:#a68500;">チキン</span>はもちろん、<span style="color:#0000ff;">パン</span>と<span style="color:#ff7f00;">コーヒー</span>、<span style="color:#b6f062;">サラダ</span>や手作りの<span style="color:#ff7fbe;">デザート</span>など、しかもそれらを<span style="color:#ff0000;">ビュッフェ形式</span>で食べていいのです。</div><div>&nbsp;</div><div>まだ明るい時間の上、幼い子供や中高生、車に乗ってきた方に配慮したのでお酒は出ませんでしたが、クリスチャンじゃなくても、こんなパーティーは素晴らしいと思いますよね？</div><div>&nbsp;</div><div>そこで僕は自分の料理をとって仲間と楽しむ事を考えて列に並びました。</div><div>そこで一人の<span style="color:#8f20ff;">おじいさん</span>を見かけました。</div><div>&nbsp;</div><div>なぜ目についたのか？正直お世辞にも<span style="color:#ff0000;">立派とは言い難い身なり</span>だったから。</div><div>でもその時は何もせず、<span style="color:#7cd300;">目当ての料理をとって、友人と食事をはじめました。</span></div><div>&nbsp;</div><div>二度目に列に並んだ時も、そのおじいさんはほぼ同じ場所にいました。</div><div>しかし友と話している最中だったので、<span style="color:#7cd300;">さっさと料理をとって戻りました。</span></div><div>&nbsp;</div><div>三度目…。もう一度同じ場所でそのおじいさんと会ったので、さすがに<span style="color:#8f20ff;">「おかしい」</span>と思い近づいて話しかけることにしました。</div><div>&nbsp;</div><div>近付いてよく見てみると、彼は足が不自由で杖をついていた。だからその場から動けずに料理にありつけなかったのだとか…。とにもかくにも彼の料理と席を準備して話してみることにした。</div><div>&nbsp;</div><div>彼はとても気さくに僕に話してくれた。その話の間も<span style="color:#8f20ff;">『どこで知り合ったの？』</span>とか<span style="color:#ff7fbe;">「どこからかホームレスが紛れ込んだのかな？」</span>と僕に聞いてきた人もいた。まぁ、正直僕自身もそう思ったのだから、その人たちの言葉を責めることはできない。</div><div>&nbsp;</div><div>でも彼の話を聞くうちに、彼が実は友達のお父さんであること、たまにうちの教会に足を運んでくれていたことなどが分かってきた。</div><div>友人とその父であるおじいさんは何回も感謝を口にしてくれた。でもその時ほど自分の心のうちを恥じたことはなかったかもしれない。</div><div>&nbsp;</div><div>テストでカンニングがバレた時より、</div><div>万引きををして母親に頭を下げてもらった時より、</div><div>職を失って金が無くて、食べ物や着る物を恵んでもらった時より、</div><div>&nbsp;</div><div>そのどれよりも、その日の<span style="color:#ff0000;">『当たり前の行動』</span>の結果、友の父親を心の中で粗末に扱っていた自分を恥ずかしいと思ったのです。</div><div>&nbsp;</div><div><span style="color:#7cd300;">確かに友達とランチを楽しんでいた。その行動は何も悪く無い。</span></div><div><span style="color:#7cd300;">そのおじいさんを放っておいても、僕は何の責任もおわなくて良い。</span></div><div><span style="color:#7cd300;">もしリーダーだったら自分のチームやタスクのために時間を使うべきだろう。</span></div><div>&nbsp;</div><div>何も法律に反していないし、むしろ友を重んじていた。でも聖書にはハッキリと<span style="color:#ff0000;">『その程度の事は極悪な賞金首でもやってる』</span>って指摘されてる。</div><div>&nbsp;</div><div>普段から<span style="color:#7cd300;">「クリスチャン（＝キリストに従う者）」</span>とか<span style="color:#7cd300;">「神様の息子の一人」</span>って口で言ってるくせに、全然行動と思いが伴っていない『口先野郎』になってしまっている事に気付かされてしまった。</div><div>&nbsp;</div><div>その日から、目を皿にして人を見るようになった。だってこの時の苦さを二度と味わいたくないから。</div><div>&nbsp;</div><div>人生色々あるから、金がなくなる事はあるかもしれない。</div><div>ミスをしない日なんか恐らく死ぬまで来ないだろう。</div><div>異性に振られて自分の価値を疑うこともあるかもしれない。</div><div>誰かに誹謗される事も、自分の信念を傷付けられても口をつぐまなきゃならない事もあるだろう。</div><div>&nbsp;</div><div>でもそれよりも自分の行動が言葉に伴ってない事実を突きつけられる事は、何よりも苦い。</div><div>&nbsp;</div><div>他の神様はどうだか知らないけど、イエス＝キリストは例え僕がどれだけ無慈悲でも責めない。</div><div>例え法に触れて<span style="color:#8f20ff;">「咎」</span>があったとしても、<span style="color:#ff0000;">愛する事をやめない。</span>そして口にした事を実行しない事も無い。罪を帳消しにするためにこの世にきたし、そのために命を捨てなきゃならなくても喜んで命を差し出す人。</div><div>&nbsp;</div><div>これはルールじゃない。義務じゃない。自分の口から出した言葉に対して<span style="color:#7cd300;">どうありたいか</span>って話。だから誰だって簡単に<span style="color:#ff0000;"><span style="background-color:#ffcc00;">『罪人』</span></span>になり得る。でもあなたはどんな自分になりたい？って問うそんな話。</div>
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<link>https://ameblo.jp/wajin1/entry-12394049361.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Jul 2018 02:22:32 +0900</pubDate>
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<title>『難しい』の本当の意味</title>
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<![CDATA[ <p>みなさんはどんな時に<span style="color:#ff0000;"><span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffffff;">「難しい」</span></span></span>って言いますか？</p><p>&nbsp;</p><p>そんなの愚問。難しい問題にぶち当たった時でしょう。そうですね？</p><p>僕が今回問いたいのはその<span style="color:#ff0000;"><span style="background-color:#ffffff;">『難しい』</span></span>の真意です。</p><p>&nbsp;</p><p>そもそも<span style="font-weight:bold;">「難しい」</span>と言う言葉の意味は<span style="color:#7cd300;">「簡単には始末がつけられない」</span>と言う意味。</p><p>ただし言語とは使う者の状況に合わせて変化をするものです。</p><p>つまりこの日本語は使う私達と同じように<span style="color:#ff0000;">『本音と建前』</span>がある。</p><p>社会人ならこの<span style="color:#ff0000;">『本音と建前』</span>に四苦八苦させられたことありますよね？</p><p>&nbsp;</p><p>本当は『<span style="font-style:italic;">No</span>』と言いたいのに、相手を不機嫌にしないように<span style="color:#0000ff;">『難しいですね』</span>なんて言ってしまってませんか？</p><p>あなたの心遣いはとても良いものです。人間の生活に心遣いは必要不可欠ですし、日本のビジネスシーンではよく起こる事です。</p><p>&nbsp;</p><p>でも<span style="font-weight:bold;">黒い物</span>を<span style="color:#ffffff;"><span style="font-style:italic;"><span style="background-color:#bfbfbf;">『白』</span></span></span>と言う事を心遣いとは言いません。</p><p><span style="color:#ff0000;">赤信号</span>を<span style="color:#ffcc00;">黄色</span>と言ってもダメです。進んで良いのは<span style="color:#7cd300;">青信号</span>だけですよねw</p><p>それと同じく、<span style="color:#ff0000;">「不可能」</span>と<span style="color:#ff0000;">「難しい」</span>も違うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>先日友人が電車の中で倒れてしまった人を見た時に<span style="color:#0000ff;"><span style="font-style:italic;">「何をしたら良いかわからなかった」</span></span>と話してくれました。</p><p>実際友人がその問題にどう対処したかは知りませんが、この状況は多くの人にとって難しく、勇気のいる事でしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>もう一つ例を挙げるなら、初めて会う人と会話をするのも、何を話せば良いかわからないですよね？</p><p>&nbsp;</p><p>でも両方とも当事者にとって<span style="color:#7cd300;">『友人』</span>なり<span style="color:#7cd300;">『恩人』</span>、<span style="color:#7cd300;">『隣人』</span>と呼ばれるのはその難しい事をやった人ではないでしょうか？</p><p>&nbsp;</p><p>新訳聖書には死にそうな怪我人に対して３パターンの対処を例に挙げた話しがあります。</p><p>少し長いので要約すると…</p><p>&nbsp;</p><ol><li><span style="color:#7cd300;">『神のご加護を』と祈って去った人。</span></li><li><span style="color:#7cd300;">忙しくて、何もせずその場を去った人。</span></li><li><span style="color:#7cd300;">その人に応急処置をして、去り際に『足りない分は後で払います』と、後の人に託してその場を去った人。</span></li></ol><p>&nbsp;</p><p>皆さんはどの人になりたいですか？</p><p>１と２は至極普通の行動だと私は思います。バックグラウンドを少し話すと、１は現代で言うところの牧師ですので当然の行動ですし、２は自分にしかできない仕事を任されている人でしたので、事実忙しかったでしょう。現代のこの国の人と同じく。</p><p>&nbsp;</p><p>じゃあ３の人はと言うと、医者ではありませんし、その道の専門家でもありません。</p><p>むしろ怪我している人が<span style="color:#0000ff;"><span style="text-decoration:underline;">日頃冷遇していた種類</span></span>の人であったのではないかと示唆されています。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも彼は放って置かずに<span style="color:#7cd300;">できるだけの処置をして、<span style="font-style:italic;"><span style="text-decoration:underline;">できない事は他の人に任せた</span></span></span>のです。</p><p>&nbsp;</p><p>世の中には本当にできない事は現実にあります。医者でも無い人私たちが正確に傷病に対処したり、カウンセラーでも無いのに彼の問題に対する適切なアドバイスする事は<span style="color:#ff0000;">『不可能』</span>です。</p><p>&nbsp;</p><p>でも<span style="color:#7cd300;">『友人』</span>になる事は<span style="color:#ff0000;">『不可能』</span>ですか？</p><p>それともちょっとだけ勇気のいる<span style="color:#ff0000;">『難しい』</span>事ですか？</p><p>&nbsp;</p><p>あなたにとって<span style="color:#ff0000;">「不可能」</span>がある事は悪い事じゃありません。でもただの<span style="font-weight:bold;"><span style="color:#ff0000;">「難しい」を「不可能」と決めつけるべきじゃ無い。</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>あなたにとって<span style="color:#ff0000;">「不可能」</span>なら<span style="color:#0000ff;"><span style="font-style:italic;">「難しい…」</span></span>なんて誤魔化さないで。</p><p>でも<span style="color:#ff0000;">「難しい」</span>なら一緒に乗り越えてほしい。</p><p>&nbsp;</p><p>それは私や他の人にとってもきっと難しい事だから。</p><p>でもあなたの特技と私の長所は違う。だから協力すれば<span style="color:#ff0000;">「難しい試練（Test）」</span>は<span style="color:#8f20ff;">「成し遂げた証拠(Testimony)」</span>に変わる事でしょう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/wajin1/entry-12391534010.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Jul 2018 00:35:28 +0900</pubDate>
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<title>拝啓、弱さと戦う勇気ある友へ</title>
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<![CDATA[ 久しぶり。元気か？<div><br></div><div>俺は正直、元気じゃない。仕事の事、人間関係、将来、考え出したらキリが無い。いちいち細かく説明するのも面倒。でも笑顔って誰のためにあるのかな？</div><div>そう思ったから、一度自分の思っていることを書いてみることにする。</div><div><br></div><div>君もこんな気分の時があっただろ？</div><div>あの時の俺は君を励まそうとしてた。悲しむ君の顔を見るとこっちまで悲しくなるから。</div><div><br></div><div>俺の個人的な話をさせてもらうなら、俺は<font color="#ff2a1a">『ユニーク』</font>とか<font color="#ff2a1a">『変わってる』</font>って呼ばれるのが大嫌い。それは俺にとっては誉め言葉じゃなくて、<font color="#ff004f">『あなたを理解できない(したくない)』</font>ってメッセージ。だから<font color="#ff2a1a">『変わり者』</font>として扱われている君を見ているのが、無性にやるせなくなっていた。</div><div><br></div><div>遠慮なしな表現をするなら、<font color="#ff2a1a">『変わった人』</font>って言ってる人を見るとムカッとする。</div><div>だってそれは<font color="#008e53">『普通』</font>の押し付けだと思っているから。彼らは俺に言ったのではなく、君に言ったのだけど、俺にとっては自分が言われているのと同じように感じるんだ。</div><div><br></div><div>でもね、彼らの言う<font color="#008e53">“普通”</font>ってやつも、理解しなきゃいけないと思ってるんだ。だから君には色んな“アドバイス”をした。面白いことに自分が同じ台詞を言われた時、何の助けにもなってなかったと気付かされたw</div><div><br></div><div>なぁ、君は今何を考えている？</div><div>俺と別れを告げた時、こんな気分だったのかな？</div><div>もしそうなら謝りたい。出来る限りの事はしたつもりだった。でも本当に<font color="#d01bea">『つもり』</font>だった。俺は君の良い友になるためには不足だらけだった。</div><div><br></div><div>君の苦しみの根っこを理解している<font color="#d01bea">『つもり』</font>になっていた。</div><div>今弱り果て、苦しみを一人で消化しきれず、誰かに共有しなきゃやってられなくなった段階になって初めて、君の助けになれてなかったとわかった。</div><div><br></div><div>なぁ、君は何を思う？</div><div>俺は将来が不安だ。成長しろと人は言う。俺だって成長したいと思ってる。きっとあの時の弱っていた君も必死に成長しようとしてたんだと思う。</div><div><br></div><div>でも人って時々理不尽な<font color="#ff2a1a">『成長しろ』</font>を言うときがある。</div><div>受け取る側になってみたときに、わかってても動かない時がある。その時に思い出したんだ。</div><div><b>『何事にも時がある』</b>って言葉。</div><div><br></div><div>その言葉は歴史上最も知恵を持っている人の言葉。彼は王であると同時に資産家であると同時に学者。彼は世の中のありとあらゆる富をもっていたから、考えうる限りの快楽の効果を実験した。</div><div><br></div><div>結局彼は<font color="#2c6ece"><b>『神様しか満足をさせられる存在は無い』</b></font>と結論付けた。</div><div><br></div><div>何を伝えたくてこんな事を書いているんだろう？</div><div>人は君に<font color="#ff2a1a">『成長』</font>って言う赤い大きな実を求める。</div><div>でも<font color="#ff2a1a">『成長しろ』</font>って言われて俺が思った事は、<font color="#9443fb">「俺の実は赤じゃなくて紫の房かもしれないじゃないか！」</font>って事。</div><div><br></div><div>君の実は<font color="#ff9e10">オレンジ色</font>かもしれないし<font color="#fef935">黄色</font>かも知れなかったこと。</div><div><font color="#ff8dd7">桃色</font>かもしれないし、真っ黒い<font color="#627a21">アボカド</font>かもしれない。それともそもそも葉っぱを食べる<font color="#008e53">緑の野菜</font>かも。</div><div><br></div><div>もし今が旬じゃないなら、根と幹しかない。外から見たら何の変化もないし、求められる実も出せない。でも<b>物事には時がある</b>。今すぐ何かを変えなきゃ行けないと人は言うかもしれない。でもその決断はあなたがするもの。</div><div><br></div><div>その人のアドバイス通りにしないから<font color="#ff2a1a">『謙虚じゃない』</font>と言われることもあるだろ？</div><div>と言うか、俺が君に言った事もあったな。</div><div><br></div><div>でも何事にも時がある。魚にも果物にも野菜にも本当は旬がある。人は一年中スーパーに並んでいて、欲しければネットで地球の裏側からすら持ってくる。それが人間の言う<font color="#008e53">『普通の生活』</font>。</div><div><br></div><div>それに適応しようがしまいが、本当はどうでも良いこと。本当に考えるべき事はデザインされた自分をいかすこと。</div><div><br></div><div>言われた通り<font color="#ff2a1a">赤くて大きなリンゴ</font>を提供できるなら、<font color="#ff2a1a">それはそれでよし</font>。</div><div><font color="#9443fb">紫のブドウ</font>なら、<font color="#9443fb">人を酔わせたり、楽しくさせれば良い。</font></div><div><b style=""><font color="#ffd215">黄色い酸っぱいレモン</font></b>だからって落ち込むな。<font color="#ffd215"><b>揚げ物の最高の友じゃないか</b>。</font></div><div><font color="#ff9e10">オレンジ色のミカン</font>なら、<font color="#ff9e10">こたつの友。うちでは人間もペットすらも大好物よ。</font></div><div>アボカドは黒くても料理にするには最高だ。</div><div>白い大根もおでんの中では立派な主役。</div><div><br></div><div>それから<font color="#008e53">多数派の緑</font>。何も変わったことが無いと卑下しないで。肉を葉っぱで包んで食べたら美味しいでしょ？</div><div>それと同じく、何だかんだで数の力は強い。<font color="#008e53">世の中の普通を作るのはあなた。</font>でもだからこそ、あなたは<font color="#af5009">お肉と言う別物を包んであげられるんじゃないのかな？</font></div><div><br></div><div><b>なにごとにも時がある。</b><font color="#9443fb">あなたには計画がある。</font></div><div>人は良い動機で悪いことをしてしまうことがある。それは本当にごめん。</div><div><br></div><div>今実を全て落とし、根と幹になった俺に人は何て言うだろう？</div><div>君は何て言われただろう？</div><div><br></div><div>でも覚えておいて。<b>何事にも時がある</b>と。</div>
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<link>https://ameblo.jp/wajin1/entry-12386631660.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Jun 2018 22:53:10 +0900</pubDate>
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<title>変わり者って誰のこと？</title>
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<![CDATA[ <div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">今日は僕が幼い頃から気になって仕方ないことについて書いてみたいと思います。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">題して<b><font color="#9443fb">『変わり者って誰の事？』</font></b></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">皆さんは誰かに<font color="#ff2a1a">『変わってるね』</font>とか<font color="#ff2a1a">『ユニークだね』</font>って言ったことあります？</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">どうして相手にそう伝えたのでしょうか？</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">もう２つ質問ですが、その言葉を言われたことがありますか？</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">またそれを言われてどう思いましたか？</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">皆さんにとってこの言葉が何を意味するかわかりません。シチュエーションによるとも思います。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">ただ、私自身は少なくとも二歳の時には日常的にそう呼ばれていました。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">はっきり言って、嬉しいと思ったことはありません。もう少し大きくなって、たまたまフェンスに登って飛行機雲を見てて、<font color="#0d99fc">『なぜ飛行機は飛ぶのか』</font>とか、<font color="#0d99fc">『あれって白いうんちみたいw』</font>とか、<font color="#0d99fc">『大人になったら空飛びたい』</font>とか、そんなことを考えてたような気がします。周りの子供たちが滑り台の順番争いをするなか、そんなことを考えている僕を<font color="#d01bea">『変わってる』</font>と表現したようです。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">当時の<font color="#0d99fc">『僕』</font>にとっては自分と同じ視点を持つ人がほとんどいないので、乱暴な言い方をすると<font color="#0d99fc">全員(</font><font color="#ff2a1a">私の視点では</font><font color="#0d99fc">)変わり者</font>になるのです。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">むしろ幼馴染みが飛び降りられそうな木や屋根から飛び降りる遊びを<font color="#ff2a1a">「ジサツごっこ」</font>なんて呼んでる方がよほど変なことを言ってたと、後々思うんですがねw……。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">とにかく人によって違いがあるのが当たり前。自分が女の子の友達と違うのも、父と僕が似てるけど違うのも不思議だけど楽しい事なのです。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">でも周囲の大人は(両親は除き)私を<font color="#ff2a1a">『変わってるね』</font>とか<font color="#ff2a1a">『将来大物になるね』</font>とか呼んだものです。幼かった<font color="#0d99fc">『僕』</font>にとってはその言葉から<font color="#ff2a1a">『あなたの事を理解できない(理解するのが面倒)』</font>と言う疎外感や皮肉しか感じ取れなかったなぁなんて思っていました。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">きっと口に出す人も悪意がなかった人もいるでしょう。何の気なしに言った人も悪意があった人もいるでしょう。本当に誉めてた人もいました。でも多くの場合は違う形で受け取ってしまった。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">こんなことってありますよね？</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">特に物書きはいかなる業種でも駆け出しの頃<font color="#9443fb">「自分が何を言うかじゃなくて、どう伝わるかの方がはるかに重要だ」</font>と叩き込まれます。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">だからこれは誰が相手でも永遠のテーマ。完璧なんて事が無い。でも、楽しい。言葉とはそんなものなのだと思います。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">話がそれました。何が言いたいかと言うと<font color="#ff2a1a">『あなたはユニークだね』</font>と褒めたいあなたの言葉が相手に皮肉だと取られたら、どんなことを言っても意味がないと言うことです。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">どうすれば良いか？</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">私なら<b>『どうしてそこが気になった？』</b>と聞かれたら嬉しいので私がいわゆる『変わり者』や『スペシャリスト』と話す時には<font color="#a9e810">『なにも知らない私だけど、あなたに興味があるから教えてほしい』</font>と伝えるのです。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">これも誰にでも通用するとは限りませんが、興味を示されて悪い気は起きないなと私なら思うゆえのひとつの指針です。あなたは何を伝えたいですか？</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">それと共に相手に何を受け取ってほしいですか？</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">この文(ふみ)が、あなたの心をふみかため、飢えた鳥から種を守り抜くこと。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;">それを願い、今日は筆をおくことにします。</div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"><br></div><div style="font-family:&quot;Helvetica Neue&quot;, Arial, sans, sans-serif;font-size:16px;"></div>
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<pubDate>Mon, 11 Jun 2018 15:06:06 +0900</pubDate>
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<title>『コミュニティ』から出て行って仲間に加えるってこと</title>
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<![CDATA[ 最近教会に行ってても仕事をしてても、感じることを書いてみます。<br>物書きである自分は、このふみが誰かの心の中に種が植えられるための『穴』になることを願っています。<br><br>まず今日言いたいことのコアは、<font color="#ff2a1a">『初心者に理解できないものの価値は基本的に低い』</font>ってこと。<br><br>確かに何かをする上でメインとなる顧客(いわゆるペルソナ)を決めることは大切です。<br>でも私の友人のステーキ職人がこんなことを話してくれました。<br><font color="#2c6ece">『僕らの店は、今日初めて来てくれた人を一番注力してもてなします。なぜなら、彼が次から常連になってくれれば、今日の常連さんと同じようにこの店で僕が焼いた肉を食べてくれるから』</font><div><br></div><div>どう思います？私はすごく<b><font color="#92130a">素敵</font></b>だなと思うんですよ。<br><br>価値が高いと言われる例を他にも挙げていくなら、<font color="#ffd215">ミニオン</font>や<font color="#9443fb">ハリーポッター</font>などの子供向けのアニメや児童書などが、子供の教育ばかりを考えて無難な表現を多用し、価値を見いだして金を出しているのは大人だという意識が欠ければ、市場での価値は生まれなかったでしょう(<font color="#ff2a1a">つまり手にとって読んでもらえる可能性は低くなります</font>)。<br><br>またマーベルが原作を重視するあまり、アレンジや挑戦をなにも加えなかったなら、<font color="#008e53">アベンジャーズが10年以上も続く映画シリーズになることはなかったでしょう。</font><br><br>さらに<font color="#ff3692">居酒屋</font>や<font color="#ff9e10">牛丼屋</font>でも働き盛りの男性だけじゃなく、<font color="#ffd215">女性客やファミリー層も拾うためのサービスを開発し続けています。</font><br><br>それから携帯会社はガジェット好きな若者だけじゃなく、<font color="#888888">お年寄り</font>にもタブレットやiPhoneを売る努力をします。<br><br>極めつけに戦争も、一騎討ちする勇将猛将ではなく、臆病で体力も技術も無い者でも勝てるように、集団で戦い、よりすぐれた武具を使い、地形を考え、すべての計画を立てています。<br><br>いずれもペルソナはハッキリしていますが、<font color="#ff2a1a">新規顧客を取り込んで結果を出す事</font>を怠っていませんよね。<br><br><br>そんな中でクリスチャン。教会がイエスの体の機関だと信じるなら、こんな具合に自分の役割や誰を救いに導きたいかを考えるのは重要です。<br>でも神様は鳩のような純粋さと同じくらい<font color="#ff2a1a">『蛇のような狡猾さ』</font>を重視しているのを忘れちゃ行けません。<br><br>一般の常識でも結婚式の披露宴で上座に座る新郎新婦の親族がいたら失笑を買うが如く、クリスチャンの居心地のために今日初めて教会に来た『招待客』を下座に座らせるのは、世間一般的に見てもスジが通りませんよね。<br><br>教会が『オタク集団』ではなく、神様の子供だと言いたいなら、ただ知っているだけではなく、心を尽くし、知性を尽くし、魂を尽くして、実際に彼に従う必要がある。<br>すなわち神である<font color="#2c6ece"><b>イエス</b></font>がやった模範に従い、<font color="#2c6ece"><b>まだ敵対してたり無関心な人のためにリスクをとる必要があるのです。</b></font><br><br>教会がもし特定の人や世代しか入れない場所やコミュニティなら、その役割はお年寄りの寄り合いや、大学のサークルや同好会、ママ友や託児所、ナイトクラブに、オタクコンベンションなどで十分。世の中から見て『普通』の空気や岩であって、地の塩にも世の光にもなっちゃいない。<br><br>確かにリスクを取るのは怖いかもしれません。例えば元服役囚や精神病患者や変わってる人に、どう接するのが適切なのかわからない事もあるでしょう。これを書いてる僕にもわかりません。カウンセラーではありませんから仕方ないし、その責任もありません。<br><br><font color="#a9e810"><b>でもただ友達になるのだったら、隣に座ったクラスメートや同僚、たまたま居酒屋で隣に座ったおっちゃんに話しかける難易度とおんなじです。</b></font><br><br><div>そしてイエスはそう言うことに一番力を入れた人だと言うことを忘れてはなりません。</div><div>その証拠に今でも『救い主(キリスト)』と呼ばれる彼は、人として過ごした時は『大工の息子』とか<font color="#9443fb">『大酒飲み、大飯喰らい』</font>と呼ばれていたのです。</div><div>今風に言えば『ドカタのパリピー』かな？？</div><br><br>リスクを犯したくなかったり、自分の居心地良い場所から動きたくないなら、それでも構いません。そこでもイエスはあなたの祈りを全て聞いていて、ベストを用意している。<br><br>でも元々的外れな『罪人』だったから俺は言いたい。<b>俺にはベストを尽くしてくれた兄弟がいる。</b>彼らは俺を友と呼ぶ必要などなかったし、俺にそんな価値などなかった。それでもやってもらったから私は今日傷を負っている人の友になるために、あらゆることをやりたいと思うのです。</div><div><br></div><div>個人的な意見を述べるなら、純真さと賢さを兼ね備え、情熱さと冷静さを使い分けている美しい女性を口説き落とす方が、俺にとってはよほど難しい<font size="2">(結構真面目にね笑)</font>。<br></div><div><br><br>何も子供を連れた親御さんにそれをしろとは言いません。でも『変わった人』と呼ばれた経験上言わせてもらうなら、あなたの<font color="#ffd215">『子供に近寄らないで』</font>って顔も彼らに見逃されることはありません。</div><div><br>何も女性に強面のお兄様がたの相手をしろとは申しません。でも内輪でばかり盛り上がっていて、<font color="#ff2a1a">コミュニティの外にはフレンドリーではない態度や無関心な表情や言動も見られています。</font><br><br>問題行動を起こす人に対して『何か手を打たなきゃ』などと考えることもあります。でもあなたはその人に対して神様が与えた<b>『潜在能力(ポテンシャル)』</b>を見ていますか？</div><div>もし結果が同じだとしても、ベストを尽くしてもてなしたのと、何もしなかった人とでは大きな差があると、私は思います。</div><div><br><br><br>それらのちょっとした態度(あなたにとっては普通のことかも)を感じ取った人たちが教会から出るときに<font color="#ff2a1a">『ここは俺の居場所じゃなかった』</font>と、あなたは言わせたいのでしょうか？</div><div>それとも<font color="#ff2a1a">『また来てみようかな』</font>と思ってもらいたいでしょうか？</div><div><br>俺は友がほしい。あなたも友が多くて困ることはない。違いますか?<br>そうであれば、そのような難しい人が俺たちの『友』になってくれるように、いっしょに行動起こしましょう!!<br></div>
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<pubDate>Sat, 09 Jun 2018 01:15:05 +0900</pubDate>
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<title>光(Lightning)</title>
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<![CDATA[ 俺は何度もクリスチャンって名乗ってる。だから聖書が大好き。昨日も友達んちで聖書のドラマを見てあやうく終電逃しそうになったとか･･･<br><br>それだけ面白い！お勉強と思って教科書で戦国時代の事読んでも面白くないけど、戦国無双とかやっちゃうあの感覚に似てる。<br><br><br>さて、その聖書にクリスチャンは「世の光」って表現で呼ばれるところがある。光はもちろん神様のことで、俺たちクリスチャンは何も普通の人と変わらない。俺自身、クリスチャンだけど今求職中の高卒社会人。試練が有ったり、困ってることは何も変わらないけど、できる事はある。<br><br>ロウソクと同じようなもので、火っていう光が無きゃ、誰だろうがただの油の塊なのと同じ。<br><br>でもその油の塊が一番役に立つのはどんな時？<br><br>色んな意見あるかもしれないけど、絶対そこは暗い場所だと思う。<br>日本語の役立たずな物の例えに『昼行灯』というものがある位だから恐らく間違いない。<br><br>何が言いたいかというと、俺達は目的があって存在してるって事。それでも自分が役立たずだって言いたい人がいるならそれでも構わないけど、一つ考えてみて。<br><br><font color="#FF0000">「そこは正しい環境？」</font>ってこと。<br><br>棚に飾られた刀は、<font color="#9370DB">『国宝』<font color="#0000FF"></font></font>とか<font color="#800080">『文化遺産』</font>とか呼ばれるかもしれない。でも、戦場で持ち主を修羅場から救ってボロボロに折れて曲がった刀とどちらが幸せだろうか？<br><br><font color="#800080">ショーウィンドウの中でマネキンに着られてる服</font>と、<font color="#0000FF">ボロボロに擦り切れるまで使われた臭い靴下</font>と、どちらが役に立っただろう？<br><br><font color="#FF1493">人のいない部屋の明かり</font>（しかも「エコ！！」って怒鳴られる）と<font color="#0000FF">暗闇で手元だけしか照らせないろうそくの光</font>はどちらが感謝されるだろう？<br><br>最後に俺が傷付いた時に絶対励ましてくれる聖書箇所<br><font color="#0000FF">詩篇 118:22-23<br>　大工の捨てた石が、今では一番重要な礎になった。 これぞ本当の神業。人智をはるかに越えている。</font><br><br>誰が何と言おうが全ての人に目的と役割があって、それが一番美しく輝ける姿だと俺は信じてる。
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<pubDate>Tue, 02 Jun 2015 09:51:01 +0900</pubDate>
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<title>一つにまとめるもの</title>
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<![CDATA[ 人は何に対して付いていく？<br><br><br><br>金？ビジョン？業績？タイトル？<br><br>それとも、学問？派閥？組織？<br><br><br><br>ある牧師がこんな事を言った。<br><br><br><br>彼はスタジアムに集まった10万人に向かって『1.2の3で自分の教会の名前を叫んで！』と言った。<br><br><br><br>結果、何て言ってるか聞き取れなかったそうな。<br><br><br><br>次に彼は『OK！じゃあ、次は俺たちの救い主の名前を叫んで！』と言った。そうすると開場は一斉に『Jesus！』コール。<br><br><br><br><br><br>これはそのJesusが主人公の映画、「サン･オブ･ゴッド」のDVDの特典映像に収録されているインタビューでリック･ウォーレンが言っていたこと。<br><br><br><br><br><br>じゃあ、最初の質問に戻って、あなたは何に付いていく？<br><br>クリスチャンなら神学？教団？牧師？それとも何？<br><br><br><br>そうじゃない人は何に付いていく？<br><br><br><br>別に何と答えても良い。ただ言いたいことは、一人ひとりが別々の事を叫んでも、何の価値も意味も産み出せないってこと。
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<link>https://ameblo.jp/wajin1/entry-12029310959.html</link>
<pubDate>Thu, 21 May 2015 16:13:15 +0900</pubDate>
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<title>英雄(HERO)の条件</title>
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<![CDATA[ いきなり格好良い感じの題。でも、誰だって一度は考えた事あると思う。<br><br><br><br>へ？･･･無い？じゃあ、仕事でバリバリ結果出してやろうとか、考えてるのは何のため？<br><br><br><br>･･･隣にいる異性の気を引くのは何のため？<br><br><br><br>･･･誰かから誉められたいとか何のために思ってる？<br><br><br><br><br><br>何が言いたいかって言うと、俺たちは本当は誰かから誉められたくてしょうがない生き物ってこと。それが悪いこととは言わない。<br>俺も同じだから。そして誉め称えられる延長に『英雄(HERO)』ってタイトルがある！<br><br>じゃあ、そのためにはどうする？その形は一つでは無い。でも、一つ確実に言えることは『本気でやる』って事だと思う。<br><br><br><br><br>俺はクリスチャンになる前から、歴史の英雄が好きだった。時代を築いた人達も好きだけど、真田幸村とか、新撰組みたいな、結果として敗者になったけど、最後まで諦めなかった侍の英雄が大好き。<br><br><br><br><br>こういう、いわゆる『歴史上の敗者』って能力が弱かったから負けたのかって言うと、実は戦に勝った英雄より強くて、頭も良い事が殆んど。しかも何のために戦ってたかと言うと、別に旧体制への伝統だの格式を守るために戦ってたわけでは無い。忠義だったり、戦禍に焼かれる民や自分に付き従う人を守るためだったり、ようするに人の為だった。<br>誰だって愛する故郷や家族、友達や仲間を守りたい。彼らはそのために全力を尽くした。<br><br><br><br>彼らが倒れる時、必ず邪魔をしたのは、『伝統』とか『面子』の為に最善を尽くしたがらない者たち。<br><br><font color="#FF1493">「いままでやったことない」<br>「どうせうまく行かない」<br>「失敗した時の責任は誰が取る？」</font><br><br>そんな声が邪魔をする・・・。<br><br>それでも諦めないで、できる事をやる。それが侍の格好良さ。やるだけの事をやった人、つまり本気でやった者だけが『無念(思い残す事は無い)』と言ってその生涯を終えられる。<br><br><br><br><br>それがクリスチャンになる前の俺の理想像だった。いまはと言うと･･･実は大して変わらない。何故ならJesus=Christ(イエス=キリスト)って神様もそうだったから。<br><br><br><br>苦しんでいる人達を『救うため』に人間になった。<br><br>そうして同じ苦しみを味わい、ニーズを知った上でbestな方法を選んだ。そして驚くような結果を残していく。<br><br><br><br>でも、伝統や格式ばかり気にしてる人達に、詐欺師扱いされ、邪魔されて、殺された。<br><br><br><br>それでも泣き言は言わなかった。十字架にかけられてるその時も、古の英雄が歌った詩を歌い、自分を今まさに殴ってる男を赦して、最後に「やりきった」って言って息を引き取った。もうここまでだけでも十分英雄なんだけど、そこから復活ってもう･･･信じられんレベルの格好良さじゃない？<br><br><br><br><font color="#0000FF">ピリピ人への手紙２：５～９<br>俺達に対する救世主イエスの態度を見習おうじゃないか。彼は神様なのに、神様としての権利を要求したり、それに執着したりはしなかった。むしろ、その偉大な力と栄光を捨てて、奴隷のような人間と同じになった。しかも、さらに自分を低くして、犯罪者と同じく十字架の上で死んだ。<br>だが、それだからこそ、神様は彼を高く天に引き上げ、最高の名を与えた。</font><br><br><br>彼は結果のために本気を出してやり尽くした。そのために邪魔になる物なら自分の物すら捨てて。<br>そして信じられないほど最高の結果をもたらした。その姿こそ、真の『英雄(HERO)』だと思う。だから今でもクリスチャンは「In Jesus Name（イエスの名によって）」って言う。それはまさに皇帝が持つの玉印のような物。現実の世界でも、王様が許可して、その判子押したら何万、何億って人が動く。それが俺たちの『真の英雄(HERO)』って呼ぶ者の力。<br>
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<pubDate>Fri, 08 May 2015 09:22:27 +0900</pubDate>
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<title>本当に&quot;満たされる&quot;ってこと</title>
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<![CDATA[ 最近ある人と話してて思った。<br><br>本当に満たされて無いと人って成熟できないんだな～って。<br><br>その人は目で見る限り、あらゆる面で俺より裕福。金銭的にも、社会的にも、すべて。その人の口癖は「謝らないで済む生き方をしてきた」って言葉。<br><br>それを聞いた時の俺の気持ちは、一言で言うと『かわいそうな人』だった。<br><br>俺は結構やんちゃ小僧だったからよく保育園の先生に叱られた。そして何度も謝った。でも先生も親も必ず言った。「よくごめんねが言えたね」って。その意味は幼心ながら俺もわかってた。<br><br><br>子供でも大人でも普通の場合「良かれ」と思って行動する。でも、自分にとって「良かれ」は相手にとってそうじゃないことは多々ある。<br><br>だから自分の「良かれ」の中の非を認めるのって、ぶっちゃけ嫌だし、口に出すのってメチャメチャ勇気がいる。<br><br>だからこそ、その一言で喧嘩は治まり、その勇気の価値を知っている大人が子供を誉める。実は「自分が正しい！」と主張することは簡単で、素直になって非を認めるのは難しい。それは保育園の子供でもわかるほどシンプルだけど実は難しい。<br><br><br>でも、自分を愛してて、命を助けるためにもっと難しい事をした男を知ってる。だから俺はその男と同じように誰かを助けたいと思えるようになり、それこそが欲しい結果になった。<br><br><br>みんなもそうだと思う。一番欲しい結果が手に入ると思ったら、それ以外の余計な物全てを平気で犠牲にできると思う。例えは悪いけど、その証拠に金や地位が欲しい人は休み時間も、大切な家族や恋人との時間も犠牲にして仕事をするし、楽しみにしてるレジャーのためなら早起きもするし、大金はたく。<br><br><br>俺の知ってるその男は、皆で楽しむのが大好きすぎて、俺たちの命を助けるために自分の地位も名誉も命さえも捨てた。それに比べたら自分のプライドなんてすごく小さいし、それにこだわる小さな男には死んでもなりたくなくなった。<br><br>誰かに助けられたら助けたくなる。その最高な結果を出すためなら他の全てをあげちゃったってダメージとは思わない。でも世の中不思議なもので、お金を回す人が裕福になっていくように、人にあげる人ってそれ以上のものをちゃんと持ってる。<br><br>その人は自分のプライドを捨てられない。きっと傷だらけで生きてきたんだろう。とられてとられて、とられ続けたからこれ以上とられたくないのかも。貧乏な人がコインを出し渋るように、実は何も無いから小さな物も捨てる勇気を出せない。<br>でも、いつかその人の心の器も飲みかけの安酒じゃなくて最高の美酒で満たしてほしい。<br><br>ピリピ人への手紙 3:7<br>しかし、以前、非常に価値があると思っていたこれらのものを、今ではことごとく捨ててしまいました。　それは、ただキリストだけに信頼し、彼だけに望みをかけるためです。<br><br>
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<pubDate>Thu, 30 Apr 2015 23:03:24 +0900</pubDate>
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<title>人生は戦場</title>
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<![CDATA[ 「人生はまるで戦場」なんてたとえよくありますね。兵士だった俺からしたら当たり前すぎることだけど、イメージはしにくいと思う。<br><br>でも実際の戦いって、ビジネスとかとそっくりで、昔の軍師が言った戦略の格言がそのままビジネス書に書いてあるのは結構ざらにある。<br><br>俺はクリスチャンだから聖書の話しを書くけど、聖書も人間と悪魔の戦いの連続。悪魔っていう神様の次に頭の良いやつ（ただし神様に逆らうことしか考えてない）が、神様にそっくりに創られた、クリエイティブな人間って動物をだますことから始まる。だから今回は戦いに例えてモデル化しようと思います。<br><br>さて・・・敵にだまされてしまった兵士は途方に暮れる。いつの間にやら目の前には巨大な難攻不落の大要塞。しかもその要塞は自分たちが作っちゃったもので、自分らはだまされてそこから追い出されちゃった。それを攻め落とさなきゃ自分たちは殺されてしまう。<br><br>そこでリーダーは兵士にさまざまな武器を与えた。<br><br>ある人は<font color="#800080">大砲</font>。すばやく動けないけど、当たれば建物も兵隊も木っ端微塵。<br><br>ある人は<font color="#800080">マシンガン</font>。何人かかってきても兵隊なら相手にできる。<br><br>ある人は<font color="#800080">ライフル</font>を持っている。建物は破壊できなくても、敵の中心人物を倒せば敵の動きは鈍る。<br><br>ある人には<font color="#800080">爆弾</font>。戦闘になったら兵隊に勝てないけど建物を破壊できる。<br><br>ある人は<font color="#800080">通信機</font>。武器としては役に立たないけど、これがあるから皆で情報を共有できるし作戦をシェアできる。<br><br>でもある人は<font color="#800080">素手</font>・・・。素手じゃ無くても<font color="#800080">ナイフ</font>や<font color="#800080">拳銃</font>。ここで兵士は文句を言いたくなる<font color="#FF0000">「こんなんじゃ敵を倒せないよ！！」</font>って。<br>でも指揮官は言う。<font color="#0000FF">「よく使い道を考えてみな。クリエイティブなお前達にはできるはずだ」</font><br><br><br>これで何が言いたいかと言うと、あなたにはあなたにしかできないことがあるって事。それは本物の戦場でも同じで、与えられた<font color="#800080">武器</font>は才能のこと。<br><br>素手の人は刃物には勝てない。<br>刃物を持ってる人は、銃に勝てない。<br>拳銃持ってる人は、ライフルには勝てない。<br><br>こんな人は何の才能も無いの？それでも戦わなきゃいけないなら、どうする？<br><br><br>現実の戦いでは彼らは隠れる。時には敵の振りをする。素手の人は敵の金属センサーに引っかからない。ナイフや拳銃はライフルと違って隠すのが簡単。バレたとしても相手は雑魚だと油断する。<br><br>そして要塞の中に潜入。結果、相手の弱点を見つけたり、数万人の兵隊でも落とせない要塞を落とす。これができて「才能に恵まれない」って言う人いる？<br>俺ならそんな人をこう呼ぶ<br><br><font color="#0000FF">「不可能を可能にした英雄」</font><br><br>実は司令官は神様。その使い方を知っている。そしてその要塞の落とし方も知っている。だからわからなかったら聞けばいい。勝ちたかったら司令官から作戦を聞くのは当然。<br><br>目に見える武器を持っている人ばかりが戦士じゃない。社会に出て行って（敵地に潜入して）、要塞を落とすために行動している社会人。または学生。誰でもあなたにしかできない指名、あなたにしかできないミッションがある。<br><br>最後に聖書箇所。勝ちが大好きな人！読んで損無いと思うよ？<br><font color="#9370DB">ヨハネの第一の手紙 5:4 (JLB)<br><br>神様の子供たちはみな、神様に従います。　そして、キリスト様に信頼することによって助けを受け、罪と悪との楽しみに、打ち勝つことができるのです。</font>
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<link>https://ameblo.jp/wajin1/entry-12018268828.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Apr 2015 11:17:41 +0900</pubDate>
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