<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>癒しの旅紀行</title>
<link>https://ameblo.jp/wan-tanaka/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/wan-tanaka/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>世界中を旅して周った私田中が、心に残った癒しのエピソードを綴ってまいります(＾＾)どうぞお付き合い下さい☆</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>南太平洋の島々　～ニューカレドニア＆フィジー～</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　まずは、「天国に一番近い島」と称され、同名の小説や映画でも知られるところとなったニューカレドニアです。グランドテール（本土）とロワイヨテ諸島からなるニューカレドニアは、19世紀後半、ジェームズ・クックによって発見され、19世紀半ばにフランス領となりました。「カレドニア」は、古いラテン語でスコットランドのことで、島を見たクックが、祖国であるスコットランドの風景に似ていると思い命名したということです。現在の住民は、約４割がカナック（先住民族）、約３割がヨーロッパ系、その他アジア系、ポリネシア系などで、公用語はフランス語ですが、メラネシア・ポリネシア諸語、クレオール語も使われています。</p><p>　</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221105/14/wan-tanaka/84/e4/j/o0456032515198478186.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="214" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221105/14/wan-tanaka/84/e4/j/o0456032515198478186.jpg" width="300"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221105/14/wan-tanaka/d6/35/j/o0750050015198479570.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="210" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221105/14/wan-tanaka/d6/35/j/o0750050015198479570.jpg" width="314"></a></p><p><br>　ニューカレドニアの空の玄関口であるヌメア＝ラ・トントゥータ国際空港へは、日本から直行便で約８時間半の旅です。首都であるヌメアは、空港から約　㎞離れており、本土の南部に位置する海沿いの街です。市内のシトロン湾やアンスバータ・ビーチには、ホテル、レストラン、ブティックが並び、マリンスポーツのみならず、欧風のお洒落な雰囲気でグルメやショッピングを楽しめます。ヌメアの象徴的存在とも言えるのが、19世紀末に建造されたサン・ジョゼフ大聖堂。２つの鐘塔は高さ25ｍ、内部にはステンドグラスやシャンデリア、パイプオルガンもあり、フランスの教会のようです。入口近くの貝の形をした聖水盤には、天然の巨大シャコガイが用いられています。島の歴史、文化、建築などに興味があるなら、ニューカレドニア博物館、ヌメア市立博物館、チバウ文化センター（レンゾ・ピアノ氏設計）へ足を運んでみるのも良いでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221105/14/wan-tanaka/50/d0/j/o0537032315198478308.jpg"><img alt="チパウ文化センター" contenteditable="inherit" height="253" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221105/14/wan-tanaka/50/d0/j/o0537032315198478308.jpg" width="420"></a></p><p><br>　ニューカレドニアには、フランス料理、メラネシア料理、アジア料理など様々な地域のグルメが混在しています。シーフード好きなら、シャコガイやタカセガイ、ロブスター、そして「天使のエビ」と呼ばれる、ニューカレドニアが誇る高品質の養殖エビを味わってみてください。メラネシアの代表料理「ブーニャ」は、ヤムイモやタロイモ、野菜、鶏肉や魚をバナナの葉で包み、ココナッツミルクで味を付けて蒸し焼きにしたものです。もともと結婚式などお祝いの席に出される特別な料理ですが、現在ではホテルなどでも提供されているようです。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/95/34/j/o0380023715098261166.jpg"><img alt="" height="237" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/95/34/j/o0380023715098261166.jpg" width="380"></a></p><p><br>　地元の日常の食文化を体験したいなら、市場を覗いてみましょう。ヌメアで最大の市場は「モーゼル湾の朝市」です。パイナップル、マンゴー、パパイヤなどのトロピカル・フルーツが並び、フレッシュなココナッツ・ジュースをその場で飲むこともできます。シーフードコーナーには、エビ、タコの他、マングローブ蟹、シイラ、ボラ、シャコガイなどエキゾチックな海の幸が。立ち飲みスタンドもあり、時間帯によってはバンドの演奏もあります。「地元の伝統音楽を」とリクエストすると、ミュージシャン達は喜んで演奏してくれることでしょう。<br>　勿論、観光客のためのお土産も充実しています。また、フランス系のスーパーマーケットもあり、フランスとほぼ変わらない品揃えですが、価格は高めです（ちなみに、物価水準はパリの概ね1.5倍だそうです）。</p><p><br>　好天気に恵まれたら、是非離島へのエクスカーションを。本土（モーゼル湾）からボートで約　分のアメデ島。その一帯は、オーストラリアのグレートバリアリーフに次いで世界第２の環礁です。徒歩分で一周できるこの小さな島の中央には、高さ56ｍの白亜の灯台がそびえていて、247段の螺旋階段を昇れば、絶景が目の前に。無人島ですが、ランチがセットになったツアーもあります。</p><p><br>　「南太平洋の宝石箱」、イル・デ・パン島へは、ヌメアから飛行機で　分、フェリーで２時間半。日帰りツアーも可能ですが、ホテルもあるので、宿泊すれば時間を気にせずターコイズブルーの海を満喫することができます。お勧めスポットは、真っ白なパウダーサンドのクト湾、シュノーケリングが楽しめるカヌメラ・ビーチ。そして珊瑚の隆起により海水がせき止められてできた天然のプール「ピッシンヌナチュレル」は、いわば自然が造った水族館で、様々な魚と限りなく透明な海を満喫できることでしょう。</p><p>　ロワイヨテ諸島北部のウヴェア島は、ヌメアから飛行機で約　分、小説の舞台となった島です。紺碧の空、どこまでも続く水平線、海の色はプルシアンブルーとエメラルドグリーンのグラデーション、真っ白な砂浜、ここでは「何もしないこと」が一番の贅沢なのです。巷の喧騒も時間も忘れて、何事にもとらわれずに「天上の色彩」を堪能できたら素晴らしいですね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221105/14/wan-tanaka/a6/ce/j/o0318015915198478216.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="230" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221105/14/wan-tanaka/a6/ce/j/o0318015915198478216.jpg" width="460"></a><br><br>　次は、フィジーをご紹介しましょう。</p><p>　フィジー共和国は、最大の島であるビティレブ島の他、約３００の島から成ります。　世紀後半英国の植民地となり、以降、サトウキビプランテーションのため、多くのインド人が入島し、現在の住民は、フィジー系６割弱、インド系４割弱、その他ヨーロッパ系や中華系などです。公用語は英語、フィジー語、ヒンディー語。フィジアン（フィジー人）達は、実にフレンドリー、道ですれ違えば皆笑顔で「Bula（ブラ、「こんにちは」、「ようこそ」などの意味）と挨拶してくれます。旅行者である私達は、これと、「Vinaka（ありがとう）」を覚えておきましょう。<br>　国際空港のあるナンディは、ビティレブ島西部に位置し、リゾートホテルやレストラン、ショップも多く、観光客で賑わっています（ちなみに、首都は南東部のスバ)。島南部のコーラル・コースト・エリアには、１６０㎞続く海岸沿いにリゾートホテルやゲストハウスが点在しており、ダイビングや川下り、ラフティングを楽しめるスポットも近く、緑豊かな自然、真っ白な砂浜、透き通ったラグーンを眺められる客室や、キッチン設備が完備されたホテルもあります。サンセット・シーンの美しさに感動した後は、伝統的な火渡りの儀式を観ましょうか。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221105/14/wan-tanaka/8d/ce/j/o0299016815198478348.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="168" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221105/14/wan-tanaka/8d/ce/j/o0299016815198478348.jpg" width="299"></a></p><p style="text-align: left;"><br>　季節が３月から７月くらいであれば、南十字星を探しましょう。波の音と潮の香、ヤシの木の上に煌めく星々の神秘的な姿を、映像ではなく現実の事象として認識できたら素敵ですね。<br>　リゾートホテルでは、インターナショナルな食事も摂れますが、フィジーの伝統料理はどんなものでしょうか。<br>日本人にとってお米が主食であるように、フィジアンにとっての「主食」はタロイモやキャッサバ（タピオカの原料）などのイモ類です。伝統料理の代表格は「ロボ」です。</p><p style="text-align: left;">　地中に掘った穴に焼け石を入れ、下処理した食材（主に魚や豚肉、タロイモ、野菜など）を、バナナの葉で包んでこの「大地のオーブン」に入れ、時間をかけて地熱で蒸し上げるのです。これも元来は結婚式やお祝い事の際の特別な料理ということで、ニューカレドニアのブーニャと似ていますね。白身魚をライムなどでマリネし、みじん切りにした玉葱やトマトなどの野菜と一緒にココナッツミルクに漬け込こんだものは、「ココンダ」といい、伝統的家庭料理のひとつです。また、前述したように、インド系住民も多いので、美味しい本格インドカレーも食べられます。<br>　フィジーの変わった飲み物をご紹介しましょう。カヴァという胡椒科の灌木の根っこを乾燥させ、粉にし、水と混ぜ合わせます。できた液体もカヴァといい、無味無臭で泥水のような色をしています。飲むと舌に軽い痺れを引き起こしますが、リラックス効果があるそうです（尚、カヴァにはアルコール分は含まれておりません）。<br>　フィジアンの村を訪問するツアーの中には、「カヴァの儀式」を体験できるものもあるようです（従来、この儀式の参加者は男性だったようですが）。</p><p style="text-align: left;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221105/14/wan-tanaka/11/75/j/o0274018415198478340.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="184" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221105/14/wan-tanaka/11/75/j/o0274018415198478340.jpg" width="274"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221105/14/wan-tanaka/7d/7f/j/o0800045015198478337.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221105/14/wan-tanaka/7d/7f/j/o0800045015198478337.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: left;"><br>　マリンスポーツ好きな方には、ビーチコンバー島（ビティレブ島のデナラウ・マリーナ港から船で約　分）もお勧めです。一周歩いて15分という小さな島ですが、シュノーケリングは勿論、パラセーリングを楽しむこともできます。碧い海と白い砂浜と島の緑と、絵画のような光景を上空から一望できる、素晴らしいチャンスです。<br>　フィジーに滞在していると、焦りとか憤りといった感覚がだんだん薄れていくように感じられます。ここでは時間が実にゆっくりと流れているようです。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wan-tanaka/entry-12772962329.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Nov 2022 14:33:02 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>フランスの田舎を巡る旅 ～ブルターニュ地方～</title>
<description>
<![CDATA[ <p style="text-align: right;">by 宮野理香</p><p>&nbsp;</p><p>　近年、日本でも知名度が上がり人気が高まっているブルターニュ地方はフランス北西部に位置し、北、西、南の三方を海に囲まれた半島で、面積は約３万４千㎡です。<br>　歴史は古く、旧石器時代後期にはネアンデルタール人が住んでおり、紀元前３万５千年前頃、定住を始めたホモ・サピエンスは、新石器時代、数々の巨石建造物を残しました。紀元前１世紀半ばにローマの支配下に入りますが、それ以前に複数のケルト部族が住んでいました。</p><p>　５世紀末にはブリトン人が移住し、ブルターニュ王国、公国の時代を経て、後にフランスに併合されますが、ケルト系の文化や風習が今でも根強く残っています。公用語はフランス語ですが、地名などがブルトン語あるいはガロ語との二か国語表記されている地域もあります。帰属意識に関する調査によると、自分を「フランス人」だと思っている人よりも「ブルトン人」だと思っている人の方が多いそうです。</p><p><br>　ブルターニュの旅は、この地方の中心都市であるレンヌから始めましょう。</p><p>　パリ（シャルル・ド・ゴール）空港から空の便もありますが、フランス高速鉄道ＴＧＶで移動すれば車窓からの眺めも楽しめます。</p><p>　パリ・モンパルナス駅からレンヌ駅までは約１時間半の鉄道旅です。レンヌに近づくにつれ、特徴的な灰色の石造りの家屋が見え始めると、「ブルターニュへ来たなぁ」と実感します。訪問時期が夏場ならば、至るところアジサイの花が咲き乱れています。日本のアジサイは上品な淡い色合いが多いですが、こちらのアジサイはピンクも紫もずっと色濃く鮮やか、家屋のグレイとのコントラストが見事で、これぞ「ブルターニュの色」だと思われます。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/31/e6/j/o0276018315098257339.jpg"><img alt="" height="183" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/31/e6/j/o0276018315098257339.jpg" width="276"></a><br>&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　レンヌの旧市街には中世の街並みが残っています。小腹がすいたら「クレープリー」を探しましょう。ブルターニュ名物のひとつである蕎麦粉のガレットや、甘味がお好みなら小麦粉のクレープを楽しむことができます。<br>　元来、ブルターニュ半島の痩せた土地は小麦の栽培には向きませんでしたが、十字軍によって蕎麦の実がもたらされて以来、蕎麦の栽培が盛んになり、蕎麦粉を水で溶いて薄く焼いた「ガレット」が食されるようになりました。日本でもポピュラーな、主に甘味として食される小麦粉のクレープは、もっと後の時代に作られるようになったものなのです。</p><p style="text-align: left;"><br>　ガレットは、シンプルにブルターニュの上質なバターを乗せただけのものが美味しいですが、食事として食べるなら卵、チーズ、ハムを乗せた「ガレット、コンプレット」もお勧めです。飲み物は、コーヒーや紅茶を合わせてももちろん良いのですが、ここはやはり地元の林檎酒・シードルがお勧めです。微発泡でアルコール度数はビールより低く、林檎の香りと酸味がさわやかです。通常、専用の陶製ボウルかカップで提供されます。</p><p style="text-align: left;"><br>　レンヌから１時間ほどローカル鉄道で北へと向かうと、ブルターニュきっての観光都市サン・マロに着きます。</p><p style="text-align: left;">　６世紀、修道僧の居住地として始まったサン・マロですが、中世の時代にはランス川河口の要塞としての役割を担っていました。現在、城壁に囲まれた旧市街には、海の幸を提供するレストランや土産物店がひしめき合い、１年を通して観光客で賑わっています。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/89/a7/j/o0450032515098258680.jpg"><img alt="" height="303" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/89/a7/j/o0450032515098258680.jpg" width="420"></a><br>&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　サン・マロから東へ十数㎞ほど離れたカンカルは、謂わば「牡蠣好きの聖地」です。</p><p style="text-align: left;">　この辺りは、世界で最も干満の差が激しい地域で、満潮時に海面下に沈む牡蠣の養殖場は、干潮時にその姿を現し、作業用トラクターが行きかいます。大気が澄んでいて視界の良い日には、その先に世界遺産モン・サン・ミシェルを微かに認めることもできます。とれたての新鮮な牡蠣をその場で剥いてもらい、地元のワイン・ミュスカデとともに楽しみましょう。また、フランス古来の品種であるピエ・ド・シュヴァル（馬の脚）という平牡蠣は、日本ではなかなか味わう機会がありませんが、通常の牡蠣とは別物で、まさに海の香りと味を感じられます。</p><p style="text-align: left;"><br>　巡礼地として、また世界遺産として名高いモン・サン・ミシェルへは、レンヌからもサン・マロからも直通バスの運行があります。</p><p style="text-align: left;">　８世紀、大天使ミカエルが時の司教オベールの夢に現れ、この島に聖堂を建てるよう告げたのが始まりで、百年戦争の頃には要塞としての役目を果たしていました。元々干潮時のみ陸とつながっていたこの島に、19世紀に堤防道路が作られ自由に行き来できるようになりましたが、この影響により砂州化が進行するという問題も起きてしまいました。そのため、砂の堆積を防ぐべく、２００９年この道路を取り壊し、２０１４年、新しい橋が完成。かつての景観が蘇りました。現地へ赴いて、ノルマン様式、ロマネスク様式、ゴシック様式などがミックスされた壮麗な修道院を見学するのも良いですが、遠くから眺めるのもまた美しい風景です。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/9a/b6/j/o0275015515098259861.jpg"><img alt="" height="155" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/9a/b6/j/o0275015515098259861.jpg" width="275"></a><br>&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　ブルターニュ半島の北側で最も風光明媚なエリアと言えるのが「薔薇色の花崗岩海岸」でしょう。</p><p style="text-align: left;">　花崗岩を形成する長石は通常白色ですが、この辺りの長石は酸化鉄を含むため赤味がかっており、全体として「薔薇色」に見えます。中でもプルマナック村は、２０１５年「フランス人が最も好きな村」に選ばれました。海岸線に沿って遊歩道が設けられており、様々な奇岩を間近に眺めつつ、野生の花々を愛でつつ、潮風に吹かれて過ごすひとときは本当に気持ちの良いものです。聖ギレックの浜辺に立つ祠には言い伝えがあり、未婚の娘がこの聖人像の鼻に針を刺し、針が落ちなければ１年以内に結婚できるというものです。そのため、元々の木像の鼻に、あまりに多くの針がさされてしまったので、今では石像に代えられたということです。良縁の望む娘さん達にとっての「パワースポット」と言ったところですね。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/7f/ba/j/o0300016815098260078.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="168" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/7f/ba/j/o0300016815098260078.jpg" width="300"></a><br>&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　更に西へ進み、モルレーへ向かいましょう。19世紀半ばに建設された、パリとブレストを結ぶ鉄道のための花崗岩でできた高架橋（上段が鉄道用、下段が歩道）からの眺めは本当に素晴らしいです。</p><p style="text-align: left;">　モルレーを起点に北へ進み、風光明媚な海岸のリゾート地カランテックやタラソテラピーで知られたロスコフに滞在し、のんびり時を過ごすのも良いでしょう。南にはサン・テゴネックやギミリオーなどの村々が点在しており、特徴ある教会建築を見ることができます。聖堂、青い御影石を用いた「カルヴェール」と呼ばれる十字架像、凱旋門などから成る「教会囲い地」はこの地方ならではのものです。</p><p style="text-align: left;"><br>　大西洋に突き出したラ岬へ足を延ばしてみましょう。荒波が打ちつけ強風が吹きすさぶ隔絶されたこの場所では、まさに「最果ての地」ブルターニュの海を体感することができます。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/d8/da/j/o0300022515098260675.jpg"><img alt="" height="225" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/d8/da/j/o0300022515098260675.jpg" width="300"></a><br>&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　ブルターニュ南部では、先史時代の遺跡を見ることができます。</p><p style="text-align: left;">　海に面し、夏場は海水浴場となるカルナックの街は、メンヒルと呼ばれる巨石建造物が連なる「カルナック列石」で知られています。紀元前５千年～３千年前頃に立てられたとされていますが、その目的は墓石や記念碑、天文や気象観測のためなど諸説ありますが、現在でも解明されていません。<br>　更に南へ行った、塩の産地として有名なゲランドにもメンヒルやドルメン（支石墓）が見られます。ここの塩田から採れる良質の塩は「フルール・ド・セル（塩の花）」と呼ばれ、お土産としても人気です。</p><p style="text-align: left;"><br>　その土地ならではの食材を味わうのも旅の大きな楽しみのひとつです。</p><p style="text-align: left;">　ブルターニュは海の幸の宝庫。「オマール・ブルー」と呼ばれるロブスターのグリルは、一度は食してみたい絶品です。牡蠣その他の貝類、エビ類、ミソがぎっしり詰まったイチョウガニや上品な味わいのアレニエ・ド・メール（クモガニ）などを、ところ狭しと盛り合わせたプレートは、時間を気にせず賑やかに楽しみたいものです。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/95/34/j/o0380023715098261166.jpg"><img alt="" height="237" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/95/34/j/o0380023715098261166.jpg" width="380"></a></p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　ブショ―という木杭を用いて養殖されるブルターニュのムール貝は、小ぶりですが、味は上品で実に美味、エシャロットとパセリを加え白ワインで蒸したシンプルな「マリニエール」がお勧めです。</p><p style="text-align: left;">　濃厚な魚介類のスープは、パンを添えて軽食としても良いでしょう。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　牛や豚、家禽の飼育も盛んなので、肉好きな人も必ずやお気に入りの一皿を見つけることができるでしょう。</p><p style="text-align: left;">　野菜類では、玉葱、じゃが芋、トマトなどの生産量が多いですが、アーティチョークの季節なら、丸ごと塩茹でして好みのソースでワイルドに食べるのも楽しいものです。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　もし機会があったら、様々な魅力を持つブルターニュ地方へ、是非足を運んでみませんか。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wan-tanaka/entry-12735763904.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Apr 2022 13:28:31 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>現地で聴く、特別でステキな音楽体験</title>
<description>
<![CDATA[ <p style="text-align: right;">コラム by 宮野理香</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　19世紀後半、明治政府により日本に導入されて以降、西洋音楽はすっかり私達の間に浸透し、今では、技術やメディアの進歩とともに、いつでもどこでも様々な音楽に手軽にアクセスできるようになりました。</p><p style="text-align: left;">　とはいえ、やはりライブで聴く音楽には、ライブならではの感動や高揚感があり、一瞬で消えてしまう儚さ故の特別感があります。素晴らしいコンサートホールやオペラハウスが建造され、世界中から著名な演奏家が来日する現代の日本では、居ながらにして本物の演奏をライブで楽しむ機会も少なからず与えられてはいます。けれども、現地へ赴くチャンスがあって、本場の音楽を伝統的な空間で聴くことができたら、きっと忘れがたい体験となることでしょう。</p><p style="text-align: left;">　ヨーロッパには、新旧を問わず、名だたるコンサートホールやオペラハウスが各地にありますが、それら以外の歴史的建造物で聴くことのできる音楽会を、ドイツ語圏よりご紹介してみましょう。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/b3/e2/j/o0768048015098250284.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="263" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/b3/e2/j/o0768048015098250284.jpg" width="420"></a><br>&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　まずはミラベル宮殿。</p><p style="text-align: left;">　この宮殿のあるザルツブルクは、ほぼドイツとオーストリアの国境に位置しており、その歴史は新石器時代にまで遡ることができます。ケルト人、ローマ人に続き中世前期にはゲルマン人が居住を始め、後に大司教区すなわちカトリックの中心地として発展。また、紀元前より岩塩の交易によって栄えてきた街でもあり、「ザルツ（塩）」、「ブルク（砦）」と呼ばれるようになりました。</p><p style="text-align: left;">　中世において塩は、「白い黄金」といわれるほどに高価で貴重なものだったのです。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　街中を流れるザルツァッハ川左岸には、17世紀に建造された荘厳なバロック様式の大聖堂、ザルツブルク音楽祭のメイン会場となる祝祭大劇場、メンヒスベルクの丘にそびえる要塞ホーエンザルツブルク城、モーツァルト記念館（生家）など数多くの名所旧跡が並んでいます。</p><p style="text-align: left;">　一方、ミラベル宮殿は右岸地区に位置します。</p><p style="text-align: left;">　この宮殿は17世紀初め、時の大司教が愛人のために建立したものですが、19世紀前半、火災のため大部分を焼失してしまい、後に再建されました。火災を免れた部屋もいくつかあり、そのひとつが、モーツァルトが演奏したこともあるといわれる「大理石の間」です。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　現在でもほぼ毎日のようにコンサートが開催され、ハイドン、モーツァルトなどの古典派やシューベルトなどのロマン派の音楽を優雅な広間で楽しむことができます。宮殿附属のバロック庭園も必見です。映画「サウンド・オブ・ミュージック」のロケ地ともなったこの庭園を散歩しながら、音楽会の余韻に浸るのも乙なものではないでしょうか。旅先であっても、ちょっとお洒落をして出かけたいものです。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/c6/bd/j/o1920128015098251707.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/c6/bd/j/o1920128015098251707.jpg" width="420"></a><br>From Schloss Konzerte Mirabell HP</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　次にご紹介するのは、ドイツ中部テューリンゲン地方の小都市アイゼナハのヴァルトブルク城です。</p><p style="text-align: left;">　アイゼナハは、かのヨハン・セバスティアン・バッハの生誕地であり、彼はここで10歳までの少年時代を過ごしました。１９０７年にオープンしたバッハ博物館には、バッハゆかりの品々が多数展示されており、バロック時代の古楽器による演奏を聴くこともできます。ヴァルトブルク城は11世紀に城塞として始まり、12世紀に後期ロマネスク様式で建造された主要部分が現存しています。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　13世紀初頭には、フォーゲルワイデ、エッシェンバッハ、オフターディンゲンなどの吟遊詩人達の歌合戦の舞台となったと伝えられています。</p><p style="text-align: left;">　ワーグナーのオペラ「タンホイザー」は、この歌合戦の伝説をもとにしたものです。</p><p style="text-align: left;">　そして、有名なバイエルン国王ルートヴィヒ２世は、ノイシュバンシュタイン城を築城するとき、この城を参考にしたのです。また、宗教改革で知られたマルティン・ルターは、腐敗したカトリック教会に反旗を翻し、福音主義（聖書に基づく信仰）を主張、この城の一室に閉じ籠って、聖書をドイツ語訳しました。当時、教会で使用されていたラテン語は、一部の教育を受けた者にしか理解できなかったからです。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/1e/36/j/o0533040015098253577.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/1e/36/j/o0533040015098253577.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: left;"><br>　城の見どころは、聖エリザベートのモザイク、歌合戦の壁画、ルターの部屋など。そして、　世紀に再建され、優れた音響効果を持つ「祝祭の間」では、不定期ですが、室内楽や独奏の他、「タンホイザー」も聴くことができます。定員数百名の会場なので、ミニ・コンサート形式となりますが、中世を彷彿とさせる雰囲気の中、過去へタイムスリップして、城主になった気分を味わうことができたら、それはそれは楽しいことでしょう。</p><p style="text-align: left;"><br>　最後は、ライン河畔の葡萄畑に囲まれたエーベルバッハ修道院です。</p><p style="text-align: left;">　ライン川は、ドイツ人が「父なる川」と呼ぶ、全長約１３００㎞の大河で、スイスからオランダまで６つの国を流れています。そして、ライン渓谷中流上部、マインツとコブレンツの間は「ロマンティック・ライン」と呼ばれ、その両岸には特徴的な古城が数多く残っており、なかには古城ホテルに改装されているものもあります。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　ラインといえば、ドイツ・ロマン派を代表する詩人ハインリヒ・ハイネの詩による「ローレライ」の歌は、誰もが一度は耳にしたことがあるでしょう。伝説の乙女に想いを馳せ、ラインの夕陽を眺めながら、美酒に酔いしれる、などというのも旅先ならではの醍醐味です。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　実際、ライン河畔は、ドイツ有数のワイン産地でもあるのです。</p><p style="text-align: left;">　中でも最高級のワインを産出するラインガウ地区には、シュペートレーゼ（遅摘みワイン）発祥の地といわれるヨハニスベルク城があり、ワイン蔵の見学、試飲をすることもできます。エーベルバッハ修道院もこの地区に位置します。</p><p style="text-align: left;">　12世紀シトー派修道院として設立され、13～14世紀には最盛期を迎えましたが、宗教改革、三十年戦争などに見舞われ、１８０３年には解散の運びとなってしまいました。その後、多岐にわたる用途に使用されてきましたが、１９９８年エーベルバッハ財団が設立され、中世の頃より手掛けてきたワイン醸造所として、また文化の担い手としての役割を果たしています。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　１９８５年から１９８６年にかけては、映画「薔薇の名前」のロケ地となりましたので、ショーン・コネリー主演のこの映画をご覧になった方にはもうお馴染かもしれません。</p><p style="text-align: left;">　<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/4d/d2/j/o0495067015098255621.jpg"><img alt="" height="568" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220405/13/wan-tanaka/4d/d2/j/o0495067015098255621.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: left;">　修道院の中心となるバシリカ（教会堂）はロマネスク様式で、素朴さの中にも威厳を感じます。１９８７年より毎年夏季約２か月半にわたり開催されるラインガウ音楽祭では、この教会堂もしばしば会場になります。シトー派のストイックな教会堂の中で、純粋に音楽の響きだけに全神経を集中させられるのも、古い宗教施設ならではのことでしょう。ちょっとミステリアスな空間で、いつもの聴き慣れた音楽も違って聞こえるかもしれません。</p><p style="text-align: left;"><br>　これらの他にも、庭園や広場での野外コンサートなども季節により楽しめますし、教会でのパイプオルガン・コンサートなどは無料で聴ける場合もあります。旅の行程の中に、いつもと少し違った音楽鑑賞の機会を取り入れてみては如何でしょうか。きっと、唯一無二の素敵な思い出となることでしょう。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wan-tanaka/entry-12735761095.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Apr 2022 13:16:36 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>夏のヨーロッパ２大都市ミステリーツアー</title>
<description>
<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;">現地ガイドの語る夏のミステリーツアー</span><br><br>　怪談話というと日本では暑い夏に語られるのが定番のようですが、そんな季節に向け、ヨーロッパ２大都市のミステリアスなおはなしを少々。<br><br>◆栄枯盛衰の夢を分かち合う亡霊たちの居城、ロンドン塔<br><br>　乾いた風が通り過ぎる深緑に染まるハイドパークの池の畔を抜けて、観光客がまず向かうのはバッキンガム宮殿でしょうか。次はテムズ河畔を東に歩きロンドン塔を目指します。</p><p>&nbsp;</p><p>　ちなみにイングランドで「ゴー・トゥ・ザ・タワー」といえば、ロンドン塔へ物見遊山に行くという意味になります。此処は今も昔もロンドンで一、二を争う大観光スポットです。<br>　この塔は、もともとは11世紀に建設された「砦」で、歴代のイングランド王が王宮としましたが、政治犯の牢獄であり処刑場でもありました。現在は博物館でもあり、１９８８年に世界遺産にも登録されています。<br>　ここは白い石灰岩の壁で囲まれていますが、20もの塔がそびえ立っています。実は此処を案内する観光ガイドが必ず話題にし、語るのが単なる観光名所ではなく、心霊スポットとして有名であるということ。</p><p><br>　ある雨の日に観光で訪れていた女性が塔内をひと通り見て塔から出ようとしたときに、黒い服の女が影のように堂内に入ってきたかと思うと礼拝堂で祈りを捧げるような素振りを見せてから、消えていったというはなし。<br>　幽霊の目撃談はタワーグリーンの広場あたりに多いようですし、他の場所でも得体のしれない幽霊の目撃談が数多く報告されていると、あるツアーガイドは語っています。</p><p><br>　さらに、イングランド史上初の女王であるジェーン・グレイ。彼女は即位からわずかで権力闘争に巻き込まれ、反逆者として処刑され首を落とされました。またヘンリー王の王妃であったアン・ブーリンも姦通罪の濡れ衣を着せられ首を落とされました。</p><p><br>　このような多くの霊が今も塔内を徘徊しており、目撃談もあるようです。<br>　この塔内には、その処刑台も残されていて、見学も出来るのですが、ある夏の日に、母子親子の観光客をガイドした際、このような幽霊目撃談を語り聞かせたところ、<br>その後で、連れていた女の子が、ガイド嬢に「アンの首を切り落としたのはマサカリではなく刀だったわ。見えたの」と語ったそうです。このアン王女の遺骨は処刑までクサリに繋がれていた処刑台となりの聖堂から発見されたそうです。<br>　夏の昼下がり、ロンドンミステリーツアー。２０２２年の夏旅の目的地にいかがでしょうか。この現地ガイドさんの案内付きで……。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/17/wan-tanaka/02/43/j/o0640042714967743480.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/17/wan-tanaka/02/43/j/o0640042714967743480.jpg" width="420"></a><br><br>　さて、次はセントパンクラス駅から、山陽新幹線と同じ最高時速３００キロの高速列車、ユーロスターに乗って長さ50・５㎞のドーバー海峡トンネルを抜け、最速２時間30分でパリへ向かいましょう。<br><br>◆あのベルサイユ宮殿のタイムスリップ事件<br><br>　これはパリ在住のガイドが語ってくれた、あの豪華絢爛さを誇るベルサイユ宮殿での亡霊目撃談です。</p><p><br>　今から約１００年前のおはなし。</p><p>　イギリスから観光に訪れた女性二人づれが広大な庭園のプチトリアノン宮付近を散策中、古めかしい格好の男性二人と、テラスの下で白い夏の帽子に緑のスカーフをつけて物思いにふけっているような優雅な女性を目撃します。イギリスに帰国後、気になった二人は、この目撃談を知り合いのある歴史学者に話しました。</p><p>　すると彼女らが出会ったのは、その恰好からして革命が勃発した１７８９年当時の衣装であるとわかり、タイムスリップしたのではないかといわれています。</p><p><br>　ちなみに彼女らが見たテラスの女性は王妃マリー・アントワネットだというのです。<br>　ギロチンで処刑され、断頭台の露と消えた王妃が今もさまよっているといわれています。あなたも会いに行ってみませんか？<br><br>◆聖母マリアの聖衣が収められている世界遺産　シャルトル大聖堂</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/17/wan-tanaka/fe/e6/j/o0640045314967744713.jpg"><img alt="" height="297" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/17/wan-tanaka/fe/e6/j/o0640045314967744713.jpg" width="420"></a><br>　<br>　パリ・モンパルナス駅から西へ80㎞、電車で約１時間のところにシャルトルの街があります。<br>　ここに世界遺産シャルトル大聖堂はあります。高さが１００ｍを超える２本の尖塔が天高くそびえています。<br>　此処の名を不滅のものにしているのは、窓から差し込む光線を宝石箱のサファイアのように輝く聖書の物語が描かれているステンドグラスにあります。</p><p>　シャルトルブルーと呼ばれる青い光が神々しく堂内を染め上げています。</p><p><br>　その昔、キリスト教徒で文字が読めなかった者たちはこのステンドグラスに描かれた聖書の物語を見て、神を身近に感じていたといわれています。　</p><p>　またここは清冽な泉が湧き出る地であり、その大地のエネルギーも巡礼者を虜にしたといわれてきました。</p><p><br>　その巡礼者をもう一つ虜にしているものに聖母マリアの着ていた「聖衣」が保管されているということでしょう。</p><p>　聖遺物として祀られているこのマリアの着衣の服地とされているものも見学できるのです。マリア信仰は世界的に大きな広がりを持っていますが、此処のサファイアブルーのステンドグラスと「聖母の聖衣」は必見です。</p><p><br>　盛夏のある日、シャルトル駅からプラタナスの緑影をぬけて訪れてみましょう。独特のオーラが感じられる世界遺産です。<br>　前世紀　世紀に活躍していた、現地ガイドさんからのちょっとミステリアスな感もあるおはなしでした。<br><br>　そのころは、見知らぬ国に土地に、皆が憧れ、「旅」に夢を抱いていた時代でした。国際線の飛行機もコンステレーションやDC-７などのプロペラ機からボーイング７０７、DC-８などのジェット機の登場があり、１９７０年には４００人以上を一万キロの彼方へ運べるＢ７４７ジャンボと呼ばれる飛行機が登場してきました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/17/wan-tanaka/61/68/j/o0640042714967744741.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/17/wan-tanaka/61/68/j/o0640042714967744741.jpg" width="420"></a></p><p><br>　その時代に深夜、ラジオを捻ると旅へ誘う番組がありました。それはこんなナレーションで始まります。</p><p><br>「遠い地平線が消えて、深々とした夜の闇にこころを休めるとき、遙か雲海の上を、音もなく流れ去る気流は、たゆみない宇宙の営みを告げています。満天の星をいただく果てしない光の海を、豊かに流れゆく風に心を開けば、煌めく星座の物語も聞こえてくる。夜の静寂の、なんと饒舌なことでしょうか。光と影の境に消えていった遙かな地平線も瞼に浮かんでまいります……」</p><p><br>　このあとには、イージーリスニングの名曲が、見知らぬ遠い地へ誘惑の音楽を奏でていました。こんな番組を思い出す方もいるのでは……。</p><p><br>　ニューヨーク、タイムズスクェアのホテル49階の回転レストランのピアノバーで「ムーンリバー」をリクエストしながら、いまは無きこの番組の話をしてくださった日本人の方がいらっしゃいました。</p><p>&nbsp;あとで分かったのは、この番組のスポンサーになっていた航空会社社員のご家族の方でした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;「旅」の、良き時代を思い出します。</p><p><br>　あなたもコロナ禍を乗り越えた後の、新たな時代の「旅」のプランをはじめませんか。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wan-tanaka/entry-12684677715.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Jul 2021 17:30:52 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>2021 いつか旅する日のための復習＆予習プラン</title>
<description>
<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;">北欧のミステリアスな古城と「ローマの休日」</span><br><br>　１９７０年代は日本からヨーロッパへ行く場合、現在のようにシベリアの空が開放されていなかったため直行便が無く、北回りと呼ばれる北極圏を通過する大圏ルートが最短コースでした。</p><p><br>　欧州、日本間は日本航空をはじめ、ヨーロッパの主要国の航空会社が乗り入れていましたが、なかでも北欧を代表するＳＡＳスカンジナビア航空では途中経由地のアラスカ・アンカレッジを飛び立ち、北極圏へ入ると機内では「北極通過証明」というカードをもらうことができました。　これはポストカードにもなっていて、機長がサインをしてくれ、あて先を記入しておくと、後日その住所へ届くという、今ではあり得ないサービスもありました。<br>　ＳＡＳの場合、東京からデンマークのコペンハーゲンを16時間あまりで結んでいました。</p><p>　これは、現在の11時間弱とは比較にならない所要時間ですが、当時としては画期的な短時間で日欧を結んでいました。</p><p><br>　こんな時代の空の旅を経験されている方もいらっしゃるかもしれませんが、このデンマーク、コペンハーゲンのカストラップ国際空港から北西に約５０㎞のスウェーデンとの海峡に面したヘルシンノアの町に、シェークスピアの戯曲「ハムレット」の舞台になったお城、クロンボー城があります。此処はまたミステリースポットとしての一面を持っている場所でもあり、幽霊や霊的な現象に興味を駆られたマニア(？)が訪れる場所でもあります。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/17/wan-tanaka/9e/d3/j/o0740049314967737381.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/17/wan-tanaka/9e/d3/j/o0740049314967737381.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>　まずは地下牢で、スペイン戦争で戦った騎士の石像が出迎えます。</p><p>　来訪者が像の顔を覗くと閉じている眼が開いて睨まれるといわれています。　</p><p>　そして、その背後の暗闇には、病死した　世紀のデンマーク王妃マチルダの亡霊がさまよっているといわれています。</p><p><br>&nbsp;　コペンハーゲンを訪れるツアーでは、定番の観光スポットになっているクロンボー城ですが、ミステリー体験も味わえる一面があります。</p><p><br>　さて、カストラップ国際空港に戻り、一気に空路を南下、ローマへ向かうことにしましょう。<br>　アルプスを超える約２時間半のフライトの後、イタリアを代表する芸術家の名を冠したフミチーノ・レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港に到着します。ローマ市内へは、鉄道か空港バスで。</p><p><br>　イタリアの首都であるローマは、その歴史と美しさから「永遠の都」と称されている都市であり、ローマ帝国分裂後も宗教と芸術の中心地として繁栄を極め、ヨーロッパ有数の都市であり続けています。現在では人口３００万を超える近代都市に生まれ変わっていますが、マエストロたちによる古の芸術は街中のあらゆる場所に今なお生き続けています。</p><p><br>　今回は、まず世界最小の国家にして世界遺産、カトリックの総本山ヴァチカンに向かうことにしましょう。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/17/wan-tanaka/43/fa/j/o1024059414967740086.jpg"><img alt="" height="244" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/17/wan-tanaka/43/fa/j/o1024059414967740086.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>　東西約１キロメートル、南北約８５０メートル、東京ディズニーランド程の大きさ。</p><p>　これが世界に絶大な影響力をもつ最小の独立国家ヴァチカン市国の全国土です。<br>　このわずかな国土の中に中世ヨーロッパを支配したカトリックの歴史と権威、そしてルネッサンスからバロックの時代にまで通じる宗教芸術の精髄が結集していると言っても過言ではないでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>　それではカトリックの深奥に触れることにしましょう。</p><p>　まずは、サンピエトロ広場からサンピエトロ大聖堂へ。広場はベルニーニの設計によって　世紀に造られた幅約２００ｍの広大な楕円形の広場で、この空間には約40万人が収容出来るとされ、クリスマスや新年、教皇の法話が行われる際など世界中から集まった信者で埋め尽くされます。</p><p><br>　中央に建つオベリスクの脇を抜けて正面のサンピエトロ大聖堂に向かいましょう。<br>　ローマ皇帝により４世紀に創建されたカトリック教会の総本山。　世紀半ばころ老朽化にともない再建が決定され、当代随一の芸術家、ラファエロ、ベルルーニ、ミケランジェロなどの当代随一の芸術家たちによって１２０年の歳月をかけて再建されました。大聖堂は上空から観るとラテン十字の形をしています。</p><p><br>　では、堂内に入りましょう。内部には若き日のミケランジェロによるピエタ像やベルルーニの「聖ペテロの椅子」をはじめ３００体以上の大作級の彫像群、膨大な祭壇画やフレスコ画によって華やかに装飾されています。<br>　さらにドームの上を見上げてください。明かり採りの窓から差し込む陽光に浮かび上がる、数々の壁画に装飾された天井は圧巻の迫力で感動を呼びます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/17/wan-tanaka/95/c0/j/o1024068314967741052.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/17/wan-tanaka/95/c0/j/o1024068314967741052.jpg" width="420"></a><br>&nbsp;</p><p>　つぎは、大聖堂の北隣「システィーナ礼拝堂」へ。　</p><p>　世紀の教皇によって建設されたレンガ造りの礼拝堂です。平時は教皇の執務室としてされており、また教皇を選出する選挙コンクラーベが行われる場所でもあります。内部はルネッサンスを代表する芸術家たちによる絵画で装飾されています。特にミケランジェロの最高傑作といわれる「アダムの創造」と「最後の審判」は訪れた者の目を釘付けにしてやみません。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/17/wan-tanaka/5a/1e/j/o1118123114967741646.jpg"><img alt="" height="462" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/17/wan-tanaka/5a/1e/j/o1118123114967741646.jpg" width="420"></a><br>&nbsp;</p><p>　最後はいちばん北側に位置しているヴァチカン美術館へ。此処は５００年以上の歴史をもち、歴代ローマ教皇の収集品を収蔵している世界最大級の美術館です。カトリック関連の宗教芸術に限らず古代ギリシャ美術をはじめ、世界各地の民族美術や異教の美術、彫刻なども幅広く展示しており、ミケランジェロをはじめとする各時代の芸術家たちも此処のコレクションから多大なインスピレーションを得たとされています。必見です。</p><p><br>　ヴァチカンを出て、市内に戻る途中、テヴェレ川河畔にはローマ皇帝の墓所として、中世以降城塞や牢獄として使われたサンタンジェロ城があります。大天使ミカエルの像がそびえる屋上からはローマ市内が見渡せます。</p><p>　此処は映画「ローマの休日」のクライマックスシーンの舞台として登場します。サピエトロ大聖堂から徒歩10分程度ですので行ってみましょう。</p><p><br>　北回り航空路があった時代に思いを馳せつつ、古都ローマまで来てしまいました。<br>　今はシベリア上空を通り約　時間。いつか旅できる日のために、こんな計画、考えてみてはいかがでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wan-tanaka/entry-12684675864.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Jul 2021 17:20:26 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>極北のオーロラ体感温泉と都会の空港で星月夜</title>
<description>
<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;">宇宙の神秘オーロラ体感温泉と都会の空港で星月夜に遊ぶ</span></p><p>&nbsp;</p><p>　『その道は凍てついたツンドラの大地を細長く北に向かって延びていた。</p><p>　ロバートマニュエルは、６人乗りの大型ランドクルーザーにツアー客を乗せ、フェアバンクスの空港から北緯６０度を越えて、北極圏を北へ走っていた。目的地は氷原の中に沸く温泉リゾート、「チェナホットスプリングス」である。その細い道は白く凍った原生林をぬけてゆく。カラマツで造られたゲートをくぐった。入口前には小さなトーテムポールも迎えてくれている。此処は特に冬には温泉に浸かりながらオーロラが観られることで評判になり、この時期には、世界中から多くの旅人を呼び込んでいる。<br>　ロバートはこのアラスカ州の北限の地とも云えるバロー岬の地でイヌイットの猟師の子供として育ったが、アメリカ本土の大学を出てアラスカに戻り、今のツアー会社に入りドライバーをしている。オーロラは子供の頃から日常的に観ていたが、なぜ、世界中からやって来る旅人たちがそんなに魅力を感じるのかが分からなかった。が、何か癒し的なものを感じるのかもしれない。昔はエスキモーと呼ばれていた原住民の血をひく自分には日常のこの天空の現象が人を引きつけるのかが、よくわからなかった。温泉プールの中で夜空を渡る光の帯に大喜びの声を上げる旅行者達を見ると彼には、少々不思議な感じがした』</p><p><br>　オーロラとは地上８０㎞以上の超高層大気の電離層で起こる発光現象です。</p><p>　太陽は不定期に太陽風と呼ばれるプラズマの風を宇宙空間に放出していますが、この風は地球に到達すると、夜側にある磁場の隙間に入って地球の磁力線によって極北に運ばれ、大気に含まれる酸素原子、窒素分子とと衝突しますと、電磁エネルギーを放出、発光現象をおこします。</p><p>　これは長大な光の帯となって夜空をわたって行くことから、天文ファンをはじめ、世界中の多くの人々を魅了してやまない現象といえるでしょう。</p><p><br>　オーロラ観測ポイントは、北欧の北極圏地域など、世界中に数多くありますが、このアラスカのチェナ温泉リゾートは、温泉好きの日本人の心もつかんだようで、近年では此処を訪れる日本人も増えてきたようです。</p><p><br>　アラスカも北極圏に入ると白夜の夏をイメージする光景とは一変します。</p><p><span style="font-weight:bold;">　</span>地球の極限の自然を体感出来る地でもあります。<br>&nbsp;</p><p>　１９９０年代頃まで欧州やアメリカ東海岸に行く場合の「北回り」と呼ばれていた航空路で「飛行機が給油で立ち寄る地」くらいの印象しかなかったアラスカですが、宇宙に触れられる冬を演出してくれる極北の大地でもあります。是非一度、訪れてみては如何でしょうか。<br>　　<br>　最後に、新年に、都会の珍しい初日の出スポットと無料で宇宙を感じられるスポットをご紹介します。　</p><p><br>　まず東京の場合。そこは羽田空港へ向かう鉄道の駅で、「天空橋」という駅です。その地下駅を下り、地上に出ると多摩川の河口部分にあたり、川辺に真紅の鳥居が迎えてくれます。</p><p><br>　この鳥居は近くにある穴守稲荷神社の参道入り口を意味していますが、以前は羽田空港の駐車場の真ん中に忽然と立っていました。</p><p>　１９６０～７０年代、航空機事故が頻発した時期には近くの羽田空港の関係者から特別大切に守られていました。</p><p>　そしていまは、現在の地にありますが、ここは日の出、朝日を観る一大スポットでもあります。鳥居越しの先が空港越しに河口の東を向いており、晴天の冬には輝く日の出が拝めます。</p><p><br>　そして、もう一つの体感スポットは、羽田空港国際線ビル５階の展望デッキです。<br>　日没後、空を仰ぐと、月夜の場合は、昇ったばかりの月が手に取れるような近さで輝いて迎えてくれます。そして、とても都内とは思えない、まさしく満天の星空に出会うこともできます。</p><p>　空気が冷えて、澄んでくるこの時期ならではの発見があると思います。</p><p>　さらに、此処の良いところは、２４時間一年中オープンしていることです。屋内エリアには椅子もあるので、終電で行って、寒月の夕べや、宵の明星を探したり、星々に新年の願いを託すのも良いかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>　夜明けまじかには南半球からの飛行機が着陸灯を光らせて降下してきます。</p><p>　また一晩中、飛行機の往来があるので、灯火輝く国際線を観ながらエトランジェ気分に浸れるかも……。日本ではオーロラは難しいですが、こんな場所を訪れて、１年の多幸を天空に投げてみるのも良いかもしれません。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/16/wan-tanaka/c4/09/j/o0640042614967731413.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/16/wan-tanaka/c4/09/j/o0640042614967731413.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/16/wan-tanaka/de/ad/j/o0640042714967731307.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/16/wan-tanaka/de/ad/j/o0640042714967731307.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/16/wan-tanaka/5b/30/j/o0480064014967731858.jpg"><img alt="" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210705/16/wan-tanaka/5b/30/j/o0480064014967731858.jpg" width="420"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wan-tanaka/entry-12684672194.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Jul 2021 16:58:44 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>禅ZEN―瞑想、マインドフルネス体験の旅で心の洗濯をして新年を生きる</title>
<description>
<![CDATA[ <p><b>禅ZEN</b><b>―瞑想、マインドフルネス体験の旅で心の洗濯をして新年を生きる</b></p><p>&nbsp;</p><p>＊<u>眼前のオーシャンブルーの太平洋を望むメディテーションの聖地カリフォルニ州エサレン(ESALEN)</u><u>研究所で心の洗濯</u>＊</p><p>&nbsp;</p><p>　今アメリカでは「禅」が瞑想マインドフルネスと名を変えて大きなブームとなっています。</p><p>&nbsp;</p><p>　今をいかに生きるか、自分再発見、自己の感情を認識し、こころを活性化して未来に繋げていこうという意識を持って精神的な目覚めを求める人が増えています。</p><p>　そんな時代に注目された「禅」の世界観。</p><p>　自己発見、心の処方箋を求める人達の注目を集めている場所がアメリカ西海岸、ロサンゼルスの北、「ビッグサー」と呼ばれる壮大な太平洋を望む海岸の急峻な崖の上に立つエサレン研究所です。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180131/17/wan-tanaka/e5/3c/j/o0640048014122554688.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180131/17/wan-tanaka/e5/3c/j/o0640048014122554688.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>　此処は全米のみならず全世界から訪れる人が多く、グループで瞑想を体験し、精神的な目覚めを迎えられると考える人もいますが、多くは自分の心と向き合い、EQ(心の知能指数)を高め、仕事に、実生活に活かそうとしているようです。</p><p>&nbsp;</p><p>　崖の上の施設から見える太平洋の水平線は地球が丸いことを認識させてくれる広がりをもっていて、この風景も大きな心の処方箋になっているようです。遠い地ですが、一度この大海に抱かれた地で自然と共生しながら自分探しをしてみるのも一考です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b>世界が憧れる禅の庭 </b><b>京都竜安寺石庭と都のZEN</b><b>体験で心をリフレッシュ、国際交流も</b></p><p><b>&nbsp;</b></p><p>　水を用いず、白砂と石で構成された枯山水様式の石庭で知られている京都の竜安寺（りょうあんじ）。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180131/18/wan-tanaka/3d/b3/j/o1000047014122560852.jpg"><img alt="" height="197" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180131/18/wan-tanaka/3d/b3/j/o1000047014122560852.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>　修学旅行で訪れた経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。近年の禅ZENブームも手伝って外国人訪問者はどんどん増えていくばかりです。</p><p>&nbsp;</p><p>　彼らが心奪われるのは日本人独特の美意識から生まれた、コンパクトでシンプルな庭に謎が散りばめられているミステリアスな一面です。</p><p>&nbsp;</p><p>　外国人が熱心に視線を送っているのが白砂に点在する庭石です。</p><p>　禅のビジュアルイメージを代表する幅25m、奥行き10mの空間に大小様々な15の石が一見無造作に５ヶ所に分かれて配置されています。その無駄を削いだ抽象的な庭を目の前にすれば外国人だけでなく、日本人でもその禅世界の美に圧倒されて、そこにどんな意図があるのかと思いを馳せずにはいられなくなります。</p><p>&nbsp;</p><p>　彼らがときおり場所を変えながら庭石を数えているのはなぜでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　この石は大海に浮かぶ島とか、泳ぐ龍にも例えられますが、いまだにこの庭の作庭者は不詳で意図するところは個人のみが知るというところです。この石の数15という数字は古来中国では完璧な数とされていました。</p><p>　このあたりに作庭者の意図が反映されているのかもしれません。</p><p>　またこの石はどのアングルから眺めても全てを見ることが出来ません。常に１～２個が他の石に隠れてしまうように配置されています。</p><p>&nbsp;</p><p>　つまり、必ず石同士が重なり合ったり、死角になってしまいます。</p><p>　それで方丈の縁にいる外国人は庭石を数えずにはいられなくなります。</p><p>&nbsp;</p><p>　つまり、こんなに気軽にZEN（禅）の世界に触れられるチャンスはなかなかないからです。</p><p>　故に「全て見えない不完全さを不満に思わず満足する心を持ちなさい」という戒めの意味も含まれているといわれています。</p><p>&nbsp;</p><p>　近年急増している外国人観光客はどうしても数えずにはいられないようです。</p><p>　また、あるアメリカからの来訪者に感想を聞いてみると、方丈の縁側に腰を下ろし、どの石を見るでもなくメディテーションの境地に入っているのが心地よいそうです。</p><p>　彼はこの庭を宇宙空間にイメージして見ている、いや感じているとのことでした。</p><p>　石は壮大な宇宙空間に点在する星々に見えているのかも知れません。</p><p>&nbsp;</p><p>　言葉が全ての西洋文明にあって言葉以前の世界にもう一度戻ってみようとすることが禅ZENマインドフルネスかも。</p><p>　心を見つめ自己を再認識させてくれる場なのかもしれません。</p><p>　またこの本堂の一角にあるつくばいには「吾唯知足」と刻まれています。これは「我、ただ足るを知る」という意味です。これには共感する外国人も多いようです。この庭は魔訶不思議な雰囲気も持ち合わせているようです。</p><p>&nbsp;</p><p>　「謎」さえも心で楽しませてくれる竜安寺、新年のスタートに訪ねてみませんか。</p><p>　　</p><p>＊いにしえの都、京都には誰でも参加できる座禅体験の出来るお寺が多くあります。</p><p>　右京区JR花園駅から近いひと町もありそうな広大な敷地をもつ妙心寺（みょうしんじ）では英語で行われる座禅体験があります。個人のみならず、ツアーのプログラムで訪れている参加者もあります。</p><p>　人生を再び考えようとするタイミングで禅に触れてみようとする外国人の多さに驚かされます。</p><p>　本当に自由になるための哲学を禅に求めている人が多いとのことでした。</p><p>&nbsp;</p><p>　英語の勉強を兼ねて日本人としても参加してみると面白いかもしれません。</p><p>　また上京区同志社大学そばの相国寺（しょうこくじ）も座禅体験があります。此処の法堂の天井に描かれている竜は手を叩くと鳴く(鳴いているように聞こえる)と言われています。</p><p>&nbsp;</p><p>　古き都で1年のスタートにマインドフルネス体験旅行はいかがでしょうか。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wan-tanaka/entry-12348972761.html</link>
<pubDate>Wed, 31 Jan 2018 18:05:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>神話のふるさと奥出雲の夏に遊ぶ</title>
<description>
<![CDATA[ <p><span style="font-size:1em;">　奥出雲は島根県南東部、中国山地の山間にあり、宍道湖に注ぐ斐伊川（ひいかわ）の上流部にあります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　古くから川で採れる砂鉄を精錬する製鉄法「たたら製鉄」で栄えた土地でもあります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　また此処は、「古事記」、「日本書紀」にも記された出雲神話「八岐大蛇（ヤマタノオロチ）退治」の舞台の地で、神話の中でもよく知られているスサノオノミコトにまつわるお話です。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">（ストーリー）</span></p><p><span style="font-size:1em;">　スサノオは高天原(タカマガハラ)を追放され、斐伊川の上流、鳥髪(トリガミ)の地に降り立ちました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　人気のない川べりで流れを眺めていると、川上から「箸」が流れてきました。上流に人が住んでいると悟ったスサノオが行ってみると、老夫婦が若い娘を挟んで三人で泣いているのに出会います。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　老夫婦の名はアシナヅチとテナヅチ、その娘の名は稲田姫（イナタヒメ(クシナダヒメ)といいました。泣いている理由を尋ねると、もともと８人の娘がいましたが、毎年、ヤマタノオロチという大蛇に食べられてしまい、今年もその時期がやって来るというのです。</span></p><p><span style="font-size:1em;">　老夫婦曰く、ヤマタノオロチはホオズキのように赤く燃える目に一つの体に頭が８つ、尻尾が８つあるといいます。しかも体には苔とヒノキが生えており、８つの山を越えるほどの長さをし、腹はいつも血にただれているのだそうです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　スサノオはヤマタノオロチを退治したなら、この娘を妻に迎えたいと申し出ました。</span></p><p><span style="font-size:1em;">　アシナヅチから貴方様のお名前は？と尋ねられたので、「私はアマテラスオオミカミの弟でスサノオと申すと答えると「それは恐れ多いこと。娘を差し上げましょう」と老夫婦が言いました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　そしてスサノオはイナタヒメを爪櫛に変えて、自分の髪に挿すとアシナヅチとテナヅチに垣根を作らせて、８つの門を設け、その前に強い酒を満たした８つの酒樽を用意させました。</span></p><p><span style="font-size:1em;">　しばらくするとヤマタノオロチがやって来て、８つの頭をそれぞれの酒樽に入れて酒を飲みはじめました。</span></p><p><span style="font-size:1em;">　酒の強さもあり、しばらくしてオロチが酔って眠ってしまったところをスサノオは腰に帯びていた剣を抜きヤマタノオロチを切り刻みました。オロチのその尾を切りさいてみると中から見たこともないような素晴らしい剣が出てきました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　これが草薙の剣（天の叢雲の剣アメノムラクモの剣）といわれます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　スサノオノミコトはクシナダヒメと結婚しこの地に宮を造って住まいとしましたが、その際白い雲が幾重にも立ち昇る様を見て「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくる　その八重垣を」という歌を詠んだといわれています。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　この一節は松江に暮らした小泉八雲(ラフカディオハーン)のエッセイにも登場します。</span></p><p><span style="font-size:1em;">　そしてスサノオのミコトはアシナヅチを呼び寄せ、首長にしました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　この神話のヤマタノオロチとは大河斐伊川のことで、川が起こす氾濫、洪水を防ぐ治水問題が背景にあったのではとも思えます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　この奥出雲には神話にまつわる多くの神社が点在しており、最近では出雲大社と並ぶパワースポットとして知られてきているようです。</span></p><p><span style="font-size:1em;">　蜆で有名な宍道(シンジ)湖の南岸、JR山陰本線の宍道駅から中国山地に分け入っていく木次（きすき）線というローカル線があります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　この鉄路は中国山地の脊梁を越え、広島県備後地方とを結んでいますが線名にもなっている木次駅から先は斐伊川の支流に沿って登ってくため、神話と清水の里路線ともいえます。</span></p><p><span style="font-size:1em;">　途中の出雲横田の駅舎は近くの稲田姫を奉る稲田神社社殿のしめ縄を模した巨大なしめ縄が設けられており、神々の世界を彷彿とさせます。</span></p><p><span style="font-size:1em;">　亀嵩(カメダケ)駅は松本清張の小説「砂の器」の舞台になった処として知られています。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　駅内には蕎麦店があり、提供される出雲蕎麦は人気の味となっています。</span></p><p><span style="font-size:1em;">　県境分水嶺三井野原への上り口になる出雲坂根の駅には中国山地から湧き出す「延命水」と呼ばれる湧水があり、夏場でも切れるような冷たさが暑さでほてった体を癒してくれます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　観光トロッコ列車「おろち号」で来る乗客は皆がこの水を汲んでゆきます。またこの駅には、峠越えの列車が枝線を２回折り返して登って行く西日本で最大の３段式のスイッチバックがあり、鉄道ファンには人気のポイントとなっています。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　この木次線に乗って神話の世界に触れ、名水に癒される夏も味なものです。</span></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wan-tanaka/entry-12300085043.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Aug 2017 16:18:27 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>春風に吹かれて里山歩き</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　街を離れて田舎の村を歩き、中春から初夏の風に舞う鯉のぼりを眺めると、とても幸せな気持ちになるものです。この初夏の風を「薫風」といいます。暖かな南風が深緑の香りを運んでくるのです。風はいろいろな役目を果たします。気温を調節したり、天候を変化させたり、植物の種や花粉を運びます。<br>　私たちも人生の苦境にある時、向かい風を受けているように感じられる時があります。過酷な状況にもまれるとき、この鯉のような強さを身に付けようと思えるのかもしれません。<br>　この鯉の泳ぐ里山には朝市の立つ村もあります。そんな朝市に出かけてみました。<br>　この時期、売られている品は味と形にあふれる春野菜たちです。たとえばトマトはみずみずしく皮はちょっと硬めで、濃い味がします。スーパーで売られているような水臭いものではなく、味にも形にも植物の生命力を感じさせてくれるトマトでした。青臭さののこる昔の野菜の味を感じました。<br>　たくさんの美しい山や森林に恵まれた日本はハイキング、里山歩きをするには最適の国です。国土の７０％が山林ですから電車や車にちょっと乗ればどこかの山や森に行き当たります。そんな自然を抱えている山村はまだまだ数多く残っています。静かな自分だけの時間を求めて里山歩きをしていると、体がだるく、辛くて歩きたくないと感じるときもありますが、歩き出してしばらくすると体が温まり、筋肉や関節がほぐれ、体中を血が巡っていくのを感じられます。<br>　また里山歩きには小さな出会いの機会もあります。最近では過疎化が急激に進んでいる地域を「限界集落」と呼ぶようです。山陰のそんな小さな村を訪れた時、森の中に朽ち果てたような小さな神社がありました。訪れる人は少なく静かで落ち着いた神社で、県境の名のある山へのハイキングコースの入り口にもなっていました。そんな社の境内の掃除をしたり、お祈りをしているおばあちゃんがいます。</p><p>　話すと、ご主人はすでに亡くされていて、ご主人との思い出の残る場所でもあるこの神社へ日参し、たまに訪れる参拝者のために掃除をしているとのことでした。またご主人の代からの田圃や畑があり、米や野菜づくりが日課となっていて、美味しいご飯の炊き方や野菜の選び方、見分け方などを教えてくれました。またこの地はハイキングコースに沿って棚田が広がっており、これからの季節は、水が張られ、周りの山々を映す田圃のつらなりが迎えてくれます。そんな畦道ハイキングコースのなかにハイカーを当てこんでいるのか小さな茶屋が一軒ありました。経営者は先出のおばあちゃんでした。メニューには野菜が主体の定食があり、注文してみました。煮物、揚げ物、酢の物、和え物など、どれも材料の個性、味を引き出す優しい丁寧な味付けで、あのトマトも小皿に添えられていました。おばあちゃん手作りの漬物も小鉢に盛られ独特の酸味が村の味を演出しているように思えました。<br>　今の時代は季節に関係なくどんな野菜でも買えます。しかし本当においしい野菜を手に入れることは難しい。また外国からの野菜や果物も安く買えますが、防腐剤や防虫剤、ＧＭ（遺伝子組み換え）食品も怖いです。ひと昔前までこの茶屋が出しているような旬の野菜料理はごく当たり前の家庭料理だったと思います。しかし、今やとても貴重なものといえる時代になってしまったようです。<br>　店から望む山稜はすでに初夏を思わせる淡い緑色にけむり、眼下には田植えが終わり青い稲穂が薫風に揺れている棚田が谷を駆け下りていました。<br>　ここは兵庫県と鳥取県との県境にある氷ノ山(ひょうのせん)のふもとに広がる山村で鳥取県側は八頭郡若狭町(わかさちょう)になり、中国山地に深く切れ込んでいる鉄道マニアには知られたローカル線若桜鉄道(旧国鉄若桜線)の終点で駅からは日本の原風景が広がる里山ハイキングを楽しみながら春から夏に向けての里山の味に親しむことが出来ます。<br>　こんな山陰の山峡の地ではなくても、自宅からちょっと足を延ばせばこんな里山と出会える場所は数多く残っています。春の味覚を求めて田圃の畦道を散策するのもよい季節の到来です。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wan-tanaka/entry-12263120080.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Apr 2017 15:29:10 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>くれない色の季節を訪ねて</title>
<description>
<![CDATA[ <strong>名城秋景</strong><br><br>　日に日に夜が長くなり、気温も徐々に下がり始めて、秋は深まってゆきます。<br>急に冷え込んだ朝など、赤や黄色に染まり始めた木々の葉も朝露を受けて一層鮮やかになってきたようです。<br>　日本では四季それぞれに直ぐイメージされる景色というのがあるようです。春にはいたる所でピンク色の花をつけて華やかに咲き誇る桜、夏には陽光に眩しく輝く深緑の山々や群青の海原、そして秋はなんと言っても紅葉ではないでしょうか。<br>　日本には春の「お花見」とならんで「もみじ狩り」という言葉があるくらいにこの時期は多くの人々が紅葉の名所へと出かけてゆきます。またカラマツ等の針葉樹が中心で黄色一色の感がある欧米の山々と比べ、日本列島では色づく広葉樹も多く木々の種類も豊富なことから変化にとんだ色の世界を堪能することが出来ます。特に朱に染まるカエデなどは海外では目にする機会があまり無いため、紅葉のスポットはこの季節になると国内に限らず海外からも桜の季節同様に多くの観光客が訪れます。<br>　特に古い神社仏閣等と赤いもみじとのコラボレーションは絶好の被写体にもなり、京都などの歴史的文化遺産の多く残る地では人人で溢れんばかりです。この時期、すこし視点を変えて「城」の紅葉を訪ねて観るのはいかがでしょうか。<br>　今ちょっとした「城ブーム」といわれています。発端はある映画の舞台になり、早朝、<br>雲海の上にポッカリと浮かぶ石垣の光景が、南米マヤ文明によってアンデス山上に築かれたといわれるマチュピチュの遺跡を連想させることから「天空の城」といわれるようになった兵庫県竹田城でした。全国には松尾芭蕉の〝夏草や兵どもが夢の跡〟の句を連想させるような苔むし石垣のみが残る荒れた山城から天を突くように伸びる立派な天守をもった城まで多種多彩です。城と季節の風景というとどうしても春の桜との組み合わせが最初に頭に浮かびますが、これらの名城には紅葉のいまならではの素晴らしい一面を見せてくれる場所が数多くあります。<br>　まず山城の代表格としては、備中松山城(別名高梁城：岡山県)があげられます。此処は戦国時代からの風情を色濃く残しており、臥牛山(がぎゅうざん)山上に築かれた城周辺には素晴らしい紅葉が展開してゆきます。標高４３０ｍの天守への道のりは以外に険しいですが、朱に染まる大手門周辺をはじめ、そのもみじの輝きは疲れを癒してくれるものです。また先出の竹田城同様、盆地でもあるこの地は一日の気温差が大きく、気温の下がった朝には霧や雲が湧き出しやすく運がよければ雲上に浮かぶ天空の城を展望台から眺めることができます。幻想的且つ戦国時代にタイムスリップしたような、何故か懐かしさをも感じさせてくれるこの季節ならではの光景です。<br>　同じ城でもこの松山城とは異なった感動を味わせてくれるのが今年完全修復を終えたばかりの姫路城です。白鷺(しらさぎ)城の異名をもつように白亜の城として有名でしたが、特に今回壁面の漆喰もすべて白漆喰に塗り替えられて以前にも増して輝くような純白の城へと生まれ変わりました。その驚きの白さから初公開された時には「白すぎ城」とまで評されました。漆喰は数年たつと酸化して黒ずんでしまうので、長大な城壁の上に幾重にも重なって聳え立つ天守の「白」とそれを取り囲むように植えられているカエデの「赤」とのコントラストは今しか見ることのできない貴重な光景として是非、訪ねておきたいところです。<br><br><strong>北の大地に爆発するトリコロール色の秋</strong><br><br>　欧米では秋の色づきというと黄色く染まる木々が主体と記しましたが、そんな黄葉一色の世界のなかに沢山のカエデの真紅が溶け込み重なり合って、見事な色の競演が展開する地があります。そこは国旗にもその国のシンボルとしてカエデの葉が描かれているほどです。世界第２位の国土面積を誇るカナダ。その東側にフランス移民によって独特の社会文化が育ったケベック州があります。<br>　トロントにつぐ第２の大都市モントリオールもこの州にあり国の経済産業の一翼を担っています。（予断ですがカナダの紙幣、公文書等はすべて英・仏の２ヶ国語で記載されています）このモントリオールから車で約２時間北上したところに標高１１００ｍを越えるローレンシャン(Laurentians)高原があります。<br>　日本とは比べ物にならないスケールで地平線の彼方までつづく高原は、太古の昔からほとんど手つかずの深い森と湖沼地帯で形成されています。そこには日本のそれとは似ても似つかない大きな人手形の葉をもつカエデが黄葉の海の中に生い茂り、さらに周りの湖沼の色とも相まって朱、黄、青、三色の息を呑む世界が展開してゆきます。その美しさからメープル街道(Maple＝カエデ)と呼ばれる観光ルートのハイライトしても知られています。しかしこの燃えるように染まる紅葉のシーズンは年ごとの気象条件によって微妙に変動してしまいます。花火のように一瞬輝いて消えるその瞬間をキャッチするのはたいへん難しいものですが、タイミングさえ合えばこの自然エネルギーの大爆発を体感出来るかもしれません。白く長い沈黙の季節の到来のサインともいわれる日本から約１５時間、北の大地で繰り広げられる年一回の一大イベントです。<br><br>　最後にもみじの見方、写真の撮り方のポイントをひとつ….。<br>　当然、晴れた日がよいのですが、順光ではなく逆光(日のさしている方向に向かう)で眺めるのがお勧めです。<br>　太陽光が葉を貫通してその紅色をさらに増幅させて見せてくれます。<br>　
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wan-tanaka/entry-12080409924.html</link>
<pubDate>Sun, 04 Oct 2015 13:48:40 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
