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<title>神との対話　ﾆｰﾙ･ﾄﾞﾅﾙﾄﾞ･ｳｫﾙｼｭ</title>
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<description>自分がこの本を持ち歩いているように、ブログ形式にして携帯でいつでもどこでも再確認できるように、大事なところを書き出しています。この本が気になる方は、この本をお買い求めになって、しっかり神と対話してください。</description>
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<title>スローライフ２日目</title>
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<![CDATA[ 寄贈<br><br>フナ <br>イエローパーチ<br>ワカサギ<br>アジ<br>カレイ <br>チョウチンアンコウ<br><br>オケラ <br>ダンゴムシ <br><br>ラブターのからだ<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/washwiper/entry-10179406860.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Dec 2008 21:12:11 +0900</pubDate>
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<title>神との対話 ﾆｰﾙ･ﾄﾞﾅﾙﾄﾞ･ｳｫﾙｼｭ</title>
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<![CDATA[ 「一番大切なものを愛し、つぎに破壊し、それから再び愛するのが、人というもの」<br><br>神を疑わない決意をしたら、あなたは仏陀のように、イエスのように、正邪のように生きるだろう。<br>そして理解されないだろう。あなたが感じる平穏や人生の喜びを、恍惚感を説明しようとしても理解させないだろう。自分達とは違う何をあなたは発見したのかと思い、嫉妬を募らせ、嫉妬が怒りになり、怒りに燃えた人達は、神を理解していないのはあなたの方だと負かそうとする。<br>それでもあなたの喜びを奪うことが出来なけれは、あなたを傷つけようと<br>するだろう。かまわない、たとえ死んでも喜びを消すことも、真実を変えることも出来ないといえば、人はあなたを殺そうとするにちがいない。そしてあなたが穏やかに死を受け入れるのをみて、あなたを聖者と呼び、再び愛するだろう。 <br><br><br>人間の行動には二つの動機しがない。 <br><br>不安か、愛か。 <br><br>感情の源も、魂の言語もこの二つの言葉しかない。神が宇宙を創造し、あなたがたが住む世界を創造したときに生み出された二つの極。<br>「相対性」アルファでありオメガだ。<br><br>これが「支える思考」だ。 <br>愛は不安を支え、その不安は
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<link>https://ameblo.jp/washwiper/entry-10148057629.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Oct 2008 15:31:07 +0900</pubDate>
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<title>神との対話　ﾆｰﾙ･ﾄﾞﾅﾙﾄﾞ･ｳｫﾙｼｭ</title>
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<![CDATA[ <p>「そこにないとわかっていることに、心から感謝できるのですか？」</p><br><p>　</p><br><p>信念だ。</p><br><p>けし粒ほどの新年があれば、山を動かすことができる。</p><br><p>あなたの選ぶこと、私の名で選ぶことはかなえてあげると、私はあなたがたずねるより前に、あらゆる方法で、</p><br><p>あらゆる教師を通じて、言って来た。</p><br><br><br><p>どんな祈りもかなえられる。</p><br><p>祈りとは、これが現実ですと認めることだから。</p><br><p>どんな祈りも、どんな考えや思い、感情も、創造につながる。</p><br><br><br><p>「思考を支える思考」というべきものがあって、それが思考をコントロールしている。</p><br><p>つまり、何かを願ったり求めたりしたら、望んだことがかなう可能性は非常に小さい。</p><br><p>なぜなら、「欲求を陰で支えている思考」というのは、「望みがかなっていない」という思いだから、そちらのほうが現実になる。</p><br><br><br><p>そもそも求める必要などないのだと、直感的にわかっていれば、祈ることはずっとやさしくなる。</p><br><p>求めるのでなく、望みがかなっていることを素直に感謝するようになる。</p><br>神が全能の存在で、すべての祈りを聞いて、一部には「Yes」一部には「No」一部には「そのうちいつか」などと答えると思っているなら、それは間違いだ。<br><p>神は観察者であって、創造者ではない。</p><br><p>人生の環境や条件を創造したり、しなかったりすることは、神のはたらきではない。</p><br><br><p>神は神の姿をかたどり、神に似せてあなたがたを創造した。</p><br><p>残りは、神が与えた力により、あなたがたが創造したのだ。</p><br><p>神は人生というプロセスと生命そのものを創造した。</p><br><p>神は、あなたがたが自由に選べる選択肢を、人生を好きなように生きる力を与えた。</p><br><br><p>その意味では、「あなたがたの意思は、あなたがたに対する神の意思である。</p><br><br>あなたの生き方を良いだの悪いだのと判断した利しない。<br>あなたの行動に、神が感心を寄せていると大きな幻想を抱いている。（第一の幻想）<br>あなたが何をしようが、私には感心がない。<br><br>神の二分法<br>プロセスについてはあまり気にせず、結果について深く懸念する。<br><br>もっとも、ある意味では、神は結果についても気にしてはいない。究極の結果は確実に決まっているから。 <br><br>第ニの幻想<br>人生結果が不確かだと思っている。<br><br>究極の結果が不確かだと思うから、あなたの最大の敵が生まれる。不安だ。結果に確信がもてないから、想像者を疑う。神を疑えば、不安と罪悪感を抱いて生きることになる。<br><br>神は意図する結果を生むだけの力を持っているのを、あなたがたは信じられない。だからあなたは神に匹敵する力を想像の中で作りだし、神の意志が曲げられる方法を探し出そうとする。そうやって、神話のなかで「悪」と呼ばれるものを作り出した。神が悪という存在と闘っていると想像し、そのうえ神がこの闘いに負ける可能性があるとまで想像した。 <br><br>あなたは幻想のなかで生き、そのために不安を感じる。すべて、神を疑おうてしたことから生じているのだ。
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<link>https://ameblo.jp/washwiper/entry-10146133249.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Oct 2008 21:20:23 +0900</pubDate>
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<title>神との対話 ﾆｰﾙ･ﾄﾞﾅﾙﾄﾞ･ｳｫﾙｼｭ</title>
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<![CDATA[ 「私たちが教えられて来た神についての真実は、あなたからきたものですか？」<br><br>今まであなたがたが教えられて来た、神についての真実、指導者、ラビ、僧侶、聖書は権威のある根拠ではない。 <br><br>権威あるものは、自分の感情。<br><br>自分の最高の考えに耳を傾けなさい。自分の経験に耳を傾けなさい。<br>教師に教えられたことや本で読んだことと違っていたら、言葉のほうをわすれなさい。 <br><br>言葉は真実の伝達手段として、一番あてにならない。<br><br>「あなたの姿を、疑いの余地のない現れ方で見たい」<br><br>私は何度も、何度も現れている。今もこうして現れている。 <br><br>私には、あなたがたが理解できるかたちも姿もない。私はどんなかたちや姿になることも出来るが、そうすれば誰もが、自分の見たかたちや姿が多くのなかの一つにすぎないとは思わず、それこそが神の唯一の姿だと思い込むだろう。<br>ひとは、「みえないもの」ではなく、見たものを私だと信じる。 <br>しかし、私は偉大なる「みえざるもの」であって、ある瞬間のかたちや姿ではない。<br>ある意味では、私ではないものすべて私なのだ。<br>私は「私でない」ところからやって来たのだし、常にそこへ戻っていく。 <br><br>神は外からわかるかたちで、あるいは外界の現象を通じて出現するのではなく、そのひとの内的体験を通じて姿を現すのだから。内的体験を通じて現れるなら、外から見える姿は必要ない。<br><br>神が啓示されていれば、神の啓示を求めるはずはない。<br><br>「欲しいものを求めることは出来ないのか？」<br><br>あなたは求めるものを手に入れられないし、欲すると言えば、まさにそのこと－－欲すること－－<br>を現実に体験することになる。<br><br>正しい祈りとは、求めたりすがったりすることでは決してなく、感謝である。<br><br>現実に体験したいと考えることを前もって感謝するというのは、願は叶うと認めること。<br><br>感謝とは神を信頼することだ。<br><br>「何かについて前もって神に感謝したのに、それが実現しなかったら？」<br><br>感謝は神をあやつる手段ではない。<br>宇宙をごまかす仕掛けではない。<br>自分の心はごまかせない。<br><br>口では感謝しますと言いながら、内心、願いが満たされていないと信じていたら、神はもちろんあなたが信じるとおりにする。<br><br>神はあなたの知っていることを知っている。 <br>あなたの知っていることは、あなたの現実になる。 
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<link>https://ameblo.jp/washwiper/entry-10145587209.html</link>
<pubDate>Tue, 30 Sep 2008 15:05:18 +0900</pubDate>
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<title>神との対話 ﾆｰﾙ･ﾄﾞﾅﾙﾄﾞ･ｳｫﾙｼｭ</title>
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<![CDATA[ わたしはすべての者に、つねに語りかけている。<br><br>問題は誰に語りかけるかではなく、誰が聞こうとするか、ではないか？<br><br>「語る」ではなく「ｺﾐｭﾆｹｰﾄ」<br>言葉には制約がある。<br>言葉はただの音にすぎない。ｼﾝﾎﾞﾙ、ｻｲﾝ、しるし。<br><br>感情を通じたｺﾐｭﾆｹｰﾄ。 <br>感情は、魂の言語だ。 <br><br>皮肉なことに、あなたがたは神の言葉ばかりを重視し、経験をないがしろにしている。 <br><br><br>わたしのﾒｯｾｰｼﾞはつねに、あなたの最高の考え、最もくもりのない言葉、最も偉大な感情である。<br>それ以外は別の源から生じている。 <br><br><br>喜び、真実、愛。<br>入れ替えることも出来るし、互いにつながりあっている。 <br><br>どのﾒｯｾｰｼﾞが私のもので、どれが他からのものかを見分ける指針がはっきりすれば、あとは私のﾒｯｾｰｼﾞに耳を傾けるかどうか、それだけだ。 <br><br>私は強制はしない。おどすこともない。 <br>私は自由な意志と選択する力をあなたがたに与えた。それを奪うことは決してない。<br><br><br>すべてのひとは特別であり、すべての時は黄金である。<br><br>自分で神のﾒｯｾｰｼﾞを聞く責任はないと思っている。特別な人が聞いていて、その人達の言っているを聞いているのだ。<br>それを聞いていれば、自分で考える必要はなくなる。 <br>大半の人が私のﾒｯｾｰｼﾞに背を向けている最大の理由はそこにある。 <br><br>だが私は今、新しいかたちのｺﾐｭﾆｹｰｼｮﾝへ、あなたを導く。この方法へ導いたのは、じつはあなたのほうだ。 <br>わたしがいま、こうしてあなたのもとを訪れたのは、あなたの呼び声に応じたからだ。 <br><br><br>神の声が間違っていると思うときには、とくに耳を傾けるべきだ。なんでも自分が正しいと思っていたら、どうして神と語る必要があるのか。 <br><br>あなたが「正しい」というのは、自分が同意したことをさす言葉だ。<br><br>前進するには、「わたしが『間違っている』と思ったすべてが本当は『正しい』としたら、どうだろう？」と自分に問うしかない。<br>すぐれた科学者は研究がうまくいかないとき、すべての前提を捨てて、一からやり直す。 <br>偉大な発見はすべて、「正しくない」ことを恐れない意志と能力によってなしとげられた。<br><br>あなたがたが自分の真実を語るのをやめなければ、私の真実をあなたがたに語ることはできない。
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<link>https://ameblo.jp/washwiper/entry-10145497462.html</link>
<pubDate>Tue, 30 Sep 2008 08:08:54 +0900</pubDate>
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