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<title>hamのブログ</title>
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<title>オルビスの説明・紹介</title>
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<![CDATA[ 大西洋のニユウフアウンドランド島の南に、其処は鱈のうんととれる処だが、殆んど八千メートル近い深さを示す処がある。世界一の高山は中央アジアにあるが、その高さは八千八百四十メートルだ。』<br>『それ等の山は、今叔父さんがお話しになつた処の水面からずつと高くつき出しますわね。そして八百五十メートルの高さの島になりますわ。』<br>『最後に、南極近くの海には一万四千メートルから一万五千メートルの深さ、或は四リイグ（凡五里）の深さを示す処がある。陸地には、何処にもそんな高さの山はない。<br>『こんな恐ろしい陥ち窪んだ処と、人の指の厚さよりも深くない海岸との間には、あらゆる中間の深さがある。或る時には、だん／＼に違つてゆき、或る時には急激に、その水底の地形に従つて違つてゐる。或る海辺では恐ろしく急に深さを増してゆく。その海岸は急斜面の頂上で、その海の水は根を波打つてゐるのだ。また他の海岸では、ほんの少しづつ深さを増して行つて、数メートルの深さの処までゆくには、ずつと遠くの方まで行かなければならない。其処の大洋の床はなだらかで、地平に従つて、極く僅かづつ傾いてゐるのだ。<br>『大洋の平均した深さは、六キロメートルから七キロメートル位だ。言葉を換へて云へば、もしもすべての海底の高低をなくして、丁度人間のつくつた水盤の底のやうに平らかにならしたら、海は、その表面を現在のまゝの広さを保つてゐる間は、六千メートルから七千メートルの深さの一様な水の層になるだらう。』<br>『僕はキロメートルなんて云ふので面喰つてしまひましたよ。』エミルがこぼしました。
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<pubDate>Wed, 24 Oct 2012 16:29:20 +0900</pubDate>
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<title>ホテルＱについて感想</title>
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<![CDATA[ その、空に浮出したような、水に沈んだような、そして幻のような、そうかと思うと、歴然と、ああ、あれが、嬰児の時から桃太郎と一所にお馴染の城か、と思って見ていると、城のその屋根の上へ、山も見えぬのに、鵺が乗って来そうな雲が、真黒な壁で上から圧附けるばかり、鉛を熔かして、むらむらと湧懸って来たろうではないか。」<br>　初阪は意気を込めて、杖をわきに挟んで云った。<br>七筋ばかり、工場の呼吸であろう、黒煙が、こう、風がないから、真直に立騰って、城の櫓の棟を巻いて、その蔽被った暗い雲の中で、末が乱れて、むらむらと崩立って、倒に高く淀川の空へ靡く。……<br>　なびくに脈を打って、七筋ながら、処々、斜めに太陽の光を浴びつつ、白泡立てて渦いた、その凄かった事と云ったら。<br>　天守の千畳敷へ打込んだ、関東勢の大砲が炎を吐いて転がる中に、淀君をはじめ、夥多の美人の、練衣、紅の袴が寸断々々に、城と一所に滅ぶる景色が、目に見える。……雲を貫く、工場の太い煙は、丈に余る黒髪が、縺れて乱れるよう、そして、倒に立ったのは、長に消えぬ人々の怨恨と見えた。<br>　大河の両岸は、細い樹の枝に、薄紫の靄が、すらすら。蒼空の下を、矢輻の晃々と光る車が、駈けてもいたのに、……水には帆の影も澄んだのに、……どうしてその時、大阪城の空ばかり暗澹として曇ったろう。<br>「ああ、あの雲だ。」<br>　と初阪は橋の北詰に、ひしひしと並んだ商人家の、軒の看板に隠れた城の櫓の、今は雲ばかりを、フト仰いだ。<br><br><a href="http://xn--k9j9bvb1732d87f.sblo.jp/">言葉つまる</a><br>
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<pubDate>Mon, 01 Oct 2012 23:12:37 +0900</pubDate>
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<title>相川始(森本亮治)について</title>
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<![CDATA[ 白鳳から天平へかけての諸仏像の壮麗さは筆紙に尽し難いものがある。まことに目もあやな景観で、その遺品だけを考えてもわずか百五六十年の間によくもこんなに多くの傑作が出来たものだと驚く外はない。いかに当時の仏像造顕そのものが国家の問題であり、又いかに造型意識そのものが直ちに信仰と倫理とにつながるものとして重大視されていたかを想見することが出来る。美は直ちに力であったのである。その美が競い立って相継いで芳香ある雰囲気を平城一円の地を中心に八方に漲 らしていたのである。<br>　夢違観音と同時代には新薬師寺の香薬師立像のような同型の美が作られていて、唐風様式の聡明な日本化が既に行われていた事を示す。<br>　最も壮観を極めるものに薬師寺金堂の薬師三尊の巨大な銅造仏がある。古事記、日本書紀の出来た頃前後の作と思われるが、その端厳にして旺盛 な仏徳発揚の力といい、比例均衡の美といい、造型技巧の完璧 さといい、更に鋳金技術の驚くべき練達といい、まったく一つの不可思議である。唐の影響はよく淘汰 され、大陸にもかかる優れた遺品は絶無である。同寺東院堂の銅造聖観音立像もこれに劣らぬ美の最もいさぎよきものである。<br>　天平盛期となるとまず東大寺三月堂の乾漆の巨像｜不空羂索観音 があり、雄偉深遠で、しかも写実の真義を極めている。写実はすべての天平仏の美の根源であって、その自然から汲み取ることの感謝とよろこびを斯 くも正しく表現している時代は少い。同じ三月堂の塑造日光｜月光 の両｜菩薩 像もその傾向を推し進めたものであり、更に戒壇院の四天王像になると聡明な頭脳と余裕ある手腕とによる悠揚せまらぬ写実の妙諦 に徹底している。<br>　又一方には興福寺の十大弟子や八部衆のような近親感の強い純写生に基く諸作もあり、写生の極まるところ行信僧都や、鑑真和上のような肖像の神品となる。<br><br><a href="http://l190ltd5.seesaa.net/">復縁する方法</a>
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<pubDate>Wed, 29 Aug 2012 18:14:07 +0900</pubDate>
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<title>逢川千歌音(桜咲百愛)について</title>
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<![CDATA[ それを攻撃する訳じゃありませんが、しかしそれだけでは人格問題じゃない。人格問題じゃないというのは――随分悪い事をして、人の金をただ取るとか、法律に触れるような事をしないまでも非道 いずるい事をしたり、種々雑多な事をやって、立派な家に這入って、自動車なんぞに乗って、そうして会って見ると寔 に調子が好くて、品 が好くて、ノッペリしている。そうして人格というものはどうかというと、余り感服 出来ない人が沢山ありましょう。それが紳士だと思ってはいけません。けれどもそういう者が紳士として通用している。つまり人格から出た品位を保っている本統 の紳士もありましょうが、人格というものを度外 に置いて、ただマナーだけを以て紳士だとして立派に通用している人の方が多いでしょう。まあ八割位はそうだろうと思います。それで文展の絵を見てどっちの方の紳士が多いかというと、人格の乏しい絵だ。人格の乏しい絵だといって、何も泥棒が絵描になっているというような訳ではない。そういう侮辱の意味じゃない。けれども尊敬した意味じゃ無論ない。大変どうも頭が――何といって宜 いか――気高 いというものがない。御覧になっても分る。気高いということは富士山や御釈迦様 や仙人などを描いて、それで気高いという訳じゃない。仮令 馬を描いても気高い。猫をかいたら――なお気高い。<br><br><a href="http://genkinews.blog.so-net.ne.jp/2012-08-16">香川真司 彼女</a>
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<pubDate>Thu, 16 Aug 2012 21:29:48 +0900</pubDate>
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<title>キャサリンハーネルへの見解</title>
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<![CDATA[ 雪江さんは襖 をしめる時に後ろからにやにやと笑った。して見ると女は同年輩でもなかなかえらいものだ。坊主に比すれば遥 かに度胸が据 わっている。ことに先刻 の無念にはらはらと流した一滴の紅涙のあとだから、このにやにやがさらに目立って見えた。<br>　雪江さんの引き込んだあとは、双方無言のまま、しばらくの間は辛防 していたが、これでは業 をするようなものだと気がついた主人はようやく口を開いた。<br>「君は何とか云ったけな」<br>「古井？　古井何とかだね。名は」<br>「古井｜武右衛門 」<br>「古井武右衛門――なるほど、だいぶ長い名だな。今の名じゃない、昔の名だ。四年生だったね」<br>「いいえ」<br>「三年生か？」<br>「いいえ、二年生です」<br>「甲の組かね」<br>「乙です」<br>「乙なら、わたしの監督だね。そうか」と主人は感心している。実はこの大頭は入学の当時から、主人の眼についているんだから、決して忘れるどころではない。のみならず、時々は夢に見るくらい感銘した頭である。しかし呑気 な主人はこの頭とこの古風な姓名とを連結して、その連結したものをまた二年乙組に連結する事が出来なかったのである。だからこの夢に見るほど感心した頭が自分の監督組の生徒であると聞いて、思わずそうかと心の裏 で手を拍 ったのである。しかしこの大きな頭の、古い名の、しかも自分の監督する生徒が何のために今頃やって来たのか頓 と推諒出来ない。元来不人望な主人の事だから、学校の生徒などは正月だろうが暮だろうがほとんど寄りついた事がない。寄りついたのは古井武右衛門君をもって嚆矢 とするくらいな珍客であるが、その来訪の主意がわからんには主人も大 に閉口しているらしい。こんな面白くない人の家 へただ遊びにくる訳もなかろうし、また辞職勧告ならもう少し昂然 と構え込みそうだし、と云って武右衛門君などが一身上の用事相談があるはずがないし、どっちから、どう考えても主人には分らない。<br><br><a href="http://jojodaisuki.blog.so-net.ne.jp/2012-08-08">大友愛　離婚</a>
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<link>https://ameblo.jp/wb1bq489/entry-11330202394.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Aug 2012 21:26:38 +0900</pubDate>
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<title>リバーサイドホテルについて感想</title>
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<![CDATA[ 草木禽獣 、どんな小さな物を描いても、どんなインシグニフィカントな物を描いても、気高いものはいくらもあります。そういうような意味の絵にはどうも欠乏し切っているのが文展である。これを逆にいうと、そういう絵を排斥しているのが文展である。こういう訳であるから、それが一列一帯にチャンと御手際だけは出来ておらないといけない。御手際が出来てない物は皆落第する――のですかどうか分らないが、とにかくそういうことを私は文展において認め、かつその文展における絵の特色と人間の特色と相対していわゆるゼントルマンに比較して考えたのであります。<br>　それからその次に或 人が外国から帰って展覧会を開いた、それを見に往きました。二人でありました。その一人の絵を見ると、油絵で西洋の色々な絵を描いている。アンプレッショニストのような絵も描いている。クラシカルな、ルーベンスなどに非常に能 く似たような絵も描いている。仏蘭西 派であるが、あれを公平に考えて見ると、彼 の人は何処 に特色があるだろう。他人 の絵を描いている。自分というものが何処にもないようですね。巧 い拙 いにかかわらず、他人の描いたようなものはいくらでも描くんですが、それじゃ自分は何所 にあるかというと、チョッと何所にあるか見えないような絵を展覧会で見せられました。その次にもう一つの外国から帰った人の絵を見た。それは品 の宜 い、大人 しい絵でした。それで誰が見ても、まあ悪感情を催さない絵でありました。私はその中の一つを買って来て家の書斎に掛けようかと思いました。が、止 しました。けれども、まあ買っても宜いとは思いました。何故買っても宜いといいますと、相当に出来ているからです。
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<link>https://ameblo.jp/wb1bq489/entry-11324428536.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Aug 2012 22:35:02 +0900</pubDate>
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<title>キャサリンハーネルへの見解</title>
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<![CDATA[ "母は兄ばかり贔屓にしていた。この兄はやに色が白くって、芝居の真似をして女形になるのが好きだった。おれを見る度にこいつはどうせ碌なものにはならないと、おやじが云った。乱暴で乱暴で行く先が案じられると母が云った。なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はない。ただ懲役に行かないで生きているばかりである。<br>　母が病気で死ぬ二三日前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨を撲って大いに痛かった。母が大層｜怒って、お前のようなものの顔は見たくないと云うから、親類へ泊りに行っていた。するととうとう死んだと云う報知が来た。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病なら、もう少し大人しくすればよかったと思って帰って来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、おれのために、おっかさんが早く死んだんだと云った。口惜しかったから、兄の横っ面を張って大変｜叱られた。<br>　母が死んでからは、おやじと兄と三人で暮していた。<br>"<br>
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<link>https://ameblo.jp/wb1bq489/entry-11314565258.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Jul 2012 03:11:16 +0900</pubDate>
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