<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>ここからもう一度</title>
<link>https://ameblo.jp/weizen908/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/weizen908/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>仕事探しの記録、一人暮らしの日常、老後への備え、ここ（地方都市）での暮らしについて綴っています。 同じように不安や悩みを抱えながら頑張っている方に、「ひとりじゃない」と感じてもらえたら嬉しいです。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>「ここしかない」と思って応募した私が気づいた、 本当に大切なこと</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260705/22/weizen908/97/12/p/o1536102415799740503.png"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260705/22/weizen908/97/12/p/o1536102415799740503.png" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>60代になって仕事を探していると、ときどきこんな気持ちになります。</p><p>「この年齢で応募できるだけでもありがたい。」<br>「仕事を紹介してもらえるだけで感謝しなければ。」</p><p>そんな気持ちから、本当は少し迷っている求人にも応募してしまったことがありました。<br>紹介してくださる相談員さんへの感謝はもちろんあります。私の年齢や経験を考え、一生懸命探してくださっていることも分かっています。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも今振り返ると、私は大切なことを忘れていました。それは、「自分は本当にその仕事をしたいと思っているのか」という、自分自身への問いかけです。</p><p>今回は、60代の就職活動を通してわたしが気づいたことを書いてみたいと思います。</p><p>同じように仕事を探している方の、少しでも参考になればうれしいです。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><b style="font-weight:bold;">「60代なら、このあたりでしょうか」</b></span></p><p>ハローワークへ通い始めたころの私は、とにかく焦っていました。契約満了が近づき、「次の仕事を決めなければ」という気持ちばかりが大きくなっていたのです。</p><p>相談員さんは、求人票を見ながら何件も紹介してくださいました。その中には「事務職だから経験が生かせそう」と思える仕事もあれば、「自分にできるだろうか」と不安になる仕事もありました。</p><p>&nbsp;</p><p>ある日、相談員さんが少し間を置いてからこうおっしゃいました。</p><p>「60代でしたら、この求人はいかがでしょう」と。<br>悪意はなく、むしろ、私のことを思って選んでくださったのだとわかっています。</p><p>でも、その瞬間からわたしの心の中に、「60代だから、選べる仕事は限られているんだ」という思い込みが生まれてしまいました。</p><p>窓口の椅子に座りながら、求人票をじっと見つめて、「ここしかないのかもしれない」と、自分で自分を納得させようとしていました。今思えば、あのときすでに、心のどこかに無理が生じていたのだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><b style="font-weight:bold;">断ることが申し訳なく感じてしまった</b></span></p><p>紹介していただいた求人を見るたびに、「ありがとうございます」と受け取りました。</p><p>相談員さんが時間をかけて探してくださったのですから、「興味がありません」と言うのが申し訳なく感じたのです。</p><p>「せっかく紹介してくださったのだから。」<br>「断るのは失礼かもしれない。」</p><p>&nbsp;</p><p>本当は、小さな引っかかりがありました。仕事内容だったり、通勤時間だったり、勤務条件だったり。</p><p>「毎日続けられるかな」という、小さいけれど確かな不安が胸の奥にあったのです。</p><p>特に気になったのは通勤のことでした。片道1時間以上かかる職場で、しかも乗り換えが2回ある。</p><p>「若いころなら気にならなかったかもしれないけれど、今の自分に毎日続けられるだろうか」と思いながら、それでも求人票を手に取りました。「毎日のことだから」という不安に、「でも贅沢は言っていられない」という言葉でふたをして。<br>今振り返ると、あの小さな迷いこそが、自分の本音だったのだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><b style="font-weight:bold;">「働きたい」ではなく、「働かなければ」</b></span></p><p>履歴書を書きました。職務経歴書も何度も見直しました。</p><p>志望動機も考えました。それでも、書きながらどこか違和感がありました。</p><p>「この仕事をしたい。」<br>ではなく、<br>「仕事を見つけなければ。」<br>という焦りのほうが大きかったのです。</p><p>もちろん、生活のために働くことは大切です。収入も必要です。でも、「働かなければ」という気持ちだけでは、志望動機に自分の言葉がなかなか乗ってこないのです。</p><p>&nbsp;</p><p>志望動機の欄を何度書き直しても、どこか嘘っぽい文章になってしまう。</p><p>「御社の〇〇という点に魅力を感じ…」と書いてみるけれど、自分でも「本当にそう思っているのかな」と感じてしまう。</p><p>夜中にノートを広げて、「なぜこの会社で働きたいのか」と自分に問いかけながら、うまく言葉が出てこなくて。<br>それ自体が、答えだったのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>あとから振り返ると、面接でも同じだったように思います。<br>質問には答えていました。笑顔も心掛けていました。<br>でも「この職場で働きたい」という思いは、十分に伝えられていなかったのかもしれません。<br>面接官は、経験だけではなく、その人の気持ちも見ているのだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><b style="font-weight:bold;">不採用になって初めて気づいたこと</b></span></p><p>結果は不採用でした。最初は「やっぱり60代だからかな」と思いました。</p><p>もちろん、それも理由のひとつだったかもしれません。</p><p>不採用の通知が届いた夜、しばらくスマホを手に持ったまま、何もできずにいました。<br>「やっぱりそうか」という気持ちと、「どうすればよかったんだろう」という気持ちが入り混じって。<br>お茶を一杯いれて、ぼんやりと窓の外を見ながら、ふとこんなことを思いました。</p><p>「もし採用されていたら、わたしは毎朝笑顔で通えていたんだろうか」と。</p><p>その問いに、すぐには「はい」と答えられなかった自分に気づいて、納得しました。</p><p>&nbsp;</p><p>時間が経つにつれて、不採用だったことが「失敗」ではなく、「自分の気持ちを見つめ直す機会」だったように思えてきました。あの結果がなければ、わたしは自分の本音に向き合わないまま、次の求人をまた焦って探し続けていたかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><b style="font-weight:bold;">「譲れない条件」は、わがままではない</b></span></p><p>私はずっと、「60代なのだから仕事を選んではいけない」と思っていました。</p><p>採用してもらえるだけでもありがたい、そんな気持ちが強かったのです。<br>でも、ある日ふと考えました。</p><p>もし採用されたとして、その仕事を何年も続けられるだろうか。<br>毎朝、「今日も頑張ろう」と思って家を出られるだろうか。</p><p>答えはすぐには出ませんでした。けれど、ひとつだけ分かったことがあります。</p><p>それは、自分の中に「譲れない条件」があるということでした。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.4em;">わたしが大切にしたかったこと</span></b></p><p>これまでの事務職の経験を生かせること</p><p>無理なく通勤できること</p><p>できれば長く働ける環境であること</p><p>職場の雰囲気が自分に合いそうだと感じられること</p><p>&nbsp;</p><p>人によって大切にしたいことは違います。収入を優先する人もいれば、休日を重視する人もいます。</p><p>それでいいのだと思います。自分が大切にしたいものを優先することは、決して贅沢でも、わがままでもありません。</p><p>むしろ、長く、気持ちよく働くためには必要なことなのだと気づきました。</p><p>&nbsp;</p><p>「譲れない条件」を紙に書き出してみたのは、不採用から数日後のことでした。</p><p>箇条書きで書いていくと、意外とすっきりと言葉にできました。</p><p>「これが出てくるということは、ずっと前から心の中にあったんだな」と思いました。<br>書き出すことで、自分が何を大切にしているのか、初めて輪郭がはっきりした気がしました。<br>それからは、求人票の見方が少し変わりました。「採用してもらえそうか」より先に、「ここなら毎日通えそうか」と考えるようになったのです。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><b style="font-weight:bold;">焦っていると、自分の声が聞こえなくなる</b></span></p><p>就職活動をしていると、どうしても焦ります。<br>特に60代になると、「年齢のことを考えると早く決めなければ」という気持ちが強くなります。<br>わたしもそうでした。求人を見つけると、「このチャンスを逃したら次はないかもしれない」と思っていました。</p><p>でも、焦っているときほど、自分の本当の気持ちは見えなくなります。<br>「本当にこの仕事をしたいの？」「毎日笑顔で通えそう？」——そんな問いかけをする余裕もなく、「応募しなければ」という気持ちだけが先に走ってしまうのです。<br>&nbsp;</p><p>焦りのピークだったころ、ある日の朝、求人サイトを眺めながら「これも応募しようかな」と思った瞬間がありました。<br>正直、仕事内容をちゃんと読んでいなかった。<br>「60代でも応募可」という文字だけが目に飛び込んできて、それだけで手が動きそうになっていた。はっとして、一度スマホを置きました。<br>深呼吸して、もう一度求人票を読み直すと、「あ、これはわたしには合わないかもしれない」と気づいた。<br>焦りは、判断力まで曇らせてしまうんだと、あのとき実感しました。</p><p>今なら、応募ボタンを押す前に一度だけ立ち止まろうと思います。そして、自分の心に聞いてみます。「わたしは、この仕事にワクワクしているかな」と。<br>その答えが「はい」なら、自信を持って応募できます。もし迷いがあるなら、その理由をもう少し時間をかけて考えてみてもいいのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.4em;">不採用は、自分を否定されたわけではない</span></b></p><p>就職活動をしていると、不採用通知は本当にこたえます。何度経験しても慣れるものではありません。</p><p>「やっぱり年齢かな」「経験が足りなかったのかな」そんなことばかり考えてしまいます。</p><p>でも今は、不採用は「あなたには価値がありません」という通知ではないと思えるようになりました。企業にも事情があります。求める経験や働き方があります。タイミングもあります。そして、自分にも「合う職場」と「合わない職場」があります。</p><p>ある求人に落ちた後、気持ちを切り替えようと思って近所を少し歩きました。公園のベンチに座って、「もし採用されていたら、どんな毎日だったかな」と想像してみた。<br>片道1時間以上の満員電車、慣れない環境、気候が厳しい季節も毎日通う自分の姿……。<br>想像しているうちに、「もしかしたら、縁がなくてよかったのかもしれない」という気持ちが、ふわりと浮かんできました。<br>不採用は終わりではなく、「この道ではなかった」という、道案内だったのかもしれない。そう思えたら、少し肩が軽くなりました。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><b style="font-weight:bold;">60代だからこそ、自分を大切にしたい</b></span></p><p>20代や30代なら、「経験のため」と頑張れることもあるでしょう。<br>でも、60代のわたしには、これからの時間はとても貴重です。<br>だからこそ、「どこでもいいから働く」のではなく、「ここで働きたい」と思える場所を探したい。そう思うようになりました。</p><p><br>もちろん、現実は甘くありません。希望どおりの求人ばかりではないし、年齢の壁を感じることもあります。<br>それでも、自分の気持ちまで諦めてしまったら、毎日が苦しくなってしまいます。仕事は生活のためでもありますが、人生の大切な時間でもあります。だから私は、自分の心を置き去りにしてまで仕事を決めたくないと思うようになりました。<br>&nbsp;</p><p>同世代の友人が、「条件はあまりよくないけれど、人が良さそうだったから」という理由で職場を選んで、生き生きと働いている姿を見たことがあります。「収入はそこそこだけれど、毎朝行くのが楽しみなの」と話す彼女の顔は、本当に明るかったのです。好条件だけれど行くのが憂鬱な職場と、条件は普通だけれど気持ちよく通える職場、どちらが豊かな時間か——答えはひとつではないかもしれないけれど、その友人の笑顔を見ながら、「自分が大切にしたいものを軸に選ぶことの大切さ」を改めて感じました。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><b style="font-weight:bold;">「選ぶ勇気」も大切な就職活動</b></span></p><p>以前の私は、「応募する勇気」が大切だと思っていました。</p><p>でも今は、それと同じくらい「選ばない勇気」も必要だと感じています。<br>&nbsp;</p><p>こんな理由だけで応募していませんか？</p><p>紹介されたから、断りづらくて応募する</p><p>年齢を理由に、迷いながらも妥協して応募する</p><p>「ここしかない」と思い込んで、自分の気持ちに目をつぶる<br>&nbsp;</p><p>相談員さんが紹介してくださる求人は、どれも善意からのものです。だからこそ、感謝の気持ちは忘れたくありません。<br>そのうえで、「今回は見送ります」「もう少し自分に合う仕事を探したいです」と伝えることは、決して失礼ではないと思います。</p><p><br>就職活動は、「採用されること」がゴールではありません。</p><p>自分らしく、安心して働ける場所に出会うこと。<br>それが本当のゴールではないでしょうか。<br>&nbsp;</p><p>わたしはまだ、そのゴールに向かって歩いている途中です。迷う日もあります。不安になる日もあります。「また落ちてしまった」と布団の中で落ち込む夜もあります。それでも、自分の気持ちに正直でいたいと思っています。<br>&nbsp;</p><p>もし今この記事を読んでくださっているあなたも、同じように就職活動で悩んでいるなら、ひとつだけお伝えしたいことがあります。</p><p>どうか、「60代だから」と、自分の気持ちまであきらめないでください。<br><br>あなたが大切にしたい働き方は、あなた自身が決めていいのです。<br><br>遠回りに思える道が、実は自分に合った職場へ続く一番の近道なのかもしれません。</p><p>最後まで読んでくださり、ありがとうございます。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/weizen908/entry-12971823443.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Jul 2026 22:30:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>実家の片付けは生前整理のはじまりだった　老親と一緒にやってよかったこと</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260703/12/weizen908/3b/34/p/o1536102415798890519.png"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260703/12/weizen908/3b/34/p/o1536102415798890519.png" width="420"></a><!-- wp:heading --></p><h2>通販好きな母のすごい部屋</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>実家に帰るたびに、私はひそかに覚悟を決める。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>玄関を開けた瞬間から、すでに「もの」がある。靴箱の上、廊下の隅、リビングのソファの片隅。母はとにかく通販が好きで、テレビショッピングを見ながら「これはいい」と思ったらすぐ電話する人だった。インターネット通販が普及してからは、さらに拍車がかかった。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>問題は、買ったはいいが「思っていたのと違う」となっても、返品しないことだ。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「足が痛くて、返品の手続きが面倒なのよ」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>確かに、足腰の弱った高齢者には宅配便の集荷依頼も一苦労かもしれない。でも正直に言えば、面倒なのは気持ちの上でも同じなのだと思う。「返品するほどでもないか」という曖昧な妥協が積み重なって、使わないものが静かに増えていく。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>リビングの棚には、箱すら開けていない調理器具。クローゼットには、タグがついたまま袖を通していない洋服。「いつか使う」「誰かにあげるかも」という理由で、どんどん棚や押し入れが埋まっていく。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>「高かったから」という魔法の呪文</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>片付けを手伝おうとすると、必ず出てくる言葉がある。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「それ、高かったのよ」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>母にとって、値段はものの価値そのものだ。「高かった」という事実が、そのものを今後も持ち続ける理由になる。使っていなくても、気に入っていなくても、「高かった」から処分できない。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>タンスの引き出しを開けると、昭和のデパートで買ったような柄の服が出てくる。流行が一周して戻ってくるどころか、二周も三周もしてしまったような代物だ。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「お母さん、これ着る？」 「着ないけど、捨てるのはもったいない」 「じゃあ誰かにあげる？」 「誰にあげるの。こんな年寄りの服、誰も着ないでしょう」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>正論だ。でも捨てない。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>結局、その服は押し入れに戻される。私は苦笑いをしながら次の引き出しを開ける。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:html --></p><p><!-- /wp:html --><!-- wp:heading --></p><h2>娘に送りつけていた時代</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>少し前まで、母には独自の「断捨離」の方法があった。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>自分がいらないと思ったものを、私に送ってくるのだ。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>段ボール箱に詰め込んで、宅配便で。中身は予告なし。「送ったから」という電話一本で完結する。開けてみると、年代物のタッパー、一度も使っていない台所用品、趣味が合わない置物……。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私の部屋も広くはない。「いただきもの」だという罪悪感と戦いながら、静かに処分するしかなかった。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「お母さん、私がいらないものは私もいらないよ」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一度そう言ったことがある。母は少し黙ってから、こう言った。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「でも、あなたの役に立つかと思って」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>悪意はゼロだ。むしろ善意の塊だ。自分にとって不要なものでも、娘の生活に役立つかもしれないという発想。そしてその荷物を送ることで、「娘の役に立った」という満足感を得ていたのだろう。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>言葉にすると少し切ない。でも、これも愛情の一形態なのかもしれないと今は思う。足腰が弱くてなかなか会いに来られないぶん、荷物を送ることで「つながっている」感覚があったのかもしれない。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ただ、その送り物攻撃も、いつからかパタリと止まった。体力が落ちて、荷造りや発送の手間が難しくなったのだ。親の老いはこういうところからも見えてくる。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>フリマアプリが母を変えた</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>転機は、私が何気なく提案したひと言だった。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「フリマアプリって知ってる？　写真撮って値段つけたら、ネットで売れるんだよ」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>母は半信半疑だった。「私にそんなの使えないわよ」と最初は首を横に振った。でも、「私が手伝うよ」と言ったら、少しだけ表情が変わった。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>試しに、使っていない台所用品を一点出品してみた。値段をつけるのも、説明文を書くのも、写真を撮るのも、私が全部やった。母はただ「これ売っていいよ」と言うだけでいい。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>数日後、それが売れた。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「え、本当に売れたの？」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>母の顔に、驚きと小さな喜びが浮かんだ。捨てるしかないと思っていたものが、誰かの手に渡って、しかもお金になった。その感覚が、何かを解き放ったのだと思う。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「捨てるのはもったいない。でも誰かが使ってくれるなら」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その言葉が、少しずつ母の行動を変えていった。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>二階がまるまる一部屋、空になった日</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>フリマアプリで最初の売り上げが入ってから、母は少しずつ仕分けを始めた。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「これはどう？　売れると思う？」 「これはもういらない」 「この服、誰かが着てくれるかしら」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>最初はおっかなびっくりだったのが、だんだん自分でペースを作るようになった。売れないものは廃棄に回すようになり、出品が増えるにつれ、床が少しずつ広くなっていった。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そして、帰省のたびに変わっていく実家の景色に、私は驚かされ続けた。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>物置と化していた二階の一室。ここには長年、誰も手をつけられなかった荷物が積み重なっていた。家具、段ボール、趣味の道具、正体不明の箱たち。母も「あそこはもう無理」と半ば諦めていた場所だ。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それがある日、がらんとした空き部屋になっていた。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「お母さん、ここ……」 「やっと片付いた。すっきりしたでしょう」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>母は誇らしそうに言った。自分ひとりでやりきったわけではなく、私が来るたびに少しずつ一緒に進めてきたのだが、それでもこれは母の決断の積み重ねだ。何を手放すか、何を残すか、それを選んだのは母自身だ。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>空になった部屋に立って、私は不思議な気持ちになった。嬉しいとか悲しいとか、そういう単純な感情ではなく、もっとひっそりとした、でも確かな充足感。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>奥底から出てきたもの</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>片付けをしていると、思わぬものが出てくる。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>あるときは、父が若い頃に買ったらしい万年筆が出てきた。父が亡くなってずいぶん経つが、「お父さん、こんなの持ってたの？」と母が呟いた声が忘れられない。使えるかどうかわからないけれど、大切にとっておくことになった。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>またあるときは、私が子どもの頃に描いた絵が出てきた。クレヨンで描いた家族の絵、ひどい出来栄えだが、裏に母の字で日付が書いてあった。捨てられなかったんだな、と思ったら、なんだかむず痒いような気持ちになった。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>古い写真も、手紙も、子どもたちが作った工作も。引き出しの奥から、記憶の欠片が次々と出てくる。片付けというのは、ものを整理するだけでなく、過去と対話する作業でもある。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だから、元気なうちにやるべきなのだ。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>本人が「これはいる」「これはいらない」と言えるうちに。思い出の品を前にして、笑ったり、懐かしんだりできるうちに。それを一緒にできるのが、今のこの時間だと思う。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>もし亡くなってから片付けていたら、一枚一枚の意味もわからないまま、作業的に処分するしかなかった。それを思うと、今こうして母と一緒に整理できることが、ありがたいとさえ感じる。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>実家の片付けは、自分の断捨離でもあった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>母の家を片付けながら、気づいたことがある。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私自身も、相当なものを抱えているということだ。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「捨てられない」というのは、年齢や世代の問題ではない。母を見て苦笑いしながら、同時に自分の部屋の押し入れが頭をよぎる。何年も着ていない服、使っていないガジェット、「いつか読む」と積み上げた本たち。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>母の「高かったから捨てられない」は、私の「もったいないから捨てられない」と本質的には同じだ。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ものには、過去の自分の選択が詰まっている。それを手放すということは、その選択を否定するように感じてしまう。だから捨てられない。でも本当は、あの頃の自分を否定しているのではなく、ただ「今の自分には必要ない」と認めるだけでいい。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>母の片付けを手伝いながら、私は自分に対してもそのことを言い聞かせるようになった。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>実家に帰った帰り道、私はいつも少しだけ部屋の引き出しを開ける。そして、「これ、まだいる？」と自分に問いかける。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>片付けは、愛情の最後の贈り物かもしれない</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>老いた親がひとりで片付けをするのは、体力的にも精神的にも大変だ。足腰が弱ければ、高いところのものを下ろすだけでも一仕事になる。ひとりで過去の品々と向き合うのは、孤独でもある。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だから、できるなら一緒にやりたいと思う。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「また今度でいい」と先延ばしにしがちだけれど、「今度」がいつまで続くかは誰にもわからない。親が元気でいられる時間は、思っているよりも短いかもしれない。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>フリマアプリで売れたお金は、母のちょっとしたお小遣いになっている。「これで何か買おうかしら」と嬉しそうにしている顔を見ると、やってよかったと思う。ものを手放すことが、マイナスではなく新しい何かにつながっている感覚。それが、片付けを続ける力になっているようだ。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>空になった二階の部屋を見るたびに思う。ものを手放すことは、空間を取り戻すことだ。そして空間が生まれると、気持ちまで少し軽くなる。それは母にとっても、私にとっても、同じだったみたいだ。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>捨てることは、失うことではない。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>次に来るものに、場所を空けること。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>母の家の片付けは、まだ続いている。次に帰省したとき、また少しどこかが変わっているだろう。それがいまは、楽しみのひとつになっている。</p><p><!-- /wp:paragraph --></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/weizen908/entry-12971567220.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Jul 2026 12:43:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>結果だけで自分を責めない</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260703/12/weizen908/f3/e1/p/o1536102415798890955.png"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260703/12/weizen908/f3/e1/p/o1536102415798890955.png" width="420"></a><!-- wp:paragraph --></p><p>－本田圭佑さんの言葉が、60代の私の心にも響いたー</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>「負けた……」その瞬間、胸がいっぱいになった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>2026年ワールドカップ、決勝トーナメント。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>日本代表は、優勝候補とまで言われていたブラジルを相手に、最後まで堂々と戦い抜きました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>結果は1対2。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>試合終了の笛が鳴った瞬間、テレビの前で思わず肩を落としてしまいました。「あと少しだったのに」という悔しさが込み上げてきたのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>きっと同じ気持ちで画面を見つめていた方が、日本中にたくさんいらっしゃったのではないでしょうか。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>世界最強クラスと言われるブラジルを相手に、日本は決してひるみませんでした。何度もチャンスを作り、守備でも粘り強く食らいついていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だからこそ、「惜しかった」という思いで胸がいっぱいになったのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その試合をNHK BSで解説していたのが、本田圭佑さんでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>試合中は「ワオ！」「マルキーニョス、うざいって！」といった、本田さんらしい飾らない言葉が次々と飛び出して、思わず笑ってしまった方も多かったと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、私が本当に心を動かされたのは、試合が終わったあとに語られた言葉でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>思わず笑ってしまう「本田語録」</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>その話に入る前に、少しだけ本田さんの解説そのものについて触れさせてください。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今回のブラジル戦では、本田さんらしい言葉がたくさん飛び出しました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「1にワオ、2にワオ、3にワオ。」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「マルキーニョス、うざいって！」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「血圧が上がってるかもしれないです。」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>テレビの前で、思わずクスッと笑ってしまった方もいるのではないでしょうか。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、これはただ面白いだけの言葉ではないと思うのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>たとえば「マルキーニョス、うざいって！」という一言。これは決して相手選手を悪く言っているわけではありません。それほど守備がうまく、攻撃する側からすれば本当にやりにくい、嫌な存在だということを、本田さんらしい言葉で伝えていたのだと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>難しい専門用語をたくさん並べられるよりも、こういう言葉の方が、ずっと心にすっと入ってきます。サッカーに詳しくない私のような者でも、「なるほど、それほどすごい選手なんだ」と、自然に理解できるのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>専門的な知識を持ちながら、誰にでもわかる言葉で語れる。それも、本田さんの大きな魅力なのだと感じています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>「負けたから全部ダメ」ではない</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>そして、試合後の解説です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>本田さんは、まずこう話しました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「負けは負け。結果がすべて」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>勝負の世界ですから、それは紛れもない事実です。本田さん自身、現役時代に世界の舞台で、勝つ喜びも負ける悔しさも経験してきた方です。だからこそ、結果を軽んじるようなことは言いません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、そのあとに続けた言葉が、私の心に深く残りました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「負けたからダメだった、という話だけではない。感情的にならず、冷静に分析したい」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>この言葉を聞いたとき、思わず「そうだよなあ」と、一人で頷いてしまいました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私たちは、何かに失敗すると、つい、その一回だけで自分のすべてを否定してしまいがちです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>仕事でもそうです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>面接に落ちれば、「自分はもう必要とされていないんだ」と思ってしまう。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>挑戦して結果が出なければ、「やっぱり自分には無理だったんだ」と決めつけてしまう。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、本当にそうでしょうか。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今回の日本代表は、長い時間をかけて、安定した戦いができるチームへと成長してきました。強豪国と互角に渡り合える力を、コツコツと積み上げてきたからこそ、あのブラジルをあそこまで苦しめることができたのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その積み重ねまで、「負けたから全部ダメだった」と切り捨ててしまうのは、あまりにもったいないことだと思いました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>選手は誰よりも一番悔しい</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>試合が終わると、私たち見ている側は、つい「あそこでシュートが決まっていれば」「あの失点さえなければ」と言いたくなってしまいます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、そんなことは、選手自身が誰よりもよくわかっているはずです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ピッチに立って、全力を尽くしていたのは選手たちです。誰よりも悔しい思いをしているのは、紛れもなく彼ら自身です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だからこそ、本田さんは「感情ではなく、冷静に見てほしい」と語りかけたのだと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>もちろん、反省すべき点はあるでしょう。改善すべき課題もあるはずです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、それと同じくらい、ここまで成長してきたことも、ちゃんと認めてあげたい。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ブラジルを相手に、ここまで戦い抜けたこと自体が、日本サッカーにとって決して小さな成果ではないはずです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>応援する私たちの方にも、結果だけでなく「成長を見つける目」が必要なのかもしれない。<br>そんなふうに思いました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>私も就職活動で何度も落ち込んできました</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>実は、本田さんのこの言葉を聞きながら、私は自分自身の仕事探しのことを思い出していました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代になってから仕事を探すというのは、決して簡単なことではありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>応募しても、返事が来ないことがあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>書類選考で、あっさり落ちてしまうこともあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>面接まで進んでも、その先の採用には至らないことも、何度もありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そういう経験を重ねるたびに、「もう年齢のせいなのかな」「自分はもう必要とされていないのかもしれない」と、気持ちが沈んでいく日が正直何度もありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>不採用通知を受け取り、しばらく動けなくなったこともあります。<br>封筒を開けた瞬間、すべてを否定されたような気持ちになって、その日一日、何もする気が起きなくなることもありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、こうして振り返ってみると、私は何もしてこなかったわけでは、決してなかったのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>履歴書を何度も書き直しました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>職務経歴書の表現を、自分なりに工夫し続けました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>パソコンのスキルを学び直しました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>これまで挑戦したことのない職種にも、思い切って応募してみました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>結果だけを見れば「不採用」が並んでいます。確かにそうです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、その過程まで、まるごと失敗だったとは、私はどうしても思いたくないのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>日本代表が積み重ねてきた、何年にも及ぶ努力と比べることはできません。スケールはまったく違います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、「結果が出なくても、努力は次へとつながっている」という、その一点だけは、同じなのではないかと思うのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>本田さんだからこそ、伝えられる言葉だった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>本田圭佑さんは、誰よりもワールドカップという舞台を知っている方です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>選手として世界を相手に戦い、勝つ喜びも、負ける悔しさも、骨の髄まで経験してきました。だからこそ、感情だけで語ることをしないのだと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>試合前にも、本田さんはブラジルの強さを冷静に分析していました。「一つのミスが、すぐに失点につながる」「攻撃は最後までやり切ることが大切」と語っていたのを覚えています。実際、その分析どおりの、緊張感あふれる試合展開になりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>経験を積み重ねてきた人の言葉には、確かな重みがあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だから私は、「結果だけで判断しない」という本田さんの言葉が、サッカーの世界だけにとどまらず、私たちの日常の生き方にも、そのまま通じるものだと感じたのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>私たちも「結果だけ」で自分を評価していないか</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>私たちは、毎日のように何かしらの結果を求められています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>仕事の成果。家事の出来。人間関係がうまくいっているか。子育ての結果。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>思うようにいかなかった日は、「今日の自分はダメだった」と、つい自分を責めてしまいます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私自身、一人暮らしをしながら仕事を探していると、一日中誰とも話さず、求人サイトを眺めながらため息をつくだけの日があります。そんな日の夜は、決まって自己嫌悪に陥っていました。「今日も何も進まなかった」「私は何をやっているんだろう」と。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、一日だけで人生が決まるわけではありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一回の失敗だけで、その人の価値がすべてなくなるわけでもありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今日できなかったことが、明日できるようになるかもしれない。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>日本代表が、長い年月をかけて少しずつ力をつけてきたように、人もまた、ゆっくりと、けれど確かに成長していくものなのだと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だから私は、本田さんのこの言葉を、サッカーの話だけではないと思いました。<br>私たちの人生にも、そのまま当てはまる、大切な考え方だと思ったからです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>「結果」ではなく「積み重ね」を見る</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>私たちは、つい誰かと自分を比べてしまいます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「あの人は、もう次の仕事が決まったらしい」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「あの人は、いつも前向きで、うまくいっているように見える」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんなふうに思ってしまうことが、私にも何度もあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、その方がそこへたどり着くまでに、どれだけの努力を積み重ねてきたのかは、外からは見えません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>結果だけを見比べてしまうと、自分だけが取り残されているような、置いていかれているような気持ちになってしまいます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>けれど、本当に大切なのは、毎日の小さな積み重ねの方なのだと思うのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一歩でも前に進めたなら、それは立派な成長です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>すぐに結果が出なくても、続けていくことで、少しずつ景色は変わっていきます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今回の日本代表の戦いは、そのことを、私たちに静かに教えてくれたような気がしています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>まとめ｜負けても前へ進める人でありたい</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>ブラジル戦は負けました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それでも日本代表は、世界の強豪と互角に渡り合えるところまで、確かに成長していました。それは紛れもない事実です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>本田圭佑さんは、敗戦の直後だったからこそ、「感情的にならず、冷静に見よう」と私たちに呼びかけました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その言葉は、サッカーだけにとどまらず、私たちの日々の暮らしにも、そのまま当てはまるものだと感じています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>失敗した日があってもいい。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>思うようにいかないことがあってもいい。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>大切なのは、その経験から何を学び、それを次にどう活かしていくかです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私も60代になり、「もう遅いのかもしれない」と思ってしまう瞬間が、正直あります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それでも、小さな挑戦を続けています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ブログを書き、求人に応募し、新しいことを少しずつ学んでいます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>結果がすぐに出なくても、その積み重ねは、きっと未来のどこかにつながっていると、今は信じています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今回のブラジル戦は、日本代表だけでなく、一人暮らしで仕事を探し続ける、私自身の背中も、そっと押してくれた試合でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>結果だけで、自分を責めない。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>うまくいかない日があっても、立ち止まらず、少しずつ前へ進む。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんな生き方を、これからも大切にしていきたいと思っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/weizen908/entry-12971567424.html</link>
<pubDate>Tue, 30 Jun 2026 12:47:05 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>「お金がない」より怖いと思うこと</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260703/12/weizen908/bb/fe/p/o1536102415798889014.png"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260703/12/weizen908/bb/fe/p/o1536102415798889014.png" width="420"></a><!-- wp:paragraph --></p><p>ー60代の私が本当に不安なのは、お金以外の３つでしたー</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>老後のお金のことばかり考えていた、ある夜のこと</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代になってから、「老後のお金」という言葉を目にしない日がありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>テレビをつければ年金の特集。新聞を開けば物価高の記事。インターネットを開けば「老後資金は2,000万円必要」「今すぐ資産運用を始めましょう」という広告が次々と流れてきます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そのたびに、私は小さなため息をついていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「そんなに貯金がある人ばかりじゃないのに」と。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私は資産もなく、まとまった財産があるわけでもありません。今も仕事を探しながら、一人で暮らしています。スーパーでは値引きシールを探し、電気代が気になる日はエアコンを少し我慢してサーキュレーターで過ごす。お金の不安は、いつも頭のどこかにあるのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ある夜のことです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>外から帰って、夕食を用意し、一人で食べました。テレビではバラエティ番組が流れていて、誰かが笑っている声は聞こえます。でも部屋の中は人の声がするわけでもなく、静かでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>食器を片付けながら、ふと考えました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>「今日、私は誰と話したかな？」</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>朝、コンビニのレジで「ありがとうございます」と言っただけ。仕事に行っていない今は、起きてから寝るまで、一言も声を出さない日だってあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その瞬間、胸の奥が苦しくなりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「もしかして私は、お金がないことよりも、もっと怖いものを抱えているんじゃないだろうか」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>しばらく考えました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>自分が本当に不安なのは、何なのか。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>答えはすぐに出てきました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私が本当に怖かったのは、<strong>孤独になること、病気になること、働けなくなること</strong>、この3つでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>お金より怖いと思ったこと①「孤独になること」</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:heading {"level":4} --></p><h4>一人暮らしと孤独は、同じではありません</h4><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>私は一人暮らしを続けています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>若い頃は、一人の時間が好きでした。好きな時間に起きて、好きなものを食べて、誰にも気を遣わず自分のペースで過ごせる。その自由さが心地よかったのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも60代になると、「一人でいること」の意味が、少しずつ変わってきた気がします。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>働いていた頃は、毎日職場に行けば必ず誰かと話せました。「おはようございます」「お疲れさまです」というだけの会話でも、誰かとつながっている感覚がありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも仕事を辞めると、その毎日がなくなります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>朝起きても、「おはよう」と言う相手がいない。一日が終わっても、「お疲れさま」と言ってくれる人がいない。それがこんなに心細いものだとは、辞めるまで想像していませんでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading {"level":4} --></p><h4>友人との距離も、少しずつ変わっていった</h4><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>以前は「来月ランチしようね」と気軽に言い合えた友人も、60代になると、それぞれに事情が生まれてきます。私の場合は移住したので、学生時代の友人ともなかなか会うことができません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ある日、久しぶりに学生時代からの友人に電話をしました。「最近どう？」と聞くと、「元気なんだけどね、膝が悪くてなかなか外に出られないの」という返事でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>別の友人は、お母さんの介護が始まって、自由に動ける時間がほとんどなくなったと言っていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>みんなそれぞれ、自分の人生を一生懸命生きています。だから仕方がないのですが、気がつけば「気軽に会える友人」が、ずいぶん少なくなっていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>孤独は、突然やってくるものではありません。静かに、少しずつ、近づいてくるものなのだと、このとき初めて実感しました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading {"level":4} --></p><h4>お金では買えないものがある、ということ</h4><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>もちろん、お金は大切です。生きていくためには必要なものです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、お金があれば孤独がなくなるわけではありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>豪華なレストランで一人で食事するより、簡単なおにぎりでも誰かと「おいしいね」と言いながら食べる方が、ずっと幸せだと思う。高価な旅行より、「また一緒に行こうね」と言える相手がいることの方が、よほど豊かだと感じる。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代になって、そういうことがわかってきた気がします。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading {"level":4} --></p><h4>私が始めた小さな習慣</h4><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>だからこそ最近は、人とのつながりを意識するようにしています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>近所の方に会ったとき、笑顔で挨拶する。スーパーのレジで「ありがとうございます」を丁寧に伝える。お隣さんと、ちょっとした世間話をする。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>特別なことは何もありません。でも、こういう小さなつながりを積み重ねていくことが、一人暮らしの毎日をほんの少し、あたたかいものにしてくれるような気がしています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>このブログを書いていると、「私も同じ気持ちです」「読んで元気が出ました」というコメントをいただくことがあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>画面の向こうに、同じように悩みながら生きている方がいる。それだけで、不思議と胸が温かくなります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>孤独を感じることは、恥ずかしいことでも、弱いことでもありません。ただ、孤独のまま終わらないことが、60代の自分を守ることになるのではないかと思っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>お金より怖いと思ったこと②「病気になること」</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:heading {"level":4} --></p><h4>健康は、失って初めてわかるものでした</h4><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>若い頃の私は、健康についてあまり意識していませんでした。<br>夜更かしをしても翌日には元気。少しくらい無理をしても、どこかで取り返せる。そんな感覚がありました。<br><br>その過信のせいか、大きな病を得、人生設計が大きく変わりました。<br>その後は健康に気を遣うようにはなりましたが、時すでに遅し。<br><br>60代になると、疲れが翌日に残るようになりました。階段を上ると、少し息が切れます。朝起きたときに、関節がこわばっていることがある。「あれ、昨日まではこんなことなかったのに」という変化が、気づかないうちに積み重なっていきます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ある日のことです。軽い風邪をひいてしまいました。熱はそれほど高くなかったのですが、食欲がなく、買い物にも行けない状態になりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一人暮らしなので、「大丈夫？」と声をかけてくれる人はいません。「何か買ってきましょうか」と言ってくれる人もいません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>冷蔵庫にあったゼリーを食べながら、布団の中で横になっていたとき、心の底からそう思いました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>「健康って、本当にありがたいものなんだ」</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>健康は、実は当たり前ではなかった。そのことを改めて身をもって実感しました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading {"level":4} --></p><h4>働けるのは健康だから</h4><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>今も私は、仕事を探しながら生活しています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ハローワークへ足を運べるのも、履歴書を書けるのも、面接会場まで出かけられるのも、すべて健康だからです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>以前、ハローワークの掲示スペースで、70代とおぼしき方が求人票を真剣に眺めている姿を見かけました。背筋がすっと伸びていて、とても生き生きとした表情でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その姿を見て、思ったのです。「年齢ではなく、健康であることが何よりの財産なんだ」と。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>健康だから働ける。健康だから好きな場所へ行ける。健康だから、会いたい人に会いに行ける。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>何気なく過ごしている毎日の中に、実はかけがえのないものが溢れているのだと、60代になってようやく気づきました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading {"level":4} --></p><h4>今日の小さな積み重ねが、未来の自分を助ける</h4><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>私は特別な健康対策はしていません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>毎日少し散歩をする。野菜を意識して食べる。夜更かしをしない。無理をしないようにする。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それだけです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、「未来の自分を助けるのは、今日の自分の積み重ねだ」と思うと、その小さな習慣がとても大切なものに思えてきます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代の体への投資は、老後の医療費を減らすことにもつながります。今の健康を大切にすることは、お金の節約にもなるのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>お金より怖いと思ったこと③「働けなくなること」</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:heading {"level":4} --></p><h4>「働く」のはお金のためだけではありません</h4><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代の仕事探しは、正直、簡単ではありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>応募しても、なかなか返事が来ないことがあります。面接まで進んでも、不採用になることがあります。「やはり年齢が理由なのかな」と思って、落ち込む夜もあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それでも私は、働き続けたいと思っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>生活費のためでもありますが、それだけではありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>朝、目的を持って起き上がれる。「おはようございます」と挨拶を交わせる相手がいる。自分の経験が、誰かの役に立てる瞬間がある。仕事を終えて帰るときの、あのちょっとした達成感がある。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>働くことには、お金では測れない価値があるのだと、辞めてみて初めてわかりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading {"level":4} --></p><h4>働けることが、当たり前ではないと気づいた日</h4><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>以前は、仕事に行くのが億劫だと感じる日もありました。「またこの作業か」と思いながらデスクに向かう日も、正直ありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも今は、そのときの自分に「もったいないことをしていたな」と思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>当たり前のように思っていた毎日が、当たり前ではなかった。体が動いて、頭が働いて、職場に行ける。それがどれほどありがたいことか、失いかけるまでわかりませんでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>いつかは、働けなくなる日が来るかもしれません。病気になるかもしれない。体力が限界を迎えるかもしれない。だからこそ、今働けていることが、心からありがたいと思えるようになりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading {"level":4} --></p><h4>働けなくなる日に備えて、今できることをする</h4><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>働けなくなってから慌てないために、今から少しずつ準備しています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>毎月の生活費を見直して、無駄な支出を整理する。知識を増やして、できることを少しでも広げておく。体を動かす習慣を続けて、体力の衰えをできるだけ遅らせる。<br>そしてこのブログを書くことも、何かしら自分を動かし続けるための、大切な習慣になっています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>不安がゼロになることは、ないと思います。でも「何もしない不安」よりも「少しでも行動している安心感」の方が、心はずっと軽くなるのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>60代になって気づいた、お金では測れない幸せ</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>若い頃の私は、「お金があれば幸せになれる」と、どこかで思っていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>もちろん、今でもお金は大切です。生活するために欠かせないものです。老後の不安も、収入への不安も、消えたわけではありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、60代になった今、幸せを感じる瞬間が少し変わりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>朝、元気に目が覚めたこと。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>仕事先に向かう足が、ちゃんと動いてくれること。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>スーパーで店員さんと笑顔を交わせたこと。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>久しぶりに友人から「元気？」と電話がかかってきたこと。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>散歩の途中で、きれいな夕焼けが見えたこと。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんな何気ない瞬間が、胸をじんわりと満たしてくれます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>お金では買えない幸せが、日常の中にこんなにたくさんあったのだと、60代になってようやく気づけた気がします。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>まとめ｜「今ある幸せ」に気づくことが、未来への備えになる</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>お金の不安は、これからもきっとなくならないでしょう。物価は上がり続けますし、年金のことも気になります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、本当に怖いのはお金だけではない、ということを、この年齢になって実感しています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>孤独になること。病気になること。働けなくなること。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>この3つにどう向き合うかが、これからの人生の質を大きく左右するのではないかと、今の私は思っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だからこそ、お金を増やすことだけを考えるのではなく、人とのつながりを大切にすること。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>健康を守るための、小さな習慣を続けること。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>働けるうちは、前向きに働くこと。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>この3つを、これからの自分の軸にしていきたいと思っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>もし今、老後のお金のことで頭がいっぱいになっている方がいたら、一度だけ自分に問いかけてみてください。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>「私が本当に怖いのは、何だろう？」</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その答えが見つかったとき、今日から何をすればいいかもきっと見えてくるはずです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>人生は、お金だけでは測れません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代だからこそ、心の豊かさも大切にしながら、一日一日を丁寧に過ごしていきたいと思っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一緒に、そんな毎日を積み重ねていきましょう。</p><p><!-- /wp:paragraph --></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/weizen908/entry-12971566721.html</link>
<pubDate>Tue, 30 Jun 2026 12:38:04 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【60代の就職活動】不採用通知が届いた日。それでも前を向こうと思えた理由</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260703/12/weizen908/63/4d/p/o1536102415798888180.png"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260703/12/weizen908/63/4d/p/o1536102415798888180.png" width="420"></a><!-- wp:paragraph --></p><p>「また不採用だった……。」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代になって仕事を探していると、そういう日も度々あります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>求人票を見つけ、応募書類を一枚一枚丁寧に仕上げて、面接当日まで何度も受け答えを練習する。結果を待つ時間は、どんなに気を紛らわせようとしても、どこかそわそわとして落ち着きません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「今度こそ、うまくいくかも。」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんな小さな期待を胸に抱くからこそ、不採用の知らせが届いたときの落ち込みは、思っていた以上に深くなります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>もし今、同じように仕事探しで気持ちが沈んでいる方がいらっしゃるなら、ぜひこの記事を読んでいただきたいと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>この記事では、私が不採用通知を受け取った日のこと、そしてそのとき心の中でどんなことを考えたかを、正直にお話しします。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>読み終えたあとに、「落ち込んでいるのは自分だけじゃないんだ」と、少しでも気持ちが軽くなっていただけたら嬉しいです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>封筒を見た瞬間にわかってしまった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>先日のことです。玄関の郵便受けを開けると、一通の封筒が入っていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>先日応募した会社からです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>手に取った瞬間、胸がざわっとしました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「……これは、採用通知じゃない。」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そう直感したのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>長く就職活動を続けていると、不思議なことに封筒の薄さや重さで何となく結果がわかるようになってきます。採用の場合は雇用条件や入社の案内など、書類が何枚か同封されていることが多く、封筒に少し厚みがあります。でも不採用の場合は、薄い紙一枚だけのことがほとんどです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>もちろん、必ずそうとは限りません。それでも、何度も経験してきた私には、開封する前からフッと嫌な予感がしてしまうのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>恐る恐る封を開けると、見慣れた書き出しが目に入りました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「このたびは慎重に選考を行いました結果……」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その先を読む気力がなくなってしまいます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代になっても、不採用通知には慣れないものです。椅子に腰かけたまま封筒を見つめて、しばらく動けずにいました。窓の外には、いつもと変わらない穏やかな午後の景色が広がっています。その静けさが、かえって心に染みました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>今回は少し期待していた</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>正直に言うと、今回は少しだけ期待していました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>応募した仕事は、事務職でした。長年かけて積み重ねてきた経験が活かせそうな内容で、通勤も無理のない距離、勤務時間も希望に近い条件です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「もしここで採用されたら、どんな職場なんだろう。」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>採用の通知が届いたときのことを、ぼんやり想像していました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>面接の雰囲気も、悪くありませんでした。担当の方は終始穏やかな表情で、これまでの仕事の話を丁寧に聞いてくださいました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「長年、事務のお仕事をされてきたのですね。」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そう言っていただいたとき、思わず表情がほぐれて、自然と笑顔で話せたことを覚えています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>面接を終えて外へ出たとき、</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「今日は、少し手応えがあったな。」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そう思っていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だからこそ、あの薄い封筒を手にしたときのショックは大きかったのです。期待していた分だけ、心にぽっかりと穴が開いたような気がしました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>「何がいけなかったのか」と考えても、答えは出ない</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>不採用通知を受け取るたびに、同じことを考えます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「何がいけなかったんだろう。」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>面接での答え方が悪かったのか。志望動機が弱かったのか。経験や資格が足りなかったのか。頭の中で何度も振り返ります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、本当の理由はわかりません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>企業が詳しい選考理由を教えてくれることは、ほとんどないからです。もしかしたら、私よりずっと経験豊富な方が応募していたのかもしれません。会社がそのとき求めていた人物像に、別の方がたまたまぴったり合っていただけかもしれません。私には知ることのできない事情が、きっとあったのでしょう。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それなのに人は、理由がわからないと、自分を責めてしまいます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「あのとき、もっと違う言い方をしていたら……。」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんな「もしも」を、何度も頭の中で繰り返してしまうのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、考え続けても答えは出ません。答えのない問いを抱え続ければ続けるほど、心だけが疲れていきます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>「60代だから落ちたのかな」と思ってしまう</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代で仕事を探していると、どうしても頭をよぎることがあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「やっぱり、年齢が原因だったのかな。」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>求人票には「年齢不問」と書かれています。実際に応募もできますし、面接にも呼んでいただけます。でも、複数の応募者の中から一人を絞るとなれば、若い方が有利になる場面もあるのだろうとは思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私も以前の仕事で、新人の教育に携わったことがありました。新しいことを吸収するスピードや柔軟さという点では、若い方のほうが有利だと感じたこともあります。だから企業側の事情は、頭では理解できます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>理解できるからこそ、余計に気持ちが複雑なのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「仕方がない」と自分に言い聞かせようとしても、気持ちはなかなか追いつきません。「年齢の壁」という言葉を目にするたびに、まるで自分のことを言われているような気持ちになってしまいます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>不採用は自分の価値を否定するものではない</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>それでも最近、少しずつ考え方が変わってきました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>不採用になったからといって、私という人間が否定されたわけではない。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今回の会社とは、ご縁がなかった。それだけのことなのだと、思うようにしています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>もちろん、頭で理解するのと、気持ちが追いつくのは別の話です。「そう考えよう」と思っても、ため息ばかりついてしまうことはあります。落ち込んで、何もする気になれない日もあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それでも以前より、自分を責め続ける時間は少し減りました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>仕事の中で積み重ねてきた経験。誰かに「ありがとう」と言ってもらえた日々。一生懸命働いてきた長い時間。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それらは、不採用通知一枚で消えてしまうものではありません。自分の人生まで否定されたわけではないのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そう思えるようになってから、あの薄い封筒を見るときの気持ちが、少しだけ変わりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私もまだ、就職活動の途中です。落ち込む日もあります。それでも少し休んだら、また次の求人票を開いて応募書類を準備しています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>本当に怖いのは、不採用通知ではなく「収入が途絶えること」</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代の就職活動で、一番怖いものは何でしょうか。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>以前の私は、「不採用通知」だと思っていましたのですが、でも何度も経験するうちに、本当に怖いのは別のことだと気づきました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それは、収入がなくなることです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私は契約期間が満了し、仕事を辞めました。まだ年金は受給していません。一人暮らしですから、家賃も光熱費も食費も、すべて自分で賄わなければなりません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>毎月、当たり前のように出ていくお金。仕事が決まらないまま日が過ぎるほど、その不安は少しずつ膨らんでいきます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>不採用通知を受け取るたびに、「また振り出しに戻った」という気持ちになります。通帳を開いてため息をついて、求人サイトを眺めてはなかなか応募に踏み切れない。「この年齢で応募してもいいのだろうか」と考えているうちに、一日が終わってしまうこともありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>就職活動は、仕事を探すだけではありません。生活を守るための活動でもあります。だからこそ、不安になるのだと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>ハローワークで気づいた「頑張っているのは私だけじゃない」</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>落ち込んだ翌日、私はハローワークへ行きました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>新しい求人を探すためでもありましたが、それ以上に、一人で家にいることがつらかったのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>静かな部屋にいると、どうしても悪いことばかり考えてしまいます。「もう仕事は見つからないかもしれない」「この先どうしよう」そんな言葉が頭の中をぐるぐると回り続けます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、ハローワークへ足を運ぶと、求人検索のパソコンに向かっている人、求人票を食い入るように見ている人、相談窓口で職員の方と真剣に話し合っている人。若い方もいれば、私と同じくらいの年代の方もいます。それぞれ事情を抱えながら、次の一歩を探しているのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その光景を見たとき、不思議と肩の力が抜けました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「頑張っているのは、私だけじゃない。」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そのことに気づいただけで、気持ちが少し軽くなりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ハローワークは求人を探す場所ですが、私にとっては「また頑張ろう」と思い直せる場所でもあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>不採用通知が届いた日は無理に元気にならなくていい</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>以前の私は、不採用通知を受け取るたびに、「早く次を探さなきゃ」と焦っていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、気持ちが沈んだままでは前向きな応募書類は書けません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だから最近は、自分なりのルールを作りました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>まず、不採用の日は無理に元気を出そうとしません。悲しい日は悲しいままでいい。悔しい日は悔しがっていい。そう思うようにしています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そして、少しだけ好きなものを食べます。特別なものでなくて構いません。少しだけ奮発したお惣菜だったり、ずっと我慢していたケーキだったり。「今日は自分を労わる日」と決めています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>翌日か翌々日には、できるだけ外へ出ます。近所を散歩するだけでも、スーパーへ買い物に行くだけでも十分です。家にこもっていると、不安ばかりがどんどん大きくなってしまうからです。外の空気を少し吸うだけで、気持ちがゆっくりと動き始めます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>何度落ちても応募を続ける理由</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>これまで何度、不採用通知を受け取ってきたでしょう。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「もう応募するのはやめよう」と思った日もあります。履歴書を書く気力が出ず、求人を検索することすら嫌になった日もありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それでも、不思議に一晩眠ると、少しだけ気持ちが落ち着いているのです。そして数日後には、また求人を検索している自分がいます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>なぜなのでしょう。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>もちろん、生活のためという理由はあります。でも、それだけではありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私はまだ、働きたいのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>これまで積み重ねてきた経験を活かしたい。誰かの役に立ちたい。社会とのつながりを持ち続けたい。朝、「行ってきます」と家を出て、仕事を終えて「ただいま」と帰ってくる。その当たり前の毎日が、私にはとても大切なのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>仕事は収入を得るためだけのものではありません。人とのつながりや、生きがいを感じられる場所でもあります。だから私は、何度落ちても応募を続けています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>おわりに｜今日落ち込んだなら明日また一歩だけ前へ</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代の就職活動は、決して楽ではありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>年齢への不安、収入への不安、一人暮らしの心細さ。どれも、簡単には消えないものばかりです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それでも私は思います。不採用通知一枚で、自分の人生が否定されることはありません。これまで積み重ねてきた経験も、頑張ってきた時間も、誰かに感謝された日々も、何ひとつ消えることはないのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だから今日、落ち込んでいる方に伝えたいことがあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今日はゆっくり休んでください。泣きたい日は、泣いていいと思います。でも、少し元気が戻ってきたら、また求人票を開いてみてください。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今回ご縁がなかった会社があるように、これからご縁のある会社もきっとあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>実は私自身、過去に不採用だった会社のことよりも、その後に採用された職場で「あのとき落ちたから、この職場に出会えた」と思えたことが何度もありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だから私は、今日もまた次の求人を探します。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代だからといって、人生が終わるわけではありません。新しい出会いも、新しい仕事も、まだこれからです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>焦らず、一歩ずつ。私もあなたと一緒に、前へ進んでいきたいと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/weizen908/entry-12971566435.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Jun 2026 12:32:56 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>面接の手応えは悪くなかったのに、不採用だった</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260702/23/weizen908/fd/71/p/o1536102415798767043.png"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260702/23/weizen908/fd/71/p/o1536102415798767043.png" width="420"></a><!-- wp:paragraph --></p><p>－60代の仕事探しは厳しい。それでも、まだ終わりじゃないー</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>封筒を見た瞬間わかってしまった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>先日、一通の封筒が郵便受けに入っていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>手に取った瞬間、わかりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>応募していた会社からの、選考結果です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そして、それが採用通知ではないこともなんとなく、わかってしまいました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>これまで何度も応募を繰り返してきた経験から、封筒の厚みや大きさで、開ける前からなんとなく予感がするのです。薄くて、小さい封筒。それだけで、もう胸の中がずんと重くなります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>案の定、中に入っていたのは不採用通知でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「このたびは慎重に選考を行いました結果、誠に残念ながら……」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>この文章は何度見ても、慣れません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代になっても、あの文字を目にすると、やはり落ち込みます。一行目を読んだだけで、それ以上読み進める気力がなくなって、しばらくそのまま椅子に座ったまま、動けずにいました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>窓の外は、何事もないような、穏やかな午後でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その静けさが、なんだかよけいに胸に染みた気がしました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>今回は、少しだけ期待していた</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>正直に言うと、今回の応募には、少しだけ期待を持っていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>仕事の内容は事務職。長年積み重ねてきた経験が、十分に活かせそうでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>勤務地は、乗り換えなしで通える範囲。毎日の通勤のことを考えても、無理のない距離でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>勤務時間も、自分の生活リズムに合っていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そして何より、面接の雰囲気がよかったのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>面接室に通されて、担当の方と向き合ったとき、穏やかな印象の方で、最初の自己紹介から自然と言葉が出てきました。「これまでの経験を教えてください」という質問にも、落ち着いて答えられました。担当者の方も、うなずきながら聞いてくださって、「それは長年のご経験ですね」と言っていただけた場面もありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>面接室を出て、外の空気を吸ったとき、「今日は悪くなかったかもしれない」と思ったのを覚えています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それだけに、ショックでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>期待していた分だけ、落差も大きかった。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>封筒を持ったまま、どのくらいそこに座っていたでしょうか。気づいたら、部屋がすっかり薄暗くなっていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>なぜ落ちたのか、考えても答えは出なかった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>不採用通知を手に持ちながら、しばらく考えていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>なぜ、落ちたのだろう。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、本当の理由は誰にもわかりません。企業が応募者に選考の理由を教えてくれることは、まずありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「あのとき、ああ答えればよかったのだろうか」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「志望動機が、うまく伝えられなかったのだろうか」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「スキルが、求めているものと少し違っていたのだろうか」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>頭の中でぐるぐると考えを巡らせましたが、答えは出ません。出るはずのない問いを、延々と繰り返していただけでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代で仕事を探していると、どうしても「年齢のせいかもしれない」という考えが、頭の片隅に浮かんでしまいます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>求人票には「年齢不問」と書いてあります。確かに応募はできます。面接も受けられます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも採用する側が、複数の応募者の中から一人を選ぶとき。同じくらいの経験やスキルを持っている人が並んだとき。若い方が有利になる場面は、やはりあるだろうと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私自身、若い頃に新人教育に関わったことがあります。教える立場に立ったとき、吸収の早さや順応のしやすさという点で、若い方の方が扱いやすいと感じることがあったのも、正直なところです。だから企業の側の事情は、頭ではわかります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>わかります。でも——納得できるかというと、それはまた別の話なのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>「年齢だけが理由ではない」と自分に言い聞かせる</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>落ち込んだとき、人は決まって悪い方へと考えが向かっていくものです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「やっぱり60代だからだ」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「もうどこにも採用してもらえないのかもしれない」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「この先、どうしたらいいんだろう」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんな言葉が、次々と頭の中に浮かんできます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、少しだけ冷静になって考えてみると、不採用の理由が年齢だけとは限りません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今回の応募に、私以外に何人の方が応募されていたのか、まったくわかりません。もしかしたら、たまたまその仕事に対して非常に高いスキルを持った方が応募してきていたのかもしれません。特定の資格や経験を、企業がより重視していたのかもしれません。あるいは、会社が求めていた人物像と私の雰囲気が、少しだけ合わなかっただけのことかもしれません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>不採用という結果だけを見て、自分という人間の価値まで、丸ごと否定する必要はない。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>最近は、そう意識的に自分に言い聞かせるようにしています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも正直なところ、頭でわかっていても、気持ちはそう簡単には切り替わらないのが本当のことで。「わかってはいるけど、やっぱり落ち込む」——そんな矛盾した気持ちを、毎回どこかに抱えながら、それでも次へ向かおうとしているのが、今の私の現状です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>仕事が決まらない不安より、もっと怖いもの</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代の求職活動で本当に怖いのは、不採用そのものではないと、最近気づきました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>もっと怖いのは、<strong>収入が途絶えていくこと</strong>です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私は契約期間満了で仕事を辞めました。年金もまだ受給していません。つまり、今の私には、働かなければ収入がない状況が続いています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一人暮らしですから、家賃も、光熱費も、食費も、すべて自分一人の収入でまかなわなければなりません。誰かと分け合うことは、できないのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>不採用通知を受け取るたびに、胸の中で二つの気持ちがぶつかり合います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ひとつは「悔しい、ショックだ」という気持ち。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>もうひとつは「また振り出しに戻ってしまった。次はどうしよう」という、じわじわとした焦りと不安です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>通帳を開いてはため息をつき、求人サイトを開いては「この条件で応募していいだろうか」と迷い、応募しようか、やめておこうか、と考えているうちに一日が終わってしまうこともあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一人暮らしで、こういう気持ちを誰かにすぐに打ち明けられないのも、また心細さを増させます。「大変だったね」と言ってくれる人が、すぐそばにいないのですから。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんなとき、部屋の静けさが、ひどく重く感じられることがあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>ハローワークで見た、同世代の人たちのこと</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>落ち込んだ日の翌日、私はハローワークへ向かいました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>特に目的があったわけではありません。新しい求人を探すためでもありましたが、実はそれだけではなかったように思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一人で部屋にいると、どんどん気持ちが内向きになっていくのです。同じことをぐるぐると考えてしまう。だから、外に出て、あの場所に行くことで、気持ちを少し動かそうとしていたのかもしれません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>館内に入ると、求人端末の前にはたくさんの方が座っていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私と同じくらいの年代と思われる女性が、画面を真剣に見つめながらメモを取っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>定年後と思われる男性が、老眼鏡をかけ直しながら、丁寧に求人票を読み込んでいます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>若い方も、中高年の方も、それぞれが真剣な表情で、自分の次の仕事を探しています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その光景を見たとき、胸の中にあった重いものが、少しだけほぐれていく感じがしました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>頑張っているのは、私だけじゃない。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>不採用を経験して、それでも諦めずに次を探しているのは、私だけじゃない。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「みんなそれぞれ、自分の事情を抱えながら、それでも前を向いているんだ」と思えると、不思議と気持ちが少し軽くなるのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ハローワークに行くことが、求人を探すためだけじゃなくなっていた。そのことに、その日、初めて気がつきました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>何度落ちても応募をやめなかった理由</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>これまでに何度、不採用通知を受け取ってきたでしょうか。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>書類選考で落ちたこともあります。面接まで進んで落ちたこともあります。「惜しかったのですが」という一言が添えられていたこともありました。その言葉がよけいに、胸に刺さりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>正直なところ、「もう応募するのをやめたい」と思った日もありました。書類を書く気力も出なくて、求人サイトを開くことすら億劫になって、一日中ぼんやりとテレビを見て過ごした日もありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも不思議なことに、一晩眠ると、少しだけ元気が戻ってくるのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>翌朝、何気なく求人サイトを開いている自分がいます。「この求人、昨日はなかったな」とチェックしている自分がいます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>なぜ続けられるのだろう、と自分でも考えることがあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>生活のためというのは、もちろんあります。収入がなければ、暮らしていけません。それは正直な理由です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、それだけではないと思っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>まだ、働きたいのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>誰かの役に立てる場所で、自分のこれまでの経験を活かしたいのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>社会とのつながりを持ち続けたいのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>朝、目的を持って家を出ること。誰かに「ありがとう」と言ってもらえること。仕事を終えて帰るときの、疲れたけれど充実した気持ち。一人暮らしだからこそ、そういうものが、生活の中の大切な張り合いになっているのだと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だから、応募を続けています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>不採用通知が届いた日の、私なりの過ごし方</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>何度も不採用を経験する中で、「この日はこう過ごそう」という、自分なりのやり方が少しずつできてきました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>その日は、無理に気持ちを切り替えようとしない。</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「次へ行こう」「気にしても仕方ない」——頭ではわかっていても、気持ちはそうすぐには動きません。無理に前向きになろうとすると、かえってしんどくなることがありました。だからその日は、落ち込んだまま、ゆっくり過ごすことにしています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>好きなものを食べる。</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>大したことではありませんが、これが意外と大切です。普段より少しだけ贅沢なものを、丁寧に用意して、ゆっくり食べる。それだけで、「自分を大事にしてあげられた」という気持ちになれる気がします。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>翌日か翌々日に、外へ出る。</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一人で部屋にこもっていると、気持ちがどんどん暗い方へ向かっていきます。ハローワークでも、近所のスーパーでも、散歩でも。とにかく外に出て、人のいる場所へ行くことで、自分の中の空気が少し入れ替わっていく感じがします。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>次の求人を、すぐには探さない。</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>落ち込んでいるときに求人を見ても、何も前向きに考えられません。「どうせ落ちる」という気持ちで書いた応募書類は、やっぱりどこかしらに元気がなくなってしまいます。少しだけ気持ちが落ち着いてから、改めて求人と向き合うようにしています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>60代だからこそ、伝えたいこと</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>もし今、不採用通知を受け取って、気持ちが沈んでいる方がいらっしゃったら、ひとつだけ伝えさせてください。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>落ち込んでいいのです。悔しがっていいのです。</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「もっとしっかりしなきゃ」「いつまでも落ち込んでいられない」と、自分を急かす必要はありません。私も、そうすぐには立ち直れません。しばらくはぼんやりして、ため息をついて、それでいいと思っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ただ、ひとつだけ覚えておいてほしいことがあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>不採用というのは、あなたの人格を否定されたことではありません。あなたのこれまでの人生を、否定されたことでもありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>たった一通の手紙が、あなたという人間の価値を決めることなど、絶対にできません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その会社との縁が、今回はなかった。ただそれだけのことです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>おわりに｜今日落ち込んだなら、明日また求人票を開いてみましょう</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>不採用通知が届いた日は、先が見えなくなります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「もうダメかもしれない」という気持ちになります。私も何度も、そんな夜を過ごしてきました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも振り返ってみると、不採用になった会社のことより、その後に縁あって採用していただいた職場で出会った人たちのことの方が、ずっと大きく心に残っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>あのとき落ちていたから、今ここにいる。そう思える瞬間が、きっとあなたにも来ると信じています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今はまだ次の仕事が決まっていなくても、大丈夫です。今日一日落ち込んだなら、明日はまた、ゆっくりと求人票を開いてみましょう。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代の仕事探しは、確かに簡単ではありません。一人暮らしであれば、なおさら心細いこともあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それでも、人生はまだ続きます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私もまた、次の求人を探します。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一緒に、頑張りましょう。</p><p><!-- /wp:paragraph --></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/weizen908/entry-12971521249.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Jun 2026 22:59:51 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>60代から始める「ゆる節約」5つの習慣</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260702/22/weizen908/da/36/p/o1536102415798766238.png"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260702/22/weizen908/da/36/p/o1536102415798766238.png" width="420"></a><!-- wp:paragraph --></p><p>ー無理なくお金が残る、暮らしの整え方ー</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>「節約しなければ」と思うほど、苦しくなっていた</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>「今月こそ、ちゃんと節約しよう」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そう決意したのは、仕事を辞めて収入がなくなった直後のことでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>まず食費を削りました。スーパーに行くたびに値引きシールを探して、少しでも安いものを選ぶ。お菓子やちょっとしたおやつも我慢する。外食は極力やめて、家で済ませる。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>電気代も気になって、使わない部屋の電気はこまめに消す。エアコンの設定温度も、少し我慢できる範囲で高めにする。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、不思議なことに、そこまで頑張っても、思ったほど貯まらない。それなのに気持ちだけは、ぐったりと疲れていくのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ある日の夜、ふと気づいたら、スマートフォンでネット通販のサイトを眺めていました。「セール中」「タイムセール終了まであと2時間」という文字が目に入って、気づけばカートにいくつか入れていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>後から合計金額を見て、ため息をつきました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「あれだけ我慢していたのに、また使ってしまった」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>節約しようとして、却ってストレスをためて、その反動でお金を使ってしまう。そんな悪循環を、何度も繰り返していました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「節約とは、我慢することだ」と思っていた頃の私の姿です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>考え方が変わったのは、一冊の本がきっかけだった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>あるとき、ハローワークの帰り道に立ち寄った図書館で、暮らしのお金に関する本をパラパラとめくる機会がありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その中に、こんな一文がありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「節約とは、削ることではなく、整えることです」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その言葉が、妙に心に刺さったのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>削る、ではなく、整える。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>言葉は似ているようで、まったく違うものだと思いました。「削る」は、苦しみを伴います。「整える」は、気持ちよくなれる気がします。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それからしばらく、「整える」という言葉を頭に置きながら、自分の暮らしを見直してみました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>すると見えてきたのは、「使いたくて使っているお金」ではなく、「なんとなく使い続けてしまっているお金」が、思った以上に多かったということでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それに気づいてから、少しずつ、暮らしの形が変わっていきました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>節約は「我慢」ではなく「暮らしの整理」</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>物価が上がり続ける今、</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「年金だけで、本当に暮らしていけるのだろうか」<br>「老後の資金は、果たして足りるのだろうか」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんな不安を感じている方は、決して少なくないと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私も、仕事を辞めてから、そういった不安を何度も感じました。特に一人暮らしだと、家賃も食費もすべて自分一人でまかなわなければなりません。収入のない状態が続くと、通帳を見るたびに支出にため息が出るようになっていきます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だからといって、毎日を我慢ばかりで過ごしていては、人生が楽しくなくなってしまいます。<br>好きなものも食べられず、会いたい人にも会えず、行きたい場所にも行けない。そんな暮らしは、長くは続けられません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代から大切なのは、「削る」より「整える」こと。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>使わないものを手放して、本当に必要なものだけを選ぶ。暮らしを軽くすると、不思議なくらい、お金も自然に残るようになるのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>習慣①　節約の一番の敵は「我慢」だった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>節約を始めようとするとき、多くの方が最初にやることがあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「今日から絶対に無駄遣いはしない！」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そう心に誓って、あらゆるものを我慢し始めるのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、これが長続きしない最大の原因だと、私は思っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>実は人間というのは、我慢し続ければ続けるほどストレスがたまり、その反動でお金を使いやすくなる仕組みを持っているそうです。心理学の世界では「コントロールの消耗」と呼ばれる現象で、意志力を使い続けると、どこかでプツンと切れてしまうのだそうです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私自身も、まさにこれを繰り返していました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>日中は我慢して、我慢して、夜になってスマートフォンを開いたら、気づけばネット通販で買い物していた。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「あんなに頑張ったのに」と後悔するのですが、次の日にはまた我慢して、また夜に反動が来る。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんな繰り返しでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だから私がたどり着いたのは、<strong>日常はゆるく節約して、楽しみにはちゃんとお金を使う</strong>というやり方でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>具体的には、</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>年に一度の国内旅行のためのお金。気の置けない友人との月一のランチ代。長年続けている趣味の道具を新調するための費用。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>こういった「楽しみのためのお金」を、あらかじめ「予備費」として家計の中に確保しておくのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そうすると、「このお金は使ってはいけない」というプレッシャーがなくなります。「ちゃんとそのためのお金があるから大丈夫」と思えると、日常の小さな我慢がずいぶん楽になるのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>メリハリのあるお金の使い方が、長続きする節約のいちばんのコツだと実感しています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>習慣②　ネット通販は「1日待つ」を徹底する</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>ネット通販は、本当に便利です。家から出なくても、重いものを運ばなくても、好きな時間に好きなものが注文できる。60代の一人暮らしにはありがたい存在でもあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、その便利さが落とし穴でもあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「セール中につき30%オフ」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「残りわずか、あと2点」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「今日中に注文で送料無料」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>こういった表示が出てくると、つい焦ってカートに入れてしまいます。実際、そのような「今すぐ買いたくなる」仕掛けは、意図的に設計されているものなのだそうです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私が何度か後悔した末にたどり着いたのが、<strong>カートに入れて24時間待つ</strong>というシンプルなルールでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>これだけで、無駄な買い物が驚くほど減りました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>翌日になると、「そういえばこれ、本当に必要だったっけ」と冷静に考えられるのです。「勢いで欲しかっただけで、実は似たものが家にある」「よく考えたら、使う場面が思い浮かばない」といったことに気づけます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それでも翌日見て「やっぱり欲しい、必要だ」と思えたものだけを購入する。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>この習慣だけで、衝動買いによる出費はかなり減らせます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それにもうひとつ。60代になると、これからは少しずつ持ち物を減らしていく年代でもあります。物を一つ買えば、収納スペースが必要になり、掃除の手間が増え、管理するものが増えていく。お金だけでなく、時間とエネルギーも使うことになるのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>買う前に「私はこれを何年使うだろう？本当に生活に必要なものだろうか？」と自分に問いかけてみるだけで、買い物の質がぐっと上がります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>習慣③　「いつものこれ」を決めてしまう</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>スーパーに行くたびに、こんなことを考えていませんか。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「洗剤はAとBどっちが安いかな」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「この新商品、気になるな。試してみようかな」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「ティッシュは5箱まとめ買いした方がお得かな」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>毎回こういった判断を繰り返していると、実はそれだけで脳がかなり疲れてしまいます。心理学的には「決断疲れ」と呼ばれる現象で、小さな選択を何度も繰り返すだけで、気力や集中力が削られていくのだそうです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そこでおすすめしたいのが、<strong>お気に入りの定番を決めてしまう</strong>という方法です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>洗剤はこれ。醤油はこれ。シャンプーはこれ。ティッシュはこれ。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>こうして「いつものこれ」を決めてしまうと、スーパーに行っても迷わずに済みます。いつもの棚のいつもの場所から、さっと取れる。それだけで買い物がずいぶん楽になります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>さらに嬉しいのは、ストックの管理がしやすくなることです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「あると思っていたら、なかった」という経験はありませんか。私は何度かやらかしたことがあります。「醤油があるはずだから買わなくていい」と思って帰宅したら、もう残りわずかだった、ということが。定番を決めて管理していると、「残りが少なくなってきたら買う」というタイミングをつかみやすくなります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>節約とは、お金だけを節約することではありません。考えるエネルギーや、時間を節約することでもあるのです。「ゆる節約」の中でも、この習慣はとりわけ日々の暮らしを穏やかにしてくれると感じています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>習慣④　食費を削りすぎるとあとで高くつく</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>節約を意識し始めると、多くの方が最初に手をつけるのが食費です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>確かに、食費は毎日かかるものですし、工夫の余地もあります。でも60代の節約において、食費だけは「削りすぎてはいけない」と私は強く思っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>なぜなら、60代は<strong>健康への投資をやめてはいけない年代</strong>だからです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>人間の筋肉は、年齢とともに減っていきます。意識しないでいると、50代から60代にかけて、特に落ちやすいと言われています。筋肉が減ると、転びやすくなり、疲れやすくなり、やがては日常の動作にも支障が出てきます。骨折や寝たきりのリスクも、確実に上がっていきます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>筋肉を保つために、食事から摂るべき大切な栄養素が「たんぱく質」です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一般的に、1日に必要なたんぱく質の目安は体重1kgあたり約1.0〜1.2gとされています。体重が50kgの方なら、1日50〜60g程度が目標になります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも「たんぱく質をしっかり摂る＝食費がかかる」というわけではありません。家計にやさしくて、栄養価も高い食材は、意外とたくさんあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>鶏むね肉</strong>は、低脂質で高たんぱく。値段も手ごろで、茹でたり焼いたりと使い方も簡単です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>卵</strong>は、完全栄養食とも呼ばれる優れた食材。毎日食べても飽きないよう、ゆで卵、炒り卵、卵焼き、スープなど、調理法を変えてみるといいですね。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>木綿豆腐や納豆</strong>は、植物性のたんぱく質として毎日の食卓に取り入れやすい食材です。値段も安定していて、扱いやすいのが助かります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>サバ缶やツナ缶</strong>は、保存がきいて、調理の手間もほとんどかからないので、一人暮らしには特に重宝します。サバ缶はそのまま食べても、味噌汁に入れても、炊き込みご飯にしても美味しい。私もよくお世話になっています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>食費の節約は「削る」のではなく、「賢く選ぶ」ことで十分できます。健康を守りながら食費を工夫する、それが60代の節約の考え方だと思っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>食費をケチって体を壊してしまえば、医療費の方がずっとかかります。目先のお金を削って、後から大きなお金を使うことになる。それでは本末転倒です。食事だけは、丁寧に選んでいきたいと思っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>習慣⑤　一番効果があるのは「固定費」の見直しだった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>節約の中で、実は一番効果があると感じているのが<strong>固定費の見直し</strong>です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>食費や日用品の節約は、毎日意識し続けなければなりません。でも固定費は、一度見直してしまえば、それ以降ずっと節約効果が続きます。手間は一度だけで、効果は毎月続く。これほどコストパフォーマンスのいい節約はありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私が実際に見直してみて、「あ、これは盲点だったな」と思ったものをいくつかご紹介します。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>電気の契約アンペア</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ひとり暮らしでは、家族で暮らしている方と比して、使う電気製品も減るはずです。<br>でも「昔の家族が多かった頃の契約のまま」という方は、実は少なくないそうです。<br>私はひとり暮らしなので、どのくらいなのだろうか？早速問い合わせてみました。<br>電力会社に問い合わせて、現在の使用状況に合ったアンペア数に下げることができれば、毎月の基本料金が安くなります。一度手続きするだけで、節約効果がずっと続くのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ただ、注意してほしいのが、賃貸住宅の場合は勝手に下げることができない場合もありますので、必ず事前の確認が必要になります。<br>また、一度アンペア数を下げると、やっぱり元に戻したいと思っても、すぐに戻すことはできませんので、慎重に検討することが必要です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>スマートフォンのオプションサービス</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>スマートフォンを契約したとき、勧められるままにオプションを付けてしまったことはありませんか。遠隔サポート、クラウドストレージ、保険サービス。一つひとつは月に数百円でも、いくつか重なると、1年間では数千円から1万円以上になることがあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「そういえば、あのサービス使っているかな？」と確認してみると、使っていないものが意外と見つかることがあります。私も一度しっかり確認したところ、ほとんど使っていないサービスが二つ見つかり、解約したらその分だけ毎月の支出が減りました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>使っていないサブスクリプション</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>動画配信サービスや音楽配信、電子書籍など、サブスクリプション型のサービスは、いつの間にか重なっていることがあります。「月額500円だから」と思って契約したものが、気づけばいくつもある、ということも。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一度、何のサービスに毎月お金が出ているかを、紙に書き出してみることをおすすめします。「全然使っていないのに払い続けていた」というものが、一つや二つ見つかるかもしれません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>「ゆる節約」は人生を豊かにするためにある</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>節約という言葉には、「つらい」「我慢」「苦しい」というイメージがつきまといがちです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも本来の節約とは、自分にとって本当に大切なものを選び、それ以外の不要なものを手放すこと。そうして暮らしを軽くしていくことで、時間にも、お金にも、心にも、余裕が生まれてくるものだと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代は、物を増やしていく人生ではなく、暮らしを少しずつ軽くしていく人生だと、最近しみじみ思うようになりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>大きなことを一度にやろうとしなくていいのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>まずは今日できることを、ひとつだけ。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ネットショッピングで気になったものをカートに入れたまま一晩置いてみる。冷蔵庫に鶏むね肉と卵を常備してみる。スマートフォンの契約内容を一度確認してみる。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんな小さな一歩が、毎日の暮らしを少しずつ変えていきます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>節約は自分らしく、心地よく暮らすための知恵です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「ゆる節約」は、我慢ではなく、暮らしの整理です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今日からひとつ、できることを始めてみましょう。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>きっと、気持ちもお財布も、少しずつ軽くなっていきますよ。</p><p><!-- /wp:paragraph --></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/weizen908/entry-12971520943.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Jun 2026 22:56:46 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>高年齢者向け再就職準備セミナーに参加してみた</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260702/22/weizen908/20/bc/p/o1536102415798765372.png"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260702/22/weizen908/20/bc/p/o1536102415798765372.png" width="420"></a><!-- wp:paragraph --></p><p>―60代の仕事探しは不安だらけ。それでも行ってよかったと思えた理由―<br><br>「実績になるなら行ってみようか」という、不純な気持ちでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>失業手当を受給していると、どうしても気になるのが「求職活動実績」です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そのためには、ハローワークで相談をしたり、求人に応募したり、セミナーに参加したり。<br>決められた回数の実績を積み重ねていかなければなりません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「次の認定日までに、どうやって実績を作ろうか」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんなことを考えていたある日、ハローワークの窓口で相談員さんから声をかけていただきました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>「高年齢者向けの再就職準備セミナーがありますよ。よろしければ参加してみませんか？」</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60歳以上の方向けのセミナーとのことでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>正直なところ、そのときの私の気持ちは「実績にもなるなら、行ってみようかな」という程度のものでした。大きな期待があったわけでも、意欲があったわけでもありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも実際に参加してみると、思っていた以上にたくさんのことを得ることができました。<br>帰り道、「これはもっと早く受ければよかった」と思ったほどでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今日は、そのセミナーに参加して感じたことを、60代の求職者の目線で書いてみたいと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今まさに、</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「この年齢で、本当に仕事が見つかるのだろうか」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「何から手をつければいいのかわからない」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>と不安を抱えていらっしゃる方の、少しでも参考になれたら嬉しいです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>60代の仕事探しは、若い頃とまったく違う</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>今回の就活を通して、60代になってからの仕事探しは、若い頃の転職とは、まるで別物だと感じています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>長年働いてきた経験があります。社会人としての常識もありますし、職場での立ち居振る舞いも身についています。<br>でもその一方で、年齢を重ねたからこその不安も、確実に大きくなっていきます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「今の年齢で、受け入れてくれる職場はあるのだろうか」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「体力的に無理なく続けられる仕事が、果たして見つかるのだろうか」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「長年の経験が、今の求人でどこまで通用するのだろうか」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「若い方たちに混じって面接を受けることを考えると、正直気が重い」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>こういった不安は、なかなか人に打ち明けにくいものです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「働けるだけありがたいでしょう」「贅沢は言っていられない年齢では」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そう言われてしまえば、その通りなのかもしれません。<br>でも実際には、体力のこと、通勤距離のこと、仕事内容の向き不向きなど、さまざまな事情があります。何でもいいから働ければいい、とはとても言えない部分が、60代にはあるのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だからこそ、迷いや不安が大きくなりがちな年代です。<br>私もまさに、そのひとりでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>きっかけは、ハローワーク窓口でのひと言</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>このセミナーに参加することになったのは、ハローワークで相談がきっかけでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>仕事探しのこと、応募書類のこと、求職活動実績のこと、いろいろと話しているうちに、相談員さんが手元のリーフレットを取り出してこう言ってくださいました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>「60歳以上の方向けの再就職準備セミナーがあるんですよ。参加してみませんか？」</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>最初は「ふーん、そういうものがあるんだ」という程度でした。でも説明を聞いていくと、内容はかなり実践的なものでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>高年齢者の就職状況、求職活動の進め方、履歴書や職務経歴書の書き方、面接の受け方、シニア向け求人の情報。しかも<strong>求職活動実績にもなる</strong>とのことでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「それなら一度受けてみよう」と思ったのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>正直に言えば、そのときはまだ「実績になるなら」という気持ちの方が強かったかもしれません。でもこういうものは、軽い気持ちで行ったときほど、思いがけない学びがあるものです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>会場に入ってまず思ったこと</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>セミナー当日。会場に入ってまず思ったのは、「ちゃんと60代以上を想定して組まれた内容なんだな」ということでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>若い方向けの就活セミナーでは、「自己分析をしましょう」「将来のキャリアビジョンを考えましょう」「企業研究を深めましょう」という話が中心になることが多いものです。それはそれで大切なことですが、60代の求職者が本当に知りたいのは、もう少し違うところにあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>たとえば、「この年齢でも応募できる求人は実際どのくらいあるのか」「採用されているのはどんな人なのか」「履歴書の職歴はどこまで書けばいいのか」「体力面や働き方の希望は、面接でどこまで伝えていいのか」そういった、もっとリアルで切実なものです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今回のセミナーは、そういった60代ならではの悩みに、きちんと向き合って作られているように感じました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>定員は18名と聞いていたのですが、席を増やしたとのことで、もう30名ほどいたような気がします。希望者がとても多いそうで、すぐに席が埋まるのだそうです。<br>一人ひとりが真剣に聞いていた、という印象でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>「60代の仕事探しの現実」を数字で見たとき</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>最初に説明があったのは、高年齢者の就職状況についてでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今は定年後も働く人が増えていること、シニア向けの求人が一定数存在すること、でも若い世代とは違う難しさがあること、その現状を数字や傾向を交えて丁寧に教えてもらいました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ここで感じたのは、予想した通り「やはり厳しい」ということです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代になると、選べる仕事の幅は狭まります。フルタイムの事務職は競争率が高く、経験があってもすぐに決まるわけではありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも一方で、年齢だけで完全に門前払いというわけでもありません。働き方を少し広げると選択肢が増えることも、データを見るとわかりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「なんとなく不安」「もう無理かもしれない」と思い込んでしまうより、現実をきちんと知る方が、むしろ気持ちが落ち着きます。厳しい現実を知ることは、決して悪いことではありません。そこからどう動くかを考える材料になるのだと思いました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>いちばん印象に残ったのは応募書類の話だった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>今回のセミナーで私がいちばん心に残ったのは、<strong>応募書類</strong>についての話でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>履歴書、職務経歴書、そして送付状（添え状）。この3つについて、かなり丁寧な説明がありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代になると、職歴が長くなります。正社員、パート、派遣、契約社員。部署の異動もあれば、ブランクがある方もいます。<br>でもそれを全部そのまま時系列に並べればいいかというと、そうではないのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>大切なのは、<strong>応募先に関係のある経験を、どう見せるか</strong>ということです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>たとえば事務職に応募するなら、どんな事務をしていたのか、どんな書類を扱っていたのか、パソコンはどこまで使えるのか、電話応対や窓口の経験はあるのか、そういったことが具体的に伝わる方が、採用担当者には届きやすいのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「いろいろやってきた」という方ほど、経験が多いからこそ、整理が必要になるのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>セミナーを聞きながら、「私の履歴書も見直した方がいいかもしれない」と思いました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>「送付状はただの添え物」ではなかった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>もう一つ、意外だったのが<strong>送付状</strong>の話でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>正直なところ、私はこれまで送付状を「形式的なもの」だと思っていました。付けた方が丁寧かもしれないけれど、採用の合否に大きく関わるものではないだろうと、どこかで軽く見ていたのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でもセミナーでは、送付状の大切さがしっかり説明されました。特にシニア世代にとっては、送付状が思っている以上に重要だというのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>なぜなら、60代の再就職では、単に「経験があります」というだけでは、なかなか伝わりきらないからです。なぜこの仕事に応募したのか。これまでの経験をどう活かしたいと思っているのか。新しい職場で、どんなふうに働きたいのか。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そういったことを、簡潔に、でも誠実に伝える場として、送付状が役に立つのだと教えてもらいました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>これは、本当に納得しました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>年齢を重ねているからこそ、採用する側は「この人は、どんな思いで応募してきたのだろう」と見るはずです。書類をただ送るだけより、ひと言でも自分の気持ちが添えられていた方が、印象は確かに違います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>帰宅してすぐ、手元の送付状の文面を見直してみました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>60代の再就職は「気持ちの切り替え」も必要だと、耳が少し痛かった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>セミナーを聞きながら、少しだけ耳が痛い場面がありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代まで働いてきた方の中には、責任ある立場を経験した方が多くいます。長年同じ職場で働き続け、後輩を指導する立場にいた方もいるでしょう。私自身も、そういう時代がありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも再就職となると、また別の話です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>新しい職場では、年齢は上でも「新人」です。一から覚える立場になることも、当然あります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>頭ではわかっていても、気持ちの切り替えは簡単ではありません。「昔はこうだった」「前の職場ではこうしていた」という思いが、どこかに残っていることもあります。私もまったくないとは言えません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だからこそ、応募書類や送付状では、過去の肩書きや実績を並べることより、<strong>「これからどう役に立ちたいか」を書くことが大切</strong>なのだと、あらためて感じました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>これは仕事探しのテクニックというより、60代の自分がどういう心持ちで新しい場所へ向かうか、という話なのかもしれません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>「一度きり」のセミナーだと知って身が引き締まった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>このセミナーにはひとつ、大切な注意点がありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>過去に同じセミナーを受講した方は、参加できない</strong>ということです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>つまり、基本的には一度きりのチャンスです。<br>何度でも受けられるものなら、「また次でいいか」と思ってしまうかもしれません。でも一度きりとわかっているからこそ、しっかり聞こうという気持ちになれます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「実績になるから参加する」という軽い気持ちで申し込んだはずなのに、気がつけば手元のメモがびっしりになっていました。応募書類の見直し方、面接での伝え方、これからの動き方を、かなり真剣に考えさせられました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>求職活動実績になること以上に外に出る意味があった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>失業手当を受給している間は、「実績を作らなければ」という気持ちが先に立ちます。でも私は、それは決して悪いことではないと思っています。<br>今回のように実績が必要だからこそ外へ出て話を聞こうと考えたのです。そのおかげで家に閉じこもらずに済む、そういう側面もあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今回のセミナーも入口は「実績になるなら」でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも参加して気づいたのは、<strong>実績になるかどうか以上に、外に出て話を聞くこと自体に意味がある</strong>ということです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一人で部屋にいて求人サイトを眺めているだけだと、どうしても視野が狭くなります。不採用が続けば落ち込みますし、「またどうせ落ちる」という気持ちが出てきます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんなときに、同じように再就職を考えている方たちと同じ場に座り、情報を聞いて、少し気持ちを立て直す。それだけでも十分な価値があると感じました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>まとめ｜迷っているなら、まずハローワークで聞いてみて</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>高年齢者向け再就職準備セミナーに参加して感じたのは、<strong>60代の仕事探しには、60代に向けた情報がやはり必要だ</strong>ということでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>若い方と同じやり方では、結果につながらないことがあります。年齢を重ねてきたからこその悩みがありますし、これまでの経験があるからこその迷いもあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だからこそ、こうしたセミナーで一度立ち止まり、整理してみることは、決して無駄ではないと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>もし今、</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「何から始めたらいいかわからない」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「履歴書や職務経歴書に自信がない」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「60代の仕事探しに、少し疲れてきた」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんな状態にあるなら、一度参加してみる価値は、十分あると思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>まずはホームページでセミナーのスケジュールを見る、ハローワークのパンフレットのラックに予定表が置かれていますし、ハローワークの窓口で「高年齢者向けのセミナーはありますか？」と聞いてみるだけでもいいのです。リーフレットを見せてもらうだけでも、次の一歩が見えてくることがあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代の仕事探しは、簡単ではありません。年齢の壁を感じる日もあります。落ち込む夜もあります。それでも、動かなければ何も変わりません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>大きな一歩でなくていい。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>まず、小さく動いてみること。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私もまだ求職中です。でも「行ってよかった」と思えたあの日のことを胸に、今日もまた求人票を開いています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一緒に、焦らず、一歩ずつ進んでいきましょう。</p><p><!-- /wp:paragraph --></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/weizen908/entry-12971520696.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Jun 2026 22:53:48 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【履歴書の写真】60代の再就職。写真館での撮影をおすすめする理由</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260702/22/weizen908/3a/c2/p/o1536102415798764784.png"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260702/22/weizen908/3a/c2/p/o1536102415798764784.png" width="420"></a><!-- wp:heading --></p><h2>仕事探しの準備、写真はどこで撮りますか？</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>ハローワークに通い始め、応募したいと思える求人がいくつか見つかりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>いざ応募しようとなると、まず取り掛かるのが履歴書の準備です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>職歴を書いて、志望動機を考えて、そして忘れてはいけないのが、<strong>顔写真</strong>です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「写真なんて、どこで撮っても同じじゃないの？」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そう思っていた時期が、私にもありました。でも今は、</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>写真館で撮った写真が、ダントツで一番いい</strong>と思っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今日は、60代の再就職活動における履歴書の写真について、私自身の経験を交えながら書いてみます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>どこで撮れるのか、まず整理してみましょう</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>履歴書の写真を撮る方法は、大きく分けて3つあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>① スマートフォンで撮影して、コンビニでプリントアウトする</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>手軽さでいえば、一番です。費用も安く抑えられます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>② 駅やスーパーにある、スピード証明写真機で撮影する</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その場でサクッと撮れて、数分後には写真が出てきます。以前は私もよくお世話になっていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>③ 写真館（フォトスタジオ）で撮影してもらう</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>費用は一番かかります。でも仕上がりは、比べ物になりません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私が全力でおすすめしたいのは、③の写真館です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>証明写真機で撮った日の苦い記憶</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>少し前のことをお話しすると・・・。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ある日、履歴書の写真が必要になり、近所のスーパーにある証明写真機で撮影しました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>服装はきちんとスーツ。髪も整えたつもりでした。ボタンを押して、いくつかの指示に従いながら撮影します。<br>「しばらくお待ちください」という表示が出て、しばらくしてから出てきた写真を見た瞬間。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「これ、本当に私……？」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>なんというか、疲れた顔のおばあさんが、そこにいたのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>照明のせいでしょうか。角度のせいでしょうか。目の下のクマが強調されていて、頬のたるみも妙に目立っていました。正直、「この写真を履歴書に貼って提出したくない」と思いました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それでも、時間も撮り直す気力もなく、そのまま使ってしまったのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今振り返ると、あの写真が第一印象に影響していなかったとは言い切れません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>写真館で撮って驚いたこと</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>その後、思い切って写真館に予約を入れてみました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>最初は少し気が引けていました。<br>「写真館なんて、七五三や成人式のときに行く場所」というイメージがあったからです。<br>60代の自分が予約の電話を入れることに、なんとなく照れくさいような気持ちがあって。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも実際に行ってみると、そんな心配は完全に杞憂でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>カメラマンの方が、とても丁寧に声をかけてくださいました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「少し顎を引いてみてください」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「右の肩をほんの少し前に出すと、スッキリ見えますよ」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「口角を少しだけ上げてみましょうか。そうです、そのくらいがちょうどいいです」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>細かく、でも優しく指示してくださいながら、何枚も撮ってくださいました。証明写真機のように、一発勝負ではないのです。何枚か撮った中から、一番良いものを選ばせてもらえます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>仕上がった写真を受け取って、しみじみ思いました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「ああ、こんな顔をしていたんだ」と。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>カメラマンさんがうまく誘導してくださったおかげで、疲れ果てたおばあさんではなく、「働く意欲のある大人の女性」が、そこに写っていたのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>見る人にはどこで撮ったかわかるものです</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>「でも費用がかかるし、スマホや証明写真機でも大きな差はないのでは？」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そう思われる方もいるかもしれません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも私は、採用担当者の立場になって考えてみてほしいと思うのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>毎日、何枚もの履歴書を手にしている方なら、写真を見ただけで「これはどこで撮ったか」が、おそらくわかります。私たち一般人でも、なんとなく雰囲気の違いはわかりますよね。毎日何十枚と見ている方なら、なおさらです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>特に60代での再就職活動では、年齢がひとつのハードルになることがあります。<br>だからこそ、自分でコントロールできるものは、できる限り丁寧に準備したい。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>写真は、履歴書を開いた瞬間に、採用担当者の目に飛び込んでくる「最初の印象」です。その一枚が、「この人に会ってみたい」と思ってもらえるかどうかに、少なからず影響しているはずです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>数千円の撮影代が、もしかしたら面接のチャンスにつながるかもしれない。そう考えると、写真館での撮影は、決して「もったいない出費」ではないと私は思っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>服装は必ずスーツで</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>これは写真館に限らず、どこで撮影する場合でも共通して言えることです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>パートであっても、アルバイトであっても、60代であっても。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>写真撮影のときは、<strong>必ずスーツを着ていきましょう。</strong></p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「普段着のきれいめコーデでいいかな」と思う方もいるかもしれません。でも採用担当者の方は、きちんとした服装で応募してきた方に対して、「この仕事に対して、まじめに向き合っている人だ」という印象を持ちます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>写真は、言葉を使わずに「私はこの仕事に真剣です」と伝えることができる手段でもあるのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>せっかく写真館に行くのですから、面接に着ていくスーツと同じものを着て、撮影に臨んでください。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>写真のサイズについて</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>一般的な履歴書の写真サイズは、<strong>縦4センチ×横3センチ</strong>です。カラーが基本です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>背景色は、写真館によって「白」や「水色」などから選べることが多いです。どちらでも構いませんが、私は「白」を選びました。すっきりとした印象になり、60代の落ち着いた雰囲気が出やすいように感じたからです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>表情と髪のこと</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>写真館での撮影で大切なことのひとつが<strong>表情</strong>です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「証明写真なんだから、真顔で当然」と思っていませんか？</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>実は、履歴書の写真は完全な無表情よりも、口角をほんの少しだけ上げた、柔らかい表情の方が好印象です。怖い顔や、疲れた顔の写真より、穏やかで明るい表情の方が「一緒に働いてみたい」と感じてもらいやすいのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>写真館のカメラマンさんは、そういった表情の作り方も丁寧に教えてくださいます。<br>「もう少し口角を上げてみてください」「肩の力を抜いて」と、細かく声をかけてもらいながら撮影できるのも、写真館ならではの大きなメリットです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それから、<strong>髪のこと</strong>も少しだけ触れておきます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代になると、どうしても髪のパサつきや広がりが気になる方も多いのではないでしょうか。撮影の前夜には、ヘアオイルなどで髪にツヤを出しておくことをおすすめします。カメラに映る髪のツヤは、思っている以上に印象を左右します。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>清潔感のある、まとまった髪で撮影に臨んでください。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>費用はどのくらいかかるの？</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>写真館によって異なりますが、証明写真の撮影は、私の場合、データ保管（1年間）付2枚で、<strong>2,000円〜3,000円前後</strong>が目安です。データ保管なしでは1枚500～600円くらいでしょうか。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「高い」と感じる方もいるかもしれません。でも写真館では、撮影データを一定期間保管してくれているところも多く、「もう数枚必要になった」というときに、データから焼き増しをお願いできる場合もあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一度撮影しておけば、しばらくの間は使い回せると考えれば、それほど大きな負担ではないかもしれません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>まとめ</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代の再就職活動において、履歴書の写真は「できれば良いもの」ではなく、「ぜひ良いものを用意したい」一枚です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>スマートフォンやコンビニで手軽に済ませることもできます。証明写真機でさっと撮ることもできます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも私が経験から強くおすすめしたいのは、写真館での撮影です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>プロのカメラマンに、表情や姿勢を丁寧に整えてもらいながら撮った写真は、自分でも「これなら出せる」と思える仕上がりになります。履歴書を封筒に入れて郵送するとき、あるいは面接会場で手渡すとき、写真への自信が、少しだけ気持ちの支えになってくれるものです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>60代からの仕事探しは、ただでさえ不安なことが多いものです。だからこそ、自分でコントロールできることは、丁寧に、できる限り良いものを準備したい。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんな小さな積み重ねが、きっと自信につながっていきます。<br><br>写真館は予約が必要なところばかりではありません。むしろ予約するところは少ないのではないでしょうか。たまたま私の行った写真館は口コミで人気のところだったから予約して行ったのですが。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一緒に、頑張りましょう。</p><p><!-- /wp:paragraph --></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/weizen908/entry-12971520452.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Jun 2026 22:51:23 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>楽をしようとした私が、痛感したこと</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260702/22/weizen908/ae/45/p/o1536102415798764079.png"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260702/22/weizen908/ae/45/p/o1536102415798764079.png" width="420"></a><!-- wp:paragraph --></p><p>ー求職活動実績づくりで学んだ、60代の仕事探しの現実ー</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>失業手当を受けるには「実績」が必要だった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>仕事を辞めて、ハローワークで失業手当の手続きを済ませたとき、担当の方からこんな説明を受けました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「失業手当を受給するためには、決められた回数の求職活動実績が必要です」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>求職活動実績。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その言葉を初めて耳にしたとき、正直なところ「なんだか面倒そうだな」と思いました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>仕事を辞めたばかりで、気持ちの整理もついていない。次の仕事のことを真剣に考えなければならないのはわかっている。でもまだ、エンジンがかかりきっていない。そんな状態の中で、「決められた回数の活動をしてください」と言われると、「何をどうすればいいのだろう」と、少しだけうんざりした気持ちになりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>求職活動実績として認められるものとは</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>まず、整理しておきましょう。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>厚生労働省が発行する「雇用保険の失業等給付受給資格者のしおり」によると、求職活動実績として認められる活動は、以下のように定められています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>① 求人への応募</strong><br>企業への応募は、もっとも基本的な実績です。ハローワーク経由でも、求人サイトからのネット応募でも認められます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>② ハローワーク等が行う職業相談・職業紹介</strong><br>ハローワークの窓口で相談員さんと話すこと自体が、実績になります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>③ ハローワーク等が行う各種講習・セミナーの受講</strong><br>ハローワークが主催するセミナーや講習会への参加も認められます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>④ 許可・届出のある民間機関が行う職業相談・職業紹介等</strong><br>民間の職業紹介事業所や、労働者派遣事業所での相談も実績として認められます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>⑤ 許可・届出のある民間機関が行う求職活動方法等を指導するセミナー等の受講</strong><br>民間機関が開催する、転職活動の方法を指導するセミナーなども対象です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>⑥ 公的機関等が行う職業相談等</strong><br>独立行政法人や地方自治体、求人情報提供会社、新聞社などが行う職業相談も含まれます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>⑦ 公的機関等が行う各種講習・セミナー、個別相談ができる企業説明会等の受講・参加</strong><br>地方自治体などが主催する講習会や、個別相談のできる企業説明会への参加も実績になります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p><strong>⑧ 再就職に資する各種国家試験・検定等の資格試験の受験</strong><br>再就職に役立つ資格の試験を受けることも、実績として認められます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>こうして並べてみると、ハローワークへ足を運ぶこと以外にも、さまざまな方法があることがわかります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そして私は、このリストを見た瞬間に、ある一つのことが頭に浮かびました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「ネット応募でもいいなら、家にいながら実績が作れるのでは？」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それが、今回の遠回りの始まりでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>「それなら楽かもしれない」と思ってしまった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>求職活動を始めてしばらく経った頃、知人からこんな話を耳にしました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「ネットの求人サイトから応募しても、実績として認められるらしいよ」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「オンラインのセミナーを受けても、ちゃんとカウントされるみたい」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その話を聞いたとき、正直に言うと「それが楽かもしれない」と思ったのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ハローワークまでわざわざ行かなくても済む。自宅でパソコンを開けば完結する。移動の時間もかからない。精神的にも体力的にも負担が少ない。<br>一人暮らしで、毎日の生活を自分で切り盛りしながら仕事を探している身としては、「できるだけ無駄なく動きたい」という気持ちが、正直なところありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>こうして私は、求人サイトへの登録を済ませました。<br>「これで実績も作れるし、求人情報も手に入る。一石二鳥だ」<br>そんな軽い気持ちだったのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>翌日からメールが届き始めた</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>求人サイトへの登録作業は、思ったより簡単でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>名前、住所、職歴、希望職種、希望勤務地など。必要な情報を入力して、登録ボタンを押すだけです。十分もあれば終わりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「思ったより簡単にできたな」と思いながら、その日は画面を閉じました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ところが翌朝、スマートフォンを開くと、見慣れないメールが何件か届いていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「〇〇さんのご経歴に興味を持ちました」<br>「ぜひ一度お会いしたいと思っています」<br>「あなたにぴったりの求人があります」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>最初は、正直少し嬉しかったのです。「自分のことを必要としてくれる会社が、もしかしたらあるのかもしれない」と、少し期待が高まりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも、その期待は、それほど長くは続かず、がっかりすることになるのでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>届いたのは私には合わない求人だった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>一通ずつ、丁寧に開いて読んでいきました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>最初の一通。「物流ドライバー急募」。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>私は車の運転が得意ではありません。というより、できれば運転を伴う仕事は避けたいと、登録のときに希望しなかったのでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>次の一通。「営業職、インセンティブあり」。<br><br>営業職？事務職を希望していることは、しっかり登録してありますが、営業職は・・・。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>その次。「管理職候補、将来的に全国転勤あり」。<br>これから管理職？いやいや無理でしょう。<br>60代の私が、全国転勤のある仕事に応募できるはずがありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>さらに読み続けると、夜勤のある仕事、県外勤務が前提の仕事、特定の専門資格が必須の仕事。どう考えても、私には当てはまらないものばかりが並んでいます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「私の希望条件、読んでもらえているのだろうか」<br>そう思わずにはいられませんでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>おそらくシステムが自動で送信しているのでしょう。<br>企業の側も、広く候補者を集めたいという事情があるのだと思います。<br>でも、受け取る側としては、自分宛てに届くメールのほとんどが「自分には全く関係のない求人」だということに、だんだんと疲れを感じるようになっていきました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>メールの数だけどんどん増えていった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>日が経つにつれて、メールの量はさらに増えていきました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>朝、目を覚ましてスマートフォンを開くと、夜の間に何十件も届いています。昼間も、夕方も、夜もメールは届き続けます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「〇〇さんへの特別オファーです」<br>「今すぐ応募すると優遇されます」<br>「スカウトが届いています」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>件名だけ見ると、どれも自分に向けられた言葉のように感じます。でも開いてみると、内容は自分とは全くかけ離れたもの。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そのうちに、メールが届くたびに、小さなため息が出るようになりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「また関係のやつだろうな」と思いながら、何十件ものメールを確認して、全部削除する。それだけで、一日の貴重なエネルギーが少しずつ削られていく感じがしました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>情報は多ければ多いほどいい、とは限らないのだと、このとき実感しました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>本当に自分に合った求人を探すためには、大量の情報の海の中から、自分に必要なものだけを丁寧に拾い上げる作業が必要です。ですが、それは思っていたよりずっと手間のかかることでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>「オファーが来る＝求められている」ではなかった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>今になっては勘違いも甚だしい笑い話ですが、登録当初は、オファーメールが届くたびに「この会社は私を必要だと思っているのかもしれない」と、少し嬉しく感じていた部分がありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも実際に応募してみると、そうではないことがわかりました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>オファーが届いたのは、あくまでも「応募の入口に立てた」というだけのことでした。そこから先には、書類選考があります。面接があります。他の応募者との比較があります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「オファーが届く」ということと、「採用に近づく」ということは、まったく別の話です。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>むしろ、的外れなオファーを大量に受け取り続けることで、気持ちが疲弊していきました。<br>「これだけ届くのに、自分に合ったものがひとつもない」という、なんとも言えない空虚さが積み重なっていったのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>ある日自分に問いかけた</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>求人サイトに登録してから数週間が経った、ある夜のことです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>届いたメールを何十件か確認して、全部削除して、画面を閉じながら、ふと考えてしまいました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「私は、何のために活動しているのだろう」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>失業手当をもらうために、実績の回数を満たすために。もちろんそれは必要なことです。生活のためですから、否定できません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも本来の目的は、そこではないはずでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>次の仕事を見つけること。働ける場所を探すこと。それが、本当の目的のはずでした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>なのに気づけば、「実績を作ること」が目的になっていて、「実際に自分が働ける仕事を真剣に探すこと」が、どこかへ行ってしまっていたのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>何となく応募する。何となくメールを見て削除する。何となく時間が過ぎる。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そんな状態になっていました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>ハローワークへ行って、改めて気づいたこと</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>その翌日、久しぶりにハローワークへ足を運びました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>別に、大きな目的があったわけではありません。ただ、何かを変えたいという気持ちで、とりあえず外へ出てみたのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>窓口に座って、相談員さんと話しました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「今どんな求人を探されていますか」「通勤はどのくらいまでなら大丈夫ですか」「今まで応募されてみて、どうでしたか」</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>そういった、ごく普通の質問に答えながら、自分の気持ちや状況を言葉にしていくうちに、少しずつ頭の中が整理されていくのを感じました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ネット応募の方が、確かに手軽です。家から出なくても済みます。時間の制約もありません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも画面の前で一人でメールを見ていても、「これは自分に合った求人なのか」「この条件は実際にどうなのか」ということが、なかなかわからないのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>相談員さんと話すことで、自分の条件について改めて整理できました。「この求人は、実際の職場環境はどんな感じですか」と質問できました。迷っていることを口に出して、一緒に考えてもらえました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一人で大量のメールを眺めているだけでは、絶対に得られなかったものが、そこにはありました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>60代の仕事探しに楽な近道はなかった</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>振り返ってみると、私は少し楽をしようとしていたのだと思います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「家にいながら実績が作れる」「移動の手間が省ける」そういった「楽さ」を求めた結果、何週間もの時間と気力を、的外れなメールの確認と削除に費やしてしまいました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>もちろん、求人サイトやネット応募が悪いわけではありません。上手に活用すれば、強い味方になってくれるツールです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>でも60代の仕事探しは、20代や30代の転職とは、少し事情が違います。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>応募できる求人の数は、年齢とともに絞られてきます。一つひとつの応募に、書類の準備という大きなエネルギーが必要です。体力にも、時間にも、限りがあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>だからこそ、「数をこなせばいい」という発想では、長続きしません。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>「本当に自分が働けると思える求人に丁寧に向き合う」。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>それが、60代の仕事探しには何より大切なのだと、今回の経験で、痛いほど学びました。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:heading --></p><h2>おわりに｜仕事探しに、近道はありませんでした</h2><p><!-- /wp:heading --><!-- wp:paragraph --></p><p>求職活動実績を、楽に作ろうとした結果、私が得たのは「疲弊」と「気力の消耗」でした。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>遠回りをしたと思います。でも、その遠回りがあったからこそ、気づけたことがあります。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>仕事探しに、本当の意味での近道はない。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>ネット応募も、オンラインセミナーも、ハローワークへ足を運ぶことも、それぞれに意味があります。でもどれも、「真剣に取り組むからこそ意味を持つ」ものなのです。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>実績の回数を満たすことは、確かに必要なことです。でもその中身が、自分の本当の仕事探しとつながっていなければ、時間だけが過ぎていきます。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>今日も私は、求人票と向き合っています。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>大量のメールを眺めるのではなく、本当に応募したいと思える一枚を、丁寧に探しながら。</p><p><!-- /wp:paragraph --><!-- wp:paragraph --></p><p>一緒に、焦らず、着実に進んでいきましょう。</p><p><!-- /wp:paragraph --></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/weizen908/entry-12971520268.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Jun 2026 22:49:40 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
