<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>FREDDYのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/wembley2011/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/wembley2011/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>快速ムーンライトえちご　別バージョン</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　今回は快速ムーンライトえちごを使った別バージョンの旅を紹介します。</p><br><p>これもおよそ１５年以上前の話になります。</p><br><p>２３時１１分池袋発の快速ムーンライトえちごに乗車するのは変わらないのですが、</p><br><p>新潟以降が青春１８きっぷの旅とはかなり異なります。</p><br><p>早朝５時過ぎ新潟到着の後は、駅前のサウナに直行します。</p><br><p>そして１０時頃まで仮眠を取りつつウダウダ過ごします。</p><br><p>１０時以降にチェックアウトしてからは市内をプラプラして時間をつぶし、１２時まで待ちます。</p><br><p>そして新潟を１２時に出発する特急白鳥に乗り込みます。</p><br><p>この特急のすごいところは何と大阪から青森まで行くことです。</p><br><p>かつては食堂車が連結されていたそうですが、僕が旅をしていた時には既にありませんでした。</p><br><p>食堂車がない分、新潟駅で駅弁でも購入して青森までの５時間の旅に備えます。</p><br><p>青春１８きっぷの旅ですと秋田→青森間が５時間ですが、</p><br><p>さすがは特急白鳥。新潟→青森間が５時間です。しかしこの５時間の道中はゆるくない。</p><br><p>いい加減にお尻が悲鳴を上げそうになります。足も非常に疲れてきます。</p><br><p>青森以降は青春１８きっぷの旅でも紹介した快速海峡に乗って函館まで行き、</p><br><p>その後快速ミッドナイトで函館から札幌に行くという手もありますが、</p><br><p>ここでもうひとつ紹介させていただくのは急行はまなすです。</p><br><p>青森→札幌間を往復しているこの列車は意外と利用者がいます。</p><br><p>座席は通常の座席、リクライニング、寝台車と選べます。寝台車は二段ベッドになっています。</p><br><p>寝台車は非常に快適ですし、リクライニングもまだそこまで負担にはなりませんが、</p><br><p>普通席で夜を過ごすのはいささかきついかもしれません。</p><br><p>もし急行はまなすを使用されるのであれば最低でもリクライニングをとることをおすすめします。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wembley2011/entry-11281380912.html</link>
<pubDate>Tue, 19 Jun 2012 11:23:55 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>上野発の夜行列車　（その２）</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　今回は「上野発の夜行列車」ということで前回紹介した急行八甲田とは別のパターンを紹介します。</p><br><p>結論から言えば青森から札幌までの経路は何も変わりありませんが、上野→青森間に違いがあります。</p><br><p>急行八甲田はいわゆる東北本線を使用します。上野→仙台→盛岡→青森と移動します。</p><br><p>しかし今回紹介する「急行　津軽」は上野→新潟→秋田→青森といった日本海側を移動します。</p><br><p>急行八甲田の座席とは違って急行津軽は寝台車の座席を使用しています。</p><br><p>いわゆるリクライニング式ではなく、旧式列車のような角ばった座席です。</p><br><p>しかしかなり幅広でゆったりと座れます。</p><br><p>山好きな人には東北本線を使用する急行八甲田がいいかもしれませんが</p><br><p>海の好きな人にとってはむしろ新潟、秋田経由のこの路線をおすすめします。</p><br><p>海岸線の線路を通る確率が多いため、日本海特有のごつごつした岩肌を多く見られます。</p><br><p>人気のない海を見て寂しい気分に自ら浸るのは一人旅の醍醐味です。</p><br><p>車中で読書もいいでしょう。また音楽を聴くのもいいでしょう。パソコンで作業もいいでしょう。</p><br><p>しかし一人旅だからこそできることもあります。ましてや時間をもてあますような電車の旅だからこそ。</p><br><p>それが日本海側の人気のない海を眺めてひたすらに孤独と向き合うことだと思います。</p><br><p>社会人となり、また３人の子持ちとなった身としてはそのような旅自体が難しいのですが、</p><br><p>時にそのような旅をしてひたすらに孤独と向き合いたいと思います。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wembley2011/entry-11280537215.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Jun 2012 10:26:43 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>上野発の夜行列車　（その１）</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　今回は前回の青春１８きっぷにつづいて再び列車ネタで行きます。</p><br><p>ところでみなさまは「急行　八甲田」という電車の名前を聞いたことがあるでしょうか。</p><br><p>これも季節限定の列車でして、夏休み、冬休みの時期に運行されています。</p><br><p>私はなぜか電車で東京から北海道に帰省するのが好きでして、大学に入学してこのかた</p><br><p>飛行機で帰省したことはありませんでした。</p><br><p>飛行機だと北海道まででも２時間未満で到着できますので味気なさを感じていました。</p><br><p>そこで私が大学３年の頃、物好きな同級生が４人集まって夜行列車で北海道まで行こうということで</p><br><p>どなたかの歌の歌詞ではないですが「上野発の夜行列車」に乗り込んで北海道へ出発しました。</p><br><p>確か急行八甲田は１９時５０分頃に上野駅を出発して青森に向かいます。</p><br><p>少しでもお金を節約しようとの一人のケチくさい同級生Ｙ君の発案により自由席に乗りました。</p><br><p>出発の２時間前から席を取るために人が並んでいます。</p><br><p>売店で食べ物や飲み物を購入するのも楽しく思えます。さて電車は青森に向けて出発しました。</p><br><p>私を含めて総勢５人の旅でしたので３人と２人といった感じで席を分けて座りました。</p><br><p>最初の３時間ほどはみんなで話をしていましたが、Ｙ君と私以外の３人は夜行慣れしておらず</p><br><p>その後は思い切り寝ていました。</p><br><p>夜が明けて朝の７時前に盛岡に到着し、２０分ほど停車します。</p><br><p>そばを売っている店があるのを見かけて勢いでそばを買って朝飯にしました。</p><br><p>気分が高揚している時には何でも楽しく、そしておいしく思えるものです。</p><br><p>腹ごしらえをしてから２時間ほど後の９時１５分に終点の青森駅に到着しました。</p><br><p>ここから前述のブログでも紹介した快速「海峡」に乗って海を越えます。</p><br><p>青函トンネルを越えるのですが、トンネル内は暗闇のため、</p><br><p>どの時間帯でも青森側ではねぶたのネオンが。北海道側では時計台のネオンが見えます。</p><br><p>１２時頃に函館に到着し、１時間ほど次の「汽車」に乗るまでしばし休息です。</p><br><p>函館までは割と元気にしていたメンバーもさすがに函館からの特急内では疲労の色が濃くなりました。</p><br><p>列車の旅を終えてからＮ君が言うには「函館から旭川までの列車の旅はこたえた」ということでした。</p><br><p>私とＹ君にとっては既に体験済みのルートだったのですが、</p><br><p>北海道に行ったこともなく、ましてや夜行初体験の他の３人にとっては</p><br><p>函館→札幌間の４時間と札幌→旭川間の１時間３０分は難行苦行のようなものだったと思います。</p><br><p>結局旭川の我が実家にたどり着いたのは１９時頃でしたが、</p><br><p>夕食を食べた直後に５人とも泥のように眠ってしまいました。</p><br><p>他の３人は電車の疲れで。私とＹ君は道中の１時間だけの睡眠がさすがにこたえました。</p><br><p>４０歳を過ぎた身では夜行列車に乗るだけでも相当こたえるでしょう。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wembley2011/entry-11277104722.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Jun 2012 09:34:06 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>最後の夜汽車　～青春１８きっぷの旅</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　青春１８きっぷ。夏が来れば思い出します。各駅停車と快速のみの旅を。</p><br><p>私が青春１８きっぷを使って旅をしていたのは今から１７～１８年前の話です。</p><br><p>当時は５枚つづりのきっぷでしたが、今では１日毎にスタンプを押すような形に変わりました。</p><br><p>しかし今も￥１１５００で販売されているありがたいアイテムです。</p><br><p>私は北海道旭川市の生まれですが、東京にある地味な私立大学に通っていました。</p><br><p>ちなみに故・植木等さんの後輩にあたります。</p><br><p>夏休みや冬休みには毎回北海道に帰省していたのですが、できるだけお金を節約しようと思い、</p><br><p>電車で帰ることが多くなりました。</p><br><p>ある時青春１８きっぷの存在を知り、できるだけこれを活用して旅をしようと考えました。</p><br><p>その路程を今回紹介します。</p><br><p>まず２３時１１分池袋発の快速「ムーンライトえちご」に乗り込みます。指定券が￥５００かかります。</p><br><p>あらかじめ高崎までの乗車券を購入しておきます。確か￥２０００未満で購入できます。</p><br><p>高崎到着は１時ごろですので、ここを過ぎてから青春１８きっぷの１日目を使います。</p><br><p>座席はかつてのグリーン車を使用していましたので寝心地は悪くありません。快速の割には。</p><br><p>終点村上には５時１２分に到着します。（１９９５年当時は村上終点でしたが今は新潟終点です。）</p><br><p>そこでダッシュで５時１５分発の酒田行きの各駅停車に乗り込みます。</p><br><p>酒田には８時３０分ごろに到着しますが、秋田行きの電車が来るまで１時間ほど待ちます。</p><br><p>酒田駅で朝食を食べて９時３０分ごろに秋田行きの各駅停車に乗ります。</p><br><p>秋田到着は１２時ごろです。ここで次の電車に備えて休息をとります。秋田からがこの旅の最難関です。</p><br><p>秋田→青森間は５時間の旅です。しかも座席は山手線のような横長の座席。</p><br><p>くつろげないことこの上ない旅です。</p><br><p>１３時ごろに出発した電車はあちこち停車し、やっとのことで１８時ごろに青森に到着です。</p><br><p>さすがにもうヘトヘトですが、海を越えて北海道に行かねばなりません。</p><br><p>１８時３０分ごろに青森出発の快速「海峡」に乗ります。指定席券はあらかじめ買ったほうがいいでしょう。</p><br><p>２０時３０分ごろについに函館に到着します。</p><br><p>その途中に青函トンネル内の青森・北海道のいわゆる「県境」に注目してください。</p><br><p>青森側ではねぶたのネオン。北海道側に入ると時計台のネオンが見えます。</p><br><p>そして最後の夜汽車に乗り込みます。</p><br><p>２３時３０分函館発、札幌行きの「快速ミッドナイト」に乗ります。</p><br><p>この列車にはカーペット車が連結されており、枕と毛布があって体を横たえて休めます。</p><br><p>札幌までの７時間の道のりを眠って過ごせますのでありがたいです。</p><br><p>やはり快速なので￥５００の指定席券を購入すればいいだけです。</p><br><p>朝６時３０分に札幌駅に到着しますが、旭川に行こうとすればそこから更に３時間ほどかかります。</p><br><p>札幌までなら何とかがまんできましたが、さすがに嫌になります。</p><br><p>本ブログを書きながら当時の旅の疲労感を思い出したので疲れました。ここでやめます。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wembley2011/entry-11272381132.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Jun 2012 18:29:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>コーラと、女と、ヴァン・ヘイレン　（その３）</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　さて中学３年の頃、夏休みの初日に親子キャンプなるものがあった。</p><br><p>通学区からは自転車で行ける距離にちょっとした高台があり、そこでテントを張る。</p><br><p>クラス対抗綱引き大会や、夕食の「定番」ともいえるカレーづくり。</p><br><p>そしてキャンプファイヤー。ここまではほぼ通常のスケジュールだ。</p><br><p>夜の９時を過ぎると公式スケジュールはおしまいになるが、夜はここからが本番。</p><br><p>そこで登場するアイテムがヴァン・ヘイレンだった。</p><br><p>「５１５０」もその頃になると半ばクラスの一般教養の類となっており、</p><br><p>さほど洋楽好きなヤツならずともヴァン・ヘイレンは聴いているということもよくあった。</p><br><p>「５１５０」が流行るとともに前作の「１９８４」も相乗効果で聞かれだすようになり、</p><br><p>とあるテントでは一晩中「５１５０」と「１９８４」がラジカセから流れていた。</p><br><p>（ラジカセという言葉も今では死語でしょうか・・・）</p><br><p>コーラ片手にヴァン・ヘイレンの曲「SUMMER NIGHTS」をお供にして、向かうは女性陣のテント。</p><br><p>女性軍団６人に対して、男性は僕１人。</p><br><p>別にそのテント内にお目当ての女子がいたわけではないが、ただムードに流されたかっただけ。</p><br><p>今となっては何の話をしたかもまったく覚えていない。どうせ意味のない話だったろう。</p><br><p>夜も更けて時間は午前３時。</p><br><p>突然ある女子が僕の膝を借りて眠り始めた。さすがにちょっと「オッ」と思った。</p><br><p>そこへ突然体育の先生が乱入してきて「おまえ委員長のくせに何やってるんだ」と怒鳴った。</p><br><p>「やべぇ」と思って後先も考えずにひたすら逃げた。</p><br><p>ヴァン・ヘイレンに触発された「SUMMER NIGHTS」は呆気なく終わりを迎えてしまった。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wembley2011/entry-11270280953.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Jun 2012 09:16:52 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>コーラと、女と、ヴァン・ヘイレン　（その２）</title>
<description>
<![CDATA[ <p><font color="#000000">　　はじめてヴァン・ヘイレンを聴いたのは中学２年の冬のことだった。</font></p><br><p>サミー・ヘイガー加入後の初のアルバム「５１５０」を予約して購入した。</p><br><p>クラスで先んじて購入したのでみんなに自慢していたのをよく覚えている。</p><br><p>「５１５０」リリース後、懐かしの番組「夜のヒットスタジオ」にヴァン・ヘイレンが出演した。</p><br><p>その時に第一弾シングル「WHY CAN`T THIS BE LOVE」を演奏している映像が流れた。</p><br><p>次の日には早速クラスの話題になっていた。</p><br><p>エディ・ヴァン・ヘイレンがギターではなくシンセをプレイしていたことがトピックになった。</p><br><p>ヴァン・ヘイレンはもはやクラスの中で一般教養の類と化していた。</p><br><p>「５１５０」だけではなく、前作の「１９８４」もよく聴かれていた。</p><br><p>ある朝の登校時に度肝を抜かれるような出来事があった。</p><br><p>何と朝から校内放送で「１９８４」が１曲目から流れているではないか。正直驚いた。</p><br><p>「１９８４」を聴いた方ならお分かりかとは思うが、１曲目はインストゥルメンタルだ。</p><br><p>あの分厚いシンセの音が容赦なく僕らの胸を掻き立てる。</p><br><p>そうして間髪いれずに２曲目の「JUMP」に突入する。この流れは痛快以外の何物でもない。</p><br><p>こんなことをした放送委員会の生徒は後で先生からお目玉を喰らったかもしれないが、</p><br><p>少なくとも僕らからいえば一言「でかした！」といった感じだろう。</p><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wembley2011/entry-11265228253.html</link>
<pubDate>Thu, 31 May 2012 10:40:15 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>コーラと、女と、ヴァン・ヘイレン　（その１）</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　今年の３月、久々にエキサイトした出来事があった。</p><br><p>ヴァン・ヘイレンの久々の新作「A DIFFERENT KIND OF TRUTH」がリリースされた。</p><br><p>よりによってＤＶＤ付の初回限定盤を予約して購入してしまった。</p><br><p>いい年（当時４０歳）こいて多少はしたないという後ろめたさはあるものの</p><br><p>やはり大好きなものだから仕方がない。年云々は関係ない。</p><br><p>２００７年頃だろうか。アメリカ在住時代にヴァン・ヘイレンが再活動するというニュースを目にした。</p><br><p>アレックス、エディのヴァン・ヘイレン兄弟に加え、エディの息子ヴォルフガングがベーシストとして加入。</p><br><p>そしてヴォーカリストに初代のデヴィッド・リー・ロスが復帰するというではないか。</p><br><p>いつになったら新作が出るのだろうかと待っていたが、忘れた頃に新作が発表された。</p><br><p>感想としては素直に良いと思えた。随所で懐かしいヴァン・ヘイレン節を堪能できて嬉しく思った。</p><br><p>何でも２曲目の「SHE`S A WOMAN」は１９７０年代後半に原型ができていたそうな・・・。</p><br><p>サミー・ヘイガー時代の力業で押しまくるような作風も悪くはないが、</p><br><p>やはりデヴィッド・リー・ロスには味がある。</p><br><p>さほど技量のあるヴォーカリストではないが、ヴァン・ヘイレンには合っているように思う。</p><br><p>新作を引っさげての日本公演が実現した暁にはぜひとも足を運びたいものだ。</p><br><p>　</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wembley2011/entry-11259997270.html</link>
<pubDate>Fri, 25 May 2012 10:48:27 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ジョン・レノンとの出会い</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　はじめてジョン・レノンを聞いたのは中学２年の時だった。</p><br><p>その頃から洋楽を聞き始めていたが、少しづつ流行の音に物足りなさを感じていた。</p><br><p>そんな時にジョン・レノンの「ライブ・イン・ニューヨーク・シティ」を手に入れて聞いてみた。</p><br><p>あえて「輸入盤」を購入した。通っぽくてカッコいいという思い込みがあったもので・・・。</p><br><p>４０を過ぎた今となって思えばたかだか中学２年の身空でジョン・レノンを聞くことは</p><br><p>「無謀」ともいえる試みだったと思う。</p><br><p>ソロに転じてからのジョンはビートルズ時代に比べてトンがった音が多くなったようだ。</p><br><p>そのトンがり具合のカッコ良さがわかるようになったのは３０を少し過ぎた頃だったが、</p><br><p>１４歳当時の自分がそのジョンのトンがり具合をわかっていたかといえば疑問である。</p><br><p>俺はジョン・レノンを聞いているんだ。俺って大人だろ。とカッコつけていた気がする。</p><br><p>例えてみればわかりもしないのにドストエフスキーを読んで文学がわかった気になっている</p><br><p>通ぶったエセ文学青年のようなものかもしれない。</p><br><p>しかし時には背伸びも必要かもしれない。無理にでも背伸びをして自分を大きくする契機にできる。</p><br><p>高校時代からはビートルズを聴くようになったが、中学時代の「背伸び」は大いに役立った。</p><br><p>ジョンのソロ作品を無理して聴いたおかげでビートルズを素直にいいと思えた。</p><br><p>いわゆる「ロック体力」が養われてよかったと今となっては思う。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wembley2011/entry-11259784817.html</link>
<pubDate>Fri, 25 May 2012 00:01:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>不平等はある、しかし不公平はない</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　２０１１－２０１２シーズンのチャンピオンズ・リーグはチェルシーが初優勝を果たしました。</p><br><p>今回の結果に関して言えば「不平等はある、しかし不公平はない」ということかと思います。</p><br><p>今回の決勝戦の前には相当批判があったようです。</p><br><p>なぜなら今回の決勝戦が行われた場所はバイエルンのホーム・スタジアムだったからです。</p><br><p>どう考えてもバイエルン圧倒的有利、相手側のチェルシー圧倒的不利という状況でした。</p><br><p>欧州サッカーですとアウェイ・ゴール２倍というルールが適用されることもあります。</p><br><p>要はそれだけ敵地で戦うのは非常に厳しいということです。</p><br><p>だから敵地であげたゴールは２倍で勘定するということになります。</p><br><p>チャンピオンズ・リーグの決勝戦に関しては一発勝負ですのでアウェイ・ゴール２倍は適用外です。</p><br><p>しかしながらいくら事前に決まっていたとはいえ、今回の決勝は「不平等」と感じた人もいました。</p><br><p>なぜ決勝まで勝ち進んだバイエルンのホームで決勝を戦わねばならんのだと。</p><br><p>こういう場合は会場を変えるなどすればいいのにと思った人も少なくはなかったのでしょう。</p><br><p>しかし試合結果そのものに関しては「不公平はない」といえるものだったのではと思います。</p><br><p>試合の経緯は詳しくは分かりかねますが、チェルシーはＰＫ戦を制して見事に優勝しました。</p><br><p>自分の応援するバルセロナを準決勝で破ったチェルシーに対しては多少複雑な思いがありますが、</p><br><p>圧倒的不利という不平等を跳ね除けたチェルシーには感服しています。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wembley2011/entry-11256495948.html</link>
<pubDate>Mon, 21 May 2012 10:40:51 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>俺たちの街のジマンが出来たぞ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　本日付でアメブロデビューの「気合とシャウトの男」です。</p><br><p>去る５月３日・４日と映画「タカハマ物語」の撮影でジェイテクト田戸岬工場に行ってきました。</p><br><p>この映画は私の住んでいる高浜市の町おこしの一環として製作される映画です。</p><br><p>監督は石丸みどりさん。そして、監督の上に「監修」というポジションがあります。</p><br><p>その監修を務めるのは「はやぶさ」、「２０世紀少年」などを監督した堤幸彦氏です。</p><br><p>どういう経緯かは失念しましたが、高浜市長の吉岡初浩さんと堤監督は旧知の間柄で</p><br><p>それが縁で高浜市の町おこし事業として「タカハマ物語」がつくられることになりました。</p><br><p>昨年の８月にオーディションが行われ、８００人近い人が参加しました。</p><br><p>物好きな私も徹夜明けでオーディションの最終日に駆け込みで参加し、</p><br><p>メインキャストにこそ選ばれなかったのですが、台詞のあるエキストラになりました。</p><br><p>閉館寸前の人形館の館長という役を頂きました。映画の中では割とホロ苦い役どころです。</p><br><p>今年の３月に名鉄三河線の吉浜駅の近くにある吉浜人形館で撮影が行われました。</p><br><p>監督からは「演技に色気がありすぎるのでもっと軽く演じてほしい」との注文を受けました。</p><br><p>また、撮影中に本物の人形館館長に間違えられて、「館長、暖房切っていいですか？」と</p><br><p>声をかけられたこともありました。</p><br><p>そして５月３日・４日とクライマックスシーンの撮影に入りました。</p><br><p>音瓦を叩いてサンバを演奏する通称「鬼コン」のシーンの撮影です。</p><br><p>歓声だけのシーン、観客だけの撮影、バンド演奏中心の撮影と数多くのパターンを撮りました。</p><br><p>特に３日は太陽の下に６～７時間は晒されていたので、多くの人が日に焼けて大変でした。</p><br><p>私も「ハワイに行ったの？」と聞かれるくらいに日焼けしてしまいました。</p><br><p>映画の撮影は最近クランクアップし、後は９月２日の公開を待つだけです。</p><br><p>とはいえおそらくは高浜市中央公民館での極めてローカルな公開になると思います。</p><br><p>それでも興味のある方はぜひとも高浜市に足を運んでください。お待ちしています。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/wembley2011/entry-11252993480.html</link>
<pubDate>Thu, 17 May 2012 14:27:06 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
