<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>werefelinのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/werefelin/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/werefelin/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>ごく普通のおばさんの退屈な日記：木曜日 2026/5/28</title>
<description>
<![CDATA[ <p>月曜日はアメリカは Memorial Day でお休みでした。今週と来週は医療処置が続くので、少し休みを取っています。でも家にいると案外いろいろできるんですよね。アメリカ風のビスケットを作り、発酵ピクルスも仕込みました。</p><p>3週間前にもビスケットを作ったのですが、ケーキ用の薄力粉（cake flour）がベーキングパウダー入り小麦粉（self-raising flour）のように膨らむと勘違いして、ベーキングパウダーを入れ忘れました。結果は、しょっぱいバター味のクッキーのようなものに。でも美味しかったらしく、家族には好評であっという間になくなりました。</p><p>今回はちゃんとベーキングパウダーを入れ、塩を控えめに。同じ量のバターを使ったのに、夫には「美味しいけどバターが少ない気がする」と言われました。不思議ですね。</p><h2>初めての大腸内視鏡とアメリカ式の準備</h2><p>歳を取ると時間が過ぎるのが早いものです。もう木曜日。日曜日に作ったビスケットを最後に、初めての大腸内視鏡検査のため流動食を始めました。</p><p>アメリカでは、できることは全部自分でやるのが普通で、準備も例外ではありません。PEG-3350 &amp; electrolytes なるものを昨日と今日飲みました。詳細は控えますが、とにかくまずい。しょっぱくて、飲むのが苦行でした。</p><p>自分を励ますつもりで AI さんに「終わったら何を食べよう」と聞いたら「スープ」と言われてキレました。あのしょっぱくてまずい液体を5リットルも飲んだ後にスープはないでしょう。オートミールとココアは大丈夫と言われたので、それにしました。</p><p>少し食べたら逆にお腹がすいてしまい、大食いを避けるために昼寝をして、起きてから夕飯を食べて Netflix を見ました。</p><p>日本ではこういう準備、全部病院でやってくれるのでしょうか。午後1時に家を出て、3時半にはクリニックから帰宅。今日は麻酔のせいにして仕事はお休みです。暇なのでブログを書いています。</p><p>土曜日は空手の審査、月曜日は屈折矯正レンズ交換術（白内障治療）。なぜこんなに予定を詰め込んだのでしょうか。左目だけなので、また右目もスケジュールしなければなりません。面倒くさい。</p><h2>ルパン三世と両親と歪んだ恋愛観</h2><p>「ルパン三世 ワルサーP38」を見ました。絵柄は少し違いましたが良かったです。お気に入りの次元の出番が少なかったのは残念。</p><p>私は小さい頃からルパン三世を見て育ったので、そのせいか恋愛観がちょっと歪んでいる気がします。好きなのは次元ですが、ルパンと不二子の関係も魅力的なんですよね。派手に好きなことをして、計画もないのに会って惹かれ合う感じ。</p><p>昔は仕事関係のカンファレンスで、年に1〜2回だけ会う人がいました。そういう人と恋に落ちるのもいいなと思ったり。でも私はもう結婚して子どももいるので関係ありません。それに出世しなかったので、今は若いハイテク新入社員の男の子たちと働いていますが、彼らとの関係は御免です（笑）。</p><h2>妹と、母の妊娠中の記憶</h2><p>また昔話をしましょう。アラフィフを越えると、何か伝えたくなるものですね。</p><p>私には妹がいます。仲は悪くありませんが、年に1〜2度電話する程度で、親しいとも言えません。2人ともアメリカに住んでいますが距離があるので全然会っていません。年齢は2つ違いですが、今となってはほとんど同じ年齢のようなものです。</p><p>この間「最初の記憶」の話をしましたが、妹が生まれる前の記憶が私の2番目の記憶です。母は未治療の妊娠糖尿病で、2度とも帝王切開。赤ちゃんが育ちすぎたんですね。そのせいか私も妹も肥満児でした。家を出て一人暮らしを始めてから体重管理が楽になりましたが、それはまた別の話。</p><p>母は私を帝王切開した経験があったので、妹の出産のかなり前から入院していました。その頃のことをいろいろ覚えています。</p><ul><li><p>アパートから今の実家に引っ越し、父と空っぽの家で床に寝転んだこと（赤いじゅうたん）</p></li><li><p>父の仕事場に連れて行ってもらったこと。神棚があり、2人でお祈りしたこと</p></li><li><p>母方の祖父母にしばらく預けられていたこと</p></li><li><p>母のお見舞いに行ったこと</p></li><li><p>病院で初めて妹を見たこと</p></li></ul><h2>両親と祖父母たちとの関係</h2><p>父とは良い思い出と悪い思い出がありますが、ほとんど家にいなかったので、私は夫に会う前に「ほっといてくれる彼氏」を選んだのだと思います。夫は内向的で、一人でいるのが苦ではないので、私がほっといてほしい時にはちゃんと距離を置いてくれます。</p><p>母には残念ながら良い思い出がありません。</p><p>母方の祖父母も母と同じく怖い存在でした。祖母はキャリアウーマンで、土地と店を仕切り、お手伝いさんがたくさん。子育てはほとんどしていなかったようです。母も叔父も子守さんに育てられ、人を信用せず扱いも荒かった。私も妹もいとこたちも、結構虐待されていました。なぜ母方の祖父母に預けられたのか、今でも疑問です。</p><p>父方の祖父母は田舎の貧しい人たちで、母は軽蔑していたようです。家を買う前は別々に住んでいましたが、一緒に住んでいた時、祖父母は私の本当の両親のようでした。もっと一緒にいたかった。</p><p>祖母は両親が日本に戻ってしばらくしてから認知症になり入院しました。帰国するたびにお見舞いに行きたいと言うと、母は嫌な顔をしました。父は母と祖母の争いにあまり関わりたくなかったようですが、最終的にそっと母に知られないように病院に連れて行ってくれました。</p><p>誰のことも覚えられなくなっていたはずの祖母が、私を思い出して泣いたのは本当に悲しかった。面会は15分でほとんど話せませんでしたが、私にはとても大切な時間でした。私の前では祖母は普通に話し、大学院に行ったことを誇りに思っていると言ってくれました。父が教育を受けて出世したのは、祖母のおかげでしょう。</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/werefelin/entry-12967678112.html</link>
<pubDate>Fri, 29 May 2026 17:13:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ごく普通のおばさんの退屈な日記：水曜日2026/5/20</title>
<description>
<![CDATA[ <p>先週末は両親に電話しませんでした。というのも、二十歳で家を出てから今日まで、両親から電話が来たことが一度もないんですよね。ゼロ。まさかの皆勤賞。いつも私から 1〜2か月に一度かけるだけ。話すとストレスが溜まるので、先週は気分が沈んでいましたが（母の日）、今週は復活しました。父の日までは連絡しなくていいので、しばらく心が平和です（溜息）。<br><br>時々、昔のアメリカン　ポップスを聴きたくなります。今日は Sheryl Crow の Strong Enough が聴きたくて YouTube を開きました。夫が「ルーマニア加入が一番安い」と言うので、我が家は謎のルーマニア勢。広告が出ないのは最高です。<br><br>で、YouTube さん（AIなのか気分屋なのか不明）、次に流す曲のセンスが毎回カオス。今回は Don Henley の Boys of Summer。なぜか私の中で Don Henley は「胡散臭いおじさんが若い子を追いかけてる」イメージだったのですが、実際は多分、昔の恋を思い出して切なくなってるだけなんですよね。Benny Mardones の Into the Night と混ざって、勝手に Don Henley をロリコン扱いしてました。完全に濡れ衣。Don Henley さん、本当にすみません。でも曲は好きなので、guilty pleasure としてこっそり楽しんでます（笑）。<br><br>最近は香水探しにどっぷりハマっています。もう趣味というか修行。高い香水も持っていますが、子どもの頃に日本の薬局で買った安いシトラス系を今でも愛用中。資生堂のビバアーチェが大好きで何本か買ってアメリカに持ってきたのですが、ついに最後の一本に（泣）。タルク入りなので、もうどこにも売ってないでしょうね。時代よ（泣）。<br><br>次に日本へ行くときに買い置きするつもりだったのですが、グリーンカードの期限切れで今年の旅行はキャンセル。私の更新は10か月で済みましたが（今までは6か月で更新、6か月前に手続きを始められる）、知り合いの中にはもっとかかっている人も。日本とアメリカの関係が良くて本当に助かりました。<br><br>毎週末、夫を連れて香水ショッピング。でも、まだ「これだ！」という香りに出会えません（泣）。いっそ自分で作ろうかしら。ナッツ類、特にココナッツとパーム油に肌が負けるので、私はよく牛脂で石鹸を作ります。そこにエッセンシャルオイルを混ぜて自分の香りを作ったり。でもね、エッセンシャルオイルだけだと香りがすぐ飛ぶんですよ。ムスクや樹脂を入れるとくさくなるし。石鹸ならカオリンやローズウォーターで香りを保てるんですけどね。<br><br>私は生まれつき目が悪いせいか、他の五感が鋭いほうです。特に嗅覚は記憶と直結している気がします。普通のアメリカ人に比べれば記憶力は良いほうですが、日本人は受験で鍛えられているので、そこには勝てません（笑）。<br><br>仕事でAIを使うので、香水の情報を Gemini や Copilot に入力しています。ハイテクで香水にハマってる人って少なそうなので、もしかしたら私のデータ、AI界隈ではレアもの扱いされるかもしれません（笑）。<br>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/werefelin/entry-12966776703.html</link>
<pubDate>Wed, 20 May 2026 18:57:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ごく普通のおばさんの退屈な日記：木曜日2026/5/14</title>
<description>
<![CDATA[ <p>今日は結構いい日でした。もう30年以上インターネット関連の仕事をしていると、時々“感覚だけで問題が分かる日”があります。今日はまさにそれで、同僚が悩んでいた二つの問題をサクッと解決。ちょっとした英雄気取りです。普段はそう簡単にいかないことのほうが多いので、落ち込んでいた気分が少し晴れました。</p><p>&nbsp;</p><p>週末は母の日だったので、両親に電話をしました。母は認知症がかなり進んでいて、日本とアメリカの区別がつかなくなっています。どうやら今も家族4人でアメリカに住んでいると思っているようです。（実際は全員バラバラに暮らしています。）昔からの日本のご近所さんも、母の中ではアメリカの隣人。毎日行くスーパーでは英語で買い物をしているらしい。老人デイサービスは“アメリカのESLクラス”だと思っているようです（笑）。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、母が私たちを見つけられない理由は　「みんなでカラオケに行って、私だけ仲間外れにしているから」。</p><p>&nbsp;</p><p>近所の人の兄弟がカラオケにハマりすぎて破産したとか、健康を壊したとか、そんな話までしてきます。心配しているのか、妄想なのか、その境界が曖昧です。<br><br>さらに怒りの矛先は私たちへ。「あんたたちが私のスマホを盗んで、カラオケ代に使ってる！」</p><p>&nbsp;</p><p>いや、そんなハイテクな使い方はしていません。母の財産は後見人が管理しているし、スマホで支払いなんてできません。</p><p>&nbsp;</p><p>どうやら去年帰省したとき、私がQRコード決済をしているのを見て覚えていたようです。本当に、変なところだけ記憶力がいい。</p><p>&nbsp;</p><p>父が最近こんなことをこぼしました。「お前を日本に残しておけばよかった」</p><p>&nbsp;</p><p>いやいや、いまさら何よというのが正直なところです。</p><p>&nbsp;</p><p>せっかく高校受験に受かって、希望の学校に入ったばかり。仲の良かった祖父母と3人で、これから楽しく暮らすはずだったのに、私は無理やり、あまり気の合わない両親と妹と一緒に、言葉も分からないアメリカへ連れて行かれました。</p><p>&nbsp;</p><p>私は罰当たりでしょうか?</p><p>&nbsp;</p><p>両親に育ててもらったことを感謝すべきなのは分かっています。でも、見合い結婚でお互いを嫌っていた両親のもとで育つのは、子どもにとって相当な重荷でした。<br><br>父はほとんど家に寄りつかず、母はノイローゼ気味（今思えば長期未治療の産後うつ？）で、「カレン」が流行る前からカレンだったような人。<br><br>父も私も完全に虐待されていました。</p><p>&nbsp;</p><p>一番最初の記憶ってありますか？</p><p>&nbsp;</p><p>私の最初の記憶は、赤い絨毯と木製のテーブル、丸い金魚鉢と朱色の金魚。1歳の頃に住んでいたアパートの記憶だと思っています。<br><br>ただ、この記憶に自信がなくなったのは母のせいです。<br><br>小学生の頃、親戚のおばさんたちと台所で話していたとき、私はこの記憶の話をしました。すると母は、「そんな幼い時の記憶があるなんてすごい」と自慢げに言いました。褒められた記憶がほとんどない私にとって、これは本当に嬉しかった。<br><br>ところが大人になって同じ話をしたら、「アパートに赤い絨毯なんてなかった。あんたの記憶は全然正確じゃない」 &nbsp;と馬鹿呼ばわり。<br><br>でも実際には、赤い絨毯は引っ越しの際に持ってきて、新しい家でしばらく使っていました。父が未練がましく捨てるのを嫌がっていたのを覚えています。つまり、赤い絨毯がアパートにあったのは本当。<br><br>これって、今で言うガスライティング　（相手の記憶や感覚を否定して混乱させること）ですよね。母は生涯うつ状態のような人で、今は認知症。もう確かめることもできません。</p><p>&nbsp;</p><p>両親は私が二十歳になったとき、日本に帰国しました。私と妹はアメリカに残りました。それまで友達もおらず、いつも病弱だった私の人生は、そこから大きく変わりました。<br><br>大学、大学院、そして5年ごとに転々とした職場。その中でたくさんの友人に恵まれ、ほとんど病気もしなくなりました。<br><br>そして気づいたのは、私の両親（特に母）ほど恐ろしい人には、今まで一度も出会っていないということ。<br><br>両親をほったらかしにしている罪悪感は、もちろんあります。でも、それを除けば、私はとても幸せに暮らしています。</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/werefelin/entry-12966239185.html</link>
<pubDate>Fri, 15 May 2026 16:25:50 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ごく普通のおばさんの退屈な日記：火曜日2026/5/5</title>
<description>
<![CDATA[ <p>新しいブログの2回目です。今回は、もう少し日記らしく書いてみようと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>ハイテクの仕事は相変わらず忙しくて、運動して家に帰ると、正直テレビを見るくらいの体力しか残っていません。最近はNetflixでDaredevilを観ています。あれは「トランプ氏のアメリカがああなる」という設定なんでしょうか（驚）ちょっと怖いですね.まあ、現実があんなふうにはならないと信じたいところです。</p><p>&nbsp;</p><p>生活自体はここ数年ほとんど変わっていません。ただ、給料は上がらないのに物価だけはどんどん上がっていきます。去年、会社の株価が上がったタイミングで株を売って車を買ったのですが、税金が思った以上に取られてしまいました。保険も倍になってしまって（泣） それでも、住んでいる場所は安全だし、今のところは「まあ幸せ」だと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>最近、服がだいぶボロボロになってきたので、少しずつ買い替えています。というのも、つい最近まで猫を飼っていて、洗濯物を引っかかれて空いた小さな穴が、引っ張られるうちにどんどん大きくなってしまっていたんです。</p><p>&nbsp;</p><p>本来の私は、独身のまま猫に囲まれて歳を取る“猫おばさん”になる予定でした。それがなぜか結婚して、子どもまでいる人生になりました（驚）</p><p>&nbsp;</p><p>子どもが小さかった頃は、車にひかれにくいように明るい色の服を着せていたので、私自身も普段は選ばない派手な色の服を買っていました。でも、もう子どもも大人になったので、最近はまた昔好きだった色の服を選ぶようになっています。</p><p>&nbsp;</p><p>今は黒のプラットフォームヒールのコンバットブーツ、黒のバイカージャケット、そしてズボンと Tシャツもほぼ黒とワインレッドで統一し始めました。</p><p>&nbsp;</p><p>子どもの頃はtomboyで、男の子みたいな格好をして、青とオレンジばかり着ていました。色は変わっても、性格は変わらないものですね（笑）</p><p>&nbsp;</p><p>今日は国際チームの会議があって、夜9時まで仕事でした。今はそのあとで、こうして日記を書いています。明日は朝7時からまた会議。…疲れました（ふう）</p><p>&nbsp;</p><p>また気が向いたら、日記を書こうと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/werefelin/entry-12965289847.html</link>
<pubDate>Wed, 06 May 2026 15:18:06 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ごく普通のおばさんの退屈な日記：月曜日2026/4/7</title>
<description>
<![CDATA[ <p>はじめまして。今回が初めてのブログ投稿なので、まずは簡単に自己紹介を書いてみようと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>この日記は基本的に誰も読まない前提で書いていますが（笑）、アメリカ生活が長く、日本語が少し不自然なところもあるかもしれません。それでも「いいね」やコメントをいただけたら、嬉しいです。</p><p>&nbsp;</p><h2>■ 昭和育ちの私</h2><p>私は昭和育ちの、いわゆるおばさん世代です。生まれ育ったのは地方の住宅地で、家のすぐ隣には森や小川、沼がありました。川を飛び越えたり木に登ったり、自然の中でのびのび遊んでいた日々は、今でも大切な思い出です。</p><p>&nbsp;</p><p>当時は子どもも多く、高校受験はなかなか大変でした。志望校に合格したときは本当に嬉しかったのですが、父の仕事の都合で日本の高校には短期間しか通えず、15歳でアメリカへ移ることになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>当時の日本では英語の授業は中学校からでした。今は小学校から始まるんですよね。渡米は急に決まったので準備もできず、英語がほとんど分からないままアメリカの高校へ。授業は難しいし、言葉も通じないし、毎日が本当に孤独との戦いでした。</p><h2>■ アメリカでの進学と仕事</h2><p>日本語の勉強もおろそかにしていたこともあり、日本で大学受験をするのは難しく、アメリカの大学に進学しました。両親は日本に戻り、私はアメリカに残ることに。電子工学で大学院を卒業してからは、ずっとハイテク系の仕事に携わっています。</p><h2>■ 趣味や好きなこと</h2><p>甘いものが好きで、作るのも食べるのも楽しみのひとつです。子どもの頃は漫画を読むのを禁止されていたので（両親はわりと厳しめでした）、今になってアニメを観たり、日本から漫画を取り寄せたりしています。</p><p>&nbsp;</p><p>最近は空手を始めました。若い頃は体が柔らかくて体操もそこそこできたんですが、今はもう無理ですね（笑）。 ピアノも時々弾いていましたが、事故で両肘を骨折してからは本格的な練習をやめてしまい、今は簡単な曲を気ままに弾く程度です。</p><p>&nbsp;</p><p>音楽はテクノが好きで、Underworldは特にお気に入り。カラオケやダンスも好きで、気分転換によく楽しんでいます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ここまで読んでくださって、ありがとうございました。ゆっくり気ままに更新していくので、また遊びに来て下さい。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/werefelin/entry-12964432501.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Apr 2026 14:50:43 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
