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<title>wilkinson</title>
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<title>アトピーとは</title>
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<![CDATA[ 半年前ぐらいから幼少時代に持っていたアトピーが復活しました。<br><br>て言っても薬さえ塗っていれば確認できないぐらいの。<br><br>皮膚科に行ってみると、体質なんでもう治りませんね～みたいな感じ。<br><br><br>そうなのかと思って、じゃあもうアトピーがあることに不満を嘆いても仕方ないから、アトピーがあることを前提にいかに楽しく生きるかを考えなきゃなという結論に達した。<br><br>そんでもって、これって体質だけじゃなくて精神面でもそのまま当てはまるよなーと思った。<br><br><br>どうしても嫌な出来事、悲しい出来事があって、それはこれから生きていく上でずっと心に残ってしまうもので、でもそれを嘆いてたらキリがないっていう。それはアトピーみたいなもので、それがあることを前提にどう楽しく生きていくことを考えなきゃいけないなー。<br><br>と思っていたのが先週まで。<br><br>最近何かの拍子にふと、その考えはちょっと間違ってたんじゃないか、正確に言うと、間違いではないけれどもっと良い考え方があるんじゃないかと思った。<br><br><br>アトピーはなくならないと諦めた時点でアトピーは一生なくならないのではないか。<br><br>最後の最後まで希望を持って闘うべきなのでないか。<br><br>ランスアームストロングだって癌が完治したし、<br><br>早速最近新しいアトピーの薬ができそうとニュースやってたし、<br><br>そうでなくても乾燥防ぐためのビタミン取ったりまだまだやれることはたくさんあるし<br><br>体質だってこれから変わらないとは限らない。<br><br>ということで今は完治させることを目標としています。<br><br>それと一緒で心だって、どんなに嫌なことも悲しいこともなくならないと諦めてしまった時点でなくならないわけで、最後まで乗り越えられるように頑張ってみようと思いました。<br><br>さぁ、今からまた横浜で闘って来よう。<br><br>願うのではない。信じるのだ。<br><br>「ひとを批判したいような気持ちが起きた場合にはだな、この世の中の人がみんなおまえと同じように恵まれているわけではないということを、ちょっと思いだしてみるのだ。」
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<pubDate>Sun, 13 Jun 2010 14:38:31 +0900</pubDate>
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<title>江古田とは</title>
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<![CDATA[ ちょっと前に発売した東京通本に載っていた『江古田ちゃん』の作者の江古田論が面白い。<br><br>「江古田は終着点ではない。通過点の街だ。」<br><br>なるほど。曰く、江古田は下北や高円寺ほどポピュラーではないし、人情味があるわけでもなく、有名人も有名な店もない。みんな無名で、全てが“ほどほど”である。ただそんな“ほどほど”だからこそ居心地の良さを感じる人がいる。江古田のある西武池袋線だって、中央線や小田急線のほうがかっこいい。いや、東急東横線や田園都市線はもっとかっこいい。江古田はあくまでそれまでの通過点なのである、っていう話。<br><br>たしかに、東京通本にも載っているantique oddやFouesieは、代官山らへんにあるお店に勝るとも劣らないほどおしゃれであり品も良い。半年前にうちの向かいの隣にできた「きこころ」は、おしゃれな植木や和雑貨を扱ってて、かなり良い。が、江古田に出した理由は「本当は恵比寿とかおしゃれな街がよかったけど家賃が安いし」という理由がほとんど。江古田は夢への通過点のようである。あのYUKIも売れてなかった時代は江古田の八百屋の二階に住んでいたという。<br><br>そんな江古田もそろそろ開発の手が…。自分にもう少し余力があれば反対運動とかしたんだけどなあ。<br>
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<pubDate>Tue, 08 Dec 2009 22:42:17 +0900</pubDate>
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<title>あっちの世界とは</title>
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<![CDATA[ 先日、早稲田大学で『降りてゆく生き方』という映画を見た。主人公である武田鉄也が、お金のために始めた地方再生を進めていくうちに、すっかり生き方が変わってお金なんていらない生き方に変わっていってしまうというまあある意味では予想通りの展開だったが、その中でこんな台詞があった。<br><br>「なんだか、死ぬのが楽しみになってきた。」<br><br>この考え方って凄いと思うなぁ。きっと彼は死ぬ瞬間、幸せそうに死ぬであろう。どんな人生を生きたにしろ、死ぬ瞬間に後悔を感じて死ぬか、笑って死ぬかが、人生そのものを決定づけると思う。<br><br>戦後アメリカ型の生き方が浸透してきて、すっかり「成功すること＝幸せ」のような価値観が生まれてきた。しかし、そもそも昔は「成功」なんて概念自体がなかった。最低限生きていければそれでよかったから。そして、今のような経済成長が減速している社会では「成功者」自体がどんどん減ってきている。そんな中で成功を求め一喜一憂する、それは果たして幸せに繋がるだろうか。<br><br>結局、成功しようがしまいが幸せな人は幸せだし不幸せな人は不幸せなのである。<br><br>まあだからといって成功を目指すことがいけないと言っているわけではない。個人的には特に成功を目指していないけど、常に闘っていたいと思っている。五十代、六十代になっても、いつまでも自分の信念を持って闘って生きれる人、そんな男になりたい。<br><br>最近つくづく思うのが、人はこの世界で生きているようで実はもう一つの世界に生きているということ。この世界で何をしようが、何を得ようが、結局それに対してどう思うか、何を感じるかは自分自身の気持ちの問題であり、あっちの世界の話なのである。<br><br>そしてあっちの世界でどう生きるかが死ぬときにどう思って死ぬかも決定づける。さらに言えば、あっちの世界とこっちの世界は決して無関係ではなく、あっちの世界でどう生きているかがこっちの世界にも影響を与えている。良い心を持った人には良い人が集まるし、そういう人はきっと幸せに死ぬ。<br><br>なんだか宗教じみてしまった。<br><br>まあ要するに言いたいことは、久しぶりに愛犬のお墓参りでも行かなきゃなということ。すこやかに、おだやかに、しなやかに生きたいということ。<br><br>インドで出会った青年が、目の前に広がる圧倒的なガンジス川を眺めてぼーっとしてるときにこんな台詞を言っていた。そのときは、よくもまあこのシチュエーションにぴったりなベタな台詞を言うなぁとひねくれて考えたものだけど、今でも心に残っている。<br><br>「人間、死んでしまえばあの世には名誉も地位もお金もなんにも持っていけないんだよ。」
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<link>https://ameblo.jp/wilkinson1987/entry-10351252999.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Sep 2009 19:44:11 +0900</pubDate>
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<title>人生とは</title>
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<![CDATA[ またまた何日か空いてしまった。<br><br>いつものように「怒涛のような」七月が終わり、再び「脱力期間」とでもいいましょうか。<br><br>昔はよくもぬけの殻になってたけど、<br><br>今は違う。<br><br>忙しいときは忙しいときで楽しんで、暇なときは暇なときで楽しめるようになった。<br><br>昔とは変わった。<br><br>気付けば大学生活も残り８ヶ月。<br><br>きっと一瞬なんだろうな。<br><br>だけど、忙しさに自分を見失わないよう。<br><br>たまにはちゃんと振り返ろう。<br><br>＊＊＊＊＊＊<br><br>昔はよく、年齢と自分の幼さに驚いたりしてたけど、今はあまりない。<br><br>むしろ、あぁ俺も少しは大人になったなぁと思う。<br><br><br>この22年間は、楽しいことも辛いことも山ほどあって、 <br><br>時が止まって欲しいと思うほど幸せだったときも、<br><br>いつまで続くのかと嘆くほど辛いことも、<br><br>どうしようもなくて、ただただ受け入れるしかないような出来事も、<br><br>そういうのをいくつか通り抜けて今は、<br><br>あぁ、人生ってこういうものなのか。<br><br>凄く幸せなときもあれば、先が見えないようなときもある。<br><br>どちらにせよ今できることを精一杯やるしかない。<br><br>だけどきっと、 自分の周りにいる大切な人たちがいるかぎり<br><br>大抵のことは乗り越えられるし、時間が解決してくれる。<br><br>「俺はみんなに生かされている。」<br><br>そんな風に思うようになった。<br><br><br>一つ一つの出会いを大切にしよう。<br><br>今周りにいてくれる人たちのために精一杯がんばろう。<br><br>＊＊＊＊＊＊＊<br><br>辛いときは自分でも気付かないうちに「辛いとき」に入っているもので<br><br>決して誰が教えてくれるわけでもない。<br><br>楽しいときもいつの間にか「楽しいとき」に入っているもので<br><br>気付いたときには過ぎてたりする。<br><br>不思議なもので一方を感じるときは限りなく一方を思い出せなくなる。<br><br>あんなに辛かったのに。<br><br>あんなに楽しかったのに。<br><br>儚いなぁ。<br><br><br>だけど、できる限りどっちも大事にしていきたい。<br><br>辛いときは、感受性が豊かになる。気がする。普段考えないようなことも真剣に考える。新しい自分の一面を知ったりする。何より、周りの人の温かさを知れる。<br><br>楽しいときは、不思議となんでもうまくいく。普段できないようなことができる。運が良くなる。そして、あんな楽しいときもあったなぁと懐かしめられる。<br><br><br><br>過去があって今がある。<br><br>今があって未来がある。<br><br><br>たまたま入った99ショップからは、偶然にも『惑星タイマー』が流れていた。<br><br><br>「ありがとう、さようなら。さらに言うと、愛してる。」<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/wilkinson1987/entry-10315605013.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Aug 2009 23:56:38 +0900</pubDate>
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<title>カリスマとは</title>
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<![CDATA[ 山口絵里子さん。<br><br>この人、凄いです。<br><br>情熱大陸を通しても、著書を通しても魅力を感じる。<br><br>途上国で何もないところからビジネスを始め、騙されたり夜逃げされたりしながら、少しずつ前に進んでいく。<br><br>そのブログはまるで本の一部を読んでいるよう。<br><br>だけどもちろんこれらは実際に昨日今日ネパール（前まではバングラデシュ）で起きていること。<br><br>ノンフィクションの本が出来上がる過程を眺めてるみたいで面白い。<br><br>日々の生活が本に出来るような人生って凄い。<br><br>その魅力は単に貧困国のためにがんばってるっていうとこだけじゃなくて、<br><br>なんていうか、いつも感情豊かで、必死なところ。色々悩んだりもするけど結局は前を向いて笑っているところ。<br><br>そんな人としての魅力を感じるんだと思う。（なんか言葉にしてみると安っぽい…）<br><br>つまりもちろんこの人がやってること自体も凄いんだけど、この人を見てるとなぜだか応援してあげたくなって、自分自身ももっとがんばろうっていう気持ちになって、是非とも一度会ってみたいと思わせられる。<br><br>まるでYUKIみたい。<br><br>こういう人をカリスマというのか。<br><br><br>その魅力の根底にあるのは、信念だと思う。<br><br>なんでそこまで苦しんでまでやろうと思えるのか。<br><br>自ら設定した「答えのない」ゴールに向かってあそこまで信念を持つことって、できるだろうか？<br><br>受験だったり資格だったり<br><br>いわば「答え」のあるものに対してがんばれるのは分かる。<br><br>それなりの成果も目に見えて分かるし、終わりがある。<br><br>だけどやっぱり、新しい価値を創造したり人を魅了したりするのって、自分の中の強烈な信念を行動に変えて、答えのないゴールに向かって挑戦して、形にしていくことだと思う。<br><br><br>自分にはまだそれほどの信念はないです。<br><br>ただ大学は、高校までに比べれば比較的答えがないものも多い。そういった意味で「答えのないもに対してがんばる」練習の場にはなるんだと思う。<br><br>授業だってサークルだってゼミだって就活だって<br><br>自分でがんばろうと思えばいくらでもがんばれるし<br><br>手を抜いたってなんとかなる。<br><br>なんてたってそこには明確な「正解」がないから。（資格やコンペは除く）<br><br>そんな中でどれだけ答えのない目標に向かって、自分なりの信念を持って頑張れるか。<br><br>そんな練習ができる場なんだと思う。<br><br>特に授業もゼミもサークルもない４年でどれだけ頑張れるかってことは<br><br>もしかしたら今まで鍛えてきた?力を一番試される期間なのかもしれない。<br><br>そんなことを考えて苦節１ヶ月<br><br>ようやく、ようやく四年の目標を決めました。<br><br><br>「たくさんの人に会う。たくさんの本を読む。」<br><br><br>人は年齢問わず、有名無名問わず、国籍問わず。<br><br>本もジャンル問わず、浅く広く、特定の分野は深く。<br><br>今までアウトプットばかりしてきたんで<br><br>いろんな人に会っていろんな本を読んでインプットしていきたい。<br><br>そしてこれから生涯を通して持てる信念を見つけたい。<br><br><br><br><br>「君はなんでそんなに幸せな環境にいるのに、やりたいことをやらないんだ？」<br><br>「他人にどう言われようが、他人にどう見られ評価されようが、たとえ裸になってでも自分が信じた道を歩く。<br><br>それが、バングラデシュのみんなが教えてくれたことに対する私なりの答えだった。」
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<pubDate>Sun, 07 Jun 2009 17:02:37 +0900</pubDate>
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<title>時間とは</title>
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<![CDATA[ 風呂上がりに窓を開けると気持ち良すぎてなんともいえない季節。<br><br>今月は凄くいろんなことをインプットした月だった。<br><br>今までひたすらアウトプットばかりしてきたけど<br><br>やっぱりインプットは必要だなぁ。<br><br>時間について凄く考えた。<br><br>少しずつ考えが進んでいった。<br><br>まだすっきりしてないけどすっきりするまで考えたい。<br><br>とりあえず考えたところまで書いておく。<br><br><br>時間とは生物にのみ与えられたものである。<br>時間とは命である。<br>時間はときに一瞬であり、時間はときに永遠である。<br>「時間をどんな風に過ごすか」を考えると必然的に「なんのために生きるのか」というところにいきつく。<br><br>なんのために時間を使うのか。<br><br>「利益」や「地位」のためだけに使うのでいいのか。<br><br>死んでしまえば地位も名誉も財産もあの世には持っていけない。<br><br>より「良い人間」を目指すプロセスを味わうことこそが生きることの醍醐味。<br><br>そう考えると無駄な時間なんてない。<br><br>悩んでる時間、立ち止まっている時間、遠回りしている時間も決して無駄ではない。<br><br><br>こんなこといろんな本に書いてあることだけど、自分でその考えに至ったことは今までと少し違うはず。
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<link>https://ameblo.jp/wilkinson1987/entry-10271905207.html</link>
<pubDate>Sun, 31 May 2009 23:20:29 +0900</pubDate>
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<title>ひなげしの花が咲いた。蔦の絡まる道は続いてく。</title>
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<![CDATA[ 知らなかった。<br><br>明日から5月ということ。<br><br>知らなかった。<br><br>あと大学も11ヶ月。<br><br>着々と迫るカウントダウン。<br><br>ビンゴはどうにか当てれたけど<br><br>在学中にもう一回大きなことやりたい。<br><br>新しいこと。<br><br>自分たちにしかできないこと。<br><br>テレビに出るぐらいのこと。<br><br>この一年を無駄にしないようここに誓います。<br>
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<pubDate>Thu, 30 Apr 2009 23:42:13 +0900</pubDate>
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<title>ビンゴカード</title>
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<![CDATA[ 僕はビンゴが得意です。<br><br>得意っていうとなんか変だけど、<br><br>よく当たります。<br><br>ビンゴやらくじ引きやら<br><br>パーティーとかで当たることが多いです。<br><br>さて、ではなぜ「得意」かというと、「たまたま当たって」いるのではなく、自分の中では「狙って当てて」いるからです。<br><br>実はこれはテニスの試合で身につけた、勝負の勘、というか運を呼び寄せる「技」なんです。<br><br>これはテニスだけでなく、ビンゴであってもトランプであってもじゃんけんであっても、使えるし、使っています。<br><br>別に何か本を読んだわけでもなく、ただ自分でなんとなく発見していったものなんですが、たまに本に似たようなことが載ってたりします。<br><br>実際これを使うと、「勝つ」確率が格段と上がります。では詳細を説明しましょう。<br><br>①勝つために自分でできることは全てやっておく<br>→当たり前過ぎるんですが、「全てやった」という事実認識が大事です。テニスなら自分の実力でできる最低限（最高じゃなくてもいい）のプレーをして、大富豪なら自分の手札がどれだけ悪くてもできる限りのプレーをする。ちなみにビンゴなどのどうしようもないものはここは関係ない。<br><br>②平常心。ポーカーフェイス。当たるのが当たり前と思う。<br>→決して、願わないこと。絶対に勝ちたい、当てたいと願わない。願うほど叶わない気がする。願うというよりは、「当たるのが当たり前」「勝つのが当たり前」というように堂々と待つ。そしてそれと同時に「別に当たらなくてもいっか」と思う。その思いが気持ちを楽にさせる。さらに、実際に当たらなかったときも傷つくことが少なくすむ。この考え方は別に「逃げ」ではなく、勝つためにしていることだと思う。<br><br>③天命を待つ<br>→これも、「あとは天命を待てばいい」という事実認識が大事。やれることは全てやって、気持ちも十分整っている。これ以上やれることはないんだから後は天に任せるしかない。この開き直りがさらなるパフォーマンスを呼び、運を呼ぶ。<br><br><br>と、以上いつも心の中で思ってることを文章化してみました。<br><br>僕はどんなものにも共通した「勝つ」（勝つ確率を最大限に上げる）考え方があると思っています。今のところ上記したようなもので、まだまだ探ればあるんじゃないかと思います。<br><br>それとあとは「ヒーロー値」です。スポーツや、仕事でも普通の能力とは別に「ヒーロー」という能力があると思っています。<br><br>この人がいると、なんだか運が回ってくる、なんだかこの人はいいとこを持っていく、そういう人です。<br><br>で、その「ヒーロー」という能力も僕は自分で磨けるものだと思っています。<br><br>例えばそれは、上記の①②③を常に意識することです。それにより少しずつチャンスを呼び寄せ、少しずつ勝利を積み、「勝ち癖」をつけるんです。そうすることにより「ヒーロー値」も上がっていくと思う。<br><br>以上が自分の「勝ち」と「ヒーロー」に対しての考え方でした。<br><br>今僕は大きな大きなビンゴカードを持っています。<br><br>なるべく①②③を守ろうとはしていますが、果たして本当に当てることはできるでしょうか？<br><br>不安ですが待ってみます。<br>
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<pubDate>Sun, 29 Mar 2009 02:24:41 +0900</pubDate>
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<title>青春という弱さ</title>
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<![CDATA[ 昔から青春って言葉が好きです。<br><br>よく大人が青春時代を思い出して、<br><br>「あの頃はよかったなぁ」<br><br>みたいなこと言ったりするけど、<br><br>自分はそういった青春への憧憬を、正直高校のときから感じていた。<br><br>つまり、青春の渦中にいながら青春時代を羨んでいたのである。<br><br>「あーいつかこの青春時代も終わっちゃうのか」<br><br>そんなことをしょっちゅう考えてて、きっとその思いは人一倍あったと思う。<br><br>幸せな人が幸せすぎて不安になる、みたいな感じでしょうか。<br><br>こんなことを書いている今の自分自身も、青春時代真っ只中であって、いつまでこの中に入れるのか不安に思ったりする。<br><br>最近前より格段と強くなったと思う。<br><br>それはいろんなことを経験して、自分の中にいろんな引き出しができて、「あーこれはあのときみたいにああすればいいのね」みたいな対応を覚えちゃってて、慌てふためかないからだろう。<br><br>この症状ががもっと進んでいくと<br><br>いつの間にか大抵のことには動じない（動じないふりができる）“大人”になれるんだと思う。　<br><br>それは少々嫌なことがあっても大丈夫な「強い」人なのかもしれない。<br><br>だけどもし、今感じる楽しさや歓びが、不安や寂しさの中にある要素の一つだとしたら…？<br><br>きっと「強く」てもつまんないんだろうなぁ。　<br><br>「強い子供」になりたい。<br><br>いつまでも今のこの青春の不安や寂しさを忘れたくない。<br><br>そんなことを考えた2月15日でした。
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<link>https://ameblo.jp/wilkinson1987/entry-10209239110.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Feb 2009 23:52:17 +0900</pubDate>
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<title>七割の憂鬱</title>
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<![CDATA[ 今日の日経にいいコラムがありました。<br><br>七割の憂鬱。<br><br>野球選手(コラムの中ではヤンキース松井)は三割打てば優秀と言われる。<br><br>ただ、残り七割をどう受けとめるかがその人の価値を決める。<br><br>松井は打てないときも、怪我をしてしまったときも、それを真摯に受けとめ努力し続ける。<br><br>それが彼の風格を形成している。<br><br>予期せぬ嫌な事があったとき、<br><br>その時こそその人の価値が問われてるんですね。<br><br>こんな男になりたい。
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<link>https://ameblo.jp/wilkinson1987/entry-10197979203.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Jan 2009 21:48:09 +0900</pubDate>
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