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<title>風を感じたい</title>
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<description>華やかな場面を取り込むことは難しいのですが、窓の外にいる猫のように、覗きたい気持ちを引き出せる文章を書いていきます。その時に小さな幸せを感じる私は、言葉を大切にして、できるだけ本音を出し、独自の世界の構築を目指します。</description>
<language>ja</language>
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<title>風狂の空</title>
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<![CDATA[ <span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br>激動の2017年が間も無く終わろうとしています。<br><br></span><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">今年は新しい仕事に慣れるのに苦労し、趣味に没頭できませんでした。</span><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><div id="6E752972-3197-4A1F-9FC7-45B1C39438EF" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20180101/01/windmill2016/bd/d6/j/o0480060514102797614.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180101/01/windmill2016/bd/d6/j/o0480060514102797614.jpg" border="0" width="240" height="300" alt="{6E752972-3197-4A1F-9FC7-45B1C39438EF}"></a></div><div id="6E752972-3197-4A1F-9FC7-45B1C39438EF" style="text-align:left"><br></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">それでも、動物園もある上野は、疲れも吹き飛んでいく好きな場所、楽しみのある場所であり続けます。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span><div id="CB4870F2-5172-423C-9A7C-D9A27EEB7B4D" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20180101/01/windmill2016/7b/83/j/o0480046814102797625.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180101/01/windmill2016/7b/83/j/o0480046814102797625.jpg" border="0" width="240" height="234" alt="{CB4870F2-5172-423C-9A7C-D9A27EEB7B4D}"></a></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span><div id="A9905B1F-2B8C-4D22-9956-547A7E275919" style="text-align:left"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">デトロイト美術館の至宝を見られるなんて、日本人で良かったな、と1月に素直に思いました。</span><br></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div></span><div id="B9494707-C369-405D-B095-093D41F20EDC" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20180101/01/windmill2016/99/5d/j/o0480056314102797661.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180101/01/windmill2016/99/5d/j/o0480056314102797661.jpg" border="0" width="240" height="281" alt="{B9494707-C369-405D-B095-093D41F20EDC}"></a></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br>重要文化財《不忍池図》（江戸時代、18世紀、秋田県立近代美術館蔵）が注目されたのは、「世界に挑んだ7年 小田野直武と秋田蘭画」展。<br>江戸時代の絵師が奮闘し、大作に取り組んだ模様が見られました。<br><br>情報多様化の現代では、海外への移動すら難しいことではなく、書物も沢山あります。<br>学問への取り組みに不安を感じている時に、蘭学者が『解体新書』に立ち向かった事実を考えると、自らが置かれている環境の良さに感謝したくなります。<br><br>その前提となる訳書や辞書が揃わない中で、西洋医学書の翻訳に費やした時間はとてつもなく長かったでしょう。<br><br>去年の12月に花鳥画を見て、私は今年の決意を大空を飛ぶ鳥に込め、飛躍の1年にしたいと思っていました。<br><br>『解体新書』の挿絵描きを担当した小田野直武は、秋田の角館出身で、平賀源内の要請もあり江戸で活動できました。<br>そして、短い滞在期間ながら、南蘋派の巨匠・宋紫石からも力量が認められ、絵に没頭します。<br><br>城野隆著『風狂の空 天才絵師・小田野直武』（2013年、祥伝社文庫）は、謎に包まれた絵師が光り輝いた時代を切り取っています。<br><br></span><div id="2707BA94-9C1E-4534-B1F8-68F6AADBEDB7" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20180101/01/windmill2016/49/93/j/o0480057614102797667.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180101/01/windmill2016/49/93/j/o0480057614102797667.jpg" border="0" width="240" height="288" alt="{2707BA94-9C1E-4534-B1F8-68F6AADBEDB7}"></a></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br>この小説で大きな存在感を示す源内は、決断力と行動力を備え、直武を注意深く見守り、励ましていたのです。<br>また、突然の悲劇で別れが訪れても、奇才は直武を守りたかったのです。<br><br>ヨーロッパ製の銅版画や書物、中国の蘇州版画、どれが欠けても秋田蘭画の隆昌はなかったと実感しました。<br>しかし、秋田蘭画の影響力の低下と共に、天才絵師の名前は忘れられていきました。<br><br>サントリー美術館の企画展では、東西の絵の融合に挑戦した、小田野直武の代表作を含めた貴重な花鳥画や、彼の業績にスポットを当てていたところが素晴らしかったです。<br><br><br>更新がない中、このブログを訪問して下さり有難うございます。<br>皆さんにとって、2018年が良い年になるよう願っています。</span></div>
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<link>https://ameblo.jp/windmill2016/entry-12340829738.html</link>
<pubDate>Sun, 31 Dec 2017 23:54:24 +0900</pubDate>
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<title>天才がいた夏（前編）</title>
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<![CDATA[ <div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">両リーグ1位同士の対戦となった、プロ野球の日本シリーズは、10月29日（土）に広島市のマツダスタジアムで第6戦が行われた。<br><br>王手をかけていた北海道日本ハムファイターズが、広島東洋カープに10-4で快勝し、2連敗からの4連勝で、10年ぶり3度目（東映時代含む）の日本一に輝いた。<br><br>本音を言えば、好勝負が続いた頂上決戦だからこそ、好投手の投げ合いが想定された第7戦まで進んでほしかった。<br><br>9月10日（土）に、マジックナンバー「1」で先発した黒田博樹投手は、「改めて25年間は長かった。次は日本シリーズへステップアップしていけるようにしたい」と語った。<br>昨季、8年ぶりに古巣に復帰したのは、セントラル・リーグ制覇という目標があったからだ。<br><br>シーズン勝利数の球団記録を早々と更新し、25年ぶりの頂点へと一気に駆け上がった広島は、野球評論家の張本勲氏が「大あっぱれ」を贈る強さを見せつけた。<br><br>横浜出身の谷原章介は、背番号15のユニホーム姿で、勝利投手になったベテランの胴上げを東京ドームで見届けた。<br>そして、「25という数字は意識してしまう」と、司会を務める番組と数字が重なる偶然に驚きを隠さなかった。<br><br><br>第11回アジア野球連盟（BFA） U-18アジア選手権は、9月4日（日）に決勝戦が行われ、開催国の台湾に1-0で勝利した日本が、6戦全勝を飾り、2大会ぶり5度目の優勝を決めた。<br><br>若い侍には、全国の高校球児16万8000人の中から、夏の甲子園で活躍した、次代を担う選手が選ばれた。<br><br>第98回全国高校野球選手権大会の決勝戦は、8月21日（日）に甲子園球場で行われ、作新学院（栃木）が北海（南北海道）を7-1で破り、栄冠に輝いた。<br><br>7月末に激戦区の神奈川と大阪代表が決まって全出場校が出揃い、8月14日（日）にはその優勝候補同士の直接対決があった。<br>高校ビッグ3の投手がいる優勝候補でも、決勝前に姿を消すから、高校野球はわからない。<br><br>作新学院出身者には、東京六大学野球で活躍し、早大の主将を務める石井一成内野手、記憶に新しいところでは、リオデジャネイロ五輪の選手団で第1号の金メダルを獲得した、萩野公介選手がいる。<br><br>「本当におめでとうございます。まずは、ゆっくり休んでください」と、母校にコメントを寄せた萩野選手は、リオから帰国して2日後に練習を始めていた。<br><br>男子400メートル個人メドレーを制するなど三つのメダルを獲得しても、9月2日（金）の競泳の日本学生選手権に向けて早くも動き出していたのだ。<br><br>その結果、男子200メートル個人メドレーでは、前回覇者でライバルの瀬戸大也選手を破って、2年ぶり3度目の優勝を果たした。<br><br>小針崇宏監督も作新OBで、甲子園でプレーしたが、全国制覇の夢は叶わなかった。<br><br>54年ぶり2度目の優勝ということは、怪物・江川卓投手を擁した時には、作新は頂点に立っていないのである。<br>「たかされ」の意味が胸を突く。<br><br>私は、小学生の頃から横浜に住んでいる。<br>ただ、私の生まれた場所は宇都宮なのだ。<br><br>今夏、栄光を手にした作新学院は、栃木県の県庁所在地にある強豪校。<br>だから、神奈川県勢と栃木県勢には、いつも頑張りを期待する。<br><br>今春、第88回選抜高等学校野球大会では、その2校の出場がなく、残念な気持ちであった。<br><br></span><div id="495FDDE7-8A87-421E-80FA-5448FC9B621E" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/ea/d7/j/o0480026113826351999.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/ea/d7/j/o0480026113826351999.jpg" border="0" width="350" height="189" alt="{495FDDE7-8A87-421E-80FA-5448FC9B621E}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">横浜DeNAベイスターズの本拠地最寄りのJR関内駅は、神奈川の高校球児を応援している。<br><br>松坂大輔投手を擁する横浜高校が優勝した時は、病院のベッドの上で希望の道が見えた。<br><br>私にとってあの夏とは、延長17回の死闘があった1998年を指す。<br>その準々決勝の相手は、PL学園（大阪）だった。<br><br>プロ注目の今井達也投手は、序盤に先制点を許すも、緩急を生かした投球で、ベストの舞台で好投した。<br>宇都宮市出身の監督は、松坂より後の世代でまだ若い。<br><br>日本ハムナインが北海道へ凱旋した10月30日（日）には、宇都宮清原球場で、第69回秋季関東地区高校野球大会の決勝戦が行われていた。<br><br>エースが変わった作新学院（栃木1位）が、東海大市原望洋（千葉1位）を5-1で下し、38年ぶり5回目の優勝を飾った。<br><br>明治神宮大会は残念だったが、来春も「攻めの作新」で、黄金時代を築いてほしいと思う。<br><br><br></span><div id="814E2C22-38F1-4A1E-8C17-DF5DD1F2263F" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/62/63/j/o0480068513826352005.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/62/63/j/o0480068513826352005.jpg" border="0" width="250" height="356" alt="{814E2C22-38F1-4A1E-8C17-DF5DD1F2263F}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">台風が近づく中でも、最終日（8月22日）なので、「オルセー美術館・オランジュリー美術館所蔵 ルノワール展」へ行った。<br><br>歓喜に酔いしれた前日から、国立新美術館での鑑賞中に栃木関連の文字が心に引っかかる。<br><br>《イギリス種の梨の木》（1873年頃）は、モチーフの自然に、風景画の大先輩で、敬愛するコローの影響が感じられる、印象派初期の作品。<br><br>《シャトゥーの鉄道橋 あるいはバラ色のマロニエ》（1881年）では、工業化の象徴である鉄道橋が、画面全体のバランスに配慮して、控え目に描かれている。<br><br>光溢れる2枚の風景画は、いずれもオルセー美術館のコレクションで、ルノワールがその景色の美しさを心に強く感じ、戸外で制作した絵画と言える。<br><br>人物画家と呼ばれたルノワールは、風景画に於いても現代性を表現していたのだ。<br><br><br>今夏は、特にPL学園が栄えていた時代を思い出した。<br><br>覚醒剤取締法違反容疑で、2月に清原和博が現行犯逮捕された。<br><br>その事件の一報が届いた時、さほど驚きはなかった。<br>薬物中毒であることは見当がついたからだ。<br>ただ、以前から黒い噂が立っていたとは言え、容疑者や被告が付くと、一抹の寂しさを覚えた。<br><br>人気スポーツ選手は、孤独が不安だったのか。<br><br>厳しい内角攻めの結果、増えたデッドボール。<br>危険なボールをはね返した男が、薬の誘惑には無力だったとは。<br>強靭な肉体のバッターも、手を出したら最後。<br><br>一部報道によると、引退後に覚せい剤を使った影響で、容体が急変し、二度も病院に救急搬送されたようだ。<br><br>ユニホームを脱いだ2008年以降、芸能活動をしていた時には、正常な状態ではなかったことがわかるが、テレビ番組での露出は止まらなかった。<br><br>それが一転して、2014年3月発売の「週刊文春」で薬物疑惑が報じられてからは、メディア出演が激減したが、周りの人たちは危険なサインを察知できなかったのか。<br><br>昨年のスペシャル番組では、堂々と覚せい剤使用疑惑が追及された。<br>そこでの清原の嘘に、司会のダウンタウンはだまされたと感じ、怒りを隠さなかった。<br><br>覚醒剤で得られる快感の記憶は、一生消えずに残ってしまうようだ。<br>だから、死にかけても手を出してしまうのであろう。<br>見逃せばボール球でも。<br><br>目立たない地方を購入ルートに選んだのは、依存が相当進んでいたからだろう、と警視庁元刑事で作家の北芝健氏は分析した。<br><br>鹿児島県の寺の法主は、身元引受人は否定したものの、「護摩行は悪い物が出る。大量の汗をかくので覚醒剤を抜くにはいい」と、1999年以来の精神修行による更生への道を説いた。<br><br>しかし、薬物依存から抜け出すには、かなりの努力が必要で、可能なのは回復のみ。<br><br>日本ダルクの近藤恒夫氏は、自身も薬物依存者で治療を受けながら、「最初の1発」が今でも脳裏を去来する、と薬の恐怖を強調した。<br><br>「今日1日やめる」と誓うことが、現実的な目標なのである。<br><br>薬物依存のリハビリを目指す団体で代表を務める近藤氏は、「球界の雄とか『番長』とかは捨てないとだめ。そんなに強くないと、彼が認めないとどうしようもない」と、回復に向けたアドバイスをした。<br><br>薬物常習者が立ち直るには、今までのライフスタイルを変え、更生施設で規則正しい生活を送るのが良いとされる。<br><br>希望の光となる、社会復帰への道は険しく、清原にとって深刻な打撃となりそうだ。<br>応援してくれる人の信頼を裏切ったことは確かだが、リハビリをサポートしてくれる人たちがいると私は信じている。<br><br><br></span><div id="CDFF021D-6D51-49C4-B4FF-145D12F010B6" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/72/42/j/o0480039013826352021.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/72/42/j/o0480039013826352021.jpg" border="0" width="350" height="284" alt="{CDFF021D-6D51-49C4-B4FF-145D12F010B6}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">槇原敬之のアルバム『LIFE IN DOWNTOWN』（2006年）の収録曲に、何かを感じずにはいられない。<br><br>祈りを捧げ、救いの手を差し伸べる人が、何処かにいる。<br><br>大阪・PL学園高1年時でも、清原は4番で力を発揮し、夏の甲子園の優勝に大きく貢献した。<br><br>プロに入ってから無冠の帝王でも、輝かしい道筋をつけた現役時代であり、大胆な賭けに出る必要もなかった。<br><br>人生がめちゃくちゃになると分かっていても、興味本位は絶えることはない。<br>有名人の逮捕が続き、もはや対岸の火事とは言えなくなってきた。<br><br>田原成貴が逮捕された時に、牧太郎氏がスポーツ新聞の一面で嘆いた言葉が忘れられない。<br><br>「テイオーが泣いてるぞ」<br><br>1993年の有馬記念で、トウカイテイオーに騎乗した名手のことである。<br>1年振りのレースで、奇跡の復活を遂げた愛馬に対し、人目を憚らず男泣きした。<br><br></span><div id="8A87DCC4-2FF4-408F-8FCB-F9513B8AA668" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/0c/09/j/o0480031613826352032.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/0c/09/j/o0480031613826352032.jpg" border="0" width="350" height="230" alt="{8A87DCC4-2FF4-408F-8FCB-F9513B8AA668}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">3強対決に沸いた1997年の天皇賞・春は、前哨戦の阪神大賞典で追い込む競馬を身につけた、グランプリホースのマヤノトップガンが、大外から一気に差し切った。<br><br>大レコードの長距離戦を制した手綱さばきを見れば、いかに天才ジョッキーだったかがわかる。<br><br>元プロ野球選手の逮捕に触れ、戦後初の三冠王で名監督の野村克也氏は、「清原は天才だが、考えられないバカ」と断じた。<br><br>しかし、突き放したような言葉であっても、野球に繋がりのある人たちは、清原和博にエールを送っているように思えるのだ。<br><br><br></span><div id="390E1F05-C5B2-424C-A4DA-820E98196E1F" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/04/8b/j/o0480061413826352043.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/04/8b/j/o0480061413826352043.jpg" border="0" width="250" height="319" alt="{390E1F05-C5B2-424C-A4DA-820E98196E1F}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">JICA横浜 海外移住資料館に入ると、清水一二の写真展があった。<br><br>IPC（国際パラリンピック委員会）公認カメラマンは、障害者スポーツの普及に努めている。<br><br>そこには、ベテラン土田和歌子選手の写真があった。<br>パラリンピックの第一人者は、女子車いすマラソンの金メダルが悲願で、41歳でリオ大会に挑戦した。<br><br>競技は最終日の9月18日（日）に行われ、トップとわずか1秒差の4位で大会を終えた。<br>目標は果たせなかったが、最後の気力を振り絞った結果だ。<br><br>常設展では、日本人の海外移住の歴史を年代順に見ていくことにより、ブラジルとの関係の深さに気づく。<br><br>スタンプ設置場所近くには、「野球グローブ」と「野球ユニフォーム」が展示されていた。<br><br>ジュン・ヒラマ少年が実際に使用したもので、前者にはマジックで苗字が書いてあった。<br>後者は白地で、胸部には青と黄色の派手な組み合わせで、「ON-DRIN」の文字が入っていた。<br><br>キャプションにパラナ州ロンドリーナと書いてあったものの、これでどこのチームに所属していたかが確認できた。<br>後で分かったことだが、甲子園球場のある兵庫県西宮市は、ブラジル・ロンドリーナ市と友好都市提携を結んでいる。<br><br>1989年に16歳だから、今年43歳のヒラマ氏には、野球を欠いたリオ五輪はどのように映っただろうか。<br><br>サッカー男子の金メダルは、サッカー王国の長年の悲願であり、リオの成功を疑う余地のないものにした。<br><br>日系人の多いブラジルで、球技に於いて、人気に歴然とした差があるのは意外でもあり、まだ野球が世界では受け入れられず、メジャーなスポーツではないことがわかる。<br><br>館内では、企画展に合わせ、9月25日（日）までミニ資料館が設けられていた。<br>夏休みのイベントのタイトルは、「子どもアドベンチャー2016 横浜まるごと冒険隊！～いろんなお仕事・人との出会い～」。<br><br>横浜市教育委員会が主催するイベントに応募した小学生が、8月18日（木）に資料館に集まり、3時間以上かけて一つのコーナーを作り上げた。<br>作業風景を紹介する多くの写真で、5人の子供たちの奮闘ぶりが想像できる。<br><br>「資料カード作成」は、本を見ながら折り紙を折る光景。<br>「解説文作成」は、学芸員に聞き取り。<br>「写真撮影」では、照明があり、Nikonの一眼レフカメラを使用した本格的な作業。<br>「パネル制作」は、半田知雄の絵の前で作業。<br><br>今年没後20年の半田は、ブラジル日本移民史の理解を深めていく上で、重要な移民画家である。<br><br>サンパウロ美術研究会（略称聖美会）は、日系画家の活動範囲を広め、世界への飛躍が期待される画家を生み出した。<br><br>聖美会を創設した半田は、11歳で故郷の栃木県を離れたものの、長きにわたってブラジル美術界で活躍し、「パラナ松」などの生まれた土地への思いが感じられる作品も残した。<br><br>昨年、海外移住資料館では、日ブラジル外交関係樹立120周年記念特別展示「半田知雄の世界」と、終戦70年企画展示「海を超えたヒロシマ・ナガサキ」があった。<br>もっと早くに気づけばよかった。<br><br>「展示作業風景」は、手袋をして、ガラスケースの中に作品を慎重に置く。<br>「発表会」は、緊張しているのか、硬そうな表情も見られるが、みんなの前で成果の発表。<br>イベントが終わると、子どもたちは晴々とした表情になったようだ。<br><br>展示品で私が気になったのは「七夕飾り」。<br>小6の女子の解説文によると、「サンパウロ仙台七夕祭り」用に、宮城県人会の婦人会の人たちが作ったものだ。<br><br>作成されたキャプションは手書きで、すぐに違いに気づく。<br><br>トレーニングセンターがあるサンパウロ市は、自国開催の大会での躍進に一役買った都市だ。<br><br>小さい作品でも、遠く離れたブラジルで使われていると考えると、季節感のある日本の伝統的な習俗が、忘れられていない嬉しさがある。<br><br>旧暦の七夕は、今年は8月9日にあたり、ブラジルで天の川を見上げた日系人の中に、短冊に平和への思いを込めた人も少なからずいただろう。<br><br><br>横浜DeNAベイスターズの三浦大輔投手は、9月20日（火）に今季限りでの現役引退を表明した。<br><br>9月19日（月・祝）に球団初のクライマックスシリーズ進出を決めていたが、9月16日（金）の三浦投手の先発登板では、甲子園は縁起のいい場所にはならなかった。<br>ただ、球界最年長の42歳の右腕は、いつか来る登板に備えていつも調整していた。<br><br><br></span><div id="01F14A40-9196-47E8-B0BF-607A74DE23A6" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/a6/7e/j/o0480024613826352049.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/a6/7e/j/o0480024613826352049.jpg" border="0" width="350" height="179" alt="{01F14A40-9196-47E8-B0BF-607A74DE23A6}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">9月21日（水）から9月25日（日）までの期間限定で、横浜スカイビル内のマルイシティ横浜に、アリストトリストショップがオープンした。<br><br>そこで、蝶野正洋選手がPRイベントに出席すると予告があった。<br><br>米国から日本に上陸したnWoは、プロレス界だけではなく、社会的なムーブメントに発展した。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br>牽引役となったのが蝶野選手で、ヒールの見方に変革をもたらし、スポーツ界を盛り上げるため、精力的にテレビに出演したり、イベントに参加してきた。<br><br>「ガールズ&amp;パンツァー」が示す戦車道は、武道やスポーツのようだ。<br><br>その人気アニメの応援大使に就任した蝶野選手は、「大洗町の勇気」を伝えるため奔走している。<br>被災地を訪問したり、心優しい面がある黒のカリスマは、nWoで他分野の有名人と交流を持ち、人脈を広げた。<br><br>「BLACK RUNWAY」のビデオでは、三浦大輔と鈴木尚典を引き連れて、花道を歩くシーンが登場した。<br>横浜ベイスターズの人気選手2人が、黒サングラスにnWoのＴシャツを着て、ノリノリに見えた。<br><br>社会現象を起こした蝶野選手は、G1 CLIMAXで無類の勝負強さを発揮し、夏男と呼ばれた。<br>今は、NHK Eテレ「Let's天才てれびくん」で、“茶の間戦士訓練教官”としても活躍している。<br><br><br>今年の長いお盆休みには、戦争映画を観る機会が多かった。<br><br></span><div id="BB424DA1-DE19-4906-9783-8B2DDC8B7F35" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/9b/30/j/o0480070913826352060.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/9b/30/j/o0480070913826352060.jpg" border="0" width="250" height="368" alt="{BB424DA1-DE19-4906-9783-8B2DDC8B7F35}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そのきっかけは、劇団民藝の「坂道と夏の日」。<br><br>世の中を変えていくのは、政治家だけとは限らない。<br>若手俳優の戦争への思いが、7月下旬の舞台に結実した。<br><br>1945年8月9日の長崎で、原子爆弾によって柱時計が止まったのは11時02分。<br>10時05分から、3人の少女の会話で物語は進む。<br><br>少女たちは、また来るであろう明日のことを考えている。<br>今までと同じように、西瓜を食べられる日常になると信じて。<br><br>戦闘シーンはなくても、最後に舞台に残った物体の迫力に、核兵器の脅威を感じずにはいられないだろう。<br><br><br></span><div id="E7EB038E-89F3-4325-A646-02043E944195" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/d7/b8/j/o0480065813826352069.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/d7/b8/j/o0480065813826352069.jpg" border="0" width="250" height="342" alt="{E7EB038E-89F3-4325-A646-02043E944195}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">東日本大震災との関係が見えた戦争映画に、「ソ連国境 &nbsp;15歳の夏」（松島哲也監督・脚本、2015年）がある。<br><br>2012年に、中国・黒竜江省の小さな村の長老・金成義（田中泯）から招待され、福島の中学校の放送部員たちは、ソ連と満州の国境近くを取材することになる。<br>平原が広がる異国で、旧制新京第一中学校三年生がいた、67年前の夏を想像する。<br><br>大陸の最前線に駆り出されたものの、戦争に負け、命からがら新京を目指す少年たち。<br>だが、道端には他にも置き去りにされた日本人がいた。<br><br>被災した現代の若者たちは、同じ15歳の彼らの姿に自分自身を重ね、爆撃の恐怖や劣悪な捕虜収容所の環境に耐えた、歴史的事実を追う。<br><br>楽しみがない戦争末期では、夜空の星や蝶に詳しい生徒がいた。<br><br>暗雲が漂う中、1人の少年が報国農場で蝶を見つける。<br>大陸を飛び回っていた珍客を、大事に包むシーンに、私は一時の安寧を感じた。<br><br>捕虜収容所では、「故郷」を歌う生徒もいた。<br><br>国境をまたいだ蝶は標本にされ、大切に保管されていた。<br>戦争によって故郷を離れた者には、現代に戻っても、平和の象徴に映っていたのだ。<br><br>それを見て、現代の日本の若者は、人生の変転を知ることになる。<br>長老の人生を左右した記憶とは何か。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br>招待の意図は何だろうか。<br>歴史の証言者の口から、驚くべき事実が明らかにされる。<br><br>原作は田原和夫氏の同名の本で、実際に中国ロケを敢行した。<br><br>温かい心が現代にも生き続け、伝わっていることがわかる作品は、名優・夏八木勲の遺作となり、忘れてはいけない福島の現状も捉えている。<br><br><br></span><div id="A3E6FC47-E072-4A5F-8C17-7B9EE7B15C27" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/4a/b1/j/o0480059113826352077.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/4a/b1/j/o0480059113826352077.jpg" border="0" width="250" height="307" alt="{A3E6FC47-E072-4A5F-8C17-7B9EE7B15C27}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">都知事選挙や、神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設で起きた殺傷事件を受け、牧太郎著『新聞記者で死にたい』（1998年、中公新書）を読みたくなった。<br><br>働き盛りに倒れた著者は、入院生活でも、自由を求め書くことをやめない。<br>時折自殺願望が襲っても、社会復帰への励みになったのは、ライバルや同業者から応援があったからだ。<br><br>脳卒中後も、色々な付き合いを生かし、好きな仕事に邁進する逞しさ。<br><br>テレビドラマ「事件記者」の影響があったとは言え、今はない早稲田大学第一政治経済学部新聞学科を卒業し、父親と同じ道を歩んだ運命が明らかにされる。<br>家訓に逆らい新聞記者になったのは、偶然ではないだろう。<br><br>「サンデー毎日」の編集長になった1989年に、冷静に真実を明らかにしようという強い使命感が、売れ行きを無視した一連の報道を実現させた。<br><br>だが、オウム真理教を非合理な新興宗教と決めつけたメッセージは、教団を苛立たせることになり、自身にも大きな危害が及ぶ恐れがあった。<br><br>それも、運動の先頭に立ってきた編集長が不慮の病気で後遺症を抱えると、オウム真理教を告発するキャンペーンは中断してしまう。<br>その間に暴走したオウムは、戦後最大の凶悪事件を起こす。<br><br>加えて、編集長の不幸が脱退しようとする若者を脅す材料に使われ、牧氏は怒りを表した。<br><br>〈リハビリは必ずしも体が完全に治ることを意味していない。患者のほとんどがリハビリを重ねていれば、いずれは全く元の体に戻るのではないかと期待を抱いているが、残念ながら脳卒中の場合九九パーセントまで治っても、正確な意味での「完治」は不可能といっていいだろう。むしろ、リハビリは「完治」を目ざすのではなく、訓練を通じて人間性の復権を目ざしているのである〉<br><br>重度の障害者に認定されて、退院を目指す頃に、田中角栄のことを思い出し、坂本九「上を向いて歩こう」をテーマソングに決めたという。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br>社会部と政治部の記者を経験して、多彩な人物と関わる中、同じ病気で死んだ元首相は特別な存在であったろう。<br><br>反戦を訴え続けた菅原文太と仲の良かった牧氏は、戦後50年記念に先の戦争を検証し、コラムを書いていた。<br><br>本書には、著者の前に日本最古の週刊誌の編集長を務めた、あの人気ジャーナリストの名前が目に付いた。<br><br><br>部数で大分差がついてしまったが、「週刊文春」がスクープを連発できるのは、ネタの多さにある。<br>その数、週に200本にも及ぶ。<br><br>7月7日（木）に死去した永六輔の訃報があったころ、東京都知事選では、野党4党の統一候補に鳥越俊太郎氏が急浮上し、告示のタイムリミットが迫っていた。<br><br>戦争を語ることができる最後の世代を自覚し、ラジオを愛した永六輔は、会話のプロで、「見上げてごらん夜の星を」などを作詞した。<br><br><br>私が初めて夢中になったスポーツは、野球である。<br>高校野球関連の本には、江川を連想させるイラストが入っていた記憶がある。<br><br>私が小学校時代に愛してやまなかった、漫画「かっとばせ!キヨハラくん」（河合じゅんじ画、小学館）が続いていることを知ったのは、2月の事件後。<br>影響が波及し、休載が決まった。<br><br>私が読んでいた時は、主人公は少年のような姿で無邪気な笑顔を見せていたが、ライバルは悪役を演じていた。<br><br>私の場合、古葉竹識氏は広島（1975-85年）ではなく、体を半分だけ出す、大洋（1987-89年）の監督のイメージなのだ。<br><br><br>9月24日（土）は、本来ならホーム最終戦。<br>三浦大輔最終登板の日になる予定だった。<br><br>横浜スタジアムの横浜対巨人戦は前売りで完売となった。<br>また、この日も雨で、開始時間が30分遅れた。<br><br></span><div id="4BEA0D61-130A-4E07-84DE-C1D96D2D4BC5" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/16/90/j/o0480068313826352086.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/16/90/j/o0480068313826352086.jpg" border="0" width="250" height="355" alt="{4BEA0D61-130A-4E07-84DE-C1D96D2D4BC5}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">私は、横浜人形の家の「鉄腕アトム ロボットと暮らす未来展」へ。<br><br>アトムの遊びは野球と知り、親近感が湧く。<br><br>日本ハムの大谷翔平投手よりも速い球を投げる、ロボットと野球ができる時代はいつ来るのだろうか。<br><br>天馬博士の息子として、2003年4月7日に誕生したロボットは、飛雄と命名された。<br>のちにアトムとなるスーパーヒーローは、人間以上に優しい感情を持つ。<br><br>複製原稿と手塚治虫の直筆原稿が展示されていたので、注意深く読んだ。<br><br>「鉄腕アトム 地上最大のロボットの巻」（1964年6月号～1965年1月号『少年』連載）は、火山噴火の危機を乗り越える話だった。<br><br>「しまった阿蘇山が噴火するぞっ このままでは大噴火じゃ」と、動揺するお茶の水博士。<br><br>このピンチに博士は叫ぶ。<br>「アトムーっ おまえのちからで噴火をとめるのじゃ！！」<br>「噴火したら熊本市をはじめまわりの市町村が火の海にみまわれるぞっ」<br><br>博士のアドバイス通りに、アトムは噴火しそうな場所へ、大きな岩を積んで山を作ろうとする。<br><br>一方、反発して動かなかったプルートウは、ふらつきながらも目的に邁進するアトムの精神に心を動かされ、最後は力を貸し、噴火を止めることに成功する。<br><br>私の心に色濃く残った場面は、アトムが地球の危機に立ち向かう勇気を示した。<br><br>それなのに、10月8日（土）になると、昨年9月以来の阿蘇山噴火のニュースが飛び込んできた。<br><br>阿蘇山の36年ぶりの爆発的噴火は、噴煙の高さが約1万1000メートルまで上がった珍しい事例で、四国でも降灰が確認された。<br><br><br>翌日（9月25日）は久し振りの晴れ間。<br>どんよりした空模様が続いた後に、真夏日目前の横浜。<br><br>オリジナルブランドの店舗が出店する最終日に、スカイビルB2F特設ステージで、クリフエッジとのトークショーが行われた。<br><br>蝶野選手は機嫌よく、番長引退試合に応援メッセージを寄せた。<br><br></span><div id="F1E56D0B-B697-4980-B2D9-21C17B10DC88" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/8b/a1/j/o0480037313826352097.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/8b/a1/j/o0480037313826352097.jpg" border="0" width="350" height="271" alt="{F1E56D0B-B697-4980-B2D9-21C17B10DC88}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">2005年のGⅠクライマックス優勝戦は、誰もが望んだエンディングになった。<br><br>蝶野選手は、5回目の優勝を盟友・橋本真也へ捧げ、新日本プロレスの誇りを示した。<br><br></span><div id="151875D1-CA7B-42A4-8811-93889D72BF43" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/c5/b6/j/o0480065513826352107.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/c5/b6/j/o0480065513826352107.jpg" border="0" width="250" height="340" alt="{151875D1-CA7B-42A4-8811-93889D72BF43}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">雨空のない日曜日。<br><br>大阪府出身の大関・豪栄道が大相撲秋場所で初優勝を全勝で飾った頃、飛行機が横浜上空を通過した。<br><br>夏の延長という天気になった9月25日は、田中角栄首相が中国を訪問した日（1972年）でもある。<br><br>日中友好の礎を築いた政治家は、石原慎太郎元都知事から今は天才と評され、強い関心が集まっている。<br><br><br>11月20日（日）には、栃木県知事選と宇都宮市長選が行われ、いずれも現職が4選を決めた。<br><br>米国大統領選が実施された11月8日（火）は、運命の日になった。<br>現状を変えたい気持ちが、奇跡の大逆転劇に繋がったのだろうか。<br>女性初と異端の不動産王の二択で、核のボタンを握る者が決まった。<br><br><br></span><div id="16DB5185-5953-46F8-91AC-615E56E89C10" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/55/d2/j/o0480066513826352114.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/55/d2/j/o0480066513826352114.jpg" border="0" width="250" height="346" alt="{16DB5185-5953-46F8-91AC-615E56E89C10}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">文化の日は、小さな頃から歩いている馬車道へ。<br><br></span><div id="00C0DD23-AC16-4240-9911-166FC00246E7" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/9a/7a/j/o0480064813826352122.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/9a/7a/j/o0480064813826352122.jpg" border="0" width="250" height="337" alt="{00C0DD23-AC16-4240-9911-166FC00246E7}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">馬車道まつりのスタンプラリーが終わる頃、川崎競馬場は地方競馬の祭典で大盛り上がり。<br><br>観客の目は、メインレースを制した天才ジョッキーに集まった。<br><br>9月18日（日）に武豊騎手は、JRAとJRA所属馬での地方・海外を通算して、4000勝に到達した。<br>前人未到の記録も、スーパースターにはあくまでも通過点なのだろう。<br><br>11月3日（木・祝）は、文化を忘れていなかったから、川崎で良い出会いがあった。<br><br><br>11月7日（月）は立冬で、宇都宮で初霜が観測され、秋の気配ががらりと変わったが、平年より5日、昨年より12日遅かった。<br><br>10月は体の具合が悪かったが、一番楽しい趣味に身を委ねることで、不調が和らいだ。<br><br>私は弱気な性格だが、縁は大事にしたいと思う。<br>だから、復活してほしい天才ブロガーにも、このメッセージを届けたい。<br><br><br>10月に私は、ブログの記事とコメントを書き込むのをやめよう、と本気で悩んだ。<br>しかし、ドボルザーク作曲「交響曲第9番 新世界より」を聴いて考えを変えた。<br><br>完成予定の延期を重ねてきたが、気持ちを入れ替える意味で、この前編を終わりにする。<br><br>理由は、終わりの先にあるものを見たいからだ。<br><br>私は、自分らしい生き方をしていこうと思う。<br><br>難しい舵取りを迫られても、最後は、自分を信じることが、光ある道を辿れる原動力になるからだ。<br>この事を教えてくれた、才能ある人に心からありがとうと言いたい。<br><br><br>秋の話題が増えたものの、タイトルは書き始めた頃のままにした。<br>今は正しい判断かわからなくても、新たな段階に入るために。<br><br>大きな月が見えた11月12日（土）は、横浜で素晴らしい音楽を堪能し、明るい笑顔に見送られた。<br><br></span><div id="F79D9CCB-3788-41B7-87EE-13D540B7C2CA" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/58/4a/j/o0480033413826352129.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161221/18/windmill2016/58/4a/j/o0480033413826352129.jpg" border="0" width="350" height="243" alt="{F79D9CCB-3788-41B7-87EE-13D540B7C2CA}"></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">その一方で、11月14日（月）は、地球に最接近する時間に、満月の光は暗闇に遮られた。<br>しかし、スーパームーンの代わりに、遠方から空の贈り物が私に届き、記念すべき日となった。<br><br><br>11月に東京都心で初雪や積雪を観測し、「54年振り」を強調するアナウンサー。<br><br>11月24日（木）の珍現象と歳月の重みに、今年の夏のことを思い浮かべた。<br><br><br>強い輝きを放つ人が、私のブログを読んでいたことを最近知り、強い気持ちで突き進めそうだ。<br><br>後編は、思い出になる前に、完成させたいと考えている。<br>その前に、もう一度最初から読んでいただければ幸いだ。</span></div>
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<link>https://ameblo.jp/windmill2016/entry-12230669164.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Dec 2016 18:04:22 +0900</pubDate>
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<title>熊本地震</title>
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<![CDATA[ <div><span style="background-color: rgba(255, 255, 255, 0); -webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></div><div><span style="background-color: rgba(255, 255, 255, 0); -webkit-text-size-adjust: auto;">6月に入り、熊本地震で損壊した熊本城では、夜間のライトアップが1カ月半ぶりに再開されました。</span><br></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br>大西一史熊本市長は、熊本の誇りである建物が光り輝くことで、市民にとって「あすへ向かう希望のともしび」になることを願っていました。<br><br><br>5月19日（木）に、天皇、皇后両陛下は、日帰りで熊本県を訪問されました。<br><br>18日までの叙勲関連行事後は、当初静岡県の須崎御用邸で静養される予定でしたが、熊本で発生した大規模地震を受けて変更されました。<br><br>「全国豊かな海づくり大会」に合わせ、同県を訪問された2013年には、くまモンとのご対面が話題になりました。<br><br>先月の被災地ご訪問の際に、皇后陛下が身に付けられたピンバッジは、そのPRキャラクターがモチーフになっています。<br>2年半前にプレゼントした蒲島郁夫熊本県知事は、その当時を思い出し、熊本に寄せる思いに感謝していました。<br><br><br>昨日、熊本地震の本震から2か月を迎えました。<br><br>仮設住宅への入居は、余震の影響で遅れ、前震から52日の6月5日（日）に始まりました。<br><br>寸断された交通インフラは、復旧してきています。<br>5月9日（月）には、大分道が開通して九州高速が全線復旧となりました。<br><br>特に、九州新幹線の全線再開は、明るいニュースでした。<br>当初の復旧予定の4月28日（木）より、1日早い完了。<br><br>南阿蘇鉄道は復旧に遠いですが、その願いは「希望の光」という復興祈念切符に込められています。<br><br>2014年4月に全線開通した三陸鉄道は、東北に希望の春を届けましたが、岩手県沿岸部を震災以前のように走るまでに約3年かかりました。<br><br><br>異例の連続地震となった熊本地震は、4月14日夜の前震が恐怖を与えました。<br>16日未明にも最大震度7の大きな揺れがあり、この本震で被害が拡大しました。<br><br>その上、余震が断続的に続き、多くの被災者は不安な毎日を過ごしています。<br><br>九州を襲った巨大地震。<br>この世界的なニュースに、海外からエールが届きました。<br><br>すぐに支援を決断した台湾政府は、2011年の東日本大震災に続き、多額の寄付を発表しました。<br><br>台北市の「KUMA Cafe（くまカフェ）」は、レジにあるくまモンのイラストと「熊本加油！」の文字で、早々と募金を行っていました。<br>日本のキャラクターが海外でも受け入れられている事実と、両国の強固な関係を知ることになりました。<br><br>最初の地震直後の写真では、くまモンラベルの日本酒が地面に倒れていて、やるせなさを覚えました。<br>前震発生の翌日は、仕事に身が入らない金曜日となり、遠い九州の情報に耳を傾けました。<br><br>くまモンの生みの親で、熊本県天草市出身の小山薫堂氏は、暫く活動方針に困っていたようですが、4月28日に熊本地震復興支援プロジェクトを立ち上げました。<br>くまモン募金箱も設置され、被災地に「希望の光」を生み出す支援計画が動き出しました。<br><br>漫画界の支援は、くまモンのイラストを公開することで、被災した方の笑顔を取り戻す意味があります。<br><br>九州新幹線の5年前のCMが、注目されている理由もそこにあります。</span><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></div><div><div id="CE02BE58-5DA5-4878-8739-4DC6EC583253" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/af/19/j/o0480070913674692578.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/af/19/j/o0480070913674692578.jpg" border="0" width="240" height="354" alt="{CE02BE58-5DA5-4878-8739-4DC6EC583253}"></a></div><div><div><div id="672EDA05-AE17-4BAF-85A9-306961F5BECF" style="text-align:left"><br></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">陽気な表情のくまモンは、立ち上がる気力を与えてくれる存在。<br><br>アナウンサーとのツーショット写真では、見ている私も笑顔になりました。<br><br>日本中から活動再開の要望が相次ぎ、熊本県のご当地キャラが復活したのは、こどもの日の5月5日。<br>地震発生から3週間で、ようやくくまモンが一歩前へ踏み出しました。<br><br>多くの人に愛されるキャラクターと触れ合い、子どもが喜んだ表情を見せると、親も元気になるといいます。<br>熊本県のPRキャラクターは、地元の人を安心させてくれる、唯一無二の存在。<br><br><br>2月最後の日曜日に、甲府駅前のバス停で出会った台湾人女性は、とても優しい人でした。<br><br>その前の台湾南部地震の影響が気になりましたが、日本に来てくれたのです。</span></div><div><br></div><div><br></div><div><div id="D9756B0A-1A92-4125-A050-6D86072C6759" style="text-align:left"><div id="83A28252-0BB4-405F-A726-68103513BB89" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/75/72/j/o0480032813674692581.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/75/72/j/o0480032813674692581.jpg" border="0" width="350" height="238" alt="{83A28252-0BB4-405F-A726-68103513BB89}"></a></div><br></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">同日に再会した時には、ハローキティのサプライズプレゼントが嬉しいことでした。<br><br>東京ではなく、山梨での異文化コミュニケーションに驚きがあるのです。<br><br><br>ゴールデンウィーク前に、営業中のホテルのキャンセルが相次いだ九州。<br><br>観光産業の再生として、6月3日（金）には、熊本空港（熊本県益城町）発着の国際線の一つが運航を再開しました。<br><br>地震国の側面もありますが、再開した熊本－台湾高雄線をきっかけに、多くの外国人観光客が九州エリアを訪れる風景が戻ってほしいと思います。<br>それには、国の特別史跡・熊本城が修復されることが鍵で、重要な観光資源の阿蘇も同じです。<br><br>4月下旬に、被災したある小学生が、加藤清正が築いた城を、じっと見つめていました。<br>ただ、悲観しているようには見えず、かすかな希望を抱いているようでした。<br><br>避難所では、心に悩みを抱えているはずの子供達が、元気に振る舞い、高齢者の支えになっていました。<br><br>地震に慣れない地域で、揺れが当たり前になり、被災者のストレスが溜まります。<br><br>そして、耐震化率が100%近いので安全とされてきた、学校施設の45か所を含む、指定避難所の70か所が被害を受けて使用できない事態に。<br><br>被災した熊本県宇土市役所の庁舎は、旧耐震基準の4階部分がひどく損壊し、現在も立ち入り禁止になっています。<br><br>防災拠点の補強工事が進まなかったことを嘆くよりも、このような大きな地震が起きたことが、想像をはるかに超える事態なのです。<br><br>人手不足で職員の負担が増えた被災自治体には、全国の各自治体が職員を派遣することによる、人的支援を実施しました。<br><br><br>避難場所以外で暮らすには、リスクをともないます。<br>相次ぐ余震による家屋の倒壊を覚悟で、自宅にとどまることを選んだ人。<br>狭い場所を承知で、自動車の中で寝泊まりする人。<br>後者は、建物の中にいる方が怖く、屋外が安全と判断したことを意味します。<br>車中泊では、同じ姿勢になりがちなので、適度な運動が必要です。<br><br>全国から、過酷な環境下の避難者を助けようと、救援物資が次々と運び込まれました。<br><br>しかし、4月16日直後には、大量の物資が捌かれずに、集積所に滞留していたことがありました。<br><br>大変な状況で、食事が確保できないもどかしさ。<br>物資が直接被災者には届かず、現場で暫く混乱を極めたのは、仕分け作業をするにも、人手が必要だということなのです。<br>ですから、1995年の阪神大震災以降、大規模災害時に、ボランティアの果たす役割は大きくなっています。<br><br>2004年の新潟県中越地震で問題になった、エコノミークラス症候群では、水分補給が生死にかかわります。<br>遠い仮設トイレに行くことを嫌がり、水分補給を控えるのは、女性に特有のことだと言います。<br>また、脱水症の対策としては、トイレを清潔にすることです。<br><br>多くの医療チームが被災地入りし、医療機関へ行けない持病を抱える人へ薬を処方したり、精力的に活動していました。<br>しかし、車中泊を続ける人に対しては、健康状態の把握が困難で、支援しづらいのが現状です。<br><br>そして、恐れていた震災関連死も出てしまいました。<br>運動というものでなくても、歩ける屋内と、ずっと同じ姿勢の車中では大違い。<br><br>広い公園に設置されたバルーンシェルター、囲いのある段ボールベッド、被災者の体調を崩さないようにと、様々な試みが見られました。<br><br>プライバシーを配慮した、2メートル四方の間仕切りも設けられ、長期化が予想される避難生活の改善が進みました。<br><br>ただ、食料調達するには、特定の場所にいる必要があります。<br><br>本震直後には、急を要する事態が生んだ地面の文字が、空を監視するヘリコプターへSOSを伝えました。<br>そこには、必要な物資がスプレーや椅子で書かれました。<br><br>特筆すべきは、米軍の協力で、初めてオスプレイが日本国内の災害で派遣されたことです。<br>大規模な土砂災害が起きた熊本県南阿蘇村へ、水、食料、簡易トイレなどの支援物資が空輸されました。<br>阿蘇大橋が崩落したことで、孤立の恐れがある集落に、垂直離着陸できる輸送機が届けた支援物資は、計約36トンに上りました。<br><br>米所である南阿蘇村は、いつもと違う環境で、田植えシーズンを迎えることになりました。<br><br>命の糧を増やす田植えは、都会で消えゆく風景。<br>カエルの合唱は、私には遠い記憶です。<br><br>避難生活を余儀なくされている方は、18万人あまりをピークに減少を続け、現在では1万人を切っています。<br><br>それでも、校舎を避難所に利用しているため、避難者が仮設住宅などに移るまで、体育館や一部の教室が使えない所があります。<br><br>家屋を壊された人々が身を寄せていた、熊本県内の学校。<br>ピーク時の4月18日（月）には、休校数が401校にも上りました。<br><br>子供たちが学べ、潑刺と活動できる場所を確保するため、元通りの学校生活に戻るのは先でも、学校の再開が必要でした。<br><br>西原村の全小中学校3校は休校が長引きましたが、5月11日（水）に解消されたことで、全校が再開となりました。<br><br>それにより、“子ども無線”が終了しました。<br>毎日、西原村の小・中学生の声に、地元の大人が励まされたと言います。<br><br>地域の絆を生かすことが、避難生活では欠かせないことを示す事例です。<br>最後の放送は、大好きな村の復興を願い、「頑張れ」と自らを鼓舞していました。<br>災害時には使いづらい言葉かもしれませんが、力のある言葉で、私も好きです。<br><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><div id="4A36B68D-E2F4-4B39-B28A-0D91895A2E8C" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/6a/01/j/o0480057113674692585.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/6a/01/j/o0480057113674692585.jpg" border="0" width="240" height="285" alt="{4A36B68D-E2F4-4B39-B28A-0D91895A2E8C}"></a></div></div><div><div id="AB37E863-6323-4617-AB2A-84411F70DA92" style="text-align:left"><br></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">頑張れば、誰かに信じてもらえるので、また頑張りたくなるのです。<br><br><br>また、「ファイト」と歌われたら、やってやるという気持ちが湧いてきます。<br><br>5年前に比べて、スマホの普及率は驚くべきものがあり、SNSで窮状を訴えることで、避難所で何が必要とされているかを把握することが可能になりました。<br><br>不安を解消するためには、情報も必要で、それには被害状況を確認することが条件となります。<br><br>携帯ラジオがいかに役に立つかは、災害時にならないとなかなか実感できないでしょう。<br>今では、携帯電話を充電でき、懐中電灯として使えるラジオもあります。<br><br>その力を知るのは、DJが被災した人たちに寄り添うように、災害情報を伝えている時。<br>そして、あるリスナーの祈りが、心に響く佐野元春の「SOMEDAY」（1981年）のリクエストに繋がりました。<br><br><br>地元を離れた方や、避難された方が、一刻も早く、憩いの場である家に戻ることができるように祈ります。<br>今回の地震では、応急危険度判定で「赤」と判定された建物が、東日本大震災の規模を超えました。<br><br>震度7を2回観測した益城町を離れ、公営住宅へ避難したある被災者が、倒壊の危険を示す赤い紙が貼られた自宅へ、1年後には戻れるのか気になります。<br><br>ネパール大地震では、1年経っても自宅に戻れない、仮住まいの被災者は400万人に上るようです。<br><br>それでも、復興は必ず成し遂げられます。<br>支援は広がっていますから、穏やかな日差しを受け、笑える日は必ず来ます。<br><br>4月に、私が住んでいる横浜市の小学5年生が、新聞に投稿しました。<br><br>〈真っ赤なトマト。私はトマトが大好きです。見ているだけで元気になるし、食べるともっと元気になります〉<br><br>執筆が熊本地震の前後かはどうあれ、熊本の基幹産業の農業関係者が読んだら、泣いて喜ぶ内容でしょう。<br><br><br>関東のスーパーでもよく見かけるのは、熊本のスイカとトマト。<br>生産量全国1位と知って、さすが農業県だなと納得しました。<br>西瓜に塩を振って食べれば、水分と塩分を同時に摂取できるのです。<br><br>農林水産関係の被害額が1000億円超になり、夏野菜の出荷の面で、影響が出てきますが、復興に向けて進んでほしいです。<br><br>また、余震とともに、梅雨や台風の季節が懸念材料ですが、忍耐強い熊本の人は、なんとか頑張ってくれると信じています。<br><br><br>連休中にも、熊本地震の被災者を支援しようと、全国で募金活動が展開されました。<br><br>5月7日（土）の私の行き先は、神奈川県立近代美術館 葉山。<br>旅行と言える距離ではないかもしれませんが、1年前のGWと同じルートを辿りたくなったのです。<br><br>その時読んでいた本が、村山由佳著『ヘヴンリー・ブルー』（集英社文庫、2009年）。<br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><div id="79EA1DE3-D558-42D9-B59E-786A7E31FC51" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/cf/b5/j/o0480057113674692590.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/cf/b5/j/o0480057113674692590.jpg" border="0" width="240" height="285" alt="{79EA1DE3-D558-42D9-B59E-786A7E31FC51}"></a></div></div><div><div id="62AF65CA-7456-4E7A-829F-B852ADE3FEFB" style="text-align:left"><br></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">亡くなった姉が残したものが、新しい生命の誕生を示す証明だとは。<br><br>気になった箇所は、どうしても震災との関連性を見出してしまいます。<br><br>〈たとえば災害や犯罪などによるショックがもとで起こる精神的な後遺症は、直後ではなく、ずいぶん後になってからふいに顕れることもあるのだという〉<br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><div id="92D9B264-A6F9-4845-9D80-59E26A4A7807" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/bb/74/j/o0480061813674692594.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/bb/74/j/o0480061813674692594.jpg" border="0" width="240" height="309" alt="{92D9B264-A6F9-4845-9D80-59E26A4A7807}"></a></div></div><div><div id="CF8813EF-958D-41AE-B7E5-563D0A6C750E" style="text-align:left"><br></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">新逗子駅前でバスに乗り、「原田直次郎展」へ。<br><br><br>最後列の大学生は賑やかで、GWの昼寝癖を気にしている話をしていました。<br>私は、その前の窓側の席に座りました。<br><br>昨年と変わらなかったのは、海が見えた時の歓声。<br>美しい光景を見た時の感動で、「きれい」と、女子大生の口から一言漏れました。<br>その時になって、私は視線を窓の外へ移しました。<br><br><br>進行方向の右手には、時折輝いた海が覗きます。<br>昨年は、同じシチュエーションで、立ったまま姜尚中著『心』（集英社文庫、2015年）を読んでいました。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br><br></span><div id="6C18775A-DF2D-4A77-9DCD-320B39A3FB4F" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/2a/f3/j/o0480053613674692597.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/2a/f3/j/o0480053613674692597.jpg" border="0" width="240" height="267" alt="{6C18775A-DF2D-4A77-9DCD-320B39A3FB4F}"></a></div></div><div><div id="A74E3595-BDD3-4BB8-93BA-B5BE600880AC" style="text-align:left"><br></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">まさか、1年後にこんな苦境が待ち受けているとは、思ってもいなかったことです。<br><br>熊本市出身の著者の本音でしょう。<br><br>〈もうこれ以上、悲劇は起きてほしくないと願わずにはいられなかったのである〉<br><br>美術にも造詣が深い政治学者の小説は、夏目漱石の『こころ』に影響を受けていることが明白で、先生として著者が実名で登場します。<br><br>親友の死を受け入れることができず、先生に悩みを打ち明けた大学生は、大震災とどう向き合うべきかを考えて、被災地でボランティアをするため行動を起こします。<br><br>大好きな海に潜れる彼の能力は、津波で沈んだ遺体の捜索に向かわせますが、後遺症を抱えることになります。<br><br>それでも、人生観が変わるほどの貴重な経験は、青年の成長を促し、生きなきゃいけないと強く思うようになります。<br><br>喪失感を乗り越えながら。<br><br>また、かけがえのない仲間に励まされて、親和力は芝居へと昇華します。<br><br><br>被害額の比較では、東日本大震災が16.9兆円、熊本地震は約2.4～4.6兆円と大きな差があり、同じ規模ではありませんが、惨事であることには変わりありません。<br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><div id="7A61A35F-0B17-4F68-BEB0-3B67FEC190EB" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/14/d2/j/o0480067813674692600.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/14/d2/j/o0480067813674692600.jpg" border="0" width="240" height="339" alt="{7A61A35F-0B17-4F68-BEB0-3B67FEC190EB}"></a></div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><div id="841E3EFF-9BCC-4FA3-BFE3-22FD511D5AB0" style="text-align:left"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">山の前にある、海に近い美術館。</span></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br><br>心に罪悪感を持っていても、生きなければならない。<br>折角生まれてきたのだから、自分の物語を描かなくは。<br><br>大型連休明けの5月9日（月）に、演劇部に所属していた中学2年生の女子生徒2人が、一緒に自殺するという悲しい出来事がありました。<br><br>その一方で、2007～14年度の手術死問題では、生きられる期間を奪われたことに対して、患者の遺族が「命を何だと思っているのか」と、群馬大学病院を非難したことが印象に残りました。<br><br><br>「愛しているよ」と言ってくれる人、親身に支えてくれる人は必ずいるはずです。<br><br>私が尊敬するエッセイストが書いています。<br><br>〈生きることを諦めない限り<br>必ずその証が残る〉<br><br>生きるには希望が必要です。<br><br>心のバランスが整っていれば、感動することができ、救いの道を歩めます。<br><br>また、信頼できる人間を思えば、明日に希望を持てるはずです。<br><br>早く地震が収まり、熊本、大分両県の被災地の皆さんには、いつも通りの生活を送ってほしいです。<br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><div id="6AB7B486-3947-4958-A74F-9D7A42ED53E7" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/d8/65/j/o0480035513674692603.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/d8/65/j/o0480035513674692603.jpg" border="0" width="350" height="258" alt="{6AB7B486-3947-4958-A74F-9D7A42ED53E7}"></a></div></div><div><div id="9D36F6C8-746C-4A67-A18D-9DDAC6FBAA52" style="text-align:left"><br></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">視線の先にある、夕日に照らされた相模湾が、2020年東京五輪のセーリング競技が行われる会場。<br><br><br>近い将来、静岡県沖から四国沖にのびる南海トラフで、巨大地震が起きるかもしれません。<br><br>南米エクアドルでも発生した4月の大地震で、首都直下型地震への備えの必要性を感じます。<br><br><br>多くの生命が奪われたことに、何も感じないとしたら、亡くなった人の記憶が消えてしまうことになります。<br><br>5月27日（金）に、現職の米国大統領として、初めて広島を訪問したオバマ大統領は、世界を変えようと、心に響く言葉を被爆地に寄せました。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br><br></span></div><div><div id="EA2EC177-39DC-46AC-B4B1-905F048B2C4C" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/cb/d4/j/o0480060313674692607.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160617/05/windmill2016/cb/d4/j/o0480060313674692607.jpg" border="0" width="240" height="301" alt="{EA2EC177-39DC-46AC-B4B1-905F048B2C4C}"></a></div></div><div><div id="63C82D37-D5FD-43FC-B917-BBD466E691F8" style="text-align:left"><br></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">2016年の春は、命について深く考えずにはいられない季節になりました。</span><br></div></div></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/windmill2016/entry-12171471397.html</link>
<pubDate>Fri, 17 Jun 2016 03:56:34 +0900</pubDate>
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<title>食品ロス</title>
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<![CDATA[ <span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">最近、トラックのボディに書かれたスローガンに目が行きました。<br><br>「リサイクルは、地球サイズの思いやり」という文字を背負っていたのは、産業廃棄物収集運搬車。<br><br>廃棄食品の横流しの件では、不衛生な環境下で保管されたものもある中、幸いなことに、健康被害の声が上がりませんでした。<br><br>ただ、運の良さだけでは片付けられない、解明すべきルートがありました。<br><br>異物混入の疑いを受けて、廃棄を委託したカレーチェーン大手から、幾つかの業者の手を通っていた冷凍カツ。<br><br>消費者へ食品が渡るまでの流れを見ると、少しでも金になればという強欲さが、リアルに浮かび上がり、この世の闇の部分が見えてきます。<br><br>悪質な処理業者は、食の安全を確保する気は全くなく、利益が最優先事項の考え方。<br><br>根っこの事実を知っていた人は、違法性の意識はなかったのでしょうか。<br><br>愛知県の産業廃棄物処理会社の会長は、「魔が差した」と不正を認めました。<br><br>約60品目にも及ぶ横流し事件が注目されることで、食べ物の廃棄量を減らすことにも、関心が広がればと期待しています。<br><br>コンビニでアルバイトをしていた時に、消費期限が切れたばかりの弁当などを捨てる惜しさが、内心でいつもありました。<br><br>22時からの仕事は8時間。深夜帯を選んだのは、時給が高いからです。<br><br>4割を占める非正規労働者が、賃金上昇を目指すには、夜間労働へのシフトが簡単な選択。<br><br>1時前には、値引きシールを貼っても売れなかった食品を引き上げます。<br><br>その立場を生かして、ただで食べられる、と最初は期待していました。<br>しかし、現実は見た目に問題ない、弁当をゴミ袋に入れるだけでした。<br><br>当時は、食べては駄目と言われただけで、それがどこへ行くかも知らぬまま。<br>今でも、あらぬ考えが頭をもたげます。<br><br>あるコンビニでは、期限切れの弁当を提供している事実があり、生活困窮者には欠かせない支援なのでしょう。<br>食欲がなくなれば、救いが消えるわけですから。<br><br>広い世界では、まともに食べられない人たちがいるのに。<br>世界中に広がった、もったいないという言葉の発祥の国から、このようなニュースが出るとは、皮肉な思いがするばかりでした。<br><br>国内で年間640万トンにも上る、「食品ロス」問題の解決に挑む姿勢が重要です。<br><br>我々消費者も、食材を使い切る、期限が近いものを敢えて選び取る、などの家庭での取り組みが大切です。</span><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span><div><div id="{07A9BEB5-EC4A-4735-B9D4-8A5094A6D002:01}" style="text-align:left"><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160302/21/windmill2016/49/2b/j/o0480065513582174346.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160302/21/windmill2016/49/2b/j/o0480065513582174346.jpg" border="0" width="400" height="545" alt="{07A9BEB5-EC4A-4735-B9D4-8A5094A6D002:01}"></a></div></div></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">横流し問題が発覚しても、カツには罪はありません。別のカレーチェーン店の看板。<br><br><br>「二度と飢えた子どもの顔は見たくない」は、<br>昨年亡くなった野坂昭如が残した言葉。<br>戦前・戦中の悲惨な時代を乗り越えた、強靭な作家の願いが浮かびます。</span></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/windmill2016/entry-12134937756.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Mar 2016 21:35:47 +0900</pubDate>
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<title>ニュービギニング</title>
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<![CDATA[ <div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">2016年も年賀状作成から始まりました。</span><br></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ここ何年かは膨大な量を書いていましたので、やっと楽になるかなと思いました。<br>しかし、今年が一番手間が掛かりました。</span><div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br>昨年までの社用がなくなり、人付き合いがあまりない私も、今年はプライベートの年賀状に力を入れるようにしました。<br></span><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br>結果は、文章がかなり長くなりました。<br>箱根駅伝に触発されて狂気に走ったわけではなく、書けるようになったからです。<br><br>実を言えば、以前のブログは、ある人に感謝を捧げる目的で生かされていました。<br>それから、私のお気に入りのブログを通じて、驚愕に値するブログに触れ、かなり刺激を受けたのです。<br><br>会社のメールでメッセージを発信し続けていた私に、この画期的なツールを利用すべきチャンスが来たようです。<br>アナログ人間も、必要に迫られて成長できるのです。<br><br>ツイッターやフェイスブックなどのSNSで、個人的な心境を発信することが当たり前になってきた情報化社会。<br><br>映画「深夜食堂」の松岡錠司監督は、インターネットの発達に伴い、他者を求める動きが手に取るようにわかると話していました。<br><br>私は世論の動向に影響を受けにくい傾向で、東京ディズニーランドは未経験です。<br>強い好奇心や危機感が正直あっても、変わったことをする時間がないのです。&nbsp;<br><br>このように、誰が読んでいるかわからないブログに勤しむ時間は、今までになかったことです。<br><br>コメントは特定の人に向けたもので、ブログは多くの人に意思表示できる場所でしょう。<br>後者でも、読んでほしいと意識する人がいるはずです。<br>何より、自分の為、自らを励ますメッセージとなります。<br><br>私はこの道と決めたら、自分をごまかさずにやり過ぎてしまう性格です。<br>また、B型なので、常識的な動きを気にせず、マイペースにやって行きます。<br><br>非常に時間を要するので、コンスタントに更新はできません。ただ、このように変な真面目さが出るのが特徴でしょう。<br><br>細かいプロフィールはここでは控えますが、これから始まるブログという長い旅路で、変人ぶりが徐々に出せればと思っています。<br><br>新たな年に、既に安全保障を揺るがしかねない、予想外の事態が起きています。<br>風向き次第では、途中で進路変更も考えられるでしょう。<br><br>2016年にもフェルメールの人気作品が来日。展覧会では、10年に1度の当たり年と喧伝されても、私には特に影響がありません。<br><br>とにかく、評価してもらった才能を、少しでも伸ばせるように、私は昨年以上に努力します。<br>昨年最後までばてずに、集中して長文に取り組めたことは、一つの自信になりました。<br><br>これから伸びる人でも遅くないという気持ちで、変わらぬ趣味に没頭し、呉下の阿蒙にあらずを実践したいと思います。<br><br>伸には、今年の干支「申」が右（つくり）にありますから、縁起を担いで使いたい漢字。<br>また、音読みのシンで、新を思い浮かべましたので、新しい世界に目を向け、決意を新たにしました。<br><br>悔しかったことを寝る時に思い出したり、昨年出来なかったことが山ほどある中、1月は正月らしくない課題に追われていました。<br><br>時間は平等に与えられているように見えて、皆がそうとは限らない。また、たくさんあるようでも、実はそうではない。<br><br>2016年の仕事始めの週には、社内の人間関係に悩みました。<br>閉塞感を抱え、心が折れそうな時でも、まっすぐ前を向くしかないと思っています。<br><br>心の支えになるものがないと、生きていけない世の中。尊敬する人からの温かい言葉を胸に刻みながら。<br><br>偉人の格言も、心に変化をもたらします。<br>「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」という言葉を知ったのは、小学生時代の修学旅行で、徳川家康を祀った日光東照宮に参拝した時です。<br><br>世界文化遺産にも指定されている東照宮では、今年は例年以上に、三猿に注目が集まるでしょう。<br><br>不当な扱いを受け、我慢ばかりの人生でも、明日を夢見て生き抜かなければなりません。<br>精神的に弱い私は、さまざまな難局に直面する度に、人の優しさに触れて明るくなれます。<br><br>申年も流行に惑わされることなく、行動範囲は限られるでしょう。それでも、正月には家族の絆を確認でき、安心感を覚えました。<br><br>変わらなくて良いこともありますが、劇的な変化が生じる今年は、私にとって非常に重要な年になります。<br>スタートダッシュは決められませんでしたが、先を恐れて守りに入ることはありません。<br><br>いつもの景色が違って見えた正月に、迷いなく攻めを選択し、前に進んで、新たな人生を切り開く決心をしました。<br>皆さんにとっても、挑戦する1年になるのでしょうか。<br><br>私は華やかな生活には無縁で、身の丈に合った生き方をしています。<br>有名な人だけが優れているのではなく、無名でも真面目に黙々と仕事に取り組んでいる人は多いのです。<br><br>その中には、生活の向上が難しくても、驚異の能力を持つ人がいます。<br>人気は考えずに、そのような凄い人を、私は応援したいのです。<br>そして、上手くこのブログでその成果を紹介できれば、少しは意義があると思います。<br><br>ブログに対する考え方が変わり、あるブロガーを尊敬する気持ちが芽生えた昨年。<br>私にできることは決して多くはありませんが、有益な情報を提供できるよう頑張ります。<br><br>少しでも気にかかる文章、肩の力を抜いて気楽に読めない存在を目指して。<br>「なんなんだ、これは」という衝撃を与えられれば、書くモチベーションを維持できます。</span></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/windmill2016/entry-12124083993.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Feb 2016 03:25:39 +0900</pubDate>
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