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<title>夜明けの味噌汁的な人間を目指して</title>
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<title>ゾンビを考えていた年頃</title>
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<![CDATA[ <br>中二病を長くこじらせてしまった19歳の私はゾンビについて考えていた。<br>実家の押入れから出てきた19の頃使っていたノートに、ゾンビのことを真剣に考えた文章が書いてあって、それが痛くて面白かった。痛快！<br><br><br>「ゾンビの産業化について」<br>人間はなぜゾンビを産業資源として着目してこなかったのだろうか。<br>人々が人々である、人間である、ヒトであると認めることのできる「死」の定義とゾンビの関わりについて考える必要がある。人々が自らの属する種である人間を、「資源」として産業に用いることは、人が人である所以、すなわち考え、そして築いてきた倫理という点で根本的に認めることができない。したがって、ゾンビをこれまで産業的に用いてこなかったという事実は、我々がゾンビを本質的には「人」として認めてきたということを示唆している可能性がある。<br>ゾンビは、我々のように思考することは出来ない。我々人間の一人ひとりはは、同じ形状の細胞から成り、同じ遺伝子の有するミトコンドリアを持ち、そして分類学上「ホモサピエンス」という種としての同じ特徴を持っている。しかし、実際には我々は一人として同じ人間がダブっているのを見ることもなく、また自分自身、自分の知っているどの人間とも完全に一致することがない。この普遍的な事実には、人間が自分の脳を持ち、そこで各々思考しているということが大きく作用している。<br>しかしゾンビというものには本質的に「思考」はない。彼らの脳の使い方というのは限りなく動物的であり、生存に特化していて、人間のように、生きていくために直接必要のない事象への思考はない。<br>では、人が人である大きな要因が、思考することであるとすれば、思考のないゾンビは、<br><br><br><br>ここで終わっている。思考のないゾンビは何なんだ？<br><br><br>
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<pubDate>Sun, 14 Sep 2014 10:53:51 +0900</pubDate>
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<title>時間の停止とそれに寄り添う蝿のふしぎ</title>
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<![CDATA[ <br>数時間前に食べたおしるこがまだ胃に大きな顔をして居座っていました。<br><br>お腹が減っているわけではないけれど、その時、状況的に何か食さなければならず、夕食をどこにするか暫く迷っていました。何を食べたいのかもよくわからない。そして今日は、田舎なりもどこもかしこも混んでいました。<br>なんとなく、焼き鳥が食べたいような気がした我々は、大好きな焼き鳥屋に救いを求めましたが、あいにく「もつ」は既に売り切れていました。我々はことにここの「もつ」を好んでいたので、その焼き鳥屋は諦めました。<br>しかたなく別の焼き鳥屋にうかがおうとするも、駐車場が満車でやめました。<br><br>ところでこの地域はやたらとホルモン屋があります。<br>判然としない食欲を追及するのは、煙を掴むようなもので、なんだか疲れてしまった私たちは、まさに救いを求めるような心持ちで、目についたホルモン屋に入りました。<br><br>店の中はその日生産された煙と、これまで何十年もかけて排出され培われた煙とが合間って、その空間に磨りガラスの如く外の空間との差異をもたらしていました。<br>先客はおっさんが三人、煙に巻かれて飲んでいました。<br><br>外観からうかがえる看板や暖簾の威勢とは反して、店内は今よりずっと前に、時間が停止したままの状態で成り立っているようでした。テーブルも床もメニューも、店内のものはおよそ油汚れでベタつき、この種の店によくあるビールの広告はどれもひと昔前のものであり、例に漏れず紙という紙はこれまでの歴史をたたえるようにたっぷりの油を吸っていました。それから何故か掃除機がラフにガラス貼のタンスに飾られていました。すっかりくつろいだ様子で飛んでいる蝿さえ、その店の装飾の一部として存在しているようでした。<br>店主は予期せぬ来客に、彼のペースを乱された(すなわち停止した時間の損失)のが気に入らなかったのか、少々ぶっきらぼうな対応をされました。<br>彼が「とりあえず…」と言った刹那、聞き取れなかった店主がデカい声で「えぇ！？」と言いました。彼が「とりあえず」と言い直して、店主が「えぇ！？」と言うやり取りをかれこれ4、5回繰り返したのち、私が注文を開始してさえぎりました。因みにこのやり取りの声量はクレッシェンドでした。<br>小上がりで我々は、店主が一押ししたサガリと、なんこつと、それからホルモンを食べました。<br>腹の減っていない割に黙々とお酒を飲み、焼いては食べていました。サガリは店主が勧めただけあり、めちゃクソに美味い。フィクションのように分厚くて肉汁がたっぷり。なんこつもホルモンも、美味しくてすぐなくなりました。追加で頼んだ豚串とホルモンを焼いているとき、先客のおっさん(3人で7500円)が帰り、客は我々だけになりました。焼き上がった肉を頬張っていると、店主(彼の口臭もまたホルモンの臭いでした。職業病？歯周病？)がビール片手にやってきて、彼の停止した時間について語り出したのです。<br>なんでも、彼は旭川に生まれ、網走でサラリーマンとして勤めだし、そこで出会った女性と結婚した。定年まで道内各地を転々とし、退職の時点で在住していたこの地域に腰を据えることにした。定年後に何もすることがないのは寂しい、だから趣味の程度でいい、儲からなくてもいいから、転勤先の北見で身につけた焼肉スキルで、焼肉屋を開くことにした。子供はふたりいる。妻は何年か前に他界してしまった。儲からなくてもいいから、店を開いた18年まえから値段は買えない、原価プラスほんの少しの価格だから他よりも安い、そして道内随一の焼肉桃源郷(デリシャス ザ ユートピア)、北見で身につけた腕に間違いはない。<br><br>したがって彼の煙だらけのこの愛らしい桃源郷は、なんと18年も時間を停止していたのです。しかし彼自身の時間は、恐らく妻を失ったときから停止しているようでした。それは彼が彼自身の確固たる信念を語るときの自信に満ちた表情と、その自信に長い間意味を持たせていたであろう妻の喪失による危うさに、確かに垣間見ることができました。<br><br>私のジョッキには小蝿がそっと止まっていました。<br><br>店主のレジは、恐ろしく低速で執行されました。代わりに打ってあげたいくらいでした。<br>店主はわざわざ外まで見送りに来てくれ、彼と車について談笑していました。私にはよく分かりませんでした。<br><br>車を動かし始めたときには、店主はもう彼の桃源郷に帰ったあとで、外には居ませんでした。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/wisteriasummer/entry-11614004845.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 03:57:59 +0900</pubDate>
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<title>山根ピーポー</title>
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<![CDATA[ <br>人は17歳の頃に聴いていた音楽を生涯聴く(本当かよ)というのが仮に本当だとしたら私が17歳のとき聴いていたのは椎名林檎と東京事変だから、生涯これらを聴くことになるということだ。<br>ジンクスまがいのものはさておき私はなんで椎名林檎の曲を聴くようになったんだろう。<br>考えてみたら、母親のお腹にいるときから17になるまで、いろいろと音楽を聴いてきたわけだけど、椎名林檎が私のスタンダードになったのはいつからだろう。<br><br><br>と思ったからこれまで聴いてきた音楽というものを洗い出してみることにした。一個人の音楽的歴史である。<br><br><br><br>＊お腹にいるとき<br>クラッシュミュージック。親が買い揃えた100枚くらいのセットもののクラッシックのCDたち(しかも「クラッシックへの誘い」というふざけた重さの解説本付き)は私が物心つく頃からいつも埃をかぶっている。<br><br>＊乳幼児(肉体的暗黒)時代<br>お母さんといっしょとかのお花畑ミュージック<br><br>＊6～7歳くらい<br>Dragon Ashにやたらはまっていた記憶がある。母親が夏に家で掃除機をかける際よくスティービーワンダーがかかっていた。エリックプラクトンやビリージョエルを父がよくかけていた。<br><br>＊8～9歳<br>初めて買ったCD、ビートルズのなんとかっていうアルバムを聞きまくる。娯楽が少なかった当時、家中のおもちゃに飽き、そして時間が有り余っていた私と弟はビートルズの音楽で踊るくらいしか遊びがなかった。弟と空耳でビートルズの歌詞を覚え、その中の一節「山根ピーポー」は今でも全世界の山根さんに対する深い親愛の情を呼び起こす。<br><br>＊ 10～12、13歳<br>この頃は月に3回くらい我が家で仲のいい何家族か集まってワイワイしていて、そのとき必ずBGMでかかっていたのがボブマーリーのアルバムone loveで、disk1の一曲目stir it upがかかると今日の宴も始まったな～と考えていた。<br><br>＊ 13～14歳<br>とにかく人並みに流行を追いたくてBoaとかオレンジレンジとか聴いて頑張ってた。友達が口ずさむHYとかAqua Timezの曲を覚えて知ったかぶりしてたと思う。家では相変わらずビートルズとか。<br><br>＊14～15<br>椎名林檎との出会い。ツタヤで借りて初めて聴いたアルバムが絶頂集なのでトゲトゲした感じに憧れまくり、漢字とカタカナを組み合わせたかっこいい単語を考えようと必死時代。<br><br>＊16～17歳<br>椎名林檎→東京事変という自然な流れを経て東京事変にハマりまくる。ライブで絶頂。東京事変解散でパンデミック。<br><br>椎名林檎の音楽との出会いが何だったのか上手く思い出せない。えむすてで椎名林檎がこの世の限りを歌っているのを聴いて、衝撃を受けて、それでツタヤで早速借りてみたCDが絶頂集だったか。<br>とにかくものすごい影響を受けた。憧れが全面に出ていたときは、表面的な部分に着目してしまって音楽そのものを疎かにしてしまったけれど、今は純粋に椎名林檎や東京事変の曲が好きでそのまま耳に入れるようになったかもしれない。この人たちにとっての音楽とは何か、どのような姿勢でつくられた音楽なのか、何となく頭に浮かぶようになり、それからこれまで何度となく聴いてきた曲がますます好きになったように思う。<br><br>一生ものの音楽との出会いというのは実にささいなきっかけだったなという感想。<br>
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<link>https://ameblo.jp/wisteriasummer/entry-11496777253.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Mar 2013 00:02:10 +0900</pubDate>
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<title>サグラダファミリア創ったお前  家庭的な女がタイプの俺</title>
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<![CDATA[ <br>頗るからだの調子が悪い。<br>結局は疲れていて、日和見感染のように取るに足らないようなウイルスに感染して、ずるずると風邪にモンマルトルされてる。<br>ていうか、取るに足るウイルスてなんだろう。ウイルス大概だめだろ。何いってんだよ。<br><br><br>風邪のせいなのかわからないけど、くちびるの調子も最悪で、特に口角がピシッと両方切れて、冗談じゃなくて事実口裂け女なのですけど、あいにく誰も呪おうとは思いません。<br>調べてみたところ口角症というやつで、口角はもちろんくちびる全体がヒリヒリ痛痒く腫れだしたので、どうせならこのままアンジェリーナジョリーみたいなくちびるにならないかなあと考えています。私は自分の薄いくちびるがコンプレックスなのです。<br>恐らく世間一般で怖がられている口裂け女という人々は、みんな口角症をこじらせた女性だったのではないかと考えられるし、だとすれば、彼女らには出会い頭に真っ先にモアリップ(口角症治療薬)を渡せば呪われないどころか感謝されるはずだと思う。まあ一口裂け女としての意見だけどね。<br><br><br><br>斯くように風邪をこじらせてからは薬を飲んで、そしてその副作用でクラクラ眠くなりだしたら最後、何時の間にか寝ていて数時間経っている、というような徒な日々を風邪によって強いられている被害者面で家ではダラダラしている。<br>風邪薬のせいなのか、或いは眠ってばかりいるせいなのかわからないけれども、どうも頭の回転が酷く鈍って、、、この先の言葉が見つからない程度に頭にもやがかかっている。こまる。<br>なかなか治ってくれない反動で、めちゃくちゃ規則的に薬をかかさず摂っていて、それでまたぱったり寝てしまったときに、かなり変な夢をみる。<br>さきほど寝ていたときは夢で私はソープ嬢でしたけど、働いているあいだじゅうずっと、自分の稼ぐ予定の金の遣い道についてあれこれ思案していました。あのときの客にはきちんとサーヴィスできたのかしら。甚だ不安である。<br>起きてから鏡をみたとき、(それがたとえ夢のなかだけで完結していることだったとしても、)こんな女がソープ嬢だったなんてと思うと発狂しそうになりました、いや、私は現に発狂して、そのまま地中海までトライアスロンしてきて今戻ってきたところだったんです。結構つかれました。<br><br>つくづく健康の大切さを思い知る今日この頃<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/wisteriasummer/entry-11382241971.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Oct 2012 23:17:19 +0900</pubDate>
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<title>サイモン＆ザーサイ獲り</title>
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<![CDATA[ <br><br>放置していたブログだけど、最近少し私のチャクラ的なものが車輪眼したので書こうと思う。<br>ブログは放置していても、死ぬほど、ほんとに臨死体験するくらい死ぬほど、どうでもいいタイトルのアメーバニュースだけはマメに届いて鬱になりかけました。あれらの情報を喜んで教授する人々がいるなら世界は平和になり得ると思います。<br><br><br><br>私は浪人生だから、大抵いつも勉強をしているのだが、疲れてくると集中力も切れるし、気分転換がてら結構な距離の差をもって場所を変えたりする。<br><br>先日も例によって私は、甲の勉強場所から乙の勉強場所へと歩いて移動をしていた。<br>その日私はドラッグストアに用事があったから、某繁華街のドラッグストアに寄った、そしてそこはほんのりと怖かった。<br>別に普通のドラッグストアだと思うのだが、何が怖かったかって、店員の接客がやたら丁寧というか、気迫と使命と洗脳、などという言葉が無意識に脳裏に浮かんでくるような(このように思うのは私だけかもしれないし、私がいかれてるとて全然不思議でない)、そういう接客だったのが怖かった。<br><br>具体的に示すと、まず足を一歩踏み入れた途端、その店の店長らしき体格の良いやや疲労の影が見える40代後半くらいの男性に、変声期を迎えつつあるおじゃる丸のような声で「いらっしゃいませ」を(割と至近距離で)シャウトされ、私はちびりかけました。張りつめたチャクラがたぶん何かなってたと思う。<br>それでまあ穏便にかつ手短に済ませたい私は威嚇のための胸筋ピクピクもやめてさっさとレジにゆきました。<br><br>レジのお姉さんは推定24歳かそこら辺のお姉さんで、こういう歳の女性の放つある種動物的な若々しさのやうなものがかろうじて私にそう推定させたが、しかし彼女の服も髪もとても古めかしく、それは村上春樹のねじまきどりクロニクルのあなたの想像上のマルタ、クレタをもっと垢抜けなくした感じです。<br>歯並びのよい前歯は黄色いヤニに侵され、キッチリと整えられた前髪には不自然な艶が反射していました。<br><br>彼女は正しく造られた笑顔と、ATM並に整備された声色で私を接客した。<br>私は怯えずにいられなかった。この人は普段いかように暮らしているのか、そのヤニはお茶かタバコかワインか…<br><br>帰りはATMとおじゃる丸のシャウト・ハーモニーで店を出ました。<br><br><br>その日は家を出る前に、保険の勧誘の電話がかかってきた。親は今居りませんと言うたらいつなら都合がつくかと訪ねられ、適当な言葉をこねくり回して返事をうっていたりしていた。<br>こういうことは何も珍しいことではないけども、やはりここでも怖かったのは、何故か電話口の保険会社の女性の言葉遣いや息遣いまでもが甚だ丁寧であったことです。それはもうテレビで見るアナウンサーをゆうに越えていました。どんな経緯でこのように美しい声で羊羹みたいな上品な言葉を話すひとがよくわからない保険を勧誘するのか私は考えてしまったし、正直その対応は怖かった。<br><br>もしかしたら私のほうが、マニュアル通りの人間らしさを介さない接客のほうに慣れてしまって、そういう接客サーヴィスを受け入れられないのかもしれない。<br>それってなんか悲しいですね。<br><br><br><br>その日はドラッグストアの用事を済ませた後、方向だけを念頭に覚束ない意識で歩を進めていた。<br>適当に歩いたものだから気のついたときにはいつもと違う道に出ていて、左手には美術館があった、そしてたいして自制せずに入った。<br>美術館では某高等学校が展覧会を開いていて、美術部の生徒、OBOG、職員の作品があった。こんなに大きな場所に絵を描くなんて本当にたいそうなことだなあなんて思いながらぶらぶらしていたら、椎名林檎の某曲名がタイトルの絵画がありまして、思わず足を止めました。私は椎名林檎ファンですから。<br><br>タイトルはデビューからそう経っていない頃の曲名で、それはここ数年内に出したカップリング集に入っている曲です。<br>絵画には、白いワンピースに肩をかすめるくらいの長さの黒髪、真っ赤な唇にふたつの黒々と化粧された目のある椎名林檎らしき人物と、血みどろの皿に豚っぽい動物と、くだものの林檎が描かれていましたね。豚？<br><br>正直あまり上手には見えなかったが、それは他の人々の絵があまりに素晴らしかったからかもしれない。<br><br>私はそれを見て、なぜだか、これを描いた人は最近になって椎名林檎にはまりだした人っぽいと思いました。<br>なぜだろう。<br><br>更に勝手な憶測を述べさせてもらえば、この人は<br>私と放電→無罪モラトリアム→絶頂集→勝訴ストリップ<br>という流れで来てる気がする。<br>絵の椎名林檎は下克上エクスタシーのものだと思うから、描いた頃は病床パブリックとかお風呂で歌ってたと思うね。<br><br>こういう、ある世界観にどっぷりはまっちゃうの、急激で一時的なものであるほど、その残した軌跡にあとで照れてしまうことが多いよね。<br><br><br>美術館では作品を見ながら赤の他人のことをあれこれ勝手に想像してしまった。<br><br><br><br><br>とにかくあのヤニはたぶんタバコ由来である。<br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<pubDate>Sun, 14 Oct 2012 02:27:26 +0900</pubDate>
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<title>テスト</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Thu, 17 May 2012 01:20:28 +0900</pubDate>
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