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<title>DAS MANIFEST VOM ROMANTIKER</title>
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<description>硬軟織り交ぜた（つもりの）政治と音楽のおもしろブログ。</description>
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<title>シラクの引退が意味するもの</title>
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2期12年にわたってフランス大統領を務めたシラクが引退した。小泉政権の5年でさえ長く感じる日本人に比べ、フランス人の政治的時間感覚はゆったりしている。ひょっとすると、イギリス人やドイツ人に比べても長いのではないか。少なくとも、戦後政治を見る限りではそのように感じられる。フランスの戦後政治を主導したのは、ド・ゴール、ミッテラン、シラクという3人の政治家だった。彼らの大統領任期を合わせると実に36年に及び、これはド・ゴールが打ち立てた第五共和制（1958～）の約7割を占める計算になる。しかもこれは単
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<dc:date>2007-05-24T19:25:09+09:00</dc:date>
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<title>選挙は「唯一」の意思表示の場ではない</title>
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民主党：国民投票法採決　渡辺氏を厳重注意の軽い「処分」毎日新聞2007年5月15日小沢一郎「選挙を軽んじる風潮があるが、選挙は主権者たる国民の意思表示の最大の場であり、唯一の場だ」選挙は意思表示の「最大」の場かも知れないが「唯一」の場ではない。小は友人同士の会話から大はデモに至るまで、すべて政治的意思を表明する行為である。選挙は限られた争点をめぐって行われるものだし（郵政選挙！）、次の選挙までには新たな政治的イシューが発生する。従って国民と政治家との間には意思の齟齬が生じる場合がある。このズレを
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<title>立憲君主としての昭和天皇－昭和天皇論④</title>
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「たぶん、私は3人目だと思うから」昭和天皇は、日本の立憲君主としては3人目であったが、この立憲君主という自らの立場を昭和天皇はよく理解し、自らの意志を強く示したのは2･26事件とポツダム宣言受諾の際の2度だけだったと言われる。ただ、この評価は『昭和天皇独白録』（1946年収録、1990年発表）で彼が語る自らの姿とほぼ一致する。これを、それまでに既に存在した昭和天皇像を強化しただけと見るか、或いは昭和天皇が『独白録』によってのみ語られてしまっていると見るか。いずれにせよ、『独白録』の昭和天皇とその
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<dc:date>2007-05-19T22:35:41+09:00</dc:date>
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<title>昭和天皇の国体観－昭和天皇論③</title>
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昭和天皇が天皇機関説を支持していたというのは、『昭和天皇独白録』の以下の文章からも窺われる。　斎藤〔実〕内閣当時（1932-34）、天皇機関説が世間の問題となつた。私は国家を人体に譬へ、天皇は脳髄であり、機関と云ふ代りに器官と云ふ文字を用ふれば、我が国体との関係は少しも差し支えないではないかと本庄〔繁〕武官長に話して真崎〔甚三郎・教育総監〕に伝へさした事がある。真崎はそれで判つたと云つたそうである。〔〕原注、（）内引用者注。以下同様。これは美濃部達吉の天皇機関説に基づいた発言といえよう。美濃部の
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<dc:date>2007-05-17T21:53:54+09:00</dc:date>
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<title>昭和天皇は「参拝」と言った－昭和天皇論②</title>
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『昭和天皇独白録』を読んでいたら、こんな表現を見つけた。天皇は白川義則陸軍大将（1869-1932）の未亡人に、亡夫の「功績を嘉した歌を詠んで贈つた」らしいのだが、その歌に添えてこう書かれている。「靖国神社に参拝して白川大将の3月3日午後上海にて停戦命令を発して国際連盟の衝突をさけしめたる功績を思ふ」何故こんなところに着目したかというと、昨年の小泉首相による靖国神社参拝直前に公表されたいわゆる「富田メモ」と関係するからである。同メモは昭和天皇のA級戦犯合祀への不快感を示す史料として話題を呼んだが
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<dc:date>2007-05-16T21:44:49+09:00</dc:date>
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<title>天皇の「人間化」の由来－昭和天皇論①</title>
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もう先月のことになるが、「小倉侍従日記」（文藝春秋2007年4月号所収）を読んだ。日記の主である小倉庫次（くらじ）は第二次世界大戦勃発以前の1939年5月からポツダム宣言受諾直前の1945年6月まで侍従職庶務課長を務めた人物。この日記には、戦時下の天皇とそこに出入りする人々の姿が描かれている。なお、昭和天皇を知る史料としては、既に『昭和天皇独白録』、『木戸幸一日記』（東京裁判に提出された）、『徳川義寛終戦日記』、『入江相政（すけまさ）日記』等がある。全て、内大臣や侍従といった宮中の人物の手になる
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<title>ヨーロッパ史における「隣国」－ドイツを中心に－（後編）</title>
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前回触れたように、いずこに於いても隣国との関係は「愛憎」を含むものである（ヨーロッパの例しか挙げられなかったのは単に私の不勉強による）。我が日中韓の関係も、これを前提として考えるべきではなかろうか。隣国との関係は、例えば「嫌中」あるいは「媚中」いずれかの感情だけで塗りつぶせるものではない。また、最近では嫌中・嫌韓を通り越して「日本は隣国に恵まれない」という被害者意識（！）まで生じているようだが、仮に「恵まれない」のだとしても、少なくとも日本だけがそんな目に遭っていると考えるのは誤りだ。ポーランド
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<dc:date>2007-05-14T17:00:00+09:00</dc:date>
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<title>ヨーロッパ史における「隣国」－ドイツを中心に－（前編）</title>
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新聞記者の悪口を言っておきながら、臆面もなくまたしても新聞記事を参考にブログを書く。　ポーランドは、ウクライナの民主化を強く支援するなど、政治レベルでは、熱烈なウクライナ応援団として知られる。ポーランドは18世紀末、独露とオーストリアの3国に分割され、1世紀以上も地図から消えた歴史があるほか、第二次世界大戦でも東西から独ソの侵略を受けた悲劇の国。それだけに「隣国が、西側社会に加われば、大国ロシアとの間に緩衝地帯が生まれ、安全がより増す」（大統領顧問）との思いが強い。　だが、政治レベルの緊密さとは
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<title>鳥山石燕、水木しげる、伊福部昭</title>
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水木しげる大先生によると、妖怪の絵というのは鳥山石燕（1712-88、歌麿の師でもあるらしい）の線を外してはならないのだそうだ。そこから離れると妖怪らしくなくなってしまうのだと言う。これに倣い、伊福部昭を「怪獣音楽界の鳥山石燕」と呼んでみてはどうだろう。怪獣音楽というのは、伊福部っぽくないと「らしくない」。例えばゴジラは、近代文明への自然による復讐を具現化する存在であるが、こうした意味を持つ怪獣と伊福部の出会いが偶然でなかったことは片山杜秀が繰り返し論じている。しかし今となっては伊福部の方が有名
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<dc:date>2007-05-11T22:08:37+09:00</dc:date>
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<title>新聞記者に「顔」を取り戻せ</title>
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新聞時評：記者の「顔」が見える個性的な記事を2007年5月8日毎日新聞東京朝刊ジャーナリストの上杉隆が「日本の新聞にはスター記者が少ない」と嘆いている。彼がかつて働いていたニューヨーク・タイムズ紙は「人気記者の宝庫」であり、「コラムではなく、通常の記事の中」で個性を発揮する記者がいるのだという（聖書やギリシャ神話を挿入する、導入に市井の人々の声を用いる）。一方、「好みの記者の存在が、読者の新聞選択の理由のひとつになっている外国紙からすれば、日本の新聞の没個性ぶりは奇異にさえ感じる」ものであり、記
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<dc:date>2007-05-10T22:02:04+09:00</dc:date>
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