<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>x2810のブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/x2810/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/x2810/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>075　今昔物語　311026</title>
<description>
<![CDATA[ <p>能登国掘鐵者行佐渡国掘金語26-15のとのくにの　くろがね　をほるもの　さどのくににゆきて　こがねをほる</p><p>◎鐵：くろがね：古代日本では、金属を「かね」と呼んでいた。鉄鉱石の採掘者の話かな。</p><p>黒い金：くろがね:鉄　　黄色い金：こがね：黄金　　赤い金：あかがね：銅　　白い金：しろがね：銀</p><p>◎佐渡金山：平安時代の今昔物語で初登場。江戸時代には世界有数の産出量。1989年閉山。</p><p>◎陸奥国：宮城県岩手県で上質の砂金が採れ、752年東大寺の大仏のメッキに使われた。</p><p>◎あらすじ：この時代、佐渡ヶ島の近所、能登で鉄鉱石を採取していた。そこの責任者が、鉱夫長に、「佐渡に金がゴロゴロ・・？」「採ってくるよ」「おねがい」責任者は鉱夫長に船と食料を渡した。しばらくして鉱夫長がそっと現れたので、責任者はそっと会い、ずっしりしたものをそっと渡された、黄金だった。鉱夫長はそのあと姿を消してしまった。なぜ姿を消したのか、わけがわからない。</p><p>今昔氏は：黄金の出るところを問いただされるのを嫌ったのか、彼はきっとそのあとも黄金を掘ったのでは、という。</p><p>解説氏は：鉱夫長は単独で佐渡に渡り金を採掘したのでは。それとも、ケチな責任者に対する彼なりの精いっぱいの抵抗だったのでは・・。</p><p>&nbsp;</p><p>佐渡國に有る金事　54　さどのくに　こがね　ある　こと　宇治拾遺物語</p><p>◎能登の国みは、鐵という物の、すがね（素鉄：まだ鍛えてない鉄）といふ程なるをとりて、守にとらする者、六十人ぞあなる。實房といふ守の任に、くろがね取六十人（今昔では6人）が長なるもの・・・・</p><p>&nbsp;</p><p>◎今昔、能登ノ国ニハ、鐵：くろがね鐵：あらがね：ト伝ナル物ヲ取テ、国ノ司ニ弁ズル事ヲナンスルナル。</p><p>　その〇〇ト云ケル守ノ任ニ、其鐵取ル者六人有ケルガ、長也ケル者ノ、己等ガドチ物語シケル次ニ・・・</p><p>&nbsp;</p><p>◎今昔の口語訳</p><p>　鉄を掘る人夫が6人いたが、仲間同士で話をしている時、その頭だったものが、「佐渡国には　黄金の花が　咲いているところが　あったぞ」といったのを、守が人づてに聞き、その頭を呼び寄せ、ものを与えて尋ねると、「佐渡の国は　黄金があるのでしょうか　黄金が　取れそうに　見えるところ　ありましたので　お聞き及びに　なったのでございましょう」といった。</p><p>　すると、守は、「では　そのように　見えるところに行って　取って来て　くれぬか」というので、</p><p>頭は、「おつかわしになるなら　まいりましょう」と答えた。</p><p>守は、「なにか　必要なものはないか」と聞く。</p><p>「人は　必要ありません　ただ　小舟一艘に　食糧を　少しいただいて　そこに渡って行って　あるかないか　ためしてみましょう」というので、彼の言うままに、舟一艘と、少々の食糧を与えた。</p><p>頭はそれをもらって佐渡国に渡った。</p><p>その後、二十日から一か月くらいたち、守が忘れてしまったころ、この頭がどこからともなく現れ、守がひと前のいるところに姿を見せたので、守は心得て、彼の話を人づてには聞かず、人のいない所に出て行って自ら話を聞くと、頭は黒っぽい布包みに包んだものを守の袖の上においた。守はそれを、重そうに抱いて家の中に入っていった。</p><p>それ以来、その頭は何処へ行くともなく姿をくらました。守は手分けしてあちこちと探させたが、ついに行方がわからずに終わった。</p><p>その黄金は千両あったと語り伝えている。</p><p>「黄金は　佐渡国で　掘るがよい」能登国の人は言った。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20261031/10/x2810/7f/3e/j/o0567042615836909489.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="426" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20261031/10/x2810/7f/3e/j/o0567042615836909489.jpg" width="567"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/x2810/entry-12983172305.html</link>
<pubDate>Sat, 31 Oct 2026 10:57:02 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>074　地図　281026</title>
<description>
<![CDATA[ <p>◎天気図の話の次は、地図の話。ともになかなか不得意な分野ながら、身のまわりに普通にある、いつも目につく、そんなふたつだ。天気図はTVをつければよく見られる、地図は何かに困ればパソコンを開け、スマホを開け、「あれは　どこだっけ」と調べる。</p><p>気象図は学校で教わらなかったが、地図、地理、これは小学校時代に教科書に載っていた、基本的なことは習ったと思う。今検索してみてみると、地図記号は無数にありそうだが、学校、郵便局、寺院、神社、ぐらいしか覚えていない。山に関して、広葉樹林、針葉樹林、その他の樹林、竹林、ハイマツ地、三角点、水準点、電波塔、噴火口・・あるもんだねえ“地図記号”知らなかった。</p><p>◎2.5万分の1、これが地図の基本らしい。これだと。4センチが1キロ、10メートルおきに等高線、50メートルおきに太字等高線、単純に富士山型の山なら、円を書く等高線が、丸、まる、丸、と連なっていくだけだけど、山あり谷ありが連なった山の地形は、「？？？」とわからなくなる。</p><p>◎「おお　そうだった」今年の春も福井県で少し迷った。その時オレは大失敗をしでかした。スマホの地図と紙の地図を出し袋からコンパスを出した。「北はこっちだから　あっちに進めばいい」こういって進みだしたが様子がおかしい。「え　コンパスの針　赤　が　北か　反対に読んでいた　ばかだねえ」30分ほどのチョンボで、大阪に帰り着いたのは夜中だった。</p><p>◎山をはじめて20年ぐらいは、いつも澤山さんが連れて行ってくれた、彼の後ろを歩く時は付いていけばいい、オレが前を歩く時は、道が不案内になると、「こっち　あっち」とうしろから檄が飛ぶ。彼が病に倒れ、慌て地図を出し山計画を練った。オレがスマホを手に入れたのは、3年前、「ほう　これは　便利だ」と感嘆した。山で一番困るのは、地図の上で、「オレは　何処に　いるんだ」この、肝心の、現在地がわからない。大きく拡大した紙の地図を見ても、現在地がわからない。「そらあ　君　常に　地図を見てないから　今いるところが　わからないんだよ」「大事なのは　等高線を読んで　まわりの山の形を　見ること」にわかにこんなことを言われても、等高線を見るだけで現在地が、「まったくわからない」「余程知られた場所とか　分岐点とか　川の流れとか　あればねえ」である。　</p><p>◎まだ60歳ごろ、澤山さんと正月の槍ヶ岳に登った。新穂高温泉の登山用駐車場に車を停め、その日のうちに槍平に向かった。槍平小屋の冬季避難小屋泊の予定で進んだ。雪の中なんなく小屋まで行き着き、冬季入り口から小屋に潜り込んだ。山小屋は、2メートル3メートルの積雪があるので、冬季入り口は屋根の下ぐらいに作ってある。ゆっくり眠らせてもらい翌朝起きると、ホワイトアウトでまっ白、まわりが全く見えない。澤山さんが、「うんうん　唸って　多分こっち」と進んでいった。感心する、山のことはよく知っている、間違いなく連れて行ってくれた。「山だけだよ」照れ笑いを覚えている。</p><p>　その後何度かそういうことがあって、「ちょっと　ここで　待って」と道を探しに行き、「こっちだよ」と呼んでくれた。彼は地図を見るでもなく、前の日に見た地図と、山中での感が鋭かったのか、迷ってどうにもこうにも、ということはなかった。</p><p>◎オレは地図が弱い、地図を読むのも弱い。頭の中に、「あそこを曲がって　曲がって・・」と頭の中に本物の地図と全く違った地図が描かれていて、それを優先してしまう。車に乗っていても何度か回転するうちに、右か左かわからなくなってくる。あとで、ホンマモンの地図を見て、その違いに仰天である。</p><p>◎何度か行った山に、奈良県と三重県の境に三嶺山がある、そこに4人で登った。何度も来ていたので地図も見ずにてっぺまで行き、横の広い場所、八丁平で昼飯を食って休憩した。この山は道が5本ぐらいある、往路はすんなり上ったが、「さあ　帰ろう　みなさん　こっちだよ」と進んだ行った、1時間ほど来た時点で、三宅さんが、「ちがうぞ　この道　三重県の方に下ってるよ」「え　三重県？　奈良県じゃないの？　ちがうの？」「これ見てよ　ここを下れば　三重県側だよ」「あちゃちゃ　ごめん　間違えた」1時間以上のアルバイトになった。そういうことが何度もあり、オレの道迷いは皆さんに知られている。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20261028/16/x2810/59/9e/j/o0567047215836084702.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="472" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20261028/16/x2810/59/9e/j/o0567047215836084702.jpg" width="567"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/x2810/entry-12982925539.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Oct 2026 16:33:41 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
