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<title>HIROのブログ</title>
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<title>わたしの2017年のおみくじ！</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Sat, 21 Jan 2017 15:48:42 +0900</pubDate>
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<title>今回の師走選挙の大切さについて</title>
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<![CDATA[ まず、私はあくまで客観的に重き置いて書きたい。<br>今回の衆議院解散において、今回の選挙に行くことの重大さを一人でも多く行っていただきたい思いから書く事にした。それは、今回の選挙は日本の道筋を左右させるものであるからである。私一人が、一人選挙に行っても反映されない。多くの人が選挙に行かなければ全く反映されない。<br>それと、昨日、某テレビ局に置いて、解散する事がいかに重いことなのか目のあたりにした。<br>それは、解散詔書の流れを一部始終見て、私自身も驚いた。つまり、解散する事の重大さが分かったのである。<br>解散するには「解散詔書」というたった一通の書面から始まると言っても良いだろう。この書面は、閣議決定をして初めて書く始まり事から始まる。まず天皇陛下に内閣総務官が赴き陛下が署名、推印して頂く。これを御名御璽（おんみょうぎょじ）と言う。それを内閣総務官が国会に持ってくる。解散詔書は、鳥の子和紙が使われている。鎌倉時代から使われている高級和紙である。ふすま１枚分３万円～４万円するそうだ。話を続けよう。<br>内閣総務官が、紫の袱紗に包み漆で塗られた盆に乗った「解散詔書」を議長応接室に持っていく。応接室に入られた後一礼をし、前をまっすぐ向き背を伸ばし姿勢を正し、次に手渡される官房長官をひたすら待つのである。その光景を見るだけで私も緊張した。菅官房長官が現れ一礼し、菅官房長官に手渡された。菅官房長官は本議場に扉の前まで行きそして本議場の扉が開くまで待つのである。ここまでの光景を一部始終見ることが出来た。時実通信社の田崎氏（岸内閣から取材をされている大ベテラン）でさえ「この光景は初めて目にした。」と仰っていた。それくらい貴重で生々しい解散の流れを運よく拝見できた。解散する事がいかに重いことであるのか心の底から思うことが出来た。田崎氏は「解散の流れは儀式だ。」と仰った。私も田崎氏に同感した。解散の舞台裏を拝見した事により、一層今回の選挙は、日本の行く末を左右する極めて重要な選挙だと心に染みた。先ほどの続きにはなるが、その「解散詔書」を菅官房長官が扉を開くまでは書いた。そこからの話をしよう。それから、扉が開き菅官房長官から内閣総長に手渡される。その後も衝撃だった。内閣総長はその「解散詔書」を確認する。そして、封筒といっていいのだろうか。その袋から解散詔書を取出し、一枚の書類を伊吹議長に手渡すだけの行為であるのに内閣総長の手が震えていたのである。解散をすることがいかに儀式的であり重いことなのか私は生まれた初めて実感した。私は、こんな儀式的な事が解散する事である事は知らなかった。その経緯を経て選挙がある。選挙には１回につき５００億円～６００億円かかるとされている。それに加え、今回の選挙はすべての国民の生活に関わる選挙である。私も加えて他人事ではないのだ。私自身今まで選挙で投票した者として言わせて頂きたい。ぜひ、選挙権を持ってる方々には投票所に行くべきである。自分の為、人の為に。
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<link>https://ameblo.jp/xjapan0220/entry-11955529579.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Nov 2014 14:01:57 +0900</pubDate>
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<title>現在の教育の仕方に対する見直し推進論</title>
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<![CDATA[ <p>今回の長崎県佐世保市手足切断殺傷事件において、私は思う。</p><p>そもそも、私は、小学校時代に、任意の特別授業を思い出した。</p><p>それは、広島県の原爆によって人が無残に描かれた当時としてはリアルな絵を使っての本の授業だった。人は被爆に遭い、目が飛び出した人の姿である。今でも覚えている。</p><p>それからである。原爆の恐ろしさ、人が悲惨な殺され方によって人の体の痛みがどんなに苦しいのかを。</p><p>戦争の恐ろしさ及び人の命を学んだ。</p><p>「人は傷つけられると痛い。」</p><p>という根本的なことを今でも感じながら人生を送ってる。</p><p>それは、原爆の授業をしてくれた影響は大きいということだ。</p><p>ところが、今の授業はどうか。人の死ぬところを授業する事はしない。すると、親が「子供にそんな残酷なものをみせる授業をしないでくれ！」とクレームだ。</p><p>おかしいと思う。</p><p>今回の当事件は、少なからず、殴られる痛み、刺される痛みを予想もできていない。そういう女性を作ってしまった。明らかに、痛みを知らない加害者だ。</p><p>しかし、この加害者だけではない。歩いているとそこらじゅうに痛みを学んでいない人がたくさんいるのが現実だ。このままでいいのだろうか。良くないに決まってる。</p><p>子供だろうが中学生だろうが、高校生だろうが、</p><p>「切られたら痛い。」</p><p>こういう授業をもう取り入れるべきだと私は思う。言葉では分からない。映像を使った授業でなければ意味が無い。</p><p>戦争が終わり、６９年。日本は、そういう人の体の痛みに対しての経験国ではないか。原子力爆弾を味わったのは日本だけである。今こそ、戦争の体験を生かしつつ、人の痛みを教えるべき段階にきていると思う。戦争を味わった先人の方々が少なくなってる。しかし、映像はある。</p><p>今後、教育や授業の見直す時期だと思う。</p><p>今回の事件で亡くなられた少女にたいしてご冥福をお祈り申し上げます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/xjapan0220/entry-11901605582.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Jul 2014 12:24:28 +0900</pubDate>
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<title>長崎佐世保市高校１年生　手首足切断　殺害事件　について</title>
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<![CDATA[ <p>私は今回の事件により、被害者、被害者のご遺族の方に心から悲痛の念を申し上げます。</p><p>今回の事件は、起こるべくして起きた事件だと悲痛な思いを持ちつつ書かせていただき低と思います。</p><p>この事件によって、今の思春期の人の心の闇を象徴していると考えている。加害者である女性は、東京大学を目指しており、周りの生徒からも明るく、成績優秀など良い評価を得ている。しかし、この女性がやった罪は、表面の顔とは真逆の顔をこのような形によって明らかになった。この加害者の女性が高校１年生の段階つまり、まだ成人になるまでの過程で、かつまだ未熟の女性であるにもかかわらず、マンションで一人暮らしをしていた。この点に関して疑問を持つのは私だけだろうか。とても違和感を持たざるを得ない。もう一つ疑問点がある。それは、人間の身体を女性の力で果たして切れるものなのだろうか。体には骨がある。この骨を一人の女子高校生が切るとうことは果たして可能だったのだろうか。あくまで私の憶測で言いたい。犯人は他にもいる可能性があるのではないだろうか。加害者の女性の警察に対する自白の発言にもあまりにもすっきりしすぎではないだろうか。加害者の証言はこうだ。「私がすべて自分でやりました。」あまりにも事件を起こした後にしてはあっさりすぎる。私はそう感じた。なぜかひっかかる。もし一人でやったという事だとしたら、非常に恐ろしい感情の持ち主だ。まだ、高校１年生。どういう環境で育ったのか。加害者の心の中は既に荒んでいると考えられる。</p><p>私は、この加害者の女性の心の闇は、今の小学校、中学校及び高校生の心の叫びを反映しているのではないだろうか。</p><p>今の日本は、豊かになりすぎて一番大切なことを忘れてはしないだろうか。豊かになりすぎてしまった為の「人間」もしくは「ひと」という本来持っている感情などが「自分は人間である」という原点である。それを見失ってる「日本社会」を象徴する事件だと私は思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/xjapan0220/entry-11901092740.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Jul 2014 12:19:10 +0900</pubDate>
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<title>東京都議会のセクハラ発言２</title>
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<![CDATA[ <p>今でも、心の底からはらわたが煮えているのは私だけだろうか？「子供を産めないのか？」。この発言者に対しては、自ら頭を勝ち割ってやりたいと感じています。それは、未婚者だけではなく既婚者の方たちにも影響する発言だからである。中には子供を産めない方もいる。一生懸命不妊治療を行ってる方にも心底愚弄するに等しい発言だからである。女性＝結婚＝妊娠。この形態が当たり前のようにできると勘違いにもほどがある。この人物は、特定できると思います。この人物らは、辞職は勿論、公の場において無様な格好を全世界中の方に見てもら。そこまでの失言をした。私はそう思う。自ら名乗り出ないで、特定され謝罪をしても本人達が心からと言おうが全世界中の人には理解されないだろう。せめて、自ら名乗り出ることが発言者達の微小な救いだろう。名乗り出なく、第３者から特定されるようなことであれば、一生、世間から見離されるだろう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/xjapan0220/entry-11883374876.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Jun 2014 12:51:53 +0900</pubDate>
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<title>東京議員塩村あやかさんに対するのセクハラ発言について</title>
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<![CDATA[ <p>私は今、心の底から憤りを感じております。この発言をした男性の議員は、いずれ分かるでしょう。石場幹事長は「責任は自分にもある。」とある報道番組でご発言されました。私の見解としては、このセクハラ発言をした男性議員の個人的な問題だと持っております。東京都議員の方の責任でもありません。セクハラ議員は、同じ男性として誠に遺憾であり腹立たしく、情けない気持ちでいっぱいです。この男性議員の発言のした行為は、侮辱罪、名誉毀損、蹂躙罪に当たる行為。男性の風上にも置けないどうしようもない雑魚男性です。この男性がした行為は、世の中のすべての人を愚弄したと思います。</p><p>この男には、カメラの前で土下座し無様な姿を見せお詫びし、議員はもちろん辞職することを望みます。司法的観点からも罪なので償うべき。</p><p>自民党やほかの政党の国会議員、地方議員の責任レベルではない。個人レベルでかつ雑魚の男性というべきが適当だろうと思います。</p><p>今後、ぜひ塩村あやか議員には負けないでほしい。塩村議員はとても綺麗な方なので、こんな男性議員の雑魚発言なんか相手にしないで頑張ってご活躍されるのを期待しております。</p>
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<link>https://ameblo.jp/xjapan0220/entry-11882851682.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Jun 2014 13:32:03 +0900</pubDate>
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<title>パク・クネ大統領の反省会見から見える今の韓国政府</title>
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<![CDATA[ <p>まずは、今回、セウォル号沈没事故、地下鉄事故などで多くの犠牲になられた方のご冥福と遺族の方々に対してお悔みを申し上げます。同時に韓国の方々に対して苦痛な日々を過されている事を大変心が痛い気持ちを申し上げます。</p><br><p>パク・クネ大統領の「海洋警察の解体」の報道を受け大変腹ただしい気持ちになったのは日本人で私だけだろうか。</p><p>この事故に対してまず解体という言葉を使わせて頂けるのならば、それは、パク・クネ大統領にそのままお返ししたい。なぜ、今なのか。まだ被害者が存在する中で海洋警察だけに責任を転嫁している。しかも、海洋警察を解体する事は、被害者の捜索にさらに救出する事を遅らせるだけだ。</p><p>パク大統領及び政府側は全く責任がないのか。愚問である。責任は、海洋警察よりも遥かに超えている。</p><p>沈没事故の初動。これは、明らかに国の対応のやり方が１か月以上の捜索に結びついている。</p><p>この期に及び、まだパク大統領は、今回の会見により「海洋警察が全部悪い。」と位置付けた。少なくとも私はそう受け止めている。大統領は自分の立場を政府の中からの圧力。これもあるでしょう。しかし、今、韓国の政府側の意見を鵜呑みにすると、パク氏自身の人生に影響する。パク氏は、自分で自分の首を絞めている。国民から選ばれた唯一の立場。だからこそ、今回の事故は全世界共通の「命」という一人の人間に与えられたもの。この世に「命」以上の価値があるものは無い。</p><p>その３００人以上という「命」を亡くした。それを理解した上での今回の会見。</p><p>彼女から発して出てきた言葉は、「海洋警察を解体する。」</p><p>全く私には理解できない。今、海洋警察は無くてはならない組織。</p><p>言い方は悪くなってしまうが、海洋警察は、パク大統領や韓国政府より居なくなっては困る人々だ。</p><p>例え、海洋警察の対応が問題があるとしても、全員の救出を終えた後に決める事案。</p><p>一刻も早く被害者を家族の元に返す事。これが、パク大統領及び韓国政府の役割だ。</p><p>誰が悪いとかこの組織が悪いとか言ってる場合ではない。</p><p>中間選挙よりも先決事項だ。</p><p>韓国の方々が、今回の事故により他人事だと思わず、家族であるという姿勢は、日本人の私には羨ましく思えた。救いは今の韓国の方々の自粛を自ら行っている事には敬意を述べたい。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/xjapan0220/entry-11855649351.html</link>
<pubDate>Tue, 20 May 2014 09:03:16 +0900</pubDate>
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<title>理化学研究所の決定対応</title>
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<![CDATA[ <p>今回の理化学研究所に対しての対応には驚きと違和感を感じる。まずは、辞任をした石井俊輔氏の辞任である。石井氏も小保方氏と同様のコピペを行った。しかし、当時の科学者の論文としては不正には当たらないという時代背景がある。彼には落ち度は０なのである。しかしながら、辞任をする事になった。不思議だ。不正がないのであれば調査委員会としての役割を続行できるはずだ。堂々と調査委員会に残るべき。しかし、なぜだろう。あの辞任は結果論にはなってしまうがする必要がまったくないのである。他の調査委員会も彼を辞任をさせる必要性は０。</p><p>今回の理化学研究所は再調査をしないと結論付けた。確かに小保方氏の実験ノートは、日にちの不記載・ハートマーク（証拠能力が無い）など不正と結論するべきだろう。実験ノートではない。実験ノートというのは、初心者にでもわかるように作成して初めて実験ノートになるからだ。従って今回の小保方氏に対しての理化学研究所の再調査をしないというのはうなづける。</p><p>ＳＴＡＰ細胞がある。とハーバード大学のバカルティー教授も「ＳＴＡＰ細胞はある。」と言っている。</p><p>もし、本当にＳＴＡＰ細胞の存在があるのならば、日本だけの問題だけではない。全世界中の人類に関係する課題である。従って、今、司法に委ねられそうになっている。</p><p>しかし、それが正論なのだろうか。司法に委ねるのはあまりにも時間かかり方、事案が人類の救いである、という観点から司法訴訟はしないほうが良いと考えられる。</p><p>小保方氏の今回のＳＴＡＰ細胞の存在は無くなる。しかし、ＳＴＡＰ細胞の存否の結論はある。</p><p>従って、国益を超える事案である以上、小保方氏の今後の対応として１番正当だと考えられるのはハーバード大学にてバカルティー教授と共に白紙には戻るが今回の実験を１日も早く再開するべきだ。</p><p>ＳＴＡＰ細胞と同様の細胞を世界中で待ってる人がどれだけいるか。</p><p>最後に、理化学研究所はこの再調査を行わないと結論付けた背景には厚生労働省も関係してるのではないだろうか。これだけの案件に厚生労働大臣の存在があまりに希薄すぎる。理化学研究所が</p><p>特定国立研究所になれる事が関係してるのではないかと疑惑が生じる。</p>
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<link>https://ameblo.jp/xjapan0220/entry-11845722801.html</link>
<pubDate>Fri, 09 May 2014 12:46:42 +0900</pubDate>
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<title>オバマ大統領来日から見えた人間関係</title>
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<![CDATA[ <p>１８年ぶりにアメリカ大統領の来日。</p><p>オバマ大統領の来日により何か通常とは違う日本だったように思える。不思議な気持ちになった。</p><p>なぜなら、今までのオバマ大統領に対する見え方が違っていたのだ。世界を背負うオバマ大統領。</p><p>日本にいるという事だけでもなにか偉大な誇りをおぼえた。そして、阿部総理が世界のトップと演説をした姿を見て、いつもの阿部総理の位置づけが違っているように見えた。二人が並んだ会見時、その国の重さが同時に見えたような気がする。</p><p>いかに、今回のオバマ大統領の来日によって２泊３日がなにか夢のような気分になったのは自分だけだろか？</p><p>百聞は一見にしかず</p><p>まさにこの言葉がふさわしいとおもえる。</p><p>阿部総理とオバマ大統領が隣同士で座りすし会談行った事。これは非常に両国にとっていかにお互いの国両国にとっては決してマイナスの評価はできない。</p><p>つまり、人とは実際会って交渉することと電話での交渉が、いかに大きく違うことだと思いしった。</p><p>今まで、亀裂のある埋めの処理だけでも今回のオバマ大統領の来日に敬意を表するに値するように思える。日米の亀裂は推測にはなるが、やがて無くなり同盟国としてより強化されるだろう。</p><p>自分の願いでもある。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/xjapan0220/entry-11833243746.html</link>
<pubDate>Fri, 25 Apr 2014 12:33:22 +0900</pubDate>
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<title>論文の今後の在り方における考え</title>
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<![CDATA[ <p>今、ＳＴＡＰ細胞の論文の問題について論争が繰り広げられている。つまりコピペのあり方である。</p><p>確かに論文とはそのものの考え方、研究成果をその著者オリジナルであるべきだ。</p><p>しかし、一つ物を申したい。科学の発明には、先人の考えの延長線によって人類にとって必要な事、命に関わる研究の成果が発明もありうるのではないか。ということは、この情報社会によって溢れる言葉や情報混在する現在、発展してる背景など考慮するといわゆるコピペもそうだが必ずしもすべての事をオリジナルにするという事ははたして間違っていないのではないか。</p><p>今日、ある番組でアイシュタインの相対性理論の映像がでた。彼の論文はすべての文章がオリジナルであると比較映像として取り上げていた。このころの時代背景だからこその話だ。まだまだ科学の発明ができやすい時代だからだ。</p><p>しかし、当時に比べて明らかに現在に至るまで科学者によって科学は発達した。それに加え情報手段も言うまでもない。こういう時代に果たしてすべての論文を作製するに当たり全部オリジナルにするという事自体ナンセンスである。ＳＴＡＰ細胞に対しての科学ジャーナリストの発言には違和感を感じる。その科学ジャーナリストが学生だった頃、３０歳の頃の時代背景と比べても明らかに科学だけではなく論文作成の執筆状況とは比較にならない。つまり、インターネットが当たり前の今日とは比較にならない位に発展したということだ。</p><p>人類や地球に存在している生物や植物、そして物すべて。これらの役に立つ発明であるのであれば、先人達が発明、築き上げた事を応用して出来上がる事も少なくないだろう。よって、コピーアンドペーストという手段が必ずしも否定的に捉える必要はないだろう。</p><p>逆に良いコピーアンドペーストで人を含む地球に存在するすべての物、事に役立つのであれば良い手段の一つとして行うべきであると思うと同時にこの手段を完全否定する事がかえって発明や発見の障害になる事は是非とも避けるべきだ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/xjapan0220/entry-11828058288.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Apr 2014 13:47:22 +0900</pubDate>
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