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<title>東大は出たけれど…</title>
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<description>東大を卒業して某事業会社で働いているサラリーマンが、日々考えていること、感じていることを綴っていくブログです。</description>
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<title>Oh, My Sweet Home（2）</title>
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<![CDATA[ <p>前回の続きです。</p><br><p>僕は日本人の「持ち家信仰」に対して懐疑的です。僕が大学生になった頃から両親が「家なんて買うものではない。固定資産税やリフォーム、外壁など、色々とお金がかかる。賃貸が一番」と繰り返し言う様になってから、家を買うことについて色々と考える様になりました。</p><br><p>両親は一軒家を購入し、20年にも及ぶローンを返し終わっていました。一般に人間は、自分の選択した行動を肯定しがちなものですが、両親はそうでもなかった訳です。僕よりも世間知を持った両親が言うことだから、何か根拠があるのではないか、と気に留めていました。</p><br><p>そして自分なりに色々と調べてみた結果、持ち家はライフスタイルによっては、非常に不利で危険であるとの結論を出しました。</p><br><p>まず、時代の不安定性です。住宅ローンは何千万円の商品を、何十年間もかけて返済することを意味します。年功序列、終身雇用が当然だった昔ならともかく、現在の日本で家をローンで購入することは、大変なリスクを伴います。ローンが払えなくなれば、家は競売にかけられて、借金だけが残るのです。</p><br><p>年功序列や終身雇用が約束されている会社は、日本には殆どないでしょう。表向きには「終身雇用で、定年まで安心して働ける」と謳っていても、実際はそうでなかったり、近い将来そうでなくなったりするケースが多いのではないでしょうか。僕の会社もそうです。社員達は賞与削減や残業代の制限、福利厚生の廃止などに怯えているのが現状です。</p><br><p>次に、「持ち家を持ちたい」と心から願っている日本人が、そんなに多くいるのだろうか、と言う疑問があります。もちろん中にはそういう人もいて、自分の家を持つことに大きな価値観を見出す人もいると思います。しかし、「家を持ってこそ一人前だ」「みんな家を欲しがるから」という理由で住宅ローンを組むのであれば、それは今一度考え直した方が良いと思います。</p><br><p>自分の頭で考えるのではなく、他人の価値観に迎合し、他人に流されて家を購入するのは、自分の人生を他人に預けることと同義です。本当に心の底から家が欲しくて、家を買うと幸せになるのか？その点はフラットな気持ちで考えるべきテーマだと思います。</p><br><p>また、「自分の家だからこそ温かみがある。思い出に残る」というノスタルジーな意見もありますが、僕は温かみや思い出は、人と人との関係性の中にこそ育まれるものであって、モノによってどうこうなるものではないと考えています。また、モノに支配される生き方が豊かだとは到底思えません。</p><br><p>最後に、これが僕にとっては一番重要なのですが、移動の自由が利かなくなります。ライフスタイルに応じて住む場所を変えられないのは、変化の激しい現代社会においては非常に不自由です。住宅ローンを組むことで「バショ」からの自由が大きく制限されてそれが嫌なのであれば、家なんて絶対に買ってはいけません。</p><br><p>通常は、何かを手に入れてその結果自由になることが多いのに、何かを手に入れて不自由になるなんて、マゾヒストか何かでないとできることではありません。家を買うと、バショだけでなく、カネからも不自由になってしまいます。</p><br><p>以上の様な理由があって僕は絶対に家は買うまい、と心に決めているのですが、配偶者を説得出来るかは甚だ疑問です。全く自信がありません。</p><br><p>上記以外の理由で、女性を上手く説得出来そうな根拠を知っている人は、御一報頂けますと大変助かります。</p>
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<link>https://ameblo.jp/xy-393/entry-11561940161.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Jun 2013 20:33:12 +0900</pubDate>
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<title>Oh, My Sweet Home（1）</title>
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<![CDATA[ <p>今回は「バショ」から自由になる方法に関して考察を進めます。</p><br><p>最近「ノマド」という生き方が持てはやされている様に思います。ノマドとは、元々は遊牧民の意味で、それが転じて今では、スマホやパソコンを用いて、オフィスに限らず、世界中の様々な場所で仕事を進めてくという、従来のライフスタイルとは全く違う働き方を指す言葉となっています。</p><br><p>一時期流行した「社畜」という言葉の対極的な意味合いとして使われることも多いみたいです。</p><br><p>この様な言葉が生まれた背景には、会社に縛られる生き方を不自由に感じている現代人が多いことがあるのではないかと思います。僕もその一人です。</p><br><p>東京の様な忙しい大都会で過ごすのは刺激的ですし、故郷・福岡の食べ物や風土、人の温かさも捨てがたい。他にも、住んでみたい日本の地域や、世界中の街は沢山あります。</p><br><p>然るに、僕は現在、勤めている会社の近くに住んでいます。当然と言えば当然なのですが、住みたい場所を自由に選ぶことなど到底出来ません。会社に「バショ」を縛られているのです。</p><br><p>「バショ」から完全に自由になるのは、本当にノマドになるか、医者や看護師、放射線技師などの医療系の資格を持つか、或いは一生遊んで暮らせるだけの大金を手に入れるかのいずれかしかありません。</p><br><p>どれも非現実的です。ノマドになるには非常にハードルが高いのです。一例を挙げますと、有名なノマドの本田直之氏は「ノマドになるために、一時期は人の10倍働いた、ノマドになるための準備期間は最低でも10年必要だ」とのことです。</p><br><p>今更、医学部に入り直すのも躊躇しますし、そもそも僕は血が大嫌いで、手先が不器用なので医者には全く向いていないのです。</p><br><p>全財産をFXに投じ、20倍のレバレッジをかければもしかすると…？とも時々夢想しますが、そんな勇気はないですし、一歩間違えれば身の破滅です。宝くじも当らないと思います。</p><br><p>そうなると、住む場所を会社にいつも縛られる状態が何十年も続くことになります。流石にそれは耐え難いので、医療系の資格はないにしても、いざとなったらいつでも会社を辞められる様に、日々自分を陶冶し、市場価値を高める試みを欠かしていません。これは完全に次善策であり、根本的な解決にはなっていないのですが、何もやらないよりはマシだと思っています。</p><br><p>このように、職業は「バショ」から自由になるための重要な要素ではあるのですが、僕はそれ以上に本質的な問題があると考えています。それは「日本人の持ち家信仰」についての諸問題です。</p><br><p>次回のエントリでは、持ち家の弊害について、自分の考えを書きたいと思います。</p><br><p>（続く）</p>
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<link>https://ameblo.jp/xy-393/entry-11561260099.html</link>
<pubDate>Wed, 26 Jun 2013 21:05:33 +0900</pubDate>
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<title>人の優しさ（4）</title>
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<![CDATA[ <p>これまで書いてきた通り、僕は小中高といじめに遭ったこともなく、他人が陰湿ないじめを受けているのを見たこともなく過ごしました。これは大変幸運なことでした。人間関係には大変恵まれていたと思います。</p><br><p>僕の中で「いじめ」とは、ジャイアンがのび太にしている様なことだと長い間思っていましたし、重松清の小説を読んでも、いまひとつピンときませんでした。</p><br><p>人間は自分が体感したことでなければ理解は難しいものです。僕が中高生の頃は、いじめが社会問題化されることも多かったのですが、僕にはいじめが何なのか、よく分からなかったのです。</p><br><p>東大に入学後も、いじめは全くありませんでした。僕の偏見なのかもしれませんが、大学ではいじめなんて殆ど無いのではないでしょうか。（全く見当違いなことを書いていたら、申し訳ありません）</p><br><p>ところが社会人になってから、最初に配属された部署には、すごく意地悪な先輩が2人もいました。その先輩達は僕のことが嫌いだったみたいで、陰湿な嫌がらせを繰り返してきました。僕にとっては、初めての「いじめ」の体験でした。</p><br><p>僕は精神的には（多分）タフなので、無視したり、受け流したりしていました。それが余計に先輩達の感情を逆撫でしたらしく、僕は更に悪質な嫌がらせを受けることになりました。</p><br><p>意地悪な先輩の1人はイケメンでしたが、嫌なことを言ったりしたりする際、その先輩は本当に醜い顔をしていたのです。せっかくのイケメンも台無しで、蔑む様な目も、歪んだ口元も、ちょっとした手の動かし方も、一種のモンスターの様な様相でした。</p><br><p>人を貶めようとする時、傷付けようとする時、人間は本当に嫌な表情をするものです。</p><br><p>哲学者の鷲田清一氏によれば、人間の表情は可能性の裂け目であるとのことであり、僕は氏の考えを至言だと思います。嫌なことをすると、汚いものが体中から溢れ出すのです。</p><br><p>汚いものは周囲をも汚しますが、一番汚れるのは汚いものを出している自分自身に他なりません。それでいて、自分が汚れていることに気が付かないのが恐ろしいところです。</p><br><p>私達は無意識のうちに、表情や態度、言葉からダイオキシンを発していないでしょうか？自戒を込めて書きますが、そのダイオキシンは色々な人を不幸にして、自分自身の可能性を閉ざしてしまうものだと思います。</p><br><p>僕の友達や恩師、両親に妹は、僕を陽だまりの様に包んでくれました。幸せなことに、ダイオキシンで汚されることは少なかった「からだ」に命を宿していると僕は自負しています。</p><br><p>ダイオキシンを発さないなどという消極的な発想ではなく、今度はみなさんに頂いた温かで優しいものを、色々な人に返していきたいと考えています。そして、他人のためにも生きながら、自分自身の可能性を少しずつ模索していきたいと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/xy-393/entry-11560583978.html</link>
<pubDate>Tue, 25 Jun 2013 22:22:05 +0900</pubDate>
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<title>人の優しさ（3）</title>
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<![CDATA[ <p>中学受験を経て、僕は第一志望校の久留米大学附設中学校（以下、附設）に入学することになりました。</p><br><p>九州だとラ・サールの陰に隠れがちですが、僕の母校も毎年卒業生の半数程度が東大・京大・国公立医学部医学科に進学する学校です。僕の在学中は完全な男子校でしたが、途中から高校のみ共学になり、今は中学校から女子の受け入れをしています。</p><br><p>小学校の授業に不満を覚え、学校でレベルの高い勉強をやりたいと考えていた僕でしたが、附設に入学後、その希望はようやく満たされることになりました。</p><br><p>附設の勉強は濃密かつ重厚で、先生も個性のある方が多く、授業は面白かったですね。卒業してからもう何年も経過しているので、現在とは色々と違う部分もあるのかもしれませんが、当時の附設の勉強を振り返ってみたいと思います。</p><br><p>英語は「プログレス」という中高一貫校でよく使われる難しい教科書に加えて、「シリウス」という受験英語用の問題集と、NHKラジオ講座の「基礎英語」をサブ教材として使っていました。高校からは受験用の読解用問題集や「即ゼミ3　英語頻出問題総演習」や「ターゲット1900」をサブ教材に使っていました。</p><br><p>附設の英語の授業はオーソドックスで、基礎から忠実に勉強していくスタイルでした。僕は小学校の頃に英語を一切勉強していませんでしたが、附設の授業に沿って日々英語力を磨きました。特に高校生の頃にお世話になった先生の授業や添削は天下一品で、あの先生に英語を教わっていなければ、今こうして英語を使って仕事をすることも出来なかったと思うくらいです。</p><br><p>附設で一番印象に残っているのは数学の授業です。附設の数学は相当ハイレベルでした。教材は、中2までは「新Aクラス問題集」を、それ以降は「青チャート」を使いながら、沢山の入試問題を演習しました。恐らく、大学入試問題は2000題くらいは解いたと思います。</p><br><p>数学は6年間同じ先生に習いました。いかにも附設にいそうな先生で、僕の目標でした。中1で背理法や数学的帰納法を授業で扱った時には舌を巻きました。追い越せるはずもないスゴイ先生でしたが、先生に認めてもらいたいがために、テストや宿題で美しい解き方をしようと一生懸命でした。</p><br><p>附設の勉強の思い出話を書くと、それだけでエントリがいくつも消化出来そうなのでこれくらいにしておきますが、僕にとって附設で学べることは本当に嬉しいことでした。（需要がありそうであれば、附設での勉強について詳しく書きたいと思います）</p><br><p>小学校時代は学校の授業を聞く習慣のなかった僕ですが、附設に入学してからは、毎日の予習・復習は欠かさず、テスト勉強にも妥協なく取り組みました。</p><br><p>僕が真面目に勉強を続けられたのは、附設の授業が面白かったから、というのもありますが、附設の同級生達のおかげでもありました。</p><br><p>勉強ができれば素直に認められ、得意な科目は頼ってもらい、苦手な科目は頼らせてもらい、成績が落ち込めば叱咤激励してくれる。そういう関係がごく当たり前だったのです。</p><br><p>「進学校での勉強」というと、なにか暗くてジメジメした光景を想像する方もおられるかと思いますが、附設に限って言えばそんなことはありませんでした。</p><br><p>少人数の学校で6年間同じということもあり、みんな仲が良かったです。少なくとも僕の学年では、多少のからかいや喧嘩はあっても、陰湿なイジメなど全くありませんでした。他人を貶めたり、傷付けたりするよりも、もっと精神的に楽しいことが沢山あることをみんな分かっていたからだと思います。</p><br><p>附設は勉強ばかりの学校、というイメージを持たれているとも聞きますし、最近はインターネットでその様に喧伝されているのを時々目にします。</p><br><p>しかし、勉強の中にも楽しさを見出していて、それが友情を育む触媒になっていました。そして、世間で思われている以上に、附設の生徒は学校行事や部活動で息を抜いているのです。</p><br><p>一般的な青春と言えば、甲子園を目指してグラウンドで汗を流すとか、好きな女の子に振り向いてもらうためにあの手この手を尽くすとか、外国の甘い音楽を貪るとか、そういうイメージがあります。</p><br><p>僕が過ごした青春は、そんな甘美なものとは全く違いましたが、それでも目にはいつも光をたたえ、心は真っ直ぐで、大切な友達と一緒に「楽しい」ことに夢中だったと思います。</p><br><p>あの頃は楽しかった。退屈で無機質なはずの受験勉強に華を添えてくれたのは、優秀で自信家で、個性に溢れた優しい友達でした。</p><br><p>人間関係を営むのが苦手なはずの僕が、なんとか会社勤めが出来るのは、あの頃僕に温かく包んでくれた友達がいたからだと思います。</p><br><p>今は全国各地に散り、それぞれが仕事を持って毎日一生懸命だと思いますが、6年間で結ばれた絆は、自分自身の感性や良心に対して強い自信を持つ際の拠り所になっているのです。</p><br><p>（続く）</p>
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<link>https://ameblo.jp/xy-393/entry-11559762645.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Jun 2013 19:19:52 +0900</pubDate>
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<title>人の優しさ（2）</title>
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<![CDATA[ <p>小学校1年生の頃の担任のT先生は大変に素晴らしい先生でした。指導力、教科能力、人間性など、通常の公立小学校ではなかなかお目にかかれない様な先生でした。</p><br><p>僕は国立小学校にはT先生の様なスゴイ先生が沢山いるんだ、この小学校に来て良かったな、と思っていました。しかし、僕の目論見は外れました。</p><br><p>T先生以外に良い先生もいたのですが、そうでもない先生も多かったのです。中には、児童に心無い言葉を投げつけたり、常習的に暴力を振るったり、児童を出世の踏み台くらいにしか考えていなかったりする先生までいたのです。</p><br><p>また、T先生以外に授業を通じて僕の知的好奇心を刺激してくれる先生はおらず、僕は困っていました。前回のエントリでも書いた私立小学校では、授業で難しい問題集を使っている、非常にハイレベルな勉強が学校でできるという話を噂に聞いてもいました。</p><br><p>僕は堪らなくなり、小学校2年生の頃の担任のF先生に、授業をレベルアップして欲しいと直訴しました。しかしF先生は、国立小学校は文部省の管轄にあるから、検定教科書を逸脱した指導は出来ない、また、授業はクラス全員が分かるようなレベルで進めるのが一般的だ、とも言われました。</p><br><p>僕はガッカリしましたが、このF先生は良心的な先生でもありました。学校でもっとハイレベルな勉強がしたいのなら、中学から有名私立に行ってはどうかと提案してくれたのです。</p><br><p>僕の近所の公立進学校は、九州大学には大量の合格者を輩出していましたが、東大や旧帝医などにはあまり合格者を出していなかったのです。その公立進学校の東大合格者数は、当時も今も5人前後です。</p><br><p>僕はその公立進学校を自分が行ける学校の中で一番賢い学校だと考えていたのですが、F先生はそれは違うと教えてくれたのです。</p><br><p>母校である久留米大学附設中学校・高等学校（以下、附設）を最初に教えてくれたのはF先生でした。この学校に行けば、優秀な先生や生徒が沢山いて、日々の授業もすごくハイレベルで、学校の勉強に従っていけば東大にも入れるし、医者にだってなれるんだよ、と。そして、国立小学校から内部進学して国立中学校に行くよりも、附設に行って切磋琢磨した方が絶対に君のためになる、とも言ってくれたのです。</p><br><p>僕はその夜、両親に附設に行きたいと言いました。両親はまたしても面食らいました。そして「附設がどれくらい難しいか知っているのか？ちょっと学校で成績が良いくらいで合格出来る学校じゃないんだよ」と呆れ半分に言われました。</p><br><p>それでも僕は食い下がり、附設に行きたいと言いました。すると両親は、能開センターという進学塾の模擬試験を受けて、自分がいかに大したことがないかを思い知りなさい、と言いました。</p><br><p>どうも小学校の同級生の間で、能開センターの模擬試験を受けるのがトレンドになっていたみたいですが、両親は息子には関係のない話、と考えていたみたいです。でも、ちょうど良い機会だから実力試しをしてみないか、というのです。</p><br><p>小学校のテストはいつも100点でしたが、そのテストで満点を取る子なんて、全国に一人いるかどうかだよ、とも言われました。僕はどんな難しい問題だろうとワクワクしながら、そのテストに挑みました。</p><br><p>結果は国語92点、算数90点、合計182点で、全国約5000人中28位でした。通っていた国立小学校でも断トツの成績で、能開センターの先生も「附設どころか、ラ・サールだって、灘だって狙えますよ」と言われたのです。両親は大変驚きながらも、僕の中学受験を応援してくれることになりました。</p><br><p>塾は、小学校4年生から英進館という塾に通うことにしました。選択肢は他にもあったのですが、特待生として授業料が優遇されていたこと、附設の合格実績が一番良かったこと、塾の雰囲気が気に入ったこと等の理由で英進館を選びました。</p><br><p>その頃になると、僕は友達とも普通に遊べる様になり、内向的だった性格も少しずつ外向的になり、少しずつ積極的にもなりました。</p><br><p>英進館には他の小学校から来ている生徒も沢山いましたが、すぐに仲良くなりました。進学塾と言うと汲々としたいびつな人間関係を想像する人がいるのかもしれませんが、少なくとも僕が通っていた教場ではそんなことは全くありませんでした。</p><br><p>志望校はバラバラでしたが、みんな一つの目標に向かって頑張る戦友の様なものでした。いじめなどは全くなく、僕も学校とは違う友達ができて嬉しかったことをよく覚えています。英進館での勉強はハイレベルで、通塾が楽しかったことも強く印象に残っています。</p><br><p>英進館は厳しいというイメージがありますが、本当に厳しかったです。勉強に妥協があったり、態度が悪かったりすると大きな声で怒鳴られました。僕はその頃になると随分生意気になっていたので、英進館の先生に叱られることも多かったです。しかしながら、先生方の真剣な表情や眼差しから、僕のことを想って大きな声を出してくれているんだ、と感謝していました。</p><br><p>英進館で3年間学んだ結果、第一志望校の久留米大学附設中学校に合格出来ました。附設よりも偏差値の高い学校にも合格していたのですが、迷わず附設を選びました。</p><br><p>合格発表の日から附設に入学するまで、附設での毎日を楽しみにしていました。</p><br><p>僕は小学校3年生以降、小学校の授業を全く聞かずに勝手に本を読んだり、問題集を解いたり、寝ていたりしたのですが、附設に入ったらそんなことはしなくていいんだ、と考えるだけですごく嬉しかったのです。</p><br><p>その頃になると、人間関係を積極的に楽しめる様にもなっていました。新しい友達には、どんなスゴイ奴がいるんだろう、先生たちはどんな面白いことを教えてくれるんだろうと、期待は高まるばかりでした。もちろん、6年間一緒に過ごしてきた小学校の友達と別れるのは寂しくもありましたが、どちらかと言うと期待の方が大きかったのです。</p><br><p>そして春になり、附設での新しい生活が始まりました。</p><br><p>（続く）</p>
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<link>https://ameblo.jp/xy-393/entry-11559068203.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Jun 2013 21:13:45 +0900</pubDate>
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<title>人の優しさ（1）</title>
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<![CDATA[ <p>前回、前々回と人間関係に焦点をあててエントリを書きました。</p><br><p>今回はそれらのまとめとして、僕が結んできた人間関係、もっと言えば、多くの優しい人達から頂いた温かいものについて書きたいと思います。</p><br><p>僕は生まれながら、普通の子供ではありませんでした。NHKの教育番組を見て、2歳の時点でアルファベットが全部書けたり、九九をマスターしたりしていました。両親は全く教育熱心ではありませんでしたが、生活の中から沢山のことを自然と吸収していきました。勉強に関しては大変に早熟でした。</p><br><p>一方で、僕は保育園の友達と遊ぶことがとても苦手でした。友達と一緒にサッカーをするとか、砂場で遊ぶとか、そういうことも満足に出来ない子供でした。両親や保育園の先生には大変な迷惑をかけたと思います。それでも、保育園の先生の取り計らいや、理解ある友達に囲まれて、無事に保育園を卒園しました。</p><br><p>小学校は地元の公立小学校ではなく、遠くの国立小学校に通いました。</p><br><p>僕の地元には有名な老舗の私立小学校があり、その小学校の入試は1月、僕が通った国立小学校の入試は2月にありました。現在もそうだと思いますが、僕の地域ではその私立小学校が一番で、私立小学校に落ちた子供が国立小学校に通う傾向にありました。</p><br><p>僕は就学前に、所謂「お受験塾」には一切通わず、一般的な家庭学習にも無縁でした。両親は地元の公立小学校に通わせるつもりだったみたいです。</p><br><p>しかし、保育園の同級生の女の子が、件の私立小学校に合格したのです。僕は小学校に入学するのに試験を受けるケースがあることなど全く知らずにいたため、その女の子が私立小学校に合格したと聞いた時は驚くと同時に、自分も受験したかった、と強く思いました。</p><br><p>僕は保育園の帰り道、母にそのことを打ち明け、自分も試験を受けて小学校に入りたい、僕もその私立小学校に行きたいと泣いて頼みました。母は面食らったと思います。</p><br><p>両親は色々と調べたみたいですが、試験を受けて入ることの出来る小学校はただ一つ、件の国立小学校だけだったのです。僕の両親はそういう部分には理解があり寛大で、早速願書を取り寄せて国立小学校の受験に挑むことになりました。しかし、受験のための準備など全くしていませんでした。</p><br><p>入試はペーパーテストと面接、そして抽選でした。抽選もあるので最後は運任せなのですが、僕は運良く合格しました。「試験を受けて入りたい」という動機だけで、僕は国立小学校に通うことになりました。</p><br><p>しかし、大きな誤算がありました。国立小学校に通う子供達はみんな、就学前に「お受験塾」に通っていました。つまり、入学前から知り合いが全くいないのは僕だけで、それ以外の児童は入学時点で友達がいっぱいいたのです。</p><br><p>僕は当時はとても内向的で、なかなか自分から友達の輪を作れずにいました。他の子供達が楽しそうに登下校したり、校庭で遊んだりしているのを見て、ひどく孤独感を覚えました。簡単に言えば、クラスで浮いた存在になっていたのです。</p><br><p>そんな僕を心配し、担任のT先生は大変良くしてくれました。6月頃に保護者会があり、その場でT先生はこんなことを言ったそうです。</p><br><p>「お子さん達は国立小学校に通っています。それを鼻高々に感じている方も多くいるでしょう。しかし、上には上がいるのです。このクラスには、受験塾に通わずに、家庭学習も一切しないで入試をクリアした児童がいます。授業中の発言も、宿題のノートの内容も、他の子と比べてレベルが全然違います。どうか、国立小学校に通っているということに慢心せず、しっかり勉強させてあげて下さい」</p><br><p>国立小学校に通っている子供の親は、通常は大変に教育熱心です。勉強のできる子と仲良くなって欲しいと考える保護者も多かったのでしょう。T先生は、そこを利用したのです。保護者会の後、不思議と多くの級友が僕を遊びに誘ってくれる様になったのです。</p><br><p>恐らく、親から「XY君と遊びなさい。そして、勉強を教えてもらいなさい」みたいなことを言われたのでしょう。実際、お母さんがそう言ってたと打ち明けてきた同級生もいました。</p><br><p>もちろん、この様なきっかけを不純だ、「勉強が出来るから仲良くしなさい」なんて変だ、と感じる方も沢山おられるとは思います。しかし、僕にとっては友達と遊ぶチャンスができたのはとても有難かったですし、T先生の取り計らいがなければ、辛い学校生活を送り続けていたのではないかとも思います。</p><br><p>この様な経緯もあり、僕は同級生と一緒に遊べる様になりました。友達も多くできました。野球や缶けりのルールを教えてもらい、一緒に学校の中や学校の周囲を探検したこともあります。僕にとっては、満足に人間関係を結ぶことができた最初の体験でした。</p><br><p>勉強ができるかどうか。そんな些細なことにこだわっていたのは最初だけで、後は普通の友達として楽しく過ごす毎日でした。</p><br><p>T先生には、勉強面でも生活面でも大変お世話になりました。（この話は別の機会に詳しく書こうと思います）</p><br><p>T先生が担任だったのは小学校1年生の間だけで、T先生は国立小学校を離任した後、教育事務所の指導主事になりました。T先生は国立小学校を去る前に、僕を別室に呼び出してこんな話をしました。</p><br><p>「これからは、クラスのみんなからもらったものを、少しずつ返していきなさい。勉強を教えるとか、みんなの興味の幅を拡げる様な面白い話をするとか、そういうことでもいい。でも私は、勉強よりも『優しさ』とか『温かさ』とか、そういうものをクラスのみんなに分け与えて欲しい。今はみんな仲良しだけれど、高学年になったら、いじめが起こるかもしれない。実際、いじめの問題を抱えているクラスもこの学校にあるのです。あなたがいじめの現場を目撃したら、あなたの知恵を使ってそれをやめさせなさい。作文が上手だとか、難しい算数の問題が解けるとか、そういうことよりも、人の心を和やかにすることにあなたの頭を使って欲しい。あなたなら、きっと出来ると思いますよ」</p><br><p>T先生から頂いた言葉は今でも僕の胸に焼き付いています。T先生の言葉は今でも僕の心の中で生きていて、邪な考えを打ち払ってくれます。</p><br><p>そして、僕の人間関係を築く上で大切なベースになっており、少なくともT先生が悲しむ様な生き方だけはしないようにしようと心に決めているのです。</p><br><p>（続く）</p>
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<link>https://ameblo.jp/xy-393/entry-11558769615.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Jun 2013 13:35:09 +0900</pubDate>
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<title>幻滅と被害者意識</title>
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<![CDATA[ <p>前回のエントリでは、人間関係を楽にするために僕が編み出した苦肉の策を紹介しました。</p><br><p>「ヒトからの自由」に関するエントリは前回で完結させたつもりでしたが、僭越ながら、もう一つだけ人間関係に関する話をさせて頂ければと思います。</p><br><p>今回は「人間関係を楽にする」というよりも「人間関係を考え直す」もしくは「人間関係をブラッシュアップする」ための知恵です。こちらは苦肉の策で生み出したというよりも、人間関係の摩擦の中で、痛い目に遭いながら自然と身に付けていったことです。</p><br><p>「幻滅した」…意外と軽はずみに使われる言葉だと僕は考えています。「幻滅」はその字の通り、幻が消えて真の姿が見えた、ということです。</p><br><p>「幻滅した」と口にする時に、人は「自分は騙された、裏切られた」という被害者意識を持ちがちだと思います。本当にそういう場合もあるのかもしれませんが、多くの場合は、自分自身の見識が足りなかったり、洞察が浅かったり、何らかのこだわりや偏見を持っていたりして、その人のことを実際よりもよく思っていたのではないかと思います。</p><br><p>「幻滅した」と言う際、責めるべきは誰なのでしょうか。もちろん、お金を騙し盗られたとか、暴力を振るわれたとか、そういう実害を伴う場合であれば加害者を責めるのは当然です。</p><br><p>しかしながら、酷な言い方になるのを承知で書くと、その人の本質が見えていなかった自分自身の「ヒトを見る目」を責めることも必要になってくるのではないでしょうか。</p><br><p>自分は良い人だ、立派な人だと思っていても、案外他の人はそう思っていないかもしれないですし、その人との付き合いが表面的で限定的になっていることだって十分に考えられると思います。</p><br><p>幻滅した、そう口にする際に自分自身をも責め、反省すること。そして、見識を磨き、洞察を深め、こだわりや偏見をなくす努力をすること。その様な姿勢が大切である様に思います。</p><br><p>僕自身も「幻滅した」「こんな人だとは思わなかった」と口走ったことは何度もあります。年端もいかぬ小学生や中学生時代ならまだしも、社会人になってからも、この言葉が脳裏に浮かんだこともあります。</p><br><p>お世話になった、僕が良い人だと思っていた女の先輩が、人として許されないことを平然とやらかしたのです（詳細は書きません、というより、書きたくありません）。その時は裏切られた気持ちでいっぱいで、人間不信に近い感情を禁じ得ず、数日間にわたって冷静さを失いました。</p><br><p>先述した「幻滅した！」と感じた時の処世術は、この時自分の感情を整理するために、僕の少ない人生経験を必死で紡いで編み出したものです。僕はいつも、痛い目に遭いながら色々なことを吸収していますが、本件に関してもその一つです。</p><br><p>同時に、安易に「幻滅した」と言う奴に限って、本当は良い奴を濁った水晶体で見つめているのではないか、とも考えました。自分の水晶体も濁っているかもしれない、少なくとも完全に清純なものではないのかもしれない。人を誤解しない様に、偏見で見ない様に、人の好さを見逃さない様に。気を付けていこうと思いました。</p><br><p>その様に考えて、やはりいつも通りに心を痛めながら、僕は人の生き方について考えたのでした。</p><br><p>今回のエントリは少々暗い話題で、随分と偉そうな書き方になっていると思いますが、全ては自戒をこめてのことです。</p><br><p>人の本質的な部分を見出すのは本当に難しいことではありますが、僕のそういう部分は本当に未熟であり、研鑚が必要だと日々自分に言い聞かせています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/xy-393/entry-11558315635.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Jun 2013 20:23:04 +0900</pubDate>
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<title>怨憎会苦</title>
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<![CDATA[ <p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">先日から「お金から自由になる方法」を長々と綴ってきましたが、今回は「人間関係から自由になる方法」について書きたいと思います。</span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">「ヒト」から自由になる、というよりも、嫌いな人を減らす、もしくは嫌いという負の感情を消すための知恵の様なものです。人間関係を結ぶのが苦手な僕の苦肉の策でもあります。</span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">さて、僕がこれまでに築いてきた人間関係は、非常に歪で限定的でした。</span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">中高一貫校の私立進学校を経て東大に入学したため、当時の同級生や先輩、後輩達は成績優秀で、価値観も似通っていました。</span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">虫が好かない奴もいましたが、避けて通ることも可能であり、普段の生活に支障が生じることは殆どありませんでした。</span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">それは摩擦の少ないとても居心地の良い世界でしたが、同時にひどく偏狭な世界でもあり、その後の僕にも多大な影響を及ぼしました。</span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">勿論、ボランティア等の課外活動に参加したり、学校以外に塾や予備校に通ったり、色々なアルバイトに手を伸ばしたり、インカレのサークルに参加したりしていれば話は違っていたと思います。</span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">他校の学生や価値観やバックグラウンドの異なる人、世代が違う人との出会いを通じて、視界が拡がっていたでしょう。しかし、僕は居心地の良い偏狭な世界に安住し続け、殻を破る努力を全くしませんでした。</span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><span lang="EN-US"><br></span></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt" lang="EN-US"><br></span><br></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">会社勤めを始めてからは、そんな世界とも訣別せざるを得ませんでした。価値観もバックグラウンドも全く異なる人と仕事をする必要に迫られ、最初は辟易しました。</span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">僕はエキセントリックなので、上司も先輩も同期の友達も、最初はきっと驚いたことだろうと思います。それでも幸いなことに、上司にも友達にも恵まれ、多少の悶着を起こしながらも恙無く社会人としての毎日を過ごしていました。<span lang="EN-US"><br></span></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">しかしながら、どうしても嫌いな人もいました。その人は僕の元部署の一つ上の先輩で、言葉遣いが非常に意地悪で刺がありました。口調は常に断定的であり、一方的でもありました。</span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">性格の悪そうな顔立ちであり、目付きは悪く、口元はいつもムスッとしており、背も高かったため周囲を威圧していました。</span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">その先輩も僕のことが嫌いで、僕だけに辛辣なのかと当初は考えていましたが、よくよく観察すると、その先輩は他の人にもいけすかない態度を取っていました。</span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">その先輩にも何か良い部分がないかと僕なりに一生懸命に考えましたが、結局良い所は一つも見出せませんでした。僕はその先輩がますます嫌いになり、話をするどころか、歩くのを見るだけでも虫酸が走る始末でした。</span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">そうは言っても、日々の暮らしの中で怒りや憎しみやストレスを充満させるのは体にも心にも良くないと考え、何か解決策を講じることにしました。</span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">どうしても良い所を見出せない相手に歩み寄り、思い遣ることは決して容易ではありませんでしたが、紆余曲折を経て、一つの結論に辿り着きました。</span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">それは「その人が本当に悪人であったとしても、それはその人だけの問題ではなかったかもしれない」という可能性を自分の中に残しておくことでした。</span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">人間の性格がどの様に形成されるかは、科学的には解明されていませんので、その人の性格が悪かったとしても、その責任をその人だけに帰すのは間違っている場合もあるのではないか、と僕は考えています。</span><br></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">その人の脳の働きは先天的に普通の人とは異なるのかもしれない。生まれ育った家庭環境に問題があったのかもしれない。友人関係に恵まれなかったのかもしれない。学校で良い師に出会えなかったのかもしれない。心を闇に落とす様な悲しい出来事があったのかもしれない。</span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">そう考えると、その人への怒りや憎しみはスーッと消えてなくなりました。</span><br></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">上記の考えを他の人間関係にも応用することで、僕の心を縛っていた鎖がほどけ、これまでは消極的で面倒だと感じていた人間関係の構築にも少しずつ楽しさを発見出来る様になり、心の渇きが以前よりも潤された様に感じています。</span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt"><br></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; FONT-SIZE: 9pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt">取るに足らない陳腐で当たり前の考えだとは思いますが、少なくとも僕にとっては大きな収穫でした。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/xy-393/entry-11557584466.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Jun 2013 22:11:18 +0900</pubDate>
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<title>拝金（6）</title>
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<![CDATA[ <p>先日のエントリの続きです。</p><br><p>普段から家族や友人との信頼関係を大切にしていれば、お金に困ることになっても必ず助けてもらえるし、そういう生き方をしている方が豊かで、お金から自由になれる、という話をしました。</p><br><p>基本的に人と人との繋がりを大切にしていれば、お金なんかなくても楽しく豊かに生きていけるとは思いますが、人的なネットワークだけで生活の糧を得るのは大変だと思いますし、僕も無理です。</p><br><p>やはり、自分自身でお金を生み出していくための「無形固定資産」を持っていると色々と便利なのですが、今回はその一つである「東大卒」という肩書とその威力について書きたいと思います。</p><br><p>誤解を恐れずにはっきりと言いますが、東大卒の肩書は強いです。日本では最強のブランドです。</p><br><p>漫画「ドラゴン桜」で「東大は人生のプラチナチケットである」という記述がありましたが、全くもってそれは正しいです。僕自身、東大卒というだけで相当得していると思います。</p><br><p>まず、東大卒というだけで、相当数の相手に一発で信用されます。「この人は賢い、優秀な人だ、努力ができる人だ、天才だ」こんな具合です。</p><br><p>東大卒でも頭の悪い人はいますし、優秀でない人もいますし、努力のできない人もいますし、凡才だって沢山います。しかし、世間はそうは見ていません。世の中では「東大＝スゴイ」という空気が蔓延しています。その流れに乗っかって、いろいろと美味しい思いが出来るのです。</p><br><p>もちろん、東大卒だから何でも仕事ができる、という訳ではありませんが、信用を勝ち取り何かを任せてもらえるきっかけにはなります。何か大きな仕事を打診されたら、自信を持って「できます、やります」と言って、その後は思い切り背伸びして仕事をやり遂げれば、相手から更に信用されます。それが好循環を作るのです。</p><br><p>ハードルが高くても、未経験でも全力でやる。期日までに、本を読んで必死に勉強するとか、その分野に詳しい人に教えを乞うとか、寝ないで仕事をするとか、仕事を達成する上での手段はいくらでもあります。仕事の最初の時点で信用を勝ち取り、あとはやるか、やらないか。ただ、それだけのことです。</p><br><p>また、任される仕事も単純な事務作業ではなく、いわゆる頭脳労働の様な業務が中心になる可能性が高いです。僕自身も東大卒であるからこそ、今の会社でデータ分析や新規事業開拓などの業務に従事させて頂いている面も多分にあると思っています。</p><br><p>世の中には能力が高くても、きっかけがないためにその能力を発揮出来ない人が大勢いることを考えると、初対面の人から一発で信用される、というメリットは相当に大きいと言えるでしょう。</p><br><p>次に、東大に通い、授業に出て、サークル活動を楽しむだけで、頭が良くなるというメリットがあります。「そんなはずはない！」という反論がありそうですが、これは紛れもない事実です。</p><br><p>東大に通っていれば、普通は東大生の友達ができます。以前のエントリでも書いた通り、東大生の中には世界最高峰の頭脳を持つ人間がゴロゴロいるのです。彼ら、彼女らの存在を目の当たりにすると、天狗になっている東大生達も多少は謙虚になり、自分で勝手に作っていた「頭の良さの限界」がもっと高くなります。</p><br><p>普通の人は「人間の限界はこれくらいだ」と考え始めると、本当にその程度のことしか達成出来ないものです。日本のプロ野球で4割打者が出現しない背景は、その辺りにあると僕は思っています。</p><br><p>逆に「自分はもっとできるかもしれない」と考えられる様になると、勉強に対する姿勢に変化が現れ、それは自分自身の頭脳を陶冶するきっかけにもなります。自然と、以前よりももっと賢くなれる、というわけです。</p><br><p>「頭の良さの限界」を高めてくれるほど刺激的な天才が、東大には全国から集っています。彼ら、彼女らと普通に話ができるというだけでも、ものすごいメリットだと思いませんか？また、通常の大学に通うだけでは到底手に入らない様な、ものすごい人脈も自然とできます。この人脈も、僕の大切な無形固定資産です。</p><br><p>最後に、学歴に関して無意味なコンプレックスを持たなくて済むとか、就職活動で有利だとか、そういうメリットを挙げておきたいと思いますが、上記2つに比べれば取るに足らないものだと思います。</p><br><p>やはり「自分自身の信用」と「頭の良さの限界」を高めてくれる2点に、東大卒の価値は詰まっています。</p><br><p>東大に合格するには相応の努力が必要になりますが、生まれも育ちも関係なく、試験を1回受けるだけで素晴らしいプラチナチケットが手に入るのです。これから大学受験を目指す方には、是非とも東大を狙って欲しいと思います。</p><br><p>********************</p><br><p>以上、大変長くなりましたが、共感頂ける部分も少しはあったでしょうか？</p><br><p>僕の考えには間違いも含まれているのかもしれませんが、当面はこれらのスタンスでお金と向き合い、豊かで楽しい人生を夢見たいと思っています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/xy-393/entry-11556869957.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Jun 2013 21:33:33 +0900</pubDate>
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<title>拝金（5）</title>
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<![CDATA[ <p>さて、お金から自由になるための最後の方法として、下記を推奨させて頂きます。</p><br><p>・ 無形固定資産を培う。</p><br><p>形ある資産は有限です。使ったら消えてしまいます。</p><br><p>また、客観的にその価値を評価出来ます。100万円は100万円でしかありません。100万円を120万円で買ってくれる人はいません。</p><br><p>しかし、無形固定資産は何度でも使えます。また、その価値は客観的には測れない分だけ伸縮自在であり、上手に使えばとてつもない価値を生み出します。</p><br><p>人間性、人脈、経歴、能力…使いこなせば無敵です。</p><br><p>僕はよく、こんなたとえ話をします。</p><br><p>*************************</p><br><p>AさんとBさんがいました。Aさんは強欲で誰からも嫌われていましたが、守銭奴でもあり貯金は1000万円あります。Bさんの人間性は素晴らしく、素敵な友達が沢山いましたが、お金にルーズな面があり、1円も貯金していませんでした。ある日、AさんとBさんの子供が難病にかかり、手術費用に5000万円必要であることが分かりました。</p><br><p>二人は知り合いに頭を下げて回りました。Aさんは知り合いからの信頼が全くなかったので、1円もお金を借りられませんでしたが、Bさんを気の毒に思ったBさんの友達は、少しずつBさんに寄付をして、結果的に5000万円が集まりました。</p><br><p>さて、AさんとBさんのどっちがお金持ちで、豊かな生活をしているでしょうか？</p><br><p>*************************</p><br><p>設定自体が極端なのは百も承知ですが、この話には結構重要な要素が詰まっていると自負しています。</p><br><p>お金がなくても、困った時に誰かが助けてくれればお金は必要ないと思います。助けてくれる誰かとの関係性をきちんと結んでおけば、何度だって助けてもらえるのです。</p><br><p>僕はBさんの様に生きて行きたいですし、少額の現預金を持って自己満足に浸る生き方よりも、お金のあるなしに関わらず、多くの人達との関係を大切にし、この厳しい時代を支え合って、寄り添い合って生きて行きたいと思っています。</p><br><p>僕自身がその様な信頼関係を多くの人と結べてこれたかは疑問ですが、このことを意識するようになってからは、お金に限らず、世の中の多くのしがらみから自由になり、人間関係もより豊かになったのではないかと感じています。</p><br><p>（続く）</p>
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<link>https://ameblo.jp/xy-393/entry-11555388204.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Jun 2013 21:34:58 +0900</pubDate>
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