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<title>俺は俺の死を死にたい</title>
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<description>２年前から自分らしい死に方を求めていた男の、余命６ヶ月の日記</description>
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<title>告知②</title>
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<![CDATA[ 俺は99％の確率で癌になる。さらには死ぬかもしれない。<br>ショックアブソーバー。<br>最悪の事を予期して準備をし、覚悟を決めておく。いざ私に癌が発見されても焦らず、その運命を受け入れるために。<br>だからこそ今を大事に、後悔のない生き方をする。<br>楽しみは後にとっておかない。<br>何より時間、家族と過ごす時間を大切にする。<br>私の影響でサッカー少年になった二人の息子。光と淳。<br>もしかしたら彼らと過ごす時間は残り少ないかもしれないのだから。<br>  タクシー運転手を始めたのはそんな理由からだ。<br>前職の時に残業や接待で、深夜帰宅する時によくタクシーを使ったが、その頃からなんとなく興味もあった。<br>週に３回の出番を乗ればあとは休み。時間を有効的に使える。<br>まあ給料は３分の２以下になってしまったが…。<br>  いつもお決まりのFMラジオを聞きながら、颯爽と車を流し続ける。Good musicが心地よい。<br>営業所のある北千住を昼前に出庫して翌朝８時に戻ってくる。<br>  今日もそう。都心の丸ノ内、大手町を中心に車で走り回る。<br>新橋の方に行くと前職の本社ビルや取引先など馴染み深いエリアになる。<br>  サラリーマンの頃が時折、すごく懐かしくなるが、この今の仕事は嫌いではない。むしろ好きだ。<br>いろんな人間に出会い、いろんな話しを聞く。<br>人間を見てるとその社会が見えてくる。<br>街を走り抜けると世の中の流れを感じる事ができる。<br>自分の存在なんて小さなものだ。僕がいてもいなくてもどっちでもいいのだ。<br>ただ僕を必要とする家族のために何ができるかだけ、今は考えて生きるのだ。<br>今は…。<br><br>＜続く＞
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<pubDate>Sat, 10 Jan 2009 09:15:38 +0900</pubDate>
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<title>告知</title>
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<![CDATA[ 　昨年末から続く微熱とやや重い倦怠感が体を襲う。<br>　年明けの病院が診療を始めるまで、市販の風邪薬で紛らわせていたが、気休めにしかならない。<br>  年始の挨拶回りで作り笑いに辟易しながら、子供達のお年玉のために頭を下げ、親戚の叔父に酌を注ぐ。<br>  あと俺はどれくらい生きられるのか。<br>　このまま生き続けられるのか。<br>　<br>　年明けの7日の仕事明けの日に、掛かりつけの南葛病院に行く。院長の高橋は機嫌よく私を迎え入れた。<br>　年末年始をオーストラリアでゴルフでもしてきたのだろう。黒光りした顔を僕に向けて、<br>「何かありましたか。ちょっと顔色がよくないみたいですね。」<br>と言いながら、慣れた手つきで私の目、口、腹、背中と診察していく。<br>  高橋先生に診てもらってから、もうすぐ２年半になる。<br>  ２年前の10月、弟の政男が胃癌で40歳の若さで死んだ。私の一卵性の双子の弟だ。<br>  親父も17年前に大腸癌で死んでいる。<br>  次は俺の番か…。<br>　嫌でもその思いは強くなる。親父はともかく、なにもかもが同じである政男の死は私にかなりの衝撃を与えた。<br>　政男は病床で私に、<br>「和男も癌系の体質なんだから、ちゃんと検査してもらえよ。早期発見なら助かるんだからな。家族がいるんだからまだ死ねないだろ。」<br>　独り者だった政男が笑いながら寂しそうに言った。<br>  手術をしないで放射線治療をすると医者に言われた時に、余命が残り少ないと悟ったとも言っていた。<br>  17年前の親父の時がそうだったから…。<br>  私はすぐに南葛病院に行き、事情を話し、人間ドッグと全身のMRI検査を受けた。<br>「今のところ大丈夫ですよ。」<br>と言ってくれたのが高橋先生とのはじまりだった。<br>  一卵性双生児の癌発症の関連性について非常に興味を持ったらしく、それ以来半年に１度はこの病院で人間ドッグを受診する事にしている。<br>「風邪ひいたみたいで、熱はそんなにないんですけど体がだるくて…」<br>「喉の腫れはあまりないけど、食欲はありますか。」<br>「ないこともないけど、あまり食はすすまないかなぁ。」<br>「橘さん、念のためにMRI撮っておこうか。去年の2月から撮ってないし。」<br>全身MRIは時間がかかる。長い時は休みながら4時間はかかる。  体調も悪いし気分的には乗らないが、俺は絶対に癌になると自分で信じているし、後悔したくないから受ける事にした。<br>  翌日は昨日までの倦怠感が嘘のように体が軽い。熱も下がっているようだ。<br>  ２年前に政男が胃癌で死んでから、仕事をタクシー運転手に変えた。<br>  それまでは中堅電機メーカーの営業で、仕事人間というほどでもないが、それなりに仕事で結果を出し、仕事が絡む麻雀やゴルフや女などの遊びに凝っていた。<br>  大学までサッカー一筋だった私に、社会人になってから覚えた遊びは刺激的だった。<br>　家庭は妻に任せっきりだったが、子供達と週末にサッカーで遊ぶ事だけが唯一の家族サービスだった。<br>  しかし政男の死は、私に死への恐怖を知らしめた。なにもかもが同じ一卵性双生児にしか分からない感情だろう。<br>  俺も政男や親父のように癌になって死ぬのか。<br>  癌になって苦しんで、悔しい思いをして死ぬのか。<br>  早期発見なら助かるのか。<br>  でも転移していたら…。<br>  政男の骨壷を眺めながら様々な事を考え、自分なりに一つの生き方を導き出し、それを貫く事に決めた。<br>  俺も絶対に癌になる。そのための準備をして、それまでの間の時間を大切にしようと。<br>  <br><br>＜続く＞
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<pubDate>Thu, 08 Jan 2009 08:13:25 +0900</pubDate>
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