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<title>ALS社長の日記</title>
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<description>ALSになったのは2010年、私の病気に負けない生活をかいてます</description>
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<title>自称「地域福祉活動家」</title>
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<![CDATA[ <p data-end="86" data-start="80">私はALS。</p><p data-end="170" data-start="88">かつては、何も恐れず、何も疑わず、幸せに生まれ、幸せに育ち、幸せに働いてきた。<br data-end="130" data-start="127">あたりまえのように笑い、あたりまえのように歩き、あたりまえのように息をしていた。</p><p data-end="272" data-start="172">しかし、ある日突然、世界が変わった。<br data-end="193" data-start="190">身体は沈黙を始め、思うように動かない現実が迫りくる。<br data-end="222" data-start="219">言葉も、手も足も、少しずつ遠ざかり、暗い宇宙に浮かぶひとつの小さな星になったような孤独が押し寄せる。</p><p data-end="337" data-start="274">それでも、私は生きている。<br data-end="290" data-start="287">たとえその一秒が、痛みや不自由の連続であっても、<br data-end="317" data-start="314">その一秒は確かに、生の証だと信じている。</p><p data-end="409" data-start="339">世界が暗闇で満たされる日があっても、<br data-end="360" data-start="357">誰にも届かない叫びが胸に渦巻く瞬間があっても、<br data-end="386" data-start="383">私はここにいる。確かにここで、今を生きている。</p><p data-end="491" data-start="411">もし、生きている時間が一秒だけだとしても、<br data-end="435" data-start="432">その一秒は、人生が続いているという証拠になる。<br data-end="461" data-start="458">苦しみの中にも、生き甲斐と呼べる光が、きっとあると信じたい。</p><p data-end="559" data-start="493">幸せの中で育ち、幸せの中で働き、<br data-end="512" data-start="509">そして今、病を抱えながら、暗く深い宇宙を漂っている。<br data-end="541" data-start="538">それでも、私は、生を諦めてはいない。</p><p data-end="604" data-start="561">私はALS。<br data-end="570" data-start="567">私はまだ、ここで生きている。<br data-end="587" data-start="584">その事実が、今日も私を支えている。</p>
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<pubDate>Sat, 25 Oct 2025 14:54:37 +0900</pubDate>
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<title>なぜ、私が――」</title>
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<![CDATA[ <h3 data-end="88" data-start="75">今振り返ると、どうして私はこの病気になってしまったのだろう。<br data-end="123" data-start="120">何度考えても、答えは出ない。<br data-end="140" data-start="137">泣いて、泣いて、泣いても、<br data-end="156" data-start="153">どれだけ泣いても、身体はもう昔のようには動かない。</h3><p data-end="311" data-start="185">朝、目を覚ますたびに、<br data-end="199" data-start="196">「今日もまた、生きている」と思う。<br data-end="219" data-start="216">けれど次の瞬間、「もう動けない自分」に気づく。<br data-end="245" data-start="242">かつて当たり前だったことが、今は夢のように遠い。<br data-end="272" data-start="269">手を伸ばしても届かない世界。<br data-end="289" data-start="286">足を踏み出したくても、もう動かない現実。</p><p data-end="389" data-start="313">なぜ、私なのか。<br data-end="324" data-start="321">なぜ、こんなにも苦しい試練が与えられたのか。<br data-end="349" data-start="346">心の奥から叫びたいほどの絶望に沈み、<br data-end="370" data-start="367">ただ、静かに涙が頬を伝う夜がある。</p><p data-end="461" data-start="391">友の笑い声が聞こえるたび、<br data-end="407" data-start="404">昔の自分を思い出す。<br data-end="420" data-start="417">走って、歌って、笑って、抱きしめて――<br data-end="442" data-start="439">そんな日々が、もう二度と戻らない。</p><p data-end="556" data-start="463">それでも、私の中に残っているものがある。<br data-end="486" data-start="483">それは、「生きたい」という、かすかな灯。<br data-end="509" data-start="506">苦しみの中で、まだ誰かを思い、<br data-end="527" data-start="524">まだ誰かに支えられ、<br data-end="540" data-start="537">まだ誰かを愛せるということ。</p><p data-end="610" data-start="558">この病は、私から多くを奪った。<br data-end="576" data-start="573">でも、同時に、<br data-end="586" data-start="583">涙の奥にある「人のぬくもり」を教えてくれた。</p><p data-end="677" data-start="612">泣いて、泣いて、泣き疲れても、<br data-end="630" data-start="627">私は今日も、生きている。<br data-end="645" data-start="642">この苦しみの中で、<br data-end="657" data-start="654">それでも“生きる意味”を探している。</p>
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<pubDate>Sat, 18 Oct 2025 15:13:02 +0900</pubDate>
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<title>難病患者が死ぬ前に何をしたいか</title>
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<![CDATA[ <h3 data-end="124" data-start="106">🌙 私が最後にやりたいこと</h3><p data-end="190" data-start="126">ゆっくりと、静かに、体が言葉を失っていく。<br data-end="150" data-start="147">指先が動かなくなり、声が遠ざかり、<br data-end="170" data-start="167">世界との距離が少しずつ広がっていく。</p><p data-end="240" data-start="192">けれど、不思議なことに――<br data-end="208" data-start="205">その距離の向こうで、私は初めて“生きる”ということを知った。</p><p data-end="336" data-start="242">風が頬を撫でる感触。<br data-end="255" data-start="252">朝の光が、窓辺のカーテンを透かして差し込む瞬間。<br data-end="282" data-start="279">誰かがそっと手を握ってくれる、その温もり。<br data-end="306" data-start="303">それだけで、涙があふれるほど幸せだと思えるようになった。</p><p data-end="431" data-start="338">かつての私は、急いでいた。<br data-end="354" data-start="351">何かを成し遂げようと、何かを掴もうと、<br data-end="376" data-start="373">未来ばかり見つめていた。<br data-end="391" data-start="388">でも今は、たった一呼吸の“今”が、<br data-end="411" data-start="408">どんな宝石よりも美しく輝いて見える。</p><p data-end="489" data-start="433">この世で最後にやりたいこと――<br data-end="451" data-start="448">それは、大きな夢でも、名誉でもない。<br data-end="472" data-start="469">ただ、愛した人たちに伝えたい。</p><p data-end="530" data-start="491">「ありがとう」<br data-end="501" data-start="498">あなたが笑ってくれた日々が、<br data-end="518" data-start="515">私を生かしてくれた。</p><p data-end="608" data-start="532">「ごめんね」<br data-end="541" data-start="538">ときどき泣かせてしまったこと、<br data-end="559" data-start="556">心配をかけたこと。<br data-end="571" data-start="568">でも、あなたの優しさがあったから、<br data-end="591" data-start="588">私はここまで来ることができた。</p><p data-end="676" data-start="610">そして最後に――<br data-end="621" data-start="618">「大丈夫」<br data-end="629" data-start="626">と伝えたい。<br data-end="638" data-start="635">私はもう怖くない。<br data-end="650" data-start="647">この命は、悲しみの中でも、美しく燃えているから。</p><p data-end="735" data-start="678">身体が動かなくなっても、<br data-end="693" data-start="690">心はまだ踊っている。<br data-end="706" data-start="703">声が出なくなっても、<br data-end="719" data-start="716">想いは風に乗って届いている。</p><p data-end="797" data-start="737">どうか覚えていてほしい。<br data-end="752" data-start="749">私の中には、<br data-end="761" data-start="758">あなたと過ごしたすべての瞬間が、<br data-end="780" data-start="777">今も息づいているということを。</p><p data-end="857" data-start="799">もし私がこの世から旅立つ日が来ても、<br data-end="820" data-start="817">涙のあとには、どうか微笑んでほしい。<br data-end="841" data-start="838">その笑顔が、私の最後の願い。</p><p data-end="911" data-start="859">――この命は、儚くても、美しい。<br data-end="878" data-start="875">光のように消えても、<br data-end="891" data-start="888">確かにここに、生きた証を残していく。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yajima-1953/entry-12937829339.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Oct 2025 20:40:13 +0900</pubDate>
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<title>愛知県難病団体連合会事務局</title>
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<![CDATA[ <p>学習会を紹介させていただきます。</p><p>この情報を関係者などに転送・拡散していただきますようお願いします。</p><p>参加希望があれば愛難連まで連絡ください。</p><p>愛知県難病団体連合会事務局　牛田正美</p><p>&nbsp;</p><p>「遺伝カウンセリングってなんだろう？」講演会</p><p>愛難連が名古屋市から受託して取り組んでいる講演会です。</p><p>日　時　　　令和4年11月26日（土）　13：30～15：00</p><p>会　場　　　熱田区役所講堂（熱田区役所等複合施設南館７階）</p><p>講　師　　　<ruby>森田<rp>(</rp><rt>もりた</rt><rp>)</rp></ruby>　<ruby>真未<rp>(</rp><rt>まみ</rt><rp>)</rp></ruby>先生　　名古屋大学医学部附属病院</p><p>ゲノム医療センター遺伝カウンセリング部門</p><p>認定遺伝カウンセラー</p><p>テ ー マ　　遺伝カウンセリングってなんだろう？</p><p>参加対象　　遺伝疾患患者・家族、難病患者の支援者　など</p><p>参 加 費　　無料</p><p>募集定員　　定員50名（先着順、予約制）</p><p>　　　　お申込み　　①参加者氏名、②メールアドレス、③電話番号、</p><p>④当事者/家族/支援者　をお知らせください</p><p>　　<b>　</b>お申込み先・問い合わせ先</p><p>　ＮＰＯ法人愛知県難病団体連合会（牛田・重松）</p><p>〒453-0041　名古屋市中村区本陣通5-6-1　地域資源長屋なかむら101</p><p>Mail:ainanren@true.ocn.ne.jp</p><p>TEL&nbsp; 052-485-6655　　　　FAX　052-485-6656</p><p>　　　　　　　　　　　　　又は、名古屋市健康福祉局　健康増進課　推進係</p><p>　　　　　　TEL　052-972-2627　　FAX　052-972-4152</p><p>&nbsp;</p><p>「障害年金に備えるには」学習会</p><p>講演テーマ　障害年金に備えるには</p><p>講　師　　　白石美佐子　社会保険労務士</p><p>日　時　　　11月３日（文化の日）　１３：３０～１５：３０</p><p>会　場　　　ウインクあいち１２０９室</p><p>参加対象　　愛知心臓病の会患者・家族を中心にだれでも参加できます</p><p>募集定員　　20名　（残席少しです）</p><p>参加費　　　無料</p><p>主　催　　　愛知心臓病の会</p><p>後　援　　　愛知県・名古屋市・愛知県難病団体連合会</p><p>問い合わせは愛難連までお願いします</p>
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<pubDate>Mon, 17 Oct 2022 12:50:47 +0900</pubDate>
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<title>ALS（筋萎縮性側索硬化症）</title>
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<![CDATA[ <p>私達のALS患者の日常はあまり知られていない。患者は身体機能の変化や心の痛みに、どう向き合って過ごしているのか。そして、家族やまわりの人たちはどう支えているのか。私はは、2010年にALS（筋萎縮性側索硬化症）を発症した。ALSは、運動神経が冒され、体を動かすのに必要な筋肉が徐々にやせて力がなくなっていく病気で、有効な治療法は確立されておらず、日本にはALS患者が約1万人いるらしいです。<br><br>手足やのどなどの筋肉が衰え、目を動かす筋肉の機能は比較的残りやすい。2019年から一日3交代で24時間、ヘルパーによる介助を受けている。確定診断を受けたのは2010年。その少し前に、医師にALSである可能性を指摘され、死のほうへ気持ちが傾いたことがあった。体が思うように動かない中、呼吸器をつけてまで生きることが、幸せになのか。人生の自由を奪ってしまうのではないか。疑問と、堂々めぐり。生きることを考えれば、介護の問題に突き当たる。肺が正常な人の30％しか動いておらず、生き続けるなら人工呼吸器を装着する。常時ケアが必要な生活が目前に迫っている。<br><br>入院中「介護の負担をかけたくないから、家族とは別れる」と決心し、病室を訪れた家族に切り出そうとした。でも、いざとなると言葉が出てこない。看護師が、「今後のことで話があるみたいだから、聞いてやって」と家族に仕向け言葉を絞り出す。<br><br>「呼吸器をつけたら、家族の生活を縛ることになり、介護の負担をかけたくない。だから別れよう」。<br><br>「ある人からこう助言された、家族だけの介護はいずれ崩壊する。なるたけ外部に頼りなさい。介護虐待や介護殺人のニュースがなぜ多いのか。日本は『家族が面倒をみるもの』という固定観念が強すぎると。本当にそうだなと、胸にすとんと落ちました。たとえ身内でも、誰かのために犠牲になるという考え方では到底続かない。外部のリソースも使って、他人が家に入るのも受け入れよう。無理せず等身大で、自分の好きなことも続けていこうと思った2022年に介護事業所「アイ・ピックス」を立ち上げた。自身が代表を務め、現在は8人のヘルパーが登録している。私の介護をするヘルパーも、ゆくゆくは全員が「アイ・ピックス」から派遣する。介護事業所の運営に乗り出したのは、「周囲に負担をかけられない。ならば外部の人と連携して自分を支えるしかない」との思いがあったからだ。ヘルパーが見つからないのを補いながら、「重度訪問介護」の公的サービスを受ける道を模索する。障がい者自身が選んで登録する介助者を「自薦ヘルパー」と呼ぶが、自薦ヘルパーを育てながら介護を受けようと考えた。幸いに肉声を保っている。症状を改善するためには、食べ物の通り道と空気の通り道を分離する「喉頭気管分離術」を受ける方法がある。しかしこの手術を受ければ、完全に声を失う。ALSと診断されたときは強い不安を覚えた。「これまで当たり前にできていたことができなくなっていくのか……」。徐々に病気は進行し、手足が思うように動かなくなる。病魔は身体の機能を一つひとつ奪っていく。人生の残り時間を意識し、心に決めた。<br><br>「現実を受け入れ、ALSと共に生きよう。チャレンジを続け、限界を作らない生き方をしよう」少しでもALSや障がいをもった仲間が未来に進む希望になりたい「ケア人材の不足は、超高齢社会に向かっている日本全体の課題ですよ。とりわけ、重度障がいを抱える仲間を支える介護の手は、圧倒的に足りていません。その不足はダイレクトに患者さんたちの制約となり、生活の自由度を奪っていきます」<br><br>「『第二の家族』を作るような感覚で、僕らの人生にかかわってくれる人。これまで介護と無縁だった人でも、相手の気持ちに寄り添っていく姿勢があれば、活躍できるヘルパーの仕事であることを多くの人に知ってもらいたい」ALSに限らず、難病の人が生きようとする力は、どう湧いてくるのか。まわりはどんな支援ができるのか。<br><br>その人が自分らしく、人間らしく生き切ることを支援する緩和ケア、命を脅かされるような状況の人たちが直面する苦痛は、身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、そして、「スピリチュアルペイン」と呼ばれる苦痛。<br><br>「人間にとって、誰かの力を借りなければ生きていけないような状況は耐えがたく、生きる意味を感じられなくなることもあり、私はそのような状況を生きるよりどころを見つけられない苦痛をケアの現場が絶えず問われている、どんなケアができるのか？」人間が生きる意味を感じるか、感じないか。その大もとにあるのは、その人自身が自分の状態をどう認識するか</p>
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<link>https://ameblo.jp/yajima-1953/entry-12768041823.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Oct 2022 18:22:38 +0900</pubDate>
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<title>難病患者の思い通りにならない人生</title>
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<![CDATA[ <p>私の今の人生は思い通りにならない、真実です。<br>どんなに努力しても報われない、これも真実です。<br>報われない人生は苦痛でしかありません。<br><br>苦しい人生を何とかして。。。<br>より良い人生がほしい。。。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220812/09/yajima-1953/92/d6/j/o0612034415159424445.jpg"><img alt="" height="124" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220812/09/yajima-1953/92/d6/j/o0612034415159424445.jpg" width="220"></a></p><p>そんな思いを抱えながら、思い通りにならない人生をどのように生き抜くか？<br>私の人生がより良いものになるためには、どうすればいい。。。<br>あらゆることをして、あらゆることを考えても思い通りにならないことばかりです。<br><br>私の人生は最期まで、思い通りにならない現実に直面し続ける。<br>体力がなくなってきた人生は思い通りにならないことが、多いということは、それだけ諦めなければいけないことも多いのです。<br>でも一方で、あがいてもやっぱり諦めたくない、この葛藤が苦しい。<br>だから、悩む。<br>すんなりと諦められない、諦めるにも時間が掛かる。<br>私の欲望や執着心が大きいのかもしれません。<br><br>今も、自分の力で変えることができない。<br>頑張っても思い通りにならない、頑張ることに疲れた、頑張る意欲が湧かない。<br>そのことを一番よく知っているのは、自分自身のはず。。。でも。。。<br>だから、よく頑張って生きてきた自分を労ってあげたい。<br><br>誰より自分を大切に生きて、私たちは長い人生の中で苦しみや喜びなどを感情を味わいながら、<br>自分の人生を歩んでいく。<br><br>い通りになら思ない人生の中でどのように生きていけばよいのか</p>
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<pubDate>Sat, 01 Oct 2022 15:08:36 +0900</pubDate>
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<title>ALSと難病患者よ、どう生きて死んでいくのか難問だらけです</title>
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<![CDATA[ <p>在宅介護は、介護サービスの専門職や医師が支えています、しかし家族と一緒に暮らしている介護の主役は家族ですね。私は家族がいませんのでさらに環境が悪いと言えるでしょう。<br>在宅介護をしている家族が抱える、苦労や悩み、大変さは、在宅介護では、一口では語れません。<br>まずは、“休みがない”という事です。介護職は、「今日はここで終わり」という終業時間、週休２日の休日があり。。。疲労をリセットする時間を持つことができます。<br>しかし家族の在宅介護は、介護をする時間も、休む時間もありません。<br>暮らしが続く限り24時間・365日止まることなく介護が続きます。在宅介護を始めたときに、揺るぎない思いや気持ちを持っていても、時間の経過とともに“疲れ”やグチが出るのが普通です。<br>さらに、“先が見えない不安”があり、介護は取り組む時間や期間が定まっていませんよね。<br><br>例えば「１週間だけ介護をする」と決まっていれば、仕事をしている場合でも有給を使ったり、介護休暇を取得したりすることで調整できます。<br>睡眠不足なども、我慢できるかもしれません。<br><br>しかし、介護はいつまで続くかわからないため長期化する場合があり、その間ずっと継続して穏やかな気持ちでいることは難しい。<br><br>現在では、介護保険制度を中心に介護サービスが充実しており、在宅介護を支える環境が整備されてきており、医師が訪問診療を行ってくれますし、介護用品もネットで購入できる時代です。<br><br>しかし、その反面、家族がギブアップするし在宅介護から施設入居する、入院することができない状況になっています。<br><br>「この状況なら、在宅介護ができなくても仕方ない」という気持ちの逃げ場が、制度の充実とともに無くなってきていると言えます。苦労が積み重なっていくと、親や家族への愛情が一時的に歪んでしまったり、心の穏やかさや、精神的なゆとりが奪われることにつながり、７割が自宅で最期を迎えたいと希望しています。<br>しかし、実際に「在宅死」を希望する場合、どのような手順をとればよいかわからないことが多いです。<br>病院で最期まで過ごすことの最大のメリットは、医師や看護師をはじめとする医療者が24時間365日そばにいて、何かあってもすぐに対応できること。<br><br>また、家族に迷惑をかけずにすむというメリットもありまが、実は終末期の患者さんで「家族に迷惑をかけたくない」と願う方は非常に多いと思います。。在宅ではどうしても家族に負担がかかってしまうため、病院で看護師に仕事として世話をしてもらったほうが楽だと考える人は結構いるようです。<br><br>また、家族側から見たメリットとしては、“死”という非日常的な出来事を病院という空間で迎えることで、精神的な負担が軽減されます。<br><br>一方でデメリットとしては、その人の個性や役割が奪われて「患者さん」となってしまうことが挙げられ、自宅では父親だったり母親だったり地域や社会とつながっていたのに、入院したとたんにただの「患者さん」になってしまう。役割が奪われることは、生きがいをなくすことと同じで、その人の生きる力を奪ってしまう。「住み慣れた場所で最期を迎えたい（ 72%）、「最期まで自分らしく好きに過ごしたい」（63 %）、「家族等との時間を多くしたい」（ 51%）などが主な理由</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220928/08/yajima-1953/bb/43/j/o0474026615180794440.jpg">では実際に、どのくらいの人が在宅死を選んでいるのでしょうか?　2019年に自宅で亡くなった人は約14 %。およそ７人に１人。<br>&nbsp;70年前の日本では、かつて８割以上が自宅で最期を迎えていました。<br>1980年頃には在宅死と病院死の割合が逆転。<br>７割以上が自宅での最期を希望しているにもかかわらず、病院で亡くなる時代が30年以上続きました。<br>医療保険制度や介護保険制度を始めとする公的制度を活用すれば在宅死は可能です。<br>「在宅死」を望む場合、金銭面の負担、在宅医療に対応してくれる医師の選び方、家族の負担など、気がかりなことが私たち難病患者の友人たちは多いのではないでしょうか。<br><br>今後どう生きて死んでいくのか難問だらけです😢<img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220928/08/yajima-1953/bb/43/j/o0474026615180794440.jpg" width="420"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/yajima-1953/entry-12766601222.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Sep 2022 08:43:37 +0900</pubDate>
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<title>筋萎縮性側索硬化症（ALS）死に際に遺言しますか？</title>
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<![CDATA[ <p>筋萎縮性側索硬化症（ALS）死</p><p>手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かし、かつ運動をつかさどる神経（運動ニューロン）だけが障害をうけます。結果、脳から「手足を動かせ」という命令が伝わらなくなり、力が弱くなり、筋肉がやせていきます。</p><p>&nbsp;</p><p>牛や魚は死ぬ時遺言はしますか？</p><p>鳥や松の木も死ぬ時に遺言しないでしょうね。<br>そうすると遺言するのは人間だけですね。<br>死ぬ時自分以外に責任上の一言を遺して置くのは、人間が万物の霊長たる由縁でしょう。<br>形を変えて難病の私たちはその必要性を強く感じてるが遺言をかけない。<br>なぜなら、普段から家族に負担をかけているから本心からの遺言はムリです。<br><br>私の友人は毎年正月元日に筆を改め遺言状を書き直すという用意周到の人が僕の知つてる範囲で二人もいる。<br>二人共かなり先輩なので何通書き直したか？。<br>年々そう書き直す必要があるだらうかと聞いたことがある。一人は『葬儀車だつて年々進化するだろう？』一人は『年々遺言状の思想が古くなつて行くから』といっていた。二人共遺言状を書く真剣さは尋常ではない。自分の魂をあらため確認をするのだろう。中々ずるい。<br><br>禅では遺言の詩を遺偈という、これには生涯の間、一秒間も三昧から外れた事も無く一生涯も一爪弾きの間も同じだつた、と自分の悟境を述べたものらしい。徒に眠り徒に食ひ戯れの世の中を戯れに終つたと自嘲めく口調で述べたものである。自嘲めくとは雖もやはりその裏に悟の心境を誇示してゐる事は勿論で、もう一つは死の世界に入つて行く態度を示したものでもある。<br>天国と地獄も踏み破り去らんという。全く凡夫の心に立帰つて遺偈を示した僧、死んで行く臨終の仕方です。<br><br>遺言というと芭蕉が門下に遺言の句を訊かれて平常の句みな遺言の句にあらざるなしといつたのを思ひ出す。模範的過ぎて私にはピッタリ来ないです。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220925/08/yajima-1953/80/78/p/o1064094615179384512.png"><img alt="" height="196" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220925/08/yajima-1953/80/78/p/o1064094615179384512.png" width="220"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220925/08/yajima-1953/80/78/p/o1064094615179384512.png"><img alt="" height="196" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220925/08/yajima-1953/80/78/p/o1064094615179384512.png" width="220"></a></p><p>死に際には病苦や人生に対する愛惜の念やでわれ等凡人はとんだ考になつたり逆に反抗的に気取つて見たりして本当の事は述べないと思ふ。そして死病にかゝつた後にいふ事は取り上げないように近親に頼んで置くのがよいと思ふいます。<br><br>死ぬ人、家の家憲を定めたり、骸は遺命の力で何代か保つか、家の内容の人間の生命は試錬される機会が少なくなり死物になる事が多い。これは家憲を定めるより人憲を定めた方がいい。先祖の中で自分は家系中の巨石だと信じた人は自分の善悪両面の体験を書き遺し子孫の実力生活の参考にするがよい。<br><br>でも難病の人たちはそんなことには興味がなく、もっと生々しい心の叫びを含めた感謝の言葉が似あってる。<br><br>凡人としてはそう遺言はくどくあるものではないと思ふ。自分で自慢して書き遺す程の生活も思想も持たなかつたし、子孫を導く程のそれも持つてるとは自信出来ないし、自分の生涯に於ての人世に対する感想のやうなものも――<br>　まあ身の廻りの家族に少し説明して置けば一人前の責任は済むと思ふ。<br><br>これほど健聴者と私たちの難病患者の遺言書で考えてもずいぶん環境が違い勝手に違うと思っている。<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220919/19/yajima-1953/02/de/j/o0420028015176975657.jpg"><img alt="" height="147" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220919/19/yajima-1953/02/de/j/o0420028015176975657.jpg" width="220"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/yajima-1953/entry-12766099460.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Sep 2022 08:54:10 +0900</pubDate>
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<title>難病人は悩みと共存ALSでも、助けて。。。</title>
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<![CDATA[ <p>私たちが生きていくこと、それ自体がとても不自由なこと。<br><br>病気が自分の思いどおりに進まない、自分の思いどりに周りの人は動かない。<br><br>もっと自由になりたいと思うのだけど、逆にどんどん心がすさんで自分が不自由になっていく。<br><br>&nbsp;ところで、自由とはどんな状態？<br><br>なにも悩みがないことが自由なのでしょうか？<br><br>すべてが自分の思いどおりになることを求めていません。ちょっとの体と心の自由が欲しいのです。<br><br>でもそんな自由の先に、楽しみや感動はあるのでしょうか？<br><br>私にはわかりません。<br><br>私たちは、難病患者はとても不自由な中で生きている。<br><br>不自由の中で生きているからこそ、色々と考えたり、誰かと助け合ったり。<br><br>「自分は不自由だ」と感じるときは、その不自由を受け入れるように努力してます。<br><br>生きるとは不自由であることを受け入れています。<br><br>せっかく生きているのだから<br><br>きっと本当の楽しみや感動、自分としての自由が見たい。<br><br>私たちは長い闘病生活の人生を歩む間に、どうにもならない不愉快な立場に立たされることが多い。<br><br>それはどうにもしようがない。選択は私たちの自由でもある。<br><br>そういう立場を天命として受け入れ、それに自分を順応させることができるか、あるいは、反抗し、神経衰弱になるか。<br><br>私たちは、悩みを抱え心が狭くなっているのかもしれません。<br><br>考え方もマイナスになってしまい、生きる気も失せてしって感じです。<br><br>その状態で「どうにかしよう」と無理に考えても、不安やマイナスことばかりを考え、自分自身で悩みに当たってしまう。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220921/12/yajima-1953/e6/63/j/o1480111915177664242.jpg"><img alt="" height="318" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220921/12/yajima-1953/e6/63/j/o1480111915177664242.jpg" width="420"></a></p><p>まずは自分が悩みを抱えていることを自覚する、悩みを抱えると自分の心にブレーキをかけてしまい、悩みがあることによって、自分の心に制限をかけてしまうのなら、そのことについては「考えない」「悩まない」と覚悟を決めるのも大切？自分だけじゃどうしようもない悩みだからこそ悩みの原因を全て人のせいにして傷つく「自分でもわからないよ。。」<br><br>だから悩むし、状況が長く続くと私たちの悩みはいつか疲れに変化し、心が消耗して、毎日おこることを前向きに捉えることができなくなってしまいますよね。<br><br>だからこそ、解決策がない悩みに当たってしまった場合は、悩みとの向き合い方や、あえて意識的に向き合わないことをしてる。<br><br>でもこのいらいらした気持ちは何だろう、ジレンマに陥ってしまう。。。。。。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yajima-1953/entry-12765451864.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Sep 2022 12:12:44 +0900</pubDate>
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<title>筋萎縮性側索硬化症(ALS)の死</title>
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<![CDATA[ <p>ALS（筋萎縮性側索硬化症）を患う51歳の女性が京都で死亡した。<br>女性は体を動かすことや、話をすることができず、24時間ヘルパーが交代で介護していた。<br>呼吸器は付けていないものの、意識ははっきりしており、目の動きを使ってパソコンの文字入力が可能で意思の疎通ができていた。<br><br>女性死亡の第一報には「安楽死」という言葉と、医師による「嘱託殺人」という言葉が並んでいた。<br>一見複雑に見えるこの事件は、実はある意味で単純な「殺人」である。<br>女性の父親は朝日新聞の取材に答えて、2人の医師に対しては「くそったれと思う」と答え、「娘の気持ちも理解できる」と語っている。<br>この父親の気持ちに事件の本質が集約されている気がする。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220919/19/yajima-1953/02/de/j/o0420028015176975657.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220919/19/yajima-1953/02/de/j/o0420028015176975657.jpg" width="420"></a></p><p><br><br>物事には当事者しかわからない真実がある。<br>闇に隠れた苦悩は人を変えてしまう。<br><br>私達もあってはならないが心の中で理解してしまう。<br>生きるのに疲れた。。。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yajima-1953/entry-12765174058.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Sep 2022 19:53:53 +0900</pubDate>
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