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<title>サザン大好きふらちなしょうくんのブログ</title>
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<description>サザンデビュー40周年、同じ時間を走り続けたおやじのブログです</description>
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<title>kamakura制作日記　２枚組アルバムはこうして作られたのだよ！</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight: bold;">Kamakura</span></p><p>1985年9月14日発売制作に約半年を有し、メンバーはスタジオと自宅の往復で作り上げた渾身の2枚組アルバム。</p><p>後にも先にもアルバム作りにこれだけ時間をかけた事はないだろうし、まさにサザンのベストアルバムだと思います。当初は1枚のアルバムでレコーディングに入ったもの、当時音楽欲にあふれていたサザン。次から次へと曲を作り上げ、どれを残すか判断する段で、もっと作って2枚組にしよう！と桑田クンの決断で作り上げたもの。その作成期間、原坊の妊娠もあり、多くのサポートを受けて作り上げました。原坊のパートを、ジューシフルーツの「イリア」や、当時女性人気ボーカリスト「EPO」がサポートしてくれています。</p><p>前作の「人気者で行こう」を超えようと、相当のプレッシャーの中で制作に入りました。その期間ヒロシは2度風邪をひき、録音始めたころは雪が舞っていたのに、出来上がりは真夏になっていた・・・・・完成後桑田クン「リハビリが必要だ！」半年間夜も昼も逆転してしまった生活、最後のトラックダウン時には感動の嵐だったと言っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>Kamakuraのコマーシャルに「明石家さんま」さんが涙を流しながら登場します！「さんまちゃんCMに出てよ！」桑田クンの依頼に一言返事でOK出したさんまさん。まあ、サザンのイメージビデオに出れるなんて、名誉なことですもんね。でもその時のギャラ！ポータブルＣＤプレイヤー1台！本当かどうかは確かではありませんが、その後のオールナイトで登場したさんまさんが、「せこいでーアミューズ」と叫んでいたので、本当にさんまさんの手元に届いたのはそれだけかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>　　<span style="font-weight: bold;">DISK1</span></p><ol><li><p>　Computer Children</p></li><li><p>　真昼の情景 (このせまい野原いっぱい)</p></li><li><p>　古戦場で濡れん坊は昭和のHero</p></li><li><p>　愛する女性とのすれ違い</p></li><li><p>　死体置場でロマンスを</p></li><li><p>　欲しくて欲しくてたまらない</p></li><li><p>　Happy Birthday</p></li><li><p>　メロディ</p></li><li><p>　吉田拓郎の歌</p></li><li><p>　鎌倉物語</p></li></ol><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight: bold;">　DISK2</span></p><ol><li><p>顔</p></li><li><p><a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/Bye_Bye_My_Love_(U_are_the_one)">Bye Bye My Love (U are the one)</a></p></li><li><p>Brown Cherry</p></li><li><p>Plesae!</p></li><li><p>星空のビリーホリデイ</p></li><li><p>最後の日射病</p></li><li><p>夕日に別れを告げて～メリーゴーランド</p></li><li><p>怪物君の空</p></li><li><p>Long-haired Lady　　</p></li><li><p>悲しみはメリーゴーランド</p></li></ol><p>&nbsp;</p><p>２枚組本当に大変なアルバムで逸話もいくつかあります。</p><p>桑田クン曲を作るのにネタ切れになり、身近な事をって作ったのが「Happy Birthday」</p><p>後で言ってましたが、いまいち訳ピンとこない曲もあったとの事、盛りだくさんでいいんじゃないの？って入れたらしいんですがね。</p><p>青山のビクタースタジオで作ってる時、高校生が見学に来たらしいんです。普通ならスタジオに見学なんかさせないんですが、刺激が欲しかったんでしょうね、高校生たちを入れてあげたそうで、「どうだい！スタジオみて感動しただろう！」と桑田クンんが聞いたんですが、大した感激もなく「こんなものでしょうね！」と高校生たちの反応が薄くてがっかりしたとか。でもその時？彼らがプレゼントで持ち込まれたハーモニカ！それが夕日に別れを告げてのイントロに使われているんですよ。だったかな・・・</p><p>ともかくサザンは「kamakura」制作後　再び長期欠席に突入するのです、ジャンジャン</p><p>&nbsp;</p><p>詳しくはこちらを聞いてください。</p><p>曲はすべてカットしてるので中途半端ですが、青山ビクタースタジオからの放送です</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://www.youtube.com/watch?v=vrEsF6meWvM" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=vrEsF6meWvM</a></p>
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<pubDate>Wed, 30 Jan 2019 17:37:27 +0900</pubDate>
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<title>bye bye my love! （昨日はコンサートチケットゲットできました？）</title>
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<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">昨日はコンサートツアーチケット発表の日</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">皆さま希望のチケットは確保できました？</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p>「Tarako 」</p><p>サザン21枚目のシングル　1984年10月21日発売</p><p>このころ桑田クンアメリカにあこがれ・・・・・進出しようとしていた？ころで、サザンメンバー連れて、ロスアンゼルスに長期旅行？した時に海外での初めてのレコーディングとして作り上げた曲</p><p>とにかく時間のあまりない状況で、メロディと歌詞を作り上げ（全文英語）たぶん歌詞もとりあえず作った内容、その後あまり納得できてないことを桑田クンは言っていました。悪く言えばアメリカではじめてのレコーディングしたくて作った曲・・・という事でしょうか。タイトルも宿泊ホテルに日本から持ち込んだ、タラコのふりかけから付けたもの、なんの根拠もありません。</p><p>その後桑田クンアメリカに数回行くんですが、あまり合わなかったのでしょうかね。でもこの曲のおかげて、その後Ｋuwata Bandoで作る「ニッポンのロックバンド」で全曲英語のアルバムを作ることになるんですが・・・・</p><p>&nbsp;</p><p>Bye Bye My Love (U are the one)</p><p>22枚目のシングル　1985年5月29日発売　KAWAKURAレコーディング中に発売されたシングル。</p><p>今でもコンサートではバグパイプを使われ、スコットランド民謡風の演奏にアレンジされ使われていますが、当時は「リアルフィッシュ」（人気者で行こうでもサポートしてくれたエスパー矢口バンマスのバンド）のサポートも受け、今後のサザンの演奏を豊かにしていった最初の曲だと思います。</p><p>夜のヒットスタジオで、当時人気絶頂だった「チェッカーズ」と共演する時がありました。もちろんサザンはトリなので放送の一番最後。フミヤくんが「桑田さん僕たちも参加していいですか？」と話しかけてきたらしく、「なら最後のサビの部分で乱入してきて！」</p><p>「酔い覚めのヌード今、誰かに抱かれてる・・・・・」のとこでね。と桑田クンが答えるとフミヤくん「酔い覚めのヌードで・・・酔い覚めのヌードで・・・・・・・」と覚えてくれたそうです。元論その時のヒットスタジオ、サザンとチェッカーズのコラボで盛り上がりましたよ！</p><p>気持ちが昂ると調子に乗る桑田クン、フミヤに頭突きかましたような記憶があります！</p><p>確かこの曲もオールナイトでタイトルの発表をしました。しかし人気者で行こう同様、あまりものシンプルなタイトルの為、ゲストのタレントにクスっと笑われてしまいました。「バイバイマイラブが帰って行きました・・・・」と桑田クン落ち込んでつぶやいた記憶ありますネ。</p><p><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190130/10/yakitaka33/ac/44/j/o0562048914347468250.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="496" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190130/10/yakitaka33/ac/44/j/o0562048914347468250.jpg" width="570"></a></p>
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<pubDate>Wed, 30 Jan 2019 10:44:21 +0900</pubDate>
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<title>紅白！やっぱりサザンはやってくれました！</title>
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<![CDATA[ <p>そもそもあのようなステージに弱い桑田クン</p><p>どうなることやと思ったけど、カメラの位置は忘れるし、北島三郎に無茶振りするし</p><p>やっぱり期待裏切らず、余韻の残るステージしてくれました。</p><p>しかしすべてを超越したのは、ユーミンのキス！</p><p>ですね、平成最後の奇跡です！</p><p>かってデビューした頃に、荒井由実みたいになりたいです、と桑田クン言ってました。</p><p>40年超えてそのあこがれのユーミンにほほにキス！</p><p>その後何してるのかわから無くなりましたが・・・・・・35年前と同じです！</p><p>東京シャッフルの後、今と同じ気持ちにさせくれました。</p><p>でも35年前と違うのは、やっぱり・・・・・・</p><p>ありがとう！たぶん明日はいろんなコメント、不評出るかもしれませんが</p><p>桑田佳祐！あなたは最高です！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190101/00/yakitaka33/e8/b3/j/o1307070514331076987.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="367" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190101/00/yakitaka33/e8/b3/j/o1307070514331076987.jpg" width="680"></a></p>
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<pubDate>Tue, 01 Jan 2019 00:16:07 +0900</pubDate>
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<title>おめでとう！サザン35年ぶりに紅白にステージに！（番外篇）</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>サザン35年ぶりに紅白のステージに！</p><p>しかも大トリの後の最後締め！</p><p>「勝手にシンドバット」と「希望の轍」</p><p>35年前に「東京シャッフル」で踊って以来。それ以降2度は中継</p><p>しかし、1番の問題は紅白は歌詞カードのモニターがない！</p><p>まあ、シンドバットは歌詞間違わないだろうけど、希望の轍は不安だなー！</p><p>でも平成最後が「希望の轍」なんて、なんて幸せなんでしょう。</p><p>1991年　サザンオールスターズ年越しライブ（全国放送）も最後は「希望の轍」でした。</p><p>あの時の演奏は一番かっこよかった！</p><p>&nbsp;</p><p>皆様が幸せな年を迎えられますように！</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen frameborder="0" height="234" src="https://www.youtube.com/embed/gGqWMKQ56cg" width="416"></iframe></p>
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<pubDate>Fri, 28 Dec 2018 09:56:28 +0900</pubDate>
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<title>人気者で行こう！</title>
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<![CDATA[ <p><span style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-weight: bold;">人気者で行こう</span></span></p><p>1984年7月7日発売、サザン7枚目のアルバム</p><p>当時ALFEEが売れてるのが悔しくて、俺たちも、もういっちょ売れよう！と作り上げたアルバム。実はこのアルバムのタイトルは桑田クンの意見で決まったんですね。</p><p>オールナイトでNEWアルバムの発表です！ファンファーレのあと大々的に発表されたタイトルは「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(255, 0, 0);">人気者で行こう</span></span>」！・・・・と叫んだあと、急に凹んでしまう。え？良かれと付けたタイトル、実際に声にすると意外と地味・・・・</p><p>「自分のアルバムのタイトル言っただけで暗くなるとは・・・・・」落ち込む桑田クン、でもそのままプレスされました。でも当時は渾身を込めたアルバム。</p><p>当時サポートメンバーでアルトサックス吹いてくれた、エスパー矢口こと矢口博康</p><p>彼の加入でアルバムはさらに深みのある曲に仕上がりました。</p><p>&nbsp;</p><p>１　　JAPANEGGAE (ジャパネゲエ)</p><p>２　　よどみ萎え、枯れて舞え</p><p>３　　<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A4">ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)</a></p><p>４　　開きっ放しのマシュルーム</p><p>５　　あっという間の夢のTONIGHT</p><p>６　　シャボン</p><p>７　　海</p><p>８　　夕方 Hold On Me</p><p>９　　女のカッパ</p><p>１０　メリケン情緒は涙のカラー</p><p>１１　<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A4#収録曲">なんば君の事務所</a></p><p>１２　祭はラッパッパ</p><p>１３　Dear John</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>シングルカットは　ミス・ブランニュー・デイのみ</p><p>ジャケットは黒人（差別用語かな・・・）なぜこうなったかと言うと、当時桑田佳祐のオールナイトニッポンで時々登場していた、サザンの当時のマネージャーに<span style="color: rgb(0, 0, 255);"><span style="font-weight: bold;">寺内壮</span></span>（テラウチタケシ）さんがいて、名前だけでアミューズに採用されたとのうわさがありましたが、（ギターリスト寺内タケシと同じ名前）そのお母さんが「<span style="font-weight: bold;">黒人だ</span>！」と桑田クン放送で暴露していました。本当は黒人なんかではなかったのですが、その勢いで、ジャケット「黒人にした！」と言っていました。本当かどうかはわかりませんが、放送で大爆笑した記憶があります。</p><p>その寺内壮氏、その時のオールナイトの功績で、マネージャーからDJへ転職し、アミューズを退社後日本テレビに転職し、プロデューサーとなり、たぶんどこかの局長まで出世し偉くなられたと記憶しています。</p><p>桑田佳祐のオールナイトニッポンでは「<span style="font-weight: bold;">てらうちたけしの日記のコーナー</span>」で桑田クンの日常を日記形式で報告していました。</p><p>話は飛びますが、当時オールナイトで「<span style="font-weight: bold;">斎藤誠</span>」氏も時々（不定期に）登場していました。桑田クンの大学の後輩であった齋藤誠氏、「毎週放送に来るぞ！」とのたまいながら、たぶん数回だったような・・・・、「斎藤誠を知ってる人をさがすぞ！」みたいなコーナーで、オリコンに登場させるぞ！みたいな盛り上がりしていましたが、結局曲は売れず・・・・・ふさふさだった髪の毛も、今は寂しい限りですね。</p><p>でも現在はサザンのサポートとして桑田くんの左側で、リードギター奏でていますよね。</p><p>もうこの頃からの関係、そろそろ誠も正式メンバーにしていいのではないでしょうか？とは思いますが、永遠のサポートメンバーなんでしょうね。</p><p>&nbsp;</p><p>サザンはこのアルバムをもって全国ツアー「<span style="font-weight: bold;">大衆音楽取締法違反 "やっぱりアイツはクロだった!" 実刑判決2月まで</span>」をスタートします。先にも述べたけどこれがサザンの最後のローカルツアー！あなたの街の会館で！のコンサートは2度と行われていません。残念ですが・・・・<span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">・</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">ともかくこのアルバムは</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">サザンにとって新たな前進を感じさせる作りになってます。タイトルの「人気者で行こう！」はサザンの永遠のスローガンみたいなものです。そもそも桑田クンが目立ちたがり屋ですからね！</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20181001/10/yakitaka33/7e/08/j/o0652059114276063813.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="556" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20181001/10/yakitaka33/7e/08/j/o0652059114276063813.jpg" width="614"></a></p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Mon, 01 Oct 2018 10:21:42 +0900</pubDate>
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<title>ミス・ブランニュー・デイ は本当はシングルカットする予定ではありませんでした！</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight: bold;"><a name="_Hlk524363187"><span style="color: rgb(255, 0, 0);">ミス・ブランニュー・デイ</span></a></span> (MISS BRAND-NEW DAY)</p><p>1984年6月25日発売、サザン20枚目のシングル</p><p>「<span style="font-weight: bold;">人気者で行こう</span>」のアルバムの中の1曲、</p><p>ご存知の通り本来は「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(0, 175, 255);">海</span></span>」をシングルカットする予定だったものが、桑田クンに天の声が下りてきて、急きょこの曲をシングルカットすることになりました。たぶんそれは本当の突然変更だったと思います。「<span style="color: rgb(0, 175, 255);">海</span>」のジャケットも作りかけていたらしいし、ラジオの放送でも先週までは「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(0, 175, 255);">海</span></span>」だと言っていたのが、変更だ！と翌週には変えてしまいました。</p><p>「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(0, 175, 255);">海</span></span>」はもともとジューシー・フルーツの「<span style="font-weight: bold;">萎えて女も意志を持て</span>」のB面に入っていた曲です。</p><p>&nbsp;</p><p>「<span style="font-weight: bold;">ミス・ブランニュー・デイ</span>」は当時はやっていたテクノ音楽。ドウキモノ？と言っていたリズムボックスを使って作った曲。</p><p>本来サザンのリズムはヒロシのドラムが刻んでいるのだけど、そこをあえてコンピューターサウンド（当時は何でも機械仕掛けの音楽を、コンピューターと称していた）でリズムを刻み、それにメロディを乗せ、歌詞を合わせていく、その結果でミスブランニューデイは作り上げられました。</p><p>まだYMOの余韻が残っていた時代、コンピューターサウンドを使った楽曲が支流になっていた頃なので、桑田クンがこの曲を作ったことも仕方ない事だとは思います。</p><p>同じころ同じアミューズの「ジューシーフルーツ」が「<span style="font-weight: bold;">ジェニーはご機嫌ななめ</span>」のテクノサウンドでヒットしました。これは近田春夫大先生？がプロデュースした楽曲でしたが、2枚目以降ヒットせず、のちに桑田くんの作った「<span style="font-weight: bold;">萎えて女も意思を持て</span>」を歌った後消えていったような気がします。本当は「<span style="font-weight: bold;">萎えて女も竿を持て？」</span>がタイトルで、</p><p>途中のセリフの「やばいね・・・・・！」が「柔いね・・・・！」だと後日桑田クンが言っていました。「桑田さんひどい！」とボーカルの「イリア」が嘆いていましたが、サザンとイリアの関係は今後も続いていくんですね。メロディでは産休の原坊に変わってコーラスを入れてくれたし、アルバムの「<span style="font-weight: bold;">kamakura</span>」ではサポートメンバーとして協力してくれています。</p><p>&nbsp;</p><p>ミスブランニューデイはアントニオ猪木の「猪木ボンバイエ！」に似てると指摘されました。桑田クンもラジオでは否定はしていましたが、本来猪木大好き人間、うーんまんざらでもなかったみたいですがね。</p><p>オールナイトでは猪木さんが時々来てくれていました。大好きな猪木さんと会えることで舞い上がっていましたが、ミスブランニューデイを直接聞いてもらい感想を聞きました。しかし猪木さん音楽にはあまり興味ないみたいで「かまわないんじゃないですかー！」と言われ、少々がっかりした感ありましたね。</p><p>&nbsp;</p><p>「<span style="font-weight: bold;">ミスブランニューデイ</span>」は映画「彼女が水着に着替えたら」の挿入曲にもなりました。今「半分青い」の律のお母さん、原田知世が無茶可愛かった時代、白い水着がまぶしすぎて、思い出すだけでキュンとなります。その後いろんな場面で使われたりしてますが、やっぱりコンサートでは盛り上がります。</p><p>この曲を歌う時、たいてい桑田クンはギータ―持たずにボーカルマイク1本状態、独特の動きを見せながら歌ってくれます。</p><p>&nbsp;</p><p>ヒットスタジオで初めて「<span style="font-weight: bold;">ミス・ブランニュー・デイ</span>」が生で演奏されました。電子ドラム？の音が大きくて、桑田クンの声が消されるみたいな演奏。やはりリズムを強調したかったのだと思うけどね。でもこの後桑田クンお得意の歌詞間違え！</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight: bold;">街でよく見るタイプの君よ！</span>が</p><p><span style="font-weight: bold;">道でよく見るタイプの君よ</span>！に、たいがいその後の演奏で間違っていました。</p><p>まあ、桑田くんの歌詞間違いは日常茶飯事の事なんだけどね。だから歌詞のテロップ流せない・・当時サザンのライブ映像ビデオの発売がなかったのはそのためだったと言われていました。まあその後ライブで歌詞モニターを使うようになって、歌詞間違いは激減しましたが・・・・・でもどんなもんなんでしょうか？</p><p>でもいまだに「<span style="font-weight: bold;">ミス・ブランニュー・デイ</span>」の意味よくわからないんですけどね。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180918/16/yakitaka33/a7/c4/g/o0650058214268332968.gif"><img alt="" contenteditable="inherit" height="519" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180918/16/yakitaka33/a7/c4/g/o0650058214268332968.gif" width="580"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Tue, 18 Sep 2018 17:10:00 +0900</pubDate>
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<title>アルバム「綺麗」と騙されたツアー</title>
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<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">「</span><span style="font-weight: bold;">綺麗</span>」</p><p>1983年7月5日発売、サザン6枚目のアルバム</p><p>&nbsp;</p><p>当時の流行ではやっていた電子系打楽器(テクノ系)、シンセザイザーなどふんだんに盛り込みそれを桑田流にアレンジする、たぶん今後の音楽作りに大きな影響を与えたアルバムだと思います。</p><p>何よりも「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(0, 0, 255);">EMNON</span></span>」以外シングルカットされた曲が入っていなく、残り13曲はすべてアルバム曲、ただ「<span style="font-weight: bold;">そんなヒロシに騙されて</span>」は高田みずえと、ジューシーフルーツに提供されますけどね。それだけじっくり作り上げたアルバムだと思います。</p><p>&nbsp;</p><ol><li><p>マチルダBABY</p></li><li><p>赤い炎の女</p></li><li><p>かしの樹の下で</p></li><li><p>星降る夜のHARLOT</p></li><li><p>ALL STARS JUNGO</p></li><li><p>そんなヒロシに騙されて</p></li><li><p>NEVER FALL IN LOVE AGAIN</p></li><li><p>YELLOW NEW YORKER</p></li><li><p>MICO</p></li></ol><p>　　10、サラ・ジェーン</p><p>　　11、南たいへいよ音頭</p><p>　　12、ALLSTARS' JUNGO (Instrumental)</p><p>　　13、EMANON</p><p>　　14、<span style="font-weight: bold;">旅姿6人衆</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>1曲目の「<span style="font-weight: bold;">マチルダBABY</span>」はコンサート最後の盛り上がりでよく使われる曲です。当時はやりのテクノサウンドを使い、コンピューターゲームを意識させるような1曲。ロールプレイングのような流れと、アーケードゲームの「ゼビウス」のような感覚。どこにも出ていませんが、タイトルの「<span style="font-weight: bold;">マチルダ</span>」とは、当時はやっていた「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(143, 32, 255);">機動戦士ガンダム</span></span>」のマチルダさんこと、「マチルダ・アジャン」のことではないかな？と勝手に想像していましたが、桑田クンがガンダムを見ていたかは不明ですがね。</p><p>3曲目の「<span style="font-weight: bold;">かしの樹の下で</span>」桑田クンと原坊のデュエット曲、コンサートではこの曲の時に真っ赤なバラがおりてくるんですね。それが印象的でした。</p><p>4局目「<span style="font-weight: bold;">そんなヒロシに騙されて</span>」この曲のヒロシはもちろん「<span style="font-weight: bold;">松田弘</span>」です。やはりヒロシはサザンにとって大事な兄貴的な存在なんですよ。桑田クン後にヒロシの事を、巨人の原辰徳だと称していました。3割打つし守備も完璧、なおかつホームランも量産する。ヒロシの事を信頼していたんでしょうね。</p><p>それと１４曲目の「旅姿6人衆」曲の冒頭に「ごめん俺が悪かった！」と声が入ります。この声も「ヒロシ」です。ドラムに納得できず何度も取り直し、あまりにもメンバーに迷惑かけるんで思わず出てしまった。本来ながらそれをカットするはずなのに、その時の気持ちがこの曲にマッチするんで、そのまま残したと桑田クンは言っていました。</p><p>今なコンサートのラストにふさわしい曲だと思うんですがね。</p><p>&nbsp;</p><p>このアルバムで、1983年～1984年「<span style="font-weight: bold;">SASたいした発表会 私は騙された!!ツアー</span>」でサザンは全国を行脚します。私はこの後宮崎から福岡へ移動するので、宮崎市民会館で見たサザンの最後のコンサートになりました。でもこの後の「大衆音楽取締法違反 "やっぱりアイツはクロだった!" 実刑判決2月まで」が全国ツアー最後で、二度とサザンが宮崎に来ることはなくなんですが・・・・</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180910/17/yakitaka33/b6/47/j/o0621048914263591781.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="480" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180910/17/yakitaka33/b6/47/j/o0621048914263591781.jpg" width="610"></a></p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Mon, 10 Sep 2018 17:11:16 +0900</pubDate>
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<title>売れなかった東京シャッフル</title>
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<![CDATA[ <p>「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(0, 0, 255);">東京シャッフル</span></span>」</p><p>1983年11月5日リリース、サザン１9枚目のシングル</p><p>はっきり言って売れなかった！ベストテンどころかオリコンも25位ぐらいを低迷していたレベル。この曲をどういった経緯で作ったのか、確かなコメントは覚えていません。</p><p>ただこの曲でサザンは3度目の紅白に出場しました。昨年「<span style="font-weight: bold;">チャコ</span>」でメチャクチャしてしまったので今年はお呼びはかからないだろうな？とは思っていたのですが、それでも出場することができました。</p><p>でも今回も前回の不評に懲りず今回も奇抜なスタイル、髪の毛は紫に染めて、メンバー全員楽器を持たずにステージに登場。たぶんタキシードスタイルで踊っていた記憶があります。紅白出場で曲は若干売れましたが、結局伸びず、オリコン50位ぐらいに最後までいました。</p><p>のちに1月から始まった「<span style="font-weight: bold;">桑田佳祐のオールナイトニッポン</span>」の中で、「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(0, 0, 255);">売れなかった東京シャッフル</span></span>！」というコメントでトークした時がありました。でもその当時、仲の良かった？坂崎幸之助「<span style="font-weight: bold;">ALFEE</span>」がメリーアンでヒット！紅白でも「<span style="font-weight: bold;">あいつら浮いていたぜ</span>！」と笑っていたのですが、「東京シャッフル」が沈みゆくとき、ALFEEは「<span style="font-weight: bold;">星空のディスタンス</span>」で再びヒット！「知らなかった！あいつらもう死んだかと思っていた！売れてるんだ！ちくしょう！」と桑田クン宣いました。その後もALFEEは「<span style="font-weight: bold;">STAR SHIP</span>」「<span style="font-weight: bold;">恋人たちのペヴイメント</span>」とヒット出していくんですが、その思いをオールナイトのALFEEコーナーで愚痴としてぶちまけていましたが、ALFEEファンの投稿が爆発して、その後ALFEEには触れなくなりました。やっぱり負けたことが悔しかったのでしょうね。</p><p>その後に出したシングルが「<span style="font-weight: bold;">ミス・ブランニュー・デイ</span>」、アルバムが「<span style="font-weight: bold;">人気者で行こう</span>」</p><p>この時の悔しさが形となったんだと思います。きっと</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180822/11/yakitaka33/98/df/j/o0832061014252253638.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="450" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180822/11/yakitaka33/98/df/j/o0832061014252253638.jpg" width="614"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yakitaka33/entry-12399573798.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Aug 2018 11:59:21 +0900</pubDate>
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<title>ボディスペシャル２は恥骨がキュンとする曲です。</title>
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<![CDATA[ <p>「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(255, 0, 0);">ボディスペシャルⅡ（BODY SPECIAL</span></span>）」　</p><p>1983年3月5日発売サザン17枚目のシングル</p><p>今までの作品の流れと逆行して、再び元気サウンド？に戻った曲。</p><p>過激に！ワイルドに！野性的に！どちらかと言えばシンドバットの頃を彷彿させるメロディ。</p><p>でもね、明らかに受けよう！ヒットさせよう！の雰囲気いっぱい。まあ桑田クン流ウケ狙いありありの曲。</p><p>ジャケットは曲とあまり関係ない（ボディ？）女性の上半身裸の写真。ポスターの写真もサザンメンバーがコマンド―？らしき格好はしているんですが・・・・ね。</p><p>コンサートではシンドバットに続く掛け合いのできる曲、もちろん盛り上がりますよね。</p><p>&nbsp;</p><p>「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(0, 0, 255);">EMANON</span></span>」1983年7月5日発売。サザン18枚目のシングル、</p><p>TAISHITAレーベルに変わっての1作目。今でこそ当たり前だけどサザンオリジナルのレーベル。名前はご存知の通り「舌を出した鯛」で「<span style="color: rgb(255, 127, 0);">タイシタ</span>」・・・大したもんだ！から来てるんですが、桑田クンはビートルズの「<span style="font-weight: bold;">アホなホージョーハン</span>」レーベルが言いと提案したらしいですが、速攻却下！</p><p>「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(0, 0, 255);">EMANON</span></span>」に対する逸話はそんなにありませんが、</p><p>今までにない曲を！メロディを大切にしいと言って桑田クンが作り上げた曲。「歌うの難しいんだよねー！でもそこの感性を大事にしてほしいんだなーおじさんは・・・」まあ、サザンにとってチャレンジの一曲、オリコン25位ぐらいでベストテンにも登場しなかった記憶あるんですが・・・当時「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(255, 0, 0);">綺麗</span></span>」のアルバム制作中で楽器を大切にした曲作りの中で、発売されたシングルだと思います。</p><p>この曲はコンサートでもさほど歌われていません、なぜならバラードではないので観客は手拍子したくなるんですが、リズムが難しい。桑田クン流にいえば揉み手が入ってしまってバラバラ・・静かに座って聞いてほしい曲なんですがね。</p><p>でも作品としては当時は、桑田クン自慢の一曲でした。「俺しか作れねえ！ぜこんなメロディ！どうだ！感動しただろ！」と言わんばかりの権幕。ラジオ放送で何度も流して自慢してましたが、何回も聞いてるとそんなに・・・・・桑田クン本人もそこまで言わなくなりました。あ、ラジオと言えばオールナイトニッポン。2度目放送開始が1984年1月にスタートしました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180821/11/yakitaka33/8b/ee/j/o0418035614251655775.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="523" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180821/11/yakitaka33/8b/ee/j/o0418035614251655775.jpg" width="614"></a></p><p>あの最初の頃がネットから写真探して載せてましたが、いつの間にか消されていました。やはりビクターの著作権は厳しいのですね。アメバまで検閲されるなんて。サザン関連のYouTube上げていたのですが、３年経過後アカウントごと抹殺されました。視聴者は１０万人超え、コマーシャル載せませんか？と言われるくらいだったのにね。</p><p>今は手書きでイラスト（へたくそですが・・・）載せてます。さすがにこれは著作権の侵害にはなりませんよね。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yakitaka33/entry-12399348180.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Aug 2018 11:46:39 +0900</pubDate>
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<title>匂艶THE NIGNT CLUBを忘れない！YaYaは思い出深い曲です</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight: bold;">匂艶THE NIGNT CLUB</span>/<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(255, 0, 0);">YaYa</span>(あの時を忘れない</span>)</p><p>&nbsp;</p><p>2作品とも１９８２年　「<span style="font-weight: bold;">チャコの海岸物語</span>」と同年にリリースされたシングル。</p><p>同時に２曲のコメントするのはどうかと思うんですが、あえて一緒に書かせていただきます。</p><p>チャコの後どんな曲を出すか、かなり苦悩した結果、今までにないジャズバンド踏まえたフルオーケストラの曲を作り上げました。それが「<span style="font-weight: bold;">匂艶THE NIGNT CLUB</span>.」</p><p>そして「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(255, 0, 0);">YaYa</span></span>」は学生時代に思いをはせ、今までのサザンを振り返すようなバラード。</p><p>この２曲は今後のサザンの大きな意味合いを持つ曲になった事は間違いありません。</p><p>サザンはそのイメージにとらわれず、何でも作れる！なんでも食べちゃう！サザンはロックバンドだ！と言いながら歌謡曲もジャズだって、フォークだって自分のものとして形にできる。オールマイティなバンドなんだ！ってね。</p><p>まあ、天才桑田佳祐だからできる事であって、この頃からその持て余る才能を、いかんなく発揮するようになるんだけど、仕方ないかな悪ガキなんだよねー！何しだすかわからない。でもいい意味での裏切りが、いつも気になって仕方ないんですよね。</p><p>「<span style="font-weight: bold;">匂艶　THE NIGNT CLUB</span>」で飛び回るように踊りながら歌っていた桑田クンが、次の曲「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(255, 0, 0);">YaYa</span></span>」では白Ｔシャツにジーンズ姿で直立不動で歌っている。あの独特の意味わからない右手の動き入れて。</p><p>ベストテンにもトップテンにも再び常連のように復活しました。</p><p>そしてこの年「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(0, 0, 255);">NUDE MAN</span></span>」を発売するのだけど・・・・・・</p><p>「<span style="font-weight: bold;">匂艶THE NIGNT CLUB</span>」のB面「<span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(143, 32, 255);">はしれトーキョータウン</span></span>」この曲は、日産パルサーのCM曲で作られたものだけど、コマーシャルもあまり見ませんでしたね。</p><p>ジュシーフルーツのボーカルのイリアが「桑田さん、私パルサー買ったんですよ！」と話したところ「あの車、欠陥車だったんでしょ？大丈夫？」と答えました。でも自分のコマーシャルしてる車を欠陥車だなんて、よく言えましたよね。事実この車デザインは斬新でしたが、売れませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「<span style="color: rgb(255, 0, 0);">YaYa</span>」の歌詞の中に「better days」の言葉が出てきます。これはご存知青山学院の軽音楽サークルの名前なんですが、社会人になって青山学院卒業されて、サークルで桑田クンの後輩だという人に出会いました。先輩とはまだたまに連絡ありますよ、とは言われました。本当はいろいろ聞きたかったのですが、仕事でのお付き合いなのでそれ以上は聞けませんでしたがね。</p><p>「YaYa」はいろんな場面で流れてきます。当時の中学・高校の卒業ソングの定番が「送る言葉」だったのに対し、大学卒業の定番がこの曲・・・卒業式の後2次会でみんなんで歌いました。今でもこの曲を聴くといろいろ思い出すものがありますねえ</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180816/10/yakitaka33/a3/76/j/o0739061814248476575.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="493" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180816/10/yakitaka33/a3/76/j/o0739061814248476575.jpg" width="590"></a></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yakitaka33/entry-12398201546.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Aug 2018 10:26:35 +0900</pubDate>
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