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<title>「嘘」は友達！？</title>
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<description>興味が向いて調べたことを綴っております。</description>
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<title>「成熟した国家」という幻想</title>
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<![CDATA[ 　桜も隆盛に咲き誇り、気分は春爛漫な気がするので、ちょっと寄り道しちゃいましょう。酒と肴があれば、尚良し！？<br><br><br><br><strong>　「日本は未成熟の国である」<br>　「欧米のように成熟した国家にならなければならない」<br><br><br>　こんな感じの言葉を耳に挟んだことってありますよね。どのような人が言っているのかはさておき、ここは<font color="#FF0000">「成熟した国家」ってなんじゃい</font>と考えてみるとしましょう。<br><br><br>　考えるにしても、最初から「国家」で捉えると分かりにくいので、まずは「成熟した人」から考えてみましょう。<br><br>　　　<br><br><br>　さて、「成熟した人」というと、図体がデカい頼れる筋肉というよりは、精神面が優れている印象ですね。<br><br>　言動が落ち着いているとか、思慮深いとか、包容力があるとか……。<br>　　　<br>　そんな漠然とした印象を、心理学的な側面からざっくり掘ってみましょう。ざっくりなので要点は5つ！<br><br><br>　まず第一にこれでしょう。<br><br><br><font color="#009900"><font size="3">【自己が確立している】</font></font><br><br>　一言で言ってしまえば、「自分がある」ということですね。　<br>　自分が何者であり、どんな特徴を持ち合わせているのか、そして自分と他人は違うことをちゃんと理解しており、自分自身の基準や価値観をきちんと持っていること<br><br><br><br>　</strong>……のっけから躓いた国がいるような気がしますが、気にせず続けます。<br>　<br>　<strong>自分の存在を確認できたら、次はこれですね。<br><br><br><br><font color="#009900"><font size="3">【他人を認めることができる】</font></font><br><br>　自分の考えや価値感が全てである！<br>　世の中は全て自分のためにある！<br><br>　そんな風に他者を全否定しているようでは、単なる未熟者に過ぎませんね。世の中沢山の人がおり、それぞれの価値観を持っています。<br><br>　少なくとも、他人の存在は認めようZe♪　<br>　そして、未熟ながらも相手の話を聞くくらいはしようZe♪<br>　相手の意見や価値観を採り入れるかどうかは別の問題だZe♪<br>　さらに、他人の事情も考慮せずに自分の意見や価値観を押しつけたり、押し売りしているのは迷惑者の証だZe♪<br><br><br><br>　</strong>……幾つかの宗教がスッ転んだような気がしなくもありませんが、気が付かなかったことにして続けましょう。<br><br>　<strong>自分がいて、他人がいてということで、ようやく友達が作れそうですね。続いてはこちら。<br><br><br><br><font color="#009900"><font size="3">【他人と適度な距離を保ち続けることができる】</font></font><br><br>　人との距離の取り方が分からないようでは、意思疎通を図るのも、対人関係を成り立たせるのも難しいですね。<br>　例えそれなりに意思疎通を図れたり、関係を結べたとしても、何かの拍子で入れ込み過ぎたり、気に食わない者や去る者は全て執拗に攻撃したり、全て絶縁したりといった極端なことをやるようでは、さすがに問題有りです。<font color="#0000FF">何事も良い塩梅ってもんがある</font>んです。<br>　　　　　<br>　依存的であることや対人恐怖症のような反応を示すこと、「問題のある人」と深くズルズルと関わり続けてしまうことは、未熟な証拠です。<br>　さらに他人に迎合してばかり、阿ってばかり、ご機嫌取りばかりというのは、<font color="#0000FF">『嫌われたくない症候群』</font>ということで、これもまた未熟者の証です。<br><br>　しかしながら、問題が生じてはならないという意味ではありません。紆余曲折を経つつも、互いにきちんと良好な関係を保てることが「成熟」の証といえるでしょう。<br>　　　　　<br><br><br>　</strong>……黙って続けます。<br><br>　<strong>友人・知人と良好な関係を築き上げ、さらに彼女もできて結婚も……とくれば、次はこれでしょう。<br><br><br><br><font color="#009900"><font size="3">【他人を育てる能力がある】</font></font><br><br>　そう、真っ先に思いつくのが子育て！<br><br>　ただ図体を大きくしてやるだけでは、「成熟試験」落第です。<br>　①～③を子供にちゃんと身に着けさせることができて、はじめて及第点。<br><br>　細かい話は面倒かつ心苦しいのでスッ飛ばしましょう。耳が痛いことの羅列になりますし。<br><br><br><br>　さて、最後に更なる難関が待っております。じゃじゃん♪<br><br><br><br><font color="#009900"><font size="3">【あやまちを認め、その責任も果たすことができる】</font></font><br><br>　ここで登場しちゃいました、みんな大嫌いな〝自らのあやまちをしっかりと認めること〟<br><br>　しかし、例えあやまちを認めたとしても、それが5年後や10年後の話だったら<br>　　　「今更かい！」<br>　　　「遅過ぎ！」<br>　　　「いつの話だよ！」<br>　というツッコミを入れたくもなりますよね。<br><br>　そうすると、ほとぼりが冷めた頃にあやまちを認めるようでは、まだまだ甘ちゃんと言えそうです。「成熟している」というからには、どの時期にあやまちを認めることが要求されるのでしょうか。<br><br>　騒動の最中であることは当然ですが、流石に問題が発覚したその場でというのは難しいでしょう。本人も動転しており、周囲もてんやわんやしていることでしょうし。<br><br>　そーすると、個人の人間関係においては、1日～1週間が目安になりそうでしょうか。物事によっては少し時間を置いた方が良い場合もありますし、今回はそう定義しておきましょう。</strong>（異論はばっちり認めます）<br><br>　<strong>ちなみに国家間の場合においては、今回はテキトーに1年以内とでもしてみましょう。「遅くもないか」って思わなくもない期間の目安として。</strong>（こちらも異論はばっちり認めます）<br><br><br>　<strong>当然ながら、<font color="#0000FF">自己保身のために「嘘」をついて他人を欺いたり、素知らぬ振りをしたり、自身の責任を他人になすり付けたりする行為は、「成熟した人」がやる行いではありません。</font>どっかの国が得意ですけれど。<br><br><br><br><br>　以上、「成熟した人」について考えてみましたが、これを援用して「成熟した国家」について言及してみましょう。<br><br><br><br>１）自主独立した国家であり、自国の言語や伝統・文化を持っており<br><br>２）他国の思想・宗教・価値観・慣習・風俗を認めることはでき、自国のものを他国に押し付けることはなく<br><br>３）内政干渉をせずに適度な距離感での外交を行え<br><br>４）他国を自立させるための支援や援助ができ<br><br>５）自国のしでかしたあやまちを認めた上で、その責任を取ることができる</strong>　※認めるのはあやまちを犯してから1年以内で<br><br><br><br><strong>　……あれ？　そんな国、存在したことなくね？　これはあれに似てますね。そう――<br><br>　　『<font color="#0000FF">普通×普通×普通× ……</font> ＝ もはや普通ではない <font color="#0000FF">＝ 稀有</font></strong><strong>』<br><br>　ってやつです。今回は「成熟した」なので、『立派×立派×立派× …… 』になるんでしょうが。<br><br><br>　というわけで結論！　<br><br>　　・「成熟した国家」の存在は気のせい<br>　　・<font color="#FF0000">「自己がある、即成熟している」と早合点している国がある</font><br>　　・迷惑国家は自己正当化が大好き<br>　　・<font color="#FF0000">世界は「未成熟な国家」ばかり</font><br>　　　</strong>
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<pubDate>Sat, 04 Apr 2015 19:50:04 +0900</pubDate>
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<title>躁状態・大日本帝国</title>
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<![CDATA[ <strong>　さあ、歪みを自ら生じさせていることも、採り入れているもの自体が歪みを孕んでいることは〝気の迷い〟と気付かなかったことにして、大日本帝国君は西洋的な「近代化」をどんどん進めました。<br><br><br>　心頭滅却すれば、難題なんざ霞となって消えるはずさ♪<br><br><br>　富国強兵、立身出世、臣民よ野心を抱けということで、新聞でそれとなく洗脳もしつつ「近代化」に明け暮れました。<br><br><br>　立派に西洋的な「近代化」を果たすことで</strong>　（西洋もどきになったのは気のせいにしておきましょう）<br>　<strong>西洋帝国主義いじめっ子達に、日本をなんとなく認めさせはしました。</strong>　（いじめっ子達は心中では日本を認めていないし、侮蔑し続けているのは内緒）<br><br><br><strong>　チョーセン君に「余計なお節介」を焼いてみたら、シナ君と喧嘩になりました。<br>　喧嘩に勝った後、西洋いじめっ子連合が割り込んで来てシナ君をいじめだしました。<br><br>　また、図体のでかいロシーア君が、こちらにちょっかいを出して来ました。<br>　おっかなびっくりで反撃したら、撃退できました。<br><br><br>　　〝日本、意外とやるじゃん〟<br><br><br>　そういうわけで、いじめっ子のみんなも少しは大日本帝国君を認めるようになりました。<br><br><br><br>　当然大日本帝国君は舞い上がります。なんたって、他人に認められるのは至上の喜び。<br>　自己を捨ててしまっていたがために、自分の存在意義をしっかりと見出せるのは、どんな形であれ他人に認められた時しかありません。<br><br><br><br>　そして、辛酸を舐めていた者が苦労の末にのし上がれば、少しくらい増長したいですよね。<br><br><br><br>　そういうわけで――少し調子乗っちゃったぜ♪<br><br>　　「西洋は没落した」<br>　　「これからはアジアの時代だ」<br><br>　こんなことを言ってみたぜ♪<br><br>　　　<br>　それから朝鮮半島は併合して、満洲国も作って、八紘一宇を掲げちゃうぜ♪<br><br><br>　そしたら、米穀君にシメられちゃったぜ……。<br><br><br><br>　いじわる米穀君にボコられることで、大日本帝国君は沈み込んでしまいました。こうして躁状態から、再びうつ状態へと落ちて行くことになりました。</strong><br>　　（次に躁状態へと浮上するのは、高度経済成長期ですね）<br><br><strong>　それから、いじめっ子というのは搾取対象を感知する技能には長けていますから、主犯に便乗して、西洋いじめっ子連合は凹んだ大日本帝国君をいびり続けることにしました。<br></strong><br><br><br><br><br>　前回の最後とつながっていないって？<br>　ほら、大日本帝国君にとって「文脈の流れ」は大事なことじゃないですから。<br><br>　<strong>万歳、過去は全て無かったことにして抜本的改革！</strong><br><br><br><br><br>　一応少しだけ触れますと……<br><br><br>　15～19世紀の間――<br><br>　　<strong><font color="#0000FF">「手と顔周辺だけを水で洗い、あとは衣服を変えれば清潔である」</font></strong><br><br>　――つまり、体を洗う習慣が途絶えた西洋の人々って、〝正しかった〟んですかね。イスラム圏の人々からは「欧州の人々は不潔だ」と言われ続けていましたけれど。<br><br>　ちなみに西洋で湯浴の途絶えた理由としては、性病やペスト、その他の伝染病の流行、犯罪の多発（泥棒や刃傷沙汰）、破廉恥ヒャッホーイ・ムフフだぜ♪　カトリックやカルヴァン派からの糾弾が挙げられているようです。<br><br>　また、当時の西洋では<strong>「〝病の素〟が水を介して体の中へと浸潤してくる」</strong>と考えられておりました。そのため、フランスにおいては「公衆の蒸気浴場が疾病の流行を促している」と糾弾され、蒸気風呂屋等の共同浴場を閉鎖させるよう市民から要請された市もあるそうです。<br><br>　所変わりまして、明治以降、イスラム諸国を訪れた日本人が、公衆浴場にて日本と同様に素っ裸で入ったら現地民の顰蹙を買ったそうです。そして、それらの地域では混浴はもってのほかのですが、共同浴場は社交の場でもあったわけです。<br><br>　日本においても、地域差や頻度の差はあれど、昔から湯浴や水浴、蒸気浴の習慣はありました。現在のように、多くの人が自身の家で日々湯につかれるようになったのは、昭和のことですが。また、現在でも混浴の温泉は存在しています。<br><br>　　<br>　別の例を挙げますと……<br><br>　　　ロマン主義、写実主義、印象派、浮世絵<br><br>　これらの内、〝正しい絵画〟はどれでしょうか？<br><br><br>　簡単ながらも衛生観と絵画を例に挙げましたが、思想・知識・宗教・環境・経緯を無視した上に、具体的な条件設定もなく「○○が正しい」と決めつけるのは、拙いにも程があるでしょう。<br><br><br><br><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=29494790" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F512r7%252B8qLbL._SL160_.jpg" border="0"></a><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/yamaneron/entry-12006158085.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Mar 2015 23:43:22 +0900</pubDate>
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<title>うつ病国家・日本</title>
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<![CDATA[ 　暖かい日が出て来ましたね。春の足音が聞こえ始めたならば、やはり外へ出かけて陽気な気分に浸りたいものですね。<br>　　　<br>　というわけで、趣味としてスポーツをやるなら次のどれが正しいですかね？<br><br>　　サッカー<br>　　野球<br>　　陸上競技<br>　　テニス<br>　　水泳<br>　　アメフト<br>　　体操<br>　　バスケットボール<br>　　ホッケー<br>　　クリケット<br>　　ラグビー<br>　　自転車<br>　　ポロ<br>　　カーリング<br>　　その他<br><br><br>　えっ？　そんなもん好きなやつをやれっ！？<br><br><br><br><br><br>　　　<br><strong>　それでは、早速前回の続きと行きましょう。<br><br>　西洋いじめっ子連合を見返してやるために、自分の過去を否定し、忘却の彼方へ追いやって、悔しさを糧とするために涙ぐましい努力をはじめた大日本帝国君。立派に「和魂洋才」なんて大層な標語を掲げてみたんでしたね。　<br><br><br><br>　　〝「近代日本」を作り上げ、「現在の日本の礎」を築き上げた、「気概と反骨精神溢れる」明治の指導者達〟<br>　<br>　そんな感じの噂が立っているらしい明治の方々ですが、西洋の人達の目にはどう映っていたのでしょうか。<br>　またもや『国家のツジツマ』(著：佐藤健志・中野剛志)から引用しちゃいます。<br><br><br>―――<br>　明治時代、エルヴィン・フォン・ベルツというドイツ人が来日して<br>　　（略）<br>　彼の日記によれば、当時の日本のインテリは、自国の過去をしきりに恥じたらしい。<font color="#0000FF">「(明治維新以前は)何もかも野蛮でした」</font>とか、<font color="#0000FF">「われわれに歴史はありません。われわれの歴史はこれから始まるのです」</font>といった趣旨の発言をした者までいたとか (P143)<br>―――<br><br>　わー……国の上位層がこれじゃあ、先が思いやられますね。<br>　自己全否定に耽っているとは、もう抑うつ気分を素通りして、うつ状態やうつ病に至っていそうな程の自虐っぷり。<br><br>　　　　<br><br><br>　それでは上記の日本インテリに対する、ドイツ人ベルツの反応を確認しておきましょう。<br><br>―――<br>　彼は(日本の)インテリたちの姿勢に強く反発しました。いわく、「急激な近代化・西洋化に直面して、そんな気持ちになるのは分かるが、<font color="#0000FF">このような態度は非常に不快である。自国の歴史や文化を軽視すれば、かえって外国から信頼されない。</font>もっと文化を大事にして、それを近代化・西洋化に適応させるべきなのだ」 (P144)<br>―――<br><br><br><br>　いじめっ子に、いじめられっ子の心情が本当に理解出来るのか、想像することが出来るのか甚だ疑問であり</strong>（逆も然り）<br><br>　<strong>また、いじめる側は絶対に正しい、いじめられる側は絶対に間違っているという前提である点もどうかと思いますし</strong>（これまた逆も然り）<br><br>　<strong>いじめっ子の中のいじめられっ子の立場故に、自分よりも劣った人を見つけたら威張り散らしたくなっちゃったのかどうか知りませんが……<br><br><br><br>　傍から見ても、異常な程の自虐ぶりだったようですね。<br>　もう「いじめられっ子」の称号に加えて、「うつ病国家」の称号も付けちゃいましょう。</strong>（神経症国家でも構いません）<br>　<strong>自虐ぶりに一層磨きが掛かるのは、敗戦後やバブル崩壊後ですが、この時点で既に病的ですし。<br><br><br><br><br><br>　悪い側面に着目しているため、〝明治の人々はまるでダメ〟な印象に傾いてしまいそうですが、別にてんでダメだったわけではありません。<br><br><br>　<font color="#FF0000">西洋が百年単位で成し遂げた「近代化」とやらを、日本は十年単位でやっちゃったぜ、てへ。</font><br><br><br>　考えてみるまでもなく、相当凄いですね。<br><br>　そう、取り巻く環境も悪く、「近代化」の手法も強引かつ急進的だったため、歪みが生じただけのことです。</strong><br>　（元々「近代化」とやらに欠陥なり歪みがあると言われていることは内緒です）<br><br><br><br><strong>　大日本帝国君にしろ戦後の日本君にしろ、程度の差はあれども<br><br><br>　　自分を認めたくとも認められず<br>　　受け入れたくとも受け入れられず<br>　　褒めたくとも褒められず<br><br>　　他人から認められることや褒められることに飢えており<br>　　他人に嫌われるのが怖く<br>　　自分というものは無く<br><br>　　それらのことから目を逸らし続け<br>　　狂信的なまでに他人に阿ることが生き甲斐と感じるようになってしまった<br><br><br><br>　そんな歪みを抱えるようになっただけのことです。<br>　いやー、しびれも憧れもしない話ですね。<br><br><br>　さて、中々困った状態に陥っている大日本帝国君。<br>　しかしながら、沈んでばっかりではなく、やるときはやりすぎるので……これは躁うつ病か！？<br><br>　噂では「ウツ ハ アマエ」らしいので、革命や抜本的改革や構造改革や岩盤規制の破壊といった喝を入れて〝スパルタ矯正〟でも致しましょうか。<br>　一層こじくれた上で悪化するから、私はオススメしませんけれど。<br><br><br>　ところで、江戸末期までの日本の文化や思想、風習などは正しくないものだったのでしょうか。</strong><br><br><br><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=29463744" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51BJNP1jmGL._SL160_.jpg" border="0"></a><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=29463743" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F41Pt5A-q8dL._SL160_.jpg" border="0"></a><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=29463742" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51ztrz1F09L._SL160_.jpg" border="0"></a><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=29463741" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F5106cPd9RIL._SL160_.jpg" border="0"></a><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=29463740" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F617XDYQS45L._SL160_.jpg" border="0"></a><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/yamaneron/entry-12004500404.html</link>
<pubDate>Sat, 21 Mar 2015 23:12:14 +0900</pubDate>
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<title>「明治維新」からの脱却</title>
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<![CDATA[ 　<strong>真面目でツマラナイ話って、書くのも読むのもしんどいですよね。そんなわけで、ちょっと不真面目でテキトーな話を書いちゃいましょう、そうしましょう。<br><br>　そうとくれば、ここはリューコーに乗っかっちゃいましょう。後追いだろうが気にしない♪<br><br><br><font size="3"><font color="#009900">【センゴれじぃむ カラノ ダッキャク】</font></font><br>　そんな言葉が流行っていたらしいのですが、一時期程喧しくないですね。これは陰りが見え始めたリューコー！　まさに打ってつけ！</strong>　（別にリューコーなんてしていなかった！？）<br>　　　<br><br>　<strong>さて、そんな標語を勇ましく掲げて唱えたところで、何かが改善することはありませんから、ここはのんびりと整理整頓をすることから始めましょう。<br><br><br><br>　整理の取っ掛かりとしては……<br><br>　　良い評判偏重、悪い評判偏重、加えてあまり着目されていない視座！<br><br><br><br>　「戦後は米従属で悪い～」やら「戦前はファシズム～」は良く耳にしますが、「明治維新が悪い～」は耳にしませんね。<br><br>　おまけに、明治維新に対しては大勢の方が憧憬に近い感情を抱いていますよね。その近辺の偉人は人気がありますし。<br>　<br>　というわけで、明治維新の悪い側面にでも着目してみるとしましょう。<br><br><br><br>　えっ？　明治維新は素晴らしく、悪い点は無いって？<br><br><br><br>　またまた御冗談を。<br><br>　世の中良い点だけ、悪い点だけしかないということはありません。所変われば、それは良くも悪くもなり得ます。なにより<br><br>　　「自分は全くダメだ」<br>　　「自分が大嫌い」<br>　　「自分が恥ずかしい」<br>　　「馬鹿にされたくない」<br><br>　症候群を自ら発動させたのは、悪いことに相違ないでしょう。<br>　<br>　それまでの自己を思い切り否定し続けたんですから、さしずめ精神的には「いじめられっ子国家・大日本帝国」なんて感じじゃないですかね。<br><br><br>　　　<br>　おっとその前に……良い側面に言及しないのはよろしくないので、大雑把に挙げておきましょう。<br><br>　　・物質的な繁栄を築いた<br>　　・「科学的で合理的」な思考、手法、技術などが発達した<br>　　・「マナー」の向上<br><br>　ということで、所謂「近代化」を西洋から習い、「現在の日本の礎」を築いたんですね。いやー、とても立派ですね。それだけだったならば。<br><br><br>　大抵の物事は、表裏一体やらトレードオフやらの関係からは逃れられない部分があるものです。何かを選んだということは、別の何かを選ばなかったことになります。<br><br>　つまり、何かを喜び勇んで（苦渋ながら）捨てたわけです。<br><br><br>　何かを捨てたり壊したりしたとしても、見かけ上もしくは価値観の変化等により、負の側面が無いか、より影響が小さいから気にしないわけです。<br>　まあ、そう思い込んでいるだけだったり、危険性に気付いていないだけだったりする場合もありますけれど。<br><br><br><br>　では、明治維新においては何を選んだのでしょうか。<br><br><br>　それはずばり――「西洋の価値観や規範、文明、社会制度」になります。<br><br>　では放り捨てたのは何かと言うと――「それまでの日本の価値観や規範、文化、社会制度」となります。<br><br><br>　勘違いしないで欲しいのですが、「西洋を全部選び取り、日本を全て捨てた」わけではありません。捨てたくて堪らなかったのに残ってしまったものもありますし、残したかったのに気付いた時にはもう無かったものもあります。</strong><br>　（大半は「西洋人が正しいから」と錯覚して喜び勇んで捨てていたのは、たぶん気のせいってことにしておきましょう）<br><br><br><br>　<strong>また、当時は西洋を選ばざるを得なかった状況でもありました。<br><br>　当時の西洋諸国は帝国主義であり、あっちこっちで相当な悪さをしておりました。そして、その矛先が日本にも向いて来てしまい、手酷くカツアゲされてしまいました。<br>　惨めな思いをして悔しかった日本は、西洋いじめっ子連合を見習うことにしました。そうしないと、骨の髄までしゃぶり尽くされてしまうことになるからです。<br><br>　こうして、西洋いじめっ子連合を見返してやるための日々がはじまりました。<br><br><br><br>　憲法や西洋風の法律がないとダメらしいので、西洋を真似て作りました。<br>　<br>　日本の風習・風俗もダメらしいので、裸は禁止、混浴も禁止、春画も禁止をはじめとし、違式詿違条例にて率先して取締りました。<br><br>　見栄っ張りだったので、難解な言葉で作った新しい法律を〝愚民〟に雨霰のように降らせました。<br>　<br>　服装も率先して西洋の服を形だけ取り入れました。<br><br>　建築物も西洋風の物を建てるようになりました。<br>　<br>　作法も学問も物も西洋風のものが上等であり、「えりぃと」に相応しいって感じになりました。<br><br>　宗教はキリスト教ではなく、「神道」を基軸としました。<br>　<br>　〝愚民〟には標準語を教えてやり、武家の礼法を掻い摘んで形だけ暗記させてやることにしました。<br>　　　<br><br><br><br>　すんごくざっくりと涙ぐましい努力を振り返ってみましたが、泣けてきますね。<br><br>　どうやら、<font color="#0000FF">日本のものは「下等で稚拙で品が無く未開で野蛮で古い」</font>という雰囲気になった様子です。加えて「流れや積み重ね」といったものは、隅に追いやられてしまいました。そう、形式こそが大事なんです。<br><br>　　～カッコ良さげならば「中身」はいらないぜ～<br>　　～質？　伝統？　文化？　何それ、ウマイの？～<br><br><br><br>　それではここで、『国家のツジツマ』(著：佐藤健志・中野剛志) から次の言葉を引用しちゃいましょう。<br><br>　―――<br>　「洋魂洋才」は西洋レプリカント(複製)への道で、「『和魂＝洋魂』に基づく真の和魂洋才」は天才でもないかぎり実践不可能。この条件下で「和魂洋才」を追求するというのは、「日本人としての魂(＝文化)をみずから抑え込んで、西洋の才(＝文明)だけをひたすら学ぶ」ことに行き着く。　<br>　　（略）<br>　先達のみなさんには申し訳ないのですが、「和魂洋才」の帰結は、ずばり「無魂洋才」だったと言わざるをえないでしょう (P142)<br>　―――<br><br><br>　個人的には……<br><br>　「和魂洋才」を掲げてはいたものの、実態は最初から「もぬけの洋才」だったために、「無魂洋才」の道しか残されていなかった……<br><br>　の方が、悲壮感が出てイイ感じです！　もう、涙がちょちょぎれそう！<br><br><br>　それは兎も角として、こうして「いじめられっ子・大日本帝国」君の西洋コンプレックスに苛まれる人生と、西洋いじめっ子連合を見返してやるための歩みがはじまりましたとさ。</strong>
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<link>https://ameblo.jp/yamaneron/entry-12003271443.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Mar 2015 23:29:13 +0900</pubDate>
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<title>補習 ②</title>
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<![CDATA[ 　　「嘘」は〝日常用品〟であるものの諸刃の剣であり、上手に活かし、上手く折り合い、そして付き合い続けていく姿勢が重要であると述べました。<br><br>　　続いては、「嘘」の問題点について具体的に触れておきましょう。今回はそっくり自身に跳ね返って来る上に、至極耳が痛い内容につき、書きながら心に刃が刺さってくる気分です。<br><br><br>　<br>　当然ですが、「嘘」の問題点は事実でないが故に<br><br>　　①他人からの信頼を失する　<br>　　　　（「嘘」と発覚した場合）<br>　　②齟齬により問題が生じる可能性がある<br>　　　　（点検などしていないが、やったと報告したために事故が起きる等）<br>　　③事実がわからなくなる<br>　　　　（ほとんどの歴史には「嘘」も散りばめられている）<br>　　④良心の呵責に苛まれる<br>　　　　（そんなもの感じない人もいる）<br><br>　ということが挙げられます。<br><br><br><br>　私達が忘れがちであったり、あまり意識しなかったりするのは、次のものでしょう。<br><br><strong>①困った自己正当化(ⅰ)</strong><br><br>　残念ながら、私達は自身が思っている程には率直でも賢明でも合理的でも利他的でもありませんし、あやまちを認めない存在です。<br>　自身を鼓舞する「嘘」というのは、私達の認識や記憶を捻じ曲げることを平気でします。<br>　　（今回は悪い用いられ方をした場合について述べております）<br><br>　過去話が綺麗で凄いことになっているのは、「現在の優秀な私」に相応しい様に、もしくは自己評価よりも実際には優れていないことを覆い隠し、周囲のせいにするために作り上げた物語です。当時の出来事の記述と照らし合わせるなり、その場にいた別の人の思い出話に耳を傾ければ、話が噛み合いません。<br><br>　これは能力、地位、性別、生まれなどは関係無く、私達の〝脳の癖〟が関係していると考えるのが妥当かと思います。<br><br>　視覚が顕著で分かりやすいですが、脳は勝手に補完したり、差異を強調したり、同調化させたりします。　（＝差を強調したり、差を無くしたりといった補正を掛ける）<br>　聴覚の例では、コンサート等においては、勝手に演奏以外の音はなるべく除外され、後で録音を聴いてみると雑音が喧しいことに驚きます。　（これは「カクテルパーティー効果」と呼ばれています）<br>　　　　　　　　<br>　このように、脳が自動的に情報を取捨選択し、加工しているわけですが、この性質は自分を正当化することにも使われております。<br>　ある点において不都合なことは削除され、都合の良い話を別の所から取って来てでも切り貼りして繋ぎ合わせ、綺麗な物語を作りあげます。<br><br>　従って、本人は「嘘」をついている自覚は微塵もありません。周囲や過去の事実の方こそが間違っていると思い込んでおりますし、他人から事実を突き付けられると反発し、思い込みは一層強まります。<br>　「常に私は正しいし、正しかった」「私は優秀かつ正直者である」となるわけです。真実など関係ありません。<br><br>　遺憾ながら、大なり小なり私達は皆この「習性」を日々発動させておりますし、他人の自己正当化は目敏く見つけて非難するものの、自身のことは都合良く消し去ります。<br>　思い返そうとしても、都合良く記憶から消すか改竄しいることでしょうが、しっかり思い出しては「本当にそうだったか？」と問うてみると、うんざりするほど発掘出来ます。しかし、居た堪れなくなり途中で思い出すのをやめることでしょう。<br><br>　繰り返しになりますが、地位や知性、性別、生まれ等は関係ありません。なぜあの人はあやまちを認めないのか、そんな場面に出くわした際には、この自己正当化が働いております。<br>　そして、多くの方があやまちを認めず、一層事実を捻じ曲げる選択をします。楽な上に都合が良いので。都合の悪いものが出て来れば来る程に、自己正当化は強力となり、「嘘」に依存します。<br><br><br><strong>②「嘘」には「嘘」で応じる</strong><br><br>　あまり意識していない方もいるやもしれませんが、少し振り返れば、誰しも思い当たる節があることでしょう。<br><br>　「嘘」をつかれると、人はその人に対して以前よりも「嘘」をつくようになります。<strong>(ⅱ)</strong><br>　応対を等閑にするわけです、こんな具合に。<br><br>　　「嘘をつくような人だから、まあいいや」<br>　　「あいつだって嘘をついていることだし」<br><br>　目には目を、歯には歯をではありませんが、復讐や腹いせの気持ちが生じることは自然な反応と言えるかもしれません。<br><br><br>　参考までに、ポール・エクマンの大人を対象とした研究では<br><br>　　・自分と価値観を共有していない相手や尊敬していない相手に対しては、嘘をついても罪悪感を覚えることは無い<br>　　・罪悪感を最も強くなるのは、その嘘の犠牲となる人物と価値観を共有している場合である<br><br>　だそうです。<br><br><br><br><br>　さて、なぜこの二点が問題かと言いますと、世の中の問題全てに根底から関わっているからです。<br><br><br>　「嘘」には功罪あるのも判ったし、使い方を誤らなければいいのだから<br><br>　　「少しならば、いいじゃ～ないの～」<br><br>　とお思いになるでしょうが……<br><br>　　「ダメよ～、ダメダメ」<br><br><br>　これを差し込みたかっただけなのですが、実際によろしくありません。<br><br>　『なぜあの人はあやまちを認めないのか』では、ウォーターゲート事件やイラク戦争などを例に挙げ、アメリカのエリートと言われる人々が間違った方向へ染まって行く過程が、一緒に昼食のような本当に軽い接待から始まっていることが書かれております。<strong>(ⅲ)</strong><br><br>　いつの間にやら深い関係になり、〝気付かぬ内〟に〝高潔な人〟から〝真っ黒クロスケ〟へと転落し、<font color="#009900">最早引き返せないが故に、間違っている自分を一生懸命正当化する材料を探し、肯定するものだけを選んで見聞きする。</font>正しいものを突き付けられる程に一層意固地となり、自己正当化に勤しむ。<br><br>　　――そう……私は正しかったし、常に正しいのだ<br>　　　　〝現実〟が間違っているのだ――<br>　<br><br>　まさしく<br><br>　　「少しだから、いいじゃ～ないの～」<br>　　「ダメよ～、ダメダメ」<br><br><br><br>　ならば、どこで線引きをし、どこで自己正当化の誘惑を振り払えるか。<br>　一般的には、最初か、大惨事となった後に我を取り戻した時のようですが、自己正当化の誘惑を振り払える人はほとんどいないのが現実です。<br><br>　<br>　なぜか。<br><br><br>　簡単なことです。「優秀であるはずのあなた」が引き起こした大惨事であると認めたくない上に、その責任を取りたくないからです。そして、非常にお手軽だから。<br><br>　<br>　例えば、あなたの研究チームが開発した新薬により死者が発生し(服用者の3割程としましょう)、副作用で非常に苦しんでいる人も半数以上にのぼっている状況を想像して下さい。<br>　特効薬の無かった難病に対する薬であり、世間の期待も集めておりました。しかし、まだそれが薬の副作用によるものであることは開発に携わった人々しか気付いておりません。<font color="#009900">これまで治療法の無かった病気なだけに、症状の一つなのかもしれないと思われて</font>おります。<br>　<br><br>　さて、あなたは事実を公表しますか、黙っていますか。<br>　また、在籍している製薬会社は事実を公表するでしょうか、黙っているでしょうか。<br><br>　仮に事実を公表した場合には、全方位から一斉射撃を受けると予想されますが、事態をどうやって収束致しましょうか。<br>　<br><br><br><br><br>　述べるまでもなく、傷は浅い内が一番です。<br><br>　しかしながら、大変残念なことに傷が浅い内には〝気付かない〟、〝気付こうとしない〟のが人の性。大抵の場合〝気付いた〟頃には最早手遅れ。<br><br>　そして、後戻りの利かない選択をした時程、時間や金銭や労力を多大に注ぎ込んでしまった時程、人は自己正当化に縋りついて離れません。<strong>(ⅳ)</strong><br><br>　<br>　しかも、こういった「習性」の陥穽からは、それを研究している専門家も逃れられません。<strong>(ⅴ)</strong><br>　知っていようが、気付くとやっていたとなるわけです。<br><br><br>　それでも、知っていることは強力な武器となります。<br>　気が付くのも早ければ、あやまちを認めて正す意思も働きやすいからです。<br><br>　問題なのは<font color="#009900">〝あやまちを犯すことではなく、あやまちを認めず、それを正さないこと〟</font><strong>（ⅵ）</strong><br><br><br><br>　しかしながら、気付いた所でそう簡単に事を運ばせてくれないのが世の常でしょう。<br>　<br>　なぜならば、多くの物事は他人が関わっており、その場合は相手方にも〝相応の準備〟が必要となるわけです。<br>　〝相応の準備〟とは<br><br>　　・話を聴く心構え<br>　　・自己を振り返り非を認める覚悟<br>　　・相手のことも認める寛容さ（許せる寛容さまであれば尚良し）<br><br>　となります。<br><br>　無論双方に３つ揃っていれば、例え問題が生じようとも互いに良い関係の構築を続けていけることでしょう。しかし、ほとんどの場面で３つを揃えていられる程成熟した人など存在しないでしょう。<br><br>　ましてや、一般的には問題が生じている時点で互いに揉めているわけですから、互いに相手の話を聴くことさえしようとしないことでしょう。<br>　　（※当事者同士は相手の話を聴く気があると主張するでしょうが、傍から観察していると、残念ながら往々にして双方共に聴く気は見受けられません）<br><br>　改善のための入口である、相手の話を聴くことや、自己・相手の立場や状況などの把握すら危ういわけです。<br><br><br>　従って、例えあなたが困った自己正当化に気付いて是正しようと努めたとしても、あなただけの努力では改善には繋がらないかもしれないわけです。　<br>　そして改善を図るためには、それ相応の技術が必要となります。簡単に言ってしまえば「駄々を捏ねて愚図る子を上手くあやして説得する」みたいなものですから、一筋縄ではいきません。<br>　<br><br>　さて、そんな相手よりもまともであるあなたばかりが骨を折る状況に、耐えられますか？<br><br>　あやまちを犯した人に対し、説教や怒鳴りつけずにいられますか？<br><br>　そして、あやまちを認めた人へ、強い追い打ち（責任を強く追及するとか）を掛けずにいられますか？<br>　<br>　<br><br>　「絶対怒らないから」と言いつつ、子がやっと口を開けば必ず怒る親ではありませんが、涙を飲んであやまちを認めたとしても、苛烈な仕打ちが待ち構えているとしたら、子供以上にあやまちを認めることはないでしょう。<br><br>　唯でさえ「優秀な私」の張りぼてが剥落しているわけですから、〝泣きっ面に蜂〟は御免蒙りたいのが世の「大人」というもの。<br><br><br><br>　そろそろ私の心のHPがゼロになりそうなので、ここいらで締めくくることにします。<br><br>　〝情けは人の為ならず〟という格言ではありませんが――<br>　<br><br>　　もう少しだけ、他人のことを認めませんか<br><br>　　もう少しだけ、他人に寛容になりませんか<br><br>　　もう少しだけ、自己正当化に縋るのはやめにしませんか<br><br><br>　自身の怒りも煮え滾る復讐心も嫉妬も、存在しないものとして抑圧することなく、認めた上で程々に主張していきましょう。<br>　それから、あやまちは愚かさの証拠とは限りませんので、あやまちはちゃんと認めて、あやまちから学んで行きましょう。<br><br>　私達はあやまちを防ぐ・あやまちから学ぶ「優秀さ」も、あやまちをみすみす犯す・あやまちを認ず正さない「愚かさ」も持ち合わせております。その場その場でどれを選ぶかは、主としてあなたとその周囲次第です。<br><br><br><br><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=29017011" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow"><img src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/4709/9784309244709.jpg?_ex=128x128" border="0"></a><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=29017010" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow"><img src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/4860/9784309244860.jpg?_ex=128x128" border="0"></a><br><br><br>　<br><strong>(ⅰ)『なぜあの人はあやまちを認めないのか』著：キャロル・ダブリス、エリオット・アロンソン　訳：戸根 由紀恵</strong><br>　著者等は社会心理学者で自己正当化の心理学について研究しており、本著では基本的に自己正当化の悪い側面について論じております。<br>　あやまちが発生した場合、即ち〝現実と自己評価の間の齟齬〟(≒認知的不協和)に直面した際には、「自分は正しくて優秀で素晴らしい」という思い込みを維持する(＝自尊心を守る)選択により、齟齬の解消を図る事例がいくつも書かれています。<br>　著者等の立ち位置では「自己正当化は悪いもの」になっていますが、「嘘」全体の中で論じるならば、自己を鼓舞して物事に挑むための自己正当化は有用であり、あやまちから逃避して保身を図るための自己正当化は悪いものと言えるでしょう。<br>　前回述べたように、道具は場面と意図と腕と用い方次第です。<br><br><strong>(ⅱ)『子どもはなぜ嘘をつくのか』著：ポール・エクマン　訳：菅 靖彦</strong><br><br><strong>(ⅲ)『なぜあの人はあやまちを認めないのか』著：キャロル・ダブリス、エリオット・アロンソン　訳：戸根 由紀恵</strong><br>　研究者・医者と製薬会社との関係、アメリカでの心理療法の問題についても著述されている。接待や出資から不正へと変節していく様、思い込みや型に嵌め過ぎた思考から発生する記憶改竄を促す心理療法など、ちょっとした入口から大事になってしまった事例が複数書かれている。<br>　　　<br><strong>(ⅳ)『なぜあの人はあやまちを認めないのか』著：キャロル・ダブリス、エリオット・アロンソン　訳：戸根 由紀恵</strong><br>　ローンを組んで高級車を買った際、馬券の購入、前歯を抜いてしまう部族などの事例が挙げられています。<br><br><strong>(ⅴ)『なぜあの人はあやまちを認めないのか』著：キャロル・ダブリス、エリオット・アロンソン　訳：戸根 由紀恵</strong><br>　エリオット・アロンソンが、郊外に家を購入したことを正当化するために、家族に相談もせず真冬にカヌーを購入してしまい、自己正当化の罠に嵌まってしまったことを笑いながら妻に指摘された様子が著述されております。<br>　また本文ないにおいても、著者自らが○ダヤと○メリカにおけるある記述について、自己正当化の罠に嵌まっています。<br><br><strong>(ⅵ)『なぜあの人はあやまちを認めないのか』著：キャロル・ダブリス、エリオット・アロンソン　訳：戸根 由紀恵</strong><br>　著者等は「間違いは愚かさの証拠である」×「一か月も経てば忘却の彼方」という２つのアメリカの文化の相乗効果を懸念しています。<br>
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<pubDate>Sun, 18 Jan 2015 18:52:43 +0900</pubDate>
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<title>補習 ①</title>
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<![CDATA[ 　3回に渡って「嘘」の有用性と必要性を記述して来ました。<br><br>　しかし、それでもまだ「嘘」に対してモヤモヤとした気持ちが拭えない、「単位を落としそうな期末時の学生の気分」な方に向け、真面目で詰まらない話を致しましょう。　　<br><br><br><br>　ここでの「嘘」の定義ですが、次の通りです。<br><br>「事実でないことを述べる・事実を隠蔽する」<br><br>　悪意、善意は関係ありません。また「嘘」の発覚により信頼が失われるという自明の話は詳しく致しません。<br><br><br><br>　まずは「嘘」の必要性と有用性についてですが、これは厳然たる事実でもあります(ⅰ)。<br>　私達の社会は「嘘」で成り立っている側面が強いのです。そして、「嘘つき」に優位性がある(ⅱ)のも事実です。<br><br>　私達は「嘘つき」であると同時に「正直者」でもあり、お世辞や挨拶を含め、「嘘」を用いることで円滑に意思疎通を図ることが可能となります(ⅲ)。<br>　〝社会性を持つこと〟とは、〝場面に応じて求められた「嘘」をつけること（＝役割を演じられること）〟を指しています(ⅳ)。<br><br>　また、自分に自信を持つために「嘘」が必要不可欠なものであることも事実です(ⅴ)。<br>　実際に、うつ傾向にある人は自分に自信がなく、自身の現実を把握し過ぎている傾向が見られ(ⅵ)、病的になると悲観的に捉え過ぎて酷く過小評価をしたり、健康とみなされる人とは違った形で捉え方が歪んだりします。<br>　　<br><br><br>　身近な例では、大概の〝大人〟であれば、子供に<br><br>　「おじさん」<br>　「おばさん」<br>　「結構老けてる」<br><br>　など、直球投げられてしまうと、衝動的に反論したくなることでしょう。<br><br>　加齢による身体の老化は着々と進行していくものですが（速度の違いや下り坂となる年齢は器官や体質、生活等による）、私達は無意識の部分からして「いつまでも自分は若々しい」気分でいる存在と言えるでしょう。<br><br>　まあ、それが普通なんです。<br><br>　「正直者である」<br>　「善人である」<br>　「出来る」<br>　「有能である」<br>　「優秀である」<br><br>　と思い込んでいなければ、様々なことが億劫となり、何もすることが出来なくなります。<br><br><br><br>　お気づきになられたでしょうが、つまりは塩梅の問題になるわけです。<br><br>　「優秀である」という思い込みが強過ぎれば増長や慢心、傲慢となり、「ダメである」という思い込みが強ければ、精神的に参ってしまうか、何事も手が付かなくなります。<br>　そして人間関係においても、「嘘」しか述べない人が信頼されることはない一方で、事実しか述べない人は煙たがられて排斥されることでしょう。<br><br><br>　「嘘」は生活用品の一つです。<br>　ただし、無ければ困るものの使い方を誤れば凶器となる。<br><br>　困ったものですね。<br><br>　しかしながらこの場合、刃物や自動車を連想するのが分かりやすいでしょう。<br><br>　交通事故が発生して危険だから、自動車は全面的に廃止ということにはなりませんし、刃物は人を殺傷出来るから全て禁止ということにもなりません。<br><br>　大都市に在住の方は自動車なんて無くても構わないと一瞬思うかもしれませんが、考えてもみて下さい。現在の物流が成り立たなくなります。加えて、それに関連した多くの企業や就業者も困りますね。<br><br><br><br>　様々な事柄に言えますが、安直で極端で性急なのはよろしくありません。大概は意図と用い方次第なのですから。　　<br><br><br><br>　それぞれの〝道具〟には適した用法や範囲があり、そこから外れて行くほどに、他を壊してしまったり、〝道具〟自体を壊すことに繋がります。繰り返しになりますが、問われているのは次の点でしょう。<br><br>　・あなたはどの〝道具〟を、どのように扱え、どの場面で、どのように用いますか。<br>　・そして、なぜそれを選んだのでしょうか。<br><br>　　<br><br>　さて、これで「嘘」が私達に必須のものであると同時に、諸刃の剣であること、私達は「嘘つき」でも「正直者」でもあることは納得頂けたかと思います。<br><br>　しかしながら、冒頭のモヤモヤが解決したわけではないでしょう。<br><br><br>　ここで予めはっきり述べておきますと、残念ながらそのモヤモヤが解決することはありません。どう付き合い、どう折り合いを成して行き続けるかが問われる事柄ですので、スッキリ、キッパリ、ハッキリと決着がつく事態は訪れないでしょう。<br><br><br><br>　唐突ですが、あなたが直したいと思う〝悪癖〟を思い浮かべて下さい。<br>　<br><br>　直したいからには、自分で嫌だと思っており、周囲からどうみなされているのかが気になる所でしょう。その時、自身で省みると共に、他人の目にはどう映っているのかを誰かに尋ねてみると仮定します。<br><br><br>　さて、尋ねられた人は事実を述べるでしょうか、「嘘」をつくでしょうか。<br>　　<br>　そして、直面したくない事実を言われた時、又は善意と優しさから「嘘」を言われて励まされてしまった時、あなたはどんな反応をするでしょうか。<br><br><br><br>　どちらにしろモヤモヤした気分を抱くことになるのが大方でしょう。　　<br>　なにせ〝あなたにとってはどちらも不都合である〟のだから。<br><br><br><br>　翻って、相談される立場になった場合はどうでしょうか。<br><br><br>　あなたは事実を述べますか。<br><br>　善意と優しさから「嘘」をつきますか。<br><br>　面倒故に「嘘」をつきますか。<br><br>　事実も「嘘」も用いますか。<br><br>　話を逸らしますか。<br><br><br><br>　このように「嘘」にまつわる問題は、すっきりと解決はしないものです。大切なのは、どういう場面・文脈・意図で、私達は「嘘」をどう用いて付き合って行くか。そして、相手と生じる大なり小なりの諍いに、適宜対処して行くことが必要となります。<br><br><br>　それが面倒になって放り投げた時から、あなたは「嘘」に依存することになるでしょう。なにせ「嘘」は手軽でバレにくく、費用対効果が非常に高い〝麻薬〟でもありますから。<br><br><br><br><br>――参考までに――<br><br>　「嘘」は人間特有のものではありません。擬態や役割を演じることなどは、昆虫、動植物等にも見られる特性です。　（『人間の境界はどこにあるのだろう？』著：フェリペ・フェルナンデス=アルメスト　より）<br><br><br>　(ⅰ)ポール・エクマン、ロバート・フェルドマンのどちらも、「嘘」には有用性と必要性があると同時に問題を孕んでいると指摘している。ポール・エクマンは『なぜ子供は嘘をつくのか』にて、子が親から自立する上では、親に対して秘密を持つことや「嘘」をつけるようになることは必要である趣旨を述べている。一方で、「嘘」をつき過ぎる子どもは社会不適応であるという研究報告についても著述している。<br><br>　(ⅱ)ある実験では「嘘」を見破れる確率は47%程だった（チャールズ・ボンド、ベラ・デパウロによる数万例の分析結果 ・『なぜ人は10分間に3回嘘をつくのか』著：ロバート・フェルドマン)　又、ポール・エクマンは感情が然程関係していない事柄は騙しやすく、「嘘」を見破るのは警察や検察等の所謂専門家と一般人でほとんど差は無いと示している。ほとんどの「嘘」は検証を出来ないが故に見破る練習が出来ず、見破る能力はほとんど向上しないのに対し、騙す能力は経験と共に向上していく（思春期頃には成人並みとなる）。更に、元FBI捜査官のジョー・ナバロも著作にて、自身の経験を挙げながら「嘘」を見破る難しさを指摘している。<br><br>　(ⅲ)ポール・エクマン、ロバート・フェルドマン、和田秀樹の三者共にお世辞等は「嘘」に分類しており、前者二人はそれらが一切無いことは不都合であるという趣旨を展開している。但し、和田秀樹は『日本人はなぜ嘘つきになったのか』においては「嘘」の悪い側面に焦点を当てているため、肯定的な表現はほとんど見られない。<br><br>　(ⅳ)「嘘」がつけるようになると、自閉症が改善してきたと判断される　（『なぜ人は10分間に3回嘘をつくのか』著：ロバート・フェルドマン）<br><br>　(ⅴ)『なぜ人は10分間に3回嘘をつくのか』著：ロバート・フェルドマン<br><br>　(ⅵ)『なぜ人は10分間に3回嘘をつくのか』著：ロバート・フェルドマン<br>
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<link>https://ameblo.jp/yamaneron/entry-11972801727.html</link>
<pubDate>Sat, 03 Jan 2015 22:57:36 +0900</pubDate>
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<title>「嘘」は麻酔薬</title>
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<![CDATA[ 　新年が明けましたね、おめでとうございます。<br>　今年も宜しくお願いします。<br><br><br>　昨年の前半にはソチオリンピックなんてものがありましたが、楽しかったですよね。スキー、スノボのスロープスタイルやハーフパイプは競技も解説も面白かったですし、見応え、聞き応えがありました。<br><br>　そういえばソチ五輪に関連していますが、某作曲家の問題もありましたね。<br>　食品の偽装も相変わらずありましたね。記録としては、室町時代くらいからあるんでしたっけ……？<br>　まあ、精進料理とて、一面から機械的に事実だけを切り取れば偽物ですもんね♪<br><br><br><br>　さて、前回私達は「嘘」を愛してやまず、心底求めており、しっかり依存しており、そして社会は「嘘」により円滑に回っていることがよく判りましたね。<br><br>　　～～「嘘」をやめられない、止まらない、やめたくない～～<br>　<br>　　<br>　そんなわけで、今日は「嘘」の効用です。<br>　ご登場頂くのは前回と同じく三冊。前回と同じなので、リンクは割愛しちゃいましょう。<br><br><br><br>　それでは早速参ります。<br><br>　<br>　<strong>①私の得になる！</strong><br><br>　　もう大半をぶっこんでしまいましょう。<br>　　<br>　　　金銭・地位・名誉・見栄・評判・自信・自尊心・能力(副次的)の向上<br>　　　大義名分の獲得・正当化・責任転嫁<br>　　　ズルや犯罪とその隠蔽<br><br><br>　着目して頂きたいのは、自信・自尊心・能力(副次的)の向上です。<br>　少し考えて頂ければ実感して貰えると思うのですが、私達自身がやる気を持ち、様々なことに邁進出来るのは、ひとえに「私は優秀である」「私は正直者の善人である」という思い込みや他人の「善意の嘘」のおかげでもあります。<br>　<br>　　――私達は思っているよりもずっと物事を知っているわけではなく、出来るわけでもなく、発想も豊かでもなく、寛容で寛大で視野が広いわけでもない――<br><br>　そんな事実を常に直視していたら、全く鼓舞されませんね。<br>　余談ながら、うつ傾向にある人は、「自身のことを正確に把握し過ぎている傾向が見られる」そうです。<br>　<br><br><br>　<strong>②あなたの得になる！</strong><br><br>　「若いですね」なんて言われたら、明らかに嘘だとしても嬉しいですよね！<br>　　　<br>　そう、「嘘」により気分良く過ごせるようになるんです。自分も含め大勢が、「嘘」によって私やあなたという神輿を担ぎ上げてくれるんです。<br><br>　　さあさあ、聡明で、見目も良くて、若々しく、思慮深さも持ち合わせており、有能で間違いなんてそうそう起こさない、素晴らしい善人のあなた！　頼りにしてますから、宜しく頼みますよ。<br><br>　　　<br>　調子良くそんな風に言われたら、なんだかすっと背筋が伸び、表情も明るくなり、やる気が満ちて来ますよね。あくまで気分でしかないんですけどね。<br>　　　<br>　　　～祭りは踊らにゃ損損～<br>　<br>　沢山担がれ、沢山担いじゃいましょう。<br>　良い人面も出来て一石二鳥三鳥四鳥です！　<br><br><br><br>　<strong>③事実と向き合わなくてよい</strong><br>　　　<br>　たとえ問題が生じようとも、「嘘」を纏っていれば見えません、聞こえません、知りません、私のせいではありません。<br><br>　重大な心配事も時間が解決してくれるさ、きっと綺麗さっぱり水に流してくれるさ、ということで有耶無耶に出来ちゃうんです。そして何食わぬ顔で元の「優秀な私」に立ち戻れるんです。<br><br>　まあ、なんと便利！　感激の余り涙が出て来るなんて、さすが問題の先送り♪<br><br><br><br>　<strong>④やめられない、止まらない</strong><br>　　　<br>　「嘘」が「嘘」を呼ぶではありませんが、群れたがりで寂しがり屋の「嘘」は、事実を露呈させないために、弥縫策として「嘘」が必要になるんです。<br>　その都度「嘘」で縫い合わせるなんて、まるで着用の度に服の筒袖を針と糸で縫っていた１３世紀頃の欧州ですね。<br>　<br>　また「嘘」の効果とそれにより得られたもの如何で、パブロフの犬になれちゃいます。<br>　いよっ！　素晴らしいぜ「嘘」！<br><br><br>　<strong>⑤他人を叩ける</strong><br><br>　「嘘」が相棒である私達は、自己正当化技能により<br><br>　　「(注)私だけは除く」<br><br>　という絶大な威力を誇るチート技が常時発動可能となります。<br><br>　「ほぼ万能な私」は、他人のアラは全て自由気ままに叩き放題！　<br>　「私にはアラなんて存在しない」から、愚鈍で低能な奴等は片っ端からぶっ叩く！<br>　　<br>　正に〝ずっと俺のターン！〟<br><br>　　　　<br><br><br><br>　いやー、やはり「嘘」って素晴らしい〝道具〟なんですね。<br><br>　　「安い」！　手軽！　とても「お得」！　<br><br>　と三拍子揃っているからには、手放せませんね。<br><br>　作り話とて、「実話」と銘打てば売り上げも段違いだし、すんなり受け入れて貰えるし、バレたって「演出」って言っておけば済む話ですもんね！？<br><br>　「嘘」を肌身離さず携え、一生愛用致しましょう！　嘘は相棒！<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/yamaneron/entry-11972751027.html</link>
<pubDate>Sat, 03 Jan 2015 21:07:04 +0900</pubDate>
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<title>切望される「嘘」</title>
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<![CDATA[ 　衆議院選挙が終わって一週間とちょっと。「景気回復、この道しかな」かったそうですが、選挙前に発表された四半期のGDP改定値は、二期連続でマイナス成長な上に、下方修正でしたね。<br><br>　ほとんどの〝御用予想屋〟の方々が上方修正と見込んでいらしたようですが、「エリート」様の皆さんは、地図をお持ちなんでしょうかね。<br><br>　持っていたとして、その地図は明治時代や昭和のものではありませんか？　まさか、ダ○リカやエ○リスの地図ではありませんよね。<br><br>　知らない地域へ地図も持たず、下調べも無しで行くと、まず迷いますよ。旅ならばそれもまた一興ですが、冬山に行くのならば愚行です。<br><br><br><br><br>　さて、前回に続きまして、今日は「嘘」の動機に焦点を当てましょう。<br><br>　何故、人は「嘘」をつくのか……<br><br><br>　　――そこに他人がいるからだ――<br><br><br>　山に登りたくなった所で、次の名言を思い出しました。<br><br>　「人間は社会的な生きものである」<br><br>　まあ、これが結論でしょう。<br>　そんなわけで、これにて今日は御終い。<br><br><br><br>　<br>　冗談はさておき……前回に引き続き、こちらに登場して頂きましょう。<br><br>　　　『なぜ人は10分間に3回嘘をつくのか』　著：ロバート・フェルドマン<br>　　　『子どもはなぜ嘘をつくのか』　著：ポール・エクマン<br>　　　『日本人はなぜ嘘つきになったのか』　著：和田 秀樹<br><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%81%AA%E3%81%9C%E4%BA%BA%E3%81%AF10%E5%88%86%E9%96%93%E3%81%AB3%E5%9B%9E%E5%98%98%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%81%8B-%E5%98%98%E3%81%A8%E3%81%A0%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%AE%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6-%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3/dp/4062160250%3FSubscriptionId%3D175BC0N2BCT0X4DAZG82%26tag%3Damebablog-a2265753-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4062160250" target="alt0='AmebaAffiliate' alt1='なぜ人は10分間に3回嘘をつくのか 嘘とだましの心理学/講談社' alt2='Amazon.co.jp' alt3='http://ecx.images-amazon.com/images/I/51LEUw-EWPL._SL160_.jpg' alt4='1'"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51LEUw-EWPL._SL160_.jpg" border="0"></a><a 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href="http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E5%98%98%E3%81%A4%E3%81%8D%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B-%E9%9D%92%E6%98%A5%E6%96%B0%E6%9B%B8%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%B9-%E5%92%8C%E7%94%B0-%E7%A7%80%E6%A8%B9/dp/4413041941%3FSubscriptionId%3D175BC0N2BCT0X4DAZG82%26tag%3Damebablog-a2265753-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4413041941" target="alt0='AmebaAffiliate' alt1='日本人はなぜ嘘つきになったのか (青春新書インテリジェンス)/青春出版社' alt2='Amazon.co.jp' alt3='http://ecx.images-amazon.com/images/I/41xySvdJQZL._SL160_.jpg' alt4='1'"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F41xySvdJQZL._SL160_.jpg" border="0"></a><br><br>　<br>　増えているのは気のせいです。<br>　<br>　上記3冊から抜粋し、まとめていきましょう。<br><br><br>　皆さんも愛してやまない「嘘」をぞんざいに扱うのは失礼なので、「嘘」の動機を語る前に、嘘の種類を分類してみましょう。<br><br><br>　<strong>①欺き</strong><br><br>　　　一般的に連想する「嘘」ですね。そう、他人や自分を騙すんです！　「悪意の嘘」なんて呼称もありますが、失敬な！<br><br>　　　エイプリル・フールにやるのは、とりわけ楽しいですよね。<br><br><br>　<strong>②嘘も方便</strong><br><br>　　　「善意の嘘」、「良い結果を得るための嘘」なんて表現されたりします。お世辞やおべっかや営業や広告とかもこれに含まれますね。<br><br>　　　どこからどう見ても「嘘」には変わりないんですけどね。<br><br><br>　<strong>③不慮の嘘</strong><br><br>　　　例としては、私がある道具を倉庫に仕舞った後に、Ｂさんが倉庫から持ち出して別の部屋に仕舞い、Ｃさんがその道具の在り処を私に尋ねて来て「倉庫にある」と私が答えた場合です。<br>　　　結果として私は「嘘」を述べたことになります。そして真相が判るまでは、Ｃさんに「嘘つき」と思われてしまうわけです。<br><br>　　　そんなとばっちり願い下げ！<br><br><br>　<strong>④誇張・過小表現</strong><br><br>　　　線引きが悩ましい所ですが、程度によってはやはり「嘘」となります。<br><br>　　　広告やサ○リメントや世の多くの商品が正に！<br><br><br><br><br>　<br>　一応分類もしたことだし、動機へと参りましょう。<br>　至極当たり前ですが、「嘘」をつく理由として、まずはこれでしょう。<br><br><br>　<strong>①自己防衛</strong><br><br>　　　「それでも私はやっていない！　私は無実だ！」<br><br>　　　説明不要の幼児から成人、企業、政治家、犯罪者まで年齢も立場も「貴賤」も問わず使われる初歩的な「嘘」であり、皆さんが愛してやまない、やめられない、止まらない「嘘」です。<br><br>　　　責任も取りたくないし、罰も受けたくなんかないですよねー。<br>　　　体面保持や見栄、自己正当化もこれに含まれるでしょう。<br><br><br>　<strong>②隠蔽</strong><br><br>　　　誰でも秘密は持ちたいですよね。<br>　　　しかし、実は「嘘」の罪悪感を少しでも減らすための手段なんです。なんと言っても、「正直者」の気分が侵害されない便利な手法！<br>　　　ほら、こんな言葉をよく聞きますよね。「嘘は言っていない」や「折りが悪くて言いそびれただけだ」や「記憶にございません」と。<br><br><br>　<strong>③擁護</strong><br><br>　　　親しい間柄の人との縁は大事にしたいですよね。そんな時に役立つ、弁護や庇うための「嘘」です。<br>　　　おやっさんのためなら～火の中水の中～犯罪擁護だってするさ～♪<br>　　　（※犯罪擁護はオススメしません）<br><br><br>　<strong>④潤滑剤</strong><br><br>　　　「お世辞」「善意の嘘」「挨拶」なんて表現されたりしますが、身の回りに溢れてこぼれて大洪水の「嘘」です。<br><br>　　　「お上手ですね」<br>　　　「似合っていますよ」<br>　　　「いいじゃん！」<br>　　　「すごーい！」<br>　　　「好きですよ」<br>　　　「ええ、知ってます」<br>　　　「そうですよね」<br>　　　「あなたは悪くないわ」<br><br>　　　あーあー、事実なんて見えなーい、聞こえなーい、聞きたくなーい。<br>　　　（何せ真実は非常に残酷ですから……）<br><br><br>　<strong>⑤利益誘導</strong><br><br>　　　ずばり「得をしたいから」です。<br>　　　汚職や不正や犯罪の臭いが漂ってきそうですね。蓋でもします？<br><br><br>　<strong>⑥周囲の多くが「嘘」をつくから</strong><br><br>　　　「赤信号、皆で渡れば怖くない」という名言が、この説明にぴったりでしょう。<br>　　　「だってみんなやっているんだもん」は開き直れる便利な言葉。<br><br><br>　<strong>⑦楽しさ・興奮・スリル</strong><br><br>　　　いたずら心というヤツです。<br>　　　エイプリル・フールって、楽しいですよね。<br><br><br><br>　一口に「嘘」をつくと言っても、上記のように豊富な動機があり、そして多様な組み合わせが考えられるわけですね。<br>　<br>　日常生活を振り返れば、世の中の多くが「嘘」で成り立っており、「嘘」で動いてもいるわけですから、「嘘」が無くなったら困っちゃいますね。<br>　<br>　これで皆さんの「嘘」への愛が、一層深まったことでしょう。<br>　そういうわけで、次回は「嘘」の〝効用〟にでも着目致しましょう。<br><br><br><br>　【追伸】<br>　　そういえば、こんな理由を忘れていました。<br><br>　　「社会生活とは、私達それぞれが求められ期待されている役柄を演ずるパフォーマンスである」<br>　　「重要なのは真実ではなく、不文律が大部分を占める社会生活の規範に我々が従うことである」<br>　　　(アーヴィング・ゴフマン）<br><br><br>　　「嘘つきの優位性――嘘をついて騙すのは手軽で容易く、嘘の検証や立証は非常に難儀である」<br>　　　（ロバート・フェルドマン　※筆者要約）<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/yamaneron/entry-11967976478.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Dec 2014 12:12:55 +0900</pubDate>
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<title>人は皆「嘘つき」！？</title>
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<![CDATA[ 　今年の漢字が発表されました。<br>　それもずばり『税』！<br><br>　そういえば消費税の建前って、所得の無い人々からも徴収するための〝公平な税〟やら何やらでしたよね。<br>　<br>　〝公平〟ねぇ……それならば、<strong>輸出還付金</strong>や<strong>外国人観光客に対する免税品の拡大措置</strong>は不必要ですよね。なんたって〝公平〟なんですから。<br><br>　「付加価値税＋消費地価税の原則」とは、そもそもの発端がGATTの規定回避のための策であり、<strong>国民が輸出企業を支援する</strong>ものでしたよね、フランスさん。<br><br><br><br><br>　さて、これから様々な「嘘！？」に着目し、興味の向いた分野について綴って行こうと思います。<br><br>　そんなわけで、まずはこの本に御登場して頂きましょう。<br>　　<a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=28768414" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">なぜ人は10分間に3回嘘をつくのか [ ロバート・フェルドマン ]<br><img src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/0254/9784062160254.jpg?_ex=128x128" border="0"></a><br><br><br><br>　いきなりですが、皆さんは「嘘つき」でしょうか。　<br>　ちなみに私は「嘘つき」です。<br>　<br>　えっ？　俺・私は「嘘つき」じゃない？<br><br><br>　素晴らしい。いやー、「嘘」がお上手ですねー。<br>　「嘘つき」が「嘘」について書くなど本末転倒という罵倒も聞こえてきそうですが、御安心下さい。世の中、ほぼ皆「嘘つき」です。<br><br>　簡単な証拠として、まずは一日を振り返って頂くことにしましょう。　<br><br>　起床してから寝るまでの間に、誰かに会いましたか？<br>　そして、どんな会話をしたでしょうか？<br><br>　世間話、仕事・学業の話、趣味の話、営業、お世辞、おべっか、ごますり、生返事……。<br><br><br>　全てを仔細に渡って思い出す必要はありません。簡単なことです。<br><br>　〝一日の間、<strong><font color="#339900">あなたの口から出た言葉は、事実だけでしたか？</font></strong>〟<br><br>　無論、そんなはずはありませんね。<br>　誤魔化したり、テキトーに相槌を打ったり、さらっと流したり、お愛想を言ったり……。<br>　認めたくないでしょうが、私達は日々沢山の「嘘」をついて（事実でないことを述べて）います。<br>　<br><br>　まだ認めたくないでしょうか。<br>　それでは突然ですが伺いましょう。<br><br>　あなたは一人暮らしでしょうか？<br>　<br>　一年間に誰とも会わないでしょうか？<br>　<br>　生き辛さを感じているでしょうか？（金銭的な話ではありません）<br>　<br>　自閉症スペクトラムをお持ちでしょうか？<br>　<br>　問題がありつつも、誰かとの関わり合いを持って生活を送っているでしょうか？<br><br><br><br>　さて、最後の質問に頷いたのでしたら、あなたは至って普通の人。<br><br>　すなわち立派な「嘘つき」！<br><br>　罵倒しているわけではありません。「私達は嘘つきではない」というぼやんっとした思い込みとは裏腹に<br><br>　<strong><font color="#339900">〝「嘘」をつけないということは異常である〟</font></strong><br><br>　というのが世の真実なのです。<br>　<br>　更に言えば、社会性が高く如才無い人は、往々にして「嘘」が巧いのです。<br>　あなたの憧れるあの人は、きっと詐欺師並みの「嘘つき」でしょう。<br>　<br>　そういうわけで皆さん、「リア充？」になりたければバシバシ「嘘」をつきましょう！？<br>　　<br>　<br>　次回は、人が「嘘」をつく理由に焦点を当てます。
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<link>https://ameblo.jp/yamaneron/entry-11964078360.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Dec 2014 13:57:21 +0900</pubDate>
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