<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>ブッチーのゆる〜い社会人キックボクサー日記</title>
<link>https://ameblo.jp/yamasyun2006/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/yamasyun2006/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>社会人アマチュアキックボクサーです。2024.6現在戦績、2戦1勝1分1TKO身長163色んな事があるけど、家族、自分の為に格闘技頑張って行きたいです。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>母が膠芽腫になりましてその6</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　兄、役一年ぶりの父のと再会。やはりショックだったんだろう。話しかけると。少し目が開いた気がした。</p><p>　夜3人で夕食後、昔話してると病院から電話が。「血圧が落ちている。病院へ来てください」</p><p>　3人で急いで病院へ。着いた頃には少し回復していたが、またいつこうなるかわからないとの事で俺が病室に残って連絡するとなり、2人は一時帰宅。</p><p>　簡易ベットで寝ながら父の血圧が下がる度に鳴る音で飛び起きたりを繰り返しなかなか眠れなかった。</p><p>　翌日、主治医から「これ以上点滴で凌ぐと肺に水が溜まり溺れた状態になりうるがどうするか」と言われ。苦しむくらいならと点滴を断念。</p><p>　もうあと数日しか父と一緒になれない。そう思って今のうちにやらないといけない事を片付けに一度家に帰り、残った仕事を一気に片付けた。</p><p>　数日ぶりに子ども達や奥さんに会おうと妻の実家へ向かっている最中母から電話が。「血圧が下がってる。もう持たないから早く来た方が良い」と言われ、急いで病院は向かった。病室に着くと兄は涙を堪えて父の周りにあった医療機器が撤去されていた。</p><p>　父に泣きながら「大人になっても心配かけてごめん。今家庭を持ってしっかり歩けるのは父のおかげだよ。ありがとう。」と伝えてそこから1週間お通夜→告別式→7日まで残った家族で協力しながら終えた。</p><p>　前年に母から父の認知症の相談があって父が他界するまでの一年ちょっとの短い間だったけど、平日の夜中だろうが実家に戻り色々病院へ付き添ったりした事。全然苦じゃなかった。むしろ散々迷惑かけてきたお返しに親孝行してる気がしてむしろやる気に満ち溢れてた。父ちゃん本当ありがとう。</p><p><br></p><p>　兄を空港まで見送りに母と2人で行き、搭乗口でこれから3人で支え会おうと絆が深まった。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yamasyun2006/entry-12856459817.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Jun 2024 12:48:28 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母が膠芽腫になりましてその5</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　父が入院し、残された家族3名は誰が言わなくても支え合って行こうと連帯感が日に日に強くなった。</p><p>　当時はコロナ真っ盛りで直接会う面会は禁止でテレビ電話による面会だった。通信が悪くあまりいい画像ではなかったけど元気そうにしてる姿を見ると安心したが、主治医に本人はなぜ入院しているか認識していますか？と聞くと、多分していないだろうと。夜中稀に助けてくれー！と叫ぶ事はあるが、それは誘拐されたと思い込んでる様子。ここは病院で入院してるというと、そんなに悪い状態なんですか？というやりとりが数日に一回あるそう。</p><p>　認識してない方が本人にとって幸せなのかなと毎日葛藤していた。父の様子は兄にも逐一伝え、本人は何もできない事に歯痒さを感じでいた。</p><p>　母と2人でそれはしょうがないからここは任せて自分の家庭の事頑張ってと伝えていたが、逆作の立場なら辛かったなと思う。</p><p>　それから数ヶ月すぎ2021年3月、父が風邪を引いたと連絡があった。コロナではなかったが体力が厳しいので県立病院に転院する事になった。</p><p>　それから持ち直したりぶり返したりが続いた。5月に入り、俺に第二子が生まれ、兄にも3人目が妊娠したと連絡があった。父に伝えたい事が増えて早く会いたいと思ってたその翌週、病院から「これからの数日が山です。」との連絡が入った。</p><p>　すぐに病院へ行き、半年ぶりの再会だった。痩せ細り、目も半開きな姿を見て涙が止まらなかった。</p><p>　体を揺すりながら「父ちゃん。俺だよ。男の子が生まれたよ。兄も3人目できたんだって！男の子みたい！」と伝えると目が少し動いた。今でも伝わったと思ってる。体の状態からどうしても「頑張って」って言えなかった。ただただ「みんな元気だよ。心配しないで。良くなったら孫に会いに来て。ここまで俺らが元気なのは父ちゃんのおかげだよ。ありがとう」と必死に伝えた。</p><p>　翌日兄が飛行機で帰ってきて病院久しぶりに家族全員が揃った。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yamasyun2006/entry-12856308278.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Jun 2024 09:15:03 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母が膠芽腫になりましてその4</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　包括支援センターが父の存在を知ってくれたと安心し通院しながら過ごしていたが、実家で一緒に過ごす時間はもう少ないだろうと思い、兄にも伝え、頻繁に子どもを連れて行くようになった。子どもと接すると穏やかに過ごせるみたいだった。</p><p>　しばらく経ってまだ睡眠のサイクルが悪いand幻覚が頻繁に見えるとのことで医者相談すると数ヶ月の入院を進められた。(幻覚による母への色んな疑いや手を出したりするようになったそう)</p><p>　入院っていっても合う薬を調整するための入院のイメージだった。父を説得し、2021.9月入院した。父は少し投げやりな感じで「最後の旅行だな」と言いながら準備してた。俺は退院したら兄の住む福岡まで一緒に旅行しょうと心に決め病院へ行き入院病棟へ行く父の背中を見送った。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yamasyun2006/entry-12856305412.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Jun 2024 08:48:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母が膠芽腫になりましてその3</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　母と一緒に父を病院へ連れて行き、検査をしたところ「レビー小体型認知症」と診断された。</p><p>　母1人だと共倒れになりかねないと俺も週に2〜3日実家から職場に通うようになった。</p><p>　ずっとあの父がなんで…現実を受け入れられずどうしていいかわからないまま過ごしていた。</p><p>　コロナワクチン接種2回目を受けた日の夜、両親共に穏やかになれるかも…と子どもと一緒にテレビ電話した。母が電話を取ると見慣れない屋根が写ったのでどこにいるか聞いたら「警察署にいる」と言われた。「なんで？！何かあったの？！」と聞くと父が「知らない人が家を乗っ取ろうと中に入ってきたから警察署に行こう」と騒ぎ始めた為来たそうだ。レビー小体型認知症特有の幻覚だった。</p><p>　警察の人が電話に変わってくれ、とても落ち着いた口調で事情を説明してくれ、「母一人では大変ですよ。遠くあまり帰れない状況なら包括支援センターも活用した方がいいですよ」と言ってくれた。</p><p>　この一言にどれだけ救われたことか。目の前が真っ暗な状況から本当にキラキラしたように感じた。　恥ずかしながら行政職ないながら包括支援センターの事が頭に無かった。それほど追い詰められてたとも言えるかもしれないが…</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yamasyun2006/entry-12855834523.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Jun 2024 12:39:22 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母が膠芽腫になりましてその2</title>
<description>
<![CDATA[ <p>1年前に判明したきっかけの話をする前に俺の実家の家族構成なんだけど父、母、兄、俺の4人家族。</p><p>　現在兄は飛行機乗らないと実家に帰れない場所で家庭を築き、俺は車でおよそ1時間半くらいの場所で家庭を持ってる。</p><p>　</p><p>　んで…さらに遡り2021年4月。</p><p>　母から急なLINEが来た。「父が認知症と診断された。けど治療に行きたがらない。一緒に病院に行ってほしい」と連絡があった。</p><p>　俺にとって父は「なんでもできて頼れる父」で、成長ぶりを見せても手のひらに乗せられてた(それが尊敬できて嬉しかったけど)感じが心地いい父親だった。</p><p>　そんな父が認知症になったと言われてめちゃくちゃ戸惑った。けど会ってもそんな様子がなく、実感が持てなかった。</p><p>　ある日仕事中に父から電話があり、母がいないと電話があった。母は通院でこの日はいないとたまたま実家に帰ってた俺もいる場で話してたのに深刻なトーンで聞いてきた。</p><p>　違和感がでたのはこの頃だったかも。</p><p>　</p><p>　</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yamasyun2006/entry-12855767952.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Jun 2024 21:44:24 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母が膠芽腫になりまして</title>
<description>
<![CDATA[ <p>2023年9月3日母が膠芽腫と診断された。</p><p><br>　気遣い屋さんのくせにマイペースで心配性な母。<br>　いつまでも元気だと思っていた母が膠芽腫と診断された。<br>　聞かされた時はその病気がなんだかわからなく早期発見🟰良かったと安心してた。<br>　主治医から今後の治療法(放射線治療)の説明を受け帰宅。<br>　帰宅してググって震えた。<br>　目につく文字は「余命」「終末期」。祖父母は大往生だったから母には無縁の言葉だと思ってた。まだ元気な母を見て絶対にそんな病気じゃないと思い込もうとしてた。</p><p><br></p><p><br></p><p><br>　たまたま別の症状がきっかけで病院に行き偶然この病気が判明した。気がつけばそれからおよそ1年経つことに気がついたので記録としてブログ残そうと思う。<br>　<br>　</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yamasyun2006/entry-12855708697.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Jun 2024 12:46:09 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>俺にとってのジム　多分最後</title>
<description>
<![CDATA[ <p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">ジムに通い始めて、デビュー戦を終え、少しずつ自信がつき再出発のためにやれる事はやろうと色々な場に行けるくらいまで回復した(ここまで多分6〜7年くらいかな？)。その後、たくさんの人と出会い、別れを経験し、３５歳の時に仕事で出会った人に惹かれ、とんとん拍子で再婚し、その後子どもが２人できた。職場からはとても喜ばれたが、急な展開で奥さんの職場からは「相手は❌1でよくわからない人だけど、大丈夫な人なの？！と警戒されたみたい。（奥さんはいい子って凄い評判だった。4～5年たった今は大丈夫だと思うけど。）奥さんはほんとにいい人でとても幸せな家庭だと思ってる。この家族の幸せの為なら死んでもいいし、俺が不要と思うなら俺以外の家族の幸せを願って離婚して俺自信は野垂れ死んでもいいと本気で思ってる。</span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">再婚し、子どもができた時に俺の命は余生となり、奥さんや、子どもたち家族の物で消耗品だと思ってる。</span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;"><br></span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">さっき野垂れ死んでもいいと言ったけど、もちろん俺がいて幸せだとみんなが思えるなら一緒に暮らしたいし、俺もそうなるように努力してる。「俺」が自信をもって家族と向き合うためには「大黒柱としての自信」が必要で、その為にはジムに通うことが必須なんだ。</span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">奥さんにも俺にとってジムは大切な場所だと理解してもらってる（奥さんも同じようなものがあるから理解しやすかったのかもしれない）もちろん家事や仕事に支障がないように頑張る（むしろジム通うとジム行くために頑張ろう！って思える）。また試合にも出たいし奥さんも応援してくれるしね。</span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">うつ病だったどん底から少しずつ回復していき、家から出れるようになり、自分磨きを頑張って、今の幸せをつかめたのは今いるジムのおかげだと本当に思っていて感謝している。</span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">今でもつらい時、ジムから当時住んでたアパート付近通ると「あの時色々な人に支えられ諦めないで頑張ってきてよかった」と思って頑張れる。</span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">長くなったけど、俺にとって今いるジムは命を救ってくれて、何もやる気になれなかった俺に生きかたを教えてくれて、つらい時でも楽しく過ごせるとても大切な場所。</span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">今、生きるのがつらいと思っている人がこれを読んで少しでも立ち止まってくれるといいな。</span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">&nbsp;</span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;"><br></span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">ていうお話でした。</span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;">ﾁｬﾝﾁｬﾝ👏</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yamasyun2006/entry-12837254388.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Jan 2024 23:52:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>俺にとってのジム　　その3</title>
<description>
<![CDATA[ <div><br></div><div><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">ある年が明けた日の練習後、ジムの掃除をしてた時に残っている会員さん数名に勇気出して「この後飲みに行きませんか？」と声をかけたらいいですね！行きましょう！と、今までなかった練習後に飲みに行くという事になった。</span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">　そこでみんな今年の目標を話し合って、俺は「今年デビューしたい」と34歳になる年に初めて宣言した。もちろんせっかく練習しているから出たいっていうのもあったけど嫌な飲み会を断るいい理由だったし、試合出るまでは「キックボクシングやってる」って周りの人に言わないって決めてたから言うきっかけになったし、</span>それまで嫌な飲み会にて、先輩に体が小さい俺のことを喧嘩などできない奴と馬鹿にしたような扱いをされてたことに対する反発みたいなものはあった。（もちろん手を出すことはないけど暗に「俺は体小さいけどフィジカル＆打撃のテクニック凄いぞ？」って思わせたかったっていういやしい感情もあった。）</p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">　それから３か月間飲み会はほとんど断り、毎日本当に吐くまで練習した。応援もその嫌な先輩含めた数十名ほど来ることになり、その大会で一番お客さん呼んだアマチュア選手というありがたいこともあった。試合は1R3回ダウン取った事によるTKO勝利というめちゃくちゃできすぎた結果になった。それ以降俺はガチでやってる人と思われ、飲み会を断りやすくなり、小ばかにされることもなくなった。</span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">ジムでは勝利したことでお祝いしてもらい、それ以降大会終了後慰労会が定番になり、練習中だけではなく、プライベートでも飲み会や遊びに行くことが増えた。練習ではお互い切磋琢磨ができ、それから5～6年たった今でも月1で飲むメンバーができ、とても楽しい場所になった。</span></p><p class="s3" style="line-height: 21.6px; text-indent: 10px; text-align: justify; font-size: 18px;">その4へ続く…_φ(･_･</p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">&nbsp;</span></p></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yamasyun2006/entry-12837100718.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Jan 2024 20:01:27 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>俺にとってのジム   その2</title>
<description>
<![CDATA[ <p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">ちょっと話戻るけど、学生時代ずっと野球をしてて、体が小さいなりに頑張りそこそこ成績を残したんだ。社会に出て草野球や職域４チームに所属してたんだけど、前回話した通り忙しくて野球ができなくなり、野球が上達するのをあきらめたのが25歳の時。離婚を経て少しずつ時間ができ、うつ病を克服するためにも運動だ！と思い野球ために個人練習としてやってた筋トレやマラソン等復活したんだけど、野球チームに所属してない俺が何のためやっているんだろうと思い、なかなかやる気にならず、運動するモチベーションを探していたんだ。</span></p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">　自信を取り戻すために体力があればなにかしら自信がつくだろうと、すがるように体力がつく個人競技を探してると、小さい頃憧れたジャッキーチェンや、辰吉丈一郎、大人になって憧れた魔裟斗、五味隆典を思い出し、自信も体力も付きそうな格闘技をやろうと決意し、現在も所属しているジムに入会したのが29歳の時。けどそれから3～4年はまだ地域の役職が抜けれなくてあまり時間がなく、半年休会し、もう半年も練習行ったり、行きたくない飲み会に行ったりしてあまり練習できない時期が続いた。部署も変わり、運動するようになって少しずつ自信を取り戻し、うつ病もだいぶ改善はしてきた時期だったけど、年も重ね30代になり10～20代の若い子とても強い選手が出てきてキックボクシングもあきらめようかと悩んでた。相変わらず行きたくない飲み会の誘いは多いし…</span></p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;"><br></span></p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;">その3へ続く…_φ(･_･</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yamasyun2006/entry-12836951271.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Jan 2024 16:57:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>俺にとってのジム　その1</title>
<description>
<![CDATA[ <div><br></div><div><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">　今日はいつもと違う話。</span></p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">　俺の評価って結構皆同じで「スポーツマン。愛嬌がある。誰とでも仲良くなれる。ムードメーカー」</span></p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">とてもありがたい評価だと感じてる。</span></p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">　もちろんその俺像は俺自身が好きな自分で少し疲れるけど楽しいから好きでやってる自分でもある。</span></p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">　表向きはいつも元気でスポーツマンで楽観的な人を演じて、めんどくさくない人だと思われたいと思っている。</span></p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">　けど実は一人が好きで、めちゃくちゃ人の顔色うかがってちょっとした態度や言動で傷つきやすかったりする。</span></p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">ここから本題なんだけど、</span><span style="line-height: 21.6px;">15年ほど前、仕事、地域のボランティア活動も年中やり自分の時間がなかった時期があったんだ（今でも当時の社会情勢、事件や音楽、TV、映画など全くわからない）その時期に結婚し、生活</span><span style="line-height: 21.6px;">環境</span><span style="line-height: 21.6px;">が大きく変わり、</span><span style="line-height: 21.6px;">変化</span><span style="line-height: 21.6px;">についていけないまま3年経ち、俺自身追い詰められ奥さんと口げんかが絶えなくなり離婚したんだ。</span></p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">　それまで家族の為、地域の為に自分の時間を無くして頑張ってきたのに自分の家族すら守れないのか…何のために今まで頑張ってきたんだろうと自信喪失し、うつ病になったんだ。</span></p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">　ちょうどその時期職場の人間関係も悪くなり派閥みたいなのができ、当時若手だった俺ら世代はどっちにつくか暗に求められている状況だった。特に嫌いな派閥では飲みにつれていかれひたすら相手派閥の罵詈雑言ばかり…話を聞くだけでアルコールも入ってない飲み会で吐いたのは後にも先にもこの飲み会だけだった。</span></p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;">　幸いにもしばらくして３年間別の部署に異動になり直接このゴタゴタから離れることができたんだけど、飲み会に週</span><span style="line-height: 21.6px;">2～3回は誘われた。断るたびに理由を聞かれたりするのもうんざりしてた。</span></p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;"><span style="line-height: 21.6px;"><br></span></p><p class="s2" style="line-height: 21.6px; text-align: justify; font-size: 18px;">その2へ続く…_φ(･_･</p></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yamasyun2006/entry-12836874306.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Jan 2024 23:49:02 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
