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<title>黄泉嬢の語り場</title>
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<title>2022年1月22日　2回目のカフェイン自殺③</title>
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<![CDATA[ <p>　「君！大丈夫か！」目を開くとさっき話しかけてくれた旦那さんが地面に倒れる私の肩をつかんで叫んでいた。’’大丈夫です’’と言おうと思ったけれど、口が動かせなかった。「今救急車呼んだから耐えるんだよ！」’’ああほっといてくれ。死なせてよ’’と心の中で呟いた。段々身体が強張ってきて、動けなくなった。「目を閉じたらだめだ！」旦那さんの声を聴きながら私の意識は闇に沈んでいった。</p><p>　「起きた！聞こえる！？」次に目を開くとたくさんの大人に囲まれていた。首だけ動かして周りを見渡すと、医者、看護師、警察官がいることが分かった。下半身にはおなじみの尿道カテーテルが挿入されていた。「お名前言える？身分がわかるものが何もないんだ」警察官に言われた。’’だって置いてきたもの’’と声にならない声で呟く。声に命令されて、すべて置いてきていたことは前の記事にも書いた。「えっと、あ、あ、夜風、、夜風、、よ、黄泉、、、あ、」掠れて震える声で自分の名前と親の名前、電話番号を伝えた。どうやら両親が捜索願を出していたらしい。すぐに親たちと連絡が取れたようだった。</p><p>　「お部屋行こうね」看護師さんがストレッチャーを動かし始めた。救急病棟に入れられるのかと思ったが、着いた先はCCUだった。「身体に相当な負担かかっていたのよ。だから今日はこのお部屋ね」CCUは広い個室だった。サチュレーションを測る機械と、心電図、カテーテルに点滴とフルコースだった。時計を見ると14時だった。「あの、、、スマホ、、」力を振り絞って、上半身だけ起こし、去り際の看護師さんに声をかけた。文字が読めることを確認したかったのだ。「ほんとは休んでほしいから、ダメなんだけどね」と、言いながらスマホを手渡してくれた。まだ吐き気が強かったので、薄目で画面を見て、直ぐに閉じた。識字に問題はなさそうだった。</p><p>　部屋ですることはない。ひたすらに横になり、吐くだけ。することはないというよりできることがないというほうが適切かもしれない。時折スマホを見て、吐く。寝返りを打って、吐く。身体の位置をずらして、吐く。どの動作をしても吐いてしまうのだった。’’私ってしぶといなあ’’と嘲笑してしまった。人間そう簡単に死なないのだろうなと感心してしまうほどに。</p><p>　気づいたら夜が来ていた。吐き気は動かなければ耐えられるようになっていた。’’少しでもいいから眠れますように’’規則正しい心電図の音を聞きながら、私は目を閉じた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yami-3922/entry-12780177900.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Dec 2022 10:18:28 +0900</pubDate>
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<title>2022年1月22日　2回目のカフェイン自殺②</title>
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<![CDATA[ <p>　1月22日の真夜中2時頃。私はカフェインを小さなジップロックに詰めていた。親たちは寝静まり、外も静寂が広がっていた。「今日こそは」と心の中で呟いた。玄関は父の部屋のすぐ隣なので、リビングの窓から抜け出すことにした。静かに、静かに窓を開け、靴を履く。野良猫が足元にすり寄ってきたのでそっと頭を撫でてやった。門のカギも静かに外し、家から抜け出すことに成功した。行先は決まっていた。前回は港の見える丘公園だったけれど、今度は最後に海が見たいと思った。海辺の街なので、近くの海に行くこともできたけれど、高校生のときよく友人たちと遊んだ海に行こうと思い立った。調べてみたら大体歩いて2時間半くらい。電車もバスも走っていないので、もちろん歩きだ。パンプスをカツカツ言わせながら海を目指して歩き出した。道はほとんど一本道なので迷うことはなかった。黙々と、ひたすらに歩き続けた。</p><p>　不思議と疲れは感じなかった。死にたくないと恐れていたのに、この時はもう怖くなかった。こんなオンボロな身体とお別れできる。死ってなんて魅力的！そう思った。私が産まれた病院に差し掛かるまでは。10歳の誕生日の日に母が連れて行ってくれた病院。偶然に私を取り上げてくれた助産師さんとお話をした病院。ここまで育ててもらったのに、親不孝でごめんなさい。普通の娘じゃなくてごめんなさい。そう思った。</p><p>　歩き続けて目的の駅に着いた。ここから電車に乗れば、目的地に着く。ちょうど始発が出るころだった。パスモも身分証も、お財布も全部家に置いて来ていた。そうしろと声に言われたから。ポケットに1000円札1枚と、イヤホン、カフェインだけを持っていた。近くのコンビニでパンを買って、電車に乗った。パンを食べながら車窓を眺めていると、朝日が昇るのが見えた。なんて綺麗なのだろうと涙が出た。気づいたら眠ってしまっていたようで、うっかり終点まで行ってしまった。すぐに折り返して、目的の駅に着いた。</p><p>　6時半に海に着いた。海はやっぱり綺麗で、最後はここで良かったなと思った。海辺にベンチがあったので疲れた足を休ませるために座って、しばらく海を眺めた。「ああいい天気だね」「そうね」50代くらいの夫婦が笑いあいながら散歩をしていた。「いい天気だと思わないかい。海がきれいだね」と、旦那さんが私に話しかけてきた「ええそうですね」と私も笑って答えた。少しずつ人が増えてきてしまう。早くしなきゃと腹を括った。私はまたカフェインをODした。140錠だった。今度こそ死ねますようにと、呟きながら飲み続けたのだった。</p><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/yami-3922/entry-12779747597.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Dec 2022 14:20:17 +0900</pubDate>
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<title>2022年1月22日　2回目のカフェイン自殺①</title>
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<![CDATA[ <p>　初めてのカフェイン自殺から約1か月間、私はそれなりに普通に大学に通っていた。ただ、そのころの記憶はかなりぼんやりとしている。</p><p>　事の始まりは、1日20日。大好きなSEKAINOOWARIのライブ中。突然’’私は今日死ななくてはならない’’という考えが浮かんできた。「死ねよ」「生きてる意味あるの」という声も聴こえた。主治医が言うにはこれらは全部統合失調症の症状であるといわれた。ライブが終わった記憶もなく、私は渋谷の薬局を巡ってエスタロンモカ7箱と酒を手に入れた。死ななきゃ、死ななきゃと、ふらふらと歩いてたどり着いたのは代々木公園だった。そこで薬を飲もうとしたが、怖くてできなかった。恐怖心をかき消すために酒を一気に飲んだ。それでも怖かった。死にたくなかった。誰か助けて、と思いゼミの先生にメッセージを送った。「ODしたら苦しいだけだよ」「今どこにいるの、写真を撮って」と返信が来て、見えている景色を送ったらわかってもらえたらしい。母に了承を取った上で、警察を呼んでくれた。酔いが回っていてこのあたりから記憶は曖昧だけれど、警察の人に保護されて、代々木警察署で両親を待ったらしい。両親が迎えに来てくれ、タクシーで地元まで帰ったのだという。この出来事の翌日に、ゼミの先生は母に対して「病院に相談して保護してもらったほうがいいかもしれない」と医療保護入院の説明ページを送っていたらしい。母はそれをしなかった。</p><p>　私はカフェインを隠し持ったまま家で過ごした。けれども死ぬように促す声は聴こえ続けて、「死ななきゃ」はずっと頭に張り付いていた。どうしても死ななきゃならないと思い続けていた。21日は友人と電話をしたり、のんびりと過ごしていた。それでも死ななきゃと思っていた。そして私はまた行動を起こす。それは22日の明け方。いや、真夜中というべきかもしれない。私は家を抜け出して、またカフェインを飲んでしまった。もう、聴こえてくる声に逆らうことなんて到底出来なかった。私はあまりに無力だった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yami-3922/entry-12779744762.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Dec 2022 13:57:29 +0900</pubDate>
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<title>2021年12月24日　初めてのカフェイン自殺⑥</title>
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<![CDATA[ <p>　ついに４日目が来た。夜はぐっすり眠れたし、朝はすっきりと起きられた。もう完全に身体は戻っていた。朝食はロールパン、コンソメスープ、オムレツにバナナ。完食できた。朝食が終わってからはベッドに寝転んでスマホをいじって過ごした。退院は午後予定だったため、暇を持て余した。時たまベッドから起き上がって窓の外を眺めたりもした。</p><p>　「だいぶ元気になったね、本当に良かった。入ってきた当初は見ている側まで気持ちが悪くなってしまいそうなくらいだったから。元気になってよかったよ」と、入院中の担当看護師さんが部屋に来て言ってくれた。「ご迷惑をおかけしました」というと、「とんでもない。先生（精神科。今の主治医のこと）とは気が合いそう？もし合わないと思ったら先生に言ってもいいし、お母さんに伝えてもいい。そこでまた自分のことを追い込んでしまって、また同じこと（自殺未遂等）をしてしまった人を何人も見てきたから。追い込んだり、溜め込んだり、無理しなくていいんだよ」と、言ってもらえた。暖かいなあと思った。</p><p>　あっという間に昼食が来て、最後の食事をいただいた。炊き込みご飯に鱈の粕漬け、南瓜の煮物に胡瓜の塩もみ。和食だった。これもまた完食した。昼食が終わった１２時半頃、看護師さんが来て母が迎えに来たことを教えてくれた。持ってきてもらった服に着替え、最後にベッド周りを写真に撮った。もう戻ってきたくないな、この時は心から思った。もう死のうとなんてしたくない、と。けれども私はまた、繰り返してしまう。自分の病気と向き合えていなかったから。この話はまた今度。</p><p>　</p><p>　初めてのカフェイン自殺編はこれでおしまいです。また思い出したことがあったり、文章読み返して可笑しいところがあったら追記したり、削除するかもしれません。次は２回目のカフェイン自殺について書いていきます。また読んでいただけたら嬉しいです。ではまた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yami-3922/entry-12779741181.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Dec 2022 13:29:40 +0900</pubDate>
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<title>2021年12月24日　初めてのカフェイン自殺⑤</title>
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<![CDATA[ <p>　３度目の朝が来た。夜中に一度良くなった吐き気が悪化して、一度抜いた点滴をまた刺してもらい、吐き気止めを入れてもらった。目覚めはあまり良くなかった。朝ごはんはご飯、味噌汁、高野豆腐の煮物、キャベツのおかか和え、海苔佃煮、ヨーグルト。もともと朝食を食べるほうではない上に、少し吐き気が残っていたので、ヨーグルトと味噌汁だけ口にした。</p><p>&nbsp;</p><p>　この日は退院に向けていろんな人が来室した。薬剤師さんがカフェインの危険性について説明してくれたり、救命の先生が身体の状態の確認に来てくれた。救命の先生から「身体はもう問題ない。ただ理由が理由なので精神科医の診察を受けた上で退院を決めます」と言われた。</p><p>&nbsp;</p><p>　あっという間に昼食になった。ビビンバ丼、ブロッコリーの和え物、マンゴー。吐き気が戻るのが怖くてマンゴーだけ口にした。</p><p>&nbsp;</p><p>　夕方ごろに精神科医が来た。この医師が現在の主治医。カフェインをＯＤしたときのことを他人事のように話す姿からは解離性障害を、幻聴に左右されて自殺を試みた点からは統合失調症を疑ったと、後から聞いた。「もともと通っていたクリニックに通院するように」と、言われたが、ここで診てほしいと懇願した。主治医はそれを受け入れてくれ、「今回は入院しなくてもよいが、週に１度通院するように」と、言った。精神科の診察を受けた結果、退院日が明日に決まった。身体はだいぶ楽になっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>　短いですが次に行きます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yami-3922/entry-12774476346.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Nov 2022 15:10:03 +0900</pubDate>
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<title>2021年12月24日　初めてのカフェイン自殺④</title>
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<![CDATA[ <p>　「朝ごはんですよ」</p><p>　気づいたら眠れていたようで、看護助手さんの声で目が覚めた。朝食はサラダと肉団子のスープ、食パン、牛乳だった。だいぶ吐き気も治まったため、肉団子のスープと牛乳を口にできた。</p><p>&nbsp;</p><p>　起き上がることができるようになり、ベットの周りを観察する余裕もできた。左手の甲に点滴があることと、尿道カテーテルが挿入されていること、心電図が装着されていることが分かった。スマホも使える状態になったため、起こったことをメモに書き留めた。それをもとに今ブログを書いている。</p><p>&nbsp;</p><p>　日勤の看護師さんが来て、10時半からシャワーに入ろうと言ってくれた。入る前に尿道カテーテルを抜くのだという。あっという間に10時半になって、カテーテルから解放された。抜くときはやはり違和感が強かったけれど、解放されて嬉しかった。</p><p>&nbsp;</p><p>　入院セットのリンスインシャンプーで髪を洗うのに気付いた看護師さんが、退院していった患者さんが寄付してくれたというトリートメントを持ってきてくれた。</p><p>　「せっかくきれいで長い髪をしているから」と。</p><p>　久々のシャワーはとても気持ちがよかった。髪も乾かし終わり、部屋に戻った。</p><p>&nbsp;</p><p>　昼食の時間になった。メニューはカジキのトマトソース煮、ごはん、肉じゃが、胡瓜の酢の物、リンゴだった。だいぶ落ち着いてきたため、カジキ半分とごはん半分、リンゴを食べることができた。</p><p>&nbsp;</p><p>　午後には母との面会があった。みかんゼリーとほうじ茶を買ってきてもらった。食欲もそれなりに戻ってきた。</p><p>&nbsp;</p><p>　15時20分に尿道カテーテルが抜かれて初めての排泄があった。尿は小豆色をしていた。看護師さんに相談すると、月経は終わっていることから、カフェイン中毒の後遺症だといわれた。</p><p>&nbsp;</p><p>あっという間に夕食。中華スープとかに玉、卯の花にインゲンとエノキのお浸し。ほとんど食べられた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;　体調がよくなってきたため、だんだん暇だと思うようになった。スマホのゲームをして時間をつぶした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;　22時05分に2回目の排泄があった。色味は少しマシになっていたが、排卵痛のような痛みがずっとあった。</p><p>&nbsp;</p><p>　22時過ぎに消灯された。入浴をしたり、身体を起こしている時間が長かったため、すぐに眠ることができた。ぐっすり眠れたのは久しぶりだった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yami-3922/entry-12769309075.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Oct 2022 09:39:09 +0900</pubDate>
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<title>2021年12月24日　初めてのカフェイン自殺③</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>　消灯されても吐き気は一向に良くならなかった。いや、増していた。体内に取り込まれたカフェインのせいで全く眠れなかった。離床センサーがつけられていたようで、吐くために起き上がると看護師さんが様子を見に来てくれた。ねぎらいの言葉をかけてくれる人、ただ様子だけ見て去っていく人、背中を摩ってくれる人など対応は様々だった。ひたすらに吐きながら、夜を過ごした。一生夜が明けないかと思うほどに、長い時間だった。</p><p>　「効かないかもしれないけれど吐き気止め入れようか」</p><p>吐き続ける私にある看護師さんが提案してくれた。”お願いします”と掠れた声で答えるとすぐに対応をしてくれた。点滴を入れてもらうと、少しだけ落ちついてうとうとできるようになった。</p><p>　「おなかすいたとかはある？」</p><p>食欲はいまだなかった。”のどが渇いてしまって”というと、氷水を持ってきてくれた。</p><p>　「一気飲みはだめよ」</p><p>少しずつ口に含むが、飲み込むことはできなかった。だけれどその冷たさが気持ちよかった。</p><p>&nbsp;</p><p>　朝が来た。夜が明けたことが嬉しくて、泣きそうになった。吐き気止めを入れてくれた看護師さんがカーテンを開けてくれた。よく晴れていた。</p><p>　「今日管も抜けて、後で先生たちが治療の方針を伝えに来てくれるからね」　と教えてくれた。</p><p>　しばらくすると4人のスクラブを着た医者と、1人の白衣の医者が来た。</p><p>　「おなかすいたーとかはないよね。食べ飲みできるようになったら点滴抜けるんだけど」</p><p>　診察はすぐに終わった。少しは落ち着いていたけれど、他の患者さんの食事の匂いでまた吐いてしまった。食事の時間が終わると、男性の看護師さんが心電図を取りに来た。吐かないか心配だったけれど、なんとか大丈夫だった。</p><p>　昼前には、ショートカットの看護師さんが清拭に来てくれた。全身を温かいタオルで拭いてくれて、気持ちよかった。尿道カテーテルの部分は違和感が強くて不快だった。浴衣のような病院着から、ボタン式の一般的なパジャマになった。</p><p>　「気持ち悪いと思うけれどお昼からご飯始まるからね」</p><p>男性看護師が伝えに来てくれた。お昼がテーブルに置かれたけれど匂いだけでダメだった。体を起こしてメニューを見た。豚汁なら飲めるかもと思い、一口だけ口にした。ほのかに生姜の風味がして美味しかった。だが、口にした量の3倍くらい吐いてしまい飲んだことを後悔した。</p><p>「お昼ダメそう？また吐き気止めの薬入れようか」</p><p>　このつらさがなくなるなら何でもいいと、必死に頷いた。</p><p>&nbsp;</p><p>　母が面会に来た。色々話してくれたけれど気持ち悪さで何も答えられなかった。体感３分で面会は終わった。時間の感覚が歪んで、妙に時間が経つのが早く感じたり、反対に１時間経ったと思ったのに５分しか経っていないなどの現象が起こった。</p><p>&nbsp;</p><p>　あっという間に夜が来た。吐き気止めの点滴も終わっていた。昼間よりかは楽になっていた。</p><p>「だいぶ楽になった？」と聞かれた。”昨日の夜や昼間よりはだいぶ”と答えた。</p><p>「ああ、良かったね。みんなびっくりしたと思うよ。こんなにつらい思いもうしたくないでしょう？」</p><p>”二度としません”と心から言った。</p><p>「今日はクリームシチューだよ。パン派？ご飯派？」と聞かれた。”どちらでもいける派です”と言うと</p><p>「パン派って言われなくてよかったー！今からはこねられんからね」と笑ってくれた。少しずつ会話ができるようになってきた。</p><p>&nbsp;</p><p>　夜はまた眠れなかった。寝つけてないのを気づいてくれた看護師さんが布団を追加してくれた。暖かくてうとうととしてきて、昨日よりも少しばかり長く眠れた。段々感覚が戻ってきているのを感じた。また朝が来る。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yami-3922/entry-12768998334.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Oct 2022 11:49:31 +0900</pubDate>
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<title>2021年12月24日　初めてのカフェイン自殺②</title>
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<![CDATA[ <p>ここからの内容は、朧げな記憶と自分で記入しメモをもとに書いています。正確性には欠ける部分もありますが、お許しください。</p><p>&nbsp;</p><p>　「大丈夫！？目開けられる！？」</p><p>突然大声が聞こえた。力を振り絞って目を開くと、そこには(確か)3名の警察官がいた。</p><p>　「○○署に連絡します。要保護者と接触しました」</p><p>”ああ、私死のうとしたんだ”　思い出すのに少し時間がかかった。ベンチに座って前にうなだれていた。警察官の顔を見ようと顔を上げようとしたが、気持ち悪さが勝って嘔吐してしまった。吐瀉物を見ると、サイレースが青く不気味に残っていた。</p><p>　「この青いのはなに！」</p><p>答えようにも吐き気で答えられなかった。</p><p>　「救急車をお願いします。20代女性、場所は港の見える丘公園です」</p><p>警察官が通報しているのを聞きながら、私の意識はまた闇に落ちていった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　「服脱がすよ！ごめんね！」</p><p>次に目を覚ましたのは救急センターで、治療を始めるために服を脱がされようとしていたところだった。後ろがファスナーで、腰にリボンが巻かれているお気に入りのワンピース。脱がしやすいものではなかったので、かなり苦戦しているようだった。服を脱がされ、上下下着姿にされ、ベットに横にされた。</p><p>　「血管見つからないから太腿でごめんね」</p><p>太腿に採血用の針が刺された。痛みに思わず動く。次に、足を開かれ尿道カテーテルを通された。これもまた痛い。そして顔を右に向けられ、胃洗浄用の管を通された。これが何よりも痛い。”ううううう”と声にならない声で抵抗をして身体を動かそうとした。すると1人の看護師さんに両肩を掴まれた。</p><p>　「友人のキョウさんが心配して待ってくれているんだよ！助からなくていいの！？」</p><p>キョウは大学の友人。その言葉に辛さとは違う涙があふれた。</p><p>　「ごっくんってして！まだ薬残っているのよ！」</p><p>歯を食いしばって右鼻から入れられる胃管に耐え、胃洗浄が始まった。だが、薬を飲んでだいぶ経っていたからか、生食を入れても透明な水しか出てこず、すぐに管は抜かれた。</p><p>　管が抜かれてすぐ、今度はレントゲンだった。ずっと吐き続けていたため、撮影はかなり困難であった。撮影のため息を止めただけで、また吐いてしまう。なんとか撮影を終えると、疲労でさらにぐったりとしてしまった。</p><p>　一連の治療が終わると、待機場所のようなベットしかない狭いカーテンで仕切られた空間に入れられた。</p><p>　「じゃあ病棟上るよ！」</p><p>しばらく待っていると看護師さんが来てくれた。吐くのは止まらなかったので、オートバックという袋を持たされた。</p><p>&nbsp;</p><p>　「夜風さん病棟上がります！ご家族1名！」</p><p>廊下で待っていた両親とキョウに看護師さんが声をかけた。ついてきたのは母だった。エレベーターの揺れも、ストレッチャーの動きも吐き気を増してきて辛かった。</p><p>　「気持ち悪い？」</p><p>　母が聞いてきたが、当たり前だろと思い苛立ってしまったことを覚えている。母によると、キョウは両親よりもさっきに来てくれていたこと、ゼミの先生は渋滞にはまってしまったが向かってくれていることが分かった。申し訳なさでいっぱいになった。</p><p>　広い個室に入れられ、看護師さんに鞄の中を探られた。剃刀やメスを抜かれ、母に渡すと言われた。</p><p>　「自分のこと傷つけちゃうの？」</p><p>　ぼろぼろの腕を見つめて、看護師さんが呟いた。頷きすらできなかった。目の前に時計があり、20時を指しているのを見て、”ああまだ時計が読める”とひどく安心した。</p><p>　</p><p>　しばらく経つとまた看護師さんが来た。</p><p>　「入って早々悪いけどお部屋移動するよ！」</p><p>　移動をしながら看護師さんは私に様々な問いをかける。</p><p>　「何でこんなことしちゃったの！辛いことでもあったの！」</p><p>　揺れによる気持ち悪さで、これもまた一切答えられなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>　次の部屋は4人部屋。入って左側の窓側だった。あっという間に消灯時間が訪れた。</p><p>　ここから悪夢のような、終わらない一夜が始まるのだった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yami-3922/entry-12768855973.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Oct 2022 14:48:38 +0900</pubDate>
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<title>2021年12月24日　初めてのカフェイン自殺①</title>
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<![CDATA[ <p>　このページでは私が自殺未遂をどのような経緯で行ったか、一体何があったのかを自分の備忘録のようにまとめています。センシティブな内容が含まれるため、承知いただいた上での閲覧をお願いします。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　きっかけが何だったのか、今の私には分からない。ただ、社会福祉士になるために行った実習で心が折れてしまったことだけははっきり覚えている。目まぐるしく行われた実習中に、頭の中に突然声がして、”11月11日までに死なないといけない”と思い、10月くらいから準備をし始めた。すぐに忘れてしまう性格なので、壁打ちのTwitterアカウントを作り、思いついたことを記していった。</p><p>&nbsp;</p><p>　方法はカフェインの多量摂取にすると決めていた。飛び降りが怖かったわけでも、首吊りが苦しそうだったわけでもない。幻聴にそういわれたから。それに逆らうことができなかったのだ。だけれど、死ぬことが怖いという感情もあって、ある時ついゼミの先生に打ち明けてしまった。そうして、11月13日に先生に付き添ってもらって、高校時代に通っていた心療内科のクリニックに再受診をすることとなった。</p><p>&nbsp;</p><p>　その心療内科では、新たに複雑性PTSDだという診断が下った。いろんな説明を受けたけれど頭に入ってこなかった。”楽になりたいだけなのにな”と心の中でつぶやいた。通院を続けるようにと言われたが、やんわりと断った。もう死ぬことしか考えられなかった。帰りにゼミの先生がケーキを食べに連れて行ってくれた。とても美味しかったことを覚えている。</p><p>&nbsp;</p><p>　”死ななきゃ”を胸に抱きながら普通の生活を過ごしていた。大学に行って、バイトをして、普通に過ごす。けれども周りの友人たちに元気がなさそうと思われていたようだから普通ではなかったかもしれない。私は幻聴に囚われ、身体も心も確実にぼろぼろになっていった。</p><p>&nbsp;</p><p>　そしてことが起こる。12月23日、友人とオケオールをすると噓をつき、家を出た。少しでも綺麗に死にたかったから、美容院へ行き、軽く切ってもらって、コテでセットしてもらって大満足だった。”昼間に実行すると見つかりやすいな”と思い、夜になるまでネットカフェで時間を潰した。死に場所は選んでいた。港の見える丘公園と。昔、今は絶縁してしまった入院仲間と退院してお泊りをしたときに、夜中にタクシーで向かって遊んだ時の思い出が蘇って、最後はここで迎えよう決めていたのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>　最後の晩餐に好きなものを買い込んで食べた。ここで吐き気止めの薬だけ先に飲んだ。ゴロゴロしながらのんびりとしていたが、ふと時計を見るともう23時を回っていた。妙に早い脈の中、呼吸を整えてネットカフェを出た。港の見える丘公園までは多少遠いけれど徒歩で行ける距離だった。夜風が気持ちよかった。最後の坂を登り終えると、そこに着いた。”私は今日ここで…”と胸をそっと抑えた。だが、予想外のことが起こった。死のうとしていた場所で、なんとプロポーズをしている男女がいたのだ。”私にこの人たちの幸せを壊す資格はない”ぽろぽろと涙が零れた。”今はやめよう。また改めよう”と、来た道をそのまま戻った。ネットカフェは満席になってしまっていて、近くにカラオケなども見当たらなかったので関内駅のシャッターの前で座り込んで始発を待った。始発の時間を過ぎるとネットカフェに空席ができたので、戻って休んだ。</p><p>&nbsp;</p><p>　12月24日の昼になった。足が疲れていたので、バスに乗った。暖かな車内でうとうとした。そして戻ってきた。港の見える丘公園に。今度こそ、と息をのんだ。景色がきれいなベンチを見つけて、徐に腰かけた。12月24日14時52分。私は持っていたカフェイン100錠(10g)と、眠剤や安定剤数十錠をODした。</p><p>&nbsp;</p><p>　Twitterで実況をしていた。ODしてから意識が途絶えるまでのツイートは以下の通り。</p><p>&nbsp;</p><p>15時13分「今のところ変化はない。少しうとうとしてきたくらい」</p><p>15時15分「体が少し重くなってきた。眠剤が優勢か」</p><p>15時18分「徐々に眠剤が優位になってきた。グラつきがすごい」</p><p>15時19分「10gしかカフェイン準備できなかったけどどうにかなるかな」</p><p>15時21分「雲ひとつない青空の下で全部終わらせられるの。幸せだよ」</p><p>15時22分「幸せは此処にはなかった。生きるのに私は向いてなかった。ただ、それだけの話」</p><p>15時23分「このまま綺麗に消えてくの」</p><p>15時25分「ゼミの先生へ、たくさん嘘ついてごめんなさい。薬ないとまだ眠れない。もう大丈夫って言葉に頷いてごめんなさい。けどこの日って決めてたからそう言えただけなんです。」</p><p>15時39分「レンドルミンデパスサイレースを程よくぶち込んでカフェイン10g摂取。今のところ変化なし」</p><p>15時40分「まだギリギリ歩ける」</p><p>15時41分「なんでいしきとばないんだろう」</p><p>15時45分「ちょっと気持ち悪くなってきたかも。吐き気留め足りなかった？」</p><p>15時45分「身体が重たい。もう限界かも」</p><p>15時47分「眠剤もっと持ってくればよかった。少なすぎた」</p><p>15時49分「視界がくるくるする。聞いてきた証？」</p><p>15時49分「どうかこのまま眠れますように」</p><p>15時51分「ふわふわしてした」</p><p>15時51分「このまま眠らせてよ」</p><p>&nbsp;</p><p>　段々と体が動かなくなり、ベンチでうなだれてしまった。胸がバクバクして、眩暈に苦しめられた。この後、警察に保護され、救急搬送された。</p><p>&nbsp;</p><p>飲むまでの経緯はこんな感じです。飲んだ後、治療、入院生活についてはまた今度。</p>
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<pubDate>Wed, 28 Sep 2022 15:17:11 +0900</pubDate>
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<title>はじめに。</title>
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<![CDATA[ <p>Twitterを見てくださっている方へ。</p><p>　いつもありがとうございます。</p><p><br></p><p>はじめましての方へ。</p><p>　どうぞよろしくお願いします。</p><p><br></p><p>　こんにちは。黄泉です。</p><p>　高校1年生の頃からTwitterに色々と書き綴っている私ですが、自分用の記録を兼ねて始めようと思い立って突然書き始めました。思い立ったらすぐ動いてしまう性はこんなところにも影響するみたいで。</p><p><br></p><p><br></p><p>　私の文章は拙いです。長文で乱文です。そしてこの場所は誰かに向けての文章をメインにすると言うよりも、自分の記録のためという色が強いと思います。きっと内容も面白いものではありません。<br></p><p><br></p><p><br></p><p>　それでももし誰か、同じように悩んでたりとか同じ界隈にいる人に”こんな奴もいるんだな””こんなのでも生きてるんだ”って思ってもらえたら嬉しいなと思う気持ちもちょっとだけあるのも本音だったり。</p><p><br></p><p><br></p><p>　ただ、投稿の内容によっては誰かを不快にさせてしまったり、嫌な思いをさせてしまうものもあるかもしれません。もし私の文章を読んで不快な思いをしたり、腹が立ってしまったら、そんな時はそっとここから立ち去っていただけると幸いです。</p><p><br></p><p><br></p><p>　更新は不定期です。調子が安定してたり、余裕がある時に更新することが多いと思います。暇な時にふらっと来てくれたら、そんな風にしてくれたら、黄泉はとても嬉しいです。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>ではまた。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/yami-3922/entry-12722022662.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Jan 2022 20:47:16 +0900</pubDate>
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