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<title>日々思うこと、感じること</title>
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<description>当初から少しずつ変化してきていますが…自分の中に入ってきた情報を私なりに考えたり思ったりしたこと、また、消化しきれない気持ちなどを表現していきたいと思います。</description>
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<title>模範解答</title>
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<![CDATA[ 中学まで典型的な優等生で育ってしまった私は、模範解答を探す癖が着いてしまっています。<br>当時はその解答を誉められると、得意げになっていましたが、今は、「しまった」と思うことが多くあります。<br><br>例のジョブアタック事業の一環で、社会人基本研修を受け持ってくれた講師の方が、昨日、派遣会社の方と一緒に会社を訪問してくれました。<br>主に部長とお話されていたのですが、最後に少しお話ができました。<br>その際、「すごくいい部長さんで、これは当たり前のことじゃないからね。」と言って頂き、それに対して私は「この恵まれた環境に長くいることによって、当たり前と感じてしまわないように、常に感謝の気持ちを持てるように心がけたいです。」というようなことを言いました。<br>すると「いいこと言うねぇ。」と言われ…<br>そう言ってもらうことを狙って言ったんじゃないかと思ってしまいました。<br><br>自分でも本当にそう思っているのですが、口に出した途端薄っぺらくなると言うか、なんか心にザラついた感じが残りました…<br><br><br>私のこの優等生根性は、他の場面でも度々登場するし、ずっと残ってしまうものなのかなぁ…<br>心からそう思ってすることと、「いい人」ぶりたいからすること。<br>自分でも見分けがつきません…<br>
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<pubDate>Fri, 11 Mar 2011 08:24:03 +0900</pubDate>
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<title>割り切らない</title>
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<![CDATA[ 物事の解決法として、自分が頑張ったところでどうしようもないような時、「諦め」よりはもうちょっと肯定的な気持ちで、「割り切って受け入れる」ということも必要で、最近それができるようになってきたかな、なんて思ってました。<br>そしてわかったような気になり、これが大人の解決法だ、なんて思ったりもしてました。<br><br>でもやっぱり割り切ったつもりでも、それは根本解決ではない訳で、結局違った角度から直面せざるをえなくなる…<br>なんてことが最近よく起こります。<br><br><br>目の前にどうしても自分のちからだけでは越えられない山があって。<br>今までは、山の存在を無視してその場から立ち去る。<br>→とりあえず山の存在は認めて、でもそこで留まる。<br>→峠は越えなくても、回り道でも、何かしら、山の向こう側の景色が見えるところまで行くことはできる。<br><br>割り切るよりも少しだけ努力や工夫することによって、割り切った時の「後味の悪さ」感を持たずに済むということがわかりました。<br><br><br>私のここ最近のことで言うと、仕事にしても、生活にしても、親との関係にしても、そしてここではほとんど触れてこなかった恋愛に関しても、そう。<br><br><br>でも。<br>まだまだ見えてない色んなことが世の中にはあるし、わかったつもりになってるようなことも、違った角度から見られるものもあるんだろうなぁ。<br>
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<pubDate>Thu, 10 Mar 2011 08:38:36 +0900</pubDate>
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<title>外国人献金問題</title>
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<![CDATA[ <p>また微妙に触れたくない事項ですが・・・</p><br><p>前原外相の外国人献金問題は、法に触れるとか、引責辞任が必要かとか、そういう問題じゃなくて。</p><p>その法律自体それでいいのか？在日外国人の選挙権問題が絡んでるんじゃないのか？っていう議論にはならないんでしょうか？？</p><br><p>私の観点がずれてるだけ？？</p>
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<pubDate>Wed, 09 Mar 2011 22:57:06 +0900</pubDate>
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<title>言葉にする</title>
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<![CDATA[ めちゃめちゃサボってました。<br><br>思ってるだけと、それを言葉に出して表現したり、誰かに伝えたりするのは違って、そうすることによって自分の中の曖昧な部分がわかったり整理されたりする。ということは、このブログを更新するうちに、ますます実感してはいたのですが…<br><br>そして、昨日ピアノの先生Ｔさんともそんな話をして、最近の私は特になんとなく「思う」で留まっていたなぁと痛感しました。<br>やっぱりきちんと言葉にしないと、目の前で過ぎていく物事が、ほんとに通過するだけで終わってしまう。<br><br>キーワードだけでもいいからとりあえず記しておかないと。<br>大体、いつも無駄に長くなってしまうから、コンパクトにまとめるのも課題だったし。<br><br><br>ということで、また少しずつ更新していくつもりです。<br>
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<pubDate>Thu, 24 Feb 2011 19:26:52 +0900</pubDate>
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<title>写真</title>
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<![CDATA[ めちゃめちゃ久しぶりです。<br><br>アナログの私は写真もフィルム派です。<br>デジカメが便利なんだろうなと思うものの、膨大な情報がどんどん蓄積されていくあのツールにどうも抵抗があります。<br>きっとほしい写真もなかなかプリントもしないだろうし…<br><br>でも、いつも現像に出すたびに、紙の無駄遣いかな…という思いにとらわれます。<br>データだと、すごくスマートな管理ができる。<br>でも逆にきちんと管理しないと、膨大な情報がどんどん溜まっていく。<br><br>私にとっては、失敗したものや変な顔で写っているものも含めてその時の思い出です。<br><br><br>同じように、パソコンや携帯にたくさんの情報が(半分知らないうちに)溜まっていくことが、私にはとても怖いなと感じています。<br>目に見えているものの方が、まだどうにかしないと、と思えていいような気がする。<br><br>やっぱり私はまだフィルムで通すかなぁと思っていたら、昨日「色褪せた写真のほうが歴史の重みや味がある」というような意見に出会いました。<br>私はまだ色褪せるほどの年月を経た写真は持っていませんが、そういう側面もあるなと思いました。<br><br>やっぱり現段階ではフィルムを続けます。<br>
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<pubDate>Thu, 10 Feb 2011 08:37:51 +0900</pubDate>
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<title>工場野菜</title>
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<![CDATA[ 天候に左右されず、栄養価の高い無農薬の野菜を安定供給でき、食料自給率のアップを期待できたり、貿易が自由化されても、高級食材として海外での需要も見込まれたりと、注目の事業、とのことです。<br>が、私にはどうしても、何かが違うように感じてしまいます…<br><br>進化や発展する中で、本来あるべき姿というものも、変わっていくものだと思います。<br>だから、本来あるべき姿に固執するのもよくないと思うし、どう折り合いを付けていくか、という問題になってくるのだと思います。<br><br>工場野菜は、農業の分野ではたくさん問題があって、それに向き合った結果出した一つの打開策。<br>でも、それに向き合わない、無責任な一消費者の意見として、やっぱり太陽の下でたくましく育った、健康な野菜を食べたいです。<br>
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<pubDate>Sun, 19 Dec 2010 18:53:50 +0900</pubDate>
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<title>欲</title>
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<![CDATA[ 今回の転職(と言うか失職ですが)は、自分の中での今後の生き方の方向性も固まったところでのことだったので、ちょうどいいタイミングでした。<br>とは言え、自らの転職はあえて考えていなかったので、職を失ってからなかなか前に進めず、焦りや不安もありましたが、いいきっかけだったとも思っています。<br>仕事さえ、将来的にずっと気持ち良く続けていけるようなところと巡り合えたら…と思いながらも、続けさせてもらえる間は続けることが課題かなということもありました。<br>しかし、契約が切れたことで、その部分に集中して取り組むことができました。<br><br><br>とは言え、職場に多くを求めるまいと思っていました。<br>ところが思いがけないきっかけとタイミングで、素敵な会社に巡り合えました。<br>今、公私共にほぼ、ストレスフリーです。<br><br>もちろん、現時点で４月以降の身の保証はないし、今はまだ仕事も教えてもらうばかりで、今後ずっとこんなに気楽ではいられないだろうと思います。<br>なので、もちろん、仕事上での成長も今後の課題になってくるとは思います。<br>でも、こうして、公私共に恵まれた環境で充実した毎日を送れることに本当に幸せを感じています。<br>でもその幸せが正直怖いです。<br><br>と同時に、今までは「仕事さえ…」と思っていて、一番後回しにしてしまっていたことについても、「こうなればいいのにな」という思いが強まってきてしまいました。<br>一つ願いが叶うと、また次の欲が出てくる。<br>私って欲深いかな…<br><br>しかし。<br>欲じゃなくて、目標と考えてみてはどうか。<br>最後の結果が出るまで諦めなかったのは、今までの人生の中で、今回がある意味初めてかも知れない。<br>目標達成まで後戻りしながらもとにかく前に進もうとし続けた(そうするしかなかったからですが…)。<br>その結果、理想に近付けたのは当然のことなのかもしれない。<br>逆に、今までは、適当なところで妥協して、それなりにやり過ごしてきたから、それなりの結果しか出なかったのも当然だろう。<br>そして、一つ目標を達成したら、また新たな次の目標を立てて、今度はそれに向かって努力するのも当然のことなのかも。<br><br>だから…<br>現状とても恵まれた環境にいるにも関わらず、まだその上に何かを望む、という感覚ではなく、その環境を感謝しつつも、さらに自分を成長させるべく、次の課題に向けて、努力する(次に望むことは努力でどうこうなる問題でもないんですが…気持ちの持ち方の課題として)と考えれば、現状に怖がることもないし、次の目標を持ってもいいのかなと思いました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/yeja/entry-10738711291.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Dec 2010 18:41:53 +0900</pubDate>
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<title>気持ちの保ち方</title>
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<![CDATA[ 今は、なぜこんなにいい会社に、しかもこんな形で、こんなタイミングで巡り合えたのだろう、この出会いは本当に大事にしないといけないなと思う毎日ですが、その少し前は、気持ちが底まで行ってしまったかと思うほど、落ちました。<br><br>今までは、友達と会ったり喋ったりすることによって、悩みを聞いてもらってすっきりしたり、気分転換を図れたりしていました。<br>だから、しんどくなりかけた時、友達(親しい友達限定ですが)とは積極的に会うようにしていました。<br><br>しかし今回は現状を口にする度に情けなくなり、友達と会うことで余計にしんどくなっているということに気付き、しばらくは友達と会うのを控えようと思いました。<br><br>現状を打開するには仕事に就くことがまず第一歩、そのためにはもちろん活動をしなければならないけど、そこの自信をなくしてしまってるから、動けば動くほど自己否定に陥る…<br><br>そこから脱する方法が自分ではわかっていませんでした。<br><br>そしてついに何もする気が起きなくなってしまった次の日、ピアノのレッスンの予定がありました。<br><br>ほんとに何もしたくない、動きたくない、という気分でしたが、折角予定してもらってるのに病気でもないのに休むのも申し訳ないので、「とりあえず行く」という感覚で家を出ることにしました。<br>それに。いつもピアノだけに関わらず、色んなことをお話して、共感できるだけでなく、お姉さん的存在として、ちょっとしたエッセンスを与えてくれるＴさんとなら、話してもしんどくないかも知れない、もしかすると、この状況の打開策も見つけられるかも知れない、という思いも少しありました。<br><br><br>でも最初から頼ろうという姿勢ではなく、いつも最初に近況報告をするように、なるべく感情を入れないようにして、現状を話し始めました。<br>でもやはりＴさんはそれだけで、私の気持ちを推し量ってくれ、私が自分でもわかっていなかった、その時の私に必要なこと、「今は普通の状態じゃなくなっちゃってるから、まずは普通の状態を保てるようにすることかな」ということと、そのための方法を提案してくれました。<br><br>それから、小さなことでも、自分が楽しい、嬉しい、気持ちいい、などと思えることを探して実行するようにしました。<br>ほんとに小さなものでもお気に入りの小物を買って側に置いてみたり、季節限定の食べ物を食べてみたり(食べ過ぎは厳禁！！)、お風呂にゆっくり入ってみたり…<br>パワーは使わず、少しのお金は今は節約の時だからとケチって出し惜しみはせず…<br>大きいことをドカンとするのではなく、小さいことをちょこちょこと生活の中に取り入れることが大事だということがわかりました。<br><br>そうしてるうちに、しなければならないこと、今回の場合就職活動ですが、それ以外にも生活でしなければならないことはあります。そういったことをする活力も蓄えられていくのを感じることができました。<br>そして少しずつでも前に進むことができ、なんとか、後戻りをすることなく乗り越えることができました。<br><br><br>私にとっては、問題に直接働き掛けるのではなく、また、大きく気分転換を図るのでもなく、こういう風に気持ちを落ちさせない方法があるということは新たな発見でした。<br>
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<link>https://ameblo.jp/yeja/entry-10725332409.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Dec 2010 08:05:53 +0900</pubDate>
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<title>北朝鮮砲撃</title>
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<![CDATA[ 素人意見です。<br>ずるいのはわかってますが、先に言い訳しておきます。<br><br>今回の件は、悪いのはやはり、いきなり攻撃してきた北朝鮮だと思います。<br>でも、北朝鮮が攻めようと思ったのは軍隊があるからで、今回無差別攻撃的な要素はあるものの、「軍事演習」という挑発的な行動が、きっかけを作った面もあると思います。<br>そしてまた北朝鮮の攻撃に対抗して米韓で合同の軍事演習を行うことも、挑発にしかならないと思います。<br><br>そう言う意味で、「軍事演習に反対」という中国の対応は、ある意味冷静な判断のように感じました。<br>(外交上の問題もあり、単に冷静な判断をしているだけとも思えませんが…)<br><br><br>軍隊を持って平和を語るのは、あまりにも説得力がなさすぎます。<br><br>力を見せ付けて、それに逆らわせないと言うのは、ちょっと例えが悪いかも知れませんが、「北風と太陽」の北風のようなものだと思います。<br><br>これまた曖昧な記憶ですが、以前新聞のコラムで、多分どこかの住職さんだったと思いますが、「本当の平和というものは、一切攻撃の姿勢はとらず、攻められた時は死ぬ覚悟」というような事をおっしゃっていました。<br>私はこの言葉に深く感動しましたが、極論であるとは思います。<br><br><br>もちろん、朝鮮半島に平和が訪れるのを第一に望みます。<br><br>しかし、日本国内の問題とした時に、政府の立場上、「有事に備え」なければならないのかも知れませんが、米軍基地の存在によって平和が保たれてるとか、核の傘に守られてるとか微塵も思ってない私としては、これによってまた、米軍基地の必要性、というような議論がされないことを望みます。(まぁ現時点でそんな話にはなりそうにないですけどね。)<br><br><br>考えたためにタイムリーでなくなった割にはうまくまとまりませんでした…<br>今の私にはこれで精一杯です。<br>ですが、自分の記録としてもこれで残しておきます…<br>
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<link>https://ameblo.jp/yeja/entry-10719931055.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Nov 2010 19:21:12 +0900</pubDate>
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<title>今度こそ</title>
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<![CDATA[ 今度こそ、働き始めています。<br>大阪市の若年者雇用促進の事業で、紹介予定派遣の形になります。<br><br>正社員にこだわっていたのに入り口が派遣だし、今回採用が決まったところ(Ａ社としときます。)は派遣終了後も契約社員ということで、妥協じゃないか？と考えもしました。<br>同時に選考が進んでいた他の正社員の仕事(Ｂ社)を、プライベートの時間を犠牲にしなければならないからという理由で断ったことに、逃げじゃないか？とも思いました。<br><br>でも。<br>心身共に負担が大きすぎて続かなければ以前と同じ轍を踏むことになる。<br>でもそれもビビリ過ぎ？<br>それにやっぱり自分の力で選考が進んだことが嬉しかったし、その力を試したい、という気持ちもありました。<br><br>いや、でも、この一年半散々考えて行動してきた結果、やりたいことと仕事はわけて考え、今は山と関わる時間がほしい、そっちの勉強もしていきたい、それを軸に考えようと決めたんやんか。<br><br>正直、Ａ社が決まっていなかったら、Ｂ社をスッパリ諦める勇気はなかったと思います。<br>Ａ社が決まってる状態でも、相当に勇気がいったし。<br><br><br>でも実際Ａ社のことも知っていくととても素敵な会社だったし、面接も、派遣の面接というより直接採用の面接のようにしっかりしていただき、私個人を気に入ってくれた感じもつかめてはいました。<br>それでも不安が残ったのは、前回のトラウマがあるからかも知れません(笑)<br><br><br>出社して、その不安はかなり払拭できました。<br>ほんとに素敵な会社です。<br>社員の方一人一人が自然体で輝いている、一言で言うとそんなイメージです。<br>私は、やる気がないのは好きではありませんが、アツ過ぎて、肩に力が入ってるのはちょっと苦手です。<br>でもそんなのではなく、自然体で、お客様や同僚のことを常に真剣に考えて、熱心に仕事に取り組んでいる……<br>簡単には表現できませんが…<br><br><br>正直、仕事は淡々とできればいいと考えていました。<br>何かを求めるなんて贅沢だと思っていました。<br>でも、ここへ来て、びっくりするぐらい素敵な会社に巡り合えたようです。<br><br>ただ、現時点であまりにも素敵な未来ばかり思い浮かぶので、後に何か落し穴があるのではないかと思って少し怖いです…<br>これも、過去のトラウマから来てるんだろうか…<br>とは言えまずは、一生懸命仕事に取り組む所存です。<br>
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<link>https://ameblo.jp/yeja/entry-10716004840.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Nov 2010 19:15:27 +0900</pubDate>
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