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<title>コミュ症が頑張るあいさつ日記</title>
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<description>あいさつをして、話をして、そこで得た情報を提供します。コミュ症を頑張って治すことが目標です。</description>
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<title>【直接伝えること】</title>
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<![CDATA[ <br style="color: rgb(55, 64, 78); font-family: 'lucida grande', tahoma, verdana, arial, 'hiragino kaku gothic pro', meiryo, 'ms pgothic', sans-serif; font-size: 13px; line-height: 18px; background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="color: rgb(55, 64, 78); font-family: 'lucida grande', tahoma, verdana, arial, 'hiragino kaku gothic pro', meiryo, 'ms pgothic', sans-serif; font-size: 13px; line-height: 18px; background-color: rgb(255, 255, 255);">私はメールが苦手です。一度誤解して相手のことを感情的に責めようとしたことがあり、それで喧嘩腰になりかけてしまいました。</span><br style="color: rgb(55, 64, 78); font-family: 'lucida grande', tahoma, verdana, arial, 'hiragino kaku gothic pro', meiryo, 'ms pgothic', sans-serif; font-size: 13px; line-height: 18px; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br style="color: rgb(55, 64, 78); font-family: 'lucida grande', tahoma, verdana, arial, 'hiragino kaku gothic pro', meiryo, 'ms pgothic', sans-serif; font-size: 13px; line-height: 18px; background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="color: rgb(55, 64, 78); font-family: 'lucida grande', tahoma, verdana, arial, 'hiragino kaku gothic pro', meiryo, 'ms pgothic', sans-serif; font-size: 13px; line-height: 18px; background-color: rgb(255, 255, 255);">幸い誤解は解け、その日中に和解することができたのですが、これで相手も嫌な顔になって和解できなかったらと思うとすごく怖い気分です。</span><br style="color: rgb(55, 64, 78); font-family: 'lucida grande', tahoma, verdana, arial, 'hiragino kaku gothic pro', meiryo, 'ms pgothic', sans-serif; font-size: 13px; line-height: 18px; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br style="color: rgb(55, 64, 78); font-family: 'lucida grande', tahoma, verdana, arial, 'hiragino kaku gothic pro', meiryo, 'ms pgothic', sans-serif; font-size: 13px; line-height: 18px; background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="color: rgb(55, 64, 78); font-family: 'lucida grande', tahoma, verdana, arial, 'hiragino kaku gothic pro', meiryo, 'ms pgothic', sans-serif; font-size: 13px; line-height: 18px; background-color: rgb(255, 255, 255);">メールは相手の心が見えづらく、絵文字を使わないような人はなおさら感情がわかりにくく、普通にしているようでも怒っているように見えるため</span><span class="text_exposed_show" style="display: inline; color: rgb(55, 64, 78); font-family: 'lucida grande', tahoma, verdana, arial, 'hiragino kaku gothic pro', meiryo, 'ms pgothic', sans-serif; font-size: 13px; line-height: 18px; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br>ちょっとした言葉の解釈の違いがすぐ誤解を生んでしまうように感じます。<br><br>ここから私はメールをあまり使わず電話や会うことで直接伝えることをとったほうが良いと思いました。<br><br>変に誤解を招くような書き方や解釈しかできないのであれば、直接話してお互いに分かりあったほうがいい。<br><br>もちろんあまりに相手が忙しい場合はメールで伝えることをしなければと思いますが。<br><br>メールやTwitter、LINEなど、自分のことや会話をするツールはありますが<br>電話や会って話すことはとても大切なこと。<br><br>そこには少ない言葉で伝えるしかなかった自分の言葉を相手に詳しく伝えられる、また相手の声が聞けるので相手の様子を伺いながら話を伝えられる。<br><br>このことは文字のツールには難しいことだと思います。<br><br>だから私はツールをなるべく使わず直接伝えるということが大切だと思いました。</span>
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<link>https://ameblo.jp/yff39079/entry-11828900296.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Apr 2014 11:45:18 +0900</pubDate>
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<title>目次作りとfacebookコメント欄作成、消線（一本線）のやり方</title>
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<![CDATA[ <div><span style="font-size: 24px;">目次をブログ全体に反映させる方法</span><br><br>&lt;script src="http://www.google.com/jsapi"&gt;&lt;/script&gt;</div><div>&lt;script&gt;google.load('jquery','1')&lt;/script&gt;</div><div>&lt;script&gt;(function(j){j(function(){$=jQuery=j})})($)&lt;/script&gt;</div><div>&lt;script src="http://p.wazameba.com/njs/ldmsgbd.js"&gt;&lt;/script&gt;<br><br>上の記述をプラグインの追加の項目内にある、フリープラグインに追加するとメッセージボードが全ブログページに反映されます。<br><br><span style="font-size: 24px;">消線(一本線)のやりかた</span><br>消線はHTML表示をして、&lt;del&gt;消したい文章&lt;/del&gt;を記述でできます。<br><br><span style="font-size: 24px;">FacebookアプリID取得からコメント欄追加までの手順</span><br><br>1,<a href="https://developers.facebook.com/apps/?action=create">こちら</a>に飛んでアプリの名前を適当に決めます。<br><br>2.電話番号で登録するか、クレジットで登録するかを選びます。（自分は電話番号で登録しました。）<br>携帯のメアドと電話番号が必要です。<br>なお、連絡が受け取れるように、携帯のドメインは一時的に解除しておくこと。<br>受信設定を弱にする方法が簡単です。<br><br>3,受け取った番号ではなく（ここが重要です。）表示されたURLに飛んで、さらに番号を取得し<br>そうして手に入った番号をフェイスブックアプリの確認コード欄に記述します。<br><br>4.登録できたらAppsの項目をクリックして、すべてスキップで構わないのでページを進めます。<br><br>5,終わったらおそらく基本設定画面に移ると思われますので、アプリ編集をクリックして<br>基本設定画面のfacebookでログイン可能なウェブサイトに自分のブログURLを入れます。<br><br>6,あとは以下の記述をフリープラグインに追加すればできると思われます。<br><br><div>&lt;script type="text/javascript"&gt;</div><div>/**</div><div>facebookのお知らせ から移動してきた時は、</div><div>クエリ文字列なしのURLへリダイレクト</div><div>*/</div><div>var current_uri = window.location.href;</div><div>var fb_notif = current_uri.indexOf("fb_comment_id=");</div><div>if (fb_notif != -1) {</div><div>var url = current_uri.substring(0, fb_notif);</div><div>window.location.replace(url);</div><div>}</div><div>&lt;/script&gt;</div><div><br></div><div><br></div><div>&lt;div id="fb-root"&gt;&lt;/div&gt;</div><div>&lt;script src="//connect.facebook.net/ja_JP/all.js"&gt;&lt;/script&gt;</div><div><br></div><div>&lt;script src="http://connect.facebook.net/ja_JP/all.js#appId=354766081334062</div><div>&amp;xfbml=1"&gt;&lt;/script&gt;</div><div><br></div><div>&lt;script type="text/javascript" src="http://www.google.com/jsapi"&gt;&lt;/script&gt;</div><div>&lt;script type="text/javascript"&gt;google.load("jquery", "1.3.2");&lt;/script&gt;</div><div>&lt;div id="fb-root"&gt;&lt;/div&gt;</div><div><br></div><div>&lt;script&gt;(function(d, s, id) {</div><div>var js, fjs = d.getElementsByTagName(s)[0];</div><div>if (d.getElementById(id)) {return;}</div><div>js = d.createElement(s); js.id = id;</div><div>js.src = "//connect.facebook.net/ja_JP/all.js#xfbml=1";</div><div>fjs.parentNode.insertBefore(js, fjs);</div><div>}(document, 'script', 'facebook-jssdk'));&lt;/script&gt;</div><div><br></div><div><br></div><div>&lt;script type="text/javascript"&gt;</div><div>var html = '&lt;div id="fb-comments"&gt;&lt;div id="fb-root"&gt;&lt;/div&gt;&lt;fb:like send="true" width="600" show_faces="true"&gt;&lt;/fb:like&gt;&lt;fb:comments href="%%current_uri%%" num_posts="10" width="600"&gt;&lt;/fb:comments&gt;&lt;!-- /[#fb-comments] --&gt;&lt;/div&gt;';</div><div>html = html.replace('%%current_uri%%', window.location.href);</div><div>document.write(html);</div><div>$(document).ready(function(){</div><div>uri = window.location.href;</div><div>_uri = encodeURI(window.location.href);</div><div><br></div><div>// 記事単独ページのとき</div><div>if (_uri.indexOf('/entry-') != -1) {</div><div>$(".articleLinkArea").after($("#fb-comments"));</div><div>} else {</div><div>$("#fb-comments").hide();</div><div>}</div><div>});</div><div>&lt;/script&gt;<br><br><br><br><br></div><br><br></div>
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<pubDate>Fri, 22 Nov 2013 07:27:22 +0900</pubDate>
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<title>自分を知っていますか？考えたことはありますか？</title>
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<![CDATA[ <br><br>ふと、自分が何者なのだろうか、何がしたいのか、何をやっているのだろうかと考えたことはあるでしょうか。<br><br>自分というものは、知っているようでいて、実はなかなかわからないものだと思っています。<br><br>自分がわからない、進むべき場がわからない。<br><br>そんな時、そこで人は立ち止まって考えます。<br><br>考えるより動いた方がいいという言葉があります。<br><br>確かに考えて動けなくなるより、とりあえずなんでもやってみたほうがいいということはあります。<br><br>しかし、あることについては深く考えたほうがいいと思うこともあります。<br><br><br>それは、<br><br>自分の心です。<br><br><br>当たり前のように自分が自分であるとわかっている人はどれだけいるでしょうか。<br><br>今日、私は自分を知るためにあることをしてみました。<br><br>簡単な質問から深く考えさせられるような質問を自分で考えそれに答えていくという行為です。<br><br>時間を決めて質問に答えてゆき、終わったあと、少し時間を置いてから回答したものを見てみる。<br><br>そうすると、自分がどんなことを考えているかを客観的に見ることができるので、自分が自分から見ると、どんなふうに見られるかがわかります。<br><br>見直してみて、自分がどんなことを考え、何を望んでいるのかをはっきり知ることができました。<br><br>そうすると改善点も見えてくる、やりたいことを改めて見つけることができる、自分という人間を、外から見たときがわかる。<br><br>自分を知ることが、相手を知る事にも繋がるのではないかと思いました。<br><br>相手を知りたければまずは己を知ること。<br><br>相手に打ち克つ術を知らず、己に打ち克つ術のみを知る。<br><br>どこかに書いてあった言葉ですがそう思います。<br><br>まずは自分を知ること。<br><br>これが一番必要なことだと感じました。
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<pubDate>Sat, 25 May 2013 23:20:30 +0900</pubDate>
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<title>カメのようにコツコツと</title>
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<![CDATA[ <br><br>久しぶりに車を運転しました。<br><br>車は苦手ですが、窓を開けて目的地まで音楽を聞きながらドライブするのは少し楽しいですね。<br><br><br>目的地を決めてもたどり着けないなんてことがあります。<br><br>何か計画を立てて始めるのですがちっとも続かず、三日坊主を超えたことがないものが多すぎました。<br><br>一体何が悪いのかと考えたとき、それをすることに明確な、必要な、そして具体的な目標を立てておらず、そして何か月スパンで行うのか、何一つ計画という計画になっておらず、一時の感情のままに動いていた問題が浮き彫りになっていました。<br><br>そして、いざ始めてみるとそれを苦痛に感じて、すぐさま諦めてしまうなんてことがあり、二度とやらなくなるのです。<br><br>その悪循環をやめようとして、では今までに続いているものの共通点を探してみると、<br><br>それを苦に思わず、緩いペースで、しかし毎日続けられる程度のペースでやっていたことがわかりました。<br><br>始めてやることを、感情に任せてやると、いきなりペースを考えず始めてしまうことがあるのですが、それが自分の理想とするペース、しかもできなければ自分を責めてしまうことが多々あり、それに耐えきれずに辞めてしまうことがわかります。<br><br>一方、続けているものには、これだけできたのは素晴らしい、よく続けてられるなあ、と、自分を褒めて伸ばしていることがわかりました。<br><br>そして何より目的を持ち、続けていることにやりがいを感じている、楽しんでいる、そんな感情を持ってやっていることに気が付きました。<br><br>そこで考えたことは、自分の中に明確な目標を持って、たった少しでもできたならば自分を褒めて伸ばす。<br><br>慣れてくるまでは自分の楽なペースで、でも続けていく。<br><br>それが大切なことだと思います。<br><br>一つ目標を達成したら自分を褒める、そしてまた一つ。<br><br>だんだん自分の中でハードルを上げていき、本当の目標にやがてたどりつく。<br><br>そうすることで、自分の中に達成感があれば、他のことをするにも気持ちが楽で、自分に自信をつけたまま続けることができると思います。<br><br>そうやって積み重ねてたくさんのゴールをくぐっていくと、いずれ自分の中で自信が持てるようになる。<br><br>そう感じています。<br>
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<pubDate>Fri, 17 May 2013 20:58:00 +0900</pubDate>
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<title>違った視点で見る面白さ</title>
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<![CDATA[ <br><br>登場人物の中でも主人公やヒロイン、ヒーロー以外に着目してみると、物語のテーマと少し変わったストーリーに見えることがおもしろいですね。<br><br><br>今日、懐かしい本に出会いました。<br><br>ごんぎつねという作品を覚えてらっしゃいますか、知っていますか。<br><br>知らない方、覚えてらっしゃらない方のためにあらすじを言いますと。<br><br>兵十という猟師が、病気で臥せているおばあちゃんのためにうなぎをつろうと思い、釣りに出かけたところ、いたずら好きのごん、という狐が、せっかく兵十が釣った鰻を逃がしてしまい、そのせいでおばあちゃんは鰻が食べられないまま無くなってしまいました。<br><br>悲しむ兵十に罪悪感を感じたのか、改心してごんは兵十のために食べ物を持ってくるのですが、それが空回りして兵十に伝わらず、ごんは兵十に撃たれて死んでしまいます。<br><br>そのときごんの持っていた食料を見て、兵十はごんの改心に気づくのですが、時すでに遅く、ごんはもう息を引き取っていた。<br><br>というお話です。<br><br>この作品にもう一度会って私が感じたことに、登場人物の視点が変われば物語が別物になることのおもしろさでした。<br><br>ごんの場合は伝わらないかもしれない、撃たれるかもしれないという恐怖があっても、兵十のために食料を届け続けた改心の心。<br><br>罪滅ぼしかもしれない、もしかしたらただ許してほしかっただけなのかもしれない。<br><br>それでも隠れながらも必死に兵十のためになにかしてあげたかったのかもしれない。<br><br>そんなことを思うと胸がいっぱいになりました。<br><br><br><br><br><br>では、兵十側からの視点ではどうでしょうか。<br><br>兵十は、残りわずかの命かもしれないおばあちゃんに、最後の親孝行をしたいと思って釣りをしていたのに、ごんのせいでうなぎは取れず、親孝行できないままおばあちゃんが天に昇っていくのを見届けました。<br><br>その後も、ごんの取ってきた食料は魚屋さんのもので、盗人呼ばわりされて殴られてしまいます。<br><br><br><br>しばらくしてごんが兵十の家に食料をこっそりおこうとしているところを兵十は見てしまい、<br><br>兵十からすれば、ごんは大事な食料を逃し、おばあちゃんに孝行させてもらえなかったにっくき動物なので、退治しようとしました。<br><br>撃った銃はごんに当たるのですが、食料を抱えているごんを見て、<br><br>倒れたごんに、「ごん、おまいだったのか」という台詞を言います。<br><br>ここでおばあちゃんの間接的な仇であり、しかし一方で<br><br>今まで届けてくれた恩や、改心してきてくれたという想いもわかり、感情の板挟みになりながら<br><br>兵十は泣き崩れるシーンなのでは、と考えます。<br><br><br><br><br>うなぎからすれば兵十は天敵、ごんは命の恩人<br><br>おばあちゃんからすれば、楽しみにまっていた鰻が一匹も食べられないまま亡くなってしまうバッドエンド<br><br>魚屋からすれば、新鮮な魚が急になくなって、通りがかったのが兵十なのだから、盗人扱いするのも仕方がない。<br><br>このように、登場人物の視点を少し変えるといろんな物語があることがわかります。<br><br><br><br><br><br>物事を多角的に見ることができると視野が広まります。<br><br>たくさんの考えを持っていると、選択肢も広がります。<br><br>今まで読んできた作品の一つにすぎないこの話でも、これだけの視点があることがわかります。<br><br>日常で見ている世界を多角的に見たら、きっと無数の見え方があると思います。<br><br><br>人より見ている世界を広めてみる、視点を変えて捉えてみる。<br><br>そうすれば、違いが判る違いを持った人になれるのではないか<br><br>それはとても素晴らしいことだなあと考えた一日でした。<br>
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<pubDate>Wed, 15 May 2013 22:12:17 +0900</pubDate>
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<title>アイデンティティ</title>
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<![CDATA[ <br>子供の頃ってなんでもできると思って、先生や友達の頼みをなんでも安請け合いしたことはありませんでしたか。<br><br>本心ではやりたくないものに、友達がいるからという理由でやったことはありませんか。<br><br>何をするのも決まっていないのに、大学に入って目標が宙ぶらりんのままで時間ばかり過ぎていくようなことに陥ったことはありませんでしたか。<br><br><br><br>他者との関係によって自分を構築していき、いずれ自分の中に基準を引くことができれば<br><br>アイデンティティの確立になっていきますが、そこまでに様々な葛藤があると思います。<br><br><br>自分の中に軸がないと、相手によって揺さぶられ、本当にやりたいことと現実とのはざまに苦しみ<br><br>アイデンティティが揺さぶられます。<br><br>相手の期待に応えようと自分を押し隠していると、いつのまにか本当の自分がわからなくなることがあります、それがアイデンティティの崩壊です。<br><br>親に安定だからと言われて公務員を目指していたが、本当にこれがいいものなのか<br><br>家族といれば何も考えず仲良く暮らせるが、本当にこのままでいいのか、<br><br>家族は自分のことをどう思っているのか、自分はどうなりたいのか、わからない自分の心に苦しみ、<br><br>19歳で何もわからない坊やが、たった一歳違うだけで社会に大人とみなされ自律を求められ、<br><br>大人の行動として見られることに苦しみ、<br><br>学校では優等生として見られ、家族にも期待に応え演じ続けてきたが、学校が終わり、優等生の役割が終わった時、自分というものを一から一人で役割を決定しなければならなくなったとき、自己がないことに苦しむ。<br><br>アイデンティティの崩壊は誰にでも可能性はあることで、悩む人もたくさんいるのではと<br><br>思います。<br><br><br><br>では、アイデンティティの揺さぶりが起きたとき、どうすればよいのでしょうか。<br><br><br>アイデンティティは自分の価値観にそって考えて動くことによって、次第に確立されます。<br><br>また、安請け合いした自分、本心ではなく相手に合わせていた自分を反省することでもわかってきます。<br><br>今までの自分を見返し、もう一度振り返って考え直す。<br><br>もしやりたいことがなかったら、自分のやったことがないものを全力でやってみると何か発見があるかもしれません<br><br>人生何があるかわかりません、マニュアルではないのです。<br><br>ふとしたことでアイデンティティが崩壊するかも確立するかもわかりません。<br><br>ただ、待っていたら、変化はなかなか起きないと思います。<br><br>どうせ一度きり、いつ死ぬかもわからない命ならば、楽しく生きたほうがいいと思います。<br><br><br>いっそのこと自分に悩まず行動してみる。<br><br>思いっきり行動して自分らしさを貫き華々しく散る。<br><br>そんな生き方もいいと思います。<br><br>自分は自分、誰の代わりでもないのですから。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Mon, 13 May 2013 22:27:03 +0900</pubDate>
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<title>己の、そして相手の世界を知る</title>
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<![CDATA[ <br>この世界は矛盾の中にあるのではないか。<br><br>何が真実なのだろうか。<br><br><br><br>人は自分の経験を通して手に入れた価値観という名のレンズを通して世界を見ている。<br><br>世界そのものではなく、カメラに映るような客観性を持ったものでもなく、完全に主体のもの。<br><br>自分以外もレンズを通して世界を見ているため、主体である。<br><br>ここで問題が起きる。<br><br>世界は一つしかないものの中で、真実という観点から言えば、答えもひとつしかないのだろうか。<br><br>だとすれば、人同士が問題提起をして、二つ、三つ以上の答えが生まれ、議論しあうのはおかしいのではないのだろうか。<br><br>この世界には、真実というものがないのか、完全に正しいと言えることは、人間には不可能なのだろうか。<br><br>相手の言葉が真実をついているとは限らない、自分の言葉でさえも正しいか間違っているかを判断することはできない。<br><br>なぜなら世界の真実ではないのだから。<br><br>万有引力が起こり、重力が引っ張っているのだから飛ぶことができない。<br><br>慣性が働くのだから滑り続けることはない。<br><br><br>科学というものが事象に対して理由をつけ解明していくが、100%正しいわけではなく、人のつけた理論に今現在矛盾が生じないため、仮の証明としてあるもの。<br><br>本当の世界では、違う意味なのかもしれないが、それもわからない。<br><br>ないものをあると証明することはできないし、それをないものと証明することもできない。<br><br>矛盾しているような理論だが、不確実だからこそ成立している理論でもあるのかもしれない。<br><br>真実が一つの中でどうしてここまでの解釈が生まれるのか。<br><br><br><br>人はすでに自分の中に世界を持っている。<br><br>世界観という言葉からして、自分で世界を持って見ているようなものなのではないか。<br><br>人それぞれ世界を持っていて、自分の世界では真実を見つけ出している。<br><br>しかし、人それぞれ真実が同じなわけではない。<br><br>皆が真実と思っているものの信念のぶつかり合いがあるものに、争いは生まれ、矛盾が生じてしまう。<br><br>何が正義で何が悪か。<br><br>そんなものは、世界によって異なるもの。<br><br>敵国を打ち滅ぼし、革命を起こそうとしているものを正義とみているテロ。<br><br>テロによって何人もの犠牲が出る中、一人の患者を助けるために戦場を駆け抜ける医者にとっては、テロ行為は悪になるのだろうか。<br><br>ただ一人の己の信ずる神を絶対とし、他宗教の神を悪魔として争い続ける宗教。<br><br>八百万の神が宿ると信じる国から見れば、他宗教の争いはどう映るだろうか。<br><br><br>己が信ずるもののために生きているから、相手ともぶつかり合う。<br><br>時に怪我をし、挫折し、涙を流しながらも信念を貫く。<br><br>生きるということは、この世界で生きることは、とても辛く、困難で、獣道を歩くように、曖昧で、険しい道なのかもしれない。<br><br>でも、自分で道を切り開くこともできるかもしれない。<br><br><br>この世界は、無数の小さな世界がある。<br><br>それは、人。<br><br>混沌とした世界の中、人と人とがつながれる方法がある。<br><br><br><br>それが相手を理解する、相手を知ること。<br><br>それが、相手との意思疎通。<br><br><br><br>自己主張だけではぶつかってしまう。<br><br>だから相手の気持ちも汲み取り、相手の真実を見極める。<br><br>自分のよき理解者となってもらえるよう協力してもらう。<br><br>ただし自分の信念は曲げない。<br><br><br><br>コミュニケーションはとても大切なものだと思います。<br><br>この世界の中に存在する数多の世界。<br><br>人と繋がることのできる一つの手段だと感じています。<br><br>自分の世界を広くする、世界をもっとたくさん知ってみる、驚きを噛みしめる。<br><br>世界同士で交流する、自分の世界をアピールする、相手の世界を広げる。<br><br>相手の世界、そして己の世界を知り、この広大な世界を生き抜くことができる。<br><br>そんな可能性も秘めているもの。<br><br>そう感じています。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 11 May 2013 21:50:23 +0900</pubDate>
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<title>プラスの一言で、大きく変わる</title>
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<![CDATA[ <br><br>友達から教えられたことですが、先に一言いっておくことの大切さについて考えたいと思います。<br><br><br>先に一言言っておくことは、どうして必要なのでしょうか。<br><br><br>一つの例を出したいと思います。<br><br><br>Aさんは、地元の友達のBさんに、今住んでいるところの場所を紹介しようと思って、駅前で会うために、待ち合わせをしていました。<br><br>ところが、Bさんは、時間になっても待ち合わせ場所に来ません。<br><br>どうしたのだろうと思っていたAさんのもとに、メールが届きました。<br><br>【あれ？今どこにいるの？】<br><br>5分ほど遅れてきて連絡してきたBさんに、Aさんはすこし窘めるような言い方をしました。<br><br>【なんで、一言いってくれないのかと、遅れるなら連絡をしてほしい】<br><br>するとBさんが<br><br>【ああ、いや、駅前のところにいるって聞いたから】<br><br>【でもなんかごちゃごちゃしているし、柱で待ってるんだけど】<br><br>Aさん<br><br>【柱って言ってもどこの柱で、何番出口のところ？】<br><br><br>Aさんは、地元に住んでいるBさんが、土地勘がないことはわかっていたので、駅前と待ち合わせをするようBさんに行ったものの、自分で会いに行くつもりでした。<br><br>駅をあちこち探していたものの見つからず、何の連絡もないので不安だったのです。<br><br>言ってくれれば時間内に向かうこともできたのに、わからないまま立ち尽くしてしまった。<br><br>そして明確な場所がわからず、また時間が過ぎていきました。<br><br><br><br>あくまでこれは、一例にすぎないのですが、約束の5分前に、一つの連絡を入れておけば、円滑に済んだかもしれない問題でした。<br><br><br>他にも、電車の遅延の中、皆がイライラしている中で、ある一つの連絡が入ります。<br><br>【ただいま～駅人身事故発生の影響で、～線に遅れが出ております。皆様には大変ご迷惑をおかけします。】<br><br>一言連絡が入れば、理由がわかるので、少しは溜飲が収まるのではないでしょうか。<br><br><br>居酒屋で、注文をしたのに対応が遅くて不安に思っている中。<br><br>【ただいま当店大変混雑しておりまして、料理をお出しするのに少々お時間をいただく場合がございますのでご了承ください。】と店長に言われれば、<br><br>納得して、店を変えるなり、待つなりで、気持ちが落ち着くことがあると思います。<br><br><br><br>おそらくですが、人は、何か原因があった場合、そこに結果を求めようとする傾向があると思います。<br><br>わからないまま原因に気を揉むことに、我慢ができないこともあると感じます。<br><br>一言連絡をすることは、その原因を解決する手段になるので、相手に気を揉ませることを防ぐことができる、とても大切な手段だと思います。<br><br><br>何かあった時には一言連絡をする。<br><br>その意識が、相手の機嫌を変え、トラブルひとつ、うれしさ一つの解決に、とても大切で、必要なことなのだと実感した一日になりました。<br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 10 May 2013 23:45:19 +0900</pubDate>
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<title>問題、チャレンジこそが、人生をおもしろくする</title>
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<![CDATA[ <br>私は自分の意識が大きく変わる事を実感しました。<br><br>先週、私は友達の紹介で、友達の友達との対談に出てきました。<br><br>友達の友達のことをTさんと呼びます。<br><br>Tさんは、友達と対等に話すことができ、自分の確固としたアイデンティティ、夢を持ち、情熱に満ち溢れているすごい人です。<br><br>Tさんの熱意を見ると、今まで自分の中でくすぶっていた想いが爆発していることを感じて、たまらなく感じました。<br><br>なぜ、自分は全力で打ち込むことをしてこなかったのだろうか。<br><br>初め、私はこの対談にたまらなく不安を感じることがありました。<br><br>成功者のようにすごい人と会って、もし満足してもらえなかったらどうしよう、友達のメンツをつぶしてしまったらどうするのか。<br><br>しかし、対談はもうすでに決まっていて、自分のことも相手にすでに紹介してあったということで逃げられず、とても大きな問題に挑むことになりました。<br><br>逃げも隠れもすることができないのならばどうするのか。<br><br>一種の決断にも感じましたね。<br><br>私は対談までの残りの時間の中で、全力を挙げて対談のために力を注ぎました。<br><br>そして何より楽しくいこうという精神で挑みました。<br><br>どうせ逃げられないのならば、絶望するより思いっきり楽しんだほうがいい。<br><br><br>結果として功を成したのかはわかりませんが、対談は成功に終わり、Tさんとともに、お互い得るものはたくさんあったと思います。<br><br>この対談は、私が成長するための、とても大切なものでした。<br><br><br>チャレンジ精神は、とても大変に感じますが、やりがいがある、苦難を乗り越えた先の一歩先を行く自分を想像すると、とても楽しくも思えます。<br><br>今月にまた、友達が対談を企画しているので、非常に楽しみですね。<br><br>絶対後悔させないように、真剣に取り組みたいと思います。<br><br>これからも、自分の知らない未知の世界に飛び込んでいきます。<br><br>初めは怖いかもしれませんが、とてもおもしろいだろうなあとも思いますね。<br><br>チャレンジ精神は、人生を本当に満ち足りたものにするための第一歩。<br><br>身に染みて感じた私の最高の日々です。<br><br>これからも自分を高めていくために<br><br>未知を怖れず行動していきたいですね。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/yff39079/entry-11527323462.html</link>
<pubDate>Thu, 09 May 2013 21:26:49 +0900</pubDate>
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<title>実際に経験しないとわからないこと</title>
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<![CDATA[ <br><br>私には、どうでもいいことを今まで疑問に思っていたことがありました。<br><br>それは、大阪人がお好み焼きを本当におかずとして食べる習慣があるのかということ。<br><br>私は全く経験していないことで、情報としてでしか知りません。<br><br>昨日の電車の中で大阪人の人が、たまたま帰郷中だったので尋ねてみると本当にあったということ。<br><br>実際にその人も経験しており、その人の友達でも同じ経験をしていると。<br><br>私は衝撃でした、本当にそんな文化があったのかと。<br><br>すこぶるどうでもいい話ですが、確認せざるを得ませんでした。<br><br><br>自分が疑問に思ったことはたびたびありますが、ネットの情報だけにはたして頼っていいものかと思う時があります。<br><br>そんなとき、現実で本当に経験をしている人に会うと、自分の得た情報は間違いではなかったのだと安堵します。<br><br>上辺だけの情報では、それらしいことを言っていたとしても、経験で得た本物の知識にはかないません。<br><br>インプットし続けてもアウトプットをしなければそれは本当の意味で情報を得たことにはならないのだと思います。<br><br>ただし自分だけで経験するには時間が足りない、また、自分だけがその情報を正解だと思い込んでいるかもしれない。<br><br>そこで、本物の知識を持っている人と会うことで、自分の得た情報に間違いがないかどうかを確認することができると思います。<br><br>自分でアウトプットをしていき本物の知識を得て、本物の知識を持った人とその件について話し合う。<br><br>そうして自分の見識を深めていくと、たくさんの物事に対して核心に迫ることができるかもしれない。<br><br>そんな風にふと感じた一日でした。<br>
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<link>https://ameblo.jp/yff39079/entry-11526125763.html</link>
<pubDate>Tue, 07 May 2013 19:58:21 +0900</pubDate>
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